1.黒色めっき鋼板
本発明の黒色めっき鋼板は、基材鋼板と、溶融Al、Mg含有Znめっき層(以下「めっき層」ともいう)とを有する。本発明の黒色めっき鋼板は、さらに、めっき層の上に無機系皮膜または有機系樹脂皮膜を有していてもよい。
本発明の黒色めっき鋼板は、1)めっき層中にAlの黒色酸化物が分散していること、および2)めっき層表面の明度がL*値で60以下(好ましくは40以下、さらに好ましくは35以下)であることを一つの特徴とする。めっき層表面の明度(L*値)は、分光型色差計を用いて、JIS K 5600に準拠した分光反射測定法で測定される。
[基材鋼板]
基材鋼板の種類は、特に限定されない。たとえば、基材鋼板としては、低炭素鋼や中炭素鋼、高炭素鋼、合金鋼などからなる鋼板を使用することができる。良好なプレス成形性が必要とされる場合は、低炭素Ti添加鋼、低炭素Nb添加鋼などからなる深絞り用鋼板が基材鋼板として好ましい。また、P、Si、Mnなどを添加した高強度鋼板を用いてもよい。
[溶融Al、Mg含有Znめっき層]
本発明の黒色めっき鋼板の原板としては、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:1.3〜10.0質量%を含み、かつ金属組織としてAlの単独相を含有する溶融Al、Mg含有Znめっき層を有する溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板が使用される。AlおよびMgは、Zn系めっき鋼板の耐食性を向上させる元素であるが、本発明においては、後述するように黒色化のために必須の元素である。Al含有量またはMg含有量が上記範囲の下限値より小さい場合、十分な耐食性が得られない。一方、上限値より大きい場合は、めっき鋼板製造の際にめっき浴表面に酸化物(ドロス)の発生が過多となり、美麗なめっき鋼板が得られない。
ここで「Alの単独相」とは、Znを固溶したAl”相などを意味する。たとえば、Alの単独相は、初晶のAl相である。Alは、両性酸化物を形成する元素であり、ZnおよびMgと比較してH2Oとの反応性が高い。したがって、金属Alは、高温の水蒸気と接触すると、以下の反応により速やかに酸化物または水和酸化物となる。なお、本願明細書においては、酸化物と水和酸化物とを総称して酸化物と称する。特許文献1に記載の黒色めっき鋼板では、主として反応性に乏しいZnがH2Oと反応するため、酸化反応に多大な時間を要する。これに対し、本発明の黒色めっき鋼板では、後述するように反応性に富むAlがH2Oと反応するため、酸化反応に要する時間が短い。
2Al+(3+n)H2O → Al2O3・nH2O+3H2
なお、本願明細書において、めっき層中の各成分の含有量の値は、めっき層に含まれる各金属成分の質量をめっき層に含まれる全金属の質量で除したものを百分率で表したものである。すなわち、酸化物に含まれる酸素および水の質量は、めっき層中の成分として含まれない。したがって、水蒸気処理の際に金属成分の溶出が起こらない場合、水蒸気処理の前後においてめっき層中の各成分の含有量の値は変化しない。
上記組成の溶融Al、Mg含有Znめっき層は、Al/Zn/Zn2Mgの三元共晶組織と、Alの単独相とを含む(Alの単独相を含まない場合もある)。たとえば、図3Cに示されるように、溶融Al、Mg含有Znめっき層中では、Al/Zn/Zn2Mgの三元共晶組織(図中「Al/Zn/Zn2Mg」と表示)とAlの単独相(図中「初晶Al相」と表示)とが混在している。
図1Aに示されるように、Al/Zn/Zn2Mgの三元共晶組織を形成する各相(Al相、Zn相およびZn2Mg相)は、それぞれ不規則な大きさおよび形状をしており、互いに入り組んでいる。Al/Zn/Zn2Mgの三元共晶組織中のZn相(図1Aにおいて三元共晶組織中の薄い灰色を呈する領域)は、少量のAlを固溶し、場合によってはさらにMgを固溶するZn固溶体である。三元共晶組織中のZn2Mg相(図1AにおいてZn相の間にラメラ状に分布する濃い灰色を呈する領域)は、Zn−Mgの二元系平衡状態図におけるZnが約84質量%の点付近に存在する金属間化合物相である。三元共晶組織中のAl相と初晶のAl相は、Al−Zn−Mgの三元系平衡状態図における高温でのAl”相(Znを固溶するAl固溶体であり、少量のMgを含む)に由来するものである。この高温でのAl”相は、常温では通常は微細なAl相と微細なZn相に分離して現れる。三元共晶組織中では、これらの微細なAl相および微細なZn相は、Zn2Mg相内に分散している。
このような金属組織を有する溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を水蒸気に接触させると、以下の過程で黒色化反応が進行する。めっき層の表面には、易酸化元素であるAlおよびMgの酸化物が存在している。水蒸気処理を開始すると、まず表面の酸化皮膜がH2Oと反応して水和酸化物に変化するとともに、この酸化物層を通過したH2Oがめっき層中の金属と反応する。このとき、活性でH2Oとの反応性の高いAlが優先的に酸化する。時間の経過とともに、Alの酸化はめっき層の深さ方向に進行する。ここで、図1Aに示されるように、粗大な初晶のAl相が存在すると、反応生成物であるAl酸化物を反応経路として反応が速やかに進行するため、酸化反応は短時間でめっき層内部にまで及ぶ(図1B参照)。初晶のAl相がない場合は、三元共晶中のAl相が黒色化する。一方、H2O反応性に劣るZnおよびMgは、酸化反応の進行が遅く、その大部分が金属のまま残存する(図1B参照)。したがって、本発明により得られる黒色めっき鋼板のめっき層は、網目状の金属Znの内部に主としてAl酸化物からなる粒子状の黒色酸化物が分散した金属組織となる。これに伴い、本発明の黒色めっき鋼板に高強度の加工を施しても、黒色酸化物が剥落しにくく、加工性が良好なものとなる。
なお、上記の説明では、めっき層中にAlの単独相として初晶のAl相が存在する溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を原板として使用する場合について説明したが、めっき層中にAlの単独相が存在する溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板であれば、いかなるものでも原板として使用することができる。
