(実施形態1)
本実施形態の移動体検出装置10は、図1に示すように、送波部1と、受波部2と、処理部3と、判定部4と、生成部5とを備えている。
送波部1は、対象空間に疎密波または電磁波からなる出力波を送波する。受波部2は、前記対象空間内での前記出力波の反射波を受波し、当該反射波を電気信号からなる受波信号に変換する。
処理部3は、前記受波信号の瞬時値がとり得る全範囲のうち基準値を基準とする抽出範囲の受波信号を対象として、前記出力波の周波数に基づいて予め設定されたサンプリング周波数で前記受波信号の瞬時値をデジタル値からなる信号値に変換する。判定部4は、前記反射波の周波数偏移により前記信号値に生じる時間経過に伴う変化に基づいて前記対象空間内の移動体の有無を判定する。
生成部5は、前記信号値が前記抽出範囲の下限値より大きく且つ前記抽出範囲の上限値より小さい範囲に収まるように、大きさが調整された前記基準値を生成するように構成されている。
以下、本実施形態の移動体検出装置10について詳しく説明する。ただし、以下に説明する移動体検出装置10は、本発明の一例に過ぎず、本発明は、下記実施形態に限定されることはなく、この実施形態以外であっても、本発明に係る技術的思想を逸脱しない範囲であれば、設計等に応じて種々の変更が可能である。
本実施形態においては、移動体検出装置10が、自動車に装備され、車室内空間を対象空間とし、駐車中の自動車の車室内空間への侵入者等を移動体として検出し、警報を発する警報装置として用いられる場合を例とする。この移動体検出装置10は、自動車のECU(電子制御ユニット)に接続され、移動体の存在を検出した場合には、たとえば自動車のクラクションを鳴らすことにより警報を発する。また、移動体検出装置10は、自動車が駐車された状態でリモコンキー等によりロックされることをトリガとして移動体の検出動作を開始(起動)し、アンロックされることをトリガとして移動体の検出動作を停止する。
本実施形態の移動体検出装置10は、図1に示すように、上述した送波部1、受波部2、処理部3、判定部4、生成部5に加えて、第1記憶部6および第2記憶部7を備えている。処理部3、判定部4、生成部5の少なくとも一部は、デジタル回路で実現されていてもよいし、マイコン(マイクロコンピュータ)によって実現されていてもよい。
送波部1は、連続発振する発振回路からなる送波回路11と、送波回路11から出力される送波信号を増幅する送波アンプ12と、送波アンプ12の出力を受けて疎密波である超音波を対象空間に放射する送波器13とを有している。つまり、送波部1は、送波アンプ12で増幅された電気信号からなる送波信号を、送波器13にて送波回路11の発振周波数と同一周波数の超音波に変換し、この超音波を出力波として対象空間に送波するように構成されている。
受波部2は、対象空間から到来する超音波を受波信号に変換する受波器21と、受波器21から出力される受波信号を増幅する受波アンプ22とを有している。つまり、受波部2は、送波部1から送波され対象空間内に存在する物体で反射された超音波を、受波器21にて反射波として受波し電気信号からなる受波信号に変換し、さらに受波アンプ22で受波信号を増幅して出力するように構成されている。なお、以下では、受波アンプ22で増幅後の受波信号を単に「受波信号」という。
送波器13および受波器21は、このように対象空間(ここでは車室内空間)へ超音波(出力波)を送波し、また対象空間からの超音波(反射波)を受波するように、対象空間に向けて配置されている。
処理部3は、演算増幅器(オペアンプ)を用いた差動増幅回路からなる差動部31と、差動部31のアナログ出力をデジタル値にA/D(アナログ−デジタル)変換するA/D変換器からなる変換部32とを有している。差動部31は、非反転入力端子に受波部(受波アンプ22)2の出力端が接続され、反転入力端子に生成部5の出力端が接続されている。これにより、差動部31は、受波部2の出力する受波信号と生成部5の出力する基準値との差分(受波信号−基準値)からなる差分信号を、増幅し変換部32へ出力する。
変換部32は、差分信号を入力として、送波部1から送波される超音波(出力波)の周波数に基づいて予め設定されたサンプリング周波数でサンプリングした差分信号の瞬時値をデジタル値からなる信号値に変換する。つまり、変換部32は、送波信号の周波数である送波回路11の発振周波数(以下、「送波周波数」という)に基づいて設定されたサンプリング周波数で差分信号のA/D変換を行う。サンプリング周波数は、送波周波数の1/nの周波数(nは自然数)であり、本実施形態では送波周波数と同一周波数とする。ただし、変換部32は、上記のサンプリング周波数でサンプリングを行う構成に限らず、たとえば送波周波数と同一のサンプリング周波数で規定されるタイミングのうち3回に2回の割合でサンプリングを行う構成などでもよい。なお、変換部32は送波回路11とクロックを共有していてもよい。
