JP2022134817A - 作物収量向上剤の製造方法、作物収量向上剤、及び、作物収量向上方法 - Google Patents

作物収量向上剤の製造方法、作物収量向上剤、及び、作物収量向上方法 Download PDF

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Abstract

【課題】作物の収量を向上させる作物収量向上剤を提供する。【解決手段】作物収量向上剤は、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含む。【選択図】なし

Description

特許法第30条第2項適用申請有り 2020年3月5日に日本農芸化学会2020年度大会(福岡)講演要旨集(PDF)を発行し、同大会ホームページ上への掲載(https://jsbba.bioweb.ne.jp/jsbba2020/index.php?aid=58575&place_num=1)をもって発表 2020年3月25日にウェブサイトbioRxiv(https://www.biorxiv.org/content/10.1101/2020.03.24.006684v1.full)にて論文を発表
本開示は、作物収量の向上に資する天然代謝産物である作物収量向上剤、作物収量向上剤の製造方法、作物収量向上方法に関する。
世界人口の増加に伴う食糧増産への要求に伴い、限られた耕作地の中で効率よく品質の高い農作物を生産するための作物収量向上技術の開発が求められている。特に、近年では地球温暖化の防止及び環境負荷の低減の観点から、製造過程における化石エネルギーの消費量が少なく、かつ、施用(以下、適用又は使用ともいう)において環境負荷の少ない天然由来の物質の活用が望まれている。
例えば、天然由来の物質を活用した作物収量向上方法としては、植物の成長促進に寄与する物質を産生する微生物又は微生物の培養液などを植物に接種する方法(特許文献1、2及び非特許文献1)が開示されている。また、例えば、有機酸などの天然代謝産物を土壌に添加して土壌中の金属イオンをキレートして、植物による金属イオンの利用性を向上させる方法が開示されている(特許文献3)。また、例えば、天然代謝産物であるアデノシンを含む組成物を植物に適用する方法(特許文献4)、及び、藻類の細胞抽出物含む肥料を植物に施肥する方法(特許文献5)が開示されている。
特開2018-11600号公報 特表昭63-501286号公報 特開2014-073993号公報 特許第5943844号公報 特許第3143872号公報
Jimenez-Gomez et al., "Probiotic activities of Rhizobium laguerreae on growth and quality of spinach", Scientific reports, 2018, Vol. 8, 295 木幡光, Studies on molecular basis of cyanobacterial outer membrane function and its evolutionary relationship with primitive chloroplasts, 博士論文,[オンライン], 2018.03.27,インターネット:<URL: http://hdl.handle.net/10097/00122689> 児島征司, 葉緑体表層膜で機能する細菌由来の膜安定化機構と物質透過機構の解明と応用, 科研費, [オンライン], 2018.04.23, インターネット:<URL: https://kaken.nii.ac.jp/grant/KAKENHI-PROJECT-18H02117>
しかしながら、微生物資材は使用する微生物種、対象となる植物種、及び、土壌の性質の組み合わせによりその効果が異なり、汎用性に欠け、作物収量向上効果が不安定である。一方、天然代謝産物などの天然由来の物質は、微生物資材よりも複数の植物種(つまり、植物全般)に対して収量向上効果を及ぼしやすいが、当該物質の生産、抽出又は精製プロセスが煩雑で、過大なコストが生じる。
そこで、本開示は、作物収量向上効果を有する天然由来物質(以下、作物収量向上物質ともいう)を含む作物収量向上剤、及び、作物収量向上剤を、簡便に、かつ、効率良く製造できる作物収量向上剤の製造方法を提供する。また、本開示は、効果的に作物の収量を向上させることができる作物収量向上方法を提供する。
本開示の一態様に係る作物収量向上剤は、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含む。
また、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法は、前記作物収量向上剤の製造方法であって、シアノバクテリアにおいて外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30~70%に抑制されている改変シアノバクテリアを準備するステップと、前記改変シアノバクテリアに作物収量向上に関与する分泌物を分泌させるステップと、を含む。
また、本開示の一態様に係る作物収量向上方法は、前記作物収量向上剤を作物に使用する。
本開示の作物収量向上剤によれば、効果的に作物の収量を向上させることができる。また、本開示の作物収量向上剤の製造方法によれば、複数の作物種に対して収量向上効果を発揮する作物収量向上剤を、簡便に、かつ、効率良く製造することができる。また、本開示の作物収量向上方法によれば、本開示の作物収量向上剤を作物に使用する(以下、施用するともいう)ことにより、効果的に作物の収量を向上させることができる。
図1は、実施の形態に係る作物収量向上剤の製造方法の一例を示すフローチャートである。 図2は、シアノバクテリアの細胞表層を模式的に示した図である。 図3は、実施例1の改変シアノバクテリアの超薄切片の透過型電子顕微鏡観察像である。 図4は、図3の破線領域Aの拡大像である。 図5は、実施例2の改変シアノバクテリアの超薄切片の透過型電子顕微鏡像である。 図6は、図5の破線領域Bの拡大像である。 図7は、比較例1の改変シアノバクテリアの超薄切片の透過型電子顕微鏡像である。 図8は、図7の破線領域Cの拡大図である。 図9は、実施例1、実施例2及び比較例1の改変シアノバクテリアの培養液中のタンパク質量(n=3、エラーバー=SD)を示すグラフである。 図10は、実施例3~5及び比較例2で栽培されたレタス1株あたりの相対平均株重量を示すグラフである。 図11は、実施例3~5及び比較例2それぞれの代表的な株の状態を示す図である。 図12は、実施例6~8及び比較例3で栽培されたホウレン草1株あたりの相対平均重量を示すグラフである。 図13は、実施例6~8及び比較例3それぞれの代表的な株の状態を示す図である。 図14は、実施例9及び比較例4で栽培されたトマト1株あたりの平均果実数を示すグラフである。 図15は、実施例9及び比較例4で栽培されたトマト1株あたりの平均果実重量を示すグラフである。 図16は、実施例9及び比較例4で栽培されたトマト1株あたりの平均糖度を示すグラフである。 図17は、実施例9及び比較例4それぞれの代表的な果実の状態を示す図である。 図18は、実施例1、実施例2、比較例1、比較例5及び比較例6の改変シアノバクテリアにおける外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の量を示す電気泳動像である。 図19は、比較例5の改変シアノバクテリアの超薄切片の透過型電子顕微鏡像である。 図20は、図19の破線領域Dの拡大図である。 図21は、比較例6の改変シアノバクテリアの超薄切片の透過型電子顕微鏡像である。 図22は、図21の破線領域Eの拡大図である。 図23は、実施例1、実施例2、比較例1、比較例5及び比較例6の改変シアノバクテリアの培養液中のタンパク質の量を示すグラフである。 図24は、実施例2及び比較例1の改変シアノバクテリアの細胞壁結合型糖鎖に共有結合しているピルビン酸の量を示すグラフである。
(本開示の基礎となった知見)
背景技術で述べたように、限られた耕作地の中で効率よく農作物を生産するための作物収量向上技術が求められている。また、作物の収量を向上させるために、施用において環境負荷の少ない天然由来の物質の活用が求められている。中でも、当該物質の製造時に化石エネルギーの消費量が少なく、より環境負荷の少ない物質が望まれている。
作物の収量を向上させるための技術として、以下の従来技術が開示されている。
例えば、特許文献1には、植物又は植物の周囲(例えば、土壌)に植物成長促進活性を有する微生物株又は当該微生物株の培養物を適用する方法が開示されている。当該方法を用いることにより、植物の成長促進及び収量増大だけでなく、植物の病原性疾病の発生予防なども可能であることが報告されている。
また、例えば、特許文献2には、細菌培養液と藻類培養液とを混合し、当該混合液を所定条件にてインキュベートすることにより得られた植物成長促進組成物を製造し、当該組成物を植物に適用する方法が開示されている。当該方法では、当該組成物を植物の水耕栽培の栄養液に添加した場合に、トマトの栄養成長を促進することが報告されている。
また、例えば、非特許文献1には、根粒菌の一種を、植物成長促進メカニズムを持つ植物プロバイオティクスバクテリアとしてホウレン草に、より具体的には、ホウレン草の根に適用する方法が開示されている。当該方法では、当該根粒菌を接種したホウレン草の葉数及びサイズが増加するなどの成長促進効果が得られることが報告されている。
また、例えば、特許文献3では、有機酸などの天然代謝産物(代謝に関与する物質であって、天然に存在する物質をいう)を土壌に添加し、土壌中の鉄などの金属イオンをキレートして、植物による金属イオンの利用性を向上させる方法が開示されている。
また、例えば、特許文献4には、天然代謝産物であるアデノシンを主成分として含む組成物を植物に適用する方法が開示されている。
また、例えば、特許文献5には、藻類の細胞抽出物を含む肥料を植物に施肥する方法が開示されている。より具体的には、細胞抽出物は、シアノバクテリア類を水性溶媒(例えば、水)で、60℃以上で処理されている。
しかしながら、上記のような天然由来の物質を利用する場合、その生産、抽出又は精製プロセスが一般に煩雑であり、過大なコストが生じる。一方、微生物そのものを植物に摂取する場合は、煩雑なプロセスが不要であるが、使用する微生物種、対象となる植物種、及び、土壌の性質の組み合わせによりその効果が異なり、汎用性に欠け、作物収量向上効果が不安定である。以上の状況から、より安価な原料で簡便なプロセスで生産でき、かつ、複数の作物種に対して収量向上効果を発揮する天然由来の物質の開発が望まれている。
本発明者は、天然代謝産物であるピログルタミン酸、及び、アミノ安息香酸の少なくともいずれかを作物に施用することにより、作物の生産性が向上すること、つまり、品質の高い作物が増収されることを発見した。さらに、本発明者は、シアノバクテリア(藍色細菌又は藍藻とも呼ばれる)を用いて、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含む作物収量向上剤を、安価に、かつ、簡便に(つまり、効率よく)製造する方法を見出した。
シアノバクテリアは、真正細菌の一群であり、光合成により水を分解して酸素を産生し、得たエネルギーにより空気中のCOを固定する。シアノバクテリアは、種によっては、空気中の窒素(N)も固定できる。このように、シアノバクテリアは、菌体の生育に必要な原料(つまり、栄養分)及びエネルギーの大部分を、空気、水、及び、光から得ることができるため、安価な原料で簡便なプロセスでシアノバクテリアを培養することができる。また、シアノバクテリアの特性として、生育が早く光利用効率が高いことが知られており、加えてその他の藻類種と比較して遺伝子操作が容易であるため、光合成微生物の中でもシアノバクテリアを利用した物質生産に関して活発な研究開発が行われている。
例えば、シアノバクテリアを用いた物質生産の例として、エタノール、イソブタノール、アルカン類、及び、脂肪酸(特許文献6:特許第6341676号公報)等の燃料の生産が報告されている。また、生物の栄養源となる物質の生産に関する研究開発も行われている。しかしながら、シアノバクテリアの細胞内の代謝物及びタンパク質は、細胞外に分泌されにくいため、シアノバクテリアの細胞を破砕して、細胞内で産生された所望の代謝物及びタンパク質を抽出する必要がある。
シアノバクテリアの細胞壁および細胞膜の構造は化合物、タンパク質及び菌体内代謝産物の透過性を左右するが、細胞膜および細胞壁構造を人為的に改変して化合物、タンパク質及び菌体内代謝産物の分泌生産能力を向上させることは容易ではない。例えば、非特許文献2及び非特許文献3には、シアノバクテリアの外膜と細胞壁との接着に関与し、かつ、細胞表層の構造的安定性に寄与するslr1841遺伝子またはslr0688遺伝子を欠損させると、シアノバクテリア細胞の増殖能力が失われることが記載されている。
そこで、本発明者らは、シアノバクテリア細胞の増殖能力を維持したまま、化合物、タンパク質及び菌体内代謝産物の分泌生産能力を高める細胞膜および細胞壁の最適な構造改変方法を鋭意検討した。その結果、シアノバクテリアの外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30%~70%に抑制させることにより、シアノバクテリアの菌体内で産生された化合物、タンパク質及び菌体内代謝産物が菌体外に分泌されやすくなることを見出した。より具体的には、シアノバクテリアの細胞壁を被覆する外膜を部分的に細胞壁から脱離させることにより、シアノバクテリアの菌体内で産生された化合物、タンパク質及び菌体内代謝産物が菌体外に分泌されやすく
なることを見出した。この過程において、本発明者は、シアノバクテリアの分泌物がピログルタミン酸及びアミノ安息香酸を含み、かつ、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸のそれぞれが複数の作物種に対して収量向上効果を有することを発見した。これにより、シアノバクテリアの菌体を破砕することなく、菌体外に分泌された作物収量向上効果を有する物質を効率よく回収することができる。また、抽出(例えば、菌体破砕)などの操作が不要となることにより、作物収量向上物質の生理活性が損なわれにくくなるため、当該分泌物を含む作物収量向上剤によれば、効果的に作物の収量を向上させることができる。
したがって、本開示の作物収量向上剤の製造方法によれば、複数の作物種に対して生産増進の効果を有する物質を、簡便に、かつ、効率良く製造することができる。また、本開示の作物収量向上剤によれば、効果的に植物の成長を促進させることができる。また、本開示の作物収量向上剤によれば、本開示の作物収量向上剤を用いることにより、効果的に作物生産を生産増進させることができる。
(本開示の概要)
本開示の一態様の概要は、以下の通りである。
本開示の一態様に係る作物収量向上剤は、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含む。
本開示の一態様に係る作物収量向上剤によれば、複数の作物種に対してその収量を向上させることができる。
本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法は、前記作物収量向上剤の製造方法であって、シアノバクテリアにおいて外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30~70%に抑制されている改変シアノバクテリアを準備するステップと、前記改変シアノバクテリアに前記作物収量向上物質を含む分泌物を分泌させるステップと、を含む。
これにより、改変シアノバクテリアでは、細胞の増殖能力が損なわれることなく、細胞壁と外膜との結合(例えば、結合量及び結合力)が部分的に低減し、外膜が細胞壁から部分的に脱離しやすくなる。そのため、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物(以下、菌体内産生物質ともいう)が外膜の外、つまり、菌体外に漏出しやすくなる。この漏出した菌体内産生物質に、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸を含むことを特徴とする、作物収量向上効果をもつ物質群が含まれる。これにより、例えば菌体を破砕するなどの、菌体内産生物質の抽出処理が不要となる。そのため、簡便に、かつ、効率良く、作物収量向上剤を製造することができる。外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30%未満に抑制されると細胞の増殖能力が損なわれてしまい、70%を超えると菌体内で産生されたタンパク質を菌体外に漏出させることができない。
