JP3868306B2 - メッキなしアーク溶接用ワイヤ - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は車両、鉄骨、橋梁等の溶接構造物のアーク溶接施工に広く使用されているメッキなしアーク溶接用ワイヤに関する。
【0002】
【従来の技術】
従来のアーク溶接用ソリッドワイヤは銅メッキが施されており、特開昭59−66996号公報、特開昭59−61592号公報、特開昭58−128294号公報等に記載されているように、例えば、粒界酸化等の方法により、ワイヤ表面の酸素濃度を増加することによって、溶接中のスパッタを低減していた。
【0003】
また、特開昭58−192694号公報に記載されているように、メッキありワイヤの場合は、全体の平均酸素濃度が70ppm以下であるのに対し、ワイヤ表面から0.2mmの深さの表層部の酸素量が100〜1000ppmであり、表層部の酸素濃度が十分高い方が、スパッタは減少する。
【0004】
また、特開平1−170598号公報に記載の発明は、メッキ密着性を良好にするために、中央部酸素濃度を表層部酸素濃度の1.2倍以上としている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、ワイヤ表面に銅メッキを施す工程は、酸、アルカリ及び洗浄水等を多量に消費し、環境負荷が極めて大きい。また、粒界酸化等の方法でワイヤ表面の酸素量を増加させる技術は、焼鈍炉の昇温等に多くのエネルギが消費される。銅メッキを省略すれば環境負荷を低減できるが、ワイヤ表面から銅メッキを取り除いただけでは、高電流溶接時のスパッタ発生量が著しく増大してしまうという問題点があった。
【0006】
また、特開昭58−192694号公報に記載されたメッキありワイヤの場合は、表面から0.05乃至0.20mm深さのワイヤ表層部の酸素濃度が高いものが安定した溶滴移行を示すとしている。しかしながら、メッキなしワイヤの場合は、ワイヤ表層部の酸素濃度を高くすると、高電流溶接時のスパッタが著しく増大してしまうという問題点があった。
【0007】
更に、特開平1−170598号公報に記載されたメッキありワイヤの場合は、ワイヤがメッキを有するために、スパッタ低減には中央部酸素濃度を60〜230ppmと高い範囲にすることが必要である。
【0008】
本発明はかかる問題点に鑑みてなされたものであって、メッキを有しないアーク溶接用ワイヤにおいて、電流溶接時のスパッタ発生量を低減したメッキなしアーク溶接用ワイヤを提供することを目的とする。
【0009】
【課題を解決するための手段】
本発明に係るメッキなしアーク溶接用ワイヤは、ワイヤ金属部の全酸素量が60ppm以下であって、アルゴンビームを使用したX線光電子分光法により、標準試料としてのSiO2をスパッタリングした場合にスパッタリング速度が3.6nm/分となる条件で、ワイヤ表面をスパッタリングしたときに、スパッタリング時間が6分経過した時点から12分経過する時点までの期間にビームにより掘られた領域の酸素濃度の平均値が3乃至20原子%であることを特徴とする。
【0010】
本発明に係るメッキなしアーク溶接用ワイヤは、ワイヤ表面の全Ca量が0.2乃至3ppmであることが好ましく、この場合に、ワイヤ表面に、MoS2、WS2及び黒鉛からなる群から選択された1種以上が、ワイヤ10kg当たりの総量で、0.01乃至2.0g存在することが好ましい。更に、ワイヤ表面の全Ca量が0.5乃至5ppmであることが好ましく、この場合に、ワイヤ表面に、動物油、植物油及び合成油からなる群から選択された1種以上が、ワイヤ10kg当たりの総量で、0.1乃至2.0g存在することが好ましい。
【0011】