ここで、一般的なA/D変換器は、A/D変換可能な(つまりA/D変換特性が保証される)入力電圧範囲(入力レンジ)がフルスケールとして個々に決められている。そのため、変換部32においても、フルスケールの範囲内の入力信号についてのみデジタル値に変換可能であって、フルスケールの上限値を超える入力信号については当該上限値に相当するデジタル値に変換される。差動部31は、変換部32のフルスケール(入力レンジ)に合わせて差分信号を増幅して出力するように構成されている。
変換部32に入力される差分信号は、受波信号と基準値との差分を増幅した信号であるから、処理部3にてデジタル値(信号値)に変換可能な受波信号の範囲は、基準値と差動部31の増幅率と変換部32のフルスケールとで決まることになる。以下では、処理部3にてデジタル値(信号値)に変換される対象となる受波信号の範囲を抽出範囲という。言い換えれば、処理部3は、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲のうち基準値を基準とする抽出範囲の受波信号を対象として、予め設定されたサンプリング周波数で受波信号の瞬時値をデジタル値からなる信号値に変換する。
つまり、抽出範囲は、基準値を基準として、差動部31の増幅率と変換部32のフルスケールとで決まる有限の幅を持つ範囲である。基準値は、下限値、上限値、中央値のように抽出範囲の基準となる特性値であって、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲の中での抽出範囲の位置を規定する値である。本実施形態では、基準値は抽出範囲の下限値である。
たとえば、基準値を0〔V〕、差動部31の増幅率を1倍(利得0dB)と仮定すれば、変換部32に入力される差分信号は受波信号そのものとなり、差動部31が省略されているのと等価である。この場合に、変換部32のフルスケールがたとえば0〜3〔V〕であるとすると、受波信号の抽出範囲は0〜3〔V〕となり、基準値のみを1〔V〕に変更し他の条件をそのままとすれば、受波信号の抽出範囲は1〜4〔V〕となる。
このように、処理部3では、差動部31と変換部32とを組み合わせることによって、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲のうち、基準値を基準とする抽出範囲の受波信号を切り出し、この抽出範囲の受波信号を対象としてA/D変換を行うことになる。
処理部3で得られる信号値は、時系列に沿って第1記憶部6に記憶される。第1記憶部6は判定部4に接続されており、判定部4では、処理部3から出力される信号値と第1記憶部6に記憶された信号値とを用いて対象空間内の移動体の有無を判定する。移動体が存在する場合には、ドップラ効果によって受波部2で受波された反射波に周波数偏移が生じるので、判定部4は、信号値に生じる時間経過に伴う変化に基づいて移動体の有無を判定し、判定結果を(ECUへ)出力する。
以下に、上述した構成の移動体検出装置10において移動体を検出する原理について図2A,2Bを参照して簡単に説明する。図2A,2Bは、横軸を時間軸として受波信号を実線で示し、信号値を結ぶ線を1点鎖線で示している。ただし、ここでは説明を簡単にするために、基準値を0〔V〕、差動部31の増幅率を1倍(利得0dB)とし、処理部3が、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲の受波信号を対象としてA/D変換を行うと仮定して説明する。
処理部3は、受波信号を送波周波数に基づいて設定されたサンプリング周波数で受波信号をサンプリングし、各サンプリングタイミングにおける受波信号の瞬時値をデジタル値からなる信号値に変換している。言い換えれば、移動体検出装置10は、送波信号の1周期の整数倍のサンプリング間隔で受波信号をサンプリングしており、このようにして得られる信号値から、ドップラ効果によって反射波に生じる周波数偏移を検出することが可能である。
すなわち、移動体検出装置10が静止物体からの反射波を受波部2で受けた場合、図2Aに例示するように、受波信号に送波信号からの周波数偏移は生じない。したがって、サンプリング周波数(ここでは送波周波数と同一周波数)でサンプリングして得られる信号値は、一定の値となる。なお、この場合の信号値は、受波信号に対するサンプリングの開始のタイミングがずれると大きく変動することになる。
一方、移動体検出装置10が移動体からの反射波を受波部2で受けた場合、図2Bに例示するように、ドップラ効果により受波信号に送波信号からの周波数のずれが生じることになる。したがって、サンプリング周波数(ここでは送波周波数と同一周波数)でサンプリングして得られる信号値は、時間経過に伴って変化(振動)する値となる。なお、このときの信号値の変化の周波数は移動体の速度および送波周波数に応じて決まる。たとえば、音速が340〔m/s〕、送波周波数が40〔kHz〕であり、移動体が受波器21に向かって1〔m/s〕の速度で移動している場合、信号値の変化の周波数は236[={40×(340+1)/(340−1)−40}×1000]〔Hz〕となる。
