JP2019112679A - 鋼材、油井用鋼管、及び、鋼材の製造方法 - Google Patents

鋼材、油井用鋼管、及び、鋼材の製造方法 Download PDF

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Abstract

【課題】降伏強度1069超〜1172MPaと、優れた低温靭性と、優れた耐SSC性とを有する、鋼材及び油井用鋼管を提供する。【解決手段】本開示による鋼材は、質量%で、C:0.15〜0.50%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.05〜1.00%、P:0.025%以下、S:0.0100%以下、Al:0.005〜0.100%、Cr:0.20〜1.50%、Mo:0.25〜1.50%、Ti:0.002〜0.050%、B:0.0001〜0.0050%、N:0.0100%以下、及び、O:0.0100%以下を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する。本開示による鋼材はさらに、固溶Cを0.010〜0.060質量%含有する。旧オーステナイト結晶粒の結晶粒度番号は8.0以上である。降伏強度は1069超〜1172MPaであり、降伏比は85%以上である。【選択図】図1

Description

本発明は、鋼材、油井用鋼管、及び、鋼材の製造方法に関する。
油井やガス井(以下、油井及びガス井を総称して、単に「油井」という)の深井戸化により、油井用鋼管の高強度化が要求されている。具体的には、80ksi級(降伏強度が80〜95ksi、つまり、551〜655MPa)や、95ksi級(降伏強度が95〜110ksi、つまり、655〜758MPa)の油井用鋼管が広く利用されており、最近ではさらに、110ksi級(降伏強度が110〜125ksi、つまり、758〜862MPa)、125ksi級(降伏強度が125〜140ksi、つまり862〜965MPa)、140ksi級(降伏強度が140〜155ksi、つまり965〜1069MPa)、及び、155ksi級(降伏強度が155〜170ksi、つまり1069〜1172MPa)の油井用鋼管が求められ始めている。
このような高強度が要求される過酷な環境は、たとえば極地である。極地のような寒冷地で使用される油井用鋼管は、高強度だけでなく、低温靭性も要求される。しかしながら、油井用鋼管の降伏強度が過度に高くなった場合、油井用鋼管の低温靭性の低下が懸念される。
さらに、深井戸の多くは、腐食性を有する硫化水素を含有するサワー環境である。すなわち、このようなサワー環境で使用される油井用鋼管は、高強度及び低温靭性だけでなく、耐硫化物応力割れ性(耐Sulfide Stress Cracking性:以下、耐SSC性という)も要求される。
油井用鋼管に代表される鋼材の強度と低温靭性とを高める技術が、特開昭61−272351号公報(特許文献1)、特開昭59−74221号公報(特許文献2)、及び、特開2001−271134号公報(特許文献3)に提案されている。
特許文献1に開示されている高強度高靭性油井用鋼管は、重量%で、C:0.20〜0.40%、Si:0.10〜0.50%、Mn:0.40〜2.0%、Cr:0.5〜2.0%、Mo:0.5〜2.0%、Nb:0.05%以下、V:0.03〜0.08%、Al:0.03〜0.1%を含有し、かつ不純物としてのPを0.015%以下、Sを0.015%以下とし、残部がFe及びP、S以外の不可避的不純物よりなる。この高強度高靭性油井用鋼管は、高強度と高靭性とを同時に達成できる、と特許文献1には記載されている。
特許文献2に開示されている高強度継目無鋼管は、重量%で、C:0.1〜0.5%、Si:0.1〜0.3%、Mn:0.2〜0.8%、Cr:1.0〜4.0%を含有し、Al:0.005〜0.1%であり、P及びSともに0.005%以下、そしてN:0.004%以下にそれぞれ低減し、かつ、Mo:0.2〜1.0%、ならびに、Nb:0.01〜0.1%を、Zr及び/又はTi:0.005〜0.1%とともに、必要によってはさらに、V:0.1%以下、及び、B:0.005%以下のうち少なくとも一種をあわせ含有する成分組成になる。この高強度継目無鋼管は、0.6%耐力70〜120kgf/mmにおいて、優れた耐硫化物腐食割れ性と、低温靭性とを兼備させることからなる、と特許文献2には記載されている。
特許文献3に開示されている低合金鋼材は、質量%で、C:0.2〜0.35%、Si:0.05〜0.5%、Mn:0.1〜1%、P:0.025%以下、S:0.01%以下、Cr:0.1〜1.2%、Mo:0.1〜1%、B:0.0001〜0.005%、Al:0.005〜0.1%、V:0.05〜0.5%、Ni:0.1%以下、N:0.01%以下、O(酸素):0.01%以下を含有し、残部Fe及び不純物からなり、Mo及びV含有量が式(1)(0.03≦Mo×V≦0.3)、及び、式(2)(0.5×Mo−V+GS/10≧1)を満たす化学組成を有する。低合金鋼材はさらに、降伏応力が1060MPa(155ksi)以上である。この低合金鋼材は、高強度であっても耐SSC性及び靭性に優れている、と特許文献3には記載されている。
特開昭61−272351号公報 特開昭59−074221号公報 特開2001−271134号公報
しかしながら、上記特許文献1〜3に開示された技術を適用しても、降伏強度が155ksi(降伏強度が1069MPa)を超える油井用鋼管の場合、優れた低温靭性及び優れた耐SSC性を安定して得られない場合がある。
本開示の目的は、降伏強度が1069超〜1172MPa(155超〜170ksi、155ksi級)の高強度と、優れた低温靭性と、優れた耐SSC性とを有する、鋼材及び油井用鋼管を提供することである。
本開示による鋼材は、質量%で、C:0.15〜0.50%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.05〜1.00%、P:0.025%以下、S:0.0100%以下、Al:0.005〜0.100%、Cr:0.20〜1.50%、Mo:0.25〜1.50%、Ti:0.002〜0.050%、B:0.0001〜0.0050%、N:0.0100%以下、O:0.0100%以下、V:0〜0.60%、Nb:0〜0.030%、Ca:0〜0.0100%、Mg:0〜0.0100%、Zr:0〜0.0100%、Co:0〜0.50%、W:0〜0.50%、Ni:0〜0.10%、Cu:0〜0.50%、及び、希土類元素:0〜0.0100%を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する。本開示による鋼材はさらに、固溶Cを0.010〜0.060質量%含有する。本開示による鋼材はさらに、旧オーステナイト結晶粒の結晶粒度番号が8.0以上である。本開示による鋼材はさらに、降伏強度が1069超〜1172MPaであり、降伏比が85%以上である。
本開示による鋼材の製造方法は、準備工程と、焼入れ工程と、焼戻し工程とを備える。準備工程は、上述の化学組成を有する中間鋼材を準備する。焼入れ工程は、準備工程後、800〜1000℃の中間鋼材を、300℃/分以上の冷却速度で冷却する。焼戻し工程は、焼入れ後の中間鋼材を、580〜720℃で10〜180分保持した後、580℃から200℃の間の平均冷却速度を4〜300℃/秒で冷却する。
本開示による鋼材及び油井用鋼管は、降伏強度が1069超〜1172MPa(155ksi級)の高強度と、優れた低温靭性と、優れた耐SSC性とを有する。
図1は、各試験番号の固溶C量と、−40℃における吸収エネルギーと、耐SSC性との関係を示す図である。
本発明者らは、鋼材及び油井用鋼管において、降伏強度が1069超〜1172MPa(155ksi級)の高強度と、優れた低温靭性と、優れた耐SSC性とを得るための方法について調査検討し、次の知見を得た。
(A)高強度を有する鋼材においては、高強度になるほど鋼材の転位密度が増加する。鋼材の転位密度が高まれば、鋼材の降伏強度YS(Yield Strength)が高まる一方、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。
鋼材の転位が可動転位である場合、転位が消滅する場合がある。この場合、鋼材の強度が低下する。そこで、鋼材の転位が可動転位にならないようにすれば、転位の消滅を抑制し、転位密度の低下を抑制することができる。この場合、鋼材の強度を維持することができる。そこで本発明者らは、鋼材の転位を不動転位にすることで、鋼材の降伏強度を高めることを考えた。
具体的に、本発明者らは、鋼材中に固溶しているC(以下、「固溶C」ともいう)によって転位を不動転位にすることについて検討した。以下、固溶Cによる不動転位を「固溶C不動転位」ともいう。検討の結果、鋼材中の固溶C量を調整すると、鋼材の降伏強度の低下が抑制された。鋼材中の固溶C量を調整するとさらに、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が高まる場合があることを、本発明者らは見出した。
すなわち、固溶C量を高めれば、鋼材の低温靭性と、鋼材の耐SSC性とを高めることができる。したがって、降伏強度と、低温靭性と、耐SSC性とを高めた鋼材を得るためには、固溶C量を高め、転位密度全体に対して、固溶C不動転位密度を高める必要があるのではないかと本発明者らは考えた。
以上のとおり、本発明者らは、鋼材中の固溶C量を適切に調整すれば、155ksi級の降伏強度を維持しつつ、鋼材の低温靭性と、鋼材の耐SSC性とを高めることができると考えた。そこで、本発明者らは、質量%で、C:0.15〜0.50%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.05〜1.00%、P:0.025%以下、S:0.0100%以下、Al:0.005〜0.100%、Cr:0.20〜1.50%、Mo:0.25〜1.50%、Ti:0.002〜0.050%、B:0.0001〜0.0050%、N:0.0100%以下、O:0.0100%以下、V:0〜0.60%、Nb:0〜0.030%、Ca:0〜0.0100%、Mg:0〜0.0100%、Zr:0〜0.0100%、Co:0〜0.50%、W:0〜0.50%、Ni:0〜0.10%、Cu:0〜0.50%、及び、希土類元素:0〜0.0100%を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する鋼材を用いて、固溶C量と、降伏強度と、低温靭性と、耐SSC性との関係を調査した。
[固溶C量と低温靭性と耐SSC性との関係]
