JP2015104757A - 高速切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性と耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具 - Google Patents

高速切削加工で硬質被覆層がすぐれた耐摩耗性と耐チッピング性を発揮する表面被覆切削工具 Download PDF

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Abstract


【課題】耐ピッチング性、耐摩耗性にすぐれた表面被覆切削工具を提供する。
【解決手段】工具基体の表面に、(a)薄層Aと薄層Bとの積層または交互積層構造を有する合計平均膜厚が1〜10μmのAlTi複合窒化物層からなり、(b)薄層Aは、逃げ面とすくい面の交差稜線部から100μm以内の領域において、Al含有割合が0.65〜0.75(但し、原子比)で粒径0.05μm以下の結晶粒のみからなり、(c)薄層Bは、Al含有割合が0.50〜0.60(但し、原子比)で、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μm以内の領域において、粒径1.0μm以上の結晶粒径長の割合が50〜90%、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μmを超え100μm以内の領域において、粒径1.0μm以上の結晶粒径長の割合が50%未満を占め、(d)薄層Aは立方晶と六方晶の混晶、薄層Bは立方晶の単晶である。
【選択図】図3

Description

本発明は、硬質被覆層がすぐれた高温硬さ、高温強度、高温耐酸化性を備えるとともに、すぐれた潤滑性をも有し、したがって、高熱発生を伴うと共に、大きな断続的・機械的負荷がかかる軟鋼、ステンレス鋼、高マンガン鋼等の高速切削加工に用いた場合にすぐれた耐摩耗性を発揮し、長期に亘ってすぐれた工具特性を示す表面被覆切削工具(以下、被覆工具という)に関するものである。
一般に、表面被覆切削工具には、各種の鋼や鋳鉄などの被削材の旋削加工や平削り加工にバイトの先端部に着脱自在に取り付けて用いられるインサート、前記被削材の穴あけ切削加工などに用いられるドリルやミニチュアドリル、さらに前記被削材の面削加工や溝加工、肩加工などに用いられるソリッドタイプのエンドミルなどがあり、また前記インサートを着脱自在に取り付けて前記ソリッドタイプのエンドミルと同様に切削加工を行うインサート式エンドミル工具などが知られている。
従来、被覆工具の一つとして、例えば、炭化タングステン(以下、WCで示す)基超硬合金または炭窒化チタン(以下、TiCNで示す)基サーメットで構成された基体(以下、これらを総称して工具基体という)の表面に、硬質被覆層として、均一組成のTiとAlの複合炭窒化物((Ti,Al)(C,N))層を設けた被覆工具が知られている。
また、前記(Ti,Al)(C,N)層に、微量のSi、B、Zr、Y、V、W、Nb、Moから選ばれる1種または2種以上の成分(以下、M成分と記す)を添加含有させた(Ti,Al,M)(C,N)層を蒸着形成した被覆工具も知られており、硬質被覆層のAlによって高温硬さと耐熱性、同Tiによって高温強度、また、TiとAlが共存含有した状態で高温耐酸化性が向上すること、さらに、Si、B、Zr、Y等の添加含有させたM成分の種類に応じて、耐熱塑性変形性、熱伝導性、高温耐酸化性等の特性が向上することが知られており、そして、これらの被覆工具を各種の一般鋼や普通鋳鉄などの連続切削や断続切削に用いることも知られている(特許文献1参照)。
また、他の被覆工具としては、例えば、WC基超硬合金またはTiCN基サーメットで構成された工具基体の表面に、硬質被覆層として、立方晶構造のNbNと六方晶構造のNbNの交互積層構造からなり、全膜中の六方晶構造のNbNの割合が60〜85%であることにより、高硬度鋼などを切削する場合において、硬質被覆層がすぐれた潤滑性と耐摩耗性を発揮することも知られている(特許文献2参照)。
さらに、他の被覆工具としては、例えば、切削工具基体にCr窒化物からなるA層とTiAl窒化物からなるB層とを交互積層した硬質被覆層を形成した被覆切削工具において、前記A層が少なくとも2種以上の結晶構造を有するものとしたことにより、被削材との凝着および溶着現象等に起因した摩擦抵抗の増加を抑制し皮膜剥離および熱クラックによる異常摩耗の生じることのない耐凝着皮膜と、耐酸化性および耐摩耗性にすぐれた硬質皮膜とが複合化された層となり、その結果、高速切削加工において格段に長い工具寿命が得られることが知られている(特許文献3参照)。