よって、判定部4は、得られた信号値に生じる時間経過に伴う変化に基づいて移動体の有無を判定することができる。具体的には、判定部4は、信号値の変化の幅(振幅)を所定の閾値と比較し、変化の幅が閾値以下であれば移動体なし、変化の幅が閾値を超えていれば移動体ありと判定する。なお、閾値は予め設定されて第1記憶部6に記憶されている。
ところで、対象空間内に静止物体と移動体とが混在していると、受波部2が受波する反射波は、対象空間内の静止物体での反射波(図2A参照)と対象空間内の移動体での反射波(図2B参照)との重ね合わせ(合成波)になる。そのため、受波信号は、たとえば図3に示すような波形となる。図3では、横軸を時間軸、縦軸を電圧値(振幅)として、受波信号の包絡線を1点鎖線で示し、信号値の集合をP1,P2で示している。
すなわち、静止物体での反射波と移動体での反射波とは、互いに周波数が異なるので、位相差が時間経過に伴って変化し、位相差が0度のときには強め合い、位相差が180度のときには弱め合うことになる。要するに、静止物体での反射波から得られる受波信号の振幅をA1、移動体での反射波から得られる受波信号の振幅をA2とすると、合成波から得られる受波信号は、位相差が0度で振幅|A1+A2|となり、位相差が180度で振幅|A1−A2|となる。そのため、静止物体での反射波と移動体での反射波との合成波から得られる受波信号は、ドップラ効果による周波数偏移に起因して振幅が|A1+A2|と|A1−A2|との間で変動し、図3に示すような包絡線を持つ波形となる。
移動体検出装置10は、このような静止物体での反射波と移動体での反射波との合成波から得られる受波信号について、上述したサンプリング周波数でA/D変換を行うことにより、時間経過に伴って変化(振動)する信号値を得ることができる。つまり、A/D変換により得られる信号値においても、移動体での反射波の成分が含まれているため、移動体の速度に応じた周波数で信号値は変動することになる。
ここにおいて、たとえば静止物体に比べて移動体が送波器13および受波器21の遠方に位置する場合、静止物体での反射波が支配的になり、受波部2が受波する反射波全体において移動体からの反射波が占める割合は微小となる。つまり、超音波は大気中での減衰があるため、たとえ反射率や面積等が静止物体と移動体とで同じであるとしても、伝播する距離が長くなれば振幅は大幅に小さくなる。そのため、このような場合には、受波信号に占める移動体からの反射波の成分の割合が小さくなり、上述したサンプリング周波数でA/D変換を行うことにより得られる信号値の振幅は、図3にP1あるいはP2で示すように受波信号全体に比べて小さくなる。
なお、図3では一例として、静止物体での反射波の振幅A1が、移動体での反射波の振幅A2の26倍(A1:A2=26:1)である場合を示している。つまり、受波信号の最大振幅に対し、移動体での反射波成分の振幅は1/27の大きさになる。また、図3では、第1の信号値(サンプリング点)をP1で示し、P1のサンプリングタイミングから送波周波数の1/4周期分だけずれたタイミングでサンプリングした第2の信号値(サンプリング点)をP2で示している。
このように受波信号全体に比べて信号値の振幅が小さい場合においては、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲をA/D変換の対象にしていると、A/D変換の分解能を高めなければ信号値を高精度に検出することは困難である。
本実施形態の移動体検出装置10は、このように受波信号全体に比べて小さな振幅の信号値を、A/D変換器(変換部32)の分解能を上げることなく高精度で抽出できるように、以下に説明するような構成を採用している。
すなわち、移動体検出装置10は、A/D変換の対象となる受波信号の範囲を、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲ではなく必要な範囲に絞りこんだ上で、A/D変換を行い信号値を得るように処理部3が構成されている。図3の例で説明すると、第1の信号値P1は、所定幅(信号値の最大振幅よりやや大きな幅)の必要範囲Ra10に収まることになる。そのため、この場合に処理部3は必要範囲Ra10に絞って受波信号のA/D変換を実行すればよい。同様に、図3において、第2の信号値P2は、所定幅(信号値の最大振幅よりやや大きな幅)の必要範囲Ra20に収まるので、処理部3は必要範囲Ra20に絞って受波信号のA/D変換を実行すればよい。
