JP3809951B2 - 赤潮原因珪藻リゾソレニア属に特異的に感染して増殖・溶藻しうるウイルス、該ウイルスを利用するリゾソレニア赤潮防除方法およびリゾソレニア赤潮防除剤、並びに該ウイルスの単離方法、継代培養方法、および保存方法 - Google Patents

赤潮原因珪藻リゾソレニア属に特異的に感染して増殖・溶藻しうるウイルス、該ウイルスを利用するリゾソレニア赤潮防除方法およびリゾソレニア赤潮防除剤、並びに該ウイルスの単離方法、継代培養方法、および保存方法 Download PDF

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、赤潮原因珪藻に特異的に感染して増殖・溶藻しうるウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの単離方法、継代培養方法、および保存方法に関し、より詳細には、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルス、該ウイルスを利用する赤潮防除方法および赤潮防除剤、並びに該ウイルスの単離方法、継代培養方法、および凍結保存方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
わが国の海面養殖業は、国内漁業生産額全体の約1/4を占めている。この振興にあたっては、とくに養殖漁場の環境保全を図ることが不可欠であり、なかでも深刻な被害を引き起こす赤潮に対する有効な対策の推進がきわめて重要である。
【0003】
2000年後半から2001年前半にかけて有明海で発生したノリの色落ち現象は、ノリ養殖に壊滅的な被害をもたらした。朝日新聞社の統計によると、福岡・佐賀・長崎・熊本の4県の2000年度のノリ生産額は1999年度のそれよりも約130億円減少した。この色落ち現象の原因として珪藻の一種である珪藻リゾソレニア属による赤潮の影響が強く疑われている。
【0004】
この現象の原因については現在のところ、大量に発生したリゾソレニアが本来ノリの栄養として使われるべき栄養塩を過剰に摂取し、その結果、養殖ノリに十分量の栄養塩が供給されずノリが色落ちを起こし、その商品価値が著しく下落したと考えられている。
【0005】
一方、翌2001年度にはノリは大豊作となった。これについては、有明海に繁茂する珪藻種がリゾソレニア属ではなくキートセロス属であったという点がその理由と考えられている。すなわちノリ養殖を行う環境において、そこに繁茂する珪藻の種類が何かはきわめて重要な問題であり、繁茂する珪藻の種類を人為的に選択・制御する技術の構築が望まれている。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
こうした背景の下、珪藻を宿主とする世界で初めてのウイルスが発見・分離された。このウイルス(RsV:Rhizosolenia setigera virus)は、中心目珪藻の一種リゾソレニア・セティゲラ(Rhizosolenia setigera)に対して選択的に感染する。該ウイルスは、高収量である点、安定保存性が高いという点で優れている。
【0007】
リゾソレニア・セティゲラは、2000年度のノリ色落ち被害原因種であるリゾソレニア・インブリカータと同属の近縁種であり、これまでも有明海でしばしば赤潮を形成してきた種類である。本発明は、実用に叶うリゾソレニア赤潮防除技術の開発を念頭に置きながら、RsVの珪藻赤潮防除への応用の可能性を探ることをその主要な目的とする。ウイルス利用による赤潮防除は、他生物や生態系全体への負荷が小さい環境修復技術としてその安全性に高い期待が寄せられており、ウイルスの大量培養技術・散布手法・コスト等の面での諸問題がクリアされれば、実用化への道が開かれるものと期待される。
【0008】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、リゾソレニア・セティゲラに感染し死滅させるウイルス(RsV)の分離に世界で初めて成功し、本発明を完成させるに至った。
【0009】
