JP3803756B2 - クラスターイオン種のソフトランディング方法 - Google Patents
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Description
【発明の属する技術分野】
本発明は、クラスターイオン種のソフトランディング方法に関するものであり、特に、自己組織化単分子膜の緩衝効果を利用して、多層サンドイッチ錯体等のクラスターイオン種を解離せずにより大きな速度で高収率で堆積させるクラスターイオン種のソフトランディング方法に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
従来より、原子数が5〜1000程度のクラスターは、そのサイズにより物性や反応性が変化することが知られている。例えば、有機金属錯体等のナノクラスターは、伝導性高分子や有機反応の触媒試薬等に高い有用性を示している。このようなクラスターの機能を発現させた表面を作る上で、構成原子数による著しい物性変化をコントロールするため、質量を選別したクラスターイオンを固体表面上に固定する必要がある。
【0003】
そのためには、気相中で生成したクラスターを質量選別し、基板表面にクラスターを解離させることなく蒸着するソフトランディング方法が必要である。
【0004】
このような基板表面にクラスターを解離させることなく蒸着するソフトランディング方法として、特許文献1において、基板上にAr等の不活性ガス分子層からなるマトリックスを堆積させた後、質量選別したクラスターイオン種をその基板上に蒸着するクラスターイオン種のソフトランディング方法が提案されている。
【0005】
この従来のソフトランディング方法を簡単に説明すると、図10に原理図を示すように、基板1上にAr等の不活性ガス分子層からなるマトリックス2を堆積させた後、質量選別したクラスターイオン種5を前記基板1上に蒸着する方法で、基板1上に設けた不活性ガス分子層からなるマトリックス2がクラスターイオン種5を蒸着する際に蒸発して(符号4)クラスターイオン種5の運動エネルギーを吸収するバッファとなり、高速で蒸着してもクラスターイオン種5が解離する割合が小さくなり、高収率で堆積させることが可能になる方法である。
【0006】
この方法においては、帯電による蒸着効率の低下を防ぐため、基板1からクラスターイオン種5にトンネル電子を供給してクラスターを中性化する。その際のトンネル電流量を測定することで正確な蒸着量を決定できる。
【0007】
【特許文献1】
特開2002−69622号公報
【0008】
【発明が解決しようとする課題】
しかしながら、図10の従来のソフトランディング方法においては、不活性ガスのArのマトリックス2は40°K付近で蒸発してしまうので、様々な物性測定を行う上で常にこのような低温に基板1を保つことは非常に困難である。また、この固定化方法では、V2 Bz3 (V:バナジウム、Bz:ベンゼン)等の一次元多層サンドイッチ構造を持つクラスターは容易に解離してしまい固定できない問題もある。
【0009】
本発明は従来技術のこのような問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、室温近くの比較的高温でクラスターを安定に保持し、また、V2 Bz3 等の一次元多層サンドイッチ構造を持つクラスターを解離することなく堆積させることができるクラスターイオン種のソフトランディング方法を提供することである。
【0010】
【課題を解決するための手段】
上記目的を達成する本発明のクラスターイオン種のソフトランディング方法は、基板上に自己組織化単分子膜を形成した後、質量選別したクラスターイオン種を前記基板上に蒸着することを特徴とする方法である。
【0011】
この場合に、自己組織化単分子膜がアルカンチオール自己組織化単分子膜からなり、基板が金基板あるいは金メッキが施された基板であることが望ましい。
【0012】