そのためには、処理部3は、上述したように受波信号の瞬時値がとり得る全範囲のうち基準値を基準とする抽出範囲の受波信号を対象としてA/D変換を行っているので、この抽出範囲を、図3のRa10やRa20のような必要範囲に合わせる必要がある。ただし、必要範囲は、図3のように、受波信号におけるサンプリングタイミングの位相によって変動するので、対象空間の環境が変われば変動することになる。つまり、出力波と反射波との位相差は、反射物までの距離によって変化するので、たとえば車室内のシート位置が変わるなど対象空間内の静止物体の位置が変われば、それに伴って必要範囲は変動する。
そこで、本実施形態の移動体検出装置10は、抽出範囲の基準となる基準値の大きさを調整することによって、必要範囲の変動に追従して抽出範囲をシフトさせ、抽出範囲を必要範囲に合わせこむように構成されている。
具体的には、基準値を生成する生成部5は、信号値が抽出範囲の下限値より大きく且つ抽出範囲の上限値より小さい範囲に収まるように、基準値の大きさを調整するように構成されている。言い換えれば、生成部5は、基準値の大きさを調整することで、図4Aに示すように信号値が飽和せず抽出範囲Rb10の内側に収まるように、抽出範囲Rb10をシフトさせる。図4Aの例において、生成部5は基準値を0.7〔V〕に調整し、これにより抽出範囲Rb10が0.7〜1.0〔V〕の範囲に設定されている。なお、図4A,4Bでは、横軸を時間軸、縦軸を電圧値(振幅)として、受波信号を実線で示し、信号値を「●」で示している。
図4Aのように抽出範囲Rb10が設定された場合、処理部3は、図4Bに示すように、受波信号の抽出範囲(ここでは0.7〜1.0〔V〕)Rb10を対象として、A/D変換を行い信号値を得る。このとき、変換部32では、差動部31から出力される図4Bのような抽出範囲の受波信号(差分信号)について、A/D変換を行うことになる。
本実施形態においては、生成部5は、処理部3で得られた信号値に基づいて基準値を調整するように構成されている。すなわち、生成部5は、判定部4から入力される信号値に基づいて基準値を決定している。第2記憶部7には、少なくとも基準値の初期値が記憶されており、生成部5は、第2記憶部7に記憶されている初期値から基準値を調整する。
具体的に説明すると、生成部5は、第2記憶部7に記憶されている初期値から基準値を切り替えながら、基準値ごとに信号値を取得して、取得した信号値が飽和していない基準値を探索する。つまり、生成部5は、取得した信号値が、適用中の基準値を基準に設定される抽出範囲の下限値より大きく且つ上限値より小さい範囲に収まるまで、基準値を調整する。
次に、基準値の調整範囲が0〜5〔V〕、基準値の初期値が2.5〔V〕であり、基準値が5〔mV〕刻みで増加あるいは減少されると仮定した場合の、生成部5の動作について、図5を参照して説明する。
まず、移動体検出装置10が移動体の検出動作を開始(起動)すると、生成部5は、基準値として初期値を設定し(S1)、2.5〔V〕の基準値を生成する。その後、生成部5は、信号値を取得し(S2)、信号値が抽出範囲の下限値より大きく且つ上限値より小さい範囲に収まっているかを判定する(S3)。このとき、信号値が抽出範囲の上限値と一致していれば(S3:上限値)、生成部5は、基準値を5〔mV〕増加させ(S4)、信号値を取得する処理(S2)に戻る。また、信号値が抽出範囲の下限値と一致していれば(S3:下限値)、生成部5は、基準値を5〔mV〕減少させ(S5)、信号値を取得する処理(S2)に戻る。
信号値が抽出範囲の下限値より大きく且つ上限値より小さい範囲に収まっていれば(S3:範囲内)、生成部5は、基準値の調整を終了する。その後、移動体検出装置10が移動体の検出動作を停止するまで、生成部5は、同一の基準値を生成する。ただし、移動体検出装置10が移動体の検出動作を停止しなくても、生成部5は、上記S1〜S5の処理を定期的に行い、基準値を調整するように構成されていてもよい。
また、生成部5は、上記の構成に限らず、基準値を増加または減少の一方向にのみ変化させて調整する構成であってもよい。すなわち、基準値の初期値が基準値の調整範囲の最小値である場合、生成部5は、基準値を初期値から徐々に増加させていくことにより、信号値が抽出範囲の下限値より大きく且つ上限値より小さい範囲に収まるように基準値を調整することができる。この場合、図5のS4の処理は不要である。あるいは、基準値の初期値が基準値の調整範囲の最大値である場合、生成部5は、基準値を初期値から徐々に減少させていくことにより、信号値が抽出範囲の下限値より大きく且つ上限値より小さい範囲に収まるように基準値を調整することができる。この場合、図5のS5の処理は不要である。
複数段階の基準値が予め第2記憶部7に記憶されている場合、生成部5は、第2記憶部7に記憶されている複数段階の基準値の中から、適用する基準値を切り替えながら基準値を調整するように構成されていてもよい。
