JP2019111350A - 子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子 - Google Patents

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Abstract

【課題】 子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定する指標となり得るデータを子宮内膜症性卵巣嚢胞の近傍まで挿入する探触子により簡単に取得することにある。【解決手段】子宮内膜症性卵巣嚢胞を可視化できる画像形成部の探触子と、鉄濃度測定部の探触子とが腟内に挿入するための挿入部材の先端部付近に単一で一体型し、これら探触子を子宮内膜症性卵巣嚢胞の近傍まで挿入することができる子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子【選択図】図6

Description

本発明は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するための探触子であって、子宮内膜症性卵巣嚢胞を診断するためデータ取得する診断用の探触子に関する。
子宮内膜症は、10人に1人発生するありふれた婦人科疾患である。子宮内膜症性卵巣嚢胞(別名「チョコレート嚢胞」と呼ばれる良性卵巣嚢腫)は、子宮内膜症の一種であり、子宮内膜症が卵巣内で発症し、その子宮内膜症からの出血のために血液が溜まって嚢胞が形成されたものをいう。
この子宮内膜症性卵巣嚢胞の内、約1%が癌化して卵巣癌(内膜症から発生する卵巣癌を総称して「endometriosis-associated ovarian cancer : EAOC」という)となることが報告されている。疫学的には、45歳以上で、嚢胞径が6cm以上、短期間で急激に嚢胞が増大した患者の場合は、発癌のリスクが高いとされているため、現在、摘出手術が推奨されている。しかしながら、術後に実際に悪性と判断された症例は1%程度でしかないことから、多くの不必要な侵襲的処置が余儀なくされることになる。そこでまず、超音波診断装置や核磁気共鳴映像法(MRI)による嚢胞の形態的評価によって、癌化の可能性が判断されている。
特許文献1には、卵巣癌で選択的に過剰発現される特異的バイオマーカーの過剰発現の検出によって、卵巣癌を診断する方法が開示されている。
また、非特許文献1には、子宮内膜症からの卵巣癌「EAOC」の発生に関与すると考えられる遺伝的要因として、PTEN遺伝子の変異、HNF-1b遺伝子の強発現などが指摘されているのに対して、子宮内膜症性卵巣嚢胞においては、他の良性卵巣嚢腫に比べて、その内容液中の(脂質過酸化物の産出量を指標とした)自由鉄濃度や酸化ストレスマーカー値が有意に高いことから、子宮内膜症性卵巣嚢胞内容液中の自由鉄に関連した酸化ストレスにより内膜症の上皮細胞において発癌に繋がるDNA傷害が蓄積する可能性が示唆されている。
特表2008−506123号公報(2008年2月28日公開) 特開2015−33504号公報(2015年2月19日公開)
万代昌紀ら,日本エンドメトリオーシス学会会誌,31巻,p.65-69,2010年
上述した、超音波診断装置やMRIによる嚢胞の形態的評価によって、良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞と癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞とを判別することは実際困難である。そのため、MRI施行時に患者に造影剤を同時に注射する(造影MRI検査)ことにより、癌化した部分を認識する方法がとられているが、患者に負担が大きく、また、通常の外来診療で実施できないという欠点がある。
また、特許文献1に記載された方法では、卵巣癌が、子宮内膜症性卵巣嚢胞に由来するものであるかを判定することはできない。つまり、特許文献1に記載された方法では、判定対象となっている子宮内膜症性卵巣嚢胞が良性のものであるかまたは癌化したものであるかを判定することはできない。
このように、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定する方法は、造影MRI検査以外にはいまだ確立されていない。このため、現状では、子宮内膜症性卵巣嚢胞を有している患者の多くは癌化していないものの、将来癌化する可能性を考慮して、子宮内膜症性卵巣嚢胞を摘出する外科的な処置を受ける患者も多い。
一方、造影MRI検査は頻回にできないため、癌化した症例を見逃してしまうこともある。そして、子宮内膜症性卵巣嚢胞が実際に癌化しているか否かは、摘出した組織の病理学的検査等によって初めて明らかにされる。
本発明は、上記の問題点に鑑みてなされたものであり、その目的は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定する指標となり得るデータを、子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子により簡単に取得することにある。
上述したように、子宮内膜症性卵巣嚢胞の内容液中の高濃度の自由鉄などによる酸化ストレスにより内膜症の上皮細胞において遺伝子の傷害が蓄積することが、子宮内膜症性卵巣嚢胞の発癌に繋がる可能性を示唆する文献(例えば、非特許文献1)がこれまでに報告されている。そこで、本発明者らは、子宮内膜症性卵巣嚢胞の内容液(以下、「嚢胞液」ともいう。)中の“鉄”による酸化ストレスと、子宮内膜症性卵巣嚢胞の発癌機序との関連性に着目し、嚢胞液中の鉄濃度の高低により子宮内膜症性卵巣嚢胞の癌化の可能性を判定することが可能ではないかと考えた。そして、この仮説に基づき鋭意検討を行った。その結果、驚くべきことに、癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度は、寧ろ、良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度と比較して有意に“低い”ことを初めて見出した。そして、この新規知見に基づいて、本発明を完成するに至った。
つまり、上記の課題を解決するために、癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度は、寧ろ、良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度と比較して有意に“低い”ことに着目し、本発明に係る探触子によるデータ取得方法は、診断装置が、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータ取得方法であって、該診断装置の鉄濃度測定部が、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中のヘモグロビン由来のメトヘム及びオキシヘムの濃度を測定する鉄濃度測定工程、および、上記嚢胞液中のメトヘムとオキシヘムの存在比率を腟内に挿入するための挿入部材の探触子によって、癌化の可能性のあるデータ取得すればよく、測定する鉄濃度は、少なくとも、総鉄濃度、ヘム鉄濃度、遊離鉄濃度の何れかであることを特徴とし、そのために、子宮内膜症性卵巣嚢胞を可視化できる画像形成部の探触子と、鉄濃度測定部の探触子とが被験体の腟内に挿入するための挿入部材の先端部付近に単一で一体型し、これら探触子を子宮内膜症性卵巣嚢胞の近傍まで挿入することができることを特徴とする子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子である。
また、前記画像形成部の探触子は、超音波による超音波診断装置により可視化することを特徴とする請求項1に記載の子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子である。これにより、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するための診断装置は、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中のヘモグロビン由来のメトヘム及びオキシヘムの濃度を測定するための鉄濃度測定部を少なくとも備え、該鉄濃度測定部は、上記嚢胞液中のメトヘムとオキシヘムの存在比率を提示するための存在比率測定部を取得するための子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子である。
本発明に係る前記診断装置において、判定部をさらに備えており、上記判定部は、少なくとも上記嚢胞液中のメトヘムとオキシヘムの存在比率がメトヘム/オキシヘムであって1/1より小さい場合に上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する判定部を含有する。
本発明に係る前記診断装置において、上記鉄濃度測定部の探触子は、被験体の腟内に挿入するための挿入部材に備えられ、鉄濃度測定部の探触子は、近赤外光を発光する発光部と嚢胞液から反射された近赤外光または嚢胞液を透過した近赤外光を受光する受光部とからなり、得られた受光より嚢胞液中の鉄濃度を測定することを特徴とする子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子である。
