以下、実施の形態について図面を参照しながら説明する。図面中の同一部分には、同一番号を付してその詳しい説明は適宜省略し、異なる部分について説明する。なお、図面は模式的または概念的なものであり、各部分の厚みと幅との関係、部分間の大きさの比率などは、必ずしも現実のものと同一とは限らない。また、同じ部分を表す場合であっても、図面により互いの寸法や比率が異なって表される場合もある。
さらに、各図中に示すX軸、Y軸およびZ軸を用いて各部分の配置および構成を説明する。X軸、Y軸、Z軸は、相互に直交し、それぞれX方向、Y方向、Z方向を表す。また、Z方向を上方、その反対方向を下方として説明する場合がある。
図1は、第1の実施形態に係る半導体装置100を例示する模式的断面図である。半導体装置100は、ボトムゲート型の薄膜トランジスタ(Thin Film Transistor:TFT)である。
図1に示すように、半導体装置100は、基板10と、絶縁膜20と、ゲート電極30と、ゲート絶縁膜40と、酸化物半導体層50と、ソース電極60と、ドレイン電極70と、を備える。
基板10は、例えば、シリコン基板、ガラス基板又はプラスチック基板である。基板10は、ポリイミド等の樹脂を含む基板であっても良い。絶縁膜20は、基板10の上に設けられる。絶縁膜20は、酸化シリコン(SiOx)及び窒化シリコン(SiNx)の少なくともいずれかを含む。絶縁膜20の厚さは、例えば、100ナノメートル(nm)である。
ゲート電極30は、絶縁膜20の上に選択的に設けられる。ゲート電極30は、例えば、タングステン(W)、モリブデン(Mo)、銅(Cu)、Ta(タンタル)、アルミニウム(Al)の少なくともいずれかを含む。ゲート電極30は、窒化チタン(TiN)及び窒化タンタル(TaN)の少なくともいずれかを含んでも良い。ゲート電極30は、アルミニウムを主成分とするアルミニウム合金を含んでもよい。
ゲート電極30の厚さは、例えば、10nm以上200nm以下である。ゲート電極30は、傾斜した側面を有しても良い。つまり、ゲート電極30の側面は、下方に広がるテーパ形状でも良い。ゲート電極30がテーパ形状を有することにより、ゲート絶縁膜40の被覆性が高まる。ゲート絶縁膜40の被覆性が高まることでリーク電流を抑制できる。
ゲート絶縁膜40は、ゲート電極30を覆うように、絶縁膜20の上に設けられる。ゲート絶縁膜40は、例えば、酸化シリコン(SiOx)、酸化アルミニウム(AlxOy)、窒化シリコン(SiNx)及び酸窒化シリコン(SiOxNy)の少なくともいずれかを含む。ゲート絶縁膜40は、複数の膜を含む積層構造を有しても良い。ゲート絶縁膜40は、例えば、酸化シリコン、酸化アルミニウム、窒化シリコン及び酸窒化シリコンのうちの少なくとも2つを含む。ゲート絶縁膜40の厚さは、例えば、10nm以上、100nm以下である。
酸化物半導体層50は、ゲート絶縁膜40の上に選択的に設けられる。ゲート絶縁膜40の一部は、ゲート電極30と酸化物半導体層50との間に位置する。酸化物半導体層50の厚さは、例えば、10nm以上、100nm以下である。酸化物半導体層50は、例えば、TFTのチャネル層として機能する。酸化物半導体層50は、錫(Sn)と、タングステン(W)と、酸素(O)と、を含む三元化合物である。酸化物半導体層50は、例えば、非晶質(アモルファス)である。また、酸化物半導体層50は、例えば、多結晶であっても良い。
酸化物半導体層50におけるタングステン(W)の含有率と、酸化物半導体層50における錫(Sn)の含有率の比(W/Sn)は、0.05以上、0.3以下である。すなわち、酸化物半導体層50におけるSnの原子数に対するWの原子数の比(W/Sn)は、0.05≦W/Sn≦0.3である。
ソース電極60は、酸化物半導体層50の一方の端に電気的に接続される。ソース電極60には、例えば、モリブデン、チタン、タンタル、タングステン及びアルミニウムの少なくともいずれか1つを含む金属膜が用いられる。ソース電極60は、窒化モリブデン(MoN)、窒化チタン及び窒化タンタルの少なくともいずれか1つを含んでもよい。ソース電極60は、複数の膜を含む積層構造を有してもよい。ソース電極60は、上記の導電性材料のうちの少なくとも2つを含む。また、ソース電極60に、ITO(Indium Tin Oxide)などの導電性の酸化物半導体を用いても良い。