さらに、前述のような従来の被覆工具が、例えば、図1に概略説明図で示される物理蒸着装置の1種であるアークイオンプレーティング(AIP)装置に工具基体を装入し、装置内を、例えば500℃の温度に加熱した状態で、硬質被覆層の組成に対応した合金がセットされたカソード電極(例えば、(Cr,Al,M)N層を形成するためには、Cr−Al−M合金、また、(Al,Ti)N層を形成するためには、Ti−Al合金)とアノード電極との間に、例えば電流:90Aの条件でアーク放電を発生させ、同時に装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して、例えば2Paの反応雰囲気とし、一方、前記工具基体には、例えば、−100Vのバイアス電圧を印加した条件で、前記工具基体表面に、硬質被覆層(例えば、(Al,Ti)N層、(Cr,Al,M)N層)を蒸着することにより製造されることも知られている。
特開2009−101491号公報 特開2012−81548号公報 特許第3404003号公報
近年の切削加工装置の高性能化はめざましく、一方で切削加工に対する省力化および省エネ化、さらに低コスト化の要求は強く、これに伴い、切削加工は高速化の傾向にあるが、例えば、硬質被覆層として、(Ti,Al,M)N層等を蒸着形成した従来被覆工具においては、これを鋼や鋳鉄の通常条件での切削に用いた場合には格別問題はないが、特に、切削時に高熱発生を伴い、かつ、切刃部に対して大きな衝撃的・機械的負荷がかかる軟鋼、ステンレス鋼、高マンガン鋼等の高速切削条件で用いた場合には、硬質被覆層の高温強度および潤滑性が不足するために、硬質被覆層には欠損、偏摩耗、チッピング等が発生しやすく、また、硬質被覆層として、(Ti,Al)系炭窒化物層を蒸着形成した従来被覆工具においては、軟鋼、ステンレス鋼、高マンガン鋼等の高速切削条件下では、耐摩耗性が満足できるものではないため、いずれの従来被覆工具においても、比較的短時間で使用寿命に至るのが現状である。
そこで、本発明者らは、前述のような観点から、特に軟鋼、ステンレス鋼、高マンガン鋼等の難削材の高速切削加工で、硬質被覆層がすぐれた高温硬さ、高温強度、高温耐酸化性を備えるとともに、すぐれた潤滑性と耐摩耗性を発揮する被覆工具を開発すべく、前記従来被覆工具の硬質被覆層に着目し、研究を行った結果、以下の知見を得た。
(a)硬質被覆層が、(Al,Ti)N層で構成された従来被覆工具において、硬質被覆層の構成成分であるAlは高温硬さと耐熱性を向上させ、Tiは高温強度を向上させると共に、AlとTiが共存含有した状態で高温耐酸化性を向上させるという特性を発揮すること。
(b)従来被覆工具の硬質被覆層を構成する(Al,Ti)N層のAlとTiの含有割合を、組成式:(AlTi1−a)Nで表した場合、Alの含有割合aが少ない場合(例えば、0.60>a)には、(Al,Ti)N層は立方晶構造の(Al,Ti)N層であるが、Al含有割合aを、例えば、a≧0.70というように増加させると、その結晶構造は、立方晶構造と六方晶構造の混晶の結晶構造に変化し、そして、このような立方晶構造と六方晶構造の混晶の結晶構造を有する(Al,Ti)N層は、潤滑特性が向上するようになるが、前記立方晶構造と六方晶構造の混晶の結晶構造を有する(Al,Ti)N層は、立方晶構造の(Al,Ti)N層に比して十分な高温硬さを備えていないため、立方晶構造と六方晶構造の混晶の結晶構造を有する(Al,Ti)N層を、硬質被覆層として単独で蒸着形成することによっては、高速切削加工条件下では満足できる耐摩耗性を得ることはできないこと。
(c)すぐれた高温硬さを有する立方晶構造を有する(Al,Ti)N層を薄層Bとし、また、すぐれた潤滑特性を有する立方晶構造と六方晶構造の混晶の結晶構造を有する(Al,Ti)N層を薄層Aとし、工具基体上に薄層Aと薄層Bとからなる二層積層を構成し、あるいは、薄層Aと薄層Bの交互積層構造からなる硬質被覆層を構成すると、薄層Aと薄層Bは、それぞれの特性を害することなく、硬質被覆層全体として、すぐれた潤滑性を備え所定の耐摩耗性を発揮するようになるが、切刃部に大きな衝撃的・機械的負荷が加わる高速切削という厳しい条件の切削加工では、特に工具基体と硬質被覆層間の密着強度が十分でないために、硬質被覆層の剥離、欠損、チッピングが発生しやすいこと。
