JP3785695B2 - ペプチドのアミノ酸配列決定方法 - Google Patents

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Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、質量分析法によるペプチドのアミノ酸配列決定方法に関し、より詳しくは、分解イオンの発生が容易に起こり、広範な種類のペプチドのアミノ酸配列を決定し得る方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
従来より、質量分析法によるペプチドのアミノ酸配列決定方法としては、分析すべきペプチド分子をイオン化させ、発生したイオンが飛行途中で自然に分解した種々のポストソース分解イオン(Post Source Decay Ion )を分離検出することによって行なうポストソース分解(Post Source Decay,PSD)法がある。この方法は、例えば、B. Spengler et al., Rapid Commun. Mass Spectrom. 7, 902-910 (1993) 等に記載されている。
【0003】
しかしなから、ペプチドの種類によってはポストソース分解イオンが十分発生しない場合があり、このようなペプチドをPSD法で分析することは非常に困難であった。つまり、この方法は、ポストソース分解イオンが発生容易なペプチドのみにしか適用することができなかった。
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
そこで、本発明の目的は、上記の問題点を解決し、分解イオンの発生を容易にして、広範な種類のペプチドに適用し得る質量分析法によるペプチドのアミノ酸配列決定方法を提供することにある。
【0005】
【課題を解決するための手段】
本発明者は、分析すべきペプチド分子の末端に、電荷を有するアミノ酸を予め結合させることによって、分解イオンの発生を容易にできるという知見に基づき、本発明を完成するに至った。
【0006】
本発明のペプチドのアミノ酸配列決定方法は、分析すべきペプチド分子の末端に、電荷を有するアミノ酸を結合させ、このアミノ酸が結合したペプチド分子をイオン化させると共に分解イオンを発生させ、これらのイオンを質量分析法により分離検出することによる方法である。
【0007】
ペプチド分子のイオン化方法としては、特に限定されるものではないが、レーザー脱離法(LD)、マトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)、高速原子衝撃法(FAB)、液体二次イオン質量分析法(LSIMS)、液体イオン化法(LI)等が挙げられる。
【0008】
これらのうち、LD法ではマトリックスを用いないので、ペプチド分子自身が、レーザー光を吸収することが必要である。一方、MALDI法、FAB法、LSIMS法、LI法ではマトリックスを用いるので、マトリックスのみがレーザー光を吸収すれば良く、ペプチド分子自身が直接レーザー光を吸収する必要がないため、極めて多種類の化合物をイオン化することができる。
【0009】
マトリックスとしては、例えばMALDI法の場合、以下の化合物が挙げられる。レーザーとしてNd−YAG第4高調波266nmを使用する場合、ニコチン酸、2−ピラジンカルボン酸等が挙げられ、パルス窒素レーザー337nmやNd−YAG第3高調波355nmを使用する場合、シナピン酸(3,5−ジメトキシ−4−ヒドロキシケイ皮酸)、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、5−メトキシサリチル酸、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、3−ヒドロキシピコリン酸、ジアミノナフタレン、2−(4−ヒドロキシフェニルアゾ)安息香酸、ジスラノール等が挙げられ、CO2 2.94μmを使用する場合、コハク酸、5−(トリフルオロメチル)ウラシル、グリセリン等が挙げられる。
【0010】
