以下、本開示の実施形態を図面に基づいて説明する。以下に記載する実施形態の構成、ならびに当該構成によってもたらされる作用および結果(効果)は、あくまで一例であって、以下の記載内容に限られるものではない。
まず、実施形態の構成について説明する。
図1は、実施形態にかかる車両100の概略構成を示した例示的かつ模式的なブロック図である。以下では、一例として、前輪FLおよびFRと後輪RLおよびRRとを有した4輪の自動車としての車両100に実施形態の技術を適用した例について説明する。また、以下では、特に区別する必要が無い場合、前輪FLおよびFRと後輪RLおよびRRとを総称して車輪と記載することがある。
図1に示されるように、実施形態にかかる車両100は、ドライバによるブレーキペダル3の踏み込み操作に応じて制動力を発生させる常用ブレーキ1と、常用ブレーキ1とは別個にEPBモータ10によって制動力を発生させる電動駐車ブレーキ2と、の2種類のブレーキ装置(制動力付与部)を有している。電動駐車ブレーキは、EPB(Electric Parking Brake)とも称されうる。以下では、必要に応じて、常用ブレーキ1が発生させる制動力を常用制動力、電動駐車ブレーキ2が発生させる制動力を駐車制動力と、互いに区別して記載することがある。
図1に示される例では、常用ブレーキ1は、前輪FLおよびFRと後輪RLおよびRRとの全ての車輪に制動力を付与するように構成されており、電動駐車ブレーキ2は、後輪RLおよびRRのみに制動力を付与するように構成されている。詳細は後述するが、常用ブレーキ1および電動駐車ブレーキ2は、いずれも、車輪とともに回転するブレーキディスク12にブレーキパッド11を押し付けることで、車輪に摩擦力による制動力を付与するような構造になっている。
なお、図1には、一例として、電動駐車ブレーキ2が後輪RLおよびRRのみに制動力を付与する構成が例示されているが、実施形態の技術は、電動駐車ブレーキ2が前輪FLおよびFRのみに制動力を付与する構成にも適用可能である。
常用ブレーキ1は、ドライバによるたとえばブレーキペダル3の踏み込みなどといったブレーキ操作に基づいて圧力(液圧)を発生させるマスタシリンダ5と、負圧を利用してブレーキ操作の力を増幅する負圧ブースタ4と、を有している。常用ブレーキ1は、負圧ブースタ4によって増幅されたブレーキペダル3の踏み込み力に応じたマスタシリンダ5内の液圧を、各車輪に設けられるホイールシリンダ6に伝達することで、車輪に液圧による制動力を付与する。なお、負圧ブースタ4の負圧は、たとえばエンジン(不図示)の吸気に応じて発生する。
ここで、図1に示される例では、マスタシリンダ5とホイールシリンダ6との間に、液圧制御回路7が設けられている。この液圧制御回路7は、電磁弁やポンプなどを含み、常用ブレーキ1による制動力の調整などといった、車両100の安全性を向上させるためのESC(Electronic Stability Control)などといった各種の制御を実現するために設けられる。液圧制御回路7は、ESC−ECU(Electronic Control Unit)8の制御に基づいて駆動する。
一方、電動駐車ブレーキ2は、キャリパ13に設けられる電動アクチュエータとしてのEPBモータ10をEPB−ECU9の制御に基づいて駆動することで、前輪FLおよびFRに、常用ブレーキ1による制動力とは別個に制動力を付与する。したがって、実施形態では、次の図2に示されるように、後輪RLおよびRRには、常用ブレーキ1による常用制動力と、電動駐車ブレーキ2による駐車制動力と、の双方が付与されうる。
図2は、実施形態にかかる車両100の後輪RLおよびRRに設けられるブレーキ装置の構成を示した例示的かつ模式的な断面図である。図2には、後輪RLおよびRRのキャリパ13内の構造の具体例が示されている。
まず、常用ブレーキ1による常用制動力が増減するメカニズムについて簡単に説明する。
図2に示されるように、実施形態では、ホイールシリンダ6のボディ14に、当該ボディ14の内側の中空部14aにブレーキ液を導入する孔部14bが設けられている。中空部14aには、ボディ14の内周面に沿って往復移動可能なピストン19が設けられている。ピストン19は、有底筒状に構成されており、ピストン19の底部には、ブレーキディスク12に面するブレーキパッド11が設けられている。
ここで、ホイールシリンダ6のボディ14の内側には、ピストン19の外周面とボディ14の内周面との間からブレーキ液が外に漏れるのを抑制するためのシール部材22が設けられている。これにより、中空部14aに発生する液圧は、ピストン19のブレーキパッド11とは反対側の端面に付与される。
