JP3799546B2 - 実時間イメージング分光方法及び実時間イメージング分光装置 - Google Patents
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【発明の属する技術分野】
本発明は、分光方法及び分光装置に関し、特に、微小時間における実時間変化のスペクトルを得る実時間イメージング分光方法及び実時間イメージング分光装置に関する。
【0002】
【従来の技術】
多くの有機化学物質や生体系で行われる光重合,光分解,光合成等の光化学反応や、半導体中の光励起では光誘起現象が生じている。このような光化学反応の初期過程や、半導体中に光励起されたキャリアの緩和現象は、数十フェムト秒から数十ピコ秒の時間内で起きる超高速現象であり、これらの光誘起現象を実時間で捉えることは、各反応状態や物質の光誘起現象を明らかにする上で極めて重要である。
【0003】
試料に励起光を照射すると試料は励起され、光の吸収あるいは透過の程度が変化する他に、励起によって光を発光(蛍光)する現象が生じる。このような物質の光誘起現象を解明するには、発光のスペクトル(波長特性)と時間変化とを求める必要がある。
【0004】
従来、光の吸収あるいは透過の変化量を時間分解する手法として、ポンプ―プローブ過渡吸収分光法、4光波混合法、発光を時間分解する方法として和周波発生分光法などの種々のレーザー分光法が知られている。これらの従来のレーザー分光法においては、時間あるいは測定波長の何れか一方を固定することによって、スペクトル(波長特性)測定と時間応答測定とをそれぞれ個別に行っている。
【0005】
スペクトル(波長特性)測定では、光学遅延回路を構成するステージを固定することで時間を固定して分光器によってスペクトルを測定し、時間変化測定では、測定波長を固定して光学遅延回路を構成するステージを移動させることで時間を変化させて時間応答を測定している。そのため、スペクトル(波長特性)測定と時間変化測定との両測定を同時に行うことができない。
【0006】
【発明が解決しようとする課題】
一方、励起によって光を発光(蛍光)する現象の解析も求められている。しかしながら、従来知られているレーザー分光法等の解析手法は、スペクトル(波長特性)測定と時間変化測定との両測定を同時に行うことができないため、測定試料の時間分解したスペクトルを得るためには、各光遅延時間毎のスペクトル測定と測定波長毎の時間応答測定とを、それぞれ遅延時間又は測定波長を変更しながら繰り返す必要があり、そのため、スペクトル測定と時間変化測定の一連の測定を行うには通常数時間から数日の長時間を要するという問題がある。また、このように長時間を要する測定では、長期間にわたってレーザーを安定して動作させる点や、長時間のレーザー照射によって試料が劣化する点においても問題がある。
【0007】
また、従来のように過渡現象を時間あるいは波長を変えながら繰り返しデータを蓄積する分光法によって測定するには、過去の反応状態の影響を排除するために反応生成物を常に取り去る必要があり、測定対象物は溶液のようにフローさせることが必要である。
【0008】
しかしながら、固体中の現象にはフォトクロミズムや光重合のように熱的に不可逆な現象が多くある。このような固体中の熱的に不可逆な現象では、励起光(ポンプ光)によって反応生成物が試料中に蓄積し、溶液のようにフローによって反応生成物を取り去ることができないため、固体中の現象の解析に従来の分光法を適用することができないという問題がある。
【0009】
例えば、固体状態のフォトクロミクック化合物は光メモリー材料として期待されており、光メモリー・光スイッチングなどの光機能性材料の物性を評価したり、これら材料を設計する際の指針を確立することが求められている他、強励起に弱い生体系試料の動的過程の研究も求められているが、このような化合物の光構造変化の動的過程を解析することは現在困難である。そのため、このような要求に対して、瞬時に時間分解したスペクトルを測定することができる分光方法や分光装置が求められている。
【0010】
したがって、発光(蛍光)現象の解析に、従来の知られているレーザー分光法等の解析手法を適用した場合にも同様の問題が予想され、時間分解とスペクトル測定を同時に行うことができる発光(蛍光)現象の解析が求められている。
