以下、実施の形態を、比較例と比較し、図面に基づいて詳細に説明する。なお、実施の形態を説明するための全図において、同一の機能を有する部材には同一の符号を付し、その繰り返しの説明は省略する。また、以下の実施の形態では、特に必要なときを除き、同一または同様な部分の説明を原則として繰り返さない。
リチウムイオン電池は、電極である正極シートおよび負極シート、ならびに正極シートと負極シートとの間に設けられたセパレータを、円筒型などの容器内に組み込み、容器内に電解液を注液した後、封止することによって製造される二次電池である。
以下の説明では、バインダー溶液または有機溶剤などの液体を含み、流動性と高い粘性のある物質であって、集積用の電極箔に塗布していない状態のものを「ペースト」と呼ぶ。また、集電用の電極箔に上記ペーストが塗布され、乾燥されていない膜を「電極材ペースト」と呼び、集電用の電極箔の表面に形成され、正極シートまたは負極シートを構成する膜を「電極膜」と呼ぶ。つまり、電極材ペーストを乾燥することで電極膜が形成される。ただし、後述する実施形態1〜4では、固化され、流動性を失った膜であっても電極材ペーストと呼ぶ場合がある。
また、以下の説明では、電極膜が表面に形成された電極箔を、「正極シート」、「負極シート」、またはそれらを総括して「電極シート」と呼ぶ。また、単に「電極箔の表面」という場合は、電極箔の上面および裏面を含めた全面ではなく、ローラー搬送系で搬送される電極箔の、裏面を含めない上面のみを指すものとする。
まず、第1〜第3の比較例として、図14〜図16を用いてリチウムイオン電池の電極の製造方法について説明する。図14〜図16は、比較例として示す、リチウムイオン電池の製造装置を構成する電極製造装置の概略図である。
図14に、第1の比較例として、片面塗布型の電極製造装置の構成を示す。
リチウムイオン電池用の正極または負極の電極膜を形成するために用いるペーストは、例えば活物質粉末、導電材粉末、およびこれらの粉末を結着するためのバインダー等を、N−メチルピロリドン(NMP)などの有機溶剤に分散した高粘度スラリー状の液体である。第1の比較例において電極箔1の表面に電極膜を形成する際は、まず、上記ペーストを塗工部2に設置したダイコーターなどの塗工手段3を用いて、集電用電極箔ロール4から供給される電極箔1の表面に薄く、均一に塗布する。
続いて、電極箔1の裏面に接しながら電極箔1を一定速度で搬送するためのローラー搬送系5を用いて、ペーストを塗布した電極箔1を乾燥室6として示す熱風乾燥炉内に搬送する。その後、乾燥室6内で電極材ペースト中の溶剤を加熱蒸発させて電極材ペーストを乾燥させることで電極膜を形成する。乾燥工程を経た電極箔1を巻き取った電極箔ロール7は、次工程に供給される。第1の比較例の製造方法では、このような工程を電極箔1の表面と裏面とに対して行い、両面塗布した電極箔1からなる電極シートを製造する。ここで乾燥させた電極膜は、膜内の水分が無くなり、流動性を失って完全な固体となっている。
前述した製造方法では、品質がよく、信頼性が高い電極シートを製造するため、または製造時の安全性を確保するため、乾燥に長い時間および大きなコストをかけることが考えられる。すなわち、電極材ペーストの乾燥工程では、電極材ペーストへの熱の供給に伴う電極材ペースト表面からの溶剤蒸発で乾燥が進行する。この蒸発速度が大き過ぎると、電極箔1の表面の全体において均一な乾燥ができなくなる点、または形成した電極膜の厚さ方向の組成が不均一、不安定になる点などにより、乾燥工程の制約から、製造設備に大きな負担が必要となる。このような問題に対しては、ペーストを複数回に分けて塗布、乾燥する、または複数回に分けて塗布するペーストの組成を異なるものとして調整するなどの対策が考えられる。
また、電極材ペーストの乾燥工程における電極箔1の搬送速度は、1〜100m/分程度が用いられる。このとき乾燥時間としては、1〜100分程度の時間を用いて電極材ペーストを乾燥させる。
搬送速度の下限に近い領域、つまり、例えば搬送速度を1m/分などとする場合では、乾燥室6内の搬送速度が遅いため、比較的低い温度で、ゆっくりした乾燥が可能となり、乾燥室6も小さなもので済ますことが可能で、かつ、製造する電極膜の品質(例えば電極膜内の組成分布の均一性)も安定しやすい。しかし、搬送速度の下限に近い領域では電極シート製造の生産性が低いため、相対的に製造コストが増大し、安価なリチウムイオン電池を製造することが困難となる問題がある。
一方、搬送速度の上限に近い領域、つまり、例えば搬送速度を100m/分などとする場合では、電極シート製造の生産性を高めることは可能であるが、電極膜の品質を確保するために必要な乾燥時間を得るために、乾燥室6は非常に長大となってしまう。この場合には、乾燥室6自体の設備コスト、および大きな乾燥室6を操作するための大量の熱エネルギーなどのランニングコストが増加してしまう問題が生じる。このときの乾燥室6は、比較的低い温度で長い時間をかけて乾燥を行うために、例えば内部に100m程度の長い搬送路を有する必要がある。
このように相反する課題に対しては、両極端の中間領域で両者を調整し、経験的に最適値を求める方法で電極膜の製造工程および設備を構築することが考えられるが、この場合、両者の利点を最大限に活かすことができない。このような課題から、高速な乾燥を可能とし、かつ、高い電極膜の品質を保つことができるような、電極シートの製造方法を実現することが求められる。
また、電極シート製造の生産性を高めるために、高温で急激に電極材ペーストを乾燥させることも考えられる。しかし、このような方法では電極材ペーストの表面だけが先に乾燥し、電極材ペーストの内部と表面とで濃度差が生じる問題があるため、第1の比較例の製造方法では、電極材ペーストは時間をかけて乾燥させる必要がある。
図15に第2の比較例として、逐次両面塗布型の電極製造装置の構成を示す。
第2の比較例における電極膜の製造工程では、まず、ペーストを塗工部2に設置したダイコーターなどの塗工手段3を用いて、集電用電極箔ロール4から供給される電極箔1の表面に薄く、均一に塗布する。その後、電極箔1の裏面に接しながら電極箔1を一定速度で搬送するためのローラー搬送系5を用いて、ペーストを塗布した電極箔1を乾燥室6として示す熱風乾燥炉に搬送する。続いて、乾燥室6内で、電極材ペースト中の溶剤を加熱蒸発させて電極材ペーストを乾燥させることで、電極膜を形成する。この一連の工程は、図14を用いて示した第1の比較例と同様である。
第1の比較例では、上記工程を経て片面に電極膜を形成した電極箔1を巻き取った後、再度電極箔1の裏面に電極膜を形成する工程を行った。これに対し、第2の比較例では、両面塗布の場合に、乾燥工程を経た電極箔1を巻き取らず、次の塗工部2aで塗工手段3aを用いて電極箔1の裏面にペーストを塗布し、ローラー搬送系5aを用いて電極箔1を搬送し、裏面の電極材ペーストを乾燥室6aで乾燥する。これにより、電極箔1の両面に電極材ペーストを乾燥させた電極膜を形成することで、電極膜および電極箔1を含む電極シートを形成する。その後、電極シートを電極箔ロール7に巻き取った後、電極箔ロール7は次工程に供給される。
このような連続塗工の場合には、表面と裏面の両面に電極膜を形成した電極箔1を製造できるものの、乾燥室6、6aはそれぞれの塗工に対し、別々に必要となる。この場合も、図14を用いて説明したように、電極膜の品質を保つために、製造コストが増大するなどの問題がある。
図16に、第3の比較例として、前述した第1および第2の比較例の課題を解決するために考えられる両面塗工一括乾燥型の電極製造装置の構成を示す。
第3の比較例における電極膜の製造工程では、まず、ペーストを、塗工部2bに設置した表面用ダイコーターなどの塗工手段3b、および裏面用ダイコーターなどの塗工手段3cを用いて、集電用電極箔ロール4から供給される電極箔1の表面および裏面に薄く、均一に塗布する。塗工手段3bは、電極箔1の表面にペーストを塗布するための装置であり、塗工手段3cは、電極箔1の表面の反対側の裏面にペーストを塗布するための装置である。
その後、乾燥室6bとして示す熱風乾燥炉内において、電極材ペースト中の溶剤を加熱蒸発させて電極材ペーストを乾燥することで、電極箔1の両面に電極膜を形成し、これを巻き取って電極箔ロール7を形成する。この場合、表面および裏面に塗布した電極材ペーストを乾燥室6b内で同時に乾燥することが可能となるので、第2の比較例に比べ、乾燥設備は原理的に半減させることができ、設備コストおよびランニングコストの削減が期待できる。
しかし、この製造方法では、電極箔1の表面および裏面にペーストを塗布した状態で電極箔1をどのように搬送するのかが大きな課題となる。裏面にペーストを塗布した電極箔1に対しては、図14および図15に示す、接触式で安価なローラー搬送系の利用は原理的に困難となり、エアー浮上搬送系などの非接触式搬送系8の採用が不可避である。このような非接触式搬送系8は、ローラー搬送系5などに比べて相対的に高価であり、かつ、搬送の制御が困難であるなどの課題を持つため、第3の比較例の製造方法では、第1の比較例および第2の比較例において説明した課題を解決するには十分とはいえない。また、第3の比較例のように電極箔1の両面を一括乾燥させた場合であっても、第1の比較例において説明したように、急激な乾燥は行えず、長時間をかけて電極材ペーストの乾燥を行う必要があるため、電極膜の品質を保つために、製造コストが増大する問題がある。