溶融Al、Mg含有Znめっき層は、例えば、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:1.3〜10.0質量%、残部:Znおよび不可避不純物からなるものを用いることが可能である。また、基材鋼板とめっき層との密着性を向上させるために、基材鋼板とめっき層との界面におけるAl−Fe合金層の成長を抑制できるSiを0.005質量%〜2.0質量%の範囲でめっき層に添加してもよい。Siの濃度が2.0質量%を超えると、黒色化を阻害するSi系酸化物がめっき層表面に生成してしまうおそれがある。また、外観および耐食性に悪影響を与えるZn11Mg2相の生成および成長を抑制するために、Ti、B、Ti−B合金、Ti含有化合物またはB含有化合物をめっき層に添加してもよい。これらの化合物の添加量は、Tiが0.001質量%〜0.1質量%の範囲内となるように、Bが0.001質量%〜0.045質量%の範囲内となるように設定することが好ましい。TiまたはBを過剰量添加すると、めっき層に析出物を成長させるおそれがある。なお、めっき層中へのTi、B、Ti−B合金、Ti含有化合物またはB含有化合物の添加は、水蒸気処理による黒色化にほとんど影響を与えない。
めっき層の厚みは、特に限定されないが、3〜100μmの範囲内が好ましい。めっき層の厚みが3μm未満の場合、取り扱い時に基材鋼板に到達するキズが入りやすくなるため、黒色外観の保持性および耐食性が低下するおそれがある。一方、めっき層の厚みが100μm超の場合、圧縮を受けた際のめっき層と基材鋼板の延性が異なるため、加工部においてめっき層と基材鋼板とが剥離してしまうおそれがある。
[黒色酸化物]
前述のとおり、本発明の黒色めっき鋼板は、そのめっき層中に主としてAl酸化物からなる黒色酸化物を含有する(図1A、図2A、図3Aおよび図4参照)。ここで、めっき層中とは、めっき層表面とめっき層内部の両方を含む。
図1Aは、水蒸気処理前の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板のめっき層の断面を示す走査型電子顕微鏡像である。図1Bは、水蒸気処理後の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板(本発明の黒色めっき鋼板)のめっき層の断面を示す走査型電子顕微鏡像である。図2Aは、本発明の黒色めっき鋼板のめっき層の断面を示す光学顕微鏡像である。図2Bは、図2Aと同一視野の断面の走査型電子顕微鏡像である。図3Aは、図2Aおよび図2Bにおいて破線で示される領域の光学顕微鏡像である。図3Bは、図2Aおよび図2Bにおいて破線で示される領域の走査型電子顕微鏡像である。図3Cは、図3Aおよび図3Bに示される領域の金属組織を示す模式図である。図3Cでは、説明の便宜上、金属が酸化した領域についても、酸化前と同じ区分(Al/Zn/Zn2Mgの三元共晶組織および初晶Al相)で図示している。
これらの図に示されるように、本発明の黒色めっき鋼板では、Alの単独相に由来するAlの黒色酸化物がめっき層中に分散している。Alの黒色酸化物が生成する機構は、以下のように考えられる。
上述の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を密閉容器中で水蒸気に接触させると、H2Oとの反応性の高い金属Alが、H2Oと反応して酸化物を形成する。このとき、Al酸化物の近傍に酸素との反応性の高いMg(例えば、Zn2Mg中のMg)が存在すると、水蒸気雰囲気で酸素ポテンシャルが低下しているため、反応性の高いMgがAl酸化物から酸素を奪ってMg酸化物となる。このため、Al酸化物は、非化学量論組成で酸素欠乏型の酸化物(例えば、Al2O3−x・nH2O)に変化するものと考えられる。また、酸素ポテンシャルが低いため、Mg酸化物の一部も酸素欠乏型の酸化物となっているものと考えられる。このように酸素欠乏型の酸化物が生成すると、その欠陥順位に光がトラップされるため、酸化物が黒色外観を呈することになる。なお、微量に存在するZn酸化物についても、その一部が酸素欠乏型の酸化物となり、黒色外観に一部寄与している可能性もある。したがって、本発明の黒色めっき鋼板では、特許文献1の黒色めっき鋼板とは異なり、めっき層中のMgの含有量が多いほど黒色化が促進される。
特許文献1に記載の黒色めっき鋼板では、ZnO1−xの針状結晶の生成により、めっき層表面のみを黒色化している。これに対し、本発明の黒色めっき鋼板では、前述の反応機構を考えると、めっき層表面においては層状の黒色酸化物皮膜が形成され、めっき層内部では粒子状の黒色酸化物が網目状の金属Znの内部に分散している。したがって、本発明の黒色めっき鋼板では、加工によりめっき層に傷がついても、黒色外観が保持されることになる。めっき層内部の酸化物が黒色を呈することは、めっき層の断面を光学顕微鏡で観察したり(図2Aおよび図3A参照)、飽和HgCl2溶液を用いてめっき層中の金属Zn、AlおよびMgをアマルガム化して除去し、酸化物のみを回収したりすることにより確認できる。なお、めっき層中に分散している黒色酸化物は、その内部まで黒色化していてもよいし、その表面だけが黒色化していてもよい。
図5Aは、水蒸気処理後の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板(本発明の黒色めっき鋼板、Al含有量:6%、Mg含有量:3%)のめっき層から調製した粉体試料の電子スピン共鳴(ESR)スペクトルである。図5Bは、水蒸気処理後のMg板の表面から調製した粉体試料のESRスペクトルである。いずれのめっき鋼板およびMg板も、黒色外観を呈している。
図5Aを参照すると、100〜300mTにピークがある。これらのピークが黒色化に伴い発生した不対電子(欠陥)と考えられる。一方、図5Bを参照すると、100〜300mTにはピークがない。したがって、図5Aで検出されたピークは、Mgのピークではないと考えられる。また、図5Aで検出されたピークは、超微細分裂をしていることから、核スピン5/2の不対電子が存在することを示している。自然存在比(27Al:100%、67Zn:4%、25Mg:10%)を考慮すると、ZnまたはMgでは超微細分裂をしないピークが共存しなければならないことから、図5Aで検出されたピークはAlであると考えられる。以上のことから、本発明の黒色めっき鋼板に含まれる黒色酸化物は、酸素欠乏型のAl酸化物であることがわかる。