(d)交互積層を構成する薄層Aと薄層Bの結晶粒径に着目して鋭意研究した結果、薄層Aの結晶粒径の方が薄層Bの結晶粒径の方よりも相対的に小さくするとともに、逃げ面とすくい面の交差稜線部からから20μm以内の領域における薄層Bに含まれる結晶粒と逃げ面とすくい面の交差稜線部からから20μmを超え100μm以内の領域における薄層Bに含まれる結晶粒とを比較した場合、前者の方が相対的に大きな結晶粒の存在割合を大きくすることによって、切刃部に大きな衝撃的・機械的負荷が加わる高速切削という厳しい条件の切削加工においても、硬質被覆層全体として、すぐれた高温強度を有するとともにすぐれた潤滑性を示し、剥離、欠損、チッピングを発生することなくすぐれた耐摩耗性を長期に亘って発揮するようになること。
(e)従来のAIP法による(Al,Ti)N層からなる硬質被覆層の成膜に際し、工具基体とターゲット間に磁場をかけ、ターゲット表面磁力を変量として硬質被覆層の組織構造に及ぼす磁場の影響を調査検討したところ、AIP法による硬質被覆層の成膜を所定強度の磁場中で行うことによって、硬質被覆層を構成する結晶粒の粒径、形成領域およびその分布を調整することができ、そのような硬質被覆層は、軟鋼、ステンレス鋼、高マンガン鋼等の難削材の高速切削加工において、すぐれた高温硬さ、高温強度、高温耐酸化性を備えるとともに、すぐれた潤滑性と耐摩耗性を発揮すること。
本発明は、前記の知見に基づいてなされたものであって、
「(1) 炭化タングステン基超硬合金で構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、前記硬質被覆層は、
(a)前記工具基体側から、薄層Aと薄層Bとの積層構造または交互積層構造を有し、最表面層が薄層Bである合計平均膜厚が1〜10μmのAlとTiの複合窒化物層からなり、
(b)前記薄層Aは、逃げ面とすくい面の交差稜線部から100μm以内の領域において、AlとTiの合量に占めるAlの含有割合が0.65〜0.75(但し、原子比)で粒径0.05μm以下の結晶粒のみからなり、
(c)前記薄層Bは、AlとTiの合量に占めるAlの含有割合が0.50〜0.60(但し、原子比)で、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μm以内の領域において粒径1.0μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合が50〜90%を占め、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μmを超え100μm以内の領域において粒径1.0μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合が50%以下を占め、
(d)前記薄層Aは立方晶結晶格子の(200)面からのX線回折強度のピーク強度I(f)と六方晶結晶格子の(100)面からのX線回折強度のピーク強度I(h)の比の値I(f)/I(h)が、0.1≦I(f)/I(h)≦2.0を満足する立方晶と六方晶の混晶の結晶構造、前記薄層Bは立方晶のみの結晶構造であることを特徴とする表面被覆切削工具。
(2) 前記逃げ面とすくい面の交差稜線部から100μm以内の領域において、前記薄層Aおよび薄層Bの平均層厚は、それぞれ0.5〜5.0μmであることを特徴とする(1)に記載の表面被覆切削工具。
(3) 前記逃げ面とすくい面の交差稜線部から100μm以内の領域において、前記薄層Aおよび薄層Bの合計総数が、2〜20層であることを特徴とする(2)に記載の表面被覆切削工具。」
に特徴を有するものである。
つぎに、本発明の被覆工具の硬質被覆層に関し、より詳細に説明する。
本発明の被覆工具の硬質被覆層は、炭化タングステン基超硬合金からなる工具基体の表面に蒸着形成され、組成式:(AlTi1−a)N(a=0.65〜0.75)の成分系からなる平均層厚0.5〜5.0μmの立方晶結晶構造と六方晶結晶構造とが混在している薄層Aと組成式:(AlTi1−b)N(b=0.50〜0.60)の成分系からなる平均層厚0.5〜5.0μmの立方晶結晶構造のみからなる薄層Bとからなる二層積層構造または交互積層構造の複合窒化物層を主たる構成要素としている。
その上で、硬質被覆層が、次のような構造をとるとき、きわめてすぐれた切削性能を示すことを見出した。
(ア)硬質被覆層の組成:
本発明の硬質被覆層は、工具基体側から組成式:(AlTi1−a)N(a=0.65〜0.75)の成分系からなるAlとTiの複合窒化物層からなる薄層Aと、組成式:(AlTi1−b)N(b=0.50〜0.60)の成分系からなるAlとTiの複合窒化物層からなる薄層Bとの二層積層構造、または、薄層Aと薄層Bとが交互に所定の積層回数繰り返される交互積層構造により構成される。
