以下に添付図面を参照しながら、本発明の好適な実施の形態について詳細に説明する。なお、本明細書及び図面において、実質的に同一の機能構成を有する構成要素については、同一の符号を付することにより重複説明を省略する。
まず、図1を参照して、本発明の一実施形態に係る車両1000の構成について説明する。図1は、本実施形態に係る車両1000を示す模式図である。図1に示すように、車両1000は、前輪100,102、後輪104,106、前輪100,102及び後輪104,106のそれぞれを駆動する駆動力発生装置(モータ)108,110,112,114、モータ108,110,112,114の駆動力を前輪100,102及び後輪104,106のそれぞれに伝達するギヤボックス116,118,120,122、モータ108,110,112,114のそれぞれを制御するインバータ123,124,125,126、後輪104,106のそれぞれの車輪速(車両速度V)を検出する車輪速センサ127,128、前輪100,102を操舵するステアリングホイール130、前後加速度センサ132、横加速度センサ134、バッテリー136、舵角センサ138、パワーステアリング機構140、ヨーレートセンサ142、インヒビターポジションセンサ(IHN)144、アクセル開度センサ146、制御装置(コントローラ)200を有して構成されている。
本実施形態に係る車両1000は、前輪100,102及び後輪104,106のそれぞれを駆動するためにモータ108,110,112,114が設けられている。このため、前輪100,102及び後輪104,106のそれぞれで駆動トルクを制御することができる。従って、前輪100,102の操舵によるヨーレート発生とは独立して、前輪100,102及び後輪104,106のそれぞれを駆動することで、トルクベクタリング制御によりヨーレートを発生させることができ、これによってステアリング操舵のアシストを行うことができる。つまり、本実施形態に係る車両1000では、旋回モーメント(以下、ヨーモーメントともいう)を車体旋回角速度(以下ヨーレート)で制御し、ステアリング操舵のアシストを行う旋回アシスト制御を実施する。
各モータ108,110,112,114は、制御装置200の指令に基づき各モータ108,110,112,114に対応するインバータ123,124,125,126が制御されることで、その駆動が制御される。各モータ108,110,112,114の駆動力は、各ギヤボックス116,118,120,122を介して前輪100,102及び後輪104,106のそれぞれに伝達される。応答性に優れるモータ108,110,112,114、インバータ123,124,125,126を適用した左右独立駆動が可能な車両1000において、旋回モーメント(ヨーモーメント)を車体旋回角速度(ヨーレート)で制御することができ、ステアリング操舵のアシストを行う旋回アシスト制御を実施する。
パワーステアリング機構140は、ドライバーによるステアリングホイール130の操作に応じて、トルク制御又は角度制御により前輪100,102の舵角を制御する。舵角センサ138は、運転者がステアリングホイール130を操作して入力したステアリング操舵角θhを検出する。ヨーレートセンサ142は、車両1000の実ヨーレートγを検出する。車輪速センサ127,128は、車両1000の車両速度Vを検出する。
なお、本実施形態はこの形態に限られることなく、後輪104,106のみが独立して駆動力を発生する車両であっても良い。また、本実施形態は、駆動力制御によるトルクベクタリングに限定されるものではなく、後輪の舵角を制御する4WSのシステム等においても実現可能である。
図2は、一般的なヨーレートフィードバック制御を説明するための模式図である。目標ヨーレートγ_tgtは、車両速度Vとステアリング操舵角θhから求まる。一方、ヨーレートセンサ142により実ヨーレートγが検出される。そして、目標ヨーレートγ_tgtと実ヨーレートγとの差分Δγを車両諸元に基づいて車体付加モーメントMgに変換し、車体付加モーメントMgから後輪のモータトルク指示値(Frl(左後輪),Frr(右後輪))を算出する。このように、目標ヨーレートγ_tgtに対して実ヨーレートγをフィードバックすることで、目標ヨーレートγ_tgtに応じて車両1000の旋回を行うことができる。
次に、図3〜図5を参照して、旋回アシスト制御の作用について詳細に説明する。図3は、車輪(以下、タイヤとも称する。)のすべり角と横加速度との関係を示す図である。
図3に示すように、タイヤのすべり角(スリップ角)と横加速度との関係を示す特性(以下、コーナリング特性、またはタイヤの横力特性とも称する。)において、すべり角について横加速度が線形となる線形領域(すべり角が比較的小さい領域)では、すべり角の増加に応じて横加速度が増加する。例えば、平面2輪モデルでは、タイヤのコーナリング特性が線形であると想定され、上記の線形領域では、モデルと実車の挙動がおおよそ一致する。
一方、すべり角がある程度増加すると、平面2輪モデルとは異なり、タイヤのコーナリング特性が非線形になる。すなわち、横加速度がすべり角について非線形になる非線形領域が存在し、当該非線形領域では、すべり角の増加率に対する横加速度の増加率が減少する。
このように、すべり角がある程度増加すると、得られる横加速度の増加率が減少するため、横加速度が飽和しやすくなる。そして、前輪の横加速度が飽和すると、アンダステアが発生する。そこで、前輪の操舵によるヨーモーメントの発生とは独立して、同じ方向のヨーモーメントを発生させる旋回アシスト制御を車両の後輪に適用することにより、横加速度が追加的に得られ、横加速度の飽和が回避される。その結果、アンダステアが抑制され、操舵に応じて車両は旋回することができる。
図4は、タイヤのスリップ率と前後力との関係を示す特性図である。図4に示す特性(以下、タイヤの前後力特性とも称する。)において、スリップ率がある程度増加するまでは、スリップ率が増加しながらも前後力は増加する。そして、例えば、タイヤの摩擦円特性の上限まで前後力を増加させると前後力は飽和する。一般的に、図4の横軸のスリップ率は、以下の式(1)で算出される。
スリップ率=(車両速度−車輪速度)/車両速度 ・・・(1)