従来の銅メッキを有するソリッドワイヤにおいては、その表面に酸素が高濃度で存在する方が溶接時のスパッタ低減に有効であるということがこの種の技術分野において常識であった。また、特開平1−170598号公報に記載の発明のように、有効なメッキ密着性を得るべく、表層部の酸素を低くした場合でも、それを補うべくワイヤ中心部の酸素濃度を高くする工夫が施されている。
【0012】
しかしながら、本発明者等は、メッキなしワイヤでは、これと全く反対に、ワイヤの全酸素量(%又はppmという質量比で表される酸素量)が低いと共に、ワイヤ表面の酸素濃度(原子%で表されるXPS分析による酸素濃度)が少ない方が、溶接時のスパッタを低減することができることを見出した。
【0013】
即ち、本発明は、メッキなしワイヤにおいて、スパッタを低減するためには、従来のメッキありワイヤに関する技術とは逆に、ワイヤ金属部の全酸素量を60ppm以下に抑えておき、更にワイヤ表面から深さがSiO2レート換算で21.6nmの位置から、深さがSiO2レート換算で43.2nmの位置までのワイヤ表層部の酸素濃度を平均値で20原子%以下に低減することが必要であるとの新たな知見に基づき完成されたものである。
【0014】
本発明において、ワイヤ表層部とは、アルゴンビームを使用したXPSにより、ワイヤ表面をスパッタリングしたときに、スパッタリング時間が6分経過した時点から、12分経過する時点までの期間に、ビームにより掘られる領域である。この6分経過した時点から12分経過する時点までの期間に、XPSにより検出された酸素濃度の平均値をワイヤ表層部の酸素濃度とする。
【0015】
この場合に、XPSによりアルゴンビームを照射してワイヤ表面を掘る時間は、標準試料としてのSiO2をスパッタリングした場合にスパッタリング速度が3.6nm/分となる条件で、ワイヤ表面をスパッタリングしたときのものである。
【0016】
図1は、横軸にスパッタリング時間(分)及び表面からのSiO2レート換算深さ(nm)をとり、縦軸に酸素濃度(原子%)をとって、スパッタリングによりワイヤ表面を掘り込んでいった場合の酸素濃度の変化を示す。この図1に記載のデータは、標準試料としてのSiO2をスパッタリングしたときに、スパッタリング速度が3.6nm/分となる条件でワイヤ表面をスパッタリングしたときのデータである。
【0017】
このように、酸素濃度を規制すべきワイヤ表面の表層部の領域を規定するために、SiO2を標準試料としてスパッタリング条件を規定するのは、鋼材は材質によってスパッタリング速度が異なるためである。そこで、本発明においては、このような誤差がないSiO2を除去速度の基準として、ワイヤ表面からのSiO2レート換算で、ワイヤ表面からの深さを規定した。
【0018】
具体的には、XPS分析装置のアルゴンビームのスパッタリング条件が、例えば、加速電圧3kV、加速電流が25mA、ビーム入射角度58°、真空度が10−8torr以下、アルゴンイオンビームの照射領域が1辺長が5mmの正方形(ワイヤ径よりも広い)という一定の条件で、ワイヤ表面をスパッタリングする。この条件でスパッタリングしたときに検出された酸素濃度分布が図1に示すものである。このスパッタリング条件は、SiO2をスパッタリングした場合には、そのスパッタリング速度は3.6nm/分である。そこで、図1には、横軸にスパッタリング時間だけでなく、このスパッタリング速度3.6nm/分で換算したSiO2換算値の深さを併記した。
【0019】
