JP3842707B2 - 低合金耐熱鋼用溶接金属 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、原子力、火力発電、石油精製等の各種プラントに使用される低合金耐熱鋼の溶接金属に関するものであり、殊に溶接後に長時間の高温熱処理(応力緩和処理)を受けてもフェライトバンドの発生を極力低減することができて引張強度の低下がなく、且つ靭性も良好な様な低合金耐熱鋼用溶接金属に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
上記各種プラントに用いられる素材としては、その要求特性を考慮して、低合金耐熱鋼が汎用されている。また、上記の様な用途に使用される場合には、耐熱鋼には高温強度と共に靭性にも優れていることが要求される。
【0003】
ところで、上記のような各種プラントは溶接によって構築されるのであるが、こうした溶接を行った場合には、溶接金属部内部に残留した応力を除去する為に、高温での応力緩和処理(以下、「SR処理」と略称することがある)が施こされるのが一般的である。こうしたSR処理によって、溶接金属部および母材中の残留応力や水素の除去、機械的特性の改善が実施される。
【0004】
しかしながら、これまで得られている低合金耐熱用溶接金属では、長時間のSR処理を受けたときに、溶接金属中にフェライトバンドが発生し易いという問題がある。このフェライトバンドは、粗大なフェライトが局部的に生成した帯状の組織であるが、こうした組織が形成されると、溶接金属の引張強度が低下することになる。
【0005】
フェライトバンドの生成を抑制するための技術として、例えば特開平4−300092号には、アーク溶接用フラックス入りワイヤにNbおよびVを添加することによって、炭素の溶接金属中への移動を抑制してフェライトバンドの生成を抑える技術が提案さている。しかしながら、溶接金属中にNbやVを含有することは、却って溶接金属の靭性を劣化させることになるという問題がある。
【0006】
一方、溶接金属の靭性を高める技術としては、例えば特公昭62−19959号には、溶接ワイヤ中のN含有量を高めることによって溶接金属の靭性の改善を図ることが提案されている。また、特公平3−3558号には、溶接金属中のTi含有量を0.035%以下に抑制することが靭性の向上に有効であることが開示されている。
【0007】
しかしながら、これらの技術においても、溶接金属において十分な靭性が達成されているとは言えない。またフェライトバンドに対する対策についてもなされていないことから、上記のようなSR処理を受けたときには比較的多量のフェライトバンドが生成し易く、引張強度も低下するという問題がある。
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
本発明はこうした状況の下でなされたものであって、その目的は、長時間で高温のSR処理を受けてもフェライトバンドが発生しにくく、且つ良好な靭性が得られる低合金耐熱鋼用溶接金属を提供することにある。
【0009】
【課題を解決するための手段】
上記課題を解決することのできた本発明に係る低合金耐熱鋼用溶接金属とは、C:0.01〜0.20%,Si:0.05〜1.0%,Mn:0.30〜1.5%,Cr:0.8〜3.0%,Mo:0.3〜2.0%,B:0.0005〜0.020%,N:0.006〜0.030%およびTi:0.035超〜0.15%を夫々含有すると共に、V:0.03%以下(0%を含む)およびNb:0.01%以下(0%を含む)に夫々抑制してなり、且つ溶接後の応力緩和熱処理後に、円相当直径が50nm以上でCrとMoの合計含有量が50質量%以上である析出物が2×105個/mm2以上存在するものである点に要旨を有するものである。
【0010】
尚、上記「円相当直径」とは、析出物の大きさに着目して、その面積が等しくなるように想定した円の直径を求めたもので、抽出レプリカ法による透過型電子顕微鏡観察面上で認められる析出物のものである。
【0011】
