以下、本発明に係る駆動制御装置の実施例を図面に基づいて説明する。本発明は以下の実施例に限定されることなく、本発明の技術的な概念の中で種々の変形例や応用例もその範囲に含むものである。
まず初めに、本発明の駆動制御装置の一例である実施例1について図1乃至図14を用いて説明する。
図1は、本発明の実施例1に係る駆動制御装置のうち、駆動制御装置1を搭載した制御対象としての車両21の全体構成図である。FL輪は左前輪、FR輪は右前輪、RL輪は左後輪、RR輪は右後輪をそれぞれ意味し、それぞれのFL輪、FR輪、RL輪、RR輪に、路面と接地(粘着)するタイヤ20FL、20FR、20RL、20RRが車両21に装着されている。
車両21は、車両21の進行方向の加減速度を制御するための駆動トルク(駆動力)を発生させる駆動装置としてのモータ22を搭載し、駆動制御装置1は、車体に搭載したバッテリ(不図示)から電力を受けて、モータ22の電流を制御してトルク指令値(後で説明)に従った駆動トルクを発生させる。モータ22で発生した駆動トルクは、デファレンシャルギア23を介して左右のドライブシャフト24L、24Rに伝達され、各ドライブシャフト24L、24Rに直結した前輪左右のタイヤ20FL、20FRに伝達されることで、駆動制御装置1は、車両21を加減速させる。なお、ここではモータ22を搭載した電動車両として説明したが、モータの代わりにエンジンを駆動装置(駆動源)としても良い。また、ここでは前輪駆動の車両として説明したが、後輪駆動や四輪駆動としても良い。
また、車両21は、進行方向を制御するためのステアリング制御機構30、ブレーキ制御機構33、駆動制御装置1への指令値を演算する走行制御装置25を備える。また、車両21は、走行制御装置25からの指令値に基づき上記ステアリング制御機構30を制御する操舵制御装置28と、当該指令値に基づき上記ブレーキ制御機構33を制御し、各輪のブレーキ力配分を調整する制動制御装置35を備える。
駆動制御装置1は、図1に詳細に示していないが、モータ22の電流をスイッチングにより制御するパワー半導体(例えばIGBT)、パワー半導体のスイッチングを制御するためのCPU、ROM、RAM及び入出力装置を有する。上記ROMには、図7等を用いて説明する駆動制御のフローが記憶されている。詳細は後述するが、駆動制御装置1は、走行制御装置25から受信したトルク指令値2と、モータ22に取り付けられた回転角センサ51により取得したモータ回転角60およびモータ回転速度61とに基づき(図7参照)、発生させるべきモータトルクを演算し、前記モータトルクとなるようパワー半導体をスイッチングしてモータ22に流れる電流を制御する。
次に、車両21のブレーキの動作について説明する。ドライバが車両21を運転している状態では、ドライバがブレーキペダル32を踏む踏力を、必要であればブレーキブースタ(不図示)で倍力し、マスタシリンダ(不図示)によって、その力に応じた油圧を発生させる。発生した油圧は、ブレーキ制御機構33を介して、各輪に設けられたホイルシリンダ36FL、36FR、36RL、36RRに供給される。ホイルシリンダ36FL〜36RRは、不図示のシリンダ、ピストン、パッド、ディスクロータ等から構成されており、マスタシリンダから供給された作動液によってピストンが推進され、ピストンに連結されたパッドがディスクロータに押圧される。尚、ディスクロータは、車輪とともに回転している。そのため、ディスクロータに作用したブレーキトルクは、車輪と路面との間に作用するブレーキ力となる。以上により、ドライバのブレーキペダル操作に応じて、各輪に制動力を発生させることができる。なお、本実施例の駆動制御装置1を搭載した車両21において、ブレーキブースタやマスタシリンダを搭載する必要は必ずしもなく、ブレーキペダル32とブレーキ制御機構33を直結させ、ドライバがブレーキペダル32を踏めば直接ブレーキ制御機構33が動作する機構であっても良い。
制動制御装置35は、図1に詳細に示していないが、例えばCPU、ROM、RAM、及び入出力装置を有する。制動制御装置35には、例えば、前後加速度、横加速度、ヨーレートを検出可能なコンバインセンサ34、各輪に設置された車輪速センサ31FL、31FR、31RL、31RR、後述する操舵制御装置28を介した操舵角検出装置41からのセンサ信号、上述の走行制御装置25からのブレーキ力指令値などが入力されている。また、制動制御装置35の出力は、不図示のポンプ、制御バルブを有するブレーキ制御機構33に接続されており、ドライバのブレーキペダル操作とは独立に、各輪に任意の制動力を発生させることができる。走行制御装置25が、制動制御装置35にブレーキ力指令値を通信することで、車両21に任意のブレーキ力を発生させることができ、ドライバの操作が生じない自動運転においては自動的に制動を行う役割を担っている。但し、本実施例は、上記制動制御装置35に限定されるものではなく、ブレーキバイワイヤ等のほかのアクチュエータを用いてもよい。
次に、車両21のステアリングの動作について説明する。ドライバが車両21を運転している状態では、ドライバがハンドル26を介して入力した操舵トルクと操舵角をそれぞれ操舵トルク検出装置27と操舵角検出装置41で検出し、それらの情報に基づいて、操舵制御装置28は、操舵用モータ29を制御してアシストトルクを発生させる。尚、操舵制御装置28も、図1に詳細に示していないが、制動制御装置35と同様に、例えばCPU、ROM、RAM、及び入出力装置を有する。上記ドライバの操舵トルクと操舵用モータ29によるアシストトルクの合力により、ステアリング制御機構30が可動し、前輪(FL輪、FR輪)の向きが変更される。一方で、前輪の切れ角に応じて、路面からの反力がステアリング制御機構30に伝わり、路面反力としてドライバに伝わる構成となっている。なお、本実施例の駆動制御装置1を搭載した車両21において、操舵トルク検出装置27を搭載する必要は必ずしもなく、ドライバがハンドル26を操作する際には操舵制御装置28が動作せず、アシストトルクが発生しない(所謂重ステの)機構であっても良い。
操舵制御装置28は、ドライバのステアリング操作とは独立に、操舵用モータ29によりトルクを発生させ、ステアリング制御機構30を制御することができる。従って、走行制御装置25は、操舵制御装置28に操舵力指令値を通信することで、前輪を任意の切れ角に制御することができ、ドライバの操作が生じない自動運転においては自動的に操舵を行う役割を担っている。但し、本実施例は、上記操舵制御装置28に限定されるものではなく、ステアバイワイヤ等のほかのアクチュエータを用いてもよい。
次に、車両21のアクセルの動作について説明する。ドライバのアクセルペダル37の踏み込み量はストロークセンサ38で検出され、(走行制御装置25を介して)駆動制御装置1に入力される。尚、駆動制御装置1も、図1に詳細に示していないが、制動制御装置35と同様に、例えばCPU、ROM、RAM、及び入出力装置を有する。駆動制御装置1は、例えば上記アクセルペダル37の踏み込み量に応じてモータ22のモータトルクを制御する。以上により、ドライバのアクセルペダル操作に応じて車両21を加速させることができる。また、駆動制御装置1は、ドライバのアクセル操作とは独立にモータ22のモータトルクを制御することができる。従って、走行制御装置25は、駆動制御装置1にトルク指令値(加速指令値ともいう)を通信することで、(モータ22のモータトルクを制御して)車両21に任意の加速度を発生させることができ、ドライバの操作が生じない自動運転においては自動的に加速を行う役割を担っている。なお、本実施例の駆動制御装置1を搭載した車両21は、主要な駆動装置が電気モータである電動車両である必要は必ずしもなく、主要な駆動装置がエンジンであっても良い。この場合、駆動制御装置1は、上記アクセルペダル37の踏み込み量に応じてスロットル開度を算出し、前記スロットル開度を実現するようにエンジン運転状態を制御する。