このスパッタリング速度は、以下のようにして求めた。単結晶シリコンの表面に熱酸化により形成された厚さが既知のSiO2膜に前記条件でアルゴンイオンビームを照射し、単位時間当たりの酸素とシリコンとの強度比を経時的に測定し、この強度比が急激に変化したときのスパッタリング時間を求め、このスパッタリング時間でSiO2膜の全厚がスパッタリングされて孔が形成され、下地のシリコンに到達したと判断する。これにより、標準試料のSiO2について、スパッタリング時間と、その時間に掘られたSiO2膜の厚さとの関係が求まり、スパッタリング速度が求まる。そこで、このようなスパッタリング速度を複数の標準試料(SiO2の厚さが異なる)について求め、バラツキに有意性がないことを確認した後、これを平均して、スパッタリング速度を3.6nm/分とした。なお、分光励起用のX線ビームの直径はワイヤ上で1.1mmである。
【0020】
スパッタリング速度は、上述のスパッタリング条件の変動因子以外に、XPSの分析装置等によっても異なる可能性があり、上述のスパッタリング条件でスパッタリングしても、スパッタリング速度は異なる可能性がある。そこで、本発明においては、SiO2を標準試料として、このSiO2にアルゴンビームを照射してそのスパッタリング速度を求め、このスパッタリング速度が3.6nm/分となるように、スパッタリング条件を設定し、この設定されたスパッタリング条件でワイヤ表面をスパッタリングしたときに、XPSにより、スパッタリング開始後、6分経過した時点から、12分経過する時点までに、検出された酸素濃度の平均を求め、この酸素濃度平均値を20原子%以下とする。SiO2レート換算の深さでは、図1に示すように、スパッタリング開始後6分から12分は、21.6〜43.2nmになる。
【0021】
図1において、比較例の線分は従来の製造方法で伸線加工したメッキなしワイヤの酸素濃度分布を示し、実施例の線分は伸線加工途中における表面酸化を極力抑えることによって、その表面酸素濃度を20原子%以下に制限した場合のものである。
【0022】
この図1に示すように、表面から数nm乃至十数nmレベル(鋼材の場合でもこの概略寸法は同様である)の深さの酸素濃度分布の測定は、従来のように、ワイヤ全質量を融解して赤外線吸収法で測定する方法では、ワイヤの直径が1mm程度であることを考慮すると、10−6以下の分析精度と酸素濃度分布位置の確定精度とが必要であり、実際上、不可能である。しかし、実際には、ワイヤ全体の酸素量(質量比で表される酸素量)が同じであっても、本発明のように、伸線加工中における表面酸化を極力抑制するといった特別な注意を払うことにより、従来の製造方法により製造されたワイヤに対して、ワイヤ表層部のXPS分析酸素濃度分布に差を付けることが可能である。
【0023】
本発明者等は、表層部の酸素濃度の臨界値として、酸素濃度が20原子%以下であれば、溶接時のスパッタリングの低減に効果があることを見いだし、本発明を完成するに至ったものである。即ち、本発明においては、ワイヤ表層部を、SiO2を標準試料として、このSiO2にアルゴンビームを照射したときのスパッタリング速度が3.6nm/分となるように、スパッタリング条件を設定し、この設定されたスパッタリング条件でワイヤ表面をスパッタリングしたときに、スパッタリング開始後、6分経過した時点から、12分経過する時点までに、ビームにより掘られた領域と定義し、この6分経過した時点から12分経過する時点までに、XPSにより検出された酸素濃度の平均値を20原子%以下とすることを特徴とする。
【0024】
なお、本発明において、ワイヤ金属部とは、ソリッドワイヤでは、ワイヤ表面及び表層部の油類、MOS2、WS2、及び黒鉛等の物質を除くワイヤ全体を指し、フラックス入りワイヤでは内包フラックスとワイヤ表面及び表層部の油類、MoS2,WS2及び黒鉛等の物質とを除外した外皮金属を指す。
【0025】
【発明の実施の形態】
以下、本発明について更に詳細に説明する。本発明者等は、メッキを有しないワイヤの表面に注目し、溶接時のスパッタ発生量を低減させる方法を鋭意研究したところ、もっとも効果的であったのはワイヤ表層部の酸素濃度を低減することであった。更に、ワイヤ表面の全Ca量を0.2〜3ppmにすると、スパッタ発生量を更に一層低減させることができた。
