JP2021011596A - アルミニウム合金線材およびその製造方法 - Google Patents

アルミニウム合金線材およびその製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】強度、伸び、導電率および耐熱性を高い水準でバランスよく有するアルミニウム合金線材を提供する。【解決手段】アルミニウム合金からなる線材であって、アルミニウム合金は、Co:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、かつ、Al結晶粒とAl−Co−Fe化合物およびAl−Zr化合物とを含む金属組織を有し、前記金属組織は、前記線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折により結晶方位解析したときに、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界と、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満である小傾角結晶粒界と、を有し、前記Al結晶粒のうち、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径が12μm以上であり、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記大傾角結晶粒界および前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下である、アルミニウム合金線材である。【選択図】なし

Description

本発明は、アルミニウム合金線材およびその製造方法に関する。
鉄道車両、自動車、風力発電、及びその他の電気機器等の用途では、配線材として、銅または銅合金からなる導体を備える電線やケーブルが使用されている。これらの電線やケーブルには、自動車などでのエネルギー消費量を低減する観点から、軽量化の要望が大きい。そのため、近年、これらの用途に使用される電線やケーブルには、銅または銅合金よりも比重の小さなアルミニウムまたはアルミニウム合金からなる線材で構成される導体を使用することが検討されている。
例えば、特許文献1では、アルミニウム合金において、マグネシウム(Mg)やジルコニウム(Zr)などの合金元素を添加し、これらの元素を時効析出させる方法が提案されている。特許文献1では、導体として、このようなアルミニウム合金からなる線材(アルミニウム合金線材)を採用することにより、導体の強度、伸び、導電率および耐熱性を向上させることができるとされている。なお、特許文献1における耐熱性とは、室温から150℃までの温度で1000時間保持されたときに強度が150MPa以上であることを示す。
特開2012−229485号公報
ところで、電線やケーブルでは、導体にアルミニウム合金線材を適用したときに、導体に銅を適用したときと同等の特性を得ようとすると、銅を適用したときに比べて導体の断面積が大きくなる。特に、鉄道車両等の移動体では、電線やケーブルを配線する配線スペースが制限される。そのため、電線やケーブルでは、アルミニウム合金線材で構成される導体の断面積をできるだけ小さくし、導体に銅を適用した場合と同等の配線スペースに配線されることが望まれている。
すなわち、アルミニウム合金線材で構成される導体を備える電線やケーブルでは、導体の断面積を、導体に銅を適用したときと同等程度まで小さくする際に、強度、伸び、導電率および耐熱性を高い水準でバランス良く得ることができるアルミニウム合金線材の適用が望まれている。
本発明は、強度、伸び、導電率および耐熱性を高い水準でバランスよく有するアルミニウム合金線材を提供することを目的とする。
本発明の一態様によれば、
アルミニウム合金からなる線材であって、
前記アルミニウム合金は、
Co:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、かつ、
Al結晶粒とAl−Co−Fe化合物およびAl−Zr化合物とを含む金属組織を有し、
前記金属組織は、前記線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折により結晶方位解析したときに、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界と、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満である小傾角結晶粒界と、を有し、
前記Al結晶粒のうち、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径が12μm以上であり、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記大傾角結晶粒界および前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下である、
アルミニウム合金線材が提供される。
本発明の他の態様によれば、
アルミニウム合金からなる線材の製造方法であって、
Co:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる化学組成を有する溶湯を準備する準備工程と、
前記溶湯を鋳造することで鋳造材を形成する鋳造工程と、
前記鋳造材を伸線して伸線材を形成する伸線工程と、
前記伸線材に時効処理を施す時効処理工程と、を有し、
前記鋳造工程では、前記溶湯の温度を850℃以上に調整して、当該溶湯を鋳型に注湯し、当該鋳型にて、Zrの晶出を抑制しつつCoを晶出させるような冷却速度で前記溶湯を急冷して鋳造することで、Al−Co−Fe化合物を含む鋳造材を形成し、
前記時効処理工程では、前記伸線材におけるAl相に固溶するZrをAl−Zr化合物として析出させ、
前記アルミニウム合金が、前記化学組成と、Al結晶粒と前記Al−Co−Fe化合物および前記Al−Zr化合物とを含む金属組織とを有し、
前記金属組織は、前記線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折により結晶方位解析したときに、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界と、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満である小傾角結晶粒界と、を有し、
前記Al結晶粒のうち、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径が12μm以上であり、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記大傾角結晶粒界および前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下である、
アルミニウム合金線材の製造方法が提供される。
本発明の他の態様によれば、
アルミニウム合金からなる線材であって、
前記アルミニウム合金は、
Ni:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、かつ、
Al結晶粒とAl−Ni−Fe化合物およびAl−Zr化合物とを含む金属組織を有し、
前記金属組織は、前記線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折により結晶方位解析したときに、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界と、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満である小傾角結晶粒界と、を有し、
前記Al結晶粒のうち、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径が12μm以上であり、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記大傾角結晶粒界および前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下である、
アルミニウム合金線材が提供される。
本発明によれば、強度、伸び、導電率および耐熱性を高い水準でバランスよく有するアルミニウム合金線材が得られる。
図1は、実施例2の合金線材について長手方向に平行な断面をEBSD測定したときに得られる結晶粒形状のマップを示す図である。 図2は、図1において大傾角結晶粒界を抽出した結晶粒形状のマップを示す図である。 図3は、比較例2の合金線材について長手方向に平行な断面をEBSD測定したときに得られる結晶粒形状のマップを示す図である。 図4は、図3において大傾角結晶粒界を抽出した結晶粒形状のマップを示す図である。