前述したように、本実施例では、走行制御装置25は、車両21に配備された各種センサ等から得られる信号に基づき指令値(ブレーキ力指令値、操舵力指令値、トルク指令値(加速指令値))を演算し、演算した指令値(ブレーキ力指令値、操舵力指令値、トルク指令値(加速指令値))を各制御装置(制動制御装置35、操舵制御装置28、駆動制御装置1)に送信することで、車両21のブレーキ力、前輪切れ角、加速度などを制御し、車両21の走行状態を任意に制御することができる。
なお、以上の説明では、ハンドル26、アクセルペダル37、ブレーキペダル32を搭載した車両21を述べたが、これら入力装置が設置されていない車両であっても良い。この場合、本車両は、ドライバの操作が生じない完全自動運転車、遠隔で走行指令を受けて走行する遠隔運転車などとなる。
以下、説明を簡素化するために、モータ22に連結されて回転駆動される駆動輪に連結されるドライブシャフトをドライブシャフト24、駆動輪に装着されるタイヤをタイヤ20、駆動輪に設置される車輪速センサを車輪速センサ31と記載する。
図2A及び図2Bを用いて、モータ22、デファレンシャルギア23、ドライブシャフト24などからなる前記車両21の駆動部について説明する。図2Aは、本発明の実施例1に係る駆動制御装置を搭載した車両の駆動部の部品構成図である。モータ22において発生した駆動トルクは、減速機52を経由してデファレンシャルギア23に伝達され、デファレンシャルギア23により駆動トルクが左右輪に配分されたうえで、ドライブシャフト24を介してタイヤ20に伝達される。図2Bは、本発明の実施例1に係る駆動制御装置を搭載した車両の駆動部を物理モデルにて示す図である。駆動部は、図2Bに示す通り、モータ22、タイヤ20という二つの慣性があり、その間をドライブシャフト24というバネが連結する二慣性系の物理モデルで表すことが可能である。また、本図では示していないが、タイヤ20は路面と接触し、タイヤ20と路面との間では後述の通り非線形の摩擦力が生じる(図4B参照)。
このような二慣性系の構成において、モータ22のトルクもしくはタイヤ20が接地している路面状態が急激に変動した場合、図3(a)、(b)に示すようなモータ回転速度61の振動が発生する。図3は、本発明の実施例1に係る駆動制御装置を搭載した車両の駆動部の物理現象を示した図である。図3(a)、(b)は、横軸に時刻、縦軸にモータ回転速度61を示したものであり、図3(a)に示す例では、0.5秒時点からモータ22にステップ状のトルクを発生させている。その結果、0.5秒時点からモータ回転速度61が振動している。この現象は、ドライブシャフト24がバネとして働くことから発生する共振現象である。また、図3(b)に示す例では、モータ22にトルクを発生させて加速している状態から、0.5秒時点で滑りやすい路面に突入している。これも上記と同じく共振現象であり、滑りやすい路面に突入したことでタイヤ20が空転状態となり、速度が急激に増大したことで発生している。その際のモータ回転速度61の振動周波数は、タイヤ20が路面に対して粘着しているか、空転しているかによって変動することが知られている。この周波数は、車両21に構成されているタイヤ20やドライブシャフト24の形状によって、すなわち車種によって異なり、例えば図3(a)、(b)に示す例では、タイヤ粘着時に4Hz程度の振動が発生し(図3(a)のモータ回転速度61(a)参照)、タイヤ空転時には12Hz程度の振動が発生している(図3(b)のモータ回転速度61(b)参照)。
図4A及び図4Bを用いて、上記のような振動周波数の変動が生じるメカニズムを説明する。
図4Aは、本発明の実施例1に係る駆動制御装置を搭載した車両の駆動部を物理モデルにて示す図である。図4Bは、本発明の実施例1に係る駆動制御装置を搭載した車両のタイヤと車両間の摩擦力モデルにて示す図である。
図4Aは、車両21の慣性を含んだ三慣性系の駆動部の物理モデルを示す概念図である。ここでは図2Bと同様に、モータ22、タイヤ20という二つの慣性があり、その間をドライブシャフト24というバネが連結する。さらに、タイヤ20と車両21の間には、タイヤ20と路面間の摩擦特性62の関係が生じる。図4Bは、その摩擦特性62の特徴、すなわちタイヤ20と車両21間の摩擦力モデルを示す。ここで、縦軸は車両21を駆動させるようにタイヤ20に発生する回転方向の力(駆動力63)、横軸はタイヤ20と車体との速度差の割合であるスリップ率64を表している。車両の速度をV、タイヤの回転速度をω、タイヤ半径をR、微小な正数をεとおけば、スリップ率λは、次の数式1の通り定義される。
〔数1〕
λ=(Rω−V)/max(Rω,V,ε)
タイヤ20と車両21間に速度差が生じない時、RωとVは等しいことからλは0となり、この時、図4Bの通りタイヤ20に駆動力63は発生しない。一方、タイヤ20に駆動力63が発生する時、タイヤ20が路面に対して粘着状態であっても、タイヤ20のゴムの弾性変形により車両21とタイヤ20の間で微小な速度差が生じ、スリップ率64が発生する。スリップ率64が小さい領域では、スリップ率64と駆動力63の間にほぼ線形な関係があることが知られており、この関係(図4Bにおける摩擦特性62の傾き)は一般にドライビングスティフネスと呼ばれる。スリップ率64が小さいタイヤ粘着領域では点線65(a)に示すようにドライビングスティフネスは大きく、スリップ率64が大きくタイヤ空転領域に近づくほど点線65(b)に示すようにドライビングスティフネスは小さくなる。そして、タイヤ20が完全空転状態になると、ドライビングスティフネスは0となる。
タイヤ20が粘着状態になるとき、すなわちドライビングスティフネスが十分大きい領域では、タイヤ20と車両21はほぼ直結状態となっており、駆動部の物理モデルは、モータ22とタイヤ20+車両21の間の二慣性系となる。一方、タイヤ20が空転してドライビングスティフネスが0となると、タイヤ20と車両21との間の摩擦特性62が切り離されることになり、駆動部の物理モデルは、図2Bに示すようにモータ22とタイヤ20の間の二慣性系となる。このように、タイヤ20の粘着・空転状態により、タイヤ20側の慣性の大きさが変わることが、図3(a)、(b)に示したような共振周波数の変動の原因である。
図5は、ドライビングスティフネスの大きさによって、モータ回転速度の周波数特性がどのように変化するかを表すボーデ線図である。ここでは、周波数特性66(a)及び66(b)が粘着状態のモータ回転速度の周波数特性を表しており、周波数特性66(c)及び66(d)は空転状態のモータ回転速度の周波数特性を表す。また、ドライビングスティフネスは、66(a)>66(b)>66(c)>66(d)という関係になっている。図5より、共振周波数(図5において周波数特性の振幅がピークとなる周波数)は4Hz付近または12Hz付近に断続的に存在し、ドライビングスティフネスの変化によって連続的に変化するわけではないことが分かる。
図6は、振動現象が発生した時点におけるモータ回転速度の波形の一例を示す図である。それぞれ図6(a)はタイヤ粘着状態でモータにトルクを急激に発生させた場合、図6(b)はモータにトルクを発生させて加速している途中で、タイヤ20が滑りやすい路面に突入した場合を示す。それぞれ上から、モータ回転速度、モータ回転加速度(モータ回転速度の1回時間微分)、モータ回転加加速度(モータ回転速度の2回時間微分)を表す。