本発明の溶接金属においては、下記(1)式で定義されるYHがYH≧0.0を満足するものであることが好ましい。
【0012】
YH=38.5-4790・[Nb]-3.59・[Ti]/[N]+91.5・[B]/[N]…(1)
但し、[Nb],[Ti],[N]および[B]は、夫々Nb,Ti,NおよびBの
含有量(質量%)を示す
本発明の溶接金属には、必要によって、(a)Ni:0.4%以下(0%を含む)、(b)Al:0.05%以下(0%を含む)、(c)P:0.020%以下(0%を含む)およびS:0.020%以下(0%を含む)、(d)O:0.070%以下(0%を含む)に抑制することも好ましく、抑制される成分の種類に応じて溶接金属の特性が更に改善される。
【0013】
【発明の実施の形態】
これまで、フェライトバンドの生成を抑制する手段として、NbやVの添加が有効であると考えられてきた。しかしながら、これらの元素を添加することは、溶接金属の靭性を却って劣化させることになっていたのである。即ち、従来の技術では、溶接金属におけるフェライトバンドの生成抑制と靭性改善の両立させることが困難な状況であった。そこで本発明者らは、フェライトバンドの生成機構、NbやVの添加によるフェライトバンド生成抑制機構、および溶接金属の靭性劣化機構について様々な角度から検討を重ねた。
【0014】
その結果、Crの偏析によるC活量の変化を駆動力として、SR処理中にCがCrの負偏析部から正偏析部に移動してCrの負偏析部の炭化物が減少し、粒界のピニング力が弱まることによって粒成長し、これによってフェライトバンドが生成することが明らにした。また、NbやVを添加すると、C活量に対して安定で微細な化合物がSR処理時に析出するので、粒界をピニングすることが可能となって、フェライトバンドの生成が抑制できることも明らかにした。
【0015】
このとき析出する化合物は、NaCl型の炭化物、窒化物若しくは炭窒化物(例えば、V炭化物、V窒化物、V炭窒化物、Nb炭化物、Nb窒化物、Nb炭窒化物)等であるが(以下では、これらを総称してMX型化合物と呼ぶことがある)、このMX型化合物はマトリックスと整合析出するため、靭性を劣化させることも判明した。また、Tiを含有させた場合には、このTiもMX型化合物の構成元素として大きな役割を占めていることも判明したのである。このTiは、例えばフラックス中のTiO2等が溶接後の溶接金属中にTi酸化物となる他に、固溶Tiとして残留するので、NbやV等と共にMX化合物中に含まれて析出するものである。
【0016】
本発明者らは、上記知見に基づき、フェライトバンドの生成を抑制すると同時に溶接金属の靭性を向上させるためには、整合析出するMX型化合物を低減すると共に、C活量に対して安定な析出物を多量に析出させることが重要であるとの着想が得られた。そして、こうした着想に基づいて更に鋭意研究したところ、上記の様なMX型化合物に代わってCrおよびMoを主体とする炭・窒化物(炭化物、窒化物若しくは炭窒化物)を析出させることにより、フェライトバンドの生成抑制と靭性改善が両立できることを見出した。即ち、こうした炭・窒化物は、前記MX型化合物に比べて比較的大きく、整合析出しないので靭性の劣化が少なく、またC活量に対しても安定であるので、SR処理時にも安定にピニングできるのである。
【0017】
こうした観点から、本発明の溶接金属では、円相当直径が50nm以上でCrとMoの合計含有量が50質量%以上である析出物が2×105個/mm2以上存在する必要があるが、その理由は次の通りである。CrとMoは、最密六方構造型(hcp型)の炭・窒化物を形成し易く、その円相当直径は50nm以上であって、前述の如くMX型化合物に比べて比較的粗大であるために、靭性を劣化させない。また、C活量に対して、M23C6型、M7C3型やM3C型等の析出物に比べて安定であり、SR処理時の粒界の移動をピニングし、フェライトバンドの生成を抑制する効果がある。
【0018】
