本発明の一実施形態について、以下に詳しく説明する。
図1に示すように、本実施形態に係るプラズマ表面処理装置10は、両端が閉鎖された概略円筒形の真空槽12を備えている。この真空槽12は、当該円筒形の両端に当たる部分を上下に向けた状態で、つまり当該円筒形の中心軸Xaを垂直方向に延伸させた状態で、設置されている。この真空槽12の内径は、例えば約1100mmであり、当該真空槽12内の高さ寸法は、例えば約800mmである。なお、この真空槽12の形状や寸法は、飽くまでも一例であり、後述する被処理物100の大きさや個数等の諸状況に応じて適宜に定められる。また、真空槽12自体は、耐食性および耐熱性の高い金属製、例えばSUS304等のステンレス鋼製、であり、その壁部は、基準電位としての接地電位に接続されている。
この真空槽12の壁部の適宜位置、例えば下面を成す壁部の中央よりも僅かに外方寄り(図1における左寄り)の位置には、排気口14が設けられている。そして、この排気口14には、真空槽12の外部において、図示しない排気管を介して、図示しない排気手段としての真空ポンプが結合されている。なお、真空ポンプは、真空槽12内の圧力Pcを制御する圧力制御手段としても機能する。また、排気管の途中には、図示しない自動圧力制御装置が設けられており、この自動圧力制御装置もまた、当該圧力制御手段として機能する。
さらに、真空槽12の側面を成す壁部の外側の適宜位置(図1における右側)に、プラズマ供給手段としてのプラズマガン16が結合されている。具体的には、図2を併せて参照して、このプラズマガン16は、概略直方体状の筐体18を有している。この筐体18は、真空槽12と同様、耐食性および耐熱性の高い金属製、例えばSUS304等のステンレス鋼製、であり、その内部は、真空槽12内と連通している。ここで例えば、真空槽12内の高さ方向における略中央位置で当該真空槽12の中心軸Xaと直交する直線Xbを仮想すると共に、この直線Xbを水平軸と称すると、この水平軸Xbが、筐体18内と真空槽12内との連通部分を介して、筐体18内を通るように、当該筐体18が真空槽12に結合されている。言い換えれば、当該連通部分を介して、真空槽12内と筐体18内とが、水平軸Xbに沿って直線状に連続している。なお、筐体18は、概略矩形閉ループ状の絶縁部材20を介して、真空槽12と結合されており、つまり当該真空槽12と電気的に絶縁されており、言わば絶縁電位とされている。因みに、図2においては、見易さを考慮して、図1に示されている構成要素のうち接地電位を含むいくつかの図示を省略してある。
筐体18内に注目すると、当該筐体18内には、電子放出電極としての熱陰極22と、電子加速電極としての陽極24と、が設けられている。このうちの熱陰極22は、例えば直径が約1mmの直線状のタングステン製フィラメントであり、自身の略中央部分において、上述の水平軸Xbと直交しており、かつ、垂直方向に延伸するように、言い換えれば真空槽12の中心軸Xaと平行を成すように、設けられている。そして、この熱陰極22は、筐体18(および真空槽12)の外部において、電子放出用電源手段としての直流電源装置26に接続されており、当該直流電源装置26から電子放出電力としてのカソード電力Ecの供給を受けて、2000℃以上に加熱され、ひいては熱電子を放出する。なお、カソード電力Ecは、直流電力に限らず、交流電力であってもよい。また、詳しい説明は省略するが、熱陰極22は、予備のものを含め厳密には2本設けられており、稼働中に当該熱陰極22が破損(断線)したときには、自動的に予備のものに切り換わるよう工夫されている。
一方、陽極24は、高融点の金属製、例えばモリブデン製、の厚さ寸法が約3mm〜5mmの概略矩形の平板体であり、上述の水平軸Xb上における熱陰極22よりも真空槽12に近い位置において、当該熱陰極22と対向するように設けられている。具体的には、この陽極24は、自身の両主面間を貫通する開口部24aを有している。この開口部24aは、陽極24の長手方向に沿って延伸する細長い直線状の形状をしている。そして、この陽極24は、当該開口部24aがその中央部分で水平軸Xbと直交すると共に、当該開口部24aが垂直方向に延伸し、言い換えれば当該開口部24aが熱陰極22と平行を成し、さらに、当該開口部24aが水平軸Xbに沿う方向に貫通するように、設けられている。この陽極24は、筐体18の外部において、接地電位に接続されている。併せて、当該陽極24は、筐体18の外部において、電子加速用電源手段としての直流電源装置28に接続されており、当該直流電源装置28からアノード電力Eaとして熱陰極22の電位を基準とする正電位の直流電力の供給を受けて、上述の熱電子を加速させる。
そして、筐体18の真空槽12内との連通部分には、水平軸Xbに沿う壁面を有するアパーチャ30が設けられている。具体的には、図3および図4を併せて参照して、アパーチャ30は、水平軸Xbに沿う方向に陽極24の開口部24aを投影したような形状の開口30aを有しており、つまり当該陽極24の開口部24aと同様の細長い直線状の開口30aを有している。このアパーチャ30の開口30aの垂直方向における寸法、言わば長さ寸法Laは、陽極24の開口部24aの長さ寸法Lbと同等以上(La≧Lb)であり、好ましくは当該陽極24の開口部24aの長さ寸法Lbと略同等(La≒Lb)である。そして、アパーチャ30の開口30aの水平方向における寸法、言わば幅寸法Lcは、陽極24の開口部24aの幅寸法Ldと同等以上(Lc≧Ld)であり、好ましくは当該陽極24の開口部24aの長さ寸法Ldと略同等(Lc≒Ld)である。また、アパーチャ30の開口30aの水平軸Xbに沿う方向における寸法、言わば奥行き寸法Leは、その時々の状況に応じて適宜に定められる。なお、このアパーチャ30もまた、筐体18と同様、耐食性および耐熱性の高い金属製、例えばSUS304等のステンレス鋼製、であり、電気的に絶縁電位とされている。