また、自己組織化単分子膜を構成するアルカンチオール分子鎖のチオール基と結合している端とは反対の末端には、嵩高基を結合させることもできる。
【0013】
また、クラスターイオン種としては、有機金属錯体イオン種、一次元多層サンドイッチ構造を持つクラスターイオン種を例示することができる。
【0014】
また、クラスターイオン種を電気的あるいは磁気的に偏向させることによって、基板上に所望パターン状に堆積させることも可能である。
【0015】
本発明においては、基板上に自己組織化単分子膜を形成した後、質量選別したクラスターイオン種をその基板上に蒸着するので、クラスターイオン種を高速で蒸着してもその解離する割合が小さくなり、高収率で堆積させることが可能になる。しかも、室温近くの比較的高温にしてもその固定されたクラスターを安定に保持することができる。さらに、一次元多層サンドイッチ構造を持つクラスターも解離することなく堆積させることができる。
【0016】
【発明の実施の形態】
チオール基(−SH)を持つ分子は金と特異的な結合をして、高密度・高配向な自己組織化単分子膜を金の基板上に形成することが知られており、この自己組織化単分子膜は常温で安定に存在し、均一な膜厚を容易に実現できる。
【0017】
本発明においては、クラスターイオン種のソフトランディングのための緩衝層として、例えば直鎖状のアルカンの片末端の炭素原子に結合している水素をチオール基で置換してなるアルカンチオールの自己組織化単分子膜を基板上に形成する。
【0018】
図2に、1例としてヘキサデカンチオール(CH3(CH2)15SH)自己組織化単分子膜を形成する様子を示す。図2(a)に示すように、2m mol/lのヘキサデカンチオールのエタノール溶液を用意し、その溶液中に金基板11あるいは金メッキを表面に施した基板11を入れ、図2(b)に示すように、約1日浸漬すると、溶液中のアルカンチオール分子鎖12(この例ではヘキサデカンチオール分子)が基板11表面に高密度・高配向に自己組織化する。その後、その基板11をエタノールで洗浄し乾燥させると、図2(c)に示すように、基板11表面に高密度・高配向で均一な膜厚のアルカンチオール分子鎖12の自己組織化単分子膜13が得られる。
【0019】
図1に、このようにして基板11上に形成したアルカンチオール自己組織化単分子膜13上に、クラスターイオン種14を所定運動量で入射させてソフトランディングさせる様子を示す。基板11上に上記のようなアルカンチオール自己組織化単分子膜13を形成した後、質量選別したクラスターイオン種14をその基板11上に蒸着すると、このアルカンチオール自己組織化単分子膜13のアルカンチオール分子鎖12がクラスターイオン種14の運動エネルギーを分子内振動、分子間振動等により吸収して熱エネルギー等に変換してバッファとなり、後記の実施例のように、例えば、V1 Bz2 の正イオンのようなクラスターイオン種を高速で蒸着してもその解離する割合が小さくなり、高収率で堆積させることが可能になる。しかも、従来のAr等の不活性ガス分子層を緩衝層として用いる方法に比較して、室温近くの比較的高温にしてもその固定されたクラスターを安定に保持することができる。さらに、V2 Bz3 等の一次元多層サンドイッチ構造を持つクラスターも解離することなく堆積させることができる。
【0020】
このように、基板11上に自己組織化単分子膜13を設けることにより、この自己組織化単分子膜13がクラスターイオン種14を蒸着する際の衝突エネルギーを吸収するバッファとなるので、高速で蒸着してもクラスターイオン種14が解離する割合が小さくなり、高収率で堆積させることが可能になる。
【0021】
なお、自己組織化単分子膜13の例としては、上記のようなアルカンチオール自己組織化単分子膜があり、基板11としては金基板あるいは金メッキが施された基板が例示できる。
【0022】