まず、図6(a)に着目すると、モータにトルクを急激に発生させた時点を脈動発生点72(a)として、その時点からモータ回転速度61(a)に振動が発生している。その振動はほぼ正弦波である。言い換えれば、モータ回転速度61(a)の波形は、脈動発生点を基準とする正弦波に対してほぼ遅れが発生しない。この時、モータ回転加速度70(a)は正の値に急激に増加した直後、負の傾きで減少してそのまま負の値に変化していく。この傾きがモータ回転加加速度71(a)であり、脈動発生点72(a)でパルス状の大きな値となった直後に負の値となり、時間の経過とともに正の値となっていく。このように、タイヤ粘着状態のモータ回転速度の波形は、脈動発生点を基準とする正弦波に対して遅れの小さい波形となり、この時のモータ回転加加速度は脈動発生点の直後を除き負の値から始まる。
一方、図6(b)に着目すると、タイヤ20が滑りやすい路面に突入した時点を脈動発生点72(b)として、その時点からモータ回転速度61(b)に振動が発生している。全体としてはタイヤ20の急激な速度上昇にともなって右肩上がりの時間推移であるが、振動の波形に着目すると、脈動発生点72(b)では下に凸な波形であり、その後変曲点を経て上に凸な波形に変わる。言い換えれば、脈動発生点を基準とする正弦波に対してほぼ90度遅れている。この時、モータ回転加速度70(b)は正の傾きで始まり、その後は負の傾きに変化する。この傾きがモータ回転加加速度71(b)であり、脈動発生点72(a)から正の値となり、時間の経過とともに負の値となっていく。このように、タイヤ粘着状態のモータ回転速度の波形は、脈動発生点を基準とする正弦波に対して90度遅れた波形となり、この時のモータ回転加加速度は正の値から始まる。
このように、タイヤが粘着か空転かによって、脈動発生点を基準とするタイヤ回転速度の位相あるいは加加速度が異なる。したがって、本発明では、このメカニズムに着目して、脈動発生時の回転速度の位相または加加速度によるタイヤの空転判定を行う。
図7は、本発明の実施例1に係る駆動制御装置の構成の一部を示すブロック図である。図7に示される実施例1では、駆動制御装置1は、少なくとも、トルク指令取得部3、回転速度算出部4、脈動発生判定部5、位相算出部6、空転判定部7及びトルク決定部8から構成されている。
トルク指令取得部3は、走行制御装置25からトルク指令値2を受信する。トルク指令値2は、例えばドライバがアクセルペダル37を踏んでいるときは車両21を加速させるための正の値として受信され、ドライバがアクセルペダル37を踏んでいないとき、もしくはブレーキペダル32を踏んでいるときは、エンジンブレーキあるいは回生ブレーキに相当する負の値として受信される。走行制御装置25からトルク指令値2を受信する方法は、一般にCAN(Controller Area Network)などのデジタル通信が用いられる。
回転速度算出部4は、モータ22に取り付けられた回転角センサ51により取得したモータ回転角60を時間微分(単位時間あたりの変化量を算出)し、モータ回転速度61を算出する。回転角センサ51は、一般にエンコーダ、レゾルバなど、モータの絶対角度が取得可能なセンサが用いられる。
脈動発生判定部5は、後述するモータ回転速度61の位相を算出するための基準となる時点である脈動発生点72を算出する。脈動発生点とは、物理現象で言えばドライブシャフト24の共振現象が発生する瞬間のことであり、前述の通り、「モータ22のトルクが急激に変化する」、「タイヤ20が滑りやすい路面に突入して急激に速度を増大する」、等に起因して脈動が発生する。本発明において、脈動発生判定を正確に行うことが、タイヤの空転判定を適切に行うにあたって重要であり、後述するように複数の観点から脈動発生判定を行う。
図8を用いて、脈動発生判定部5の動作の一例を説明する。図8は脈動現象が発生した時点におけるモータトルク、モータ回転加速度、モータ回転加加速度の波形の一例を示す図である。それぞれ図8(a)はタイヤ粘着状態でトルク指令値2を急激に発生させた場合、図8(b)はトルク指令値2が発生して加速している途中で、タイヤ20が滑りやすい路面に突入した場合を示す。それぞれ上から、トルク指令値2、モータの回転加速度70、モータ回転加加速度71の時間波形を表す。
まず、脈動発生判定部5は、トルク指令値2が急激に変化した時点を脈動発生点72として判定する。これは前述の通り、モータ22のトルクが急激に変化することが脈動発生の一因であることから、トルク指令値2が急激に変化すれば脈動が発生すると判断できるためである。図8(a)のトルク指令値2(a)に着目すると、一点鎖線の時点でトルク指令値2(a)は急激に上昇しており、この時の傾きは脈動発生判定の閾値78(a)より大きくなっている。従って、脈動発生判定部5は、トルク指令値2(a)の傾きが脈動発生判定の閾値78(a)を上回った一点鎖線の時点を脈動発生点72(a)として判定する。トルク指令値2の変化(傾き)が実際に脈動を発生させうるか否かは、駆動部の部品構成(モータの慣性、ドライブシャフトの剛性等の諸元)によって異なることから、脈動発生判定の閾値78は、脈動発生しうる境界の値として実験的に決定することが望ましい。
次に、脈動発生判定部5は、回転加速度70が所定値を超えて発生した時点を脈動発生点72として判定する。これは、脈動発生時の回転加速度が、本来の車両21の加速度よりも高くなることから、異常な回転加速度の発生をもって脈動発生したと判断できるためである。まず、タイヤ粘着時である図8(a)の回転加速度70(a)に着目すると、一点鎖線の時点で回転加速度70(a)が急激に上昇しており、閾値78(b)を超過している。従って、脈動発生判定部5は、回転加速度70(a)が閾値78(b)を上回った一点鎖線の時点を脈動発生点72(b)として判定する。同様に、タイヤ空転時である図8(a)の回転加速度70(b)に着目すると、一点鎖線の時点で回転加速度70(b)が上昇しており、少し遅れて脈動発生判定の閾値78(b)を超過している。従って、脈動発生判定部5は、回転加速度70(b)が脈動発生判定の閾値78(b)を上回った一点鎖線の時点を脈動発生点72(c)として判定する。
さらに、脈動発生判定部5は、モータ回転加加速度71が所定値を超えて発生した時点を脈動発生点72として判定する。これは、回転加速度と同様、異常な回転加加速度の発生をもって脈動発生したと判断できるためである。まず、タイヤ粘着時である図8(a)のモータ回転加加速度71(a)に着目すると、一点鎖線の時点でモータ回転加加速度71(a)がパルス状に急激に発生しており、閾値78(c)を大きく超過している。従って、脈動発生判定部5は、モータ回転加加速度71(a)が閾値78(c)を上回った一点鎖線の時点を脈動発生点72(d)として判定する。同様に、タイヤ空転時である図8(a)のモータ回転加加速度71(b)に着目すると、一点鎖線の時点でモータ回転加加速度71(b)が上昇しており、少し遅れて脈動発生判定の閾値78(c)を超過している。従って、脈動発生判定部5は、モータ回転加加速度71(b)が脈動発生判定の閾値78(c)を上回った一点鎖線の時点を脈動発生点72(e)として判定する。