また、熱風乾燥のみを用いて電極材ペーストを乾燥させると、電極材ペーストの流動性により、乾燥工程中に電極材ペースト中のバインダーが電極材ペーストの表面に偏析してしまい、電極材ペーストと電極箔1との結合性が低下する問題がある。
また、第1〜第3の比較例において説明した課題とは別に、以下の課題もある。すなわち、有機溶剤を用いたペーストを利用する場合、乾燥室内では可燃性の有機溶剤蒸気が発生するために、蒸気自体の漏洩防止および引火、爆発の危険への対処が必要となる。このため、乾燥室から吸引した蒸気をスクラバーなどで回収する必要が生じるほか、防爆化設備の設置など、乾燥に関わる各種のコスト増加が、リチウムイオン電池の製造コストを増大させる問題がある。このような課題も含めて、乾燥に伴う各種課題を同時に解決することが求められる。
上記問題点に鑑みて、実施の形態におけるリチウムイオン電池の製造方法およびリチウムイオン電池の製造装置について、以下に説明する。
(実施の形態1)
前述した第1〜第3の比較例の製造方法および製造装置は、集電用の電極箔の表面に塗工した液状の電極材ペーストをそのまま乾燥室に導入して乾燥するものである。これに対し、実施の形態1の製造方法は、乾燥工程の前に、液状の電極材ペーストを固化する工程を追加し、固化した電極材ペーストを乾燥するものである。この方法を用いることで、液状の電極材ペーストをそのまま乾燥することに起因する種々の問題を同時に回避することができる。
実施の形態1によるリチウムイオン電池の製造装置の構成、およびリチウムイオン電池の製造工程について、図1を用いて説明する。図1は、実施の形態1による片面塗布型の電極製造装置の構成を示す概略図である。
実施の形態1のリチウムイオン電池の製造工程では、まず、リチウムイオン電池用の正極または負極に塗布するペーストを高粘度のスラリー状の液体として調整し、かかるペーストを塗工部2に設置したダイコーターなどの塗工手段3を用いて、集電用電極箔ロール4から供給される電極箔1の表面に薄く、均一に塗布する。
実施の形態1の塗布する液状のペーストは、少なくとも、正極または負極活物質粉末を含み、場合によっては導電材粉末を含む。また、ペーストは、乾燥後において粉末成分間、または粉末成分と電極箔との間を結着するためのバインダーを含み、さらに、固化材を含み、これらの成分をスラリー状の高粘度液体ペーストとして調整するための第1の溶剤を含むものである。
つまり、ペーストは、正極または負極活物質粉末、バインダー、固化材、および第1の溶剤を含み、場合によっては導電材粉末を含んでいる。ただし、より好ましい手段としては、バインダーを固化材として用いることもできる。したがって、ペーストは、正極または負極活物質粉末、固化材として使用可能なバインダー、および第1の溶剤を少なくとも含んでいる。
次に、ペーストを塗布した電極箔1の裏面に接しながら、電極箔1を一定速度で搬送するためのローラー搬送系5を用いて、電極箔1を固化室9に搬入する。続いて、第2の溶剤(図示せず)を電極材ペーストに接触させることにより、電極材ペースト中の第1の溶剤を希釈して、電極材ペーストを固化する。さらに第3の溶剤(図示せず)を電極材ペーストに接触させることにより、電極材ペースト中に残留している第1の溶剤を第3の溶剤により排除して、電極材ペースト中の溶剤を第2の溶剤とする。
なお、ここでいう固化とは、物質を液状の状態から固体の状態に変化させ、その物質の流動性を低下させることをいう。固化させた物質の状態としては、完全に固体となっている場合も含むが、非常に低い流動性を有する場合、または内部に水分などを含み、多少の柔軟性を有する場合を含むものとする。固化工程を経ても、このように低い流動性を有する場合などは、その後に乾燥工程を要する。このため、実施の形態1では、固化工程の後に乾燥工程を設けることで、固化した電極材ペースト中の水分を蒸発させている。
第2の溶剤は、第1の溶剤とは異なり、バインダーを溶解しない性質を有するとともに、第1の溶剤と相互に溶解する性質を有することが必要である。第2の溶剤を電極材ペーストに接触させると、第2の溶剤は電極材ペースト中の第1の溶剤を希釈しながら電極材ペースト中に浸入する。電極材ペースト中で第2の溶剤の濃度が増加するとバインダーの溶解度が不足するようになるためバインダーは析出し、このとき、電極材ペースト中に含まれる活物質粒子間を活着することで電極材ペースト全体が固化する。このような固化の過程は乾燥などに要する時間より遥かに短い時間で生じるため、電極材ペーストの内部は流動性が低くなり、電極材ペースト中の各種成分の分布等はほぼ瞬間的に固定される。
第3の溶剤は、第2の溶剤と同様であり、バインダーを溶解しない性質を有するとともに、第1の溶剤と相互に溶解する性質を有することが必要である。第2の溶剤により電極材ペースト中の第1の溶剤を希釈した後、第3の溶剤を電極材ペーストに接触させることにより、電極材ペースト中に残留している第1の溶剤を第3の溶剤によって排除する。
電極材ペーストが固化された後、固化した電極材ペーストを保持した電極箔1を搬送する場合には、固化した電極材ペーストと接触する接触式のローラー搬送系5の使用も可能となる。すなわち、実施の形態1では、固化した電極材ペーストと接触する接触式のローラー搬送系5の使用も可能となるため、複雑で、かつ、高価なエアー浮上式の搬送系を用いる必要がなく、ローラー搬送系5を使用した安価な乾燥室6cを利用することができる。この利点は、実施の形態3において後述するように、電極ペーストを両面に形成した後、両面の電極ペーストを一括して乾燥する場合に、特に高い効果を発揮する。
次に、固化室9内で固化した電極材ペーストを保持した電極箔1を乾燥室6cに搬入し、熱風乾燥などの周知の手法で電極材ペースト中の第2の溶剤を加熱蒸発させて電極材ペーストを乾燥させることで、電極膜を形成する。乾燥工程を経た電極箔1を巻き取った電極箔ロール7は、次工程に供給される。ただし、電極箔1の裏面にも電極膜を形成する場合には、前述した工程を電極箔1の表面の反対側の裏面に対しても行い、両面に電極膜を形成した電極箔1からなる電極シートを製造してから、次の工程に進む。
乾燥室6cは、第1〜第2の比較例に示した乾燥室6、6aと同様の構造を有する装置であるが、それらの比較例の乾燥室6、6aに比べて、乾燥室6cは搬送路が短く、装置自体の大きさが小さい。例えば図1を用いて説明した実施の形態1の製造方法を用いれば、図14を用いて説明した第1の比較例の製造方法に比べて、乾燥室の長さは10分の1程度の長さ(例えば10m)で済む。
前述した工程により、正極用の電極箔(例えばAl(アルミニウム))の表面に正極用の電極膜を形成することで正極シートを形成する。また、前述した工程により、負極用の電極箔(例えばCu(銅))の表面に負極用の電極膜を形成することで負極シートを形成する。また、正極シートと負極シートとの間にセパレータを介在させた積層構造を形成する。セパレータの製造方法の詳細は、後に説明する。
前述した乾燥室6cでの乾燥工程では、流動性のある液状の電極材ペーストの乾燥ではなく、固化した電極材ペーストを乾燥すればよい。このため、固化室9を用いた固化工程の導入により、前述した第1〜第3の比較例の製造工程における電極材ペーストの乾燥の際に問題となる、電極材ペースト中の組成の変動、および膜厚変動の発生を防止しつつ、電極材ペーストを乾燥させることができ、短時間での急速乾燥が可能となる。
このため、実施の形態1のリチウムイオン電池の製造工程では、前述したように搬送経路が短い乾燥室6cを用いた場合、または搬送速度が速い製造装置を用いた場合であっても、電極膜の信頼性が低下することを防ぐことができる。また、より高温で急速に乾燥工程を行ったとしても、電極材ペーストは流動性を失っているため、電極材ペースト中で濃度分布が偏ることを防ぐことができる。したがって、乾燥設備を小型化することができ、さらに、リチウムイオン電池の製造工程におけるスループットを向上させ、製造コストを低減することができる。
このように、実施の形態1の主な特徴は、乾燥工程の前に、液状の電極材ペーストを、溶剤の置換により固化する工程を追加していることにある。
次に、図2に示すように、図1を用いて説明した工程により形成した正極シート10および負極シート11、ならびにそれらの電極シートの間に設けられたセパレータ12を積層して切断したものを、例えば円筒型の容器13内に組み込み、この容器13内に電解液を注液した後、封止することによって、リチウムイオン電池が完成する。
図2は、リチウムイオン電池の断面図である。図2に示すように、容器13、正極端子15、および負極端子16などにより、正極シート10、負極シート11、およびセパレータ12は封止されている。正極シート10は、金属膜からなる正極リード14を介してガス排出構造を有する正極端子15に電気的に接続されており、負極シート11は、金属膜からなる負極リード(図示せず)を介して負極端子16に電気的に接続されている。