さらに、筐体18の外部において、水平軸Xbを中心として当該筐体18の周囲を取り巻くように磁界印加手段としての概略矩形閉ループ状の電磁コイル32が設けられている。この電磁コイル32は、特に図4(d)に示すように、水平軸Xbに沿う方向において、自身の中心が熱陰極22と陽極24との間(厳密には各表面間)の中央に位置するように配置されている。そして、この電磁コイル32は、筐体18の外部にある図示しない磁界印加用電源手段としての直流電源装置に接続されており、当該直流電源装置から磁界印加用電力としての直流電力Emの供給を受けて、筐体18内にミラー磁場を形成し、詳しくは水平軸Xbに沿う方向の後述する磁界200を印加する。この磁界200は、筐体18内のみに限らず、真空槽12内にも作用する。なお、図3および図4においては、見易さを考慮して、電磁コイル32を破線で示してある。
因みに、熱陰極22の長さ寸法(実効長さ)Lfは、例えば400mmである。そして、陽極24の開口部24aの長さ寸法Lbは、熱陰極22の長さ寸法Lfと略同等(Lb≒Lf)または当該熱陰極22の長さ寸法Lfよりも少し小さく(Lb<Lf)、例えば400mmである。そして、陽極24の開口部24aの幅寸法Ldは、当該開口部24aの長さ寸法Lbよりも遥かに小さく、比率Ld:Lbとしては1:2〜1:20程度であり、例えば30mmである。また、水平軸Xbに沿う方向における熱陰極22と陽極24との間の距離Lgは、例えば約80mmである。なお厳密に言えば、陽極24の開口部24aは、その両端が円形のいわゆる長丸孔状であるが、これに限らず、細長いスリット状であればよく、例えば細長い矩形孔状であってもよい。このことは、アパーチャ30の開口30aについても、同様である。また、図示は省略するが、熱陰極22の下方端には、当該熱陰極22が加熱されることによる変形(撓み)を吸収するべく、当該熱陰極22の長さ方向に一定の張力を付与する張力付与手段としての錘が取り付けられている。
続いて、真空槽12内に注目すると、当該真空槽12内には、複数の被処理物100,100,…が配置されている。具体的には、各被処理物100,100,…は、真空槽12の中心軸Xaを中心とする円の円周方向に沿って等間隔に配置されている。それぞれの被処理物100は、例えばドリル刃等のような細長い円柱状のものであり、垂直方向に沿って延伸するように、つまり真空槽12の中心軸Xaに沿う方向に延伸するように、保持手段としてのホルダ34によって保持されている。それぞれのホルダ34は、ギア機構36を介して、円盤状の公転台38の周縁近傍に結合されている。この公転台38の中心は、真空槽12の中心軸Xa上に位置しており、当該公転台38の中心には、真空槽12の中心軸Xaに沿って延伸する回転軸40の一方端が固定されている。そして、回転軸40の他方端は、真空槽12の外部において、回転駆動手段としてのモータ42のシャフト42aに結合されている。
即ち、モータ42が駆動して、当該モータ42のシャフト42aが例えば図1に矢印44で示す方向に回転すると、公転台38が同方向に回転し、つまり図2に矢印46で示す方向に回転する。これに伴って、それぞれの被処理物100が真空槽12の中心軸Xaを中心として回転し、言わば公転する。併せて、それぞれのギア機構36による回転駆動力伝達作用によって、それぞれのホルダ34が、自身を通る鉛直線Xcを中心として例えば図1および図2のそれぞれに矢印48に示す方向に回転する。そして、このホルダ34自身の回転に伴って、被処理物100もまた、同じ方向に回転し、言わば自転する。なお、被処理物100の公転経路の直径(PCD;Pitch Circle Diameter)は、例えば約600mmである。そして、被処理物100の公転速度(公転台38の回転速度)は、例えば0.5rpm〜1rpmである。これに対して、被処理物100の自転速度(ホルダ34自身の回転速度)100は、例えば30rpm〜60rpmであり、つまり公転速度の60倍である。
加えて、それぞれの被処理物100には、ホルダ34,ギア機構36,公転台38および回転軸40を介して、真空槽12の外部にあるバイアス電力供給手段としてのパルス電源装置50からバイアス電力としての非対称パルス電力Ebが供給される。この非対称パルス電力Ebの電圧値は、+37Vのハイレベルと、−37V以下のローレベルVLと、に交互に遷移し、このうちのローレベル電圧値については、任意に調整可能とされている。また、この非対称パルス電力Ebの周波数およびデューティ比(1周期におけるハイレベル期間の比率)についても、任意に調整可能とされている。そして、この非対称パルス電力Ebのローレベル電圧値,周波数およびデューティ比によって、当該非対称パルス電力Ebの平均電圧値(直流換算値)、言わばバイアス電圧Vb、が任意に調整可能とされている。
また、真空槽12内の側面を成す壁部の近傍であって、それぞれの被処理物100の公転経路よりも外方の或る位置(図1および図2において左側の位置)に、マグネトロンスパッタカソード52が配置されている。このマグネトロンスパッタカソード52は、真空槽12の中心軸Xaに向けて配置された平板状のターゲット54と、このターゲット54の背面(真空槽12の中心軸Xaとは反対側に向いた面)に近接して設けられたマグネット56と、ターゲット54の表面(いわゆるスパッタ面)を露出させながら当該ターゲット54およびマグネット56を覆う保護カバー58と、を有する。このうちのターゲット54は、例えば純度が99.9[%]以上のクロム(Cr)製であり、その高さ寸法は約700mm、幅寸法は約140mm、厚さ寸法は約10mmである。そして、このターゲット54には、真空槽12の外部にある図示しないスパッタ用電源装置からターゲット電力として負電位の直流電力が供給される。また、マグネット56は、ターゲット54のスパッタ効率を向上させるためのものであり、詳しい図示は省略するが、永久磁石とヨークとが適宜に組み合わされたものである。そして、保護カバー58は、ターゲット54のスパッタ面以外の当該ターゲット54およびマグネット56を保護するためのものであり、やはり耐食性および耐熱性の高い金属製であり、例えばSUS304等のステンレス鋼製である。
