以下本発明を、その好ましい実施形態に基づき図面を参照しながら説明する。本発明においては、所定の成分を含む被膜形成用組成物を被膜形成対象物に直接施して繊維を含む堆積体からなる被膜を形成して、被膜形成対象物の表面の温度を調節する。被膜を構成する繊維は、その表面の水接触角が所定の範囲を有するものである。被膜形成対象物の表面温度の調節方法については後述する。
被膜形成対象物の表面の温度を調節するための被膜の形成方法として、本発明では静電スプレー法を採用している。静電スプレー法は、後述する被膜形成用組成物に正又は負の高電圧を印加して該組成物を帯電させ、帯電した該組成物を対象物に向けて噴霧する方法である。噴霧された組成物はクーロン反発力によって微細化を繰り返しながら空間に広がり、その過程で、又は対象物に付着した後に、揮発性物質である溶媒が蒸発することで、被膜形成対象物の表面に被膜を形成する。
詳細には、本発明の温度調節方法は、被膜形成用組成物を、静電スプレー法によって被膜形成対象物の表面に直接噴霧して被膜を形成させ(被膜形成工程)、然る後に、被膜形成対象物の表面の温度を調節する(温度調節工程)。静電スプレー法は、被膜形成対象物の表面に被膜形成用組成物を静電スプレーして繊維を含む堆積物からなる被膜を形成する方法である。
なお本明細書における静電スプレー法とは、被膜形成対象物に直接静電スプレーして、被膜を形成する工程を意味する。被膜形成用組成物を被膜形成対象物以外の場所に静電スプレーして繊維からなるシートを作製し、そのシートを被膜形成対象物に塗布又は貼付する工程は、「直接」には当たらない。
図1には、本発明で好適に用いられる被膜の製造装置の構成を表す概略図が示されている。同図に示す被膜の製造装置10(以下、被膜製造装置10ともいう。)は、静電スプレー法を実施可能な装置である。同図に示す被膜製造装置10は、低電圧電源11を備えている。低電圧電源11は、数Vから十数Vの電圧を発生させ得るものである。被膜製造装置10の可搬性を高める目的で、低電圧電源11は1個又は2個以上の電池からなることが好ましい。また、低電圧電源11として電池を用いることで、必要に応じ取り替えを容易に行えるという利点もある。電池に代えて、ACアダプタ等を低電圧電源11として用いることもできる。
被膜製造装置10は、高電圧電源12も備えている。高電圧電源12は、後述するノズル16に所定の電圧を印加するものである。高電圧電源12は、低電圧電源11と接続されており、低電圧電源11で発生した電圧を高電圧に昇圧する電気回路を備えている。図1における昇圧電気回路は、例えば図2に示すように、昇圧トランス126や、キャパシタ及び半導体素子等を含む電圧増倍部127等から構成されている。
被膜製造装置10は、補助的電気回路13を更に備えている。補助的電気回路13は、上述した低電圧電源11と高電圧電源12との間に介在し、低電圧電源11の電圧を調整して高電圧電源12を安定的に動作させる機能を有する。更に補助的電気回路13は、後述するマイクロギヤポンプ14に備えられているモータの回転数を制御する機能を有する。モータの回転数を制御することで、後述する被膜形成用組成物の収容部15からマイクロギヤポンプ14への被膜形成用組成物の供給量が制御される。補助的電気回路13と低電圧電源11との間にはスイッチSWが取り付けられており、スイッチSWの入り切りによって、被膜製造装置10を運転/停止できるようになっている。
被膜製造装置10は、被膜形成用組成物を吐出するノズル16を更に備えている。ノズル16は、金属を初めとする各種の導電体や、プラスチック、ゴム、セラミックなどの非導電体からなり、その先端から被膜形成用組成物の吐出が可能な形状をしている。ノズル16内には被膜形成用組成物が流通する微小空間が、該ノズル16の長手方向に沿って形成されている。この微小空間の横断面の大きさは、直径で表して100μm以上1000μm以下であることが好ましい。ノズル16は、管路17を介してマイクロギヤポンプ14と連通している。管路17は導電体でもよく、あるいは非導電体でもよい。また、ノズル16は、高電圧電源12と電気的に接続されている。これによって、ノズル16に高電圧を印加することが可能になっている。この場合、ノズル16に人体が直接触れた場合に過大な電流が流れることを防止するために、ノズル16と高電圧電源12とは、電流制限抵抗器19を介して電気的に接続されている。
管路17を介してノズル16と連通しているマイクロギヤポンプ14は、収容部15中に収容されている被膜形成用組成物をノズル16に供給する供給装置として機能する。マイクロギヤポンプ14は、低電圧電源11から電源の供給を受けて動作する。また、マイクロギヤポンプ14は、補助的電気回路13による制御を受けて所定量の被膜形成用組成物をノズル16に供給するように構成されている。
マイクロギヤポンプ14には、フレキシブル管路18を介して収容部15が接続されている。収容部15中には被膜形成用組成物が収容可能となっている。収容部15は、カートリッジ式の交換可能な形態をしていることが好ましい。