図4に示すように、スリップ率がある程度増加すると前後力は低下し始める。これは、スリップ率が増加するとタイヤの摩擦円特性が小さくなり、前後力の許容量が減少するためである。この状態で、旋回アシスト制御のゲインを増加させると、タイヤの前後力特性は、図4に示す破線で囲まれた領域に近づくように変化する、すなわちスリップ率は増加し、前後力が減少する。反対に、旋回アシスト制御のゲインを減少させると、タイヤの前後力特性は、図4に示す一点鎖線で囲まれた領域に近づくように変化する、すなわちスリップ率は減少し、前後力が増加する。更に旋回アシスト制御のゲインを減少させると、スリップ率は減少し、前後力も減少する。
ここで、μが低い路面では、μが高い路面に比べてタイヤの摩擦円特性が小さくなるため、前後力および横力の許容量が減少する。この状態で、旋回アシスト制御のゲインを増加させると、スリップ率が増加し、後輪のタイヤの摩擦円特性がさらに小さくなる。そのため、前後力は得られないまま、横力の許容量がさらに減少し、横力が飽和しやすくなる。その結果、オーバステアが発生しやすくなり、最終的には車両がスピンしかねない。
以上のように、旋回限界時は、タイヤ摩擦円の飽和により車体がスリップ状態となり、安定性を得ることができない。従来はタイヤの限界を超えてスリップ等が発生した場合に旋回アシストゲインを低下させることで安定性を確保している。このため、タイヤの限界を超えてから制御が行われることになり、車両が不安定な状態となる。要因として、タイヤ摩擦円特性は、コーナリング特性と前後力特性さらに垂直荷重に起因することが挙げられる。また、旋回加減速時に垂直荷重が変化するとタイヤの旋回キャパシティが左右されることも挙げられる。従って、これらの前後力特性と垂直荷重を考慮して旋回アシスト制御を行うことが好ましい。
そこで、本実施形態では、旋回限界時を予測することで、限界を超えることなく旋回性能と安定性能を向上させる。具体的には、車両の旋回現状から車体状態予測を行い、スリップ発生の限界値付近である場合、旋回アシスト制御のゲインを早期に減少させる。このように、車輪スリップまたは車体スリップ発生前に旋回限界を把握し、スリップの発生前に旋回制御ゲインを減少させることで、車両の挙動を確実に安定化することができる。
旋回限界時を予測する際には、旋回復元ヨーモーメント(旋回ヨーモーメント)を用いる。車両がスピン等の不安定領域となるか否かを旋回復元ヨーモーメントから予測し、不安定領域となる場合は、旋回アシスト制御の制御ゲインを減少させる。
更に、本実施形態では、旋回復元ヨーモーメントに加え、車体すべり角速度を制御の判定条件とし、旋回アシスト制御ゲインを減少させる際のしきい値を変化させる。これにより、車両1000のスリップが始まる前に確実に旋回アシスト制御のゲインを減少させることができる。
旋回復元ヨーモーメントは、車両1000が旋回している時に、操舵により発生する旋回モーメントに対し、車体構造及びタイヤが路面から受ける反力により発生する車両1000が直進状態に戻ろうとするヨーモーメントであり、旋回時の安定性を得るための力である。旋回復元ヨーモーメントは、タイヤの垂直荷重によって旋回時に発生するタイヤ横力の逆力と、車体構造により発生する各車輪のセルフアライニングトルクの総和から得られるものである。前後加速度や横加速度が発生すると各輪の接地荷重が変化するため、旋回復元ヨーモーメントも変化する。
図5は、セルフアライニングトルクを説明するための模式図である。また、図6は、スリップ角とセルフアライニングトルクとの関係を示す特性図である。図5に示すように、セルフアライニングトルクTsは、タイヤに横すべり角βが生じている時に発生するモーメントのうち、鉛直軸回りに発生するモーメントである。セルフアライニングトルクTsは、コーナリングフォースの着力点Pがタイヤ中心の真下より後方にあり、これがニューマチックトレールとなって横すべり角βを解消し、直進状態に戻ろうとする方向に働く力である。図6に示すように、セルフアライニングトルクは、横すべり角の増加に伴って増加し、更に横すべり角が増加すると減少する。セルフアライニングトルクは、旋回を阻害する力として働くため、旋回モーメント算出時には逆力(負の値)で扱う。
図7は、本実施形態に係る旋回復元ヨーモーメント(旋回ヨーモーメント)を算出するためのマップを示す特性図である。図7に示す旋回復元ヨーモーメントマップは、予め定められたものであり、車両1000の旋回時に車体の構造およびタイヤ摩擦円範囲下で路面から受ける反力により車体が旋回から直進に戻ろうとする安定力を示したものである。図7では、複数のタイヤ舵角δ毎に、車両すべり角に応じた旋回復元ヨーモーメントを示している。図7に示すように、タイヤ舵角δ=4で車体すべり角2degの時に、−380kgf・m程度の旋回復元ヨーモーメントが発生する。これは、車体1000が安定となるために働く旋回復元ヨーモーメントの値である。旋回復元ヨーモーメントの値が小さくなるほど、車両1000の旋回を阻止する力が大きくなる。一方、旋回復元ヨーモーメントが0以上(正の値)の場合は、旋回を助長するモーメントとなる。図7のマップのパラメータにタイヤ舵角が含まれているため、横加速度の特性はマップに反映されている。一方、前後加速度の変化は、それぞれの設定でマップを要する。このため、図7に示すマップは、異なる前後加速度毎に設定する。なお、実際の制御では、前後加速度を数点で所有し、中間の値は補間して適用する。
先ず、旋回アシスト時に、実車体すべり角β、ステアリング操舵角θhより求められる前輪操舵角度(タイヤ舵角)δ、前後加速度Gxから、図7の旋回復元ヨーモーメントマップにより旋回復元ヨーモーメントを得る。旋回復元ヨーモーメントは、モータ108,110,112,114による旋回ヨーモーメントに対して逆符号であり、旋回復元ヨーモーメントが負の値であれば、旋回を阻害する力として働く。一方、図7に示すように、車体すべり角βが大きくなると、タイヤの摩擦円特性により旋回復元ヨーモーメントの値がマイナス方向からプラス方向に大きくなり、旋回を助長する方向に旋回モーメントが増加する。この結果、車両1000の旋回が促進され、旋回時の車両1000のスピンを発生させる場合がある。
