JP2023168071A - 水田からのメタン排出量の削減方法、イネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法、及びイネの包装品 - Google Patents

水田からのメタン排出量の削減方法、イネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法、及びイネの包装品 Download PDF

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Abstract

【課題】イネの栽培時のメタン排出量を削減する。【解決手段】水田からのメタン排出量の削減方法は、深根性の形質を有するイネを選択する工程と、選択した前記イネを生育させる工程とを包含する。【選択図】なし

Description

本発明は、水田からのメタン排出量の削減方法、イネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法、及びイネの包装品に関する。
2016年のパリ協定発効後、脱炭素・温暖化防止に向けた取り組みが、世界的に加速している。その脱炭素・温暖化防止の流れの中で、二酸化炭素の次に大きな温室効果を持つメタンガスが、アメリカや中国などの国々で、現在、重要な削減ターゲットとして注目されている。水田は全メタン排出量の約10%を占める主要なメタン排出源の一つであり、温暖化防止におけるメタン削減の効果は高いと期待される。そこで、一般農家に普及しやすいメタン削減技術の開発が望まれている。
水田からのメタン排出量を削減する方法として、水管理によって水田土壌を好気的にする方法が知られている。非特許文献1には、中干しを延長することにより水田からのメタン排出量を削減することが記載されている。また、非特許文献2には、間断灌漑技術(Alternate wetting and drying、AWD)を用いて水田からのメタン排出量を削減する方法が記載されている。
Itoh et al., Mitigation of methane emissions from paddy fields by prolonging midseason drainage. Agriculture, Ecosystems & Environment, 141, 359-372, 2011 Tirol-Padre, A. et al., Site-specific feasibility of alternate wetting and drying as a greenhouse gas mitigation option irrigated rice fields in Southeast Asia:a synthesis. Soil Science and Plant Nutrition,64,2-13,2018
しかしながら、非特許文献1及び2に記載された栽培技術は、生産者へ負担を強いる場合が多い。その負担としては、水管理の追加作業や、水不足時の心理的なストレスなどが挙げられる。また、水管理の成否は天候や水田の排水性等に影響され、メタン排出削減効果が不安定になるという問題がある。さらに、メタン削減に貢献した生産者への補助金制度などを設ける際には、生産者が実際にその管理を行ったかどうかを検証することが困難であるため、メタン排出削減に応じた報酬の付与を公平に行うことが困難である。以上の点は、水田におけるメタン排出削減への取り組みの普及の妨げになる。
本発明の一態様は、上述した問題点を解決するためになされたものであり、水田におけるイネ栽培時のメタン排出量の削減を実現することにある。
上記の課題を解決するために、本発明の一態様に係る水田からのメタン排出量の削減方法は、深根性の形質を有するイネを選択する工程と、選択した前記イネを生育させる工程とを包含する。
本発明の一態様に係る判定方法は、イネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する方法であって、被験イネが深根性の形質を有するか否かを指標にして、当該イネのメタン排出量の調節の程度を判定する工程を包含する。
本発明の一態様に係るメタン排出量を低減する形質を有するイネの包装品は、本発明の一態様に係る判定方法により、深根性の形質を有すると判定されたイネを複数パッケージしたものである。
本発明の一態様によれば、水田からのメタン排出量の削減を実現することができる。
DRO1遺伝子及びqSOR1遺伝子によるイネの根の状態の違いを示す図である。 実施例の各イネのメタン排出量を示すグラフである。 実施例の各イネの積算メタン排出量を示すグラフである。 実施例の各イネの精玄米収量を示すグラフである。 実施例の各イネの収量当たりのメタン排出量を示すグラフである。 実施例の各イネの土壌水中二価鉄濃度を示すグラフである。
本発明の実施の形態について説明すれば、以下の通りである。なお、本発明は、これに限定されるものではない。
〔用語等の定義〕
本明細書において、「DNA」は、「ポリヌクレオチド」、「核酸」または「核酸分子」とも換言でき、ヌクレオチドの重合体を意図している。また、「塩基配列」は、「核酸配列」または「ヌクレオチド配列」とも換言でき、特に言及のない限り、デオキシリボヌクレオチドの配列またはリボヌクレオチドの配列を意図している。本明細書において、「タンパク質」は、「ポリペプチド」とも換言できる。
本明細書において、「メタン排出量」は、イネにおいて、湛水下で栽培する際に水田から大気に排出されるメタンガスの排出量を意図しており、イネの湛水下での栽培時に発生するメタンガスの発生量とも換言できる。また、「メタン排出量」は、単位時間・単位面積当たりのメタンガス排出量(フラックス)または米の収量当たりでのメタンガス排出量でもあり得る。
本明細書において、「イネ」には、IR64、コシヒカリ、Kinandang Patong等のイネ品種が含まれる。
本明細書において、「Aおよび/またはB」は、AおよびBとAまたはBとの双方を含む概念であり、「AおよびBの少なくとも一方」とも換言できる。
〔水田からのメタン排出量の削減方法〕
本発明の一態様に係る水田からのメタン排出量の削減方法は、深根性の形質を有するイネを選択する工程と、選択した前記イネを生育させる工程とを包含する。これにより、水田からのメタン排出量の削減を実現することができる。本発明者らは、深根性の形質を有するイネを栽培する場合に、深根性の形質を有さないイネを栽培する場合と比較して、水田からのメタン排出量が低減することを見出し、この新規の知見に基づき本発明を完成させた。ここで、「深根性の形質」とは、植物体の地下部器官である根が地表面に対して深い角度で地中に伸長する性質を意味する。また、「深い角度」とは、根の地表面に対する角度が少なくとも50度以上の根数の割合が全根数あたり50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%、さらに好ましくは80%以上であることを意味する。