さらに、真空槽12内の適宜位置には、図示しない温度制御手段としての電熱ヒータが設けられている。この電熱ヒータは、それぞれの被処理物100を含む真空槽12内を加熱するためのものである。その加熱温度は、真空槽12の外部にある図示しないヒータ加熱用電源装置から供給されるヒータ加熱電力によって制御される。
そして、詳しい図示は省略するが、真空槽12内に、好ましくは上述したプラズマガン16のアパーチャ30の開口30aに近い位置に、材料ガスを供給するための材料ガス供給路が設けられている。ここで言う材料ガスとしては、例えば炭化水素系ガスおよびシリコン系ガスがあり、特にアセチレンガスおよびTMS(Tetra-Methyl Silane;Si(CH3)4)ガスがある。そして、この材料ガス供給路には、当該供給路を開閉するための開閉手段としての開閉バルブと、当該供給路を流れる材料ガスの流量を制御するための流量制御手段としての例えばマスフローコントローラと、が設けられている。なお、炭化水素系ガスとしては、アセチレンガスの他に、メタン(CH4)ガスやエチレン(C2H4)ガス,ベンゼン(C6H6)等があるが、安全性や費用の観点から、アセチレンガスが最も適当である。また、シリコン系ガスとしては、TMSガスの他に、シラン(SiH4)ガスやメチルシラン(SiH3(CH3))等があるが、やはり安全性や費用の観点から、TMSガスが最も適当である。
また、詳しい図示は省略するが、プラズマガン16の筐体18内に、好ましくは熱陰極22に近い位置に、放電用ガスを供給するための放電用ガス供給路が設けられている。ここで言う放電用ガスとしては、例えばアルゴンガスがある。そして、この放電用ガス供給路を利用して、後述する洗浄用ガスとしての水素(H2)ガスおよび反応ガスとしての窒素(N2)ガスも供給される。なお、この放電用ガス供給路にも、開閉手段としての開閉バルブと、流量制御手段としてのマスフローコントローラと、が設けられている。
同様に、詳しい図示は省略するが、プラズマガン16の筐体18内に、好ましくは熱陰極22から離れた位置に、後述する汚染物除去用ガスとしての酸素(O2)ガスを供給するための汚染物除去用ガス供給路が設けられている。そして、この汚染物除去用ガス供給路にも、開閉手段としての開閉バルブと、流量制御手段としてのマスフローコントローラと、が設けられている。
加えて、真空槽12内の壁面のうちプラズマガン16が結合されている部分の周辺一帯を覆うように、かつ、アパーチャ30と干渉しないように(アパーチャ30の開口30aを塞がないように)、プラズマ安定化手段としての概略板状のプラズマ安定化電極60が設けられている。このプラズマ安定化電極60は、耐食性および耐熱性が高く、しかも、比較的に軽量な金属製、例えばチタン(Ti)製またはアルミニウム(Al)合金製、であり、電気的に絶縁電位とされている。
なお特に、図2に示すように、真空槽12の壁部のうちプラズマガン16が結合されている部分12aについては、当該プラズマガン16が結合されるのに適当な構造とされるのが、望ましい。この場合、当該部分12aについては、プラズマガン16のメンテナンス時の作業性等を考慮して、引き戸や開き戸の如く開閉可能とされるのが、望ましい。このことは、真空槽12の壁部のうちマグネトロンスパッタカソード52が配置されている部分12bについても、同様である。
このような構成のプラズマ表面処理装置10は、例えば被処理物100の表面にDLC膜を生成するのに用いられる。なお、被処理物100の表面に直接的にDLC膜を生成するのは、特に密着性の点で難しいので、当該密着性を与えるために、中間層と傾斜層とがこの順番で生成された後、DLC膜が生成される。とりわけ、中間層については、クロム層と窒化クロム(CrN)層とクロム層とがこの順番で生成される、言わばサンドイッチ構造とされる。そして、傾斜層は、炭素(C)を主成分とし、シリコン(Si)を含む、シリコン含有炭素(SiCx)層であり、被処理物100の表面(中間層)から離れるに従ってシリコンの含有率が小さくなるように生成される。
この一連の表面処理のために、まず、真空槽12内に被処理物100が収容された上で、当該真空槽12内が真空ポンプによって排気され、例えば当該真空槽12内の圧力Pcが2×10−3Pa程度になるまで排気される。そして、このいわゆる真空引きの後、モータ42が駆動されて、それぞれの被処理物100の自公転が開始される。さらに、上述した電熱ヒータにヒータ加熱電力が供給され、真空槽12内が例えば120℃程度にまで加熱される。これにより、それぞれの被処理物100に含まれている不純物ガスが排出され、いわゆる脱ガス処理が行われる。
この脱ガス処理が所定期間にわたって行われた後、電熱ヒータへのヒータ加熱電力の供給が停止され、続いて、放電洗浄処理が行われる。この放電洗浄処理においては、熱陰極22にカソード電力Ecが供給されると共に、陽極24にアノード電力Eaが供給される。すると、熱陰極22が加熱されて、当該熱陰極22から熱電子が放出され、この熱電子は、陽極24に向かって加速される。この状態で、プラズマガン16の筐体18内に放電用ガスとしてのアルゴンガスが供給されると、加速された熱電子がアルゴンガスの粒子に衝突し、その衝撃によって、アルゴンガス粒子が電離して、プラズマ300が発生する。さらに、プラズマガン16の筐体18内に洗浄用ガスとしての水素ガスが供給されると、この水素ガスの粒子もまた電離して、プラズマ300となり、イオン化される。なお、アルゴンガスと水素ガスとの供給は、同時に行われてもよい。