【0026】
メッキを有しないワイヤの場合、ワイヤ表面の酸素濃度が低いと、スパッタ発生量が低減する機構は次のように考えられる。電流密度(平均電流をワイヤの実断面積で割った値)が300A/mm2を超えるような大電流で、ワイヤを使用して溶接すると、給電チップ先端から溶滴生成までの間、ジュール発熱によってワイヤ表面は加熱され、酸化される。このとき、もともとのワイヤ内部及びワイヤ表面の酸素濃度が高いと、更にワイヤ表面及び溶滴表面の酸素量は高くなる。適度な酸素量は溶滴表面張力を適度に低下させ、溶滴の離脱性を促進し、スパッタの発生量を低減させることができるが、過度の酸素は溶滴の不要な揺動を促進し、スパッタの発生量を逆に増加させる。本発明者等は鋭意実験研究した結果、スパッタ発生量を低減させるために適正な酸素量が、メッキワイヤとメッキなしワイヤで異なることを見出した。メッキなしワイヤにおいては、内部及び表面の酸素量を低減することによって、溶滴の酸素量を低減し、特に高電流城における溶滴の揺動を抑制し、スパッタ発生量を低減できる。
【0027】
溶滴表面の酸素量を制御する方法として、種々の方法が考えられるが、製造上、最も効果的であったのは、ワイヤ金属部の全酸素量を60ppm以下にすると共に、最終製品径のワイヤにおいてワイヤ表層部の酸素濃度を低減することであった。最終ワイヤにおいて、ワイヤ表層部の酸素濃度を低減させる方法としては、原線酸洗により酸化スケールを除去すると共に、完全に酸洗によってスケールを除去した後、伸線過程でワイヤ表面温度を上昇させずに伸線する必要がある。具体的には、伸線時のワイヤ表面温度を150℃以下にすることが好ましく、このためには、伸線工程における減面率を低減し、伸線のブロック数を増加させ、各ブロック間におけるワイヤの冷却を徹底的に実施する。また、伸線工程の潤滑剤として、Ca石鹸を適宜使用することにより、伸線工具とワイヤとの間の滑り性を向上させ、加工発熱をできる限り低減する。更に効果的なのは、ローラ式伸線加工を採用し、各ローラー・パス毎の減面率を15%未満とし、伸線工具とワイヤ表面との間の発熱を抑制することである。ローラーはマイクロミルを使用しても良く、又はローラダイスを使用しても良い。穴ダイス式伸線加工の場合は、減面率を15%未満として、伸線時のワイヤ表面温度が150℃以下となるように、低速で伸線することにより、ワイヤ表層部の酸素濃度を低減することができる。
【0028】
更に、適量のCaを製品で残留させることで、効果的に最終製品径におけるワイヤ表面酸素量を低減することができる。過多のCaは逆にスパッタ発生量を増加させるために、Ca石鹸の使用箇所は一次伸線に使用することが好ましく、過多に残留した場合は、最終製品径近くで機械的研磨を実施して、除去すればよい。二次伸線の潤滑剤は洗浄性に優れるNa石鹸又はK石鹸が好ましく、伸線終了後に温水にて除去する。湿式伸線を実施すると、ワイヤのマクロ的な温度は更に低減するが、湿式伸線は潤滑性が悪く、加工時のワイヤ表面温度は高くなりやすい。湿式伸線は更に減面率を落とすことによって使用することができる。
【0029】
ワイヤの最表面部(図1のSiO2レート換算で最表面の深さ0nmの位置から深さ20nmまでの領域)の酸素濃度は、表面の凹凸又は伸線後の製品保存雰囲気に起因する若干のバラツキが発生する。これに対し、この部分の酸素濃度は除外して、表面からの深さが21.6nmの位置から、深さが43.2nmの位置までの表層部(スパッタリング時間6分から12分)に分布する酸素濃度を測定し、その平均値をとると、スパッタ発生量との間に良い相関関係が存在する。このようなワイヤ表層部の酸素濃度の測定は、通常の化学分析では困難なために、X線光電子分光法(XPS)による機器分析で、Arイオンビームで研削しながら、X線で励起された光電子の強度比を測定することにより実施した。