また、生成部5は、所定時間の間に得られた複数の信号値を用いて基準値の大きさを決定するように構成されていてもよい。受波信号に移動体での反射波の成分が含まれている場合、信号値は時間経過に伴い変化(振動)するので、1回のサンプリングタイミングで得られた信号値のみからでは、振動する信号値の全てが収まる最適な抽出範囲を設定することは困難である。これに対して、生成部5は、所定時間(たとえば10ms)の間の複数のサンプリングタイミングにて得られた複数の信号値から基準値の大きさを決定することで、振動する信号値の全てが収まる最適な抽出範囲を設定できる。
すなわち、図6に示すようにあるサンプリングタイミングで得られた信号値を用いて調整された抽出範囲Rb20では、該信号値は飽和しないものの、信号値の振動によって抽出範囲Rb20からはみ出した信号値が飽和する可能性がある。これに対して、所定時間(たとえば10ms)の間の複数のサンプリングタイミングで得られた信号値を用いて調整された抽出範囲Rb30では、信号値の振動によっても信号値が飽和することはない。なお、この場合において、生成部5は、抽出領域Rb30の中心が所定時間に得られた信号値の代表値(平均値)となるように、基準値を決定する構成であってもよい。
このように、生成部5は、所定時間の間に得られた複数の信号値を用いて基準値の大きさを決定することで、最適な抽出範囲となるように抽出範囲をシフトさせることができる。その結果、処理部3は、抽出範囲を信号値の振幅と同程度の幅にまで狭めることも可能となり、受波信号全体に比べて小さな振幅の信号値をより高精度で抽出できる。
ところで、抽出範囲は、上述したように基準値と差動部31の増幅率と変換部32のフルスケールとで決まるが、このうち差動部31の増幅率と変換部32のフルスケールとは抽出範囲の幅を規定する。そこで、差動部31は、増幅率が可変に構成されていることが望ましい。これにより、処理部3は、変換部32のフルスケールが固定であっても、差動部31の増幅率を変化させることによって抽出範囲の幅を変化させることが可能である。
この場合、差動部31は、制御部(図示せず)を有し、制御部にて増幅率を動的に設定可能となるように、アナログ回路部分を含むマイコンや、可変抵抗ICなどを用いて実現される。差動部31は、生成部5と同様に、処理部3で得られた信号値に基づいて増幅率を調整するように構成されている。すなわち、差動部31は、判定部4から入力される信号値に基づいて増幅率を決定している。
具体的に説明すると、差動部31は、初期値から増幅率を切り替えながら、増幅率ごとに信号値を複数ずつ取得して、取得した複数の信号値が飽和せず且つ適切な振幅となるように増幅率を探索する。ここで、差動部31は、取得した信号値の最大値が適用中の増幅率で設定される抽出範囲の上限値より小さく、且つ信号値の最大値と最小値との差が一定値(たとえば抽出範囲の上限値の1/2)以上となるまで、増幅率を調整する。
次に、増幅率の初期値が20倍であると仮定した場合の、差動部31の動作について、図7を参照して説明する。
まず、移動体検出装置10が移動体の検出動作を開始(起動)すると、差動部31は、増幅率として初期値を設定し(S11)、増幅率を20倍とする。ここで、増幅率の調整に伴って実際に変化するのは抽出範囲の上限値であって、抽出範囲の下限値が固定された状態で抽出範囲の上限値が変化することにより抽出範囲の幅が変化することになる。そのため、移動体検出装置10は、差動部31の増幅率を調整する前に、信号値が抽出範囲の下限値より大きい範囲に収まるように、抽出範囲の下限値を規定する基準値を予め調整しておく必要がある。そこで、移動体検出装置10は、増幅率として初期値を設定する処理(S11)前に、信号値の最小値が抽出範囲の下限値と一致している場合には、信号値が下限値よりも大きくなるように基準値を調整する(減少させる)。
その後(増幅率として初期値を設定後)、差動部31は、所定時間(たとえば10ms)に亘って信号値を取得し(S12)、これらの信号値が飽和せず且つ適切な振幅となっているかを判定する(S13)。このとき、信号値の最大値が抽出範囲の上限値と一致していれば(S13:過大)、差動部31は、増幅率を10減少させ(S14)、信号値を取得する処理(S12)に戻る。また、信号値の最大値と最小値との差が一定値未満であれば(S13:過少)、差動部31は、増幅率を5増加させ(S15)、信号値を取得する処理(S12)に戻る。
取得した信号値の最大値が抽出範囲の上限値より小さく、且つ信号値の最大値と最小値との差が一定値以上であれば(S13:範囲内)、差動部31は、増幅率の調整を終了する。その後、移動体検出装置10が移動体の検出動作を停止するまで、差動部31は、同一の増幅率を維持する。ただし、移動体検出装置10が移動体の検出動作を停止しなくても、差動部31は、上記S11〜S15の処理を定期的に行い、増幅率を調整するように構成されていてもよい。