なお、そのアルカンチオールをSH−R−R’で表現したとき、直鎖状アルカン基Rの炭素原子数nとしては、その自己組織化単分子膜13の上に堆積させるクラスターイオン種14の質量にもよるが、10〜30程度が好ましい。直鎖状アルカン基Rの炭素原子数nが10未満であると、直鎖状アルカン基Rの柔らかさが小さくバッファ効果が小さくて、クラスターイオン種14の解離確率が増大し、nが30を越えると、基板11との間で電子のやりとりが困難になり、クラスターイオン種14の堆積に伴い基板11がチャージアップしやすくなるので、アルカンチオールSH−R−R’の直鎖状アルカン基Rの炭素原子数nは、10〜30が好適であり、さらには、12〜25がより好適である。
【0023】
また、直鎖状アルカン基Rのチオール基SH−と結合している端とは反対の末端に結合されたR’は単純なメチル基あるいはエチル基であってもよいが、イソプロピル基、t−ブチル基等の嵩高基R’が結合していたり、その末端に隣接する炭素原子から分枝したアルキル基等を有していると、アルカンチオールの端部に固定されたクラスターイオン種中の金属原子同士がある程度以上近づかないようになり、室温程度の温度を上昇させても、固定されたクラスターの解離や離脱を防止して、室温近くの比較的高温でクラスターを安定に保持することができる。
【0024】
また、自己組織化単分子膜13を形成する基板11は導電性基板であることが望ましい。
【0025】
基板11としては、クラスターイオン種14の堆積に伴う基板11のチャージアップを防止するために、導電性基板が好適であり、自己組織化単分子膜13の形成のしやすさからは、金基板あるいは金メッキが施された基板が好適である。
【0026】
また、自己組織化単分子膜13上に固定するクラスターイオン種14としては、V1 Bz2 、V2 Bz3 等の有機金属錯体イオン種が例示できる。
【0027】
クラスターイオン種14としてはどのようなものを用いてもよいが、有機金属錯体イオン種は、蒸着時の衝突エネルギーによって解離しやすいので、本発明のバッファとなる自己組織化単分子膜13を用いた蒸着法が好適となる。
【0028】
また、クラスターイオン種14は、電気的あるいは磁気的に偏向させることによって、基板11上に所望パターン状に堆積させることができる。
【0029】
クラスターイオンビームを電磁的に偏向させることによって、クラスターを基板11上に任意のパターンで堆積させることができ、それによって光の回折限界を越えた微細パターンを得ることができ、LSI等の微細加工技術等として用いることが可能になる。
【0030】
ここで、図3〜図5を参照にして、本発明の1実施例のナノクラスターイオンのソフトランディング方法を説明する。
【0031】
図3は、本発明の1実施例に用いる製造装置の概念的構成図であり、金属ターゲット21、金属ターゲット21にパルスレーザ光を照射して金属蒸気を発生させるレーザ22、Heガスを導入するためのピエゾパルスバルブ23を有する気相反応部24、発生したクラスターイオンを導く八重極イオンガイド25、ガイドされたクラスターイオンの中の所望のイオン化したクラスターイオンを選択的に偏向する四重極偏向器26、偏向されたクラスターイオンの軌道を修正する八重極偏向器27、軌道修正されたクラスターイオンの中の所望の分子量のイオン種を選択的に通過させる四重極質量選別器(フィルター)28、選択したイオン種が発散しないように基板側に導く八重極イオンガイド29、イオン種を減速する減速レンズ30、基板31、基板31を保持する液体He低温保持装置(クライオスタット)32、基板31に蒸着したイオン種を評価するための赤外光を照射する赤外光源33、及び、反射光を検出するMCT(HgCdTe)光検出器34から構成される。また、基板31には、クラスターイオンの蒸着に伴って電荷中性を保つために基板31から流れ込む電子電流を測定するためのピコ電流計35が接続されており、また、基板31と液体He低温保持装置32との間の電気的絶縁をとるために、熱伝導性の良好な絶縁体であるサファイア板36を介在させている。
【0032】