ここで薄層Aは、立方晶と六方晶との混晶とする必要があり、そのため、AlとTiの合量に占めるAlの含有割合aは、0.65〜0.75とする。
また、薄層Bは、立方晶の単晶とする必要があり、そのため、AlとTiの合量に占めるAlの含有割合bは、0.50〜0.60とする。
(イ)薄層Aを構成する結晶粒:
薄層Aは粒径0.05μm以下の結晶粒のみからなることにより耐チッピング性および耐摩耗性を向上させることができる。
(ウ)薄層Bを構成する結晶粒:
薄層Bを構成する結晶粒の大きさを制御することにより、硬質被覆層の耐チッピング性および耐摩耗性を向上させることができるが、本発明者らが逃げ面とすくい面との交差稜線部から20μm以内の領域と20μmを超えて100μm以内の領域における結晶粒の大きさをそれぞれ制御することによって、切削性能を一層向上させることができるという知見を得た。
具体的には、逃げ面とすくい面との交差稜線部から20μm以内の領域においては、粒径1μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合が50%未満であると硬さが低下するため耐摩耗性が悪くなる。一方、90%を超えると結晶粒界が減少するため耐チッピング性が低下する。
また、逃げ面とすくい面との交差稜線部から20μmを超えて100μm以内の領域においては、粒径1μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合が50%を超えると粒径が大きすぎるため耐クラック性が悪くなり、刃先にクラックが集中し、刃先近傍で膜の欠損が発生しやすくなる。
以上のような理由から、薄層Bを構成する結晶粒は、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μm以内の領域においては、粒径1μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合が50〜90%、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μmを超え100μm以内の領域においては、粒径1.0μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合が50%以下と定めた。
(エ)薄層Aの結晶構造:
薄層Aは立方晶構造と六方晶構造の混晶とすることにより、高速切削時における切削性能が向上する。しかしながら、立方晶結晶格子の(200)面からのX線回折強度(XRD)のピーク強度I(f)と、六方晶結晶格子の(100)面からのX線回折強度(XRD)のピーク強度I(h)の比の値I(f)/I(h)が0.1未満であると立方晶構造に比べ硬さの点で劣る六方晶構造を有する結晶粒が増えるため硬さが低下し、耐摩耗性が悪くなる。一方、2.0を超えるとほぼ立方晶構造を有する結晶粒のみになるため高速切削時における潤滑性が低下するため好ましくない。したがって、立方晶結晶格子の(200)面からのX線回折強度(XRD)のピーク強度I(f)と、六方晶結晶格子の(100)面からのX線回折強度(XRD)のピーク強度I(h)の比の値I(f)/I(h)を0.1〜2.0と定めた。
なお、立方晶構造の(Ti,Al)N層からなる薄層Bと、立方晶構造と六方晶構造の混晶の(Ti,Al)N層からなる薄層Aとは同一あるいは類似成分系の硬質被覆層であるため、異成分系の薄層Aと薄層Bとの交互積層に比して、薄層Aと薄層B間の付着強度も大であり、硬質被覆層全体としての高温強度向上に寄与するばかりか、層間剥離等の生じる恐れもない。
(オ)硬質被覆層、薄層A、薄層Bの平均層厚:
薄層Aは、一層の平均層厚が0.5μm未満では、自身のもつすぐれた耐摩耗性を長期に亘って十分発揮することができず、工具寿命短命の原因となり、一方、5.0μmを越えると、チッピングが発生し易くなる。したがって、その平均層厚を0.5〜5.0μmとすることが好ましい。
また、薄層Bについても、一層の平均層厚が0.5μm未満では、自身のもつすぐれた耐摩耗性を長期に亘って十分発揮することができず、工具寿命短命の原因となり、一方、5.0μmを越えると、チッピングが発生し易くなる。したがって、その平均層厚を0.5〜5.0μmとすることが好ましい。
さらに、薄層Aと薄層Bを積層して形成した二層積層または薄層Aと薄層Bを交互に積層して形成した交互積層について、その合計平均層厚、すなわち、硬質被覆層の平均層厚が1.0μm未満では、自身のもつすぐれた潤滑性と耐摩耗性を長期に亘って発揮することができないため好ましくない。一方、10.0μmを越えると、チッピングが発生し易くなるため好ましくない。したがって、その平均層厚を1.0〜10.0μmとすることが必要である。この平均層厚から薄層Aおよび薄層Bの合計層数を逆算することにより、合計層数は2〜20層が好ましい。