図6は、水蒸気処理前後の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板のめっき層のX線光電子分光(XPS)分析の結果を示すグラフである。水蒸気処理前後のめっき層を傾斜切削してめっき層の断面を露出させ、めっき層のほぼ中央部の直径10μmの領域におけるZn、Al、Mgの結合状態を調べた。その結果、図6に示されるように、水蒸気処理によって、各元素について酸化物(酸化物および水和酸化物)が生成しているが、Alが最も酸化物の割合が大きくなっている。この結果から、Alが優先的に酸化し、黒色化に寄与していることが示唆される。
[無機系皮膜および有機系樹脂皮膜]
本発明の黒色めっき鋼板のめっき層の表面には、無機系皮膜または有機系樹脂皮膜が形成されていてもよい。無機系皮膜および有機系樹脂皮膜は、黒色めっき鋼板の耐食性や耐カジリ性(黒色外観の保持性)などを向上させる。
(無機系皮膜)
無機系皮膜は、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの酸素酸塩、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのリン酸塩およびバルブメタルのフッ化物からなる群から選ばれる1種類または2種類以上の化合物(以下「バルブメタル化合物」ともいう)を含むものが好ましい。バルブメタル化合物を含ませることで、環境負荷を小さくしつつ、優れたバリア作用を付与することができる。バルブメタルとは、その酸化物が高い絶縁抵抗を示す金属をいう。バルブメタルとしては、Ti、Zr、Hf、V、Nb、Ta、W、SiおよびAlからなる群から選ばれる1種類または2種類以上の金属が挙げられる。バルブメタル化合物としては公知のものを用いてよい。
また、バルブメタルの可溶性フッ化物を無機系皮膜に含ませることで、自己修復作用を付与することができる。バルブメタルのフッ化物は、雰囲気中の水分に溶け出した後、皮膜欠陥部から露出しているめっき鋼板の表面に難溶性の酸化物または水酸化物となって再析出し、皮膜欠陥部を埋める。無機系皮膜にバルブメタルの可溶性フッ化物を含ませるには、無機系塗料にバルブメタルの可溶性フッ化物を添加してもよいし、バルブメタル化合物とは別に(NH4)Fなどの可溶性フッ化物を添加してもよい。
無機系皮膜は、さらに可溶性または難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩を含んでいてもよい。可溶性のリン酸塩は、無機系皮膜から皮膜欠陥部に溶出し、めっき鋼板の金属と反応して不溶性リン酸塩となることで、バルブメタルの可溶性フッ化物による自己修復作用を補完する。また、難溶性のリン酸塩は、無機系皮膜中に分散して皮膜強度を向上させる。可溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩に含まれる金属の例には、アルカリ金属、アルカリ土類金属、Mnが含まれる。難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩に含まれる金属の例には、Al、Ti、Zr、Hf、Znが含まれる。
(有機系樹脂皮膜)
有機系樹脂皮膜を構成する有機樹脂は、ウレタン系樹脂、エポキシ系樹脂、オレフィン系樹脂、スチレン系樹脂、ポリエステル系樹脂、アクリル系樹脂、フッ素系樹脂、またはこれらの樹脂の組み合わせ、あるいはこれらの樹脂の共重合体または変性物などである。これらの柔軟性のある有機樹脂を用いることで、黒色めっき鋼板を成形加工する際にクラックの発生を抑制することができ、耐食性を向上させることができる。また、有機系樹脂皮膜にバルブメタル化合物を含ませる場合に、バルブメタル化合物を有機系樹脂皮膜(有機樹脂マトリックス)中に分散させることができる(後述)。
有機系樹脂皮膜は、潤滑剤を含むものが好ましい。潤滑剤を含ませることで、プレス加工等の加工の際、金型とめっき鋼板表面の摩擦を軽減でき、めっき鋼板表面のカジリを抑制することができる(耐カジリ性の向上)。潤滑剤の種類は、特に限定されず、公知のものから選択すればよい。潤滑剤の例には、フッ素系やポリエチレン系、スチレン系などの有機ワックス、二硫化モリブデンやタルクなどの無機潤滑剤が含まれる。
有機系樹脂皮膜は、無機系皮膜と同様に、前述のバルブメタル化合物を含むものが好ましい。バルブメタル化合物を含ませることで、環境負荷を小さくしつつ、優れたバリア作用を付与することができる。
また、有機系樹脂皮膜は、無機系皮膜と同様に、さらに可溶性または難溶性の金属リン酸塩または複合リン酸塩を含んでいてもよい。可溶性のリン酸塩は、有機系樹脂皮膜から皮膜欠陥部に溶出し、めっき鋼板の金属と反応して不溶性リン酸塩となることで、バルブメタルの可溶性フッ化物による自己修復作用を補完する。また、難溶性のリン酸塩は、有機系樹脂皮膜中に分散して皮膜強度を向上させる。
有機系樹脂皮膜がバルブメタル化合物やリン酸塩を含む場合、通常は、めっき鋼板と有機系樹脂皮膜との間に界面反応層が形成される。界面反応層は、有機系塗料に含まれるフッ化物またはリン酸塩とめっき鋼板に含まれる金属またはバルブメタルとの反応生成物であるフッ化亜鉛、リン酸亜鉛、バルブメタルのフッ化物、リン酸塩などからなる緻密層である。界面反応層は、優れた環境遮蔽能を有し、雰囲気中の腐食性成分がめっき鋼板に到達することを妨げる。一方、有機系樹脂皮膜では、バルブメタルの酸化物、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのフッ化物、リン酸塩などの粒子が有機樹脂マトリックス中に分散している。バルブメタルの酸化物などの粒子は、有機樹脂マトリックス中に三次元的に分散しているため、有機樹脂マトリックスを浸透してきた水分などの腐食性成分を捕捉することができる。その結果、有機系樹脂皮膜は、界面反応層に到達する腐食性成分を大幅に減少することができる。これら有機系樹脂皮膜および界面反応層により、優れた防食効果が発揮される。