以上のような構造により、常用ブレーキ1の操作としてブレーキペダル3の踏み込み操作が行われると、中空部14a内にブレーキ液による液圧が発生し、ブレーキパッド11を押圧する方向(図2の紙面左方向)にピストン19が移動する。そして、ピストン19がブレーキパッド11を押圧する方向に移動すると、ブレーキパッド11がブレーキディスク12に接触して押し付けられ、当該ブレーキディスク12に対応した車輪に、摩擦力による常用制動力が付与される。
逆に、常用ブレーキ1の操作としてブレーキペダル3の踏み込みを解除する操作が行われると、中空部14a内の液圧が減少し、ブレーキパッド11の押圧を解除する方向(図2の紙面右方向)にピストン19が移動する。そして、ピストン19がブレーキパッド11の押圧を解除する方向に移動すると、ブレーキパッド11のブレーキディスク12への押し付け力が弱められ、当該ブレーキディスク12に対応した車輪に付与された制動力が減少する。なお、ブレーキパッド11がブレーキディスク12から完全に離れると、当該ブレーキディスク12に付与される常用制動力はゼロとなる。
次に、電動駐車ブレーキ2によって駐車制動力が増減するメカニズムについて簡単に説明する。
図2に示されるように、実施形態では、ホイールシリンダ6のボディ14に、EPBモータ10が固定されている。このEPBモータ10の駆動軸10aには、平歯車15が接続されている。これにより、EPBモータ10が駆動されて駆動軸10aが回転すると、当該駆動軸10aを回転中心として平歯車15も回転する。
また、平歯車15には、回転軸17を有した平歯車16が噛み合わされている。回転軸17は、平歯車16の回転中心に位置しており、ホイールシリンダ6のボディ14の挿入孔14cに挿入された状態で、当該挿入孔14cに設けられたOリング20および軸受け21によって支持されている。
ここで、回転軸17の平歯車16とは反対側の端部の外周面には、雄ネジ溝17aが形成されている。この雄ネジ溝17aは、ピストン19の内側で往復移動する有底筒状の直動部材18の内周面に設けられる雌ネジ溝18aと螺合する。これにより、EPBモータ10の駆動によって平歯車15が回転すると、平歯車16と共に回転軸17が回転し、雄ネジ溝17aと雌ネジ溝18aとの噛合いにより、直動部材18が回転軸17の軸方向に往復移動する。
なお、直動部材18は、回転軸17との関係での回り止め構造を有することで、回転軸17が回転しても当該回転軸17と共には回転しないような構造となっている。同様に、ピストン19も、直動部材18との関係での回り止め構造を有することで、仮に直動部材18が回転軸17を中心として回転しても当該直動部材18と共には回転しないような構造となっている。
このように、実施形態では、EPBモータ10の回転をピストン19の内側での直動部材18の往復移動に変換する運動変換機構が設けられている。なお、直動部材18は、EPBモータ10の駆動が停止されると、雄ネジ溝17aと雌ネジ溝18aとの噛合いによる摩擦力により、同じ位置で止まるようになっている。
以上のような構造により、電動駐車ブレーキ2の作動時においてEPBモータ10が正方向に回転すると、直動部材18がピストン19に当接する方向(図2の紙面左方向)に移動する。そして、ブレーキパッド11がブレーキディスク12に押し付けられた状態で直動部材18とピストン19とが当接すると、直動部材18によってピストン19が支持されるので、たとえブレーキペダル3(図1参照)の踏み込みが解除されて中空部14aの液圧が減少したとしても、車輪に付与されている駐車制動力はそのまま保持(ロック)されることになる。
逆に、EPBモータ10が逆方向に回転すると、直動部材18がピストン19から離れる方向(図2の紙面右方向)に移動する。そして、直動部材18がピストン19から離れると、その分、ピストン19によるブレーキパッド11のブレーキディスク12への押し付けが弱まり、車輪に付与されている駐車制動力は徐々に解放(リリース)されていくことになる。
このように、実施形態では、前輪FLおよびFRに制動力を付与するための機構が、常用ブレーキ1と電動駐車ブレーキ2とで一部共用される。
図1に戻り、ESC−ECU8は、たとえばプロセッサやメモリなどを備えたマイクロコンピュータとして構成されており、メモリなどに記憶されたプログラムをプロセッサによって実行することで、液圧制御回路7を制御するための各種の機能を実現する。ESC−ECU8は、車載ネットワークなどを介して、EPB−ECU9と通信可能に接続されている。