本発明に係る子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子は、嚢胞内のヘモグロビン由来の鉄濃度を測定することにより、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータを取得すればよく、これにより、本発明に取得したデータに基づいて、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定することが可能となる。
また、本発明に係る診断装置によれば、嚢胞中のヘモグロビン由来の鉄濃度を測定することにより、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を診断することができる。
また、本発明に係る子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子による診断装置では、リアルタイム、非拘束性、無痛性かつ非観血的方法を用いて嚢胞内の鉄濃度を極めて簡単に測定することも可能である。このため、本発明に係る探触子によるデータ取得方法および本発明に係る診断装置の実地臨床における貢献度は極めて高い。
なお、上記判定はあくまで子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するための装置であって、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化しているか否かの確定診断を行い得る方法ではない点には留意すべきである。したがって、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化しているか否かの確定診断は、病理組織学的に判断すべきである。
子宮内膜症性卵巣嚢胞群(以下、非癌群という)とそれが癌化して卵巣癌になった群(以下、癌群という)とにおける嚢胞液中の総鉄濃度の平均値の差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果を示すグラフである。 非癌群と癌群との嚢胞液の電子吸収スペクトルを測定した結果を示すグラフである。 非癌群と癌群とにおける嚢胞液中のヘム鉄濃度の平均値の差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果を示すグラフである。 非癌群と癌群とにおける嚢胞液中の遊離鉄濃度の平均値の差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果を示すグラフである。 非癌群と癌群とにおける嚢胞液中の感度比(=O.D620nm/O.D580nm)の差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果を示すグラフである。 (a)は、本発明の一実施形態に係る子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の鉄濃度測定部の探触子の構成を模式的に示す図であり、(b)および(c)は、本発明の一実施形態に係る診断装置の鉄濃度測定部の探触子および画像形成部の探触子の構成を模式的に示す図である。
以下、本発明の実施の形態について、詳細に説明する。ただし、本発明はこれに限定されるものではなく、記述した範囲内で種々の変形を加えた態様で実施できるものである。また、本明細書中に記載された学術文献および特許文献の全てが、本明細書中において参考として援用される。なお、本明細書において特記しない限り、数値範囲を表す「A〜B」は、「A以上、B以下」を意味する。
〔1.データ取得方法〕
本発明に係る探触子によるデータ取得方法(以下、「本発明のデータ取得方法」ともいう。)は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータ取得方法であって、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定する鉄濃度測定工程を少なくとも包含している。
本発明のデータ取得方法は、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定する鉄濃度測定工程を含んでいればよく、その他の具体的な構成は特に限定されない。本発明の子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子によるデータ取得方法は、医師による判定工程を含まない。
本発明の子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子によるデータ取得方法により取得されたデータをもとに、医師は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定することができる。具体的には、上記判定は少なくとも以下の(a)〜(c)の何れかである:
(a)上記嚢胞液中の総鉄濃度が、0mg/Lを超えて、63mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する;
(b)上記嚢胞液中のヘム鉄濃度が、0mg/Lを超えて、63mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する;
(c)上記嚢胞液中の遊離鉄濃度が、0mg/Lを超えて、10mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する。
上記判定は、癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度は、寧ろ、良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度と比較して有意に“低い”という、本発明者らによって見出された、全く予想外の新規知見に基づいている。この知見に関連するメカニズムは不明であるが、子宮内膜症性卵巣嚢胞が良性である場合は、嚢胞液中の鉄濃度が“高い”のに対して、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している場合に、嚢胞液中の鉄濃度が“低い”理由としては、通常、嚢胞液中の高濃度の鉄によって酸化ストレス過剰となるため、ほとんどの内膜症の細胞は癌化する前に死滅するのに対して、内膜症の細胞が酸化ストレスに対する解毒酵素を産生して鉄処理能が亢進した場合(この場合、嚢胞液中の鉄濃度は低くなる。)に、内膜症の細胞は遺伝的不安定性を保持したまま生存を続けるため、やがて癌化するのではないかと本発明者らは考えている。
本発明の子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子によるデータ取得方法は、子宮内膜症性卵巣嚢胞を有している被験体に対して行われる。上記被験体としては、子宮内膜症性卵巣嚢胞を発症し得る生体であれば特に限定されるものではなく、ヒトのみならず、哺乳動物全般が挙げられる。
(1−1.鉄濃度測定工程)
鉄濃度測定工程は、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定する工程である。鉄濃度測定工程において、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定する方法としては、嚢胞液中の鉄濃度を測定できる限り特に限定されない。
ここで、上記「子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液」とは、子宮内膜症性卵巣嚢胞中に溜まっている液体を指す。上記「嚢胞液嚢胞液中の鉄濃度を測定する」とは、子宮内膜症性卵巣嚢胞を有している被験体から採取した嚢胞液を試料として用いて、in vitroで嚢胞液中の鉄濃度を測定してもよく、被験体が有している子宮内膜症性卵巣嚢胞中に嚢胞液が内包された状態で、in vivoで嚢胞液中の鉄濃度を測定してもよい。
また、鉄濃度測定工程において、測定される「鉄」は、総鉄(Total iron)、ヘム鉄(Heme iron)および遊離鉄(Free iron、非ヘム鉄)からなる群より選択される少なくとも1種であればよい。
上記「総鉄」は、嚢胞液中に存在している全ての鉄原子を指す。
嚢胞液中の総鉄濃度を測定する方法としては、総鉄濃度を測定できる限り特に限定されない。例えば、in vitroで嚢胞液中の総鉄濃度を測定する方法としては、公知のICP(inductively-coupled plasma:誘導結合プラズマ)発光分析法(後述する実施例で使用;参考文献:Analytical Techniques for Clinical Chemistry, Methods and Applications, p281-283 John Wiley & Sons, Inc, 2012, ISBN:1118271831, 9781118271834)、ICP質量分析法等を用いることができる。
上記「ヘム鉄」とは、ヘムにおいて、ポルフィリンと錯体を形成している鉄原子を指す。上記「ヘム」が「メトヘム」である場合は、上記「ヘム鉄」は、軸配位子として酸素が結合していない三価の鉄イオン(Fe3+)を指し、上記「ヘム」が「オキシヘム」である場合は、上記「ヘム鉄」は、軸配位子として酸素が結合している二価の鉄イオン(Fe2+)を指す。よって、鉄濃度測定工程において測定される上記「ヘム鉄濃度」は、二価の鉄イオン(Fe2+)の濃度および三価の鉄イオン(Fe3+)の濃度を合計した値である。なお、ヘモグロビンは、ヘム鉄(鉄ポリフィリン複合体)とグロビン(たんぱく質)から構成されている。