そこで、本発明は前記した従来の問題点を解決し、発光(蛍光)現象の分光測定において、時間分解とスペクトル測定を同時に行うことを目的とする。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明は、試料から発した発光の光路上の通過状態をゲート光によって制御し、このゲート光の照射によって通過制御された発光を時間軸及び波長軸の二次元に展開して分光することで時間分解とスペクトル測定を同時に行う。なお、以下に説明において、発光は蛍光を含むものとする。
【0012】
本発明の実時間分光は、励起光を試料に照射することによって試料を励起して発光させ、この発光及び/又はゲート光が少なくともカー媒質上で光遅延時間を有するように、発光及びゲート光をカー媒質に重ねて照射する。ゲート光がカー媒質を照射した瞬間だけ発光はこのカー媒質上で偏光される。偏光した発光は、カー媒質の前後に偏光軸が互いに垂直な偏光板を配置することによって通過させることができる。この通過した発光を光遅延時間の時間軸及び波長軸の二次元に分光し、光遅延時間の時間幅の実時間で分光することよって、時間分解とスペクトル測定を同時に行う。
【0013】
励起光とゲート光はフェムト秒レーザーパルスから形成される。このパルス光のパルス幅はフェムト秒の単位であり、この光を遅延させることによってピコ秒単位の実時間の時間分解を行うことができる。
本発明の分光方法は、以下の態様によって発光についてスペクトル測定と共に時間分解を行うことができる。
【0014】
第1の態様では、発光及びゲート光をカー媒質上に線状又は帯状に集光して照射する。発光及び/又はゲート光は、この線状又は帯状の集光面において異なる光路差(光遅延時間)となるように入射する。この発光及び/又はゲート光を光路差を有して入射することによって、カー媒質上の波面に光遅延時間の時間差を形成する。これによって、線状又は帯状の集光面には、線方向に沿って試料励起後の光遅延時間に対する発光の情報が含まれることになり、この線状光又は帯状光を分光して波長成分を測定することによって、発光について時間分解とスペクトル測定を同時に行うことができる。
【0015】
第2の態様では、発光とゲート光をカー媒質上に線状又は帯状に集光すると共に、発光及びゲート光はこの線状又は帯状の集光面において垂直方向(法線方向)から入射し、発光又はゲート光を、カー媒質の照射前に発光の時間遅れを形成する時間遅れ形成手段に通す。これによって、線状又は帯状の集光面には、線方向に沿って試料励起後の光遅延時間に対する発光の情報が含まれることになる。この線状光又は帯状光を分光して波長成分を測定することによって、時間分解とスペクトル測定を同時に行うことができる。
【0016】
なお、時間遅れ形成手段を通過する際のチャープの発生を考慮すると、単色光であるゲート光を時間遅れ形成手段に通す構成とすることで、チャープ補正を簡易なものとすることができる。
【0017】
本発明の実時間分光装置は、試料から発した発光の光路上の通過状態を制御する照射手段と、このゲート光の照射によって通過制御された発光を時間軸及び波長軸の二次元に展開して分光する分光手段と、二次元に展開した分光を二次元的に検出する検出手段を備える。
【0018】
さらに詳細には、励起光の照射によって試料から得られる発光と、ゲート光とを重なるようにカー媒質に照射する照射手段と、ゲート光の照射による偏光の回転によってカー媒質を通過した発光を時間軸及び波長軸の二次元に分光する分光手段と、二次元の分光を二次元的に検出する検出手段とを備え、発光及び/又はゲート光は、少なくともカー媒質上において光遅延時間を有し、分光手段は光遅延時間を時間軸として分光し、光遅延時間の時間幅の実時間で分光する。
【0019】
本発明の照射手段は、フェムト秒の単位のパルス幅を有するフェムト秒レーザーパルスを発生する光源と、フェムト秒レーザーパルスから励起光を形成する波長変換素子と、試料から得られる発光を偏光する偏光板とを備え、分光手段は、偏光板と互いに偏光軸が直交する偏光板をカー媒質の後方側に備える。
【0020】
本発明の実時間分光装置は、発光又はゲート光、あるいは発光とゲート光の両方に光遅延時間を持たせることによって、カー媒質上に光遅延時間の情報を形成し、時間分解とスペクトル測定を同時に行う。この光遅延時間の形成は照射手段によって行うことができ、本発明は複数の態様の照射手段とすることができる。
【0021】
照射手段の第1の態様は、発光及びゲート光をカー媒質上に線状又は帯状に集光すると共に、発光又はゲート光の一方、あるいは発光とゲート光の両方を線状又は帯状の前記集光面において異なる光路差(光遅延時間)を持つように斜入射で照射する。この斜入射によって、カー媒質上に形成される波面には光遅延時間の時間差が形成される。これによって、カー媒質上に照射される線状又は帯状の発光又はゲート光の一方、あるいは発光とゲート光の両方は線方向に光遅延時間を有することになる。ゲート光をカー媒質上に照射すると、発光はカー媒質上で偏光する。この偏光を取り出すことによって、光遅延時間を含む情報を取り出すことができる。