回転加速度70、モータ回転加加速度71は、トルク指令値2が大きいほど発生する値が大きくなることから、脈動発生判定の閾値78は、トルク指令値2に基づき動的に決定することが望ましい。例えば回転加速度70であれば、共振が発生しないと仮定した際に本来車両21に発生する加速度より算出することが一例である。具体的には、車両の質量M、トルク指令値T、減速機52及びデファレンシャルギア23の総減速比G、タイヤ20の半径R、モータ回転加速度Aの関係は、モータ22及びタイヤ20の慣性を十分小さいとして無視すれば数式2の通り得られる。
〔数2〕
A=TG^2/MR^2
脈動により発生する回転加速度は、数式2で得られるAに加えて発生することから、脈動発生判定の閾値78はAを基準とし、Aに定数倍を乗算する、定数値を加算する等、誤判定防止のオフセットを加えて決定することが一例である。
以上、説明した3つの脈動発生判定方法は、それぞれ適用可能な場面や利点・欠点が異なることから、本発明を適用する車両21の駆動部の構成や車輪速センサ31の性能に応じて適切に選択する、もしくは組み合わせることが望ましい。まず、トルク指令値2による判定方法は、脈動発生点を最も早く判定可能である。一方、実際に脈動発生したかどうかは不明である。また、トルク指令値2が変化していない状況、例えば一定値で加速している途中でタイヤ20が滑りやすい路面に突入した場合には適用不可能である。一方、回転加速度70またはモータ回転加加速度71による判定は、実際に脈動発生した場合に判定する方法であり、誤って脈動発生と判定する可能性は低い。一方、図8でも説明したように、特にタイヤ空転時においては脈動発生の判定が実際より遅れる可能性がある。また、原理的には回転加加速度の方が回転加速度よりも早く判定が可能である一方、回転加加速度の算出は回転速度のノイズや分解能による影響を受けて誤判定が起こりやすい、といった特徴がある。
位相算出部6は、脈動発生点72から所定値以内のモータ回転速度61の時間波形を抽出し、脈動発生点72を基準とする正弦波に比べて位相が何度進んでいるか、あるいは遅れているかを算出する。具体的な算出方法の例は後述する。
空転判定部7は、位相算出部6により算出されたモータ回転速度61の位相に基づき、タイヤ20が粘着状態にあるか空転状態にあるかを判定し、その空転判定74を出力する。前述の通り、タイヤ粘着状態に比べて、空転状態ではモータ回転速度61の位相が遅れる傾向にある。そのため、判定にあたっては位相遅れ値(角度)の閾値を設定し、その閾値を上回った場合には空転、下回った場合には粘着と判定する。位相遅れは、原理的には粘着状態で0度、空転状態で90度であるが、実際には脈動発生点72の判定自体が遅れる可能性があることから、得られる位相遅れは実際よりも進んだ(遅れの値が負方向に大きい)値が得られる可能性があることを考慮すると、閾値は例えば45度に設定する。空転判定74は、例えば粘着を0、空転を1とする二進数で表しても良いし、タイヤの推定スリップ率、あるいは位相遅れの角度に応じて、0(完全粘着)〜1(空転)の連続値として表してもよい。
図9を用いて、位相算出部6及び空転判定部7の動作の一例を説明する。図9はモータ回転速度、空転判定の時間変化の一例を示す図である。それぞれ図9(a)はタイヤ粘着状態でトルク指令値2を急激に発生させた場合、図9(b)はトルク指令値2が発生して加速している途中で、タイヤ20が滑りやすい路面に突入した場合を示す。
まず、図9(a)のタイヤ粘着時に着目すると、脈動発生判定部5が理想的に脈動判定を行うと、脈動発生点72(a)は一点鎖線の時点として判定される。この時点からのモータ回転速度61(a)は理想的には正弦波であり、図のように、脈動発生点72(a)から時刻75(a)の変曲点まで上に凸の波形として得られる。従って、モータ回転速度61(a)の位相73(a)は脈動発生点72(a)を基準とする正弦波に対して遅れ無し(判定が遅れるほど位相が進んでいる)となり、位相算出部6は「位相遅れ」として−90度から0度の間の値(理想的には0度)を算出する。その結果、図示の通り空転判定部7は空転判定74(a)を粘着と判定し続ける。
一方、図9(b)のタイヤ空転時に着目すると、脈動発生判定部5が理想的に脈動判定を行うと、脈動発生点72(b)は一点鎖線の時点として判定される。この時点からのモータ回転速度61(b)は図のように、脈動発生点72(b)から時刻75(b)の変曲点まで下に凸の波形として得られる。従って、モータ回転速度61(b)の位相73(b)は脈動発生点72(b)を基準とする正弦波に対して遅れが発生していることになり、位相算出部6は「位相遅れ」として0度から90度の間の値(理想的には90度)を算出する。その結果、図示の通り空転判定部7は時刻75(b)以降、空転判定74(b)を空転と判定する。
空転判定部7は、脈動発生点72からのモータ回転速度61の変動波形が、正弦波に比べて所定値以上の位相遅れであれば空転と判定し、所定値未満の位相遅れであれば粘着と判定する。
このように、脈動発生点72を基準とするモータ回転速度61の位相を求めることによって、モータ回転速度61の脈動が発生した時点においてタイヤ20が粘着状態にとどまっているか空転開始したかを判定することが可能である。なお、ここでは脈動発生点から最初の変曲点までの時間のモータ回転速度61を用いて空転判定を行った場合を説明したが、脈動発生点で上に凸であるか否かを明確に検出できる場合、上記より短い時間で判定を行うことも可能である。
位相算出部6にフーリエ変換を利用する方法もある。フーリエ変換F(f)とは、例えば抽出する周波数f、積分記号∫、周波数成分を抽出する対象となるモータ回転速度ωの時間幅T、ネイピア数e、円周率π、虚数単位i、時刻tを用いて数式3の通り得られる。
〔数3〕
F(f)=∫^T_0{ω(t)e^(−2πift/T)}dt
フーリエ変換は、モータ回転速度ωの中で、当該の周波数fの成分の振幅と位相が得られる。F(f)は複素数として得られることから、この複素数の偏角を求めることで位相が得られる。フーリエ変換を用いることで、モータ回転速度61がセンサノイズ等の影響で上に凸であるか否かを明確に判定するのが困難な場合でも、より正確な位相算出が可能である。
図10及び図11を用いて、空転判定を解除する条件の一例を説明する。これまで述べた位相による空転判定方法では、粘着状態から空転状態への変化を判定可能である一方、タイヤ20が空転状態から粘着状態に戻ったことを判定することは不可能であり、空転判定を解除する条件の設定が別途求められる。
図10は、モータ回転速度による空転判定の一例を示す図である。図10では空転判定を解除する条件として、モータ回転速度61に着目した。上からモータ回転速度61、空転判定74の時間変化の一例を示している。ここでは時刻0の時点から一定のトルク指令値2で加速し続けており、モータ回転速度61に脈動が発生している。時刻75(a)の直前でタイヤ20が滑りやすい路面(雪道等)に突入して空転が発生し、そこからわずかに遅れた時刻75(a)において、空転判定74が粘着から空転に変化している。本例では、空転と判定された時点、すなわち時刻75(a)におけるモータ回転速度61(b)を記憶しておき、その後、タイヤ20が滑りにくい路面(アスファルト路面等)に戻ってモータ回転速度61(a)が急激に減少し、モータ回転速度61(b)との差が所定値以内に戻った時刻75(c)で空転判定74を粘着に戻す。この方法は、タイヤ20が空転している間は車両21の速度の変化が小さいということに着目した方法であり、モータ回転速度61が空転判定前の速度に戻ったことで、タイヤと車両間の速度差(=空転)が無くなったと判定できるという原理を利用している。