また、上記の菌体内産生物質の抽出処理が不要となるため、菌体内産生物質の生理活性の低下及び収率の低下が起こりにくくなる。そのため、改変シアノバクテリアの菌体内産生物質のうち、作物の増収に関与する物質の生理活性の低下及び収率の低下も起こりにくくなる。
また、上記の菌体内産生物質の抽出処理が不要となるため、菌体外に分泌された菌体内産生物質を回収した後も、改変シアノバクテリアを繰り返し使用して菌体内産生物質を産生させることができる。そのため、作物収量向上剤の製造の度に新たな改変シアノバクテリアを準備する必要がない。したがって、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方
法によれば、作物収量向上化剤を、簡便に、かつ、効率良く製造することができる。
例えば、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法では、前記外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質は、SLH(Surface Layer Homology)ドメイン保持型外膜タンパク質、及び、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素の少なくとも1つであってもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、例えば、(i)細胞壁と結合するSLHドメイン保持型外膜タンパク質及び細胞壁の表面の結合糖鎖をピルビン酸修飾する反応を触媒する酵素(つまり、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素)の少なくとも1つの機能が抑制されている、又は、(ii)SLHドメイン保持型外膜タンパク質、及び、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素の少なくとも1つの発現が抑制されている。そのため、外膜中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質のSLHドメインと、細胞壁の表面の共有結合型の糖鎖との結合(つまり、結合量及び結合力)が低減する。これにより、外膜と細胞壁との結合が弱まった部分において外膜が細胞壁から脱離しやすくなる。その結果、改変シアノバクテリアでは、外膜と細胞壁との結合が低減することにより外膜が細胞壁から部分的に脱離しやすくなるため、上記のように菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物などの菌体内産生物質が菌体外に漏出しやすくなる。これにより、改変シアノバクテリアは、菌体内で産生された作物収量向上物質を菌体外に分泌する分泌生産性が向上する。したがって、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法によれば、当該改変シアノバクテリアに作物収量向上物質を効率良く分泌させることができるため、作物収量向上剤を効率良く製造することができる。
例えば、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法では、前記SLHドメイン保持型外膜タンパク質は、配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるSlr1841、配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるNIES970_09470、配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるAnacy_3458、又は、これらのいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質であってもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、例えば、(i)上記の配列番号1~3で示されるいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質又はこれらのいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質の機能が抑制されている、又は、(ii)上記の配列番号1~3で示されるいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質又はこれらのいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質の発現が抑制されている。そのため、改変シアノバクテリアでは、(i)外膜中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質若しくはSLHドメイン保持型外膜タンパク質と同等の機能を有するタンパク質の機能が抑制される、又は、(ii)外膜中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質若しくはSLHドメイン保持型外膜タンパク質と同等の機能を有するタンパク質の発現量が低減する。その結果、改変シアノバクテリアでは、外膜が細胞壁と結合するための結合ドメイン(例えばSLHドメイン)が、細胞壁と結合する結合量及び結合力が低減するため、外膜が細胞壁から部分的に脱離しやすくなる。これにより、菌体内産生物質が菌体外に漏出されやすくなるため、菌体内で産生された作物収量向上物質も菌体外に漏出されやすくなる。したがって、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法によれば、改変シアノバクテリアの菌体内で産生された作物収量向上物質が菌体外に分泌されやすくなるため、作物収量向上剤を効率良く製造することができる。
本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法では、前記細胞壁-ピルビン酸修飾酵素は、配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるSlr0688、配列番号5で示されるアミノ酸配列からなるSynpcc7942_1529、配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるAnacy_1623、又は、これらのいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素とアミノ酸配列が50%以
上同一であるタンパク質であってもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、例えば、(i)上記の配列番号4~6で示されるいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素若しくはこれらのいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質の機能が抑制されている、又は、(ii)上記の配列番号4~6で示されるいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素若しくはこれらのいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質の発現が抑制されている。そのため、改変シアノバクテリアでは、(i)細胞壁-ピルビン酸修飾酵素又は当該酵素と同等の機能を有するタンパク質の機能が抑制される、又は、(ii)細胞壁-ピルビン酸修飾酵素又は当該酵素と同等の機能を有するタンパク質の発現量が低減する。これにより、細胞壁の表面の共有結合型の糖鎖がピルビン酸で修飾されにくくなるため、細胞壁の糖鎖が外膜中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質のSLHドメインと結合する結合量及び結合力が低減する。その結果、改変シアノバクテリアでは、細胞壁の表面の共有結合型の糖鎖がピルビン酸で修飾されにくくなるため、細胞壁と外膜との結合力が弱まり、外膜が細胞壁から部分的に脱離しやすくなる。これにより、菌体内産生物質が菌体外に漏出されやすくなるため、菌体内で産生された作物収量向上物質も菌体外に漏出されやすくなる。したがって、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法によれば、改変シアノバクテリアの菌体内で産生された作物収量向上物質が菌体外に分泌されやすくなるため、作物収量向上剤を効率良く製造することができる。
例えば、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法では、前記外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質を発現させる遺伝子が欠失又は不活性化されていてもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、細胞壁と外膜との結合に関与するタンパク質の発現が抑制されるため、又は、当該タンパク質の機能が抑制されるため、細胞壁と外膜との結合(つまり、結合量及び結合力)が部分的に低減する。その結果、改変シアノバクテリアでは、外膜が細胞壁から部分的に脱離しやすくなるため、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物などの菌体内産生物質が外膜の外、つまり、菌体外に漏出しやすくなる。そのため、改変シアノバクテリアは、菌体内で産生された作物収量向上物質の分泌生産性が向上する。これにより、菌体を破砕するなどの、菌体内産生物質の抽出処理が不要となるため、菌体内産生物質の生理活性の低下及び収率の低下が起こりにくくなる。そのため、菌体内で産生された作物収量向上物質の生理活性の低下及び収率の低下も起こりにくくなるため、作物収量向上効果が向上した作物収量向上剤を製造することができる。また、上記の菌体内産生物質の抽出処理が不要となるため、当該物質を回収した後も、改変シアノバクテリアを繰り返し使用して作物収量向上物質を産生させることができる。そのため、作物収量向上剤の製造の度に新たな改変シアノバクテリアを準備する必要がない。したがって、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法によれば、作物収量向上効果が向上した作物収量向上剤を、簡便に、かつ、効率良く製造することができる。
例えば、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法では、前記外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質を発現させる遺伝子は、SLHドメイン保持型外膜タンパク質をコードする遺伝子、及び、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素をコードする遺伝子の少なくとも1つであってもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、SLHドメイン保持型外膜タンパク質をコードする遺伝子、及び、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素をコードする遺伝子の少なくとも1つの遺伝子が欠失又は不活性化されている。そのため、改変シアノバクテリアでは、例えば、(i)SLHドメイン保持型外膜タンパク質及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素の少なくとも1つの発現が抑制される、又は、(ii)SLHドメイン保持型外膜タンパク質及び
細胞壁-ピルビン酸修飾酵素の少なくとも1つの機能が抑制される。そのため、外膜中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質のSLHドメインと、細胞壁の表面の共有結合型の糖鎖との結合(つまり、結合量及び結合力)が低減する。これにより、外膜と細胞壁との結合が弱まった部分において外膜が細胞壁から脱離しやすくなる。その結果、改変シアノバクテリアでは、外膜と細胞壁との結合が低減することにより外膜が細胞壁から部分的に脱離しやすくなるため、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物が菌体外に漏出しやすくなる。これにより、菌体内で産生された作物収量向上物質も菌体外に漏出しやすくなる。したがって、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法によれば、当該改変シアノバクテリアに作物収量向上物質を効率良く分泌させることができるため、作物収量向上剤を効率良く製造することができる。
例えば、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法では、前記SLHドメイン保持型外膜タンパク質をコードする遺伝子は、配列番号7で示される塩基配列からなるslr1841、配列番号8で示される塩基配列からなるnies970_09470、配列番号9で示される塩基配列からなるanacy_3458、又は、これらのいずれかの遺伝子と塩基配列が50%以上同一である遺伝子であってもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、上記の配列番号7~9で示されるいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質をコードする遺伝子又はこれらのいずれかの遺伝子の塩基配列と50%以上同一である遺伝子が欠失又は不活性化される。そのため、改変シアノバクテリアでは、(i)上記のいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質若しくはこれらのいずれかのタンパク質と同等の機能を有するタンパク質の発現が抑制される、又は、(ii)上記のいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質若しくはこれらのいずれかのタンパク質と同等の機能を有するタンパク質の機能が抑制される。その結果、改変シアノバクテリアでは、外膜が細胞壁と結合するための結合ドメイン(例えばSLHドメイン)が細胞壁と結合する結合量及び結合力が低減するため、外膜が細胞壁から部分的に脱離しやすくなる。これにより、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物が菌体外に漏出しやすくなるため、菌体内で産生された作物収量向上物質も菌体外に漏出しやすくなる。したがって、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法によれば、改変シアノバクテリアの菌体内で産生された作物収量向上物質が菌体外に漏出されやすくなるため、作物収量向上剤を効率良く製造することができる。
例えば、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法では、前記細胞壁-ピルビン酸修飾酵素をコードする遺伝子は、配列番号10で示される塩基配列からなるslr0688、配列番号11で示される塩基配列からなるsynpcc7942_1529、配列番号12で示される塩基配列からなるanacy_1623、又は、これらのいずれかの遺伝子と塩基配列が50%以上同一である遺伝子であってもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、上記の配列番号10~12で示されるいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素をコードする遺伝子又はこれらのいずれかの酵素をコードする遺伝子の塩基配列と50%以上同一である遺伝子が欠失又は不活性化される。そのため、改変シアノバクテリアでは、(i)上記のいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素若しくはこれらのいずれかの酵素と同等の機能を有するタンパク質の発現が抑制される、又は、(ii)上記のいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素若しくはこれらのいずれかの酵素と同等の機能を有するタンパク質の機能が抑制される。これにより、細胞壁の表面の共有結合型の糖鎖がピルビン酸で修飾されにくくなるため、細胞壁の糖鎖が外膜中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質のSLHドメインと結合する結合量及び結合力が低減する。その結果、改変シアノバクテリアでは、細胞壁が外膜と結合するための糖鎖がピルビン酸で修飾される量が低減するため、細胞壁と外膜との結合力が弱まり、外膜が細胞壁から部分的に離脱しやすくなる。これにより、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産