ドレイン電極70は、酸化物半導体層50の他方の端に電気的に接続される。ドレイン電極70には、ソース電極60と同じ材料を用いることができる。
半導体装置100は、保護膜80をさらに備える。保護膜80は、酸化物半導体層50の上に設けられる。保護膜80は、酸化物半導体層50を保護する。保護膜80は、例えば、酸化シリコン、酸化アルミニウム及び窒化シリコンの少なくともいずれか1つを含む。
保護膜80は、例えば、TEOS(Tetra Ethyl Ortho Silicate)を原料とするCVD法を用いて作製される。保護膜80は、例えば、複数の膜を含む積層構造を有する。保護膜80は、例えば、酸化シリコン、酸化アルミニウム及び窒化シリコンの少なくともいずれか2つを含む。保護膜80の厚さは、例えば、10nm以上、200nm以下である。
半導体装置100は、図示しないオーバーコート膜をさらに備えても良い。オーバーコート膜は、例えば、ソース電極60、ドレイン電極70および保護膜80の上に設けられる。オーバーコート膜は、例えば、保護膜80と同じ材料の保護膜である。
本実施形態に係る酸化物半導体層50は、電子と正孔の両方の伝導性を有する両極性半導体層である。酸化物半導体層50は、酸化第一錫(SnO)と、三酸化タングステン(WO3)と、を含むことにより、両極性を有する。なお、酸化物半導体層50の三酸化タングステンの含有率は酸化第一錫の含有率よりも低い。
酸化物半導体層50は、例えば、反応性スパッタ法を用いて形成される。酸化物半導体層50は、例えば、酸化第一錫(SnO)と三酸化タングステン(WO3)とを含む複合焼結体からなるターゲットを用いて、アルゴン(Ar)ガスと酸素(O2)ガスとを混合した雰囲気中で形成される。酸化物半導体層50の成膜時において、Arガスの流量とO2ガスの流量の比は、所定の結晶構造を含むように適時設定される。
例えば、特許文献1には、スパッタ法を用いて基板上にSnOを堆積させる方法が開示されている。特許文献1の記載によれば、SnOに含まれる二価のSn2+イオンが90%以上になるように成膜時の酸素分圧を制御すれば、両極性動作が可能な酸化物半導体SnOが得られる。しかしながら、Snの酸化状態は、Arガスの流量とO2ガスの流量との比に依存して変化する。また、SnOのように融点の低い典型金属元素の酸化物は、一般に耐熱性が低く、比較的低温の熱処理において結晶性の変化が生じ易い。このような理由から、TFTのチャネル層としてSnOを用いる場合には、安定した両極性動作を得ることは難しい。
これに対して、実施形態に係る酸化物半導体層50は、酸化第一錫(SnO)と三酸化タングステン(WO3)とを含む。これにより、SnOのみの場合よりも安定した両極性動作を可能にすると共に、耐熱性を向上させることができる。酸化物半導体層50におけるSnに対するWの含有率(W/Sn)を好適な値にすることにより、電子および正孔の伝導性を共に向上させ、高温耐性を得ることができる。また、酸化物半導体層50における膜質の制御が容易になる。TFTなどのチャネル層に酸化物半導体層50を用いることにより、トランジスタ特性の安定性を向上させることができる。以下、酸化物半導体層50に用いられる酸化物半導体の特性について説明する。
酸化物半導体は、イオン結合性が強く、その伝導帯は、主に金属のs軌道およびp軌道で形成される。また、酸化物半導体の価電子帯は、主に酸素の2p軌道で形成されている。酸化物半導体は、一般に主量子数の大きな典型金属を含むが、主量子数の大きな金属のs軌道は、遍歴性があるため電子の伝導性が高くなる。一方、酸素の2p軌道は、局在性が強いため、正孔の伝導性は極めて低くなる。したがって、両極性動作する酸化物半導体を実現するためには、電子と正孔の伝導性が共に高いことが望まれる。
