JP2023184225A - グルテン形成能を有するオオムギ、その製造方法及び判定方法 - Google Patents

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達哉 池田
Tatsuya Ikeda
亮三 今井
Ryozo Imai
大介 手塚
Daisuke Tezuka
昌子 関
Masako Seki
敬 長嶺
Takashi Nagamine
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Abstract

【課題】 グルテン形成能を有するオオムギを提供すること。【解決手段】 オオムギのD-ホルデインタンパク質における、459位、473位及び534位のシステインが、グルテン形成を抑制していることを見出した。さらに、当該システインのいずれかを欠失等させることによって、オオムギにグルテン形成能を付与し得ることを明らかにした。【選択図】 なし

Description

本発明は、グルテン形成能を有するオオムギ、その製造方法及び判定方法に関する。より詳しくは、D-ホルデインのアミノ酸配列を改変することによって、グルテン形成能をオオムギに付与する方法、及び当該方法によって得られるグルテン形成能を有するオオムギに関する。本発明はまた、D-ホルデインのアミノ酸配列を指標として、オオムギにおけるグルテン形成能を判定する方法、及び、当該判定方法に用いるための、D-ホルデインをコードするヌクレオチドを標的とするオリゴヌクレオチド(プライマー、プローブ等)に関する。
国連が発表した「世界人口推計2019年版」によると、世界人口は、2019年の77億人から2030年には85億人に増加し、その後もさらに増えることが予測されており、増加した人口を賄う農作物等の食料の確保が急務となっている。一方、異常気象の頻発、砂漠化の進行、水資源の制約等に伴い、耕作可能な農地は減少の一途を辿っている。かかる状況故、日本においても、策定された「農林水産研究基本計画」にて、農林水産・食品分野における、土地利用効率の向上と食料安定供給が、目標として掲げられている。
この点に関し、オオムギは、収穫時期がコムギより早いため二毛作に適し、梅雨前収穫も可能であることから、土地利用効率を高く、ひいては、自給率を向上させ、農家の収益性を高めることもできる。また、コムギの連作による病害等を抑制することができるという優位性を持っている。
さらに、オオムギは、血中総コレステロールを下げる作用や食後の血糖値が上がりにくい作用等がある機能性成分であるβ-グルカンを多く含む。そのため、新需要創出における高品質な食品の研究開発においても、オオムギは極めて有用である。
その一方で、オオムギは、コムギのようなグルテンによる粘弾性のある生地を作ることが出来ず、加工適性が低い。そのため、オオムギは、加工度が低い食品(みそ、押麦、米粒麦、麦茶、ビール、焼酎等)に用途が限定され、粉としての利用はほとんど行われていない。
上記優位性・有用性を生かし、更なる需要拡大を進めるためにも、加工適性を改善し、コムギのようにより多様な用途で活用できることが望まれているが、そのようなオオムギは未だないのが現状である。
特開2014-54231号公報
本発明は、前記従来技術の有する課題に鑑みてなされたものであり、グルテン形成能を有するオオムギを提供することを目的とする。また、その提供を可能とする、グルテン形成能を有するオオムギの製造方法及び判定方法を提供することも目的とする。
本発明者らは、前記目的を達成すべく鋭意研究を重ねた結果、オオムギにおいてコムギのようなグルテンが出来ないのは、種子貯蔵タンパク質(オオムギホルデインとコムギグルテニン)の構造的な相違に依るものではないかと考えた。
より具体的に説明すると、オオムギは、遺伝的にコムギと近縁であり、その種子貯蔵タンパク質もプロラミンに分類され、コムギと高い類似性を有する同祖タンパク質である(図1)。コムギのグルテンでは、高分子量グルテニンと低分子量グルテニンに含まれるシステインがジスルフィド(SS)結合することにより巨大な網目構造を形成し、それがグルテンの弾性の元になる。オオムギではこのような構造ができないため、上述のとおり、加工適性が劣り用途が限定されている。
コムギのグルテニンに相当するオオムギのホルデインには、B-ホルデインとD-ホルデインがある。本発明者らは、従前、オオムギのB-ホルデイン等を有する染色体部位(1H短腕)をコムギに導入することによって、コムギの生地物性がより向上することを明らかにしている(特許文献1)。そして、このことから更に検討を進め、オオムギB-ホルデインは網目構造形成に関与する一方で、D-ホルデインが網目構造形成を阻害しているのではないかとの考えに至った。
図2に示すとおり、オオムギD-ホルデインの同祖タンパク質であるコムギの高分子量グルテニン(y型)には7個のシステインがあり、その内3個が分子間結合することでグルテンの網目構造を形成すると考えられている。一方、オオムギD-ホルデイン(例えば、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質)にはコムギy型グルテニンと同じ7個のシステインに加え、3個のシステインを有するオオムギ特異的な領域(配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域に相当)が存在し、合計10個のシステインがあることになる(Cys10)。
そして、図3に示すように、このオオムギD-ホルデインに存在し、コムギにはない3つのシステインが新たな分子間ジスルフィド結合を形成することで、過剰な分子間結合により凝集体を作り網目構造ができなくなるのではないかと仮説を立てた。
そこで、この仮説を検証すべく、本発明者らは先ず、前記3個のシステイン(配列番号:2に記載の459位、473位及び534位のシステインに相当)のうちのいずれかが変異しているオオムギを探索した。その結果、1のシステイン(配列番号:2に記載の459位のシステインに相当)がチロシンに変異した、D-ホルデイン変異(Cys9)を持つ「関東皮35号」等を見出した。そして、かかるオオムギからグルテンポリマー(水和したオオムギ粉)を調製し、走査型電子顕微鏡によって観察した。その結果、網目構造の形成を示すの画像データが得られた。また、前記グルテンポリマーのサイズ排除高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による解析では、ポリマーサイズの増大を示すデータを得ることができた。
さらに、Cys10のD-ホルデインを有するオオムギ「北陸皮71号」において、ゲノム編集によって、前記オオムギ特異的な領域を欠失させた結果(Cys7とした結果)、種子中タンパク質の重合度の高い、グルテン形成能を持つ系統を作出することに成功し、本発明を完成するに至った。
すなわち、本発明は以下の態様を提供する。
[1] グルテン形成能を有するオオムギの製造方法であって、下記工程(1)及び(2)を含む方法
(1)オオムギの細胞において、D-ホルデインタンパク質に下記(a)及び(b)に記載の少なくとも1の改変を導入する工程
(a)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のシステインを、他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変、
(b)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインの数を2個以下とする改変、
(2)工程(1)において改変が導入された細胞から、オオムギの植物体を再生する工程。
[2] D-ホルデインタンパク質に、下記(a)及び(b)に記載の少なくとも1の改変が導入された、グルテン形成能を有するオオムギ
(a)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のシステインを、他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変、
(b)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインの数を2個以下とする改変。
[3] オオムギにおけるグルテン形成能を判定する方法であって、下記工程(1)及び(2)を含む方法
(1)被検オオムギのD-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインを検出する工程、
(2)(a)配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のアミノ酸がシステイン以外のアミノ酸である若しくは欠失している場合、及び/又は、
(b)前記領域におけるシステインの数が2個以下である場合、
前記被検オオムギはグルテン形成能を有するオオムギであると判定する工程を含む、方法。
[4] [3]に記載の方法に用いるための試薬であって、下記(i)又は(ii)に記載のオリゴヌクレオチドを含む試薬
(i)配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のアミノ酸をコードするヌクレオチドを挟み込むように設計された、1対のオリゴヌクレオチド
(ii)配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のアミノ酸をコードするヌクレオチドにハイブリダイズする、オリゴヌクレオチド。
本発明によれば、グルテン形成能を有するオオムギを提供することが可能となる。