本発明者らが、エネルギー分散形X線分析(EDX)および電子線回折解析によって詳細に調査したところ、析出物中のCrとMoの含有量が50質量%以上となる場合には、hcp型の炭・窒化物であると同定できることが判明した。また、フェライトバンドの生成抑制は、こうした大きさの析出物が2×105個/mm2未満ではその効果が十分に発揮されないことは分かった。こうしたことから、本発明では、SR処理後の溶接金属中において円相当直径が50nm以上でCrとMoの合計含有量が50質量%以上である析出物が2×105個/mm2以上と規定した。
【0019】
MX型化合物に代わって、CrやMoの炭・窒化物を析出させるための具体的手段としては、NbやV量を制限した上で、溶接後の固溶Tiを低減すると共に、溶接金属中のN量を高めることが重要である。このうち、NbやVの含有量を低減するには、フラックス中の不純物としてのNbおよびVを制限することによって、ワイヤ中のNb,Vを制限すれば良い。また、固溶Ti量は、フラックス中のTi量だけでなく、Mg,Al,Mn,Si等の脱酸剤とのバランスや、シールドガスの成分およびアーク長等の溶接条件、更にはN量の影響によっても左右されるものであるので、これらのバランスによって決まることになる。即ち、溶接時の作業性、部位等を勘案して、最終的に溶接後の溶接金属中の固溶Ti量を十分抑制しつつ、高N化することによって、MX型化合物に代わってCr,Moを主体とする炭・窒化物を析出させることができる。
【0020】
本発明者らが検討したところによれば、溶接金属の高靭性化を達成するには、Bを適量添加することも有効であることを見出している。このBは、フリーBとして旧γ粒界からの粗大な組織の生成を抑制し、高靭性化に有効に作用する。また、高N化した場合には、BNとしてNにBが固定されてしまうことから、B添加による靭性改善効果が小さくなってしまう恐れがある。こうしたことから、Ti,NおよびBのバランスを適切に調整することが有効であることも見出している。
【0021】
本発明では、溶接金属組成も適切に制御する必要があるが、基本成分であるC,Si,Mn,Cr,Mo,N,B,Ti,VおよびNbの範囲限定理由は下記の通りである。
【0022】
C:0.01〜0.20%
Cは、焼入れ硬化性に大きな影響を及ぼし、室温および高温強度並びに靭性を確保する上で重要な元素である。こうした効果を発揮させる為には、C含有量は0.01%以上とする必要があるが、C含有量が過剰になって0.20%を超えると、強度が高くなり過ぎて、靭性が著しく低下する。従って、溶接金属中のC含有量は、0.01〜0.20%とする。尚、C含有量の好ましい下限は0.03%であり、好ましい上限は0.12%である。
【0023】
Si:0.05〜1.0%
Siは、脱酸剤として機能し、溶接金属中の酸素量をコントロールする効果を発揮する。こうした効果を発揮させるためには、Si含有量は0.05%以上とする必要があるが、Si含有量が過剰になって1.0%を超えると、TiO2の過剰還元によって固溶Ti量が増加し、靭性が低下すると共に耐焼戻し脆化特性が低下する。尚、Si含有量の好ましい下限は0.2%であり、好ましい上限は0.6%である。
【0024】
Mn:0.30〜1.5%
Mnは、Cと同様に溶接金属の高温強度および靭性を向上させる効果を有する。また、溶接金属中の酸素量をコントロールする作用も発揮する。これらの効果を発揮させる為には、Mn含有量は0.30%以上とすることが必要であるが、Mn含有量が過剰になって1.5%を超えると、強度が高くなり過ぎると共に固溶Ti量が多くなり、靭性が却って低下する。従って、溶接金属中のMn含有量は0.30〜1.5%とする。尚、Mn含有量の好ましい下限は0.75%であり、好ましい上限は1.2%である。
【0025】
Cr:0.8〜3.0%、Mo:0.30〜2.0%