図11は、トルク指令値による空転判定の一例を示す図である。図11では、空転判定を解除する条件として、トルク指令値2に着目した。上からモータ回転速度61、トルク指令値2、空転判定74の時間変化の一例を示している。モータ回転速度61の時間変化、空転判定74の粘着から空転への変化の条件は図10と同様である。本例では、空転と判定された時点、すなわち時刻75(a)におけるトルク指令値2を記憶しておき、その後、時刻75(b)からトルク指令値2が減少しているが、これは上位のコントローラである走行制御装置25側でも空転を判定し、トルク指令値2を減少させたことを想定している。その後、トルク指令値2が所定値より小さくなった時刻75(c)で、空転判定74を粘着に戻す。この方法は、走行制御装置25に空転防止制御が導入されており、本発明の駆動制御装置1に比べて空転判定に時間を要する一方で、走行制御装置25は車両21の車体速度を利用してより確実な空転判定およびトルクダウンができることを前提としている。すなわち走行制御装置25に空転防止制御が入っていなければ、この方法は有効ではない。
トルク決定部8は、トルク指令値2、モータ回転角60、モータ回転速度61、空転判定部7の空転判定74に基づき、トルク補正値76を算出する。そして、トルク指令値2をトルク補正値76の分だけ補正した最終モータトルク77を算出し、モータ22が最終モータトルク77を発生させるようにパワー半導体をスイッチングしてモータに流れる電流を制御する。この時、モータ22が永久磁石同期モータの場合、モータ回転角60に基づくベクトル制御を行うことが一般的である。
図12を用いて、トルク決定部8が前記空転判定結果に基づきトルク補正値76を算出する方法の一例を説明する。図12は、空転判定結果に基づくトルク補正値の算出方法の一例を示す図である。図12では上から空転判定74、トルク補正値76(最終モータトルク77)の時間変化の一例を示している。まず、空転判定部7は図12に示す通り、時刻75(a)から時刻75(b)の間でタイヤが空転状態であると判定したとする。その結果、モータトルクは時刻75(a)から時刻75(b)の間で、負のトルク補正値76を算出することで、この区間の最終モータトルク77がトルク指令値2より低くなっている。これにより、この区間のモータの回転速度の上昇すなわち空転が抑圧される。図12は車両21が加速時(トルク指令値2が正値)の場合について述べたが、車両21が減速中(トルク指令値2が負値)の場合は、トルクの補正方向が逆となる。
トルク決定部8は、空転を検知した場合、加速の時はトルクを減少させ、減速の時はトルクを増加させる。
ここまで述べた実施例1では、モータ回転速度の位相に基づき空転判定する方法を説明したが、空転判定方法として、モータ回転角の加加速度の符号に着目しても良い。図13および図14を用いて、本発明に係る駆動制御装置の実施例1の位相算出部6を加加速度算出部9に変更した場合の構成および動作について説明する。
図13は、本発明の実施例1に係る駆動制御装置の構成の一部を示すブロック図である。図13では、位相算出部6の代わりに加加速度算出部9を置いた構成としている。図13に示される構成では、駆動制御装置1は、少なくとも、トルク指令取得部3、回転速度算出部4、脈動発生判定部5、加加速度算出部9、空転判定部7、トルク決定部8から構成されている。トルク指令取得部3、回転速度算出部4、脈動発生判定部5、トルク決定部8は図7で説明した構成と同様であるため説明を省略する。
加加速度算出部9は、脈動発生点72から所定値以内のモータ回転速度61の二回時間微分であるモータ回転加加速度71を算出する。
空転判定部7は、加加速度算出部9により算出されたモータ回転速度61のモータ回転加加速度71の符号に基づき、タイヤ20が粘着状態にあるか空転状態にあるかを判定し、その空転判定74を出力する。図6で説明した通り、脈動発生点72から所定時間以内において、モータ回転加加速度71はタイヤ粘着状態では負の値が支配的となり、空転状態では正の値が支配的となる。そのため、判定にあたっては所定時間以内におけるモータ回転加加速度71の正値の割合を算出し、その割合に対して閾値を設定する。そして、その閾値を上回った場合には空転、下回った場合には粘着と判定する。閾値としては0.5(=50%、すなわち正値となっている時間帯が半分)とすることが一例である。また、「所定時間」としては、空転時の脈動周波数の周期の1/4、例えば振動周波数が10Hz(=周期0.1秒)であれば1/4の0.25秒とすることが一例である。空転判定74は、例えば粘着を0、空転を1とする二進数で表しても良いし、タイヤの推定スリップ率、あるいは上記正値の割合に応じて、0(完全粘着)〜1(空転)の連続値として表してもよい。
図14を用いて、本構成の空転判定部7が空転判定する方法の一例を説明する。図14は、モータ回転速度、モータ回転加加速度、空転判定の時間変化の一例を示す図である。それぞれ図14(a)はタイヤ粘着状態でトルク指令値2を急激に発生させた場合、図14(b)はトルク指令値2が発生して加速している途中で、タイヤ20が滑りやすい路面に突入した場合を示す。
まず、図14(a)のタイヤ粘着時に着目すると、脈動発生判定部5が理想的に脈動判定を行うと、脈動発生点72(a)は一点鎖線の時点として判定される。この時点からのモータ回転加加速度71(a)は図のように、脈動発生点72(a)から所定時間経過した時刻75(a)までの加加速度符号判定区間79(a)において、負の値となっている。その結果、図示の通り空転判定部7は空転判定74(a)を粘着と判定し続ける。
一方、図14(b)のタイヤ空転時に着目すると、脈動発生判定部5が理想的に脈動判定を行うと、脈動発生点72(b)は一点鎖線の時点として判定される。この時点からのモータ回転加加速度71(b)は図のように、脈動発生点72(b)から所定時間経過した時刻75(b)までの加加速度符号判定区間79(b)において、正の値となっている。その結果、図示の通り空転判定部7は時刻75(b)以降、空転判定74(b)を空転と判定する。
空転判定部7は、脈動発生点72から所定時間以内のモータ回転加加速度の符号が正であれば空転と判定し、負であれば粘着と判定する。
このように、脈動発生点72を基準とするモータ回転加加速度71の正負を求めることによって、モータ回転速度61の脈動が発生した時点においてタイヤ20が粘着状態にとどまっているか空転開始したかを判定することが可能である。また、先述した位相で空転判定する手法に比べて、本手法はモータ回転速度61を二回微分するだけで実行可能であり、より計算負荷が軽く、低性能なCPU等を備える駆動制御装置であってもリアルタイムに計算可能である。
以上述べた実施例1では、モータ回転速度の位相もしくは加加速度に基づく空転判定を行った例について述べたが、両者を併用して(組み合わせて)実施をしても良い。この場合、例えばタイヤ空転判定の早さを優先するのであれば、少なくとも一つの手段で空転判定を行った時点で空転と判定しても良い。また、空転判定の誤判定防止を優先するのであれば、両者の手段で同時に空転判定を行った場合にのみ空転と判定しても良い。
このように、本実施例1の駆動制御装置1によれば、モータ回転速度の位相もしくは加加速度に基づき、車両速度の情報を用いずにタイヤが空転状態か否かを判定可能であり、空転判定の誤判定を防ぎつつ、より早い段階での空転判定を行う駆動制御装置を提供することが可能となる。
次に、本発明の実施例2について、図15乃至図19を用いて説明する。なお、実施例1と同様の部分は、同様の符号を付して説明を省略する。