すなわち、本発明は、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを提供する。リゾソレニア属の藻類はリゾソレニア・セティゲラであるとよい。本発明の一態様において、ウイルスは、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約23−26nmの球形である。この態様において、ウイルスの平均粒径は24nmであることが好ましい。
【0010】
また、本発明は、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを含有する液体試料を0.1μm孔径のフィルターで濾過し、得られた濾液をリゾソレニア属の藻類の培養液に接種して培養を行い、リゾソレニア属の藻類の溶藻が観察された培養液を限界希釈することにより前記ウイルスをクローニングする工程を含む、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスの単離方法を提供する。
【0011】
リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを含有する液体試料としては、該ウイルスに感染しているリゾソレニア属の藻類を含有する液体試料(例えば、リゾソレニア赤潮終息期の海水、前記ウイルスに感染しているリゾソレニア属の藻類の培養液など)、前記ウイルスを含有する海底泥の懸濁液、該懸濁液を遠心分離して得られた上清などを例示することができる。
【0012】
本発明のウイルスの単離方法において、植物プランクトン、細菌類、ならびに大型のウイルス粒子を除去するため、孔径0.8μmのヌクレポアメンブレンフィルターで濾過後、最終的に0.1μmのフィルターで濾過を行うのが適当である。
【0013】
リゾソレニア属の藻類を培養するための培地としては、SWM3培地、ESM培地、f/2培地、ASP系培地などの液体培地を例示することができる。
【0014】
リゾソレニア属の藻類の培養液を調製するためのリゾソレニア属の藻類は、対数増殖期にあるリゾソレニア・セティゲラであるとよく、例えば新鮮なSWM3培地に体積比で約1/10量の対数増殖期末期または定常期初期にあるリゾソレニア・セティゲラ培養液を接種し、温度10〜15℃、光強度100〜150μmol photons m-2 s-1、明暗周期12時間明:12時間暗の培養条件下で2〜3日間培養することで、対数増殖期にあるリゾソレニア・セティゲラ培養液を調製することができる。このリゾソレニア・セティゲラ培養液に該ウイルスをウイルス粒子数が藻体細胞数の1/100〜10倍になるように接種し上記培養条件下に5日間以上置くとよい。
【0015】
ウイルスのクローニングにおける限界希釈は、100〜10-10倍の希釈段階で行うとよい。
【0016】
また、本発明は、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスに感染して、溶藻が確認されたリゾソレニア属の藻類の培養液を遠心処理し、得られた上清をリゾソレニア属の藻類の培養液に接種して培養を行う操作を少なくとも1回繰り返す工程を含む、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを継代培養する方法を提供する。
【0017】
リゾソレニア属の藻類の培養は、本発明のウイルスに感染させる前であるか、後であるかを問わず、温度10〜15℃(15℃が最も好適)、光強度100〜150μmol photons m-2 s-1、明暗周期のある条件下で行うことが好ましい。
【0018】
さらに、本発明は、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを有効成分として含む赤潮防除剤を提供する。
【0019】
さらにまた、本発明は、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを赤潮水域に散布することからなる赤潮防除方法を提供する。
【0020】
このウイルスを固定化剤に包埋して、ノリ養殖筏に設置してもよい。これにより、ウイルスを継続的に筏周辺に放出させることができる。
【0021】
固定化剤としては、合成高分子ゲル、合成樹脂プレポリマー、天然多糖類、中空糸膜、シリコンポリマー、活性炭、マイクロカプセル、各種増粘剤等を例示することができる。