オオムギとコムギにおける、種子貯蔵タンパク質の相同関係、及び、各染色体における座乗位置を示す、概要図である。 オオムギD-ホルディンとコムギ高分子量グルテニンとの比較を示す、概要図である。 オオムギでグルテンを形成させるための方法の構想を示す、概要図である。 「新系J039」と「ユメサキボシ」を交配して得られたF4世代の集団を対象とし、9つのシステインを有するD-ホルディン変異体(Cys9)遺伝子をPCRにて検出した結果を示す、電気泳動ゲルの写真である。図中、一番左のレーンはサイズマーカーを示し、レーン1及び6はCys9を持たない系統であることを示し、レーン2~5はCys9を持つ系統であることを示す。 Cys9を有するオオムギ系統 関東皮35号と、その野生型品種(サチホゴールデン、10個のシステインを有するD-ホルディン(Cys10))とに関し、グルテンポリマー(水和した大麦粉)を走査型電子顕微鏡にて観察した結果を示す、写真である。 Cys9系統(関東皮35号)とCys10品種(サチホゴールデン)に関し、グルテンポリマーの不溶性画分をサイズ排除高速液体クロマトグラフィーにて解析した結果を示す、クロマトグラムである。 本発明にかかるゲノム編集の工程を示す、概略図である。 Cys10を有するオオムギ品種 北陸皮71号と、そのゲノム編集系統(HK11.29、7個のシステインを有するD-ホルディン(Cys7)を有する)とに関し、グルテンポリマーを走査型電子顕微鏡にて観察した結果を示す、写真である。 Cys7系統(HK11.29、図中「HK11.29-07」)、Cys10品種(北陸皮71号、図中「WT-03」)及びCys9系統(「新系J039と「ユメサキボシ」の交配系統、図中「Cys9系統」)に関し、グルテンポリマーの不溶性画分をサイズ排除高速液体クロマトグラフィーにて解析した結果を示す、クロマトグラムである。 Cys7系統(HK11.29)、Cys10品種(北陸皮71号)及びコムギに関し、グルテンポリマーの不溶性画分をサイズ排除高速液体クロマトグラフィーにて解析した結果を示す、クロマトグラムである。
(グルテン形成能を有するオオムギの製造方法)
後述の実施例に示すとおり、本発明者らは、オオムギのD-ホルデインに存在し、対応するコムギの高分子量グルテニンにはない3つのシステインのいずれかを、他のアミノ酸に置換又は欠失させることによって、オオムギにグルテン形成能を付与できることを明らかにした。よって、本発明のグルテン形成能を有するオオムギの製造方法は、D-ホルデインにおける前記システインを対象とすることを特徴とし、より具体的には以下を提供する。
グルテン形成能を有するオオムギの製造方法であって、下記工程(1)及び(2)を含む方法
(1)オオムギの細胞において、D-ホルデインタンパク質に下記(a)及び(b)に記載の少なくとも1の改変を導入する工程
(a)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のシステインを、他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変、
(b)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインの数を2個以下とする改変
(2)工程(1)において改変が導入された細胞から、オオムギの植物体を再生する工程。
本発明において、「オオムギ」は、オオムギ(Hordeum)属に属するイネ科の植物であり、とりわけHordeum vulgareを意味し、例えば、二条オオムギ(H.vulgare f.distichon)、四条オオムギ(H.vulgare subsp.vulgare)、六条オオムギ(H.vulgare f.hexastichon)、ハダカムギ(Hordeum vulgare var.nudum Hook.f.)、野生オオムギ(H.vulgare subsp.spontaneum)が挙げられる。また野生種であってもよく、栽培種(例えば、ファイバースノウ等の実用品種)であってもよい。さらに、これらオオムギの遺伝子組み換え体やゲノム編集体(例えば、病害耐性作物、除草剤耐性作物、害虫耐性作物、食味向上作物、保存性向上作物、収量向上作物)であっても良い。
本発明において、「グルテン」は、オオムギの種子貯蔵タンパク質(D-ホルデイン等)が、水和し、ジスルフィド結合によって網目状に会合することによって形成される、タンパク質を意味する。オオムギが、グルテンの形成能を有するか否かは、例えば、後述の実施例に示すとおり、水和したオオムギ粉を調製し、それをサイズ排除高速液体クロマトグラフィー(HPLC)によって解析することによって判断することができる。より具体的には、当該解析によって得られるクロマトグラムにおいて、その全ピーク面積における、グルテンに由来するピークの面積の割合が0.04以上であれば、オオムギはグルテンの形成能を有すると判断することができる。また、HPLC解析に限らず、後述の実施例に示すように、電子顕微鏡にて水和したオオムギ粉を観察し、網目構造を検出することによっても判断することができる、さらに、他の公知のグルテン検出方法によっても評価することができる。かかる公知の方法としては、例えば、SDS沈殿試験(Takata,K.ら、Prediction of bread-making quality by prolonged swelling SDS-sedimentation test.Breed.Sci.、1999年、49:221-223ページ)、グルテンインデックス法が挙げられる。
また、後述のとおり、本発明の方法が対象とするオオムギには、グルテン形成能がないもの(下記D-ホルデインが10個のシステインを有するもの)のみならず、少なからずのグルテン形成能を有するもの(例えば、下記D-ホルデインが9個以下のシステインを有するもの)も含まれる。よって、本発明の「グルテン形成能を有するオオムギ」とは、本発明にかかる後述の改変によって、当該改変前よりも「グルテン形成能が向上したオオムギ」と言い換えることもできる。
本発明において改変導入の対象となる「D-ホルデイン」としては、典型的には、配列番号:2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられる。また、配列番号:4,6,8,10、12又は14に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質も、本発明にかかるD-ホルデインの例として挙げられる。さらに、本発明にかかるD-ホルデインは、このような10個のシステインを有するもののみならず、後述の改変を導入することによって、グルテン形成能が向上する限り、保持するシステインの数は、9個以下(例えば、8個以下、7個以下、6個以下、5個以下、4個)であってもよい。9個以下のシステインを有するD-ホルデインとしては、例えば、配列番号:16又は18に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質が挙げられるが、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸配列又は当該配列に対応する領域において、少なくとも1個のシステインを有していることが望ましい。さらに、D-ホルデインのアミノ酸配列において、配列番号:2に記載の41位又は該部位に対応する部位のシステイン、配列番号:2に記載の692位又は該部位に対応する部位のシステイン、及び、配列番号:2に記載の745位又は該部位に対応する部位のシステインが、グルテン形成に関与し得る。よって、本発明にかかるD-ホルデインは、これら3部位のシステインを有していることが望ましい。
なお、「対応する」とは、例えば、BLAST(http://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)、DNA解析ソフトウェア(GENETYX-MAC、Sequencher等)を利用し、他品種のD-ホルデインのアミノ酸配列を、配列番号:2に記載のアミノ酸配列と整列させた際に、配列番号:2に記載の部位又は領域と同列になることを意味する。
また、自然界においてもヌクレオチド配列が変異することは起こり得ることである。そして、それに伴いコードするアミノ酸も変化し得る。したがって、本発明にかかるD-ホルデインは、上記例示したアミノ酸配列そのものに限定されることなく、例えば、配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16又は18に記載のアミノ酸配列において1又は複数のアミノ酸が置換、欠失、付加、及び/又は挿入されたアミノ酸配列からなるタンパク質も含まれる。
ここで「複数」とは、通常150アミノ酸以内、好ましくは80アミノ酸以内、より好ましくは70アミノ酸以内、さらに好ましくは60アミノ酸以内、より好ましくは50アミノ酸以内、さらに好ましくは40アミノ酸以内、より好ましくは35アミノ酸以内、さらに好ましくは30アミノ酸以内(例えば、25アミノ酸以内、20アミノ酸以内、15アミノ酸以内)、特に好ましくは10アミノ酸以内(例えば、9アミノ酸以内、8アミノ酸以内、7アミノ酸以内、6アミノ酸以内、5アミノ酸以内、4アミノ酸以内、3アミノ酸以内、2アミノ酸)である。