物が菌体外に漏出しやすくなるため、菌体内で産生された作物収量向上物質も菌体外に漏出しやすくなる。したがって、本開示の一態様に係る作物収量向上剤の製造方法によれば、改変シアノバクテリアの菌体内で産生された作物収量向上物質が菌体外に漏出されやすくなるため、作物収量向上剤を効率良く製造することができる。
また、本開示の一態様に係る作物収量向上方法は、上記の作物収量向上剤を作物に使用する。
本開示の一態様に係る作物収量向上方法によれば、作物収量向上効果が向上した作物収量向上剤を作物に使用することにより、効果的に作物の収量を向上させることができる。
以下、実施の形態について、図面を参照しながら具体的に説明する。
なお、以下で説明する実施の形態は、いずれも包括的又は具体的な例を示すものである。以下の実施の形態で示される数値、材料、ステップ、ステップの順序などは、一例であり、本開示を限定する主旨ではない。また、以下の実施の形態における構成要素のうち、最上位概念を示す独立請求項に記載されていない構成要素については、任意の構成要素として説明される。
また、各図は、必ずしも厳密に図示したものではない。各図において、実質的に同一の構成については同一の符号を付し、重複する説明は省略又は簡略化される場合がある。
また、以下において、数値範囲は、厳密な意味のみを表すのではなく、実質的に同等な範囲、例えば、タンパク質の量(例えば、数又は濃度等)又はその範囲を計測することなどを含む。
また、本明細書では、菌体と細胞とは、いずれも1つのシアノバクテリアの個体を表している。
(実施の形態)
本明細書において、塩基配列及びアミノ酸配列の同一性は、BLAST(Basic Local Alignment Search Tool)アルゴリズムによって計算される。具体的には、NCBI(National Center for Biotechnology Information)(https://blast.ncbi.nlm.nih.gov/Blast.cgi)のウェブサイトで利用できるBLASTプログラムにてペアワイズ解析を行うことにより算出される。シアノバクテリアの遺伝子及び当該遺伝子がコードするタンパク質に関する情報は、例えば上述のNCBIデータベース及びCyanobase(http://genome.microbedb.jp/cyanobase/)において公開されている。これらのデータベースから、目的のタンパク質のアミノ酸配列及びそれらのタンパク質をコードする遺伝子の塩基配列を取得することができる。
[1.作物収量向上剤]
まず、本実施の形態に係る作物収量向上剤について説明する。作物収量向上剤は、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含む。作物収量向上剤は、シアノバクテリアにおいて外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質(以下、結合関連タンパク質ともいう)の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30%以上70%以下に抑制されている改変シアノバクテリアの菌体内で産生され、菌体外に分泌される。つまり、作物収量向上剤は、改変シアノバクテリアの分泌物に含まれる。ここで、例えば、「結合関連タンパク質の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30%に抑制されている」とは、親株における当該タンパク質の総量の70%が喪失し、30%が残存している状態のことを意味する。これにより、改変シアノバクテリアでは、外膜5と細胞壁4との結合(例えば、結合量及び結合力)が部分的に低減するため、外膜5が細胞壁4から部
分的に脱離しやすくなる。
ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸は、それぞれ、作物収量向上剤に約0.1μM以上約10μM以下の範囲内で含まれるとよい。作物収量向上剤は、植物成長促進効果、例えば、植物の葉、茎、蕾、花、又は実の数を増加させ、茎又は幹を太くし、背丈を伸長させる効果を有する。また、作物収量向上剤は、植物の品質を向上させる効果(植物品質向上効果ともいう)、例えば、植物の病害の防除、養分の吸収率の向上、果実の高糖度化などの効果を有する。これにより、作物収量向上剤は、複数の作物種に対して、作物の増収、作物及び果実の増体、果実の高糖度化、生理障害の低減、並びに、病害の低減など、植物の品質を効果的に向上させることができる。作物収量向上剤は、植物成長促進効果及び植物品質向上効果を有するため、効果的に作物の収量を向上させることができる。
なお、植物は、田畑で栽培される作物の他、庭園樹、花卉、芝生、街路樹等も含み、また肥培の殆ど行われない山林樹木も含まれる。つまり、本明細書では、作物は、ここで定義する植物と同義である。また、品質の向上とは、植物の利用される部位(実、葉、根茎等)の品質、例えば成分及び外観等が好ましい方向(例えば、栄養価が上がる、味が良くなる等)に移行することを意味する。成分とは、例えば、水分、タンパク質、脂質、炭水化物(例えば、糖質、でんぷんなど)、灰分等の一般成分、ナトリウム、カリウム、カルシウム等の無機質、ビタミンA、ビタミンC、葉酸等のビタミン、脂肪酸、コレステロール、食物繊維等である。また、外観は、例えば、形状、色、香り、皮質、肉質、太さ、光沢、開花程度、生理障害の程度等のように計測可能な事項と、美しさ、しなやかさ、みずみずしさ、見た目のバランス等のように計測困難な事項とを含む。
なお、シアノバクテリア(つまり、親株)及び改変シアノバクテリアについては後述する。
上述したように、当該分泌物は、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含む作物収量向上剤を含む。つまり、改変シアノバクテリアは、作物収量向上に関与する分泌物を分泌する。当該分泌物は、改変シアノバクテリアの菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物(つまり、菌体内産生物質)を含む。当該菌体内産生物質には、作物収量向上に関与する物質(つまり、作物収量向上物質)が含まれている。
ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸以外の作物収量向上物質は、例えば、ペプチダーゼ、ヌクレアーゼ、若しくは、フォスファターゼ等の有機物分解酵素、アデノシン若しくはグアノシン等のDNA代謝関連物質若しくはスペルミジンなどの核酸(例えば、DNA又はRNA)合成促進に関与する細胞内分子、3-ヒドロキシ酪酸などのケトン体、又は、グルコン酸などの有機酸である。改変シアノバクテリアの分泌物は、これらの作物収量向上物質の混合物であってもよい。
[2.作物収量向上剤の製造方法]
続いて、本実施の形態に係る作物収量向上剤の製造方法について図1を参照しながら説明する。図1は、本実施の形態に係る作物収量向上剤の製造方法の一例を示すフローチャートである。
本実施の形態に係る作物収量向上剤の製造方法は、シアノバクテリアにおいて外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30%以上70%以下に抑制されている改変シアノバクテリアを準備するステップ(ステップS01)と、当該改変シアノバクテリアに、作物収量向上剤を含む分泌物を分泌させるステップ(ステップS02)と、を含む。
ステップS01では、上記の改変シアノバクテリアを準備する。改変シアノバクテリアを準備するとは、改変シアノバクテリアが分泌物を分泌できる状態に改変シアノバクテリアの状態を調整することをいう。改変シアノバクテリアを準備するとは、例えば、親シアノバクテリア(いわゆる、親株)を遺伝子改変して改変シアノバクテリアを作製することであってもよく、改変シアノバクテリアの凍結乾燥体又はグリセロールストックから菌体を復元することであってもよく、ステップS02で作物収量向上剤を含む分泌物を分泌させ終えた改変シアノバクテリアを回収することであってもよい。
ステップS02では、改変シアノバクテリアに作物収量向上剤を含む分泌物を分泌させる。本実施の形態における改変シアノバクテリアは、シアノバクテリアにおいて外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30%以上70%以下に抑制されているため、細胞の増殖能力が損なわれることなく、細胞壁と外膜との結合(例えば、結合量及び結合力)が部分的に低減し、外膜が細胞壁から部分的に脱離しやすくなる。そのため、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物が外膜の外(つまり、菌体外)に分泌されやすくなる。これらの菌体内産生物質には、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含む作物収量向上剤が含まれる。そのため、ステップS02では、改変シアノバクテリアを所定の条件で培養することにより、例えば、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸などの作物収量向上に関与する菌体内産生物質が菌体外に分泌される。
シアノバクテリアの培養は、一般に、BG-11培地(表2参照)を用いた液体培養又はその変法に基づいて実施することができる。そのため、改変シアノバクテリアの培養も同様に実施してもよい。また、作物収量向上剤を製造するためのシアノバクテリアの培養期間としては、十分に菌体が増殖した条件でタンパク質及び代謝産物が高濃度に蓄積するように行える期間であればよく、例えば、1~3日間であってもよく、4~7日間であってもよい。また、培養方法は、例えば、通気攪拌培養又は振とう培養であってもよい。
上記の条件で培養することにより、改変シアノバクテリアは、菌体内でタンパク質及び代謝産物(つまり、菌体内産生物質)を産生し、当該菌体内産生物質を培養液中に分泌する。当該菌体内産生物質は、例えば、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含み、これらの物質以外の作物収量向上物質を含んでもよい。培養液中に分泌された菌体内産生物質を回収する場合、培養液をろ過、又は遠心分離等することにより、培養液から細胞(つまり、菌体)等の固形分を除去し、培養上清を回収してもよい。本実施の形態に係る作物収量向上剤の製造方法によれば、作物収量向上に関与する菌体内産生物質(つまり、作物収量向上物質)を含む分泌物が改変シアノバクテリアの細胞外に分泌されるので、作物収量向上物質の回収のために細胞を破砕する必要がない。そのため、作物収量向上物質の回収後に残った改変シアノバクテリアを繰り返し使用して、作物収量向上剤の製造を行うことができる。
なお、培養液中に分泌された作物収量向上物質の回収方法は、上記の例に限られず、改変シアノバクテリアを培養しながら、培養液中の作物収量向上物質を回収してもよい。例えば、タンパク質を透過させる透過膜を用いることにより、透過膜を透過した作物収量向上物質を回収してもよい。このように、改変シアノバクテリアを培養しながら培養液中の作物収量向上物質を回収することができるため、培養液から改変シアノバクテリアの菌体を除去する処理が不要となる。そのため、より簡便に、かつ、効率良く作物収量向上剤を製造することができる。
また、培養液からの菌体の回収処理及び菌体の破砕処理が不要となることにより、改変シアノバクテリアが受けるダメージ及びストレスを低減することができる。そのため、改変シアノバクテリアの作物収量向上物質の分泌生産性が低減しにくくなり、より長く改変
シアノバクテリアを使用することができる。
以上のように、本実施の形態における改変シアノバクテリアを用いることで、作物収量向上剤を簡便に、かつ、効率よく得ることができる。
以下、シアノバクテリア及び改変シアノバクテリアについて説明する。
[3.シアノバクテリア]
シアノバクテリアは、藍藻又は藍色細菌とも呼ばれ、クロロフィルで光エネルギーを捕集し、得たエネルギーで水を電解して酸素を発生しながら光合成をおこなう原核生物の一群である。シアノバクテリアは、多様性に富んでおり、例えば、細胞形状ではSynechocystis sp. PCC 6803のような単細胞性の種及びAnabaena sp. PCC 7120のような多細胞が連なった糸状性の種がある。生育環境についても、Thermosynechococcus elongatusのような好熱性の種、Synechococcus elongatusのような海洋性の種、Synechocystisのような淡水性の種がある。また、Microcystis aeruginosaのようにガス小胞を持ち毒素を産生する種、及び、チラコイドを持たずに原形質膜に集光アンテナであるフィコビリソームと呼ばれるタンパク質を有するGloeobacter violaceusのように、独自の特徴をもつ種も多数挙げられる。
図2は、シアノバクテリアの細胞表層を模式的に示した図である。図2に示されるように、シアノバクテリアの細胞表層は、内側から順に、原形質膜(内膜1ともいう)、ペプチドグリカン2、及び細胞最外層を形成する脂質膜である外膜5で構成される。ペプチドグリカン2にはグルコサミン及びマンノサミンなどで構成される糖鎖3が共有結合しており、また、これらの共有結合型の糖鎖3にはピルビン酸が結合している(非特許文献4:Jurgens and Weckesser, 1986, J. Bacteriol., 168:568-573)。本明細書では、ペプチドグリカン2と共有結合型の糖鎖3とを含めて細胞壁4と呼ぶ。また、原形質膜(つまり、内膜1)と外膜5との間隙は、ペリプラズムと呼ばれ、タンパク質の分解又は立体構造の形成、脂質又は核酸の分解、若しくは、細胞外の栄養素の取り込み等に関与する様々な酵素が存在する。
SLHドメイン保持型外膜タンパク質(例えば、図中のSlr1841)は、脂質膜(外膜5ともいう)に埋め込まれたC末端側領域と、脂質膜から突き出したN末端側のSLHドメイン7から成り、シアノバクテリア及びグラム陰性細菌の一群であるNegativicutes綱に属する細菌において広く分布している(非特許文献5:Kojima et al., 2016, Biosci. Biotech. Biochem., 10:1954-1959)。脂質膜(つまり、外膜5)に埋め込まれた領域は、親水性物質の外膜透過を可能にするためのチャネルを形成し、一方でSLHドメイン7は細胞壁4に結合する機能をもつ(非特許文献6:Kowata et al., 2017, J. Bacteriol., 199:e00371-17)。SLHドメイン7が細胞壁4に結合するためには、ペプチドグリカン2における共有結合型の糖鎖3がピルビン酸で修飾されている必要がある(非特許文献7:Kojima et al., 2016, J. Biol. Chem., 291:20198-20209)。SLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子の例としては、Synechocystis sp. PCC 6803が保持するslr1841若しくはslr1908、又はAnabaena sp. 90が保持するoprBなどが挙げられる。
ペプチドグリカン2における共有結合型の糖鎖3のピルビン酸修飾反応を触媒する酵素(以下、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9という)は、グラム陽性菌であるBacillus anthracisにおいて同定され、CsaBと命名されている(非特許文献8:Mesnage et al., 2000, EMBO J., 19:4473-4484)。ゲノム塩基配列が公開されているシアノバクテリアにおいて、多くの種がCsaBとアミノ酸配列の同一性が30%以上となる相同タンパク質をコードする遺伝子を保持している。例としては、Synechocystis sp. PCC 6803が保持するslr0688又はSynechococcus sp. 7502が保持するsyn7502_03092などが挙げられる。
シアノバクテリアでは、光合成により固定されたCOは多段階の酵素反応を経て各種アミノ酸及び細胞内分子の前駆体に変換される。それらを原料として、シアノバクテリアの細胞質内でタンパク質及び代謝産物が合成される。それらのタンパク質及び代謝産物の中には、細胞質内で機能するものもあるし、細胞質からペリプラズムに輸送されてペリプラズム内で機能するものもある。しかしながら、細胞外にタンパク質及び代謝産物を積極的に分泌するケースは、現在までシアノバクテリアにおいては報告されていない。