錫(Sn)の酸化物には、酸化第二錫(SnO2)と酸化第一錫(SnO)とがあることが知られている。SnO2の場合は、Snは四価のSn4+イオンとなり、伝導帯は、錫の5s軌道(以下、Sn5s)および錫の5p軌道(以下、Sn5p)で形成される。一方、SnO2の価電子帯は、酸素の2p軌道(以下、O2p)が支配的となる。これに対し、SnOの場合は、Snは二価のSn2+イオンとなり、価電子帯の上部にSn5s軌道が形成される。SnとOの結合において,SnO2に比べ共有結合性が強くなることに由来すると推定される。よって、SnOでは、価電子帯の局在性が解消され、正孔伝導が可能になる。しかしながら、SnOの伝導体はSn5p軌道が主となるため、電子の伝導性が低くなる。
図2(a)は、三酸化タングステン(WO3)における電子状態を示す模式図である。図2(b)は、三酸化タングステン(WO3)における八面体の配位構造を示す模式図である。WO3では、Wは六価のW6+イオンとなる。W原子の周りに配位した6個の酸素原子(以下、O原子)は、W原子を中心とした八面体のクラスターを形成することが知られている。WO3は、遷移金属の酸化物であり、Wの5d軌道は、配位子場分裂により、三重縮退のt2g軌道と、二重縮退のeg軌道と、に分裂し、配位酸素の2p軌道と混成される。一般に、遷移金属におけるd軌道の分裂幅(エネルギー)は、八面体構造の場合が最も大きく、主量子の大きな元素ほど大きくなる。このため、図2(a)に示すように、WO3では、伝導帯と価電子帯双方に分散軌道が形成される。さらに、Wの5d軌道のエネルギーレベルは、Sn5s軌道およびSn5p軌道のエネルギーレベルに極めて近いことから、強い相互作用が期待される。
したがって、SnOとWO3とを複合させた酸化物半導体は、伝導帯および価電子帯の双方に高密度の分散軌道を含む。高密度の分散軌道が形成されると、より多くのキャリアを、より高い移動度で輸送することができる。また、WO3の融点は、約1470℃と高いため、WO3を含む酸化物半導体は、耐熱性向上の観点からも有利である。このような理由から、実施形態に係る酸化物半導体層50では、両極性動作に必要な条件が充足され、電子と正孔の伝導性を共に高くすることが可能である。
図3は、実施形態に係る酸化物半導体SnWOの組成と、比較例に係る酸化物半導体(酸化第一錫SnO)の組成と、を比較した表である。図3には、組成(atomic%:原子パーセント)及び組成比を示す。酸化物半導体層50は、SnWOを含む。
SnWOは、シリコン基板上にマグネトロンスパッタ法を用いて形成される。スパッタリングターゲットは、SnO(90wt%)とWO3(10wt%)とを含むSnWO焼結体である。スパッタリングは、Arガス雰囲気中で、基板加熱なしの条件下で実施される。一方、SnOも、シリコン基板上にマグネトロンスパッタ法によって形成される。スパッタリングターゲットは、SnO(酸化第一錫)の焼結体である。スパッタリングは、Arガス雰囲気中で、基板加熱なしの条件下で実施される。
試料の組成分析には、ラザフォード後方散乱分光法を用いた。分析装置は、National Electrostatics Corporation製 Pelletron 3SDHである。この装置における組成分析の精度は、Snに対して±0.6atomic%、Wに対して±0.1atomic%、Oに対して±1.3atomic%、Arに対して±0.07atomic%である。
SnWOの組成は、Sn:46atomic%、W:3.3atomic%、O:50.1atomic%、Ar:0.58 atomic%である。SnWOにおけるWとSnの比(W/Sn)は、0.072であり、OとSnの比(O/Sn)は、1.09である。
SnOの組成は、Sn:47.5atomic%、O:52atomic%、Ar:0.5 atomic%である。SnOにおけるOとSnの比(O/Sn)は、1.09である。SnWOとSnOとの比較では、SnWOは、SnおよびOの割合がSnOよりも低い傾向が見られる。OとSnの比(O/Sn)は、いずれも1.09である。