本発明者らは、上述した課題を解決すべく、合金元素の種類や製造条件などを適宜変更し、アルミニウム合金の化学組成を変化させたときの諸特性の変化について検討を行った。その結果、合金元素としてCo又はNiとZrとを使用するとよいことを見出した。また、これらの元素を含むアルミニウム合金線材を作製する場合、各元素の固溶限界が高くなるように溶湯の温度を高く設定したうえで、溶湯を急冷却するとよいことを見出した。このように溶湯を高い温度から急冷却することにより、得られる鋳造材において、各元素をより多く固溶させたままの状態にできるので、最終的に得られる線材において、強度、伸び、導電率および耐熱性を高い水準でバランスよく得られることを見出した。本発明は、当該知見に基づいて成されたものである。
[一実施形態]
以下、本発明の一実施形態について説明する。なお、本明細書において「〜」を用いて表される数値範囲は、「〜」の前後に記載される数値を下限値および上限値として含む範囲を意味する。
<アルミニウム合金線材>
以下では、本発明の一実施形態にかかるアルミニウム合金線材について、合金元素としてCoおよびZrを用いた場合を例に説明する。
(化学組成)
まず、アルミニウム合金線材(以下、単に合金線材ともいう)を構成するアルミニウム合金(以下、単に合金ともいう)の化学組成について説明する。
合金の化学組成は、Co:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる。
Coは、後述するように、合金線材の製造過程(鋳造時)において、その大部分がAlと反応して晶出物(Al−Co化合物)を形成し、最終的に得られる合金線材では化合物相として存在する。Al−Co化合物は実際には、アルミニウム合金中に不可避的に存在するFeを吸収したAl−Co−F−e化合物の形で存在する。Al−Co−Fe化合物は、合金のAl再結晶粒の微細化に寄与するとともに、合金線材の伸びを向上させる。Coは合金の導電率を低下させるおそれがあるが、Coの含有量を0.1質量%〜1.0質量%とすることにより、合金線材においてCoによる導電率の低下を抑制しつつ、Coによる強度、伸び、耐熱性を高い水準でバランスよく有する効果を得ることができる。Coの含有量は、0.2質量%〜1.0質量%であることが好ましく、0.3質量%〜0.8質量%であることがより好ましい。
Zrは、後述するように、鋳造後のインゴット(鋳造材)中では主に固溶状態で存在するが、時効熱処理後の合金線材ではAl−Zr化合物として析出する。Al−Zr化合物は、主に合金線材の耐熱性の向上に寄与する。Zrは、含有量が過度に多くなると、合金線材の製造過程で合金の延性を低下させて、合金線材の細径化を妨げるおそれがある。この点、Zrの含有量を0.2質量%〜1.0質量%とすることにより、合金の延性を高く維持するとともに、合金線材において所望の耐熱性を得ることができる。Zrの含有量は、0.3質量%〜0.9質量%であることがより好ましい。本実施形態では、後述するように、溶湯の温度を高くするとともに鋳型で急冷却することにより、Zrの含有量を多くした場合であっても、鋳造の際にZrを固溶させたままの状態にできるので、最終的に得られる合金線材において、諸特性のバランスをより高い水準で実現することができる。
Feは、アルミニウム原料に由来して不可避的に取り込まれる成分である。Feは、合金の強度の向上に寄与する。Feは、鋳造時にFeAlとして晶出した場合、あるいは時効熱処理中にFeAlとして析出した場合、合金の延性を低下させて、製造時に合金線材の細径化を妨げるおそれがある。本実施形態では、Coを配合することで、Al−Co化合物を晶出させたときにFeを吸収することでAl−Co−Fe化合物を形成している。これにより、FeをAl−Co−Fe化合物とすることで、FeAlの形成を抑制している。この結果として、合金の延性の低下を抑制しつつ、合金の強度を向上させることができる。Feの含有量は、Al−Co化合物に吸収させる観点からはCoの含有量以下とするとよく、0.02質量%〜0.15質量%とする。これにより、合金線材を細径化しつつ、高い強度を得ることができる。Feの含有量は、0.04質量%〜0.15質量%であることが好ましい。なお、Feは、所定の含有量となるように、添加してもよい。
Siは、Feと同様に、アルミニウム原料に由来して不可避的に取り込まれる成分である。Siは、合金のAl結晶粒中に固溶したり、Feとともに析出したりすることで、合金の強度の向上に寄与する。Siは、Feと同様に合金の伸びを低下させたり、合金線材の細径化を妨げたりするおそれがあるが、Siの含有量を0.02質量%〜0.15質量%とすることにより、合金の伸びの低下を抑制しつつ、強度を向上させることができる。Siの含有量は、0.04質量%〜0.12質量%であることが好ましい。なお、Siは、所定の含有量となるように、添加してもよい。
Mg、Ti、B、Cu、Ag、Au、Mn、Cr、Hf、VおよびScは、アルミニウム原料に由来して取り込まれたり、必要に応じて適宜添加したりする随意成分である。ここで、随意成分とは、含有してもよいし含有しなくてもよい成分を示す。各合金元素は、合金線材においてAl相の結晶粒の粗大化を抑制し、その強度の向上に寄与する。このうち、Cu、Ag、およびAuは、結晶粒界に析出して粒界強度も向上させることができる。各合金元素の含有量をそれぞれ、上記範囲とすることで、合金の伸びの低下を抑制するとともに、各合金元素による効果が得られる。
上述した成分以外の残部は、Alおよび不可避不純物となる。ここで、不可避不純物は、合金線材の製造工程上、不可避的に取り込まれてしまうものであって、合金線材の特性に影響を及ぼさない程度の少ない含有量のものを示す。不可避不純物としては、例えば、Ga、Zn、Bi、Pbなどが挙げられる。
合金線材の導電率の観点からは、Alの含有量は97質量%以上であることが好ましく、98質量%以上であることがより好ましく、98.4質量%以上であることがさらに好ましい。
(金属組織)
続いて、アルミニウム合金の金属組織について説明する。
本実施形態のアルミニウム合金線材は、Al結晶粒、Al−Co−Fe化合物、およびAl−Zr化合物を含む金属組織を有する。金属組織では、結晶粒界にAl−Co−Fe化合物およびAl−Zr化合物が分散して存在している。
具体的には、合金線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折(以下、EBSDともいう)により結晶方位解析したときに、その断面の金属組織には、大傾角結晶粒界と小傾角結晶粒界とが存在する。大傾角結晶粒界とは、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上となる粒界を示し、小傾角結晶粒界とは、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満となる粒界を示す。Al結晶粒のうち、大傾角結晶粒界で囲まれる結晶粒(以下、第1のAl結晶粒ともいう)は粗大な結晶粒となる一方、小傾角結晶粒界で囲まれる結晶粒(以下、第2のAl結晶粒ともいう)は微細な結晶粒となる。
後述するように、本実施形態では、時効処理工程において、Al結晶粒の再結晶を抑制しつつ、伸線材における加工ひずみを結晶の回復により緩和することができる。結晶の回復により、大傾角結晶粒界で囲まれる第1のAl結晶粒の内部で複数の小傾角結晶粒界を形成し、第1の結晶粒を複数の小傾角結晶粒界で分割したように構成することができる。つまり、第1のAl結晶粒を、複数の微細な第2のAl結晶粒を内包するように構成することができる。また、再結晶の抑制により、再結晶にともなって新たに生成する、大傾角結晶粒界で囲まれる微細な第1のAl結晶粒(以下、再結晶粒ともいう)の数を少なくすることができる。
また、合金線材の金属組織では、第1のAl結晶粒に占める再結晶粒の比率が少ないので、第1のAl結晶粒の平均粒径が大きく、12μm以上となる。また、結晶の方位差が2°以上となる粒界、つまり大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と大傾角結晶粒界および小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径は10μm以下となり、好ましくは0.5μm以上10μm以下となる。
なお、本明細書において、Al結晶粒の結晶粒径とは、後述の実施例で説明するように、Al結晶粒を円形と仮定したときの径を示す。具体的には、Al結晶粒の面積を算出し、その面積と同じ面積を有する円の直径がAl結晶粒の結晶粒径となる。例えば、第1のAl結晶粒の結晶粒径とは、アルミニウム合金線材の長手方向に平行な断面において、大傾角結晶粒界で囲まれる領域と同じ面積を有する円の直径を示す。第2のAl結晶粒の結晶粒径とは、小傾角結晶粒界と大傾角結晶粒界の両方で囲まれる領域と同じ面積を有する円の直径を示す。