(カ)薄層Aおよび薄層Bの結晶構造および結晶粒経の制御方法:
前述したような薄層Aおよび薄層Bの結晶構造および結晶粒径を逃げ面とすくい面との交差稜線部からの距離に応じて制御する成膜方法としては、アークイオンプレーティング法において、後述する実施例において詳述したように、ターゲット表面磁力を変化させることによって所望の結晶構造および結晶粒径に制御できるという新規な知見を得て、本発明を完成するに至った。
本発明の被覆工具は、硬質被覆層が、立方晶と六方晶の混晶の結晶構造を有する(Ti,Al)N層からなる薄層Aと、立方晶のみからなる薄層Bの二層積層または交互積層構造として構成され、かつ、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μm以内の領域と20μmを超え100μm以内の領域において、それぞれ、薄層Bの結晶粒の大きさを規定することにより、すぐれた高温硬さ、高温強度、高温耐酸化性に加え、すぐれた潤滑性をも有することから、特に高熱発生を伴い、大きな断続的・機械的負荷がかかる軟鋼、ステンレス鋼、高マンガン鋼等の難削材の高速切削加工でも、硬質被覆層が剥離、欠損、チッピング等を発生することなく、すぐれた耐摩耗性を長期に亘って発揮するものであり、その効果は絶大である。
通常のアークイオンプレーティング装置の概略説明図である。 本発明表面被覆切削工具を構成する硬質被覆層を形成するのに用いたアークイオンプレーティング装置を示し、(a)は概略平面図、(b)は概略正面図である。 薄層Aにおける粒径及び薄層Bにおける粒径1.0μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合を算出するための概念図を示す。
本発明の表面被覆切削工具は、炭化タングステン基超硬合金で構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、硬質被覆層は、(a)前記工具基体側から、薄層Aと薄層Bとの積層構造または交互積層構造を有し、最表面層が薄層Bである合計平均膜厚が1〜10μmのAlとTiの複合窒化物層からなり、(b)前記薄層Aは、逃げ面とすくい面の交差稜線部から100μm以内の領域において、AlとTiの合量に占めるAlの含有割合が0.65〜0.75(但し、原子比)で粒径0.05μm以下の結晶粒のみからなり、(c)前記薄層Bは、AlとTiの合量に占めるAlの含有割合が0.50〜0.60(但し、原子比)で、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μm以内の領域において、粒径1.0μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合が50〜90%を占め、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μmを超え100μm以内の領域において、粒径1.0μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合が50%未満を占め、(d)前記薄層Aは立方晶結晶格子の(200)面からのX線回折強度のピーク強度I(f)と六方晶結晶格子の(100)面からのX線回折強度のピーク強度I(h)の比の値I(f)/I(h)が、0.1≦I(f)/I(h)≦2.0を満足する立方晶と六方晶の混晶の結晶構造、前記薄層Bは立方晶のみの結晶構造であるという本発明に特有の構成を有し、高速切削加工においても一層長寿命化が図れるという本発明に特有の効果を奏するものであれば、その具体的な実施の形態は、特に限定されるものではない。
つぎに、本発明の被覆工具を実施の形態を実施例に基づき、より具体的に説明する。
