以下に、本発明の実施形態を説明する。まず、図1を参照して、本明細書の実施形態における車両の概略構成を説明する。
図1に示す如く、車両1は、複数の車輪2−i(i=1,2,…)を備え、これらの車輪2−i(i=1,2,…)に図示しないサスペンション装置を介して車体1Bを支持している。実施形態の車両1は、より詳しくは、左右一対の前輪2−1,2−2、及び左右一対の後輪2−3,2−4の計4個の車輪2−i(i=1,2,3,4)を備える。この場合、車輪2−i(i=1,2,3,4)のうちの前輪2−1,2−2は駆動輪であると共に操舵輪であり、後輪2−3,2−4は従動輪であると共に非操舵輪である。
以降の説明では、車両1の左前側の車輪2−1を第1車輪2−1、右前側の車輪2−2を第2車輪2−2、左後側の車輪2−3を第3車輪2−3、右後側の車輪2−4を第4車輪2−4ということがある。また、車輪2−i(i=1,2,3,4)のうちの任意の車輪を表現する場合には、“(i=1,2,3,4)”というような記載を省略し、単に“車輪2−i”又は“第i車輪2−i”ということがある。また、車輪2−i(i=1,2,3,4)以外の要素(構成部品、物理量等)で、個々の第i車輪2−iに関連する要素の参照符号には、添え字“i”を付加する。この場合において、車輪2−i(i=1,2,3,4)のうちの特定の1つの車輪に対応する要素については、該要素の参照符号に、添え字“i”の代わりに、当該特定の車輪に対応するiの値(1又は2又は3又は4)を付加する。
車両1には、駆動輪を回転駆動するための駆動系が備えられている。この駆動系は、実施形態では、車体1Bに搭載された動力発生源としてのエンジン3を有する。そして、該駆動系は、このエンジン3の動力(出力トルク)を変速機4aを含む動力伝達機構4を介して駆動輪としての前輪2−1,2−2に伝達することによって前輪2−1,2−2を回転駆動する。この場合、エンジン3の動力は、車両1の図示しないアクセルペダルの踏み込み操作量に応じて制御される。
また、車両1には、操舵輪を操舵するための操舵系が備えられている。この操舵系は、実施形態では、車体1Bの運転席前方に配置されたステアリングホイール5を有し、ステアリングホイール5の回転操作に連動させて、図示しない操舵機構により操舵輪としての前輪2−1,2−2を操舵する。該操舵機構は、例えばラック・アンド・ピニオン等の機械式の操舵機構、あるいは、電動モータ等の操舵用アクチュエータを有するアクチュエータ付き操舵機構(所謂、パワー・ステアリング装置)により構成される。
また、車両1には、その走行を制動するための制動系が備えられている。この制動系は、実施形態では、各車輪2−i毎に、ディスクブレーキ等の摩擦式の制動機構7−i(i=1,2,3,4)を有する。これらの制動機構7−i(i=1,2,3,4)は、制動系油圧回路6に接続されており、この制動系油圧回路6から付与される油圧(ブレーキ圧)によって、それぞれに対応する車輪2−iの回転を制動する制動力を発生する。この場合、制動系油圧回路6は、基本的には、車両1のブレーキペダル(図示省略)の踏み込み操作に連動して、該ブレーキペダルの踏み込み操作量(踏力)に応じたブレーキ圧を各制動機構7−iに付与する。そして、実施形態の車両1では、制動系油圧回路6は、各制動機構7−iに付与するブレーキ圧を(ひいては、各車輪2−iの制動力を)、後述する制御装置20から与えられる制御指令に応じて調整することが可能となっている。
さらに、車両1は、上記駆動系、操舵系、及び制動系に加えて、後述する観測対象量を検出するための各種のセンサと、車両1の挙動制御等を行う制御装置20とを備える。実施形態では、センサとして、例えば、各車輪2−iの回転角速度に応じた出力をそれぞれ発生する車輪回転角速度センサ8−i(i=1,2,3,4)、各車輪2−iの制動機構7−iに付与されるブレーキ圧に応じた出力をそれぞれ発生するブレーキ圧センサ9−i(i=1,2,3,4)、ステアリングホイール5の操舵角(回転角度)に応じた出力を発生するステアリング操舵角センサ10、変速機3の動作状態(変速比など)に応じた出力を発生する変速機センサ11、車両1のアクセルペダル(図示省略)の踏み込み操作量に応じた出力を発生するアクセルセンサ12、車両1のヨー軸周り(車体1Bの上下方向の軸周り)の角速度であるヨーレートに応じた出力を発生するヨーレートセンサ13、車両1のロール軸方向(車体1Bの前後方向)の加速度に応じた出力を発生する前後加速度センサ14、車両1のピッチ軸方向(車体1Bの横方向(左右方向))の加速度に応じた出力を発生する横加速度センサ15が車両1に搭載されている。
制御装置20は、CPU、RAM、ROM等を含む電子回路ユニットであり、上記の各センサの出力(検出データ)が入力される。そして、制御装置20は、入力された検出データと、あらかじめ記憶保持した設定データとを使用しつつ、あらかじめ実装されたプログラムに基づく所定の演算処理を実行することで、車両1の挙動を制御する。この場合、制御装置20は、例えば各制動機構7−iによる各車輪2−iの制動力を制動系油圧回路6を介して制御することによって、車両1のヨー軸周りの回転運動(旋回運動)や横滑り運動などの挙動を目標とする挙動に制御する機能を有する。また、制御装置20は、車両1の挙動の制御処理を実行するために、車両1が走行している路面の摩擦係数等を逐次推定する機能も有する。推定された摩擦係数は、例えば車両1の横滑り運動の状態量(横滑り角、横滑り速度等)を推定するために使用され、あるいは、目標とする車両1の挙動を決定するために使用される。
以上が本明細書で説明する各実施形態における車両1の概略構成である。
なお、本発明を適用する車両は上記の構成の車両1に限られるものではない。例えば、車両1の駆動系の動力発生源は電動モータであってもよい。あるいは、エンジンと電動モータとの両方が動力発生源として車両1に搭載されていてもよい。また、車両1の駆動輪は、後輪2−3,2−4であってもよく、あるいは、前輪2−1,2−2および後輪2−3,2−4の両方であってもよい。また、駆動系は、動力発生源から各駆動輪に付与する駆動力を各別に調整することができるように構成されていてもよい。また、車両1の操舵系は、前輪2−1,2−2をステアリングホイール5の回転操作に連動させて操舵することに加えて、後輪2−3,2−4を適宜、アクチュエータにより操舵するように構成されていてもよい。また、車輪の個数は4個でなくてもよい。
次に、図2(a),(b)を参照しつつ、以降の各実施形態の説明で用いる主要な参照符号(変数)及び用語について説明する。
図2(a),(b)中の↑V1、↑F1等のように、“↑”を先頭に付した変数はベクトル量を表す。ベクトル量は、それを適当な座標系を用いて成分表示する場合に、列ベクトル(行ベクトルの転置ベクトル)の形態で表現されるものとする。なお、実施形態の説明では、ベクトル量同士の掛け算(すなわち外積)の算術記号として“×”を用い、スカラー量同士の掛け算やスカラー量とベクトル量との掛け算等、外積以外の掛け算の算術記号として“*”を用いる。また、行ベクトルの転置を示す場合には、その行ベクトルの成分表示の右上に添え字“T”を付する。
“車体座標系”は、車体1Bの前後方向をX軸方向、車体1Bの横方向(左右方向)をY軸方向とする座標系である。この場合、車体1Bの前向きをX軸の正の向き、車体1Bの左向きをY軸の正の向きとする。なお、車体座標系のX軸方向は、単に、車両1の前後方向又はロール軸方向ということもある。また、車両座標系のY軸方向は、単に、車両1の横方向又はピッチ軸方向ということもある。また、車両1のヨー軸方向(車体1Bの上下方向)は、車体座標系のXY平面に直交(X軸及びY軸に直交)するものとする。
“第i車輪座標系”は、車両1をヨー軸方向で上方から見た状態において、第i車輪2−iの回転面(第i車輪2−iの回転軸に直交する面)と平行な方向(第i車輪2−iの前後方向)をx軸方向、第i車輪2−iの回転軸と平行な方向(第i車輪2−iの左右方向(横方向))をy軸とする座標系である。この場合、第i車輪2−iの前向きをx軸の正の向き、第i車輪2−iの左向きをy軸の正の向きとする。なお、第i車輪座標系のxy平面は、車体座標系のXY平面と平行であり、車両1のヨー軸方向に直交するものとする。
補足すると、本明細書での“直交”及び“平行”は、それぞれ、厳密な意味での直交、平行だけを意味するものではなく、近似的な直交、平行であってもよい。
“δi”は、第i車輪2−iの舵角(以降、単に車輪舵角ということもある)を表す。各車輪舵角δiは、より詳しくは、車両1をヨー軸方向で上方から見た状態において、第i車輪2−iの回転面が車体座標系のX軸方向に対してなす角度である。なお、実施形態の車両1では、後輪2−3,2−4は非操舵輪であるので、常にδ3=δ4=0である。
“↑Vg”は、車体座標系のXY平面に投影して見た、路面に対する車両1の重心点の移動速度ベクトル(以降、車両重心速度ベクトルという)を表す。この車両重心速度ベクトル↑Vgは、車体座標系のX軸方向成分とY軸方向成分とから成るベクトルである。この場合、車両重心速度ベクトル↑VgのX軸方向成分をVgx、Y軸方向成分をVgyと表記し、それぞれを車両重心前後速度Vgx、車両重心横滑り速度Vgyという。なお、車両重心前後速度Vgxは、別の言い方をすれば、車両1の走行速度(車速)としての意味を持つ。また、図2(a),(b)での図示を省略するが、車両重心前後速度Vgxの時間的変化率(微分値)を車両重心前後速度変化率Vgdot_x、車両重心横滑り速度Vgyの時間的変化率(微分値)を車両重心横滑り速度変化率Vgdot_yという。
“βg”は車両1の重心点の横滑り角(以降、車両重心横滑り角という)を表す。車両重心横滑り角βgは、より詳しくは、車両重心速度ベクトル↑Vgが車体座標系のX軸方向に対してなす角度である。従って、βg=tan−1(Vgy/Vgx)である。
“↑Vi”は、車体座標系のXY平面に投影して見た、路面に対する第i車輪2−iの接地部の移動速度ベクトル(以降、第i車輪2−iの進行速度ベクトル、又は単に車輪進行速度ベクトルという)を表す。各車輪進行速度ベクトル↑Viは、車体座標系のX軸方向成分とY軸方向成分とから成るベクトルである。この場合、図2(a),(b)での図示を省略するが、各車輪進行速度ベクトル↑ViのX軸方向成分をVx_i、Y軸方向成分をVy_iと表記する。
“↑Vsub_i”は、第i車輪座標系のxy平面に投影して見た、路面に対する第i車輪2−iの接地部の移動速度ベクトル(以降、車輪座標系上車輪進行速度ベクトルという)を表す。各車輪座標系上車輪進行速度ベクトル↑Vsub_iは第i車輪座標系のx軸方向成分とy軸方向成分とから成るベクトルである。この場合、図2(a),(b)での図示を省略するが、各車輪座標系上車輪進行速度ベクトル↑Vsub_iのx軸方向成分をVsubx_i、y軸方向成分をVsuby_iと表記する。なお、各車輪2−iの車輪座標系上車輪進行速度ベクトル↑Vsub_iと、前記車輪進行速度ベクトル↑Viとは、それらを表現する座標系が異なるだけであり、空間的な向き及び大きさが互いに同一のベクトル量である。
“βi”は、第i車輪2−iの横滑り角(以降、単に車輪横滑り角ということもある)を表す。各車輪横滑り角βiは、より詳しくは、第i車輪2−iの車輪座標系上車輪進行速度ベクトル↑Vsub_iが第i車輪座標系のx軸方向に対してなす角度である。従って、βi=tan−1(Vsuby_i/Vsubx_i)である。
“β0i”は第i車輪2−iの車輪進行速度ベクトル↑Viが車体座標系のX軸方向に対してなす角度(=βi+δi。以降、車輪位置横滑り角という)を表す。なお、実施形態では、後輪2−3,2−4は非操舵輪であるので、β03=β3、β04=β4である。このため、β03,β04の図示は省略している。
“γ”は車両1のヨー軸周りの角速度、すなわち、ヨーレートを表す。
“df”は車両1の横方向(車体座標系のY軸方向)における前輪2−1,2−2の間の間隔(すなわち前輪2−1,2−2のトレッド)、“dr”は車両1の横方向(車体座標系のY軸方向)における後輪2−3,2−4の間の間隔(すなわち後輪2−3,2−4のトレッド)を表す。以降、dfを前輪トレッド、drを後輪トレッドという。
“Lf”はδ1=δ2=0の状態の前輪2−1,2−2の車軸(回転軸)と、車両1の重心点との間の距離(車両1の前後方向での距離)、“Lr”は後輪2−3,2−4の車軸(回転軸)と、車両1の重心点との間の距離(車両1の前後方向での距離)を表す。以降、Lfを前輪車軸・重心間距離、Lrを後輪車軸・重心間距離という。
“↑Pi”は、車両1をヨー軸方向で上方から見た状態において、車両1の重心点から見た第i車輪2−iの位置ベクトル(以降、単に車輪位置ベクトルということもある)を表す。各車輪位置ベクトル↑Piは、車体座標系のX軸方向成分とY軸方向成分とから成るベクトルである。この場合、図2(a),(b)での図示は省略するが、各車輪位置ベクトル↑PiのX軸方向成分をPx_i、Y軸方向成分をPy_iと表記する。なお、車体座標系のY軸方向での車両1の重心点の位置が、車両1の車幅の中心線上に存在する場合には、↑P1=(Lf,df/2)T、↑P2=(Lf,−df/2)T、↑P3=(−Lr,dr/2)T、↑P4=(−Lr,−dr/2)Tとなる。
“↑Fi”は、車体座標系のXY平面に投影して見た、第i車輪2−iの路面反力(第i車輪2−iに路面から作用する並進力ベクトル)を表す。以降、↑Fiを車輪2次元路面反力又は2次元路面反力という。この車輪2次元路面反力↑Fiは、車体座標系のX軸方向成分とY軸方向成分とから成るベクトルである。ここで、各車輪2−iに路面から作用する路面反力は、空間的(3次元的)には、第i車輪座標系のx軸方向の並進力成分である駆動・制動力と、y軸方向の並進力成分である横力と、ヨー軸方向の並進力成分である接地荷重との合力ベクトルである。従って、車輪2次元路面反力↑Fiは、第i車輪2−iの駆動・制動力と横力との合力ベクトル(これは路面から第i車輪2−iに作用する摩擦力に相当する)を車体座標系で表現してなるベクトルである。この場合、図2(a),(b)での図示は省略するが、車輪2次元路面反力↑FiのX軸方向成分をFx_i、Y軸方向成分をFy_iと表記する。なお、以降の説明では、各車輪2−iの駆動・制動力と横力と接地荷重との合力ベクトルとしての空間的な路面反力を、車輪3次元路面反力又は3次元路面反力という。また、各車輪2−iの3次元路面反力のヨー軸方向成分としての接地荷重をFz_iと表記する。
“↑Fsub_i”は、第i車輪座標系のxy平面に投影して見た、第i車輪2−iの路面反力(以降、車輪座標系上車輪2次元路面反力という)を表す。各車輪座標系上車輪2次元路面反力↑Fsub_iは、第i車輪座標系のx軸方向成分とy軸方向成分とから成るベクトルである。この場合、図2(a),(b)での図示は省略するが、各車輪座標系上車輪2次元路面反力↑Fsub_iのx軸方向成分をFsubx_i、y軸方向成分をFsuby_iと表記する。x軸方向成分Fsubx_iは、換言すれば、第i車輪2−iの駆動・制動力であり、y軸方向成分Fsuby_iは、換言すれば、第i車輪2−iの横力である。なお、第i車輪2−iの車輪座標系上車輪2次元路面反力↑Fsub_iと、第i車輪2−iの前記車輪2次元路面反力↑Fiとは、それらを表現する座標系が異なるだけであり、空間的な向き及び大きさが互いに同一のベクトル量である。
“↑Fg_total”は、車輪2−i(i=1,2,3,4)に作用する路面反力の合力(前記車輪3次元路面反力(i=1,2,3,4)の合力)によって、車両1の重心点に作用する空間的な並進力ベクトル(以降、全路面反力合成並進力ベクトルという)を表す。この場合、図2(a),(b)での図示は省略するが、全路面反力合成並進力ベクトル↑Fg_totalのうちの、車体座標系のX軸方向成分をFgx_total、車体座標系のY軸方向成分をFgy_total、ヨー軸方向成分をFgz_totalと表記する。また、Fgx_totalを全路面反力合成前後力、Fgy_totalを全路面反力合成横力ということがある。