Al−Co−Fe化合物は、アルミニウム合金を鋳造する際に溶湯を冷却により凝固させる段階、もしくは、凝固後であって高温度の鋳造材を室温付近まで冷却させる段階で形成される晶出相である。つまり、Al−Co−Fe化合物は、鋳造材の段階でアルミニウム合金中に形成される晶出物である。
Al−Zr化合物は、時効処理により、室温まで冷却された鋳造材を融点以下の高温雰囲気下で加熱保持する段階で形成される析出相である。具体的には、鋳造材のAl相中に固溶していた金属元素が、時効処理によってAl相中に拡散し凝集することで、初めて形成される析出物である。つまり、析出物は、鋳造材の段階ではAl合金中に存在せず、時効処理後の合金線材の段階で存在する。
Al−Zr化合物の大きさは、1nm以上数百nm以下の範囲で分布するが、1nm以上100nm以下の大きさを有する微細な析出物の割合が、1nm以上100nm以下の大きさの範囲に含まれない析出物の割合よりも多くなることが好ましい。Al−Zr化合物からなる析出物の大きさを1nm以上100nm以下に小さくすることで、合金元素の含有量を少なくした場合であっても析出物の個数を増やすことができ、析出物による効果をバランスよく得ることができる。また、合金の延性を高く維持できるので、伸線工程で加工度を高くすることができ、合金線材をより細径化することが可能となる。
Al−Co−Fe化合物の大きさは20nm以上1μm(1000nm)以下であることが好ましい。Al−Co−Fe化合物は、例えば時効時間を十分に確保することで、大きくすることができる。化合物が過度に小さいと、合金線材の延性が低下することがある。この点、大きさが20nm以上となることで、延性を高くすることができる。一方、化合物が過度に大きくなる場合、後述する変性帯が形成されて再結晶粒が生成することで、合金線材の強度が低くなることがある。高い強度を得る観点からは、化合物の大きさは1μm以下となることが好ましい。なお、Co原子はAl組織中でZr原子よりも高速で拡散するため、Al−Co−Fe化合物の大きさはAl−Zr化合物よりも大きくなる。後述するように、Al−Co−Fe化合物の役割は、時効熱処理の初期段階で再結晶粒の成長を抑制することにある。このため時効熱処理が終了した後の金属組織において、Al−Co−Fe化合物がAl−Zr化合物よりも大きくなってもよい。
また、化合物の形状は、特に限定されないが、Al−Co−Fe化合物は球形状あるいは回転楕円体形状であることが好ましい。Al−Zr化合物は球形であることが好ましいが、不定形状であってもよい。なお、回転楕円体形状とは、線材の長手方向に垂直な方向では円形状であり、線材の長手方向に平行な方向では楕円形状である形状を示す。
(アルミニウム合金線材の特性)
本実施形態のアルミニウム合金線材は、上述した化学組成および金属組織を有するアルミニウム合金から形成されており、強度、伸び、導電率および耐熱性を高い水準でバランスよく有する。具体的には、合金線材は、室温における引張強度が180MPa以上となり、伸びが10%以上となる。また、53%IACS以上の導電率を有する。さらに、200℃で10年間加熱させたときの強度が初期状態の強度の90%以上となる耐熱性を有する。なお、ここでいう「200℃で10年間加熱させたときの強度が初期状態の強度の90%以上となる耐熱性」とは、アルミニウム合金線材を特定の温度と時間で加熱することによって得られる引張強度の等温軟化曲線に基づいて、アルミニウム合金線材の引張強度が加熱する前の引張強度(初期の引張強度)よりも10%低下するときの温度(例えば20℃〜400℃の範囲の任意の温度)と時間(例えば600sec〜3000000secの範囲の任意の時間)とを求め、これらの温度と時間とを用いて得られるアレニウス・プロット(アレニウスの式の対数)が、200℃の温度のときに10年以上となる条件を満たすことを意味する。言い換えると、線材における引張強度の等温軟化曲線に基づいて求められる、線材の引張強度が初期の引張強度よりも10%低下するときの温度および時間を用いて得られるアレニウス・プロットが、200℃の温度のときに10年以上となる条件を満たす。なお、この耐熱性の評価方法については実施例にて後述する。また、引張強度および伸びは、JIS Z2241に準じる試験方法(試験速度:20mm/分)によって測定される。
合金線材の線径は、特に限定されないが、可とう性の観点からは2mm以下であることが好ましく、0.3mm〜1mmであることがより好ましい。本実施形態では、合金を所定の構成とすることにより、線径を2mm以下としながらも、諸特性を高い水準でバランスよく得ることができる。
<アルミニウム合金線材の製造方法>
続いて、上述したアルミニウム合金線材の製造方法について説明する。本実施形態のアルミニウム合金線材は、溶湯の準備工程、鋳造工程、成形工程、伸線工程および時効処理工程の各工程を順次行うことにより製造することができる。以下、各工程について詳述する。
(準備工程)
まず、アルミニウム合金線材を形成するための溶湯を準備する。本実施形態では、溶湯が上述した化学組成となるように、Al原料、Co原料およびZr原料、必要に応じて、その他の合金原料を混合する。そして、これらの原料を例えば溶解炉に投入し、バーナー等で加熱することにより溶解する。原料の混合方法や溶解方法は特に限定されず、従来公知の方法により行うことができる。
得られた溶湯は、貯留槽(いわゆるタンディッシュ)に移送し貯留する。貯留槽は、注湯ノズルを備えており、溶湯を貯留槽から流出できるようになっている。
(鋳造工程)
続いて、貯留槽から注湯ノズルを介して溶湯を流出させて、鋳型に注ぎ込む。鋳型としては、例えばベルトホイール式の連続鋳造が可能な連続鋳造機を用いることができる。連続鋳造機は、例えば、外周面に溝が設けられた円筒状のホイールとベルトとを備え、このベルトをホイールの外周面の一部に掛けるように構成されている。連続鋳造機によれば、ホイールとベルトとの間に形成される空間(溝部分)に溶湯を注湯し、冷却により凝固させることで、鋳造材を連続的に形成することができる。
本実施形態では、溶湯の温度を850℃以上と高く設定するとともに、この溶湯を鋳型にて急冷却することにより、Zrの晶出を抑制しつつCoを晶出させて鋳造材を形成する。以下、この点について詳述する。
まず、溶湯を急冷却することにより、Coを晶出させる一方でZrの晶出を抑制する(Zrを固溶させたままとする)ことは、本発明者らの以下の知見に基づくものである。
本発明者らの検討によると、鋳造材において、ZrがFeとの晶出物を形成していると、鋳造材の延性が低下して鋳造材を伸線加工しにくくなることがある。これに対して、Coは、Feとの晶出物を形成したとしても鋳造材の延性にあまり影響を与えない。このことから、鋳造材においては、Zrを晶出させずに固溶させたままとする一方で、Coは晶出させることが望ましい。ただし、溶湯を冷却すると、CoとともにZrも晶出してしまうため、Zrのみを選択的に固溶させておくことは困難である。
この点、本発明者らは、溶湯を冷却したときにCoがZrよりも晶出(析出)しやすいこと、つまり、CoはZrよりも晶出速度(析出速度)が大きいことに着目した。この晶出速度の違いは、アルミニウム固相中での拡散速度が異なることに起因する。
具体的に説明すると、Al固相中のCoは、その拡散速度がAlの自己拡散速度と同等もしくはそれ以上に大きい。しかも、Coの熱平衡状態でのAl相への固溶度は、最大0.05%未満と非常に小さい。そのため、Coは、溶湯から鋳造、凝固した直後であっても、Al組織中で容易に凝集して晶出しやすい。晶出によりCoの大部分は、鋳造後のインゴット(鋳造材)の段階で、Al組織中に化合物として晶出することになる。なお、凝固直後のAl相には晶出した化合物以外に、固溶したCo原子も存在する。凝固直後では熱平衡的な固溶度より多い過飽和なCo原子が、Al相中には固溶する。しかし、Co原子は、Al相中を高速拡散することにより、過飽和に固溶したCo原子は比較的短時間で凝集し、化合物相を形成する。結果として、鋳造、凝固後に鋳造材が室温に冷却されるまでに、添加したCo原子のほとんどはAlとの化合物相として存在しており、Al相中に固溶するCo原子は、熱平衡濃度に近い0.1%未満の少量に留まる。
一方、Al相中のZrは、その拡散速度がAlの自己拡散速度よりも著しく小さく、Coに比べてAl組織中における析出速度が小さくなる。しかも、Zrの熱平衡状態でのAl相への最大固溶度は、0.3〜0.4%程度であり、Coより数倍大きい。このため、Zrは鋳造後の鋳造材の段階では晶出しにくく、その大部分はAl組織中に過飽和に固溶した状態で存在することになる。また、Zrは、Coに比べて拡散が著しく遅いため、鋳造後の鋳造材を室温で長時間保管した場合も、過飽和固溶状態はそのまま維持される。過飽和固溶状態のZrは、時効処理により、例えば300℃以上の温度で加熱することにより析出させることができる。