たとえば、有機系樹脂皮膜は、柔軟性に優れるウレタン系樹脂を含むウレタン系樹脂皮膜である。ウレタン系樹脂皮膜を構成するウレタン系樹脂は、ポリオールとポリイソシアネートを反応させることで得られるが、ウレタン系樹脂皮膜を形成した後に、黒色の色調を付与するために水蒸気処理を行う場合、ポリオールは、エーテル系ポリオール(エーテル結合を含むポリオール)およびエステル系ポリオール(エステル結合を含むポリオール)を所定の割合で組み合わせて使用することが好ましい。
ポリオールとしてエステル系ポリオールのみを使用してウレタン系樹脂皮膜を形成した場合、ウレタン系樹脂中のエステル結合が水蒸気によって加水分解されてしまうため、耐食性を十分に向上させることができない。一方、ポリオールとしてエーテル系ポリオールのみを使用してウレタン系樹脂皮膜を形成した場合、めっき鋼板との密着性が十分ではなく、耐食性を十分に向上させることができない。これに対し、本発明者らは、エーテル系ポリオールおよびエステル系ポリオールを所定の割合で組み合わせて使用することで、両者の長所を活かし、かつ短所を補い合わせて、めっき鋼板の耐食性を顕著に向上させうることを見出した。これによれば、ウレタン系樹脂皮膜を形成した後に、黒色の色調を付与するために水蒸気処理を行っても(後述)、ウレタン系樹脂皮膜による耐食性の向上効果を維持することができる。すなわち、黒色の色調を有し、かつ耐食性に優れた黒色めっき鋼板を製造することができる。
エーテル系ポリオールの種類は、特に限定されず、公知のものから適宜選択すればよい。エーテル系ポリオールの例には、ポリエチレングリコール、ポリプロピレングリコール、グリセリンのエチレンオキサイドまたはプロピレンオキサイド付加物のような直鎖状ポリアルキレンポリオールなどが含まれる。
エステル系ポリオールの種類も、特に限定されず、公知のものから適宜選択すればよい。たとえば、エステル系ポリオールとしては、二塩基酸および低分子ポリオールを反応させて得られる、分子鎖中にヒドロキシ基を有する線状ポリエステルを使用できる。二塩基酸の例には、アジピン酸、アゼライン酸、ドデカン二酸、ダイマー酸、イソフタル酸、ヘキサヒドロ無水フタル酸、テレフタル酸、ジメチルテレフタレート、イタコン酸、フマル酸、無水マレイン酸、または前記各酸のエステル類が含まれる。
エーテル系ポリオールおよびエステル系ポリオールからなるポリオール中におけるエーテル系ポリオールの割合は、5〜30質量%の範囲内であることが好ましい。エーテル系ポリオールの割合が5質量%未満である場合、エステル系ポリオールの比率が過剰に増加するため、ウレタン系樹脂皮膜が加水分解されやすくなり、耐食性を十分に向上させることができないおそれがある。一方、エーテル系ポリオールの割合が30質量%超である場合、エーテル系ポリオールの比率が過剰に増加するため、めっき鋼板との密着性が低下し、耐食性を十分に向上させることができないおそれがある。
ポリイソシアネートの種類は、特に限定されず、公知のものから適宜選択すればよい。たとえば、ポリイソシアネートとして、芳香族環を有するポリイソシアネート化合物を使用することができる。芳香族環を有するポリイソシアネート化合物の例には、ヘキサメチレンジイソシアネート、o−、m−またはp−フェニレンジイソシアネート、2,4−または2,6−トリレンジイソシアネート、芳香族環が水素添加された2,4−または2,6−トリレンジイソシアネート、ジフェニルメタン−4,4’−ジイソシアネート、3,3’−ジメチルー4,4’−ビフェニレンジイソシアネート、ω,ω’−ジイソシアネート−1,4−ジメチルベンゼン、ω,ω’−ジイソシアネート−1,3−ジメチルベンゼンなどが含まれる。これらは、単独で使用してもよいし、2種以上を組み合わせて使用してもよい。
上記のウレタン系樹脂皮膜は、多価フェノールをさらに含んでいることが好ましい。ウレタン系樹脂皮膜が多価フェノールを含む場合、めっき鋼板と多価フェノールとの界面に、これらを強固に密着させる多価フェノールの濃化層が形成される。したがって、ウレタン系樹脂皮膜に多価フェノールを配合することで、ウレタン系樹脂皮膜の耐食性をさらに向上させることができる。
多価フェノールの種類は、特に限定されず、公知のものから適宜選択すればよい。多価フェノールの例には、タンニン酸、没食子酸、ハイドロキノン、カテコール、フロログルシノールが含まれる。また、ウレタン系樹脂皮膜中の多価フェノールの配合量は、0.2〜30質量%の範囲内が好ましい。多価フェノールの配合量が0.2質量%未満である場合、多価フェノールの効果を十分に発揮させることができない。一方、多価フェノールの配合量が30質量%超である場合、塗料の安定性が低下するおそれがある。
有機系樹脂皮膜は、塗布層であってもよいし、ラミネート層であってもよい。また、有機系樹脂皮膜は、黒色めっき鋼板の黒色外観を生かす観点からは、クリア塗膜であることが好ましい。
本発明の黒色めっき鋼板では、黒色の色調を付与する黒色酸化物が、めっき層の表面だけでなく内部にも存在する。したがって、本発明の黒色めっき鋼板は、めっき層の表面が削れても黒色の外観を維持することができ、黒色外観の保持性に優れている。
また、本発明の黒色めっき鋼板では、黒色の色調を付与する黒色酸化物が、1つの皮膜を形成することなくめっき層中に分散している。したがって、本発明の黒色めっき鋼板は、めっき層の密着性が低下することはなく、加工性に優れている。もちろん、本発明の黒色めっき鋼板は、通常の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板と同様の優れた耐食性も有している。
また、本発明の黒色めっき鋼板は、塗膜を形成していないため、通常の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板と同様にスポット溶接をすることも可能である。
本発明の黒色めっき鋼板の製造方法は特に限定されないが、本発明の黒色めっき鋼板は例えば以下の方法により製造されうる。
2.黒色めっき鋼板の製造方法