このように、差動部31は、増幅率を可変に構成されていることにより、取得した複数の信号値が飽和せず且つ適切な振幅となる増幅率を適用することができる。
ところで、図1に示す例において、生成部5は、サンプリング周期によって基準値の大きさを時分割で切り替える切替部51を有している。ここにおいて、変形例として、処理部3は、互いに位相の異なる複数のサンプリング周期で受波信号の瞬時値を信号値に変換するように構成されていてもよい。
すなわち、異なる位相のサンプリング周期で得られる信号値は、図8に示すように、互いに異なる必要範囲Ra10,Ra20に収まることになる。そこで、生成部5は、異なる位相のサンプリング周期について、それぞれの必要範囲Ra10,Ra20に合わせて個別の抽出範囲を設定するように、切替部51でサンプリング周期によって基準値の大きさを切り替える。なお、図8では、横軸を時間軸、縦軸を電圧値(振幅)として、受波信号を実線で示し、信号値を「●」、「▲」で示している。図8では、第1の信号値(サンプリング点)を「●」で示し、第1の信号値のサンプリング周期から送波周波数の1/4周期分だけずれたサンプリング周期で得られた第2の信号値(サンプリング点)を「▲」で示している。なお、これらサンプリング周期の1周期の長さは同一である。
つまり、生成部5は、第1の信号値が得られるサンプリング周期では抽出範囲を必要範囲Ra10に合わせこむように基準値を調整し、第2の信号値が得られるサンプリング周期では抽出範囲を必要範囲Ra20に合わせこむように基準値を調整する。このとき、切替部51は、図9に示すように、サンプリング周期の位相ごとに基準値を切り替えている。図9では、横軸を時間軸、縦軸を基準値として、第2の信号値のサンプリング周期をt1,t3で示し、第1の信号値のサンプリング周期をt2,t3で表している。
これにより、処理部3は、異なる位相のサンプリング周期で得られた複数組の信号値を出力することができる。したがって、たとえば判定部4がこれら複数組の信号値を用いて判定を行うことで、S/N比を改善することができる。
さらに、このように生成部5がサンプリング周期によって基準値の大きさを時分割で切り替える構成は、直交検波にも利用可能である。すなわち、上記図8の例のように1/4周期分の時間差を持つサンプリング周期で得られる第1の信号値をVa、第2の信号値をVbとし、第1の信号値の振動の中心値をWa、第2の信号値の振動の中心値をWbとすると、振幅Aは以下の式で表される。
また、波の位相θは以下の式で表される。
直交検波を行う場合、判定部4は、上記式より振幅Aおよび位相θを求め、振幅Aが閾値以上で且つ位相θが変化した場合に、移動体が移動していると判定する。
このように、移動体検出装置10は、直交検波を行うことにより、反射波の周波数偏移によって生じるドップラ波の位相(移動体の距離に比例)を瞬時に推定可能となる。
以上説明した本実施形態の移動体検出装置10によれば、受波信号全体に比べて小さな振幅の信号値を、A/D変換器(変換部32)の分解能を上げることなく高精度で抽出できる、という利点がある。すなわち、移動体検出装置10は、A/D変換の対象となる受波信号の抽出範囲を、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲ではなく必要な範囲に絞りこんだ上で、A/D変換を行い信号値を得るように処理部3が構成されている。さらに、生成部5は、信号値が抽出範囲の下限値より大きく且つ抽出範囲の上限値より小さい範囲に収まるように、基準値の大きさを調整するように構成されている。
したがって、移動体検出装置10は、抽出範囲の基準となる基準値の大きさを調整することで、必要範囲の変動に追従して抽出範囲をシフトさせ、抽出範囲を必要範囲に合わせこむことができる。その結果、本実施形態の移動体検出装置10は、A/D変換の分解能を上げなくても移動体の検出精度を高めることができる。
また、本実施形態のように、処理部3は、受波信号と基準値との差分からなる差分信号を抽出範囲の受波信号として出力する差動部31と、差分信号の瞬時値を信号値に変換する変換部32とを有することが望ましい。この構成によれば、処理部3は、受波信号と基準値との差分をとるだけの簡単な構成で、基準値を基準とした抽出範囲を設定することができる。
また、本実施形態のように、差動部31は、変換部32の入力レンジ(フルスケール)に合わせて差分信号を増幅して出力するように構成されていることが望ましい。この構成によれば、変換部32は、増幅後の差動信号の瞬時値を信号値に変換することになるので、同一の分解能であっても、抽出範囲内の信号値の変化をより高精度に抽出することができる。言い換えれば、変換部32は、所望の精度で抽出範囲内の信号値の変化を抽出するために必要な分解能を低く抑えることができる。
