JP2021109998A - オーステナイト系ステンレス鋼鋳片、ならびにそれを用いた鋼管、棒鋼、および厚板 - Google Patents

オーステナイト系ステンレス鋼鋳片、ならびにそれを用いた鋼管、棒鋼、および厚板 Download PDF

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Abstract

【課題】耐水素ガス脆化性と耐高温割れ性とに優れたオーステナイト系ステンレス鋼鋳片を提供する。【解決手段】化学組成が、質量%で、C:0.10%以下、Si:1.0%以下、Mn:8.0-10.0%、P:0.030%以下、S:0.003%以下、Cr:15.0-18.0%、Ni:7.0-9.0%、N:0.15-0.25%、Al:0.005-0.20%、Ca:0.0005-0.01%、B:0.0002-0.01%、Cu:1.0%未満、Mo:1.0%未満、任意元素、残部:Feおよび不純物であり、f値が、29.5超32.5未満である、オーステナイト系ステンレス鋼鋳片。但し、上記f値は、f値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn−0.27Si+0.53Cu+12.93C+7.55Nの式より算出される。【選択図】 なし

Description

本発明は、オーステナイト系ステンレス鋼鋳片、ならびにそれを用いた鋼管、棒鋼、および厚板に関する。
近年、二酸化炭素等の温室効果ガスを排出しないクリーンなエネルギーとして、水素エネルギーが注目されている。水素エネルギーを活用する上で、水素を製造する、貯蔵する、輸送するといった水素関連技術の確立が求められている。
その一方、水素関連技術の確立には様々な問題がある。その一つとして、水素脆化の問題がある。水素エネルギーは、水素ガスを燃料源とするものである。このため、例えば、水素製造装置、貯蔵装置等の関連機器で、金属材料を使用した場合、水素ガスに起因し、材料が脆化する、いわゆる水素脆化の問題が生じる。
製造コスト、強度、耐食性といった観点から、上記関連機器に使用される金属材料の一つとして、オーステナイト系ステンレス鋼がある。そこで、水素脆化を抑制すべく、耐水素ガス脆性を高めたオーステナイト系ステンレス鋼が開発されている。その一例として、特許文献1には、Mn含有量を高め、他の元素の含有量を所定の範囲に調整することで、耐水素脆化特性を向上させたオーステナイト系ステンレス鋼が開示されている。上記鋼は、添加原料として高価なNi等の代わりに、比較的安価であるMn含有量を高めているため、経済性にも優れている。
国際公開第2018/180788号
ところで、上述したように、Mn含有量を高めた場合、鋳造の際に凝固割れを、鋳造後の鍛造および熱間加工において、熱間加工割れ等を、引き起こす場合がある。また、溶接した際に、溶接割れを引き起こすことも予想される。これら割れが発生することで、製造時の歩留まりが低下する、または所望する特性を得られないという問題がある。したがって、耐水素ガス脆化性を向上させつつも、耐高温割れ性も高める必要がある。
本発明は、上記の課題を解決し、耐水素ガス脆化性と耐高温割れ性とに優れたオーステナイト系ステンレス鋼鋳片、ならびにそれを用いた鋼管、棒鋼、および厚板を提供することを目的とする。
本発明は、上記の課題を解決するためになされたものであり、下記のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片ならびにそれを用いた鋼管、棒鋼、および厚板を要旨とする。
(1)化学組成が、質量%で、
C:0.10%以下、
Si:1.0%以下、
Mn:8.0〜10.0%、
P:0.030%以下、
S:0.0030%以下、
Cr:15.0〜18.0%、
Ni:7.0〜9.0%、
N:0.15〜0.25%、
Al:0.005〜0.20%、
Ca:0.0005〜0.01%、
B:0.0002〜0.01%、
Cu:1.0%未満、
Mo:1.0%未満、
Nb:0〜0.50%、
Ti:0〜0.50%、
V:0〜0.50%、
W:0〜0.50%、
Zr:0〜0.50%、
Co:0〜0.50%、
Mg:0〜0.005%、
Ga:0〜0.010%、
Hf:0〜0.10%、
REM:0〜0.10%、
残部:Feおよび不純物であり、
下記(i)式で算出されるf値が、29.5超32.5未満である、オーステナイト系ステンレス鋼鋳片。