【0022】
分光手段は、カー媒質上で偏光した発光を光遅延時間の時間軸に線状又は帯状に展開して分光する。
照射手段の第2の態様は、発光及び/又はゲート光に時間遅れを形成する時間遅れ形成手段と、時間遅れ形成手段を通過した発光及び/又はゲート光を線状又は帯状に形成し波面をカー媒質上に垂直に照射する光学系とを備える。これによって、カー媒質上に照射される線状又は帯状の発光及び/又はゲート光は長さ方向に光遅延時間を有することになる。また、分光手段は、カー媒質上で偏光した発光を光遅延時間の時間軸に線状又は帯状に展開して分光する。時間遅れ形成手段として、例えばエシェロンを用いることができる。
【0023】
また、本発明は、線方向に試料励起後の光遅延時間に対する発光の情報を含んだ光を分光し、この分光を二次元検出器で検出する。二次元検出器の一方の軸方向のデータから時間応答に関する時間計測を行い、他方の軸方向のデータから波長に関するスペクトル計測を行う。時間分解とスペクトルの両データを、二次元検出器の二次元配列で同時に得ることによって、発光についてスペクトルと時間を同時分解した発光スペクトルをイメージ情報として得ることができる。
また、ゲート光又は発光を光学遅延させて両者の間に時間差を形成することによって、測定時間の調整を行うことができる。
【0024】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の実施の形態を図を参照しながら詳細に説明する。図1〜図6を用いて本発明の第1の態様を説明し、図7,図8を用いて本発明の第2の態様を説明する。
【0025】
はじめに、第1の態様について説明する。図1〜図6は、第1の態様において、それぞれ構成を説明するための概略図、分光を説明するための第1の概略図、分光を説明するための第2の概略図、発光のカー媒質による偏光を説明するための概略図、時間応答及びスペクトルの測定データの概略例、及び励起光、発光、ゲート光の関係を説明するための概略信号図である。
【0026】
なお、第1の態様では、発光及びゲート光をカー媒質上に線状又は帯状に集光して照射し、集光面において異なる光路差(光遅延時間)となるように入射する。光遅延時間を形成する構成として、発光とゲート光の何れか一方をカー媒質に対して所定の入射角度を有して入射する構成、あるいは発光とゲート光の両方をカー媒質に対してそれぞれ異なる所定の入射角度を有して入射する構成とすることができる。
【0027】
以下では、発光をカー媒質に対して所定の入射角度を有して入射する構成について説明するが、ゲート光をカー媒質に対して所定の入射角度を有して入射する構成、あるいは、発光とゲート光をカー媒質に対して、互いに同じ入射角度とならないように所定の入射角度を有して入射する構成についても同様とすることができる。
【0028】
図1において、本発明の実時間分光装置1は、試料Sに励起光を照射し、この励起光によって励起された試料からの発光とゲート光とをカー媒質2jに照射する照射手段2と、カー媒質上で偏光した発光を時間軸及び波長軸に分光する分光手段3と、分光された時間軸及び波長軸の信号を二次元で検出する検出手段4を備える。第1の態様では、カー媒質2jに対して発光とゲート光とを線状又は帯状に集光し、発光をカー媒質2jに対して所定の入射角度を有して入射することよって、カー媒質2j上に照射される発光に光遅延時間を形成し、ゲート光の照射による偏光回転によって、この光遅延時間の情報を含む発光を取り出し、この光遅延時間によって時間分解を行う。
【0029】
照射手段2は、パルス幅がフェムト秒単位のフェムト秒レーザーパルスを発生するレーザー光源2aを備える。このフェムト秒レーザーパルスはビームスプリッタ2bによって2分され、一方のフェムト秒レーザーパルスは励起光として試料Sに照射され、他方のフェムト秒レーザーパルスはゲート光としてカー媒質2jに照射される。
【0030】
励起光は、レーザー光源2aから発せられたフェムト秒レーザーパルスを波長変換素子2fに通すことによって所定波長のパルス光とし、発光はミラー2c2等の光学系によって適当な大きさのビーム径(例えば、5mm径程度)にコリメートし、円筒形レンズ2h1によって線状又は帯状に形成してカー媒質2j上に集光する。