選択する工程においては、イネの品種のうちから、深根性の表現型を示す品種を選択する。選択する工程においては、あるイネの品種を基準として、当該品種よりも根が深い角度で伸長するか否かに基づいて、イネの品種を選択してもよい。また、選択する工程においては、基準となるイネの品種と比較した根の角度に基づいて、イネの品種を選択してもよい。
水田からのメタン排出量の削減方法は、基準となる水田からのメタン排出量と比較して、水田からのメタン排出量を低減する。これにより、水田からのメタン排出量の削減を実現する。水田からのメタン排出量の削減方法は、深根性の形質を有さないイネを栽培する場合と比較して、水田からのメタン排出量が低減する。ここで、メタン排出量の概念には、あるイネ個体のメタン排出量が、他のイネ個体と比較して相対的に多い又は少ないことを表すメタン排出量の程度が含まれる。
メタンガスは、脱炭素・温暖化防止を実現するための削減ターゲットとして注目されている。イネを栽培する水田は、主要なメタン排出源の一つである。したがって、水田からのメタン排出量を効率よく容易に削減する技術が望まれている。水田からのメタン排出量の削減方法によれば、イネにおいて深根性の形質を有する個体を選択することで、メタン排出量を低減する形質を有する個体を選択することができる。したがって、メタン排出量を低減する形質を有する個体を選択して栽培するのみで、水田からのメタン排出量を削減することができる。また、水田からのメタン排出量の削減方法において選択された個体を栽培するのみで、水田からのメタン排出量を削減することができるので、削減効果が安定して得られると共に、削減対策を実行したか否かの検証が容易である。
選択する工程においては、深根性の形質を付与する活性を有するタンパク質をコードする深根性制御遺伝子をゲノム中に有するイネを選択してもよい。深根性制御遺伝子をゲノム中に有するイネを選択して生育させることにより、水田からのメタン排出量を低減することができる。すなわち、深根性制御遺伝子は、メタン排出量の決定に関与する遺伝子(メタン排出量制御遺伝子)であり得る。イネを選択する工程においては、一例として、深根性制御遺伝子をゲノム中に有することが予め知られているイネ品種を選択してもよい。
深根性制御遺伝子は、以下の(a)~(c)のいずれかに記載のDNA:
(a)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているDNA;
(b)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する活性を有するタンパク質をコードしているDNA;
(c)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、25個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する活性を有するタンパク質をコードしているDNA;
を含む遺伝子である。
深根性制御遺伝子は、一例として、DRO1遺伝子及びqSOR1遺伝子である。深根性制御遺伝子の詳細については、後述する。
イネを選択する工程においては、深根性制御遺伝子をゲノム中に有するか否かが知られていないイネにおいて、深根性制御遺伝子をゲノム中に有するか否かを判定し、判定結果に基づいて、深根性制御遺伝子をゲノム中に有するイネを選択してもよい。イネを選択する工程において、イネにおいて深根性制御遺伝子をゲノム中に有するか否かを判定する方法の一例は、後述するイネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法である。
イネを生育させる工程においては、イネを選択する工程において選択したイネを生育させる。イネを生育させる工程においては、一例として、選択したイネを従来公知の方法で生育させる。イネを生育させる工程においては、選択したイネを水田において潅水下で生育させる。イネを生育させる工程において、深根性の形質を有するイネを栽培することにより、水田からのメタン排出量が低減する。
また、水田からのメタン排出量の削減方法は、イネを選択する工程において、基準となる水田からのメタン排出量と比較した、深根性の形質を有するイネの栽培時のメタン排出削減量に関する情報を、当該イネの品種毎に含むメタン排出削減量管理データベースを取得し、当該メタン排出削減量管理データベースを参照して、生育させるイネを選択してもよい。
このようなデータベースは、予め構築され、イネの生産者に公開されたものであり得る。このようなデータベースは、メタン排出量に関する排出権取引市場において好適に利用され得る。イネの生産者は、当該データベースを参照して深根性の形質を有するイネを選択して栽培すれば、メタン排出量の低減分の対価として炭素クレジットを取得し、得られた炭素クレジットを排出権取引市場において取引することで収益が得られる。すなわち、水田からのメタン排出量の削減方法は、前記メタン排出削減量に関する情報を参照して、生育させるイネのメタン排出削減量を算出し、算出されたメタン排出削減量を炭素クレジットに変換する工程をさらに包含し得る。
ここで、メタン排出削減量の対価としての炭素クレジットは、炭素クレジットの認証機関から付与されるものであり、当該認証機関が認めた排出権取引市場において取引することができる。これにより、深根性の形質を付与したイネの生産者は当該イネを栽培することにより得られる炭素クレジットを取引することで、炭素クレジット分の付加価値が得られる。また、深根性の形質を付与したイネを販売する販売主体は、上述した付加価値分をイネの販売価格に上乗せして販売することができる。
イネの生産者が、このようなクレジットを得ることを目的として、栽培するイネを選択することで、イネの栽培におけるメタン排出量削減を実現することができる。また、メタン排出量が低減したイネとしてデータベースに登録されたイネが栽培されていれば、メタン削減効果が得られていると判断できるため、メタン排出削減に応じた報酬の付与を公平に行うことができる。その結果、排出権取引市場における取引の安定性に貢献することもできる。
〔イネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する方法〕