さらに、現在の技術水準においては、当業者であれば、特定の遺伝子が得られた場合、その遺伝子のヌクレオチド配列情報を利用して、同種若しくは他の植物から、その相同遺伝子を同定することが可能である。相同遺伝子を同定するための方法としては、例えば、ハイブリダイゼーション技術(Southern,E.M.,J.Mol.Biol.,98:503,1975)やポリメラーゼ連鎖反応(PCR)技術(Saiki,R.K.,et al.Science,230:1350-1354,1985、Saiki,R.K.et al.Science,239:487-491,1988)が挙げられる。相同遺伝子を同定するためには、通常、ストリンジェントな条件下でハイブリダイゼーション反応を行なう。ストリンジェントなハイブリダイゼーションの条件としては、6M 尿素、0.4% SDS、0.5xSSCの条件又はこれと同等のストリンジェンシーのハイブリダイゼーション条件を例示できる。よりストリンジェンシーの高い条件、例えば、6M 尿素、0.4% SDS、0.1xSSCの条件を用いれば、より相同性の高い遺伝子の単離を期待することができる。よって、本発明にかかるD-ホルデインには、配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16又は18に記載のアミノ酸配列をコードするヌクレオチド配列(例えば、配列番号:1、3、5、7、9、11又は13に記載のヌクレオチド配列)からなるDNAとストリンジェントな条件でハイブリダイズするDNAがコードするアミノ酸配列からなるタンパク質も含まれる。
同定された相同遺伝子がコードするタンパク質は、通常、前記特定の遺伝子がコードするそれと高い相同性(高い類似性)、好ましくは高い同一性を有する。ここで「高い」とは、少なくとも80%以上、好ましくは85%以上、より好ましくは90%以上、さらに好ましくは95%以上(例えば、96%以上、97%以上、98%以上、99%以上)のことである。よって、本発明にかかるD-ホルデインには、配列番号:2、4、6、8、10、12、14、16又は18に記載のアミノ酸配列と80%以上の相同性(類似性)又は80%以上の同一性を有するアミノ酸配列をコードする遺伝子が含まれる。
配列の相同性は、BLASTのプログラム(Altschul et al.J.Mol.Biol.,215:403-410,1990)を利用して決定することができる。該プログラムは、Karlin及びAltschulによるアルゴリズムBLAST(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,87:2264-2268,1990,Proc.Natl.Acad.Sci.USA,90:5873-5877,1993)に基づいている。例えば、BLASTによってアミノ酸配列を解析する場合には、パラメーターは、例えばscore=50、wordlength=3とする。また、Gapped BLASTプログラムを用いて、アミノ酸配列を解析する場合は、Altschulら(Nucleic Acids Res.25:3389-3402,1997)に記載されているように行うことができる。BLASTとGapped BLASTプログラムを用いる場合には、各プログラムのデフォルトパラメーターを用いる。これらの解析方法の具体的な手法は公知である。
このようなD-ホルデインにおいて、本発明において導入される改変は、下記(a)及び(b)の少なくとも1の改変である。
(a)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のシステインを、他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変、
(b)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインの数を2個以下とする改変。
前記改変(a)において、システインから置き換わる「他のアミノ酸」としては、システイン以外のアミノ酸であれば特に制限はない。かかる「置換」及び「欠失」としては、当該システインのみの置換及び欠失のみならず、各々当該システインを含むアミノ酸配列の置換及び欠失であってもよい。また、前記3つの部位においては、1のシステインの改変(配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位のシステインを他のアミノ酸に置換若しくは欠失させる改変、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位のシステインを他のアミノ酸に置換若しくは欠失させる改変、又は、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位のシステインを他のアミノ酸に置換若しくは欠失させる改変)であってもよく、2のシステインの改変(配列番号:2に記載の459位又は該部位に対応する部位のシステインを他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変、及び、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位のシステインを他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変;配列番号:2に記載の459位又は該部位に対応する部位のシステインを他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位のシステインを他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変;又は;配列番号:2に記載の473位又は該部位に対応する部位のシステインを他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位のシステインを他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変)であってもよく、3つのシステイン全てにおける改変であってもよい。
前記改変(b)に関し、D-ホルデインは、6つの領域に分けることができる。シグナルペプチド(配列番号:2に記載の1~21位のアミノ酸配列に相当)、N末領域(配列番号:2に記載の22~131位のアミノ酸配列に相当)、R1領域(PGQGQQGYYPSATSPQQを繰り返し単位とする反復配列を含む領域、配列番号:2に記載の132~453位のアミノ酸配列に相当)、R2領域(配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸配列に相当)、R3領域(PEQGQQTTVSを繰り返し単位とする反復配列を含む領域、配列番号:2に記載の541~715位のアミノ酸配列に相当)、C末領域(配列番号:2に記載の716~757位のアミノ酸配列に相当)の6領域である(Yong Qiang Guら、Genome、2003年12月、46(6)、1084~1097ページ、Xinkun Huら、Genetica.2018年6月、146(3)、255~264ページ等 参照のほど)。
本願明細書において「配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域」、「オオムギ特異的な領域」又は「Cys領域」とも称する領域は、前記R2領域であり、後述の実施例に示すとおり、この領域におけるシステイン数が2以下であれば、オオムギはグルテン形成能を有し得る。なお、配列番号:2、4、6、8、10、12又は14に記載のアミノ酸配列が示すとおり、通常、オオムギのこの領域におけるシステインは3つである。そのため、通常、改変(a)によって、R2領域におけるシステインは2個以下となる。しかしながら、前記3つのシステインの部位(配列番号:2に記載の459位又は該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位又は該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位又は該部位に対応する部位のシステイン)以外に、R2領域においてシステインを有するオオムギは生じ得る。よって、このようなオオムギにおいては、前記3つの部位のみならず、当該領域においてシステイン数を2以下にする改変を行うことが考えられる。かかる場合、当該改変後のR2領域におけるシステイン数は1個が好ましく、0個がより好ましい。
このようなアミノ酸配列の改変は、D-ホルデインをコードする遺伝子への変異導入によって行うことができる。かかる公知の遺伝子への変異導入方法としては、ゲノム編集法、物理的変異導入法、化学的変異剤を用いる方法が挙げられるが、これらに限定はされない。
ゲノム編集法は、部位特異的なヌクレアーゼ(例えば、ジンクフィンガーヌクレアーゼ(ZFN)、転写活性化様エフェクターヌクレアーゼ(TALEN)、CRISPR-Cas酵素等のDNA二本鎖切断酵素)を利用して、標的遺伝子を改変する方法である。例えば、ZFNs(米国特許6265196号、8524500号、7888121号、欧州特許1720995号)、TALENs(米国特許8470973号、米国特許8586363号)、ヌクレアーゼドメインが融合されたPPR(pentatricopeptiderepeat)(Nakamura et al.,Plant Cell Physiol 53:1171-1179(2012))等の融合タンパク質や、CRISPR-Cas9(米国特許8697359号、国際公開2013/176772号)、CRISPR-Cpf1(Zetsche B.et al.,Cell,163(3):759-71,(2015))やTarget-AID(K.Nishida et al.,Targeted nucleotide editing using hybrid prokaryotic and vertebrate adaptive immune systems,Science,DOI:10.1126/science.aaf8729,(2016))等のガイドRNAとタンパク質の複合体、あるいはタンパク質の複合体を用いる方法が挙げられる。