一例として、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲を対象にA/D変換を行う構成では、移動体を検出するために分解能15ビットのA/D変換が必要な場合を想定する。この場合、本実施形態の移動体検出装置10において、差動部31の増幅率を32倍として抽出範囲のみをA/D変換の対象とすれば、分解能10ビットのA/D変換で足りることになる。
(実施形態2)
本実施形態の移動体検出装置10は、図10に示すように、補助変換部8をさらに備える点で、実施形態1の移動体検出装置10と相違する。以下、実施形態1と同様の構成については、共通の符号を付して適宜説明を省略する。
補助変換部8は、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲の受波信号を対象として、処理部3と同一のサンプリングタイミングで受波信号の瞬時値をデジタル値からなる信号値に変換するように構成されている。具体的には、補助変換部8は、変換部32とは別に設けられたA/D変換器からなり、受波部2から出力される受波信号を、差動部31を通さずに直接入力し、処理部3の変換部32に同期したサンプリングタイミングでA/D変換を行う。
本実施形態において、生成部5は、上述した補助変換部8で変換された信号値に応じて基準値の大きさを決定するように構成されている。すなわち、生成部5は、処理部3で得られた信号値ではなく、補助変換部8で得られた信号値に基づいて基準値を調整する。補助変換部8で得られる信号値は、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲について受波信号の瞬時値をA/D変換して得られた信号値であるから、この信号値に基づいて基準値を調整することで生成部5は基準値をすぐに決定できる。
補助変換部8で得られた信号値に基づいて基準値を決定する方法としては、たとえば信号値をそのまま基準値として用いる方法や、信号値から所定値を差し引いた値を基準値とする方法などがある。
また、信号値と基準値との対応関係が予めテーブルとして第2記憶部7に記憶されている場合、生成部5は、このテーブルを参照して基準値を決定してもよい。たとえば図11に示すような複数の範囲R1〜R6にそれぞれ対応する基準値が信号値と対応付けて第2記憶部7に記憶されていれば、生成部5は、信号値に対応する基準値を選択することで、範囲R1〜R6の中から適切な抽出範囲を設定できる。この場合に設定される複数の範囲R1〜R6は、隣接する範囲同士が互いに重なり合うように設定されることが望ましい。図11の例では、生成部5が信号値に対応する基準値を選択する結果、範囲R1〜R6のうちR6で示す範囲が抽出範囲として設定される。なお、図11では、横軸を時間軸、縦軸を電圧値(振幅)として、受波信号の包絡線を1点鎖線で示し、信号値の集合をP1で示している。
実施形態1のように生成部5が処理部3で得られた信号値に基づいて基準値を調整する方式では、生成部5は、信号値が飽和しない抽出範囲となるまで基準値を徐々に増加あるいは減少させながら基準値を調整する必要がある。これに対して、本実施形態の構成によれば、生成部5は、補助変換部8で得られる信号値から、受波信号の瞬時値がとり得る全範囲における必要範囲の位置を把握できるので、この必要範囲に抽出範囲を合わせこむように基準値をすぐに決定できる。
したがって、本実施形態の移動体検出装置10によれば、即時に生成部5が基準値を調整し、抽出範囲の信号値を用いた移動体の有無の判定処理を開始できるので、応答性に優れているという利点がある。
さらに、差動部31の増幅率が可変に構成されている場合、補助変換部8で得られる信号値は、差動部31で増幅率を調整するのに用いられてもよい。つまり、差動部31は、補助変換部8で得られた信号値に基づいて増幅率を調整するように構成される。この場合、差動部31は、所定時間(たとえば10ms)の間に補助変換部8で得られる信号値の最大値と最小値との差をD1とし、増幅率を詳細に調整する前処理として増幅率をたとえば5/D1倍に設定する。その後、差動部31は、実施形態1で説明したように処理部3で得られる信号値を用いて増幅率を詳細に調整する処理に移行する。
この構成によれば、差動部31は、補助変換部8で得られた信号値を用いることで、増幅率を詳細に調整する前処理として増幅率の範囲をある程度絞ることができるので、効率的に増幅率を調整できるという利点がある。なお、上記の例において、D1が0の場合、差動部31は、増幅率を詳細に調整する前処理として増幅率を変換部32でのA/D変換の分解能によって決定する(たとえば8ビットの場合256倍とする)。
その他の構成および機能は実施形態1と同様である。
(実施形態3)
本実施形態の移動体検出装置10は、図12に示すように、処理部3が、差動部と変換部との組み合わせを複数組有している点で実施形態2の移動体検出装置10と相違する。以下、実施形態2と同様の構成については共通の符号を付して適宜説明を省略する。