また、ESC−ECU8と同様に、EPB−ECU9も、たとえばプロセッサやメモリなどを備えたマイクロコンピュータとして構成されており、メモリなどに記憶されたプログラムをプロセッサによって実行することで、EPBモータ10を制御するための各種の機能を実現する。
実施形態において、EPB−ECU9は、たとえば、車両100を加速させる加速操作を行うためのアクセルペダル(不図示)の操作量としてのストロークを検出するストロークセンサ23の出力や、車両100の各車輪の回転速度を検出するスピードセンサ24の出力に基づく情報を取得し、取得した情報を、EPBモータ10の制御に利用することが可能なように構成されている。
なお、実施形態ではスピードセンサ24として、前輪FLの回転速度を検出するスピードセンサ24FLと、前輪FRの回転速度を検出するスピードセンサ24FRと、後輪RLの回転速度を検出するスピードセンサ24RLと、後輪RRの回転速度を検出するスピードセンサ24RRと、の4つが設けられる。
ところで、上記のようなスピードセンサ24を備えた車両100において、車速は、スピードセンサ24の検出結果としての車輪の回転速度に基づいて求められることが一般的である。
しかしながら、たとえば滑りやすい路面(いわゆる低μ路)などにおいて車輪のスリップが発生すると、車輪の回転速度が低下することで車輪の回転速度と実際の車速との乖離が大きくなり、車輪の回転速度の信頼性が低下する。
ここで、上記のようなスリップが発生した場合において、たとえば、車輪に付与する制動力を増減させることを繰り返すことでスリップの回復を図るアンチロック制御を実行することが知られている。しかしながら、車輪に付与する制動力の増減が繰り返されると、それに応じて車輪の回転速度も増減を繰り返すので、結果として、車輪の回転速度と実際の車速とが乖離し、車輪の回転速度の信頼性が低下する。
このように、車輪のスリップが発生すると、車輪の回転速度の信頼性が低下する。そして、車輪の回転速度の信頼性が低下すると、スピードセンサ24の検出結果を単純に用いる上記の一般的な方法では、車速の推定精度が低下する。
これに対して、たとえば、車両100の前後方向の加速度を検出し、当該加速度の積分に基づいて、車輪の回転速度に頼ることなく車速を推定する方法が知られている。しかしながら、この方法では、車両100の前後方向の加速度を検出するための前後加速度センサという新たなセンサを設ける必要があるので、コストの増加や構成の複雑化などといった不都合が発生する。
そこで、実施形態にかかるEPB−ECU9は、メモリなどに記憶された所定の制御プログラムをプロセッサによって実行し、次の図3に示されるような機能を有した車速推定装置300を実現することで、新たなセンサを必要としない簡単な構成で、車輪のスリップが発生した場合における車速の推定精度を向上させることを実現する。
図3は、実施形態にかかる車速推定装置300の機能を示した例示的なブロック図である。図3に示されるように、実施形態にかかる車速推定装置300は、センサ情報取得部301と、アクチュエータ制御部302と、車速推定部303と、を備えている。なお、実施形態では、図3に示された機能の一部または全部が、専用のハードウェア(回路)によって実現されてもよい。
センサ情報取得部301は、ストロークセンサ23やスピードセンサ24などといった、車両100に設けられる各種のセンサの出力に基づくセンサ情報を取得する。
アクチュエータ制御部302は、EPBモータ10を制御する。たとえば、アクチュエータ制御部302は、直動部材18の位置を制御するために、EPBモータ10を正回転させたり逆回転させたり停止させたりすることが可能である。
車速推定部303は、センサ情報取得部301により取得されるセンサ情報に基づいて、車両100の速度としての車速を推定する。
ここで、実施形態において、車速推定部303は、基本的には、センサ情報として取得されるスピードセンサ24の出力に基づく従来の推定方法により、車速を推定するように構成されている。より具体的に、車速推定部303は、4つのスピードセンサ24FL、24FR、24RL、および24RRの出力に基づいて、4つの車輪の回転速度のうち2番目に大きい回転速度を求め、当該2番目に大きい回転速度に基づいて、車速を推定するように構成されている。