【0022】
ウイルスを固定化剤に包埋したものを耐海水性のネットまたは容器に入れて、筏に吊したり、筏に固定するといった方法で波に常に洗われている状態にするとよい。
【0023】
また、本発明は、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスに感染した宿主の培養液または該培養液を濃縮して得られた懸濁液を凍結保存するか、あるいは冷暗所に保存することを含む、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる、粒径0.1μm未満のウイルスを保存する方法を提供する。凍結保存をする場合には、ウイルスに感染した宿主の培養液または該培養液を濃縮して得られた懸濁液を凍結保護剤と混合し、該混合物を凍結保存するとよい。冷暗所に保存する場合には、ウイルスに感染した宿主の培養液または該培養液を濃縮して得られた懸濁液を4℃前後の暗所に保存するとよい。
【0024】
前記ウイルスに感染した宿主の培養液を濃縮するには、1500〜2500 rpmの低速遠心分離を10〜15分間行うとよい。この操作により、高密度ウイルス感染細胞懸濁液が得られる。
【0025】
本明細書において、「赤潮」とは、プランクトンの急激な増殖に伴い海水の色が変化する現象を指す。この用語は、水産生物の被害の有無に関わらず広く用いられる。わが国の有害赤潮の原因となるプランクトンとしては、シャットネラ属、ギムノディニウム属、ヘテロシグマ属などが挙げられる。「リゾソレニア属の藻類」とは珪藻綱に属するもので、リゾソレニア属に属する種としてはリゾソレニア・セティゲラ、リゾソレニア・ロンギセタ、リゾソレニア・ヘベタータ、リゾソレニア・インブリカータ、リゾソレニア・ベルゴニー、リゾソレニア・アラタ、リゾソレニア・インディカ、リゾソレニア・デリカテュラなどが挙げられる。「リゾソレニア・セティゲラ」は、赤潮原因珪藻の一種であり、細胞は両殻が斜めに突出した棒状の円筒形である。冬季に増殖して優占種となるケースが多く、これまでにもしばしば有明海で赤潮を構成するプランクトンとして発生した(平成3年1-3月、平成5年2月、平成6年2月、平成7年1-3月、平成12年12月)。
【0026】
「ウイルス」とは、感染した宿主細胞内においてのみ増殖しうる感染性をもった球形または繊維状の微小構造体をいう。ウイルスは、二分裂で増殖することはできず、宿主細胞の生合成系を利用することでのみ自己の複製を行うという点で、細菌とは全く異なる。また、細菌の場合と比較して宿主特異性が著しく高いのが特徴である。なお、「宿主特異性が高い」とは、病原性寄生生物(この場合はウイルス)が感染し増殖しうる宿主生物種の範囲(宿主域)が狭いことを意味する。
【0027】
【発明の実施の形態】
以下、本発明を詳細に説明する。
【0028】
本研究の対象生物であるリゾソレニア・セティゲラは、赤潮原因珪藻の一種であり、細胞は両殻が斜めに突出した棒状の円筒形である。冬季に増殖して優占種となるケースが多く、これまでにもしばしば有明海で赤潮を構成するプランクトンとして発生した(平成3年1-3月、平成5年2月、平成6年2月、平成7年1-3月、平成12年12月)。
【0029】
本発明のウイルスは、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうる。リゾソレニア・セティゲラに特異的に感染して増殖しうるウイルス(RsV:リゾソレニア・セティゲラ・ウイルス)は、尾部構造および外膜構造を欠く粒径約23-26nmの球形ウイルスである。実験では、このウイルスに感染したリゾソレニア細胞は最終的に色素が抜け落ち死滅する。さらにその際、おびただしい数の複製された子孫ウイルスを放出し、新たな(すなわち、未感染の)リゾソレニア細胞の感染・死滅を誘発する。また、本ウイルスの宿主特異性は高く、これまでのところ、リゾソレニア・セティゲラ以外の植物プランクトンに対する本ウイルスの影響は全く検出されていない。
【0030】
