以下、本発明の実施の形態について図を参照して説明する。図1は、本発明の実施の形態における血液凝固検査方法を説明するフローチャートである。まず、ステップS101で、流路の延在方向に直列に配列して隣り合う部分が接触して流路を流れる状態に、血漿を含む検体および凝固活性剤を、検体を先にした状態で流路に導入する(第1工程)。流路は、例えば、表面プラズモン共鳴測定装置に装着して用いられる測定チップに形成されているマイクロ流路である。
次に、ステップS102で、流路の途中に設けられた測定箇所を、検体,凝固活性剤と検体との接触領域,凝固活性剤の順に通過する過程で、接触領域および凝固活性剤の屈折率を時系列的に測定する(第2工程)。次に、ステップS103で、時系列的な測定により得られた結果の中で、凝固活性剤の屈折率である第1屈折率値と、接触領域の最も大きい屈折率である第2屈折率値との比較により検体の血液凝固能を判定する(第3工程)。
上述した表面プラズモン共鳴測定装置で用いる測定チップでは、マイクロ流路の途中の測定箇所においては、測定装置側にAuの層が形成されている。よく知られているように、表面プラズモン共鳴測定では、上述した測定領域の下面に照射した光の反射光の強度により、測定領域に接触している液体の屈折率を測定する。液体が接触したAu層の表面における、エバネッセント波と表面プラズモン波との共鳴が起こる角度で反射率が低くなる谷が観測される。この共鳴が起こる表面プラズモン共鳴(SPR)角度は、Au層に接する液体の屈折率に依存する。従って、測定される反射光の強度の変化により、流路の測定領域を通過する液体の屈折率の変化が求められる。
ステップS102における測定の中で、まず、検体の屈折率は、測定箇所を検体が通過するまでほぼ一定の状態で測定される。これに対し、接触領域の屈折率は、接触領域が測定箇所を通過する過程で、一度上昇してから低下する。この後、凝固活性剤の屈折率が測定される。接触領域は、検体に近い領域と、中央領域と、凝固活性剤に近い領域とに分類できる。この中で、中央領域において、屈折率が最も大きくなる箇所が存在する。この屈折率が最も大きくなる箇所の屈折率(第2屈折率)と、この後で測定される凝固活性剤の屈折率(第1屈折率値)との比較により、検体の血液凝固能が判定できる。
以下、第1屈折率値と第2屈折率値とにより検体(血漿)の血液凝固能が判定できることについて、より詳細に説明する。
まず、図2に示すように、基板201と流路基板203との間に形成されたマイクロ流路204を、検体211と凝固活性剤212とが直列に流れていく場合、検体211と凝固活性剤212との境界部分である接触領域213では、拡散による混合が起こる。なお、図2では、基板201の上にAu層202が形成された状態を示している。
このような2液を直列して送液している状態で、2つの物質の間で化学反応などが発生しない場合、接触領域213では、単に2液の中間の組成となる。例えば、凝固活性剤212では検体211における凝固反応が起きない場合、接触領域213では、検体211と凝固活性剤212との中間の組成となる。血漿や生化学試薬は、タンパク質を多く含むため、一般に測定される溶液の屈折率は、凝固活性剤より大きくなる。このため、凝固反応が起きない場合、マイクロ流路204を検体211と凝固活性剤212とが流れていく状態で測定される接触領域213の屈折率の変化は、図3の点線で示すようになる。
図3に示すように、測定時間が経過すると、はじめは検体211の屈折率が測定される。次いで、接触領域213の測定では、図3の点線で示すように、検体211と凝固活性剤212との中間の組成で徐々に検体211の屈折率に近づいていく。この後、凝固活性剤212の屈折率が測定される状態となる。ここで、検体211における屈折率は、タンパク質の濃度に大きく依存するため、異なる血漿成分では測定される屈折率値が大きく異なることになる。
一方、検体211に含まれる血漿が、凝固活性剤212により凝固反応が起きる場合、接触領域213では上述した状態とは異なる屈折率変化となる。例えば、血漿を含む検体211と凝固活性剤212との接触領域213では、凝固活性剤212に含まれるトロンボプラスチンが、検体211の血漿中に含まれるプロトロンビンをトロンビンに変換することで凝固反応を開始し、産生されたトロンビンが血漿中に含まれるフィブリノゲン221を不溶性タンパク質であるフィブリン222に変換する生化学反応を引き起こす。さらに、フィブリン222同士がポリマーを形成することで血栓が生じる。