本発明の一態様に係るイネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する方法(判定方法)は、イネにおいて、メタン排出量が低減していること又は低減していないことを判定する。判定方法は、イネにおいて、深根性の形質を有していること又は有していないことを判定することによって、メタン排出量が低減していること又は低減していないことを判定する。
本発明の一態様に係る判定方法は、被験イネが深根性の形質を有するか否かを指標にして、当該イネのメタン排出量の調節の程度を判定する工程を包含する。判定する工程においては、被験イネが深根性の表現型を示すか否かを判定する。判定する工程においては、あるイネの品種を基準として、当該品種よりも根が深い角度で伸長するか否かに基づいて、イネのメタン排出量の調節の程度を判定してもよい。また、判定する工程においては、基準となるイネの品種と比較した根の角度に基づいて、イネのメタン排出量の調節の程度を判定してもよい。
判定方法における被験イネは、深根性の形質を有しているか否かが不明なイネであり得る。また、被験イネは、育種素材の候補植物であるか、育種のプロセスで得られた植物であり得る。育種素材の候補植物としては、例えば、交配に用いる親植物、及び、遺伝子組換え技術を利用した分子育種に用いられる植物が含まれる。また、育種のプロセスで得られた植物としては、例えば、イネを種内交雑した植物、及びこれらの後代系統である。また、イネは、ある品種に属するイネと他の品種に属するイネとの交雑植物のように品種間交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。さらに、イネは、深根性の形質を有していることが分かっている品種同士を交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。
また、イネは、深根性の形質を有していることが分かっている品種と、深根性の形質を有しているか不明な品種とを交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。さらに、イネは、深根性の形質を有しているか不明な品種同士を交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。また、イネは、深根性の形質を有していることが分かっている品種と、深根性の形質を有していないことが分かっている品種とを交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。また、イネは、深根性の形質を有していることが分かっている個体同士を交雑した植物、及びその後代系統であってもよい。
本明細書において、植物とは、植物体の一部又は全部であってもよい。植物体の一部としては、例えば、繁殖素材(例えば、葉、枝、種子等)等が挙げられる。
判例する工程においては、被験イネが、深根性の形質を付与する活性を有するタンパク質をコードする深根性制御遺伝子をゲノム中に有するか否かを指標にして、当該イネのメタン排出量の調節の程度を判定してもよい。判定する工程においては、一例として、被験イネのゲノムに存在する、深根性制御遺伝子の遺伝子型を判定することで、深根性に基づいてイネを判定する。
判定方法は、被験イネにおいて、以下の(a)~(c)のいずれかに記載のDNA:
(a)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているDNA;
(b)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質をコードしているDNA;
(c)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、25個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質をコードしているDNA;
を含む深根性制御遺伝子、又は、当該深根性制御遺伝子がコードするタンパク質が発現しているか否かを検査する工程を包含し得る。
検査する工程においては、例えば、(i)被験イネからDNA試料を調整し、(ii)該DNA試料から深根性制御遺伝子を含む領域を増幅し、(iii)増幅したDNA断片の分子量又は塩基配列を、深根性制御遺伝子の分子量又は塩基配列と比較する。
被験イネからのDNA試料の調整は、当業者に公知の方法によって行うことができる。好ましい調整方法として、例えば、CTAB法を用いてDNAを抽出する方法を挙げることができる。また、判定方法に供されるDNA試料は特に制限されるものではないが、通常、被験イネから抽出されるゲノムDNAを用いる。また、ゲノムDNAの採取源は特に制限されるものではなく、イネのいずれかの組織からも抽出できる。ゲノムDNAは、例えば、穂、葉、根、茎、種子、胚乳部、フスマ、胚等から抽出することができるがこれらに限定されない。
DNA試料における深根性制御遺伝子を含む領域の増幅は、上記(a)~(c)の何れかに記載のDNAを含む領域を増幅するプライマーセットを用いて行うことができる。すなわち、判定方法は、検査する工程において、上記(a)~(c)の何れかに記載のDNAを含む領域を増幅するプライマーセットを用いて、被験イネのDNAにおける前記領域を増幅する。
PCRにおいて用いるプライマーセットは、標的の領域のDNA断片を増幅することができるものである限り、特に限定されず、増幅断片の長さが短くなるようにプライマーセットを設計してもよい。例えば、プライマー増幅断片の長さが、好ましくは、700塩基対(bp)以下、200bp以下、150bp以下、120bp以下、又は100bp以下となるようにプライマーセットを設計する。プライマーセットは、フォワードプライマーである第1のプライマーと、リバースプライマーである第2のプライマーとが含まれる。これらのプライマーの長さは、例えば、15bp以上、16bp以上、17bp以上、18bp以上、または19bp以上であってもよく、50塩基bp以下、40bp以下、または30bp以下であってもよい。
増幅する領域は、深根性制御遺伝子のゲノムDNA領域に相当する部分である。また、ゲノムDNAの全長を増幅してもよいし、深根性制御タンパク質をコードするORF領域(例えば、配列番号3又は4に記載のDNA領域)又はORF領域の一部を増幅してもよい。
増幅する領域は、深根性制御遺伝子の変異の有無を検査する分子マーカーを少なくとも含む領域であり得る。分子マーカーは、一例として、SNPマーカー、AFLP(分子増幅断片長多型)マーカー、RFLPマーカー、マイクロサテライトマーカー、SCARマーカー、CAPSマーカーである。