f値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn−0.27Si+0.53Cu+12.93C+7.55N ・・・(i)
但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
(2)前記化学組成が、質量%で、
Nb:0.01〜0.50%、
Ti:0.01〜0.50%、
V:0.01〜0.50%、
W:0.001〜0.50%、
Zr:0.01〜0.50%、
Co:0.01〜0.50%、
Mg:0.0001〜0.005%、
Ga:0.001〜0.010%、
Hf:0.01〜0.10%、および
REM:0.01〜0.10%、
から選択される一種以上を含有する、上記(1)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片。
(3)鋳片の長さ方向に垂直な断面の厚み中央部において、任意に選択された1mm四方の観察視野に対して、ビーム径1μm、加速電圧15kV、照射電流1.48×10−9Aの条件でEPMAを用いた面分析を行った場合に、下記(ii)および(iii)式を満足する領域の面積率が、70%以上である、上記(1)または(2)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片。
Mns>0.8 ・・・(ii)
Nis>0.8 ・・・(iii)
但し、上記(ii)および(iii)式中の各記号は、以下のように定義される。
Mns:Mnの偏析度
Nis:Niの偏析度
(4)偏析度が0.75未満である領域を負偏析帯とするとき、
前記鋳片の長さ方向に垂直な断面の厚み中央部におけるMnおよびNiの前記負偏析帯の幅が0.05mm以下である、上記(3)に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片。
(5)水素用機器に用いられる上記(1)〜(4)のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片。
(6)上記(1)〜(4)のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片を用いた鋼管。
(7)上記(1)〜(4)のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片を用いた棒鋼。
(8)上記(1)〜(4)のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片を用いた厚板。
本発明によれば、耐水素ガス脆化性と耐高温割れ性とに優れたオーステナイト系ステンレス鋼鋳片を得ることができる。
図1は、鋳片の長さ方向に垂直な断面の厚み中央部を模式的に示した図である。
本発明者は、耐水素ガス脆化性と耐高温割れ性とに優れたオーステナイト系ステンレス鋼鋳片を得るべく、検討を行い、以下の(a)〜(c)の知見を得た。
(a)耐水素ガス脆化性を高めるためには、後述するf値を一定範囲に制限するのが好ましい。また、鋳造時の割れ、その後の鍛造、熱間圧延時の割れは、鋳片の金属組織、すなわち鋳造組織に起因するものが多い。このため、鋳片の化学組成および鋳造組織を適切に制御することで、その後の鋼材において割れを抑制することができる。
(b)化学組成については、割れの発生を招きやすいPおよびSを低減するのが有効である。また、微量にAl、Ca、B、NbおよびTiを添加することで、低融点元素の粒界偏析を低減して、割れの発生を抑制するのが望ましい。
(c)加えて、鋳片のなかで、MnおよびNiは、周辺の濃度と比較して、濃度が低い領域である負偏析帯が生じると、割れが発生しやすくなる。そこで、負偏析帯の形成を抑制するため、鋳造条件およびその後の加工、拡散熱処理の条件を適切に制御することが望ましい。
本発明は上記の知見に基づいてなされたものであり、鋳片に係るものである。なお、本発明において、鋳片とは、鋳片を切断した鋼片、ブルーム、ビレットをも含むものとする。以下、本発明の各要件について詳しく説明する。
1.化学組成
各元素の限定理由は下記のとおりである。なお、以下の説明において含有量についての「%」は、「質量%」を意味する。
C:0.10%以下