シアノバクテリアは、高い光合成能力を有するため、必ずしも有機物を栄養分として外から取り込む必要がない。そのため、シアノバクテリアは、図2の有機物チャネルタンパク質8(例えば、Slr1270)のように、有機物を透過させるチャネルタンパク質を外膜5に非常にわずかにしか有していない。例えば、Synechocystis sp. PCC 6803では、有機物を透過させる有機物チャネルタンパク質8は、外膜5の総タンパク質量の約4%しか存在しない。一方、シアノバクテリアは、生育に必要な無機イオン類を高効率で細胞内に取り込むために、図2のSLHドメイン保持型外膜タンパク質6(例えば、Slr1841)のように、無機イオン類のみを透過させるイオンチャネルタンパク質を外膜5に多く有する。例えば、Synechocystis sp. PCC 6803では、無機イオンを透過させるイオンチャネルタンパク質は、外膜5の総タンパク質量の約80%を占める。
このように、シアノバクテリアでは、外膜5におけるタンパク質などの有機物を透過させるチャネルが非常に少ないため、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物を菌体外に積極的に分泌することが難しいと考えられている。また、シアノバクテリアの細胞壁及び細胞膜の構造はタンパク質透過性を左右するが、細胞膜および細胞壁構造を人為的に改変してタンパク質分泌生産能力を向上させることは容易ではない。例えば、非特許文献2および非特許文献3には、外膜と細胞壁との接着に関与し、細胞表層の構造的安定性に寄与するslr1841遺伝子あるいはslr0688遺伝子を欠損させると、細胞の増殖能力が失われることが記載されている。
[4.改変シアノバクテリア]
続いて、本実施の形態における改変シアノバクテリアについて図2を参照しながら説明する。
本実施の形態における改変シアノバクテリアは、シアノバクテリアにおいて外膜5と細胞壁4との結合に関与するタンパク質(いわゆる、結合関連タンパク質)の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30%以上70%以下に抑制されている。ここで、例えば、「結合関連タンパク質の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30%に抑制されている」とは、親株における当該タンパク質の総量の70%が喪失し、30%が残存している状態のことを意味する。これにより、改変シアノバクテリアでは、外膜5と細胞壁4との結合(例えば、結合量及び結合力)が部分的に低減するため、外膜5が細胞壁4から部分的に脱離しやすくなる。そのため、改変シアノバクテリアは、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物を菌体外に分泌する菌体内産生物質の分泌生産性が向上する。上述したように、菌体内産生物質には、作物の収量向上に関与する菌体内産生物質(つまり、作物収量向上物質)が含まれる。作物収量向上物質は、例えば、ピログルタミン酸、及び、アミノ安息香酸である。改変シアノバクテリアの分泌物には、例えば、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含む作物収量向上剤が含まれる。そのため、改変シアノバクテリアは、菌体内で産生されたピログルタミン酸及びアミノ安息香酸などの作物収量向上物質を菌体外に分泌する作物収量向上物質の分泌生産性も向上する。また、菌体を破砕して作物収量向上物質を回収する必要がないため、作物収量向上物質を回収した後も、改変シアノバクテリアを繰り返し使用することができる。なお、本明細書では、改変シアノバクテリアが菌体内でタンパク質及び代謝物を作り出すことを産生と
言い、産生されたタンパク質及び代謝物を菌体外に分泌することを分泌生産と言う。
外膜5と細胞壁4との結合に関与するタンパク質は、例えば、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9の少なくとも1つであってもよい。本実施の形態では、改変シアノバクテリアは、例えば、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9の少なくとも1つのタンパク質の機能が抑制されている。例えば、改変シアノバクテリアでは、(i)SLHドメイン保持型外膜タンパク質6及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9の少なくとも1つの機能が抑制されてもよく、(ii)細胞壁4と結合するSLHドメイン保持型外膜タンパク質6の発現、及び、細胞壁4の表面の結合糖鎖のピルビン酸修飾反応を触媒する酵素(つまり、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9)の発現の少なくとも1つが抑制されてもよい。これにより、外膜5中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質6のSLHドメイン7と細胞壁4の表面の共有結合型の糖鎖3との結合(つまり、結合量及び結合力)が低減する。そのため、これらの結合が弱まった部分において外膜5が細胞壁4から脱離しやすくなる。外膜5が細胞壁4から部分的に脱離することにより、改変シアノバクテリアの細胞内、特にペリプラズムに存在するタンパク質及び代謝産物などの菌体内産生物質が細胞の外(外膜5の外)へ漏出しやすくなる。これにより、改変シアノバクテリアは、菌体内で産生された作物収量向上物質を菌体外に分泌する分泌生産性が向上する。
以下、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9の少なくとも1つの結合関連タンパク質の機能が抑制されることにより外膜5が部分的に細胞壁4から脱離するように改変されたシアノバクテリアについてより具体的に説明する。
本実施の形態における改変シアノバクテリアの親微生物となる、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6の発現及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9の発現の少なくとも1つを抑制する前のシアノバクテリア(本明細書において、「親株」又は「親シアノバクテリア」という)の種類は、特に制限はなく、あらゆる種類のシアノバクテリアであってもよい。例えば、親シアノバクテリアは、Syenechocystis属、Synechococcus属、Anabaena属、又は、Thermosynechococcus属であってもよく、中でも、Synechocystis sp. PCC 6803、Synechococcus sp. PCC 7942、又は、Thermosynechococcus elongatus BP-1であってもよい。なお、親株は、結合関連タンパク質の総量を30%以上70%以下に抑制する前のシアノバクテリアであれば、野生のものであってもよいし、改変したものであって、野生のものと同等の結合関連タンパク質を有するものであってもよい。
これらの親シアノバクテリアにおけるSLHドメイン保持型外膜タンパク質6及び細胞壁-ピルビン酸修飾反応を触媒する酵素(つまり、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9)のアミノ酸配列、それらの結合関連タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列、及び、当該遺伝子の染色体DNA又はプラスミド上での位置は、上述のNCBIデータベース及びCyanobaseで確認することができる。
なお、本実施の形態に係る改変シアノバクテリアにおいて機能が抑制されるSLHドメイン保持型外膜タンパク質6及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9は、親シアノバクテリアが保有している限り、いずれの親シアノバクテリアのものであってもよく、それらをコードする遺伝子の存在場所(例えば、染色体DNA上又はプラスミド上)により制限されるものではない。
例えば、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6は、親シアノバクテリアがSyenchocystis属の場合、Slr1841、Slr1908、又は、Slr0042等であってもよく、親シアノバクテリアがSynechococcus属の場合、NIES970_09470等であってもよく、親シアノバクテリアがAnabaena属の場合、Anacy_5815又はAnacy_3458等であってもよく、親シアノバクテリアがMicr
ocystis属の場合、A0A0F6U6F8_MICAE等であってもよく、親シアノバクテリアがCyanothese属の場合、A0A3B8XX12_9CYAN等であってもよく、親シアノバクテリアがLeptolyngbya属の場合、A0A1Q8ZE23_9CYAN等であってもよく、親シアノバクテリアがCalothrix属の場合、A0A1Z4R6U0_9CYANが挙げられ、親シアノバクテリアがNostoc属の場合、A0A1C0VG86_9NOSO等であってもよく、親シアノバクテリアがCrocosphaera属の場合、B1WRN6_CROS5等であってもよく、親シアノバクテリアがPleurocapsa属の場合、K9TAE4_9CYAN等であってもよい。
より具体的には、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6は、例えば、Synechocystis sp. PCC 6803のSlr1841(配列番号1)、Synechococcus sp. NIES-970のNIES970_09470(配列番号2)、又は、Anabaena cylindrica PCC 7122のAnacy_3458(配列番号3)等であってもよい。また、これらのSLHドメイン保持型外膜タンパク質6とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質であってもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、例えば、(i)上記の配列番号1~3で示されるいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質6又はこれらのいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質6とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質の機能が抑制されていてもよく、(ii)上記の配列番号1~3で示されるいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質6又はこれらのいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質6とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質の発現が抑制されていてもよい。そのため、改変シアノバクテリアでは、(i)外膜5中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質6若しくはSLHドメイン保持型外膜タンパク質6と同等の機能を有するタンパク質の機能が抑制される、又は、(ii)外膜5中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質6若しくはSLHドメイン保持型外膜タンパク質6と同等の機能を有するタンパク質の発現量が低減する。その結果、改変シアノバクテリアでは、外膜5が細胞壁4と結合するための結合ドメイン(例えば、SLHドメイン7)が細胞壁4と結合する結合量及び結合力が低減するため、外膜5が細胞壁4から部分的に脱離しやすくなる。これにより、改変シアノバクテリアでは、菌体内産生物質が菌体外に漏出しやすくなるため、菌体内で産生された作物収量向上物質も菌体外に漏出しやすくなる。
一般に、タンパク質のアミノ酸配列が30%以上同一であれば、タンパク質の立体構造の相同性が高いため、当該タンパク質と同等の機能を有する可能性が高いと言われている。そのため、機能が抑制されるSLHドメイン保持型外膜タンパク質6としては、例えば、上記の配列番号1~3で示されるSLHドメイン保持型外膜タンパク質6のいずれかのアミノ酸配列と、40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、さらにより好ましくは80%以上、なお好ましくは90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、細胞壁4の共有結合型の糖鎖3と結合する機能を有するタンパク質又はポリペプチドであってもよい。
また、例えば、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9は、親シアノバクテリアがSyenchocystis属の場合、Slr0688等であってもよく、親シアノバクテリアがSynechococcus属の場合、Syn7502_03092又はSynpcc7942_1529等であってもよく、親シアノバクテリアがAnabaena属の場合、ANA_C20348又はAnacy_1623等であってもよく、親シアノバクテリアがMicrocystis属の場合、CsaB (NCBIのアクセスID:TRU80220)等であってもよく、親シアノバクテリアがCyanothese属の場合、CsaB(NCBIのアクセスID:WP_107667006.1)等であってもよく、親シアノバクテリアがSpirulina属の場合、CsaB(NCBIのアクセスID:WP_026079530.1)等であってもよく、親シアノバクテリアがCalothrix属の場合、CsaB(NCBIのアクセスID:WP_096658142.1)等であってもよく、親シアノバクテリアがNostoc属の場合、CsaB(NCBIのアクセスID:WP_099068528.1)等であってもよく、親シアノバクテリアがCrocosphaera属の場合、CsaB(NCBIのアクセスID:WP_012361697.1)等であってもよく、親シアノバ
クテリアがPleurocapsa属の場合、CsaB(NCBIのアクセスID:WP_036798735)等であってもよい。
より具体的には、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9は、例えば、Synechocystis sp. PCC 6803のSlr0688(配列番号4)、Synechococcus sp. PCC 7942のSynpcc7942_1529(配列番号5)、又は、Anabaena cylindrica PCC 7122のAnacy_1623(配列番号6)等であってもよい。また、これらの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質であってもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、例えば、(i)上記の配列番号4~6で示されるいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9又はこれらのいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質の機能が抑制されていてもよく、(ii)上記の配列番号4~6で示されるいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9又はこれらのいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質の発現が抑制されていてもよい。そのため、改変シアノバクテリアでは、(i)細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9又は当該酵素と同等の機能を有するタンパク質の機能が抑制される、又は、(ii)細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9又は当該酵素と同等の機能を有するタンパク質の発現量が低減する。これにより、細胞壁4の表面の共有結合型の糖鎖3がピルビン酸で修飾されにくくなるため、細胞壁4の糖鎖3が外膜5中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質6のSLHドメイン7と結合する結合量及び結合力が低減する。したがって、本実施の形態に係る改変シアノバクテリアでは、細胞壁4の表面の共有結合型の糖鎖3がピルビン酸で修飾されにくくなるため、細胞壁4と外膜5との結合力が弱まり、外膜5が細胞壁4から部分的に脱離しやすくなる。これにより、改変シアノバクテリアでは、菌体内産生物質が菌体外に漏出しやすくなるため、菌体内で産生された作物収量向上物質も菌体外に漏出しやすくなる。