ここで、例えば、金属ターゲット21としては、V(バナジウム)ターゲットを用い、レーザ22としては100Hzでパルス駆動するNd3+:YAGレーザを用い、また、基板31としては、シリカガラス基板表面に金蒸気を蒸着したものをヘキサデカンチオール(CH3(CH2)15SH)の2m mol/lのエタノール溶液に約1日浸漬し、エタノールで洗浄し、乾燥させて、表面にヘキサデカンチオールの自己組織化単分子膜を形成したものを用いる(図2参照)。
【0033】
次いで、レーザ22からパルスレーザ光、すなわち、Nd3+:YAGレーザの二次高調波を金属ターゲット21に照射して金属蒸気、すなわち、V蒸気を発生させ、レーザ蒸発に先立ってピエゾパルスバルブ23を介して導入したパルス状の高圧のHeガスで室温まで冷却すると共に、気相反応部24へ送り出す。
【0034】
次いで、気相反応部24においては、レーザ蒸発に同期するように、Heガスで希釈したベンゼン(benzene)蒸気を注入し、V金属と反応させることによって各種のクラスターが生成される。
【0035】
すなわち、レーザ蒸発によって発生したV蒸気は、中性のV、負イオンV- 、正イオンV+ が発生するので、それによって中性のクラスター、負のクラスターイオン、及び、正のクラスターイオンが生成する。ここにおいては、正のクラスターイオン、例えば、一次元多層サンドイッチ構造を持つV−Bz二成分クラスター(V:バナジウム、Bz:ベンゼン)Vn Bzn+1 (n=1,2)を選択的に堆積させることにする。
【0036】
次いで、生成したクラスター及びクラスターイオンの中、正のクラスターイオンは八重極イオンガイド25によって導かれ、四重極偏向器26によって正のクラスターイオンのみ選択的に基板方向に導かれる。
【0037】
次いで、偏向された正のクラスターイオンを効率良く四重極質量選別器28に導入するために八重極偏向器27によってビーム軌道を修正し、次いで、四重極質量選別器28によって正のクラスターイオンの中、所望のイオン種、ここでは、V1 Bz2 あるいはV2 Bz3 の正イオンのみを選択的に通過させる。
【0038】
通過したV1 Bz2 あるいはV2 Bz3 の正イオンを八重極イオンガイド29によって発散しないように基板側に導き、次いで、V1 Bz2 あるいはV2 Bz3 の正イオンの速度を減速レンズ30によって減速した後、液体He低温保持装置32で冷却された基板31上のヘキサデカンチオールの自己組織化単分子膜上に蒸着する。
【0039】
この場合、基板31上にはヘキサデカンチオールの自己組織化単分子膜が形成されているので、V1 Bz2 あるいはV2 Bz3 の正イオンが基板31に到達すると、自己組織化単分子膜のヘキサデカンチオール分子鎖がV1 Bz2 あるいはV2 Bz3 の正イオンが有している運動エネルギーを分子内振動、分子間振動により吸収し、V1 Bz2 あるいはV2 Bz3 の正イオンが高密度で配向しているヘキサデカンチオールの自己組織化単分子膜中に包み込まれるような状態で堆積する。
【0040】
このとき、自己組織化単分子膜の厚さが薄いので、V1 Bz2 あるいはV2 Bz3 の正イオンの堆積量に応じて、基板31から電子が注入されてV1 Bz2 あるいはV2 Bz3 の正イオンを中和し、V1 Bz2 あるいはV2 Bz3 の正イオンはV1 Bz2 あるいはV2 Bz3 となる。したがって、ピコ電流計35によって基板31から流れる電流量を測定することによって、V1 Bz2 あるいはV2 Bz3 の堆積量を測定することができる。
【0041】
次いで、クラスターの堆積した基板31に赤外光源33から連続波長の赤外線を照射し、その反射光をMCT光検出器34によって検出することによって堆積したクラスターを解析する。
【0042】
まず、実施例1として、V1 Bz2 の正イオンを、衝突エネルギーを20eV、40eV、100eVとそれぞれ変化させて、基板31のヘキサデカンチオールの自己組織化単分子膜上に蒸着した。図4は、それらの場合の赤外吸収スペクトル(分解能;2cm-1) を示す。衝突エネルギーが20eVのスペクトルには、波数990cm-1、958cm-1、748cm-1の吸収ピークが観測され、衝突エネルギーが40eVのスペクトルには、波数1033cm-1、990cm-1、958cm-1、748cm-1の吸収ピークが観測され、衝突エネルギーが100eVのスペクトルには、波数1033cm-1の吸収ピークのみが観測された。