CrおよびMoは、低合金耐熱鋼の主要成分であり、溶接金属の引張強度を向上させる効果を発揮する。特に、Moは、溶接金属の焼戻し軟化抵抗を高め、SR処理による引張強度低下を抑制する効果を有する。これらCr、Moの添加量は、被溶接物の種類(化学成分組成)に応じて適宜調製することになる。こうした効果を発揮させるためには、Crは0.8%以上、Moは0.30%以上含有させる必要があるが、その含有量が過剰になってCrで3.0%、Moで2.0%を超えると、引張強度が過度となって溶接金属の靭性が劣化することになる。従って、溶接金属中のCr含有量は0.8〜3.0%、Mo含有量は0.30〜2.0%とする必要がある。尚、Cr含有量の好ましい上限は2.6%であり、Moの好ましい上限は1.6%である。
【0026】
B:0.0005〜0.020%
Bは、溶接金属のミクロ組織を微細化して靭性を向上させる効果を発揮するが、その含有量が0.0005%未満ではこうした効果が発揮されない。しかしながら、B含有量が過剰になって0.020%を超えると、高温割れを招くことになる。尚、B含有量の好ましい下限は0.002%であり、好ましい上限は0.01%である。
【0027】
N:0.006〜0.030%
Nは溶接時にTiと結合して固溶Tiを低減することによって靭性を改善するのに有効な元素である。またSR処理時にCrやMoと炭・窒化物(窒化物および炭窒化物)を生成し、フェライトバンドの生成を抑制する効果を発揮する。こうした効果を発揮させるためには、N含有量は0.006%以上とする必要があるが、その含有量が過剰になって0.030%を超えると、ブローホールやスラグ剥離性劣化の原因となる。尚、N含有量の好ましい下限は0.007%であり、好ましい上限は0.013%である。
【0028】
Ti:0.035超〜0.15%
Tiはスラグ形成剤の主要元素であり、溶接時のアーク安定剤としても作用し、溶接作業性の観点からすれば、できるだけ多いことが好ましい。また、Tiは溶接金属中でTi酸化物となり、溶接金属の組織を微細化する効果も発揮する。こうした効果を発揮させるためには、0.035%を超えて含有させる必要がある。しかしながら、その含有量が過剰になって0.15%を超えると固溶Ti量が多くなり過ぎて、靭性が劣化することになる。尚、Ti含有量の好ましい下限は0.04%であり、より好ましい下限は0.06%であり、好ましい上限は0.12%であり、より好ましい上限は0.1%である。
【0029】
V:0.03%以下(0%を含む)、Nb:0.01%以下(0%を含む)
VおよびNbは、固溶Tiと共にSR処理時にCやNと結合して微細な炭・窒化物(即ち、MX型化合物)を形成し、靭性を著しく劣化させる。こうした観点から、Vで0.03%以下、Nbで0.01%以下に夫々抑制する必要がある。尚、V含有量のより好ましい上限は0.02%であり、更に好ましくは0.01%以下とするのが良く、Nb含有量のより好ましい上限は0.006%であり、更に好ましいくは0.004%以下とするのが良い。
【0030】
本発明の溶接金属における基本成分は上記の通りであり、残部は実質的にFeからなるものであるが、必要によって、(a)Ni:0.4%以下(0%を含む)、(b)Al:0.05%以下(0%を含む)、(c)P:0.020%以下(0%を含む)およびS:0.020%以下(0%を含む)、(d)O:0.070%以下(0%を含む)に抑制することも好ましく、抑制される成分の種類に応じて溶接金属の特性が更に改善される。これらの成分における範囲限定理由は下記の通りである。尚、「実質的にFe」とは、Fe以外にその特性を阻害しない程度の微量成分(許容成分)をも含み得るものであり、前記許容成分としては例えば、フラックスに用いられる鉱物中に含まれる希土類元素(La,Ceなど),Li,Na,K,Ba,Mg,Ca等の元素や、Zr,Cu等の不純物、特に不可避的不純物が挙げられる。
【0031】
Ni:0.4%以下(0%を含む)
Niは焼戻し脆化を促進し、特に溶接金属中のNi含有量が0.40%を超えると、こうした現象が顕著に生じる。こうしたことから、Niの含有量は0.4%以下に抑制することが好ましい。より好ましくは、0.1%以下とするのが良い。
【0032】
Al:0.05%以下(0%を含む)