図1は、固溶C量と、−40℃における吸収エネルギーと、耐SSC性との関係を示す図である。図1は次の方法で得られた。後で詳述する実施例のうち、固溶C量以外の条件が本実施形態の範囲を満たす鋼材について、得られた固溶C量(質量%)と、−40℃における吸収エネルギーE(−40℃)(J)と、後述する方法で決定した耐SSC性の評価結果とを用いて、図1を作成した。
図1に示す鋼材の降伏強度YSは、いずれも1069超〜1172MPa(155ksi級)の範囲内であった。降伏強度YSの調整は、焼戻し温度を調整することにより行った。また、低温靭性について、低温靭性の指標である、−40℃における吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J以上である場合、鋼材の低温靭性に優れると判断した。なお、図1中の「○」は優れた耐SSC性が得られた鋼材を示す。一方、図1中の「●」は優れた耐SSC性が得られなかった鋼材を示す。
図1を参照して、上記化学組成を満たす鋼材において、固溶C量が0.010質量%以上であれば、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J以上となり、鋼材は優れた低温靭性を示した。この理由について本発明者らは、次のとおり考えている。粗大な炭化物は応力集中源となる。すなわち、粗大な炭化物は割れの起点となり、鋼材の低温靭性を低下する。一方、上記化学組成を満たす鋼材においては、固溶C量を高めることにより、炭化物の析出が抑制される。この場合、炭化物が析出する過程において、粗大な炭化物の生成が抑制される。すなわち、固溶C量を高めることにより、粗大な炭化物の生成が抑制され、炭化物が微細に分散する。そのため、粗大な炭化物を起点とする割れが抑制される。その結果、鋼材の低温靭性が高まる。
図1を参照して、上記化学組成を満たす鋼材において、固溶C量が0.010質量%以上であればさらに、鋼材は優れた耐SSC性を示した。この理由について本発明者らは、次のとおり考えている。可動転位は水素を吸蔵しやすい。そのため、鋼材の転位密度が増加すれば、鋼材が吸蔵する水素量は増加しやすい。その結果、鋼材の水素濃度が高まり、鋼材の耐SSC性が低下する。一方、上記化学組成を満たす鋼材において、固溶C量を高めることにより、鋼材中の可動転位がCによって固定され、固溶C不動転位となる。そのため、鋼材に吸蔵される水素が低減する。その結果、鋼材の耐SSC性が高まる。
一方、図1を参照して、上記化学組成を満たす鋼材において、固溶C量が0.060質量%を超えれば、鋼材はかえって優れた耐SSC性を示さない。この理由については明らかになっていない。しかしながら、上記化学組成を満たす鋼材において、固溶C量を0.010質量%以上とし、さらに固溶C量を0.060質量%以下とすれば、優れた耐SSC性を得ることができる。固溶C量が0.060質量%を超えればさらに、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、鋼材は優れた低温靭性を示さない場合がある。
以上より、上述の化学組成を満たし、固溶C量を0.010〜0.060質量%とすれば、後述の条件を満たすことを条件に、鋼材は、降伏強度YSが1069超〜1172MPaであっても、−40℃における吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J以上となり、優れた低温靭性を示し、さらに、優れた耐SSC性を示す。したがって、本実施形態において、固溶C量は0.010〜0.060質量%とする。
(B)旧オーステナイト結晶粒(以下、「旧γ粒」ともいう)が粗大であれば、つまり、旧γ粒の結晶粒度番号が低すぎれば、旧γ粒界に応力が集中する。そのため、旧γ粒界を起点として割れが発生し、進展する。この場合、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。旧γ粒が粗大であればさらに、旧γ粒界に元素が偏析しやすい。旧γ粒界に元素が偏析した場合、偏析した元素は旧γ粒界の割れ感受性を高める。その結果、鋼材の低温靭性及び耐SSC性がさらに低下する。
一方、旧γ粒が微細であれば、つまり、旧γ粒の結晶粒度番号が高ければ、単位体積あたりの粒界面積が高まる。この場合、応力集中が緩和され、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が高まる。この場合さらに、鋼材の旧γ粒界への元素の偏析を抑制できる。その結果、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が高まる。したがって、本実施形態による鋼材の旧γ粒は、結晶粒度番号で8.0以上である。この場合、鋼材の低温靭性及び耐SSC性を高めることができる。なお、本明細書において、結晶粒度番号とは、JIS G0551(2013)に準拠した方法で測定した粒度番号を意味する。
なお、本実施形態による鋼材のミクロ組織は、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイト主体の組織である。焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイト主体とは、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計が90%以上であることを意味する。鋼材のミクロ組織が焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイト主体であれば、本実施形態による鋼材において、降伏強度YSは1069超〜1172MPa(155ksi級)、降伏比YR(引張強度TS(Tensile Strength)に対する降伏強度YSの比、すなわち、降伏比YR=降伏強度YS/引張強度TS(%))は85%以上となる。
以上の知見に基づいて完成した本実施形態による鋼材は、質量%で、C:0.15〜0.50%、Si:0.05〜1.00%、Mn:0.05〜1.00%、P:0.025%以下、S:0.0100%以下、Al:0.005〜0.100%、Cr:0.20〜1.50%、Mo:0.25〜1.50%、Ti:0.002〜0.050%、B:0.0001〜0.0050%、N:0.0100%以下、O:0.0100%以下、V:0〜0.60%、Nb:0〜0.030%、Ca:0〜0.0100%、Mg:0〜0.0100%、Zr:0〜0.0100%、Co:0〜0.50%、W:0〜0.50%、Ni:0〜0.10%、Cu:0〜0.50%、及び、希土類元素:0〜0.0100%を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有する。本実施形態による鋼材はさらに、固溶Cを0.010〜0.060質量%含有する。本実施形態による鋼材はさらに、旧オーステナイト結晶粒の結晶粒度番号が8.0以上である。本実施形態による鋼材はさらに、降伏強度が1069超〜1172MPaであり、降伏比が85%以上である。
本明細書において、鋼材とは、特に限定されないが、たとえば、鋼管、鋼板である。
本実施形態による鋼材は、優れた強度と、優れた低温靭性と、優れた耐SSC性とを示す。
上記化学組成は、V:0.01〜0.60%、及び、Nb:0.002〜0.030%からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
上記化学組成は、Ca:0.0001〜0.0100%、Mg:0.0001〜0.0100%、及び、Zr:0.0001〜0.0100%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。
上記化学組成は、Co:0.02〜0.50%、及び、W:0.02〜0.50%からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
上記化学組成は、Ni:0.01〜0.10%、及び、Cu:0.01〜0.50%からなる群から選択される1種以上を含有してもよい。
上記化学組成は、希土類元素:0.0001〜0.0100%を含有してもよい。
上記鋼材は、上記化学組成を有し、固溶Cを0.010〜0.060質量%含有し、旧オーステナイト結晶粒の結晶粒度番号が8.0以上であり、降伏強度が1069超〜1172MPaであり、降伏比が85%以上である、油井用鋼管であってもよい。
本明細書において、油井用鋼管はラインパイプ用鋼管であってもよく、油井管であってもよい。油井用鋼管は、継目無鋼管であってもよく、溶接鋼管であってもよい。油井管は、たとえば、ケーシングやチュービング用途で用いられる鋼管である。
なお、上記優れた低温靭性とは、具体的には、−40℃で実施する、JIS Z 2242(2005)に準拠したシャルピー衝撃試験において、−40℃における吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J以上であることを意味する。
なお、上記優れた耐SSC性とは、具体的には、鋼材に対し、降伏応力の85%に相当する応力を負荷し、0.003barのHSを封入した5%塩化ナトリウム+0.5%酢酸水溶液、及び、0.005barのHSを封入した5%塩化ナトリウム+0.5%酢酸水溶液に浸漬する、NACE TM0177−2005 Method Aに準拠したコルテスト試験において、いずれの鋼材も720時間破断しないことを意味する。
また、上記固溶C量は、鋼材中の炭化物中のC量(質量%)の、鋼材の化学組成のC含有量からの差分を意味する。鋼材中の炭化物中のC量は、鋼材に対して抽出残渣分析を実施して残渣として得られた炭化物(セメンタイト及びMC型炭化物)中のFe濃度<Fe>a、Cr濃度<Cr>a、Mn濃度<Mn>a、Mo濃度<Mo>a、V濃度<V>a、Nb濃度<Nb>aと、抽出レプリカ法により得られたレプリカ膜をTEM観察することにより特定されたセメンタイトに対してEDSによる点分析を実施して得られたセメンタイト中のFe濃度<Fe>b、Cr濃度<Cr>b、Mn濃度<Mn>b、Mo濃度<Mo>bとを用いて、式(1)〜式(5)により求める。
<Mo>c=(<Fe>a+<Cr>a+<Mn>a)×<Mo>b/(<Fe>b+<Cr>b+<Mn>b) (1)
<Mo>d=<Mo>a−<Mo>c (2)
<C>a=(<Fe>a/55.85+<Cr>a/52+<Mn>a/53.94+<Mo>c/95.9)/3×12 (3)
<C>b=(<V>a/50.94+<Mo>d/95.9+<Nb>a/92.9)×12 (4)
(固溶C量)=<C>−(<C>a+<C>b) (5)
なお、本明細書において、セメンタイトとは、Fe含有量が50質量%以上の炭化物を意味する。