容器13内において、正極シート10、セパレータ12、負極シート11、およびセパレータ12の順に積層された積層膜は、正極シート10および負極シート11が繰り返し交互に積層され、隣り合う正極シート10と負極シート11との間にセパレータ12が介在する構造を有しており、この積層膜が円筒状の容器13内に巻かれた状態で封入されている。
実施の形態1の特徴は、図1を用いて説明したように、乾燥工程前に固化工程を行うことで第2の溶剤による第1の溶剤の希釈および第3の溶剤による第1の溶剤の排除が起こり、乾燥室6c内で除去する電極材ペースト中の溶剤は、その殆どがペースト調整に使用する第1の溶剤ではなく、第2の溶剤となることにある。これにより、乾燥時に除去する溶剤を、ペースト塗布時のペースト中の溶剤と異なる溶剤にすることで、乾燥に伴う製造上の問題を回避することができる。
具体的には、ペースト塗布時のペースト中に含まれる溶剤成分としての第1の溶剤が可燃性溶剤であっても、固化工程でペースト中の第1の溶剤が第2の溶剤に希釈され、さらに第3の溶剤で排除されるので、第2の溶剤として不燃性溶剤を用いれば、乾燥室6cでの可燃性溶剤蒸気の発生を防ぐことが可能である。このため、可燃性蒸気の扱いに伴う各種安全対策を行う必要がなく、また、蒸気の回収設備を設ける必要性がなくなるため、設備上のコスト増加を防ぐことが可能となる。
次に、実施の形態1によるリチウムイオン電池を構成する各材料、およびリチウムイオン電池を製造する際に用いる各材料について詳しく説明する。
実施の形態1で用いる正極活物質は、例えばコバルト酸リチウムまたはMn(マンガン)を含有するスピネル構造のリチウム含有複合酸化物を用いることができる。また、正極活物質には、Ni(ニッケル)、Co(コバルト)、Mn(マンガン)を含む複合酸化物、またはオリビン型リン酸鉄に代表されるオリビン型化合物などを用いることもできる。ただし、正極活物質に用いる材料は、これらに限定されるわけではない。
Mn(マンガン)を含有するスピネル構造のリチウム含有複合酸化物は熱的安定性に優れているため、これを含む電極シートを形成することで、安全性の高い電池を構成することができる。また、正極活物質には、Mn(マンガン)を含有するスピネル構造のリチウム含有複合酸化物のみを用いてもよいが、他の正極活物質を併用してもよい。このような他の正極活物質としては、例えばLi1+xMO2(−0.1<x<0.1、M:Co、Ni、Mn、Al、Mg、Zr、Tiなど)で表わされるオリビン型化合物などが挙げられる。また、層状構造のリチウム含有遷移金属酸化物の具体例としては、LiCoO2またはLiNi1−xCox−yAlyO2(0.1≦x≦0.3、0.01≦y≦0.2)などを用いる事ができる。また、層状構造のリチウム含有遷移金属酸化物には、少なくともCo(コバルト)、Ni(ニッケル)、およびMn(マンガン)を含む酸化物(LiMn1/3Ni1/3Co1/3O2、LiMn5/12Ni5/12Co1/6O2、LiNi3/5Mn1/5Co1/5O2など)などを用いることができる。
実施の形態1で用いる負極活物質は、例えば天然黒鉛(鱗片状黒鉛)、人造黒鉛、または膨張黒鉛などの黒鉛材料を用いることができる。また、負極活物質には、ピッチを焼成して得られるコークスなどの易黒鉛化性炭素質材料を用いることもできる。また、負極活物質には、フルフリルアルコール樹脂(PFA)、ポリパラフェニレン(PPP)、またはフェノール樹脂などを低温焼成して得られる非晶質炭素などの難黒鉛化性炭素質材料を用いてもよい。また、炭素材料の他に、Li(リチウム)またはリチウム含有化合物なども負極活物質として用いることができる。
リチウム含有化合物としては、Li−Alなどのリチウム合金、あるいはケイ素(Si)またはSn(スズ)などとLi(リチウム)との合金化が可能な元素を含む合金が挙げられる。さらに、Sn酸化物またはSi酸化物などの醗化物系材料も用いることも可能である。
実施の形態1で用いる導電材は、正極合剤層に含有させる電子伝導助剤として用いるもので、例えばカーボンブラック、アセチレンブラック、グラファイト、カーボンファイバー、またはカーボンナノチューブなどの炭素材料が好ましい。上記炭素材料の中でも、添加量と導電性の効果、および正極合剤層含有組成物(後述する)の製造性の点から、アセチレンブラックなどを用いることが特に好ましい。導電材は負極合剤層の材料として用いることも可能であり、好ましい場合もある。なお、ここでいう正極または負極の合剤層とは、上記電極材ペースト、またはこれを固化、乾燥させた導電膜のことである。
実施の形態1では、バインダーを固化材として用いることもできるため、以下に示すようなバインダーを用いることができる。
実施の形態1で用いるバインダーは、活物質および電子伝導助剤を結着するためのバインダーも含有していることが好ましい。バインダーとしては、例えばポリビニリデンフルオライド系ポリマー(主成分モノマーであるビニリデンフルオライドを80質量%以上含有する含フッ素モノマー群の重合体)、またはゴム系ポリマーなどが好適に用いられる。上記ポリマーは、2種以上を併用してもよい。また、バインダーは、溶媒に溶解した溶液の形態で供されるものが好ましい。
上記ポリビニリデンフルオライド系ポリマーを合成するための含フッ素モノマー群としては、ビニリデンフルオライド、またはビニリデンフルオライドと他のモノマーとの混合物で、ビニリデンフルオライドを80質量%以上含有するモノマー混合物などが挙げられる。他のモノマーとしては、例えばビニルフルオライド、トリフルオロエチレン、トリフルオロクロロエチレン、テトラフルオロエチレン、ヘキサフルオロプロピレン、およびフルオロアルキルビニルエーテルなどが挙げられる。
上記ゴム系ポリマーとしては、例えばスチレンブタジエンゴム(SBR)、エチレンプロピレンジエンゴム、およびフッ素ゴムなどが挙げられる。
正極および負極の各合剤層中におけるバインダーの含有量は、乾燥後の電極膜を基準として0.1質量%以上、より好ましくは0.3質量%以上であって、10質量%以下、さらに、5質量%以下であることがより望ましい。バインダーの含有量が少な過ぎると、固化工程における固化が不十分となるばかりでなく、乾燥後の合剤層の機械的強度が不足し、合剤層が電極箔から剥離する問題がある。また、バインダーの含有量が多過ぎると、合剤層中の導電材の量が減少して、電池容量が低くなる虞がある。
実施の形態1で用いる固化材は、上記バインダーと同じもの、または上記バインダーとして用いることができる複数の材料の混合物が用いられる。バインダーとしての性能を持たず、固化材としての性能を有する成分をバインダーに加えて使用することも可能である。
次に、実施の形態1によるリチウムイオン電池の各材料について説明する。
実施の形態1において、電極箔にペーストを塗布する方法として、例えば押出しコーター、リバースローラー、ドクターブレード、アプリケーターなどを用いた塗布方法を用いることができる。
実施の形態1で用いる電極箔は代表的に示したものであり、シート状の箔に限定されることはない。その基体としては、例えばAl(アルミニウム)、Cu(銅)、ステンレス鋼、またはTi(チタン)などの純金属または合金性導電材料を用いて、その形状として、網、パンチドメタル、フォームメタル、または板状に加工した箔などが用いられる。電極箔の厚さとしては、例えば5〜30μm、より好ましくは8〜16μmが選択される。また、電極箔の一方の面に形成される電極膜の厚さは、乾燥後の厚さで、例えば10〜300μm、より好ましくは30〜150μmを選択できる。
実施の形態1で用いる溶剤は、塗布工程のペーストに含まれる第1の溶剤と、第1の溶剤を希釈する第2の溶剤と、第1の溶剤を排除する第3の溶剤とを適切に選択して使うことが重要である。これらの溶剤は、バインダーの溶解性、および溶剤相互の溶解性を考慮して選択する。
第1の溶剤としては、N−メチル−2−ピロリドン(NMP)、ジメチルスルホキシド、プロピレンカーボネート、ジメチルホルムアミド、もしくはγ−ブチロラクトンなどに代表される非プロトン性極性溶剤、またはこれらの混合液を選択できる。
また、第2の溶剤および第3の溶剤としては、水、エタノール、イソプロピルアルコール、もしくは酢酸などに代表されるプロトン性極性溶剤またはこれらの混合液を選択できるが、ここに挙げた例に限定されるわけではない。場合によっては第2の溶剤および第3の溶剤として、脂肪族飽和炭化水素、脂肪族アミン類、エステル類、エーテル類、またはハロゲン系各種溶剤などを選択することも可能である。
実施の形態1における溶剤の選択は、電極材ペーストに用いる固化成分の選択とそれに合致した3種の溶剤の組み合わせに依存する。第1の溶剤を非プロトン性極性溶剤またはこれらの混合液とし、第2の溶剤および第3の溶剤をプロトン性極性溶剤またはこれらの混合液とすることで、塗布工程のペースト中ではバインダーが固化せず、固化工程の電極材ペースト中でバインダーを容易に固化することができる。これにより、第2の溶剤を電極材ペーストに接触させるまでは、電極材ペーストを電極箔の表面に広く塗布することができる一方で、第2の溶剤を電極材ペーストに接触させれば、バインダーを容易に固化させることができる。