“Mgz_total”は、車輪2−i(i=1,2,3,4)に作用する路面反力の合力(前記第i車輪3次元路面反力(i=1,2,3,4)の合力)によって、車両1の重心点でヨー軸周りに作用するモーメント(以降、全路面反力合成ヨーモーメントという)を表す。なお、前記車輪3次元路面反力(i=1,2,3,4)の合力のうちのヨー軸方向成分Fgz_totalは、全路面反力合成ヨーモーメントMgz_totalに寄与しない。従って、全路面反力合成ヨーモーメントMgz_totalは、実質的には、前記車輪2次元路面反力↑Fi(i=1,2,3,4)の合力、すなわち、全ての車輪2−i(i=1,2,3,4)の駆動・制動力及び横力の合力によって、車両1の重心点でヨー軸周りに作用するモーメントを表す。
補足すると、本明細書の実施形態では、車輪2−i(i=1,2,3,4)に作用する路面反力の合力を、車両1に作用する外力の全体と見なす。より詳しく言えば、車両1に作用する外力としては、各車輪2−iに路面から作用する路面反力の他に、空気抵抗等もあるが、実施形態では、路面反力以外の外力は、車輪2−i(i=1,2,3,4)に作用する路面反力の合力に比して、無視し得る程度に十分に小さいものと見なす。従って、上記↑Fg_total及びMgz_totalは、それぞれ、車両1に作用する外力の全体によって車両1の重心点に作用する並進力ベクトル、モーメントとしての意味を持つ。
“NSP”は、車両1のニュートラル・ステア・ポイントを表す。NSPは、δ1=δ2=0として車両1が走行している状態で、車両重心横滑り角βg(≠0)が発生したときに、全ての車輪2−i(i=1,2,3,4)にそれぞれ作用する横力Fsuby_i(i=1,2,3,4)の合力の着力点(作用点)を意味する。より詳しくは、NSPは、車両1をヨー軸方向で上方から見た状態において、車両1の重心点を通って車体座標系のX軸方向(車両1の前後方向)に延在する直線と、全ての車輪2−i(i=1,2,3,4)にそれぞれ作用する横力Fsuby_i(i=1,2,3,4)の合力の作用線との交点を意味する。
“Lnsp”は、車体座標系のX軸方向(車両1の前後方向)での車両1の重心点と、NSPとの距離(以降、車両重心・NSP間距離という)を表す。なお、車両1の重心点よりもNSPが後方側に存在する場合に、車両重心・NSP間距離Lnspの値を正の値とし、車両1の重心点よりもNSPが前方側に存在する場合に、車両重心・NSP間距離Lnspの値を負の値とする。
“Mnsp”は、車輪2−i(i=1,2,3,4)に作用する路面反力の合力(前記車輪3次元路面反力(i=1,2,3,4)の合力又は前記車輪2次元路面反力↑Fi(i=1,2,3,4)の合力)によって、NSPでヨー軸周りに作用するモーメント(以降、NSPヨーモーメントという)を表す。NSPヨーモーメントMnspは、換言すれば前記全路面反力合成ヨーモーメントMgz_totalと、前記全路面反力合成並進力ベクトル↑Fg_totalがNSPでヨー軸周りに発生させるモーメント(=Lnsp*Fgy_total)との総和のモーメントである。
補足すると、実施形態では、ヨー軸周りの角度、角速度、角加速度等、ヨー軸周りの回転運動に関する状態量(δi、βi、γ等)と、ヨー軸周りのモーメント(Mgz_total、Mnsp等)とに関しては、車両1をヨー軸方向で上方から見た状態で、反時計周りの向きを正の向きとする。
また、図2(a),(b)での図示は省略するが、以降の説明では、上記した変数(参照符号)の他に、次のような変数も使用する。
“θh”はステアリングホイール5の操舵角(回転角度。以降、ステアリング操舵角という)を表す。
“γdot”は車両1のヨー軸周りの角加速度(以降、ヨー角加速度という)を表す。
“ωw_i”は第i車輪2−iの回転角速度(以降、単に車輪回転角速度ということがある)、“Rw_i”は第i車輪2−iの有効半径(以降、単に車輪有効半径ということがある)、“Vw_i”は、ωw_iとRw_iとの積(=ωw_i*Rw_i)として定義される第i車輪2−iの車輪速度(すなわち、第i車輪2−iの回転中心から見た、第i車輪2−iの接地部の周方向速度)を表す。なお、各車輪速度Vw_iは、第i車輪2−iの滑りが無い状態では、前記車輪座標系上車輪進行速度ベクトル↑Vsub_iのx軸方向成分Vsubx_iに一致する。
“κi”は第i車輪2−iのスリップ率(縦滑り率。以降、単に車輪スリップ率ということがある)、“Tq_i”は第i車輪2−iに車両1の駆動系から付与される駆動トルクと、車両1の制動系から付与される制動トルクとの総和のトルク(以降、単に車輪トルクということがある)、“Iw_i”は第i車輪2−iの慣性モーメント(以降、単に車輪慣性モーメントということがある)を表す。
“m”は車両1全体の質量(以降、車両質量という)、“Iz”は車両1の重心点での車両1全体のヨー軸周りの慣性モーメント(以降、車両ヨー慣性モーメントという)を表す。
“Accx”は、前記車両重心前後速度変化率Vgdot_xに、車両1の旋回運動に伴う遠心力に起因して該車両1の重心点に生じる加速度のうちの車体座標系のX軸方向成分(=−Vgy*γ)を加え合わせてなる加速度(=Vgdot_x−Vgy*γ)を表す。また、“Accy”は、前記車両重心横滑り速度変化率Vgdot_yに、車両1の旋回運動に伴う遠心力に起因して該車両1の重心点に生じる加速度のうちの車体座標系のY軸方向成分(=Vgx*γ)を加え合わせてなる加速度(=Vgdot_y+Vgx*γ)を表す。換言すれば、“Accx”、“Accy”は、それぞれ、車体座標系で見た車両1の重心点の運動の加速度(車体座標系での重心点の位置の2階微分値)のX軸方向成分、Y軸方向成分を表す。以降、“Accx”を車両重心前後加速度、“Accy”を車両重心横加速度という。
“μ”は路面の摩擦係数(各車輪2−iとの間の摩擦係数。以降、路面摩擦係数ということがある)を表す。なお、実施形態での路面摩擦係数μは、標準的な乾燥路面など、ある基準状態の路面(以降、基準路面という)と各車輪2−iとの間の摩擦係数を基準とする相対的な摩擦係数である。また、路面摩擦係数μは、いずれの車輪2−i(i=1,2,3,4)の接地箇所でも同一であるとみなす。
“θbank”は路面のバンク角(以降、路面バンク角ということがある)、“θslope”は路面の勾配角(以降、路面勾配角ということがある)を表す。路面バンク角θbankは、車両1のロール軸方向で見た、水平面に対する路面の傾斜角であり、路面勾配角θslopeは、車両1のピッチ軸方向で見た、水平面に対する路面の傾斜角である。なお、路面バンク角θbankは、自動車工学の分野では一般に、路面のカント角と言われるものであるが、本明細書では、バンク角という用語を用いる。また、本明細書の実施形態では、路面上の車両1が右下がりの傾斜姿勢となる場合の路面バンク角θbankを正の角度とする。また、路面上の車両1が前下がりの傾斜姿勢となる場合の路面勾配角θslopeを正の角度とする。
“Rot(δi)”は、第i車輪座標系で表現したベクトル量(第i車輪座標系のx軸方向成分及びy軸方向成分からなるベクトル量)を、車体座標系で表現したベクトル量(車体座標系のX軸方向成分及びY軸方向成分からなるベクトル量)に変換するための座標変換行列を表す。座標変換行列R(δi)は、第i車輪2−iの舵角δiに依存して定まる行列(2次の正方行列)であり、列ベクトル(cos(δi),sin(δi))T、(−sin(δi),cos(δi))Tをそれぞれ第1列の成分、第2列の成分とする行列である。この場合、あるベクトル量↑Aの第i車輪座標系での表記を(ax,ay)T、車体座標系での表記を(Ax,Ay)Tとすると、(Ax,Ay)Tと(ax,ay)Tとの間の関係は、(Ax,Ay)T=Rot(δi)*(ax,ay)Tとなる。従って、前記各車輪2−iの車輪進行速度ベクトル↑Viと、車輪座標系上車輪進行速度ベクトル↑Vsub_iとの間の関係は、↑Vi=Rot(δi)*↑Vsub_iにより与えられる。同様に、前記各車輪2−iの車輪2次元路面反力↑Fiと、車輪座標系上車輪2次元路面反力↑Fsub_iとの間の関係は、↑Fi=Rot(δi)*↑Fsub_iにより与えられる。なお、車体座標系で表現したベクトル量を、第i車輪座標系で表現したベクトル量に変換するための座標変換行列、すなわち、Rot(δi)の逆行列は、Rot(−δi)となる。
また、以降の説明では、実際の値(真値)の状態量やベクトル量等を表現する場合に、“実ヨーレート”等というように、該状態量やベクトル量等の名称(呼称)の先頭に“実”を付することがある。そして、この場合に、“γ_act”等というように、該状態量やベクトル量等を表す変数(参照符号)の末尾に、“_act”を付加する。さらに、状態量やベクトル量の観測値(検出値もしくは推定値)を表現する場合に、例えば“ヨーレート検出値”、“ヨーレート推定値”等というように、該状態量やベクトル量等の名称(呼称)の末尾に“検出値”や“推定値”を付する。この場合、原則として、後述する車両モデル演算手段24で算出された観測値又はその算出された観測値を基に生成される他の観測値に対しては、“推定値”を使用する。また、車両モデル演算手段24で算出された観測値を使用することなく、あるセンサの出力を基に得られる観測値に対しては、“検出値”を使用する。そして、“検出値”には、“γ_sens”等というように、変数(参照符号)の末尾に“_sens”を付加し、“推定値”には、“γ_estm”等というように、変数(参照符号)の末尾に“_estm”を付加する。また、状態量の時間的変化率(時間による微分値)を表現する場合には、“γdot”等というように、その状態量の変数(参照符号)中に、“dot”を付加する。
以上説明したことを前提として、以下に、本発明の実施形態を詳細に説明する。
[第1実施形態]
まず、第1実施形態における前記制御装置20の処理を具体的に説明する。本実施形態では、図3のブロック図で示す如く、制御装置20は、その主要な機能的手段として、観測対象量検出手段22、車両モデル演算手段24、μ推定手段26、バンク角推定手段28、及び勾配角推定手段30を備える。
観測対象量検出手段22は、車両1の前記した各種センサの出力(検出データ)から、車両1の挙動に関する所定種類の観測対象量を検出する処理を実行し、該観測対象量の検出値を生成する手段である。
本実施形態では、観測対象量検出手段22による観測対象量には、操舵輪(前輪)2−1,2−2の実舵角δ1_act,δ2_actと、実車輪速度Vw_i_act(i=1,2,3,4)と、車両1の実ヨーレートγ_act及び実ヨー角加速度γdot_actと、実車両重心前後加速度Accx_act及び実車両重心横加速度Accy_actと、実車輪トルクTq_i_act(i=1,2,3,4)とが含まれる。
これらの観測対象量の検出値を生成するために、観測対象量検出手段22は、前輪2−1,2−2の車輪舵角検出値δ1_sens,δ2_sensを生成する車輪舵角検出手段22aと、車輪速度検出値Vw_i_sens(i=1,2,3,4)を生成する車輪速度検出手段22bと、ヨーレート検出値γ_sensを生成するヨーレート検出手段22cと、ヨー角加速度検出値γdot_sensを生成するヨー角加速度検出手段22dと、車両重心前後加速度検出値Accx_sensを生成する前後加速度検出手段22eと、車両重心横加速度検出値Accy_sensを生成する横加速度検出手段22fと、車輪トルク検出値Tq_i_sens(i=1,2,3,4)を生成する車輪トルク検出手段22gとを備える。
車両モデル演算手段24は、各車輪2−iと路面との間の滑りと該車輪2−iに路面から作用する路面反力との関係を表現する摩擦特性モデルと、車両1に作用する外力と該車両1の運動との関係を表現する車両運動モデルとを含む車両1の動力学モデル(以降、単に車両モデルということがある)を用いて、各車輪2−iに作用する路面反力を推定すると共に、その路面反力が外力として車両1に作用することによって動力学的に発生する車両1の運動の状態量を推定する処理を実行する手段である。この処理のために、車両モデル演算手段24には、観測対象量検出手段22で生成された所定種類の観測対象量の検出値(本実施形態では、該検出値のうちのδ1_sens,δ2_sens,Vw_i_sens,γ_sens,Accy_sens,Accy_sens,Tq_i_sens)が入力されると共に、μ推定手段26で既に決定された最新の路面摩擦係数推定値μ_estmが入力される。そして、車両モデル演算手段24は、これらの入力値と上記車両モデルとを用いて、各車輪2−iの路面反力や車両1の運動の状態量を推定する。
この車両モデル演算手段24が求める推定値は、路面反力に関する推定値である路面反力推定値と、車両1の前後方向(ロール軸方向)及び横方向(ピッチ軸方向)の並進運動、並びにヨー軸周りの回転運動に関する状態量の推定値である車両運動状態量推定値とに大別される。
この場合、路面反力推定値には、各車輪2−iの駆動・制動力Fsubx_i及び横力Fsuby_iと接地荷重Fz_iとが含まれると共に、全路面反力合成並進力ベクトル推定値↑Fg_total_estm(Fgx_total_estm及びFgy_total_estm)と、全路面反力合成ヨーモーメント推定値Mgz_total_estmとが含まれる。また、車両運動状態量推定値には、ヨーレート推定値γ_estmと、車両重心速度ベクトル推定値↑Vg_estm(Vgx_estm及びVgy_estm)と、車両重心前後加速度推定値Accx_estmと、車両重心横加速度推定値Accy_estmとが含まれる。
μ推定手段26は、車両1が走行している路面の摩擦係数μ(路面摩擦係数μ)を推定する処理を実行する手段である。その処理のために、μ推定手段26には、観測対象量検出手段22で生成された観測対象量の検出値のうちのδ1_sens,δ2_sens,γ_sens,γdot_sens,Accy_sensと、車両モデル演算手段24で算出された全路面反力合成並進力ベクトル推定値↑Fg_total_estm(より詳しくは、↑Fg_total_estmのうちの全路面反力合成横力推定値Fgy_total_estm)及び全路面反力合成ヨーモーメント推定値Mgz_total_estmと、車両モデル演算手段24で算出された車両運動状態量推定値のうちの車両重心速度ベクトル推定値↑Vg_estmのX軸方向成分(車両1の前後方向成分)Vgx_estmである車両重心前後速度推定値Vgx_estmとが入力される。そして、μ推定手段26は、これらの入力値を用いて路面摩擦係数μの推定値である路面摩擦係数推定値μ_estmを算出する。
バンク角推定手段28は、路面バンク角θbank(車両1が走行している路面のバンク角θbank)を推定する処理を実行する手段である。この処理のために、バンク角推定手段28には、観測対象量検出手段22で生成された観測対象量の検出値のうちの車両重心横加速度検出値Accy_sensと、車両モデル演算手段24で算出された車両運動状態量推定値のうちの車両重心横加速度推定値Accy_estmとが入力される。そして、バンク角推定手段28は、これらの入力値を用いて、路面のバンク角θbankの推定値である路面バンク角推定値θbank_estmを算出する。
勾配角推定手段30は、路面勾配角θslope(車両1が走行している路面の勾配角θslope)を推定する処理を実行する手段である。この処理のために、勾配角推定手段30には、観測対象量検出手段22で生成された観測対象量の検出値のうちの車両重心前後加速度検出値Accx_sensと、車両モデル演算手段24で算出された車両運動状態量推定値のうちの車両重心前後加速度推定値Accx_estmとが入力される。そして、勾配角推定手段30は、これらの入力値を用いて、路面勾配角θslopeの推定値である路面勾配角推定値θslope_estmを算出する。
制御装置20は、上記観測対象量検出手段22、車両モデル演算手段24、μ推定手段26、バンク角推定手段28、及び勾配角推定手段30によって、図4のフローチャートに示す処理を所定の演算処理周期で逐次実行する。なお、以降の説明では、制御装置20の今回の(現在の)演算処理周期で得られた値(検出値、推定値等)と、前回の(1つ前の)演算処理周期で得られた値とを区別するために、前者を“今回値”、後者を“前回値”ということがある。そして、前回値の参照符号には、例えば“γ_estm_p”というように、添え字“_p”を付加する。この場合、“前回値”は、制御装置20の過去の演算処理周期で既に得られた値のうちの最新値を意味する。また、“今回値”及び“前回値”を特にことわらない値は、今回値を意味する。