2番目に大きい回転速度を用いた従来の推定方法によれば、車輪の回転速度の信頼性が低下しない限り、正確な車速を求めることが可能である。しかしながら、前述したように、低μ路などにおいて車輪のスリップが発生した場合においては、車輪の回転速度の信頼性が低下するので、従来の推定方法では、正確な車速を求めることができないことがある。
そこで、実施形態において、アクチュエータ制御部302は、前輪FLおよびFRと後輪RLおよびRRとのうち少なくとも一方のスリップが発生し、かつ、車両100を加速させる加速操作が実施されていない場合に、EPBモータ10を駆動することで、駐車制動力を増加させる増加制御と、駐車制動力を減少させる減少制御と、を繰り返す増減制御を実行する。そして、車速推定部303は、増減制御の実行中に、一方の車輪としての後輪RLおよびRRの回転速度と、他方の車輪としての前輪FLおよびFRの回転速度と、のうちいずれか大きい方に基づいて、車速を推定する。このような推定方法によれば、以下に説明するように、実際の車速により近い推定結果を得ることができる。
図4は、実施形態にかかる車速推定装置300が実行する車速の推定方法の一例を示した例示的かつ模式的な図である。図4に示される例は、加速操作が実施されていない状態での車輪のスリップの発生に応じて増減制御が実行された直後を起点として各種のパラメータの時間変化に対応する。
より具体的に、図4に示される例において、実線L400は、実際の車速の時間変化に対応する。また、一点鎖線L401aは、前輪FLおよびFRのうち一方の回転速度の時間変化に対応し、二点鎖線L401bは、前輪FLおよびFRのうち他方の回転速度の時間変化に対応する。また、一点鎖線L402aは、後輪RLおよびRRのうち一方の回転速度の時間変化に対応し、二点鎖線L402bは、後輪RLおよびRRのうち他方の回転速度の時間変化に対応する。
図4に示される例では、加速操作が実施されていない状態での車輪のスリップの発生に応じて増減制御が実行された結果として、前輪FLおよびFRの回転速度が徐々に低下するとともに(一点鎖線L401aおよび二点鎖線L401b参照)、後輪RLおよびRRの回転速度が交互に増減を繰り返す(一点鎖線L402aおよび二点鎖線L402b参照)。なお、図4に示される例では、後輪RLの回転速度の増減のタイミングと、後輪RRの回転速度の増減のタイミングと、が重なっていないが、実施形態では、両者が少なくとも一部のタイミングにおいて重なっていてもよい。
図4に示される例において、4つの車輪の回転速度のうち2番目に大きい回転速度に基づいて車速を推定する従来の推定方法を適用すると、前輪FLまたはFRの回転速度(一点鎖線L401aまたは二点鎖線L401b参照)に基づいて車速が推定されることになる。しかしながら、前輪FLおよびFRの回転速度は、いずれも、実際の車速(実線L400参照)とは大きく乖離しているので、従来の推定方法では、実際の車速とは乖離した推定結果が得られることになる。
そこで、図4に示される例においては、前輪FLおよびFRの回転速度のうちいずれか大きい方と、後輪RLおよびRRの回転速度のうちいずれか大きい方と、のうちいずれか大きい方に基づいて、車速が推定される。なお、以下では、簡単化のため、「前輪FLおよびFRの回転速度のうちいずれか大きい方」を、単に「前輪FLおよびFRの回転速度」と記載し、「後輪RLおよびRRの回転速度のうちいずれか大きい方」を、単に「後輪RLおよびRRの回転速度」と記載することがある。
上記のような推定により、図4に示される例においては、実線L403に示されるような推定結果が得られる。この実線L403に示される推定結果は、上記の従来の推定方法で得られる推定結果(一点鎖線L401aまたは二点鎖線L401b参照)に比べて、実際の車速(実線L400参照)に近いので、図4に示される例によれば、車輪のスリップが発生した場合における車速の推定精度の向上を実現することができる。
このように、図4に示される例においては、前輪FLおよびFRの回転速度よりも後輪RLおよびRRの回転速度の方が大きい区間において後輪RLおよびRRの回転速度の方が考慮に入る分、全ての区間において前輪FLおよびFRのいずれか一方の回転速度しか考慮に入らない従来の推定方法に比べて、実際の車速により近い推定結果が得られる。しかしながら、後輪RLおよびRRの回転速度は、増減制御に応じて増減するので、後輪RLおよびRRの回転速度に基づいて車速を推定すると、特に後輪RLおよびRRの回転速度が急激に減少した後において、推定結果と実際の車速との乖離が大きくなることがある。