このような接触領域213における屈折率変化を観測すると、図3の実線で示すように、検体211および凝固活性剤212よりも屈折率が高くなる領域が観測される。この現象は、マイクロ流路204の内壁(Au層202)に対するフィブリン222の特異的な吸着に起因する。
測定前にマイクロ流路204内に封入された血漿中のフィブリノゲン221は、Au層202の表面に接触すると非特異的に吸着する。これは、フィブリノゲン221が、タンパク質の多くの残渣の同時相互作用を一度に可能とするような大きな分子量のタンパク質であるためである。このようにフィブリノゲン221が吸着している状態で、後ろから凝固活性剤212が流れてくると、Au層202表面に吸着していたフィブリノゲン221は、凝固活性の上がった各種凝固因子の影響を受けてフィブリン222となる。さらに、フィブリン222は、活性化した第13因子の影響によりポリマー化し、不溶化フィブリン223となる。これらのことにより、Au層202の表面近傍で、粒子が発生し、発生した粒子の体積が急激に増大すると考えられる。
ここで、直線のマイクロ流路204内に粒子が流れる時、速度勾配の大きい接触領域213の流れの中にある粒子は、粒子の周囲に循環流を生じて揚力(サフマン力)を受ける。直径dの球形粒子が揚力により流れと直角方向に移動するときに、粒子に作用する流体抵抗をストークスの抵抗法則で表すと、粒子の移動速度vpはサフマンの関係式より以下のように表される。
式(1)において、vは、液体の動粘性係数、uは流れ方向の液体平均速度、upは流れ方向の粒子速度を示す。式(1)より、流れ方向の粒子速度と流れ方向の液体平均速度が等しい(up=u)時は、揚力による粒子の移動は無視できる。しかしながら、粒子速度が流体速度と異なる場合、揚力による粒子の移動は無視できない。粒子速度が流体速度よりも大きくなる場合、粒子は流路の壁方向に移動する。一方、粒子速度が流体速度よりも小さくなる場合は、粒子は主流方向に移動する。このため、粒子速度が流体速度と異なる場合、粒子は、境界層である接触領域の外側に移動していく。
粒子速度は、流動体(流体)の流速から受ける推進力および抵抗力に影響を受ける。流体中の物体(粒子)が流れている流体から受ける抵抗力には、以下に示すニュートンの抵抗法則が知られている。
式(2)において、ρは液体密度、Cdは効力係数、Sは物体の投影面積、Vは速度を示す。式(2)から、流体内の物体が大きくなり投影面積が大きくなると、物体の流体に対する抵抗力は増し、これにより粒子速度が減少するためサフマン力が大きくなる。サフマン力が大きくなると、粒子に対する流速の早い流路中心部へ移動する力が強くなる。
加えて、液中の物質は浮力の影響を受ける。浮力Fbは、流体の密度ρf、物体の体積V、重力加速度gを用い「Fb=ρfVg」により表される。従って、物体の表面積が増加すると浮力も大きくなり、流路内壁より離れる力が大きくなる。
前述したように、接触領域213に発生したフィブリン222は、急速にポリマー化して不溶化フィブリン223となる。より大きな粒子である不溶化フィブリン223は、マイクロ流路204を流れる液体の流速よりも小さい粒子速度となる。このため、上述したことから分かるように、産生された大部分の不溶化フィブリン223は、浮力と揚力の両者の力を受け、Au層202から離れ、マイクロ流路204の中心部へ移動するものと考えられる。
上述したように、接触領域213では、初期に、Au層202の近傍でフィブリン222が産生され、この後、産生されたフィブリン222が不溶化フィブリン223となり、Au層202より離間していくことになる。このため、時系列的に測定される屈折率は、初期にフィブリン222が存在する状態の値となり、フィブリン222の増加とともに大きくなる。この後、不溶化フィブリン223の産生により、測定箇所のAu層202上(内壁部分)においては、フィブリン222が消化されて減少した残りの接触領域213における成分の屈折率が測定結果に反映され、屈折率が低下する状態が観測されるものと考えられる。この後で測定される屈折率は、凝固活性剤212の屈折率となる。
[実施例]
以下、実施例を用いてより詳細に説明する。まず、測定に用いた測定チップ400およびSPR装置500について説明する。測定チップ400は、図4,図5に示すように、BK7ガラスからなる基板401と、膜厚50nm程度のAu層402と、流路基板403とから構成されている。Au層402は、例えば、スパッタリング法などのよく知られた堆積技術により形成すればよい。