Alは強力な脱酸元素であり、固溶Ti量を著しく増加させ、靭性を低下させる。従って、溶接金属中のAl含有量は0.05%以下に抑制することが好ましい。より好ましくは、0.010%以下、更に好ましくは0.0050%以下に抑制するのが良い。
【0033】
P:0.020%以下(0%を含む),S:0.020%以下(0%を含む)
PおよびSは、粒界に偏析して粒界強度を低下させる元素である。これらの含有量が0.20%を超えると、靭性を劣化させると共に、耐焼戻し脆化特性を低下させることになる。こうしたことから、溶接金属中のPおよびSはいずれも0.020%以下に抑制することが好ましい。より好ましくいずれも0.010%以下、更に好ましくは0.005%以下に抑制するのが良い。
【0034】
O:0.070%以下(0%を含む)
溶接金属中におけるOの含有量が過剰になると、溶接金属の靭性が不安定になる。こうした観点から、溶接金属中のO含有量は0.070%以下に抑制することが好ましい。より好ましく0.060%以下、更に好ましくは0.050%以下に抑制することが好ましい。
【0035】
本発明の溶接金属においては、下記(1)式で定義されるYHがYH≧0.0を満足するものであることが好ましい。
【0036】
YH=38.5-4790・[Nb]-3.59・[Ti]/[N]+91.5・[B]/[N]…(1)
但し、[Nb],[Ti],[N]および[B]は、夫々Nb,Ti,NおよびBの
含有量(質量%)を示す
即ち、上記(1)式で定義されるYHは、フリーのBを確保して粗大組織を抑制すると共に、微細なMX型化合物の析出を抑制するためのパラメータとなり得るものであり、このYHの値が0.0以上の場合には、フリーBの確保およびMX型化合物の析出抑制が十分となり、高靭性の溶接金属が形成される。これに対して、YHの値が0.0未満の場合にはフリーBの確保およびMX型化合物の析出抑制が十分でなくなり、低靭性となる。
【0037】
本発明の溶接金属においては、上述の如く含有されるTi,BおよびNの相互作用によって靭性に大きく影響を与えるものとなる。これらの元素による靭性に与える影響における機構は次の様に考えることができる。まずTiは溶接金属凝固時に酸化物や固溶Tiとして溶接金属中に残留することになるが、このうち固溶Tiは凝固直後にNと結びついてTiNとなる。このとき、N含有量が多くなればなるほどTiNが生成して固溶Ti量は少なくなる。この固溶Tiは、SR処理後にMX型化合物として析出することになるので、靭性を劣化させる原因となる。従って、TiNが多く析出したほうが溶接金属の靭性はより改善されることになる。
【0038】
一方、TiNの析出が終わった後は、Tiと結合しなかった固溶Nは1000〜800℃の温度範囲でフリーBと結合し、BNとして析出することになる。このときN含有量が多いほどBNとなる量は増加し、フリーBは低下する。このフリーBは、上述したようにγ粒界からの粗大組織の生成を抑制する効果があるので、BNが多く析出してフリーBが少なくなると、粗大組織が生成し易くなるため、靭性が劣化することになる。従って、Nに対するTiの割合が多いほど、靭性が劣化するが、逆にNに対するBの割合が多いほど靭性が改善されることになる。更に、Nbが存在するとSR処理後に析出するMX型化合物の構成元素として析出量を増加させるだけでなく、MX型化合物を微細にする傾向があるので、Nbは靭性を劣化する方向に作用する。こうした知見に基づき、これらの元素の相互関係を巧みに調製するために、靭性とTi/N,B/NおよびNbとを重回帰分析して、上記YHの関係を規定し、このYHの値が0.0以上となったときに、靭性がより改善させることができたのである。尚、上記YHの値は、少なくとも0.0以上とすることが好ましいが、20以上とすることがより好ましく、更に好ましく40以上とするのが良い。
【0039】