Cは、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、耐水素ガス脆化性の向上にも寄与する。しかしながら、過剰なCの含有は、Cr系炭化物が粒界析出するのを助長し、靭性ならびに耐高温割れ性を低下させる。このため、C含有量は、0.10%以下とする。C含有量は、0.08%以下とするのが好ましく、0.07%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、C含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
Si:1.0%以下
Siは、脱酸に有効な元素であり、耐水素ガス脆化性の向上にも寄与する。しかしながら、Siを過剰に含有させると、σ相などの金属間化合物の生成を助長し、靭性および耐高温割れ性を低下させる。この結果、割れを生じやすくなる。このため、Si含有量は、1.0%以下とする。Si含有量は、0.7%以下とするのがより好ましい。一方、上記効果を得るためには、Si含有量は、0.3%以上とするのが好ましい。
Mn:8.0〜10.0%
Mnは、オーステナイト相の安定化に有効な元素であり、耐水素ガス脆化性の向上に寄与する。また、Nの固溶限を大きくするため、高価なNiの節減に間接的に寄与する。このため、Mn含有量は、8.0%以上とする。Mn含有量は、8.5%以上とするのが好ましく、9.0%以上とするのがより好ましい。しかしながら、Mnを過剰に含有させると、水素脆化感受性の高いε相の生成を助長し、却って耐水素ガス脆化性を低下させる。このため、Mn含有量は、10.0%以下とする。
P:0.030%以下
Pは、不純物として鋼に含有される元素であるが、凝固の最終過程で濃化して鋼の融点を下げ凝固割れ(高温割れ)を助長する場合がある。このため、P含有量は、0.030%以下とする。P含有量は、耐高温割れ性改善の点から0.025%以下とするのが好ましく、0.015%以下とするのがより好ましい。一方、Pを過剰に低減すると、製造コストの増加に繋がることから、P含有量は0.005%以上とするのが好ましい。
S:0.0030%以下
Sは、不純物として鋼に含有される元素であり、Pと同様に凝固割れ(高温割れ)を助長する場合がある。このため、S含有量は、0.0030%以下とする。S含有量は、0.0020%以下とするのが好ましく、0.0010%以下とするのがより好ましい。しかしながら、S含有量を過剰に低減すると、製造コストが増加する。このため、S含有量は、0.0001%以上含有することが好ましい。
Cr:15.0〜18.0%
Crは、ステンレス鋼において一定量含有させる元素であり、耐食性、特に耐候性を向上させる効果を有する。このため、Cr含有量は、15.0%以上とする。しかしながら、Crはフェライト形成元素である。このため、Crを過剰に含有させると、オーステナイト相を不安定化させ、耐水素ガス脆性を低下させる。また、熱間加工性をも低下させる。このため、Cr含有量は、18.0%以下とする。Cr含有量は、17.0%以下とするのが好ましく、16.0%以下とするのがより好ましい。
Ni:7.0〜9.0%
Niは、Mnとともに、耐水素ガス脆化性および耐高温割れ性を確保するために必要な元素である。このため、Ni含有量は、7.0%以上とする。しかしながら、過剰にNiを含有させると、製造コストが増加する。このため、Ni含有量は、9.0%以下とする。Ni含有量は、8.5%以下とするのが好ましく、8.0%以下とするのがより好ましい。
N:0.15〜0.25%
Nは、MnおよびNiと同様に、耐水素ガス脆化性の向上に有効な元素である。このため、N含有量は、0.15%以上とする。しかしながら、Nを過剰に含有させると、溶製時のブローホール等、内部欠陥が発生する場合があり、製造性を低下させる。このため、N含有量は0.25%以下とする。N含有量は、0.22%以下とするのが好ましく、0.20%以下とするのがより好ましい。
Al:0.005〜0.20%
Alは、有効な脱酸元素であることに加え、低融点元素の粒界偏析を抑制して、粒界を強化する効果を有する。この結果、耐高温割れ性等が向上し、割れの発生が低減される。このため、Al含有量は、0.005%以上とする。Al含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。しかしながらAlはフェライト形成元素であるため、Alを過剰に含有させると、オーステナイト相が不安定化し、耐水素ガス脆化性を低下させる。このため、Al含有量は、0.20%以下とする。
Ca:0.0005〜0.01%