「Cas酵素」としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、I型CRISPR系酵素、II型CRISPR系酵素、III型CRISPR系酵素等が挙げられるが、II型CRISPR系酵素であるCas9が好ましい。「Cas9」としては、特に制限はなく、目的に応じて適宜選択することができ、肺炎連鎖球菌(Streptococcus pneumoniae)のCas9、化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)のCas9、S.サーモフィラス(Streptococcus thermophilus)のCas9、黄色ブドウ球菌(Staphylococcus aureus)のCas9等が挙げられるが、化膿性連鎖球菌(Streptococcus pyogenes)のCas9(SpCas9)が好ましい。また、これらの生物に由来するCas9の変異体であってもよく、ニッカーゼ(一方のDNA鎖のみにnickを入れるDNA切断酵素)として機能することが知られているCas9のD10A変異体であってもよく、Cas9ホモログ、又はオルソログであってもよい。
物理的変異導入法としては、例えば、重イオンビーム(HIB)照射、速中性子線照射、ガンマ線照射、紫外線照射が挙げられる(Hayashiら、Cyclotrons and Their Applications、2007年、第18回国際会議、237~239ページ、及び、Kazamaら、Plant Biotechnology、2008年、25巻、113~117ページ 参照)。
化学的変異剤を用いる方法としては、例えば、化学変異剤によって種子等を処理する方法(Zwar及びChandler、Planta、1995年、197巻、39~48ページ等 参照)が挙げられる。化学変異剤としては特に制限はないが、N-メチル-N-ニトロソウレア(MNU)、エチルメタンスルホート(EMS)、N-エチル-N-ニトロソウレア(ENU)、アジ化ナトリウム、亜硫酸水素ナトリウム、ヒドリキシルアミン、N-メチル-N’-ニトロ-N-ニトログアニジン(MNNG)、N-メチル-N’-ニトロソグアニジン(NTG)、O-メチルヒドロキシルアミン、亜硝酸、蟻酸及びヌクレオチド類似体が挙げられる。
以上の方法により変異が導入されたオオムギについては、公知の方法により、D-ホルデイン遺伝子に本発明にかかる改変(変異)が導入されていることを確認することができる。かかる公知の方法としては、例えば、DNAシークエンス法(次世代シークエンシング法等)、PCR法、マイクロアレイを用いた解析法、サザンブロット法、ノーザンブロット法が挙げられる。かかる方法によれば、D-ホルデインのR2領域をコードするヌクレオチド配列に変異(欠失)が導入されているか否かを、変異導入前後の当該配列又はそれらの長さを比較することによって判断することができる。
また、D-ホルデイン遺伝子に本発明にかかる変異が導入されていることを確認する他の方法として、TILLING(標的誘導型ゲノム特定位傷害、Targeting Induced Local Lesions IN Genomes)が挙げられる(Sladeら、Transgenic Res.、2005年、14巻、109~115ページ、及び、Comaiら、Plant J.、2004年、37巻、778~786ページ 参照)。特に、前述の重イオンビーム照射や化学的変異剤等を用いてオオムギのゲノム中に非選択的変異を導入した場合にはD-ホルデイン遺伝子又はその一部をPCRで増幅した後に、該増幅産物に変異を有する個体を、前記TILLING等により選抜することができる。
また、上述の方法により変異が導入されたオオムギと変異導入前(例えば、野生型)のオオムギとを交配させ、戻し交配を行うことにより、目的とする遺伝子以外の遺伝子に導入された変異を除去することもできる。
D-ホルデイン遺伝子に本発明の変異が導入されたオオムギが、D-ホルデイン遺伝子のヘテロ接合体である場合がある。そのような場合、例えば、かかるヘテロ同士を交配してF1植物体を得ることにより、当該F1植物体から当該変異が導入されたD-ホルデイン遺伝子を有するホモ接合体を選抜する。この場合、「当該変異が導入されたD-ホルデイン遺伝子を有するホモ接合体であるムギ」には、互いに同一である変異を有するD-ホルデイン遺伝子の対立遺伝子(allele)を2つ有するオオムギだけでなく、第1の変異を有する第1のD-ホルデイン遺伝子と、第2の変異を有する第2のD-ホルデイン遺伝子とを有するオオムギが含まれる。
本発明において、D-ホルデイン遺伝子への本発明にかかる変異導入は、上述の方法等に応じ、オオムギの植物体、種子又は植物細胞に対して行うことができる。植物細胞には、オオムギ由来の培養細胞の他、植物体中の細胞も含まれる。さらに、種々の形態のオオムギ由来の細胞、例えば、生殖系列細胞、懸濁培養細胞、プロトプラスト、葉の切片、カルス、未熟胚、花粉等が含まれる。
また、本発明において、上述の、部位特異的ヌクレアーゼ、融合タンパク質又はガイドRNAとタンパク質の複合体をコードするDNA等を、ベクターに挿入した形態にてオオムギの細胞に導入してもよい。
D-ホルデイン遺伝子に変異を導入するための前記DNAが挿入されるベクターとしては、オオムギの細胞内で挿入遺伝子を発現させることが可能なものであれば特に制限はないが、前記DNAを恒常的又は誘導的に発現させるためのプロモーターを含有しうる。恒常的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、イネのユビキチンプロモーター、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモーター、イネのアクチンプロモーター、トウモロコシのユビキチンプロモーター等が挙げられる。また、誘導的に発現させるためのプロモーターとしては、例えば、糸状菌・細菌・ウイルスの感染や侵入、低温、高温、乾燥、紫外線の照射、特定の化合物の散布等の外因によって発現することが知られているプロモーター等が挙げられる。さらに、本発明にかかるDNAとしてガイドRNA等の短いRNAをコードするDNAを発現させるためのプロモーターとしては、U6プロモーター等polIII系のプロモーターが好適に用いられる。
オオムギの細胞へ前記DNA又は該DNAが挿入されたベクター等を導入する方法としては、例えば、iPB(in planta Particle Bombardment)法等のパーティクルボンバードメント法、アグロバクテリウムを介する方法(アグロバクテリウム法)、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポーレーション)、リポソーム法、マイクロインジェクション法、ウィスカー法、プラズマ法、レーザーインジェクション法が挙げられる。なお、iPB法については、例えば、特開2017-205104号公報及び特開2017-205103号公報に開示されている。
なお、DNAの形態をとらずとも、上述の、部位特異的ヌクレアーゼ、融合タンパク質は、タンパク質として、上述の、ガイドRNAは、RNAとして、オオムギの細胞に導入しても、変異を導入することはできる。
このように、本発明においては、前記DNA、該DNAが挿入されたベクター、前記タンパク質、前記RNAといったD-ホルデイン遺伝子を標的とする物質を用いることにより、オオムギにグルテン形成能を付与することができる。したがって、本発明は、前記DNA、該DNAが挿入されたベクター、前記タンパク質及び前記RNAからなる群から選択される、オオムギのD-ホルデイン遺伝子を標的とする少なくとも1の物質を有効成分として含む、オオムギにグルテン形成能を付与するための薬剤も提供し得る。
かかる薬剤においては、2種の有効成分を1つの組成物中に含む態様であってもよく、2種の有効成分を別々の組成物中に含む態様(所謂、キット)であってもよい。また、本発明の薬剤においては、上記物質の他、緩衝液、安定剤、保存剤、防腐剤等の他の成分が添加してあってもよい。
また、上述の方法等によりD-ホルデインに上記本発明にかかる改変が導入された細胞からオオムギの植物体を再生することにより、グルテン形成能を有するオオムギを得ることができる。
例えば、ムギに関する形質転換植物体を作出する手法としては、Tingayら(Tingay S.et al.Plant J.11:1369-1376,1997)、Murrayら(Murray F et al.Plant Cell Report 22:397-402,2004)、及びTravallaら(Travalla S et al.Plant Cell Report 23:780-789,2005)に記載された方法を挙げることができる。また、Tabeiら(田部井豊 編、「形質転換プロトコール[植物編]」、株式会社化学同人、2012年9月20日出版)に記載に方法等を用い、形質転換及び植物体への再生を行なうことができる。
(グルテン形成能を有するオオムギ)
上述の方法等により、D-ホルデインに上記本発明にかかる改変が導入された、グルテン形成能を有するオオムギを得ることができる。したがって、本発明は、
D-ホルデインタンパク質に、下記(a)及び(b)に記載の少なくとも1の改変が導入された、グルテン形成能を有するオオムギを提供する