このことから、本発明者らは、Zrが晶出し始める前に溶湯を凝固させれば、Zrを固溶させたままの状態にできると考え、溶湯を冷却させる速度について検討を行った。その結果、溶湯を冷却させる速度を大きくするほど、得られる鋳造材において、Coの大部分をAl−Co−Fe化合物として晶出させながらも、Zrの晶出を抑制してZrを固溶させた状態に維持できることが見出された。Zrを固溶させることにより、Zrの晶出による鋳造材の延性の低下を抑制することができる。すなわち、Zrの晶出の少ない鋳造材によれば、Zrが晶出した鋳造材と比べて、高い加工度で伸線しても断線を抑制することができ、線径の細い合金線材を製造することができる。さらに、詳細を後述するように、最終的に得られる合金線材において、強度、伸び、導電率および耐熱性を高い水準でバランスよく実現することができる。
しかも、溶湯の温度を850℃以上とすることで、ZrのAlへの固溶限界を高くすることができる。これにより、Zrの含有量を例えば0.5質量%〜1.0質量%というように多くした場合であっても、Zrを晶出させることなく、固溶させた状態とすることができる。なお、溶湯の温度の上限値は、Zrを固溶させることができれば特に限定されないが、例えば900℃以下とするとよく、870℃以下とすることが好ましい。
鋳造工程で得られる鋳造材の金属組織は、主に、大傾角結晶粒界で囲まれる第1のAl結晶粒で構成される。その粒界には、CoがFeとAl−Co−Fe化合物を形成して晶出している。Al−Co−Fe化合物の形成により、Al相では、導電率の低下の要因となる固溶状態のFeが少なく、また伸びの低下の要因となる析出物(FeAl)も少ない。なお、Zrは晶出せずにAl相や粒界に固溶した状態である。
なお、Al−Co−Fe化合物は、FeAl化合物のようにAl合金の延性を低下させないため、合金線材の細径化の妨げとならない。なお、Al−Co−Fe化合物は、Al、Co、Feを少なくとも含む化合物であり、その他の金属元素を含んでもよい。また、Al−Co−Fe化合物は、鋳造後のインゴット中では、細長い形状となる。
また、鋳造工程では、貯留槽の注湯ノズルから流出した溶湯は、鋳型に注ぎ込まれるまでの間に、温度が低下し、Alに固溶するZrが晶出し始めることがある。そのため、貯留槽から鋳型までの間にZrの晶出を抑制する観点からは、注ぎ込む溶湯を加熱することが好ましく、その温度が850℃以上となるように維持することが好ましい。これにより、溶湯の注湯時の温度低下をより確実に抑制することができ、合金線材の諸特性を向上させることができる。
注湯ノズルから流出させた溶湯を加熱する方法としては、特に限定されないが、注湯ノズルと鋳型との間に公知の加熱手段、例えばバーナー、電波加熱装置や高周波加熱装置などを用いることができる。これらの加熱手段を、注湯ノズルから流れ落ちる溶湯を加熱できるように、注湯ノズルと鋳型との間に設けるとよい。
鋳造工程では、Zrを固溶させたまま溶湯を凝固させる観点からは、冷却速度を20℃/s以上とすることが好ましく、例えば50℃/sとするとよい。上限は特に限定されないが、200℃/s以下とするとよい。このような冷却速度をより確実に実現する観点からは、双ロール式よりも、プロペルチ式の連続鋳造機を用いるとよい。
なお、冷却速度は、鋳型の厚さを適宜変更することで調整するとよい。例えば、鋳型を厚くすることで、鋳型の空間の断面積(鋳造材の断面積)に対して鋳型の断面積の比率を高くし、抜熱効率を向上させるとよい。また、冷却速度とは、鋳型へ溶湯が注ぎ込まれるときの溶湯の温度(例えば850℃)と鋳型中に注ぎ込まれた溶湯が凝固する温度との差を、溶湯が鋳型へ注ぎ込まれてから凝固するまでの時間で除した値で示される。
(成形工程)
続いて、必要に応じて、鋳造材を伸線しやすいように鋳造材を棒状(いわゆる荒引き線)に成形する。ここでは、例えば、線径が5mm〜50mmとなるように鋳造材に塑性加工を施す。塑性加工としては、例えば圧延加工、スエージ加工、引抜加工など従来公知の方法を行うとよい。
(伸線工程)
続いて、棒状の鋳造材に冷間伸線加工を施して、所定の線径の伸線材に加工する。伸線加工としては、例えばダイスを用いた引抜伸線加工など従来公知の方法で行うとよい。なお、加工度とは、鋳造材の断面積に対する鋳造材の断面積と伸線材の断面積との差の比率であって、伸線工程での減面率を示す。
伸線工程で得られる伸線材の金属組織では、Al結晶粒が伸線加工により伸線方向に引き伸ばされて、大傾角結晶粒界に加工ひずみが導入される。また、鋳造材中に分散していたAl−Co−Fe化合物は、伸線加工により細かく粉砕されることで、伸線材の金属組織中に微細にかつ緻密に分散することになる。
本実施形態では、鋳造材が、Zrの晶出が抑制されて、高い延性を有するので、伸線加工の加工度を高くすることができる。Al−Co−Fe化合物をより細かく粉砕し、伸線材中により微細に分散させる観点からは、鋳造材を断面積が0.01倍以下となるように伸線し、伸線材の線径を2.0mm以下とすることが好ましい。このような加工度にすることにより、伸線終了後のAl−Co−Fe化合物の大きさを20nm〜1μmに制御しやすくなる。また、後述の時効処理工程にて、Zrを析出させたときに、Al−Zr化合物の大きさも1nm〜100nmに制御しやすくなる。しかも、最終的な合金線材において、析出物をより分散させて析出させることができる。
なお、本実施形態では、鋳造材が高い延性を有するので、伸線時の加工歪みを緩和するための焼鈍処理(いわゆる中間焼鈍処理)を省略することができる。これにより、Al結晶粒の再結晶による粗大化をより抑制することができる。
(時効処理工程)
続いて、伸線材に時効処理を施して、本実施形態の合金線材を得る。
時効処理では、Al相に固溶するZrをAl−Zr化合物として析出させるとともに、伸線材の金属組織に導入された加工ひずみを緩和させる。本実施形態では、伸線材中にCoの化合物を微細に分散させていることで、Alの再結晶を抑制しつつ、Al結晶の回復により、加工ひずみを緩和することができる。これにより、再結晶にともなう大傾角結晶粒界の生成や成長を低減しつつ、回復にともなう小傾角結晶粒界の形成を促すことができる。その結果、上述した金属組織を有する合金線材を得ることができる。
ここで、加工ひずみを緩和させる際の粒界形成について説明する。
上述したように、鋳造材を伸線材に加工する過程で、伸線材を構成するアルミニウム合金に加工ひずみが導入される。加工ひずみは、いわゆる転位と呼ばれる格子欠陥の蓄積に起因する。アルミニウム合金では、その積層欠陥エネルギーが高いので、加工により導入される多数の転位は、結晶中でそれぞれ分離して単独の線状欠陥として存在するよりも、結晶中を移動して集合体を形成する。これにより、伸線材の金属組織には、転位セル組織と呼ばれる転位が密集した領域と疎な領域とが周期的に分布する構造が形成されることになる。
この伸線材に時効処理を施すと、結晶の回復、または再結晶が生じることで、加工ひずみが緩和される。
結晶の回復は、加熱により転位セルが移動、再配列することで生じる。結晶の回復では、大傾角結晶粒界で囲まれる第1の結晶粒自体は成長せずに、第1の結晶粒の内部で亜粒界が形成される。亜粒界とは、結晶方位差の小さな小傾角結晶粒界を示す。亜粒界の形成により、第1の結晶粒の内部で、小傾角結晶粒界で囲まれる第2の結晶粒が形成される。そして、時効処理時間の経過にともない、第1の結晶粒の内部で亜粒界が移動することで、第2の結晶粒が成長して大きくなる。このように、時効処理で得られる合金線材では、第1の結晶粒の内部で複数の第2の結晶粒が成長することで、第1の結晶粒は、第2の結晶粒で分割された構造を形成する。このような構造形成により、加工ひずみが緩和され低下することになる。
一方、再結晶では、ひずみを含まない新たな結晶粒(再結晶粒)が金属組織中で核生成する。再結晶粒は、時効処理時間の経過にともない、周囲のひずみを吸収しながら成長する。再結晶粒により形成される結晶粒界は方位差の大きな大傾角結晶粒界である。再結晶粒が成長して、大傾角結晶粒界が移動することにより、移動後の領域では転位セルや第2の結晶粒は消失することになる。そのため、伸線材で再結晶が生じる場合、合金線材の金属組織では、大傾角結晶粒界で囲まれる微細な再結晶粒が複数形成されることになる。再結晶粒は、その内部に、小傾角結晶粒界で囲まれる第2の結晶粒や転位セル等のひずみの要因となる格子欠陥を含まない。
このように結晶の回復と再結晶とで加工ひずみが緩和される。再結晶が生じた金属組織は、再結晶粒が格子欠陥を含まないため、回復が生じた金属組織と比べて、加工ひずみの低下の度合いが大きくなる。そのため、再結晶が生じるほど、強度や引張強度などの特性が低下する。本実施形態では、時効処理で再結晶を抑制して、回復を促すことにより、強度などを高く維持することができる。
時効処理で再結晶を抑制し回復を促すことができるのは、金属組織にAl−Co−Fe化合物およびAl−Zr化合物を微細に分散させているためである。ここで、これら化合物粒子の作用について説明する。
化合物粒子は、以下の2つの作用により金属組織の形態に影響を及ぼすと推測される。