Caは、低融点元素の粒界偏析を抑制して、粒界を強化する効果を有する。この結果、耐高温割れ性等が向上し、割れの発生が低減される。このため、Ca含有量は、0.0005%以上とする。Ca含有量は、0.0020%以上とするのが好ましい。しかしながら、Caを過剰に含有させると、介在物の形成により却って熱間加工性等が低下し、割れが発生しやすくなる。このため、Ca含有量は0.01%以下とするのが好ましい。
B:0.0002〜0.01%
Bは、粒界を強化し、強度を向上させるとともに、割れの発生を抑制する効果を有する。このため、B含有量は、0.0002%以上とする。B含有量は、0.0003%以上とするのが好ましい。しかしながら、Bを過剰に含有させてもその効果が飽和するばかりか、ボロン化合物(BN、BC、CrB)の粒界析出を促進して耐高温割れ性も低下する。このため、B含有量は、0.01%以下とする。
Cu:1.0%未満
Cuは、スクラップ等の原料から混入する元素であり、オーステナイト相の安定化に有効な元素である。その一方、Cuは、低融点元素であり、粒界に偏析し、PおよびSによる高温割れを助長し、割れを生じやすくする。このため、Cu含有量は、1.0%未満とする。Cu含有量は、0.5%以下とするのが好ましい。しかしながら、Cu含有量を過剰に低減すると、溶解原料の制約を招き、製造コストが増加する。このため、Cu含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
Mo:1.0%未満
Moは、スクラップ等の原料から混入する元素であるが、過剰に含有させると、δフェライト相の生成を促進させ、耐水素ガス脆化性を低下させる。このため、Mo含有量は、1.0%未満とする。Mo含有量は、0.5%以下とするのが好ましい。一方、Mo含有量を過剰に低減すると、溶解原料の制約を招き、製造コストが増加する。このため、Mo含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
Nb:0〜0.50%
Nbは、炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化し、粒界を強化する効果を有する。この結果、割れの発生を抑制する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Nbを過剰に含有させると、熱間加工時の製造性および加工性が低下する。このため、Nb含有量は、0.50%以下とする。Nb含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Nb含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
Ti:0〜0.50%
Tiは、炭窒化物を形成し、結晶粒を微細化し、粒界を強化する効果を有する。この結果、Tiは、割れの発生を抑制する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Tiを過剰に含有させると、熱間加工時の製造性が低下する。このため、Ti含有量は、0.50%以下とする。Ti含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Ti含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
V:0〜0.50%
Vは、鋼中に固溶または炭窒化物として析出し、強度を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Vを過剰に含有させると、炭窒化物が過剰に形成し、熱間加工時の製造性を低下させる。このため、V含有量は、0.50%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、V含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
W:0〜0.50%
Wは、強度および耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Wを過剰に含有させると、製造コストが増加する。このため、W含有量は、0.50%以下とする。W含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、W含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。
Zr:0〜0.50%