本実施形態による鋼材の製造方法は、準備工程と、焼入れ工程と、焼戻し工程とを備える。準備工程は、上述の化学組成を有する中間鋼材を準備する。焼入れ工程は、準備工程後、800〜1000℃の中間鋼材を、300℃/分以上の冷却速度で冷却する。焼戻し工程は、焼入れ後の中間鋼材を、580〜720℃で10〜180分保持した後、580℃から200℃の間の平均冷却速度を4〜300℃/秒で冷却する。
上記製造方法の準備工程は、上述の化学組成を有する素材を準備する素材準備工程と、素材を熱間加工して中間鋼材を製造する熱間加工工程とを含んでもよい。
以下、本実施形態による鋼材及び油井用鋼管について詳述する。元素に関する「%」は、特に断りがない限り、質量%を意味する。
[化学組成]
本実施形態による鋼材の化学組成は、次の元素を含有する。
C:0.15〜0.50%
炭素(C)は、焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。C含有量が0.15%以上であれば、他の元素含有量が本実施形態の範囲内であることを条件として、降伏強度を1069MPa超にすることができる。Cはさらに、製造工程中の焼戻し時において、炭化物の球状化を促進し、鋼材の耐SSC性を高める。炭化物が分散されればさらに、鋼材の強度が高まる。C含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、C含有量が高すぎれば、鋼材の靭性が低下し、焼割れが発生しやすくなる。したがって、C含有量は0.15〜0.50%である。C含有量の好ましい下限は0.20%である。C含有量の好ましい上限は0.48%であり、より好ましくは0.45%であり、さらに好ましくは0.40%である。
Si:0.05〜1.00%
シリコン(Si)は、鋼を脱酸する。Si含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Si含有量が高すぎれば、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Si含有量は0.05〜1.00%である。Si含有量の好ましい下限は0.15%であり、より好ましくは0.20%である。Si含有量の好ましい上限は0.85%である。
Mn:0.05〜1.00%
マンガン(Mn)は、鋼を脱酸する。Mnはさらに、鋼材の焼入れ性を高める。Mn含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Mnは、P及びS等の不純物を旧γ粒界に偏析しやすくする。そのため、Mn含有量が高すぎる場合、鋼材の低温靭性が低下する。この場合さらに、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Mn含有量は0.05〜1.00%である。Mn含有量の好ましい下限は0.25%であり、より好ましくは0.30%である。Mn含有量の好ましい上限は0.90%であり、より好ましくは0.80%である。
P:0.025%以下
燐(P)は不純物である。すなわち、P含有量は0%超である。Pは、粒界に偏析して鋼材の低温靭性及び耐SSC性を低下する。したがって、P含有量は、0.025%以下である。P含有量の好ましい上限は0.020%であり、より好ましくは0.015%である。ただし、P含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、P含有量の好ましい下限は0.003%であり、より好ましくは0.005%超である。
S:0.0100%以下
硫黄(S)は不純物である。すなわち、S含有量は0%超である。Sは、粒界に偏析して鋼材の低温靭性及び耐SSC性を低下する。したがって、S含有量は0.0100%以下である。S含有量の好ましい上限は0.0050%であり、より好ましくは0.0030%である。S含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、S含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、S含有量の好ましい下限は、たとえば、0.0003%である。
Al:0.005〜0.100%
アルミニウム(Al)は、鋼を脱酸する。Al含有量が低すぎれば、この効果が得られず、鋼材の耐SSC性が低下する。一方、Al含有量が高すぎれば、粗大な酸化物系介在物が生成して鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Al含有量は0.005〜0.100%である。Al含有量の好ましい下限は0.015%であり、より好ましくは0.020%である。Al含有量の好ましい上限は0.080%であり、より好ましくは0.060%である。本明細書にいう「Al」含有量は「酸可溶Al」、つまり、「sol.Al」の含有量を意味する。
Cr:0.20〜1.50%
クロム(Cr)は、鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Crはさらに、焼戻し軟化抵抗を高め、高温焼戻しを可能にする。その結果、鋼材の耐SSC性が高まる。Cr含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Cr含有量が高すぎれば、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、Cr含有量は0.20〜1.50%である。Cr含有量の好ましい下限は0.25%であり、より好ましくは0.35%であり、さらに好ましくは0.40%である。Cr含有量の好ましい上限は1.30%である。
Mo:0.25〜1.50%
モリブデン(Mo)は、鋼材の焼入れ性を高める。Moはさらに、微細な炭化物を生成し、鋼材の焼戻し軟化抵抗を高める。その結果、Moは、高温焼戻しにより鋼材の耐SSC性を高める。Moはさらに、Pの粒界への偏析を抑制する。その結果、Moは鋼材の低温靭性及び耐SSC性を高める。Mo含有量が低すぎれば、これらの効果が得られない。一方、Mo含有量が高すぎれば、上記効果が飽和する。したがって、Mo含有量は0.25〜1.50%である。Mo含有量の好ましい下限は0.50%であり、より好ましくは0.60%である。Mo含有量の好ましい上限は1.30%であり、より好ましくは1.25%であり、さらに好ましくは1.10%である。
Ti:0.002〜0.050%
チタン(Ti)は窒化物を形成し、ピンニング効果により、鋼材の結晶粒を微細化する。これにより、鋼材の強度が高まる。Ti含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、Ti含有量が高すぎれば、Ti窒化物が粗大化して鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Ti含有量は0.002〜0.050%である。Ti含有量の好ましい下限は0.003%であり、より好ましくは0.005%である。Ti含有量の好ましい上限は0.030%であり、より好ましくは0.020%である。
B:0.0001〜0.0050%
ボロン(B)は鋼材に固溶して、鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。B含有量が低すぎれば、この効果が得られない。一方、B含有量が高すぎれば、粗大な窒化物が生成して、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、B含有量は0.0001〜0.0050%である。B含有量の好ましい下限は0.0003%であり、より好ましくは0.0007%である。B含有量の好ましい上限は0.0035%であり、より好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0015%である。
N:0.0100%以下
窒素(N)は不可避に含有される。すなわち、N含有量は0%超である。Nは粗大な窒化物を形成して、鋼材の低温靭性及び耐SSC性を低下する。したがって、N含有量は0.0100%以下である。N含有量の好ましい上限は0.0050%であり、より好ましくは0.0045%である。N含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、若干量のTiを含有させて、微細窒化物の析出による結晶粒の微細化をさせる場合、Nを0.0020%以上含有させてもよい。
O:0.0100%以下
酸素(O)は不純物である。すなわち、O含有量は0%超である。Oは粗大な酸化物を形成し、鋼材の低温靭性及び耐食性を低下する。したがって、O含有量は0.0100%以下である。O含有量の好ましい上限は0.0050%であり、より好ましくは0.0030%であり、さらに好ましくは0.0020%である。O含有量はなるべく低い方が好ましい。ただし、O含有量の極端な低減は、製造コストを大幅に高める。したがって、工業生産を考慮した場合、O含有量の好ましい下限は、たとえば、0.0003%である。
本実施形態による鋼材の化学組成の残部は、Fe及び不純物からなる。ここで、不純物とは、鋼材を工業的に製造する際に、原料としての鉱石、スクラップ、又は製造環境などから混入されるものであって、本実施形態による鋼材に悪影響を与えない範囲で許容されるものを意味する。
[任意元素について]
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、V及びNbからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の耐SSC性を高める。
V:0〜0.60%
バナジウム(V)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、V含有量は0%であってもよい。Vが含有される場合、VはC又はNと結合して炭化物、窒化物又は炭窒化物等(以下、「炭窒化物等」という)を形成する。これらの炭窒化物等は、ピンニング効果により鋼材のサブ組織を微細化し、鋼材の耐SSC性を高める。Vはさらに、焼戻し時に微細な炭化物を形成する。微細な炭化物は鋼材の焼戻し軟化抵抗を高め、鋼材の強度を高める。Vはさらに、球状のMC型炭化物となるため、針状のMC型炭化物の生成を抑制して、鋼材の耐SSC性を高める。Vが少しでも含有されれば、これらの効果がある程度得られる。しかしながら、V含有量が高すぎれば、鋼材の低温靭性が低下する。V含有量が高すぎればさらに、鋼材の耐SSC性が低下する場合がある。したがって、V含有量は0〜0.60%である。V含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%である。V含有量の好ましい上限は0.40%であり、より好ましくは0.20%であり、さらに好ましくは0.10%であり、さらに好ましくは0.05%未満である。
Nb:0〜0.030%