実施例1では、モータ回転速度の位相もしくは加加速度に基づき空転判定を行う例について述べたが、本実施例は空転開始の判定ができるものの、判定終了する材料が無い。そのため図10及び11で説明したように、空転判定を解除する条件が必要であるが、その場合も、実際にその時点で空転が止まったことは保証されないという課題がある。また、実施例1の方法では脈動発生点72の判定精度にも依存し、脈動発生判定が適切に行われなかった場合に誤判定をする可能性がある。そこで、図3にあるように、タイヤの粘着状態・空転状態によって脈動周波数が変わることに着目し、位相もしくは加加速度と、脈動周波数を併用した空転判定を行うという構成であっても良い。
図15は、本発明の実施例2に係る駆動制御装置の構成の一部を示すブロック図である。図15に示される実施例2では、駆動制御装置1は、少なくとも、トルク指令取得部3、回転速度算出部4、脈動発生判定部5、位相算出部6と加加速度算出部9の少なくとも一つ、周波数成分抽出部10、空転判定部7及びトルク決定部8から構成されている。トルク指令取得部3、回転速度算出部4、脈動発生判定部5、位相算出部6、加加速度算出部9及びトルク決定部8は実施例1と同様であるため説明を省略する。
周波数成分抽出部10は、モータ回転速度61から、特定の周波数成分を、モータ回転速度の周波数抽出値68として抽出する。例えば図3に示すように、タイヤ粘着時に4Hz程度、タイヤ空転時に12Hz程度の共振周波数となる制御対象では、12Hzの周波数成分、あるいは4Hzと12Hzの周波数成分の両方を抽出する。
図16を用いて周波数成分抽出部10の動作の一例を説明図する。図16Aはモータ回転速度と車両速度の時間変化の一例を示す図である。ここでは図3と異なり、タイヤ粘着時は8Hz程度、空転時は6Hz程度の車両の場合を示している。横軸は時刻、縦軸はモータ回転速度61および車両速度67の回転方向に換算した速度を示す。0.5秒の時点からトルク指令値2がステップ状に発生し、車両は加速を開始するとともに、モータ回転速度61の脈動(共振)が生じている。そして3秒の時点から路面が滑りやすくなっており、タイヤが空転するとともにモータ回転速度61と車両速度67に乖離が生じている。
図16Bは、周波数成分抽出方法としてバンドパスフィルタを用いた場合のモータ回転速度の周波数抽出値68(バンドパスフィルタの出力)を示す図である。バンドパスフィルタB(s)は、例えばカットオフ周波数ω0、ラプラス演算子s、尖鋭度Qを用いて数式4の通り得られる。
〔数4〕
B(s)=(ω0s/Q)/(s^2+ω0s/Q+ω0^2)
ここではQ=5として、ω0=37.7rad/s(=6Hz)とした場合の周波数抽出値68(a)、ω0=50.3rad/s(=8Hz)とした場合の周波数抽出値68(b)との比較を行っている。図16Bより、3秒より前のタイヤ粘着時には、ω0=6Hzとした場合の周波数抽出値68(a)の振幅が、ω0=8Hzとした場合の周波数抽出値68(b)の振幅より大きくなっている。一方、3秒以降のタイヤ空転時には、逆に68(a)より68(b)の方が振幅が大きい。このように、周波数成分抽出部10は、バンドパスフィルタを用いる場合、粘着時、空転時の共振周波数をカットオフ周波数に持つ2つのバンドパスフィルタの出力を比較し、その振幅の差異を算出する。
周波数成分抽出部10に数式3のフーリエ変換を利用する方法もある。フーリエ変換は前述の通り、モータ回転速度ωの中で、当該の周波数fの成分の振幅と位相が得られる。具体的には複素数であるF(f)の絶対値をとることで振幅が得られる。モータ回転速度が当該の周波数fで振動している場合は振動の振幅が算出され、一方でモータ回転速度が当該の周波数fとは異なる周波数で振動する(周波数fの成分を持たない)場合にはほぼ0の振幅を算出するという特徴がある。従って、この方法ではバンドパスフィルタを用いた方法と同様、粘着時、空転時の共振周波数を周波数fとする2つのフーリエ変換結果の差異を算出しても良いし、空転時の共振周波数を周波数fとするフーリエ変換のみを行い、その振幅を算出しても良い。なお、周波数成分抽出部10はバンドパスフィルタやフーリエ変換のみに限ったものではなく、周波数成分が抽出できる方法であれば何でも適用可能である。
空転判定部7は、位相算出部6が算出したモータ回転速度の位相73と加加速度算出部9が算出したモータ回転加加速度71の少なくとも一つと、周波数成分抽出部10により抽出されたモータ回転速度の周波数成分に基づき、タイヤが粘着状態にあるか空転状態にあるかを判定し空転判定74を出力する。モータ回転速度の位相73及びモータ回転加加速度71による空転判定方法は前述の通りである。
空転判定部7が、周波数成分抽出部10が抽出したモータ回転速度の周波数抽出値68を用いて空転判定を行う方法の一例を説明する。前述の通り、周波数成分抽出部10が、バンドパスフィルタやフーリエ変換などを用いて粘着時・空転時の共振周波数成分の差異を算出する場合、空転時の共振周波数成分が粘着時の共振周波数成分より大きい場合に空転と判定する。例えば図16Bでは、周波数抽出値68(b)が68(a)より大きい3.2秒以降でタイヤが空転状態と判定する。また、前述の通り、空転時の共振周波数を周波数fとするフーリエ変換で振幅を算出する場合、その振幅が所定値を超えた場合に空転状態と判定する。図16Aの例では、共振の振幅が10rad/s程度となっていることから、例えば所定値として5rad/s程度に設定する。空転判定74は、例えば粘着を0、空転を1とする二進数で表しても良いし、タイヤの推定スリップ率に応じて0(完全粘着)〜1(空転)の連続値として表してもよい。
図17を用いて、空転判定部7が、周波数成分抽出部10が抽出したモータ回転速度の周波数抽出値68を用いて空転判定を行う動作の一例を説明する。図17は、モータ回転速度61、空転判定74の時間変化の一例を示す図である。まず、モータ回転速度61に着目すると、時刻75(a)から滑りやすい路面に突入してタイヤ20が空転状態となり、モータ回転速度61の上昇率(加速度)が増大するとともに脈動(共振)周波数が大きくなっている。その後、時刻75(b)で滑りにくい路面に戻るが、空転して回転速度が増大したタイヤ20はすぐには粘着状態にならず、車体速度と同じ速度まで急激に減速する間は空転状態が続き、モータ回転速度61の脈動(共振)周波数は引き続き大きいままである。その後、時刻75(c)でタイヤ20の回転速度が車体速度と同じになり、粘着状態が回復すると、ようやくモータ回転速度61の脈動(共振)周波数は時刻75(a)より以前の周波数に戻る。このようなモータ回転速度61が検出されると、空転判定部7は、前述の方法により、時刻75(a)から少し遅れた時刻から、時刻75(c)の間でタイヤ20が空転状態であると判定・検知する。
次に、図18及び図19を用いて、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つと、モータ回転速度の周波数抽出値68を組み合わせたより早期かつロバストな空転判定方法について述べる。前述した周波数抽出値68による空転判定は、タイヤ粘着状態と空転状態で周波数が明確に異なることから、誤判定の可能性が少ないロバストな手法である。一方、前述した通り空転時の判定が遅れるという欠点がある。これは、周波数を検出するためには一波長分の波が必要であること、フィルタの過渡応答による動作遅れが生じることが原因である。一方、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つを用いた判定では、空転の判定が早いという利点がある一方、判定が必ずしも正確ではないこと、空転から粘着へ戻す判定が正確には行えないこと、といった欠点がある。以上のように、それぞれの手法の利点・欠点は互いに相補完的であり、両者を組み合わせることによって、より早期かつロバストな空転判定が実現可能である。