そこで、実施形態は、図4に示される例とは異なる例として、後輪RLおよびRRの回転速度が急激に減少した後においては、後輪RLおよびRRの回転速度ではなく、実際の車速からの乖離がより小さくなるように予め設定された回転速度を利用して、実際の車速により近い車速を推定結果として得ることも可能である。
すなわち、実施形態において、車速推定部303は、次の図5に例示されるような推定方法に基づき、後輪RLおよびRRの回転速度が前輪FLおよびFRの回転速度よりも大きい場合であっても、後輪RLおよびRRの回転速度の減少度合を示す値が閾値より大きくなった場合には、当該減少度合を示す値が閾値よりも大きくなったタイミングにおける後輪RLおよびRRの回転速度以上に予め設定された回転速度に基づいて、車両の速度を推定しうる。なお、減少度合を示す値としては、たとえば、時間微分(の絶対値)を用いることが可能である。
図5は、実施形態にかかる車速推定装置300が実行する車速の推定方法の他の一例を示した例示的かつ模式的な図である。図5に示される例も、図4に示される例と同様に、加速操作が実施されていない状態での車輪のスリップの発生に応じて増減制御が実行された直後を起点として各種のパラメータの時間変化に対応する。
図5に示される例において、実線L400、一点鎖線L401a、二点鎖線L401b、一点鎖線L402a、および二点鎖線L402bの意味は、図4に示される例と同様である。すなわち、図5に示される例においても、図4に示される例と同様に、車輪のスリップの発生に応じて増減制御が実行された結果として、前輪FLおよびFRの回転速度が徐々に低下するとともに(一点鎖線L401aおよび二点鎖線L401b参照)、後輪RLおよびRRの回転速度が交互に増減を繰り返す(一点鎖線L402aおよび二点鎖線L402b参照)。
図5に示される例は、前輪FLおよびFRの回転速度と後輪RLおよびRRの回転速度とのうちいずれか大きい方に基づいて車速を推定するという基本的なコンセプトにおいて、図4に示される例と同様である。しかしながら、図5に示される例においては、前述したように、後輪RLおよびRRの回転速度が前輪FLおよびFRの回転速度よりも大きい場合であっても、後輪RLおよびRRの回転速度の減少度合を示す値が閾値よりも大きくなった場合には、実際の車速からの乖離がより小さくなるように予め設定された回転速度に基づいて、車両の速度が推定される。したがって、図5に示される例によれば、次の実線L503に示されるような推定結果が得られる。
実線L503において、点P501は、後輪RLおよびRRのうち一方の回転速度(一点鎖線L402a参照)が急激に減少し、当該回転速度の減少度合を示す値が閾値よりも大きくなるポイントの一つを表している。したがって、図5に示される例では、点P501において、車速の推定方法が、前輪FLおよびFRの回転速度と後輪RLおよびRRの回転速度とのうちいずれか大きい方に基づく推定方法から、予め設定された回転速度に基づく推定方法に切り替わる。
ここで、図5に示される例のような、加速操作が実施されていない状況においては、実際の車速(実線L400参照)は、時間経過とともに徐々に減少する。したがって、このような実際の車速の変化に対応するように、上記の予め設定された回転速度は、上記の閾値よりも小さい減少度合で、時間経過とともに減少する(実線L503における点P501と点P502との間の区間参照)。
ところで、実線L503において、点P502は、点P501において車速の推定方法が切り替わった後に、後輪RLおよびRRのうち他方の回転速度(二点鎖線L402b参照)が、予め設定された回転速度よりも大きくなるポイントの一つを表している。したがって、点P502以降は、予め設定された回転速度に基づいて車速を推定するよりも、後輪RLおよびRRのうち他方の回転速度に基づいて車速を推定した方が、実際の車速(実線L400参照)により近い推定結果が得られる。
そこで、図5に示される例では、前輪FLおよびFRの回転速度と後輪RLおよびRRの回転速度とのうちいずれか大きい方に基づく推定方法から、予め設定された回転速度に基づく推定方法に切り替わった後、後輪RLおよびRRの回転速度が、予め設定された回転速度よりも大きくなった場合、後輪RLおよびRRの回転速度に基づいて、車速が推定される。
なお、実線L502においては、車速の推定方法が点P501および点P502と同様に切り替わるポイントが他にも存在するが、それらのポイントにおける車速の推定方法の切り替わりは、点P501および点P502と同様であるので、ここでは説明を省略する。