ニオブ(Nb)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Nb含有量は0%であってもよい。Nbが含有される場合、Nbは炭窒化物等を形成する。これらの炭窒化物等はピンニング効果により鋼材のサブ組織を微細化し、鋼材の耐SSC性を高める。Nbはさらに、球状のMC型炭化物となるため、針状のMC型炭化物の生成を抑制して、鋼材の耐SSC性を高める。Nbが少しでも含有されれば、これらの効果がある程度得られる。しかしながら、Nb含有量が高すぎれば、炭窒化物等が過剰に生成して、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、Nb含有量は0〜0.030%である。Nb含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.002%であり、さらに好ましくは0.003%であり、さらに好ましくは0.007%である。Nb含有量の好ましい上限は0.025%であり、より好ましくは0.020%である。
上記のVとNbの含有量の合計は、0.60%以下であることが好ましく、0.40%以下であることがより好ましく、0.20%以下であることがさらに好ましい。
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ca、Mg、及び、Zrからなる群から選択される1種又は2種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の耐SSC性を高める。
Ca:0〜0.0100%
カルシウム(Ca)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ca含有量は0%であってもよい。Caが含有される場合、Caは鋼材中の硫化物を微細化し、鋼材の耐SSC性を高める。Caが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Ca含有量が高すぎれば、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、Ca含有量は0〜0.0100%である。Ca含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%である。Ca含有量の好ましい上限は0.0040%であり、より好ましくは0.0025%である。
Mg:0〜0.0100%
マグネシウム(Mg)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Mg含有量は0%であってもよい。Mgが含有される場合、Mgは鋼材中のSを硫化物として無害化し、鋼材の耐SSC性を高める。Mgが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Mg含有量が高すぎれば、鋼材中の酸化物が粗大化して、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、Mg含有量は0〜0.0100%である。Mg含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%であり、さらに好ましくは0.0010%である。Mg含有量の好ましい上限は0.0040%であり、より好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
Zr:0〜0.0100%
ジルコニウム(Zr)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Zr含有量は0%であってもよい。Zrが含有される場合、Zrは鋼材中の硫化物を微細化し、鋼材の耐SSC性を高める。Zrが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Zr含有量が高すぎれば、酸化物が粗大化して、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、Zr含有量は0〜0.0100%である。Zr含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%である。Zr含有量の好ましい上限は0.0040%であり、より好ましくは0.0025%であり、さらに好ましくは0.0020%である。
上記のCa、Mg、及び、Zrからなる群から選択される2種以上を複合して含有する場合の合計量は、0.0100%以下であることが好ましく、0.0050%以下であることがさらに好ましい。
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Co及びWからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、硫化水素環境中で保護性の腐食被膜を形成し、水素侵入を抑制する。これにより、鋼材の耐SSC性を高める。
Co:0〜0.50%
コバルト(Co)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Co含有量は0%であってもよい。Coが含有される場合、Coは硫化水素環境中で保護性の腐食被膜を形成し、水素侵入を抑制する。これにより、鋼材の耐SSC性を高める。Coが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Co含有量が高すぎれば、鋼材の焼入れ性が低下して、鋼材の強度が低下する。したがって、Co含有量は0〜0.50%である。Co含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。Co含有量の好ましい上限は0.45%であり、より好ましくは0.40%である。
W:0〜0.50%
タングステン(W)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、W含有量は0%であってもよい。Wが含有される場合、Wは硫化水素環境中で保護性の腐食被膜を形成し、水素侵入を抑制する。これにより、鋼材の耐SSC性を高める。Wが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、W含有量が高すぎれば、粗大な炭化物が生成して、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、W含有量は0〜0.50%である。W含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.03%であり、さらに好ましくは0.05%である。W含有量の好ましい上限は0.45%であり、より好ましくは0.40%である。
上述の鋼材の化学組成はさらに、Feの一部に代えて、Ni及びCuからなる群から選択される1種以上を含有してもよい。これらの元素はいずれも任意元素であり、鋼材の焼入れ性を高める。
Ni:0〜0.10%
ニッケル(Ni)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Ni含有量は0%であってもよい。Niが含有される場合、Niは鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Niはさらに、鋼材の低温靭性を高める。Niが少しでも含有されれば、これらの効果がある程度得られる。しかしながら、Ni含有量が高すぎれば、局部的な腐食を促進させ、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Ni含有量は0〜0.10%である。Ni含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%である。Ni含有量の好ましい上限は0.09%であり、より好ましくは0.08%である。
Cu:0〜0.50%
銅(Cu)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、Cu含有量は0%であってもよい。Cuが含有される場合、Cuは鋼材の焼入れ性を高め、鋼材の強度を高める。Cuが少しでも含有されれば、この効果がある程度得られる。しかしながら、Cu含有量が高すぎれば、鋼材の焼入れ性が高くなりすぎ、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、Cu含有量は0〜0.50%である。Cu含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.01%であり、さらに好ましくは0.02%であり、さらに好ましくは0.05%である。Cu含有量の好ましい上限は0.35%であり、より好ましくは0.25%である。
希土類元素(REM):0〜0.0100%
希土類元素(REM)は任意元素であり、含有されなくてもよい。すなわち、REM含有量は0%であってもよい。REMが含有される場合、REMは鋼材中の硫化物を微細化し、鋼材の耐SSC性を高める。REMはさらに、鋼材中のPと結合して、結晶粒界におけるPの偏析を抑制する。そのため、Pの偏析に起因した、鋼材の低温靭性及び耐SSC性の低下が抑制される。REMが少しでも含有されれば、これらの効果がある程度得られる。しかしながら、REM含有量が高すぎれば、酸化物が粗大化して、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、REM含有量は0〜0.0100%である。REM含有量の好ましい下限は0%超であり、より好ましくは0.0001%であり、さらに好ましくは0.0003%であり、さらに好ましくは0.0006%である。REM含有量の好ましい上限は0.0040%であり、より好ましくは0.0025%である。
なお、本明細書におけるREMとは、原子番号39番のイットリウム(Y)、ランタノイドである原子番号57番のランタン(La)〜原子番号71番のルテチウム(Lu)及び、アクチノイドである原子番号89番のアクチニウム(Ac)〜103番のローレンシウム(Lr)からなる群から選択される1種以上の元素である。また、本明細書におけるREM含有量とは、これら元素の合計含有量である。
[固溶C量]
本実施形態による鋼材は、固溶Cを0.010〜0.060質量%含有する。固溶C量が0.010質量%未満であれば、鋼材中に析出する炭化物が粗大になり、鋼材の低温靭性が低下する。固溶C量が0.010質量%未満であればさらに、転位の固定が十分でなく、鋼材の耐SSC性が低下する。一方、固溶C量が0.060質量%を超えれば、かえって鋼材の耐SSC性が低下する。固溶C量が0.060質量%を超えればさらに、鋼材の低温靭性が低下する場合がある。したがって、固溶C量は0.010〜0.060質量%である。固溶C量の好ましい下限は0.015質量%であり、より好ましくは0.020質量%である。固溶C量の好ましい上限は0.054質量%であり、より好ましくは0.050質量%である。