増幅する領域がDRO1遺伝子の一部である場合、一例として、配列番号3の塩基配列における354番目の塩基を含む領域であり得る。増幅する領域がqSOR1遺伝子の一部である場合、一例として、配列番号4の塩基配列における217番目の塩基を含む領域であり得る。
被験イネのDNAにおける前記領域の増幅は、イネの被験体から抽出したDNAを鋳型にして、前記領域を増幅するプライマーを用いて、ポリメラーゼ連鎖反応(PCR)により行うことができる。
PCRは、当業者においては反応条件等を適宜選択して行うことができる。PCRの際に、32Pのアイソトープ、蛍光色素、またはビオチン等によって標識したプライマーを用いることにより、増幅DNA産物を標識することができる。
PCRは、単独のプライマーセットを含む反応系でDNA断片を増幅するシングルプレックスPCR、または、複数のプライマーセットを含む反応系で遺伝子増幅するマルチプレックスPCR、のいずれであってもよい。マルチプレックスPCRの場合は、異なる波長を有する蛍光物質(例えば、NED、6-FAM、VIC、PET)により標識したプライマーセットを混合してもよい。
PCRの反応条件は、用いるDNAポリメラーゼおよびPCR装置の種類、増幅断片の長さ等に応じて適宜に設定され得る。サイクル条件としては、変性工程、アニーリング工程および伸長工程の3工程を1サイクルとする3ステップPCR法、および、変性工程とアニーリングおよび伸長工程との2工程を1サイクルとする2ステップPCR法を適用することができる。PCR反応条件の一例としては、90~100℃で40~60秒(例えば、95℃で50秒)、次いで、90~100℃(例えば、95℃)で5秒、アニーリング10~20秒(例えば、15秒)、及び65~80℃で10~30秒(例えば、72℃で20秒)の30~60サイクル(例えば、40サイクル)などである。アニーリング温度は、60~70℃(例えば、66℃)の初期アニーリング温度から50~60℃(例えば、56℃)の最終アニーリング温度まで、所定サイクル毎に段階的に低下させる条件が挙げられる。鋳型となるDNAの状態に応じて、標的の領域を安定的に検出するために、PCR反応条件を調整してもよい。
PCRとして、TaqMan(登録商標)-PCR法、Tm-shiftジェノタイピング法(Fukuoka et al., Breed Sci 58:461-464, 2008)のようなリアルタイムPCRを用いてもよい。すなわち、TaqMan(登録商標)プローブを用いてもよい。リアルタイムPCR法を用いることにより、高処理能力の判別方法を提供することができる。
増幅したDNA断片の分子量または塩基配列の比較は、サンガー法等のDNAシーケンシングのような当業者に公知の方法によって行うことができる。例えば、DNA断片を、熱を加えること等により変性させ、尿素やSDSなどの変性剤を含むポリアクリルアミドゲルによって電気泳動を行うことができる。変性剤としてSDSを利用したSDS-PAGEは、本願発明において有利な分離手法であり、SDS-PAGEはLaemmliの方法に準じて行うことができる。また、増幅したDNA断片について、自動DNAシークエンサー等を用いて塩基配列を決定することにより、解析してもよい。
標識されたDNAを使用する場合、電気泳動後、DNA断片の移動度を、X線フィルムを用いたオートラジオグラフィーや、蛍光を検出するスキャナー等で検出し、解析を行うことが可能である。標識したDNAを使わない場合は、電気泳動後のゲルを銀染色法などによって染色することによって、DNA断片を検出することが可能である。例えば、プライマーを用いて深根性の形質を有する品種及び被験イネからDNA断片を増幅し、分子量を比較することで被験イネが深根性の形質を有するか否かを判定することができる。分子量が一致する場合、該被験イネは深根性の形質を有すると判定される。
また、DNA断片の塩基配列を比較する場合、深根性制御遺伝子に相当する被験イネのDNA領域の塩基配列を直接決定し、深根性の形質を有する品種の塩基配列と比較することにより、被験イネが深根性の形質を有するか否かを判定することができる。塩基配列が一致する場合に、該被検植物は深根性の形質を有すると判定される。
ここで、「一致する」とは、対立遺伝子の両方の遺伝子の分子量または塩基配列が深根性の形質を有する植物のそれと一致すること、あるいはアミノ酸配列において一致することを意味する。したがって、対立遺伝子の一方の遺伝子の分子量、塩基配列またはアミノ酸配列が深根性の形質を有する植物のそれと異なるが、もう一方が深根性の形質を有する植物のそれと同じである場合には、「一致する」に含まれない。
判定方法は、配列番号3に示す塩基配列からなるDNAの354番目の塩基又は配列番号4の塩基配列における217番目の塩基に相当する塩基自体(SNP)か、当該塩基を含む連続したDNAからなる分子マーカーを用いて、深根性制御遺伝子の変異の有無を検査してもよい。そして、このような分子マーカーについても、本発明の範疇に含まれる。
〔包装品〕
本発明の一態様に係る包装品は、メタン排出量を低減する形質を有するイネの包装品である。包装品は、本発明の一態様に係る判定方法により、深根性を有すると判定されたイネを複数パッケージしたものである。包装品は、一例として、深根性の形質を付与する活性を有するタンパク質をコードする深根性制御遺伝子をゲノム中に有すると判定されたイネを複数パッケージしたものである。包装品に含まれるイネは、例えば、苗、種子等であり得る。包装品には、包装品に含まれるイネがメタン排出量を低減する形質を有することが記載されていてもよい。イネの生産者は、当該包装品を入手して、包装品に含まれるイネを栽培するのみで、イネの栽培におけるメタン排出量削減を実現することができる。
〔深根性制御遺伝子〕
深根性制御遺伝子は、イネに深根性の形質を付与する活性(深根性制御活性)を有するタンパク質をコードするものである。ここで、「深根性の形質」とは、植物体の地下部器官である根が地表面に対して深い角度で地中に伸長する性質を意味する。また、「深い角度」とは、根の地表面に対する角度が少なくとも50度以上の根数の割合が全根数あたり50%以上、好ましくは60%以上、より好ましくは70%、さらに好ましくは80%以上であることを意味する。
当該タンパク質が深根性の形質を付与する活性を有する場合、その活性が低下しているか又は阻害されている植物よりも深根性であり、その活性が低下しているか又は阻害されている植物よりもメタン排出量が少ない。また、当該タンパク質の活性が低下しているか又は阻害されると、その活性が低下していないか又は阻害されていない植物よりも浅根性であり、その活性が低下していないか又は阻害されていない植物よりもメタン排出量が多い。