本実施形態では、車体すべり角の実値とステアリング操舵角θh、タイヤ摩擦円の状態から、車体すべり角が現状より増加する場合は、旋回復元ヨーモーメントが0以上となる前に、モータ108,110,112,114による旋回アシスト制御ゲインを減少させる。これにより、タイヤ摩擦円において、タイヤ前後力が減り、タイヤ横力が増加するため、旋回性能と旋回時の安定性能を両立することが可能となる。このように、旋回復元モーメントに基づいて旋回限界を予測し、旋回アシスト制御の制御量を減少させてタイヤ横力の分担を増加させることで、旋回時の車両安定性を向上することができる。また、車両1000が安定している範囲であれば、旋回性能をより向上させるため、モータ108,110,112,114の駆動による左右の制駆動力制御により、旋回モーメントのアシストを実施する。
なお、本実施形態において、旋回復元ヨーモーメントに基づいて、車体付加モーメントを補正する補正部は、旋回アシスト制御ゲイン算出部234、乗算部236、から構成されることができる。
図8は、後輪の前後力と横力との関係を示す図である。図8を参照して、本実施形態に係る車両1000の挙動の安定化について詳細に説明する。
後輪106、108の前後力と横力との関係を示す特性(タイヤの摩擦円特性)において、例えば、路面状態が高μであり、旋回アシスト制御のゲインを低下させる前は、図8の左図に示す前後軸の矢印A51まで前後力が発生しているため、左右軸の矢印A52の幅が横力の許容量となる。高μの場合は、図8の左図に実線で示すように、摩擦円C1が大きいため、前後力を十分に使っても横力が飽和することはない。この状態で路面が低μになると、タイヤの摩擦円が破線C2の状態となり、許容される横力が飽和するため、オーバステアが発生する。しかし、本実施形態では、路面が低μになる前に旋回アシスト制御のゲインを減少させるため、図8の左図の矢印A53で示したように、前後力が減少し、横力の許容量が増加する(矢印A54)。従って、後輪106、108の横方向へのスリップが抑えられるため、オーバステアが発生することなく、車両1000の挙動が安定する。
その後、路面が高μに復帰すると、図8の右図において、タイヤの摩擦円がC2→C3→C1に復帰する。従って、旋回アシスト制御のゲインを増加させ、矢印A55、A56、A57のように前後力を増加させることで、タイヤの前後力を実線の摩擦円C1まで増加させることができる。
図9は、本実施形態に係る制御装置200とその周辺の構成を詳細に示す模式図である。制御装置200は、車載センサ202、目標ヨーレート算出部204、車両ヨーレート算出部(車両モデル)206、ヨーレートF/B算出部208、減算部210,212、重み付けゲイン算出部220、実車体すべり角算出部224、車体挙動予測部(旋回復元ヨーモーメント算出部)226、車体すべり角速度算出部222、旋回アシスト制御ゲイン算出部234、車体付加モーメント算出部232、乗算部236、モータ要求トルク算出部238、を有して構成されている。
図9において、車載センサ202は、上述した車輪速センサ127,128、前後加速度センサ132、横加速度センサ134、舵角センサ138、ヨーレートセンサ142、アクセル開度センサ146を含む。舵角センサ138はステアリングホイール130の操舵角θhを検出する。また、ヨーレートセンサ142は車両1000の実ヨーレートγを検出し、車輪速センサ127,128は車両速度(車速)Vを検出する。前後加速度センサ132は、車両1000の前後加速度Gxを検出する。横加速度センサ134は、車両1000の横加速度Gyを検出する。
目標ヨーレート算出部202は、ステアリング操舵角θhおよび車両速度Vに基づいて目標ヨーレートγ_tgtを算出する。具体的には、目標ヨーレート算出部202は、一般的な平面2輪モデルを表す以下の式(2)から目標ヨーレートγ_tgtを算出する。目標ヨーレートγ_tgtは、式(2)の右辺に、式(3)および式(4)から算出される値を代入することによって算出される。算出された目標ヨーレートγ_tgtは、減算部210へ入力される。
なお、式(2)〜式(4)における変数、定数、演算子は以下の通りである。
γ_tgt:目標ヨーレート
θh:ステアリング操舵角
V:車両速度
T:車両の時定数
S:ラプラス演算子
N:ステアリングギヤ比
l:車両ホイールベース
lf:車両重心点から前輪中心までの距離
lr:車両重心点から後輪中心までの距離
m:車両重量
Kftgt:目標コーナリングパワー(前方輪)
Krtgt:目標コーナリングパワー(後方輪)
以上のように、目標ヨーレートγ_tgtは、車両速度V、及びステアリング操舵角θhを変数として、式(2)から算出される。式(3)における定数Atgtは車両の特性を表す定数であり、式(4)から求められる。
車両ヨーレート算出部206は、車両ヨーレートを算出するための以下の式から、ヨーレートモデル値γ_clcを算出する。具体的には、以下の式(5)、式(6)へ車両速度V、ステアリング操舵角θhを代入し、式(5)、式(6)を連立して解くことで、ヨーレートモデル値γ_clc(式(5)、式(6)におけるγ)を算出する。式(5)、式(6)において、Kfはコーナリングパワー(フロント)、Krはコーナリングパワー(リア)を示している。なお、式(4)では、式(5)、式(6)のコーナリングパワーKf,Krとは異なる目標コーナリングパワーKftgt,Krtgtを用いることで、目標ヨーレートγ_tgtがヨーレートモデル値γ_clcよりも大きくなるようにして、旋回性能を高めている。ヨーレートモデル値γ_clcは、ヨーレートF/B算出部208へ出力される。また、ヨーレートモデル値γ_clcは、減算部212へ入力される。
一方、ヨーレートセンサ142が検出した車両1000の実ヨーレートγ(以下では、実ヨーレートγ_sensと称する)は、減算部212へ入力される。減算部212は、実ヨーレートγ_sensからヨーレートモデル値γ_clcを減算し、実ヨーレートγ_sensとヨーレートモデル値γ_clcとの差分γ_diffを求める。差分γ_diffは重み付けゲイン算出部220へ入力される。
重み付けゲイン算出部220は、実ヨーレートγ_sensとヨーレートモデル値γ_clcとの差分γ_diffに基づいて、重み付けゲインaを算出する。
ヨーレートF/B算出部208には、ヨーレートモデル値γ_clc、実ヨーレートγ_sens、及び重み付けゲインaが入力される。ヨーレートF/B算出部208は、以下の式(7)に基づき、ヨーレートモデル値γ_clcと実ヨーレートγ_sensを重み付けゲインaによって重み付けし、フィードバックヨーレートγ_F/Bを算出する。算出されたフィードバックヨーレートγ_F/Bは、減算部210へ出力される。