1つは、金属組織において結晶粒界を固着させることである。結晶粒界を固着させることで、加熱による粒界移動を抑制し、結晶粒を微細安定化させることができる。
もう1つは、粒子の周囲にひずみの密集領域(いわゆる変形帯)を形成することである。変形帯とは、多数の転位が密集した、数百nmサイズもしくはそれ以下の微細な転位セルの集合体のことである。変形帯を構成する個々の微細セルは、隣接する微細セルとの方位差が15°付近からそれ以上であり、方位差が比較的大きいことが特徴である。このため、変形帯においては加熱の際に、周囲のAl結晶と方位差が異なる再結晶組織が生じやすく、再結晶粒が生成しやすくなる。つまり、化合物粒子は、その周囲に変形帯を生じさせ、加熱したときに再結晶を促す傾向がある。なお、化合物粒子が小さくなるほど、その周囲に変形帯が形成されにくくなるので、再結晶は生じにくくなる。
伸線材では、Al−Co−Fe化合物が晶出しているため、その粒子の周囲で再結晶が促進されやすい。しかし、本実施形態では、時効処理の際に、Al相に固溶するZrをAl−Zr化合物として析出させることで再結晶を抑制することができる。具体的に説明すると、時効処理の初期段階(例えば1時間未満)で、晶出した粗大なAl−Co−Fe化合物の周囲に、Al−Zr化合物が微細な状態で分散して析出することになる。つまり、Al−Zr化合物を高い数密度でAl−Co−Fe化合物の周囲に析出させることができる。微細なAl−Zr化合物の周囲には変形帯が形成されにくく、再結晶粒の核生成が生じにくい。仮に、Al−Co−Fe化合物の周囲に再結晶粒が生成したとしても、高い数密度で分散して析出するAl−Zr化合物によって、その成長が抑え込まれる(ピン止めされる)ため、再結晶粒の粗大化を抑制することができる。このように、Al−Co−Fe化合物およびAl−Zr化合物により再結晶を抑制しつつ、熱処理による結晶の回復を促すことができる。
時効処理の条件は特に限定されないが、伸線材を加熱する温度は300℃〜400℃とすることが好ましい。時効処理の温度を300℃以上とすることにより、亜粒界を形成するとともに成長させることができるので、合金線材の延性を高めることができる。しかも、Al−Zr化合物を析出させやすくなるので、合金線材の導電率を低く維持しながらも強度を高めることができる。一方、温度を400℃以下とすることにより、再結晶を抑制し、亜粒界を消失させることなく維持できるので、合金線材の強度を高く維持することができる。
また、時効処理で伸線材を加熱する時間(処理時間)は、10時間〜100時間とすることが好ましい。10時間〜100時間とすることで、製造コストを低く維持しながらも、Al−Zr化合物を十分に析出させて、合金線材の導電率を低く、かつ強度を高くすることができる。
[本実施形態に係る効果]
本実施形態によれば、以下に示す1つ又は複数の効果を奏する。
本実施形態では、上述した化学組成を有する溶湯を、温度が850℃以上となるように調整したうえで鋳型に導入し、鋳型にて、Zrの晶出を抑制しつつCoを晶出させるような冷却速度で急冷している。溶湯温度を高くすることにより、Zrの固溶限界を高め、その晶出をより抑制することができる。しかも、このような温度の溶湯を急冷却することにより、CoをAl−Co−Fe化合物として、凝固組織中に分散させる一方で、ZrをAl相中に固溶させた状態として晶出を抑制し、鋳造材を形成している。この鋳造材を伸線することにより、Al−Co−Fe化合物が粉砕されて微細化され、かつ均一に分散する伸線材を形成する。そして、この伸線材に時効処理を施すことにより、Al相に固溶するZrをAl−Zr化合物として析出させている。時効処理では、Zrの析出とともに、再結晶により再結晶粒が生成することがあるが、伸線材中に微細に分散するAl−Co−Fe化合物により再結晶を抑制する一方で、結晶の回復により加工ひずみを緩和することができる。これにより、最終的に得られる合金線材において、再結晶粒を少なくするとともに、Al−Co−Fe化合物およびAl−Zr化合物の各化合物を微細に分散させることができる。
得られた合金線材は、上述した化合組成を有し、かつAl結晶粒と分散粒子としてAl−Co−Fe化合物およびAl−Zr化合物を含む金属組織を有する。具体的には、金属組織は、合金線材の長手方向に平行な断面をEBSDにより結晶方位解析したときに、大傾角結晶粒界および小傾角結晶粒界を有し、大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒(第1のAl結晶粒)の平均粒径が12μm以上であり、大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と大傾角結晶粒界および小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下となる。このような金属組織によれば、再結晶を抑制して、ひずみを持たない再結晶粒を少なくする一方で、回復により加工ひずみを緩和して適度なひずみを持たせることができる。
このような金属組織を有する合金線材は、以下に示す特性を有する。すなわち、Feを、FeAl化合物ではなく、Al−Co−Fe化合物の形態で分散させているので、FeAlによる強度および伸びの低下が抑制されている。また、Feを化合物に吸収させることで、Al相に固溶するFeが少なく、高い導電率を維持することができる。また、Al−Zr化合物が析出しているので、高い耐熱性を得ることができる。また、金属組織では、ひずみを持たない再結晶粒を少なくする一方で、回復により加工ひずみを緩和して適度なひずみを持たせることにより、所望の強度(硬さ)や引張強度を得ることができる。さらに、Al結晶粒を微小サイズとして、Al−Co−Fe化合物およびAl−Zr化合物の各化合物からなる粒子を合金中に微細に分散させることで、各粒子による効果を高い水準でバランスよく得ることができる。なお、回復により加工ひずみが緩和された線材と、再結晶により加工ひずみが緩和された線材とは、以下の理由から強度が異なる。再結晶の場合、再結晶粒が、成長にともなって、粒界移動の駆動力(エネルギー)として周囲の加工ひずみを吸収し消失させる。このため、再結晶粒内部にはひずみ(転位などの格子欠陥や結晶格子自体の弾性的な歪み)が、ほとんど含まれていない。一方、回復の場合、線材中にある程度の加工ひずみが残存する。そのため、結晶粒径が同程度の金属組織で比較したときに、回復により加工ひずみが緩和された金属組織のほうが、再結晶により加工ひずみが緩和された金属組織に比べて、結晶粒内に残存するひずみ量が大きく、線材の強度も高くなる。
本実施形態の合金線材は、具体的には以下のような特性を有する。すなわち、引張強度が180MPa以上、引張り伸びが10%以上、導電率が53%IACS以上、200℃で10年間加熱させたときの強度が初期状態の強度の90%以上であり、強度、伸び、導電率および耐熱性を高い水準でバランスよく得ることができる。
また、合金線材は、Al−Zr化合物の大きさが1nm以上100nm以下であることが好ましい。Al−Zr化合物の大きさが小さくなることで、合金線材の伸びをより向上させて、製造過程での断線率を低減することができる。その結果、合金線材の歩留まりを向上させることができる。
また、合金線材は、Al−Co−Fe化合物の大きさが20nm以上1μm以下であることが好ましい。Al−Co−Fe化合物の大きさがこの範囲となることで、Al結晶粒の粗大化を効率よく抑制することが可能となる。これにより、合金線材において延性と強度とを高い水準でバランスよく両立することができる。
また、本実施形態では、鋳造材においてZrの晶出を抑制し、その延性を高く維持している。そのため、伸線工程にて、高い加工度で伸線することが可能であり、合金線材について、諸特性のバランスを高い水準で維持しながらも、細径化することができる。具体的には、線径を2mm以下とすることができる。
また、本実施形態では、鋳造材においてZrの晶出を抑制し、その延性を高く維持しているので、伸線材の加工歪みによる断線を低減することができる。また、伸線材の延性も高いので、加工歪みを緩和するための焼鈍処理を省略することができる。
また、本実施形態では、析出物が球形状であることが好ましい。析出物が球形状であることにより、変形によって合金線材の一部に応力が集中するときに、Al相と析出物との界面での亀裂を抑制できるので、合金線材の延性を向上させることができる。
また、本実施形態では、伸線材に時効処理を施すときに、Coの晶出物がAl結晶粒の再結晶を抑制し、Al結晶粒を小さな粒子径に維持している。そのため、Al結晶粒間の結晶粒界が細かな網目構造となるので、固溶するZrがAl相から結晶粒界に移動して析出するまでの時間を短縮することができる。その結果、時効処理を短縮して、合金線材の生産効率を向上させることができる。