原料粉末として、平均粒径:5.5μmを有する中粗粒WC粉末、同0.8μmの微粒WC粉末、同1.3μmのTaC粉末、同1.2μmのNbC粉末、同1.2μmのZrC粉末、同2.3μmのCr粉末、同1.5μmのVC粉末、同1.0μmの(Ti,W)C[質量比で、TiC/WC=50/50]粉末、および同1.8μmのCo粉末を用意し、これら原料粉末をそれぞれ表1に示される配合組成に配合し、さらにワックスを加えてアセトン中で24時間ボールミル混合し、減圧乾燥した後、100MPaの圧力で所定形状の各種の圧粉体にプレス成形し、これらの圧粉体を、6Paの真空雰囲気中、7℃/分の昇温速度で1370〜1470℃の範囲内の所定の温度に昇温し、この温度に1時間保持後、炉冷の条件で焼結して、直径が8mm、13mm、および26mmの3種の超硬基体形成用丸棒焼結体を形成し、さらに前記の3種の丸棒焼結体から、研削加工にて、表1に示される組合せで、切刃部の直径×長さがそれぞれ6mm×13mm、10mm×22mm、および20mm×45mmの寸法、並びにいずれもねじれ角30度の4枚刃スクエア形状をもったWC基超硬合金製の工具基体(エンドミル)C−1〜C−8をそれぞれ製造した。
(a)ついで、前記の工具基体C−1〜C−8のそれぞれを、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、図2に示されるアークイオンプレーティング装置内の回転テーブル上の中心軸から半径方向に所定距離離れた位置に外周部に沿って装着し、一方にボンバード洗浄用のTiカソード電極を、他方側に所定成分組成の薄層A形成用Al−Ti合金からなるターゲット(カソード電極)、および、同じく所定成分組成の薄層B形成用Al−Ti合金からなるターゲット(カソード電極)を、回転テーブルを挟んで対向配置し、
(b)まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒータで装置内を500℃に加熱した後、回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、前述のTiカソード電極とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生させ、それによって、工具基体表面をボンバード洗浄し、
(c)ついで、装置内に導入する反応ガスとしての窒素ガスの流量を調整して2Paの反応雰囲気とすると共に、回転テーブル上で自転しながら回転する工具基体に−50Vの直流バイアス電圧を印加し、薄層A形成用Al−Ti合金ターゲットの表面中心から工具基体までの積算磁力が200〜300mT×mmの範囲内となるように種々の磁場を印加して、薄層A形成用Al−Ti合金ターゲットとアノード電極との間に50〜100Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させて、所定の目睫層厚の薄層Aを形成し、薄層A形成後、アーク放電を停止し、代って薄層B形成用Al−Ti合金ターゲットとアノード電極間に同じく50〜100Aの範囲内の所定の電流を流してアーク放電を発生させて、所定の目標層厚の薄層Bを形成した。
(d)前記(c)で説明した薄層Aと薄層Bの形成を所定の回数繰り返し行うことにより、工具基体の表面に、層厚方向に沿って表2に示される組成および平均層厚の薄層Aと薄層Bの積層または交互積層構造からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、硬質被覆層が、立方晶構造と六方晶構造との混晶の(Al,Ti)N層と立方晶構造の(Al,Ti)N層との積層または交互積層構造を有する本発明表面被覆切削工具としての本発明表面被覆超硬製エンドミル(以下、本発明被覆エンドミルと云う)1〜8をそれぞれ製造した。
ここで積算磁力の算出方法を以下に記述する。磁束密度計にて、Al−Ti合金ターゲット中心から工具基体の位置までの直線上を10mm間隔で磁束密度を測定する。磁束密度は単位mT(ミリテスラ)で表し、ターゲット表面から工具基体の位置までの距離は単位mm(ミリメートル)で表す。さらに、ターゲット表面から工具基体の位置までの距離を横軸とし、磁束密度を縦軸のグラフで表現した場合、面積に相当する値を積算磁力(mT×mm)と定義する。ここで工具基体の位置は、Al−Ti合金ターゲットに最近接する位置とする。なお、磁束密度の測定は、磁場を形成している状態で大気圧下にて事前に放電させていない状態で測定した。
なお、図2に示すAIP装置では、工具基体がAl−Ti合金ターゲットに最接近する際に、逃げ面の一部又は全部とAl−Ti合金ターゲット面が水平となるように装着支持されている。