深根性制御遺伝子の一例は、イネにおける深根性の調節に関与する深根性制御遺伝子であって、以下の(a)~(c)のいずれかに記載のDNAである:
(a)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているDNA;
(b)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質をコードしているDNA;
(c)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、25個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質をコードしているDNA。
上記(a)のDNAのうち、配列番号1に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているDNAは、イネ品種Kinandang PatongのDRO1(DEEPER ROOTING 1)遺伝子のオープンリーディングフレーム(ORF)の塩基配列(配列番号3)を含み、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質をコードしているDNAである。
上記(a)のDNAのうち、配列番号2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているDNAは、イネ品種IR64のqSOR1(quantitative trait locus for SOIL SURFACE ROOTING 1)遺伝子のORFの塩基配列(配列番号4)を含み、イネに深根性を付与する機能を有するタンパク質をコードしているDNAである。
イネに深根性の形質を付与する活性を有する遺伝子の例として、DRO1遺伝子及びqSOR1遺伝子が挙げられる。これらの遺伝子は、イネに深根性の形質を付与する活性を有するものであることが、参考文献1及び2に記載されている(参考文献1:国際公開番号WO2011/078308、参考文献2:PNAS, vol. 117, no. 35, 21242-21250)。これらの文献を参照としてその全体を本明細書に組み込む。深根性の形質を付与する活性を有するDRO1遺伝子及びqSOR1遺伝子が、イネに深根性の形質を付与する活性を有するものであることは、本発明者らが初めて見出した知見である。
上記(b)のDNAに関して、アミノ酸配列の配列同一性は、70%以上、75%以上、80%以上、又は、90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、96%以上、97%以上、98%以上、又は、99%以上であることが特に好ましい。例えば、イネに由来する変異遺伝子が、上記(b)のDNAの範疇に含まれる。これらの変異遺伝子は、イネの内在性(endogeneous)の遺伝子であり得る。
上記(c)のポリヌクレオチドに関して、配列番号1又は2のアミノ酸配列において、置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸の個数は、1~25個であることが好ましく、1~20個、1~15個、1~10個、又は1~5個であることがより好ましく、1~4個、1~3個、又は1~2個であることがさらに好ましい。
なお、深根性制御遺伝子が人工的に変異を導入した遺伝子を指す場合、上記「アミノ酸の置換、欠失、付加又は挿入」は、例えば、Kunkel法(Kunkel et al. (1985):Proc. Natl. Acad. Sci. USA, vol. 82, p488-492, 1985)等の部位特異的突然変異誘発法、薬剤を用いた変異原処理、放射線(γ線、重イオンビーム等)の照射による変異誘発手法等を用いて人工的に変異を導入してもよいし、天然に存在する同様の変異ポリペプチドに由来するものであってもよい。
深根性制御遺伝子は、RNAの形態(例えば、mRNA)、又は、DNAの形態(例えば、cDNA又はゲノムDNA)で存在し得る。DNAは、二本鎖であっても、一本鎖であってもよい。深根性制御遺伝子は、DRO1遺伝子又はqSOR1遺伝子のORFと共に、非翻訳領域(UTR)の塩基配列等の付加的な配列を含むものであってもよい。
深根性制御遺伝子を取得する(単離する)方法は、特に限定されるものではないが、例えば、深根性制御遺伝子の塩基配列の一部と特異的にハイブリダイズするプローブを調製し、ゲノムDNAライブラリ又はcDNAライブラリをスクリーニングすればよい。
また、深根性制御遺伝子を取得する方法として、PCR等の増幅手段を用いる方法を挙げることができる。例えば、深根性制御遺伝子のcDNAのうち、5’側及び3’側の配列(又はその相補配列)の中からそれぞれプライマーを調製し、これらプライマーを用いてゲノムDNA(又はcDNA)等を鋳型にしてPCR等を行い、両プライマー間に挟まれるDNA領域を増幅することで、深根性制御遺伝子を含むDNA断片を大量に取得できる。さらに、化学合成DNAは、例えば市販のオリゴヌクレオチド合成機により作製することができる。
なお、単離された深根性制御遺伝子の候補遺伝子が、所望する深根性を有するか否かは、由来する植物における当該候補遺伝子の発現によって、深根性が誘導されるかを観察することによって評価することができる。
深根性制御遺伝子は、イネにおいてメタン排出量を低減させる機構の解明に利用することができる。また、深根性制御遺伝子は、その配列を発現ベクターに組み込む等して、イネの植物体又は細胞に導入することによって、形質転換体を作製するために用いることができる。深根性制御遺伝子が導入されたイネを栽培することで、深根性の形質を有するイネを得ることができる。
〔深根性制御タンパク質〕
深根性制御タンパク質は、上記深根性制御遺伝子欄に記載した遺伝子の翻訳産物であり、イネに深根性の形質を付与する活性を有する。上述したように、深根性制御タンパク質は、深根性の形質を出現させる、又は、当該形質の出現を阻害しない。
深根性制御タンパク質は、天然の供給源より単離されてもよいし、化学的に合成されてもよい。より具体的には、当該タンパク質は、天然の精製産物、化学的合成手順の産物、及び、原核生物宿主又は真核生物宿主(例えば、細菌細胞、酵母細胞、高等植物細胞、昆虫細胞、及び哺乳動物細胞を含む)から組換え技術によって産生された翻訳産物をその範疇に含む。