図18を用いて、先述した両者を組み合わせる方法および動作の一例を説明する。図18は、モータ回転速度61、空転判定74の時間変化の一例を示す図である。図18では、図17と同様の場面において、それぞれモータ回転速度61、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つを用いた空転判定74(a)とモータ回転速度の周波数抽出値68を用いた空転判定74(b)、両者を組み合わせた最終的な空転判定74(c)の時間変化の一例を示すものである。ここでは、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つを用いた空転判定74(a)は、空転判定を解除する条件がないものとする。
まず、モータ回転速度61に着目すると、時刻75(a)から滑りやすい路面に突入してタイヤ20が空転状態となり、モータ回転速度61の上昇率(加速度)が増大するとともに脈動(共振)周波数が大きくなっている。その後、時刻75(b)で滑りにくい路面に戻るが、空転して回転速度が増大したタイヤ20はすぐには粘着状態にならず、車体速度と同じ速度まで急激に減速する間は空転状態が続き、モータ回転速度61の脈動(共振)周波数は引き続き大きいままである。その後、時刻75(c)でタイヤ20の回転速度が車体速度と同じになり、粘着状態が回復すると、ようやくモータ回転速度61の脈動(共振)周波数は時刻75(a)より以前の周波数に戻る。
このようなモータ回転速度61が検出されると、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つを用いた空転判定74(a)は、時刻75(a)とほぼ同時に(わずかに遅れて)空転判定を開始するが、タイヤが粘着状態に戻っても空転判定を解除することができずに空転と判定し続ける。一方、モータ回転速度の周波数抽出値68を用いた空転判定74(b)は、時刻75(a)から少し遅れて空転を判定し、時刻75(c)でタイヤ粘着状態に戻った後、さらにフィルタの過渡応答の分だけ少し遅れた時刻75(d)で空転判定を解除(粘着と判定)している。
このような場面において図18では、最終的な空転判定74(c)を算出する方法として、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つを用いた空転判定74(a)に基づき空転判定を開始し、モータ回転速度の周波数抽出値68を用いた空転判定74(b)に基づき空転判定を終了する場合を示している。すなわち、空転判定74(a)が空転と判定した時刻75(a)から、最終的な空転判定74(c)は粘着から空転に判定を変化させ、空転判定74(b)が空転から粘着に戻した時刻75(d)から、最終的な空転判定74(c)は粘着から空転に判定を変化させている。このような構成により、粘着から空転への判定を早期に行うとともに、空転から粘着へ戻す判定をより正確に行うことが可能である。
図19は、モータ回転速度61、空転判定74の時間変化の一例を示す図である。図19では、図18と同様の場面において、最終的な空転判定74(c)を算出する方法として、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つを用いた空転判定74(a)に基づき空転判定を開始し、モータ回転速度の周波数抽出値68を用いた空転判定74(b)が粘着状態を示す時間が所定時間を超えた地点で粘着と判定する場合を示している。
モータ回転速度61の時間変化は図18と同様のため説明を省略する。このようなモータ回転速度61が検出されると、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つを用いた空転判定74(a)は、時刻75(a)とほぼ同時に(わずかに遅れて)空転判定を開始するが、タイヤが粘着状態に戻っても空転判定を解除することができずに空転と判定し続ける。一方、モータ回転速度の周波数抽出値68を用いた空転判定74(b)は、時刻75(a)から少し遅れて空転を判定し、ここでは時刻75(b)でタイヤが再粘着を開始(ただし状態は空転のまま)した瞬間、フィルタの過渡応答により誤って粘着と判定し、その後すぐに空転と判定し直している。そして、時刻75(c)でタイヤ粘着状態に戻った後、さらにフィルタの過渡応答の分だけ少し遅れた時刻75(d)で空転判定を解除(粘着と判定)している。このように、モータ回転速度の周波数抽出値68を用いた空転判定74(b)は安定した空転判定が行える一方、フィルタの過渡応答によっては途中で誤判定が生じる可能性がある。
図19で示す方法は、上記問題を解決するものであって、モータ回転速度の周波数抽出値68を用いた空転判定74(b)に基づく粘着判定を所定時刻だけ少し遅らせることで、空転判定のロバスト性を増大する。すなわち、空転判定74(a)が空転と判定した時刻75(a)から、最終的な空転判定74(c)は粘着から空転に判定を変化させている。一方、空転判定74(b)が一瞬、粘着と誤判定した時刻75(b)では、粘着と判定する時間が所定値を下回ったために最終的な空転判定74(c)は空転と判定し続ける。そして、空転から粘着に戻した時刻75(d)から、最終的な空転判定74(c)は、所定時間待機した後、時刻75(e)において粘着から空転に判定を変化させている。換言すると、空転判定部7は、モータ22(駆動装置)の回転速度と車両回転速度との偏差が所定値以上となる時間が所定以上継続した場合は空転と判定し、位相もしくは回転加加速度に基づき空転と判定した後にモータ22(駆動装置)の回転速度と車両回転速度との偏差が所定値未満となる時間が所定以上継続した場合は粘着と判定する。このような構成により、モータ回転速度の周波数抽出値68を用いた空転判定74(b)がフィルタの過渡応答によって起こしうる誤判定に対応するとともに、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つを用いた空転判定74(a)が誤って空転と判定した場合も、モータ回転速度の周波数抽出値68を用いた空転判定74(b)が空転判定しなければ、所定時間後には粘着と判定を戻すことも可能である。
このように、本実施例2の駆動制御装置1によれば、モータ回転速度の脈動周波数と、位相もしくは加加速度に基づき、早期の空転判定と、空転判定の安定性・ロバスト性を両立する駆動制御装置を提供することが可能となる。
次に、本発明の実施例3について、図20乃至図23を用いて説明する。なお、実施例1及び2と同様の部分は、同様の符号を付して説明を省略する。
実施例1及び2では、モータ回転速度61のみの情報を用いて空転判定を行う前提の構成となっているが、外部から、それ以外の情報を取り込んで、さらにロバストな空転判定を行うという構成であっても良い。
図20は、本発明の実施例3に係る駆動制御装置の構成の一部を示すブロック図である。図20に示される実施例3では、駆動制御装置1は、少なくとも、トルク指令取得部3、路面摩擦係数取得部82、回転速度算出部4、脈動発生判定部5、位相算出部6、空転判定部7及びトルク決定部8から構成されている。なお、ここでは実施例1の構成を基準に説明したが、位相算出部6は、位相算出部6、加加速度算出部9、周波数成分抽出部10の少なくとも一つから構成されていればよい。トルク指令取得部3、回転速度算出部4、位相算出部6、空転判定部7及びトルク決定部8は実施例1と同様であるため説明を省略する。