図4を参照して、制御装置20は、まず、S100において、観測対象量検出手段22の処理を実行する。該観測対象量検出手段22は、前記車輪回転角速度センサ8−i(i=1,2,3,4)、ブレーキ圧センサ9−i(i=1,2,3,4)、ステアリング操舵角センサ10、変速機センサ11、アクセルセンサ12、ヨーレートセンサ13、前後加速度センサ14、横加速度センサ15等の各種センサの出力から、観測対象量の検出値δ1_sens、δ2_sens、Vw_i_sens(i=1,2,3,4)、γ_sens、γdot_sens、Accy_sens、Accy_sens、Tq_i_sensを生成する。
より詳しくは、車輪舵角検出値δ1_sens,δ2_sensは、ステアリング操舵角センサ10の出力から車輪舵角検出手段22aにより生成される。ここで、本実施形態では、第1車輪2−1の実舵角δ1_actと、第2車輪2−2の実舵角δ2_actとは互いに同一であり、ひいては、δ1_sens=δ2_sensであると見なす。そこで、以降、前輪2−1,2−2の舵角δ1,δ2を総称的に前輪舵角δfと称し、車輪舵角検出値δ1_sens,δ2_sensを総称的に前輪舵角検出値δf_sensと言う。そして、車輪舵角検出手段22aは、ステアリング操舵角センサ10の出力値が示すステアリング操舵角の値(換算値)であるステアリング操舵角検出値θh_sensから、ステアリング操舵角θhと前輪舵角δfとの間のあらかじめ設定された関係(モデルやマップ等)に基づいて、前輪2−1,2−2の共通の舵角検出値としての前輪舵角検出値δf_sens(=δ1_sens=δ2_sens)を求める。
例えば前輪2−1,2−2の実舵角δ1_act,δ2_actが実ステアリング操舵角θh_actにほぼ比例するように車両1の操舵機構が構成されている場合には、θh_sensにあらかじめ設定された比例定数(所謂、オーバーオールステアリング比)を乗じることでδf_sensが算出される。
なお、操舵系の操舵機構が、パワー・ステアリング装置のように、操舵用アクチュエータを備える場合には、ステアリング操舵角検出値θh_sensに加えて、あるいは、ステアリング操舵角検出値θh_sensの代わりに、操舵用アクチュエータの動作状態、あるいはそれを規定する状態量を検出し、その検出値を用いて前輪舵角検出値δf_sensを求めるようにしてもよい。
また、より厳密な操舵系モデル等を用いて前輪2−1,2−2のそれぞれの舵角検出値δ1_sens,δ2_sensを個別に得るようにしてもよい。そして、前輪2−1,2−2のそれぞれの舵角検出値δ1_sens,δ2_sensの平均値(=(δ1_sens+δ2_sens)/2)を、前輪2−1,2−2の実舵角δ1_act,δ2_actを代表する前輪舵角検出値δf_sensとして求めるようにしてもよい。
車輪速度検出値Vw_i_sens(i=1,2,3,4)は、それぞれに対応する車輪回転角速度センサ8−iの出力から車輪速度検出手段22bにより生成される。具体的には、車輪速度検出手段22bは、各車輪2−i毎に、車輪回転角速度センサ8−iの出力値が示す角加速度の値(換算値)である車輪回転角速度検出値ωw_i_sensに、あらかじめ設定された第i車輪2−iの有効半径Rw_iの値を乗じることによって車輪速度検出値Vw_i_sensを求める。
ヨーレート検出値γ_sens及びヨー角加速度検出値γdot_sensは、ヨーレートセンサ13の出力からヨーレート検出手段22c及びヨー角加速度検出手段22dによりそれぞれ生成される。すなわち、ヨーレート検出手段22cは、ヨーレートセンサ13の出力値が示す角速度の値(換算値)をヨーレート検出値γ_sensとして生成する。また、ヨー角加速度検出手段22dは、このヨーレート検出値γ_sensを微分する(時間的変化率を求める)ことによって、あるいは、ヨーレートセンサ13の出力値を微分してなる値が示す角加速度の値(換算値)をヨー角加速度検出値γdot_sensとして生成する。
なお、ヨー角加速度検出値γdot_sensをヨーレートセンサ13とは別のセンサの出力から生成するようにすることも可能である。例えば、車両1のヨー軸方向に直交する方向(例えば車両1のロール軸方向又はピッチ軸方向)に間隔Laccを存して2つの加速度センサを車体1Bに搭載する。この場合、これらの2つの加速度センサは、該2つの加速度センサの間隔方向とヨー軸方向とに直交する方向の加速度に感応するように配置される。このようにした場合には、それらの2つの加速度センサのそれぞれの出力値が示す加速度検出値の差を、間隔Laccで除算することによって、ヨー角加速度検出値γdot_sensを生成することができる。
車両重心前後加速度検出値Accx_sensは、前後加速度センサ14の出力から前記前後加速度検出手段22eにより生成される。また、車両重心横加速度検出値Accy_sensは、横加速度センサ15の出力から前記横加速度検出手段22fにより生成される。ここで、本実施形態では、車両1の重心点の位置があらかじめ特定されており、前後加速度センサ14及び横加速度センサ15は、その重心点に位置するように車体1Bに固定されている。なお、前後加速度センサ14及び横加速度センサ15は、一体構造の加速度センサ(2軸の加速度センサ)であってもよい。
そして、前後加速度検出手段22eは、前後加速度センサ14の出力値が示す加速度の値(換算値)を車両重心前後加速度検出値Accx_sensとして生成する。また、横加速度検出手段22fは、横加速度センサ15の出力値が示す加速度の値(換算値)を車両重心横加速度検出値Accy_sensとして生成する。
なお、前後加速度センサ14又は横加速度センサ15を車両1の重心点からずれた位置に配置した場合であっても、該センサ14又は15の出力値が示す加速度検出値を、前記ヨー角加速度検出値γdot_sens(又はヨーレート検出値γ_sensの微分値)に応じて補正することで、車両重心前後加速度検出値Accx_sens又は車両重心横加速度検出値Accy_sensを生成することができる。例えば、前後加速度センサ14が、車両1の重心点から左側にLyの間隔を存する位置に配置されている場合には、前後加速度センサ14の出力値が示す加速度検出値(センサ14の位置の加速度の検出値)から、ヨー角加速度検出値γdot_sens(又はヨーレート検出値γ_sensの微分値)にLyを乗じてなる値を加算することにより、車両重心前後加速度検出値Accx_sensを生成することができる。同様に、横加速度センサ15が、車両1の重心点から前側にLxの間隔を存する位置に配置されている場合には、横加速度センサ15の出力値が示す加速度検出値(センサ15の位置の加速度の検出値)に、ヨー角加速度検出値γdot_sens(又はヨーレート検出値γ_sensの微分値)にLxを乗じてなる値を減算することにより、車両重心横加速度検出値Accy_sensを生成することができる。
補足すると、前後加速度センサ14が検出する(感応する)加速度は、車両1に作用する外力の全体(合力)によって車両1の重心点に生じる加速度ベクトル(該外力の全体によって車両1の重心点に作用する並進力ベクトルを車両質量mで除算してなる加速度ベクトル)のうちの、車体1Bの前後方向の成分(車体座標系のX軸方向成分)としての意味を持つ。この場合、前後加速度センサ14が感応する加速度は、実路面勾配角θslope_actが“0”であれば、本来の検出対象としての実車両重心前後加速度Accx_actそのものとなる。一方、実路面勾配角θslope_actが“0”で無い場合には、前後加速度センサ14の感応方向である車体1Bの前後方向(X軸方向)が、水平面に対してθslope_actの傾きを有することとなる。このため、前後加速度センサ14は、実車両重心前後加速度Accx_actだけでなく、重力加速度のうちの、車体1Bの前後方向に平行な方向の加速度成分(=−g*sin(θslope_act)。g:重力加速度定数)にも感応する。従って、前後加速度センサ14の出力が示す加速度としての車両重心前後加速度検出値Accx_sensは、実際には、実車両重心前後加速度Accx_actに、重力加速度のうちの、車体1Bの前後方向に平行な方向の加速度成分を重畳してなる加速度(=Accx_act−g*sin(θslope_act))の検出値となる(θslope_act=0の場合を含む)。
上記と同様に、横加速度センサ15が検出する(感応する)加速度は、車両1に作用する外力の全体(合力)によって車両1の重心点に生じる加速度ベクトルのうちの、車体1Bの横方向の成分(車体座標系のY軸方向成分)としての意味を持つ。この場合、横加速度センサ15が感応する加速度は、実路面バンク角θbank_actが“0”であれば、本来の検出対象としての実車両重心横加速度Accy_actそのものとなる。一方、実路面バンク角θbank_actが“0”で無い場合には、横加速度センサ15の感応方向である車体1Bの横方向(Y軸方向)が、水平面に対してθbank_actの傾きを有することとなる。このため、横加速度センサ15は、実車両重心横加速度Accy_actだけでなく、重力加速度のうちの、車体1Bの横方向に平行な方向の加速度成分(=g*sin(θbank_act))にも感応する。従って、横加速度センサ15の出力が示す加速度としての車両重心横加速度検出値Accy_sensは、実際には、実車両重心横加速度Accy_actに、重力加速度のうちの、車体1Bの横方向に平行な方向の加速度成分を重畳してなる加速度(=Accy_act+g*sin(θbank_act))の検出値となる(θbank_act=0の場合を含む)。
以降の説明では、車両重心前後加速度Accxと、重力加速度のうちの、車体1Bの前後方向に平行な方向の加速度成分(=−g*sin(θslope))との和(=Accx−g*sin(θslope))として定義される加速度(すなわち前後加速度センサ14が感応する加速度)を、センサ感応前後加速度Accx_sensorという。同様に、車両重心横加速度Accyと、重力加速度のうちの、車体1Bの横方向に平行な方向の加速度成分(=g*sin(θbank)との和(=Accx+g*sin(θbank))として定義される加速度(すなわち横加速度センサ15が感応する加速度)を、センサ感応横加速度Accy_sensorという。センサ感応前後加速度Accx_sensorは、θslope=0である場合に、車両重心前後加速度Accxに一致し、センサ感応横加速度Accy_sensorは、θbank=0である場合に、車両重心横加速度Accyに一致する。従って、前後加速度検出手段22eが生成する前記車両重心前後加速度検出値Accx_sensと、横加速度検出手段22fが生成する車両重心横加速度検出値Accy_sensは、厳密には、それぞれ、センサ感応前後加速度Accx_sensor、センサ感応横加速度Accy_sensorの検出値を意味する。
車輪トルク検出値Tq_i_sens(i=1,2,3,4)は、それぞれに対応するブレーキ圧センサ9−iの出力と、アクセルセンサ12及び変速機センサ11の出力とから車輪トルク検出手段22gにより生成される。具体的には、車輪トルク検出手段22gは、アクセルセンサ12の出力値が示すアクセルペダルの踏み込み量の検出値から、エンジン3の出力トルク(要求トルク)を認識すると共に、変速機センサ4aの出力値が示す変速機4aの変速比の検出値から、エンジン3と各車輪2−iとの間の減速比を認識する。そして、車輪トルク検出手段22gは、認識したエンジン3の出力トルクと、上記減速比とを基に、エンジン3から各車輪2−iに伝達される駆動トルク(車両1の駆動系によって各車輪2−iに付与される駆動トルク)を求める。また、ブレーキ圧センサ9−iの出力値が示すブレーキ圧検出値を基に、各制動機構7−iから各車輪2−iに付与される制動トルク(車両1の制動系によって各車輪2−iに付与される制動トルク)を求める。そして、各車輪2−i毎に、求めた駆動トルクと制動トルクとの総和のトルク(合成トルク)の値を、車輪トルク検出値Tq_i_sensとして算出する。
以上が、S100の処理(観測対象量検出手段22の処理)の詳細である。
なお、観測対象量検出手段22の処理において、センサの出力を、高周波ノイズ成分を除去するためのハイカットフィルタ等のフィルタに通した上で、各検出手段22a〜22gに入力するようにしてもよい。あるいは、センサの出力をそのまま使用して得られた観測対象量の検出値を暫定的な検出値とし、その暫定的な検出値をハイカットフィルタ等のフィルタに通すことで、観測対象量の正式な検出値を生成するようにしてもよい。
また、特に車両重心横加速度検出値Accyについては、車体1Bのロール角(路面に対する車体1Bのロール軸周りの相対傾斜角)を検出又は推定する手段(例えばサスペンションのストロークをセンサにより検出し、その検出値から車体1Bのロール角を算出する手段)を備える場合には、車体1Bのロール運動に伴う横加速度センサ15の出力の影響分(横加速度センサ15が車体1Bのロール角だけ傾くことに起因して加速度センサ15に出力に含まれる重力加速度の影響分)を該ロール角の観測値を用いて推定し、その推定した影響分を横加速度センサ15の出力値が示す加速度検出値から差し引くことで、車両重心横加速度検出値Accyを得ることが望ましい。
以上の如く観測対象量検出手段22の処理を実行した後、制御装置20は、S102〜S116の処理を車両モデル演算手段24により実行する。
以下、この処理を図4及び図5を参照して詳細に説明する。
図5に示すように、車両モデル演算手段24は、その機能として、各車輪2−iの接地荷重推定値Fz_i_estmを求める車輪接地荷重推定部24aと、各車輪2−iの車輪座標系上車輪2次元路面反力↑Fsub_iのx軸方向成分の推定値である駆動・制動力推定値Fsubx_i_estm及びy軸方向成分の推定値である横力推定値Fsuby_i_estmを求める車輪摩擦力推定部24bと、全路面反力合成並進力ベクトル↑Fg_total_estm及び全路面反力合成ヨーモーメントMgz_total_estmを求める合力算出部24cと、車両運動状態量推定値を求める車両運動推定部24dと、各車輪2−iの車輪進行速度ベクトル推定値↑Vi_estmを求める車輪進行速度ベクトル推定部24eと、各車輪2−iの車輪速度推定値Vw_i_estmを求める車輪運動推定部24fと、各車輪2−iの車輪横滑り角推定値βi_estmを求める車輪横滑り角推定部24gと、各車輪2−iの車輪スリップ率推定値κi_estmを求める車輪スリップ率推定部24hとを備える。
S102〜S116の処理では、まず、S102において、車輪接地荷重推定部24aによって、各車輪2−iの接地荷重推定値Fz_i_estmが算出される。
この場合、本実施形態では、車輪接地荷重推定部24aは、S100で得られた観測対象量の検出値のうちの車両重心前後加速度検出値Accx_sensと車両重心横加速度検出値Accy_sensとを用いて、次式1−1により、接地荷重推定値Fz_i_estm(i=1,2,3,4)を算出する。
Fz_i_estm=Fz0_i+Wx_i*Accx_sens+Wy_i*Accy_sens ……式1−1
ここで、式1−1におけるFz0_iは、車両1が水平な路面上で停車(静止)している状態での第i車輪2−iの接地荷重Fz_iの値(以下、接地荷重基準値という)、Wx_iは車両重心前後加速度Accxに依存した第i車輪2−iの接地荷重Fz_iの変化分(Fz0_iからの変化分)を規定する重み係数、Wy_iは車両重心横加速度Accyに依存した第i車輪2−iの接地荷重Fz_iの変化分(Fz0_iからの変化分)を規定する重み係数である。これらのFz0_i,Wx_i,Wy_iの値は、あらかじめ設定された所定値である。
従って、式1−1は、車両1の重心点の加速度(ヨー軸方向に直交する方向の加速度)に伴う各車輪2−iの接地荷重Fz_iの変化分(接地荷重基準値Fz0_iからの増減量)を、車両重心前後加速度検出値Accx_sensと車両重心横加速度検出値Accy_sensとの線形結合によって求め、その変化分を接地荷重基準値Fz0_iに加えてなる値を接地荷重推定値Fz_i_estmとして算出する式である。