嚢胞液中のヘム鉄濃度を測定する方法としては、ヘム鉄濃度を測定できる限り特に限定されない。例えば、in vitroで嚢胞液中のヘム総鉄濃度を測定する方法としては、公知のTriton−MeOHアッセイ発色法(後述する実施例で使用;参考文献:A. V. Pandey, S. K. Joshi, B. L. Tekwani, & V. S. Chauhan, Anal. Biochem. 268 (1999) P.159.)、高速液体クロマトグラフィー法(参考文献:J. D. W einstein & S. I. Beale, J. Biol. Chem. 258 (1983) P6799.)等を用いることができる。
また、上記「遊離鉄」は、生体内の鉄に関連した化学種の内、ヘム鉄ではない鉄(非ヘム鉄)、つまり、ポルフィリンと錯体を形成していない鉄原子を指す。遊離鉄は、自由鉄(フリー鉄)とも称される。嚢胞液中の遊離鉄濃度を測定する方法としては、遊離鉄濃度を測定できる限り特に限定されない。例えば、in vitroで嚢胞液中の遊離鉄濃度を測定する方法としては、公知のキレート発色法(後述する実施例で使用;参考文献1:鈴木裕子,大槻透,伊藤奈月,佐藤文平,小出和弘,岩渕拓也,細胞46(1),2014;参考文献2:斎藤幹彦,堀口大吉,喜納兼勇,分析化学,30,635-639 (1981))等を用いることができる。
被験体が有している子宮内膜症性卵巣嚢胞中に嚢胞液が内包された状態で、in vivoで嚢胞液中の鉄濃度を測定する場合は、例えば、公知の近赤外分光法、核磁気共鳴分光法(magnetic resonance spectroscopy:MRS)、放射化分析法、蛍光X線分析法等によって測定することができる。かかる方法によれば、嚢胞液中の鉄濃度を非破壊的に測定することができる。近赤外分光法を用いる場合は、その測定方式は、特に限定されず、反射型であってもよく、透過型であってもよい。
(1−2.存在比率測定工程)
本発明のデータ取得方法では、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの存在比率(後述する濃度比率または感度比)を測定する存在比率測定工程をさらに包含していてもよい。前述した様に、「ヘム鉄」は、軸配位子として酸素が結合していない三価の鉄イオン(Fe3+)を指し、上記「ヘム」が「オキシヘム」である場合は、上記「ヘム鉄」は、軸配位子として酸素が結合している二価の鉄イオン(Fe2+)を指す。
後述する実施例2に示したとおり、本発明者らは、良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞(良性卵巣嚢腫)の嚢胞液は、メトヘムが主たる組成であり、これに対して、癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液は、オキシヘムが主たる組成であることを明らかにした。したがって、この新規知見に基づき、嚢胞内の鉄濃度がFe3+優位(Fe3+>Fe2+)であれば非癌、鉄濃度がFe2+優位(Fe2+>Fe3+)であれば癌と判定することができる。つまり、嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの濃度比率が、1/1より小さい場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定することができる。
子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの濃度比率をさらに測定することによって、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定する指標となり得るより精度の高いデータを取得することができる。
嚢胞液中のメトヘム濃度およびオキシヘム濃度は、後述する実施例2に示したように、電子吸収スペクトルを測定することによって測定することができる。具体的には、例えば、嚢胞液を検体として、これに紫外部または可視部の光を照射、このときの透過光(または、反射光)を吸光度として観測する。メトヘムとオキシヘムとではそのスペクトル形状に典型的な差異があるので、このときの差異からメトヘムとオキシヘムとの存在比率(濃度比率)を推算することができる。
なお、嚢胞液中のメトヘム濃度およびオキシヘム濃度を測定する代わりに、メトヘムを構成している三価の鉄イオン(Fe3+)濃度およびオキシヘムを構成している二価の鉄イオン(Fe2+)の濃度を測定し、得られた測定値をそれぞれメトヘム濃度およびオキシヘム濃度に換算して、この換算値を、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するための指標にしてもよい。
なお、本発明においては、メトヘムとオキシヘムを帰属可能な波長の感度(吸光度(ABS)または光学密度(O.D))を測定し、得られた感度の感度比を算出することにより、嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの存在比率を測定してもよい。例えば、後述する実施例5のように、波長580nmをオキシヘムのマーカー波長とし、波長620nmをメトヘムのマーカー波長として、それぞれの感度を測定し、得られた感度から、感度比(=O.D620nm/O.D580nm)を算出すればよい。そして、その感度比が、0.5を超える場合には子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化しておらず(良性卵巣嚢腫であり)、これに対して、その感度比が0を超えて、0.5以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定すればよい。
なお、実施例5ではメトヘム/オキシヘムのマーカー波長として波長620nm/580nmを採用したが、本発明はこれに限定されず、メトヘムとオキシヘムを帰属可能な波長をそれぞれ適宜、採用することができる。例えば、メトヘムは400nm近傍、490nm近傍、620nm近傍の波長をマーカー波長として用いることができ、オキシヘムは、415nm近傍(ソーレーバンド)、545nm近傍(βバンド)、570nm近傍(αバンド)をマーカー波長として用いることができる。近傍とは、およそ極大波長±20nmを意味する。そして、嚢胞液をサンプルとして、それぞれの波長の感度(吸光度または光学密度)を測定し、その感度比を求め、癌群の感度比の平均値と非癌群の感度比の平均値との間で有意差のある場合、癌群の感度比の平均値から癌と非癌との閾値を設定すればよい。具体的には、実施例5で行った方法に従って、閾値を設定すればよい。
本発明のデータ取得方法を、子宮内膜症性卵巣嚢胞を外科的な処置によって摘出する前に実施することによって、子宮内膜症性卵巣嚢胞を有している患者が、その子宮内膜症性卵巣嚢胞を摘出する外科的な処置を受けるべきか否かを事前に判定することができる。これまでは、子宮内膜症性卵巣嚢胞を有している患者の多くは癌化していないものの、子宮内膜症性卵巣嚢胞が将来癌化する可能性を考慮して、子宮内膜症性卵巣嚢胞を摘出する外科的な処置を受けていたが、これにより、無用な手術を減らすことができ、その結果、患者の負担を軽減することができるという効果を奏する。
さらには、本発明のデータ取得方法は、リアルタイム、非拘束、非破壊的に嚢胞中の鉄濃度を測定することによって、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータをリアルタイム、非拘束、非破壊的に取得することが可能である。例えば、公知の近赤外分光法、可視分光法、等によって嚢胞液中の総鉄濃度を測定することによって、リアルタイム、非拘束、非破壊的に嚢胞中の鉄濃度を測定することが可能である。これにより、子宮内膜症性卵巣嚢胞を有している患者を、外来で定期的に経過観察することができるため、子宮内膜症性卵巣嚢胞の癌化を早期に発見することができるという効果を奏する。
なお、本発明に係る探触子によるデータ取得方法が装置や医師による判定工程を含む場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定する方法となる。この場合、判定工程では、少なくとも以下の(a)〜(c)の何れかの判定を行う:
(a)上記嚢胞液中の総鉄濃度が、0mg/Lを超えて、63mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する;
(b)上記嚢胞液中のヘム鉄濃度が、0mg/Lを超えて、63mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する;
(c)上記嚢胞液中の遊離鉄濃度が、0mg/Lを超えて、10mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する。
〔2.診断装置〕
本発明に係る診断装置(以下、「本発明の診断装置」ともいう。)は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を診断するための診断装置であって、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を、例えば、近赤外分光法によって測定するための鉄濃度測定部を少なくとも備えている構成である。本発明の診断装置では、鉄濃度測定部以外のその他の具体的な構成は特に限定されず、後述する判定部や画像形成部がさらに備えられていてもよい。
(2−1.鉄濃度測定部)