また、貯留槽の注湯ノズルから流出させた溶湯を、鋳型に注ぎ込まれるまでの間、加熱して、その温度を850℃以上に維持することが好ましい。これにより、貯留槽から鋳型に注ぎ込むまでの間での溶湯温度の低下を抑制することができる。そのため、Zrの晶出をより少なくした状態で溶湯を鋳型に注ぎ込むことができる。その結果、鋳造材においてZrの晶出をより低減することができ、最終的に得られる合金線材の諸特性をより高い水準でバランスよく得ることができる。
また、溶湯の鋳造時においては、冷却速度を20℃/s以上とすることが好ましい。このような条件で溶湯を急冷することにより、Zrの晶出をより確実に抑制しつつ、Coをより微細に分散させて晶出させることができる。これにより、諸特性のバランスをより高い水準で得ることができる。
また、伸線時においては、鋳造材を断面積が0.01倍以下となるような加工度で伸線することが好ましい。このような加工度で伸線することにより、鋳造材に晶出するAl−Co−Fe化合物をより細かく粉砕し、微細化するとともに均一に分散させることができる。この結果、時効処理において、Al−Zr化合物をより微細に分散させて析出させることができ、諸特性のバランスをより高い水準で得ることができる。
<他の実施形態>
上述の実施形態では、合金元素としてCoおよびZrを用いた合金線材について説明したが、本発明はこれに限定されず、Coの代わりにNiを用いることができる。
Niは、合金線材の製造過程(鋳造時)において、その大部分がAlと反応して晶出物(Al−Ni化合物)を形成し、最終的に得られる合金線材では化合物相として存在する。Al−Ni化合物は実際には、アルミニウム合金中に不可避的に存在するFeを吸収したAl−Ni−Fe化合物の形で存在する。Al−Ni−Fe化合物は、合金のAl再結晶粒の微細化に寄与するとともに、合金線材の伸びを向上させる。Niは合金の導電率を低下させるおそれがあるが、Niの含有量を0.1質量%〜1.0質量%とすることにより、合金線材においてNiによる導電率の低下を抑制しつつ、Niによる強度、伸び、耐熱性を高い水準でバランスよく有する効果を得ることができる。Niの含有量は、0.2質量%〜1.0質量%であることが好ましく、0.3質量%〜0.8質量%であることがより好ましい。
Niを用いて合金線材を製造する場合、Coと同様に製造するとよい。また、得られる合金線材は、Coを用いた合金線材と同様の金属組織を有し、上述した特性を有する。
次に、本発明について実施例に基づき、さらに詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例に限定されない。
<合金線材の作製>
(実施例1)
実施例1では、Co、Zr、FeおよびSiが下記表1に示す組成となるように、純度99.7%のアルミニウム、CoおよびZrを配合し、アルゴン雰囲気中で高周波溶解炉を用いて溶解した。得られた溶湯の温度を850℃に調整した後、溶湯を銅製水冷鋳型(内径:φ15mm)中に注ぎ込み鋳造することで、所定の化学組成を有する鋳造材を得た。本実施例では、注ぎ込む溶湯を加熱できるように、バーナーを設置し、注ぎ込む溶湯の温度を850℃以上となるように維持した。また、溶湯の冷却速度は50℃/SEC(秒)とした。鋳造材の寸法は外径φ15mm、長さ150mmの円柱形であった。この鋳造材をスエージング加工により、φ9.5mmの荒引き線とした後に、ダイスによる引抜きによる伸線加工を繰返すことで、φ0.45mmまで細線化した。ダイスによる伸線加工中の、中間熱処理は実施しなかった。得られたφ0.45mmの線材を350℃に加熱保持したソルトバス中に20時間以上保持することで、時効熱処理を行ない、実施例1の合金線材を作製した。
(実施例2〜5)
実施例2〜5では、表1に示す組成となるようにCoおよびZrの添加量をそれぞれ変更した以外は、実施例1と同様に合金線材を作製した。
(実施例6〜9)
実施例6〜9では、表1に示す組成となるようにCoおよびZrの添加量をそれぞれ変更するとともに、溶湯の冷却速度を25℃/SEC(秒)または30℃/SEC(秒)とした以外は、実施例1と同様に合金線材を作製した。なお、冷却速度は、鋳造時の溶湯の温度を800℃まで低下することで調整した。
(実施例10〜12)
実施例10〜12では、表1に示すようにCoの代わりにNiを使用した以外は、実施例1と同様に合金線材を作製した。
(比較例1〜6)
比較例1〜6では、下記表2に示すようにCoおよびZrなどの化学組成を変更するとともに、溶湯を冷却する冷却速度を50℃/sから10℃/sに変更した以外は、実施例1と同様に合金線材を作製した。なお、冷却速度は、鋳造時の溶湯の温度を800℃まで低下し、銅製水冷鋳型の内径をφ30mmにすることで調整した。
(比較例7,8)
比較例7,8では、下記表2に示すように、Coの代わりにNiを使用した以外は、比較例1と同様に合金線材を作製した。
<評価方法>
作製した合金線材について、金属組織、金属組織に分散する化合物の形態、伸び、引張強度、導電率および耐熱性について以下の方法により評価した。
(金属組織)
得られた合金線材の金属組織についてEBSDにより粒界構造を解析した。具体的には、合金線材を長さ方向に平行に切断して、その断面を研磨した後、EBSDにより結晶方位のマッピングを実施した。マッピングしたときの測定点の間隔は0.2μm間隔とし、50μm×70μmの領域の方位の分布を測定した。マッピングによって得られた方位データを解析することで、方位差が15°以上の大傾角結晶粒界と、方位差が2°以上で15°未満の小傾角結晶粒界の形状を描写した。このとき、大傾角結晶粒界で囲まれた領域を第1のAl結晶粒、小傾角結晶粒界で囲まれた領域を第2のAl結晶粒とした。各結晶粒の結晶粒径は、解析装置(株式会社TSLソリューションズ製のソフトウェア:OIM ver6.20)を用いて測定した。具体的には、解析装置により、EBSDによる結晶方位解析によって得られた金属組織に存在する各結晶粒の面積を算出し、算出した面積を円の面積として仮定したときの円の直径を結晶粒径とし、その結晶粒径の平均値を平均粒径とした。本実施例では、結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界で囲まれる第1のAl結晶粒の平均粒径と、結晶の方位差が2°以上の結晶粒界で囲まれるAl結晶粒(大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と大傾角結晶粒界および小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒)の平均粒径と、を測定した。なお、EBSDによる結晶方位解析の際には、測定点の信頼性を示す指標であるCI(Confidence Index)値が0.1以上の測定データのみを、解析の対象とした。
(化合物の形態)
合金線材の金属組織に分散する化合物の形態は、長手方向に平行な断面から集束イオンビーム(Focused Ion Beam : FIB)装置により薄膜試験材を採取し、STEM(走査透過型電子顕微鏡)により薄膜試験材を観察した。観察には電界放出(FE)型の電子線源を有するSTEM装置を使用し、広角環状暗視野像(High Angle Annular Dark Field image、 HAADF)を撮影して、Co、Ni、Fe、Zrを含む微細な化合物の粒子を観察した。このとき、Co、Ni、Feを含む化合物(すなわち、Al−Co−Fe化合物、およびAl−Ni−Fe化合物)からなる粒子を晶出相とし、Zrのみを含む化合物(すなわち、Al−Zr化合物)からなる粒子を析出相とした。なお、Co、Ni、Feを含む化合物からなる粒子である晶出相は、楕円形状の粒子であり、観察領域(10μm×10μm)にて個々の粒子の最大長さを測定し、その値を晶出相の大きさとした。測定結果において、晶出相の大きさは、最大長さが20nm以上1μm以下の範囲に分布していた。また、Zrのみを含む化合物からなる粒子である析出相は、晶出相よりも微細な棒状、粒状の粒子であり、観察領域(10μm×10μm)にて個々の粒子の最大長さを測定し、その値を析出相の大きさとした。測定結果において、析出相の大きさは、その大部分が、最大長さが1nm以上100nm以下の範囲に分布していた。
(伸びおよび引張強度)
合金線材の伸びと引張強度は、合金線材の引張試験(JIS Z 2241に準じる試験方法(試験速度:20mm/分))により測定した。本実施例では、伸びが8%以上であれば高い伸びを有すると評価した。また、引張強度が180MPa以上であれば、高い強度を有するものと評価した。
(導電率)
合金線材の導電率は、直流四端子法により、作製した合金線材の20℃における電気抵抗を測定して導電率を算出した。本実施例では、導電率が53%IACS以上であれば、高い導電率を有するものと評価した。
(耐熱性)