図4(a)および(b)は、実施形態に係る酸化物半導体SnWOと比較例に係る酸化物半導体SnOにおけるXPS(X線光電子分光)スペクトルを示すグラフである。図4(a)は、実施形態に係る酸化物半導体SnWOの結果を示すグラフである。図4(b)は、比較例に係る酸化物半導体SnOの結果を示すグラフである。これらの図は、X線光電子分光法を用いて測定した各試料の価電子帯付近における電子状態を示している。横軸は、束縛エネルギー(単位:eV)を表す。縦軸は、電子の収集量を表す。測定は、X線源:Almono(1486.6eV)、検出深さ:約8nm、検出領域:約600ミクロンφの条件下で実施した。なお、試料は、図3に示すラザフォード後方散乱分光法で分析した試料と同一のものを用いた。
図4(a)および(b)に示すように、いずれの酸化物半導体でも、1eV〜3.3eV付近に高密度のスペクトルが存在する。このスペクトルは、主としてSn5s軌道に由来するが、少量ながらSn5p軌道も含まれている。
SnWOでは、価電子帯の上部に遍歴性の強いSn5s軌道が形成されていると考えられる。また、SnWOでは、4eV〜11eV付近のスペクトル強度が、SnOに比べ強い。このようなスペクトルは、W5d軌道とO2p軌道の混成に由来すると推定される。したがって、SnWOの価電子帯の状態密度は、SnOよりも高密度である。
例えば、半導体における光吸収は、結合状態密度(光学遷移に関与する価電子帯と伝導帯の状態密度を対で結合させたもの)に比例する。したがって、光学的解析により、価電子帯と伝導帯の状態密度やバンドギャップの評価が可能である。
一般に、SnO結晶では、直接遷移由来の大きなバンドギャップと間接遷移由来の小さなバンドギャップが混在する(非特許文献2参照)。このようなバンド構造は、SnOにおける両極性動作の必要条件になる。そこで、酸化物半導体のバンド構造と電子状態を明らかにするために、分光エリプソメトリ(J.A.Woollam社製:M-2000)を用いて複素誘電関数の解析を行った。
図5(a)および(b)は、実施形態に係る酸化物半導体SnWOと、比較例に係る酸化物半導体SnOにおける複素誘電関数スペクトルを示すグラフである。図5(a)は、実施形態に係る酸化物半導体SnWOの複素誘電関数スペクトルを示すグラフである。図5(b)は、酸化物半導体SnOの複素誘電関数スペクトルを示すグラフである。測定に用いた試料は、図3に示すラザフォード後方散乱分光法で分析した試料と同一である。
図5(a)および(b)は、複素誘電関数の虚部(ε2)の分光スペクトルを示している。複素誘電関数をTauc-Lorentz振動子を用いてモデル化し、重畳積分法による解析を行った結果、図5(a)および(b)中に実線で示すスペクトルは、いずれも破線で示す二種類の成分(Eg1およびEg2)に分解できることが分かった。
図5(a)および(b)中に示すEg1は、高エネルギー側に位置する大きなバンドギャップに起因するスペクトルである。図5(a)および(b)中に示すEg2は、低エネルギー側に位置する小さなバンドギャップに起因するスペクトルである。
SnWOでは、Eg1=2.9eV、Eg2=0.64eVであった。SnOでは、Eg1=2.66eV、Eg2=0.52eVであった。SnWOとSnOのスペクトルを比較すると、SnWOでは、Eg1およびEg2の値がSnOより大きいにも関わらず、SnOよりも大きな光吸収特性を示すことが分かる。また、SnWOでは、低エネルギー側に位置する小さなバンドギャップに起因するスペクトルにおいて、SnOよりも急峻な変化を示すことが分かった。これらの結果は、実施形態に係る酸化物半導体SnWOの結合状態密度は、Wを含まない酸化物半導体SnOに比べ良好であり、酸化物半導体SnWOの価電子帯および伝導帯は、共に高密度の電子状態を有することを示している。
図6および図7は、実施形態に係る酸化物半導体SnWOのW−L3端におけるXANES(X線吸収端近傍構造)スペクトルを示すグラフである。図6には、酸化物半導体SnWOおよび三酸化タングステン(単斜晶のWO3)のW−L3端における測定結果を示す。図7は、図6の二階微分スペクトルを示すグラフである。図6および図7中のグラフA〜Cは、酸化物半導体SnWOの結果を示している。グラフDは、三酸化タングステン(WO3)の結果を示している。