Zrは、脱酸効果を有する。また、耐食性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Zrを過剰に含有させると、靭性および加工性が低下する。このため、Zr含有量は、0.50%以下とする。Zr含有量は、0.30%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Zr含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
Co:0〜0.50%
Coは、耐食性を向上させ、オーステナイト相を安定化させる効果を有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Coを過剰に含有させると、靭性および加工性が低下する。このため、Co含有量は、0.50%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Co含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
Mg:0〜0.005%
Mgは、低融点元素の粒界偏析を抑制して、粒界を強化する効果を有する。この結果、熱間加工性等が向上し、割れの発生を低減させる。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、Mgを過剰に含有させると、却って熱間加工性等が低下し、割れが発生しやすくなる。このため、Mg含有量は0.005%以下とするのが好ましい。一方、上記効果を得るためには、Mg含有量は、0.0001%以上とするのが好ましい。
Ga:0〜0.010%
Gaは、熱間加工性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、Gaを過剰に含有させると、製造性を低下させる。このため、Ga含有量は、0.010%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Ga含有量は、0.001%以上とするのが好ましい。
Hf:0〜0.10%
Hfは、強度を向上させ、耐水素ガス脆化性を向上させる効果を有する。このため、必要に応じて、含有させてもよい。しかしながら、Hfを過剰に含有させると、加工性が低下する。このため、Hf含有量は、0.10%以下とする。一方、上記効果を得るためには、Hf含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
REM:0〜0.10%
REMは、熱間加工性を向上させ、割れの発生を抑制する効果を有する。また、耐食性を向上させる効果も有する。このため、必要に応じて含有させてもよい。しかしながら、REMを過剰に含有させると、その効果が飽和するばかりか熱間加工性が低下する。このため、REM含有量は、0.10%以下とする。一方、上記効果を得るためには、REM含有量は、0.01%以上とするのが好ましい。
REMは、Sc、Yおよびランタノイドの合計17元素を指し、上記REM含有量はこれらの元素の合計含有量を意味する。REMは、工業的には、ミッシュメタルの形で添加されることがある。
本発明の化学組成において、残部はFeおよび不純物である。ここで、不純物とは、鋳片を工業的に製造する際に、鉱石、スクラップ等の原料、製造工程の種々の要因によって混入する成分であって、本発明に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
2.f値
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼鋳片では、オーステナイト相の安定性を表す指標として、以下に算出されるf値を規定する。具体的には、下記(i)式で算出されるf値を、29.5超32.5未満とする。
f値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn−0.27Si+0.53Cu+12.93C+7.55N ・・・(i)
但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
ここで、f値が29.5以下であると、オーステナイト相の安定性が低く、耐水素ガス脆化性が低下する。このため、f値は、29.5超とする。
しかしながら、f値が32.5以上であると、高合金化により熱間加工性が低下する。また、原料コストが増加し、製造性も低下する。このため、f値は、32.5未満とする。耐水素ガス脆化性、熱間加工性、経済性の観点から、f値は30.0〜31.5の範囲とするのが好ましい。