また、上述したとおり、タンパク質のアミノ酸配列が30%以上同一であれば、当該タンパク質と同等の機能を有する可能性が高いと言われている。そのため、機能が抑制される細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9としては、例えば、上記の配列番号4~6で示される細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9のいずれかのアミノ酸配列と、40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、さらにより好ましくは80%以上、なお好ましくは90%以上の同一性を有するアミノ酸配列からなり、かつ、細胞壁4のペプチドグリカン2の共有結合型の糖鎖3をピルビン酸で修飾する反応を触媒する機能を有するタンパク質又はポリペプチドであってもよい。
なお、本明細書において、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6の機能を抑制するとは、当該タンパク質の細胞壁4との結合能力を抑制すること、当該タンパク質の外膜5への輸送を抑制すること、又は、当該タンパク質が外膜5に埋め込まれて機能する能力を抑制することである。
なお、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9の機能を抑制するとは、当該タンパク質が細胞壁4の共有結合型の糖鎖3をピルビン酸で修飾する機能を抑制することである。
これらのタンパク質の機能を抑制する手段としては、タンパク質の機能の抑制に通常使用される手段であれば特に限定されない。当該手段は、例えば、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9をコードする遺伝子を欠失若しくは不活性化させること、これらの遺伝子の転写を阻害すること、これらの遺伝子の転写産物の翻訳を阻害すること、又は、これらのタンパク質を特異的に阻害する阻害剤を投与することなどであってもよい。
本実施の形態では、改変シアノバクテリアは、外膜5と細胞壁4とこれにより、改変シアノバクテリアでは、細胞壁4と外膜5との結合に関与するタンパク質の発現が抑制されるため、又は、当該タンパク質の機能が抑制されるため、細胞壁4と外膜5との結合(つまり、結合量及び結合力)が部分的に低減する。その結果、改変シアノバクテリアでは、外膜5が細胞壁4から部分的に脱離しやすくなるため、改変シアノバクテリアは、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物などの菌体内産生物質が外膜5の外、つまり、菌体外に漏出しやすくなる。そのため、改変シアノバクテリアは、菌体内で産生された作物収量向上物質を菌体外に分泌する作物収量向上物質の分泌生産性が向上する。これにより、菌体を破砕するなどの、菌体内産生物質の抽出処理が不要となるため、菌体内産生物質の生理活性の低下及び収率の低下が起こりにくくなる。そのため、菌体内で産生された作物収量向上物質の生理活性の低下及び収率の低下も起こりにくくなるため、作物収量向上効果が向上した作物収量向上剤を製造することができる。また、上記の菌体内産生物質の抽出処理が不要となるため、当該物質を回収した後も、改変シアノバクテリアを繰り返し使用して作物収量向上物質を産生させることができる。
外膜5と細胞壁4との結合に関与するタンパク質を発現させる遺伝子は、例えば、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9をコードする遺伝子の少なくとも1つであってもよい。改変シアノバクテリアでは、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子、及び、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9をコードする遺伝子の少なくとも1つの遺伝子が欠失又は不活性化されている。そのため、改変シアノバクテリアでは、例えば、(i)SLHドメイン保持型外膜タンパク質6及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9の少なくとも1つの発現が抑制される、又は、(ii)SLHドメイン保持型外膜タンパク質6及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9の少なくとも1つの機能が抑制される。そのため、外膜5中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質6のSLHドメイン7と、細胞壁4の表面の共有結合型の糖鎖3との結合(つまり、結合量及び結合力)が低減する。これにより、外膜5と細胞壁4との結合が弱まった部分において外膜5が細胞壁4から脱離しやすくなる。その結果、改変シアノバクテリアでは、外膜5と細胞壁4との結合が低減することにより外膜5が細胞壁4から部分的に脱離しやすくなるため、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物が菌体外に漏出しやすくなる。これにより、改変シアノバクテリアの菌体内で産生された作物収量向上物質も菌体外に漏出しやすくなる。
本実施の形態では、シアノバクテリアにおけるSLHドメイン保持型外膜タンパク質6及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9の少なくとも1つの機能を抑制するために、例えば、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9をコードする遺伝子の少なくとも1つの転写を抑制してもよい。
例えば、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子は、親シアノバクテリアがSyenchocystis属の場合、slr1841、slr1908、又は、slr0042等であってもよく、Synechococcus属の場合、nies970_09470等であってもよく、親シアノバクテリアがAnabaena属の場合、anacy_5815又はanacy_3458等であってもよく、親シアノバクテリアがMicrocystis属の場合、A0A0F6U6F8_MICAE等であってもよく、親シアノバクテリアがCyanothese属の場合、A0A3B8XX12_9CYAN等であってもよく、親シアノバクテリアがLeptolyngbya属の場合、A0A1Q8ZE23_9CYAN等であってもよく、親シアノバクテリアがCalothrix属の場合、A0A1Z4R6U0_9CYAN等であってもよく、親シアノバクテリアがNostoc属の場合、A0A1C0VG86_9NOSO等であってもよく、親シアノバクテリアがCrocosphaera属の場合、B1WRN6_CROS5等であってもよく、親シアノバクテリアがPleurocapsa属の場合、K9TAE4_9CYAN等であってもよい。これらの遺伝子の塩基配列は、上述したNCBIデータベース又はCyanobaseから入手できる。
より具体的には、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子は、Synechocystis sp. PCC 6803のslr1841(配列番号7)、Synechococcus sp. NIES-970のnies970_09470(配列番号8)、Anabaena cylindrica PCC 7122のanacy_3458(配列番号9)、又は、これらの遺伝子とアミノ酸配列が50%以上同一である遺伝子であってもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、上記の配列番号7~9で示されるいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子又はこれらのいずれかの遺伝子の塩基配列と50%以上同一である遺伝子が欠失又は不活性化される。そのため、改変シアノバクテリアでは、(i)上記のいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質6若しくはこれらのいずれかのタンパク質と同等の機能を有するタンパク質の発現が抑制される、又は、(ii)上記のいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質6若しくはこれらのいずれかのタンパク質と同等の機能を有するタンパク質の機能が抑制される。その結果、改変シアノバクテリアでは、外膜5が細胞壁4と結合するための結合ドメイン(例えばSLHドメイン7)が細胞壁4と結合する結合量及び結合力が低減するため、外膜5が細胞壁4から部分的に離脱しやすくなる。これにより、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物が菌体外に漏出しやすくなるため、菌体内で産生された作物収量向上物質も菌体外に漏出しやすくなる。
上述したように、タンパク質のアミノ酸配列が30%以上同一であれば、当該タンパク質と同等の機能を有する可能性が高いと言われている。そのため、タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列が30%以上同一であれば、当該タンパク質と同等の機能を有するタンパク質が発現される可能性が高いと考えられる。そのため、機能が抑制されるSLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子としては、例えば、上記の配列番号7~9で示されるSLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子のいずれかの塩基配列と、40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、さらにより好ましくは80%以上、なお好ましくは90%以上の同一性を有する塩基配列からなる遺伝子であり、かつ、細胞壁4の共有結合型の糖鎖3と結合する機能を有するタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子であってもよい。
また、例えば、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9をコードする遺伝子は、親シアノバクテリアがSyenchocystis属の場合、slr0688等であってもよく、親シアノバクテリアがSynechococcus属の場合、syn7502_03092又はsynpcc7942_1529等であってもよく、親シアノバクテリアがAnabaena属の場合、ana_C20348又はanacy_1623等であってもよく、親シアノバクテリアがMicrocystis属の場合、csaB (NCBIのアクセスID:TRU80220)等であってもよく、親シアノバクテリアがCynahothese属の場合、csaB(NCBIのアクセスID:WP_107667006.1)等であってもよく、親シアノバクテリアがSpirulina属の場合、csaB(NCBIのアクセスID:WP_026079530.1)等であってもよく、親シアノバクテリアがCalothrix属の場合、csaB(NCBIのアクセスID:WP_096658142.1)等であってもよく、親シアノバクテリアがNostoc属の場合、csaB(NCBIのアクセスID:WP_099068528.1)等であってもよく、親シアノバクテリアがCrocosphaera属の場合、csaB(NCBIのアクセスID:WP_012361697.1)等であってもよく、親シアノバクテリアがPleurocapsa属の場合、csaB(NCBIのアクセスID:WP_036798735)等であってもよい。これらの遺伝子の塩基配列は、上述したNCBIデータベース又はCyanobaseから入手できる。
より具体的には、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9をコードする遺伝子は、Synechocystis sp. PCC 6803のslr0688(配列番号10)、Synechococcus sp. PCC 7942のsynpcc7942_1529(配列番号11)、又は、Anabaena cylindrica PCC 7122のanacy_1623(配列番号12)であってもよい。また、これらの遺伝子と塩基配列が50%以上同一である遺伝子であってもよい。
これにより、改変シアノバクテリアでは、上記の配列番号10~12で示されるいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9をコードする遺伝子又はこれらのいずれかの酵素をコードする遺伝子の塩基配列と50%以上同一である遺伝子が欠失又は不活性化される。そのため、改変シアノバクテリアでは、(i)上記のいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9若しくはこれらのいずれかの酵素と同等の機能を有するタンパク質の発現が抑制される、又は、(ii)上記のいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9若しくはこれらのいずれかの酵素と同等の機能を有するタンパク質の機能が抑制される。これにより、細胞壁4の表面の共有結合型の糖鎖3がピルビン酸で修飾されにくくなるため、細胞壁4の糖鎖3が外膜5中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質6のSLHドメイン7と結合する結合量及び結合力が低減する。したがって、本実施の形態に係る改変シアノバクテリアでは、細胞壁4が外膜5と結合するための糖鎖3がピルビン酸で修飾される量が低減するため、細胞壁4と外膜5との結合力が弱まり、外膜5が細胞壁4から部分的に離脱しやすくなる。これにより、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物が菌体外に漏出しやすくなるため、菌体内で産生された作物収量向上物質も菌体外に漏出しやすくなる。
上述したように、タンパク質をコードする遺伝子の塩基配列が30%以上同一であれば、当該タンパク質と同等の機能を有するタンパク質が発現される可能性が高いと考えられる。そのため、機能が抑制される細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9をコードする遺伝子としては、例えば、上記の配列番号10~12で示される細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9をコードする遺伝子のいずれかの塩基配列と、40%以上、好ましくは50%以上、より好ましくは60%以上、さらに好ましくは70%以上、さらにより好ましくは80%以上、なお好ましくは90%以上の同一性を有する塩基配列からなり、かつ、細胞壁4のペプチドグリカン2の共有結合型の糖鎖3をピルビン酸で修飾する反応を触媒する機能を有するタンパク質又はポリペプチドをコードする遺伝子であってもよい。
[5.改変シアノバクテリアの製造方法]
続いて、本実施の形態における改変シアノバクテリアの製造方法について説明する。改変シアノバクテリアの製造方法は、シアノバクテリアにおいて外膜5と細胞壁4との結合に関与するタンパク質の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30%以上70%以下に抑制させるステップを含む。
本実施の形態では、外膜5と細胞壁4との結合に関与するタンパク質は、例えば、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9の少なくとも1つであってもよい。
なお、タンパク質の機能を抑制する手段としては、特に限定されないが、例えば、SLHドメイン保持型外膜タンパク質6をコードする遺伝子及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素9をコードする遺伝子を欠失若しくは不活性化させること、これらの遺伝子の転写を阻害すること、これらの遺伝子の転写産物の翻訳を阻害すること、又はこれらのタンパク質を特異的に阻害する阻害剤を投与することなどであってもよい。
上記遺伝子を欠失又は不活性化させる手段は、例えば、該当遺伝子の塩基配列上の1つ以上の塩基に対する突然変異の導入、該当塩基配列に対する他の塩基配列への置換若しくは他の塩基配列の挿入、又は、該当遺伝子の塩基配列の一部若しくは全部の削除などであってもよい。