鉄濃度測定部は、嚢胞液中の鉄濃度を測定可能なように構成されていれば特に限定されるものではない。鉄濃度測定部は、リアルタイム、非拘束性、無痛性かつ非観血的に測定する方法(例えば、公知の近赤外分光法、可視分光法、等)によって嚢胞液中の鉄濃度を測定可能なように構成されていてもよい。例えば、このような鉄濃度測定部としては、近赤外光を発光および受光する探触子と、得られた近赤外光の吸収スペクトルから嚢胞液中の鉄濃度を算出するデータ処理部と、を少なくとも備えている。上記「探触子」は、例えば、近赤外光を発光する発光部と、嚢胞液から反射された近赤外光または嚢胞液を透過した近赤外光を受光する受光部とを少なくとも備えていてもよい。近赤外分光法の測定方式は、特に限定されず、反射型であってもよく、透過型であってもよい。発光部と受光部とを近接して設けることができることから、鉄濃度測定部は、反射型の近赤外分光法によって嚢胞液中の鉄濃度を測定するものであることが好ましい。なお、鉄濃度測定部として、透過型の近赤外分光法によって嚢胞液中の鉄濃度を測定するものを備えている場合は、嚢胞液を透過した近赤外光を受光できる位置に受光部を配置すればよいが、受光部を体内に設置することは容易ではないため、鉄濃度測定部は、反射型の近赤外分光法によって嚢胞液中の鉄濃度を測定するものであることが好ましい。
鉄濃度測定部は、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を近赤外分光法によって測定するので、被験体が有している子宮内膜症性卵巣嚢胞中に嚢胞液が内包された状態で、in vivoで嚢胞液中の鉄濃度を非破壊的に測定することができる。
ここで、鉄濃度測定部において、測定される「鉄」は、総鉄、ヘム鉄および遊離鉄からなる群より選択される少なくとも1種であればよい。総鉄、ヘム鉄および遊離鉄については、上記「1.データ取得方法」の項で説明したとおりであるので、ここでは説明は省略する。近赤外分光法によって嚢胞液中の総鉄濃度を測定する場合は、嚢胞液中の総鉄濃は、ヘモグロビン濃度に近似しているので、近赤外分光法によるヘモグロビン定量法に則って測定すればよい。近赤外分光法によって嚢胞液中のヘム鉄濃度を測定する場合は、嚢胞液中のヘモグロビン濃度はヘム鉄濃度に近似しているので、近赤外分光法によるヘモグロビン定量法に則って測定すればよい。近赤外分光法によって嚢胞液中の遊離鉄濃度を測定する場合は、近赤外波長に発色団、及び助色団を有する官能基を付与させた鉄選択的キレート化合物によるキレート定量法により分光定量すればよい。
図6の(a)は、本発明の一実施形態に係る診断装置10の鉄濃度測定部の探触子1の構成を模式的に示す図である。本発明の診断装置では、鉄濃度測定部の探触子1は、被験体の腟内に挿入するための挿入部材2の先端部付近に備えらえていることが好ましい。これにより、探触子を子宮内膜症性卵巣嚢胞の近傍まで挿入することができるため、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞内の鉄濃度をより高感度に測定することができる。
なお、診断装置10は、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を採取するための採取用具(リキッドバイオプシー用器具等)を備えるものでもよく、採取した嚢胞液中の鉄濃度を測定するための各試薬類や測定・判定プログラム等を搭載して、リアルタイムに鉄濃度を測定・判定することができるものであってもよい。また、外部のコンピュータや電子機器端末から、遠隔操作で鉄濃度の測定・判定を行えるものであってもよい。上記採取用具は、挿入部材に備えられていても良いし、挿入部材とは別体であってもよい。
上記「挿入部材」としては、鉄濃度測定部の探触子を被験体の腟内に挿入することができる限り、その材質、形体、大きさ、構造等は特に限定されない。例えば、経腟超音波検査に一般的に用いられている超音波診断装置の探触子の挿入部材を、鉄濃度測定部の探触子用の挿入部材として用いることができる。
本発明の診断装置では、鉄濃度測定部は、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの存在比率(濃度比率または感度比)をさらに測定するためのものであってもよい。上記「1.データ取得方法」の項に記載したように、嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの濃度比率が、1/1より小さい場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定することができる。また、上記「1.データ取得方法」の項に記載したように、メトヘムとオキシヘムを帰属可能な波長の感度(吸光度(ABS)または光学密度(O.D))を測定し、得られた感度の感度比を算出することにより、嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの存在比率を測定してもよい。
鉄濃度測定部において、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの存在比率をさらに測定することによって、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性をより高い精度で診断することができる。
(2−2.判定部)
本発明の診断装置には、あらかじめインプットしておいたカットオフ値から子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性の判定(診断)を行う、判定部をさらに備えていてもよい。判定部では、以下の(A)〜(C)の何れかの判定が行われる:
(A)嚢胞液中の総鉄濃度が、0mg/Lを超えて、63mg/L以下である場合に、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する;
(B)嚢胞液中のヘム鉄濃度が、0mg/Lを超えて、63mg/L以下である場合に、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する;
(C)嚢胞液中の遊離鉄濃度が、0mg/Lを超えて、10mg/L以下である場合に、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する。
なお、ここでいうカットオフ値(cutoff value) とは、定量的検査について、検査の陽性、陰性を分ける値のことをいう。カットオフ値は基準範囲と異なり、特定の疾患(群)に罹患した患者群と非患者群とを分ける値である。すなわち基準範囲はその検査項目に固有の値であるのに対し、カットオフ値は検査項目と疾患(群)の対に固有な値となる。
本発明の診断装置に判定部が備えられていることにより、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性の診断までを自動で行うことができるため、容易に診断を行うことが可能となる。
判定部では、上記の(A)〜(C)の判定に加えて、以下の(D)や(E)の判定を行ってもよい:
(D)嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの濃度比率が、1/1より小さい場合に、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する。
(E)感度比(=メトヘムのマーカー波長の感度/オキシヘムのマーカー波長の感度)が、閾値を基に子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があるかどうかを判定する。例えば、感度比(=O.D620nm/O.D580nm)が、0.5を超える場合には子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化しておらず(良性卵巣嚢腫であり)、その感度比が0を超えて、0.5以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する。
(2−3.画像形成部)
本発明の診断装置は、子宮内膜症性卵巣嚢胞を可視化するための画像形成部をさらに備えていてもよい。これにより、癌化を診断する対象となっている子宮内膜症性卵巣嚢胞の位置を画像で確認しながら、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度の測定を行うことが可能となる。また、診断装置に子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を採取するための採取用具等を備える場合は、標的位置を画像で確認しながら、嚢胞液を採取すること(リキッドバイオプシー)が可能となる。
また、被験体が子宮内膜症性卵巣嚢胞を有しているか否かの確認(子宮内膜症性卵巣嚢胞患者のスクリーニング)と、被験体が子宮内膜症性卵巣嚢胞を有していることが確認できた場合は、その子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度の測定(子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性の判定)とを効率よく行うことが可能となる。
画像形成部としては、癌化を診断する対象となっている子宮内膜症性卵巣嚢胞を可視化できる装置であれば特に限定されるものではなく、医療分野における超音波診断に一般的に用いられている超音波診断装置や、X線撮像装置、CT(computerized tomography)診断装置、MRI診断装置等と同じ構成であればよい。画像形成部としては、超音波診断装置が好ましく用いられ得る(=超音波画像形成部)。このような超音波診断装置は、例えば、体表からの腹部超音波検査に用いられる超音波診断装置であってもよく、経腟超音波検査に用いられる超音波診断装置であってもよい。