なお、車両重心前後加速度Accx及び車両重心横加速度Accyと、接地荷重Fz_iとの間の関係をマップ化しておき、車両重心前後加速度検出値Accx_sensと車両重心横加速度検出値Accy_sensとから、該マップに基づいて各車輪2−iの接地荷重推定値Fz_i_estmを求めるようにしてもよい。
また、車両1の図示しないサスペンション装置の動特性を反映させてFz_i_estmを求めるようにしてもよい。例えば、車両1のサスペンション装置の動特性を、車体1Bのロール軸周りの回転運動(ロール運動)やピッチ軸周りの回転運動(ピッチ運動)と関連付けてモデル化しておく。そして、ロール運動やピッチ運動に係わる運動状態量、例えばロール軸周りの車体1Bの傾斜角やその変化速度の観測値と、ピッチ軸周りの車体1Bの傾斜角やその変化速度の観測値と、サスペンンション装置の動特性を示す上記モデルとを用いて、サスペンション装置から各車輪2−iに作用する上下方向(ヨー軸方向)の並進力を推定する。そして、各車輪2−i毎に、その推定した並進力と、該車輪2−iに作用する重力とを加え合わせることで、各車輪2−iの接地荷重推定値Fz_i_estmを求める。このようにすると、接地荷重推定値Fz_i_estm(i=1,2,3,4)の精度をより高めることができる。
また、各車輪2−iの接地荷重Fz_iの変化が十分に微小なものと見なせる場合には、S102の処理を省略し、接地荷重推定値Fz_i_estmをあらかじめ定めた所定値(例えば、前記接地荷重基準値Fz0_i)に設定してもよい。
上記のように、車両重心前後加速度検出値Accx_sensと車両重心横加速度検出値Accy_sensとを使用せずに、接地荷重推定値Fz_i_estm(i=1,2,3,4)を決定する場合には、車両モデル演算手段24へのAccx_sens及びAccy_sensの入力は不要である。
次いで、S104において、車輪進行速度ベクトル推定部24eによって、各車輪2−iの車輪進行速度ベクトル↑Vi_estmが算出される。
この場合、車輪進行速度ベクトル推定部24eは、前回の演算処理周期における後述するS114の処理(車両運動推定部24dによる処理)により算出された車両運動状態量推定値(前回値)のうちの車両重心速度ベクトル推定値↑Vg_estm_p(=(Vgx_estm_p,Vgy_estm_p)T)と、ヨーレート推定値γ_estm_pと、あらかじめ設定さた各車輪位置ベクトル↑Pi(=(Px_i,Py_i)T)とから、次式1−2により、各車輪進行速度ベクトル推定値↑Vi_estm(=(Vx_i_estm,Vy_i_estm)T)を算出する。
↑Vi_estm=↑Vg_estm_p+(−Py_i*γestm_p,Px_i*γestm_p)T ……式1−2
ここで、式1−2の右辺の第2項は、車両1のヨー軸周りの回転運動(ヨーレートの値がγestm_pとなる回転運動)に起因して生じる、車両1の重心点に対する第i車輪2−iの相対速度(ヨー軸方向に直交する方向の相対速度)を意味する。
なお、式1−2のヨーレート推定値(前回値)γ_estm_pの代わりに、ヨーレート検出値γ_sens(前回値又は今回値)を使用してもよい。
次いで、S106において、車輪スリップ率推定部24hによって、各車輪2−iの車輪スリップ率推定値κi_estmが算出される。
この場合、車輪スリップ率推定部24hは、S100で得られた観測対象量の検出値のうちの前輪舵角検出値(今回値)δf_sens(=δ1_sens=δ2_sens)と、前回の演算処理周期における後述するS116の処理(車輪運動推定部24fによる演算処理)で算出された車輪速度推定値(前回値)Vw_i_estm_p(i=1,2,3,4)と、S114で算出された車輪進行速度ベクトル推定値(今回値)↑Vi_estm(i=1,2,3,4)とから各車輪スリップ率推定値κi_estmを算出する。
具体的には、車輪スリップ率推定部24hは、まず、各車輪2−i毎に、車輪進行速度ベクトル推定値↑Vi_estmを次式1−3により車輪座標系上に座標変換することによって、車輪座標系上車輪進行速度ベクトル推定値↑Vsub_i_estmを算出する。
↑Vsub_i_estm=Rot(−δi_sens)*↑Vi_estm ……式1−3
この場合、式1−3において、前輪2−1,2−2については、δ1_sens,δ2_sensの値としては、前輪舵角検出値δf_sensが用いられる。また、本実施形態では、後輪2−3,2−4は非操舵輪であるので、式1−3におけるδ3_sens,δ4_sensの値は“0”とされる。従って、後輪2−3,2−4については、↑Vsub_3_estm=↑V3_estm、↑Vsub_4_estm=↑V4_estmであるので、式1−3の演算処理は省略してもよい。
なお、各車輪座標系上車輪進行速度ベクトル推定値↑Vsub_i_estmのy軸方向成分推定値Vsuby_i_estmを後述の演算処理(S108の処理等)で使用しない場合には、各車輪座標系上車輪進行速度ベクトル推定値↑Vsub_i_estmのx軸方向成分推定値Vsubx_i_estmだけを算出するようにしてもよい。
そして、車輪スリップ率推定部24hは、各車輪2−i毎に、上記の如く算出した車輪座標系上車輪進行速度ベクトル推定値↑Vsub_i_estmのx軸方向成分推定値Vsubx_i_estmと、車輪速度推定値(前回値)Vw_i_estm_pとから次式1−4により、車輪スリップ率推定値κi_estmを算出する。
κi_estm=(Vsubx_i_estm−Vw_i_estm_p)/max(Vsubx_i_estm,Vw_i_estm_p)
……式1−4
この場合、駆動輪である前輪2−1,2−2に車両1の駆動系から駆動力を付与する車両1の加速時には、Vsubx_i_estm≦Vw_i_estm_pとなるので、κi_estm≦0となる。また、各車輪2−iに車両1の制動系から制動力を付与する車両1の減速時には、Vsubx_i_estm≧Vw_i_estm_pとなるので、κi_estm≧0となる。
なお、式1−4の車輪速度推定値(前回値)Vw_i_estm_pの代わりに、車輪速度検出値Vw_i_sens(前回値又は今回値)を使用してもよい。このようにした場合には、詳細を後述する車輪運動推定部24fは不要である。
次いで、S108において、車輪横滑り角推定部24gによって、各車輪2−iの車輪横滑り角推定値βi_estmが算出される。
この場合、車輪横滑り角推定部24gは、S100で得られた観測対象量の検出値のうちの前輪舵角検出値δf_sens(=δ1_sens=δ2_sens)と、S104で算出された車輪進行速度ベクトル推定値↑Vi_estm(i=1,2,3,4)とから各車輪横滑り角推定値βi_estmを算出する。
具体的には、車輪横滑り角推定部24gは、まず、各車輪2−i毎に、車輪速度進行速度ベクトル推定値↑Vi_estmのX軸方向成分推定値Vx_i_estm及びY軸方向成分推定値Vy_i_estmから次式1−5により、車輪位置横滑り角推定値β0i_estmを算出する。
β0i_estm=tan−1(Vy_i_estm/Vx_i_estm) ……式1−5
そして、車輪横滑り角推定部24gは、各車輪2−i毎に、上記の如く算出した車輪位置横滑り角推定値β0i_estmと、舵角検出値δi_sensとから次式1−6により、車輪横滑り角推定値βi_estmを算出する。
βi_estm=β0i_estm−δi_sens ……式1−6
この場合、式1−6において、前輪2−1,2−2については、δ1_sens,δ2_sensの値としては、前輪舵角検出値δf_sensが用いられる。また、本実施形態では、後輪2−3,2−4は非操舵輪であるので、式1−6におけるδ3_sens,δ4_sensの値は“0”とされる。従って、β3_estm=β03_estm、β4_estm=β04_estmである。
なお、前記式1−3により算出される車輪座標系上車輪進行速度ベクトル推定値↑Vsub_i_estmのx軸方向成分推定値Vsubx_i_estmとy軸方向成分推定値Vsuby_i_estmとから次式1−7により車輪横滑り角推定値βi_estmを算出するようにしてもよい。
βi_estm=tan−1(Vsuby_i_estm/Vsubx_i_estm) ……式1−7
次いで、S110において、車輪摩擦力推定部24bによって、各車輪2−iの車輪座標系上車輪2次元路面反力推定値↑Fsub_i(=(Fsubx_i_estm,Fsuby_i_estm)T)が算出される。
ここで、車輪摩擦力推定部24bは、各車輪2−iの路面との間の滑りと、該車輪2−iに路面から作用する路面反力との関係を表現する摩擦特性モデルを備える。この摩擦特性モデルは、本実施形態では、各車輪2−iに路面から作用する摩擦力としての車輪座標系上車輪2次元路面反力↑Fsub_iのうちの駆動・制動力Fsubx_iと、横力Fsuby_iとをそれぞれ、次式1−8,1−9の如く、第i車輪2−iの滑り状態を示す車輪スリップ率κi及び車輪横滑り角βiと、接地荷重Fz_iと、路面摩擦係数μとを入力パラメータとする関数として表現するモデルである。
Fsubx_i=func_fxi(κi,βi,Fz_i,μ) ……式1−8
Fsuby_i=func_fyi(κi,βi,Fz_i,μ) ……式1−9
この場合、式1−8の右辺の関数func_fxi(κi,βi,Fz_i,μ)、すなわちFsubx_iと、κi、βi、Fz_i、及びμとの間の関係を規定する関数func_fx_iは、本実施形態の例では、次式1−8aにより表される。
func_fx_i(κi,βi,Fz_i,μ)=μ*Cslp_i(κi)*Cattx_i(βi)*Fz_i
……式1−8a
この式1−8aにおけるCslp_i(κi)は、車輪スリップ率κiの変化に伴う駆動・制動力Fsubx_iの変化特性を規定する係数、Cattx_i(βi)は、車輪横滑り角βiの変化(ひいては、横力Fsuby_iの変化)に伴う駆動・制動力Fsubx_iの変化特性を規定する係数である。Cslp_i(κi)とκiとの間の関係は、例えば図6(a)のグラフで示すように設定される。すなわち、該関係は、係数Cslp_i(κi)が車輪スリップ率κiに対して単調減少関数となるように設定される。より詳しくは、κi>0となる状況(車両1の減速時の状況)では、車輪スリップ率κiの大きさが大きくなるに伴い、関数func_fx_iの値(=駆動・制動力Fsubx_i)が負方向(制動力の増加方向)に変化し、且つ、κi<0となる状況(車両1の加速時の状況)では、車輪スリップ率κiの大きさが大きくなるに伴い、関数func_fx_iの値(=駆動・制動力Fsubx_i)が正方向(駆動力の増加方向)に変化するように、Cslp_i(κi)とκiとの間の関係が設定されている。なお、図6(a)に示す関係では、係数Cslp_i(κi)が車輪スリップ率κiに対して飽和特性を有する。すなわち、κiの絶対値が大きくなるほど、κiの変化に対するCslp_i(κi)の変化の割合い(Cslp_i(κi)をκiにより微分してなる値)の大きさが小さくなる。
また、係数Cattx_i(βi)と車輪横滑り角βiとの間の関係は、例えば図6(b)のグラフで示すように設定される。すなわち、該関係は、車輪横滑り角βiの絶対値が“0”から大きくなるに伴い、係数Cattx_i(βi)の値が“1”から“0”に近づくように設定される。換言すれば、車輪横滑り角βiの絶対値が大きくなるに伴い、関数func_fx_iの値(=駆動・制動力Fsubx_i)の大きさが小さくなるように、Cattx_i(βi)とβiとの間の関係が設定されている。これは、車輪横滑り角βiの絶対値が大きくなると、一般に横力Fsuby_iの大きさが増加し、ひいては、駆動・制動力Fsubx_iの大きさが小さくなるということに対応している。
従って、式1−8,1−8aにより表される摩擦特性モデルは、第i車輪2−iの駆動・制動力Fsubx_iが、路面摩擦係数μと接地荷重Fz_iとに比例し、且つ、車輪スリップ率κiに対してFsubx_iが単調減少関数となり、且つ、車輪横滑り角βiの絶対値が大きくなるに伴いFsubx_iの大きさが小さくなるという関係を表すモデルである。
補足すると、このように式1−8,1−8aにより表される摩擦特性モデルが、本発明における摩擦特性モデルのうちの第1モデルに相当する。
また、式1−9の右辺の関数func_fyi(κi,βi,Fz_i,μ)、すなわちFsuby_iと、κi、βi、Fz_i、及びμとの間の関係を規定する関数func_fyiは、本実施形態の例では、次式1−9aにより表される。
func_fy_i(κi,βi,Fz_i,μ)=μ*Cbeta_i(βi)*Catty_i(κi)*Fz_i
……式1−9a
この式1−9aにおけるCbeta_i(βi)は、車輪横滑り角βiの変化に伴う横力Fsuby_iの変化特性を規定する係数、Catty_i(κi)は、車輪スリップ率κiの変化(ひいては、駆動・制動力Fsubx_iの変化)に伴う横力Fsuby_iの変化特性を規定する係数である。Cbeta_i(βi)とβiとの間の関係は、例えば図7(a)のグラフで示すように設定される。すなわち、該関係は、係数Cbeta_i(βi)が車輪横滑り角βiに対して単調減少関数となるように設定される。より詳しくは、βi>0となる状況(Vsuby_i>0となる状況)では、車輪横滑り角βiの大きさが大きくなるに伴い、関数func_fy_iの値(=横力Fsuby_i)が負方向(第i車輪2−iの右向き)に増加し、且つ、βi<0となる状況(Vsuby_i<0となる状況)では、車輪横滑り角βiの大きさが大きくなるに伴い、関数func_fy_iの値(=横力Fsuby_i)が正方向(第i車輪2−iの左向き)に増加するように、Cbeta_i(βi)とβiとの間の関係が設定されている。なお、図7(a)に示す関係では、係数Cbeta_i(βi)が車輪横滑り角βiに対して飽和特性を有する。すなわち、βiの絶対値が大きくなるほど、βiの変化に対する係数Cbeta_i(βi)の変化の割合い(Cbeta_i(βi)をβiにより微分してなる値)の大きさが小さくなる。
また、係数Catty_i(κi)と車輪スリップ率κiとの間の関係は、例えば図7(b)のグラフで示すように設定される。すなわち、該関係は、車輪スリップ率κiの絶対値が“0”から大きくなるに伴い、係数Catty_i(κi)の値が“1”から“0”に近づくように設定される。換言すれば、車輪スリップ率κiの絶対値が大きくなるに伴い、関数func_fy_iの値としての横力Fsuby_iの大きさが小さくなるように、Cattyx_i(κi)とκiとの間の関係が設定されている。これは、車輪スリップ率κiの絶対値が大きくなると、一般に駆動・制動力Fsubx_iの大きさが増加し、ひいては、横力Fsuby_iの大きさが小さくなるということに対応している。
従って、式1−9,1−9aにより表される摩擦特性モデルは、第i車輪2−iの横力Fsuby_iが、路面摩擦係数μと接地荷重Fz_iとに比例し、且つ、車輪横滑り角βiに対してFsuby_iが単調減少関数となり、且つ、車輪スリップ率κiの絶対値が大きくなるに伴いFsuby_iの大きさが小さくなるという関係を表すモデルである。
補足すると、このように式1−9,1−9aにより表される摩擦特性モデルが、本発明における摩擦特性モデルのうちの第2モデルに相当する。