上記遺伝子の転写を阻害する手段は、例えば、該当遺伝子のプロモーター領域に対する変異導入、他の塩基配列への置換若しくは他の塩基配列の挿入による当該プロモーターの不活性化、又は、CRISPR干渉法(非特許文献9:Yao et al., ACS Synth. Biol., 2016, 5:207-212)等であってもよい。上記の変異導入、又は塩基配列の置換若しくは挿入の具
体的な手法は、例えば、紫外線照射、部位特異的変異導入、又は、相同組換え法などであってもよい。
また、上記遺伝子の転写産物の翻訳を阻害する手段は、例えば、RNA(Ribonucleic Acid)干渉法などであってもよい。
以上のいずれかの手段を用いることにより、シアノバクテリアにおける外膜5と細胞壁4との結合に関与するタンパク質の機能を抑制させて、改変シアノバクテリアを製造してもよい。
これにより、上記の製造方法で製造された改変シアノバクテリアは、細胞壁4と外膜5との結合(つまり、結合量及び結合力)が部分的に低減するため、外膜5が細胞壁4から部分的に脱離しやすくなる。その結果、改変シアノバクテリアでは、菌体内で産生されたタンパク質及び代謝産物などの菌体内産生物質が外膜5の外に(つまり、菌体の外に)漏出しやすくなるため、例えば、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸などの作物収量向上に関与する物質(つまり、作物収量向上物質)も菌体外に漏出しやすくなる。したがって、本実施の形態における改変シアノバクテリアの製造方法によれば、作物収量向上物質の分泌生産性が向上した改変シアノバクテリアを提供することができる。
また、本実施の形態における製造方法で製造された改変シアノバクテリアでは、菌体内で産生された作物収量向上物質が菌体外に漏出するため、当該物質の回収のために菌体を破砕する必要がない。例えば、改変シアノバクテリアを適切な条件で培養し、次いで培養液中に分泌された作物収量向上物質を回収すればよいため、改変シアノバクテリアを培養しながら培養液中の作物収量向上物質を回収することも可能である。そのため、本製造方法により得られる改変シアノバクテリアを使用すれば、効率のよい微生物学的作物収量向上物質の生産を実施することができる。したがって、本実施の形態における改変シアノバクテリアの製造方法によれば、作物収量向上物質を回収した後も繰り返し使用することができる利用効率の高い改変シアノバクテリアを提供することができる。
[6.作物収量向上方法]
本実施の形態に係る作物収量向上方法は、上記の作物収量向上剤を作物に使用する。上述したように、本実施の形態に係る作物収量向上剤は、作物収量向上効果が向上した作物収量向上剤であるため、上記の作物収量向上剤を作物に使用することにより、効果的に作物の収量を向上させることができる。
上記の作物収量向上剤は、そのままは勿論、濃縮又は希釈して使用されてもよい。当該作物収量向上剤の作物への適用にあたっては、作物の種類、土壌の性質、及び、目的などに応じて、適宜、作物収量向上剤の濃度、及び、適用方法を決定してもよい。作物収量向上剤は、例えば、改変シアノバクテリアの培養液そのものであってもよく、当該培養液から改変シアノバクテリアの菌体を除去した溶液であってもよく、当該培養液から所望の物質を膜技術等により抽出した抽出物であってもよい。所望の物質は、例えば、作物の収量向上に関与する物質であり、土壌中の養分を分解する酵素であってもよく、土壌中の不溶物質(例えば、鉄などの金属)を可溶化する物質(例えば、キレート効果を有する物質)であってもよく、作物の細胞内生理活性を向上させる物質であってもよい。また、作物収量向上剤の植物への適用方法は、例えば、植物又は土壌への噴霧、潅水、又は、混合などであってもよい。より具体的には、植物体1個体あたり数ミリリットルを週1回程度、植物体の根元に添加してもよい。
以下、実施例にて本開示の改変シアノバクテリア、改変シアノバクテリアの製造方法及
び作物収量向上剤の製造方法について具体的に説明するが、本開示は以下の実施例のみに何ら限定されるものではない。
以下の実施例では、シアノバクテリアの外膜を細胞壁から部分的に脱離させる方法として、SLHドメイン保持型外膜タンパク質をコードするslr1841遺伝子の発現抑制(実施例1)、及び細胞壁-ピルビン酸修飾酵素をコードするslr0688遺伝子の発現抑制(実施例2)を行い、2種類の改変シアノバクテリアを製造した。そして、これらの改変シアノバクテリアのタンパク質の分泌生産性の測定と、分泌された菌体内産生物質(ここでは、タンパク質及び細胞内代謝産物)の同定とを行った。なお、本実施例で使用したシアノバクテリア種は、Synechocystis sp. PCC 6803(以下、単に、「シアノバクテリア」と呼ぶ)である。
(実施例1)
実施例1では、SLHドメイン保持型外膜タンパク質をコードするslr1841遺伝子の発現が抑制された改変シアノバクテリアを製造した。
(1)slr1841遺伝子の発現が抑制されたシアノバクテリア改変株の構築
遺伝子発現抑制法として、CRISPR(Clustered Regularly Interspaced Short Palindromic Repeat)干渉法を用いた。本方法では、dCas9タンパク質をコードする遺伝子(以下、dCas9遺伝子という)と、slr1841_sgRNA(single-guide Ribonucleic Acid)遺伝子とを、シアノバクテリアの染色体DNAに導入することにより、slr1841遺伝子の発現を抑制することができる。また、slr1841_sgRNAの転写活性を制御することにより、slr1841遺伝子の抑制の程度をコントロールすることができる。
本方法による遺伝子発現抑制の仕組みは次の通りである。
まず、ヌクレアーゼ活性を欠損したCas9タンパク質(dCas9)と、slr1841遺伝子の塩基配列に相補的に結合するsgRNA(slr1841_sgRNA)とが、複合体を形成する。
次に、この複合体がシアノバクテリアの染色体DNA上のslr1841遺伝子を認識し、slr1841遺伝子と特異的に結合する。この結合が立体障害となることにより、slr1841遺伝子の転写が阻害される。その結果、シアノバクテリアのslr1841遺伝子の発現が抑制される。また、slr1841_sgRNAの転写活性を制御することにより、slr1841遺伝子の抑制の程度をコントロールすることができる。
以下、上記の2つの遺伝子の各々をシアノバクテリアの染色体DNAに導入する方法を具体的に説明する。
(1-1)dCas9遺伝子の導入
Synechocystis LY07株(以下、LY07株ともいう)(非特許文献9参照)の染色体DNAを鋳型として、dCas9遺伝子及びdCas9遺伝子の発現制御のためのオペレーター遺伝子、並びに、遺伝子導入の目印となるスペクチノマイシン耐性マーカー遺伝子を、表1に記載のプライマーpsbA1-Fw(配列番号13)及びpsbA1-Rv(配列番号14)を用いてPCR(Polymerase Chain Reaction)法により増幅した。なお、LY07株では、上記の3つの遺伝子が連結した状態で染色体DNA上のpsbA1遺伝子に挿入されているため、1つのDNA断片としてPCR法により増幅することができる。ここでは、得られたDNA断片を「psbA1::dCas9カセット」と表記する。In-Fusion PCRクローニング法(登録商標)を用いて、psbA1::dCas9カセットをpUC19プラスミドに挿入し、pUC19-dCas9プラスミドを得た。
Figure 2022134817000001
得られたpUC19-dCas9プラスミド1μgとシアノバクテリア培養液(菌体濃度OD730=0.5程度)を混合し、自然形質転換によりpUC19-dCas9プラスミドをシアノバクテリアの細胞内に導入した。形質転換された細胞を20 μg/mLのスペクチノマイシンを含むBG-11寒天培地上で生育させることにより、選抜した。選抜された細胞では、染色体DNA上のpsbA1遺伝子と、pUC19-dCas9プラスミド上のpsbA1上流断片領域及びpsbA1下流断片領域との間で相同組み換えが起こっている。これにより、psbA1遺伝子領域にdCas9カセットが挿入されたSynechocystis dCas9株を得た。なお、用いたBG-11培地の組成は表2の通りである。
Figure 2022134817000002
(1-2)slr1841_sgRNA遺伝子の導入
CRISPR干渉法では、sgRNA遺伝子上のprotospacerと呼ばれる領域に、標的配列と相補的な約20塩基の配列を導入することにより、sgRNAが標的遺伝子に特異的に結合する。本実施例で用いたprotospacer配列は表3に示される。
Figure 2022134817000003
Synechocystis LY04株、LY05株、または、LY07株では、sgRNA遺伝子(protospacer領域を除く)とカナマイシン耐性マーカー遺伝子とが連結した形で、染色体DNA上のslr2030-slr2031遺伝子に挿入されている(非特許文献9参照)。したがって、当該sgRNA遺伝子をPCR法により増幅する際に用いるプライマーにslr1841遺伝子(配列番号7)と相補的なprotospacer配列(配列番号21)を付与することにより、slr1841を特異的に認識するsgRNA
(slr1841_sgRNA)を容易に得ることができる。また、slr1841_sgRNAの転写活性を制御することにより、slr1841遺伝子の抑制の程度をコントロールすることができる。
まず、LY07株の染色体DNAを鋳型とし、表1に記載のプライマーslr2030-Fw(配列番号15)及びsgRNA_slr1841-Rv(配列番号16)のセット、並びに、sgRNA_slr1841-Fw(配列番号17)及びslr2031-Rv(配列番号18)のセットを用いて2つのDNA断片をPCR法により増幅した。
続いて、上記のDNA断片の混合溶液を鋳型として、表1に記載のプライマーslr2030-Fw(配列番号15)とslr2031-Rv(配列番号18)とを用いてPCR法により増幅することにより、(i)slr2030遺伝子断片、(ii)slr1841_sgRNA、(iii)カナマイシン耐性マーカー遺伝子、(iv)slr2031遺伝子断片が順に連結したDNA断片(slr2030-2031::slr1841_sgRNA)を得た。In-Fusion PCRクローニング法(登録商標)を用いて、slr2030-2031::slr1841_sgRNAをpUC19プラスミドに挿入し、pUC19-slr1841_sgRNAプラスミドを得た。
上記(1-1)と同様の方法でpUC19-slr1841_sgRNAプラスミドをSynechocystis dCas9株に導入し、形質転換された細胞を30μg/mLカナマイシンを含むBG-11寒天培地上で選抜した。これにより、染色体DNA上のslr2030-slr2031遺伝子にslr1841_sgRNAが挿入された形質転換体Synechocystis dCas9 slr1841_sgRNA株(以下、slr1841抑制株ともいう)を得た。
(1-3)slr1841遺伝子の抑制
上記dCas9遺伝子及びslr1841_sgRNA遺伝子は、アンヒドロテトラサイクリン(aTc)の存在下で発現誘導されるようにプロモーター配列が設計されている。本実施例では、培地中に終濃度1μg/mL aTcを添加することによりslr1841遺伝子の発現を抑制した。
以上のようにして、実施例1では、細胞の増殖能力を損なわせることなく、シアノバクテリアにおいて外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の総量が、親株(Synechocystis dCas9株、後述の比較例1)における当該タンパク質の量と比較して、30%程度に抑制された改変シアノバクテリアSynechocystis dCas9 slr1841_sgRNA株(いわゆる、slr1841抑制株)を得た。ここで、外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質は、slr1841、slr1908およびslr0042である。なお、外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の量の測定結果については、後述の(8-1)で説明する。
(実施例2)
実施例2では、下記の手順により、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素をコードするslr0688遺伝子の発現が抑制された改変シアノバクテリアを得た。
(2)slr0688遺伝子の発現が抑制されたシアノバクテリア改変株の構築
上記(1-2)と同様の手順により、slr0688遺伝子(配列番号4)と相補的なprotospacer配列(配列番号22)を含むsgRNA遺伝子をSynechocystis dCas9株に導入し、Synechocystis dCas9 slr0688_sgRNA株を得た。なお、表1に記載のプライマーslr2030-Fw(配列番号15)及びsgRNA_slr0688-Rv(配列番号19)のセット、並びに、sgRNA_slr0688-Fw(配列番号20)及びslr2031-Rv(配列番号18)のセットを用いたことと、(i)slr2030遺伝子断片、(ii)slr0688_sgRNA、(iii)カナマイシン耐性マーカー遺伝子、(iv)slr2031遺伝子断片が順に連結したDNA断片(slr2030-2031::slr0688_sgRNA)をIn-Fusion PCRクローニング法(登録商標)を用いて、pUC19プラスミドに挿入し、pUC19-slr0688_sgRNAプラスミドを得たこと以外は、上記(1-2)と同様の条件で行った。また、slr0688_sgRNAの転写活性を制御することにより、slr0688遺伝子の抑制の程度をコントロールすることができる。
さらに、上記(1-3)と同様の手順により、slr0688遺伝子の発現を抑制した。
以上のようにして、実施例2では、細胞の増殖能力を損なわせることなく、シアノバクテリアにおいて外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の量が、親株(Synechocystis dCas9株、後述の比較例1)における当該タンパク質の量と比較して、50%程度に抑制された改変シアノバクテリアSynechocystis dCas9 slr0688_sgRNA株(以下、slr0688抑制株ともいう)を得た。ここで、外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質は、slr068
8である。なお、外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の量に関係するピルビン酸量の測定結果については、後述の(8-4)で説明する。
(比較例1)
比較例1では、実施例1の(1-1)と同様の手順により、Synechocystis dCas9株を得た。
続いて、実施例1、実施例2及び比較例1で得られた菌株について、それぞれ、細胞表層の状態の観察及びタンパク質の分泌生産性試験を行った。以下、詳細について説明する。
(3)菌株の細胞表層の状態の観察
実施例1で得られた改変シアノバクテリアSynechocystis dCas9 slr1841_sgRNA株(つまり、slr1841抑制株)、実施例2で得られた改変シアノバクテリアSynechocystis dCas9
slr0688_sgRNA株(いわゆる、slr0688抑制株)、及び、比較例1で得られた改変シアノバクテリアSynechocystis dCas9株(以下、Control株という)のそれぞれの超薄切片を作製し、電子顕微鏡を用いて細胞表層の状態(言い換えると、外膜構造)を観察した。
(3-1)菌株の培養
初発菌体濃度OD730=0.05となるように、実施例1のslr1841抑制株を、1μg/mL aTcを含むBG-11培地に接種し、光量100μmol/m2/s、30℃の条件下で5日間振盪培養した。なお、実施例2のslr0688抑制株及び比較例1のControl株も実施例1と同様の条件で培養した。
(3-2)菌株の超薄切片の作製
上記(3-1)で得られた培養液を、室温にて2,500gで10分間遠心分離し、実施例1のslr1841抑制株の細胞を回収した。次いで、細胞を-175℃の液体プロパンで急速凍結した後、2%グルタルアルデヒド及び1%タンニン酸を含むエタノール溶液を用いて-80℃で2日間固定した。固定後の細胞をエタノールにより脱水処理し、脱水した細胞を酸化プロピレンに浸透させたあと、樹脂(Quetol-651)溶液中に沈めた。その後60℃で48時間静置し、樹脂を硬化させて、細胞を樹脂で包埋した。樹脂中の細胞を、ウルトラミクロトーム(Ultracut)を用いて70nmの厚さに薄切し、超薄切片を作成した。この超薄切片を、2%酢酸ウラン及び1%クエン酸鉛溶液を用いて染色して、実施例1のslr1841抑制株の透過型電子顕微鏡の試料を準備した。なお、実施例2のslr0688抑制株及び比較例1のControl株についてもそれぞれ同様の操作を行い、透過型電子顕微鏡の試料を準備した。