図12の例において、処理部3は、第1差動部311および第1変換部321の組み合わせと、第2差動部312および第2変換部322の組み合わせとを有している。
ここで、複数の差動部(第1差動部311、第2差動部312)は、同一の基準値を用いており且つ増幅率が互いに異なっている。複数の変換部(第1変換部321、第2変換部322)は、同一のサンプリングタイミングで差分信号の瞬時値を信号値に変換するように構成されている。
また、図12の例では、判定部は第1判定部41と第2判定部42とを有し、これら第1判定部41、第2判定部42が第1変換部321、第2変換部322の各々に対して個別に設けられている。すなわち、第1判定部41が第1変換部321の出力(信号値)から移動体の有無を判定し、第2判定部42が第2変換部322の出力(信号値)から移動体の有無を判定するように構成されている。第1判定部41は第1記憶部61内に記憶された信号値を用いて判定を行い、第2判定部42は第3記憶部62内に記憶された信号値を用いて判定を行う。
ここで、判定部は、複数の変換部のうち、変換後の信号値が抽出範囲の下限値より大きく上限値より小さい範囲に収まり、且つ信号値の振幅が最大となる変換部で得られた信号値を用いて、移動体の有無を判定するように構成されている。要するに、第1変換部321と第2変換部322とのうち、変換後の信号値が飽和しておらず、且つ信号値の振幅が大きな方の出力(信号値)が、判定部(第1判定部41、第2判定部42)での判定に用いられる。たとえば、第1変換部321と第2変換部322とのいずれも変換後の信号値が飽和しておらず、且つ第1変換部321の方が信号値の振幅が大きな場合には、第1変換部321の出力を受けて第1判定部41が移動体の有無を判定する。
この構成によれば、移動体検出装置10は、移動体を検出するためにより適切な信号値を用いることができ、移動体の検出精度を高めることができる。
また、本実施形態の変形例として、図13に示すように、複数の差動部(第1差動部311、第2差動部312)は、互いに異なる基準値を用いていてもよい。図13の例では、第1差動部311は第1生成部501が生成する第1の基準値を反転入力端子の入力とし、第2差動部312は第2生成部502が生成する第2の基準値を反転入力端子の入力としている。
第1生成部501は、第1補助変換部81で得られた信号値に基づいて第1の基準値を決定し、第2生成部502は、第2補助変換部82で得られた信号値に基づいて第2の基準値を決定する。ここで、第1生成部501は、第2記憶部71に記憶されている信号値と基準値との対応関係(テーブル)を参照して第1の基準値を決定し、第2生成部502は、第4記憶部72に記憶されている信号値と基準値との対応関係を参照して第2の基準値を決定する。
この変形例によれば、処理部3は、基準値ごとに異なる差動部と変換部との組み合わせを有するので、基準値を切り替える際において動作が安定するまでの待ち時間が不要になる。また、たとえば判定部4が複数の変換部(第1変換部321、第2変換部322)で得られた信号値を用いて判定を行うことで、S/N比を改善することができる。
さらに、この変形例において、変換部(第1変換部321、第2変換部322)が、互いに位相の異なる複数のサンプリング周期で受波信号の瞬時値を信号値に変換するように構成されていてもよい。この場合、生成部(第1生成部501、第2生成部502)は、サンプリング周期によって基準値の大きさを異ならせることができるので、実施形態1で説明した切替部がサンプリング周期によって基準値の大きさを切り替える構成と同様の効果が期待できる。すなわち、移動体検出装置10は、直交検波を行うことにより、反射波の周波数偏移によって生じるドップラ波の位相(移動体の距離に比例)を瞬時に推定可能となる。
また、この移動体検出装置10は、図14に示すように、1つの生成部5が複数の差動部(第1差動部311、第2差動部312)に対して互いに異なる基準値が与えるように構成されていてもよい。つまり、図14の生成部5は、図13における第1生成部501および第2生成部502の機能を兼ねている。これにより、補助変換部8および第2記憶部7も1つずつあればよいので、基板面積、コストの削減を図ることができる。さらに、クロックの共有により同期取得が容易になるという利点もある。
なお、処理部3が差動部と変換部との組み合わせを複数組有する構成において、判定部については、図12の例のように組ごとに第1判定部41、第2判定部42が個別に設けられていてもよいし、図13,14のように複数組で判定部4が共用されていてもよい。
その他の構成および機能は実施形態2と同様である。ただし、本実施形態の構成は、実施形態2の構成に限らず、実施形態1のように生成部5が処理部3で得られた信号値に基づいて基準値を調整する構成と組み合わせて適用することも可能である。