S110では、車輪摩擦力推定部24bは、上記の如く設定された摩擦特性モデルを用いて、各車輪2−iの車輪座標系上車輪2次元路面反力推定値↑Fsub_iを求める。具体的には、車輪摩擦力推定部24bは、各車輪2−i毎に、S106で算出された車輪スリップ率推定値κi_estmと、S108で算出された車輪横滑り角推定値βi_estmと、S102で算出された接地荷重推定値Fz_i_estmと、前回の演算処理周期における後述するS122の処理(μ推定手段26による演算処理)で算出された路面摩擦係数推定値μ_estm_pとをそれぞれ、前記関数func_fxi(κi,βi,Fz_i,μ)及びfunc_fyi(κi,βi,Fz_i,μ)の入力パラメータの値として用い、前記式1−8aの右辺の演算と、式1−9aの右辺の演算とを行う。そして、車輪摩擦力推定部24bは、式1−8aの演算により求められた関数func_fxiの値を、車輪座標系上車輪2次元路面反力推定値↑Fsub_iのx軸方向成分推定値である駆動・制動力推定値Fsubx_i_estmとする。また、車輪摩擦力推定部24bは、式1−9aの演算により求められた関数func_fyiの値を、車輪座標系上車輪2次元路面反力推定値↑Fsub_iのy軸方向成分推定値である横力推定値Fsuby_i_estmとする。この場合、式1−8aの右辺の演算に必要な係数Cslp_i(κi)の値は、車輪スリップ率推定値κi_estmから、図6(a)に示した関係を表すマップに基づいて決定される。また、式1−8aの右辺の演算に必要な係数Catty_i(βi)の値は、車輪横滑り角推定値βi_estmから、図6(b)に示した関係を表すマップに基づいて決定される。また、式1−9aの右辺の演算に必要なCbeta_i(βi)の値は、車輪横スリップ率推定値βi_estmから、図7(a)に示した関係を表すマップに基づいて決定される。また、式1−9aの右辺の演算に必要な係数Cattx_i(κi)の値は、車輪スリップ率推定値κi_estmから、図7(b)に示した関係を表すマップに基づいて決定される。
以上により、各車輪2−iに作用する路面反力のうち、路面摩擦係数μに対する依存性を有する路面反力(摩擦力)の推定値として、の駆動・制動力推定値Fsubx_i_estmと横力推定値Fsuby_i_estmとが路面摩擦係数推定値μ_estmの最新値(前回値μ_estm_p)と、摩擦特性モデルとを用いて算出される。
補足すると、本実施形態では、各車輪2−iの駆動・制動力Fsubx_iが、路面摩擦係数μに比例するように関数func_fx_iを設定したが、例えば、次式1−8bにより、関数func_fx_iを設定してもよい。
func_fx_i(κi,βi,Fz_i,μ)=Cslp2_i(μ,κi)*Cattx_i(βi)*Fz_i
……式1−8b
この式1−8bにおけるCslp2_i(μ,κi)は、路面摩擦係数μ及び車輪スリップ率κiの変化に伴う駆動・制動力Fsubx_iの変化特性を規定する係数であり、前記式1−8aにおけるμ*Cslp_i(κi)をより一般化したものである。この場合、係数Cslp2_i(μ,κi)と路面摩擦係数μ及び車輪スリップ率κiとの間の関係は、例えばマップ等によって図8のグラフで示すように設定される。この関係は、係数Cslp2_i(μ,κi)が車輪スリップ率κiに対して単調減少関数となると同時に、その絶対値が路面摩擦係数μに対して単調増加関数となるように設定される。なお、図8では、3種類の路面摩擦係数μの値に対応するCslp2_i(μ,κi)のグラフを代表的に例示している。また、図8に示す関係では、係数Cslp2_i(μ,κi)が車輪スリップ率κiに対して飽和特性を持つ。すなわち、κiの絶対値が大きくなると、κiの増加に対する係数Cslp_i(μ,κi)の変化率(Cslp_i(μ,κi)をκiにより偏微分してなる値)の大きさが、κiの絶対値の増加に伴い小さくなる。
上記の如く関数func_fx_iを設定した場合には、各車輪2−iの駆動・制動力Fsubx_iと路面摩擦係数μとの間に非線形な関係を設定することができる。
また、各車輪2−iの横力Fsuby_iに係わる関数func_fy_iについても、駆動力Fsubx_iに係わる関数func_fx_iの場合と同様に、式1−9aにおけるμ*Cbeta_i(βi)の代わりに、路面摩擦係数μ及び車輪横滑り角βiの変化に伴う横力Fsuby_iの変化特性を規定する係数Cbeta2_i(μ,βi)を用いるようにしてもよい。
また、各車輪2−iの横力Fsuby_iに係わる関数func_fy_iは、車輪スリップ率κiの代わりに駆動・制動力Fsubx_iを入力パラメータとして構成してもよい。この場合において、Fsubx_iの値として、前記式1−8a又は式1−8bの関数func_fx_iにより前記した如く求めた駆動・制動力推定値Fsubx_i_estmを用いてもよいが、例えば次のように求められる駆動・制動力検出値Fsubx_i_sensを用いてもよい。すなわち、前記S100において、観測対象量検出手段22により生成された各車輪2−iの車輪トルク検出値Tq_i_sensと、車輪速度検出値Vw_i_sensとを基に、次式1−8cにより駆動・制動力検出値Fsubx_i_sensを求める。
Fsubx_i_sens=Tq_i_sens/Rw_i−Vwdot_i_sens*Iw_i/Rw_i2 ……式1−8c
式1−8cの右辺のVwdot_i_sensは、車輪速度検出値Vw_i_sensの時間的変化率(微分値)である。また、式1−8cにおける車輪有効半径Rw_i、車輪慣性モーメントIw_iの値としてはあらかじめ設定された所定値が用いられる。なお、式1−8cの右辺の第2項は、車輪回転角速度センサ8−iの出力値が示す車輪回転角速度検出値ωw_i_sensの微分値であるωwdot_i_sensを用いる項ωwdot_i_sens*Iw_i/Rw_iに置き換えてもよい。
図4の説明に戻って、次に、S112において、合力算出部24cによって、全路面反力合成並進力ベクトル推定値↑Fg_total_estmと全路面反力合成ヨーモーメント推定値Mgz_total_estmとが算出される。
この場合、合力算出部24cは、S102で算出された各車輪2−iの接地荷重推定値Fz_i_estmと、S110で算出された各車輪2−iの駆動・制動力推定値Fsubx_i_estm及び横力推定値Fsuby_i_estmと、S100で得られた観測対象量の検出値のうちの前輪舵角検出値δf_sens(=δ1_sens=δ2_sens)とから、全路面反力合成並進力ベクトル推定値↑Fg_total_estmと全路面反力合成ヨーモーメント推定値Mgz_total_estmとを算出する。
具体的には、合力算出部24cは、まず、各車輪2−i毎に、車輪座標系上2次元路面反力ベクトル推定値↑Fsub_i_estm(=(Fsubx_i_estm,Fsuby_i_estm)T)を、次式1−10により車体座標系上に座標変換することで2次元路面反力ベクトル推定値↑Fi_estm=(Fx_i_estm,Fy_i_estm)Tを算出する。
↑Fi_estm=Rot(δi_sens)*↑Fsub_i_estm ……式1−10
この場合、式1−10において、前輪2−1,2−2については、δ1_sens,δ2_sensの値としては、前輪舵角検出値δf_sensが用いられる。また、本実施形態では、後輪2−3,2−4は非操舵輪であるので、式1−10におけるδ3_sens,δ4_sensの値は“0”とされる。従って、後輪2−3,2−4については、↑F3_estm=↑Fsub_3_estm、↑F4_estm=↑Fsub_4_estmであるので、式1−10の演算処理は省略してもよい。
次いで、合力算出部24cは、次式1−11により全路面反力合成並進力ベクトル推定値↑Fg_total_estm(=(Fgx_total_estm,Fgy_total_estm,Fgz_total_estm)T)を算出すると共に、次式1−12により全路面反力合成ヨーモーメント推定値Mgz_total_estmを算出する。
↑Fg_total_estm=(ΣFx_i_estm,ΣFy_i_estm,ΣFz_i_estm)T ……式1−11
Mgz_total_estm=Σ(↑Pi×↑Fi_estm) ……式1−12
なお、式1−11,1−12におけ“Σ”は、全ての車輪2−i(i=1,2,3,4)についての総和を意味する。また、式1−12の右辺中の↑Pi×↑Fi_estmは、第i車輪2−iの車輪位置ベクトル↑Piと、2次元路面反力ベクトル推定値↑Fi_estmとの外積であるから、第i車輪2−iの2次元路面反力ベクトル推定値↑Fi_estmによって、車両1の重心点に発生するヨー軸周りのモーメントを意味する。
補足すると、↑Fg_total_estmのうちの、ヨー軸方向成分Fgz_total_estmの算出は省略してもよい。
次に、S114において、車両運動推定部24eによって、車両運動状態量推定値としての車両重心前後速度推定値Vgx_estm、車両重心横滑り速度推定値Vgy_estm、ヨーレート推定値γ_estm、車両重心前後加速度推定値Accx_estm、車両重心横加速度推定値Accy_estm等が算出される。
ここで、車両運動推定部24eは、車両1に作用する外力としての路面反力の合力と、該車両1の運動との関係を表す車両運動モデルを備えている。この車両運動モデルは、本実施形態では、次式1−13〜式1−15により表される。
Fgx_total=m*(Vgdot_x−Vgy*γ) ……式1−13
Fgy_total=m*(Vgdot_y+Vgx*γ) ……式1−14
Mgz_total=Iz*γdot ……式1−15
式1−13,1−14は、それぞれ、車体座標系のX軸方向、Y軸方向における車両1の重心点の並進運動に関する動力学の方程式を表している。また、式1−15は車両1のヨー軸周りの回転運動に関する動力学の方程式を表している。なお、本実施形態での車両運動モデルは、車両1が走行している路面が水平面(路面バンク角θbank及び路面勾配角θslopeがいずれも“0”)であることを前提とするモデルである。
S114では、車両運動推定部24dは、上記式1−13〜1−15により表される車両運動モデルと、S112で算出された全路面反力合成並進力ベクトル推定値↑Fg_total_estm及び全路面反力合成ヨーモーメント推定値Mgz_total_estmとを用いて車両運動状態量推定値を算出する。なお、この場合、一部の車両運動状態量推定値については、それを算出するために、当該一部の車両運動状態量推定値の前回値も使用される。また、一部の車両運動状態量推定値については、S100で得られた検出値に近づけるように(該検出値から乖離しないように)、当該一部の車両運動状態量推定値が算出される。
具体的には、車両運動推定部24dは、前記式1−13〜1−15に基づき得られる次式1−13a〜1−15aにより、それぞれ、車両重心前後速度変化率推定値Vgdot_x_estm、車両重心横滑り速度変化率推定値Vgdot_y_estm、ヨー角加速度推定値γdot_estmを算出する。さらに、車両運動推定部24dは、車両重心前後加速度Accx及び車両重心横加速度Accyの定義に従って、次式1−16a、1−17aにより、それぞれ、車両重心前後加速度推定値Accx_estm、車両重心横加速度推定値Accy_estmを算出する。
Vgdot_x_estm=Fgx_total_estm/m+Vgy_estm_p*γ_estm_p ……式1−13a
Vgdot_y_estm=Fgy_total_estm/m−Vgx_estm_p*γ_estm_p ……式1−14a
γdot_estm=Mgz_total_estm/Iz ……式1−15a
Accx_estm=Vgdot_x_estm−Vgy_estm_p*γ_estm_p ……式1−16a
Accy_estm=Vgdot_y_estm+Vgx_estm_p*γ_estm_p ……式1−17a
この場合、式1−13a〜1−15aにおけるFx_total_estmとFy_total_estmとMgz_total_estmとは、それぞれS112で算出された値(今回値)、Vgy_estm_pとVgx_estm_pとγ_estm_pとは、それぞれ前回の演算処理周期におけるS114で求めれた値(前回値)である。また、式1−16aにおけるVgdot_x_estm、式1−17aにおけるVgdot_y_estmは、それぞれ、式1−13a、1−14aにより算出された値(今回値)である。また、式1−13a及び1−14aにおける車両質量mの値、並びに、式1−15aにおける車両ヨー慣性モーメントIzの値としては、あらかじめ設定された所定値が用いられる。
補足すると、式1−13a及び式1−14aのヨーレート推定値(前回値)γ_estm_pの代わりに、ヨーレート検出値γ_sens(前回値又は今回値)を使用してもよい。また、車両重心前後加速度推定値Accx_estm、車両重心横加速度推定値Accy_estmは、それぞれ、式1−13aの右辺の第1項、式1−14aの右辺の第1項の演算により求めるようにしてもよい。すなわち、Accx_estm、Accy_estmをそれぞれ、次式1−16b、1−17bにより算出してもよい。
Accx_estm=Fgx_total_estm/m ……式1−16b
Accy_estm=Fgy_total_estm/m ……式1−17b
次いで、車両運動推定部24dは、上記の如く求めた車両重心前後速度変化率推定値Vgdot_x_estmと、車両重心横滑り速度変化率推定値Vgdot_y_estmと、ヨー角加速度推定値γdot_estmと、車両重心前後速度推定値の前回値Vgx_estm_pと、車両重心横滑り速度推定値の前回値Vgy_estm_pと、ヨーレート推定値の前回値γ_estm_pとから、次式1−18、1−19、1−20により、それぞれ、車両重心前後速度推定値の暫定値としての車両重心前後速度暫定推定値Vgx_predictと、車両重心横滑り速度推定値の暫定値としての車両重心横滑り速度暫定推定値Vgy_predictと、ヨーレート推定値の暫定値としてのヨーレート暫定推定値γ_predictとを算出する。
Vgx_predict=Vgx_estm_p+Vgdot_x_estm*ΔT ……式1−18
Vgy_predict=Vgy_estm_p+Vgdot_y_estm*ΔT ……式1−19
γ_predict=γ_estm_p+γdot_estm*ΔT ……式1−20
なお、式1−18〜1−20におけるΔTは、制御装置20の演算処理周期である。これらの式1−18〜1−20の右辺は、それぞれ、Vgdot_x_estmの積分演算、Vgdot_y_estmの積分演算、γdot_estmの積分演算に相当する。
ここで、本実施形態においては、車両運動推定部24dは、推定する運動状態量のうち、ヨーレートγに関して、ヨーレート推定値γ_estmを、ヨーレート検出値γ_sensに近づけるように(γ_sensから乖離しないように)決定する。また、車両運動推定部24dは、車両1の車速としての意味を持つ車両重心前後速度Vgxについても、車両重心前後速度推定値Vgx_estmを、車輪速度検出値Vw_i_sens(i=1,2,3,4)から認識される車両重心前後速度に近づけるように(当該認識される車両重心前後速度から乖離しないように)決定する。
そこで、車両運動推定部24dは、ヨーレートγに関して、S100で得られたヨーレート検出値γ_sensと、上記の如く式1−20により算出したヨーレート暫定推定値γ_predictとの偏差としてのヨーレート偏差γestm_errを次式1−21により算出する。また、車両運動推定部24dは、車両重心前後速度Vgxに関して、S100で得られた車輪速度検出値Vw_i_sens(i=1,2,3,4)のうちのいずれか1つである車輪速度選択検出値Vw_i_sens_selectと、上記の如く式1−18により算出した車両前後速度暫定推定値Vgx_predictの偏差としての車速偏差Vgx_estm_errを次式1−22により算出する。上記車輪速度選択検出値Vw_i_sens_selectは、車輪速度検出値Vw_i_sens(i=1,2,3,4)に基づく実車速の検出値(実車両重心前後速度Vgx_actの検出値)に相当するものとして、車輪速度検出値Vw_i_sens(i=1,2,3,4)から選択される値である。この場合、車両1の加速時には、車輪速度検出値Vw_i_sens(i=1,2,3,4)のうちの最も遅い車輪速度検出値が選択車輪速度検出値Vw_i_sens_selectとして選択される。また、車両1の減速時には、車輪速度検出値Vw_i_sens(i=1,2,3,4)のうちの最も速い車輪速度検出値が、選択車輪速度検出値Vw_i_sens_selectとして選択される。
γestm_err=γ_sens−γ_predict ……式1−21
Vgx_estm_err=Vw_i_sens_select−Vgx_predict ……式1−22