γ_F/B=a×γ_clc+(1−a)×γ_sens ・・・・(7)
図10は、重み付けゲイン算出部220が重み付けゲインaを算出する際のゲインマップを示す模式図である。図10に示すように、重み付けゲインaの値は、車両モデルの信頼度に応じて0から1の間で可変する。車両モデルの信頼度を図る指標として、ヨーレートモデル値γ_clcと実ヨーレートγ_sensとの差分(偏差)γ_diffを用いる。図10に示すように、差分γ_diffの絶対値が小さい程、重み付けゲインaの値が大きくなるようにゲインマップが設定されている。重み付けゲイン算出部220は、差分γ_diffに図10のマップ処理を施し、車両モデルの信頼度に応じた重み付けゲインaを演算する。
図10において、重み付けゲインaは0〜1の値である(0≦a<1)。−0.05[rad/s]≦γ_diff≦0.05[rad/s]の場合、重み付けゲインaは1とされる(a=1)。
また、0.05<γ_diffの場合、またはγ_diff<−0.05の場合、重み付けゲインaは0とされる(a=0)。
また、0.05[rad/s]<γ_diff<0.1[rad/s]の場合、重み付けゲインaは以下の式より算出される。
a=−20×γ_diff+2
また、−0.1[rad/s]≦γ_diff<−0.05[rad/s]の場合、重み付けゲインaは以下の式より算出される。
a=+20×γ_diff+2
図10に示すゲインマップの領域A1は、差分γ_diffが0に近づく領域であり、実ヨーレートγ_sensのS/N比が小さい領域や、タイヤ特性が線形の領域(ドライの路面)であり、車両ヨーレート算出部206から算出されるヨーレートモデル値γ_clcの信頼性が高い。このため、重み付けゲインa=1として、式(7)よりヨーレートモデル値γ_clcの配分を100%としてフィードバックヨーレートγ_F/Bが演算される。これにより、ヨーレートγ_sensに含まれるヨーレートセンサ142のノイズの影響を抑止することができ、フィードバックヨーレートγ_F/Bからセンサノイズを排除することができる。従って、車両1000の振動を抑制して乗り心地を向上することができる。
ここで、実ヨーレートγと車両モデルから求まるヨーレートモデル値γ_clcとの間に乖離が生じる要因として、図3に示すタイヤの動的特性が挙げられる。上述した平面2輪モデルは、タイヤのスリップ角と横加速度との関係(タイヤのコーナーリング特性)が線形である領域を想定しており、この線形領域では、実ヨーレートγとヨーレートモデル値γ_clcは略一致する。図3に示すスリップ角と横加速度との関係を示す特性において、スリップ角に対して横加速度が線形となる線形領域(ステアリング操舵速度が比較的遅い領域)では、ヨーレートセンサ142のセンサノイズによる影響が発生する。従って、この領域ではヨーレートモデル値γ_clcを使用する。
一方、タイヤのコーナーリング特性が非線形になる領域では、実車のヨーレートと横加速度が舵角やスリップ角に対して非線形になり、平面2輪モデルと実車でセンシングされるヨーレートとが乖離する。このような過渡的な非線形領域ではヨーレートセンサ142のセンサ特性上、ノイズが発生しないため、実ヨーレートγが使用可能である。非線形領域は、例えばステアリングの切り換えしのタイミングに相当する。実ヨーレートγがヨーレートモデル値γ_clcを超える場合は、非線形領域に相当し、センサノイズの影響を受けないため実ヨーレートγを使用することで、真値に基づいた制御が可能である。なお、タイヤの非線形性を考慮したモデルを使用すると、ヨーレートに基づく制御が煩雑になるが、本実施形態によれば、ヨーレートモデル値γ_clcの信頼度を差分γ_diffに基づいて容易に判定することができ、非線形領域では実ヨーレートγの配分を多くして使用することが可能である。また、タイヤの動的特性の影響を受け難い領域はヨーレートモデル値γ_clcで対応可能である。
また、図10に示すゲインマップの領域A2は、差分γ_diffが大きくなる領域であり、ウェット路面走行時、雪道走行時、または高Gがかかる旋回時などに相当し、タイヤが滑っている限界領域である。この領域では、車両ヨーレート算出部206から算出されるヨーレートモデル値γ_clcの信頼性が低くなり、差分γ_diffがより大きくなる。このため、重み付けゲインa=0として、式(7)より実ヨーレートγ_sensの配分を100%としてフィードバックヨーレートγ_F/Bが演算される。これにより、実ヨーレートγ_sensに基づいてフィードバックの精度を確保し、実車の挙動を反映したヨーレートのフィードバック制御が行われる。従って、実ヨーレートγ_sensに基づいて車両1000の旋回を最適に制御することができる。また、タイヤが滑っている領域であるため、ヨーレートセンサ142の信号にノイズの影響が生じていたとしても、車両1000の振動としてドライバーが感じることはなく、乗り心地の低下も抑止できる。図10に示す低μの領域A2の設定については、設計要件から重み付けゲインκ=0となる領域を決めても良いし、低μ路面を実際に車両1000が走行した時の操縦安定性能、乗り心地等から実験的に決めても良い。
また、図10に示すゲインマップの領域A3は、線形領域から限界領域へ遷移する領域(非線形領域)であり、実車である車両1000のタイヤ特性も必要に応じて考慮して、ヨーレートモデル値γ_clcと実ヨーレートγ_sensの配分(重み付けゲインa)を線形に変化させる。領域A1(高μ域)から領域A2(低μ域)への遷移、ないし領域A2(低μ域)から領域A1(高μ域)へ遷移する領域においては、重み付けゲインaの急変に伴うトルク変動、ヨーレートの変動を抑えるため、線形補間で重み付けゲインaを演算する。
また、図10に示すゲインマップの領域A4は、実ヨーレートγ_sensの方がヨーレートモデル値γ_clcよりも大きい場合に相当する。例えば、車両ヨーレート算出部206に誤ったパラメータが入力されてヨーレートモデル値γ_clcが誤計算された場合等においては、領域A4のマップにより実ヨーレートγ_sensを用いて制御を行うことができる。なお、重み付けゲインaの範囲は0〜1の間に限定されるものではなく、車両制御として成立する範囲であれば任意の値を取れる様に構成を変更することも、本発明の技術で成し得る範疇に入る。