すなわち、深根性制御タンパク質は、例えば、深根性制御遺伝子を適当な発現ベクターに挿入し、該ベクターを適当な細胞に導入し、形質転換細胞を培養して発現させ、精製することで得られる。宿主細胞内で発現させた組み換えタンパク質は、該宿主細胞またはその培養上清から、当業者に公知の方法により精製し、回収することが可能である。後述する手法で、深根性制御遺伝子が導入された形質転換植物体を作製し、該植物体から深根性制御タンパク質を調製することも可能である。
深根性制御タンパク質は、より具体的には、以下の(a’)~(c’)のいずれかに記載のタンパク質である:
(a’)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質;
(b’)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質;
(c’)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、25個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質。
上記(a’)のタンパク質は、DRO1遺伝子又はqSOR1遺伝子がコードするタンパク質であり、イネに深根性の形質を付与する活性を有するタンパク質である。
上記(b’)のタンパク質に関して、アミノ酸配列の配列同一性は、70%以上、75%以上、80%以上、又は90%以上であることが好ましく、95%以上であることがより好ましく、96%以上、97%以上、98%以上、又は、99%以上であることが特に好ましい。例えば、イネに由来する変異タンパク質が、上記(b’)のタンパク質の範疇に含まれる。これらの変異タンパク質は、イネの内在性の遺伝子にコードされたタンパク質である。
上記(c’)のタンパク質に関して、配列番号1又は2のアミノ酸配列において、置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸の個数は、1~25個であることが好ましく、1~20個、1~15個、1~10個、又は1~5個であることがより好ましく、1~4個、1~3個、又は1~2個であることがさらに好ましい。
深根性制御タンパク質は、アミノ酸がペプチド結合してなるポリペプチドであるが、ポリペプチド以外の構造を含むものであってもよい。ここでいうポリペプチド以外の構造としては、糖鎖やイソプレノイド基等を挙げることができるが、これに限定されない。
〔発現ベクター、細胞、及び形質転換体〕
深根性制御遺伝子が組み込まれた発現ベクター、当該発現ベクター又は深根性制御遺伝子を含む細胞、並びに、当該発現ベクター又は深根性制御遺伝子が発現可能に導入された形質転換体は、深根性制御遺伝子をゲノム中に有するイネを生産するために用いられ得る。当該発現ベクターは、深根性制御タンパク質を製造するために用いられる。すなわち、当該発現ベクターは、細胞又は生物個体に、深根性の形質を付与するものである。
発現ベクターを構成するためのベクターの種類は特に限定されるものではなく、宿主細胞中で発現可能なものを適宜選択すればよい。すなわち、宿主細胞の種類に応じて、適宜プロモータ配列を選択し、当該プロモータ配列と深根性制御遺伝子とを、例えば、プラスミド、ファージミド、またはコスミド等に組み込んだものを発現ベクターとして用いればよい。
発現ベクターを導入する宿主細胞としては、例えば、細菌細胞、酵母細胞、酵母細胞以外の真菌細胞および高等真核細胞などが挙げられる。細菌細胞としては、例えば、大腸菌細胞が挙げられる。高等真核細胞としては、例えば、植物細胞および動物細胞が挙げられる。植物細胞としては、例えば、双子葉植物細胞および単子葉植物細胞が挙げられる。双子葉植物細胞としては、例えば、ナス科植物の懸濁培養細胞(例えば、タバコBY-2株及びトマトSly-1株)が挙げられる。単子葉植物細胞としては、例えば、イネの懸濁培養細胞であるOc株などが挙げられる。動物細胞としては、昆虫細胞、両生類細胞、爬虫類細胞、鳥類細胞、魚類細胞、哺乳動物細胞などが挙げられる。
発現ベクターにおいて深根性制御遺伝子は、転写に必要な要素(例えば、プロモータなど)が機能的に連結されている。また、必要に応じて、エンハンサー、選択マーカー、スプライシングシグナル、ポリA付加シグナル、及び5’-UTR配列などを連結されていてもよい。プロモータは、宿主細胞において転写活性を示すDNA配列であり、宿主の種類に応じて適宜選択することができる。
宿主細胞内で作動可能なプロモータ配列としては、カリフラワーモザイクウイルスの35Sプロモータ、アグロバクテリウムのノパリン合成酵素遺伝子プロモータ及びイネユビキチン遺伝子プロモータなどが挙げられる。また、組換え発現プロモータとしては、深根性制御遺伝子におけるプロモータ領域の配列を用いてもよい。
発現ベクターにおいて、深根性制御遺伝子は、必要に応じて、適切なターミネータ(例えば、NOSターミネータ及びカリフラワーモザイクウイルスの35Sターミネータ)に機能的に結合されてもよい。適切なターミネータの種類は、宿主細胞の種類に応じて適宜選択すればよく、上述のプロモータにより転写された遺伝子の転写を終結できる配列であればよい。エンハンサーは、目的遺伝子の発現効率を高めるために用いられ、例えばタバコモザイクウイルスのオメガ配列が挙げられる。
発現ベクターは、さらに選択マーカーを含有してもよい。選択マーカーとしては、例えば、アンピシリン、カナマイシン、テトラサイクリン、クロラムフェニコール、ネオマイシン、ハイグロマイシン又はスペクチノマイシンのような薬剤耐性遺伝子を挙げることができる。
また、発現ベクターにおいて深根性制御遺伝子は、必要に応じて、好適なタンパク質精製用のタグ配列、または好適なスペーサー配列に結合されていてもよい。
深根性制御遺伝子を発現可能に保持する細胞は、深根性制御遺伝子が組み込まれた発現ベクターが導入された細胞であり得、深根性制御タンパク質の製造や発現のための産生系として使用することができる。植物細胞を宿主とする場合、植物由来の細胞を利用し、これをカルス培養すればよい。宿主細胞への発現ベクターの導入には、当業者に公知の種々の方法を用いることが可能である。例えば、大腸菌細胞への発現ベクターの導入には、カルシウムイオンを利用した導入方法も用いることが可能であり、植物細胞への発現ベクターの導入には、ポリエチレングリコール法、電気穿孔法(エレクトロポレーション)等の導入方法を用いることが可能である。
また、形質転換体とは、上記発現ベクター又は深根性制御遺伝子が発現可能に導入された細胞、組織および器官のみならず、生物個体を含む意味である。このような形質転換体は、イネであり得る。また、形質転換体は、例えば、大腸菌等の微生物、動物等であってもよい。