本発明の診断装置では、画像形成部の探触子は、被験体の腟内に挿入するための挿入部材に備えられていることが好ましい。これにより、探触子を子宮内膜症性卵巣嚢胞の近傍まで挿入することができるため、子宮内膜症性卵巣嚢胞をより高感度に可視化することができる。このような画像形成部としては、経腟超音波検査に用いられる超音波診断装置を用い、画像形成部の探触子としては、経腟超音波検査に用いられる探触子を用いることができる。
図6の(b)および(c)は、本発明の別の一実施形態に係る診断装置20および診断装置30の鉄濃度測定部の探触子1および画像形成部の探触子3の構成を模式的に示す図である。画像形成部の探触子3と鉄濃度測定部の探触子1とは、例えば、単一の挿入部材2に備えられて一体型とされていてもよく(図6の(b))、または、別々の挿入部材2および2’にそれぞれが備えられていてもよい(図6の(c))。画像形成部の探触子と鉄濃度測定部の探触子とが単一の挿入部材に備えられて一体型とされている場合は、画像形成部の探触子と鉄濃度測定部の探触子とを同時に腟内に挿入することができるため、装置の取扱い性が向上するために好ましい。
上記「挿入部材」としては、画像形成部の探触子を被験体の腟内に挿入することができる限り、その材質、形体、大きさ、構造等は特に限定されず、経腟超音波検査に一般的に用いられている超音波診断装置の探触子の挿入部材を用いることができる。
子宮内膜症性卵巣嚢胞を外科的な処置によって摘出する前に、本発明の診断装置を用いて子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を診断することによって、子宮内膜症性卵巣嚢胞を有している患者が、その子宮内膜症性卵巣嚢胞を摘出する外科的な処置を受けるべきか否かを事前にまたはリアルタイムに診断することができる。これにより、無用な手術を減らすことができ、その結果、患者の負担を軽減することができるという効果を奏する。
また、本発明の診断装置によって、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性がリアルタイムにわかるので、バイオプシーやリキッドバイオプシー等で採取された検体の鉄濃度測定によって癌の可能性が高いと判定されたら、迅速に次の外科的処置へと移行することもできる。
さらには、本発明の診断装置を用いることによって、非破壊的に嚢胞中の鉄濃度を測定することができるので、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を非破壊的に診断することが可能である。これにより、子宮内膜症性卵巣嚢胞を有している患者を、外来で定期的に経過観察することができるため、子宮内膜症性卵巣嚢胞の癌化を早期に発見することができるという効果を奏する。
本発明の診断装置を用いて、上述した本発明のデータ取得方法を実施することができる。
本発明は上述した各実施形態に限定されるものではなく、請求項に示した範囲で種々の変更が可能であり、異なる実施形態にそれぞれ開示された技術的手段を適宜組み合わせて得られる実施形態についても本発明の技術的範囲に含まれる。
以下、本発明を実施例により具体的に説明するが、本発明は実施例によって限定されるものではない。
〔実施例1〕
子宮内膜症性卵巣嚢胞(「子宮内膜症性嚢胞」または「内膜症性嚢胞」ともいう。)の嚢胞液を検体として、嚢胞液中の総鉄濃度をICP(inductively-coupled plasma:誘導結合プラズマ)発光分析法により測定した。ICP分析装置としては、バリアン社製、Vista−MPX型の分析装置を用いた。
この測定結果を表1に示す。
Figure 2019111350
嚢胞液中の総鉄濃度を測定した結果、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している場合(卵巣癌を発症している場合;以下、「癌群」と称する。)は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化していない場合(良性卵巣嚢腫である場合;以下「非癌群」と称する。)と比較して、相対的に総鉄濃度が低いことが明らかになった。
さらに、この結果を癌群と非癌群とに分け、癌群における嚢胞液中の総鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中の総鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果を図1に示す。この結果、癌群における総鉄濃度の平均値(=26.95mg/L)と、非癌群における総鉄濃度の平均値(=326.2mg/L)とには有意差があることが明らかになった(p=0.002)。
以上の結果から、嚢胞液中の総鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
〔実施例2〕
良性卵巣嚢腫の嚢胞液の組成、および癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液の組成を明らかにするために、電子吸収スペクトルを測定した。
各嚢胞液をウエルに分注し、このときの電子吸収スペクトルをマイクロプレートリーダー(CORONA製、SH−1200)によって測定した。
このときの測定結果を図2に示す。電子吸収スペクトルを測定した結果、非癌群の嚢胞液では、408nm、538nm、575nmおよび625nmに吸収極大が観測された。一方、癌群の嚢胞液では、412nm、543nmおよび577nmに吸収極大が観測された。これらのスペクトルから、非癌群の嚢胞液は、メトヘムが主たる組成であることが明らかになった。一方、癌群の嚢胞液は、オキシヘムが主たる組成であることが明らかになった。
〔実施例3〕
実施例2の結果から、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液の主組成がヘム由来の鉄(ヘム鉄)であることが推測された。そこで、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中に含まれているヘム鉄の量を定量的に測定し、嚢胞液のより詳しい組成を明らかにした。
実施例1と同様に、癌群および非癌群の嚢胞液を検体として、ヘム鉄量を、Triton−MeOHアッセイ発色法により定量した。定量キットは、メタロアッセイLSヘムアッセイキット(メタロジェニクス社製)を使用し、CORONA製SH−1200型マイクロプレートリーダーにより電子吸収スペクトルを測定した。
この測定結果を表2に示す。
Figure 2019111350
また、実施例1と同様に、癌群における嚢胞液中のヘム鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中のヘム鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果を図3に示す。
図3に示した結果から、非癌群の嚢胞液中の総鉄濃度とヘム鉄濃度とはほぼ一致することが明らかになった。従って、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液の主たる組成は、血液に由来するヘム鉄であることが判明した。さらに、各群におけるヘム鉄濃度の平均値(癌群43.63mg/L、非癌群342.19mg/L)の間に有意な差が認められた(p=0.013)。このことから、実施例1の結果と同様に、嚢胞液中のヘム鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
実施例1と実施例3の結果から、癌群の嚢胞液中の総鉄濃度またはヘム鉄濃度の最高値は62.3mg/L(表2の症例L)であり、非癌群の嚢胞液中の総鉄濃度またはヘム鉄濃度の最低値は65.3mg/L(表1の症例H 1)であった。そこで、発明者らは、嚢胞液中の総鉄濃度またはヘム鉄濃度が63mg/L以上である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化していない可能性があり(良性卵巣嚢腫である可能性があり)、これに対して、嚢胞液中のヘム鉄濃度が0mg/Lを超えて、63mg/L以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能であると判断した。
また、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の総鉄濃度とヘム鉄濃度とがほぼ一致していることから、嚢胞液中のヘム鉄濃度を測定する代わりに、ヘム濃度を測定し、得られた測定値を鉄濃度に換算して、この換算値を、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するための指標にしてもよい。
〔実施例4〕
実施例3によって、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液の主組成がヘム鉄であることが明確になったが、生体内の鉄に関連した化学種としては、非ヘム鉄として遊離鉄(フリー鉄)がある。しかし、これまで、嚢胞液中に含まれている鉄の化学種は不明であった。そこで、嚢胞液中の遊離鉄量を定量的に測定した。