図2には、本発明で用いられる静電スプレー装置10における、高電圧電源12の内部構成を表す概略図が示されている。図2に示されるように、高電圧電源12は、静電スプレー装置10の使用条件や周囲の環境に依存せずに高電圧電源12からノズル16に印加される電圧を安定化させる観点から、その内部に電圧安定化装置120を備えていることが好ましい。電圧安定化装置120は、電圧検知部121、比較部122及び電圧制御部123を備えている。電圧検知部121は、分圧抵抗回路Rと、分圧抵抗回路Rを含む回路に配される電圧フィードバック回路Fとを有し、電圧フィードバック回路Fを介して比較部122と電気的に接続されている。図2には、分圧抵抗回路Rは、2つの抵抗器R1,R2がノズルと接地との間に直列的に接続された概略図が記載されている。同図では、抵抗器R1の抵抗値を抵抗器R2の抵抗値よりも高くした抵抗器を用いて、ノズル16に印加された高電圧を抵抗器R1と抵抗器R2との間で分圧し、電圧フィードバック回路Fが抵抗器R2と接地側との間の電圧を測定できるように抵抗器R1と抵抗器R2との間に配されている。抵抗器R2の抵抗値が抵抗器R1の抵抗値よりも低いことに起因して、抵抗器R2の両端間の電圧は抵抗器R1の両端間の電圧よりも低くなっている。抵抗器R2の両端間の電圧はノズルに印加された電圧として、抵抗器R1と抵抗器R2との間に配された電圧フィードバック回路Fを通じて、その電圧に応じた信号が比較部122へ出力される。なお、電圧フィードバック回路Fは、必要に応じて回路内にキャパシタ等の他の装置を備えていてもよく、比較部122以外の他の電気回路と接続されていてもよい。また、接地は、ノズル16の電圧と比較して電位差があれば特に制限はなく、例えば人体を接地することができる。
比較部122は、ノズルに印加された電圧に応じた信号を電圧フィードバック回路Fを介して入力し、その信号をノズル16に印加された電圧として検知する。それと同時に、比較部122は、補助的電気回路13を介して高電圧電源12へ印加された電圧を基準電圧として併せて検知する。比較部122において、ノズル16に印加された電圧と基準電圧との差を比較して、その差の解析結果を信号として比較部122と電気的に接続されている電圧制御部123へ出力する。ノズル16に印加された電圧と基準電圧との差が所定の範囲内であるときは、定常信号を電圧制御部123へ出力する。ノズル16に印加された電圧と基準電圧との差が所定の範囲を超えているときは、計測された電圧の差に基づいた制御信号を電圧制御部123へ出力する。
電圧制御部123は、比較部122と、発振回路部124との間に配され、電気的に接続されている。電圧制御部123は、比較部122から入力した定常信号又は制御信号に応じて発振回路部124の発振電圧を制御することによって、高電圧電源12からノズル16に印加する電圧を制御する。比較部122から出力された定常信号又は制御信号は、電圧制御部123にて解析され、その解析結果に基づいて発振回路部124から出力される発振電圧を適宜変動させる。比較部122から電圧制御部123に定常信号が入力された場合は、発振電圧が所定の電圧を維持するように発振回路部124の発振電圧を制御する。それに対して、比較部122から電圧制御部123に制御信号が入力された場合は、発振電圧がノズルに印加された電圧と基準電圧の差とが少なくなるように発振回路部124の発振電圧を制御し、所定の電圧が維持されるように調節する。
発振回路部124は、電圧制御部123から出力された信号に応じて直流電源125から供給された電圧を交流信号に変換して、交流電圧を発生させるものである。発振回路部124は、公知の回路を特に制限なく用いることができる。発振回路部124は直流電源125と電気的に接続されており、直流電源125から供給された定電圧を矩形波等の断続的な電圧波形に変換し交流電圧を発生させる。発振回路部124は、発振回路部124に接続されている電圧制御部123の出力信号の変動に応じて、発振回路部124から発生する交流電圧を変化させ、またこの変化に起因して後述の昇圧トランス126及び電圧増倍部127で発生する交流電圧を変化させる。図2においては、直流電源125は高電圧電源12の外部に設置されているが、高電圧電源12の内部に設置されていてもよい。
具体的には、昇圧トランス126は、発振回路部124から出力された交流電圧が印加される一次コイルC1と、一次コイルC1に印加された交流電圧によって電磁誘導される二次コイルC2を備えている。昇圧トランス126の一次コイルC1には、発振回路部124と直流電源125とが電気的に接続されており、直流電源から供給された電圧が発振回路部124によって交流電圧に変換され、その変換された交流電圧が一次コイルC1に印加される。電圧制御部123の出力信号の変動に応じて、発振回路部124によって発生する交流電圧が変化し、昇圧トランス126の一次コイルC1に印加される電圧も変化する。昇圧トランス126の一次コイルC1に印加される電圧が変化することで、これに対応して昇圧トランス126の二次コイルC2に発生する電圧も変動する。図2に示す回路図では、二次コイルC2の巻き数は一次コイルC1の巻き数よりも多くなっていることに起因して、二次コイルC2側に発生する電圧が、一次コイルC1に印加される電圧よりも大きくなっている。
電圧増倍部127は、昇圧トランス126の二次コイルC2に接続されており、二次コイルC2に生じた電圧を、本発明に用いられる液体組成物を静電スプレー可能となる電圧である、数kV〜数十kVの電圧に更に昇圧させる回路である。電圧増倍部127は、例えばキャパシタやダイオード等を備えたコッククロフト・ウォルトン回路などから構成される。電圧増倍部127に印加される交流電圧は、電圧制御部123から出力される定常信号又は制御信号により、発振回路部124及び昇圧トランス126を介して、所定の電圧となるように制御される。