上述の範囲の固溶C量は、たとえば、焼戻しの保持時間を制御すること、及び、焼戻し後の冷却速度を制御することで得られる。この理由は次のとおりである。
焼戻し工程において、焼戻しの保持時間が短い場合、焼戻しが不十分である。この場合、鋼材中の炭化物の析出が不足して、固溶C量が高くなりすぎる。その結果、鋼材の耐SSC性が低下する。一方、焼戻しの保持時間が長すぎる場合、これらの効果は飽和する。したがって、焼戻しの保持時間は10〜180分である。
焼戻し工程において、焼戻し後の冷却において、冷却速度が遅い場合、固溶したCが温度低下中に再析出する。従来の鋼材の製造方法では、焼戻し後の冷却は放冷で行っていたため、冷却速度が遅かった。そのため、固溶C量はほぼ0質量%であった。そこで、本実施形態においては、焼戻し後の冷却速度を高めて、0.010〜0.060質量%の固溶C量を得る。
冷却方法としてたとえば、焼戻し温度から鋼材を連続的に強制冷却し、鋼材の温度を連続的に低下する。このような連続冷却処理としてはたとえば、水槽に鋼材を浸漬して冷却する方法や、シャワー水冷、ミスト冷却あるいは強制風冷により鋼材を加速冷却する方法がある。
焼戻し後の冷却速度は、焼戻しされる鋼材の断面内で最も遅く冷却される部位(たとえば両表面を強制冷却する場合は、鋼材厚さの中心部)において測定する。具体的に、鋼材が鋼板である場合、鋼板の板厚中央部にシース型の熱電対を装入し、測温することで、焼戻し後の冷却速度を測定できる。鋼材が鋼管である場合、鋼管の肉厚中央部にシース型の熱電対を装入し、測温することで、焼戻し後の冷却速度を測定できる。また、鋼材の片側表面のみを強制冷却する場合、非接触型の赤外線型温度計によって、鋼材の非強制冷却側の表面温度を測定できる。
600℃から200℃の間は、Cの拡散が比較的早い温度域である。一方、本実施形態の好ましい焼戻し温度は580〜720℃である。したがって、580℃から200℃の間の平均冷却速度を4℃/秒以上とすれば、鋼材中の固溶C量を高めることができる。焼戻し後の冷却速度の好ましい下限は5℃/秒であり、より好ましくは10℃/秒であり、さらに好ましくは15℃/秒である。
一方、焼戻し後の冷却速度が速すぎると、焼戻しの均熱保持後に固溶していたCがほとんど析出しない。その結果、固溶C量が過剰となる場合がある。したがって、焼戻し後の冷却速度は300℃/秒以下である。焼戻し後の冷却温度の好ましい上限は150℃/秒であり、より好ましくは100℃/秒であり、さらに好ましくは50℃/秒である。
上述の方法は一例ではあるが、この方法によれば、固溶C量を0.010〜0.060質量%とすることができる。
上述の方法で焼戻しを実施するとさらに、旧γ粒界に偏析するP(以下、「粒界偏析P」ともいう)量が低下する。具体的に、上述の方法で焼戻しを実施すれば、粒界偏析P量は3.0mol.%以下である。この理由について、本発明者らは、次のとおり考えている。
550℃から500℃の間は、Pの粒界偏析が生じやすい。一方、本実施形態の好ましい焼戻し温度は580〜720℃である。すなわち、焼戻し温度がPの粒界偏析が生じやすい温度よりも高い。そのため、焼戻し後の冷却時、Pの粒界偏析が生じる。したがって、550℃から500℃の間の冷却を早めれば、Pの粒界への偏析を抑制することができる。具体的に、580℃と200℃との間の平均冷却速度が4℃/秒以上であれば、粒界偏析P量を3.0mol.%以下とすることができる。
上述のとおり、旧γ粒界に元素が偏析すると、旧γ粒界は割れが発生しやすくなる。その結果、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。一方、粒界偏析P量が3.0mol.%以下であれば、旧γ粒界の割れの発生を抑制し、鋼材の低温靭性及び耐SSC性がさらに高まる。
粒界偏析P量の好ましい上限は、2.5mol.%であり、より好ましくは2.0mol.%である。粒界偏析P量はなるべく低いほうが好ましい。粒界偏析P量の下限は、たとえば、0.01mol.%である。
[固溶C量の算出方法]
固溶C量は、鋼材中の炭化物中のC量(質量%)の、鋼材の化学組成のC含有量からの差分を意味する。鋼材中の炭化物中のC量は、鋼材に対して抽出残渣分析を実施して残渣として得られた炭化物(セメンタイト及びMC型炭化物)中のFe濃度<Fe>a、Cr濃度<Cr>a、Mn濃度<Mn>a、Mo濃度<Mo>a、V濃度<V>a、Nb濃度<Nb>aと、抽出レプリカ法により得られたレプリカ膜をTEM観察することにより特定されたセメンタイトに対してEDSによる点分析を実施して得られたセメンタイト中のFe濃度<Fe>b、Cr濃度<Cr>b、Mn濃度<Mn>b、Mo濃度<Mo>bとを用いて、式(1)〜式(5)により求める。
<Mo>c=(<Fe>a+<Cr>a+<Mn>a)×<Mo>b/(<Fe>b+<Cr>b+<Mn>b) (1)
<Mo>d=<Mo>a−<Mo>c (2)
<C>a=(<Fe>a/55.85+<Cr>a/52+<Mn>a/53.94+<Mo>c/95.9)/3×12 (3)
<C>b=(<V>a/50.94+<Mo>d/95.9+<Nb>a/92.9)×12 (4)
(固溶C量)=<C>−(<C>a+<C>b) (5)
なお、本明細書において、セメンタイトとは、Fe含有量が50質量%以上の炭化物を意味する。以下、固溶C量の算出方法を詳しく示す。
[鋼材のC含有量の定量]
鋼材が板材である場合、板厚中央部から、鋼材が管材である場合、肉厚中央部から、切粉状の分析サンプルを採取する。酸素気流中燃焼−赤外線吸収法により、C含有量(質量%)を分析する。これを鋼材のC含有量(<C>)とする。
[炭化物として析出するC量(析出C量)の計算]
析出C量は、次の手順1〜手順4により算出する。具体的には、手順1で抽出残渣分析を実施する。手順2で透過電子顕微鏡(Transmission Electron Microscope:以下、「TEM」という)を用いた抽出レプリカ法、及び、エネルギー分散型X線分析法(Energy Dispersive X−ray Spectrometry:以下、「EDS」という)によりセメンタイト中の元素濃度分析(以下「EDS分析」という)を実施する。手順3でMo含有量を調整する。手順4で析出C量を算出する。
[手順1.抽出残渣分析による、Fe、Cr、Mn、Mo、V、及び、Nb残渣量の定量]
手順1では、鋼材中の炭化物を残渣として捕捉し、残渣中のFe、Cr、Mn、Mo、V、及び、Nb含有量を決定する。ここで、「炭化物」とは、セメンタイト(MC型炭化物)及びMC型炭化物の総称である。具体的な手順は以下のとおりである。鋼材が板材である場合、板厚中央部から、6mm径で長さ50mmの円柱状試験片を採取する。鋼材が鋼管である場合、鋼管の肉厚中央部から、肉厚中心が横断面の中心になるように、6mm径で長さ50mmの円柱状試験片を採取する。採取した試験片表面を予備の電解研磨にて50μm程度研磨して新生面を得る。電解研磨した試験片を電解液10%アセチルアセトン+1%テトラアンモニウム+メタノールで電解する。電解後の電解液を0.2μmのフィルターを通して残渣を捕捉する。得られた残渣を酸分解し、ICP(誘導結合プラズマ)発光分析にてFe、Cr、Mn、Mo、V、Nb濃度を質量%単位で定量する。この濃度をそれぞれ<Fe>a、<Cr>a、<Mn>a、<Mo>a、<V>a、<Nb>aと定義する。
[手順2.抽出レプリカ法及びEDSによる、セメンタイト中のFe、Cr、Mn、及び、Mo含有量の定量]
手順2では、セメンタイト中のFe、Cr、Mn、及び、Mo含有量を決定する。具体的な手順は以下のとおりである。鋼材が板材である場合板厚中央部から、鋼材が鋼管である場合肉厚中央部から、ミクロ試験片を切り出し、鏡面研磨にて表面を仕上げる。試験片を3%ナイタール腐食液に10分浸漬し、表面を腐食する。その表面をカーボン蒸着膜で覆う。蒸着膜で表面を覆った試験片を5%ナイタール腐食液に浸漬し、20分保持し、蒸着膜を剥離させる。剥離した蒸着膜をエタノールで洗浄した後、シートメッシュですくい取り、乾燥させる。この蒸着膜(レプリカ膜)を、TEMで観察し、20個のセメンタイトについてEDSによる点分析を行う。セメンタイト中の炭素を除く合金元素の合計を100%とした場合の、Fe、Cr、Mn、及びMo濃度を質量%単位で定量する。20個のセメンタイトについて濃度を定量し、それぞれの元素の算術平均値を<Fe>b、<Cr>b、<Mn>b、<Mo>bと定義する。
[手順3.Mo量の調整]
続いて、炭化物中のMo濃度を求める。ここで、Fe、Cr、Mn、及び、Moはセメンタイトに濃化する。一方、V、Nb、及び、MoはMC型炭化物に濃化する。すなわち、Moは、焼戻しによりセメンタイト及びMC型炭化物の両方に濃化する。したがって、Mo量については、セメンタイト及びMC型炭化物について個別に算出する。なお、Vはセメンタイトにもその一部が濃化する場合がある。しかしながら、Vのセメンタイトへの濃化量は、MC型炭化物への濃化量と比較して無視できるほど小さい。したがって、固溶C量を求める上で、VはMC型炭化物のみに濃化するとみなす。
具体的に、セメンタイトとして析出するMoの量(<Mo>c)は、式(1)により算出する。
<Mo>c=(<Fe>a+<Cr>a+<Mn>a)×<Mo>b/(<Fe>b+<Cr>b+<Mn>b) (1)
一方、MC型炭化物として析出するMoの量(<Mo>d)は、式(2)により質量%単位で算出する。
<Mo>d=<Mo>a−<Mo>c (2)
[手順4.析出C量の算出]
析出C量は、セメンタイトとして析出するC量(<C>a)とMC型炭化物として析出するC量(<C>b)の合計として、算出される。<C>a及び<C>bはそれぞれ、式(3)及び式(4)により、質量%単位で算出される。なお、式(3)は、セメンタイトの構造がMC型(MはFe、Cr、Mn、Moを含む)であることから導かれた式である。
<C>a=(<Fe>a/55.85+<Cr>a/52+<Mn>a/53.94+<Mo>c/95.9)/3×12 (3)
<C>b=(<V>a/50.94+<Mo>d/95.9+<Nb>a/92.9)×12 (4)
以上より、析出C量は、<C>a+<C>bである。
[固溶C量の計算]
固溶C量(以下、<C>cともいう)は、鋼材のC含有量(<C>)と、析出C量との差として、式(5)により質量%単位で算出する。
<C>c=<C>−(<C>a+<C>b) (5)
[粒界偏析P量の測定方法]
粒界偏析P量は、次の方法で算出できる。鋼材が板材である場合、板厚中央部から、鋼材が管材である場合、肉厚中央部から、試験片を採取する。試験片を液体窒素にて冷却し、真空中で破断する。結晶粒界で破断した面を10点特定し、オージェ電子分光分析を行い、P濃度を測定する。求めた10個のP濃度の平均値を、粒界偏析P量(mol.%)と定義する。