(a)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のシステインを、他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変、
(b)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインの数を2個以下とする改変。
なお、D-ホルデイン、当該タンパク質における改変、該改変によってグルテン形成能が付与されるオオムギ等については、上述のとおりである。また、かかる本発明のオオムギからは、既存の生来的にグルテン形成能を有するオオムギ(例えば、後述の実施例に示す、本発明者らによってグルテン形成能を有することは初めて明らかになった「関東皮35号」、「Nigrinudum」、「Hungarian」、「エチオピア1、「エチオピア7」、「エチオピア59」、「エチオピア63」、「COL/NEPAL/1985/IBPGR/23」、「新系J039」)は除かれる。
また、一旦、グルテン形成能が付与されているオオムギ(植物体)が得られれば、該植物体から有性生殖又は無性生殖により子孫を得ることが可能である。さらに、該植物体やその子孫あるいはクローンから繁殖材料(例えば、種子、切穂、株、カルス、プロトプラスト等)を得て、それらを基に該植物体を量産することも可能である。したがって、本発明には、グルテン形成能を有するオオムギの子孫及びクローン、並びに、それらの繁殖材料が含まれる。なお、繁殖材料としては、例えば、種子、株、カルス、プロトプラストが挙げられる。
さらに、グルテン形成能を有するオオムギは、コムギのように高い加工適性を示す。すなわち、高い生地物性(ムギ粉から調製される生地の強さ、硬さ、ミキシング耐性及び安定度から選択される少なくとも1の物性)、ひいては高い二次加工適性(パン等のムギ加工食品の製造における適性)を、本発明のグルテン形成能を有するオオムギは有する。
したがって、本発明は、本発明のグルテン形成能を有するオオムギの種子、当該種子から調製されたオオムギ粉(当該種子を製粉したオオムギ粉)、当該オオムギ粉を含むオオムギ加工食品も、本発明は提供し得る。
本発明において「オオムギ粉」とは、オオムギの種子を製粉して得られるものであればよく、製粉に使用する部位、挽き方等、特に制限はなく、例えば、強力粉、中力粉、薄力粉、全粒粉、グラハム粉、セモリナ粉が挙げられる。
また、前記オオムギ粉から製造される「オオムギ加工食品」としても、特に制限はなく、例えば、食パン、ロールパン、コッペパン、クロワッサン、デニッシュ、フランスパン、ベーグル、スコーン、マフィン、菓子パン、惣菜パン、乾パン等のパン類;中華麺、うどん、スパゲッティ、マカロニ、沖縄そば、そうめん、ひやむぎ、そば等の麺類;餃子の皮;麩;パイ、ドーナツ、クッキー、ビスケット、クラッカー、かりんとう、カステラ、ケーキ、まんじゅう等の菓子類が挙げられる。
<オオムギにおけるグルテン形成能を判定する方法>
後述の実施例に示すとおり、本発明者らは、オオムギのD-ホルデインにおいて、対応するコムギ高分子量グルテニンにはないオオムギ特異的な領域におけるシステインが、グルテン形成を抑制していることを明らかにした。よって、本発明のオオムギにおけるグルテン形成能を判定する方法は、前記特異的領域に存在するシステインを指標とすることを特徴とし、より具体的には以下を提供する。
オオムギにおけるグルテン形成能を判定する方法であって、下記工程(1)及び(2)を含む方法
(1)被検オオムギのD-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインを検出する工程、
(2)(a)配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のアミノ酸がシステイン以外のアミノ酸である若しくは欠失している場合、及び/又は、
(b)前記領域におけるシステインの数が2個以下である場合、
前記被検オオムギはグルテン形成能を有するオオムギであると判定する工程を含む、方法。
本発明において、「被検オオムギ」について、特に制限はなく、上述のとおり、Hordeum属に属するイネ科の植物、とりわけHordeum vulgareであればよい。また、本発明の判定方法における「D-ホルデインタンパク質」、「配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域」、「配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位」及び「グルテン形成能」については、上述のとおりである。
本発明において「D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインの検出」は、D-ホルデインタンパク質をコードするゲノムDNA、前記ゲノムDNAからの転写産物、前記転写産物からの翻訳産物(D-ホルデインタンパク質)を対象として行うことができる。
本発明における検出には、公知の手法を用いることができる。「D-ホルデインタンパク質をコードするゲノムDNA」を対象とする場合においては、先ず、被検オオムギからDNA試料を調製する。DNAを抽出するためのオオムギとしては、成長した植物体のみならず、種子や幼植物体を用いることもできる。DNA試料を抽出するための組織としては、例えば、葉を利用することができる。オオムギからゲノムDNAを抽出する方法としては特に制限はなく、公知の手法を適宜選択して用いることができ、例えば、SDSフェノール法、CTAB法、アルカリ処理法が挙げられる。また、DNeasy Plant mini kit(QIAGEN, Germany)等の市販のキットを利用することもできる。
また、本発明における検出は、当業者であれば、公知の多型の検出方法を用いて行うことが出来る。かかる多型の検出方法としては、後述の実施例に示すような、PCR-SSP(PCR-配列特異的プライマー)法が挙げられる。配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位等がシステインであるか否か(以下、単に「多型」とも称する)をPCR-SSP法により検出する場合には、プライマーを構成する一対のオリゴヌクレオチドのうちの片方のオリゴヌクレオチドの3’末端が前記多型の部位の特定の塩基種に相補的な塩基種になるように設計する。そして、このように設計された一対のオリゴヌクレオチドを用いたPCRにより増幅されるのは、前記部位の特定の塩基種を有する被検オオムギに由来するゲノムDNAを鋳型にした場合に限られ、前記部位が異なる塩基種である被検オオムギに由来するゲノムDNAを鋳型にした場合は増幅されない。このため、かかる一対のオリゴヌクレオチドを利用することにより、多型を検出することができる。
多型を検出するためのさらに別の方法としては、PCR-SSCP(PCR-一本鎖高次構造多型)法が挙げられる。すなわち、多型部位を挟み込むように設計された一対のオリゴヌクレオチドを用いたPCRにより増幅された2本鎖DNAを、熱やアルカリ等で処理することにより変性させ、1本鎖DNAにした後、変性剤を含まないポリアクリルアミドゲル電気泳動にかけると、ゲル中で1本鎖DNAは分子内相互作用により折り畳まれ、高次構造を形成することになる。そして、その折り畳まれ構造の相互作用は、塩基種の相違により変化するため、分離した当該1本鎖DNAを銀染色やラジオアイソトープにより検出し、当該1本鎖DNAのゲル上での移動度を対照と比較することにより、多型を検出することができる。
多型を検出する別の方法としては、インターカレーターを利用する方法が挙げられる。この方法においては、先ず、被検オオムギから、上述のとおり、ゲノムDNAを調製する。次いで、DNA二重鎖間に挿入されると蛍光を発するインターカレーターを含む反応系において、前記ゲノムDNAを鋳型として、多型部位を含む領域を増幅する。そして、前記反応系の温度を変化させ、前記インターカレーターが発する蛍光の強度の変動を検出し、検出した前記温度の変化に伴う前記蛍光の強度の変動を対照と比較する。このような方法としては、HRM(high resolution melting、高分解融解曲線解析)法が挙げられる。
多型をを検出するさらに別の方法としては、多型部位を含む領域にハイブリダイズするオリゴヌクレオチドプローブを利用する方法が挙げられる。この方法においては、先ず、被検オオムギから、上述のとおり、ゲノムDNAを調製する。一方で、多型部位を含む領域に特異的にハイブリダイズし、レポーター蛍光色素及びクエンチャー蛍光色素が標識されたオリゴヌクレオチドプローブを調製する。そして、前記ゲノムDNAに、前記オリゴヌクレオチドプローブをハイブリダイズさせ、さらに前記オリゴヌクレオチドプローブがハイブリダイズした前記ゲノムDNAを鋳型として、多位を含むDNAを増幅する。そして、前記増幅に伴うオリゴヌクレオチドプローブの分解により、前記レポーター蛍光色素が発する蛍光を検出する。このような方法としては、ダブルダイプローブ法、いわゆるTaqMan(登録商標)プローブ法が挙げられる。
また、多型を検出する別の方法としては、多型部位を含むDNAを単離し、単離したDNAの配列を決定することにより実施することができる。該DNAの単離は、例えば、多型の部位を挟み込むように設計された一対のオリゴヌクレオチドを用いて、ゲノムDNAを鋳型としたPCR等によって行うことができる。単離したDNA配列の決定は、マキサムギルバート法やサンガー法等、当業者に公知の方法で行うことができる。また、次世代シーケンシング(NGS;Next Generation Sequencing)に供することにより、配列決定を行なうこともできる。そして、このようにして決定した配列情報に基づき、前記領域におけるシステインの数を検出することが可能となる。