【0031】
一方、ゲート光は、光学遅延ステージ2gによって励起光側(発光側)との間の時間差を調整した後、適当な大きさのビーム径(例えば、5mm径程度)にコリメートし、円筒形レンズ2h2によって線状又は帯状に形成してカー媒質2j上に集光する。
【0032】
なお、発光の光路上には、カー媒質2jを挟んで偏光板2e1及び2e2を互いに偏光方向を90度ずらして配置し、カー媒質2j上で回転した偏光成分を抽出する。また、図1において、2c1〜2c7は励起光、発光及びゲート光の光路を形成するためのミラーである。
【0033】
円筒型レンズ2h1及び2h2は、ビーム状の光を線状又は帯状に形成する光学系である。図9はこの円筒型レンズ2hの一例を示している。図示する円筒型レンズ2hは、断面が半円形の柱状レンズであり、入射した光を集光し線状又は帯状の光として出射する。ここで、円筒型レンズ2hの長さ方向が出射される光の線方向となる。
【0034】
円筒型レンズ2h1及び2h2によって線状又は帯状に形成された発光及びゲート光は、カー媒質2j上に線状又は帯状に集光される。
この励起光で励起された試料からの発光は、ゲート光が照射されたときのみカー媒質2j上で偏光し、この偏光した発光が偏光板2e2を通過する。通過した発光は、その後レンズ系により適当な大きさに整形された後、円筒型レンズによりスリット3a上に線状又は帯状に絞られた後、分光素子3bで分光され、検出器4で検出される。
【0035】
なお、試料に対する励起光及び発光の位置関係は、励起光に対して試料から透過した方向に発光を得る透過型配置、及び励起光に対して試料から反射した方向に発光を得る反射型配置とすることができる。図1は透過型配置の例を示し、図3は反射型配置の例を示している。
【0036】
図1と図3の構成は、試料に対する励起光と発光の位置関係の点で相違し、その他の構成は共通するため、以下では主に図1の構成例に基づいて説明する。 図2において、発光はカー媒質2j上に斜入射させ、他方、ゲート光はカー媒質2j上に垂直となるような角度で発光と重なるように入射させる。図2中の発光中に示す破線は波面を表している。なお、図示する波面間の間隔は説明上から任意に定めたものであって、間隔自体に格別な意味を含むものではない。
【0037】
なお、カー媒質2jに対する発光とゲート光の入射角度は、前記したように、図2に示す構成に限らず、ゲート光をカー媒質2j上に斜入射させ、発光をカー媒質2j上に垂直となるような角度で入射させ構成の他、発光とゲート光の両方をカー媒質2j上にそれぞれ異なる入射角度で斜入射させ構成とすることもできる。
【0038】
発光は、図示するようにカー媒質2jの面に対して角度θを有して斜入射することによって、カー媒質2j上の波面への到達時間は線状又は帯状に延びる集光位置によって順次ずれることになる。例えば、図中の斜線部分を施した線状又は帯状の集光面Pにおいて、発光はまず端部Aに到達し、遅れて他方の端部Bに到達し、両端の間に光路差が形成される。この光路差はΔtの光遅延時間の時間差に対応する。例えば、発光のカー媒質2j上の線状又は帯状の集光の長さを5〜6mmとし(例えば、約5.2mm)、入射角度を30度とすると、端部Aと端部Bの両端部間の光路差は3mmとなり、時間差として約10ps(ピコ秒)の光遅延時間が形成される。なお、前記した入射角度θは30度に限られるものではなく、所定の集光面Pを形成するよう任意に設定することができ、発光のビーム径と光遅延時間から通常20度〜30度が適当である。
【0039】
この発光の入射によって得られる線状又は帯状の集光面Pの線方向の各位置の状態は、発光現象の発光過程に対応する状態を表している。したがって、線状又は帯状の集光面Pの線方向の各位置を通過した発光には、発光過程に対応する時間変化の情報が含まれ、この発光を分光することによって発光過程における波長成分を求めることができる。
【0040】
カー媒質2j上で偏光されて集光面Pから出射し、偏光板2e2を通過した発光は、スリット3a上に光遅延時間の時間軸に沿って線状又は帯状に絞られる。分光手段3bはこの光遅延時間の時間軸に沿って線状又は帯状に延びる測定光を所定の波長範囲で分光する。なお、図2では分光を示す矢印は一部のみを模式的に表示している。検出器4は二次元検出器4aを備え、この二次元検出器4aの一方の軸方向(図中のx軸方向)を分光手段3bの光遅延時間の時間軸に対応させ、他方の軸方向(図中のy軸方向)を分光手段3bの波長軸に対応させ、分光した光を時間軸と波長軸の二次元で検出する。これによって、二次元検出器4aは、光遅延時間と波長の二つの測定要素について同時に測定することができ、検出された検出信号は、光遅延時間を実時間としてスペクトルを二次元でイメージングすることができる。