酸化物半導体SnWOは、マグネトロンスパッタ法を用いてシリコン基板上に形成されている。スパッタリングターゲットは、SnO:90wt%、WO3:10wt%の割合で作製したSnWO焼結体である。スパッタリングは、ArガスおよびO2ガスの少なくともいずれか一方を含む雰囲気中で、基板加熱しない条件下で実施された。
グラフAは、Arガス雰囲気中でスパッタリングしたSnWOの結果である。グラフBは、ArガスおよびO2ガスを含む雰囲気中において、O2ガスの割合を5%としてスパッタリングしたSnWOの結果である。グラフCは、ArガスおよびO2ガスを含む雰囲気中において、O2ガスの割合を15%としてスパッタリングしたSnWOの結果である。つまり、グラフA〜Cは、酸化状態が異なるSnWOの特性を示している。ここで、O2ガスの割合は、Arガスの流量およびO2ガスの流量の和に対するO2ガスの流量(O2/(Ar+O2))を百分率で表した値である。なお、Arガスの流量とO2ガスの流量の和は、一定とした。
各試料のXANES測定および解析は、大型放射光施設(Spring-8、BL14B2)において実施した。XANESスペクトルは、内殻軌道から空の軌道(非占有準位および準連続準位)への電子遷移に由来し、価数や配位構造に関する情報を含む。
図6に示すように、酸化物半導体SnWOの結果であるグラフA〜Cは、W−L3端の立ち上がりのエネルギー位置が、WO3(単斜晶の三酸化タングステン)の結果であるグラフDとほぼ同じであることが分かる。このことから、酸化物半導体SnWOにおけるWは、スパッタリング時の酸化雰囲気に依らず6価のWO3(三酸化タングステン)で存在するものと推定される。
また、図7に示す二階微分スペクトルによれば、グラフA〜Cに示すSnWOのW5d軌道は、グラフDに示すWO3のW5d軌道と同様に、t2g軌道由来のピークとeg軌道由来のピークとに分裂していることが分かる。また、グラフA〜Cに示すSnWOのt2g軌道由来のピークとeg軌道由来のピークとのエネルギー差(分裂幅)は、グラフDに示すWO3のエネルギー差(分裂幅)とほぼ同じであることも分かる。この結果から、SnWOにおけるWは、スパッタリング時の酸化雰囲気に依らず、八面体のWO6クラスターを形成していると考えられる。
図6および図7において、酸化物半導体SnWOのグラフA〜Cは、いずれもWO3のグラフDに比べて吸収量が大きく、特に、伝導帯下部に位置するt2g軌道由来のピークの感度が大きいことが分かる。W−L3端におけるXANESスペクトルは、W2p3/2軌道からW5d軌道への電子遷移を主に反映するが、酸化物半導体SnWOの各グラフA〜Cでは、W5d軌道とSn5s軌道の相互作用が強いことも示している。図7のt2g軌道は、W5dxy軌道、W5dyz軌道、W5dxz軌道に帰属すると推定されることから、SnWOでは、Sn5s軌道と、W5dxy軌道、W5dyz軌道、W5dxz軌道との相互作用が極めて強い状態であると考えられる。
伝導帯内における原子軌道の状態密度は、近接する原子同士の相互作用に由来する。とりわけ伝導帯下部の状態密度は、電子の伝導性を議論する上で重要な指標となる。本実施形態に係る酸化物半導体SnWOは、酸化第一錫(SnO)と三酸化タングステン(WO3)とを含む。これにより、酸化物半導体SnWOは、Wを含まないSnOに比べて良好な電子状態を得ることが可能であり、価電子帯と伝導帯双方に高密度の分散軌道を含む。
図8は、実施形態に係る酸化物半導体SnWOにおけるSnの価数を解析した結果を示すグラフである。酸化物半導体SnWOと、酸化第一錫(正方晶四面体構造のSnO)と、酸化第二錫(正方晶ルチル八面体構造のSnO2)と、におけるSn−K端のXANESスペクトルから見積もった結果である。横軸は、Sn−K端におけるXANESスペクトルのEdge Position(単位:eV)を表す。縦軸は、Snの平均価数を表す。