そして、電磁コイル32に磁界印加用電力Emが供給されると、プラズマガン16の筐体18内に上述のミラー磁場が形成され、詳しくは図5および図6に破線の矢印200で示す如く水平軸Xbに沿う方向の磁界が印加される。すると、熱電子は、この磁界200に巻き付くように螺旋運動する。これにより、当該熱電子がアルゴンガス粒子および水素ガス粒子に衝突する回数および確率が増大して、プラズマ300の密度が向上する。そして、このプラズマ300は、磁界200に沿って流れ、アパーチャ30の開口30aを介して、真空槽12内に供給される。このとき、プラズマ300は、陽極24の開口部24aを通過することによって、当該陽極34の開口部24aに応じた形状となる。具体的には、水平軸Xbに直交する平面において、当該プラズマ300の断面が、垂直方向に延伸する細長い概略直線状となる。そして、この概略直線状のプラズマ300は、アパーチャ30の開口30aを通ることで、その形状を維持しつつ、真空槽12内に供給される。ここで、アパーチャ30に注目すると、当該アパーチャ30は、上述の如く電気的に絶縁電位とされている。そして、このアパーチャ30と熱陰極22との間に閉ループ状の陽極24が配置されている。さらに、これらの配置軸である水平軸Xbに沿う方向に磁界200が印加される。要するに、本実施形態におけるプラズマガン16もまた、上述のPIG放電機構を構成する。
真空槽12内においては、それぞれの被処理物100が自公転しているので、当該真空槽12内に供給されたプラズマ300は、この自公転している被処理物100の表面に直接的に照射される。しかも、被処理物100の表面に照射されるプラズマ300は、当該被処理物100の自公転軸XaおよびXcと平行な概略直線状であるので、当該被処理物100の表面全体にわたって満遍なく照射される。この状態で、被処理物100にバイアス電力Ebが供給されると、プラズマ300内のアルゴンイオンと水素イオンとが当該被処理物100の表面に積極的に入射される。そして、アルゴンイオンによるスパッタ作用と、水素イオンによる化学反応作用と、によって、被処理物100の表面の不純物が取り除かれ、いわゆる放電洗浄処理が行われる。
なお、プラズマ300の発生源であるプラズマガン16の筐体18内の陽極24は、上述の如く設置電位に接続されている。そして、この陽極24には、熱陰極22の電位を基準とする正電位の直流のアノード電力Eaが供給されている。これにより、筐体18内の空間電位、つまりプラズマ300の電位は、接地電位を基準として安定化される。このプラズマ300の強さ、言わばプラズマガン16の出力Wgは、熱陰極22に供給されるカソード電力Ecの大きさ(熱陰極22の加熱温度)と、陽極24に供給されるアノード電力Eaの大きさと、によって決まる。
また例えば、熱陰極22の位置と陽極24の位置とが互いに反対であっても、プラズマ300は発生する。ただし、この場合は、アパーチャ30の開口30aの近傍に、つまりプラズマ300が供給される方向に、熱陰極22が存在することになるため、細長い当該熱陰極22の消耗が顕著になる。加えて、後述するDLC膜を生成するための成膜処理において、材料ガスとしてのアセチレンガスがアパーチャ30の開口30aを介してプラズマガン16の筐体18内に流れ込むことで、このアセチレンに含まれる炭素成分によって熱陰極22が炭化され、ひいては当該熱陰極22が損傷する虞がある。これを抑制するために、熱陰極22は、プラズマ300が供給される方向とは反対側の位置に、つまり陽極24よりもアパーチャ30の開口30aから離れた位置に、設けられるのが、望ましい。
さらに、プラズマガン16から真空槽12内に供給されたプラズマ300内の電子は、陽極24と同電位(接地電位)の当該真空槽12内の壁面に流れ込もうとし、特にプラズマガン16が結合されている部分の周辺に流れ込もうとする。ところが上述したように、真空槽12内の壁面のうちプラズマガン16が結合されている部分の周辺一帯は絶縁電位とされたプラズマ安定化電極60によって覆われているので、プラズマ300内の電子が真空槽12内の壁面に流れ込もうとしても、その進行は当該プラズマ安定化電極60によって阻止される。従って、真空槽12の壁面が電極として作用することはなく、この結果、プラズマ300がより一層安定化される。
この放電洗浄処理が所定期間にわたって行われた後、水素ガスの供給が停止され、続いて、上述した中間層を生成するためのスパッタ法による成膜処理が行われる。まず、マグネトロンスパッタカソード52のターゲット54にターゲット電力が供給される。すると、このターゲット54のスパッタ面にプラズマ300内のアルゴンイオンが衝突して、その衝撃によって、当該スパッタ面からクロム粒子が叩き出される(スパッタされる)。叩き出されたクロム粒子は、被処理物100の表面に衝突し、堆積する。これにより、被処理物100の表面にクロム層が生成される。そして、必要な厚みの当該クロム層が生成された後、プラズマガン16の筐体20内に反応ガスとしての窒素ガスが供給される。すると、この窒素ガスの粒子が電離されて、窒素イオンが生成される。この窒素イオンは、被処理物100の表面に衝突し、厳密には先に生成されたクロム層に衝突する。併せて、ターゲット54から叩き出されたクロム粒子もまた、当該クロム層に衝突する。この結果、窒素とクロムとの化合物である窒化クロム層が、当該クロム層上に生成される。そして、このいわゆる反応性スパッタ法によって必要な厚みの当該窒化クロム層が生成された後、窒素ガスの供給が停止される。これにより、改めてクロム層が生成される。そして、必要な厚みの当該クロム層が生成されることで、中間層が完成し、その後、ターゲット54へのターゲット電力の供給が停止される。
続いて、上述した傾斜層を生成するためのプラズマCVD法による成膜処理が行われる。即ち、真空槽12内に材料ガスとしてのアセチレンガスおよびTMSガスが供給される。すると、これらアセチレンガスおよびTMSガスの粒子が電離されて、当該アセチレンガスの粒子から炭素イオンが生成されると共に、TMSガスの粒子からシリコンイオンが生成される。そして、これらの炭素イオンとシリコンイオンとは、被処理物100の表面に衝突し、厳密には先に生成された中間層に衝突する。これにより、炭素とシリコンとの化合物であるシリコン含有炭素層が、当該中間層上に生成される。さらに、真空槽12内に供給されるアセチレンガスの流量が時間の経過に従って徐々に増大されると共に、当該真空槽12内に供給されるTMSガスの流量が時間の経過に従って徐々に減少される。これにより、当該シリコン含有炭素層におけるシリコンの含有率が時間の経過に従って徐々に小さくなり、つまり被処理物100の表面(中間層)から離れるに従って徐々に小さくなる。この結果、傾斜層が生成される。なお、この傾斜層におけるシリコンの含有率(Si/(Si+C))は、例えば中間層側の最下層において原子数比で20%〜40%程度が適当であり、最上層において0%〜4%程度が適当である。