減算部210は、目標ヨーレート算出部204から入力された制御目標ヨーレートγ_tgtからフィードバックヨーレートγ_F/Bを減算し、制御目標ヨーレートγ_tgtとフィードバックヨーレートγ_F/Bとの差分Δγを求める。すなわち、差分Δγは、以下の式(8)から算出される。
Δγ=γ_Tgt−γ_F/B ・・・・(8)
差分Δγは、ヨーレート補正量として車体付加モーメント算出部232へ入力される。
車体付加モーメント算出部232は、入力された差分Δγに基づいて、差分Δγが0となるように、すなわち、制御目標ヨーレートγ_tgtがフィードバックヨーレートγ_F/Bと一致するように、車体付加モーメントMgを演算する。具体的には、車体付加モーメントMgは以下の式(9)から算出される。これにより、車両1000の中心位置において、旋回に必要な車体付加モーメントMgが求まる。車体付加モーメントMgに基づいて、車両1000に旋回モーメントが付加される。
実車体すべり角演算部224は、実ヨーレートγ_sens、横加速度Gyおよび車両速度Vに基づいて実車体すべり角Slip_ang_realを算出する。具体的には、実車体すべり角演算部224は、以下の式(10)から実車体すべり角Slip_ang_real(実車体すべり角βreal)を算出する。なお、横加速度Gyは、横加速度センサ134による検出値を用いる。算出された実車体すべり角Slip_ang_realは、車体挙動予測部226へ入力される。
Slip_ang_real=d(Gy/V−γ_sens)/dt ・・・(10)
車両挙動予測部226には、前後加速度センサ132が検出した前後加速度Gxと、舵角センサ138が検出したステアリング操舵角θhが入力される。車両挙動予測部226は、入力された実車体すべり角βrealと、タイヤ舵角δ、前後加速度Gxに基づいて、図7のマップから旋回復元ヨーモーメントβmを算出する。なお、タイヤ舵角δは、ステアリング操舵角θhをステアリングギヤ比Nで除算することによって求まる。
車体すべり角速度算出部222は、実車体すべり角βrealに基づいて、実車体すべり角βrealの単位時間当たりの変化量である車体すべり角速度β’realを演算する。
旋回アシスト制御ゲイン算出部234は、旋回復元ヨーモーメントβmと車体すべり角速度β’realに基づいて、旋回アシストゲインβGを演算する。旋回アシストゲインβGは、基本的には実車体すべり角βrealを図7のマップに適用することによって求まる旋回復元ヨーモーメントβmに基づいて定まる。一方、実車体すべり角βrealは時間の関数を有していないため、過渡的な車両挙動に対する安定性を高めるため、旋回アシスト制御ゲイン算出部234は、旋回復元ヨーモーメントβmに加えて車体すべり角速度β’realに基づいて旋回アシストゲインβGを算出する。これにより、定常的な動きと過渡的な動きの双方において、車両1000の安定性を大幅に高めることが可能となる。なお、このような旋回アシストゲインβGの算出方法については、後で詳細に説明する。
旋回アシスト制御ゲイン算出部234が算出した旋回アシストゲインβGは、乗算部236へ入力される。乗算部236には、車体付加モーメント算出部232が算出した車体付加モーメントMgも入力される。乗算部236は、車体付加モーメントMgに旋回アシストゲインβGを乗算して車体付加モーメントMgの補正値Mg’を算出する。
モータ要求トルク算出部238には、補正値Mg’が入力される。モータ要求トルク算出部238は、車体付加モーメントMgに旋回アシストゲインβGを乗算して得られる補正値Mg’を用いてモーメントをトルクに変換するため、以下の式(11)からΔTvを算出する。そして、モータ要求トルク算出部238は、以下の式(12)から付加トルクTvmotを算出する。
式(11)において、TrdRは後輪104,106のトレッド幅である。また、TireRは前輪100,102及び後輪104,106のタイヤ半径であり、Gratioは後輪104,106のギヤボックス120,122のギヤ比である。式(11)により、車両1000の中心位置における車体付加モーメントMgの補正値Mg’は、後輪104,106のモータトルクΔTvに変換される。そして、式(12)により、補正値Mg’を発生させるために必要な後輪104,106のそれぞれのモータトルクが求まる。
ところで、前輪100,102及び後輪104,106の駆動力は、車両1000の直進時には、ドライバーの要求駆動力(アクセルペダルの開度)から定まるモータトルク指示値reqTqによって定まる。ここで、モータトルク指示値reqTqは、以下の式(13)から算出される。
reqTq=reqF*TireR*Gratio ・・・(13)
式(13)において、reqFはアクセルペダルの開度から定まる要求駆動力である。アクセルペダルの開度は、アクセル開度センサ146により検出される。
車両1000の直進時には、前輪100,102及び後輪104,106を駆動する4つのモータ108,110,112,114のそれぞれの駆動力は、ドライバーの要求駆動力reqFに基づくモータトルク指示値reqTqを4等分した値(=reqTq/4)となる。一方、車両1000の旋回時には、トルクベクタリング制御により、式(12)から算出された車体付加モーメントMg’に基づく付加トルクTvmotが後輪104,106のモータトルク指示値reqTqに付加される。車体付加モーメントMg’に基づく付加トルクTvmotは偶力であるため、右旋回の場合は、左側の後輪104のモータトルク指示値は直進時のモータトルク指示値reqTq/4に付加トルクTvmotを加算した値となり、右側の後輪106のモータトルク指示値は直進時のモータトルク指示値reqTq/4から付加トルクTvmotを減算した値となる。同様に、左旋回の場合は、右側の後輪106のモータトルク指示値は直進時のモータトルク指示値reqTq/4に付加トルクTvmotを加算した値となり、左側の後輪104のモータトルク指示値は直進時のモータトルク指示値reqTq/4から付加トルクTvmotを減算した値となる。
従って、旋回時の各モータ108,110,112,114のモータトルク指示値は以下の式(14)〜式(17)で表すことができる。モータ要求トルク算出部228は、式(14)〜式(17)に基づいて、各モータ108,110,112,114のモータトルク指示値TqmotFl,TqmotFr,TqmotRl,TqmotRrを算出する。