本発明のウイルスは、以下のようにして単離することができる。まず、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスに感染しているリゾソレニア属の藻類を含有する海水(例えば、リゾソレニア赤潮終息期の海水)または海底泥中に存在するウイルスを懸濁させた海水培地を、最終的に0.1μm孔径のフィルターで濾過し、得られた濾液を対数増殖状態にあるリゾソレニア属の藻類の培養液に接種し、15℃、12時間明:12時間暗の明暗のサイクルで5-7日間、145μmol photons m -2 s-1の白色蛍光灯の照射下で培養する。光強度は市販の光量子計を用いて測定することができる。
【0031】
リゾソレニア属の藻類の培養液は、この藻類を予めマイクロピペット法または限界希釈法によりクローニングして、株化しておき、2nMのNa2SeO3含有改変SWM3培地(Chen ら, 1969, J. Phycol 5:211-220; Itoh & Imai, 1987, Shuwa, Tokyo, p.122-130)に接種後、145μmol photons m -2 s-1の白色蛍光灯を12時間明:12時間暗の明暗サイクルで照射し、15℃で培養することにより調製できる。新鮮なSWM3培地に対し体積比で約1/10量の対数増殖期末期または定常期初期にあるリゾソレニア属藻類の培養液を接種し上記条件下においた場合、培養開始後約1〜2日で対数増殖期に入る。
【0032】
次いで、リゾソレニア属の藻類の溶藻が観察された培養液をリゾソレニア属の藻類の培養液で限界希釈することによりウイルスをクローニングする。リゾソレニア属の藻類の培養液の調製法は上記のとおりである。限界希釈は次のようにして行うとよい。まず、リゾソレニア属の藻類の溶藻が観察された培養液をとり、改変SWM3培地で100〜10-10倍に段階希釈し、各希釈液を対数増殖中のリゾソレニア属の藻類の培養液に接種する。これらを、例えば 15℃、145μmol photons m-2s-1、12時間明:12時間暗の明暗周期条件下で7〜10日間培養する。培養後、リゾソレニア属の藻類の溶藻が観察された最も希釈段階の高いものを選択して、その培養液について上記の段階希釈法による処理を少なくとも2回繰り返す。最終の段階希釈法による処理の後、リゾソレニア属の藻類の溶藻が観察された培養液のうち、最も希釈段階の高い培養液を採取して、対数増殖中のリゾソレニア属の藻類の培養液に接種する。以上の操作をもって、本発明のウイルスのクローニングの完了とみなすことができる。
【0033】
ウイルスのクローニングが完了したリゾソレニア属の藻類の培養液から遠心分離(例えば、2,000〜7,000 rpm、5〜10分)により細胞残さを除去後、遠心上清を上記の要領で段階希釈法によって処理して得られた各希釈段階における死滅ウェル数から、統計的計算により上清中に存在したウイルスの密度を推定することができる。
【0034】
本発明のウイルスを赤潮水域に散布することにより、赤潮を防除することができる。赤潮の防除にあたっては、本発明のウイルスの培養液またはその上清をそのまま使用してもよいが、本発明のウイルスを活性成分として含む製剤を調製してこれを使用してもよい。本発明の赤潮防除方法および赤潮防除剤は、自然環境中にすでに存在している宿主特異性の高いウイルスを利用するので、生態系への負荷が小さな環境修復技術として、その安全性に高い期待が寄せられる。また、本発明の赤潮防除剤は、他の通常の薬剤と異なり、ウイルス自体に自己複製能が備わっているため、少量の投入で広範囲への赤潮制御が期待できる。また、ウイルスを固定化剤に包埋したものをノリ養殖筏に設置し、ウイルスを継続的に筏周辺に放出させるとよい。この方法は、ウイルスの海水中への希釈拡散を抑え、赤潮防除の対象となる筏周辺に長期間に渡り高いウイルス密度を維持する上で有効であると考えられる。固定化剤としては、合成高分子ゲル、合成樹脂プレポリマー、天然多糖類、中空糸膜、シリコンポリマー、活性炭、マイクロカプセル、各種増粘剤等を利用することができる。
【0035】
次に、本発明のウイルスを継代培養する方法について説明する。
【0036】
本発明のウイルスに感染して、溶藻が確認されたリゾソレニア属の藻類の培養液を遠心処理(例えば、7,000 rpm、5分)し、得られた上清を対数増殖中のリゾソレニア属の藻類の培養液に接種して培養を行う。培養液中の細胞密度を光学顕微鏡下で経日的にモニターする方法により、その後の藻体の増殖を評価することができる。これにより、上記の方法で継代培養したウイルスが、リゾソレニア属の藻類に対する感染性を保持していることがわかる。