次いで、車両運動推定部24dは、次式1−23〜1−25により、それぞれ、今回の演算処理周期における最終的な車両重心前後速度推定値Vgx_estm、車両重心横滑り速度推定値Vgy_estm、ヨーレート推定値γ_estmを決定する。
Vgx_estm=Vgx_predict+Kvx*Vgx_estm_err ……式1−23
Vgy_estm=Vgy_predict ……式1−24
γ_estm=γ_predict+Kγ*γestm_err ……式1−25
なお、式1−23におけるKvx、式1−25におけるKγは、それぞれ、あらかじめ設定された所定値(<1)のゲイン係数である。
これらの式1−23〜1−25に示されるように、本実施形態では、前記式1−18により算出された車両重心前後速度暫定推定値Vgx_predict(車両運動モデル上での推定値)を、前記式1−22により算出された車速偏差Vgx_estm_errに応じて、該車速偏差Vgx_estm_errを“0”に近づけるようにフィードバック制御則(ここでは比例則)により修正することによって、車両重心前後速度推定値Vgx_estmが決定される。また、前記式1−19により算出された車両重心横滑り速度暫定推定値Vgy_predict(車両運動モデル上での推定値)がそのまま車両重心横滑り速度推定値Vgy_estmとして決定される。また、前記式1−20により算出されたヨーレート暫定推定値γ_predict(車両運動モデル上での推定値)を、前記式1−21により算出されたヨーレート偏差γ_estm_errに応じて、該ヨーレート偏差γ_estm_errを“0”に近づけるようにフィードバック制御則(ここでは比例則)により修正することによって、ヨーレート推定値γ_estmが決定される。このように、本実施形態では、車両運動モデル上の車両1の車速としての車両重心前後速度推定値Vgx_estmが、実車速の検出値としての車輪速度選択検出値Vw_i_sens_selectから乖離しないように(Vw_i_sens_selectと一致もしくはほぼ一致するように)決定される。また、車両運動モデル上の車両1のヨーレートとしてのヨーレート推定値γ_estmが、実ヨーレートγ_actの検出値としてのヨーレート検出値γ_sensから乖離しないように(γ_sensと一致もしくはほぼ一致するように)決定される。
以上が、S114の処理(車両運動推定部24dの処理)の詳細である。
なお、本実施形態での車両運動推定部24dは、車両重心前後速度推定値Vgx_estmとヨーレート推定値γ_estmとを、それぞれ、車輪速度選択検出値Vw_i_sens_select(実車速の検出値)、ヨーレート検出値γ_sensから乖離しないように決定したが、いずれか一方、又は両方を、Vw_i_sens_select、γ_sensに常に一致させるようにしてもよい。この場合には、Vgx_estm又はγ_estmを算出するための処理は不要である。
また、車両運動推定部24dは車両運動状態量推定値として、Vgdot_x_estm、Vgx_estm、Vgdot_y_estm、Vgy_estm、γ_estm、Accx_estm、Accy_estmを求めるようにしたが、必要に応じて、これら以外の車両運動状態量推定値をさらに求めるようにしてもよい。例えば、車両運動状態量推定値を利用して、車両重心横滑り角βgの制御を行うような場合には、車両重心横滑り角推定値βg_estmを算出するようにしてもよい。この場合には、上記の如く求めた車両重心前後速度推定値Vgx_estmと車両重心横滑り速度推定値Vgy_estmとから、次式1−26により、車両重心横滑り角推定値βg_estmを算出することができる。
βg_estm=tan−1(Vgy_estm/Vgx_estm) ……式1−26
また、車両運動推定部24dにより求めた車両運動状態量推定値のうち、Accx_estm、Accy_estmは、本実施形態では、それぞれ詳細を後述する勾配角推定手段30、バンク角推定部28で使用するものであり、車両モデル演算手段24の処理では使用しない。従って、Accx_estm、Accy_estmの算出は、それぞれ、勾配角推定手段30、バンク角推定部28で行うようにしてもよい。
次に、図4のS116において、前記車輪運動推定部24fによって、各車輪2−iの車輪速度推定値Vw_i_estmが算出される。
ここで、車輪運動推定部24fは、各車輪2−iに作用する力(車輪トルクTq_i及び駆動・制動力)と、該車輪2−iの回転運動との間の関係を表す車輪運動モデルを備えている。この車輪運動モデルは、本実施形態では、次式1−27により表現されるモデルである。
Tq_i−Fsubx_i*Rw_i=Iw_i*(Vwdot_i/Rw_i) ……式1−27
なお、式1−27における“Vwdot_i”は、第i車輪2−iの車輪速度Vw_iの時間的変化率(微分値)であり、以降、車輪速度変化率という。また、式1−27の左辺は、車両1の駆動系及び制動系の一方又は両方から第i車輪2−iに付与される車輪トルクTq_iと、第i車輪2−iの駆動・制動力Fsubx_iによって該車輪2−iに付与されるトルクとの合成トルクを意味する。
そして、車輪運動推定部24fは、まず、式1−27に基づき得られる次式1−27aによって、各車輪2−iの車輪速度変化率推定値Vwdot_i_estmを算出する。
Vwdot_i_estm=Rw_i*(Tq_i_sens−Fsubx_i_estm*Rw_i)/Iw_i
……式1−27a
この場合、式1−27aのTq_i_sensは、各車輪2−iについてS100で得られた検出値(今回値)、Fsubx_i_estmは、各車輪2−iについてS110で求められた値(今回値)である。なお、各車輪2−iの車輪有効半径Rw_i、車輪慣性モーメントIw_iの値としては、あらかじめ設定された所定値が用いられる。
次いで、車輪運動推定部24fは、各車輪2−i毎に、上記の如く求めた車輪速度変化率推定値Vwdot_i_estmと、車輪速度推定値の前回値Vw_i_estm_pとから、次式1−28により、車輪速度推定値の暫定値としての車輪速度暫定推定値Vw_i_predictを算出する。
Vw_i_predict=Vw_i_estm_p+Vwdot_i_estm*ΔT ……式1−28
なお、式1−28は、Vwdot_i_estmの積分演算に相当する。
ここで、本実施形態においては、車輪運動推定部24fは、車両運動推定部24dによるヨーレート推定値γ_estm等の算出の場合と同様に、車輪速度推定値Vw_i_estmを車輪速度検出値Vw_i_sensに近づけるように(Vw_i_sensから乖離しないように)決定する。
そこで、車輪運動推定部24fは、各車輪2−i毎に、S110で得られた車輪速度推定値Vw_i_sensと、上記の如く式1−28により算出した車輪速度暫定推定値Vw_i_predictとの偏差としての車輪速度偏差Vw_i_estm_errを次式1−29により算出する。
Vw_i_estm_err=Vw_i_sens−Vw_i_predict ……式1−29
次いで、車輪運動推定部24fは、各車輪2−i毎に、次式1−30により、今回の演算処理周期における最終的な車輪速度推定値Vw_i_estmを決定する。
Vw_i_estm=Vw_i_predict+Kvw*Vw_i_estm_err ……式1−30
なお、式1−30におけるKvwは、あらかじめ設定された所定値(<1)のゲイン係数である。
従って、本実施形態では、前記式1−28により算出された各車輪速度暫定推定値Vw_i_predict(車輪運動モデル上での推定値)を、前記式1−29により算出された車輪速度偏差Vw_i_estm_errに応じて、該車輪速度偏差Vw_i_estm_errを“0”に近づけるようにフィードバック制御則(ここでは比例則)により修正することによって、各車輪速度推定値Vw_i_estmが決定される。
以上説明したS102〜S116の処理が車両モデル演算手段24の処理の詳細である。
次に、制御装置20は、S118において、バンク角推定手段28の処理を実行する。
ここで、前記車両運動推定部24dは、車両1が走行している路面が水平面であると見なして構築された車両運動モデルを用いて車両運動状態量推定値を算出している。従って、前記車両重心横加速度推定値Accy_estmは、路面バンク角θbankが“0”であるとの前提の下で車両運動モデルを用いて推定された、車両1の重心点の横方向(車体座標系のY軸方向)の運動の加速度の値を意味する。
一方、前記した如く、車両1が実際に走行している路面の実バンク角θbank_actが“0”でない場合には、横加速度センサ15が感応する実際の加速度(すなわち、実センサ感応横加速度Accy_sensor_act)は、実車両重心横加速度Accy_act(=Vgdot_y_act+Vgx_act*γ)に、重力加速度のうちの車両1の横方向に平行な方向の加速度成分(=g*sin(θbank_act))を重畳したものとなる。従って、車両重心横加速度検出値Accy_sensの誤差が無いとすると、次式2−1が成立する。
Accy_sens=Accy_sensor_act
=Accy_act+g*sin(θbank_act) ……式2−1
このため、横加速度センサ15の出力に基づく車両重心横加速度検出値Accy_sens(=センサ感応横加速度Accy_sensorの検出値)と、車両運動モデルに基づく車両重心横加速度推定値Accy_estmとの偏差(=Accy_sens−Accy_estm。以降、車両重心横加速度偏差Accy_estm_errという)は、路面の実バンク角θbank_actに依存し、定常状態では、重力加速度のうちの、車体1Bの横方向に平行な方向の加速度成分(=g*sin(θbank_act))に一致すると考えられる。
そこで、本実施形態では、バンク角推定手段28により図9のフローチャートに示す処理を実行することによって、路面バンク角推定値θbank_estmを求める。
以下説明すると、バンク角推定手段28は、S118−1において、次式2−2により、前記車両重心横加速度偏差Accy_estm_errを算出する。すなわち、前記図4のS100で横加速度検出手段22fが生成した車両重心横加速度検出値Accy_sensから、S114で車両運動推定部24eが算出した車両重心横加速度推定値Accy_estmを減じることによって、Accy_estm_errが算出される。
Accy_estm_err=Accy_sens−Accy_estm ……式2−2
次いで、バンク角推定手段28は、S118−2において、路面バンク角推定値の暫定値としての路面バンク角暫定推定値θbank_preを算出する。この場合、バンク角推定手段28は、S118−1で求めた車両重心横加速度偏差Accy_estm_errから、次式2−3によりθbank_preを算出する。
θbank_pre=sin−1(Accy_estm_err/g) ……式2−3
次いで、バンク角推定手段28は、S118−3において、上記の如く算出した路面バンク角暫定推定値θbank_preを、ローパス特性(ハイカット特性)のフィルタに通すことによって、路面バンク角推定値θbank_estmを求める。
以上がS118の処理(バンク角推定手段28の処理)の詳細である。
次に、制御装置20は、S120において、勾配角推定手段30の処理を実行する。
ここで、Accy_estmと同様に、前記車両重心前後加速度推定値Accx_estmは、路面勾配角θslopeが“0”であるとの前提の下で車両運動モデルを用いて推定された、車両1の重心点の前後方向(車体座標系のX軸方向)の運動の加速度の値を意味する。
一方、路面バンク角θbankの場合と同様に、車両1が実際に走行している路面の実勾配角θslope_actが“0”でない場合には、前後加速度センサ14が感応する実際の加速度(すなわち、実センサ感応前後加速度Accx_sensor_act)は、実車両重心前後加速度Accx_act(=Vgdot_x_act+Vgy_act*γ)に、重力加速度のうちの、車体1Bの前後方向に平行な方向の加速度成分(=−g*sin(θslope_act))を重畳したものとなる。従って、車両重心前後加速度検出値Accx_sensの誤差が無いとすると、次式3−1が成立する。
Accx_sens=Accx_sensor_act
=Accx_act−g*sin(θslope_act) ……式3−1
このため、前後加速度センサ14の出力に基づく車両重心前後加速度検出値Accx_sens(=センサ感応前後加速度Accx_sennsorの検出値)と、車両運動モデルに基づく車両重心前後加速度推定値Accx_estmとの偏差(=Accx_sens−Accx_estm。以降、車両重心前後加速度偏差Accx_estm_errという)は、路面の実勾配角θslope_actに依存し、定常状態では、重力加速度のうちの、車体1Bの前後方向に平行な方向の加速度成分(=−g*sin(θslope_act))に一致すると考えられる。
そこで、勾配角推定手段30の処理は、バンク角推定手段28と同様の処理により、路面勾配角推定値θslope_estmを算出する。
具体的には、勾配角推定手段30は、図10のフローチャートに示す処理を実行することによって、路面勾配角推定値θslope_estmを求める。
以下説明すると、勾配角推定手段30は、S120−1において、次式3−2により、前記車両重心前後加速度偏差Accx_estm_errを算出する。すなわち、前記図4のS100で前後加速度検出手段22eが生成した車両重心前後加速度検出値Accx_sensから、S114で車両運動推定部24eが算出した車両重心前後加速度推定値Accx_estmを減じることによって、Accx_estm_errが算出される。
Accx_estm_err=Accx_sens−Accx_estm ……式3−2
次いで、勾配角推定手段30は、S120−2において、路面勾配角推定値の暫定値としての路面勾配角暫定推定値θslope_preを算出する。この場合、勾配角推定手段30は、S120−1で求めた車両重心前後加速度偏差Accx_estm_errから、次式3−3によりθslope_preを算出する。
θslope_pre=−sin−1(Accx_estm_err/g) ……式3−3
次いで、勾配角推定手段30は、S120−3において、上記の如く算出した路面バンク角暫定推定値θslope_preを、ローパス特性(ハイカット特性)のフィルタに通すことによって、路面勾配角推定値θslope_estmを求める。
以上がS120の処理(勾配角推定手段30の処理)の詳細である。
次に、制御装置30は、S122において、μ推定手段26の処理を実行する。
この処理の詳細を説明する前に、まず、本実施形態における路面摩擦係数μの推定原理を説明しておく。
この場合、説明の便宜上、実際の車両1の動力学が、近似的に次式4−1によって表現されるものとする。
この式4−1は、詳しくは実際の車両1の横滑り運動とヨー軸周りの回転運動とを、操舵輪としての前輪と、非操舵輪としての後輪とを1輪ずつ備えるモデル車両の動力学的な挙動として近似表現する、所謂2輪モデル(線形2輪モデル)と言われる動力学モデルを表している。なお、この2輪モデルにおける前輪のコーナリングパワーCPfは、実際の車両1(4輪車両)の前輪2−1,2−2の1輪当たりのコーナリングパワーに相当し、後輪のコーナリングパワーCPrは、実際の車両1(4輪車両)の後輪2−3,2−4の1輪当たりのコーナリングパワーに相当する。
ここで、実路面摩擦係数μ_actの値が“1”となる基準路面における前輪2−1,2−2の1輪当たりのコーナリングパワーCPfをCPf0、該基準路面における後輪2−3,2−4の1輪当たりのコーナリングパワーCPrをCPr0とおく。そして、任意の値の実路面摩擦係数μ_actを有する路面における上記コーナリングパワーCPf,CPrのそれぞれと、該実路面摩擦係数μ_actとの間には、次式4−2a,4−2bの如く、近似的に比例関係が成立する。
CPf=CPf0*μ_act ……式4−2a
CPr=Cpr0*μ_act ……式4−2b
この式4−2a,4−2bを前記式4−1に適用すると、式4−1は、次式4−3に書き換えられる。
以降、この式4−3(線形2輪モデルを表現する式)を基礎として、車両1のNSP(ニュートラル・ステア・ポイント)で発生するヨー軸周りのモーメント(すなわち前記NSPヨーモメントMnsp)を利用して路面摩擦係数μを推定する手法に関して以下に説明する。