TqmotFl(左前輪のモータトルク指示値)=reqTq/4 ・・・(14)
TqmotFr(右前輪のモータトルク指示値)=reqTq/4 ・・・(15)
TqmotRl(左後輪のモータトルク指示値)
=reqTq/4−(±Tvmot) ・・・(16)
TqmotRr(右後輪のモータトルク指示値)
=reqTq/4+(±Tvmot) ・・・(17)
なお、付加トルクTvmotの符号は、旋回方向に応じて設定される。
次に、本実施形態に係る制御装置200が行う処理について説明する。図11は、本実施形態の全体的な処理を示すフローチャートである。先ず、ステップS100では、イグニッションキー(イグニッションSW)がオンであるか否かを判定する。イグニッションキーがオンされた場合はステップS102へ進み、イグニッションキーがオンされていない場合はステップS100で待機する。
ステップS102では、インヒビターポジションセンサ(IHN)144がP(パーキング)又はN(ニュートラル)の位置を示しているか否かを判定し、P(パーキング)又はN(ニュートラル)の位置である場合はステップS104へ進む。また、ステップS102でP(パーキング)又はN(ニュートラル)の位置でない場合はステップS106へ進み、イグニッションキーがオンされているか否かを判定し、イグニッションキーがオンされている場合はステップS102へ戻る。ステップS106でイグニッションキーがオフの場合はステップS108へ進み、車両の起動処理を終了してステップS100へ戻る。
ステップS104では車両1000の起動処理を行い、次のステップS110では、インヒビターポジションセンサ(IHN)144がD(ドライブ)又はR(後進)の位置を示しているか否かを判定する。そして、インヒビターポジションセンサ(IHN)144がD(ドライブ)又はR(後進)の位置を示している場合は、ステップS112へ進み、走行制御の処理を開始する。一方、ステップS110でインヒビターポジションセンサ(IHN)144がD(ドライブ)又はR(後進)の位置を示していない場合は、ステップS113へ進み、イグニッションキーがオンされているか否かを判定し、イグニッションキーがオンされている場合はステップS110へ戻る。ステップS113でイグニッションキーがオフの場合はステップS108へ進み、車両の起動処理を終了してステップS100へ戻る。
ステップS112の後はステップS114へ進み、アクセル開度センサ146の検出値からドライバーによるアクセルペダルの操作量(アクセル開度)を検出する。次のステップS115では、アクセルペダルの操作量が0.1以上であるか否かを判定し、操作量が0.1以上の場合はステップS116へ進む。ステップS116では、アクセルペダルの操作量に基づいて要求駆動力reqFを算出する。なお、要求駆動力reqFの算出は、例えばアクセル開度と要求駆動力reqFとの関係を規定したマップに基づいて行うことができる。一方、アクセルペダルの操作量が0.1未満の場合はステップS118へ進み、各モータ108,110,112,114の回生制動制御を行う。
ステップS116,S118の後はステップS120へ進む。ステップS120では、舵角センサ138によって検出されるステアリング操舵角θhの絶対値が1[deg]以上であるか否かを判定し、ステアリング操舵角θhの絶対値が1[deg]以上の場合はステップS122へ進む。ステップS122では、上述した手法により付加トルクTvmotを算出し、付加トルクTvmotに基づいて目標モーメントγ_Tgtへのフィードバック制御を行う。このため、次のステップS124では、付加トルクTvmotに基づいて各モータ108,110,112,114のモータトルク指示値を式(14)〜式(17)から算出し、各モータ108,110,112,114へ出力を指示する。次のステップS126では、前後加速度センサ132、横加速度センサ134により車両1000の加速度Gx,Gyを検出する。ステップS126の後はステップS114へ戻る。
次に、図11の処理の主要な処理について詳細に説明する。図12は、図11のステップS122の処理を示すフローチャートである。ここで、図12は、重み付けゲイン算出部220が重み付けゲインaを算出する処理を示すフローチャートである。図12の処理は、重み付けゲインaに基づいて実ヨーレートγ_sensとヨーレートモデル値γ_clcを配分してフィードバックヨーレートγ_F/Bを算出することで、ヨーレートセンサ142のノイズを除去する処理として機能する。先ず、ステップS200では、実ヨーレートγ_sensとヨーレートモデル値γ_clcを取得する。次のステップS201では、実ヨーレートγ_sensとヨーレートモデル値γ_clcとの差分γ_diffを算出する。次のステップS202では、図10のゲインマップに基づいて、重み付け係数aを算出する。次のステップS204では、上述した式(7)に基づいてフィードバックヨーレートγ_F/Bを算出する。算出されたフィードバックヨーレートγ_F/Bは、図14のステップS224で差分Δγの算出に用いられる。
図13は、車両ヨーレート算出部206がヨーレートモデル値γ_clcを算出する処理を示すフローチャートである。先ず、ステップS210では、ステアリング操舵角θhと車両速度Vを取得する。次のステップS212では、式(5)、式(6)を連立して解くことで、ヨーレートモデル値γ_clcを算出する。算出したヨーレートモデル値γ_clcは、図12のステップS204において、フィードバックヨーレートγ_F/Bの算出に用いられる。
図14は、付加トルクTvmotを算出する処理を示すフローチャートである。先ず、ステップS220では、目標ヨーレート算出部204がステアリング操舵角θhと車両速度Vを取得する。次のステップS222では、ステアリング操舵角θhと車両速度Vに基づいて、式(2)〜式(4)から目標ヨーレートγ_Tgtを算出する。次のステップS224では、式(7)に基づいて、制御目標ヨーレートγ_Tgtとフィードバックヨーレートγ_F/Bとの差分Δγを算出する。次のステップS226では、式(9)から車体付加モーメントMgを算出する。