【0043】
図5は、V1 Bz2 の立体配置を示す図であり、図6(a)には、V1 Bz2 のC−H面内変角振動状態を、図6(b)には、V1 Bz2 の反対称骨格振動状態を、図6(c)には、V1 Bz2 のC−H面外変角振動状態をそれぞれ示すが(矢印は、振動方向を示す。)、上記の波数990cm-1、958cm-1、748cm-1の吸収ピークはそれぞれ図6(a)、(b)、(c)の振動状態による吸収として知られており、また、波数1033cm-1の吸収ピークはBz(ベンゼン)分子由来の吸収ピークであることが知られている。
【0044】
図4の結果から、衝突エネルギーが20eVでも、V1 Bz2 は解離することなく蒸着できることを示している。衝突エネルギーの増加に伴い、Bz分子由来の吸収ピーク(波数1033cm-1)の強度が強くなり、V1 Bz2 由来の吸収ピークの強度は弱くなる。これは衝突によりV1 Bz2 が解離し、Bz分子が生成したことを示している。そして、衝突エネルギーが50eV程度までV1 Bz2 由来の吸収ピークを確認することができる。
【0045】
この結果は、衝突エネルギーが50eV程度まではV1 Bz2 の解離を防ぐことができることが分かり、これはArの緩衝層を用いた場合と類似しており、これから、アルカンチオール自己組織化単分子膜はArの緩衝層と同様の緩衝効果を持つことが分かった。
【0046】
次に、20eVの蒸着エネルギー(衝突エネルギー)で基板31のヘキサデカンチオールの自己組織化単分子膜上に蒸着したV1 Bz2 に対して反射型赤外吸収分光法と同時に昇温脱離法を用いて、基板温度変化に対するV1 Bz2 の挙動を観察した。基板表面に固定されたV1 Bz2 の赤外吸収ピークは、基板温度が20°Kから250°Kの範囲では観測されたが、250°K以上の温度ではV1 Bz2 に起因するピークは観測されなかった。また、昇温脱離実験から、V1 Bz2 及びV原子は基板から脱離せずに、図7にその場合のBz分子の昇温脱離スペクトルを示すように、Bz分子のみが150°K付近と250°K付近で脱離することが分かった。基板表面に物理吸着したBz分子は150°K付近で脱離することから、250°K付近におけるBz分子の脱離は、V1 Bz2 の解離反応後のBz分子に由来するものである。
【0047】
この結果から、200°K付近までは、V1 Bz2 クラスターは解離せずに安定に自己組織化単分子膜表面に固定されていることが分かった。
【0048】
しかしながら、260°K付近で測定した赤外吸収スペクトルには、サンドイッチ構造を有するV1 Bz2 クラスターに起因するピークは観測されなかった。このことから、250°K付近ではV1 Bz2 クラスターは解離反応を起こしており、Bz分子の生成が急速に進行したものと考えられる。
【0049】
次に、実施例2として、V2 Bz3 の正イオンを、衝突エネルギーを20eVで、基板31のヘキサデカンチオールの自己組織化単分子膜上に蒸着した。図8は、その場合の赤外吸収スペクトル(分解能;2cm-1) を示す。波数957cm-1の吸収ピークが観測された。この吸収ピークは、図9に振動状態を示したV2 Bz3 の反対称骨格振動に対応するものであり(矢印は、振動方向を示す。)、自己組織化単分子膜を緩衝層として用いる場合に、V2 Bz3 クラスターが解離せずに安定して固定されていることが分かった。この点は、Arの緩衝層を用いる場合と異なる点であり、Arの緩衝層を用いる場合には、V2 Bz3 の幾何構造変形が起こってV2 Bz3 クラスターは固定できなかったが、本発明の方法ではV2 Bz3 のような一次元多層サンドイッチ構造を持つクラスターを解離することなく堆積させることができることが分かる。この理由としては、自己組織化単分子膜を構成するアルカンチオールの分子鎖が一次元多層サンドイッチ構造を持つクラスターの幾何構造変形を強く抑制したためと考えられる。