次に、実施の形態1による固化手段、つまり第2の溶剤および第3の溶剤を用いた固化の方法および固化工程に用いる製造装置について説明する。
実施の形態1の固化手段は、電極箔の表面に塗布した第1の溶剤を含む電極材ペーストに第2の溶剤を接触させて電極材ペースト中の第1の溶剤を第2の溶剤で希釈し、第1の溶剤の濃度を固化が生じるまで希釈する機能を有するものである。さらに、第2の溶剤で希釈した後に、電極材ペースト中に残存している第1の溶剤を第3の溶剤で排除し、電極材ペースト中の混合溶剤を第2の溶剤に置換する機能を有するものである。
希釈による固化を実行する手段としては、電極箔の表面に保持した電極材ペーストに第2の溶剤をスプレーで吹きかける方式、第2の溶剤を溜めた液槽内に、電極箔の表面に保持した電極材ペーストを通過させる方式、および第2の溶剤を流下しながら供給する方式などが考えられる。図17は、比較例として示す、電極箔の表面にスプレーで第2の溶剤を吹きかける固化装置を示す概略図である。図17では、図の左側から右側に向かって電極箔1が搬送されている。
図17に示すように、スプレーを用いて溶剤を供給する装置は、固化室9aを有しており、固化室9aの底部の液槽内には第2の溶剤17が溜められている。固化室9aの内部には、ローラー搬送系5により搬送される電極箔1が通過する経路があり、電極箔1は、ローラー搬送系5により、固化室9aの外部から内部へ入り、その後、固化室9aの外部へ搬送される。
電極箔1の表面には第1の溶剤を含む電極材ペースト18が塗布されており、液槽内の第2の溶剤17は、ポンプ20により固化室9a内の上部に送られ、電極材ペースト18の上方の噴射器19から電極材ペースト18に向かって吹きかけられる。これにより、第1の溶剤が第2の溶剤17によって希釈されて、電極材ペースト18が固化する。ただし、スプレーで第2の溶剤17を吹きかける比較例の方法では、電極材ペースト18に第2の溶剤17が衝突して電極材ペースト18の厚さが変動する問題がある。さらに、固化室9aの底部の浴槽内に流出する余分な第2の溶剤17とともに、溶解しているバインダーが流出してしまう問題がある。
また、第2の溶剤を電極材ペーストに供給する方法としては、電極材ペーストを表面に塗布した電極箔を、第2の溶剤を溜めた液槽に浸漬させることで、第2の溶剤を電極材ペーストに接触させて固化工程を行うことが考えられる。しかし、この方法では電極材ペースト中のバインダーが第2の溶剤に過度に晒されて流れ落ち、電極材ペースト中の結合力および電極材ペーストとその下地の電極箔との結合力が低下する問題が生じる。
そこで、実施の形態1の固化工程では、まず、第2の溶剤を含む加熱蒸気を電極材ペーストに供給し、第1の溶剤を第2の溶剤で希釈した後、さらに、電極材ペースト中に残存する第1の溶剤を第3の溶剤で排除する。詳細は後述するが、この方法により、電極材ペーストの厚さの変動および電極材ペースト中のバインダーの流出などの問題を回避することができる。
実施の形態1の固化工程に用いる製造装置には、電極箔のように薄く変形しやすいものを、非接触で安定に搬送する方法の一つである、空気浮上搬送技術を採用する。これは、電極箔の下側から、大気圧より高い圧力で空気を噴出させることで、電極箔と搬送装置との間に薄い空気膜を形成し、電極箔をわずかに搬送面から浮上させて搬送する技術である。この場合、電極箔と搬送装置とが直接接触しないため、接触式のローラコンベアとは異なり、低振動で高速に搬送でき、電極箔のシート面に微小な擦り傷がつくことを防ぐことができる。
実施の形態1の空気浮上搬送装置の俯瞰図を図3に示す。電極箔を搬送する面、すなわち空気浮上搬送装置21の上面には、複数のピンホール24が均一に分布して設けられており、ピンホール24から空気を噴出して電極箔との隙間に薄い空気膜を形成する。空気の噴出にはピンホール24の代わりに溝を用いてもよく、または多孔質材料を用いてもよい。この空気膜により、薄くて変形しやすい特性を有する金属箔に、均一な圧力を付与し、変形を防いで金属箔を搬送することができる。
この空気浮上搬送装置を用いた電極箔搬送装置を図4に示す。図4は、実施の形態1の固化工程に用いる電極箔搬送装置の断面図である。
電極箔搬送装置22は、図1に示す固化室9内に配置され、電極箔1を搬送する役割と、電極箔1の表面に塗布された電極材ペースト18に対して第2の溶剤を供給する役割とを有している。電極箔搬送装置22は対向して設けられた二つの空気浮上搬送装置、すなわち第1空気浮上搬送装置(第1の装置)21aおよび第2空気浮上搬送装置(第2の装置)21bを有しており、電極箔1は、第1空気浮上搬送装置21aと第2空気浮上搬送装置21bとの間を浮上し搬送される。電極箔1の表面には、第1空気浮上搬送装置21aから、空気膜を形成する空気流が常に供給されている。同様に、電極箔1の裏面には、第2空気浮上搬送装置21bから、空気膜を形成する空気流が常に供給されている。なお、図4では、電極箔1の表面に断続的に複数の電極材ペースト18を形成しているが、電極箔1の表面の電極材ペースト18は分離させずに、一括で長く延在するように塗布されていても構わない。
第1および第2空気浮上搬送装置21a、21bは、図3にも示したように、電極箔1と対向する方の面に、大気圧より高い力で空気を排気するピンホール24を複数有している。例えば第2空気浮上搬送装置21bの上面には、ピンホール24(図3参照)が規則正しく並んで形成されており、浮上させる対象の電極箔1の裏面に均一に空気を供給することを可能としている。なお、図4では第2空気浮上搬送装置21bの下方の一箇所から高圧空気が供給されているが、より均一に電極箔1の裏面に空気を供給するため、高圧空気を第2空気浮上搬送装置21bに送り込む箇所を複数に分けてもよい。これは、第1空気浮上搬送装置21aも同様である。なお、ここで「高圧」とは、特に規定しない限り、大気圧よりも高い圧力という意味である。
次に、空気浮上して搬送される電極箔1の表面に塗布された電極材ペースト18に、上記空気膜を形成する空気を経由して第2の溶剤の蒸気を供給する方法、および電極箔搬送装置から排出される空気流を利用して、電極材ペースト18に第3の溶剤を供給する方法について説明する。なお、ここでは第2の溶剤および第3の溶剤を水とする場合について説明するが、第2の溶剤および第3の溶剤は、水に限らず前述した他の液体を用いたものであっても構わない。
水の各種蒸気の分布を図5に示す。図5は、横軸を圧力とし、縦軸を温度とするグラフであり、円弧は飽和点を示す。この飽和点の上側は、第2の溶剤である水が気体の水蒸気である領域であり、円弧の下側は、第2の溶剤である水が液体として存在する領域である。円弧の上側、すなわち加熱蒸気領域にある水蒸気を冷却すると、水蒸気の温度が飽和点を下回った時点から凝縮が起こり、液体の水が生じる。つまり図5は、圧力条件によって異なる水の飽和点を示すグラフである。
上記水蒸気凝縮の原理を応用した実施の形態1によるリチウムイオン電池の製造装置を構成する固化装置を図6に示す。
固化装置25は、希釈固化部38と溶剤置換部39とからなる。
まず、希釈固化部38について説明する。希釈固化部38では、電極箔1の表面に塗布された電極材ペースト18に第2の溶剤である水の蒸気を供給して、電極材ペースト18を固化する。
希釈固化部38は、対向して設けられた二つの空気浮上搬送装置、すなわち第1空気浮上搬送装置(第1の装置)21aおよび第2空気浮上搬送装置(第2の装置)21bを備える電極箔搬送装置22Aを有している。さらに、電極箔搬送装置22Aの下部の第2空気浮上搬送装置21bを介して電極箔1の裏面に高圧低温空気を供給する高圧低温空気供給部(低温空気生成機構)26と、電極箔搬送装置22Aの上部の第1空気浮上搬送装置21aを介して電極箔1の表面に高圧加熱蒸気を供給する高圧加熱蒸気供給部(蒸気生成機構)27とを有している。つまり、電極箔1には、第2空気浮上搬送装置21bを通って低温の空気または窒素などの不活性気体が吹きつけられ、第1空気浮上搬送装置21aを通って蒸気が吹きつけられる。
第1空気浮上搬送装置21aと第2空気浮上搬送装置21bとは第1の間隔を有して配置されており、電極箔1は、第1空気浮上搬送装置21aと第2空気浮上搬送装置21bとの間を、その表面に電極材ペースト18を保持した状態で浮上して搬送される。つまり、第1空気浮上搬送装置21aと第2空気浮上搬送装置21bとは、電極箔1を挟んで互いに対向している。
高圧低温空気供給部26は、ペルチェ素子28を用いた熱交換器30、31、温度センサ29、温度コントローラ32、および電流制御DC電源33から構成され、温度コントローラ32で高圧低温空気の温度管理がなされる。温度センサ29は温度コントローラ32に接続され、電流制御DC電源33は、温度コントローラ32およびペルチェ素子28に接続されている。