以上の構成を有する被膜製造装置10は、被膜製造工程において、例えば図3に示すように使用することができる。図3には、片手で把持可能な寸法を有するハンディタイプの被膜製造装置10が示されている。同図に示す被膜製造装置10は、図1に示す構成図の部材のすべてが円筒形の筐体20内に収容されている。なお、図3に示す筐体20は円筒形であるが、片手で把持可能な寸法を有しており、且つ図1に示す構成部材のすべてが収容されていれば筐体20の形状は特に制限されず、楕円筒型や正多角筒形等の筒形であってもよい。「片手で把持可能な寸法」とは、被膜製造装置10が収容された筐体20の重量が2kg以下であることが好ましく、筐体20の長手方向における最大長は40cm以下であることが好ましく、筐体20の体積は3000cm3以下であることが好ましい。筐体20の長手方向の一端10aには、ノズル(図示せず)が配置されている。ノズルは、その被膜形成用組成物の吹き出し方向を、筐体20の縦方向と一致させて、被膜形成対象物30の表面に向かって凸状になるように該筐体20に配置されている。このようにノズルが配置されていることによって、筐体20に被膜形成用組成物が付着しにくくなり、安定的に被膜を形成することができる。
被膜製造装置10を動作させるときには、使用者、すなわち静電スプレーによって被膜形成対象物30の表面に被膜を形成する者が該装置10を手で把持し、ノズル(図示せず)が配置されている該装置10の一端10aを、静電スプレーを行う対象物に向ける。図3では、使用者が被膜製造装置10の一端10aを被膜形成対象物30の表面に向けている状態が示されている。この状態下に、装置10のスイッチをオンにして静電スプレー法を行う。装置10に電源が入ることで、ノズルと被膜形成対象物30との間には電界が生じる。
図3に示す実施形態では、ノズルに正の高電圧が印加され、被膜形成対象物30が負極となる。ノズルと被膜形成対象物30との間に電界が生じると、ノズル先端部の被膜形成用組成物は、静電誘導によって分極して先端部分がコーン状になり、コーン先端から帯電した被膜形成用組成物の液滴が電界に沿って、被膜形成対象物30に向かって空中に吐出される。空間に吐出され且つ帯電した被膜形成用組成物から溶媒である成分(A)が蒸発していくと、被膜形成用組成物表面の電荷密度が過剰となり、クーロン反発力によって微細化を繰り返しながら空間に広がり、被膜形成対象物30に到達する。この場合、被膜形成用組成物の粘度を適切に調整することで、噴霧された該組成物を液滴の状態で適用部位に到達させることができる。あるいは、空間に吐出されている間に、溶媒である揮発性物質を液滴から揮発させ、溶質である被膜形成能を有するポリマーを固化させつつ、電位差によって伸長変形させながら繊維を形成し、その繊維を被膜形成対象物30に堆積させることもできる。例えば、被膜形成用組成物の粘度を高めると、該組成物を繊維の形態で被膜形成対象物30に堆積させやすい。これによって、繊維の堆積物からなる多孔性被膜が被膜形成対象物30の表面に形成される。繊維の堆積物からなる多孔性被膜は、ノズルと被膜形成対象物30との間の距離や、ノズルに印加する電圧を調整することでも形成することが可能である。
静電スプレー法によって繊維の堆積物を形成する場合、該繊維の太さは、円相当直径で表した場合、10nm以上であることが好ましく、50nm以上であることが更に好ましい。また5000nm以下であることが好ましく、2000nm以下であることがより好ましく、1000nm以下であることが更に好ましい。繊維の太さは、例えば走査型電子顕微鏡(SEM)観察によって、繊維を10000倍に拡大して観察し、その二次元画像から欠陥(繊維の塊、繊維の交差部分、液滴)を除き、繊維を任意に10本選び出し、繊維の長手方向に直交する線を引き、繊維径を直接読み取ることで測定することができる。
本発明の被膜形成用組成物を用いて、静電スプレーによって繊維を含む堆積物からなる被膜を製造したときに、被膜の膨潤や溶解を抑制し、被膜の耐水性を高める観点から製造された繊維の表面の水接触角が1度以上であることが好ましく、1.5度以上であることがより好ましく、2度以上であることが更に好ましく、またその上限は、被膜における水の拡散性及び効果的な温度調節機能の観点から、80度未満であることが好ましく、70度以下であることがより好ましく、45度以下であることが更に好ましい。繊維がこのような水接触角を有していることによって、被膜形成対象物の温度を調節しやすくすることができる。
なお、繊維表面の接触角は以下のようにして測定される。被膜形成用組成物をガラス板上にキャストして乾燥し、膜厚約100μmの塗膜を調製する。この塗膜にイオン交換水2μLを滴下して10秒に静置し、その後、被膜の繊維表面の水接触角を水接触角計(例えば、共和界面科学製 DM300)を用いて測定した。
前記の繊維は、製造の原理上は無限長の連続繊維となるが、少なくとも繊維の太さの100倍以上の長さを有することが好ましい。本明細書においては、繊維の太さの100倍以上の長さを有する繊維のことを「連続繊維」と定義する。そして、静電スプレー法によって製造される被膜は、連続繊維の堆積物からなる多孔性の不連続被膜であることが好ましい。このような形態の被膜は、集合体として1枚のシートとして扱えるだけでなく、非常に柔らかい特性をもっており、それに剪断力が加わってもばらばらになりにくく、被膜形成対象物30の動きへの追従性に優れるという利点がある。また、被膜形成対象物の表面における通気性や、水分の放散性に優れるという利点もある。更に、被膜の剥離が容易であるという利点もある。
繊維状となった被膜形成用組成物は、帯電した状態で被膜形成対象物30に到達する。先に述べたとおり被膜形成対象物30も帯電しているので、繊維は静電力によって被膜形成対象物30に密着する。このようにして静電スプレーが完了したら、被膜製造装置10の電源を切る。これによってノズルと被膜形成対象物30との間の電界が消失し、被膜形成対象物30の表面は電荷が固定化される。その結果、被膜の密着性が一層発現する。