【0037】
さらに、本発明のウイルスを保存する方法について説明する。殺藻因子(ウイルス)接種後120時間目の宿主培養液0.5mlを凍結保護剤と混合し、この混合物を凍結保存する。凍結保護剤としては、セルバンカー2(BLC-1、 十慈フィールド社製)を使用するとよい。例えば、殺藻因子(ウイルス)接種後120時間目の宿主培養液を等量のセルバンカー2と混合し、バイアル中に分注し、バイアルを−196℃の液体窒素中に浸漬し、凍結させ、そのままの状態で保存する。また、殺藻因子(ウイルス)接種後120時間目の宿主培養液を4℃暗所に保存してもよい。
【0038】
以下、本発明を実施例により具体的に説明する。本発明の範囲はこれらの実施例により限定されるものではない。
【0039】
【実施例】
〔実施例1〕
材料および方法
供試プランクトン
殺藻因子の分離には、有明海から分離されたリゾソレニアS3株を用いた。培地には改変SWM3培地を用い、培養は温度15°C、光強度145 μmol photons m-2 s-1、12hL: 12hDの明暗周期条件下で行った。
【0040】
殺藻因子の分離
殺藻因子の分離に供した試水は、2002年4月24日に有明海の佐賀県海域で採取された。試水を0.2μmのヌクレポアメンブレンフィルターで濾過後、得られた各濾水1mlを対数増殖中のリゾソレニアS3株の培養液1 mlにそれぞれ接種した。また、対照として0.2μm以下の画分を加熱処理(オートクレーブ(121℃×15分))したものを同様にそれぞれ接種し、上述の条件下で培養を行った。
殺藻因子をクローニングすることを目的とし、以下のように限界希釈法を2回繰り返し行った。上述の培養で溶藻が確認された培養液を改変SWM3培地で100-10-10倍に段階希釈し、各希釈液100μlを対数増殖中のリゾソレニア株の培養液150μlに接種した。実験には96穴マイクロプレートを使用し、各希釈段階につき8本立てで接種を行った。また、改変SWM3培地のみを接種したものを対照区として設けた。これらを上述の条件下で14日間培養した。溶藻が見られたウェルのうち、最も高い希釈段階で接種を行ったウェル中の溶藻培養液を複数採取し、再度上述の段階希釈法による処理を試みた。2回目の処理で溶藻が見られたウェルのうち、最高希釈段階の溶藻培養液を200μl採取し、0.1μmのヌクレポアメンブレンフィルターで濾過後、その濾液を対数増殖中のリゾソレニアS3株(溶藻がみられた実験区で使用したものと同じ株)の培養液1mlに接種した。以上の操作をもって、殺藻因子のクローニングが完了したものとみなした。また、得られた殺藻因子懸濁液を無菌検査培地ST10-1に接種し20℃で1-2日間培養後、白濁の有無によって混在する細菌の有無を確認した。
【0041】
得られた殺藻因子の力価の測定
クローン化および無菌化が完了した殺藻因子の一部について、各溶藻液を、各殺藻因子を分離する際に使用した宿主株の対数増殖期培養に接種し、上記条件下で培養を行った。接種から5日目に培養液をそれぞれ採取し、上記の限界希釈法により処理し、各希釈段階で生じた溶藻ウェル数から、供した試料中の殺藻因子密度を推定した。
【0042】
透過型電子顕微鏡および蛍光顕微鏡による微視的観察
得られた殺藻因子クローンのうちからRsV01株を選択し、各溶藻培養液2.5mlを対数増殖中のリゾソレニアS3株の培養液500mlにそれぞれ接種した。接種前および接種から約96時間後にサンプルを採取し、常法により固定包埋処理後、JEOL社製JEM-1010透過型電子顕微鏡による観察を行った。また、溶藻培養液中の殺藻因子の形態観察をネガティブ染色法により行った。
また、上述の殺藻因子クローンによる溶藻培養液350μlに、システアミン塩酸塩を添加したトリスバッファーに溶解したDAPI溶液(15μg ml-1)25μlを添加した。5-10分間、暗所で染色後、孔径0.02μmのAnodiskフィルター(Whatman)上に減圧濾過により捕集し、蛍光顕微鏡を用いて紫外線励起下で観察した。
【0043】
接種実験