粒径1.0μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合の算出方法は以下の通りである。図3に示すように、工具基体刃先から逃げ面側の断面を切り出し、その断面をSEMにて観察する。薄層Aならびに薄層Bの境界部間の中間領域(それぞれの薄層が表面ならびに界面に存在する場合は、表面ならびに界面と薄層A・B間の境界部との中間領域)にて、工具基体表面と平行に直線を引き、結晶粒界間の距離を結晶幅と定義する。逃げ面とすくい面の交差稜線部から10μm離れた位置を中心とした幅20μmの範囲に存在する結晶の結晶幅を測定し、測定した全結晶幅の和に対する結晶幅が1.0μm以上の結晶の幅の和の割合を「交差稜線部から20μm以内の領域における1.0μm以上の結晶粒径長の割合(長さ%)」とした。また、逃げ面とすくい面の交差稜線部から60μm離れた位置を中心とした幅80μmの範囲に存在する結晶の結晶幅を測定し、測定した全結晶幅の和に対する結晶幅が1.0μm以上の結晶の幅の和の割合を「交差稜線部から20μmを超え100μm以内の領域における1.0μm以上の結晶粒径長の割合(長さ%)」とした。
薄層Aにおける粒径の測定方法は以下の通りである。図3に示すように、薄層Aならびに薄層Bの境界部間の中間領域(それぞれの薄層が表面ならびに界面に存在する場合は、表面ならびに界面と薄層A・B間の境界部との中間領域)にて、工具基体表面と平行に直線を引き、結晶粒界間の距離を結晶幅と定義する。逃げ面とすくい面の交差稜線部から50μm離れた位置を中心とした幅100μmの範囲に存在する結晶の結晶幅を測定し、測定した結晶幅が0.05μm以下の結晶粒を「粒径0.05μm以下の結晶粒」とした。
膜厚の算出方法を以下に記述する。工具基体刃先から逃げ面側の断面を切り出し、その断面をSEMにて観察し、逃げ面とすくい面の交差稜線部から25μm、50μmならびに75μm離れた位置における膜厚を測定し、その3点の平均値を平均膜厚とした。
XRD測定結果について以下に記述する。CuのKα線を用いたθ−2θ法によるX線回折強度を測定し、立方晶結晶格子の(200)面からのX線回折強度のピーク強度I(f)と六方晶結晶格子の(100)面からのX線回折強度のピーク強度I(h)の比の値I(f)/I(h)を算出した。
また、比較の目的で、これら工具基体C−1〜C−8を、アセトン中で超音波洗浄し、乾燥した状態で、それぞれ図1に示されるアークイオンプレーティング装置に装入し、カソード電極(蒸発源)としてAl−Ti合金を装着し、まず、装置内を排気して0.1Pa以下の真空に保持しながら、ヒータで装置内を500℃に加熱した後、前記工具基体に−1000Vの直流バイアス電圧を印加し、かつ、カソード電極のAl−Ti合金とアノード電極との間に100Aの電流を流してアーク放電を発生さて工具基体表面をAl−Ti合金でボンバード洗浄し、ついで装置内に反応ガスとして窒素ガスを導入して3Paの反応雰囲気とすると共に、工具基体に印加するバイアス電圧を−100Vに下げて、Al−Ti合金のカソード電極とアノード電極との間にアーク放電を発生させて工具基体C−1〜C−8のそれぞれの表面に、表3に示される組成および層厚の単一相・単一結晶構造を有する立方晶結晶構造の(Al,Ti)N層からなる硬質被覆層を蒸着形成することにより、比較表面被覆超硬製エンドミル(以下、比較被覆エンドミルと云う)1〜8をそれぞれ製造した。
つぎに、本発明被覆エンドミル1〜8および比較被覆エンドミル1〜8のうち、本発明被覆エンドミル1〜3および比較被覆エンドミル1〜3については、
被削材−平面:100mm×250mm、厚さ:50mmの寸法のJIS・SS400の板材、
切削速度: 50 m/min.、
溝深さ(切り込み): 3 mm、
テーブル送り: 350 mm/min.、
の条件での軟鋼の乾式高速溝切削加工試験(通常の切削速度は、30m/min.)を行い、本発明被覆エンドミル4〜6および比較被覆エンドミル4〜6については、
被削材−平面:100mm×250mm、厚さ:50mmの寸法のJIS・SUS304の板材、
切削速度: 55 m/min.、
溝深さ(切り込み): 4 mm、
テーブル送り: 350 mm/min.、
の条件でのステンレス鋼の乾式高速溝切削加工試験(通常の切削速度は、40m/min.)を行い、本発明被覆エンドミル7,8および比較被覆エンドミル7,8については、
被削材−平面:100mm×250mm、厚さ:50mmの寸法のJIS・SCMnH2の板材、
切削速度: 45 m/min.、
溝深さ(切り込み): 8 mm、
テーブル送り: 200 mm/min.、
の条件での高マンガン鋼の乾式高速溝切削加工試験(通常の切削速度は、35m/min.)を行い、
前述のいずれの溝切削加工試験でも、切刃部の外周刃の逃げ面摩耗幅が使用寿命の目安とされる0.1mmに至るまでの切削溝長を測定した。その測定結果を表2、3にそれぞれ示した。