次世代シーケンシング法としては特に制限はないが、合成シーケンシング法(sequencing-by-synthesis、例えば、イルミナ社製Solexaゲノムアナライザー、Hiseq又はMiseqによるシーケンシング)、パイロシーケンシング法(例えば、ロッシュ・ダイアグノステックス(454)社製のシーケンサーGSLX又はFLXによるシーケンシング(所謂454シーケンシング))、リガーゼ反応シーケンシング法(例えば、ライフテクノロジー社製のSoliD又は5500xlによるシーケンシング)等が挙げられる。
さらに、本発明は上記方法に限定されることはなく。例えば、RFLP(Restriction Fragment Length Polymorphism;制限酵素断片長多型)、CAPS法(PCR-RFLP法)、変性剤濃度勾配ゲル電気泳動法(DGGE法)、インベーダー(Invader)法、シングルヌクレオチドプライマー伸長(SNuPE)法、アレル特異的オリゴヌクレオチド(ASO)ハイブリダイゼーション法、リボヌクレアーゼAミスマッチ切断法、DNAアレイ法といった、多型を検出するための他の公知の技術も、本発明において利用し得る。
また、「前記ゲノムDNAからの転写産物」を対象とする場合においては、例えば、上述の多型検出方法の他、RT-PCR法、ダイレクトシークエンシング、ノーザンブロッティング、ドットブロット法、cDNAマイクロアレイ解析を用いることができる。
また、本発明において、翻訳産物(D-ホルデインタンパク質)を検出する方法としては、例えば、免疫染色法、ウェスタンブロッティング法、ELISA法、フローサイトメトリー法、免疫沈降法、抗体アレイ解析が挙げられる。これら方法においては、配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のアミノ酸を含む領域をエピトープとする、D-ホルデインに対する抗体が用いられる。
このようなD-ホルデインに対する抗体は、当業者であれば適宜公知の手法を選択して調製することができる。かかる公知の手法としては、前記少なくとも1の部位のアミノ酸を含む領域からなるポリペプチド等を免疫動物に接種し、該動物の免疫系を活性化させた後、該動物の血清(ポリクローナル抗体)を回収する方法や、ハイブリドーマ法、組換えDNA法、ファージディスプレイ法等のモノクローナル抗体の作製方法が挙げられる。
また、翻訳産物の検出において、標識物質を結合させた抗体を用いれば、当該標識を検出することにより、D-ホルデインを直接検出することが可能である。標識物質としては、抗体に結合することができ、検出可能なものであれば特に制限されることはなく、例えば、ペルオキシダーゼ、β-D-ガラクトシダーゼ、マイクロペルオキシダーゼ、ホースラディッシュペルオキシダーゼ(HRP)、フルオレセインイソチオシアネート(FITC)、ローダミンイソチオシアネート(RITC)、アルカリホスファターゼ、ビオチン及び放射性物質が挙げられる。さらに、標識物質を結合させた抗体を用いてD-ホルデインを直接検出する方法以外に、標識物質を結合させた二次抗体、プロテインG又はプロテインA等を用いてD-ホルデインを間接的に検出する方法を利用することもできる。
<オオムギにおけるグルテン形成能を判定するための薬剤>
本発明は、前述の判定方法に用いるための試薬であって、下記(i)又は(ii)に記載のオリゴヌクレオチドを含む試薬をも提供する。
(i)配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のアミノ酸をコードするヌクレオチドを挟み込むように設計された、1対のオリゴヌクレオチド
(ii)配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のアミノ酸をコードするヌクレオチドにハイブリダイズする、オリゴヌクレオチド。
これらポリヌクレオチドは、D-ホルデイン遺伝子の特定のヌクレオチド配列に相補的なヌクレオチド配列を有する。ここで「相補的」とは、ハイブリダイズする限り、完全に相補的でなくともよい。これらポリヌクレオチドは、該特定のヌクレオチド配列に対して、通常、80%以上、好ましくは90%以上、より好ましくは95%以上、特に好ましくは100%の相同性を有する。
(i)本発明にかかる前記少なくとも1の部位のアミノ酸をコードするヌクレオチドを挟み込むように設計された一対のオリゴヌクレオチド(プライマーセット)に関し、該オリゴヌクレオチドの長さは、通常15~100ヌクレオチドであり、好ましくは17~30ヌクレオチドであり、より好ましくは17~22ヌクレオチドである。なお、上述の検出法によっては、当該一対のオリゴヌクレオチドのうちのどちらか片方のオリゴヌクレオチドは、前記少なくとも1の部位のアミノ酸をコードするヌクレオチドに相補的なヌクレオチド配列を含んでいてもよい。
本発明の一対のオリゴヌクレオチドの例としては、後述の実施例に示した下記プライマーセットが挙げられる。
配列番号:21に記載のオリゴヌクレオチド及び配列番号:22に記載のオリゴヌクレオチド、
配列番号:25に記載のオリゴヌクレオチド及び配列番号:26に記載のオリゴヌクレオチド。
(ii)本発明にかかる前記少なくとも1の部位のアミノ酸をコードするヌクレオチドにハイブリダイズする、オリゴヌクレオチド。(オリゴヌクレオチドプローブ)に関し、オリゴヌクレオチドプローブは、通常のハイブリダイゼーション条件下、好ましくはストリンジェントなハイブリダイゼーション条件下において、多型を含む領域に特異的にハイブリダイズするものが好ましい。
また、本発明のオリゴヌクレオチドは、適宜、アイソトープ、蛍光色素、ビオチン等によって標識して用いてもよい。標識する方法としては、T4ポリヌクレオチドキナーゼを用いて、オリゴヌクレオチドの5’端を32Pでリン酸化することにより標識する方法、及びクレノウ酵素等のDNAポリメラーゼを用い、ランダムヘキサマーオリゴヌクレオチド等をプライマーとして32P等のアイソトープ、蛍光色素又はビオチン等によって標識された基質塩基を取り込ませる方法(ランダムプライム法等)を例示することができる。
本発明のオリゴヌクレオチドは、例えば市販のオリゴヌクレオチド合成機により作製することができる。オリゴヌクレオチドプローブは、制限酵素処理等によって取得される二本鎖DNA断片として作製することもできる。また、本発明のオリゴヌクレオチドは、天然のヌクレオチド(デオキシリボヌクレオチド(DNA)やリボヌクレオチド(RNA))のみから構成されていなくともよく、非天然型のヌクレオチドにてその一部又は全部が構成されていてもよい。本発明に用いられる非天然型のヌクレオチドとしては、天然のヌクレオチドと同様の機能を有するものであれば特に制限されないが、多型を含む領域等に対するハイブリダイゼーションの効率を上昇させ、オリゴヌクレオチドプライマー及びオリゴヌクレオチドプローブの鎖長を短くすることができるという観点から、PNA(polyamide nucleic acid)、LNA(登録商標、locked nucleic acid)、ENA(登録商標、2’-O,4’-C-Ethylene-bridged nucleic acids)、及びこれらの複合体が好ましい。なお、PNAは、DNAやRNAのリン酸と5炭糖からなる主鎖をポリアミド鎖に置換したものである。LNAとはBNA(Bridged Nucleic Acid、架橋化核酸)とも称され、ヌクレオチドの2’の酸素と4’の炭素を架橋したRNAである。
前記の試薬においては、有効成分であるオリゴヌクレオチド以外に、例えば、滅菌水、生理食塩水、植物油、界面活性剤、脂質、溶解補助剤、緩衝剤、保存剤等が必要に応じて混合されていてもよい。
さらに、本発明は、前記オリゴヌクレオチドを含む、オオムギにおけるグルテン形成能を判定する方法に用いるためのキットも提供することができる。本発明のキットにおいては、前記オリゴヌクレオチド以外の標品を含むことができる。このような標品としては、例えば、被検オオムギからゲノムDNAを抽出するための試薬、PCR反応に必要な試薬(例えば、デオキシリボヌクレオチドや耐熱性DNAポリメラーゼ等)が挙げられる。また、キットには、前記判定方法等も記載した、その使用説明書を含めることができる。
また、上記の通り、上記少なくとも1の部位のアミノ酸を含む領域をエピトープとする、D-ホルデインに対する抗体も、本発明の判定方法に用いられ得る。よって、前述のオリゴヌクレオチド同様に、本発明においては、当該抗体を含む、オオムギにおけるグルテン形成能を判定するための薬剤又はキットの態様も提供し得る。
<グルテン形成能を有するオオムギを育種する方法>
本発明は、グルテン形成能を有するオオムギを育種する方法を提供する。かかる育種方法は、(a)グルテン形成能を有するオオムギと任意の品種とを交配させる工程、
(b)工程(a)における交配により得られた個体の中から、上述の方法により、グルテン形成能を有すると判定されたオオムギを、選抜する工程を含む。
「グルテン形成能を有するオオムギ」としては、当該形成能を有する限り、特に制限はないが、例えば、後述の実施例に示す、「関東皮35号」、「Nigrinudum」、「Hungarian」、「エチオピア1、「エチオピア7」、「エチオピア59」、「エチオピア63」、「COL/NEPAL/1985/IBPGR/23」、「新系J039」が挙げられる。また当該オオムギと交配させる「任意の品種」としては、例えば、グルテン形成能を有さないオオムギの品種が挙げられるが、これに制限されない。本発明の育種方法を利用すれば、グルテン形成能を有するオオムギを、幼植物等の段階で適宜選抜することが可能となり、当該形質を有する品種の育成を、短期間で行うことが可能となる。