ペルチェ素子28は上下に配置された二つの熱交換器30、31の間に配置され、ペルチェ素子28の下の熱交換器30を冷却する機能を有している。ペルチェ素子28の上の熱交換器31は、容器と、容器内の底部の複数の放熱フィンと、放熱フィンの上部に配置され、放熱フィンに空気を送るファンとを含み、放熱機能を有しており、熱交換器30は、その内部を通る管内の空気を冷却する機能を有している。高圧低温空気供給部26から供給される低温の空気の温度は、図5に示す飽和点未満の温度とする。この高圧低温空気により電極箔1および電極材ペースト18を冷却し、電極材ペースト18の表面に第2の溶剤を結露させるためである。
高圧加熱蒸気供給部27は、第2の溶剤である水35をポンプ20によりステンレス製缶体34内に注入し、その水35をヒーター36で加熱することで発生した飽和蒸気を、さらに加熱コイル37で加熱し、高圧加熱蒸気を発生させる装置である。なお、高圧低温空気供給部26および高圧加熱蒸気供給部27は、上記構成に限られず、他の手法を用いて高圧低温空気および高圧加熱蒸気を供給する装置であってもよい。供給される蒸気の温度は、図5に示す飽和点以上の温度とする。つまり、第2の溶剤が水の場合、大気圧以上の圧力下においては、蒸気の温度は必ず100℃以上とする。
電極箔1の裏面には、高圧低温空気供給部26により、上記高圧加熱蒸気よりも低い温度に冷却された空気が、第2空気浮上搬送装置21bを通じて供給され、電極箔1は上記高圧加熱蒸気よりも低温に保持される。一方、電極箔1の表面には、高圧加熱蒸気供給部27により生成された、第2の溶剤である水を含む加熱蒸気が、第1空気浮上搬送装置21aを通じて供給される。加熱蒸気は低温に保持された電極箔1に接触すると熱を奪われて飽和点を下回り、電極箔1の表面に保持した電極材ペースト18の表面に、凝縮した微細な水粒子が均一に生成される。この水粒子は速やかに電極材ペースト18に浸透し、電極材ペースト18中の第1の溶剤が第2の溶剤である水で希釈されることで、電極材ペースト18が固化する。
電極材ペースト18中の第1の溶剤を希釈する第2の溶剤である水の量は、高圧加熱蒸気の水蒸気量、高圧低温空気の温度または電極箔1の搬送速度によって主に決定され、これらの値を適宜選択することにより、電極材ペースト18が固化し、かつ、水の流出が生じない最適な水量を容易に得ることができる。また、図17を用いて説明したようなスプレーで第2の溶剤を吹きかける方式、または第2の溶剤を流下しながら供給する方式では、電極材ペースト18に第2の溶剤が衝突して電極材ペースト18の厚さが変動する。しかし、実施の形態1では、第2の溶剤は電極材ペースト18の表面に結露させて生成するので、電極材ペースト18の厚さに影響を与えることがなく、均一な厚さが保たれる。
次に、溶剤置換部39について説明する。溶剤置換部39では、希釈固化部38において固化された電極材ペースト18に第3の溶剤を供給して、電極材ペースト18中に残存する第1の溶剤を第3の溶剤によって排除する。希釈固化部38において電極材ペースト8中の第1の溶剤は第2の溶剤によって希釈されるが、完全に第1の溶剤が排出されておらず、10〜20%程度の第1の溶剤が残留する。そこで、溶剤置換部39において、電極材ペースト18中に残存する第1の溶剤を第3の溶剤により排除して、電極材ペースト18中の混合溶剤を第2の溶剤に置換する。
溶剤置換部39は、希釈固化部38と同様に、対向して設けられた二つの空気浮上搬送装置、すなわち第1空気浮上搬送装置(第1の装置)23aおよび第2空気浮上搬送装置(第2の装置)23bを備える電極箔搬送装置22Bを有している。電極箔搬送装置22Bの上部の第1空気浮上搬送装置23aおよび下部の第2空気浮上搬送装置23bは高圧乾燥空気を供給する供給源に接続されている。この高圧乾燥空気は一般的に工場に供給されている高圧乾燥空気を用いることができる。つまり、電極箔1には、第1空気浮上搬送装置23aおよび第2空気浮上搬送装置23bを通って上下から空気が吹きつけられる。
希釈固化部38の電極箔搬送装置22Aと溶剤置換部39の電極箔搬送装置22Bとの間には電極箔1の表面の上方を覆うカバー40を有しており、カバー40と電極箔1との間には直方体の空間42が形成されている。この直方体の空間42は、希釈固化部38の電極箔搬送装置22Aを構成する第1空気浮上搬送装置21aと第2空気浮上搬送装置21bとの間、および溶剤置換部39の電極箔搬送装置22Bを構成する第1空気浮上搬送装置23aと第2空気浮上搬送装置23bとの間に繋がっている。さらに、この直方体の空間42は、電極箔1が搬送される方向(以下、電極箔の搬送方向と記す)と電極箔1の表面で直交する方向(以下、電極箔の搬送方向と直交する方向と記す)に、電極箔1の両側面に沿った開口部(図7に符号43で示す開口部)を有している。
図7に、固化装置を上面から見た概略図を示す。図7中、細い矢印は電極箔搬送装置22A、22Bから開口部43へ向かう空気の流れを示す。また、星型は電極材ペーストの中央部への第3の溶剤である水の落下点を示し、太い矢印は上記空気の流れに沿って開口部43に向かう第3の溶剤である水の流れを示す。
この直方体の空間42では、希釈固化部38の第1および第2空気浮上搬送装置21a、21bと溶剤置換部39の第1および第2空気浮上搬送装置23a、23bの双方から排出された空気が開口部43に向かう空気流を形成している。この電極箔1の表面での空気の流れは均一ではなく、電極箔1の搬送方向と直交する方向における中央部では、その速度がゼロである。
図6に示すように、カバー40の中央にはノズル41を有しており、ノズル41のもう一端は水供給部に接続されている。図7に示すように、供給部から供給される水は、電極箔1の搬送方向と直交する方向における電極箔1の中央部で接触し、上記空気流に沿って電極箔1の表面を横断し、直方体の空間42の電極箔1の両側面に沿って設けられた開口部43に向かって流れ出る水流を形成する。このときの水流は連続した流れであっても、あるいはシャワーのような不連続な水流であってもよい。
希釈固化部38を通過して固化された電極箔1は、溶剤置換部39のカバー40の下の直方体の空間42に入り、電極材ペースト18の表面は水流に接触する。このとき電極材ペースト18は既に固化されているのでバインダーなどの溶質は流出しないが、電極材ペースト18中に残存する第1の溶剤と第2の溶剤である水との混合溶剤は第3の溶剤である水と接触し、第1の溶剤は浸透圧の差で水に溶融する。その結果、第1の溶剤はその多くが水流とともに排出され、混合溶剤は実質的に第2の溶剤に置換される。さらに電極材ペースト18の表面は、溶剤置換部39の第1空気浮上搬送装置23aと第2空気浮上搬送装置23bとの間に入るときに、第1および第2空気浮上搬送装置23a、23bから排出される空気の強い流れに接する。ここで電極材ペースト18の表面にある第1、第2、および第3の溶剤は吹き払われ、電極材ペースト18に残留する第1の溶剤の量はさらに少なくなる。この結果、電極材ペースト18中に浸透している溶剤は、第1の溶剤はわずかに含まれるものの、その多くは第2の溶剤となる。
図3および図4を用いて説明したように、第1空気浮上搬送装置21aの下面には、ピンホール24(図3参照)が規則正しく並んで形成されており、電極箔1の表面に塗布された電極材ペースト18の表面に均一に蒸気を供給することを可能としている。これにより、電極材ペースト18の表面には均一な量で第2の溶剤が結露するため、電極材ペースト18は一様に同じ品質で固化する。したがって、電極材ペースト18の部分によって固化の状態にばらつきが生じることを防ぐことができるため、リチウムイオン電池の品質を向上させることができる。
また、第2の溶剤に電極箔1を浸漬させて固化を行う場合に比べて、バインダーが過度に流れ落ちることを防ぐことができる。さらに、溶剤置換部39の第1および第2空気搬送装置23a、23bを通過してきた電極材ペースト18の第1の溶剤の存在量はわずかであり、第1の溶剤の濃度が高い時に生じる、乾燥工程中での第1の溶剤の濃度変化による固化したバインダーの再溶解は発生しない。したがって、電極材ペースト18中の結合力および電極材ペースト18と電極箔1との結合力が低下することを防ぐことができ、リチウムイオン電池の信頼性を向上させることができる。
なお、図6に示す電極箔搬送装置22Aは逆に、下方から高圧加熱蒸気が供給され、上方から高圧低温蒸気が供給される構造を有していてもよい。
図3、図4、および図6では、空気浮上搬送装置の一つの面に規則正しくピンホール24(図3参照)を配置する場合について説明した。ピンホール24の配置方法は、例えば上記面に沿い、互いに直交する二つの方向にピンホール24を複数並べることで、マトリクス状にピンホール24を並べてもよい。また、例えば上記面の中心から同心円状に描かれた複数の円を想定し、それらの円に沿って複数のピンホール24を並べてもよい。
