以下、バッテリ10の保持構造について図面を参照して説明する。図1は、バッテリ10の保持構造の平面図であり、図2は、正面図である。また、図3、図4は、それぞれ、図1におけるA−A断面図およびB−B断面図である。なお、図2では、バッテリ10およびクランプ14の正面が見えるように、キャリア12を一部破断して図示している。また、以下の図面において、「Fr」、「Up」、「Rh」は、それぞれ、車両の前方、上方、右側方を示している。ここで、車両の前後左右とは、運転手からみての前後左右を意味している。
このバッテリ10の保持構造は、走行動力源の一つとして、電力で駆動するモータを搭載した電動車両(例えば、ハイブリッド車両や電気自動車など)に搭載される。バッテリ10の保持構造は、通常、車両の客室空間以外の空間、例えば、パワーユニット室(エンジンルームともいう)や、座席の下側などに配される。バッテリ10は、キャリア12に載置された後、クランプ14によりキャリア12に固定される。また、キャリア12は、車両の他部材(例えば車体、骨格部材など)に締結される。
バッテリ10は、走行用モータに供給する電力を蓄電する蓄電装置である。このバッテリ10は、比較的、高電圧であり、放電と充電とが可能な二次バッテリである。バッテリ10は、車幅方向に長尺な略直方体形状となっている。バッテリ10は、その前面(長尺方向)が、車幅方向と略平行になるような姿勢で、キャリア12に固定される。
バッテリ10の下部には、外側に張り出す突出部18f,18l,18r,18bが設けられている。この突出部18f,18l,18r,18bは、バッテリ10の4面全部に設けられている。以下では、バッテリ10の前面から突出する突出部を「前方突出部18f」、後面から突出する突出部を「後方突出部18b」、右側面から突出する突出部を「右側方突出部18r」、左側面から突出する突出部を「左側方突出部18l」と呼ぶ。また、前後左右を区別しない場合には、単に「突出部18」と呼ぶ。各突出部18の上面は、いずれも、水平方向外側に向かうにつれて低くなるような傾斜面となっている。
キャリア12は、バッテリ10が載置される部材であり、バッテリ10の一部が収容される収容凹部20と、当該収容凹部20の周縁から水平方向に張り出すフランジ28と、を有した略皿状部材である。このキャリア12は、樹脂等で構成されており、例えば、射出成形で成形される。キャリア12は、車体等に螺合などの手段により固定される。図1において、丸で囲ったバツ印は、キャリア12と車体等との締結位置30を示している。図1から明らかなとおり、本例では、キャリア12は、収容凹部20の底面の2箇所、フランジ28の1箇所、合計3箇所が、車体等に締結されている。
収容凹部20は、平面視で、車幅方向に長尺な略長方形となっており、この収容凹部20の平面寸法は、バッテリ10の平面寸法よりも十分に大きい。したがって、収容凹部20の内部に、バッテリ10を載置した場合、バッテリ10の左右前後には、ある程度のスペースができ、クランプ14で固定される前の段階では、バッテリ10は、収容凹部20内において、左右および前後方向にスライド移動できる。
図3、図4から明らかなとおり、収容凹部20のうち、後端面および右端面には、水平方向内側に突出する返し部22が形成されている。返し部22の底面は、水平方向外側に向かうにつれて低くなる傾斜面であり、その傾斜角度および高さは、後方突出部18bおよび右側方突出部18rの上面の傾斜角度および高さとほぼ同じとなっている。したがって、バッテリ10の後端面および右端面が、収容凹部20の後端面および右端面に当接するまで、バッテリ10をスライドさせると、返し部22が、後方突出部18bおよび右側方突出部18rの上面に覆い被さることになる。そして、これにより、バッテリ10の後方および右側方の浮き上がりが防止される。
クランプ14は、バッテリ10の一隅、本例では、バッテリ10の左前の一隅を、キャリア12の底面26に押し付けて固定する部材である。このクランプ14は、平面視では、図1に示すように、バッテリ10のコーナーに沿うような略L字状となっている。
より具体的に説明すると、クランプ14は、前方当接部36と、側方当接部34、締結部38と、前方立壁部40と、脚部42と、に大別される。前方当接部36は、図4に示す通り、前方突出部18fの上面に上側から当接する部位である。この前方当接部36は、前方に向かうにつれ低くなるように傾斜しており、その傾斜角度および高さは、前方突出部18fの上面の傾斜角度および高さとほぼ同じである。この前方当接部36の前端からは、脚部42が下方に伸びている。また前方当接部36の後端(上端)からは、前方立壁部40が上方に延びている。さらに、前方当接部36の左端には、側方当接部34が、略90度の角度を成して連結されている。
側方当接部34は、図3に示す通り、左側方突出部18lの上面に上側から当接する部位である。この側方当接部34は、左側方に向かうにつれ低くなるように傾斜しており、その傾斜角度および高さは、左側方突出部18lの上面の傾斜角度および高さとほぼ同じである。この側方当接部34の左端からは、締結部38が延びている。