上述の殺藻因子クローンによる溶藻培養液を孔径0.1μmのメンブレンフィルターで濾過して得られた濾液、ならびにその一部をオートクレーブ処理(121℃×15分)したものを、対数増殖中のリゾソレニアS3株培養液250mlに対してそれぞれ5mlずつ接種し、上述の条件下で培養を行った。実験は、各実験区につき1本立てで行い、細胞密度の変化を経日的にモニターすることで、その後の藻体の増殖を評価した。
また、感染の継続性について検討するため、溶藻培養液を7000rpmで5分間遠心し得られた上清50μlを対数増殖中のリゾソレニア株培養液1 mlに接種するという操作を3回以上繰り返し行った。また、対照として非接種区を設け、ともに上述の条件下で培養を行った。
【0044】
宿主範囲の検討
表1に示した対数増殖中の各藻体株培養液700μlに対して、上述の溶藻培養液を7000rpmで5分間遠心して得られた上清35μlをそれぞれ接種し、上述の条件下で培養を行った。また、対照として非接種区を設けた。実験は各実験区につき2本立てで行い、経日的に光学顕微鏡により被検細胞の状態を観察し、その後の藻体の増殖を評価した。接種14日後までに溶藻が確認されなかったものについては、本殺藻因子の宿主ではないものと判定した。
【0045】
ウイルスの保存
殺藻因子接種後120時間目の宿主培養液0.5mlを等量のセルバンカー2(BLC-1、 十慈フィールド社製)と混合撹拌した後、-196℃で保存した。凍結開始後17日目に解凍処理を行った。また、並行して、同じ宿主培養液を4℃暗所に17日間保存した。
保存実験に供した細胞懸濁液、解凍後のウイルス懸濁液、および冷蔵保存後のウイルス懸濁液のタイター(=力価、殺藻因子の単位体積あたりの密度)をそれぞれ限界希釈法により算出し、比較した。
【0046】
結果および考察
殺藻因子の分離
リゾソレニアS3株は、試水の0.1μm以下の画分を接種することにより、細胞の色素が失われ、死滅に至った(図1)。一方、0.1μm以下の画分を熱処理したものを接種した場合には、死滅は観察されず、増殖の継続が確認された。
有明海の試水を材料として得られた各溶藻培養液に対して、限界希釈法による処理を2回施し、表2に示す殺藻因子クローン株計9株が分離された。これらの殺藻因子株は、現在、すべて細菌の混在しない状態で、本発明者らにより培養が継続されている。
【0047】
得られた殺藻因子の力価の測定
各殺藻因子株の力価を測定した結果に基づき、各株の最高収量を表3に示した。収量は107〜108/mlのオーダーにあり、測定した株の中での最高値は3.85×108/mlであった。
【0048】
透過型電子顕微鏡および蛍光顕微鏡による微視的観察
透過型電子顕微鏡による細胞切片の観察結果を図2に示した。RsV01株の接種区では、接種から96時間目には一部の細胞の崩壊が確認された。透過型電子顕微鏡による観察の結果、殺藻因子接種から96時間後の細胞質中に小型のウイルス様粒子が多数検出された(図2D)。熱処理した殺藻因子懸濁液を接種した実験区ならびに無菌海水接種区においては、藻体細胞は活発な増殖を継続し、透過型電子顕微鏡による細胞切片観察によっても、健常な細胞内構造が観察された(図2C)。
溶藻培養液をネガティブ染色法により観察した結果、直径約23-26nm(平均24nm)の球形ウイルス様粒子が多数観察され、いずれも外膜構造ならびに尾部構造を持たないことが確認された(図2E)。
また、蛍光顕微鏡観察の結果、過去に分離された微細藻類に感染する大型2本鎖DNAウイルス(HaV, HcV等)でみられたような明瞭な粒子の染色は確認されず、DAPI染色による観察は該殺藻因子には不適であると考えられた。
【0049】
接種実験
前処理を施した殺藻因子クローンRsV01を接種した場合のリゾソレニアS3株の細胞密度の推移を図3に示した。0.1μm濾液接種区では、接種8日目から細胞密度の減少が見られた。熱処理接種区では、接種13日後においても細胞密度の減少はみられなかった。同実験に用いた培養の写真を図4に示した。
また、連続した植え継ぎ実験から、本殺藻因子クローンは対数増殖中のリゾソレニア細胞を速やかにかつ繰り返し溶藻せしめることが確認された。
以上の結果から、この殺藻因子のサイズは0.1μm未満であり、かつ加熱処理により著しく殺藻性を喪失することが示唆された。