まず、路面摩擦係数μの推定に係わる実NSPヨーモーメントMnsp_actの技術的意味合いと、該実NSPヨーモーメントMnsp_actの値を、これに関連する車両1の運動の状態量の観測値から特定する(推定する)手法とに関して説明する。
式4−3の第1行の式の左辺は、実車両重心横滑り速度Vgy_actの微分値(時間的変化率)、すなわち、実車両重心横滑り速度変化率Vgdot_y_actを意味するものであるから、式4−3の第1行の式は、次式4−4に書き換えられる。
Vgdot_y_act+Vgx_act*γ_act+g*sin(θbank_act)
=μ_act*a11*Vgy_act/Vgx_act
+μ_act*a12s*γ_act/Vgx_act+μ_act*b1*δf_act ……式4−4
一方、前記車両重心横加速度Accyの定義(Accy=Vgdot_y+Vgx*γ)と前記センサ感応横加速度Accy_sensorに関する前記の式2−1とから、次式4−5が得られる。
Accy_sensor_act=Vgdot_y_act+Vgx_act*γ_act+g*sin(θbank_act)
……式4−5
この式4−5により、式4−4の左辺は実センサ感応横加速度Accy_sensor_actに一致することが判る。従って、式4−4、4−5から次式4−6が得られる。
Accy_sensor_act=μ_act*a11*Vgy_act/Vgx_act
+μ_act*a12s*γ_act/Vgx_act+μ_act*b1*δf_act
……式4−6
なお、この式4−6の右辺は、各車輪2−iに路面から作用する実際の路面反力の合力によって、車両1の重心点に作用する並進力ベクトルのうちの車体1Bの横方向の成分(すなわち、実全路面反力合成並進力ベクトル↑Fg_total_actのX軸方向成分Fgy_total_act)を、車両質量mで除算してなる値に相当するものである。従って、式4−6は、Accy_sensor_act(=Accy_act+g*sin(θbank_act))が、Fgy_total_act/mに一致するという関係を表すものである。
また、式4−3の第2行の式の左辺は、実ヨーレートγ_actの微分値(時間的変化率)、すなわち、実ヨー角加速度γdot_actを意味するものであるから、式4−3の第2行の式は、次式4−7に書き換えられる。
γdot_act=μ_act*a21*Vgy_act/Vgx_act
+μ_act*a22*γ_act/Vgx_act+μ_act*b2*δf_act
……式4−7
なお、この式4−7の右辺は、各車輪2−iに路面から作用する実際の路面反力の合力によって、車両1の重心点に作用するヨー軸周りのモーメント(すなわち、実全路面反力合成ヨーモーメントMgz_act)を、車両ヨー慣性モーメントIzで除算してなる値に相当するものである。従って、式4−7は、γdot_actが、Mgz_act/Izに一致するという関係を表すものである。
上記の式4−6,4−7を連立方程式として、Vy_actを消去すると、次式4−8が得られる。
γdot_act−(a21/a11)*Accy_sensor_act
=μ_act*((a22−(a21/a11)*a12s)*γ_act/Vx_act
+(b2−(a21/a11)*b1)*δf_act) ……式4−8
ここで、NSPは、前記したように、δ1=δ2=0として車両1が走行している状態で、車両重心横滑り角βgが発生したときに、全ての車輪2−i(i=1,2,3,4)にそれぞれ作用する横力Fsuby_i(i=1,2,3,4)の合力の着力点(作用点)を意味する。このため、前記式4−3に表される車両1の動力学モデルでは、車両1の重心点とNSPとの距離である前記車両重心・NSP間距離Lnspと、前記基準路面のコーナリングパワーCPf0,CPr0との間に次式4−9の関係が成立する。
Lnsp=−(Lf*CPf0−Lr*CPr0)/(CPf0+CPr0) ……式4−9
さらに、この式4−9と、前記式4−2の但し書きに示したa11,a21の定義とから、次式4−10が得られる。
a21/a11=−Lnsp*m/Iz ……式4−10
そして、この式4−10を前記式4−8の左辺に適用することで、式4−8は、次式4−11に書き換えられる。
Iz*γdot_act+Lnsp*m*Accy_sensor_act=μ_act*p(γ_act,δf_act,Vx_act)
……式4−11
ただし、
p(γ_act,δf_act,Vx_act)
=Iz*((a22−(a21/a11)*a12s)*γ_act/Vx_act
+(b2−(a21/a11)*b1)*δf_act) ……式4−12
式4−11の両辺は、いずれも、NSPでのヨー軸周りの実際のモーメント(実NSPヨーモーメントMnsp_act)を意味する。すなわち、実NSPヨーモーメントMnsp_actは、次式4−13a,4−13bに示す如く、式4−11の左辺及び右辺に一致する。
Mnsp_act=Iz*γdot_act+Lnsp*m*Accy_sensor_act ……式4−13a
Mnsp_act=μ_act*p(γ_act,δf_act,Vx_act) ……式4−13b
式4−13aは、車両1の運動によって、NSPで発生するヨー軸周りの実慣性力モーメント(実慣性力のうちのモーメント成分)に釣り合う外力モーメント(実慣性力モーメントの符号を反転させたモーメント)として、実NSPヨーモーメントMnsp_actを表現したものである。なお、式4−13aの右辺の第1項は、車両1の運動によって、車両1の重心点で発生するヨー軸周りの実慣性力モーメントに釣り合う外力モーメント(すなわち実全路面反力合成ヨーモーメントMgz_total_act)に相当する。また、式4−13bの右辺の第2項は、車両1の運動によって、車両1の重心点で発生する車体座標系のY軸方向の実並進慣性力(実慣性力のうちの並進力成分)に釣り合う並進外力(すなわち実全路面反力合成並進力ベクトル↑Fg_total_actの、車体座標系のY軸方向成分Fgy_total_act)がNSPでのヨー軸周りに発生させるモーメント(=Lnsp*Fgy_total_act)に相当する。
また、式4−13bは、実路面摩擦係数μ_actに依存して各車輪2−iに路面から作用する実際の路面反力の合力によって、NSPに作用するヨー軸周りの実モーメントとして、実NSPヨーモーメントMnsp_actを表現したものである。なお、式4−12により定義したp(γ_act,δf_act,Vgx_act)は、前記式4−13bから明らかなように、μ_actの増加量に対するMnsp_actの増加量の比率(μactによるMnsp_actの微分値)、換言すれば、μ_actの変化に対するMnsp_actの感度(以降、μ感度という)としての意味を持つものである。また、別の言い方をすれば、p(γ_act,δf_act,Vgx_act)は、μ_act=1である場合(実路面摩擦係数μ_actが基準路面の摩擦係数に一致する場合)における実NSPヨーモーメントMnsp_actである。
ここで、上記式4−13a及び式4−13bの右辺には、いずれも実車両重心横滑り速度Vgy_actや、実路面バンク角θbank_actが含まれない。従って、実NSPヨーモーメントMnsp_actは、その値が、実車両重心横滑り速度Vgy_actや、実路面バンク角θbank_actの値に直接的に依存せずに、規定されるものであることが判る。より詳しく言えば、実車両重心横滑り速度Vgy_actの変化、あるいは、実路面バンク角θbank_actの変化が生じると、その変化に起因して、前記式4−13aの右辺の第1項のモーメント成分と第2項のモーメント成分とが変化するものの、それらのモーメント成分の変化は基本的には互いに逆向きに生じる。このため、Vgy_actの変化、あるいは、θbank_actの変化に起因する式4−13aの第1項及び第2項のそれぞれのモーメント成分の変化は、互いに相殺されるように発生する。その結果、実NSPヨーモーメントMnsp_actが、Vgy_actの変化、あるいは、θbank_actの変化の影響を受け難いものとなる。
また、式4−13bから明らかように、実NSPヨーモーメントMnsp_actは、μ感度p(γ_act,δf_act,Vx_act)がp≠0となる状況において、Vgy_actやθbank_actの値に直接的に依存せずに、実路面摩擦係数μ_actとμ感度pとに依存して変化することが判る。
そして、上記式4−13a及び式4−13bのうちの式4−13aに着目すると、車両1の運動の状態量としての実ヨー角加速度γdot_actと、実センサ感応横加速度Accy_sensor_actとを観測すれば、それらの観測値に基づいて、各車輪2−iに路面から作用する実際の路面反力(これは実路面摩擦係数μ_actに依存する)の合力によって発生する実NSPヨーモーメントMnsp_actの値を特定できることが判る。この場合、式4−13aの右辺には、実路面摩擦係数μ_actが含まれないと共に、実車両重心横加速度Vgy_actや実路面バンク角θbank_actが含まれない。このため、実路面摩擦係数μ_actや、実車両重心横加速度Vgy_act、実路面バンク角θbank_actの観測値を必要とすることなく、実ヨー角加速度γdot_act及び実センサ感応横加速度Accy_sensor_actの観測値から、実NSPヨーモーメントMnsp_actの観測値を得ることができることとなる。
ここで、前記ヨー角加速度検出値γdot_sensが、実ヨー角加速度γdot_actの観測値、前記車両重心横加速度検出値Accy_sensが、実センサ感応横加速度Accy_sensor_actの観測値としての意味を持つ。そこで、式4−13aの右辺のγdot_act、Accy_sennsor_actをそれぞれの観測値としてのγdot_sens、Accy_sensで置き換えた式によって算出される値を、以降、NSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensという。すなわち、Mnsp_sensを次式4−14により定義する。
Mnsp_sens=Iz*γdot_sens+Lnsp*m*Accy_sens ……式4−14
この場合、ヨー角加速度検出値γdot_sensと、車両重心横加速度検出値Accy_sensとがそれぞれ、実ヨー角加速度検出値γdot_act、実センサ感応横加速度Accy_sensor_actに精度よく合致すると仮定すると、Mnsp_act=Mnsp_sensとなる。従って、ヨー角加速度検出値γdot_sensと、車両重心横加速度検出値Accy_sensとから、式4−14により、実NSPヨーモーメントMnsp_actの観測値としてのNSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensを算出できることとなる。このようにして算出されるNSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensは、車両1に作用する実際の外力(実路面反力)の値や実路面摩擦係数μ_actの値を必要とすることなく、車両1の運動の状態量の観測値を基に推定されるMnspの値(検出値)としての意味を持つ。
次に、上記NSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensとは別に、車両1の適当な動力学モデルを基に、該モデル上の車両1の車輪に作用する路面反力を路面摩擦係数μの推定値を用いて推定し、その推定した路面反力の合力によって発生するNSPヨーモーメントMnspの値を推定する処理に関して説明する。
ここで、本実施形態では、実際には、前記車両モデル演算手段24によって、摩擦特性モデルや車両運動モデルを用いて路面反力推定値が前記した如く算出される。そして、その路面反力の推定値から、後述するようにNSPヨーモーメントMnspの値を推定することができる。ただし、ここでの説明では、路面摩擦係数μの推定原理の説明のために、便宜上、前記車両モデル演算手段24とは別の車両モデル演算手段(以下、説明用車両モデル演算手段という)によって、前記式4−3で表される車両1の動力学モデルを用いて、車両1の運動状態量や路面反力の推定演算処理が所定の演算処理周期で逐次実行されるものとする。
この場合、説明用車両モデル演算手段には、各演算処理周期において、前輪舵角検出値δf_sens、ヨーレート検出値γ_sens、車速の観測値としての車両重心前後速度推定値Vgx_estm、路面摩擦係数推定値μ_estm、及び路面バンク角推定値θbank_estmの最新値(前回値又は今回値)が、それぞれ、式4−3の右辺のδf_act、γ_act、Vgx_act、μ_act、θbank_actの観測値として入力されるものとする。なお、ここでのVgx_estm、μ_estm、及びθbank_estmは、任意の適当な手法によって得られた観測値を意味するものである。また、前記式4−3におけるパラメータa11,a12s,a21,a22,b1,b2の値は、あらかじめ設定されているものとする。
そして、説明用車両モデル演算手段は、以下に示す推定演算処理を実行するものとする。すなわち、説明用車両モデル演算手段は、前記式4−3の第1行の式におけるγ_act等の実際の値を、推定値又は検出値で置き換えてなる次式5−1によって、車両重心横滑り速度Vgyの時間的変化率(微分値)の推定値である車両重心横滑り速度変化率推定値Vgdot_y_estmを算出する。
Vgdot_y_estm=μ_estm*a11*Vgy_estm_p/Vgx_estm
+μ_estm*a12s*γ_sens/Vgx_estm+μ_estm*b1*δf_sens
−Vgx_estm*γ_sens−g*sin(θbank_estm)
……式5−1
なお、式5−1の右辺の第1項の演算に必要な車両重心横滑り速度推定値Vgy_estm_pは、説明用車両モデル演算手段が既に算出したVgy_estmのうちの最新値としての前回値である。
この場合、式5−1の右辺から第4項及び第5項を除去したものは、各車輪2−iの路面反力の合力によって車両1の重心点に作用する並進力ベクトルのうちの車体1Bの横方向の成分の推定値(すなわち、全路面反力合成並進力ベクトル↑Fg_totalのY軸方向成分の推定値Fgy_total_estm)を、車両質量mで除算してなる値としての意味を持つ。また、右辺の第4項は、車両1の旋回運動に伴う遠心力に起因して該車両1の重心点に生じる加速度の推定値、第5項は、重力加速度のうちの、車体1Bの横方向の加速度成分の推定値を意味する。
従って、式5−1は、μestm、Vgy_estm_p、Vgx_estm、γ_sens、δf_sensを基に、Fgy_total_estm/mを算出し、この算出したFgy_total_estm/mの値から、車両1の重心点に作用する遠心力の加速度の推定値(=Vgx_estm*γ_sens)と、重力加速度のうちの、車体1Bの横方向の加速度成分の推定値(=g*sin(θbank_estm))とを減算することによって、車両重心横滑り速度変化率推定値Vgdot_y_estmを算出する処理を示している。
そして、説明用車両モデル演算手段は、上記の如く求めた車両重心横滑り速度変化率推定値Vgdot_y_estmと、車両重心横滑り速度推定値の前回値Vgy_estm_pとから、Vgdot_y_estmの積分演算を示す次式5−2により、新たな車両重心横滑り速度推定値Vgy_estm(今回値)を算出する。なお、式5−2におけるΔTは、説明用車両モデル演算手段の演算処理周期である。
Vgy_estm=Vgy_estm_p+Vgdot_y_estm*ΔT ……式5−2
このようにして算出されたVgy_estmが、次回の演算処理周期で、新たな車両重心横滑り速度変化率Vgdot_y_estmを算出するために使用される。
さらに、説明用車両モデル演算手段は、車両1の横加速度センサ15が感応する実加速度(すなわち実センサ感応横加速度Accy_sensor_act)の推定値であるセンサ感応横加速度推定値Accy_sensor_estmを、次式5−3により(換言すれば式5−1の右辺の第1項〜第3項までの演算により)算出する。