3.鋳片の金属組織
3−1.偏析度
本発明に係るオーステナイト系ステンレス鋼鋳片は、鋳片の長さ方向に垂直な断面の厚み中央部において、任意に選択された1mm四方の観察視野に対して、ビーム径1μm、加速電圧15kV、照射電流1.48×10−9Aの条件でEPMAを用いた面分析を行った場合に、下記(ii)および(iii)式を満足する領域の面積率が、70%以上とする。
Mns>0.8 ・・・(ii)
Nis>0.8 ・・・(iii)
但し、上記(ii)および(iii)式中の各記号は、以下のように定義される。
Mns:Mnの偏析度
Nis:Niの偏析度
ここで、鋳片の長さ方向に垂直な断面の厚み中央部とは、図1に示す1の部分のことをいう。この領域で、鋳片の長さ方向に垂直な断面の厚み中央部において、上記の(ii)および(iii)式を満足する領域の面積率が70%未満であると、MnおよびNiの濃度が十分均質にならないからである。この結果、割れが生じる。上記面積率は、80%以上とするのがより好ましく、90%以上とするのがさらに好ましい。
なお、両元素の偏析度が(ii)および(iii)式を満足するか、否かは、EPMAの面分析により直接的に図示されるマッピングデータに基づき、測定を行えばよい。この際の倍率を200倍とするのがよい。
3−2.負偏析帯の幅
また、偏析度が0.75未満である領域を負偏析帯とするとき、鋳片の長さ方向に垂直な断面の厚み中央部におけるMnおよびNiの負偏析帯の幅が0.05mm以下とするのが好ましい。負偏析帯の幅が0.05mm以下の場合に、より顕著に割れを抑制することができるからである。負偏析帯の幅は、上記負偏析帯は0.03mm以下とするのがより好ましい。
上記の負偏析帯の幅は、上記同様、例えば200倍の視野で観察した際に、EPMAでマッピングして負偏析帯を可視化し、負偏析の幅を測定することができる。
4.用途および鋼材の種類
本発明に係る鋳片は、高圧水素等の水素用機器に用いられるのが好ましい。また、本発明に係る鋳片を用いて、鋼管、棒鋼、厚板を製造し、製造したこれら鋼材を用いて、水素用機器に用いるのが好ましい。
5.製造方法
本発明に係る鋳片の好ましい製造方法について説明する。本発明に係る鋳片は、製造方法によらず、上述の構成を有していれば、その効果を得られるが、例えば、以下のような製造方法により、安定して製造することができる。
5−1.鋳造工程
本発明に係る鋳片は、上述の化学組成に調整した鋼を溶製、鋳造するのが好ましい。鋳造後、鋳片について1000℃以上、1400℃未満の温度域で水スプレーによる冷却を行うのが好ましい。この温度域で水スプレーによる冷却を行うことで、表面から圧縮応力付与するのと同等の効果を鋳片に及ぼし、内部割れを抑制することができる。加えて、冷却が遅くなる内部の凝固を促進し、負偏析帯の成長を抑制することができるからである。なお、この際、得られた鋼材を適宜、切断等を行い、寸法形状を整えてもよい。具体的には、スラブ、ビレットの形状にしてもよい。
5−2.熱間加工工程
続いて、鋼材について、必要に応じて、熱間加工を行うのが好ましい。熱間加工は、減面率20%以上として行うのが好ましい。減面率が20%以上の熱間加工を行うことで、負偏析帯の幅を低減することができ、負偏析を低減しやすくなるからである。また、熱間加工温度は、900〜1200℃の範囲とするのが好ましい。
5−3.拡散熱処理工程
さらに、必要に応じて、拡散熱処理を行うことが好ましい。拡散熱処理を行うことで、溶質原子の拡散が促進され、鋳造、凝固の際に生じた偏析を是正することができるからである。拡散熱処理の温度は、1200〜1300℃の範囲とするのが好ましい。上記熱処理温度が1200℃未満であると、拡散が十分に生じず、偏析を是正することが難しいからである。一方、上記熱処理温度が1300℃を超えると、鋳片の酸化による歩留まり低下および結晶粒の粗大化が生じる。このため、上記熱処理温度は1300℃以下とするのが好ましい。
なお、上記熱処理の熱処理時間は、1〜10hとするのが好ましい。熱処理時間が1h未満であると、溶質元素の十分な拡散がなされず、偏析が解消されにくい。このため、上記熱処理の熱処理時間は1h以上とするのが好ましい。一方、上記熱処理の熱処理時間が10hを超えると生産性が低下し、製造コストが増加する。このため、上記熱処理時間は、10h以下とするのが好ましい。
以下、実施例によって本発明をより具体的に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されるものではない。