【0030】
ワイヤ表面のMoS2、WS2及び/又は黒鉛は、伸線過程でワイヤ表面に埋め込むか、又は最終工程でワイヤ表面に塗布すれば、ワイヤ表面に付加することができる。ワイヤ表面のMoS2、WS2及び/又は黒鉛は、ワイヤの滑り性を向上させ、ワイヤの送給性を向上させるために、スパッタを低減することができる。
【0031】
更に、スパッタを低減させるためには、ワイヤ表面に適正量の油を塗布することによって、ワイヤの滑り性が向上し、スパッタ発生量を低減することができる。
【0032】
なお、本発明は、メッキなしのソリッドワイヤに適用することができることは勿論のこと、メッキなしのフラックス入りワイヤに適用しても、スパッタを低減することができる。
【0033】
次に、本発明の数値限定理由について説明する。
【0034】
ワイヤ金属部の全酸素量が60ppm以下であって、ワイヤ表面から深さがSiO 2 レート換算で21.6nmの位置から深さがSiO 2 レート換算で43.2nmの位置までの表層部の平均酸素濃度が20原子%以下
スパッタの発生防止上、ワイヤ表層部の酸素は低い方が好ましい。伸線温度を常時150℃以下にすることによってワイヤ表面の酸化が抑制され、スパッタの発生量が低減する。
【0035】
ワイヤ表面の全Ca量が0.2乃至3ppm
Caが0.2ppm未満では、潤滑性能が劣化し、ワイヤ表面の酸素濃度が上昇し、スパッタ発生量が増加する。Ca系の潤滑剤を使用すると、伸線性が向上するために、ワイヤの加工発熱を低減することができる。しかし、Caが3ppmより多いと、ワイヤ表面の酸素量は十分低減できるが、逆にCa自身が溶滴の安定した形成を阻害し、スパッタが増加する。このため、Ca量は3ppm以下とすることが好ましい。
【0036】
ワイヤ表面にMoS 2 、WS 2 及び黒鉛からなる群から選択された1種以上がワイヤ10kg当たりの総量で0.01乃至2.0g
MoS2、WS2又は黒鉛が総量で0.01g/10kg未満では、ワイヤの滑り性が向上せず、スパッタが増加する。一方、MoS2、WS2又は黒鉛が総量で2.0gより多いと、詰まり量が増加し、連続溶接性が劣る。
【0037】
ワイヤ表面に動物油、植物油、鉱物油及び合成油からなる群から選択された1種以上がワイヤ10kg当たりの総量で0.1乃至2g
油脂が0.1g未満ではワイヤの滑り性が悪くなり、給電チップの摩耗が増える。一方、油脂が2.0gより多いと、詰まり量が増加し、連続溶接性が劣る。
【0038】
次に、各成分の測定方法について説明する。
【0039】
ワイヤの全酸素量分析方法
ソリッドワイヤは、ワイヤをアセトン等の有機溶媒を用いて脱脂した後、不活性ガス中で高周波加熱溶解し、抽出された酸素量を、非分散型赤外線吸収法で測定し、ワイヤ単位質量あたりに換算することにより、ワイヤ全酸素量を測定できる。例えば、脱脂後にHORIBA製のEMGA-620等の機器で測定すれば良い。フラックス入りワイヤの場合は、機械的にフラックスを除去した後、酸洗によって残存するフラックスを完全に除去する。その後、ソリッドワイヤと同様に、酸素量を測定する。
【0040】
ワイヤ表層部の酸素濃度分析方法
ワイヤをアセトン等の有機溶剤を用いて脱脂した後、例えば、パーキンエルマー社製のPHI5400MCX線光電子分光(XPS)装置を用いて、ワイヤ表面の観察を行った。X線源はMgKα(400W)である。測定原理は高真空容器内に試料を設置し、Arイオンを用いてワイヤ表面をスパッタリングし、表面を除去しながら、X線を照射し、表面を構成する原子から発生する光電子をスペクトル解析し、表面を構成する原子組成を決定するものである。分析領域は直径が1.1mmの円領域であり、検出器と試料とがなす角度は45°である。Arイオンによるスパッタリング速度はSi単結晶表面に形成された熱酸化膜、即ちSiO2をターゲットとした場合、3.6nm/分である(加速電圧3kV、加速電流25mA、入射角58°)。そこで、ワイヤ表面からの距離はスパッタリング時間に相当するSiO2の除去深さを代替値として使用することができる。酸素濃度は、C=(Io/So)×100/Σ(Ii/Si)の式により求めることができる。但し、Cは酸素の原子%、Iは光電子のピーク積分強度、Sは相対感度計数である。