マトリックスは光エネルギー吸収体以外の役割(例えばジアミノナフタレンはS−S結合開裂の役割)も有しているので、分析対象物の化学的・物理的性質の違いによってマトリックスも適宜選択する必要がある。また、各々のマトリックスは、それぞれ固有の吸収波長と吸光率を持っているので、使用するレーザーの波長が変われば、マトリックスも変更する必要がある。
【0011】
これらのうち、ペプチドの分析のためには、ニコチン酸、シナピン酸、2,5−ジヒドロキシ安息香酸、5−メトキシサリチル酸、α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸、ジアミノナフタレン、コハク酸、5−(トリフルオロメチル)ウラシル等が好ましい。特に、2,5−ジヒドロキシ安息香酸は、紫外光エネルギーを吸収する役割を有し且つプロトンドナーでもあり、また、極性物質と均一に混合しやすい性質を有しているので好ましい。
【0012】
また、レーザーとしてはパルス窒素レーザー337nmが、以下の点から好ましい。(i) 小型・安定・安価・取扱い容易である。(ii)337nmは、多くの化合物において吸光度が低い。(iii) パルスイオン化に十分な半値幅(500ps〜3ns)と出力(1パルス:数十〜数百μJ)を発生するので、分析対象物を急速に加熱することができる。分析対象物を急速加熱することにより、分析対象物を分解させることなく、イオン化することができる。パルスレーザーイオン化は熱イオン化の一種であるが、分子量100kDaを超えるタンパク質のような熱的不安定分子をも分解させることなく、脱離イオン化が可能である。
【0013】
以上より、MALDI法においては、パルス窒素レーザー337nmと2,5−ジヒドロキシ安息香酸の組合わせが好適である。
【0014】
MALDI法におけるサンプル調製は、通常分析対象のペプチド分子溶液とマトリックス溶液とをモル比1:100〜1:10000で混合後乾燥させ、ペプチド分子とマトリックスとがミクロンレベルで均一に混合された状態、すなわち、ペプチド分子の微細結晶を多量のマトリックス結晶が取り囲んでいる(又はアモルファス)状態にする。
【0015】
このような状態のサンプルに半値幅1ns程度のパルスレーザー光を照射すると、マトリックスがレーザー光を吸収し、熱エネルギー(ミクロ的には振動エネルギー)に変換し、マトリックスの一部が急速に加熱(加熱時間:1〜数十ns、到達温度:1000K以上)され、ペプチド分子と共に気化(昇華)される。ペプチド分子が中性のままで脱離されても、同時に気化されたプロトン、陽イオン(不純物として存在)又はマトリックスイオンが付加すれば、イオンとなる。
【0016】
このように、MALDI法は前述の他のイオン化法と比較して、以下の特長点を有し、ペプチド分析に好適な方法である。(i) 瞬時の(パルス)イオン化を行なう。(ii)効率の高いイオン化が可能である。(iii) 広範囲の化合物のイオン化が可能である。(iv)未精製や混合物状態の化合物のイオン化が可能である。
【0017】
本発明においては、ペプチド分子を好ましくはMALDI法でイオン化させ、飛行時間型質量分析法(time of flight mass spectrometry, TOFMS)によって、ポストソース分解イオンを分離検出することができる。
【0018】
TOFMS法は、(i) 高速:1スペクトル測定時間は、1ms未満である。(ii)高感度:スキャン不要であり、明るいイオン光学系である。(iii) 広範囲の測定が可能:測定可能範囲は0<m/z<∞である。(iv)安価:機械系は高精度不要で、構造が単純である。という特長点を有する。すなわち、TOFMSは、MALDIと多くの共通した特長を有し、MALDI−TOFMSは、相性の良いもの同士を組合わせた好ましい方法の一つである。
【0019】
このようなMALDI−TOFMS装置の一例を図1を参照して説明する。図1において、窒素レーザー発振器(1) から窒素レーザー光(波長:337nm)が発振される。レーザー光はミラー(2) で反射され、光学フィルター(3) によって調光され、光学レンズ(4) で集光された後、サンプル(5) に照射される。発生したイオンは、V0 の印加電圧によって図1における右方向に引き出される。引き出されたイオンは、イオンレンズ(6) 電圧VL を印加することにより、各イオン(7) が平行飛行できるようになる。