そして、DLC膜を生成するためのプラズマCVD法による成膜処理が行われる。即ち、真空槽12内へのTMSガスの供給が停止されると共に、当該真空槽12内にアセチレンガスが一定の流量で供給される。すると、アセチレンガスの粒子が電離されて、当該電離によって生成された炭素イオンが被処理物100の表面に衝突し、厳密には先に生成された傾斜層に衝突する。これにより、当該傾斜層上に硬質炭素膜であるDLC膜が生成される。なお、このDLC膜は、アセチレンガスという炭化水素系ガスを材料とするため、必然的に水素を含む。このDLC膜の水素の含有率は、当該DLC膜の生成時の条件(成膜条件)に依存し、特にプラズマガン16の出力Wg,バイアス電力Ebおよびアセチレンガスの流量に依存する。また、この水素の含有率は、DLC膜の硬度と内部応力とに関係する。例えば、当該水素の含有率が低いほど、DLC膜の硬度が高くなるが、その一方で、DLC膜の内部応力が大きくなり、密着性が低下する。これとは反対に、水素の含有率が高いほど、DLC層の内部応力が小さくなり、密着性が向上するが、DLC膜の硬度が低くなる。これらのことから、DLC膜の水素の含有率は、例えば原子数比で20%〜40%が適当であり、好ましくは25%〜35%が適当である。さらに、このDLC膜を生成するための成膜処理においては、アセチレンガスがプラズマガン16の筐体18内に流れ込むことで、当該筐体18の内壁に炭素が堆積して、当該筐体18内が汚染されることが、懸念される。この筐体18内の汚染を抑制するために、当該筐体18内に汚染物除去用ガスとしての酸素ガスが供給される。この酸素ガスは、筐体18内に堆積した炭素と反応して酸化炭素となり、この酸化炭素は、真空ポンプによって外部に排出される。
必要な厚みのDLC膜が生成されると、真空槽12内へのアセチレンガスの供給が停止されると共に、アルゴンガスの供給が停止される。併せて、熱陰極22へのカソード電力Ecの供給が停止されると共に、陽極24へのアノード電力Eaの供給が停止される。さらに、被処理物100へのバイアス電力Ebの供給が停止され、また、電磁コイル32への磁界印加用電力Emの供給が停止される。そして、真空槽12内の圧力が大気圧に近くまで徐々に戻されながら、一定の冷却期間が置かれる。その後、モータ42の駆動が停止されて、被処理物100の自公転が停止される。その上で、真空槽12内から被処理物100が外部に取り出され、これをもって、一連の表面処理が完了する。
ところで、プラズマガン16から真空槽12内に供給されるプラズマ300は、上述の如く水平軸Xbに直交する平面において垂直方向に延伸する細長い概略直線状であるが、電磁コイル32に供給される磁界印加用電力Emの大きさによって、当該プラズマ300の形状が変わる。具体的には、磁界印加用電力Emが大きいほど、図5に示す垂直方向(厳密には水平軸Xbを含む鉛直面)におけるプラズマ300の拡散角度θaが小さくなり、また、図6に示す水平方向(厳密には水平軸Xbを含む水平面)におけるプラズマ300の拡散角度θbも小さくなり、言わば当該プラズマ300が絞られる。一方、磁界印加用電力Emが小さいほど、垂直方向および水平方向それぞれのプラズマ300の拡散角度θaおよびθbが大きくなり、言わば当該プラズマ300が広がる。なお特に、水平方向におけるプラズマ300の拡散角度θbが比較的に大きい場合には、当該プラズマ300は、概略直線状と言うよりも、概略矩形状となる。要するに、磁界印加用電力Emの大きさによって、プラズマ300の形状を制御することが可能である。因みに、この電磁印加用電力Emの大きさによって、プラズマガン16の筐体18内の中心(水平軸Xb上の熱陰極22と陽極24との間の中心)における磁束密度Bは、例えば20G〜100Gの範囲で変化する。
上述したように、プラズマ300は、アパーチャ30の開口30aを介して、プラズマガン16から真空槽12内に供給されるが、その供給効率は、当該アパーチャ30の開口30aの寸法La×Lc×Leによって変わる。このことを検証するために、次のような実験を行った。
まず、真空槽12内の中央(中心軸Xaと水平軸Xbとの交点)に、図示しないファラデーカップをプラズマガン16(アパーチャ30の開口30a)に対向させた状態で設置する。そして、真空槽12内を真空引きした後、当該真空槽12内(筐体18内)にアルゴンガスを供給して、当該真空槽12内の圧力Pcを0.2Paに維持する。その上で、熱陰極22にカソード電力Ecを供給すると共に、陽極24にアノード電力Eaを供給し、さらに、電磁コイル32に磁界印加用電力Emを供給することで、プラズマ300を発生させる。そして、アノード電力Eaの電圧、言わばアノード電圧Vaを、50V(一定)とする。併せて、磁界印加用電力Emの供給によって電磁コイル32に流れる電流、言わばコイル電流Imを、10A(一定)とする。なお、この10Aというコイル電流Imによれば、プラズマガン16の筐体18の中心における磁束密度Bは約60Gとなる。この状態で、カソード電力Ecを適宜に変化させることによって、熱陰極22から陽極24(厳密には陽極24および接地電位)に流れる電流、言わば放電電流Id、を適宜に変化させて、このときのファラデーカップの出力に基づいて、真空槽12内の中央におけるイオン電流密度Jsを測定する。この測定を、開口30の寸法La×Lc×Leが互いに異なる4種類のアパーチャ30について行った。その結果を、図7に示す。