【0041】
図1は酸素濃度の測定例を示す。スパッタリング時間が5分相当、すなわちSiO2換算で18nmまでは表面汚染等のノイズがあり、酸素濃度のばらつきが大きい。5分30秒〜8分20秒相当、即ちSiO2換算で20〜30nmの平均値が、酸素濃度とスパッタ発生量の間に良い相関が見られた。なお、図1において、実施例とはワイヤの表層部の酸素濃度が20原子%以下の場合、比較例とは表層部酸素濃度が20原子%より高い場合の例である。また、上述の如く、SiO2換算としたのは、鋼材は材質によってスパッタリング速度が異なるため、このような誤差がないSiO2を除去速度の基準とした。
【0042】
黒鉛分析方法
ワイヤを有機溶媒(例えば、エタノール、アセトン、石油エーテル等)で洗浄した後、洗浄液をポア径(フィルタの目の粗さ)が0.2μmのガラスフィルタで濾過する。その後、ガラスフィルターを乾燥させる。このガラスフィルターをそのまま試料として炭素分を測定する。得られた炭素量を(a)とする。
【0043】
エタノール洗浄した後のワイヤを硝酸水溶液(濃硝酸が1、水が2の割合)に120秒間浸漬し、ワイヤ表面のみを溶解し、ガラスフィルターで濾過した後、乾燥して、このガラスフィルターをそのまま試料として炭素分を測定する。この測定値を(b)とする。使用前のガラスフィルターの炭素分も測定し、ブランク値(cl、c2)とする。ワイヤ中に固溶した炭素分はガラスフィルターには捕集されず、ロ液に溶解する。ワイヤ表面に付着又は埋め込まれた遊離黒鉛のみがフィルターに捕集される。そこで、下記式のように、(a)及び(b)から(c1)及び(c2)を差し引き、ワイヤ質量10kgで徐することにより、ワイヤ10kg当たりの黒鉛塗布量を測定することができる。
(a)+(b)−(cl)−(c2)
【0044】
MoS 2 、WS 2 分析方法
ワイヤを有機溶媒(例えば、エタノール、アセトン、石油エーテル等)で洗浄した後、洗浄液をろ紙で濾過し、その後、ろ紙を乾燥させる。このろ紙を白煙処理することによりMoS2又はWS2を溶解し、原子吸光法によってMo又はWを定量化する。この値を(a)とする。エタノール洗浄した後のワイヤを塩酸(1+1)に浸漬して溶解し、MoS2又はWS2を遊離させる。溶液をろ紙で濾過した後、白煙処理によってMoS2又はWS2を熔解し、原子吸光法によってMo又はWを定量化する。この値を(b)とする。そして、(a)+(b)をMoS2又はWS2に換算し、ワイヤ質量10kgで徐することによって、ワイヤ10kg当たりのMoS2又はWS2塗布量を求める。
【0045】
ワイヤ表面の油量分析
ワイヤ表面を四塩化炭素で洗浄し、赤外吸収法で定量測定する。
【0046】
ワイヤ表面のCa分析方法
ワイヤを50g秤量し、濃塩酸(35%):水=1:1の水溶液50ccに投入し、軽く振とうする。5分放置し、ワイヤ断面で直径が30μm程度減少するまでワイヤを溶解する。全Caは塩酸水溶液中に溶解するので、これをろ紙で濾過し、ろ液に水を加えて200ccとする。この液をICP(Inductively Coupled Plasma Emission Spectroscopy)で分析し、Ca濃度を測定する。得られたCa濃度からワイヤ表面のCa量を算出する。
【0047】
【実施例】
以下、本発明の実施例の効果について、本発明の範囲から外れる比較例と比較して説明する。