以上のことから、このウイルス様粒子は、1)病巣部には必ずその菌もしくはウイルスが検出される、2)健常な組織からはその菌もしくはウイルスは検出されない、3)人為的にその因子を接種することにより宿主にある特定の病気を起こさせることができる、という「コッホの条件」を満たしている。このことから、このウイルス様粒子がまさしく殺藻因子であり、「ウイルス」であることが示された。本ウイルスを「RsV (リゾソレニア・セティゲラ・ウイルス)」と命名した。
【0050】
宿主特異性
RsV01株は、標的種であるリゾソレニア・セティゲラ2株を除く珪藻12種、緑藻1種、真正眼点藻1種、渦鞭毛藻9種、ユーグレナ藻1種およびラフィド藻6種に対して殺藻性を示さなかった(表1)。この実験結果から、本ウイルスがリゾソレニア・セティゲラにのみ特異的に感染するウイルスである可能性が高いと推察された。
【0051】
ウイルスの保存方法
保存実験に供した細胞懸濁液、解凍後のウイルス懸濁液、および冷蔵保存後のウイルス懸濁液のタイターをそれぞれ限界希釈法により算出した結果を図5に示した。この結果から、凍結保存処理および冷暗所保存によりRsVの力価はほとんど低下しないことが判明した。したがって、RsV懸濁液をきわめて安定な状態で簡単に保存できることが可能である。
【0052】
このように、我々は、西日本各地の海域で赤潮を形成し、貝類養殖業に多大な被害を及ぼしている渦鞭毛藻リゾソレニア・セティゲラに感染し、殺藻するウイルスRsVの分離に成功した。ウイルスは爆発的な増殖力を有することから、小規模かつ低コストで多大な効果が期待できること、本ウイルスは天然環境水中から分離されたものであること、本ウイルスはリゾソレニアに特異的に感染し、殺藻すること、を考慮すると、本ウイルスの散布はリゾソレニア赤潮の防除法として有効であることが期待される。また、RsVには「高収量性」と「高安定性」が備わっている上、きわめて小型であることから、固定化剤(合成高分子ゲル)に包埋したものをノリ養殖筏に設置し、ウイルスを継続的に筏周辺に放出させることからなる赤潮防除方法を提供する上で有利な要件を備えているといえる。
【0053】
【表1】
Figure 0003809951
【0054】
【表2】
Figure 0003809951
【0055】
なお、上記のウイルスクローンは、独立行政法人 水産総合研究センター 瀬戸内海区水産研究所(所長:福所邦彦) 赤潮環境部 赤潮生物研究室の研究グループに保管されており、特許法施行規則第27条の3の規定に準じて分譲を行う用意がある。
【0056】
【発明の効果】
本発明により、リゾソレニア属の藻類に特異的に感染して増殖しうるウイルスが提供された。また、本発明により、リゾソレニア属に特異的に感染して増殖・溶藻しうるウイルス、該ウイルスを利用するリゾソレニア赤潮防除方法およびリゾソレニア赤潮防除剤、並びに該ウイルスの単離方法、継代培養方法、および保存方法が提供された。本発明のウイルスを用いることにより、リゾソレニア赤潮を防除することができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】赤潮原因珪藻リゾソレニア・セティゲラの光学顕微鏡写真。A: 未感染の細胞、B: RsVに感染し色素を失った死滅細胞、C:外被が壊れ細胞質が漏出したRsV感染細胞。
【図2】赤潮原因珪藻リゾソレニア・セティゲラおよびRsVの電子顕微鏡写真。A:未感染の細胞の断面像、B: 未感染細胞の細胞質の拡大像、C: RsV感染細胞の断面像、D: RsV感染細胞の細胞質の拡大像、E: RsV粒子の陰性染色像。 ウイルスのサイズが小さいため断面像のみの比較では差が分かりにくいが、感染細胞の細胞質内に多数の高電子密度粒子(=ウイルス)が散在している様子が分かる。 また、陰性染色によりウイルスの形態は球形であることが推察される。
【図3】赤潮原因珪藻リゾソレニア・セティゲラに対するRsVの影響を示すグラフ。 実験区では培養開始後1日目にウイルス接種を行った。 ウイルス接種後8日目より対照区と実験区の細胞密度に顕著な差がみられ始めた。
【図4】接種実験で用いた培養の写真(ウイルス接種後11日目)。 対照区(右)に比べてウイルス接種区(左)では明らかに藻体の死滅が起こっていることが分かる。