ノズルと被膜形成対象物30との間の距離は、ノズルに印加する電圧にも依存するが、被膜を首尾よく形成する観点から、10mm以上であることが好ましく、20mm以上であることがより好ましく、40mm以上であることが更に好ましい。またノズルと被膜形成対象物との間の距離は、160mm以下であることが好ましく、150mm以下であることがより好ましく、120mm以下であることが更に好ましいノズルと被膜形成対象物との間の距離は、一般的に用いられる非接触式センサ等で測定することができる。
静電スプレー法によって形成された被膜が多孔性のものであるか否かを問わず、被膜の坪量は被膜形成対象物1m2当たり、0.05g/m2以上であることが好ましく、0.1g/m2以上であることがより好ましく、1g/m2以上であることが更に好ましい。また50g/m2以下であることが好ましく、40g/m2以下であることがより好ましく、30g/m2以下であることが更に好ましく、25g/m2以下であることが一層好ましく、20g/m2以下であることがより一層好ましい。被膜の坪量をこのように設定することで、被膜が過度に厚くなることに起因する該被膜の剥離を効果的に防止することができる。また、被膜の形成に起因した被膜形成対象物の温度の調節を効果的に行うことができる。
続いて、被膜が形成された被膜形成対象物30の表面の温度を調節する(温度調節工程)。被膜形成対象物30の表面の温度調節方法としては、被膜形成対象物30に対して風を吹き付ける方法や、加熱部材又は冷却部材に当接させる方法、液体の気化熱を利用する方法等が挙げられる。その中でも、密着性や通気性、水分放散性に優れるという多孔性被膜の利点を十分に発揮する観点から、液体の気化熱を利用する方法によって被膜形成対象物30の温度調節を行うことが好ましい。
具体的な温度調節方法としては、被膜製造工程の前に、若しくはその後に、又はその前後に、水などの揮発性液体を塗布、散布、滴下等の方法で被膜形成対象物30の表面に担持させて、液体の気化熱を利用して温度を調節する。
被膜は、上述の水接触角の範囲を有する繊維から構成されていることに起因して、繊維表面への水の拡散性が向上している。繊維表面での水の拡散性が向上していることによって、被膜の繊維表面に水が保持されながら、被膜と密着している被膜形成対象物30の表面方向に水が拡散する。その結果、水の比表面積が高くなるように、水層が被膜形成対象物30の表面に隙間なく密着して形成されるようになる。水層における液体の水は、被膜に形成されている孔を介して被膜形成対象物30から蒸発するとともに、被膜形成対象物30表面の熱を吸収する。このようにして、被膜形成対象物30表面の温度を低下するように調節することができる。すなわち、本発明によれば、被膜形成対象物の表面の温度の低下方法が提供される。
被膜の利点を利用して、温度調節をより効果的に行う観点から、雰囲気中の空気と、被膜が形成された被膜形成対象物30との相対速度を好ましくは0.1m/s以上50m/s以下、より好ましくは0.5m/s以上30m/s以下、更に好ましくは1m/s以上10m/s以下とした状態下に、被膜形成対象物30の表面の温度を調節することが好ましい。このような相対速度とするためには、例えば、被膜形成対象物30を静止させた状態下にファン等を用いて空気を吹き付けてもよく、被膜形成対象物30自体を空気中で移動させてもよい。
本発明の温度調節方法は、被膜形成対象物の冷却に有用なものである。被膜形成対象物の温度調節方法として、例えば衣類等のような被膜形成対象物に密着していない繊維を用いた場合、被膜形成対象物と繊維との間に水蒸気が滞留しやすく、効率的な熱交換が行えない。一方で、本発明によって形成された被膜は、その密着性が高いことに起因して、被膜形成対象物の近傍に水蒸気が滞留しにくく、長時間にわたって効率的な熱交換を行うことができる。
本発明の対象となる被膜形成対象物としては、屋内外の物体を用いることができる。屋外の物体として、例えば建築物の壁や屋根、柱、道路、テントなどに被膜を形成し、該被膜に打ち水のように水を散布することで、水の気化熱に起因した被膜形成対象物の高い冷却効果を発揮させることができる。
また、被膜形成対象物が屋内の物体である場合には、該物体として例えば建築物の内壁、窓、床板等に被膜を形成し、該被膜に水を散布するか、又は例えばコップなどの食器類等に被膜を形成し、結露等によって生じた凝結水を利用することで、あるいは団扇や扇風機の羽根などに被膜を形成し、該被膜に水を散布することで、さらに該被膜と空気の相対速度が一定の範囲となることで、水の気化熱に起因した被膜形成対象物の高い冷却効果を発揮させることができる。その他に、被膜形成対象物としてヒトの皮膚に被膜を形成して、水分としてシャワーや汗を利用することで、スポート、レジャー、レクリエーション、行楽等の場面において、水や汗の気化熱に起因した冷感をもたらすことができる(ただし医療行為は除く。)。被膜形成対象物として、ヒト以外の生物の皮膚を用いることもできる。
次に、本発明において用いられる被膜形成用組成物(以下、単に「組成物」ともいう。)について説明する。この組成物は、静電スプレー法が行われる環境下において液体のものである。この組成物は、以下の成分(A)及び成分(B)を含んでいる。本明細書では、単に成分(A),成分(B)とだけ表記することもある。
(A) アルコール及びケトンから選ばれる1種又は2種以上を主成分とする揮発性物質。
(B) 繊維形成用水不溶性ポリマー。
以下、各成分について説明する。