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。
[実施例1] オオムギD-ホルデインに関する解析等
上記[課題を解決するための手段]に記載のとおり、本発明者らは、オオムギにおいてコムギのようなグルテンが出来ないのは、種子貯蔵タンパク質(オオムギホルデインとコムギグルテニン)の構造的な相違に依るものではないかと考えた。より具体的には、オオムギD-ホルデインに存在し、コムギにはない3個のシステインが更なる分子間ジスルフィド結合を形成することで、過剰な分子間結合により凝集体を作りグルテン(網目構造)ができなくなるのではないかとの仮説を立てた(図3)。
そこで、この仮説を検証すべく、本発明者らは先ず、前記3個のシステインのうちのいずれかが変異しているオオムギを探索した。その結果、1のシステイン(配列番号:2に記載の459位のシステインに相当)がチロシンに変異した、D-ホルデイン変異(Cys9)を持つ系統「関東皮35号」を見出した。なお、同様にして、D-ホルデイン中のシステインの数が9個であるオオムギとして、当該系統以外に、「Nigrinudum」、「Hungarian」、「エチオピア1、「エチオピア7」、「エチオピア59」、「エチオピア63」、「COL/NEPAL/1985/IBPGR/23」、「新系J039」も見出した。
そして、先ず、「新系J039」と「ユメサキボシ(Cys10系統)」を交配したF4世代の集団を用い、以下に示す方法にて、Cys9変異体の検出を試みた。また、「関東皮35号」及びその野生型(サチホゴールデン、Cys10)等を用い、グルテンポリマー(水和したオオムギ粉)を調製した。さらに、これらグルテンポリマーについて、走査型電子顕微鏡による観察及びサイズ排除高速液体クロマトグラフィー(HPLC)による解析を行った。
(方法)
1.1. DNA抽出
オオムギ種子2粒の胚の部分をグラインダーで削り出し、DNA extraction buffer(1.25%(w/v) SDS,500mM NaCl,100mM Tris-Cl,EDTA,pH8.0、Dellaporta,S.L.et al.(1983) A plant DNA minipreparation:Version II. Plant Mol Biol Rep 1:19-21 参照)500μLを加え、vortexにて攪拌懸濁した。65℃で15分インキュベートした後、160μLの5M 酢酸カリウムを加えてよく混ぜ、氷上で10分静置した。12500rpm,5分遠心分離し、上澄みを500μLに330μLのイソプロパノールを加えてよく混ぜ、氷上に5分静置後、12500rpm,5分遠心分離した。上澄みを捨て500μLの70% エタノールで洗浄し、乾燥後、RNase(7μg/mL)を含むTE 50μLに溶解させ、65℃で10分インキュベートし、下記PCRの鋳型DNAとして用いた。
1.2. PCR
25μLの反応液(1.5mM MgCl、0.1mM 各dNTP、5pmol 各プライマー(Dh-C9-3:5’-GCCGGGCTGCTGACCCTGG-3’(配列番号:21)、Dh-C9-4:5’-GGTCGGTGCAAGGGGCGTA-3’
(配列番号:22))、0.5U Hotstar Plus DNA polymerase(キアゲン),x1 PCR buffer(キアゲン)、50ng 鋳型DNA)を調製した。GeneAmp PCR System 9700(アプライドバイオシステムズ)を用い、前記反応液を、94℃,5分の熱変成後、35サイクル(94℃,30秒、55℃,30秒、72℃,30秒)及び72℃,7分の反応に供した。得られたPCR産物は、1.0%(w/v) アガロースゲル及びTAE bufferを用いた電気泳動に供し、分画した。得られた結果を図4に示す。
1.3 グルテンポリマーの調製
オオムギ種子から搗精麦を調製し、さらに、製粉機(宝田工業・家庭用製粉機 M-300A、サタケ・米粉対応小型製粉機SRG05)を用い、大麦粉に調製した。得られた大麦粉 0.010gに、抽出バッファー(0.5% SDS,50mM NaHPO-NaHPO pH6.9)を1ml加え、5分間vortexにて攪拌懸濁した。12500rpmにて1分遠心した後、上澄みを針付きシリンジ(3ml)で吸い上げ、針を取り外し、フィルター(ADVANTEC,DISMIC-13HP PTFF 0.45μm)で濾過した。エッペンドルフチューブに入れ、80℃で5分処理し、可溶性画分として保存した。ペレットに抽出バッファーを1ml加え、超音波処理(東京理化,VCX-130,130W,プローブ径3mm、30% 出力、30秒)し、12500rpmにて1分遠心した後、上澄みを針付きシリンジで吸い上げ、針を取り外し、0.45μmのフィルターで濾過した。エッペンドルフチューブに入れ、80℃で5分処理し、不溶性画分として保存した。
1.4. 走査型電子顕微鏡による観察
大麦粉のサンプルをカーボンテープに付け、その上に水を滴下したものを走査型電子顕微鏡(日立ハイテクノロジー社 走査型電子顕微鏡S-3400N,TypeIIクールステージ付)を用い、真空度80Pa、-25℃の条件下で観察した。得られた結果を図5に示す。
1.5. サイズ排除HPLCによるグルテンポリマー解析
プレカラム:TSK-GUARD Column 7.5*75(東ソー)とカラム:TSK-GEL G4000SW 7.5*300(東ソー)を用い、バッファー:0.1% TFAと100% アセトニトリルを1:1 各0.25ml/minで混合し、カラム温度35℃、測定波長214nm、泳動時間40分の条件で行った。
(結果と考察)
1.6. PCRによる変異体の検出
「新系J039」と「ユメサキボシ」を交配したF4世代の集団を対象とし、それら集団においてCys9変異体を有する系統を判別できるかを検証した。なお、「新系J039」がCys9系統で「ユメサキボシ」がCys10系統である。「新系J039」由来のD-ホルデイン遺伝子及びそれがコードするアミノ酸配列を、各々配列番号:13及び14に示す。「ユメサキボシ」由来のD-ホルデイン遺伝子及びそれがコードするアミノ酸配列を、各々配列番号:17及び18に示す。また、このPCRにおける解析には、前記チロシン(配列番号:2に記載の459位のシステインに対応するアミノ酸)をコードするヌクレオチドにハイブリダイズするフォワードプライマー(Dh-C9-4)と、配列番号:2に記載の682~688位に相当するアミノ酸コードするヌクレオチドにハイブリダイズするリバースプライマー(Dh-C9-3)とを用いた。
その結果、図4に示すとおり、前記PCRにて、Cys9変異体に特異的なバンド(約0.6kbp)の増幅が認められた(図4におけるレーン2~5)。一方、Cys10に関しては当該バンドは認められず(図4におけるレーン1及び6)、かかるプライマーを用いることにより、Cys9変異体を特異的に検出し、判別できることが明らかになった。
1.7. サイズ排除HPLCによるグルテンポリマー解析
図5に示すとおり、Cys9系統では、その野生型(Cys10品種)と比して、凝集体を作ると考えられる不溶性ポリマー1(UPP1)のピークに対して、網目構造を作ると考えられる不溶性ポリマー2(UPP2)のピークの割合が多くなる傾向が認められた。すなわち、オオムギD-ホルデインに存在し、コムギグルテニンにはないシステインが、更なる分子間ジスルフィド結合を形成することで、過剰な分子間結合が生じ、凝集体が作られる一方で、網目構造ができなくなることが明らかになった(Cys10品種)。一方、当該システインが他のアミノ酸に置換等されることによって、前記凝集体の形成が抑制されつつ、網目構造(グルテン)が形成され易くなることも明らかになった(Cys9系統)。
[実施例2] ゲノム編集
以下に示す方法により、オオムギ系統「北陸皮71号」(Cys10系統,野生型)において、上記3つのシステイン(配列番号:2に記載の459位、473位及び534位のシステイン)が欠失しているD-ホルデインを有する変異体の作製を試みた。
(方法)
2.1. 標的配列の決定
「北陸皮71号」のD-ホルデイン遺伝子の配列(配列番号:1に記載の配列)に基づき、ガイドRNAに含む20bpの標的配列を探索した。標的配列の探索にはCRISPRdirect(https://crispr.dbcls.jp/)を用いた。その結果、D-ホルデインのアミノ酸配列(配列番号:2に記載の配列)中459位のシステインをコードするヌクレオチドより上流の5’-TCTTCACAGGGGTCGGTGCA-3’(配列番号:23)を標的配列1とした。同様に534位のシステインをコードするヌクレオチドより下流の5’-AGACAGTGGTTTGCTGGCAA-3’
(配列番号:24)を標的配列2とした。
2.2. オオムギ茎頂サンプルの調製
「北陸皮71号」の乾燥種子を、20%次亜塩素酸ナトリウム水溶液中で30分間振盪し、種子表面を滅菌した。プラスチックシャーレに滅菌水を染み込ませたペーパータオルを敷き、これに滅菌種子を播種した。滅菌種子は暗所、4℃で3日間吸水させ、茎頂サンプルの調製に用いた。ナノパスニードルII 34G(TERUMO)を用いて、吸水種子の胚から子葉鞘、第1葉、第2葉、第3葉を取り除き、茎頂分裂組織の先端を露出させた。胚を胚乳から切り離し、MS培地[MS salt(Sigma) 4.3g/L,Maltose 30g/L,MES 9.8g/L,Phytagel 7g/L]上に置床した。この時、30-40個の茎頂サンプルを直径1cmのドーナツ状の円となるように培地中心に配置した。