【0041】
図3に示す反射型の構成においても、図2の構成と同様にして、光遅延時間と波長の二つの測定要素について同時に測定し、光遅延時間を実時間としてスペクトルを二次元でイメージングすることができる。
図4は、発光がカー媒質上で偏光して通過する状態を説明するための概略図であり、図4(a)は発光が阻止される状態を示し、図4(b)は発光が通過する状態を示している。
【0042】
カー媒質2jは2枚の偏光板2e1及び2e2の間に置かれ、両偏光板の偏光軸は互いに垂直となるように配置されている。図4(a)において、最初の偏光板2e1を通過した発光は、最初の偏光板2e1と同じ偏光方向を持つことになるため、カー媒質2jを通過した後、最初の偏光板2e1と垂直方向の偏光軸を持つ2枚目の偏光板2e2によって阻止され、通過することはできない。
【0043】
この状態において、図4(b)に示すように、発光と45度の偏光を持つ強いゲート光をカー媒質2jに当てると、このゲート光の照射時のみ光カー効果によってカー媒質2jに複屈折が生じ、発光の偏光方向がわずかに回転する。これによって、カー媒質2j上で偏光方向が回転した発光は、2枚目の偏光板2e2を通過することができる。
【0044】
図5は光遅延時間とスペクトルの二次元イメージングの一例であり、x軸方向に時間軸をとり、y軸方向に波長軸をとり、z軸方向に強度をとっている。図5(a)中において、実線で示す曲線は各時間(t1〜t6)におけるスペクトルを示し、図5(b)中において、実線及び破線で示す曲線は各波長(λ1〜λ7)における時間変化を示している。なお、図示する各時間(t1〜t6)及び各波長(λ1〜λ7)は一例であって、測定範囲内で任意に選択することができる。また、図5は曲線で表示しているが、曲線による表示に限らず、曲面によって表示することもできる。
【0045】
また、分光手段と二次元検出器は、CCD検出器分光器(例えば、1024ピクセル×1024ピクセル)によって一つの装置で構成することができ、例えば、CCDのx軸方向に試料励起後の光遅延時間に対する発光の情報を、CCDのy軸方向に分光器によって分光された波長の情報を一度に書き込む。なお、CCDにおいてデータの蓄積は、CCDの露光時間によって定まる。
【0046】
また、測定するスペクトル範囲は、例えば一例として400nm〜800nmとすることができ、このスペクトル範囲は分光器のグレーティングを交換することによって調整することができる。
【0047】
図6は発光とゲート光の関係を説明するための概略信号図である。図6(a)は、レーザー光源から発生するパルス幅がフェムト秒単位のフェムト秒レーザーパルスを示し、パルス幅は例えば約100fs(フェムト秒)で、パルスの繰り返しは約1msである。図6(b)は、励起光の照射によって試料から発せられる発光の時間変化を示している。励起による発光現象は、数十フェムト秒から数十ピコ秒の時間内で起きる超高速現象である。本発明による実時間分光では、前記した光遅延時間を用いることによって、この約10ps(ピコ秒)の超高速の時間変化を測定することができる。
【0048】
また、本発明は、約10ps(ピコ秒)程度の超高速の時間変化だけでなく、これよりも長い時間変化についても対応することができる。図6(c)〜(e)はこの比較的に長い時間変化の測定例を示している。
【0049】
図6(c)は、励起光によって励起された発光の時間変化が比較的に長い例を示している。本発明による実時間分光では、発光とゲート光との間の光遅延時間を調整することによってゲート光の照射タイミングを変え、比較的に長い時間変化中の約10ps(ピコ秒)の時間変化を測定することができる。図6(d),(e)は、時刻t1及びt2から約10ps(ピコ秒)の時間変化を示し、本発明による実時間分光は、発光に光遅延時間を含ませることによってこの時間変化を一測定で得ることができる。なお、図6(c)の測定光の時間変化は、図6(d)(図6(e))に示す測定を所定の時間間隔(例えば、約10psの単位)で繰り返すことによって求めることができる。
【0050】
時間変化を測定する時刻を変更する場合には、光学遅延ステージによってゲート光と励起光(発光)との間で時間調整を行う。例えば、時刻t1からの測定変化に代えて、時刻t2から約10ps(ピコ秒)の時間変化を測定するには(図6(c))、光学遅延ステージ2gの光路長を時刻t1と時刻t2の時間間隔に対応する長さだけ延ばすことによって、ゲート光と励起光(発光)との間で時間調整を行う。