表1に記載の化学組成を有する鋼を溶製し、鋳造した。鋳造後、鋳片を1000℃以上1400℃未満で、水スプレーにより冷却した。その後、鋳片を1180℃に加熱し、900℃以上で減面率が40%の熱間加工を行った。その後、一部は熱処理温度が1250℃で、熱処理時間が6hとして、拡散熱処理を行った。熱間加工ままで拡散熱処理を行わない鋳片は、1100℃、15分の溶体化熱処理を行った。得られた鋳片について、組織、耐水素ガス脆化性および耐高温割れ性について調査した。
Figure 2021109998
(偏析度他)
鋳片の溶質原子の濃度分布については、EPMAを用いて濃度分布を観察した。この際の条件は、以下の通りである。1mm四方の観察視野に対して、ビーム径1μm、加速電圧15kV、照射電流1.48×10−9Aの条件とした。
分析試料は、中心部に中心偏析を含む厚み20mmの、幅30mm小片のサンプルを採取し、その後、樹脂に埋め込み、鏡面研磨仕上とした。その後、観察面をカーボン蒸着し、厚み中心付近の1mm各エリアを幅方向にEPMA分析し、濃度をマッピングし、偏析度および負偏析帯の幅を測定した。
(耐水素ガス脆化性)
耐水素ガス脆化性については、以下の手順で測定を行った。耐水素ガス脆化性については、得られた鋳片の厚さ中心付近から平行部長さ20mm、直径2.5mmの丸棒引張試験片を採取した。続いて、上記引張試験片を室温、70MPa水素中および大気中において、歪速度5×10−5/sの低歪速度引張試験(以下、単に「SSRT試験」と記載する。)を行った。SSRT試験の評価で引張破断強さと引張破断伸びとを測定した。耐水素ガス脆化性は、耐水素脆性評価値を用いて評価した。耐水素脆性評価値は以下の式に基づいて、算出することができる。
耐水素脆性評価値={(70MPa水素中の引張破断強さ、または破断伸び)/(0.1MPa窒素中の引張破断強さ、または破断伸び)}×100(%) ・・・(a)
上記式から算出された引張破断強さの耐水素脆性評価値が95%以上かつ引張破断伸びの耐水素脆性評価値が80〜90%の場合を、良好な耐水素ガス脆化性を有するとして、〇と記載した。同様に、引張破断強さの耐水素脆性評価値が95%以上かつ引張破断伸びの耐水素脆性評価値が90%超である場合を、特に、耐水素ガス脆化性が優れているとして◎と記載した。一方、耐水素脆性評価値が上記数値に満たない場合を耐水素ガス脆化性が不良であるとして、×と記載した。
(耐高温割れ性)
耐高温割れ性については、トランスバレストレイン試験により評価した。具体的には、得られた鋳片の厚さ中心から、4mm厚×幅100mm×長さ100mmの試験片を切り出し、溶接をしながらひずみを付与した。溶接はGTAW(Gas Tungsten Arc Welding)、溶接条件は100A、12V、10cm/min、歪量4%とし、溶接金属部に発生した割れを観察した。
溶接金属部の最大割れ長さが0.5mm未満である例は、極めて高い耐高温割れ性を有するとして、◎と記載し、0.5〜1.0mm未満であった例は、割れが少なく良好な耐高温割れ性を有したとして、〇と記載した。上記最大割れ長さが1.0〜1.5mm未満である場合は、代表的なオーステナイト安定鋼であるSUSU310S(25Cr−20Ni)と同程度として△と記載し、1.5mmを超える割れが発生したものは、耐高温割れ性が不良だったとして、×と記載した。以下、結果を纏めて表2に示す。
Figure 2021109998
本発明の規定を満足する試験No.1〜18は、耐水素ガス脆化性および耐高温割れ性が良好であった。No.1は、本発明の規定を満足するするものの、偏析度の面積率および負偏析帯幅の規定は満足しなかったため、耐高温割れ性は、他の本発明例と比較し、やや劣る結果となった。No.2〜5についても、少なくとも偏析度の面積率および負偏析帯幅のいずれか一方の規定は満足しなかったため、耐高温割れ性がやや劣る結果となった。また、水素ガス脆化性についても、他の本発明例と比較し、若干劣る結果となった。
その一方、本発明の規定を満足しない試験No.19〜26は、耐水素ガス脆化性と耐高温割れ性の少なくとも一方が不良であった。No.19は、Cu含有量が本発明の規定を満足しなかったため、耐高温割れ性が低下した。No.20は、B含有量が規定より少なかったため、耐高温割れ性が低下した。No.21は、Al含有量が過剰であったため、耐高温割れ性が低下した。