本発明の黒色めっき鋼板の製造方法は、1)溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を準備する第1のステップと、2)溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を密閉容器中で水蒸気に接触させる第2のステップとを有する。さらに、任意のステップとして、第2のステップの前または後に3)溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板の表面に無機系皮膜または有機系樹脂皮膜を形成するステップを有していてもよい。
[第1のステップ]
第1のステップでは、前述の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を準備する。
溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板は、例えばAlが1.0〜22.0質量%、Mgが1.3〜10.0質量%、残部が実質的にZnの合金めっき浴を用いた溶融めっき法で製造されうる。このようにすることで、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:1.3〜10.0質量%、残部:Znおよび不可避不純物からなり、かつ金属組織としてのAlの単独相を含有するめっき層を形成することができる。
[第2のステップ]
第2のステップでは、第1のステップで準備しためっき鋼板を密閉容器中で水蒸気に接触させて、めっき層を黒色化する。この工程により、めっき層表面の明度(L*値)を60以下(好ましくは40以下、さらに好ましくは35以下)にまで低下させることができる。めっき層表面の明度(L*値)は、分光型色差計を用いて測定される。
第2のステップにおいて、水蒸気処理を行う際に雰囲気中に酸素が存在すると、めっき層を十分に黒色化することができない。これは、酸素を多く含む雰囲気で水蒸気処理をした場合、黒色を呈する酸素欠乏型の酸化物の形成よりも、表層における灰色を呈する塩基性炭酸亜鉛アルミニウムの形成が優先されるためと推察される。したがって、第2のステップでは、雰囲気中の酸素濃度(酸素分圧)を下げて水蒸気処理を行う必要がある。具体的には、水蒸気処理中の酸素濃度は、13%以下であることが好ましい。雰囲気中の酸素濃度を下げる方法は、特に限定されない。たとえば、水蒸気の濃度(相対湿度)を上げてもよいし、容器内の空気を不活性ガスで置換してもよいし、容器内の空気を真空ポンプなどで除去してもよい。いずれの場合であっても、水蒸気処理は密閉容器内で行うことが必要である。
特許文献1に記載の黒色めっき鋼板の製造方法では、めっき鋼板の表面に高温の水蒸気を吹きつけていることから、酸素濃度を調整できない開放系で水蒸気処理を行っていると考えられる。しかしながら、第1のステップで準備した溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板に対して酸素濃度を調整できない開放系で水蒸気処理を行っても、めっき層を十分に黒色化することはできない。図7は、溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板に対して水蒸気処理を行った結果を示す写真である。溶融Al、Mg含有Znめっき層のAl含有量は6.0質量%であり、Mg含有量は3.0質量%である。図7Aは、開放系(酸素濃度13%超)において98℃の水蒸気を60時間吹き付けた後の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を示す写真である(L*値:62)。図7Bは、密閉系(酸素濃度13%以下)において140℃の水蒸気を4時間接触させた後の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を示す写真である(L*値:32)。これらの写真から、Al:1.0〜22.0質量%、Mg:1.3〜10.0質量%を含む溶融Al、Mg含有Znめっき層を十分に黒色化するためには、酸素濃度を調整できる密閉系で水蒸気処理を行う必要があることがわかる。
水蒸気処理の温度は、50℃以上かつ350℃以下の範囲内が好ましい。水蒸気処理の温度が50℃未満の場合、黒色化速度が遅く、生産性が低下してしまう。また、密閉容器の中で水を100℃以上に加熱すると、容器内の圧力が1気圧以上となり、雰囲気中の酸素濃度を容易に下げることができるため、水蒸気処理の温度は100℃以上であることがより好ましい。一方、水蒸気処理の温度が350℃超の場合、黒色化速度が非常に速くなり、制御することが困難となる。また、水蒸気処理の温度が350℃超の場合、処理装置が大型になってしまうだけでなく、処理時間も長くなってしまい、実用的でない。したがって、雰囲気中の酸素の除去および黒色化速度の制御の観点から、水蒸気処理の温度は、105℃以上かつ200℃以下の範囲内が特に好ましい。
水蒸気処理の温度を100℃未満に下げたい場合、容器内の圧力を大気圧以上として酸素の混入を抑制するため、不活性ガスを容器内に入れてもよい。不活性ガスの種類は、黒色化反応に無関係なものであれば特に限定されない。不活性ガスの例には、Ar、N2、He、Ne、Kr、Xeなどが含まれる。これらの中では、工業的に安価に入手可能なAr、N2、Heが好ましい。また、真空ポンプなどで容器内の空気を除去してから水蒸気処理を行ってもよい。
水蒸気処理中の水蒸気の相対湿度は、30%以上かつ100%以下の範囲内が好ましく、30%以上かつ100%未満の範囲内がより好ましい。水蒸気の相対湿度が30%未満の場合、黒色化速度が遅く、生産性が低下してしまう。また、水蒸気の相対湿度が100%の場合、めっき鋼板の表面に結露水が付着して外観不良が生じやすくなるおそれがある。
水蒸気処理中の水蒸気の気圧は、特に限定されず、常圧(大気圧)であってもよいし、加圧されていてもよい。常圧(大気圧)下において、所定の温度および相対湿度に調整された水蒸気をめっき鋼板に吹き付けた場合、吐出口とめっき鋼板との距離や周辺温度に応じて水蒸気の温度および相対湿度が変化してしまうおそれがある。このような問題を回避するためには、所定の温度および相対湿度に調整された密閉容器中において、めっき鋼板を水蒸気に接触させることが好ましい。