【0048】
先ず、メッキ無しソリッドワイヤの場合、原線を塩酸に浸漬し、表面から完全にスケールを除去した。一次伸線の第1ブロックでCa石鹸を用い、Na石鹸又はK石鹸で希釈することにより残留Ca量を調節した。各伸線工具における最大減面率は15%未満、より好ましくは10%未摘に設定し、加工直後の線温を120℃未満、より好ましくは80℃未満とした。加工後の線温が室温+10℃になるまで強制冷却した後に、次のブロックで伸線を実施した。伸線終了後は簡易研磨装置で不要な潤滑剤を除去した後、温水洗浄後、所定の油を塗布した。MoS2,WS2、及び/又は黒鉛は、伸線潤滑剤に混合するか、最終塗布油に混合して、ワイヤ表面に塗布した。
【0049】
次に、メッキ無しシームレスフラックス入りワイヤの場合、上記の原線として所定のフラックスを内包したパイプ状のものであって、後工程はメッキ無しソリッドワイヤと同一である。更に、メッキ無しシーム有りフラックス入りワイヤの場合、予め酸洗された帯鋼を使用して、その帯鋼にて所定のフラックスを包んだ後、各種伸線工具で連続伸線した。表面のCa量は伸線潤滑剤中に添加したCa石鹸濃度で残留Ca量を調節した。各伸線工具における最大減面率は15%未満、より好ましくは10%未摘に設定し、加工直後の線温を120℃未満、より好ましくは80℃未満とした。加工後の線温が室温+10℃になるまで強制冷却した後に、次のブロックで伸線を実施した。伸線終了後は簡易研磨装置で不要な潤滑剤を除去した後、所定の油を塗布した。MoS2,WS2、及び/又は黒鉛は、伸線潤滑剤に混合するか、又は最終塗布油に混合して、ワイヤ表面に塗布した。
【0050】
溶接ワイヤは、直径が1.2mmであり、メッキなしのソリッドワイヤとフラックス入りワイヤである。ソリッドワイヤの化学組成は、JIS YGW11、YGW12、YGW15、YGW16、YGW17、YGW18である。下記表1は実際に試験評価に使用したソリッドワイヤの成分組成の具体例を示す。なお、単位は質量%であり、Tr.とは、微量(Trace)であることを示す。表層酸素濃度の増加度合いは、YGW11〜YGW18の違いにはよらず、むしろ伸線加工中のワイヤ表面温度によるものである。このワイヤを使用して溶接試験した。フラックス入りワイヤの化学組成は、JIS YFWC50DXである。
【0051】
下記表2は実際に試験評価に使用したフラックス入りワイヤの成分組成の具体例を示す。なお、ワイヤの全酸素量はワイヤ外皮の酸素量により決まり、本実施例では、40ppmであった。また、ワイヤ表面酸素濃度はソリッドワイヤと同じく伸線加工中の表面温度に影響された。
【0052】
図2はスパッタ発生量の測定方法を示す。厚さが25mmの溶接母材3を間に挟んで、断面がコ字形の1対の捕集板1を配置し、トーチ2を捕集板1間に挿入し、溶接母材3の長手方向に溶接した。溶接条件はワイヤ直径が1.2mmであり、シールドガスはCO2:100%である。溶接電流は330A、溶接電圧は39V、溶接速度は30cm/分、ワイヤ突出し長が30mmであり、ビードオンプレートで溶接した。上記溶接条件で溶接したときに溶接線外に飛散した全スパッタ発生量を測定し、これを溶接時間で徐して、一分間当たりのスパッタ発生量を求めた。スパッタ発生量はg/分単位で測定して、評価した。
【0053】
表1に示すソリッドワイヤについての測定結果を下記表3に示す。表3において、「スパッタ量からの品質評価」欄は、◎がスパッタ発生量が0.8g/分未満、○が0.8g/分以上0.9g/分未満、△〜○が0.9g/分以上1.0g/分未満、×〜△が1.0g/分以上1.1g/分未満、×が1.1g/分以上である。
【0054】