また、ピンホール24の配置は規則正しい配置ではなくてもよく、電極箔1に対して均一に空気または蒸気を供給することができる配置であれば、適宜変更することが可能である。また、ピンホールに限らず、例えば図6に示す第1空気浮上搬送装置21aの下面であって、電極箔1と対向する面に溝を複数形成し、溝に蒸気を通すことで、電極箔1の表面に塗布した電極材ペースト18の表面に均一に蒸気を供給してもよい。この場合の溝の形状としては、例えば上記面の中心から放射線状に複数の溝を形成する場合が考えられる。また、複数の溝と、複数のピンホールを組み合わせて、例えば上記面に格子状の溝を形成し、格子状の溝の交点にピンホールを形成してもよい。
また、図3、図4、および図6に示す第1および第2空気浮上搬送装置21a、21bはピンホールまたは溝を用いたものではなく、多孔質の板を介して電極箔1の面に空気を供給するものであってもよい。多孔質の板を用いることで、電極箔1の面全体に均一に空気を吹き付け、電極箔1を浮上させることが可能である。また、多孔質の板を用いることで、電極箔1の面全体に均一に第2の溶剤からなる蒸気を吹き付けることが可能となる。
図1に示す乾燥室6cで行う電極材の乾燥手段は、温風乾燥を用いることが考えられるが、これに限定されるものではない。乾燥手段としては、赤外線、遠赤外線、または可視光などの電磁波を照射する加熱方式であってもよい。また、高周波電場による誘電加熱方式、または磁束の変化を利用する誘導加熱方式を用いることも可能である。さらにはヒーターを組み込んだ加熱ロールまたはホットプレートなどを利用する接触加熱方式を用いてもよく、前述した乾燥手段のいくつかを組み合わせた加熱方式も用いることもできる。
次に、実施の形態1によるリチウムイオン電池の製造工程において行う各工程について説明し、比較例を用いて、乾燥工程の前に固化工程を行うことによる効果を説明する。ここでは、一例として正極シートの製造工程について説明する。
正極活物質には、リチウム遷移金属複合酸化物としてのニッケルコバルトマンガン酸リチウムを選択することができる。上記リチウム遷移金属複合酸化物と、導電材の黒鉛粉末と、導電材のアセチレンブラックと、固化材としてのバインダーとなるポリフッ化ビニリデン(PVDF)とを、重量比で85:8:2:5となる割合で混合し、さらに第1の溶剤であるN−メチル−2−ピロリドン(NMP)を逐次添加する。これらの混合成分を、プラネタリーミキサーで混練してペーストを調整する。ペーストはスラリー状の液体であり、ペースト中には固化材としてのバインダーがNMP中に溶解している。回転粘度計で測定したペーストの粘度は約10Pa・Sとなる。
このようにして混練したペーストを厚さ20μmのアルミニウム箔(正極集電体)の表面に厚さ100μmとなるようアプリケーターで塗布する。上記塗布工程が、アルミニウム箔の表面に塗工手段を用いて液状のペーストを塗布する実施の形態1の第1の工程である。
次に、上記ペーストを塗布したアルミニウム箔に、第2の溶剤である水の蒸気を、図6を用いて説明した固化装置25の希釈固化部38に備わる電極箔搬送装置22Aを用いて供給することで、電極材ペーストを固化する。固化現象は、電極材ペースト中の第1の溶剤であるNMPが第2の溶剤である水により希釈されることで、電極材ペースト中のバインダーが不溶化して析出し、正極剤粒子間を結着する現象である。このようにして固化した電極材ペーストは流動性および粘着性がなくなり、アルミニウム箔に保持されているため、電極材ペーストの表面にローラーを接触させるローラー搬送にも十分に耐えることができる。
また、第2の溶剤である水を蒸気で電極材ペーストへ供給するので、電極材ペーストの表面を一様に同じ品質で固化することができ、また、電極材ペースト中のバインダーが過度に流れ落ちることを防ぐことができる。
続いて、電極材ペースト中の第1の溶剤であるNMPを第2の溶剤である水の蒸気で希釈した後、電極材ペーストの表面に、第3の溶剤である純水を、図6を用いて説明した固化装置25の溶剤置換部39において供給する。これにより、電極材ペースト中に残存している第1の溶剤であるNMPが第3の溶剤である純水により排除されて、電極材ペースト中の混合溶剤が第2の溶剤である水に置換される。
上記固化工程が、電極材ペーストに含まれる第1の溶剤であるNMPを第2の溶剤である水で希釈して、電極材ペーストを固化し、その後、電極材ペーストに残存している第1の溶剤であるNMPを第3の溶剤である純水により排除する実施の形態1の第2の工程である。
次に、上記第2の工程により固化した電極材ペーストを、温風乾燥炉内で120℃の温度で10分間乾燥し、電極材ペースト中の水分、例えば第2の溶剤である水および微量に残留した第1の溶剤であるNMPを蒸発除去することで、アルミニウム箔の表面に電極膜を形成したリチウムイオン電池用の正極シートを形成する。上記乾燥工程が、電極材ペーストから液体成分を除去して乾燥する実施の形態1の第3の工程となる。
一方、比較例として、実施の形態1のように、乾燥工程前の固化工程を行わない場合のリチウムイオン電池の製造工程を以下に説明する。
比較例のリチウムイオン電池の製造工程では、実施の形態1と同じ成分のペーストをアルミニウム箔の表面に塗布する。そして、そのまま、温風乾燥炉内でアルミニウム箔の表面に塗布した電極材ペーストを120℃の温度で10分間乾燥し、電極材ペースト中の第1の溶剤であるNMPを蒸発除去することで、アルミニウム箔の表面に電極膜が形成されたリチウムイオン電池用電極を形成する。このように、比較例では、実施の形態1の固化工程を省略した製造方法で、実施の形態1と同じ組成のリチウムイオン電池用電極を製造する。
ここで、実施の形態1の製造方法と比較例の製造方法で得られた電極膜の種々の特性を比較した表を、図8に示す。前述したように、固化工程を持つ実施の形態1では、乾燥工程を行う前の状態で電極材ペーストが固化しているのに対し、比較例の製造方法の乾燥工程では、液体の電極材ペーストを、例えば温風乾燥炉で乾燥する。したがって、実施の形態1では、乾燥工程においてローラーなどを電極材ペーストに接触させて搬送することが可能となるのに対し、比較例の製造方法では、そのような搬送方法を用いることは原理的に不可能である。
また、実施の形態1の効果は、電極膜の組成分布などに顕著に現れる。乾燥後の電極膜に対しては、分析手法として走査電子顕微鏡(SEM:Scanning Electron Microscope)およびエネルギー分散X線分析装置(EDX:Energy Dispersive X-ray spectroscopy)を利用することで、電極膜の断面の厚さ方向の組成分布を測定することが可能である。この手法で測定したバインダー成分の膜厚方向の濃度が、電極膜の表面とアルミニウム箔に接する底面とでその比が2倍以上となる場合を分布大、2倍より小さな場合を分布小として定義する。分布の比較では、実施の形態1の電極膜は分布小であり、比較例の電極膜は分布大となり、顕著な違いが認められる。
バインダー成分の分布は、比較例の製造方法では電極材ペーストの乾燥時に電極材ペーストのが液状であるため、電極膜内にバインダー等の成分の物質移動、すなわち対流または拡散が生じるために発生するものと推定される。これに対し、実施の形態1では、固化工程で電極材ペーストが固化すると同時に電極材ペーストの成分は固定化され、乾燥時に移動しなくなるために分布が小さくなる。
また、電極膜の観察から得られる電極膜内の固体粒子である正極活物質および導電材の分布についても、比較例の製造方法では分布が大であるのに対し、実施の形態1の電極膜は分布が小となり、均一な膜であると認められる。
以上に説明したように、実施の形態1の固化工程の採用は、製造装置、プロセス条件を改善させることができ、また、電極膜の組成の均一性の向上といった品質面の向上させることができる。なお、実施の形態1の効果は、前述した正極材料を含む正極電極膜でのみ得られるのではなく、負極電極膜でも同様に得られるものである。
また、比較例の製造方法は、乾燥時に電極材ペーストの組成および膜厚が変動する問題を有しているが、実施の形態1によれば、乾燥工程前に固化工程を導入することにより、電極材ペーストの組成および膜厚を安定して維持することができる。また、実施の形態1では固化工程を行うことで、前述した各種の変動が起こる虞を排除した後に乾燥を行うことができるため、短時間での急速乾燥が可能となる。したがって、実施の形態1の製造装置を用いたリチウムイオン電池の製造方法を用いることで、電極膜の品質を安定させ、かつ、乾燥設備を小型化できるため、リチウムイオン電池の製造コストを低減することができる。
また、乾燥工程前、または乾燥工程中において、固化した電極材ペーストを保持した電極箔の搬送に、固化した電極材ペーストと接触する接触式のローラー搬送系を使用することが可能となり、製造方法の選択の自由度、すなわち製造装置の構成の選択の自由度が向上する効果を得ることができる。
また、実施の形態1では、乾燥室内で除去する電極材ペースト中の溶剤成分の殆どが、ペースト調整に使用する第1の溶剤ではなく、第2の溶剤となることが特徴となっている。このように、乾燥時の溶剤をペースト塗布時の溶剤と異なる溶剤にすることで、乾燥に伴う製造上の各種の問題を回避することができる。