図8に示すA〜Cは、マグネトロンスパッタ法によってシリコン基板上に形成した酸化物半導体SnWOにおけるSnの平均価数である。スパッタリングターゲットは、SnO:90wt%、WO3:10wt%を含むSnWO焼結体である。スパッタリングは、ArガスおよびO2ガスの少なくともいずれかを含む雰囲気中において、基板加熱しない条件下で実施された。Aは、Arガスのみを含む雰囲気中で形成されたSnWOの値を示している。Bは、O2ガスの割合を5%とした雰囲気中で形成されたSnWOの値を示している。Cは、O2ガスの割合を15%とした雰囲気中で形成されたSnWOの値を示している。なお、O2ガスの割合は、Arガスの流量とO2ガスの流量との和に対するO2ガスの流量(O2/(Ar+O2))を百分率で表した値である。Arガスの流量とO2ガスの流量の和は一定である。
XANES測定および解析は、大型放射光施設(Spring-8、BL14B2)にて実施した。XANESスペクトルは、内殻軌道から空の軌道(非占有準位、準連続準位)への電子遷移に由来し、価数や配位構造に関する情報を含む。酸化第一錫(正方晶四面体構造のSnO)では、Snの平均価数は二価である。酸化第二錫(正方晶ルチル八面体構造のSnO2)では、Snの平均価数は四価である。
図8に示すSn−K端のXANESスペクトルのEdge PositionとSnの平均価数との間には強い相関が見られる。酸化物半導体SnWOのAおよびBにおける平均価数が2より小さいことから、Snの酸化状態はやや低いと推定される。一方、酸化物半導体SnWOのCにおけるSnの平均価数は、2より大きい。このため、Cに対応する酸化物半導体SnWOは、2よりも高価数のSnを含んでいると推定される。
このように、実施形態に係る酸化物半導体SnWOでは、スパッタ時のArガスの流量とO2ガスの流量の比を好適に設定し、所望の酸化状態のSnを得ることができる。また、酸化物半導体SnWOに含まれるWは、スパッタ時の雰囲気中の酸素の割合に依らず八面体のWO6クラスターを形成する。したがって、Wの含有率、すなわちSnに対するWの比率を好適に設定することにより、酸化物半導体SnWOにおける電子状態を制御することができる。例えば、酸化物半導体SnWOをトランジスタのチャネル層に用いることにより、半導体装置の特性の安定性を向上させることができる。
図9は、実施形態に係る酸化物半導体SnWOにおけるSnの動径分布関数を示すグラフである。図中のA〜Cは、酸化物半導体SnWOの動径分布関数を表している。また、図中には、酸化第一錫(正方晶四面体構造のSnO)の動径分布関数、および、酸化第二錫(正方晶ルチル八面体構造のSnO2)の動径分布関数を示している。図中に示すグラフは、Sn−K端のEXAFS(広域X線吸収微細構造)スペクトルを解析して求めた結果である。横軸は、SnとOの原子間距離(単位:Å)を表す。縦軸のRDF(Radial Distribution Function)は、規格化した存在比を表している。
図9に示すA〜Cは、マグネトロンスパッタ法によってシリコン基板上に形成された酸化物半導体SnWOの動径分布関数である。スパッタリングターゲットは、SnO:90wt%、および、WO3:10wt%を含むSnWO焼結体である。スパッタリングは、ArガスおよびO2ガスの少なくともいずれかを含む雰囲気中で、基板加熱しない条件下で実施された。Aは、Arガスのみの雰囲気中で形成されたSnWOの動径分布関数である。Bは、O2ガスの割合を5%とした雰囲気中で形成されたSnWOの動径分布関数である。Cは、O2ガスの割合を15%とした雰囲気中で形成されたSnWOの動径分布関数である。O2ガスの割合は、Arガスの流量とO2ガスの流量との和に対するO2ガスの流量(O2/(Ar+O2))を百分率で表した値である。Arガスの流量とO2ガスの流量の和は一定である。
EXAFSスペクトルの測定は、大型放射光施設(Spring-8、BL14B2)にて実施した。EXAFSスペクトルは、光電子と隣接原子との散乱、あるいは光電子とその散乱波との干渉による振動構造に由来し、原子間距離や配位数に関する情報を含む。