【図5】RsVの凍結および冷蔵条件下でのタイターの変化を示すグラフ。 いずれの条件においても、保存開始時と保存開始後17日目でほとんどタイターの減少がみられないことが分かる。

Claims (8)

  1. リゾソレニア・セティゲラに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約23−26nmの球形であり、ネガティブ染色により染色されるが、DAPI染色により染色されないウイルス
  2. リゾソレニア・セティゲラに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約23−26nmの球形であり、ネガティブ染色により染色されるが、DAPI染色により染色されないウイルスを含有する液体試料をフィルターで濾過し、得られた濾液をリゾソレニア属の藻類の培養液に接種して培養を行い、リゾソレニア属の藻類の溶藻が観察された培養液を限界希釈することにより前記ウイルスをクローニングする工程を含む、リゾソレニア・セティゲラに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約23−26nmの球形であり、ネガティブ染色により染色されるが、DAPI染色により染色されないウイルスの単離方法。
  3. リゾソレニア・セティゲラに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約23−26nmの球形であり、ネガティブ染色により染色されるが、DAPI染色により染色されないウイルスに感染して、溶藻が確認されたリゾソレニア属の藻類の培養液を遠心処理し、得られた上清をリゾソレニア属の藻類の培養液に接種して培養を行う操作を少なくとも1回繰り返す工程を含む、リゾソレニア・セティゲラに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約23−26nmの球形であり、ネガティブ染色により染色されるが、DAPI染色により染色されないウイルスを継代培養する方法。
  4. 培養を、温度10〜15℃、光強度100〜150μmol photons m−2−1、明暗周期を与えた条件下で行う請求項記載の方法。
  5. リゾソレニア・セティゲラに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約23−26nmの球形であり、ネガティブ染色により染色されるが、DAPI染色により染色されないウイルスに感染した宿主の培養液または該培養液を濃縮して得られた懸濁液を凍結保存するか、あるいは冷暗所に保存することを含む、リゾソレニア・セティゲラに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約23−26nmの球形であり、ネガティブ染色により染色されるが、DAPI染色により染色されないウイルスを保存する方法。
  6. リゾソレニア・セティゲラに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約23−26nmの球形であり、ネガティブ染色により染色されるが、DAPI染色により染色されないウイルスを有効成分として含む赤潮防除剤。
  7. リゾソレニア・セティゲラに特異的に感染して増殖しうるウイルスであって、尾部構造および外膜構造を欠き、粒径約23−26nmの球形であり、ネガティブ染色により染色されるが、DAPI染色により染色されないウイルスを赤潮水域に散布することを含む赤潮防除方法。
  8. ウイルスを固定化剤に包埋して、ノリ養殖筏に設置する請求項記載の方法。
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JP2006254904A (ja) * 2005-02-18 2006-09-28 Fisheries Research Agency ミクロキスティス属のアオコ原因藍藻に特異的に感染して増殖しうるシアノファージ、該シアノファージを利用するアオコ防除方法及びアオコ防除剤並びに該シアノファージの単離方法、濃縮・精製方法、継代培養方法及び保存方法

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