実施例1と同様に、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を検体として、遊離鉄濃度を、キレート発色法により定量した。定量キットは、メタロアッセイ鉄測定LS(メタロジェニクス社製)を使用し、CORONA製SH−1200型マイクロプレートリーダーにより電子吸収スペクトルを測定した。
この測定結果を表3に示す。
Figure 2019111350
また、実施例1と同様に、癌群における嚢胞液中の遊離鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中の遊離鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果を図4に示す。
図4に示した結果から、意外にも、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の遊離鉄濃度は、総鉄濃度の僅か20%以下であることが明らかになった。従来、嚢胞液中に含まれている鉄の化学種のほとんどは、遊離鉄であると推測されていたが、本実施例により、嚢胞液中に含まれている鉄の化学種の主組成はヘム鉄であり、且つ遊離鉄は僅かであることが明らかになった。
さらに、各群における遊離鉄濃度の平均値(癌群4.9mg/L、非癌群24.6mg/L)の間に有意な差が認められた(p=0.002)。このことから、嚢胞液中の遊離鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
癌群の嚢胞液中の遊離鉄濃度の最高値は7.1mg/L(表3の症例N)であり、非癌群の嚢胞液中の遊離鉄濃度の最低値は11.0mg/L(表3の症例F)であった。そこで、発明者らは、嚢胞液中の遊離鉄濃度が10mg/L以上である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化していない可能性があり(良性卵巣嚢腫である可能性があり)、これに対して、嚢胞液中の遊離鉄濃度が0mg/Lを超えて、10mg/L以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能であると判断した。
〔実施例5〕
実施例2の結果から、発明者らは、嚢胞中のオキシヘム量とメトヘム量の存在割合により、癌の可能性を判定できるものと着想した。
これを検証するため、表4に示す症例における嚢胞液のオキシヘム量とメトヘム量について、580nmおよび620nmの波長をそれぞれオキシヘムのマーカー波長およびメトヘムのマーカー波長として、これらの感度をマイクロプレートリーダー(CORONA製、SH−1200)により測定し、得られた感度から、感度比(=O.D620nm/O.D580nm)を算出した。この結果を表4に示す。
Figure 2019111350
次に、癌群における感度比の平均値と、非癌群における感度比の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した。この結果を図5に示す。
この結果、各群におけるオキシヘムのマーカー波長とメトヘムのマーカー波長の感度比の平均値の間に有意差(p<0.001)が認められた。このことから、嚢胞液中のオキシヘムとメトヘムとの感度比を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。つまり、最も簡便には嚢胞液のメトヘムに帰属されるマーカー波長である620nm付近の波長の感度(あるいは吸光度)、オキシヘムに帰属されるマーカー波長である580nm付近の波長の感度(吸光度)を分光学的測定機器(吸光光度計、デンシトメーター、反射スペクトル観測装置等)により測定し、その感度比(=O.D620nm/O.D580nm)を求め、その感度比が0.5を超える場合には子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化しておらず(良性卵巣嚢腫であり)、その感度比が0を超えて、0.5以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能であることが明らかになった。
〔実施例6〕
前述の実施例に追加して、新たな子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を検体として、嚢胞液中の各鉄濃度を測定した。最終的な総検体数は47件で、非癌群36件、癌群11件を含む。
追加した新たな検体数は27件(症例数25)で、そのうち癌化していたものは8件であった(明細胞腺癌:5例、類内膜腺癌:2例、粘膜性腺癌:1例)。これらは、表5、7の症例番号19〜76に該当し、症例番号1〜17は実施例1〜5の検体を含む。
(1)総鉄濃度:実施例1と同様の方法で、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を検体として、嚢胞液中の総鉄濃度をICP発光分析法により測定した。
(2)ヘム鉄濃度:実施例3と同様の方法で、上記嚢胞液を検体として、ヘム鉄量を、Triton−MeOHアッセイ発色法により定量した。
(3)遊離鉄濃度:実施例4と同様の方法で、上記嚢胞液を検体として、遊離鉄濃度を、キレート発色法により定量した。
(4)オキシヘム量とメトヘム量の存在割合(感度比):実施例5と同様の方法で、上記嚢胞液のオキシヘム量とメトヘム量について、580nmおよび620nmの波長をそれぞれオキシヘムのマーカー波長およびメトヘムのマーカー波長として、これらの感度をマイクロプレートリーダーにより測定し、得られた感度から、感度比(=O.D620nm/O.D580nm)を算出した。
上記(1)〜(3)の各鉄濃度の測定結果は、表5に記載した。上記(4)の嚢胞中のオキシヘム量、メトヘム量、およびその存在割合(感度比)の結果を、表7に示す。
Figure 2019111350
子宮内膜症性卵巣嚢胞(チョコレート嚢胞)n=36、内膜症関連卵巣癌n=11
Figure 2019111350
以下、表5、6を参照。
(1)総鉄濃度(内膜症n=36、卵巣癌n=11)
嚢胞液中の総鉄濃度を測定した結果、実施例1の結果と同様に、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している場合(癌群)は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化していない場合(良性卵巣嚢腫である場合;非癌群)と比較して、相対的に総鉄濃度が低いことは明らかであった。
さらに、癌群における嚢胞液中の総鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中の総鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果、癌群における総鉄濃度の平均値(=14.2mg/L)と、非癌群における総鉄濃度の平均値(=244.4mg/L)とには有意差があることが明らかになった(p=0.001)。表6、参照。
以上の結果から、実施例1の結果と同様に、嚢胞液中の総鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
今回の集計では、総鉄濃度は64.8mg/Lをカットオフ値とすると、感度90.9%、特異度100%、陽性的中率100%、陰性的中率97.3%であった。
この場合、嚢胞液中の総鉄濃度が、0mg/Lを超えて、64.8mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定することができる。
上記総鉄濃度カットオフ値:64.8mg/Lより低い検体は10件あり、全て癌化した検体であって、非癌であった検体は1件もなかった。また、64.8mg/Lより高くて、癌であった検体は、47検体中1件症例(症例番号33)のみであった。
(2)ヘム鉄濃度(内膜症n=35、卵巣癌n=10)
実施例3と同様に、癌群における嚢胞液中のヘム鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中のヘム鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果、癌群におけるヘム鉄濃度の平均値(=27.6mg/L)と、非癌群におけるヘム鉄濃度の平均値(=303.9mg/L)とには有意差があることが明らかになった(p=0.001)。表6、参照。
以上の結果から、実施例3の結果と同様に、嚢胞液中のヘム鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
今回の集計では、ヘム鉄濃度は72.7mg/Lをカットオフ値とすると、感度90%、特異度100%、陽性的中率100%、陰性的中率97.2%であった。
この場合、嚢胞液中のヘム鉄濃度が、0mg/Lを超えて、72.7mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定することができる。
上記ヘム鉄濃度カットオフ値:72.7mg/Lより低い検体は10件あり、全て癌化した検体であって、非癌であった検体は1件もなかった。また、72.7mg/Lより高くて、癌であった検体は、上記(1)と同様、47検体中1件症例(症例番号33)のみであった。
(3)遊離鉄濃度(内膜症n=35、卵巣癌n=10)
実施例4の結果と同様、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の遊離鉄濃度は、総鉄濃度の僅か20%以下のものがほとんどであることが明らかであった。従来、嚢胞液中に含まれている鉄の化学種のほとんどは、遊離鉄であると推測されていたが、前記実施例4での結果と同様に本実施例6の場合でも、嚢胞液中に含まれている鉄の化学種の主組成はヘム鉄であり、且つ遊離鉄は僅かであることが明らかになった。