この図7に示すように、4種類のアパーチャ30のいずれについても、放電電流Idが大きいほど、真空槽12内の中央におけるイオン電流密度Jsが大きい。そして、放電電流Idが一定であれば、アパーチャ30の開口30aの幅寸法Lcが大きいほど、また、当該開口30aの奥行き寸法Leが小さいほど、イオン電流密度Jsが大きい、つまりプラズマガン16から真空槽12内へのプラズマ300の供給効率が高い、という結果が得られた。ただし、アパーチャ30の開口30aの幅寸法Lcが大きいほど、また、当該開口30aの奥行き寸法Leが小さいほど、真空槽12内に材料ガスが供給されたときに、この材料ガスがプラズマガン16の筐体18内に流れ易く、当該材料ガスによる筐体18内の汚染が顕著になることが、分かった。一方、アパーチャ30の開口30aの幅寸法Lcが小さいほど、また、当該開口30aの奥行き寸法Leが大きいほど、プラズマガン16から真空槽12内へのプラズマ300の供給効率は低下するものの、例えば真空槽12内とプラズマガン16の筐体18内との間に圧力差を形成することができる。特に、真空槽12内の圧力Pcよりもプラズマガン16の筐体18内の圧力Pgが高い状態を形成することによって、真空槽12内に材料ガスが供給されたときに、この材料ガスがプラズマガン16の筐体18内に流入するのを抑制することができ、ひいては当該材料ガスによる筐体18内の汚染を抑制することができる。これらのことを総合的に考慮して、図7に示す実験結果によれば、アパーチャ30の開口30aの寸法La×Lc×Leは、例えば400mm×30mm×75mmが最も適当である、という結論に至った。
また、プラズマ300は、上述の如く水平軸Xbに直交する平面において垂直方向に延伸する細長い概略直線状であるが、これを検証するために、次のような実験を行った。
まず、真空槽12内の中心軸Xa上の互いに異なる複数の位置のそれぞれにファラデーカップをプラズマガン16(アパーチャ30の開口部30a)側に水平に向けた状態で設置する。そして、上述の実験と同様、真空槽12内を真空引きした後、当該真空槽12内(筐体18内)にアルゴンガスを供給して、当該真空槽12内の圧力Pcを0.2Paに維持する。その上で、熱陰極22にカソード電力Ecを供給すると共に、陽極24にアノード電力Eaを供給し、さらに、電磁コイル32に磁界印加用電力Emを供給することで、プラズマ300を発生させる。ここで、アノード電圧Vaを50V(一定)とすると共に、放電電流Idを40A(一定)とし、つまりプラズマガン16の出力Wgを2kWとする。そして、コイル電流Imを適宜に変化させて、このときの各ファラデーカップの出力に基づいて、真空槽12内の中心軸Xa上における各位置のイオン電流密度Jsを測定した。その結果を、図8に示す。なお、図8の横軸は、ホルダ34による被処理物100の保持部を基点とする垂直方向(高さ方向)への距離によって、中心軸Xa上における各位置を表している。このため、基点であるホルダ34の保持部の近傍にファラデーカップを設置することができず、ゆえに、当該基点に最も近い位置が約90mmとなっている。
この図8に示すように、コイル電流Imが大きいほど、各位置におけるイオン電流密度Jsが大きくなる。その一方で、コイル電流Imが大きいほど、各位置間でイオン電流密度Jsに差が生じ、特に両端(とりわけ横軸の450mmの位置)付近におけるイオン電流密度Jsが中央付近におけるイオン電流密度Jsに比べて顕著に小さくなる。これは、図5を参照しながら説明したように、コイル電流Ib(磁界印加用電力Em)が大きいほど、垂直方向におけるプラズマ300の拡散角度θaが小さくなること、つまり当該プラズマ300が絞られること、に起因する、と考えられる。このことを含め、この図8に示す実験結果によれば、コイル電流Imが10A以下であれば、真空槽12内の中心軸Xa上におけるホルダ34の保持部の位置から概ね400mmの位置までの範囲において、イオン電流密度Jsが概ね一様である、つまりプラズマ300の密度が概ね一様である、と推察される。なお、ここで言う400mmという寸法は、熱陰極22の長さ寸法Lfと同等であり、また、陽極24の開口部24aの長さ寸法Lbと同等である。即ち、垂直方向におけるプラズマ300の密度は、熱陰極22の長さ寸法Lfおよび陽極24の開口部24aの長さ寸法Lbと同等の範囲にわたって概ね一様である、と言える。
続いて、水平方向におけるプラズマ300の密度を検証する。まず、真空槽12の中心軸Xaと直交し、かつ、上述の水平軸Xbと直交する、直線を、仮想する。そして、この仮想直線上の互いに異なる複数の位置のそれぞれにファラデーカップをプラズマガン16(アパーチャ30の開口部30a)側に水平に向けた状態で設置する。そして、上述と同様、真空槽12内を真空引きした後、当該真空槽12内(筐体18内)にアルゴンガスを供給して、当該真空槽12内の圧力Pcを0.2Paに維持する。その上で、熱陰極22にカソード電力Ecを供給すると共に、陽極24にアノード電力Eaを供給し、さらに、電磁コイル32に磁界印加用電力Emを供給することで、プラズマ300を発生させる。そして、アノード電圧Vaを50V(一定)とすると共に、放電電流Idを40A(一定)とし、つまりプラズマガン16の出力Wgを2kWとする。この状態で、コイル電流Imを適宜に変化させて、このときのファラデーカップの出力に基づいて、真空槽12内の当該仮想直線上における各位置のイオン電流密度Jsを測定した。その結果を、図9に示す。図9の横軸は、中心軸Xa(または水平軸Xb)を基点とする仮想直線に沿う水平方向(言わば左右方向)への距離によって、当該仮想直線上における各位置を表している。
この図9示すように、コイル電流Imが大きいほど、各位置におけるイオン電流密度Jsが大きくなる。そして、中心軸Xa上の位置において、イオン電流密度Jsが最も大きく、いわゆるピークを示し、当該中心軸Xaから離れた位置ほど、イオン電流密度Jsが小さい。これは即ち、仮想直線に沿う方向、言わば左右方向、においては、プラズマ300の寸法が小さいことを、意味する。要するに、この図9に示す実験結果と、上述の図8に示す実験結果とから、プラズマ300は、水平軸Xbに直交する平面において垂直方向に延伸する細長い概略直線状であることが、確認された。
次に、本実施形態のプラズマ表面処理装置10によって実際にDLC膜を生成し、このDLC膜についての評価を行った。