上記の様に本発明では、溶接金属における化学成分組成および所定の炭・窒化物の形態を適切に制御することによって溶接金属の特性を改善するものであるが、特に溶接金属組成はアーク溶接における溶接ワイヤ組成に加えて、溶接電流、溶接電圧およびワイヤ突き出し長さなどの溶接条件、更には母材組成・開先形状などの影響を受けるものであり、また溶接条件は、ワイヤ組成により変化するものである。従って、本発明の溶接金属組成を得るためのワイヤ組成、溶接条件、母材組成などの範囲は一概に決定されるものではなく、要するにこれらを組み合わせて本発明で規定する溶接金属を得ることによって、本発明の目的が達成できる。
【0040】
本発明で溶接金属を形成するときの溶接方法は、特に限定するものではなく、後記実施例に示したフラック入りワイヤによるガスシ−ルドアーク溶接法(FCAW)の他、被覆アーク溶接法(SMAW)、ティグ(TIG)溶接、サブマージアーク溶接法(SAW)、ガスシールドアーク溶接法(MAG,MIG)等の溶接法のいずれも適用できるものである。また、本発明の溶接金属を適用する母材についても、低合金耐熱鋼であれば、特に限定するものではなく、例えば、ASTM A387−Gr.11やGr.22等を挙げることができる。
【0041】
以下、本発明を実施例によって更に詳細に説明するが、下記実施例は本発明を限定する性質のものではなく、前・後記の趣旨に徴して設計変形することはいずれも本発明の技術的範囲に含まれるものである。
【0042】
【実施例】
実施例1
下記表1に示す化学成分の鋼製外皮、および下記表2に示す化学成分のフラックスを用い、下記表3、4に示す各種のフラックスコアードワイヤ(W1〜35)を作成した。
【0043】
【表1】
【0044】
【表2】
【0045】
【表3】
【0046】
【表4】
【0047】
上記フラックスコアードワイヤを用いて、下記の溶接条件でアーク溶接を実施した。このとき溶接母材(試験片)として、ASTM A387−Gr.11 Cl.2(1.25Cr−0.5Mo系)およびA387−Gr.22 Cl.2(2.25Cr−0.5Mo系)に規定されるもので、厚さが20mm、幅240mmおよび長さが300mmのものを使用した。また、このときの開先形状を模式的に図1に示す。
【0048】
(溶接条件)
溶接電流 :270A(DCEP)
アーク電圧:27〜32V
溶接速度 :25〜30cm/mim
溶接姿勢 :下向き
予熱・パス間温度:175±15℃
その後、この試験片に対してSR処理(690℃で1時間の加熱、その後炉冷)を行い、溶接金属部における引張試験片(JIS Z3111 A1号)およびシャルピー衝撃試験片(JIS Z3111
4号)を採取し、各規格に準じて試験を行った。このとき、シャルピー衝撃値は−18℃での吸収エネルギー(vE-18℃)を測定した。両試験とも、試験片を各3本ずつ採取して試験したときの平均値を測定した。
【0049】
フェライトバンドの発生の有無は、下記の条件にてSR処理した後に評価した。また、それと同時に、溶接金属の最終パス部についてSR処理を行った後(下記条件)に透過型電子顕微鏡を用いて析出物の評価を行った。尚、これらの評価において、引張試験やシャルピー衝撃のときと、SR処理条件を変えたのは、フェライトバンドの発生の有無をより厳しく評価するためである。
【0050】
(フェライトバンド発生の評価)
(1)SR処理条件
1.25%Cr−0.5%Mo系:690℃×9.5時間、炉冷
2.25%Cr−1%Mo系:690℃×15.3時間、炉冷
(2)評価方法
上記SR処理後の各溶接金属を溶接線方向に垂直な断面について、溶接線方向に等間隔に6断面を観察した。このとき、夫々を研磨、エッチング(ナイタール使用)後、光学顕微鏡にて観察した。そして、すべての断面にてフェライトバンドが発生していないものを「○」と評価し、少しでも発生が認められたものを「×」と評価した。
【0051】
(析出物の評価)
(1)SR処理条件
1.25%Cr−0.5%Mo系:690℃×9.5時間、炉冷
2.25%Cr−1%Mo系:690℃×15.3時間、炉冷
(2)評価方法