次のステップS228では、旋回アシスト制御ゲイン算出部234が旋回アシストゲインβGを算出する。次のステップS230では、式(11)に基づいてΔTvを算出し、式(12)に基づいて付加トルクTvmotを算出する。算出した付加トルクTvmotに基づいて、図11のステップS124において各輪のモータトルク指示値が算出される。
図15は、旋回アシストゲインβGを算出する処理を示すフローチャートである。先ず、ステップS240では、入力値として、前後加速度Gx、横加速度Gy、車両速度V、実ヨーレートγ_sens、タイヤ舵角δを取得する。次のステップS242では、実車体すべり角算出部224が、式(10)から実車体すべり角βrealを算出する。
次のステップS244では、車両挙動予測部226が、実車体すべり角βreal、タイヤ操舵δ、前後加速度Gxに基づいて、図7のマップから旋回復元ヨーモーメントβmを算出する。上述したように、図7のマップは前後加速度Gxの値に応じて複数のマップが予め用意されている。例えば、車両挙動予測部226は、先ず前後加速度Gxに基づいて対応するマップを選択し、選択したマップに実車体すべり角βrealとタイヤ舵角δを当てはめて旋回復元ヨーモーメントβmを算出する。
次のステップS246では、車体すべり角速度算出部222が、車体すべり角速度β’realを演算する。次のステップS248では、車体すべり角速度β’realの絶対値が6deg/s以下であるか否かを判定し、|β’real|≦6deg/sの場合はステップS250へ進む。この場合、|β’real|≦6deg/sであるため、車体すべり角βrealの単位時間当たりの変化量が比較的少なく、車両1000の旋回が定常的な動きをしていると考えられる。従って、以降の処理では、車両1000の定常的な動きに対応した処理を行う。
ステップS250では、旋回復元ヨーモーメントβmが−2000Nm以下であるか否かを判定し、βm≦−2000Nmの場合はステップS252へ進み、旋回アシストゲインβGを1とする。
一方、ステップS250でβm>−2000Nmの場合はステップS254へ進み、旋回アシストゲインβGを以下の式(18)から算出する。
βG=−0.00067*βm+0.333 ・・・(18)
図16は、ステップS252,S254で算出される旋回アシストゲインβGを示す特性図である。図16に示すように、車両1000の定常的な動きに対応した処理では、旋回アシストゲインβGは、旋回復元ヨーモーメントβmの値が−2000Nmよりも大きくなると、旋回復元ヨーモーメントβmの値が大きくなるほど低下し、旋回復元ヨーモーメントβmの値が0に近づくと、旋回アシストゲインβGは0とされる。従って、旋回復元ヨーモーメントβmの値が大きいほど旋回アシストトルクを低減することができる。なお、旋回アシストゲインβGの最小値は0とせず、例えば0.1など0よりも大きな値としても良い。
また、ステップS248で|β’real|>6deg/sの場合はステップS256へ進む。この場合、|β’real|>6deg/sであるため、車体すべり角βrealの単位時間当たりの変化量が比較的大きく、車両1000の旋回が過渡的な動きをしていると考えられる。従って、以降の処理では、車両1000の過渡的な動きに対応した処理を行う。
ステップS256では、旋回復元ヨーモーメントβmが−4000Nm以上であるか否かを判定し、βm≧−4000Nmの場合はステップS258へ進み、旋回アシストゲインβGを以下の式(19)から算出する。
βG=−0.00025*βm+0.143 ・・・(19)
図17は、ステップS256で算出される旋回アシストゲインβGを示す特性図である。図17に示すように、車両1000の過渡的な動きに対応した処理では、旋回アシストゲインβGは、旋回復元ヨーモーメントβmの値が−4000Nmよりも大きくなると、旋回復元ヨーモーメントβmの値が大きくなるほど低下し、旋回復元ヨーモーメントβmの値が0に近づくと、旋回アシストゲインβGは0とされる。従って、図16と比較すると、旋回復元ヨーモーメントβmが−2000以下のより小さい値を示している場合であっても、旋回復元ヨーモーメントβmが−4000Nm以上であれば、旋回アシストゲインβGは1以下の値となる。従って、定常的な動きに対応した制御と比較すると、過渡的な動きに対応した制御では、旋回復元ヨーモーメントβmがより小さい値であっても旋回アシストゲインβGの値が減少される。これにより、車両1000のスリップが発生する可能性のある状況において、より早い段階から旋回アシストトルクを低減することができ、確実にタイヤの横力を確保することができる。
一方、ステップS256でβm<−4000Nmの場合はステップS254へ進み、旋回アシストゲインβGを式(18)から算出する。
ステップS252,S254,S258の後はステップS260へ進む。ステップS260では、旋回アシストゲインβGをステップS252,S254,S258で設定した値にすることで、旋回アシストゲインβGの値が0〜1の範囲に設定される。
以上のように、図15の処理によれば、実車体すべり角βreal、車体すべり角速度β’realに基づいて、旋回復元ヨーモーメントβmの値を0〜1の範囲内で最適に制御することができる。これにより、車両1000にスリップが生じる前段階から旋回アシストゲインβGの値を低下させることができるため、タイヤの横力を確実に確保することができ、車両1000のスリップを抑止することができるため、車両1000の挙動を安定させることが可能となる。
以下では、図7に示すマップの作成方法の一例を示す。旋回復元ヨーモーメントβmは、以下の式(21)から算出することができる。
βm=−lf*Fyf+lr*Fyr+(TSAfl+TSAfr+TSArl+TSArr) ・・・(20)
なお、式(20)における変数、定数、演算子は以下の通りである。
lf:前輪軸〜重心間距離
lr:後輪軸〜重心間距離
Fyf:前輪横力(Fyf=Fyfl(左前輪)+Fyfr(右前輪))
Fyr:後輪横力(Fyr=Fyrl(左後輪)+Fyrr(右後輪))
TSAfl:セルフアライニングトルク(Fl)
TSAfr:セルフアライニングトルク(Fr)
TSArl:セルフアライニングトルク(Rl)
TSArr:セルフアライニングトルク(Rr)
式(20)において、セルフアライニングトルクTSAfl,TSAfr,TSArl,TSArrは、車両諸元より算出される。また、前輪横力Fyf、後輪横力Fyrは、前輪、後輪の接地荷重に基づいて、タイヤ摩擦円から決定される。接地荷重の計算では、車両1000の加減速が影響を及ぼす。