(3-3)電子顕微鏡による観察
透過型電子顕微鏡(JEOL JEM-1400Plus)を用いて、加速電圧100kV下で、上記(3-2)で得られた超薄切片の観察を行った。観察結果を図3~図8に示す。
まず、実施例1のslr1841抑制株について説明する。図3は、実施例1のslr1841抑制株のTEM(Transmission Electron Microscope)像である。図4は、図3の破線領域Aの拡大像である。図4の(a)は、図3の破線領域Aの拡大TEM像であり、図4の(b)は、図4の(a)の拡大TEM像を描写した図である。
図3に示されるように、実施例1のslr1841抑制株では、外膜が細胞壁から部分的に剥離し(つまり、外膜が部分的に剥がれ落ち)、かつ、外膜が部分的に撓んでいた。
細胞表層の状態をより詳細に確認するために、破線領域Aを拡大観察したところ、図4の(a)及び図4の(b)に示されるように、外膜が部分的に剥がれ落ちた部分(図中の一点破線領域a1及びa2)を確認できた。また、一点破線領域a1の傍に外膜が大きく
撓んだ部分を確認できた。この部分は、外膜と細胞壁との結合が弱められた部分であり、培養液が外膜からペリプラズム内に浸透したため、外膜が外側に膨張されて、撓んだと考えられる。
続いて、実施例2のslr0688抑制株について説明する。図5は、実施例2のslr0688抑制株のTEM像である。図6は、図5の破線領域Bの拡大像である。図6の(a)は、図5の破線領域Bの拡大TEM像であり、図6の(b)は、図6の(a)の拡大TEM像を描写した図である。
図5に示されるように、実施例2のslr0688抑制株では、外膜が細胞壁から部分的に剥離し、かつ、外膜が部分的に撓んでいた。また、slr0688抑制株では、外膜が部分的に細胞壁から脱離していることが確認できた。
細胞表層の状態をより詳細に確認するために、破線領域Bを拡大観察したところ、図6の(a)及び図6の(b)に示されるように、外膜が大きく撓んだ部分(図中の一点破線領域b1)、及び、外膜が部分的に剥がれ落ちた部分(図中の一点破線領域b2及びb3)を確認できた。また、一点破線領域b1、b2及びb3それぞれの近傍に外膜が細胞壁から脱離している部分を確認できた。
続いて、比較例1のControl株について説明する。図7は、比較例1のControl株のTEM像である。図8は、図7の破線領域Cの拡大像である。図8の(a)は、図7の破線領域Cの拡大TEM像であり、図8の(b)は、図8の(a)の拡大TEM像を描写した図である。
図7及び図8に示されるように、比較例1のControl株の細胞表層は整っており、内膜、細胞壁、外膜、及びS層が順に積層された状態を保っていた。つまり、Control株では、実施例1及び2のように外膜が細胞壁から脱離した部分、外膜が細胞壁から剥離した(つまり、剥がれ落ちた)部分、及び、外膜が撓んだ部分は見られなかった。
(4)分泌された細胞内代謝産物の同定
(4-1)試料調製
改変シアノバクテリアの培養上清80μlに対し内部標準物質の濃度を1,000μMとなるよう調整した20μlの水溶液を加えて攪拌し、限外ろ過後、測定に供した。
(4-2)CE(Capillary Electrophoresis)-TOFMS(Time-Of-Flight Mass Spectrometry)分析
本試験ではカチオンモード、及び、アニオンモードの測定を以下に示す条件で行った。
[カチオンモード]
装置:Agilent CE-TOFMS system
Capillary: Fused silica capillary i.d. 50μm×80cm
測定条件:
Run buffer: Cation buffer solution (p/n: H3301-1001)
CE voltage: Positive, 30kV
MS ionization: ESI positive
MS scan range: m/z 50-1,000
[アニオンモード]
装置:Agilent CE-TOFMS system
Capillary: Fused silica capillary i.d. 50μm×80cm
測定条件:
Run buffer: Anion buffer solution (p/n: H3301-1001)
CE voltage: Positive, 30kV
MS ionization: ESI negative
MS scan range: m/z 50-1,000
(4-3)データ処理
CE-TOFMSで検出されたピークは、自動積分ソフトウェアMasterHands(登録商標) ver.2.17.1.11を用いて、シグナル/ノイズ比3以上のピークを自動検出した。検出されたピークに対して、各代謝産物固有の質量電荷比(m/z)と泳動時間の値を元に、HMT(ヒューマン・メタボローム・テクノロジーズ(株))の代謝物質ライブラリに登録された全物質の値と照合して、改変シアノバクテリアの培養上清に含まれる代謝産物を検索した。検索のための許容誤差は、泳動時間で+/-0.5min、m/zで+/-10ppmとした。同定された各代謝産物について100μMの一点検量として濃度を算出した。同定された主要な代謝産物を表4に示す。
Figure 2022134817000004
これら12種類の細胞内代謝産物は、全て、実施例1のslr1841抑制株及び実施例2のslr0688抑制株の培養上清のそれぞれに含まれていた。データは載せていないが、比較例1のControl株の培養上清には、これらの代謝産物は含まれていなかった。この結果により、実施例1及び実施例2の改変株では、外膜が細胞壁から部分的に脱離することによってピログルタミン酸及びアミノ安息香酸などの作物収量向上物質を含む細胞内代謝産物が外膜の外(つまり、菌体外)に漏出しやすくなることが確認できた。
(5)タンパク質の分泌生産性試験
実施例1のslr1841抑制株、実施例2のslr0688抑制株、及び、比較例1のControl株をそれぞれ培養し、細胞外に分泌されたタンパク質量(以下、分泌タンパク質量ともいう)を測定した。培養液中のタンパク質量により、上記の菌株それぞれのタンパク質の分泌生産性を評価した。なお、タンパク質の分泌生産性とは、細胞内で産生されたタンパク質を細胞外に分泌することにより、タンパク質を生産する能力をいう。以下、具体的な方法に
ついて説明する。
(5-1)菌株の培養
実施例1のslr1841抑制株を上記(3-1)と同様の方法で培養した。培養は、独立して3回行った。なお、実施例2及び比較例1の菌株についても実施例1の菌株と同様の条件で培養した。
(5-2)細胞外に分泌されたタンパク質の定量
上記(5-1)で得られた培養液を、室温にて2,500gで10分間遠心分離し、培養上清を得た。得られた培養上清を、ポアサイズ0.22μmのメンブレンフィルターを用いてろ過し、実施例1のslr1841抑制株の細胞を完全に除去した。ろ過後の培養上清に含まれる総タンパク質量をBCA(Bicinchoninic Acid)法により定量した。この一連の操作を、独立して培養した3つの培養液のそれぞれについて行い、実施例1のslr1841抑制株の細胞外に分泌されたタンパク質量の平均値及び標準偏差を求めた。なお、実施例2及び比較例1の菌株についても、それぞれ、同様の条件で3つの培養液のタンパク質の定量を行い、3つの培養液中のタンパク質量の平均値及び標準偏差を求めた。
結果を図9に示す。図9は、実施例1、実施例2及び比較例1の改変シアノバクテリアの培養液中のタンパク質量(n=3、エラーバー=SD)を示すグラフである。
図9に示されるように、実施例1のslr1841抑制株及び実施例2のslr0688抑制株のいずれも、比較例1のControl株と比較して培養上清中に分泌されたタンパク質量(mg/L)が約25倍向上していた。
データの記載を省略するが、培養液の吸光度(730nm)を測定し、菌体乾燥重量1gあたりの分泌タンパク質量(mg protein/g cell dry weight)を算出したところ、実施例1のslr1841抑制株及び実施例2のslr0688抑制株のいずれも、菌体乾燥重量1gあたりの分泌タンパク質量(mg protein/g cell dry weight)は、比較例1のControl株と比較して、約36倍向上していた。
また、図9に示されるように、SLHドメイン保持型外膜タンパク質をコードする遺伝子(slr1841)の発現を抑制した実施例1のslr1841抑制株よりも、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素をコードする遺伝子(slr0688)の発現を抑制した実施例2のslr0688抑制株の方が、培養上清中に分泌されたタンパク質量が多かった。これは、外膜中のSLHドメイン保持型外膜タンパク質(Slr1841)の数よりも細胞壁表面の共有結合型の糖鎖の数の方が多いことが関係していると考えられる。つまり、実施例2のslr0688抑制株の方が、実施例1のslr1841抑制株よりも外膜と細胞壁との結合量及び結合力がより低下したため、分泌されたタンパク質量が実施例1のslr1841抑制株よりも多くなったと考えられる。
以上の結果より、外膜と細胞壁との結合に関連するタンパク質の機能を抑制することにより、シアノバクテリアの外膜と細胞壁との結合が部分的に弱められ、外膜が細胞壁から部分的に脱離することが確認できた。外膜と細胞壁との結合が弱まることにより、シアノバクテリアの細胞内で産生されたタンパク質が細胞外に漏出しやすくなることも確認できた。したがって、本実施の形態に係る改変シアノバクテリア及びその製造方法によれば、タンパク質の分泌生産性が大きく向上することが示された。
(6)分泌されたタンパク質の同定
続いて、上記(5-2)で得られた培養上清中に含まれる分泌タンパク質を、LC-MS/MSにより同定した。方法を以下に説明する。
(6-1)試料調製
培養上清の液量に対して8倍量の冷アセトンを加え、20℃で2時間静置後、20,000gで15分間遠心分離し、タンパク質の沈殿物を得た。この沈殿物に100mM Tris pH8.5、0.5%ドデカン酸ナトリウム(SDoD)を加え、密閉式超音波破砕機によってタンパク質を溶解した。タンパク質濃度1μg/mLに調整後、終濃度10mMのジチオスレイトール(DTT)を添加して50℃で30分間静置した。続いて、終濃度30mMのヨードアセトアミド(IAA)を添加し、室温(遮光)で30分間静置した。IAAの反応を止めるために、終濃度60mMのシステインを添加して室温で10分間静置した。トリプシン400ngを添加して37℃で一晩静置し、タンパク質をペプチド断片化した。5%TFA(Trifluoroacetic Acid)を加えた後、室温にて15,000gで10分間遠心分離し、上清を得た。この作業によりSDoDが除去された。C18スピンカラムを用いて脱塩後、遠心エバポレーターにより試料を乾固した。その後、3%アセトニトリル、0.1%ギ酸を加え、密閉式超音波破砕機を用いて試料を溶解した。ペプチド濃度200ng/μLになるように調製した。
(6-2)LC-MS/MS分析
上記(6-1)で得られた試料をLC-MS/MS装置(UltiMate 3000 RSLCnano LC System) を用いて以下の条件で解析を実施した。
試料注入量:200ng
カラム:CAPCELL CORE MP 75μm×250mm
溶媒:A溶媒は0.1%ギ酸水溶液、B溶媒は0.1%ギ酸+80%アセトニトリル
グラジエントプログラム:試料注入4分後にB溶媒8%、27分後にB溶媒44%、28分後にB溶媒80%、34分後に測定終了
(6-3)データ解析
得られたデータは以下の条件で解析し、タンパク質及びペプチドの同定ならびに定量値の算出を行った。
ソフトウェア:Scaffold DIA
データベース:UniProtKB/Swiss Prot database (Synechocystis sp. PCC 6803)
Fragmentation:HCD
Precursor Tolerance:8ppm
Fragment Tolerance:10ppm
Data Acquisition Type:Overlapping DIA
Peptide Length:8-70
Peptide Charge:2-8
Max Missed Cleavages:1
Fixed Modification:Carbamidomethylation
Peptide FDR:1%以下
同定されたタンパク質のうち相対定量値が最も大きかった30種類のタンパク質のうち、明らかな酵素活性を持つと予想されるものを表4に示す。
Figure 2022134817000005
これら6種類のタンパク質は、全て、実施例1のslr1841抑制株及び実施例2のslr0688抑制株の培養上清のそれぞれに含まれていた。これらのタンパク質の全てにおいて、ペリプラズム(外膜と内膜との間隙を指す)移行シグナルが保持されていた。この結果により、実施例1及び実施例2の改変株では、外膜が細胞壁から部分的に脱離することによってペリプラズム内のタンパク質が外膜の外(つまり、菌体外)に漏出しやすくなることが確認できた。したがって、本実施の形態に係る改変シアノバクテリアは、タンパク質の分泌生産性が大幅に向上していることが示された。
(7)作物栽培試験
続いて、ピログルタミン酸、アミノ安息香酸、及び、改変シアノバクテリアの分泌物(ここでは、改変シアノバクテリアの培養上清)の作物収量向上効果を評価するために、以下の作物栽培試験を実施した。具体的には、葉菜類生産に対する収量向上効果を評価する
ために、レタス及びホウレン草の栽培試験を実施した。また、果実生産に対する収量向上効果を評価するために、トマトの栽培試験を実施した。以下、これらの栽培試験についてそれぞれ説明する。
(7-1)レタス水耕栽培試験
水耕用の培養液は、窒素全量6%、水溶性リン酸10%、水溶性カリウム5%、水溶性苦土0.05%、水溶性マンガン0.001%、及び、水溶性ホウ素0.005%を含む市販の培養液原液の500倍希釈液を用いた。光条件は白色光源の光量子束密度200μmol/m2/s、明条件16時間及び暗条件8時間の条件で室温(22℃)にて35日間栽培した。
(実施例3、4、5)
上記の栽培期間中、(1)1μMピログルタミン酸水溶液(実施例3)、(2)1μMアミノ安息香酸水溶液(実施例4)、(3)改変シアノバクテリアの分泌物(実施例5)を1株あたり5mLとなる分量を1週間に1回、水耕用の培養液に添加した。収穫後、株重量を測定し、(1)~(3)について、それぞれ、平均値及び標準偏差(SD)を求めた。なお、改変シアノバクテリアは、実施例1のslr1841抑制株及び実施例2のslr0688抑制株である。
(比較例2)
上記(1)~(3)の代わりに、水を使用したこと以外、実施例3~5と同様に行った。収穫後、株重量を測定し、平均値及び標準偏差(SD)を求めた。
(結果)
実施例3~5及び比較例2の結果を図10及び図11に示す。図10は、実施例3~5及び比較例2で栽培されたレタス1株あたりの相対平均株重量を示すグラフである。また、図11には、実施例3~5及び比較例2それぞれの株の状態を視覚的に示すために、代表的な株の写真を掲載している。
図10に示されるように、実施例3~5で収穫されたレタス1株の平均重量は、いずれも、比較例2と比較して増加していた。具体的には、実施例3で栽培されたレタス1株の平均重量は、比較例2よりも約14%増加していた。また、実施例4で栽培されたレタス1株の平均重量は、比較例2よりも約15%増加していた。また、実施例5で栽培されたレタス1株の平均重量は、比較例2よりも約29%増加していた。
また、図11に示されるように、実施例3~5で栽培されたレタス株は、比較例2と比べて株全体の形状に特に目立った変化はなかった。つまり、実施例3~5で栽培されたレタス株は、比較例2よりも生育が早いにもかかわらず、目立った生理障害(例えば、チップバーンなど)が起こっておらず、葉の茂り、並びに、茎及び葉の大きさも良好で、見た目のバランスも良かった。
(7-2)ホウレン草栽培試験
市販の培養土を入れた栽培用ポット(12cm×10cm)にホウレン草の種子を播種した。栽培は、22℃、白色光源の光量子束密度が200μmol/m2/sで、明条件12時間及び暗条件12時間の条件で35日間行った。その間、各ポットに、50mLの蒸留水を1日おきに給水した。栽培開始からおよそ1週間後、子葉が展開した段階で間引きし、各ポットにおける固体サイズを揃えた。
(実施例6、7、8)
上記の栽培期間中、(1)1μMピログルタミン酸水溶液(実施例6)、(2)1μMアミノ安息香酸水溶液(実施例7)、(3)改変シアノバクテリアの分泌物(実施例8)を1