締結部38は、キャリア12の底面26と平行な方向、すなわち、水平方向に延びる部位である。締結部38の左端部からは、脚部42が下方に延びている。また、締結部38には、締結ボルト44が挿通される締結孔32(図1参照)が一つ形成されている。締結部38およびキャリア12の底面26が、この締結ボルト44および当該締結ボルト44に螺合するナットで、共締めされることで、締結部38、ひいては、クランプ14が、キャリア12に固定される。
ここで、図1から明らかなとおり、本例において、締結孔32は、1つだけである。したがって、締結ボルト44の頭部と、締結部38上面との間の摩擦力を超える水平方向の力が付加されると、クランプ14は、当該締結孔32(キャリア12との締結位置)を中心として水平面内で回動し得る。ただし、バッテリ10の浮き上がりがない通常状態においては、クランプ14は、バッテリ10の前面および左側面との当接関係により、その回動が規制されている。
前方立壁部40は、図2、図4に示すように、前方当接部36の上端(後端)から上方に延びる部位で、バッテリ10の前端面に近接または当接する部位である。この前方当接部36には、車両後突時に浮き上がったバッテリ10の前端下端が当接する。
ここで、上述した締結孔32は、バッテリ10よりも、左側方となる位置に設けられている。かかる位置に設けることで、クランプ14が締結孔32(キャリア12との締結位置)を中心として回動すると、前方立壁部40および側方当接部34の一方がバッテリ10から離れ、他方がバッテリ10に近づくという挙動が成立する。すなわち、クランプ14が、締結孔32を中心として、時計回り方向(図1のRc方向)に回動すると、側方当接部34は、バッテリ10から離れ、前方当接部36および前方立壁部40は、バッテリ10に近づくことになる。また、逆に、クランプ14が、締結孔32を中心として、反時計回り方向(図1のRa方向)に回動すると、側方当接部34は、バッテリ10に近づき、前方当接部36および前方立壁部40は、バッテリ10から離れることになる。これにより、車両後突時におけるバッテリ10の浮き上がりを抑制できるが、これについては、後述する。
なお、締結孔32は、クランプ14の回動時に、前方立壁部40および側方当接部34のバッテリ10への接近/乖離の向きが反転する位置であれば、他の位置に設けられていてもよい。具体的には、締結孔32は、前方立壁部40よりも、左側方位置に設けられていればよく、バッテリ10の左前コーナーよりも右側方に位置していてもよい。なお、本例では、前方立壁部40は、バッテリ10の左端から少し右側に離れた位置に設けられている。かかる構成とすることで、前方立壁部40を、バッテリ10の左端まで伸ばす構成に比べて、締結孔32の設置可能範囲を広げることができ、設計の自由度を向上できる。
次に、こうしたバッテリ10の保持構造におけるバッテリ10の組み付け手順について説明する。バッテリ10を、車両に組み付ける際には、まず、キャリア12を、車両に締結する。すなわち、キャリア12の三箇所の締結位置30を、車両の車体等に螺合締結する。続いて、キャリア12の収容凹部20の内部にバッテリ10を載置する。このとき、バッテリ10の後端および右端が、キャリア12の返し部22に干渉しないように、バッテリ10は、収容凹部20の後端面および右端面からやや離間した位置に置かれる。
キャリア12の収容凹部20にバッテリ10を載置すれば、続いて、当該バッテリ10を後方かつ右側方に押して、バッテリ10の後端面を収容凹部20の後端面に、バッテリ10の右端面を収容凹部20の右端面に当接させる。これにより、キャリア12の返し部22が、バッテリ10の後方突出部18bおよび右側方突出部18rに覆い被さるため、バッテリ10の後部および右側部の浮き上がりが防止される。
続いて、バッテリ10の左前の一隅を、クランプ14で押さえて固定する。具体的には、バッテリ10の前方突出部18fの上にクランプ14の前方当接部36が、バッテリ10の左側方突出部18lの上にクランプ14の側方当接部34が位置するように、クランプ14を配置し、当該クランプ14を、締結ボルト44で、キャリア12に締結する。これにより、バッテリ10の前部および左側部の浮き上がりが防止される。また、クランプ14により、バッテリ10のスライド移動も規制されるため、バッテリ10が、収容凹部20内の定位置に固定される。そして、この状態になれば、バッテリ10の組み付けが完了となる。
ここで、これまでの説明で明らかなとおり、本来、バッテリ10の浮き上がりは、返し部22およびクランプ14の当接部34,36で防止される。しかし、キャリア12およびバッテリ10に、車両前向きの大きな力が加わった場合、例えば、車両の後部に衝突体が衝突する車両後突時等には、バッテリ10の前部が、浮き上がることがある。従来技術では、この浮き上がりに伴い、クランプ14によるバッテリ10の固定が解除され、バッテリ10が、キャリア12から離脱することがあった。本例では、こうしたバッテリ10の前部の浮き上がりに伴う、バッテリ10の離脱を防止するために、クランプ14に前方立壁部40を設けている。この前方立壁部40の作用を、従来技術と比較して説明する。