SR処理後の溶接金属の最終パス部について、透過型顕微鏡を用いて抽出レプリカ法で析出物(炭・窒化物)の評価を行った。このとき、倍率:3万倍で任意の領域(4.67μm×3.67μm)について、円相当直径が50μm以上である析出物について、EXDによって組成分析を行い、CrとMoの合計含有量が50%以上である析出物の個数を測定した。また、測定は、13視野について行い、その平均値を求めた。
【0052】
得られた溶接金属中の合金成分を下記表5、6に、上記試験結果を下記表7、8に夫々示す。尚、引張試験についての基準は、1.25%Cr−0.5%Mo系:560〜690MPa、2.25%Cr−1%Mo系:620〜760MPaを合格と判断した。またシャルピー衝撃試験については吸収エネルギー(vE-18℃)が55J以上のものを合格と判断した。
【0053】
【表5】
【0054】
【表6】
【0055】
【表7】
【0056】
【表8】
【0057】
これらの結果から、次のように考察できる。本発明で規定する要件を満足するNo.1,2,6〜18のものでは、フェライトバンドの生成が抑制されると共に、良好な靭性が達成されていることがわかる。これに対して、No.3〜5,19〜35のものでは、発明で規定するいずれかの要件を満足しないものであり、溶接金属のいずれかの特性が劣化していることが分かる。
【0058】
例えば、No.3のものでは、シールドガスにおけるCO2割合の変化によって固溶Ti量が変化し、Cr,Mo炭・窒化物が変化した結果、靭性が劣化している。また、No.4のものでは、No.2のものに比べてワイヤ中のMg(脱酸剤)の量を多くしたので(表2)、溶接金属成分が同様のものでもCr−Mo系炭・窒化物の析出が低下し、靭性が劣化している。No.5のものでは、溶接金属中のN含有量が低くなっているので、Cr−Mo系炭・窒化物が析出せず、フェライトバンドが発生すると共に、靭性が劣化している。その他、No.19〜35のものでは、化学成分組成が発明で規定する範囲若しくは好ましい範囲を外れているので、溶接金属のいずれかの特性が劣化していることが分かる(表8)。
【0059】
【発明の効果】
本発明は以上の様に構成されており、長時間で高温のSR処理を受けてもフェライトバンドが発生しにくく、且つ良好な靭性が得られる低合金耐熱鋼用溶接金属が実現できた。
【図面の簡単な説明】
【図1】溶接時における開先形状を模式的に示した説明図である。
Claims (6)
- 溶接によって形成される低合金耐熱鋼用溶接金属であって、C:0.01〜0.20%(質量%の意味、以下同じ),Si:0.05〜1.0%,Mn:0.30〜1.5%,Cr:0.8〜3.0%,Mo:0.3〜2.0%,B:0.0005〜0.020%,N:0.006〜0.030%およびTi:0.035超〜0.15%を夫々含有すると共に、V:0.03%以下(0%を含む)およびNb:0.01%以下(0%を含む)に夫々抑制し、残部がFeおよび不可避的不純物からなり、且つ溶接後の応力緩和熱処理後に、円相当直径が50nm以上でCrとMoの合計含有量が50質量%以上である析出物が2×105個/mm2以上存在するものであることを特徴とする低合金耐熱鋼用溶接金属。
- 下記(1)式で定義されるYHがYH≧0.0を満足するものである請求項1に記載の低合金耐熱鋼用溶接金属。
YH=38.5−4790・[Nb]−3.59・[Ti]/[N]
+91.5・[B]/[N]…(1)
但し、[Nb],[Ti],[N]および[B]は、夫々Nb,Ti,NおよびBの含有量(質量%)を示す - Ni:0.4%以下(0%を含む)に抑制したものである請求項1または2に記載の低合金耐熱鋼用溶接金属。
- Al:0.05%以下(0%を含む)に抑制したものである請求項1〜3のいずれかに記載の低合金耐熱鋼用溶接金属。
- P:0.020%以下(0%を含む)およびS:0.020%以下(0%を含む)に夫々抑制したものである請求項1〜4のいずれかに記載の低合金耐熱鋼用溶接金属。
- O:0.070%以下(0%を含む)に抑制したものである請求項1〜5のいずれかに記載の低合金耐熱鋼用溶接金属。
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