株あたり5mLとなる分量を1週間に1回、ホウレン草の根元に添加した。収穫後、株重量を測定し、(1)~(3)について、それぞれ、平均値及び標準偏差(SD)を求めた。なお、改変シアノバクテリアは、実施例1のslr1841抑制株及び実施例2のslr0688抑制株である。
(比較例3)
上記の(1)~(3)の代わりに、水を使用したこと以外、実施例6~8と同様に行った。収穫後、株重量を測定し、平均値及び標準偏差(SD)を求めた。
(結果)
実施例6~8及び比較例3の結果を図12及び13に示す。図12は、実施例6~8及び比較例3で栽培されたホウレン草1株あたりの相対平均重量を示すグラフである。また、図13には、実施例6~8及び比較例3それぞれの株の状態を視覚的に示すために、代表的な株の写真を掲載している。
図12に示されるように、実施例6~8で収穫されたホウレン草1株の平均重量は、いずれも比較例3と比較して増加していた。具体的には、実施例6で栽培されたホウレン草1株の平均重量は、比較例3よりも約24%増加していた。また、実施例7で栽培されたホウレン草1株の平均重量は、比較例3よりも約25%増加していた。また、実施例8で栽培されたホウレン草1株の平均重量は、比較例3よりも約39%増加していた。
また、図13に示されるように、実施例6~8で栽培されたホウレン草株は、比較例3と比べて株全体の形状に特に目立った変化はなかった。つまり、実施例6~8で栽培されたホウレン草株は、比較例3よりも生育が早いにもかかわらず、目立った生理障害(例えば、葉色の退色など)が起こっておらず、葉の茂り、並びに、茎及び葉の大きさも良好で、見た目のバランスも良かった。
(7-3)トマト栽培試験
まず、栽培用プランター(22cm×16cm)に、市販の培養土を入れ、プランターあたり3粒のトマトの種子を播種した。栽培は、室内温度が23℃、白色光源の光量子束密度が250μmol/m2/sで、明条件16時間及び暗条件10時間の条件で150日間行った。その間、各ポットに、500mLの蒸留水を2日おきに給水した。栽培開始からおよそ1週間後、子葉が展開した段階で間引きし、各プランターにおける個体サイズを揃えた。また、50日に1回、市販の化学肥料(窒素全量6%、水溶性リン酸10%、水溶性カリウム5%、水溶性苦土0.05%、水溶性マンガン0.001%、水溶性ホウ素0.005%を含む原液の500倍希釈液)を各プランターあたり500mL施用した。
(実施例9)
上記のように、各プランターの個体サイズを揃えた後、改変シアノバクテリアの分泌物を1株あたり5mL、1週間に1回、根元に添加した。150日間栽培し、その間、トマト果実が赤く成熟したものから順に収穫し、収穫した果実数を記録した。また、収穫した果実の重量及び糖度(Brix値)を測定し、それらの平均値及び標準偏差(SD)を求めた。なお、改変シアノバクテリアは、実施例1のslr1841抑制株及び実施例2のslr0688抑制株である。
(比較例4)
改変シアノバクテリアの分泌物の代わりに、水を使用したこと以外、実施例9と同様に行った。
(結果)
実施例9及び比較例4の結果を図14~図17に示す。図14は、実施例9及び比較例4で栽培されたトマト1株あたりの平均果実数を示すグラフである。図15は、実施例9及び比較例4で栽培されたトマト1株あたりの平均果実重量を示すグラフである。図16は、実施例9及び比較例4で栽培されたトマト1株あたりの平均糖度を示すグラフである。
また、図17には、実施例9及び比較例4それぞれの果実の状態を視覚的に示すために、代表的な果実の写真を掲載している。
図14に示されるように、実施例9で収穫された1株あたりの平均果実数は、比較例4と比較して約67%増加していた。しかしながら、図15に示されるように、実施例9及び比較例4のそれぞれで収穫された1株あたりの平均果実重量は、同等であった。通常、1株あたりの果実の収量が多くなるほど、果実の重量は減少する傾向があるが、実施例9では、収穫される果実数が多くなっているにもかかわらず、平均果実重量が比較例4と同等であった。
また、図16に示されるように、実施例9及び比較例4のそれぞれで収穫された1株あたりの果実の平均糖度(Brix糖度)も同等であった。また、図17に示されるように、実施例9及び比較例4のそれぞれで収穫されたトマトの果実は、大きさ、形状、及び、艶などの外見も差異がなかった。通常、1株あたりの果実の収量が多くなるほど、果実の糖度が下がり、サイズが小さくなる傾向があるが、実施例9では、収穫される果実数が多くなっているにもかかわらず、果実の平均糖度及びサイズなども比較例4と同等であった。
したがって、改変シアノバクテリアの分泌液をトマトに施用すると、果実の品質(すなわち重量、大きさ、及び、糖度)を低下させずに増収できることが確認された。
(まとめ)
レタス、ホウレン草、及び、トマトの栽培試験の結果から、本実施の形態に係る作物収量向上剤は、複数の作物種に対して、作物収量向上効果を有することが確認できた。
(8)非特許文献2および3に記載された従来例との比較
以下に、非特許文献2および3に記載された従来例である比較例5および比較例6と、本実施の形態である実施例1および実施例2との比較結果について説明する。
(比較例5)
比較例5では、非特許文献2の記載に基づいてslr1908を欠損させた改変シアノバクテリア(以下、slr1908欠損株ともいう)を得た。
(比較例6)
比較例6では、非特許文献3の記載に基づいてslr0042を欠損させた改変シアノバクテリア(以下、slr0042欠損株ともいう)を得た。
(8-1)外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の総量の比較
実施例1のslr1841抑制株、実施例2のslr0688抑制株、比較例5のslr1908欠損株、および、比較例6のslr0042欠損株を上記(3-1)と同様の手順で培養したあと、培養液を5,000×gで10分間遠心し、菌体ペレットを得た。超音波破砕機にて菌体を破砕し、5,000×gで10分間遠心することにより未破砕の菌体を沈殿させ除去したあと、遠心上清をさらに20,000×gで30分間遠心して菌体由来膜画分ペレットを得た。この膜画分ペレットを2%
SDS中で37℃、15分間インキュベートすることにより外膜以外の成分を可溶化させ、次に20,000×gで30分間遠心することにより、外膜画分ペレットを得た。上記(5-2)に記
載のBCA法により外膜画分ペレットに含有されるタンパク質量を定量したあと、5μgタンパク質当量を電気泳動(SDS-PAGE)に供し、外膜ペレット画分に含まれるタンパク質成分を分析した。
実施例1の改変シアノバクテリア(つまり、slr1841抑制株)、比較例1、比較例5および比較例6の改変シアノバクテリア(つまり、Control株、slr1908欠損株、および、slr0042欠損株)における、外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質(slr1841、slr1908、およびslr0042)それぞれの量を示す電気泳動結果を図18に示す。図18の(a)は、実施例1、実施例2比較例1、比較例5及び比較例6の改変シアノバクテリアにおける外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の量を示す電気泳動像である。図18の(b)は、破線領域Zの拡大図である。図18の(a)および図18の(b)に示される電気泳動写真におけるバンドの強度(濃さおよび太さ)は、それぞれのタンパク質の量を表す。図18の(a)において、Aは分子量マーカー、Bは比較例1、Cは比較例10、Dは実施例1、Eは比較例5の電気泳動像である。バンド強度は、ImageJソフトウェアを用いて定量した。
バンド強度の比較から、実施例1のslr1841抑制株は、slr1841タンパク質の発現が抑制されることにより、外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質(slr1841、slr1908、およびslr0042)の合計量が親株である比較例1のControl株に比べて約30%程度まで低下している。
一方で、比較例6のslr0042欠損株は、図18の(b)に示されるように、もともと親株(つまり、比較例1のControl株)に含まれるslr0042タンパク質量が非常に少ないことから、親株のslr0042遺伝子を欠損させても外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質(slr1841、slr1908、およびslr0042)の合計量は、親株である比較例1のControl株に比べて数%程度しか低下していない。
他方、比較例6のslr1908欠損株は、slr1908タンパク質が欠損する代わりに、slr1841タンパク質の量が増加しているため、外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質(slr1841、slr1908、およびslr0042)の合計量は親株である比較例1のControl株に比べて、10%程度増加している。ある任意の外膜タンパク質の欠損により、別の類似の外膜タンパク質の増加が起こる現象は、他の細菌においてよく見られる現象である。
(8-2)電子顕微鏡写真
比較例5および比較例6の改変シアノバクテリアの外膜の状態を上記(3)と同様の条件で透過電子顕微鏡を用いて観察した。観察結果を図19~図22に示す。
まず、比較例5のslr1908欠損株について説明する。図19は、比較例5の改変シアノバクテリアの超薄切片の透過型電子顕微鏡像である。図20は、図19の破線領域Dの拡大図である。図19および図20に示されるように、比較例5のslr1908欠損株の細胞表層は整っており、内膜、細胞壁、外膜、及びS層が順に積層された状態を保っていた。つまり、比較例5のslr1908欠損株の外膜構造は、親株である比較例1のControl株と差異がほとんど無かった。
続いて、比較例6のslr0042欠損株について説明する。図21は、比較例6の改変シアノバクテリアの超薄切片の透過型電子顕微鏡像である。図22は、図21の破線領域Eの拡大図である。図21および図22に示されるように、比較例6のslr0042欠損株の細胞表層は整っており、内膜、細胞壁、外膜、及びS層が順に積層された状態を保っていた。つまり、比較例6のslr0042欠損株の外膜構造は、親株である比較例1のControl株と差異がほとんど無かった。
(8-3)分泌生産されるタンパク質の量
実施例1、実施例2、比較例1、比較例5及び比較例6の改変シアノバクテリアを培養した際の、培養上清中に分泌生産されるタンパク質量を上記(5-2)と同様に測定した。その結果を図23に示す。図23は、実施例1、実施例2、比較例1、比較例5及び比較例6の改変シアノバクテリアの培養液中のタンパク質の量を示すグラフである。図23に示されるように、実施例1のslr1841抑制株および実施例2のslr0688抑制株は、培養液中に多量のタンパク質を分泌生産しているが、比較例1のControl株、比較例5のslr0042欠損株、および、比較例6のslr0042欠損株は、培養液中に殆どタンパク質を分泌生産していないことが確認された。
(8-4)ピルビン酸量の比較
実施例2の改変シアノバクテリア(つまり、slr0688抑制株)および比較例1の改変シアノバクテリア(つまり、Control株)の菌体由来膜画分ペレットを上記(8-1)と同様の方法で得た。これを2%SDS中で1時間煮沸したあと40,000×gで60分間遠心することにより、細胞壁画分を沈殿させた。細胞壁画分を0.5 M HClに懸濁し、100℃で30分間加水分解を行った。NaOHを添加しpHを7.0に調整したあと、この加水分解産物中に含まれるピルビン酸量を市販のピルビン酸定量キットを用いて定量した。ピルビン酸量の定量結果を図18に示す。図24は、実施例2及び比較例1の改変シアノバクテリアの細胞壁結合型糖鎖に共有結合しているピルビン酸の量を示すグラフである。図24に示されるように、実施例2のslr0688抑制株では、親株である比較例1のControl株に比べて、ピルビン酸量が約50%程度まで低下していることが確認された。このことから、外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質である細胞壁-ピルビン酸修飾酵素の量についても、親株における当該タンパク質の約50%程度に抑制されていると考えられる。
本開示によれば、ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含む作物収量向上剤を提供することができる。また、作物収量向上物質の分泌生産性が向上した改変シアノバクテリアを提供することができる。また、本開示の改変シアノバクテリアを培養すれば、効率良く上記物質を製造することができ、例えば当該物質を土又は水耕液に添加することにより作物の収量を向上することができる。
1 内膜
2 ペプチドグリカン
3 糖鎖
4 細胞壁
5 外膜
6 SLHドメイン保持型外膜タンパク質
7 SLHドメイン
8 有機物チャネルタンパク質
9 細胞壁-ピルビン酸修飾酵素

Claims (10)

  1. ピログルタミン酸及びアミノ安息香酸の少なくともいずれかを含む、
    作物収量向上剤。
  2. 請求項1に記載の作物収量向上剤の製造方法であって、
    シアノバクテリアにおいて外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質の総量が、親株における当該タンパク質の総量の30~70%に抑制されている改変シアノバクテリアを準備するステップと、
    前記改変シアノバクテリアに前記作物収量向上剤を含む分泌物を分泌させるステップと、
    を含む、
    作物収量向上剤の製造方法。
  3. 前記外膜と前記細胞壁との結合に関与するタンパク質は、SLH(Surface Layer Homology)ドメイン保持型外膜タンパク質、及び、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素の少なくとも1つである、
    請求項2に記載の作物収量向上剤の製造方法。
  4. 前記SLHドメイン保持型外膜タンパク質は、
    配列番号1で示されるアミノ酸配列からなるSlr1841、
    配列番号2で示されるアミノ酸配列からなるNIES970_09470、
    配列番号3で示されるアミノ酸配列からなるAnacy_3458、又は、
    これらのいずれかのSLHドメイン保持型外膜タンパク質とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質である、
    請求項3に記載の作物収量向上剤の製造方法。
  5. 前記細胞壁-ピルビン酸修飾酵素は、
    配列番号4で示されるアミノ酸配列からなるSlr0688、
    配列番号5で示されるアミノ酸配列からなるSynpcc7942_1529、
    配列番号6で示されるアミノ酸配列からなるAnacy_1623、又は、
    これらのいずれかの細胞壁-ピルビン酸修飾酵素とアミノ酸配列が50%以上同一であるタンパク質である、
    請求項3に記載の作物収量向上剤の製造方法。
  6. 前記外膜と前記細胞壁との結合に関与するタンパク質を発現させる遺伝子が欠失又は不活性化されている、
    請求項2に記載の作物収量向上剤の製造方法。
  7. 前記外膜と細胞壁との結合に関与するタンパク質を発現させる遺伝子は、SLHドメイン保持型外膜タンパク質をコードする遺伝子、及び、細胞壁-ピルビン酸修飾酵素をコードする遺伝子の少なくとも1つである、
    請求項6に記載の作物収量向上剤の製造方法。
  8. 前記SLHドメイン保持型外膜タンパク質をコードする遺伝子は、
    配列番号7で示される塩基配列からなるslr1841、
    配列番号8で示される塩基配列からなるnies970_09470、
    配列番号9で示される塩基配列からなるanacy_3458、又は、
    これらのいずれかの遺伝子と塩基配列が50%以上同一である遺伝子である、
    請求項7に記載の作物収量向上剤の製造方法。
  9. 前記細胞壁-ピルビン酸修飾酵素をコードする遺伝子は、
    配列番号10で示される塩基配列からなるslr0688、
    配列番号11で示される塩基配列からなるsynpcc7942_1529、
    配列番号12で示される塩基配列からなるanacy_1623、又は、
    これらのいずれかの遺伝子と塩基配列が50%以上同一である遺伝子である、
    請求項7に記載の作物収量向上剤の製造方法。
  10. 請求項1に記載の作物収量向上剤を前記作物に使用する、
    作物収量向上方法。
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