まず、被処理物100として、直径が30mm、厚さ寸法が3mmのクロムモリブデン鋼(SCM415)製の円板体を用意する。そして、それぞれのホルダ30に、50mm×50mm×500mmの角柱状の治具を垂直方向に延伸するように装着し、この治具の長さ方向における略中央の側面に、被処理物100の一方主面を貼り付ける。その上で、真空槽12内を真空引きした後、上述の電熱ヒータを120℃程度まで加熱して、脱ガス処理を約30分間にわたって行う。そして、電熱ヒータの加熱を停止して、続いて、放電洗浄処理を行う。
この放電洗浄処理においては、アルゴンガスの供給流量を50mL/minとし、水素ガスの供給流量を50mL/minとする。そして、真空槽12内の圧力Pcを0.2Paに維持する。さらに、アノード電圧Vaを50Vとし、放電電流Idを20Aとし、つまりプラズマガン16の出力Wgを1kWとする。また、コイル電流Imを10Aとし、つまりプラズマガン16の筐体18内の中央における磁束密度Bを約60Gとする。加えて、バイアス電圧Vbを−600Vとし、バイアス電力Ebの周波数を100kHzとし、当該バイアス電力Ebのデューティ比を30%とする。この条件で放電洗浄処理を行い、これを20分間にわたって行う。そして、水素ガスの供給を停止して、続いて、中間層を生成するための成膜処理を行う。
中間層を生成するための成膜処理においては、アルゴンガスの流量を200mL/minとし、真空槽12内の圧力Pcを0.5Paに維持する。そして、マグネトロンスパッタカソード52のターゲット54に供給されるターゲット電力を8kWとする。さらに、バイアス電圧Vbを−100Vとする。なお、バイアス電力Ebの周波数およびデューティ比,アノード電圧Va,放電電流Id,コイル電流Imについては、放電洗浄処理時と同じである。この条件でクロム層を生成し、これを10分間にわたって行う。これにより、厚みが約0.15μmの当該クロム層が生成される。そして、窒素ガスを50mL/minの流量で供給することで、窒化クロム層を生成し、これを40分間にわたって行う。これにより、厚みが約0.7μmの当該窒化クロム層が生成される。さらに、窒素ガスの供給を停止して、改めてクロム層を生成し、これを10分間にわたって行う。これにより、厚みが約0.15μmの当該クロム層が生成される。即ち、クロム層と窒化クロム層とクロム層とから成る厚みが約1μmの中間層が生成される。そして、ターゲット54へのターゲット電力の供給を停止して、続いて、傾斜層を生成するための成膜処理を行う。
傾斜層を生成するための成膜処理においては、アルゴンガスの流量を50mL/minとする。そして、アノード電圧Vaを50Vとし、放電電流Idを10Aとし、つまりプラズマガン16の出力Wgを500Wとする。さらに、バイアス電圧Vbを−600Vとする。なお、バイアス電力Ebの周波数およびデューティ比,コイル電流Imについては、中間層を生成するための成膜処理時と同じである。そして、アセチレンガスを供給し、その流量を15分間という時間を掛けて150mL/minから300mL/minまで連続的(または段階的)に増大させる。併せて、TMSガスを供給し、その流量を当該15分間という同じ時間を掛けて60mL/minから30mL/minまで連続的(または段階的)に減少させる。この間、真空槽12内の圧力Pcを0.3Paに維持する。これにより、厚みが約0.3μmの傾斜層が生成される。そして、TMSガスの供給を停止して、続いて、DLC膜を生成するための成膜処理を行う。
DLC膜を生成するための成膜処理においては、アルゴンガスの流量を50mL/minとし、アセチレンガスの流量を300mL/minとする。併せて、酸素ガスを20mL/minの流量で供給する。そして、真空槽12内の圧力Pcを0.2Paに維持する。さらに、アノード電圧Vaを50Vとし、放電電流Idを40Aとし、つまりプラズマガン16の出力Wgを2kWとする。そして、バイアス電圧Vbを−100Vとする。なお、バイアス電力Ebの周波数およびデューティ比,コイル電流Imについては、傾斜層を生成するための成膜処理時と同じである。これにより、厚みが約3μmのDLC膜が生成される。そして、一連の表面処理を終了する。
これと同じ要領で表面処理を繰り返し行い、最後のDLC膜を生成するための成膜処理において、バイアス電圧Vbのみを変える。具体的には、バイアス電圧Vbを−200V,−300V,−400V,−500Vおよび−600とする。そして、それぞれの条件下で生成されたDLC膜について、いわゆるトライボロジー評価を行った。図10に、ヌープ硬度の評価結果を示す。そして、図11に、比摩耗量の評価結果を示す。なお、図11に係る比摩耗量の評価は、往復摺動試験機を用いて、大気中かつ無潤滑の環境下で行った。この往復摺動試験機のボールは、1/4インチのSUJ2製であり、当該ボールへの印加荷重は、1000gである。そして、摺動速度は、300mm/minであり、ストロークは、5mmである。また、サイクル数は、10000回であり、摺動時間は、6時間である。そして、摺動初期のヘルツの接触応力は、1.3GPaである。
図10に示すように、バイアス電圧Vb(の絶対値)が大きいほど、DLC膜のヌープ硬度が高く、つまり高硬度なDLC膜が得られる。そして、図11に示すように、バイアス電圧Vb(の絶対値)が大きいほど、DLC膜の比摩耗量が少なく、つまり耐摩耗性の高いDLC膜が得られる。即ち、バイアス電圧Vbによって、DLC膜の硬度および耐摩耗性が変わることが、確認された。なお、図示は省略するが、DLC膜の摩擦係数を評価したところ、当該摩擦係数については、バイアス電圧Vbによって変わらないことが、確認された。このDLC膜の摩擦係数は、概ね0.13〜0.15であり、つまり潤滑性の高いDLC膜が得られることが、確認された。