前輪横力Fyfを算出するため、左前輪の横力Fyfl、右前輪の横力Fyfrを算出する。また、後輪横力Fyrを算出するため、左後輪の横力Fyrl、右後輪の横力Fyrrを算出する。以下では、左前輪の横力Fyflを算出する手法を示す。右前輪の横力Fyfr、左後輪の横力Fyrl、右後輪の横力Fyrrは、左前輪の横力Fyflと同様に算出できる。
Fyfl=Fy’fl+Sv
Fy’fl=D*sin(C*arctan(Bx−E*(Bx−arctan(Bx)))
x=β+Sh
C=a0
μ=a1*Fzfl+a2
BCD=(1−a5*|γ|)(a3*sin(2*arctan(Fzfl/a4)))
B=BCD/(C*D)
D=Fzfl*μ
E=a6Fzfl+a7
Sh=a8*γ+a9*Fzfl+a10
Sv=a11Fzfl*γ+a12Fzfl+a13
なお、a1〜a13はタイヤの測定データである。
また、Fzflは左前輪の垂直荷重である。
同様にして、Fyfr,Fyrl,Fyrrを計算することができる。
以上の計算では、左前輪の垂直荷重Fzflを用いている。垂直荷重Fz(左前輪の垂直荷重Fzfl)の算出方法を以下に示す。
前後、左右の荷重移動による変化(前後荷重移動量ΔWx)、を計算する。
Gx:前後加速度
Gy:横加速度
前後荷重移動量ΔWx
ΔWx=m*Gx*Hg/L
m:質量
Hg:重心高
L:ホイールベース
横方向の荷重移動ΔWyf(フロント),ΔWyr(リア)
ΔWyf=m*Gy{Hs/(1+Kr/KRf−m*Hs/KRf)+lr*Hf/L}/lf
ΔWyr=m*Gy{Hs/(1+Kf/KRr−m*Hs/KRr)+lf*Hr/L}/lr
Hs:重心高〜ロールセンター軸間距離
Hf:フロントロールセンター高さ(フロントロールセンター地面間距離)
Hr:リヤロールセンター高さ(リヤロールセンター地面間距離)
KRf:フロントロールセンター剛性
KRr:リヤロールセンター剛性
lf:車両重心点から前輪中心までの距離
lr:車両重心点から後輪中心までの距離
左前輪の垂直荷重Fzflは、前後荷重移動量ΔWx、横方向の荷重移動ΔWyf(フロント),ΔWyr(リア)に基づいて算出することができる。同様に、右前輪の垂直荷重Fzfr、左後輪の垂直荷重Fzrl、右後輪の垂直荷重Fzrrについても、前後荷重移動量ΔWx、横方向の荷重移動ΔWyf(フロント),ΔWyr(リア)に基づいて算出することができる。従って、前輪横力Fyf、後輪横力Fyrが求まるため、式(21)から図7に示す旋回復元ヨーモーメントβmのマップを算出することができる。
図18A〜図18B、図19A〜図19Bは、本実施形態に係る制御を行った場合の効果を説明するための特性図である。図18A〜図18Bは、比較のため、本実施形態に係る制御を行わない場合を示している。一方、図19A〜図19Bは、本実施形態に係る制御を行った場合を示している。ここで、図18A〜図18B及び図19A〜図19Bは、車速80km/h、ステアリング操舵として、90度のステップ操舵を行った場合の車両挙動を比較したものである。
図18A及び図19Aは、前輪100,102、後輪104,106の回転数とモータトルクをそれぞれ対比して示している。Wflは左前輪、Wfrは右前輪、Wrlは左後輪、Wrrは右後輪の回転数をそれぞれ示している。また、TirecapFFzはフロントタイヤのトルクを示しており、TirecapRFzはリヤタイヤのトルクを示している。
図18Aの領域R1では、リヤタイヤの回転数(Wrr)が上昇していることが判る。また、領域R2では、リヤタイヤのトルクが0以下となっており、摩擦円限界を超えていることが判る。このように、図18Aに示す状態では、車体すべり角速度が大きい状態でも旋回アシスト制御ゲインを上昇させているため、結果としてリヤタイヤがタイヤ摩擦円限界を超えてしまいタイヤが空転している。
一方、図19Aに示す本実施形態に係る制御では、領域R2に示すように、リヤタイヤの摩擦円限界で旋回アシスト制御が抑制されるため、領域R1に示すように、余剰トルクによる空転(回転上昇)が生じていないことが判る。
図18B及び図19Bは、旋回復元ヨーモーメントと旋回アシストゲインβGの遷移を対比して示している。図19Bに示すように、本実施形態では旋回アシストゲインβGを1以下に低下させる。一方、図18Bに示す例では、旋回アシストゲインβGは値1.0が維持される。このため、図19Bに示す本実施形態では、領域R3において、旋回アシストゲインβGの低下に伴い旋回復元ヨーモーメントが図18Bよりも減少していることが判る。上述したように、旋回復元モーメントが正の値で増加すると、旋回アシストトルクが増加する。図19Bに示すように、旋回復元ヨーモーメントを減少させることで、旋回アシストトルクを低減することが可能である。
以上のように、旋回アシストトルクのゲイン(旋回アシストゲインβG)を低下させることで、旋回復元モーメントを低くすることが可能となる。また、余剰トルクの発生を抑制することができるため、モータの回転数上昇を抑制することが可能となる。従って、車体すべり角速度と旋回復元ヨーモーメントの判定に基づいて、後輪の旋回アシスト制御ゲインを減少させることで、タイヤ摩擦円限界を超えた余剰トルクで発生するタイヤの回転数上昇を確実に抑制することができる。
以上説明したように本実施形態によれば、タイヤ舵角と車体すべり角から、車両を直進状態に復元させるように働く旋回復元ヨーモーメントを算出する。そして、旋回復元ヨーモーメントが車両1000の旋回を促進する方向に遷移する場合は、旋回アシストゲインβGを低下させて旋回アシストトルクを低減させる。旋回復元ヨーモーメントにはセルフアライニングトルクの要因とタイヤ横力の要因が含まれているため、旋回復元ヨーモーメントに基づいて路面状態を精度良く推定することができ、低μの場合は旋回アシストトルクを低下されるため、タイヤ摩擦円内で前後力と横力を最適に制御することが可能となる。
以上、添付図面を参照しながら本発明の好適な実施形態について詳細に説明したが、本発明はかかる例に限定されない。本発明の属する技術の分野における通常の知識を有する者であれば、特許請求の範囲に記載された技術的思想の範疇内において、各種の変更例または修正例に想到し得ることは明らかであり、これらについても、当然に本発明の技術的範囲に属するものと了解される。