[ミクロ組織]
本実施形態による鋼材のミクロ組織は、主として焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトからなる。より具体的には、ミクロ組織は体積率で90%以上の焼戻しマルテンサイト及び/又は焼戻しベイナイトからなる。すなわち、ミクロ組織は、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計が90%以上である。ミクロ組織の残部はたとえば、残留オーステナイト等である。上述の化学組成を有する鋼材のミクロ組織が、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計で90%以上を含有すれば、降伏強度が1069超〜1172MPa(155ksi級)、及び、降伏比が85%以上となる。好ましくは、降伏比は90%以上である。
本実施形態においては、降伏強度が1069超〜1172MPa(155ksi級)、及び、降伏比が85%以上であれば、ミクロ組織は、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計が90%以上であるものとする。好ましくは、ミクロ組織は焼戻しマルテンサイト及び/又は焼戻しベイナイトのみからなる。
なお、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計を観察により求める場合、以下の方法で求めることができる。鋼材が板材である場合、板厚中央部から、圧延方向10mm、板厚方向10mmの観察面を有する小片を切り出す。鋼材が鋼管である場合、肉厚中央部から管軸方向10mm、肉厚方向8mmの観察面を有する小片を切り出す。観察面を鏡面に研磨した後、ナイタール腐食液に10秒程度浸漬して、エッチングによる組織現出を行う。エッチングした観察面を、走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)を用いて、二次電子像にて観察する。1視野あたり400μm程度(倍率5000倍)とし、10視野観察する。各視野において、コントラストから焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトを特定する。特定した焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの面積分率の合計を求める。本実施の形態において、すべての視野で求めた、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの面積分率の合計の算術平均値を、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率とする。
[旧オーステナイト粒の結晶粒度]
本実施形態による鋼材は、旧オーステナイト結晶粒の結晶粒度番号が8.0以上である。旧γ粒の結晶粒度番号が8.0未満であれば、旧γ粒界にP等の不純物元素が偏析する。この場合、粒界偏析P量が3.0mol.%を超える。その結果、旧γ粒界が脆化し、鋼材の低温靭性が低下する。この場合さらに、鋼材の耐SSC性が低下する。したがって、本実施形態による鋼材は、旧γ粒の結晶粒度番号が8.0以上である。旧γ粒の結晶粒度番号の好ましい下限は8.5であり、より好ましくは9.0である。旧γ粒の結晶粒度番号の上限は特に定めないが、旧γ粒の結晶粒度番号の上限は、たとえば、16.0である。
旧γ粒の結晶粒度番号は、次の方法で決定できる。鋼材が板材である場合、板厚中央部から、鋼材が管材である場合、肉厚中央部から、顕微鏡観察用の試験片を採取する。採取された試験片を用いて、JIS G0551(2013)に規定される結晶粒度の顕微鏡試験方法を実施し、オーステナイト結晶粒度番号を評価する。具体的には、試験片を樹脂埋めして研磨後、ナイタール腐食液に10秒程度浸漬して、表面の旧オーステナイトの結晶粒界を現出させる。腐食された表面上の10視野において、各視野の結晶粒度番号を求める。各視野の面積は、たとえば、0.066mmである。JIS G0551(2013)の7.2に規定された結晶粒度標準図との比較により、各視野における結晶粒度番号を評価する。10視野で評価した粒度番号の算術平均値を、旧γ粒の結晶粒度番号と定義する。
[鋼材の形状]
本実施形態による鋼材の形状は特に限定されない。鋼材はたとえば鋼管、鋼板である。鋼材が油井用鋼管である場合、好ましい肉厚は9〜60mmである。本実施形態は特に、厚肉の油井用鋼管としての使用に適する。より具体的には、本実施形態による鋼材が15mm以上、さらに、20mm以上の厚肉の油井用鋼管であっても、優れた強度と、優れた低温靭性と、優れた耐SSC性とを示す。
[鋼材のYS及びYR]
本実施形態による鋼材の降伏強度YSは1069超〜1172MPa(155ksi級)であり、降伏比YRは85%以上である。本明細書でいう降伏強度YSは、引張試験で得られた0.2%伸び時の応力を意味する。要するに、本実施形態による鋼材の強度は155ksi級である。本実施形態による鋼材は、このような高強度であっても、上述の化学組成、固溶C量、及び、ミクロ組織を満たすことで、優れた低温靭性及び優れた耐SSC性を有する。
[鋼材の低温靭性]
本実施形態による鋼材の低温靭性は、JIS Z 2242(2005)に準拠した方法で評価できる。試験片は、幅10mm、長さ55mmのVノッチ試験片を用いる。−40℃に冷却した試験片について、シャルピー衝撃試験を実施する。本実施形態による鋼材は、以上の条件で、−40℃における吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J以上である。
[鋼材の耐SSC性]
本実施形態による鋼材の耐SSC性は、NACE TM0177−2005 Method Aに準拠した方法によって評価できる。試験浴は、0.003barのHSを封入した5%塩化ナトリウム+0.5%酢酸水溶液、及び、0.005barのHSを封入した5%塩化ナトリウム+0.5%酢酸水溶液とする。鋼材に対し、降伏応力の85%に相当する応力を負荷し、試験浴に浸漬する。本実施形態による鋼材は、以上の条件のいずれも、720時間以上破断しない。
[製造方法]
本実施形態による鋼材の製造方法は、準備工程と、焼入れ工程と、焼戻し工程とを備える。準備工程は素材準備工程と、熱間加工工程とを含んでもよい。本実施形態では、鋼材の製造方法の一例として、油井用鋼管の製造方法を説明する。油井用鋼管の製造方法は、素管を準備する工程(準備工程)と、素管に対して焼入れ及び焼戻しを実施して、油井用鋼管とする工程(焼入れ工程及び焼戻し工程)とを備える。以下、各工程について詳述する。
[準備工程]
準備工程は、上述の化学組成を有する中間鋼材を準備する。中間鋼材は、上記化学組成を有していれば、製造方法は特に限定されない。ここでいう中間鋼材は、最終製品が鋼板の場合は、板状の鋼材であり、最終製品が鋼管の場合は素管である。
好ましくは、準備工程は、素材を準備する工程(素材準備工程)と、素材を熱間加工して中間鋼材を製造する工程(熱間加工工程)とを含んでもよい。以下、素材準備工程と、熱間加工工程を含む場合について、詳述する。
[素材準備工程]
素材準備工程では、上述の化学組成を有する溶鋼を用いて素材を製造する。具体的には、溶鋼を用いて連続鋳造法により鋳片(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。溶鋼を用いて造塊法によりインゴットを製造してもよい。必要に応じて、スラブ、ブルーム又はインゴットを分塊圧延して、ビレットを製造してもよい。以上の工程により素材(スラブ、ブルーム、又は、ビレット)を製造する。
[熱間加工工程]
熱間加工工程では、準備された素材を熱間加工して中間鋼材を製造する。鋼材が鋼管である場合、中間鋼材は素管に相当する。始めに、ビレットを加熱炉で加熱する。加熱温度は特に限定されないが、たとえば、1100〜1300℃である。加熱炉から抽出されたビレットに対して熱間加工を実施して、素管(継目無鋼管)を製造する。たとえば、熱間加工としてマンネスマン法を実施し、素管を製造する。この場合、穿孔機により丸ビレットを穿孔圧延する。穿孔圧延する場合、穿孔比は特に限定されないが、たとえば、1.0〜4.0である。穿孔圧延された丸ビレットをさらに、マンドレルミル、レデューサ、サイジングミル等により熱間圧延して素管にする。熱間加工工程での累積の減面率はたとえば、20〜70%である。
他の熱間加工方法により、ビレットから素管を製造してもよい。たとえば、カップリングのように短尺の厚肉鋼材である場合、エルハルト法等の鍛造により素管を製造してもよい。以上の工程により素管が製造される。素管の肉厚は特に限定されないが、たとえば、9〜60mmである。
熱間加工により製造された素管は空冷されてもよい(As−Rolled)。熱間加工により製造された鋼管はまた、常温まで冷却せずに、熱間製管後に直接焼入れを実施したり、熱間製管後に補熱(再加熱)した後、焼入れを実施してもよい。ただし、直接焼入れ、又は、補熱後に焼入れを実施する場合、焼割れの抑制を目的として、焼入れ途中に冷却を停止したり、緩冷却を実施したりする方が好ましい。
熱間製管後に直接焼入れ、又は熱間製管後に補熱した後焼入れを実施した場合、残留応力を除去することを目的として、焼入れ後であって次工程の熱処理前に、応力除去焼鈍し処理(SR処理)を実施することが好ましい。
以上のとおり、準備工程では中間鋼材を準備する。中間鋼材は、上述の好ましい工程により製造されてもよいし、第三者により製造された中間鋼材、又は、後述の焼入れ工程及び焼戻し工程が実施される工場以外の他の工場、他の事業所にて製造された中間鋼材を準備してもよい。以下、焼入れ工程について詳述する。
[焼入れ工程]
焼入れ工程は、準備された中間鋼材(素管)に対して、焼入れを実施する。本明細書において、「焼入れ」とは、A点以上の中間鋼材を急冷することを意味する。好ましい焼入れ温度は800〜1000℃である。焼入れ温度とは、熱間加工後に直接焼入れを実施する場合、最終の熱間加工を実施する装置の出側に設置した測温計で測温された中間鋼材の表面温度に相当する。焼入れ温度とはさらに、熱間加工後に補熱した後、焼入れを実施する場合、補熱を実施する炉の温度に相当する。
焼入れ温度が高すぎれば、旧γ粒の結晶粒度番号が8.0未満になる。この場合、旧γ粒界にPが偏析し、鋼材の低温靭性及び耐SSC性が低下する。したがって、焼入れ温度は800〜1000℃である。焼入れ温度の好ましい上限は950℃である。