また、流路基板403は、マイクロ流路404となる溝部,導入口405,および排出口406を備える。例えば、ポリジメチルシロキサン(PDMS)から流路基板403を形成すればよい。溝部は、深さ(高さ)50μm程度とすればよい。また、導入口405の口径は、3mmとし、排出口406の口径は、1.5mmとした。これらは、例えば、よく知られた生検トレパンにより形成すればよい。また、基板401と流路基板403とは個別に作製し、最後に、マイクロ流路404が測定領域に重なるように測定チップ400を組み立てた。
Au層402を形成した基板401および流路溝を形成した流路基板403の各々の貼り合わせ面を、酸素ガスのプラズマ(反応イオン)の照射により活性化させた後、各々の貼り合わせ面を当接させて貼り合わせることで、両者を一体とした。プラズマの照射は、プラズマ処理装置の処理室内で実施する。プラズマは、出力70Wのマイクロ波により生成し、また、処理室内には酸素を100sccmで供給し、処理室内における酸素分圧は10Paとした。なお、sccmは流量の単位であり、0℃・1013hPaの流体が1分間に1cm3流れることを示す。また、プラズマの照射は、5秒程度実施した。
また、排出口406には、負圧機構421が接続され、マイクロ流路404内の液体を、排出口406を介して牽引(吸引)可能としている。負圧機構421は、例えば、ステンレスパイプで接続された廃液タンクおよび負圧ポンプ(MFCS−VAC,Fluigent社製)などから構成されている。
測定においては、SPR装置500の測定プリズム502に形成されている測定面503上に、屈折率がBK7ガラスと等しいマッチングオイル(不図示)を塗布し、この上に測定チップ400の基板401裏面を配置する。また、SPR装置500の光源501から出射される光の光軸上に、測定チップ400の測定領域が重なる状態に配置する。SPR装置500は、例えば、エヌ・ティ・ティ・アドバンステクノロジ株式会社製の「Smart SPR SS−100」である。
光源501から出射された光を集光してプリズム502に入射させ、プリズム502の測定面503に密着させている測定チップ400の測定領域に照射する。測定チップ400の測定領域となるマイクロ流路404にはAu層402が形成されており、Au層402の裏面に、測定チップ400を透過してきた集光光が照射される。
このようにして照射された集光光は、流速測定対象の流体が接触したAu層402の裏面で反射し、いわゆるCCDイメージセンサーなどの撮像素子よりなるセンサー504で光電変換されて強度(光強度)が得られる。このようにして得られた光強度の変化により屈折率の変化が求められる。
マイクロ流路404に、血漿からなる検体411(10マイクロリットル)を供給して満たし、図5の(b),(c)に示すように、検体411が満たされているマイクロ流路404の一端の導入口405より凝固活性剤としてPT凝固試薬412(10マイクロリットル)を導入し、マイクロ流路404の他端の排出口406より、一定の圧力(負圧)で検体411を牽引すればよい。排出口406に負圧機構421を接続し、検体411を吸引すればよい。このようにすることで、マイクロ流路404内で他端側(導入口405側)に検体411が存在し、一端側(排出口406側)にPT凝固試薬412が存在し、検体411の終端とPT凝固試薬412の先端とが接触する状態で、これらがマイクロ流路404内を他端の方向に輸送される状態となる。
ここで、接触している接触領域413では、検体411にPT凝固試薬412が添加されることになり、接触領域413では、凝固反応が起こり得る状態となっている。このため、上述したように、検体411とPT凝固試薬412が配列してマイクロ流路404に流れる状態として接触領域413が形成された時点より、接触領域413では、凝固反応が開始されることになる。
上述したように、PT凝固試薬412の先端と検体411の終端とが接触して接触領域413を形成し、これらが図5に示すようにマイクロ流路404内を輸送されている状態で、マイクロ流路404内の流体の屈折率(SPR角度)の変化を測定する。マイクロ流路404内の所定の測定領域431においてSPR角度を測定する。このSPR角度の測定においては、接触領域413が測定領域431を通過しているときのSPR角度の変化を測定する。測定領域431には、センサー504の検出領域が対応している。センサー504の検出領域には、複数のフォトダイオード素子が、流れの方向に並んで配置されており、測定領域431では、各フォトダイオード素子の位置毎に、光強度の変化(SPR角度)が測定される。