合金線材の耐熱性は、以下の方法により、200℃で10年間加熱させたときの強度が初期状態の強度の90%以上となる耐熱性の有無を評価した。まず、合金線材に対し、加熱温度と加熱時間とを変えた時効処理を実施し、時効処理後の線材の引張試験から引張強度を測定した。同一の化学組成及び時効条件の線材5本について、引張試験を実施し、5本の試験結果の平均を引張強度として採用した。次に、加熱温度と加熱時間と引張強度の値から、種々の温度での引張強度の等温軟化曲線を作成した。次に、該等温軟化曲線から、加熱によって引張強度が初期値(加熱する前の引張強度の値)から10%低下するときの時間を求めた。次に、引張強度が初期値から10%低下するときの温度と時間(300℃、350℃および400℃の温度で加熱したときに引張強度が初期値から10%低下する時間)を求めた。これらの時間と温度とを用いてアレニウス・プロットを得た。そして、得られたアレニウス・プロットでの温度が200℃の場合の時間(引張強度が10%低下するときの時間)を求めた。このとき、アレニウス・プロットが200℃のときに10年以上となる条件を満たす場合は、所望の耐熱性を有するものとして合格(○)と判定し、アレニウス・プロットが200℃のときに10年未満となる場合は、所望の耐熱性を得られないものとして不合格(×)と判定した。なお、本測定では、10%以下の軟化現象はすべて同一の活性化エネルギーで起こる現象と仮定した。また、合金線材の引張試験は、上述した引張試験(JIS Z 2241に準じる試験方法(試験速度:20mm/分))により測定した。
<評価結果>
実施例1〜12の合金線材について諸特性を測定したところ、表1に示すように、いずれも、引張強度が180MPa以上、伸びが10%以上、導電率が53%IACS以上、耐熱性は、200℃の場合の時間が10年以上であって合格(〇)であることが確認された。
一方、比較例1〜8の合金線材では、表2に示すように、伸びは10%以上、導電率は53%IACS以上であることが確認された。しかし、引張強度が137MPa〜159MPaと低いことが確認された。
実施例と比較例の評価結果の違いを検討したところ、特性の違いが合金線材の金属組織に起因することが確認された。
図1に、実施例2の合金線材について長手方向に平行な断面をEBSD測定したときに得られる結晶粒形状のマップを示す。図2に、図1における大傾角結晶粒界を抽出した結晶粒形状のマップを示す。また、図3に、比較例2の合金線材について長手方向に平行な断面をEBSD測定したときに得られる結晶粒形状のマップを示す。図4に、図3における大傾角結晶粒界を抽出した結晶粒形状のマップを示す。なお、図1〜図4の左側に示す結晶粒形状のマップは、図1〜図4の右側に示す結晶粒形状のマップにおいて、方位差が15°以上の大傾角結晶粒界を太線で示し、方位差が2°以上15°未満の小傾角結晶粒界を細線で区別して図示したものである。
図1では、太線で囲まれる領域の内部を細線が分断するように表示されている。これは、大傾角結晶粒界で囲まれる第1のAl結晶粒が、小傾角結晶粒界で囲まれる第2のAl結晶粒で区分された状態を示している。このように大傾角結晶粒界の内部が小傾角結晶粒界で分断されるような複合結晶組織は、結晶の回復に起因して形成される。また、図2によると、大傾角結晶粒界で囲まれる第1のAl結晶粒が大きいことが確認された。
一方、図3および図4では、図1のように大傾角結晶粒界で囲まれる領域の内部が小傾角結晶粒界で区分されるよりも、大傾角結晶粒界で囲まれる微細な結晶粒が多数確認された。この微細な結晶粒は、時効処理の際に再結晶によって新たに生成した再結晶粒である。つまり、比較例2の合金線材では、実施例2の合金線材に比べて再結晶が生じていることが確認された。
再結晶粒は内部にひずみを持たないため、再結晶粒が多数確認された比較例2の合金線材では、引張強度が大きく低下したものと推測される。これに対して、実施例2のように、再結晶粒が少なく、回復による結晶組織が形成される合金線材では、加工ひずみが緩和されるものの、適度なひずみを内部に有することで、比較例2に比べて引張強度が高くなると推測される。
また、実施例1〜12では、時効処理の際に微細な再結晶粒が生成しにくいため、比較例1〜8に比べて、結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界で囲まれる第1のAl結晶粒の結晶粒径が大きくなることが確認された。具体的には、実施例1〜12では、結晶粒径が12μm〜19μmであるのに対して、比較例1〜8では、6μm〜9μmであった。このことから、比較例1〜8では、微細な再結晶粒が多く、その分、結晶粒径が小さくなったことが確認された。なお、結晶の方位差が2°以上の結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径については、実施例1〜12では3μm〜7μmであり、比較例1〜8では3μm〜6μmであった。
以上のことから、アルミニウムの溶湯に合金元素としてCo又はNiとZrとを添加し、その溶湯を急冷却により鋳造した鋳造材から合金線材を作製することにより、強度、伸び、導電率および耐熱性を高い水準でバランスよく有するアルミニウム合金線材を得られる。
<本発明の好ましい態様>
以下に、本発明の好ましい態様について付記する。
[付記1]
本発明の一態様は、
アルミニウム合金からなる線材であって、
前記アルミニウム合金は、
Co:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、かつ、
Al結晶粒とAl−Co−Fe化合物およびAl−Zr化合物とを含む金属組織を有し、
前記金属組織は、前記線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折により結晶方位解析したときに、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界と、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満である小傾角結晶粒界と、を有し、
前記Al結晶粒のうち、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径が12μm以上であり、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記大傾角結晶粒界および前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下である、
アルミニウム合金線材である。
[付記2]
付記1のアルミニウム合金線材において、好ましくは、
前記Al−Co−Fe化合物の大きさが20nm以上1μm以下である。
[付記3]
付記1又は2のアルミニウム合金線材において、好ましくは、
前記Al−Zr化合物の大きさが1nm以上100nm以下である。
[付記4]
付記1〜3のいずれかのアルミニウム合金線材において、好ましくは、
線径が2.0mm以下である。
[付記5]
付記1〜4のいずれかのアルミニウム合金線材において、好ましくは、
前記Al−Co−Fe化合物および前記Al−Zr化合物は球形状を有する。
[付記6]
本発明の他の態様は、
アルミニウム合金からなる線材の製造方法であって、
Co:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる化学組成を有する溶湯を準備する準備工程と、
前記溶湯を鋳造することで鋳造材を形成する鋳造工程と、
前記鋳造材を伸線して伸線材を形成する伸線工程と、
前記伸線材に時効処理を施す時効処理工程と、を有し、
前記鋳造工程では、前記溶湯の温度を850℃以上に調整して、当該溶湯を鋳型に注湯し、当該鋳型にて、Zrの晶出を抑制しつつCoを晶出させるような冷却速度で前記溶湯を急冷して鋳造することで、Al−Co−Fe化合物を含む鋳造材を形成し、
前記時効処理工程では、前記伸線材におけるAl相に固溶するZrをAl−Zr化合物として析出させ、
前記アルミニウム合金が、前記化学組成と、Al結晶粒と前記Al−Co−Fe化合物および前記Al−Zr化合物とを含む金属組織とを有し、
前記金属組織は、前記線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折により結晶方位解析したときに、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界と、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満である小傾角結晶粒界と、を有し、
前記Al結晶粒のうち、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径が12μm以上であり、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記大傾角結晶粒界および前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下である、
アルミニウム合金線材の製造方法である。
[付記7]