路面摩擦係数取得部82は、走行制御装置25から路面摩擦係数81を受信する。路面摩擦係数81は、タイヤと路面の間に成立している摩擦係数のことであり、値が小さいほど路面が滑りやすいことを表している。例えば、アスファルト路面では路面摩擦係数は一般に0.8程度であり、圧雪路では0.2程度などとされている。路面摩擦係数81を取得する方法は従来様々な技術が公開されており、例えば「タイヤスリップ発生時の駆動力から推定する」、「他者の検出結果を受信する」、「カメラ等のセンサで検出する」、等の方法がある。走行制御装置25から路面摩擦係数81を受信する方法は、一般にCAN(Controller Area Network)などのデジタル通信が用いられる。
脈動発生判定部5は、前述の通り、モータ回転速度61の位相を算出するための基準となる時点である脈動発生点72を算出する。その方法は前述の通り、トルク指令値2の単位時間あたりの変化量、モータ回転加速度70、モータ回転加加速度71の情報を使用し、それらが所定の閾値を超過した時点を脈動発生点72と判定する。この閾値78は前述の通り、駆動部の構成やトルク指令値2の値に応じて変更することが望ましいが、さらに路面摩擦係数81を用いることで、よりロバストな脈動発生判定が可能である。
図21を用いて、脈動発生判定の閾値78を変更する方法の一例を説明する。図21は、脈動現象が発生した時点におけるモータトルク、モータ回転加速度、モータ回転加加速度の波形の一例を示す図である。図21の見方は図8(b)と同様であるため説明を省略する。まず、トルク指令値2の閾値78に着目すると、路面摩擦係数81が高い(=滑りにくい)路面では、閾値を78(a)のように高く設定する。一方、路面摩擦係数81が低い(=滑りやすい)路面では、閾値を78(b)のように低く設定する。これにより、路面摩擦係数81が小さいほど、より少ないトルクで空転状態となりやすいことから、より確実に脈動発生判定(すなわち空転判定)を行うことが可能となる。図21のトルク指令値2の例では、閾値を78(a)のように設定すると脈動発生判定をせず、一方で閾値を78(b)のように設定すると、脈動発生点72(a)を判定可能である。
次に、回転加速度70に着目すると、路面摩擦係数81が高い路面では、閾値を78(c)のように高く設定し、路面摩擦係数81が低い路面では、閾値を78(d)のように低く設定する。これは、路面摩擦係数81が小さいほど、より少ないトルクで空転状態となりやすく、その場合の脈動の加速度は路面摩擦係数81が高い場合に比べて小さくなることが要因である。このように路面摩擦係数81に応じて閾値を変更することで、より確実に脈動発生判定(すなわち空転判定)を行うことが可能となる。図21のモータ回転加速度70の例では、閾値を78(c)のように設定すると脈動発生判定をせず、一方で閾値を78(d)のように設定すると、脈動発生点72(b)を判定可能である。
さらに、モータ回転加加速度71に着目すると、路面摩擦係数81が高い路面では、閾値を78(e)のように高く設定し、路面摩擦係数81が低い路面では、閾値を78(f)のように低く設定する。これにより、回転加速度70と同様の理由で、より確実に脈動発生判定(すなわち空転判定)を行うことが可能となる。図21のモータ回転加加速度71の例では、閾値を78(e)のように設定すると脈動発生判定をせず、一方で閾値を78(f)のように設定すると、脈動発生点72(c)を判定可能である。
実施例3では外部から路面摩擦係数81の情報を取り込んで、さらにロバストな空転判定を行う方法について説明したが、外部から取り込む車両情報として車両速度67を取得しても良い。
図22は、本発明の実施例3の変形例に係る駆動制御装置の構成の一部を示すブロック図である。路面摩擦係数81の代わりに車両速度67を取得した例を示すブロック図である。図22に示される構成例では、駆動制御装置1は、少なくとも、トルク指令取得部3、車両速度取得部83、回転速度算出部4、脈動発生判定部5、位相算出部6、空転判定部7及びトルク決定部8から構成されている。なお、ここでは実施例1の構成を基準に説明したが、位相算出部6は、位相算出部6、加加速度算出部9、周波数成分抽出部10の少なくとも一つから構成されていればよい。トルク指令取得部3、回転速度算出部4、脈動発生判定部5、位相算出部6及びトルク決定部8は実施例1と同様であるため説明を省略する。
車両速度取得部83は、走行制御装置25から車両速度67を受信する。車両速度67は、数式1におけるVであり、タイヤのスリップを検出するのに用いる情報である。車両速度67を取得する方法は従来様々な技術が公開されており、例えば「従動輪(駆動していない車輪)の回転速度から取得する」、「GPS/GNSSを用いて取得する」、等の方法がある。また、一般に走行制御装置25内に適用される空転防止制御は、車両速度を用いて数式1よりスリップ率を計算することにより行われる。走行制御装置25から車両速度67を受信する方法は、一般にCAN(Controller Area Network)などのデジタル通信が用いられる。
空転判定部7は、前述の通り、位相算出部6により算出されたモータ回転速度61の位相(もしくは実施例2のように位相、加加速度、周波数抽出値の少なくとも一つ)に基づき、タイヤ20が粘着状態にあるか空転状態にあるかを判定し、その空転判定74を出力する。その際、車両速度67を取り込むことで、判定のロバスト性をさらに向上すること、特に、空転から粘着への変化をより正確に行うことが可能である。
図23を用いて、車両速度取得部83の処理について説明する。図23では、車両速度67を取り込むことで判定のロバスト性をさらに向上させる方法の一例を説明する。図23は、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つを用いた空転判定74(a)に基づき空転判定を行う状態を示す図である。
図23の状況や図の見方は図19と同様であるため説明を省略する。図23のモータ回転速度には、取得した車両速度67をモータ回転速度に換算した物理量である車両回転速度V’に変換して重ねて描画している。この車両回転速度V’は、車両速度V、減速機52及びデファレンシャルギア23の総減速比G、タイヤ20の半径Rより数式5の通り得られる。
〔数5〕
V’=GRV
また、空転判定の時間変化のグラフには、新たに、車両速度67とモータ回転速度61の回転速度差84が所定値以上になると空転と判定する空転判定74(d)を重ねて描画している。
この時、最終的な空転判定74(c)に対し、空転から粘着の判定を、回転速度差84に基づく空転判定74(d)により行うことで、ロバスト性を向上可能である。すなわち、図23に示すように、空転判定74(c)は、時刻75(a)の時点で、モータ回転速度の位相73とモータ回転加加速度71の少なくとも一つを用いた空転判定に基づき粘着から空転に変化した後、空転判定74(d)が空転から粘着に変化する時刻75(c)において、空転判定74(c)も空転から粘着に変更する。これにより、図19では時刻75(e)でようやく行われていた空転判定74(c)の空転から粘着への変更は、実際にタイヤが粘着状態に変化した時刻75(c)で直ちに行われる。
このように、本実施例3では、外部から路面摩擦係数81や車両速度67などの車両情報を取り込むことにより、より正確でロバストな空転判定を行うことが可能となる。