【0051】
なお、この時間調整は、ゲート光あるいは励起光の何れか一方の光路上に光学遅延ステージを配置する構成、あるいは、ゲート光と励起光の両方の光路上に光学遅延ステージを配置する構成とすることができる。
【0052】
次に、本発明の第2の態様について説明する。図7,図8は、第2の態様において、それぞれ構成を説明するための概略図、分光を説明するための概略図である。なお、第1の態様と共通する部分については説明を省略する。
【0053】
図7において、本発明の第2の態様の実時間分光装置1は、第1の態様と同様に、試料Sに励起光を照射し、この照射で励起した発光とゲート光とをカー媒質2jに照射する照射手段2と、照射光によってカー媒質2j上で偏光し通過した発光を時間軸及び波長軸に分光する分光手段3と、分光された時間軸及び波長軸の信号を二次元で検出する検出手段4を備える。
【0054】
前記した第1の態様は、カー媒質2jに対して発光とゲート光とを線状又は帯状に集光し、発光及び/又はゲート光をカー媒質2jに対して入射角度を有して入射することによって、カー媒質2j上に照射される発光及び/又はゲート光に光遅延時間を形成し、この光遅延時間によって時間分解を行う態様であるのに対して、この第2の態様は、カー媒質2jに対して発光とゲート光とを同じく線状又は帯状に集光する際、ゲート光及び/又は発光をカー媒質2jに照射する前に、時間遅れを形成する時間遅れ形成手段に通し、この時間遅れの形成によって線状又は帯状の集光面に形成されるゲート光及び/又は発光に光遅延時間を持たせ、これによって時間分解を行う。
【0055】
なお、時間遅れ形成手段を通過する際のチャープの発生を考慮すると、単色光であるゲート光を時間遅れ形成手段に通す構成が有利であり、この構成とすることによって、後のチャープ補正が簡易なものとなる。
【0056】
ここでは、図7,8において、ゲート光を時間遅れ形成手段に通す構成について説明する。
第2の態様の照射手段2は、光遅延時間を形成する構成としてカー媒質2jに照射する前のゲート光の光路上に時間遅れを形成する時間遅れ形成手段2iを備え、時間遅れ形成手段2iを通したゲート光を円筒形レンズ2h2によって線状又は帯状に形成し、カー媒質2j上に照射される。一方、発光は円筒形レンズ2h1によって線状又は帯状に形成され、カー媒質2j上の発光部分に重ねて集光する。
【0057】
この構成によって、湾曲ミラー2c2等の光学系でコリメートされた発光は、偏光板2e1で偏光された後、円筒形レンズ2h1によってカー媒質2j上に集光され、他方、ゲート光は時間遅れ形成手段2iによって時間遅れが形成された後カー媒質2j上に集光される。この時間遅れ形成手段2iは、時間遅れの幅を異ならせることによって、カー媒質2j上の発光に光遅延時間を持たせることができる。発光は、カー媒質2j上において、ゲート光の照射によるカー効果によって偏光角が回転した後、偏光板2e2を通過する。
【0058】
時間遅れ形成手段2iで時間幅が拡張されたゲート光が照射されたとき、偏光された発光は偏光板2e2を通過し、スリット3a上に線状又は帯状に絞られた後、分光素子3bで分光され、検出器4で検出される。
【0059】
図8は、時間遅れ形成手段による時間遅れの拡張及び光遅延時間の形成状態、及び発光の時間軸及び波長軸での検出状態を示している。図8において、ゲート光は時間遅れ形成手段2iによって時間遅れを持たせると共に、時間遅れの時間幅を異ならせることによって時間幅を拡張して光遅延時間を形成しカー媒質2j上に集光させる。他方、発光は偏光板2e1を通過した後、円筒形レンズ2h1によってカー媒質2j上の集光点に集光させる。
【0060】
時間遅れ形成手段2iは、例えばエシェロンと呼ばれる光学素子を用いることができる。エシェロンは複数の光路長を備え、エシェロンに入射したパルス光は、パルス幅が拡張されると共に、光路長によって出射時に時間差が形成され、カー媒質2jに集光するゲート光に光遅延時間を与える。例えば、長さ約30mm,幅約25mmの光学材に、各段の長さが約30μmで幅が約25μmのピクセルを約1000個形成して成るエシェロンに、パルス幅が約150fs(フェムト秒)の発ゲート光を入射すると、約5ps(ピコ秒)にパルス幅が拡張されたゲート光が出射される。
【0061】
この時間幅の拡張によって、ゲート光にエシェロンの横方向に沿って光遅延時間を与えることができる。図8において、エシェロンの左端から出射される光は拡張されたパルス幅の初期の光に対応し、エシェロンの右端から出射される光は拡張されたパルス幅の後期の光に対応する。