焼入れ方法はたとえば、焼入れ開始温度から素管を連続的に冷却し、素管の温度を連続的に低下させる。連続冷却処理の方法は特に限定されず、周知の方法でよい。連続冷却処理の方法はたとえば、水槽に素管を浸漬して冷却する方法や、シャワー水冷又はミスト冷却により素管を加速冷却する方法である。
焼入れ時の冷却速度が遅すぎれば、マルテンサイト及びベイナイト主体のミクロ組織とならず、本実施形態で規定する機械的性能が得られない。したがって、上述のとおり、本実施形態による鋼材の製造方法では、焼入れ時に中間鋼材を急冷する。具体的には、焼入れ工程において、焼入れ時の中間鋼材(素管)の温度が800〜500℃の範囲における平均冷却速度を、焼入れ時冷却速度CR800−500と定義する。より具体的には、焼入れ時冷却速度CR800−500は、焼入れされる中間鋼材の断面内で最も遅く冷却される部位(たとえば、両表面を強制冷却する場合、中間鋼材厚さの中心部)において測定された温度から決定される。
焼入れ時冷却速度CR800−500は300℃/分以上である。好ましい焼入れ時冷却速度CR800−500の下限は450℃/分であり、より好ましくは600℃/分である。焼入れ時冷却速度CR800−500の上限は特に規定しないが、たとえば、60000℃/分である。
好ましくは、素管に対してオーステナイト域での加熱を複数回実施した後、焼入れ処理を実施する。この場合、焼入れ前のオーステナイト粒が微細化されるため、低温靭性がさらに高まる。複数回焼入れ処理を実施することにより、オーステナイト域での加熱を複数回繰り返してもよいし、焼準処理及び焼入れ処理を実施することにより、オーステナイト域での加熱を複数回繰り返してもよい。以下、焼戻し工程について詳述する。
[焼戻し工程]
焼戻し工程は、上述の焼入れ処理を実施した後、焼戻し処理を実施する。本明細書において、「焼戻し」とは、焼入れ後の中間鋼材を再加熱して、保持することを意味する。焼戻し温度は、鋼材の化学組成、及び得ようとする降伏強度YSに応じて適宜調整する。つまり、本実施形態の化学組成を有する中間鋼材(素管)に対して、焼戻し温度を調整して、鋼材の降伏強度YSを1069超〜1172MPa(155ksi級)に調整する。ここで、焼戻し温度とは、焼入れ後の中間鋼材を加熱して、保持する際の炉の温度に相当する。
好ましい焼戻し温度は580〜720℃である。焼戻し温度が580℃以上であれば、炭化物が十分に球状化され、鋼材の低温靭性がさらに高まる。焼戻し温度のより好ましい下限は600℃であり、さらに好ましくは610℃である。焼戻し温度のより好ましい上限は710℃であり、さらに好ましくは700℃である。
焼戻しの保持時間(焼戻し時間)が短すぎれば、炭化物の析出が進まないため、固溶C量が過剰となる。焼戻し時間が長すぎても、Cを固溶させる効果は飽和する。したがって、固溶C量を適切な範囲に制御するための、焼戻し時間は10〜180分である。焼戻し時間の好ましい下限は15分である。焼戻し時間の好ましい上限は120分であり、より好ましくは90分である。なお、鋼材が鋼管である場合、他の形状と比較して、焼戻しの均熱保持中に鋼管の温度ばらつきが発生しやすい。したがって、鋼材が鋼管である場合、焼戻し時間は15〜180分とするのが好ましい。本実施形態の化学組成の鋼材において、上記焼戻し温度にて上記保持時間で適宜調整することにより、降伏強度YSを1069超〜1172MPaの範囲内にすることは、当業者であれば十分に可能である。
[焼戻し後急冷について]
焼戻し後の冷却は、従来は制御されていなかった。しかしながら、600℃から200℃の間は、Cの拡散が比較的早い温度域である。そのため、焼戻し後(つまり、上記焼戻し温度で上記保持時間保持した後)の鋼材の冷却速度が遅ければ、固溶していたCのほとんどが、温度低下中に再析出してくる。つまり固溶C量が、ほぼ0質量%になる。さらに、550℃から500℃の間は、Pの旧γ粒界への偏析が生じやすい温度域である。そのため、焼戻し後の冷却速度が遅ければさらに、旧γ粒界にP等の不純物元素が偏析する。つまり、粒界偏析P量が3.0mol.%を超える。そこで本実施形態においては、焼戻し後の中間鋼材(素管)を急冷する。
具体的には、焼戻し工程において、焼戻し後の中間鋼材(素管)の温度が580〜200℃の範囲における平均冷却速度を、焼戻し後冷却速度CR580−200と定義する。本実施形態による鋼材の製造方法では、焼戻し後冷却速度CR580−200は4℃/秒以上である。一方、焼戻し後冷却速度が速すぎると、固溶していたCがほとんど析出せず、固溶C量が過剰となる場合がある。この場合、鋼材の耐SSC性がかえって低下する。この場合さらに、鋼材の低温靭性が低下する場合がある。したがって、本実施形態による鋼材の製造方法では、焼戻し後冷却速度CR580−200は300℃/秒以下である。
以上より、焼戻し後冷却速度CR580−200は4〜300℃/秒である。これにより、本実施形態による鋼材は、固溶C量が0.010〜0.060質量%となり、さらに、粒界偏析P量が3.0mol.%以下になる。焼戻し後冷却速度CR580−200の好ましい下限は5℃/秒であり、より好ましくは10℃/秒であり、さらに好ましくは15℃/秒である。焼戻し後冷却速度CR580−200の好ましい上限は150℃/秒であり、より好ましくは100℃/秒であり、さらに好ましくは50℃/秒である。
焼戻し後冷却速度CR580−200を4〜300℃/秒とする冷却方法は、特に限定されず、周知の方法でよい。冷却方法は、たとえば、焼戻し温度から素管を連続的に強制冷却し、素管の温度を連続的に低下する。このような連続冷却処理としてたとえば、水槽に素管を浸漬して冷却する方法や、シャワー水冷、ミスト冷却あるいは強制風冷により素管を加速冷却する方法がある。なお、焼戻し後冷却速度CR580−200は、焼戻しされる中間鋼材の断面内で最も遅く冷却される部位(たとえば両表面を強制冷却する場合は、中間鋼材厚さの中心部)において測定する。
上述の製造方法では、一例として鋼管の製造方法を説明した。しかしながら、本実施形態による鋼材は、鋼板や他の形状であってもよい。鋼板や他の形状の製造方法の一例も、上述の製造方法と同様に、たとえば、準備工程と、焼入れ工程と、焼戻し工程とを備える。
表1に示す化学組成を有する、180kgの溶鋼を製造した。
Figure 2019112679
上記溶鋼を用いてインゴットを製造した。インゴットを熱間圧延して、板厚15mmの鋼板を製造した。
熱間圧延後の各鋼番号の鋼板を放冷して鋼板温度を常温(25℃)とした。
放冷後、各試験番号の鋼板を再加熱して、鋼板温度が焼入れ温度となるように調整し、20分均熱保持した。均熱保持した各試験番号の鋼板を水槽に浸漬して焼入れした。なお、焼入れは1回又は2回繰り返し実施した。また、あらかじめ鋼板の板厚中央部にシース型のK熱電対を装入し、焼入れ及び焼入れ時の冷却について測温した。焼入れ温度(℃)、焼入れ回数(回)、及び、800℃から500℃の間の平均冷却速度、すなわち焼入れ時冷却速度(CR800−500)(℃/分)を表2に示す。
Figure 2019112679
焼入れ後、各試験番号の鋼板に対して、焼戻し処理を実施した。焼戻し処理では、155ksi級(降伏強度が1069超〜1172MPa)となるように、焼戻し温度を調整した。各焼戻し温度で熱処理を実施した後、冷却した。冷却は、鋼板の両面からミスト水冷の制御冷却を実施した。なお、あらかじめ鋼板の板厚中央部にシース型のK熱電対を装入し、焼戻し及びその後の冷却について測温した。焼戻し温度(℃)、焼戻し時間(分)、及びその後の580℃から200℃の間の平均冷却速度、すなわち焼戻し後冷却速度(CR580−200)(℃/秒)を表2に示す。なお、鋼番号1〜24の鋼材のAc1点はいずれも750℃であった。
[評価試験]
[YS及びTS試験]
引張試験はASTM E8に準拠して行った。上記の焼入れ及び焼戻し処理後の各試験番号の鋼板の板厚中央から、直径6.35mm、平行部長さ35mmの丸棒引張試験片を作製した。引張試験片の軸方向は、鋼板の圧延方向と平行であった。各丸棒試験片を用いて、常温(25℃)、大気中にて引張試験を実施して、各位置における降伏強度YS(MPa)及び引張強度TS(MPa)を得た。なお、本実施例では、引張試験で得られた0.2%伸び時の応力を、各試験番号のYSと定義した。また一様伸び中の最大応力をTSとした。このYSとTSの比(=YS/TS)を降伏比YR(%)とした。
[ミクロ組織判定試験]
各試験番号の鋼板のミクロ組織について、試験番号14を除き、YSが1069超〜1172MPa(155ksi級)、及び、YRが85%以上であったため、焼戻しマルテンサイト及び焼戻しベイナイトの体積率の合計は90%以上であると判断した。試験番号14では、フェライトが生成したものと考えられる。
[固溶C量測定試験]
各試験番号の鋼板について、上述の測定方法により、固溶C量(質量%)を測定及び算出した。なお、TEMは日本電子(株)製JEM−2010で、加速電圧は200kVとし、EDS点分析は照射電流2.56nA、各点で60秒の計測を行った。TEMによる観察領域は8μm×8μmとし、任意の10視野で観察した。固溶C量の計算において用いる、各元素の残渣量及びセメンタイト中の濃度は表3のとおりであった。
[粒界偏析P量測定試験]
各試験番号の鋼板について、上述の測定方法により、粒界偏析P量(mol.%)を測定した。なお、オージェ電子分光分析装置はアルバック・ファイ(株)製PHI680を用いた。試験条件は、加速電圧は10kV、試料電流は10nAとした。
Figure 2019112679
[シャルピー衝撃試験]
各鋼板を用いて、JIS Z 2242(2005)に準拠したシャルピー衝撃試験を実施し、低温靭性を評価した。具体的には、各鋼板の肉厚中央部から、幅10mm、長さ55mmのVノッチ試験片を5本ずつ採取した。試験片の長手方向は、板幅方向に平行であった。採取した試験片を−40℃に冷却し、JIS Z 2242(2005)に準拠したシャルピー衝撃試験を実施し、吸収エネルギー(J)を求めた。求めた吸収エネルギーの算術平均値を、吸収エネルギーE(−40℃)(J)と定義した。
吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J以上であれば、優れた低温靭性を示すと判断した。一方、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満であれば、優れた低温靭性を示さないと判断した。
[鋼材の耐SSC性]
各試験番号の鋼板を用いて、NACE TM0177−2005 Method Aに準拠した方法によって、耐SSC性を評価した。具体的には、各試験番号の鋼板の肉厚中央部から、径6.35mm、平行部の長さ25.4mmの丸棒試験片を3本採取した。試験片の長手方向は、圧延方向に平行であった。各試験片の軸方向に引張応力を負荷した。このとき、NACE TM0177−2005 Method Aに準拠して、各試験片に与えられる応力が、各鋼板の降伏応力(実測)の85%になるように、調整した。