〔深根性の形質を有するイネ〕
深根性の形質を有するイネは、後述する生産方法によって得られる植物である。深根性の形質を有するイネは、深根性制御遺伝子を有する。
深根性の形質を有するイネは、後述する生産方法に示すように、深根性の形質を有するイネと、他のイネとを交雑して得られた植物及びその後代系統から、上述した〔イネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法〕により深根性の形質を有するイネを判別することで得られる。なお、深根性制御遺伝子を有するように遺伝子工学的に改変した、深根性の形質を有するイネについても、本発明の範疇に含まれる。
〔深根性の形質を有するイネの生産方法〕
深根性の形質を有するイネの生産方法は、本発明の一態様に係るイネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法を実行し、深根性の形質を有するイネを選抜する工程を含む。
したがって、上述した〔イネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法〕に関する説明を、深根性の形質を有するイネの生産方法の説明に援用する。
イネの生産方法は、深根性の形質を有するイネと、他のイネとを種内交雑する工程をさらに包含し、前記選抜する工程において、前記種内交雑する工程により得られたイネ又はその後代系統のイネから、深根性の形質を有するイネを選抜してもよい。
交雑する工程において、親植物として使用する深根性の形質を有するイネは、本発明の一態様に係る深根性の形質を有するイネであり得る。また、交雑する工程において用いる深根性の形質を有するイネは、本発明の一態様に係るイネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法により選抜された深根性の形質を有するイネであってもよい。すなわち、イネの生産方法は、前記交雑する工程の前に、本発明の一態様に係るイネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法により、被験イネから深根性の形質を有するイネを選抜する選抜工程をさらに含み得る。
本発明の他の態様に係る深根性の形質を有するイネの生産方法は、イネにおいて、下記(a)~(c)の何れかに記載のDNA又は当該DNAを含む発現ベクター:
(a)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているDNA;
(b)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質をコードしているDNA;
(c)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、25個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質をコードしているDNA;
を、イネの細胞に導入する工程を包含する。
イネの生産方法の好ましい態様として、以下(I)及び(II)の工程によって、イネの形質転換植物体であって、深根性の形質を有するイネの形質転換植物体を生産する生産方法が挙げられる:
(I)深根性制御遺伝子又は該遺伝子を含む発現ベクターを植物細胞に導入する工程;
(II)工程(I)の植物細胞から植物体を再生させる工程。
上記(I)の深根性制御遺伝子又は該遺伝子を含む発現ベクターを植物細胞に導入する工程は、上述した〔発現ベクター、細胞、及び形質転換体〕の欄に記載された方法により行うことができる。
上記(II)の植物細胞からの植物体の再生は、植物の種類に応じて当業者に公知の方法で行うことが可能である。例えば、Fujimuraら(Fujimura. et al. Tissue Culture Lett. 2, 1995, 74.)に記載の方法が挙げられるがこれに限定されない。
再生した植物体が深根性の形質を有するか否かは、本発明の一態様に係るイネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法により判定することができる。
イネの生産方法において、染色体内に本願発明の深根性制御遺伝子が導入された形質転換植物体が得られれば、該植物体から有性生殖または無性生殖により子孫を得ることが可能である。また、該植物体やその子孫あるいはクローンから細胞や繁殖材料(例えば、種子、果実、切穂、魂茎、魂根、株、カルス、プロトプラスト等)を単離し、それらを基に該植物体を量産することも可能である。またこれらの植物細胞、該細胞を含む植物体、該植物体の子孫及びクローン、並びに該植物体、その子孫及びクローンの繁殖材料は、植物に深根性の形質を付与するために使用することが可能である。
本発明によれば、メタン排出量を削減することで気候変動の抑制に寄与することができる。これにより、持続可能な開発目標(SDGs)の達成に貢献できる。
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
〔1.深根性又は浅根性の形質を有するイネ〕
図1は、DRO1遺伝子及び/又はqSOR1遺伝子による根伸長角度の違いを示す。DRO1遺伝子及び/又はqSOR1遺伝子によって根伸長角度は図1に示すように異なった。すなわち、これら両遺伝子が機能性である系統は深根型となり、機能欠損型DRO1及び機能欠損型qSOR1遺伝子をホモで有する系統は超浅根型となった。片方が機能型である系統はそれらの中間的な角度となり、その中ではDRO1(+)/qSOR1(-)の方が、DRO1(-)/qSOR1(+)よりも深根型であった。ここでDRO1(-)/qSOR1(+)はIR64が本来持つアリルであり、本実施例ではコントロールと見なした。これらの4系統として、参考文献2の図3に記載された4系統を用いた。
〔2.イネの栽培〕
上記4系統について発芽させた種籾を苗箱で第5葉が展開するまで育苗した後、代掻きを行った水田に1株3本植えで移植した。栽植密度は30cm(条間)×15cm(株間)とし、各プロット4条×8株の群落をつくり、4反復で栽培試験を実施した。試験は茨城県つくば市の農研機構・農業環境研究部門の水田で行い、収穫前まで常時湛水条件で栽培した。
〔3.メタン排出量の測定〕
メタン排出量はクローズドチャンバ法で測定した(Minamikawa et al. 2015. ISBN:978-4-931508-16-3 (online))。4株の面積に相当する30cm×60cmの底面積をもつアクリル製チャンバを用いて、チャンバ内に蓄積するメタンの量をFID検出器付ガスクロマトグラフにより分析することで、単位時間・単位面積あたりの排出量(フラックス)を測定した。