このように、図5に示される例によれば、特に後輪RLおよびRRの回転速度が急激に減少した後において推定結果と実際の車速との乖離が大きくなるのを回避することができるので、車速の推定精度の向上を実現することができる。
ところで、上記の説明では、スリップが発生する状況の一例として、車両100が低μ路を走行する状況が想定されている。しかしながら、実施形態では、スリップが発生する状況の他の一例として、常用ブレーキ1の後輪RLおよびRR側の機能が失陥したこと、すなわち、常用ブレーキ1が前輪FLおよびFRと後輪RLおよびRRとの両方に常用制動力を発生可能な状態から前輪FLおよびFRのみに常用制動力を発生可能な状態に変化したこと、に応じてドライバの操作または自動制御が実施される結果として電動駐車ブレーキ2が後輪RLおよびRRに駐車制動力を発生させるような状況も想定される。
上記の後者の状況においても、後輪RLおよびRRの制動力がセンターデフ(不図示)を介して前輪FLおよびFRにも伝達される結果、前輪FLおよびFRの回転速度の落ち込みが発生し、車輪の回転速度の信頼性が低下する。このような状況であっても、実施形態によれば、前輪FLおよびFRの回転速度と後輪RLおよびRRの回転速度とのうちいずれか大きい方に基づいて車速を推定するという基本的なコンセプトに基づいて、実際の車速により近い車速を求めることができる。
次に、実施形態の制御動作についてより詳細に説明する。
図6は、実施形態にかかる車速推定装置300が増減制御のために実行する一連の処理を示した例示的かつ模式的なフローチャートである。
図6に示されるように、実施形態では、まず、ステップS601において、車速推定装置300のアクチュエータ制御部302は、車輪のスリップが発生し、かつ、加速操作が実施されていない、という条件が成立したか否かを判断する。この判断は、センサ情報取得部301により取得されるセンサ情報に基づいて行われる。
ステップS601において、車輪のスリップが発生し、かつ、加速操作が実施されていない、という条件が成立したと判断された場合、ステップS602に処理が進む。そして、ステップS602において、車速推定装置300のアクチュエータ制御部302は、電動駐車ブレーキ2による増減制御を実行する。なお、このステップS602で実行される増減制御の詳細については後述する。そして、処理が終了する。
なお、ステップS602において、車輪のスリップが発生し、かつ、加速操作が実施されていない、という条件が成立していないと判断された場合、ステップS602のような増減制御が実行されることなく、そのまま処理が終了する。
ここで、実施形態では、図6に示されるステップS602の増減処理が実行されている間、次の図7に示される一連の処理が繰り返し実行されうる。
図7は、実施形態にかかる車速推定装置300が車速の推定のために実行する一連の処理を示した例示的かつ模式的なフローチャートである。この図7に示される一連の処理は、図5を参照しながら既に説明した車速の推定方法に対応する。なお、図7に示される一連の処理のうちのいくつかの処理における不等号は、等号付きの不等号に置き換えられてもよい。
図7に示されるように、実施形態では、まず、ステップS701において、車速推定装置300の車速推定部303は、後輪RLおよびRRの回転速度が前輪FLおよびFRの回転速度よりも大きいか否かを判断する。
ステップS701において、後輪RLおよびRRの回転速度が前輪FLおよびFRの回転速度以下であると判断された場合、前輪FLおよびFRの回転速度に基づいて推定される車速の方が、後輪RLおよびRRの回転速度に基づいて推定される車速よりも、実際の車速に近くなると判断できる。したがって、この場合、ステップS702に処理が進み、当該ステップS702において、車速推定装置300の車速推定部303は、前輪FLおよびFRの回転速度に基づいて、車速を推定する。そして、ステップS701に処理が戻る。
一方、ステップS701において、後輪RLおよびRRの回転速度が前輪FLおよびFRの回転速度よりも大きいと判断された場合、後輪RLおよびRRの回転速度に基づいて推定される車速の方が、前輪FLおよびFRの回転速度に基づいて推定される車速よりも、実際の車速に近くなると判断できる。したがって、この場合、ステップS703に処理が進み、当該ステップS703において、車速推定装置300の車速推定部303は、後輪RLおよびRRの回転速度に基づいて、車速を推定する。