具体的には、ペーストの生成時およびペーストの塗布時において、ペースト中の溶剤成分として使用する第1の溶剤が可燃性溶剤であっても、実施の形態1の固化工程で、電極材ペースト中の溶剤は第2の溶剤に置換されるので、第2の溶剤として不燃性溶剤を選択することにより、乾燥室での可燃性溶剤蒸気が発生することを防ぐことができる。このため、安全上および設備上の問題を解消することが可能となる。このようにして、製造工程上の問題および制約を回避するプロセス設計が可能となる。
また、実施の形態1では、電極材ペーストの固化工程を行ってから乾燥工程を行うことで、電極材ペーストは流動性を失うため、乾燥工程において電極材ペーストの表面にバインダーが偏析することがない。これにより、電極膜と電極箔との結合性が低下することを防ぐことができる。
なお、前述した実施の形態1の製造工程における、固化室内での溶剤の置換による固化工程は、正極シートおよび負極シートの製造にかぎらず、正負の電極シート間に介在させるセパレータ12(図2参照)の形成工程においても用いることができる。
セパレータの製造方法としては、正極シートおよび負極シートを形成する工程と同様に、基材(基板、箔)の表面にセパレータ材料(以下単にセパレータ材という)のペーストを塗布した後、乾燥させることで、固体のセパレータを形成する方法が考えられる。
具体的なセパレータの製造工程では、例えば、まず図1を用いて説明した電極膜の形成工程を経て、電極箔1の表面に電極膜が形成された電極シートを電極箔ロール7に巻き取る。その後、電極箔ロール7を図1に示す装置と同様のセパレータ形成装置に設置し、電極膜の製造工程と同様にして、塗工部において電極箔1の表面に、電極膜を介してセパレータ材用のペーストを塗布した後、固化装置においてセパレータ材ペーストを固化し、乾燥室において乾燥させることで、電極膜の表面にセパレータを積層させて形成する。
完成したリチウムイオン電池内において、セパレータは、例えば多孔性ポリプロピレン膜またはポリエチレンなどからなり、正極シートと負極シートとの間に介在し、隣り合う電極の両極活物質同士の接触を防止するとともに、セパレータ内の空孔内に電解液を保持し、隣り合う電極間のイオン伝導の通路を形成するものである。セパレータを形成するために電極シートの表面に塗布するセパレータ材用のペーストには、シリカ(酸化シリコン)またはアルミナ(酸化アルミニウム)などと、前述したバインダーと、第1の溶剤(例えばN−メチル−2−ピロリドン(NMP))とを混ぜた混合ペーストを用いることが考えられる。
このようなペーストを、電極膜の表面に塗布した後、図6を用いて説明した固化工程により、セパレータ材ペーストに第2の溶剤(例えば水)および第3の溶剤(例えば水)を供給することでセパレータ材ペーストが固化し、その後、温風乾燥などにより乾燥工程を行うことで、電極箔の表面に電極膜を介してセパレータを積層して形成することができる。
図14などを用いて説明した比較例の製造方法のように、溶剤の置換作用を利用した固化工程を導入せず、乾燥工程のみでセパレータ材ペーストを固体にしてセパレータを形成する場合、前述したように、形成した膜の品質が低下する問題、および製造コストが増大する問題などが生じる。
これに対し、実施の形態1のように、図6に示す固化装置25を用いて第2の溶剤および第3の溶剤を供給し、乾燥工程前にセパレータ材ペーストを固化することで、セパレータの組成の安定化、乾燥装置の簡略化、およびスループットの向上などを実現することで、製造コストを低減しつつ、セパレータの品質を維持することができる。
なお、セパレータの形成方法としては、セパレータの下地となる電極膜を形成した後、すなわち、正極または負極を形成する際に用いるペーストを塗布して固化工程および乾燥工程を行い、電極膜を形成した後に、電極膜の表面にセパレータ材用のペーストを塗布して固化工程および乾燥工程を行う方法がある。また、セパレータ材用のペーストの塗布は、電極材ペーストの固化工程後であって、乾燥工程前に行い、その後、セパレータ材ペーストの固化工程を行った後、電極材ペーストおよびセパレータ材ペーストの乾燥工程を一括して行ってもよい。
また、電極材用のペーストを電極箔の表面に塗布した後、さらに、セパレータ材用のペーストを電極材用のペーストの表面に塗布し、その後、セパレータ材ペーストおよび電極材ペーストの固化工程および乾燥工程を一括して行うことも可能である。これにより、固化工程および乾燥工程を行う回数を省略することができ、スループットを向上させ、また、製造装置を縮小させることができるため、リチウムイオン電池の製造工程を簡略化し、製造コストを低減することができる。
(実施の形態2)
実施の形態2によるリチウムイオン電池の製造方法について図9を用いて説明する。図9は、実施の形態2による逐次両面塗布型の電極製造装置の構成を示す概略図である。前述した実施の形態1と同じ構成については、その説明を省略する。
実施の形態2では、電極箔1の表面に対して、ペーストを塗布する工程、電極材ペーストを固化する工程、電極箔1を乾燥する工程を行った後、電極箔1の裏面に対して、ペーストを塗布する工程、電極材ペーストを固化する工程、電極箔1を乾燥する工程を行うことを特徴としている。
実施の形態2のリチウムイオン電池用の製造工程では、まず、正、負極材のペーストを高粘度スラリー状の液体として調整し、このペーストを表面用の塗工部2に設置したダイコーターなどの塗工手段3を用いて、集電用電極箔ロール4から供給される電極箔1の表面に薄く、均一に塗布する。
このようにしてペーストを塗布した電極箔1の裏面に接しながら電極箔1を一定速度で搬送するためのローラー搬送系5を用いて、電極箔1を表面用の固化室9に搬入し、電極材ペーストに第2の溶剤を接触させて、第1の溶剤を希釈することにより、電極材ペーストを固化する。その後、さらに第3の溶剤を接触させて、残留している第1の溶剤を第3の溶剤により排除する。
次に、固化した電極材ペーストを保持した電極箔1を乾燥室6cに搬入し、熱風乾燥などの手法で電極材ペースト中の溶剤成分を加熱蒸発して電極材ペーストを乾燥させる。
次に、乾燥した電極箔1を裏面用の塗工部2aに設置したダイコーターなどの塗工手段3aを用いて、電極箔1の裏面に薄く、均一にペーストを塗布する。
ペーストを塗布した電極箔1を裏面用の固化室9bに搬入し、電極材ペーストに第2の溶剤を接触させて、第1の溶剤を希釈することにより、電極材ペーストを固化する。その後、さらに第3の溶剤を接触させて、残留している第1の溶剤を第3の溶剤により排除する。
次に、固化した電極材ペーストを保持した電極箔1を乾燥室6cに搬入し、熱風乾燥などの手法で電極材ペースト中の溶剤成分を加熱蒸発して電極材ペーストを乾燥させる。乾燥した電極箔1を巻き取った電極箔ロール7は、次工程に供給される。
実施の形態2では、電極箔1の表面および裏面への電極膜の形成を、表面および裏面それぞれの塗布、固化、乾燥の工程を分けて行うものであり、図15に示す比較例の製造方法に比べて、電極膜の品質の向上と、乾燥設備の小型化との両立を容易に実現することができる。また、同様の工程をセパレータの製造工程に適用することで、セパレータの品質の向上および乾燥設備の小型化も可能となる。
なお、実施の形態2では、表面側の電極材ペーストの乾燥を行わないまま、裏面側の電極材ペーストの塗布工程および固化工程を行った後、電極箔1の両面のそれぞれの電極材ペーストを一括して乾燥する方法を用いてもよい。これにより、乾燥室を一つ省略することができ、製造装置を縮小し、また、スループットを向上してリチウムイオン電池の製造コストを低減することができる。
(実施の形態3)
実施の形態3によるリチウムイオン電池の製造方法について図10を用いて説明する。図10は、実施の形態3による両面塗工一括乾燥型の電極製造装置の構成を示す概略図である。前述した実施の形態1と同じ構成については、その説明を省略する。
実施の形態3のリチウムイオン電池用の製造工程では、まず、正、負極材のペーストを高粘度スラリー状の液体として調整し、このペーストを塗工部2bに設置したダイコーターなどの表面用の塗工手段3bおよび裏面用の塗工手段3c用いて、集電用電極箔ロール4から供給される電極箔1の両面に薄く、均一に塗布する。
次に、両面にペーストを塗布した電極箔1を固化室9に搬入し、電極材ペーストに第2の溶剤を電極箔1の両面に一括して接触させ、電極材ペーストを固化する。その後、さらに、第3の溶剤を電極箔1の両面に接触させて、残留している第1の溶剤を排除する。固化した電極材ペーストであれば、電極箔1の裏面に接しながら電極箔1を一定速度で搬送するためのローラー搬送系5を用いての搬送が可能である。
このとき、固化室9は、図1および図9の固化室9とは異なり、電極箔1の表面の電極材ペーストを固化する装置と、表面の反対側の裏面の電極材ペーストを固化する装置との二つを含んでいる。
例えば固化室9に搬送された電極箔1は、上方から第2の溶剤が供給されることで表面側の電極材ペーストが固化し、その後、電極箔1は下方から第2の溶剤が供給されることで裏面側の電極材ペーストが固化する。