【0062】
エシェロンの幅方向に拡張されたゲート光は、カー媒質2j上に線状又は帯状に集光される。カー媒質2j上に線状又は帯状に集光したゲート光は光遅延時間に沿って形成される。ゲート光が照射されていない場合には、発光の偏光軸は偏光板2e1と同方向であるため、これと垂直な偏光軸を持つ偏光板2e2を通過することはできない。一方、ゲート光が照射されている場合には、カー媒質2jのカー効果によって発光の偏光軸が回転するため、発光は偏光板2e2を通過し分光器及び検出器に至る。ゲート光によってカー媒質2j上で偏光した発光は、光遅延時間に沿って延びた状態で偏光板2e2に至る。
【0063】
ここで、分光器が備えるスリット(図示していない)に、光遅延時間に沿って入射光を絞り、時間軸に線状又は帯状に延びる光を分光する。検出器4は、第1の態様と同様に、二次元検出器4aを用い、この二次元検出器の一方の軸方向(図中のx軸方向)を分光器の光遅延時間の時間軸に対応させ、他方の軸方向(図中のy軸方向)を分光器の波長軸に対応させ、分光した光を時間軸と波長軸の二次元で検出する。これによって、二次元検出器は、光遅延時間と波長の二つの測定要素について同時に測定することができ、検出された検出信号は、光遅延時間を実時間としてスペクトルを二次元でイメージングすることができる。
【0064】
なお、エシェロンを発光側に設けて発光に光遅延時間を形成する態様とすることもできるが、発光は通常波長範囲が広いため、エシェロンを発光側に設ける構成ではエシェロンを通過する際に正にチャープが生じ易く、このチャープを補正する必要が生じる。これに対して、ゲート光側にエシェロンを設ける構成によれば、ゲート光は単色光であるため、エシェロンを通過する際のチャープの発生を抑えることができるという利点がある。
【0065】
第1の態様によれば、発光の入射角度を調整することによって、測定する時間幅を調整することができる。
また、本発明によれば、発光の分光測定において、時間分解とスペクトル測定を同時に行うことによって、測定時間を短縮することができる。また、長時間測定によるレーザーの不安定性や、長時間のレーザー照射による試料の劣化の問題を解決し、安定したレーザー状態で測定することができ、また、レーザー照射による試料の劣化を最小限に抑えることができる。
また、測定対象が固体であっても不可逆な発光現象を測定することができる。
【0066】
【発明の効果】
以上説明したように、本発明の実時間分光によれば、発光(蛍光)現象の分光測定において、時間分解とスペクトル測定を同時に行うことができる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の第1の態様の構成を説明するための概略図である。
【図2】本発明の第1の態様の分光を説明するための概略図である。
【図3】本発明の第1の態様の分光を説明するための他の概略図である。
【図4】本発明の発光のカー媒質による偏光を説明するための概略図である。
【図5】本発明の第1の態様の時間分解及びスペクトルの測定データの概略例である。
【図6】本発明の第1の態様の励起光、発光、ゲート光の関係を説明するための概略信号図である。
【図7】本発明の第2の態様の構成を説明するための概略図である。
【図8】本発明の第2の態様の分光を説明するための概略図である。
【図9】円筒型レンズの一例を示す図である。
【符号の説明】
1 実時間分光装置
2 照射手段
2a レーザー光源
2b ビームスプリッタ
2c ミラー
2e 偏光板
2f 波長変換素子
2g 光学遅延ステージ
2h 円筒形レンズ
2i 時間遅れ形成手段
2j カー媒質
3 分光手段
3a スリット
3b 分光素子
4 検出手段
4a 二次元検出器
S 試料。
Claims (16)
- 励起光を試料に照射することによって試料から得られる発光、及び/又はゲート光が少なくともカー媒質上で光遅延時間を有するように前記発光及びゲート光をカー媒質に重ねて照射することによって、
カー媒質上において光遅延時間を有して偏光された発光を、当該カー媒質上の一次元方向を時間軸として展開し、
前記カー媒質上に一次元方向に展開された光遅延時間を有する発光を分光することにより、
前記発光を光遅延時間の時間軸及び波長軸の二次元に分光し、前記光遅延時間の時間幅の実時間で分光することを特徴とする、実時間分光方法。 - 前記ゲート光と励起光は、フェムト秒の単位のパルス幅を有するフェムト秒レーザーパルスにより形成することを特徴とする、請求項1記載の実時間分光方法。