また、表2に示すフラックス入りワイヤについての測定結果を下記表4に示す。表4において、「スパッタ量からの品質評価」欄は、◎がスパッタ発生量が0.3g/分未満、○が0.3g/分以上0.4g/分未満、△〜○が0.4g/分以上0.5g/分未満、×〜△が0.5g/分以上0.6g/分未満、×が0.6g/分以上である。
【0055】
【表1】
【0056】
【表2】
【0057】
【表3】
【0058】
【表4】
【0059】
この表3に示すように、本発明のソリッドワイヤについての実施例A1乃至A14は本件請求項1の範囲を満足するので、本発明の範囲から外れる比較例A15乃至A17に比して、スパッタ発生量が少なく、品質評価も良好であった。これに対し、比較例A15乃至A17のワイヤは、ワイヤ表面の酸素濃度が20原子%を超え、又はワイヤ全体の酸素量が60ppmを超えるものであるため、スパッタ発生量が1g/分を超え、大量のスパッタが発生した。
【0060】
また、本発明の実施例において、実施例A3,A4は請求項4から外れるため、実施例A7,A8は請求項3を外れるため、実施例A11、A12は請求項2を外れるため、実施例A14は請求項2乃至3の全ての条件から外れるため、これらの全ての条件を満足する実施例A1,A2,A5,A6,A9,A10,A13に比して若干スパッタ発生量が増大した。
【0061】
一方、表4に示すように、フラックス入りワイヤについての実施例B1乃至B14(B10は欠番)は本件請求項1の範囲を満足するので、本発明の範囲から外れる比較例B15乃至B18に比して、スパッタ発生量が少なく、品質評価も良好であった。これに対し、比較例B15乃至B18のワイヤは、ワイヤ表面の酸素濃度が20原子%を超えるものであるため、スパッタ発生量が0.58g/分を超え、フラックス入りワイヤとしては大量のスパッタが発生した。
【0062】
また、本発明の実施例において、実施例B3,B9、B13は請求項4から外れるため、実施例B6,B7,B14は請求項3を外れるため、実施例B11、B13,B14は請求項2を外れるため、これらの全ての条件を満足する実施例B1,B2,B4,B5,B8,B12に比して若干スパッタ発生量が増大した。
【0063】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明によれば、メッキを有しないアーク溶接用ワイヤのスパッタ発生量を著しく低減することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】スパッタ時間と、酸素濃度(原子%)との関係を示すグラフ図である。
【図2】スパッタ発生量の測定方法を示す図である。
【符号の説明】
1:捕集板
2:トーチ
3:溶接母材
Claims (4)
- ワイヤ金属部の全酸素量が60ppm以下であって、アルゴンビームを使用したX線光電子分光法により、標準試料としてのSiO2をスパッタリングした場合にスパッタリング速度が3.6nm/分となる条件で、ワイヤ表面をスパッタリングしたときに、スパッタリング時間が6分経過した時点から12分経過する時点までの期間にビームにより掘られた領域の酸素濃度の平均値が3乃至20原子%であることを特徴とするメッキなしアーク溶接用ワイヤ。
- ワイヤ表面の全Ca量が0.2乃至3ppmであることを特徴とする請求項1に記載のメッキなしアーク溶接用ワイヤ。
- ワイヤ表面に、MoS2、WS2及び黒鉛からなる群から選択された1種以上が、ワイヤ10kg当たりの総量で、0.01乃至2.0g存在することを特徴とする請求項2に記載のメッキなしアーク溶接用ワイヤ。
- ワイヤ表面に、動物油、植物油及び合成油からなる群から選択された1種以上が、ワイヤ10kg当たりの総量で、0.1乃至2.0g存在することを特徴とする請求項2に記載のメッキなしアーク溶接用ワイヤ。
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