図5は、車両後突時におけるB−B断面図である。また、図7は、従来技術における車両後突時の様子を示す断面図である。図7に示す従来のクランプ14では、前方立壁部40がなく、前方当接部36の上端が、クランプ14の前部の上端であった。換言すれば、従来のクランプ14では、その前部の上端Ftの高さが比較的、低かった。
図7に示す従来の構造で、車両後突が生じた場合の挙動について説明する。車両後突時には、バッテリ10の後端に、キャリア12を介して、車両前向きの大きな衝突荷重が入力される。この衝突荷重を受けて、バッテリ10は、その前端が浮き上がるように垂直面内で揺動することがある。すなわち、車両後突時、バッテリ10は、図7における矢印X方向に揺動することがある。
バッテリ10の前部が浮き上がった場合のクランプ14の挙動は、バッテリ10の前下端Fbの高さが、前方当接部36の上端Ftの高さ未満になる場合と、上端Ftの高さを越える場合とで大きく異なる。バッテリ10の前部が、前方当接部36の上端Ftの高さを超えない範囲で浮き上がると、前方当接部36は、当該バッテリ10から上向きの力を受ける。そして、前方当接部36は、傾斜面であるため、この上向きの力の一部は、前向きの力に変換される。すなわち、バッテリ10の前部が浮き上がることで、前方当接部36は、前向きに押圧される。同様に、側方当接部34も、バッテリ10から上向きの力を受け、さらに、この上向きの力は、左向きの力に変換される。結果として、側方当接部34は、バッテリ10から左向きの力を受ける。
この前方当接部36が受ける前向きの力と、側方当接部34が受ける左向きの力が、ほぼ同じであれば、クランプ14は、回動することなく静止する。一方、前方当接部36が受ける前向きの力と、側方当接部34が受ける左向きの力に差がある場合には、クランプ14は、締結孔32を中心として回動しようとするが、時計回り方向Rcおよび反時計回り方向Raのいずれの方向に回動したとしても、前方当接部36および側方当接部34のいずれかが、バッテリ10に当接するため、一定以上の回動は規制される。つまり、バッテリの前下端Fbが前方当接部36の上端Ftよりも低い場合、前方当接部36および側方当接部34と、バッテリ10との当接関係が維持され続けるため、バッテリ10のキャリア12からの離脱は防止される。
一方、バッテリ10の浮き上がり量が大きくなり、バッテリ10の前下端Fbが、前方当接部36の上端Ftより高くなると、クランプ14の回動が生じやすくなる。すなわち、バッテリ10の前下端Fbが、前方当接部36の上端Ftより高くなると、前方当接部36と前方突出部18fとの当接関係が解除され、前方当接部36は、バッテリ10から前向きの力を受けなくなる。
一方、バッテリ10の下端高さは、後方に近づくにつれ低くなるため、側方当接部34のうち後方寄り部分は、バッテリ10の左側方突出部18lとの当接関係が維持される。この場合、側方当接部34は、バッテリ10から左向き(バッテリ10から離れる向き)の力を受け続けることになる。この左向きの力を受けて、クランプ14は、締結孔32を中心として、側方当接部34がバッテリ10から離れる方向、すなわち、時計回り方向Rcに回動する。このとき、前方突出部18fは、バッテリ10に近づく方向に移動することになるが、前方突出部18fは、バッテリ10に当接していないため、クランプ14の回動は規制されない。結果として、従来のクランプ14では、前方突出部18fと前方当接部36との当接関係が解除されると、左側方突出部18lと側方当接部34との当接関係も容易に解除されてしまう。そして、これにより、バッテリ10が、キャリア12から離脱するおそれがあった。
本明細書で開示するバッテリ10の保持構造では、上述したとおり、また、図5に示す通り、前方突出部18fの上端に、前方立壁部40が接続されている。図5に示す通り、バッテリ10の前下端Fbが、前方当接部36の上端Ftより上方に浮き上がった後、この前方立壁部40には、バッテリ10の前方突出部18fが当接する。このとき、前方立壁部40は、バッテリ10から前向きに押されることになる。その結果、クランプ14は、締結孔32を中心として、反時計回り方向Raに回動しようとし、側方当接部34が、バッテリ10に近づく方向に移動する。そして、側方当接部34が、バッテリ10に近づく方向に移動する。図6は、このときの左側方突出部18lと側方当接部34との状態を示すイメージ図である。図6に示すように、左側方突出部18lと側方当接部34との当接関係が維持されている箇所では、左側方突出部18lがバッテリ10に近づくと、傾斜した側方当接部34により、バッテリ10が下方向に押されることになる。そして、これにより、バッテリ10の更なる浮き上がりが抑制され、ひいては、バッテリ10のキャリア12からの離脱が効果的に防止される。
以上の説明から明らかなとおり、本明細書で開示するバッテリ10の保持構造では、クランプ14に、前方当接部36の上端から上方に延びる前方立壁部40を設けたため、車両後突により、バッテリ10の前部が浮き上がった場合であっても、当該バッテリ10のキャリア12からの離脱を効果的に防止できる。なお、本例では、バッテリ10の前端および左端をクランプ14で押さえる構成としているが、この構成は、左右反転されてもよい。すなわち、バッテリ10の前端および右端をクランプ14で押さえて固定する構造としてもよい。