成分(A)の揮発性物質は、液体の状態において揮発性を有する物質であることが好ましい。成分(A)は、電界内に置かれた該組成物を十分に帯電させた後、ノズル先端から被膜形成対象物に向かって吐出され、成分(A)が蒸発していくと、組成物の電荷密度が過剰となり、クーロン反発によって更に微細化しながら成分(A)が更に蒸発していき、最終的に乾いた被膜を形成させる目的で配合される。この目的のために、揮発性物質はその蒸気圧が20℃において0.01kPa以上、106.66kPa以下であることが好ましく、0.13kPa以上、66.66kPa以下であることがより好ましく、0.67kPa以上、40.00kPa以下であることが更に好ましく、1.33kPa以上、40.00kPa以下であることがより一層好ましい。
成分(A)のうち、アルコールとしては例えば一価の炭素数1〜6の鎖式脂肪族アルコールや、一価の炭素数3〜6の環式脂肪族アルコールや、一価の芳香族アルコールが好適に用いられる。それらの具体例としては、エタノール、イソプロピルアルコール、ブチルアルコール、フェニルエチルアルコール、プロパノール及びペンタノールなどが挙げられる。これらのアルコールは、1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
成分(A)のうち、ケトンとしては例えば炭素数3〜6の鎖式脂肪族ケトンや、炭素数3〜6の環式脂肪族ケトンや、炭素数8〜10の芳香族ケトンが好適に用いられる。それらの具体例としては、アセトン、メチルエチルケトン、メチルイソブチルケトン、シクロヘキサノン、アセトフェノンなどが挙げられる。これらのケトンは1種を単独で、又は2種以上を組み合わせて用いることができる。また、これらのケトンは、上述したアルコールと組み合わせて用いることができる。
成分(A)は、上述したアルコール及び/又はケトンを主成分として含んでいることが好ましい。なお、「主成分とする」とは、成分(A)のうち、アルコール及びケトンの合計含有量が好ましくは50質量%以上、更に好ましくは60質量%以上、一層好ましくは70質量%以上となっているものをいう。そのため、後述するポリマーの溶解性及び分散性と、成分(A)の揮発性とを両立できる限りにおいて、水などのアルコール及び/又はケトン以外の成分を含んでいてもよい。
後述するポリマーの溶解性及び分散性の向上と、成分(A)の揮発性とを両立する観点から、成分(A)は、より好ましくはエタノール、イソプロピルアルコール及びブチルアルコールから選ばれる1種又は2種以上であり、より好ましくはエタノール及びブチルアルコールから選ばれる1種又は2種であり、更に好ましくはエタノールである。
被膜形成用組成物は、成分(A)とともに、成分(B)である繊維形成用水不溶性ポリマーを含有する。成分(B)は、一般に、成分(A)に溶解することが可能な物質である。ここで、溶解するとは20℃において分散状態にあって、その分散状態が目視で均一な状態、好ましくは目視で透明又は半透明な状態であることをいう。
成分(B)である繊維形成用水不溶性ポリマーとしては、繊維を含む堆積物からなる被膜を形成できるものであって、成分(A)の性質に応じて適切なものが用いられる。本明細書において「水不溶性ポリマー」とは、1気圧、23℃の環境下において、ポリマー1g秤量したのちに、10gのイオン交換水に浸漬し、24時間経過後、浸漬したポリマーの0.5g超が溶解しない性質を有するものをいう。
水不溶性ポリマーとしては、例えば被膜形成後に不溶化処理できる完全鹸化ポリビニルアルコール、架橋剤と併用することで被膜形成後に架橋処理できる部分鹸化ポリビニルアルコール、ポリ(N−プロパノイルエチレンイミン)グラフト−ジメチルシロキサン/γ−アミノプロピルメチルシロキサン共重合体等のオキサゾリン変性シリコーン、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、ツエイン(とうもろこし蛋白質の主要成分)、ポリエステル、ポリ乳酸(PLA)、ポリアクリロニトリル樹脂、ポリメタクリル酸樹脂等のアクリル樹脂、ポリスチレン樹脂、ポリビニルブチラール樹脂、ポリエチレンテレフタレート樹脂、ポリブチレンテレフタレート樹脂、ポリウレタン樹脂、ポリアミド樹脂、ポリイミド樹脂、ポリアミドイミド樹脂などが挙げられる。これらの水不溶性ポリマーは単独で又は2種以上を組み合わせて用いることができる。これらの水不溶性ポリマーのうち、被膜形成後に不溶化処理できる完全鹸化ポリビニルアルコール、架橋剤と併用することで被膜形成後に架橋処理できる部分鹸化ポリビニルアルコール、ポリビニルブチラール樹脂、ポリメタクリル酸樹脂、ポリビニルアセタールジエチルアミノアセテート、ポリ(N−プロパノイルエチレンイミン)グラフト−ジメチルシロキサン/γ−アミノプロピルメチルシロキサン共重合体等のオキサゾリン変性シリコーン、ポリ乳酸、ツエイン等を用いることが好ましい。
被膜形成用組成物における成分(A)の含有量は、50質量%以上であることが好ましく、55質量%以上であることがより好ましく、60質量%以上であることが更に好ましく、65質量%以上であることがより一層好ましい。また95質量%以下であることが好ましく、94質量%以下であることがより好ましく、93質量%以下であることが更に好ましく、92質量%以下であることがより一層好ましい。被膜形成用組成物における成分(A)の配合割合は、50質量%以上95質量%以下であることが好ましく、55質量%以上94質量%以下であることがより好ましく、60質量%以上93質量%以下であることが更に好ましく、65質量%以上92質量%以下であることがより一層好ましい。この割合で被膜形成用組成物中に成分(A)を配合することで、静電スプレー法を行うときに成分(A)を十分に揮発させることができる。