水蒸気処理の処理時間は、水蒸気処理の条件(温度や相対湿度、圧力など)やめっき層中のAlおよびMgの量、必要とする明度などに応じて適宜設定されうる。
また、水蒸気処理を行う前にめっき鋼板を加熱してめっき層中のZn2MgをZn11Mg2とすれば、めっき層が黒色外観になるまでの水蒸気処理の時間を短縮することができる。このときのめっき鋼板の加熱温度は、150〜350℃の範囲内が好ましい。加熱温度が150℃未満の場合、事前加熱によるZn2MgをZn11Mg2とするまでの処理時間が長くなるため、水蒸気処理の時間を短縮するメリットが得られない。一方、加熱温度が350℃超の場合、短時間でZn2MgをZn11Mg2に変化させることができるが、さらに反応が進むとめっき層の状態変化が進行して各相が分離した耐食性に劣るめっき層となってしまうおそれがあるため、事前加熱の制御が困難である。事前加熱の処理時間は、処理温度やめっき層中のAlおよびMgの量などに応じて適宜設定すればよい。通常は、250℃で2時間程度加熱すればよい。
水蒸気処理は、コイル状に巻かれためっき鋼板、成形加工前の平板状のめっき鋼板、成形加工や溶接などを行った後のめっき鋼板のいずれに対して行ってもよい。
[任意のステップ]
第2のステップの前または後に任意に行われる任意のステップでは、溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板の表面に無機系皮膜または有機系樹脂皮膜を形成する。
無機系皮膜は、公知の方法で形成されうる。たとえば、バルブメタル化合物などを含む無機系塗料を、水蒸気に接触させる前または接触させた後の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板の表面に塗布し、水洗せずに乾燥させればよい。塗布方法の例には、ロールコート法、スピンコート法、スプレー法などが含まれる。無機系塗料にバルブメタル化合物を添加する場合は、無機系塗料中においてバルブメタル化合物が安定して存在できるように、キレート作用のある有機酸を無機系塗料に添加してもよい。有機酸の例には、タンニン酸、酒石酸、クエン酸、シュウ酸、マロン酸、乳酸および酢酸が含まれる。
有機系樹脂皮膜も、公知の方法で形成されうる。たとえば、有機系樹脂皮膜が塗布層である場合は、有機樹脂やバルブメタル化合物などを含む有機系塗料を、水蒸気に接触させる前または接触させた後の溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板の表面に塗布し、水洗せずに乾燥させればよい。塗布方法の例には、ロールコート法、スピンコート法、スプレー法などが含まれる。有機系塗料にバルブメタル化合物を添加する場合は、有機系塗料中においてバルブメタル化合物が安定して存在できるように、キレート作用のある有機酸を有機系塗料に添加してもよい。有機樹脂やバルブメタル化合物、フッ化物、リン酸塩などを含む有機系塗料をめっき鋼板の表面に塗布した場合、フッ素イオンやリン酸イオンなどの無機陰イオンとめっき鋼板に含まれる金属またはバルブメタルとの反応生成物からなる皮膜(界面反応層)がめっき鋼板の表面に優先的にかつ緻密に形成され、その上にバルブメタルの酸化物、バルブメタルの水酸化物、バルブメタルのフッ化物、リン酸塩などの粒子が分散した有機系樹脂皮膜が形成される。一方、有機系樹脂皮膜がラミネート層である場合は、めっき鋼板の表面にバルブメタル化合物などを含む有機樹脂フィルムを積層すればよい。
溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を水蒸気に接触させる前に、溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板の表面に有機系樹脂皮膜を形成する場合、有機系樹脂皮膜は、前述のウレタン系樹脂皮膜であることが好ましい。ポリオールとして、エーテル系ポリオールおよびエステル系ポリオールを所定の割合で組み合わせて使用したウレタン系樹脂皮膜は、水蒸気処理を行っても耐食性の向上効果を維持することができる。したがって、第3のステップの後に第2のステップを行っても、黒色の色調を有し、かつ耐食性に優れた黒色めっき鋼板を製造することができる。
以上の手順により、めっき層を黒色化して、黒色外観の保持性および加工性に優れる黒色めっき鋼板を製造することができる。
本発明の製造方法は、水蒸気を用いて黒色化するため、環境に負荷をかけずに黒色めっき鋼板を製造することができる。
以下、実施例を参照して本発明についてより詳細に説明するが、本発明はこれらの実施例により限定されない。
[実施例1]
板厚1.2mmのSPCCを基材として、めっき層の厚みが1〜100μmの溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を作製した。このとき、めっき浴の組成(Zn、AlおよびMgの濃度)を変化させて、めっき層の組成およびめっき層の厚みがそれぞれ異なる19種類のめっき鋼板を作製した。作製した19種類のめっき鋼板のめっき浴の組成とめっき層の厚みを表1に示す。なお、めっき浴の組成とめっき層の組成は同一である。
図1Aは、No.2のめっき鋼板のめっき層の断面を示す電子顕微鏡写真である。図1Aにおいて、「A」は初晶Al相に対応する箇所を示し、「B」はAl/Zn/Zn2Mgの三元共晶組織に対応する箇所を示す。
No.1〜15のめっき鋼板について、めっき層の断面を走査型電子顕微鏡による観察と、X線回折による相の同定を行ったところ、いずれのめっき組織にも、Al/Zn/Zn2Mgの三元共晶組織が認められた。また、No.2〜5およびNo.11〜15のめっき組織には、Al”初晶が認められた。No.1およびNo.7〜9のめっき鋼板における初晶はZnであり、No.6のめっき鋼板における初晶はZn2Mgであった。No.10のめっき鋼板では、Al/Zn/Zn2Mgの三元共晶のみが見られた。一方、No.16のめっき鋼板では、Al/Zn/Zn2Mgの三元共晶、初晶ZnおよびZn/Zn2Mgの二元共晶組織が見られた。No.17〜No.19のめっき鋼板では、それぞれAl/Zn/Zn2Mgの三元共晶組織が認められた。初晶は、No.17とNo.18がAl”,No.19はZn2Mg相であった。