【0050】
以上の実施例のように、本発明においては、基板上に自己組織化単分子膜を設けた状態でクラスターイオン種を蒸着しているので、蒸着に伴う解離が大幅に抑制され、それによって、クラスターイオン種の速度を大きくしたままで蒸着することができ、したがって、空間電荷効果によるクラスターイオンビームの発散を抑えることができるので、高効率の堆積が可能になる。
【0051】
また、室温近くの比較的高温にしてもその固定されたクラスターを安定に保持することができる。
【0052】
さらに、V2 Bz3 等の一次元多層サンドイッチ構造を持つクラスターも解離せずに安定して固定することができる。
【0053】
上述のように本発明の実施例によって堆積させたクラスターは、一次元構造を有し、かつ、高密度で堆積しているので、超伝導特性が期待され、また、一次元状に配列された個々の多層サンドイッチ錯体が1つのメモリ素子を構成する超高密度磁気メモリとして期待されるものである。
【0054】
以上、本発明のクラスターイオン種のソフトランディング方法をその原理と実施例に基づいて説明してきたが、これらの説明の構成・条件に限られるものではなく、各種の変更が可能である。例えば、上記の実施例においては、堆積させるナノクラスターとしてV1 Bz2 、V2 Bz3 を例示したが、これら有機金属錯体に限られるものではなく、中心金属Mの一部をFe、Ti、Cr、Co、Ni、Ru、Os、Pd等の多くの金属に置き換えたビス・シクロペンタジエニル金属化合物(M(C5 H5 )2 )及びそれらの誘導体を用いてもよいものである。その場合には、気相反応部にベンゼンの代わりに、例えば、レーザ蒸発させたフェロセン(Fe(C2 H5 )2 )等を導入すればよい。
【0055】
さらに、メタロセン以外にも、ビス・ベンゼンクロミウム(Cr(C6 H6 )2 )あるいはウラノセン(U(C8 H8 )2 )等を始めとするサンドイッチ構造の有機金属化合物及びそれらの誘導体を用いてもよいものである。
【0056】
また、自己組織化単分子膜を形成する基板としては、金基板、金メッキが施された基板に限らず、自己組織化単分子膜の修飾が可能であれば、他の金属基板、半導体基板、絶縁体基板であってもよく、イオンの短時間の効率的蒸着のためには、導電性を持つ基板であることが望ましい。
【0057】
また、上記の実施例の説明においては、レーザ蒸発させたV原子を冷却するためにHeガスを用いているが、Heガスに限られるものではなく、Ar等の他の希ガスを用いてもよいものである。
【0058】
また、上記の実施例の説明においては、一般的な堆積工程として説明しているが、半導体製造工程における微細加工技術としても適用されるものである。例えば、近年のLSIの超小型化、高精密化の進展は、目覚ましいところであるが、レーザを用いた加工技術は、光の回折のために限界に達している。このような限界を突破する次世代技術の1つとして、最終段に偏向器、例えば、静電偏向器を配置して、電子ビーム描画のようにクラスターを基板上に任意のパターンに選択的に堆積させて、レーザの回折限界を越えた高精密なパターンを形成することが考えられる。
【0059】
さらに、本発明のクラスターイオン種のソフトランディング方法を用いて、クラスターによる表面修飾により、クラスターを新規高機能材料として、各種デバイス、触媒に適用することができる。
【0060】
【発明の効果】