一方、被膜形成用組成物における成分(B)の配合割合は、1質量%以上であることが好ましく、2質量%以上であることがより好ましく、3質量%以上であることが更に好ましく、5質量%以上であることが一層好ましい。また35質量%以下であることが好ましく、30質量%以下であることが更に好ましく、25質量%以下であることが一層好ましい。被膜形成用組成物における成分(B)の配合割合は、2質量%以上35質量%以下であることが好ましく、3質量%以上30質量%以下であることが更に好ましく、5質量%以上25質量%以下であることが一層好ましい。この割合で被膜形成用組成物中に成分(B)を配合することで、目的とする被膜を首尾よく形成することができる。
静電スプレー法における被膜の密着性を高める観点から、成分(A)及び(B)に加えて、更に成分(C1)として、20℃で液体のポリオール及び液体の油から選択される1種又は2種以上を含有する液剤を被膜形成用組成物に配合することが好ましい。
成分(C1)が20℃で液体のポリオールを含む場合、該ポリオールとしては、例えば、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3−プロパンジオール、1,3−ブタンジオール等のアルキレングリコール類;ジエチレングリコール、ジプロピレングリコール、重量平均分子量が2000以下のポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール等のポリアルキレングリコール類;グリセリン、ジグリセリン、トリグリセリン等のグリセリン類等が挙げられる。これらのうち、被膜の密着性の観点から、エチレングリコール、プロピレングリコール、1,3−ブタンジオール、ジプロピレングリコール、重量平均分子量が2000以下のポリエチレングリコール、グリセリン、ジグリセリンが好ましく、更にプロピレングリコール、1,3−ブタンジオール、グリセリンがより好ましく、プロピレングリコール、1,3−ブタンジオールが一層好ましい。
成分(C1)が20℃において液体の油(以下、この油のことを「液体油」ともいう。)を含む場合、該20℃において液体の油としては、例えば流動パラフィン、軽質イソパラフィン、流動イソパラフィン、スクワラン、スクワレン等の直鎖又は分岐の炭化水素油;モノアルコール脂肪酸エステル、多価アルコール脂肪酸エステル、トリグリセリン脂肪酸エステル等のエステル油;ジメチルポリシロキサン、ジメチルシクロポリシロキサン、メチルフェニルポリシロキサン、メチルハイドロジェンポリシロキサン、高級アルコール変性オルガノポリシロキサン等のシリコーン油などが挙げられる。これらのうち、被膜形成時の使用感の点から、炭化水素油及びエステル油がより好ましい。また、これらから選ばれる液体油を1種又は2種以上を組み合わせて用いることができる。
成分(C1)として20℃で液体のポリオール及び液体油のうちのいずれを用いる場合であっても、成分(C1)は、25℃において5000mPa・s程度以下の粘性を有することが、静電スプレー法によって形成された被膜と被膜形成対象物との密着性の向上の点から好ましい。成分(C1)の粘度の測定方法は、E型粘度計を用いて25℃で測定される。E型粘度計としては例えば東京計器株式会社製のE型粘度計を用いることができる。E型粘度計に用いるローターとしては、例えばローターNo.43を用いることができる。粘度を測定する際の条件、具体的には、ローターの型番、回転数、回転時間等は、各E型粘度計において粘度によって定められたものを用いる。
静電スプレー法における被膜を首尾よく形成させる観点から、被膜形成用組成物中の成分(C1)の含有量は、0.5質量%以上であることが好ましく、1質量%以上であることがより好ましく、2質量%以上であることが更に好ましく、3質量%以上であることが一層好ましい。また同様の観点から、被膜形成用組成物中の成分(C1)の含有量は、40質量%以下であることが好ましく、30質量%以下であることがより好ましく、20質量%以下であることが更に好ましく、10質量%以下であることが一層好ましい。
静電スプレー法における被膜の密着性を高める観点、及び繊維表面の水接触角を適切に調節する観点から、被膜形成用組成物には、上述した成分(A)及び成分(B)に加えて、あるいは成分(A)、成分(B)及び成分(C1)に加えて、成分(C2)として界面活性剤が含まれていることが好ましい。成分(C2)として、陽イオン界面活性剤、陰イオン界面活性剤、非イオン界面活性剤及び両性界面活性剤のいずれをも用いることができる。
特に、被膜の膨潤や溶解を抑制し、被膜の耐水性を高める観点から、成分(C2)である界面活性剤は、非イオン性界面活性剤であることが好ましい。また、成分(C2)のHLB値は好ましくは5以上であり、より好ましくは9以上であり、更に好ましくは15以上であり、またその上限は、好ましくは20以下であり、より好ましくは19以下であり、更に好ましくは18以下である。なお、HLB値は、親水性−親油性のバランス(Hydrophile Lipophile Balance)を示す指標であり、本発明においては、小田及び寺村らによる次式により算出した値を用いる。
HLB=(Σ無機性値/Σ有機性値)×10
非イオン界面活性剤としては、ポリオキシエチレンアルキルエーテル、ポリオキシエチレン硬化ヒマシ油、ポリオキシエチレンアルキルアリルエーテル、ソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンソルビトール脂肪酸エステル、脂肪酸モノグリセライド、ポリオキシエチレン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレンアルキルアミン、アルキルアルカノールアミド、ショ糖脂肪酸エステル、ポリグリセリン脂肪酸エステル、ポリオキシエチレン脂肪酸グリセリン、ポリオキシエチレンポリオキシプロピレン共重合体等を用いることができ、被膜における水の拡散性及び効果的な温度調節機能の観点から、ポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステル又はソルビタン脂肪酸エステルが好ましく用いられる。