2.3. RNP複合体の調製
組換えSpCas9タンパク質(2μg/μL)は、農研機構高度解析センターより供給されたものを用いた。ガイドRNAは、上記各標的配列に基づくcrRNAとtracrRNAとからなり、株式会社Fasmacにて化学合成したものを用いた。
1.5mLチューブに50μM crRNA 5μL、50μM tracrRNA 5μL、SpCas9溶液 5μL、10×CutSmart buffer 2μL、Recombinant RNase Inhibitor(TaKaRa) 0.5μL、ヌクレアーゼフリー水 2.5μLを加え、10分間静置させることでRNP複合体を形成させた。各標的配列についてRNP複合体溶液を調製した後、1本の1.5mLチューブにまとめた。
2.4. RNP結合金粒子の調製
0.6μm Gold microcarriers(Bio-Rad)をヌクレアーゼフリー水に180μg/μLで懸濁し、これを金懸濁液とした。2種類のRNP複合体を混合した1.5mLチューブに、TransIT-LT1 reagent(Mirus Bio) 5μLを加え、5分間精置した。続いて金懸濁液15μLを加え緩やかに混合したのち10分間精置した。混合液を2,500Gで15秒間遠心し、RNP結合金粒子を沈殿させた。上清を取り除き、RNP結合金粒子をヌクレアーゼフリー水 24μLに再懸濁した。
2.5. パーティクルボンバードメント
調製したRNP結合金粒子の懸濁液6μLを親水性フィルム(スリーエム)上に塗り広げ、室温で乾燥させた。これをパーティクルガンを用いてMS培地上の茎頂サンプルに4度発射した。パーティクルガンにはPDS-1000/He Particle delivery system(Bio-Rad)を用い、金粒子射出の圧力は1,350psiとした。
2.6. DNA抽出
植物組織100mgを液体窒素で急速凍結させ、マルチビーズショッカーで破砕した。破砕組織に抽出液[100mM Tris-HCl(pH9.0),40mM EDTA,1.67% SDS] 400μLを加え、3分間静置した。抽出液を5,000Gで3分間遠心分離し、上清200μLを回収した。これに99.5% EtOH 500μL、3M 酢酸ナトリウム 20μLを加え、12,000Gで10分間遠心分離しDNAを沈澱させた。沈殿させたDNAは70% EtOHで洗浄したのち超純水100μLに溶解させた。
2.7. 遺伝子型解析
D-ホルデイン遺伝子の部分配列をPCRにより増幅した。増幅に用いたプライマーは5’-TGCAGCAAGGAGGATGGTGG-3’(配列番号:25)及び5’-GGCTGCTCCACGCTAACATG-3’(配列番号:26)であり、PCR酵素はKOD-One(Toyobo)を用いた。2ステップPCRの条件は98℃、10秒間の熱変性、68℃、20秒間の伸長反応を30サイクルとした。増幅産物はin vitro切断反応に供した後、マイクロチップ電気泳動装置により解析した。in vitro切断反応には、ゲノム編集個体の作出に用いたRNP複合体あるいはHindIII(TaKaRa)を用いた。反応により切断されないDNA断片をシークエンス解析に供した。
2.8. DNAシークエンス
DNA断片をZero Blunt TOPO PCR Cloning Kitに導入した。シークエンス解析はBigDye Terminator v3.1 Cycle Sequencing Kit(Applied Biosystems)とSeqStudio Genetic Analyzer(Applied Biosystems)を用いて行った。
(結果と考察)
上記のとおりにして、D-ホルデインの前記3つのシステインの上流と下流にCRSPR/Cas9の標的配列を設計した。そして、2箇所同時切断により、前記3つのシステインを含む領域(Cys領域)を欠失させたゲノム編集個体の作出を試みた。
具体的には、先ず、ガイドRNA及びSpCas9からなるRNP複合体を、パーティクルボンバードメントにより1616個の茎頂サンプルに導入した。これらの個体を第5葉期まで生育させ、遺伝子型解析を実施した。具体的には、第5葉の葉身からDNAを抽出し、これを鋳型にD-Hor部分配列を増幅した。増幅産物をin vitro切断反応に供したのち、マイクロチップ電気泳動装置で反応生成物を解析した。
その結果、1個体からCys領域が欠失したD-ホルデイン遺伝子が検出され、この個体をHK11.29と命名した。得られたD-ホルデイン遺伝子変異体では、Cys領域を含む252塩基が欠失し、欠失部位の上流及び下流がインフレームで再結合しており(配列番号:19)、Cys領域欠失D-ホルデイン遺伝子は野生型のそれよりも短いタンパク質をコードしていた(配列番号:20)。さらに、HK11.29から取得したT1個体について、遺伝子型を解析した。その結果、T1個体において、Cys領域欠失D-ホルデイン遺伝子をホモ接合体で持つ個体を取得することができた。
そして、得られたT1個体につき、上記「1.4. 走査型電子顕微鏡による観察」及び「1.5. サイズ排除HPLCによるグルテンポリマー解析」に記載の方法と同様にして、解析を行った。得られた結果を図8~10及び表1に示す。
その結果、図8及び9,並びに表1に示すとおり、北陸皮71号(Cys10系統)と比して、そのゲノム編集個体(削除型Cys7変異系統)において、走査型電子顕微鏡による観察では網目構造が、サイズ排除HPLCによる解析ではUPP2由来のピークの割合の向上が、各々認められた。特に、上記Cys9系統と比較しても、Cys7系統の方がUPP1が少なく、UPP2が多い傾向が見られ、よりグルテン形成能が高いことが明らかになった。また図10に示すとおり、グルテン形成能があるコムギの溶出パターンと、Cys7系統におけるそれとは似ており、当該系統はよりコムギの高分子量グルテニンに近い機能を持っていることが示唆された。
以上説明したように、本発明によれば、オオムギにグルテン形成能を付与することが可能となる。また、オオムギにおけるグルテン形成能を判定することも可能となる。そして、このようにして提供されるグルテン形成能を有するオオムギは、コムギのように高い加工適性を示す。すなわち、高い生地物性、ひいては高い二次加工適性(パン等のムギ加工食品の製造における適性)を示すため、農業分野のみならず、食品分野等においても有用である。

Claims (4)

  1. グルテン形成能を有するオオムギの製造方法であって、下記工程(1)及び(2)を含む方法
    (1)オオムギの細胞において、D-ホルデインタンパク質に下記(a)及び(b)に記載の少なくとも1の改変を導入する工程
    (a)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のシステインを、他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変、
    (b)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインの数を2個以下とする改変、
    (2)工程(1)において改変が導入された細胞から、オオムギの植物体を再生する工程。
  2. D-ホルデインタンパク質に、下記(a)及び(b)に記載の少なくとも1の改変が導入された、グルテン形成能を有するオオムギ
    (a)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のシステインを、他のアミノ酸に置換又は欠失させる改変、
    (b)D-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインの数を2個以下とする改変。
  3. オオムギにおけるグルテン形成能を判定する方法であって、下記工程(1)及び(2)を含む方法
    (1)被検オオムギのD-ホルデインタンパク質における、配列番号:2に記載の454~540位のアミノ酸からなる領域又は該領域に対応する領域中のシステインを検出する工程、
    (2)(a)配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のアミノ酸がシステイン以外のアミノ酸である若しくは欠失している場合、及び/又は、
    (b)前記領域におけるシステインの数が2個以下である場合、
    前記被検オオムギはグルテン形成能を有するオオムギであると判定する工程を含む、方法。
  4. 請求項3に記載の方法に用いるための試薬であって、下記(i)又は(ii)に記載のオリゴヌクレオチドを含む試薬
    (i)配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のアミノ酸をコードするヌクレオチドを挟み込むように設計された、1対のオリゴヌクレオチド、
    (ii)配列番号:2に記載の459位若しくは該部位に対応する部位、配列番号:2に記載の473位若しくは該部位に対応する部位、及び、配列番号:2に記載の534位若しくは該部位に対応する部位からなる群から選択される、少なくとも1の部位のアミノ酸をコードするヌクレオチドにハイブリダイズする、オリゴヌクレオチド。
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