以上の説明から明らかなように、本発明のクラスターイオン種のソフトランディング方法によると、基板上に自己組織化単分子膜を形成した後、質量選別したクラスターイオン種をその基板上に蒸着するので、クラスターイオン種を高速で蒸着してもその解離する割合が小さくなり、高収率で堆積させることが可能になる。しかも、室温近くの比較的高温にしてもその固定されたクラスターを安定に保持することができる。さらに、一次元多層サンドイッチ構造を持つクラスターも解離することなく堆積させることができる。そのため、実用化に耐えられる高効率かつ大量生成可能なクラスターイオン蒸着源とすることができ、新たな素材、化学物質の供給源、あるいは、微細パターンの形成手段として期待されるところが大きい。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明のクラスターイオン種のソフトランディング方法の原理を説明するための図である。
【図2】アルカンチオール自己組織化単分子膜の形成工程を例示するための図である。
【図3】本発明の1実施例に用いる製造装置の概念的構成図である。
【図4】V1 Bz2 の正イオンを基板のヘキサデカンチオールの自己組織化単分子膜上に蒸着した場合の赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図5】V1 Bz2 の立体配置を示す図である。
【図6】V1 Bz2 の各種振動状態を示す図である。
【図7】ヘキサデカンチオールの自己組織化単分子膜上に蒸着したV1 Bz2 からのBz分子の昇温脱離スペクトルを示す図である。
【図8】V2 Bz3 の正イオンを基板のヘキサデカンチオールの自己組織化単分子膜上に蒸着した場合の赤外吸収スペクトルを示す図である。
【図9】V2 Bz3 の反対称骨格振動状態を示す図である。
【図10】従来のAr等の不活性ガス分子層を緩衝層とするソフトランディング方法を説明するための図である。
【符号の説明】
1…基板
2…マトリックス
3…不活性ガス分子
4…不活性ガス分子
5…クラスターイオン種
11…金基板あるいは金メッキを表面に施した基板
12…アルカンチオール分子鎖
13…アルカンチオール自己組織化単分子膜
14…クラスターイオン種
21…金属ターゲット
22…レーザ
23…ピエゾパルスバルブ
24…気相反応部
25…八重極イオンガイド
26…四重極偏向器
27…八重極偏向器
28…四重極質量選別器(フィルター)
29…八重極イオンガイド
30…減速レンズ
31…基板
32…液体He低温保持装置(クライオスタット)
33…赤外光源
34…MCT(HgCdTe)光検出器
35…ピコ電流計
36…サファイア板
Claims (6)
- 基板上に自己組織化単分子膜を形成した後、質量選別したクラスターイオン種を前記基板上に蒸着することを特徴とするクラスターイオン種のソフトランディング方法。
- 前記自己組織化単分子膜がアルカンチオール自己組織化単分子膜からなり、前記基板が金基板あるいは金メッキが施された基板であることを特徴とする請求項1記載のクラスターイオン種のソフトランディング方法。
- 前記自己組織化単分子膜を構成するアルカンチオール分子鎖のチオール基と結合している端とは反対の末端には、嵩高基が結合されていることを特徴とする請求項2記載のクラスターイオン種のソフトランディング方法。
- 前記クラスターイオン種が、有機金属錯体イオン種であることを特徴とする請求項1から3の何れか1項記載のクラスターイオン種のソフトランディング方法。
- 前記クラスターイオン種が、一次元多層サンドイッチ構造を持つクラスターイオン種であることを特徴とする請求項1から3の何れか1項記載のクラスターイオン種のソフトランディング方法。
- 前記クラスターイオン種を電気的あるいは磁気的に偏向させることによって、前記基板上に所望パターン状に堆積させることを特徴とする請求項1から5の何れか1項記載のクラスターイオン種のソフトランディング方法。
Priority Applications (1)
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JP2002336830A JP3803756B2 (ja) | 2002-11-20 | 2002-11-20 | クラスターイオン種のソフトランディング方法 |
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