実施例4と同様に、癌群における嚢胞液中の遊離鉄濃度の平均値と、非癌群における嚢胞液中の遊離鉄濃度の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果、癌群における遊離鉄濃度の平均値(=3.9mg/L)と、非癌群における遊離鉄濃度の平均値(=13.5mg/L)とには有意差があることが明らかになった(p<0.001)。表6、参照。
以上の結果から、実施例4の結果と同様に、嚢胞液中の遊離鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
今回の集計では、遊離鉄濃度は7.18mg/Lをカットオフ値とすると、感度90.0%、特異度91.4%、陽性的中率75%、陰性的中率97.0%であった。
この場合、嚢胞液中の遊離鉄濃度が、0mg/Lを超えて、7.18mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定することができる。
上記遊離鉄濃度カットオフ値:7.18mg/Lより低い検体は12件あり、そのうち9件は癌化した検体であって、非癌であった検体は3件(症例番号31,36,62)であった。また、7.18mg/Lより高くて、癌であった検体は、47検体中1件(症例33)のみであった。
<カットオフ値の標準化>
上記実施例1、3、4、6における(1)総鉄濃度、(2)ヘム鉄濃度、(3)遊離鉄濃度の各々のカットオフ値については、検査に用いる装置・試薬類や、検査を行うラボ・研究室・会社等により異なる可能性がある。濃度測定キャリブレーションの仕方によってカットオフ値が異なる場合もある。一般的には、各検査施設は、個々に症例を集めて得た各鉄濃度のカットオフ値を基準として、被験体での各鉄濃度測定を行い、その結果を比較・判定するか、各測定・診断装置のために事前に最適に標準化されたカットオフ値を用いて判定する必要がある。本発明の複数の実施態様は、基準とするためのカットオフ値の算出方法を示している。
<組合せ判定・診断>
上記(1)総鉄濃度、(2)ヘム鉄濃度、または、(3)遊離鉄濃度のいずれか、または全ての組合せ結果に基づいて判定することもできる。
さらに、前記したように、(1)総鉄濃度と(2)ヘム鉄濃度は、ほぼ同様の値を示すことから、これらのいずれかと(3)遊離鉄濃度との結果を組み合わせて判定することもできる。例えば、(1)または(2)の値が、カットオフ値より高値の場合、癌のリスクが高いと判定できないが、仮にその様なケースでも、(3)の値がカットオフ値より低値の場合は、癌の可能性が高いと判定可能である。この様な例は、今回は、8例(症例番号30,31,33,36,39,62,63,65)あったが、そのうちの1例(症例番号33)が癌であった。外科的に削除すべき癌症例の取りこぼしが無い様にするのであれば、上記のように、(1)又は(2)と、(3)遊離鉄濃度との結果を勘案して判定することができる。
さらに、上記(1)〜(3)の少なくともいずれかの結果と、下記(4)のヘム鉄由来のオキシヘム量とメトヘム量の存在比率(感度比)の結果と組合せることもできる。
このような組合せによって、「鉄濃度」をバイオマーカーとした、子宮内膜症性卵巣嚢胞の癌化の可能性の判定をより適切に行うことができる。
(4)オキシヘム量とメトヘム量の存在比率(感度比)
前述したように、ヘムには、オキシヘムとメトヘムが含まれる。実施例5と同様に、表5に示す症例における嚢胞液のオキシヘム量とメトヘム量について、嚢胞液のメトヘムに帰属されるマーカー波長である620nm付近の波長の感度(あるいは吸光度)、オキシヘムに帰属されるマーカー波長である580nm付近の波長の感度(吸光度)をマイクロプレートリーダー(CORONA製、SH−1200)で分光学的測定機器(吸光光度計、デンシトメーター、反射スペクトル観測装置等)により測定し、その感度比(=O.D620nm/O.D580nm)を求めた。
この結果を表7に示す。
Figure 2019111350
次に、癌群における感度比の平均値と、非癌群における感度比の平均値との差をノンパラメトリック解析(マン・ホイットニーのU−検定)により検定した結果、各群におけるオキシヘムのマーカー波長とメトヘムのマーカー波長の感度比の平均値の間に有意差(p=0.021)が認められた。このことから、実施例5の場合と同様に、嚢胞液中のオキシヘムとメトヘムとの感度比を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。
感度比(=O.D620nm/O.D580nm=メト/オキシ)のカットオフ値を0.35とすると、感度62.5%、特異度100%、陽性的中率100%、陰性的中率92.1%であった。
この場合、感度比のカットオフ値が、0.35を超える場合には子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化しておらず(良性卵巣嚢腫であり)、その感度比が0を超えて、0.35以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能である。
<まとめ>
以上の実施例1〜5より、子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液に含まれている各鉄の化学種の少なくとも1種(総鉄、ヘム鉄、または遊離鉄)の濃度を測定することで、得られた鉄濃度を指標として、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定可能であることが明らかになった。つまり、嚢胞液中の総鉄濃度およびヘム鉄濃度が0mg/Lを超えて、63mg/L以下である場合、または嚢胞液中の遊離鉄濃度が0mg/Lを超えて、10mg/L以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能であり、嚢胞液中の総鉄濃度およびヘム鉄濃度が63mg/L以上である場合、または嚢胞液中の遊離鉄濃度が10mg/L以上である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化していない(良性卵巣嚢腫である)可能性があると判定可能であることが実証された。
また、嚢胞中のオキシヘム量とメトヘム量の存在割合:メト/オキシ感度比(=O.D620nm/O.D580nm)において、感度比が0.5を超える場合には子宮内膜症性卵巣嚢胞は癌化しておらず(良性卵巣嚢腫であり)、その感度比が0を超えて、0.5以下である場合は、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定可能であることが明らかになった。
以上のことから、上記各鉄濃度測定値、あるいは、上記メト/オキシ感度比は、子宮内膜症性卵巣嚢胞の癌化の可能性判定のための新規のバイオマーカーとしての技術的意義を有する。
症例を追加して行った実施例6でも、上記実施例1〜5の結果は支持された。
なお、前述したように、被験体から採取した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定方法において、「総鉄」の場合は、公知のICP(inductively-coupled plasma:誘導結合プラズマ)発光分析法やICP質量分析法等を用いることができるが、これらの機器は高価であり、また測定結果を得るのに半日以上を費やすため、現時点では汎用的とはいえない。それに対して、「ヘム鉄」又は「遊離鉄」の測定方法は、発色の計測によることから、試薬も安価で、リードタイムが数分程度であるので、より簡便で迅速に判定結果を得ることができるため、汎用性が高い。「総鉄」と「ヘム鉄」は、その測定濃度値や判定結果が、互いに概ね一致している。
例えば、実施例の様な態様を含め、被験体の子宮内膜症性卵巣嚢胞のバイオプシー(生体検査)により採取した標的組織の一部を鉄濃度測定対象とする態様も可能であり、この場合は、病理学的所見等とともに、あるいは病理学的所見以上に、癌化のリスクをより精度を持って判定することも出来る。
また、本発明の実施態様を、例えば、バイオプシーや、ごく最近注目され始めた、血液や体液に存在する疾患由来成分を分析する「リキッド・バイオプシー」という新技術等に適用するために、内視鏡等を用いて子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を微量採取して、リアルタイムに上記鉄濃度の測定・リスク判定を行い、得られた結果によって(例えば癌の可能性が高ければ)迅速に外科的処置等へと進むことも可能となる。
以下のような態様も可能である。
(1)検査・診断装置が、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定する方法であって、
装置の画像提示部が、解剖学的に良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値と、癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値とから算出された鉄濃度カットオフ基準値を提示する工程と、
装置の鉄濃度測定部が、癌化が疑われる被験体から得られた子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定して鉄濃度測定値を得る工程と、