結果を図2および3に示す。図2は、DRO1/qSOR1遺伝子が異なるイネ4系統のメタン排出量の経時変化を示し、図の下部の数字はIR64(DRO1(-)/qSOR1(+))と比較した深根型系統(DRO1(+)/qSOR1(+))の変化(%)を表す。図3は、測定期間全体の積算メタン排出量の系統間差を示し、図上の数字は、IR64(DRO1(-)/qSOR1(+))と比較したときの各系統からの排出量の変化(%)を表す。水稲品種IR64から育成したDRO1とqSOR1の機能型アリルを持った深根型系統は、生育後半でメタン排出量が低下し(図2)、生育期間を通した排出量はIR64と比べ14%低くなった(図3)。逆にIR64より浅根型の系統(DRO1(-),qSOR1(-))ではメタン排出量は増加した(図2、3)。
〔4.メタン排出量と収量の関係〕
成熟したイネを各プロット6株収穫し、収量(精玄米重)を調査した。精玄米は脱穀した籾を比重1.06で塩水選し、沈んだ種籾を籾摺りして得た。また重量は水分15%換算値で示した。
結果を図4および5に示す。図4は、DRO1/qSOR1遺伝子が異なる4系統の左)精玄米収量(15%水分)を示し、図上の数字は、IR64と比較したときの各系統の変化(%)を表す。図5は、収量当たりのメタン排出量を示し、図上の数字は、IR64と比較したときの各系統の変化(%)を表す。深根型系統(DRO1(+)/qSOR1(+))の収量はIR64と同等であったため(+0.3%、図4)、収量を維持したままメタン排出量が抑制された(-15%、図5)。なおIR64よりやや深根型である系統(DRO1(+)、qSOR1(-))は、単位面積当たりのメタン排出量に変化は無かったが(図3)、収量が増加したことから(+19.7%、図4)収量当たりのメタン排出量が低下した(図5)。
〔5.土壌水中二価鉄濃度の測定〕
メタンは土壌がより還元的になることで微生物による生成が盛んになる一方、根の周辺の酸化的な部位ではメタン酸化菌によるメタンの分解が生じる。そこで1~11cmの土壌水を、ポーラスカップ(10cm)を通して採取し、酸化還元の指標である土壌水中の溶存二価鉄濃度をICP発光装置により分析した。
結果を図6に示す。図6は、DRO1/qSOR1遺伝子が異なる4系統の土壌水中二価鉄(Fe(II))濃度の推移を示す。深根型系統(DRO1(+)/qSOR1(+))では、生育期間を通して二価鉄濃度がIR64と比べて低く抑えられていた。すなわち深根性の付与によって土壌が比較的酸化的な状態になり、微生物によるメタンの生成が抑制されたり、酸化的なイネ根の周囲でメタン酸化が促進されたりしたことが、メタン排出量の低減に繋がったと考えられた(図6)。
本発明は、農業分野に利用することが可能であると共に、農業の維持及び発展を通して環境分野にも利用できる。

Claims (9)

  1. 深根性の形質を有するイネを選択する工程と、
    選択した前記イネを生育させる工程と
    を包含する、水田からのメタン排出量の削減方法。
  2. 前記選択する工程において、深根性の形質を付与する活性を有するタンパク質をコードする深根性制御遺伝子をゲノム中に有するイネを選択する、請求項1に記載の水田からのメタン排出量の削減方法。
  3. 前記深根性制御遺伝子は、以下の(a)~(c)のいずれかに記載のDNA:
    (a)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているDNA;
    (b)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する活性を有するタンパク質をコードしているDNA;
    (c)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、25個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する活性を有するタンパク質をコードしているDNA;
    を含む、請求項2に記載の水田からのメタン排出量の削減方法。
  4. 前記選択する工程において、基準となる水田からのメタン排出量と比較した、深根性の形質を有するイネの栽培時のメタン排出削減量に関する情報を、当該イネの品種毎に含むメタン排出削減量管理データベースを取得し、当該メタン排出削減量管理データベースを参照して、生育させるイネを選択する、請求項1又は2に記載の水田からのメタン排出量の削減方法。
  5. 前記メタン排出削減量に関する情報を参照して、生育させるイネのメタン排出削減量を算出し、算出されたメタン排出削減量を炭素クレジットに変換する工程をさらに包含する、請求項4に記載の水田からのメタン排出量の削減方法。
  6. イネにおけるメタン排出量の調節の程度を判定する判定方法であって、
    被験イネが深根性の形質を有するか否かを指標にして、当該イネのメタン排出量の調節の程度を判定する工程を包含する、判定方法。
  7. 前記判定する工程において、被験イネが、深根性の形質を付与する活性を有するタンパク質をコードする深根性制御遺伝子をゲノム中に有するか否かを指標にして、当該イネのメタン排出量の調節の程度を判定する、請求項6に記載の判定方法。
  8. 前記深根性制御遺伝子は、以下の(a)~(c)のいずれかに記載のDNA:
    (a)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質をコードしているDNA;
    (b)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、90%以上の配列同一性を有するアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質をコードしているDNA;
    (c)配列番号1又は2に記載のアミノ酸配列に対して、25個以下のアミノ酸が置換、欠失、付加又は挿入されたアミノ酸配列からなり、イネに深根性の形質を付与する機能を有するタンパク質をコードしているDNA;
    を含む、請求項7に記載の判定方法。
  9. 請求項6又は7に記載の判定方法により、深根性の形質を有すると判定されたイネを複数パッケージしてなる、メタン排出量を低減する形質を有するイネの包装品。
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