静電スプレー法における被膜を首尾よく形成させる観点から、被膜形成用組成物中の成分(C2)の含有量は、0.5質量%以上であることが好ましく、1質量%以上であることがより好ましく、2質量%以上であることが更に好ましく、3質量%以上であることが一層好ましい。また同様の観点から、被膜形成用組成物中の成分(C2)の含有量は、40質量%以下であることが好ましく、30質量%以下であることがより好ましく、20質量%以下であることが更に好ましく、10質量%以下であることが一層好ましい。
本発明に用いられる被膜形成用組成物が成分(C1)及び前記成分(C2)のうち少なくとも1つを含む場合、静電スプレー法における被膜を首尾よく形成させる観点から、被膜形成用組成物に対する成分(C1)及び成分(C2)の合計含有量が0.5質量%以上であることが好ましく、1質量%以上であることがより好ましく、2質量%以上であることが更に好ましく、3質量%以上であることが一層好ましく、またその上限は、50質量%以下であることが好ましく、40質量%以下であることがより好ましく、30質量%以下であることが更に好ましく、20質量%以下であることが一層好ましい。なお、成分(C1)又は成分(C2)のいずれか一方を含まない場合、含まない成分の含有量はゼロとして計算する。
本発明に用いられる被膜形成用組成物が成分(C1)又は成分(C2)のいずれか一方を含む場合、若しくは成分(C1)及び成分(C2)を含む場合であっても、被膜中の成分(C1)及び成分(C2)の含有率は、1質量%以上であることが好ましく、5質量%以上であることがより好ましく、10質量%以上であることが更に好ましく、20質量%以上であることが一層好ましく、またその上限は、50質量%以下であることが好ましく、45質量%以下であることがより好ましく、40質量%以下であることが更に好ましく、35質量%以下であることが一層好ましい。被膜中の成分(C1)及び成分(C2)の含有率を上記範囲とすることで、被膜の水の拡散性および効果的な温度調節機能が奏される。
被膜中の成分(C1)及び成分(C2)の含有率は、以下の式で算出することができる。なお、被膜中における各成分の含有量は、例えば被膜を適当な溶媒(成分(A)と同等のものが好ましい。)に溶解し、液体クロマトグラフィー/質量分析装置(島津製作所社製)などの成分分析装置を用いて測定することができる。
被膜中の成分(C1)及び成分(C2)の含有率(質量%)=100×{被膜中の成分(C1)及び成分(C2)の合計含有量(g)}/被膜中の成分(B)の含有量(g)
また、被膜形成用組成物中には、上述した成分(A)、成分(B)、成分(C1)、成分(C2)に加えて、他の成分が含まれていてもよい。他の成分としては、例えば成分(B)のポリマーの可塑剤、着色顔料、体質顔料、染料、界面活性剤、UV防御剤、香料、忌避剤、酸化防止剤、安定剤、防腐剤、各種ビタミン等が挙げられる。被膜形成用組成物中に他の成分が含まれる場合、当該他の成分の配合割合は、0.1質量%以上30質量%以下であることが好ましく、0.5質量%以上20質量%以下であることが更に好ましい。
以上、本発明をその好ましい実施形態に基づき説明したが、本発明は前記実施形態に制限されない。
以下、実施例により本発明を更に詳細に説明する。しかしながら本発明の範囲は、かかる実施例に制限されない。特に断らない限り、「%」及び「部」は、それぞれ「質量%」及び「質量部」を意味する。
〔実施例1〕
(1)被膜形成用組成物の調製
被膜形成用組成物の成分(A)として99.5%エタノール(和光純薬工業株式会社製)を、成分(B)としてポリビニルブチラール(PVB;積水化学工業株式会社製、S−LEC B BM−1)を用いた。成分(C1)は用いずに、成分(C2)としてポリオキシエチレンソルビタンモノパルミテート(レオドールTW−P120V、花王株式会社製、HLB値15.6)を用いた。各成分の配合割合は、表1のとおりとした。これらの成分を、常温で12時間程度プロペラミキサーを用いて撹拌し、均一透明な混合溶液を得た。これを被膜形成用組成物とした。
(2)静電スプレー工程
図1に示す構成を有し、図3に示す外観を有する被膜の製造装置10を用いて、被膜形成対象物として80mm×80mmに切り出した人工皮革(プロテインレザー PBZ13001BK、出光テクノファイン社製)の一方の面に向けて静電スプレーを60秒間行った。被膜の坪量は、約1g/m2であった。静電スプレーの条件は以下に示すとおりとした。
・環境:25℃、40%RH
・印加電圧:30kV
・ノズルの直径:0.3μm
・ノズルと人工皮革との距離:100mm
・被膜形成用組成物の吐出速度:1mL/h
〔実施例2ないし12〕
成分(C1)及び成分(C2)を以下の表1に示すとおりに変更して被膜形成用組成物を調製した以外は、実施例1と同様に静電スプレーを行って、繊維の堆積物からなる被膜を形成した。なお、各実施例で用いた成分(C1)及び(C2)は以下の通りである。
<成分(C1)>
・グリセリン(和光純薬株式会社製)
<成分(C2)>
・ポリオキシエチレンソルビタンモノステアレート(レオドールTW−S120V、花王株式会社製、HLB値14.9)
・ポリオキシエチレンソルビタントリステアレート(レオドールTW−S320V、花王株式会社製、HLB値10.5)
・ソルビタントリオレエート(レオドールSP−O30V、花王株式会社製、HLB値1.8)