そして、ステップS704において、車速推定装置300の車速推定部303は、後輪RLおよびRRの回転速度の減少度合を示す値が閾値よりも大きいか否かを判断する。前述したように、減少度合を示す値としては、たとえば、時間微分(の絶対値)を用いることができる。
ステップS704において、後輪RLおよびRRの回転速度の減少度合を示す値が閾値以下であると判断された場合、後輪RLおよびRRの回転速度の急激な減少とともに車速の推定結果と実際の車速との乖離が急激に大きくなっていく、という状況が発生する可能性は低いと判断できる。したがって、この場合、ステップS703に処理が戻り、後輪RLおよびRRの回転速度に基づく車速の推定が実行される。
一方、ステップS704において、後輪RLおよびRRの回転速度の減少度合を示す値が閾値よりも大きいと判断された場合、後輪RLおよびRRの回転速度の急激な減少とともに車速の推定結果と実際の車速との乖離が急激に大きくなっていく、という状況が発生する可能性が高いと判断できる。したがって、この場合、ステップS705に処理が進み、当該ステップS705において、車速推定装置300の車速推定部303は、実際の車速からの乖離がより小さくなるように予め設定された回転速度に基づいて、車速を推定する。
そして、ステップS706において、車速推定装置300の車速推定部303は、後輪RLおよびRRの回転速度が、上記の予め設定された回転速度より大きくなったか否かを判断する。
ステップS706において、後輪RLおよびRRの回転速度が予め設定された回転速度以下であると判断された場合、後輪RLおよびRRの回転速度に基づいて推定される車速と実際の車速との乖離がまだ大きい状態であると判断できる。したがって、この場合、ステップS705に処理が戻り、予め設定された回転速度に基づく車速の推定が実行される。
一方、ステップS706において、後輪RLおよびRRの回転速度が予め設定された回転速度より大きくなったと判断された場合、後輪RLおよびRRの回転速度に基づいて推定される車速と実際の車速との乖離が小さくなった状態であると判断できる。したがって、この場合、ステップS707に処理が進み、当該ステップS707において、車速推定装置300の車速推定部303は、後輪RLおよびRRの回転速度に基づいて、車速を推定する。そして、ステップS701に処理が戻る。
このようにして、図5を参照しながら既に説明した車速の推定方法に対応した一連の処理が実行される。
なお、図4を参照しながら既に説明した車速の推定方法では、後輪RLおよびRRの回転速度の減少度合が考慮されないので、図7に示される一連の処理のうちのステップS704〜S707が実行されない。すなわち、図4を参照しながら既に説明した車速の推定方法では、図7においてステップS703の後はステップS701に処理が戻るようなフローチャートに従って処理が実行される。
図8は、実施形態にかかる車速推定装置300が実行する増減制御の詳細を示した例示的かつ模式的なフローチャートである。この図8に示される一連の処理は、図6においてS602に処理が進んだ場合に実行される。
図8に示されるように、実施形態では、まず、ステップS801において、車速推定装置300のアクチュエータ制御部302は、EPBモータ10を正回転させることで、制御対象輪としての前輪FLおよびFRに付与する駐車制動力を増加させる増加制御を実行する。
そして、ステップS802において、車速推定装置300のアクチュエータ制御部302は、車輪(前輪FLおよびFR)のロックが発生したか否かを判断する。
ステップS802において、車輪のロックが発生していないと判断された場合、ステップS803に処理が進む。そして、ステップS803において、車速推定装置300のアクチュエータ制御部302は、前輪FLおよびFRに付与する駐車制動力を現状のまま保持する保持制御を実行する。そして、ステップS802に処理が戻る。
一方、ステップS802において、車輪のロックが発生したと判断された場合、ステップS804に処理が進む。そして、ステップS804において、車速推定装置300のアクチュエータ制御部302は、EPBモータ10を逆回転させることで、前輪FLおよびFRに付与する駐車制動力を減少させる減少制御を実行する。
そして、ステップS805において、車速推定装置300のアクチュエータ制御部302は、車輪(前輪FLおよびFR)のロックが解消したか否か、すなわち車輪がロックから復帰したか否かを判断する。