付記6のアルミニウム合金線材の製造方法において、好ましくは、
前記鋳造工程では、前記溶湯を貯留する貯留槽から前記溶湯を流出させて前記鋳型に注湯しており、前記貯留槽から流出させた前記溶湯を、前記鋳型に注湯されるまでの間、加熱することにより、前記溶湯の温度を850℃以上に維持する。
[付記8]
付記6又は7のアルミニウム合金線材の製造方法において、好ましくは、
前記鋳造工程では、冷却速度を20℃/s以上200℃/s以下とする。
[付記9]
付記6〜8のいずれかのアルミニウム合金線材の製造方法において、好ましくは、
前記伸線工程では、前記鋳造材を断面積が0.01倍以下となるような加工度で伸線する。
[付記10]
付記6〜9のいずれかのアルミニウム合金線材の製造方法において、好ましくは、
前記伸線工程では、前記伸線材の線径を2.0mm以下とする。
[付記11]
本発明の他の態様は、
アルミニウム合金からなる線材であって、
前記アルミニウム合金は、
Ni:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、かつ、
Al結晶粒とAl−Ni−Fe化合物およびAl−Zr化合物とを含む金属組織を有し、
前記金属組織は、前記線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折により結晶方位解析したときに、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界と、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満である小傾角結晶粒界と、を有し、
前記Al結晶粒のうち、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径が12μm以上であり、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記大傾角結晶粒界および前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下である、
アルミニウム合金線材である。

Claims (11)

  1. アルミニウム合金からなる線材であって、
    前記アルミニウム合金は、
    Co:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、かつ、
    Al結晶粒とAl−Co−Fe化合物およびAl−Zr化合物とを含む金属組織を有し、
    前記金属組織は、前記線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折により結晶方位解析したときに、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界と、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満である小傾角結晶粒界と、を有し、
    前記Al結晶粒のうち、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径が12μm以上であり、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記大傾角結晶粒界および前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下である、
    アルミニウム合金線材。
  2. 前記Al−Co−Fe化合物の大きさが20nm以上1μm以下である、
    請求項1に記載のアルミニウム合金線材。
  3. 前記Al−Zr化合物の大きさが1nm以上100nm以下である、
    請求項1又は2に記載のアルミニウム合金線材。
  4. 線径が2.0mm以下である、
    請求項1〜3のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線材。
  5. 前記Al−Co−Fe化合物および前記Al−Zr化合物は球形状を有する、
    請求項1〜4のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線材。
  6. アルミニウム合金からなる線材の製造方法であって、
    Co:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる化学組成を有する溶湯を準備する準備工程と、
    前記溶湯を鋳造することで鋳造材を形成する鋳造工程と、
    前記鋳造材を伸線して伸線材を形成する伸線工程と、
    前記伸線材に時効処理を施す時効処理工程と、を有し、
    前記鋳造工程では、前記溶湯の温度を850℃以上に調整して、当該溶湯を鋳型に注湯し、当該鋳型にて、Zrの晶出を抑制しつつCoを晶出させるような冷却速度で前記溶湯を急冷して鋳造することで、Al−Co−Fe化合物を含む鋳造材を形成し、
    前記時効処理工程では、前記伸線材におけるAl相に固溶するZrをAl−Zr化合物として析出させ、
    前記アルミニウム合金が、前記化学組成と、Al結晶粒と前記Al−Co−Fe化合物および前記Al−Zr化合物とを含む金属組織とを有し、
    前記金属組織は、前記線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折により結晶方位解析したときに、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界と、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満である小傾角結晶粒界と、を有し、
    前記Al結晶粒のうち、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径が12μm以上であり、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記大傾角結晶粒界および前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下である、
    アルミニウム合金線材の製造方法。
  7. 前記鋳造工程では、前記溶湯を貯留する貯留槽から前記溶湯を流出させて前記鋳型に注湯しており、前記貯留槽から流出させた前記溶湯を、前記鋳型に注湯されるまでの間、加熱することにより、前記溶湯の温度を850℃以上に維持する、
    請求項6に記載のアルミニウム合金線材の製造方法。
  8. 前記鋳造工程では、冷却速度を20℃/s以上200℃/s以下とする、
    請求項6又は7に記載のアルミニウム合金線材の製造方法。
  9. 前記伸線工程では、前記鋳造材を断面積が0.01倍以下となるような加工度で伸線する、
    請求項6〜8のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線材の製造方法。
  10. 前記伸線工程では、前記伸線材の線径を2.0mm以下とする、
    請求項6〜9のいずれか1項に記載のアルミニウム合金線材の製造方法。
  11. アルミニウム合金からなる線材であって、
    前記アルミニウム合金は、
    Ni:0.1〜1.0質量%、Zr:0.2〜1.0質量%、Fe:0.02〜0.15質量%、Si:0.02〜0.15質量%、Mg:0〜0.2質量%、Ti:0〜0.10質量%、B:0〜0.03質量%、Cu:0〜1.00質量%、Ag:0〜0.50質量%、Au:0〜0.50質量%、Mn:0〜1.00質量%、Cr:0〜1.00質量%、Hf:0〜0.50質量%、V:0〜0.50質量%、Sc:0〜0.50質量%、残部:Alおよび不可避不純物からなる化学組成を有し、かつ、
    Al結晶粒とAl−Ni−Fe化合物およびAl−Zr化合物とを含む金属組織を有し、
    前記金属組織は、前記線材の長手方向に平行な断面を電子線後方散乱回折により結晶方位解析したときに、粒界を挟む両側の結晶の方位差が15°以上である大傾角結晶粒界と、粒界を挟む両側の結晶の方位差が2°以上15°未満である小傾角結晶粒界と、を有し、
    前記Al結晶粒のうち、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒の平均粒径が12μm以上であり、前記大傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記大傾角結晶粒界および前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒と前記小傾角結晶粒界で囲まれるAl結晶粒との平均粒径が10μm以下である、
    アルミニウム合金線材。
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