この結果得られた本発明表面被覆切削工具としての本発明被覆エンドミル1〜8の硬質被覆層を構成する薄層Aおよび薄層Bのそれぞれの組成を、また、比較表面被覆切削工具としての比較被覆エンドミル1〜8の硬質被覆層の組成を、EPMAを用いて交差稜線部から100μmまでの範囲の位置で5点測定を行いそれらの平均値を算出したところ、それぞれ目標組成と実質的に同じ組成を示した。
また、前記硬質被覆層の各構成層の平均層厚を、透過型電子顕微鏡を用いて断面測定したところ、いずれも目標層厚と実質的に同じ平均値(5ヶ所の平均値)を示した。
さらに、本発明被覆エンドミル1〜8の薄層A、薄層Bを構成する(Al,Ti)N層および比較被覆エンドミル1〜8の硬質被覆層を構成する(Al,Ti)N層について、結晶構造をX線回折により求め、その結果を表2、3に示した。
また、本発明被覆エンドミル1〜8の薄層Aを構成する組成の(Al,Ti)N層については、X線回折により測定した立方晶構造の(200)面からの回折ピーク強度I(f)と、六方晶構造の(100)面からの回折ピーク強度I(h)との比の値I(f)/I(h)についても、表2に示した。
表2、3に示される結果から、本発明被覆エンドミル1〜8は、硬質被覆層が、薄層Aと薄層Bの積層または交互積層構造とからなる複合窒化物層であり、前記複合窒化物層は層間付着強度が大であるとともに、特に、薄層Bがすぐれた耐摩耗性を、また、薄層Aがすぐれた潤滑性を備え、また、薄層Aがすぐれた高温強度を備えると共に工具基体への硬質被覆層の密着強度を高めているので、硬質被覆層は全体としてこれらのすぐれた特性を兼ね備えたものとなり、その結果、高熱発生を伴うとともに、切刃部に対して大きな衝撃的・機械的負荷がかかる軟鋼、ステンレス鋼、高マンガン鋼等の難削材の高速切削加工でも、すぐれた耐摩耗性を発揮するのに対して、硬質被覆層が単一相・単一結晶構造の(Al,Ti)N層からなる比較被覆エンドミル1〜8は、特に硬質被覆層の潤滑性不足、高温強度不足が原因で切刃部にチッピング、欠損が生じ、また、摩耗の進行が早く、比較的短時間で使用寿命に至ることが明らかである。
前述のように、本発明の表面被覆切削工具は、各種の鋼や鋳鉄などの通常の切削条件での切削加工は勿論のこと、特に高熱発生を伴うとともに、切刃部に対して大きな衝撃的・機械的負荷がかかる軟鋼、ステンレス鋼、高マンガン鋼等の難削材の高速切削加工でも、すぐれた耐摩耗性を発揮し、長期に亘ってすぐれた切削性能を示すものであるから、切削加工装置の高性能化、並びに切削加工の省力化および省エネ化、さらに低コスト化に十分満足に対応できるものである。



Claims (3)

  1. 炭化タングステン基超硬合金で構成された工具基体の表面に、硬質被覆層を蒸着形成した表面被覆切削工具において、前記硬質被覆層は、
    (a)前記工具基体側から、薄層Aと薄層Bとの積層構造または交互積層構造を有し、最表面層が薄層Bである合計平均膜厚が1〜10μmのAlとTiの複合窒化物層からなり、
    (b)前記薄層Aは、逃げ面とすくい面の交差稜線部から100μm以内の領域において、AlとTiの合量に占めるAlの含有割合が0.65〜0.75(但し、原子比)で粒径0.05μm以下の結晶粒のみからなり、
    (c)前記薄層Bは、AlとTiの合量に占めるAlの含有割合が0.50〜0.60(但し、原子比)で、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μm以内の領域において粒径1.0μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合が50〜90%を占め、逃げ面とすくい面の交差稜線部から20μmを超え100μm以内の領域において粒径1.0μm以上の結晶粒の結晶粒径長の割合が50%未満を占め、
    (d)前記薄層Aは立方晶結晶格子の(200)面からのX線回折強度のピーク強度I(f)と六方晶結晶格子の(100)面からのX線回折強度のピーク強度I(h)の比の値I(f)/I(h)が、0.1≦I(f)/I(h)≦2.0を満足する立方晶と六方晶の混晶の結晶構造、前記薄層Bは立方晶のみの結晶構造であることを特徴とする表面被覆切削工具。
  2. 前記逃げ面とすくい面の交差稜線部から100μm以内の領域において、前記薄層Aおよび薄層Bの平均層厚は、それぞれ0.5〜5.0μmであることを特徴とする請求項1に記載の表面被覆切削工具。
  3. 前記逃げ面とすくい面の交差稜線部から100μm以内の領域において、前記薄層Aおよび薄層Bの合計総数が、2〜20層であることを特徴とする請求項2に記載の表面被覆切削工具。
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