No.22は、Al含有量およびCa含有量が少なかったため、耐高温割れ性が低下した。No.23は、S含有量が高く、非金属介在物の量が増加したため、耐高温割れ性が低下した。No.24は、f値が規定の下限値を下回ったため、耐水素ガス脆化性が低下した。No.25は、f値が規定の上限値を上回ったため、耐高温割れ性が低下した。No.26は、Ni含有量が本発明の規定を下回ったため、耐水素ガス脆化性が低下した。
1 :鋳片の長さ方向に垂直な断面の厚み中央部
2 :鋳片
本発明に係る鋳片は、耐水素ガス脆化性と耐高温割れ性とに優れ、高圧水素ガス用途の鋼管、棒鋼、厚板に使用される鋳片として好適である。

Claims (8)

  1. 化学組成が、質量%で、
    C:0.10%以下、
    Si:1.0%以下、
    Mn:8.0〜10.0%、
    P:0.030%以下、
    S:0.0030%以下、
    Cr:15.0〜18.0%、
    Ni:7.0〜9.0%、
    N:0.15〜0.25%、
    Al:0.005〜0.20%、
    Ca:0.0005〜0.01%、
    B:0.0002〜0.01%、
    Cu:1.0%未満、
    Mo:1.0%未満、
    Nb:0〜0.50%、
    Ti:0〜0.50%、
    V:0〜0.50%、
    W:0〜0.50%、
    Zr:0〜0.50%、
    Co:0〜0.50%、
    Mg:0〜0.005%、
    Ga:0〜0.010%、
    Hf:0〜0.10%、
    REM:0〜0.10%、
    残部:Feおよび不純物であり、
    下記(i)式で算出されるf値が、29.5超32.5未満である、オーステナイト系ステンレス鋼鋳片。
    f値=Ni+0.72Cr+0.88Mo+1.11Mn−0.27Si+0.53Cu+12.93C+7.55N ・・・(i)
    但し、上記(i)式中の各元素記号は、鋼中に含まれる各元素の含有量(質量%)を表し、含有されない場合はゼロとする。
  2. 前記化学組成が、質量%で、
    Nb:0.01〜0.50%、
    Ti:0.01〜0.50%、
    V:0.01〜0.50%、
    W:0.001〜0.50%、
    Zr:0.01〜0.50%、
    Co:0.01〜0.50%、
    Mg:0.0001〜0.005%、
    Ga:0.001〜0.010%、
    Hf:0.01〜0.10%、および
    REM:0.01〜0.10%、
    から選択される一種以上を含有する、請求項1に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片。
  3. 鋳片の長さ方向に垂直な断面の厚み中央部において、任意に選択された1mm四方の観察視野に対して、ビーム径1μm、加速電圧15kV、照射電流1.48×10−9Aの条件でEPMAを用いた面分析を行った場合に、下記(ii)および(iii)式を満足する領域の面積率が、70%以上である、請求項1または2に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片。
    Mns>0.8 ・・・(ii)
    Nis>0.8 ・・・(iii)
    但し、上記(ii)および(iii)式中の各記号は、以下のように定義される。
    Mns:Mnの偏析度
    Nis:Niの偏析度
  4. 偏析度が0.75未満である領域を負偏析帯とするとき、
    前記鋳片の長さ方向に垂直な断面の厚み中央部におけるMnおよびNiの前記負偏析帯の幅が0.05mm以下である、請求項3に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片。
  5. 水素用機器に用いられる請求項1〜4のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片。
  6. 請求項1〜4のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片を用いた鋼管。
  7. 請求項1〜4のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片を用いた棒鋼。
  8. 請求項1〜4のいずれか1項に記載のオーステナイト系ステンレス鋼鋳片を用いた厚板。
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