装置の判定部が、上記被験体における鉄濃度測定値と上記鉄濃度カットオフ基準値とを比較して、被験体における鉄濃度測定値が上記鉄濃度カットオフ基準値より低い場合に上記被験体の子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する工程とを含む。
ここで、上記鉄濃度は、総鉄濃度、ヘム鉄濃度、または、遊離鉄濃度の少なくとも1つである。
好ましくは、上記鉄濃度は、総鉄濃度またはヘム鉄濃度と遊離鉄濃度との組合せである。
さらに、装置の採取部が、上記被験体から子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液を採取する工程を含む。
(2)子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定する検査・診断装置であって、
癌化が疑われる被験体から得られた子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定して鉄濃度測定値を得る鉄濃度測定部と、
解剖学的に(病理学的に)良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値と、癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値とから事前に算出された鉄濃度カットオフ値を提示するデータ提示部と、
上記被験体における鉄濃度測定値と上記鉄濃度カットオフ値とを比較して、上記被験体における鉄濃度測定値が上記鉄濃度カットオフ値より有意に低い場合に、上記被験体の子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する判定部と、を含有し、
ここで、上記鉄濃度は、(i)総鉄濃度、(ii)ヘム鉄濃度、または、(iii)遊離鉄濃度の少なくとも1つである。
好ましくは、上記鉄濃度は、総鉄濃度またはヘム鉄濃度と遊離鉄濃度との組合せである。
ここで、上記各鉄濃度のカットオフ値は、各々(i)は63mg/L、(ii)は63mg/L、(iii)は10mg/Lである。
または、上記各鉄濃度のカットオフ値は、各々(i)は64.8mg/L、(ii)は72.7mg/L、(iii)は7.18mg/Lである。
(3)子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータ取得方法であって、
被験体の上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度の値を測定する鉄濃度測定工程を包含していることを特徴とするデータ取得方法:
ここで、上記判定は、嚢胞液中の鉄濃度に関して事前に算定されたカットオフ値を基準とし、上記鉄濃度の測定値が当該カットオフ値以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する。
ここで、上記鉄濃度は、(i)総鉄濃度、(ii)ヘム鉄濃度、または、(iii)遊離鉄濃度の少なくとも1つである。
ここで、上記各鉄濃度のカットオフ値は、各々(i)は63mg/L、(ii)は63mg/L、(iii)は10mg/Lである。
または、上記各鉄濃度のカットオフ値は、各々(i)は64.8mg/L、(ii)は72.7mg/L、(iii)は7.18mg/Lである。
(4)子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータ取得方法であって、
上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定する鉄濃度測定工程を包含していることを特徴とするデータ取得方法:
ここで、上記判定は少なくとも以下の(a)〜(c)の何れかである:
(a)上記嚢胞液中の総鉄濃度が、0mg/Lを超えて、64.8mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する;
(b)上記嚢胞液中のヘム鉄濃度が、0mg/Lを超えて、72.7mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する;
(c)上記嚢胞液中の遊離鉄濃度が、0mg/Lを超えて、7.18mg/L以下である場合に、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する。
(5)子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータ取得方法であって、
複数の解剖学的に良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中における鉄濃度の測定値に基づいて鉄濃度カットオフ基準値を算出する工程と、
癌化が疑われる被験体から得られた子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定して鉄濃度測定値を得る工程とを含有することを特徴とするデータ取得方法:
ここで、上記判定は、上記被験体における鉄濃度測定値と上記鉄濃度カットオフ基準値とを比較する工程と、
上記被験体における鉄濃度測定値が上記鉄濃度カットオフ基準値より低い場合に上記被験者の子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する工程とを含む。
ここで、上記鉄濃度は、総鉄濃度、ヘム鉄濃度、または、遊離鉄濃度のいずれかである、データ取得方法
上記鉄濃度は、メトヘム及びオキシヘムを含む前記ヘム鉄濃度であって、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの存在比率を測定する存在比率測定工程をさらに包含している。
(6)子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定して治療計画を決定する方法であって、
解剖学的に良性の子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値と、癌化した子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度測定値とから算出された鉄濃度カットオフ基準値を提示する工程と、
癌化が疑われる被験体から得られた子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中の鉄濃度を測定して鉄濃度測定値を得る工程と、
上記被験体における鉄濃度測定値と上記鉄濃度カットオフ基準値とを比較する工程と、
上記被験体における鉄濃度測定値が上記鉄濃度カットオフ基準値より低い場合に上記被験者の子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性があると判定する工程と、
癌化の可能性が高い場合は、外科的治療へと進行させる工程と、を含む。
ここで、上記鉄濃度は、総鉄濃度、ヘム鉄濃度、または、遊離鉄濃度の少なくとも1つである。
好ましくは、上記鉄濃度は、総鉄濃度またはヘム鉄濃度と遊離鉄濃度との組合せである。
上記鉄濃度は、メトヘム及びオキシヘムを含む前記ヘム鉄濃度であって、上記子宮内膜症性卵巣嚢胞の嚢胞液中のメトヘム/オキシヘムの存在比率を測定する存在比率測定工程をさらに包含している。
上述したとおり、本発明に係る探触子によるデータ取得方法によれば、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定するためのデータを取得することができる。これにより、本発明に係る探触子によるデータ取得方法によって取得したデータに基づいて、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を判定することが可能となる。また、本発明に係る診断装置によれば、子宮内膜症性卵巣嚢胞が癌化している可能性を診断することができる。このため、本発明に係る探触子によるデータ取得方法および診断装置の実地臨床における貢献度は極めて高い。
従って、本発明は、例えば、診断や医療に関わる産業において利用可能である。
1 鉄濃度測定部の探触子
2、2’ 挿入部材
3 画像形成部の探触子
10、20、30 診断装置

Claims (4)

  1. 子宮内膜症性卵巣嚢胞を可視化できる画像形成部の探触子と、鉄濃度測定部の探触子とが腟内に挿入するための挿入部材の先端部付近に単一で一体型し、これら探触子を子宮内膜症性卵巣嚢胞の近傍まで挿入することができることを特徴とする子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子。
  2. 前記画像形成部の探触子は、超音波による超音波診断装置により可視化することを特徴とする請求項1に記載の子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子。
  3. 鉄濃度測定部の探触子は、近赤外光を発光する発光部と嚢胞液から反射された近赤外光または嚢胞液を透過した近赤外光を受光する受光部とからなり、得られた受光より嚢胞液中の鉄濃度を測定することを特徴とする請求項1又は2記載の子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子。
  4. 前記測定する鉄濃度は、少なくとも、総鉄濃度、ヘム鉄濃度、遊離鉄濃度の何れかであることを特徴とする請求項3に記載の子宮内膜症性卵巣嚢胞の診断用の探触子。
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