例えば、動径分布関数における第一近接は酸素配位に由来し、金属原子と酸素原子の結合長に相当する。図9に示すSn−Oの動径分布関数におけるピーク値は、A:2.11Å、B:2.09Å、C:2.08Å、SnO:2.21Å、SnO2:2.05Åである。動径分布関数A〜Cは、酸化物半導体SnWOにおけるSn原子とO原子との間の原子間距離が酸化第一錫(正方晶四面体構造のSnO)におけるSn原子とO原子との間の原子間距離に比べて短く、酸化第二錫(正方晶ルチル八面体構造のSnO2)に近い値であることを示している。この結果は、Wを添加することにより、Sn原子とO原子との結合長が短いクラスターが形成されていることを示している。
酸化物半導体はイオン結合性が強いことから、例えば、クーロン力で耐熱性(熱的安定性)を評価することが可能である。クーロン力は、金属原子のイオン価数と酸素原子のイオン価数の積と、原子間距離(結合長)の二乗の逆数にそれぞれ比例する。Wのイオン価数は6と大きいため、高い熱的安定性が得られると予測される。一方、図8に示すように、酸化物半導体SnWO中のSnのイオン価数は2程度と小さいが、図9に示す動径分布関数によれば、Wを含まないSnOよりも強固な結合を形成していると考えられる。
上述した通り、酸化物半導体SnWOはWを含むため、高い耐熱性を有する。したがって、酸化物半導体SnWOをトランジスタのチャネル層に用いた場合、半導体装置の特性の安定性を向上させることができる。また、実施形態に係る酸化物半導体SnWOでは、Wの含有率を大きくすると抵抗率が高くなり、Wの含有率を小さくすると抵抗率が低くなる。また、バンド構造の制御性とWの含有率に相関がある。例えば、薄膜トランジスタのチャネル層に適用する場合には、Snに対するWの比を好適な範囲に設定することが望ましい。実施形態に係る酸化物半導体SnWOでは、三酸化タングステン(WO3)の含有率が酸化第一錫(SnO)の含有率よりも低く、SnとWとの原子数比(W/Sn)が、0.05以上、0.3以下とすることが好ましい。
図10は、実施形態に係る酸化物半導体SnWOのバンドギャップを示すグラフである。酸化物半導体SnWOは、マグネトロンスパッタ法を用いてシリコン基板上に形成された。スパッタリングターゲットは、SnO:90wt%、および、WO3:10wt%を含むSnWO焼結体である。スパッタリングは、ArガスおよびO2ガスの少なくともいずれかを含む雰囲気中で、基板加熱しない条件下で実施された。
図10の横軸は、スパッタリング時の雰囲気中におけるO2ガスの割合である。O2ガスの割合は、Arガスの流量とO2ガスの流量との和に対するO2ガスの流量(O2/(Ar+O2))を百分率で表した値である。Arガスの流量とO2ガスの流量の和は一定である。
図10の縦軸は、分光エリプソメトリを用いて測定したバンドギャップ(光学ギャップ)である。重畳積分法により複素誘電関数を解析した結果、実施形態に係る酸化物半導体SnWOのバンド構造は、Eg1とEg2の二種類の成分から構成されることが分かった。Eg1は、吸収端が高エネルギー側に位置するワイドギャップに相当し、Eg2は、吸収端が低エネルギー側に位置するナローギャップに相当する。つまり、バンドギャップのエネルギーの関係は、Eg2<Eg1である。
図10に示すように、Eg1は、O2ガスの割合の変化に対し3eV前後の値となり、その変化は小さい。一方、Eg2の場合、O2ガスの割合が8%以下では、0.4eV〜0.7eVの値となり、その変化は小さいが、O2ガスの割合が8%を超えると急峻に増大し、約2eVの値で飽和する傾向を示している。
図11は、図10に示した酸化物半導体SnWOにおけるSnおよびWの平均配位数を解析した結果を示す表である。Sn−K端およびWL−3端におけるEXAFSスペクトルを測定・解析することにより求められる。EXAFSスペクトルの測定は、大型放射光施設(Spring-8、BL14B2)にて実施した。Aは、Arガスのみの雰囲気中で形成したSnWOである。Bは、O2ガスの割合が5%の雰囲気中で形成したSnWOである。Cは、O2ガスの割合が15%の雰囲気中で形成したSnWOである。