- 前記発光及びゲート光をカー媒質上に線状又は帯状に集光すると共に、
前記発光及び/又はゲート光を、当該線状又は帯状の当該集光面において光路差を有して入射し、
前記入射によってカー媒質上に前記光遅延時間の時間差を形成することによって、カー媒質上において光遅延時間を有して偏光された発光を、当該カー媒質上の一次元方向を時間軸として展開することを特徴とする、請求項1又は2に記載の実時間分光方法。 - 前記発光又はゲート光の何れか一方は、前記集光面の法線方向に対して所定角度を有して入射し、
他方は、前記集光面の法線方向に入射することを特徴とする、請求項3に記載の実時間分光方法。 - 前記発光及びゲート光は、前記集光面の法線方向に対してそれぞれ異なる所定角度を有して入射することを特徴とする、請求項3に記載の実時間分光方法。
- 前記発光又はゲート光の何れか一方は、前記照射前において、時間遅れを形成することによって前記光遅延時間を形成することによって、前記線状又は帯状の集光面に光路差を有して入射することを特徴とする、請求項3に記載の実時間分光方法。
- 前記カー媒質上で偏光した線状又は帯状の光を分光し、当該分光を二次元検出器で検出することによって、時間軸及び波長軸の二次元に分光した光を検出することを特徴とする、請求項1乃至6の何れか一つに記載の実時間分光方法。
- 前記発光、及び/又はゲート光を光学遅延させ、発光とゲート光との間に時間差を形成することにより、測定時間の調整を行うことを特徴とする、請求項1乃至7の何れか一つに記載の実時間分光方法。
- 励起光の照射によって試料から得られる発光とゲート光とを重なるようにカー媒質に照射し、当該照射によりカー媒質上において光遅延時間を有して偏光された発光を、当該カー媒質上の一次元方向を時間軸として展開する照射手段と、
前記ゲート光の照射によってカー媒質上に一次元方向に展開された光遅延時間を有する発光を分光する分光手段と、
前記分光を検出する検出手段とを備え、
カー媒質上の一次元方向を光遅延時間の時間軸とし、各光遅延時間の各波長を波長軸とする二次元に分光し、前記光遅延時間の時間幅の実時間で分光することを特徴とする、実時間分光装置。 - 前記照射手段は、フェムト秒の単位のパルス幅を有するフェムト秒レーザーパルスを発生する光源と、
前記フェムト秒レーザーパルスから励起光を形成する波長変換素子と、
前記試料から得られる発光を偏光する偏光板とを備え、
前記分光手段は、前記偏光板と互いに偏光軸が直交する偏光板をカー媒質後側に備えることを特徴とする、請求項9に記載の実時間分光装置。 - 前記照射手段は、前記発光及びゲート光をカー媒質上に線状又は帯状に集光すると共に、
前記発光及び/又はゲート光を、当該線状又は帯状の当該集光面において光路差を有して入射し、
前記入射によってカー媒質上に前記光遅延時間の時間差を形成し、カー媒質上において光遅延時間を有して偏光された発光を、当該カー媒質上の一次元方向を時間軸として展開することをすることを特徴とする、請求項9又は10に記載の実時間分光装置。 - 前記照射手段は、前記発光又はゲート光の何れか一方を、前記集光面の法線方向に対して所定角度を有して入射し、
他方を、前記集光面の法線方向に入射することを特徴とする、請求項11に記載の実時間分光装置。 - 前記照射手段は、前記発光及びゲート光を前記集光面の法線方向に対してそれぞれ異なる所定角度を有して入射することを特徴とする、請求項11に記載の実時間分光装置。
- 前記照射手段は、前記発光及び/又はゲート光に時間遅れを形成する時間遅れ形成手段と、
前記時間遅れ形成手段を通過した発光及び/又はゲート光を線状又は帯状に形成しカー媒質上に垂直に照射する光学系とを備え、
前記分光手段は、カー媒質上で偏光した発光を前記光遅延時間の時間軸に線状又は帯状に展開する光学系とを備えることを特徴とする、請求項9又は10に記載の実時間分光装置。 - 前記検出手段は二次元検出器を備え、一軸方向の配列によって時間軸の検出を行い、他軸方向の配列によって波長軸の検出を行うことを特徴とする、請求項9乃至14の何れか一つに記載の実時間分光装置。
- 前記照射手段は、ゲート光及び/又は発光を光学遅延させ、ゲート光と発光との間に時間差を形成して測定時間の調整する光学遅延手段を備えることを特徴とする、請求項9乃至15の何れか一つに記載の実時間分光装置。
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