上述した実施例における測定結果について説明する。まず、測定領域431内の3つの観測地点におけるSPR角度変化について、図6に示す。図6は、測定領域431を接触領域413が通過する過程で測定されたSPR角度変化を示す特性図である。
図6の(a)は、センサー504の1個目のフォトダイオード素子で検出された結果を示している。図6の(a)は、測定領域431の導入口405側の開始端において検出された結果を示している。
図6の(b)は、センサー504の240個目のフォトダイオード素子で検出された結果を示している。図6の(b)は、測定領域431の中央において検出された結果を示している。
図6の(c)は、センサー504の480個目のフォトダイオード素子で検出された結果を示している。図6の(c)は、測定領域431の排出口406側の終了端において検出された結果を示している。
図6に示すように、各測定地点において凝固活性剤の屈折率と検体(血漿)の屈折率が遷移する接触領域で、高屈折率領域が表れていることが分かる。
ここで、図7に示すように、屈折率が低下している接触領域に対し、幅、検体の屈折率力の高さ(第1高さ)、および凝固活性剤の屈折率からの高さ(第2高さ)のパラメータを設定する。第2高さは、測定された凝固活性剤の屈折率である第1屈折率値から見た接触領域で測定される最も大きい値の第2屈折率値との差であり、「第2屈折率値−第1屈折率値」の値である。
図8は、センサー504を構成する複数のフォトダイオード素子の位置に対応させた測定領域の位置(pixel)に対応する、第1高さ(a),第2高さ(b),および幅(c)のパラメータの変化を示す特性図である。
図8の(a)および(b)に示すように、測定領域の開始点より終点にかけて、第1高さおよび第2高さは、ほぼ一定の状態となっている。これに対し、図8の(c)に示すように、幅は、測定位置が排出口の側(下流)に行くに従って、大きい値となる。このことより、第2高さ(第2屈折率値−第1屈折率値)は、凝固活性に依存した数値を表していると考えられる。なお、幅は、検体と凝固活性剤とが混合する接触領域の広さに対応し、図8の(c)に示す結果は、拡散を示すものと考えられる。
図9は、標準血漿(活性度86%,33%)と75%PT凝固活性剤を用いた実験において、繰り返し測定した結果を、上述した第2高さおよび第1高さで示した特性図である。図9に示すように、活性度の高い血漿ほど、より高い値が得られていることが分かる。これは、接触領域の最も大きい屈折率である第2屈折率値が、フィブリン生産量に大きく依存し、より多くフィブリンが生産される高活性血漿の方が接触領域全体の屈折率を上昇させるためと考えられる。
以上に説明したように、本発明によれば、検体,接触領域,凝固活性剤の順に通過する過程で、接触領域および凝固活性剤の屈折率を時系列的に測定し、測定された凝固活性剤の屈折率である第1屈折率値と、測定された接触領域の最も小さい屈折率である第2屈折率値との比較により検体の血液凝固能を判定するようにしたので、マイクロ流路を用いた血液凝固検査で、より正確な血液凝固能が検査できるようになる。
本発明によれば、流速の影響を受けにくいので、例えば、従来取り外しての強力洗浄もしくは使い捨て仕様となっていた測定用セルもしくはマイクロ流路を、繰り返し使用することができ、これによりコストの軽減を図ることが可能となる。また、本発明では、流路内を通過する凝固活性剤および接触領域の屈折率を測定すればよく、測定に必要な時間は非常に短く、より迅速な測定が行えるようになる。
なお、本発明は以上に説明した実施の形態に限定されるものではなく、本発明の技術的思想内で、当分野において通常の知識を有する者により、多くの変形および組み合わせが実施可能であることは明白である。例えば、PT試験に限らずフィブリンを産生させる凝固凝固活性剤を用いることで、他の凝固測定方法も同様に行える。例えば、検体にAPTT凝固活性剤を混合した検体を用い、凝固活性剤に塩化カルシウムを用いることで、活性化部分トロンボプラスチン時間(APTT)試験に対応させることができる。また、検体はそのまま用い、凝固活性剤にトロンビン凝固活性剤を用いることで、凝固活性剤フィブリノゲン(Fib)濃度試験に対応させることができる。