図11に示すように、Snの平均配位数は、A:3.1、B:3.8、C:4.3であり、スパッタリング時のO2ガスの割合と正の相関を示している。一方、Wの平均配位数は、A、Cともに6であり、スパッタリング時のO2ガスの割合に対して変化は認められなかった。
また,酸化第一錫(正方晶のSnO)、酸化第二錫(正方晶ルチルのSnO2)および三酸化タングステン(単斜晶のWO3)の配位数についても測定した。解析の結果,図示しないが平均配位数は、SnO:4、SnO2:6、WO3:6である。
例えば、酸化物半導体は、金属と酸素の化合物である。金属原子と酸素原子の電気陰性度には大きな差があるため、酸化物半導体では、一般的にイオン結合性が強くなる。金属イオンを正に帯電した剛体球と見なし、酸素イオンを負に帯電した剛体球と見なせば、酸化物半導体の構造は、イオンクラスターモデルで説明可能である。これは、帯電した剛体球と仮定されたイオンが静電的に相互作用しているという考え方に基づいている。
酸化物半導体が金属原子と酸素原子が作るクラスターの集合体であると仮定すれば、各クラスターの配位構造は、一つの金属原子の周囲に複数の酸素原子が配位する多面体と考えることができる。金属原子が取り得る配位数は元素固有の性質に依存するが、価数が同じであっても複数種となる場合が多々ある。したがって、アモルファスの多元系酸化物半導体では、複数種の配位構造を有するクラスターが相互連結することにより、系の電子状態が決定される。
図10および図11に示すように、実施形態に係る酸化物半導体SnWOでは、バンド構造とクラスターの配位構造に相関があり、少なくとも二種類の電子状態が存在することが分かる。図10において、スパッタリング時のO2ガスの割合が8%より小さい領域を低酸素領域、8%より大きい領域を高酸素領域とすれば、低酸素領域では、Snの平均配位数が4より小さく、Sn原子間の相互作用が強くなっていると推定される。これに対し、高酸素領域では、Snの平均配位数が4よりも大きく、Sn原子間の相互作用は、低酸素領域に比べ低下していると考えられる。
一方、Wの平均配位数は6で変化しないから、WはSnWO中で八面体のWO6クラスターを形成していることは明らかである。実施形態に係る酸化物半導体SnWOにおいて、Wの添加は、Snの配位数制御に有効であり、配位子場分裂により伝導帯および価電子帯の双方に高密度の分散軌道が形成されるものと推定される。
以上の結果は、Sn原子間の相互作用を制御することによって、薄膜トランジスタの両極性動作に必要なナローギャップEg2のエネルギーを最適化できることを示している。すなわち、実施形態に係る酸化物半導体SnWOでは、SnおよびWの配位数がバンド構造の制御因子である。
本実施形態に係る酸化物半導体SnWOでは、電子と正孔の伝導性が共に高く、両極性動作が可能となる。また、高温耐性を有する。これにより、例えば、1つの酸化物半導体層50を用いて両極性のトランジスタ回路を構成できる。すなわち、CMOS回路を1つの酸化物半導体層50を用いて実現できる。言い換えれば、半導体装置100の高性能化、高機能化を低コストで実現できる。また、半導体装置100における特性の安定性を向上させることができる。
本実施形態は、上記の例に限定される訳ではない。例えば、タングステン(W)に加えて、タンタル(Ta)、モリブデン(Mo)、およびニオブ(Nb)のうちの少なくとも1つをさらに含む酸化物半導体を用いても良い。これらの遷移金属は、錫(Sn)のSn5s軌道およびSn5p軌道のエネルギーレベルに近いd軌道(Ta5d、Mo4d、Nb4d)を有し、加えて、主量子数が5以上である。このような理由から、タングステン(W)を添加した場合と同様の効果を期待できる。
本発明のいくつかの実施形態を説明したが、これらの実施形態は、例として提示したものであり、発明の範囲を限定することは意図していない。これら新規な実施形態は、その他の様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。これら実施形態やその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。