【0020】
ここで、偏向板(8) 電圧VD =0かつリフレクター(9) 電圧VR =0の場合、イオンは直線飛行し第1検出器(10)に到達する。この方法をリニアー型と呼び、特に高感度の測定が可能である。これに対して、VD =0かつリフレクター電圧(|VR |>|V0 |)を印加した場合、イオンはリフレクター内で折り返され、第2検出器(11)に到達する。この方法をリフレクター型と呼び、特に高精度・高分解能の測定が可能である。
【0021】
イオンは第1検出器(10)又は第2検出器(11)で検出増幅された後、電気信号(リニアー信号(12)、リフレクター信号(13))が測定回路へ導かれ、AD変換器(14)によってデジタル信号に変換され、コンピュータ(15)で処理される。
【0022】
飛行時間を測定するためには、時間の原点(0点)を定めなければならないが、TOFMSでは通常、イオンが発生した時間を0点とする。MALDI−TOFMSの場合、レーザー光発射とイオン発生が同時とみなすことができるため、フォトダイオード(16)によるレーザー光検波信号を、TOFの基準時間(TOF=0[s] )を表すスタート信号(17)として扱うことができる。
【0023】
図1のMALDI−TOFMS装置で、ペプチド分子(M)のMS/MS測定を行なう場合、通常は偏向板(8) に電圧を印加(VD ≠0)しておき、図1の下方にイオンを偏向させる。そして、注目しているイオン([M+H])が偏向板(8) を通過する一瞬のみVD =0とする。なお、注目しているイオン([M+H])が飛行途中で分解したイオンも、分解しないイオンと同速度で飛行し、同一時刻に偏向板(8) を通過する。
【0024】
この操作によって、注目しているイオン及びそれが分解したイオンのみが、図1の右方向に直線飛行でき、リフレクター(9) に導入される(これが1段目のMSとなる)。
【0025】
リフレクター電圧VR を印加した状態では、注目しているイオン及び分解したイオンすべてが折り返すが、分解したイオンは途中で運動エネルギーの一部を失っているため、エネルギー(m/z値)の小さい順にリフレクター(9) 内で先に折り返し、分解しないイオン([M+H])よりも早く第2検出器(11)に到達する(これが2段目のMSとなる)。
【0026】
図1の装置のリフレクター(9) では、分解したイオンまでエネルギー収束できるため、VR 一定のままですべてのイオンを同時に検出することができる。
【0027】
このようにして、ペプチド分子をMALDI法でイオン化させ、TOFMSによって、ポストソース分解イオンを分離検出することができる。
【0028】
本発明においては、分析すべきペプチド分子の末端に、電荷を有するアミノ酸を予め結合させておく。ペプチド分子末端に、電荷を有するアミノ酸を結合させておくことによって、ポストソース分解イオンの発生を容易にできる。
【0029】
ペプチド分子の末端に予め結合すべき電荷を有するアミノ酸は、電荷を有するものであれば良く、α−アミノ酸、β−アミノ酸、γ−アミノ酸、δ−アミノ酸のいずれであっても良い。α−アミノ酸としては、例えば、アスパラギン酸、グルタミン酸等の酸性アミノ酸、リジン、アルギニン、ヒスチジン等の塩基性アミノ酸を挙げることができる。
【0030】
分析すべきペプチド分子の末端に、このような電荷を有するアミノ酸を結合させるには、従来より公知のペプチド合成法を適用することができる。すなわち、液相法、固相法のいずれの合成法によってもアミノ酸を結合させることができる。
【0031】
本発明によれば、分析すべきペプチド分子の末端に、電荷を有するアミノ酸を予め結合させておくことによって、ポストソース分解イオンの発生を容易にできるので、従来、分析すべきペプチド分子そのままではポストソース分解イオンの発生が不十分なため分析不可能又は困難であったペプチドをも分析することが可能となる。
【0032】
【実施例】
以下、実施例により本発明をさらに具体的に説明する。ペプチドH-RVYIHPF-OH と、この末端にDを結合させたペプチドH-DRVYIHPF-OH の分析を行なった。