ステップS805において、車輪のロックがまだ解消していないと判断された場合、ステップS804に処理が戻る。
一方、ステップS805において、車輪のロックが解消したと判断された場合、ステップS801に処理が戻る。
このように、実施形態では、増加制御、保持制御、および減少制御が適宜繰り返されることで、増減制御が実現される。なお、増減制御は、車輪のスリップが解消した場合に終了しうる。
以上説明したように、実施形態にかかる車速推定装置300は、後輪RLおよびRRにEPBモータ10による駐車制動力を発生させる電動駐車ブレーキ2と、前輪FLおよびFRと後輪RLおよびRRとの両方に駐車制動力とは別個の常用制動力を発生させる常用ブレーキ1と、を備えた車両100の速度としての車速を推定する装置である。この車速推定装置300は、アクチュエータ制御部302と、車速推定部303と、を有している。アクチュエータ制御部302は、前輪FLおよびFRと後輪RLおよびRRとのうち少なくとも一方のスリップが発生し、かつ、車両100を加速させる加速操作が実施されていない場合に、EPBモータ10を駆動することで、駐車制動力を増加させる増加制御と、駐車制動力を減少させる減少制御と、を繰り返す増減制御を実行する。車速推定部303は、増減制御の実行中に、後輪RLおよびRRの回転速度と、前輪FLおよびFRの回転速度と、のうちいずれか大きい方に基づいて、車速を推定する。
実施形態にかかる車速推定装置300によれば、増減制御の実行中は、後輪RLおよびRRの回転速度と、前輪FLおよびFRの回転速度と、のうちいずれか大きい方、つまり実際の車速に近い方に基づいて車速が推定されるので、新たなセンサを必要としない簡単な構成で、車輪のスリップが発生した場合における車速の推定精度を向上させることができる。
また、実施形態にかかる車速推定装置300において、車速推定部303は、後輪RLおよびRRの回転速度が前輪FLおよびFRの回転速度よりも大きい場合であっても、後輪RLおよびRRの回転速度の減少度合を示す値が閾値よりも大きくなった場合には、当該減少度合を示す値が閾値よりも大きくなったタイミングにおける後輪RLおよびRRの回転速度以上に予め設定された回転速度に基づいて、車速を推定しうる。このような構成によれば、後輪RLおよびRRの回転速度が急激に減少することで実際の車速との乖離が急激に大きくなる場合に、予め設定された回転速度に基づいて、実際の車速により近い車速を推定することができる。
また、実施形態にかかる車速推定装置300において、上記の予め設定された回転速度は、上記の閾値よりも小さい減少度合で時間経過とともに減少しうる。このような構成によれば、予め設定された回転速度を、加速操作が実施されていないために時間経過とともに低下する実際の車速に合わせて時間変化させることができる。
また、実施形態にかかる車速推定装置300において、車速推定部303は、後輪RLおよびRRの回転速度が、上記の予め設定された回転速度よりも大きくなった場合、後輪RLおよびRRの回転速度に基づいて、車速を推定する。このような構成によれば、後輪RLおよびRRの回転速度が予め設定された回転速度よりも実際の車速に近くなった場合に、後輪RLおよびRRの回転速度の方を車速の推定の根拠として適切に選択することができる。
なお、上述した実施形態では、電動駐車ブレーキ2を使用して増減制御を実現し、前輪FLおよびFRの回転速度と、後輪RLおよびRRの回転速度と、のいずれか大きい方に基づいて車速を推定する構成が例示されている。しかしながら、変形例として、電動駐車ブレーキ2を使用することなく常用ブレーキ1を使用して増減制御を実現し、前輪FLおよびFRの回転速度と、後輪RLおよびRRの回転速度と、のいずれか大きい方に基づいて車速を推定する構成も考えられる。ただし、上記で説明したような車速推定の技術は、EPBモータ10が正弦波駆動を行うために車輪の回転速度の極端な変化を起こしやすい電動駐車ブレーキ2を使用して増減制御を実現する実施形態のような構成に対して特に有効である。
以上、本発明の実施形態を説明したが、上述した実施形態はあくまで一例であって、発明の範囲を限定することは意図していない。上述した新規な実施形態は、様々な形態で実施されることが可能であり、発明の要旨を逸脱しない範囲で、種々の省略、置き換え、変更を行うことができる。また、上述した実施形態およびその変形は、発明の範囲や要旨に含まれるとともに、特許請求の範囲に記載された発明とその均等の範囲に含まれる。