さらに、上述の治具に、その長さ方向に沿って上述と同じ円板体の被処理物100を複数貼り付けた上で、上述のトライボロジー評価時と同じ要領により一連の表面処理を行った。そして、この表面処理によって生成されたDLC膜について、治具の長さ方向、つまり垂直方向、における当該DLC膜の膜厚分布を測定した。その結果を、図12に示す。なお、最後のDLC膜を生成するための成膜処理におけるバイアス電圧Vbは、−600Vである。また、図12における横軸は、上述の図8と同様、ホルダ34の保持部を基点とする垂直方向への距離を示す。そして、図12の縦軸は、DLC膜の最も厚い部分の膜厚を1として正規化した膜厚を示す。さらに、この図12には、比較対象用として、上述の従来技術によって生成されたDLC膜の膜厚分布も示している。
この図12に示すように、本実施形態によれば、図8を参照しながら説明したホルダ34の保持部の位置から400mmの位置までの範囲において、DLC膜の膜厚がその均一性の目安である±15%以内に十分に収まっていることが、確認された。この膜厚分布は、従来技術における膜厚分布よりも均一であることが、分かる。
以上のように、本実施形態によれば、均一な膜厚分布のDLC膜を生成することができる。勿論、DLC膜に限らず、他の被膜を生成する場合にも、均一な膜厚分布を得ることができる。また、成膜処理に限らず、窒化処理等の当該成膜処理以外の表面処理においても、均一な処理を施すことができる。
さらに、本実施形態によれば、従来技術と比較して、次のような利点がある。
例えば、従来技術において、真空槽内に収容される被処理物の数を増やそうとすると、当該被処理物の公転経路の直径を大きくする必要がある。この場合、真空槽の直径(内径)を大きくする必要がある。また、これに伴い、プラズマと被処理物との間の距離が大きくなるので、当該プラズマの密度を高くする必要があり、つまりプラズマガンの出力を増大させる必要がある。特に、プラズマから被処理物に入射されるイオンの電流密度は、当該プラズマと被処理物との間の距離の2乗に反比例するため、例えば当該距離が2倍になると、プラズマガンの出力を4(=22)倍に増大させる必要がある。その一方で、プラズマガンの出力には限界があるので、プラズマと被処理物との間の距離をそれほど大きくすることはできず、つまり真空槽内に収容される被処理物の数をそれほど増やすことはできない。これとは別に、真空槽内の高さ寸法を大きくして、被処理物の公転経路を当該高さ方向に複数形成する構造(言い換えれば当該高さ方向に沿って複数の被処理物を並べる構造)も考えられるが、この場合、当該高さ方向におけるプラズマの密度を均一化させるために、真空槽の上下に設けられる一対の電磁コイルの直径を大きくする必要がある。ところが、この一対の電磁コイルは、プラズマ表面処理装置の構成要素のうちで最も高価なものであり、そのコストは、直径が大きいほど顕著に高騰する。従って、この別の構造によって真空槽内に収容される被処理物の数を増やすのは、現実的ではない。即ち、従来技術の言わば延長線によって真空槽内に収容される被処理物の数を増やすのには、無理がある。これは、従来技術においては、被処理物が自転しながらプラズマの周りを公転することによる。
これに対して、本実施形態において、真空槽12内に収容される被処理物100の数を増やすには、例えば当該被処理物100の公転経路の直径を大きくすればよく、つまり真空槽12の直径(内径)を大きくすればよい。そうするだけで、本実施形態によれば、真空槽12内に収容される被処理物100の数を増やすことができ、つまりより数多くの被処理物100を一度に処理することができ、より大規模な大量生産に対応することができる。このようなことができるのは、本実施形態によれば、被処理物100がプラズマ300の照射領域を自転しながら通過することによる。
また、本実施形態によれば、図13に示すような大型の被処理物100にも対応することができる。このような被処理物100としては、例えば直径が400mm〜600mm、高さ寸法が300mm〜400mmもあるような圧延ローラがある。従来技術では、このような大型の被処理物100に対応し得ないことは、容易に理解できる。
さらに例えば、図14に示すように、真空槽12の中心軸Xaの外周方向に沿って複数の、例えば2台の、プラズマガン16および16が設けられてもよい。この構成によれば、被処理物100の表面に2台のプラズマガン16および16からプラズマ300および300が照射されるので、表面処理の高速化が図られる。言い換えれば、当該表面処理に要する時間の短縮化が図られる。なお、図14においては、プラズマガン16の詳細な構成を含め、ここでの説明に不必要な要素を省略してある。この図14に示す構成は、図1に示した構成の如く複数の被処理物100,100,…を一度に処理する場合にも、適用できる。勿論、プラズマガン16の台数は、3台以上であってもよい。
また例えば、図15に示すように、真空槽12の中心軸Xaの延伸方向に沿って複数の、例えば2台のプラズマガン16および16が設けられてもよい。この構成によれば、当該図15に示すようなより長い被処理物100にも対応することができる。この場合、各プラズマガン16および16からのプラズマ300,300,…が互いに重複しないように、若しくは、適度に重複するように、当該各プラズマガン16および16の配置や出力Wg等が調整される。なお、図15においても、図14と同様、プラズマガン16の詳細な構成を含め、ここでの説明に不必要な要素を省略してある。この図15に示す構成は、図13および図14に示したような直径が大きい被処理物100、特にその上でより長い被処理物100、を処理する場合にも、適用できる。また、図1に示したような(図15のものよりも短い)被処理物100を真空槽12の中心軸Xaの長さ方向に複数並べることによって(言い換えれば図1に示したようなホルダ34とギア機構36と公転台38とから成る言わば自公転機構を真空槽12の中心軸Xaの延伸方向に複数設けることによって)、より数多くの被処理物100を一度に処理することができる。勿論この場合も、プラズマガン16の台数は、3台以上であってもよい。
本実施形態は、飽くまでも本発明の一具体例であり、本発明の範囲を限定するものではない。即ち、本実施形態で説明した内容に限らず、別の形態によって、本発明を実現してもよい。