つまり、例えば固化室9には、図6に示す希釈固化部の電極箔搬送装置22Aが二つ並んで配置されている。電極箔搬送装置22Aのうちの一方は、上方から高圧加熱蒸気が供給され、下方から高圧低温空気が供給される構造を有し、電極箔1の表面側の電極材ペーストに含まれる第1の溶剤を第2の溶剤で希釈する。電極箔搬送装置22Aのもう一方は、下方から高圧加熱蒸気が供給され、上方から高圧低温空気が供給される構造を有し、電極箔1の裏面側の電極材ペーストに含まれる第1の溶剤を第2の溶剤で希釈する。続いて、溶剤置換部の電極箔搬送装置22Bによって、電極箔1の表面側および裏面側の電極材ペーストに残留する第1の溶剤を第3の溶剤で排除する。
これは、一つの電極箔搬送装置22Aにより両面に同時に第2の溶剤を供給しようとすると、電極箔1を冷却することができず、精度よく第2の溶剤を電極材ペーストの表面に結露させることができないためである。
次に、実施の形態3の手段で固化した電極材ペーストを両面に保持した電極箔1を乾燥室6cに搬入し、熱風乾燥などの手法で電極材ペースト中の溶剤成分を両面を一括して加熱蒸発させ、電極材ペーストを乾燥する。乾燥した電極箔1を巻き取った電極箔ロール7は、次工程に供給される。
ここでも、乾燥室6c内に搬入される電極材ペーストは既に固化されているため、図16を用いて説明した比較例のように、内部にエアー浮上式の搬送系を備えた乾燥室を用いる必要はなく、乾燥室6c内の搬送では、固化した裏面の電極材ペーストに直接接触するローラー搬送系5を用いることができる。
実施の形態3では、電極箔1の表面および裏面への電極膜の形成を一括して行う場合、乾燥工程前に固化を行う利点をより生かした製造方法を実現することができる。つまり、図16に示す比較例の方法に比べて、電極膜の品質の向上と乾燥設備の小型化とが実現可能であることに加えて、固化した電極材ペーストを保持した電極箔1の搬送に、固化した電極材ペーストと接触する安価な接触式のローラー搬送系の使用も可能となる。
すなわち、実施の形態3では、固化した電極材ペーストと接触する接触式のローラー搬送系の使用が可能となるため、両面一括乾燥する場合にも複雑で、かつ、高価なエアー浮上式の搬送系を用いる必要がなく、ローラー搬送系を使用した安価な乾燥室を利用することができる。
また、同様の工程をセパレータの製造工程に適用することで、セパレータの品質の向上および乾燥設備の小型化も可能となり、固化したセパレータ材ペーストを保持する電極箔の搬送にもローラー搬送系を用いることができるため、リチウムイオン電池の製造コストを低減することができる。
(実施の形態4)
前述した実施の形態1〜3では、電極箔1の表面に塗布された電極材ペースト18に第2の溶剤である水の蒸気を供給して、電極材ペースト18を固化した。これに対して、実施の形態4では、電極箔1の表面に塗布された電極材ペースト18に、例えば10〜100μmの粒径を有するミスト状の第2の溶剤を供給して、電極材ペースト18を固化する。
実施の形態4によるリチウムイオン電池の製造方法について図11〜図13を用いて説明する。図11および図12は、それぞれ実施の形態4によるリチウムイオン電池の製造装置を構成する固化装置の側面図および平面図である。また、図13(a)および(b)は、それぞれ実施の形態4による固化装置に備わる複数のノズルから散布される溶剤の散布領域を説明する平面図および電極箔の搬送方向から見たノズルヘッダーの側面図である。
図11および図12に示すように、固化装置50は、希釈固化部51と溶剤置換部52とからなる。
希釈固化部51は、電極材ペースト18の表面に10〜100μmの粒径の第2の溶剤を散布する複数のノズル54aと、第2の溶剤を、第2の溶剤の供給源から複数のノズル54aに分配供給するノズルヘッダー53aとからなる。図13(b)に示すように、ノズルヘッダー53aは、電極箔1の搬送方向と電極箔1の表面で直交する方向(すなわち、電極箔1の幅方向)に配置されており、このノズルヘッダー53aに電極箔1の搬送方向と直交する方向に複数のノズル54aが下向きに取り付けられている。
溶剤置換部52は、電極材ペースト18の表面に50〜500μmの粒径の第3の溶剤を散布する複数のノズル54bと、第3の溶剤を、第3の溶剤の供給源から複数のノズル54bに分配供給するノズルヘッダー53bと、電極材ペースト18の表面に接触し、加圧しながら回転する溶剤排除ローラー55とからなる。ノズルヘッダー53aと同様に、ノズルヘッダー53bは、電極箔1の搬送方向と電極箔1の表面で直交する方向(すなわち、電極箔1の幅方向)に配置されており、このノズルヘッダー53bに電極箔1の搬送方向と直交する方向に複数のノズル54bが下向きに取り付けられている。
さらに、固化装置50は、電極箔搬送装置を構成するローラー搬送系を有している。電極箔1は、その表面に電極材ペースト18を保持した状態で、ローラー搬送系により回転するローラー5Aの上を搬送される。
希釈固化部51に電極材ペースト18が進入すると、複数のノズル54aから散布される10〜100μmの微細な粒径の第2の溶剤が電極材ペースト18の表面(図13(a)のA領域)に付着し、内部に浸透して電極材ペースト18に含まれる第1の溶剤は第2の溶剤で希釈される。これにより、電極材ペースト18は固化する。第2の溶剤の成分は第1の溶剤の成分とは異なるものであり、第1および第2の溶剤は、例えばそれぞれ実施の形態1において説明した成分と同様である。
第2の溶剤の粒径が10μmより小さいときには、電極材ペースト18に第2の溶剤が達しても反射してしまい付着しないので好ましくなく、第2の溶剤の粒径が100μmより大きいときには、電極材ペースト18に第2の溶剤が衝突して電極材ペースト18の厚さが変動するので好ましくない。
希釈固化部51を通過することによって電極材ペースト18に供給される第2の溶剤の量は、固化が完了するのに必要な量よりも多く、かつ、第1の溶剤と第2の溶剤との混合溶剤が電極箔1から流出する量よりも少ないことが好ましい。固化が完了する前に混合溶剤が流出すると、混合溶剤とともにバインダーや活物質が流出して、電極膜の品質が劣化してしまう。例えば電極箔1の幅が500mm、ローラー搬送系5の送り速度が1m/分の場合、適切な第2の溶剤の量として、8リットル/分を例示することができるが、この量は種々の条件により異なることは言うまでもない。
希釈固化部51を通過して固化が完了した電極材ペースト18は、活物質がバインダーにより固着されて流動性がない状態であるとともに、その周りの空隙が第1の溶剤と第2の溶剤の混合溶剤で占められた状態である。
希釈固化部51を通過した電極材ペースト18は、続いて、溶剤置換部52に進入し、複数のノズル54bから散布される50〜500μmの粒径の第3の溶剤が電極材ペースト18の表面(図13(a)に示すB領域)に付着して、固化した電極材ペースト18の表面に第3の溶剤の層を形成する。第3の溶剤の成分は第1の溶剤の成分とは異なるものであり、第1および第3の溶剤は、例えばそれぞれ実施の形態1において説明した成分と同様である。なお、第2の溶剤と第3の溶剤は同じ成分であってもよく、例えば水を用いることができる。
この第3の溶剤との接触により、電極材ペースト18中の第1の溶剤と第2の溶剤との混合溶剤に第3の溶剤が浸透し、一方、第3の溶剤と異なった成分である第1の溶剤は浸透圧の差で第3の溶剤に溶出する。この結果、混合溶剤中の第1の溶剤の濃度は低下する。このとき、電極材ペースト18は固化しているのでバインダーや活物質は流出することはない。
電極箔1の表面に留まらず、流出する多量の第3の溶剤が散布されるので、第3の溶剤に溶解した第1の溶剤は排除されて、電極材ペースト18は実質的に第2の溶剤で置換される。例えば電極箔1の幅が500mm、ローラー搬送系の送り速度が1m/分の場合、適切な第3の溶剤の量として、40リットル/分を例示することができるが、この量は種々の条件により異なることは言うまでもない。
溶剤置換部52に備わる複数のノズル54bを通過した電極材ペースト18は、続いて、溶剤排除ローラー55に向かって搬送される。複数のノズル54bと溶剤排除ローラー55との間は電極箔1の搬送方向に下った斜面となっており、第1の溶剤を含んで流出する第3の溶剤はこの斜面に沿って流下し、希釈固化部51の方向に逆流することはない。
斜面の下端に備わる溶剤排除ローラー55は、電極材ペースト18の表面に接触し、加圧しながら回転する。電極材ペースト18は固化しているので、溶剤排除ローラー55が接触し、加圧しても、電極材ペースト18の厚さが変化することはない。第1の溶剤を含んで流出する第3の溶剤は、この加圧により溶剤排除ローラー55の両端方向に押しやられ、電極材ペースト18の表面から排除される。これにより、電極材ペースト18の表面には実質的に第1、第2、および第3の溶剤が付着しておらず、かつ、電極材ペースト18の内部には、第1の溶剤が実質的に置換された第2の溶剤が含まれている。
以上、本発明者らによってなされた発明を実施の形態に基づき具体的に説明したが、本発明は前記実施の形態に限定されるものではなく、その要旨を逸脱しない範囲で種々変更可能であることはいうまでもない。