試験浴は、0.003barのHSを封入した5%塩化ナトリウム+0.5%酢酸水溶液、及び、0.005barのHSを封入した5%塩化ナトリウム+0.5%酢酸水溶液を用いた。試験浴の温度はいずれも25℃であった。引張応力を負荷した丸棒試験片を上記試験浴のそれぞれに1本ずつ、720時間浸漬した。720時間浸漬後の試験片に対して、硫化物応力割れ(SSC)の発生の有無を観察した。具体的には、720時間浸漬後の試験片を肉眼にて観察した。観察の結果、試験片が破断しなかったものを、「E」(Excellent)と判断した。一方、試験片が破断したものを、「NA」(Not Acceptable)と判断した。
[試験結果]
表2に試験結果を示す。
表1及び表2を参照して、試験番号1〜13の鋼板の化学組成は適切であり、かつ降伏強度YSが1069超〜1172MPa(155ksi級)であり、降伏比YRが85%以上であった。旧γ粒の結晶粒度番号は8.0以上であり、さらに、固溶C量が0.010〜0.060質量%であった。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J以上であり、優れた低温靭性を示した。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示した。なお、粒界偏析P量は3.0mol.%未満であった。
一方、試験番号14の鋼板では、焼入れ時冷却速度が遅すぎた。そのため、YRが85%未満であった。その結果、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。ミクロ組織にフェライトが混入したためと考えられる。
試験番号15の鋼板では、Ti含有量が低すぎた。さらに、B含有量が低すぎた。さらに、焼戻し後の冷却速度が遅すぎた。そのため、固溶C量が0.010質量%未満であった。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、優れた低温靭性を示さなかった。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。なお、粒界偏析P量は3.0mol.%を超えた。
試験番号16の鋼板では、焼戻し後の冷却速度が遅すぎた。そのため、固溶C量が0.010質量%未満であった。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、優れた低温靭性を示さなかった。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験では優れた耐SSC性を示したものの、0.005barHSでの耐SSC性試験では優れた耐SSC性を示さなかった。なお、粒界偏析P量は3.0mol.%を超えた。
試験番号17及び18の鋼板では、焼戻し後の冷却速度が遅すぎた。そのため、固溶C量が0.010質量%未満であった。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、優れた低温靭性を示さなかった。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。なお、粒界偏析P量は3.0mol.%を超えた。
試験番号19及び20の鋼板では、焼入れ温度が高すぎた。そのため、旧γ粒の結晶粒度番号が8.0未満となった。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、優れた低温靭性を示さなかった。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。なお、粒界偏析P量は3.0mol.%を超えた。
試験番号21の鋼板では、焼戻し後の冷却速度が速すぎた。そのため、固溶C量が0.060質量%を超えた。その結果、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
試験番号22の鋼板では、焼戻し時間が短すぎた。そのため、固溶C量が0.060質量%を超えた。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、優れた低温靭性を示さなかった。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
試験番号23の鋼板では、Cr含有量が低すぎた。その結果、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
試験番号24の鋼板では、Mo含有量が低すぎた。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、優れた低温靭性を示さなかった。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。なお、粒界偏析P量は3.0mol.%を超えた。
試験番号25の鋼板では、Mn含有量が高すぎた。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、優れた低温靭性を示さなかった。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。なお、粒界偏析P量は3.0mol.%を超えた。
試験番号26の鋼板では、N含有量が高すぎた。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、優れた低温靭性を示さなかった。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
試験番号27の鋼板では、P含有量が高すぎた。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、優れた低温靭性を示さなかった。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。なお、粒界偏析P量は3.0mol.%を超えた。
試験番号28の鋼板では、V含有量が高すぎた。その結果、吸収エネルギーE(−40℃)が74.0J未満となり、優れた低温靭性を示さなかった。さらに、0.003barHSでの耐SSC性試験及び0.005barHSでの耐SSC性試験のいずれにおいても、優れた耐SSC性を示さなかった。
以上、本発明の実施の形態を説明した。しかしながら、上述した実施の形態は本発明を実施するための例示に過ぎない。したがって、本発明は上述した実施の形態に限定されることなく、その趣旨を逸脱しない範囲内で上述した実施の形態を適宜変更して実施することができる。
本発明による鋼材は、サワー環境に利用される鋼材に広く適用可能であり、好ましくは、油井環境に利用される鋼材として利用可能であり、さらに好ましくは、ケーシング、チュービング、ラインパイプ等の鋼材として利用可能である。

Claims (9)

  1. 質量%で、
    C:0.15〜0.50%、
    Si:0.05〜1.00%、
    Mn:0.05〜1.00%、
    P:0.025%以下、
    S:0.0100%以下、
    Al:0.005〜0.100%、
    Cr:0.20〜1.50%、
    Mo:0.25〜1.50%、
    Ti:0.002〜0.050%、
    B:0.0001〜0.0050%、
    N:0.0100%以下、
    O:0.0100%以下、
    V:0〜0.60%、
    Nb:0〜0.030%、
    Ca:0〜0.0100%、
    Mg:0〜0.0100%、
    Zr:0〜0.0100%、
    Co:0〜0.50%、
    W:0〜0.50%、
    Ni:0〜0.10%、
    Cu:0〜0.50%、及び、
    希土類元素:0〜0.0100%を含有し、残部がFe及び不純物からなる化学組成を有し、
    固溶Cを0.010〜0.060質量%含有し、
    旧オーステナイト結晶粒の結晶粒度番号は8.0以上であり、
    降伏強度が1069超〜1172MPaであり、降伏比が85%以上である、鋼材。
  2. 請求項1に記載の鋼材であって、
    前記化学組成は、
    V:0.01〜0.60%、及び、
    Nb:0.002〜0.030%からなる群から選択される1種以上を含有する、鋼材。
  3. 請求項1又は請求項2に記載の鋼材であって、
    前記化学組成は、
    Ca:0.0001〜0.0100%、
    Mg:0.0001〜0.0100%、及び、
    Zr:0.0001〜0.0100%からなる群から選択される1種又は2種以上を含有する、鋼材。
  4. 請求項1〜請求項3のいずれか1項に記載の鋼材であって、
    前記化学組成は、
    Co:0.02〜0.50%、及び、
    W:0.02〜0.50%からなる群から選択される1種以上を含有する、鋼材。
  5. 請求項1〜請求項4のいずれか1項に記載の鋼材であって、
    前記化学組成は、
    Ni:0.01〜0.10%、及び、
    Cu:0.01〜0.50%からなる群から選択される1種以上を含有する、鋼材。
  6. 請求項1〜請求項5のいずれか1項に記載の鋼材であって、
    前記化学組成は、
    希土類元素:0.0001〜0.0100%を含有する、鋼材。
  7. 請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の化学組成を有し、
    固溶Cを0.010〜0.060質量%含有し、
    旧オーステナイト結晶粒の結晶粒度番号は8.0以上であり、
    降伏強度が1069超〜1172MPaであり、降伏比が85%以上である、油井用鋼管。
  8. 請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の化学組成を有する中間鋼材を準備する準備工程と、
    準備工程後、800〜1000℃の前記中間鋼材を、300℃/分以上の冷却速度で冷却する焼入れ工程と、
    焼入れ後の前記中間鋼材を、580〜720℃で10〜180分保持した後、580℃から200℃の間の平均冷却速度を4〜300℃/秒で冷却する焼戻し工程とを備える、鋼材の製造方法。
  9. 請求項8に記載の鋼材の製造方法であって、
    前記準備工程は、請求項1〜請求項6のいずれか1項に記載の化学組成を有する素材を準備する素材準備工程と、
    前記素材を熱間加工して中間鋼材を製造する熱間加工工程とを含む、鋼材の製造方法。
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