・ポリオキシエチレンステアリルエーテル(エマルゲン350、花王株式会社製、HLB値17.8)
・ポリオキシエチレンラウリルエーテル(エマルゲン109P、花王株式会社製、HLB値13.6)
・ポリオキシエチレンラウリルエーテル(エマルゲン103、花王株式会社製、HLB値8.3)
〔比較例1〕
本比較例では、人工皮革に被膜を形成しなかった。つまり、本実施例では、人工皮革をそのまま用いた。
〔比較例2〕
本比較例では、被膜を形成する代わりに、肌着に用いられる木綿繊維からなるシートを人工皮革に載置したものを用いた。
〔比較例3〕
成分(C1)及び成分(C2)を配合しない被膜形成用組成物を調製した他は、実施例1と同様に静電スプレーを行って、繊維の堆積物からなる被膜を形成した。
〔評価〕
各実施例及び比較例において、被膜の密着性を以下の方法で評価した。また、静置状態(すなわち、空気との相対速度をゼロとした状態)において、水の蒸散速度、水の拡散面積及び定率乾燥速度を測定した。それらの結果を以下の表1に示す。
〔被膜の密着性〕
人工皮革の被膜形成面を外側にして、180度の屈曲を5回行った。被膜と人工皮革との密着状態を、以下の基準で判定した。
A:被膜が剥離しない。
B:被膜が屈曲部から10mm以内の範囲で剥離する。
C:被膜が屈曲部から10mm以上剥離する。
D:被膜が完全に剥離する。
〔水の蒸散速度〕
機能性ウェアの評価方法(ボーケン法:ISO 17617 Method B(2014))を一部改変して実施した。具体的な方法は以下のとおりである。
各実施例及び比較例において被膜を形成した人工皮革を電子天秤に載置し、その質量Mw(g)を測定した。続いて、被膜を形成した人工皮革を電子天秤に載置した状態下に、被膜形成面の中心領域に水滴約0.2gを滴下した。水滴滴下直後の質量をM0(g)とし、時間t(min)での人工皮革の質量Mt(g)を経時的に測定した。以下の式で導出される蒸散率と時間との傾きから、蒸散速度(g/g/min)を算出した。
蒸散率(g/g)=[(M0−Mt)/(M0−Mw)]
蒸散速度(g/g/min)=[(時間t2での蒸散率)−(時間t1での蒸散率)]/[(時間t2)−(時間t1)]
(ただし、時間t1(min)<時間t2(min)とする。)
なお、表1には、t1は0min、t2は蒸散率が0.5となる時間(min)から算出した蒸散速度を示した。
〔水の拡散面積〕
〔水の蒸散速度〕を測定したあとの人工皮革において、水滴によって濡れた部分の最大径を測定した。測定された最大径を直径として、円相当面積として拡散面積(mm2)を算出した。なお、実施例10ないし12については測定を行わなかった。
〔定率乾燥速度〕
〔水の蒸散速度の評価〕の項において算出した蒸散速度を、〔水の拡散面積〕の項において算出した拡散面積で除することによって、定率乾燥速度(単位面積当たりの乾燥速度:g/g/min/m2)を算出した。実施例10ないし12については算出を行わなかった。なお、定率乾燥速度に関し、気化成分(すなわち水)と、外部環境(外気温、湿度、風など)とが同じであれば、液界面の面積は同じであるので、定率乾燥速度は理論上同一となる。
〔温度調節効果〕
実施例1及び比較例1で製造した被膜において、サーモグラフィーカメラ(FSV2000、株式会社アピステ)を用いて、以下の手順で温度調節効果を30℃、70%RHの環境下で評価した。被膜を形成した実施例1及び比較例1の人工皮革の中心部に対して、被膜上に約0.3gの水滴を滴下し、その後サーモグラフィーカメラを用いて人口皮革の表面温度を8分間測定した。雰囲気中の空気と人工皮革との相対速度は、それぞれ0m/s(無風)又は3m/s(風あり:扇風ファンで供給)とした。それぞれの測定において、水滴を滴下した部分を中心として30mm×30mmの矩形エリアの表面温度(平均値)のプロファイルを付属の解析ソフトを用いて導出した。その結果を図4に示す。なお解析条件は放射率0.98、周囲温度30℃とした。
表1に示す結果から明らかなとおり、本発明の被膜の製造装置によって密着性の良好な被膜が安定的に形成できることが判る。また各実施例の被膜は、水の蒸散速度が高く、且つ定率乾燥速度が高い被膜が形成されていることが判る。特に、成分(C2)としてポリオキシエチレンソルビタン脂肪酸エステルやソルビタン脂肪酸エステルを用いた実施例1ないし4の被膜は、水の蒸散速度が極めて高くなっていることが判る。
これに対して、被膜を形成していない比較例1や水接触角が80度以上の被膜である比較例3では、水の蒸散速度が低く、且つ水の拡散面積が悪いものであった。被膜を形成する代わりに木綿繊維を配した比較例2では、水の蒸散速度及び水の拡散面積は各実施例と同等であったが、被膜の密着性が悪く、定率乾燥速度も各実施例に比べて低い値であった。この理由として、比較例2は人工皮革に密着していない繊維であるので、被膜形成対象物と繊維との間に水蒸気が滞留しやすくなり、その結果、乾燥速度が低くなったと考えられる。
表1に示す結果から明らかなとおり、繊維径の小さい実施例ほど高い蒸散速度を示すことが分かる。具体的には、実施例1、11及び12から分かるように、水接触角と成分(C2)の合計含有量とが同じであれば、繊維径が小さいほど高い蒸散速度を示すことが分かる。
また図4に示すとおり、蒸散速度の高い実施例1は、比較例1に比べて冷却効果が高いことが判る。特に、同図に示すように、風を供給する等の方法で、雰囲気中の空気と人工皮革との相対速度を速くすることによって、より高い冷却効果が発揮できる。
したがって、水の高い蒸散速度と被膜の密着性とを両立した各実施例の被膜は、水の気化熱を有効に利用でき、被膜形成対象物の温度調節を効果的に実施できることが判る。