【0033】
[実施例]
この実施例においては、ペプチドH-DRVYIHPF-OH のアミノ酸配列の分析を、図1のMALDI−TOFMS装置によって行なった。
【0034】
レーザー:パルス窒素レーザー337nm
マトリックス:α−シアノ−4−ヒドロキシケイ皮酸
サンプル:ペプチド分子(0.1%TFA)溶液とマトリックス(0.1%TFA/アセトニトリル=5/5)溶液とを、ペプチド:マトリックスのモル比で1:2000で混合後乾燥させて調製した。
0 :20000V
【0035】
得られたMS/MSスペクトルチャート(分解イオン強度出力:×2)を図2に示す。ペプチド分子末端に電荷を有するDが結合しているために、TOFMSにおいて、ポストソース分解イオンが十分発生している。図2の分解物ピーク上に示された[アルファベット1文字+数字]は、ペプチド結合(−CRH−CO−NH−CR' H−)の切れた部位を示す。アルファベットa,b,cはN末端側、x,y,zはC末端側が残っているシリーズであり、数字は残っているアミノ酸残基の数を表す。
【0036】
このMS/MSスペクトルチャートから、分析を行なったペプチドのアミノ酸配列は、H-DRVYIHPF-OH であることが明らかである。
【0037】
[比較例]
ペプチドH-RVYIHPF-OH の分析を、実施例と同様の条件で、図1のMALDI−TOFMS装置によって行なったところ、図3に示すMS/MSスペクトルチャート(分解イオン強度出力:×50)が得られた。このチャートから分かるように、この比較例ではペプチド分子末端に電荷を有するアミノ酸が結合していないために、ポストソース分解イオンの発生がイオン種及びイオン感度の両面において不十分であり、アミノ酸配列の決定を行うことは困難であった。
【0038】
【発明の効果】
本発明のペプチドのアミノ酸配列決定方法によれば、上述のように、分析すべきペプチド分子の末端に、電荷を有するアミノ酸を予め結合させておくことによって、ポストソース分解イオンの発生を容易にできるので、従来、分析すべきペプチド分子そのままではポストソース分解イオンの発生が不十分なため分析不可能であったペプチドをも分析することが可能となる。その結果、広範な種類のペプチドに、本発明の方法を適用してアミノ酸配列を決定することがてきる。
【0039】
また、本発明の方法は、各種のペプチド合成法によって合成されたペプチド分子のアミノ酸配列を確認したい場合にも有用である。
【図面の簡単な説明】
【図1】 本発明の方法に適用し得るMALDI−TOFMS装置の一例を示す概略図である。
【図2】 本発明の方法により得られたペプチドH-DRVYIHPF-OH のMS/MSスペクトルチャートである。
【図3】 従来法により得られたペプチドH-RVYIHPF-OH のMS/MSスペクトルチャートである。
【符号の説明】
(1) …窒素レーザー発振器
(2) …ミラー
(3) …光学フィルター
(4) …光学レンズ
(5) …サンプル
(6) …イオンレンズ
(7) …飛行イオン
(8) …偏向板
(9) …リフレクター
(10)…第1検出器
(11)…第2検出器
(12)…リニアー信号
(13)…リフレクター信号
(14)…AD変換器
(15)…コンピュータ
(16)…フォトダイオード
(17)…スタート信号

Claims (3)

  1. 分析すべきペプチド分子の末端に、電荷を有するアミノ酸を結合させ、このアミノ酸が結合したペプチド分子をイオン化させると共に分解イオンを発生させ、これらのイオンを質量分析法により分離検出することによって、ペプチドのアミノ酸配列を決定する方法。
  2. アミノ酸が結合したペプチド分子をマトリックス支援レーザー脱離イオン化法(MALDI)によってイオン化させる、請求項1に記載のペプチドのアミノ酸配列を決定する方法。
  3. 飛行時間型質量分析法(TOFMS)によって、イオンを分離検出する、請求項2に記載のペプチドのアミノ酸配列を決定する方法。
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