作製しためっき鋼板を高温高圧湿熱処理装置(株式会社日阪製作所)内に置き、表2に示す条件でめっき層を水蒸気に接触させた。
図1Bは、水蒸気処理後の実施例2のめっき鋼板のめっき層の断面を示す電子顕微鏡写真である。図1Bにおいて、「A」は初晶Al相に対応する箇所を示し、「B」はAl/Zn/Zn2Mgの三元共晶組織に対応する箇所を示す。図1Aと図1Bとを比較すると、主として初晶Al相において変化が生じていることがわかる。
図2Aは、水蒸気処理後の実施例20のめっき鋼板のめっき層の断面を示す光学顕微鏡像である。図2Bは、図2Aと同一視野の断面の走査型電子顕微鏡像である。図3Aは、図2Aおよび図2Bにおいて破線で示される領域の光学顕微鏡像である。図3Bは、図2Aおよび図2Bにおいて破線で示される領域の走査型電子顕微鏡像である。図3Cは、図3Aおよび図3Bに示される領域の金属組織を示す模式図である。図3Cでは、説明の便宜上、金属が酸化した領域についても、酸化前と同じ区分(Al/Zn/Zn2Mgの三元共晶組織および初晶Al相)で図示している。これらの写真から、主として初晶Al相が黒色化していることがわかる。水蒸気処理後の他の初晶Alを含むめっき鋼板(No.3、4、5、11〜18)のめっき層においても、初晶Al相が黒色化しているのが観察された。また、初晶Alの晶出しないNo.1、7、8、9、16のめっき鋼板においても三元共晶中のAl相による黒色化が観察された。
なお、図1Aにおいて黒色化部の深さは約10μmであり、めっき層の深層まで黒色化していることが確認された。他の実施例のめっき鋼板においても深層まで黒色化していた。また、黒色化しためっき鋼板の加工後の密着性を調査するため、水蒸気処理後のめっき鋼板から切り出した試験片を密着曲げ(3t)し、曲げ部についてセロハンテープ剥離試験を行った。その結果、剥離は認められなかった。したがって、本発明の方法によって黒色化しためっき鋼板は、加工に対しても密着性が良好であることが実証された。
図4は、水蒸気処理前後の実施例2のめっき鋼板(No.2のめっき鋼板)の電子線マイクロアナライザ(EPMA)による元素分布分析の結果を示す元素分布像である。上段は、水蒸気処理前のNo.2のめっき鋼板の断面を示し、下段は、水蒸気処理後の実施例2のめっき鋼板の断面を示している。「SEI」は二次電子像、「Zn」はZnの分布像、「Al」はAlの分布像、「Mg」はMgの分布像、「O」はOの分布像を示している。この結果から、水蒸気処理により、主として初晶Al相および三元共晶中に含まれるAlが酸化されていることがわかる(ZnやMgなども一部酸化されている)。水蒸気処理後の他のめっき鋼板(比較例1を除く)においても、主として初晶Al相および三元共晶中に含まれるAlが酸化されていた。
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例1〜22、比較例1〜4)について、めっき層表面の明度(L*値)を分光型色差計(TC−1800;有限会社東京電色)を用いて、JIS K 5600に準拠した分光反射測定法で測定した。測定条件を以下に示す。
光学条件:d/8°法(ダブルビーム光学系)
視野:2度視野
測定方法:反射光測定
標準光:C
表色系:CIELAB
測定波長:380〜780nm
測定波長間隔:5nm
分光器:回折格子 1200/mm
照明:ハロゲンランプ(電圧12V、電力50W、定格寿命2000時間)
測定面積:7.25mmφ
検出素子:光電子増倍管(R928;浜松ホトニクス株式会社)
反射率:0−150%
測定温度:23℃
標準板:白色
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例1〜22、比較例1〜4)について、L*値が35以下の場合は「◎」、35超かつ40以下の場合は「○」、40超かつ60以下の場合は「△」、60超の場合は「×」と評価した。
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例1〜22、比較例1〜4)について、耐食性を評価した。耐食性は、各めっき鋼板から切り出した試験片(幅70mm×長さ150mm)の端面にシールを施した後、塩水噴霧工程、乾燥工程および湿潤工程を1サイクル(8時間)とし、赤錆の発生面積率が5%までのサイクル数で評価した。塩水噴霧工程は、35℃の5%NaCl水溶液を試験片に2時間噴霧することで行った。乾燥工程は、気温60℃、相対湿度30%の環境下で、4時間放置することで行った。湿潤工程は、気温50℃、相対湿度95%の環境下で、2時間放置することで行った。赤錆の発生面積率が5%に達するまでのサイクル数が120サイクル超の場合は「◎」、70サイクル超かつ120サイクル以下の場合は「○」、70サイクル以下の場合は「×」と評価した。
水蒸気処理後の各めっき鋼板のめっき層表面の明度および耐食性試験の結果を表2に示す。
表2に示されるように、比較例1および3のめっき鋼板は、めっき層中のAlまたはMgの含有量が適正範囲外であるため、めっき層の耐食性が低下してしまった。比較例2および4のめっき鋼板は、めっき鋼板製造の際、浴表面の酸化物(ドロス)の発生量が多くなり、めっき層表面にドロスが付着するため、美麗なめっきが得られなかった。これに対し、実施例1〜22のめっき鋼板は、十分に黒色化しており、かつめっき層の耐食性が良好な結果であった。
以上のことから、本発明の黒色めっき鋼板は、加工後の黒色外観の保持性に優れていることがわかる。
[実施例2]
板厚1.2mmのSPCCを基材として、めっき層の厚みが10μmの溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板を作製した。このとき、めっき浴の組成(Zn、Al、Mg、Si、TiおよびBの濃度)を変化させて、めっき層の組成がそれぞれ異なる35種類のめっき鋼板を作製した。作製した35種類のめっき鋼板のめっき浴の組成とめっき層の厚みを表3に示す。なお、めっき浴の組成とめっき層の組成は同一である。
作製しためっき鋼板を高温高圧湿熱処理装置内に置き、表4に示す条件でめっき層を水蒸気に接触させた。
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例23〜57)について、めっき層の断面を光学顕微鏡で観察したところ、実施例23〜54のめっき鋼板においてめっき層内部に分散している初晶Al相および三元共晶中のAlが黒色化しているのが観察された。実施例55〜57は三元共晶中のAlが黒色化されているのが確認された。
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例23〜57)について、めっき層表面の明度(L*値)を分光型色差計を用いて測定した。また、水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例23〜57)について、耐食性試験も行った。水蒸気処理後の各めっき鋼板のめっき層表面の明度および耐食性試験の結果を表4に示す。
表4に示されるように、実施例23〜57のめっき鋼板は、十分に黒色化しており、かつめっき層の耐食性が良好な結果であった。
以上のことから、本発明の黒色めっき鋼板は、加工後の黒色外観の保持性に優れていることがわかる。
[実施例3]
表3のNo.35またはNo.51のめっき鋼板に、表5に示す無機系化成処理液を塗布し、水洗することなく電気オーブンに入れて、到達板温が120℃となる条件で加熱乾燥して、めっき鋼板の表面に無機系皮膜を形成した。
無機系皮膜を形成しためっき鋼板を高温高圧湿熱処理装置内に置き、表6に示す条件でめっき層を水蒸気に接触させた。
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例58〜89)について、めっき層の断面を光学顕微鏡で観察したところ、実施例58〜86のめっき鋼板においてめっき層内部に分散している初晶Al相および三元共晶中のAlが黒色化しているのが観察された。
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例58〜89)について、めっき層表面の明度(L*値)を分光型色差計を用いて測定した。また、水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例58〜89)について耐食性試験も行った。耐食性試験は、JIS Z2371に準拠して35℃のNaCl水溶液を試験片に12時間噴霧することで行った。噴霧後の白錆発生面積率が0%の場合は「◎」、0%超かつ5%未満の場合は「○」、5%以上かつ10%未満の場合は「△」、10%以上の場合は「×」と評価した。
水蒸気処理後の各めっき鋼板のめっき層表面の明度および耐食性試験の結果を表6および表7に示す。
表6および表7から、無機系皮膜を形成することで、黒色めっき鋼板の耐食性をより向上させうることがわかる。
[実施例4]
表4の実施例38の黒色めっき鋼板(L*値:32)および実施例54のめっき鋼板(L*値:30)に、表8に示す有機系化成処理液を塗布し、水洗することなく電気オーブンに入れて、到達板温が160℃となる条件で加熱乾燥して、めっき鋼板の表面に有機系樹脂皮膜を形成した。
有機系樹脂皮膜を形成した各めっき鋼板(実施例90〜121)について、耐食性試験および耐カジリ性試験を行った。耐食性試験は、JIS Z2371に準拠して35℃のNaCl水溶液を試験片に12時間噴霧することで行った。耐カジリ性試験は、30mm×250mmの試験片に対してドロービード試験(ビード高さ:4mm、加圧力:3.0kN)を行い、試験後の摺動面を目視観察することで行った。摺動面における傷の発生面積率が0%(傷なし)の場合は「◎」、0%超かつ5%未満の場合は「○」、5%以上かつ10%未満の場合は「△」、10%以上の場合は「×」と評価した。
各めっき鋼板の耐食性試験の結果および耐カジリ性試験の結果を表9に示す。
表9から、有機系樹脂皮膜を形成することで、黒色めっき鋼板の耐食性および耐カジリ性をより向上させうることがわかる。
[実施例5]
表3のNo.35またはNo.51のめっき鋼板に、表10に示す有機系化成処理液を塗布し、水洗することなく電気オーブンに入れて、到達板温が160℃となる条件で加熱乾燥して、めっき鋼板の表面に有機系樹脂皮膜(ウレタン系樹脂皮膜)を形成した。
有機系樹脂皮膜を形成しためっき鋼板を高温高圧湿熱処理装置内に置き、表11および表12に示す条件でめっき層を水蒸気に接触させた。
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例122〜171)について、めっき層の断面を光学顕微鏡で観察したところ、めっき層内部に分散している初晶Al相および三元共晶中のAlが黒色化しているのが観察された。
水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例122〜171)について、めっき層表面の明度(L*値)を分光型色差計を用いて測定した。また、水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例122〜171)について耐食性試験も行った。また、水蒸気処理後の各めっき鋼板(実施例122〜171)について密着性試験も行った。密着性試験は、各めっき鋼板から切り出した試験片を密着曲げ(3t)し、曲げ部についてセロハンテープ剥離試験を行うことで行った。その結果、実施例122〜171においていずれも剥離は認められなかった。
水蒸気処理後の各めっき鋼板のめっき層表面の明度および耐食性試験の結果を表11および表12に示す。
本実施例では、溶融Al、Mg含有Znめっき鋼板に有機系樹脂皮膜を形成した後に、有機系樹脂皮膜を形成しためっき鋼板を水蒸気に接触させて黒色化した。この場合、有機系樹脂皮膜を形成しても耐食性を十分に向上させることができないことがある(実施例138〜146および163〜171参照)。これに対し、エーテル系ポリオールとエステル系ポリオールを所定の比率で組み合わせてウレタン系樹脂皮膜を形成した実施例122〜137および147〜162の黒色めっき鋼板は、耐食性が十分に向上していた。また、ウレタン系樹脂皮膜に有機酸を添加することで、バルブメタル化合物またはリン酸塩を添加した場合よりも、さらに耐食性を向上させうることがわかる(実施例132、137、157および162参照)。