Accy_sensor_estm=μ_estm*a11*Vgy_estm_p/Vgx_estm
+μ_estm*a12s*γ_sens/Vgx_estm+μ_estm*b1*δf_sens
……式5−3
ここで、この式5−3について補足すると、前記式4−5から明らかなように、次式5−4が成立する。
Accy_sensor_estm=Vgdot_y_estm+Vgx_estm*γ_sens+g*sin(θbank_estm)
……式5−4
そして、この式5−4と、前記式5−1とから明らかなように、式5−4の右辺は、式5−1の右辺の第1項〜第3項の和に一致する。従って、センサ感応横加速度推定値Accy_sensor_estmを前記式5−3により算出することができることとなる。
さらに、式5−3の右辺は、各車輪2−iの路面反力の合力によって車両1の重心点に作用する並進力ベクトルのうちの車体1Bの横方向の成分の推定値(すなわち、全路面反力合成並進力ベクトル↑Fg_totalのY軸方向成分の推定値Fgy_total_estm)を、車両質量mで除算してなる値としての意味を持つ。従って、式5−3は、μestm、Vgy_estm_p、Vgx_estm、γ_sens、δf_sensを基に、Fgy_total_estm/mを算出し、この算出されたFgy_total_estm/mをAccy_sensor_estmとして得る処理を示している。
また、説明用車両モデル演算手段は、前記式4−3の第2行の式におけるγ_act等の実際の値を、推定値又は検出値で置き換えてなる次式5−5によって、ヨー角加速度γdotの時間的変化率(微分値)の推定値であるヨー角加速度推定値γdot_estmを算出する。
γdot_estm=μ_estm*a21*Vgy_estm_p/Vgx_estm
+μ_estm*a22*γ_sens/Vgx_estm+μ_estm*b2*δf_sens
……式5−5
この式5−5の右辺は、各車輪2−iの路面反力の合力によって車両1の重心点に作用するヨー軸周りのモーメントの推定値(すなわち、全路面反力合成ヨーモーメント推定値Mgz_estm)を、車両ヨー慣性モーメントIzで除算してなる値を求める演算処理を意味する。従って、式5−5は、μestm、Vgy_estm_p、Vgx_estm、γ_sens、δf_sensを基にMgz_estm/Izを算出し、その算出したMgz_estm/Izの値をヨー角加速度推定値γdot_estmとして得る処理を示している。
ここで、前記式5−3,5−5を連立方程式として、Vgy_estmを消去し、さらに、前記式4−10を適用することで、次式5−6が得られる。
Iz*γdot_estm+Lnsp*m*Accy_sensor_estm
=μ_estm*p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm) ……式5−6
ただし、
p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)
=Iz*((a22−(a21/a11)*a12s)*γ_sens/Vgx_estm
+(b2−(a21/a11)*b1)*δf_sens) ……式5−7
なお、式5−7により定義されるp(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)は、γ、δf、Vgxの観測値γ_sens,δf_sens,Vgx_estmから算出したμ感度の値を意味する。以降の説明では、μ感度pは、特にことわらない限り、この式5−7により定義されるp(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)を意味するものとする。式5−7により定義されるμ感度pは、より一般的に言えば、γ_sensとδf_sensとの線形結合によって算出されるμ感度の値である。この場合、この線形結合において、γ_sensと、δf_sensとにそれぞれに掛かる係数をA1,A2とおくと(p=A1*γ_sens+A2*δf_sensとおくと)、A1=Iz*((a22−(a21/a11)*a12s)/Vgx_estm、A2=(b2−(a21/a11)*b1)である。従って、該係数A1,A2は、それらの比率A2/A1が、車両1の車速の観測値としてのVgx_estmに応じて変化する(A2/A1がVgx_estmに比例して変化する)ように設定される係数であると言える。また、別の言い方をすれば、式5−7によるγ_sensとδf_sensとの線形結合は、前記式4−3の線形2輪車両モデルにおいて、路面摩擦係数μ_actを一定値と仮定した場合に、γ_act、δf_act、Vgx_actの値として、それらの観測値(検出値)γ_sens,δf_sens,Vgx_estmを用いて特定される実NSPヨーモーメントMnsp_actの値に、当該線形結合により算出されるμ感度pの値が比例するものとなるように構築された線形結合であると言える。
補足すると、本実施形態では、前記したようにヨーレート推定値γ_estmは、ヨーレート検出値γ_sensと一致もしくはほぼ一致するように決定される。従って、上記式5−7の右辺におけるγ_sensをγ_estmに置き換えた式を、μ感度pの値を求めるための定義式として用いてもよい。
上記式5−6の両辺は、いずれも、NSPでのヨー軸周りのモーメントの推定値(前記式4−3を前提とするモデル上でのモーメントの値)であるNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを意味する。すなわち、NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmは、次式5−8a,5−8bに示す如く、式5−6の左辺及び右辺に一致する。
Mnsp_estm=Iz*γdot_estm+Lnsp*m*Accy_sensor_estm ……式5−8a
Mnsp_estm=μ_estm*p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm) ……式5−8b
式5−8aは、モデル上での車両1の運動によってNSPでのヨー軸周りに発生する慣性力モーメントに釣り合うモーメント(該慣性力モーメントの符号を反転させたモーメント)の推定値として、NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを表現したものである。また、式5−8bは、μ_estmに依存する各車輪2−iの路面反力の合力(モデル上での路面反力の合力)によってNSPで発生するヨー軸周りのモーメントの推定値として、NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを表現したものである。
この場合、式5−8a,5−8bのうちの、式5−8bにより算出されるNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmは、路面摩擦係数推定値μ_estmに依存して算出されるものであるから、該Mnsp_estmには路面摩擦係数推定値μestmの誤差の影響が反映される。また、式5−8bの右辺には、車両重心横加速度推定値Vgy_estmや路面バンク角推定値θbank_estmが直接的には含まれない。このため、式5−8bによって算出されるNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmは、実NSPヨーモーメントMnsp_actに関して説明した場合と同様に、車両重心横加速度推定値Vgy_estmや路面バンク角推定値θbank_estmの誤差の影響を直接的に受けないこととなる。
そこで、説明用車両モデル演算手段は、式5−8bにより、NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを算出する。このようにして算出されるNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmは、それを一般化して言えば、車両1の動力学モデルを基に、μ_estmに依存して算出されるMnsp_actの推定値(より詳しくは、μ_estmが正確であると仮定して算出されるMnsp_actの推定値)としての意味を持つ。
以上が、説明用車両モデル演算手段の処理である。補足すると、以上の説明用車両モデル演算手段では、路面摩擦係数μの推定原理の説明の便宜上、車両重心横滑り速度変化率推定値Vgdot_y_estmや、車両重心横滑り速度推定値Vgy_estm、ヨー角加速度推定値γdot_estm、センサ感応横加速度推定値Accy_sensor_estmを算出するものとしたが、前記式4−3により表される動力学モデル(線形2輪車両モデル)を前提として、前記式5−8bによりNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを算出する上では、前記5−7及び5−8bから明らかなように、Vgdot_y_estmや、Vgy_estm、γdot_estm、Accy_sensor_estmは不要である。また、前記式4−3により表される動力学モデルを前提とする場合には、前記式5−8aの右辺の演算結果の値と、式5−8bの右辺の演算結果とは同じ値になるので、式5−8aにより、Mnsp_estmを算出してもよい。
次に、前記式4−14により得られるNSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensと、前記式5−8bにより算出されるNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmとを基に、路面摩擦係数μを推定する手法を考察する。前記した如く、Mnsp_sensは、車両1に外力として作用する路面反力の値、あるいは、路面摩擦係数μの値を必要とすることなく、車両1の運動の状態量の観測値(γdot_sens,Accy_sens)に基づいて得られるMnsp_actの観測値(検出値)としての意味を持つ。また、Mnsp_estmは、車両1の動力学モデルを基に、μ_estmを用いて算出されるMnsp_actの観測値(推定値)としての意味を持つ。従って、Mnsp_sensとMnsp_estmとの偏差は、μ_actに対するμ_estmの誤差と相関性を有すると考えられる。
ここで、ヨーレート検出値γ_sens、ヨー角加速度検出値γdor_sens、前輪舵角検出値δf_sens、車両重心前後速度推定値Vgx_estm(車速推定値)、車両重心横加速度検出値Accy_sensが、それぞれ、実ヨーレートγ_act、実ヨー角加速度γdot_act、実前輪舵角検出値δf_act、実車両重心前後速度Vgx_act、実センサ感応横加速度Acc_sensor_actに精度よく合致するものと仮定する。このとき、前記式4−11から、次式6−1が得られる。
Iz*γdot_sens+Lnsp*m*Accy_sens=μ_act*p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)
……式6−1
そして、この式6−1と、前記式4−14、式5−6、式5−8bから、次式6−2が得られる。
Mnsp_sens−Mnsp_estm=(Iz*γdot_sens+Lnsp*m*Accy_sens)
−(Iz*γdot_estm+Lnsp*m*Accy_sensor_estm)
=(μ_act−μ_estm)*p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)
……式6−2
この式6−2から、路面摩擦係数推定値μ_estmを実路面摩擦係数μ_actに一致させるためには、p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)≠0となる状況で、Mnsp_estmをMnsp_sensに一致させるようにμ_estmを決定すればよいこととなる。このことは、より一般的に言えば、車両1の各車輪2−iの摩擦特性を含めた動力学モデル(路面摩擦係数推定値μ_estmに依存する動力学モデル)を用いて算出される実NSPヨーモーメントMnsp_actの推定値(NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estm)を、車両1の運動状態量の観測値としてのヨー角加速度検出値γdot_sensと車両重心横加速度検出値Accy_sens(=センサ感応横加速度Accy_sensorの検出値)とから算出される実NSPヨーモーメントMnsp_actの推定値(NSPヨーモーメント検出値Mnsp_sens)に一致させるように、上記動力学モデルに適用する路面摩擦係数推定値μestmを決定すればよいことを意味する。
この場合、式6−2の右辺のp(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)は、前記式5−7から明らかなように、車両重心横滑り速度推定値Vgy_estmや、路面バンク角推定値θbank_estmを含まない。従って、p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)≠0となる状況では、Mnsp_sensとMnsp_estmとの偏差(式6−2の左辺)の値は、μ_actとμ_estmとの偏差(すなわちμ_estmの誤差)に対する相関性が高いと考えられる。換言すれば、p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)≠0となる状況では、Mnsp_sensとMnsp_estmとの偏差は、主に、μ_estmの誤差に起因して発生すると考えられる。このため、式6−2を基礎として、路面摩擦係数推定値μ_estmを決定するようにすれば、車両重心横滑り速度推定値Vgy_estmや路面バンク角推定値θbank_estmの誤差の影響を受けるのを抑制するようにして、実路面摩擦係数μ_actを推定できると考えられる。そこで、本実施形態におけるμ推定手段26は、前記式6−2を基礎として、路面摩擦係数推定値μ_estmを算出する。
上記のように式6−2を基礎とし、p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)≠0となる状況で、Mnsp_estmをMnsp_sensに一致させるように路面摩擦係数推定値μ_estmを決定するためには、例えば次式6−3を満足するように、路面摩擦係数推定値μ_estmを決定することが考えられる。
Mnsp_sens=μ_estm*p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm) ……式6−3
ただし、このようにした場合には、Mnsp_sens、γ_sens、δf_sens、Vx_sensの誤差に起因して、路面摩擦係数推定値μ_estmの過剰な変動が生じやすい。特にp(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)の値が“0”に近い値である場合には、式6−3に基づき求められる路面摩擦係数推定値μ_estmの信頼性や安定性を確保することが困難である。
そこで、本実施形態におけるμ推定手段26は、車両1の運動状態量の観測値から求められるNSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensと、路面摩擦係数推定値μ_estmに依存して推定される路面反力を基に求められるNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmとの偏差に応じたフィードバック演算処理によって、該偏差を“0”に収束させるように(Mnsp_sensにMnsp_estmを収束させるように)、μ_estmの増減操作量を逐次決定し、その増減操作量に応じてμestmの値を更新する。これにより、路面摩擦係数推定値μestmを実路面摩擦係数μ_actに収束させるように(定常的には、μ_actに一致させるように)、μestmを逐次算出する。以降、Mnsp_sensとMnsp_estmとの偏差(=Mnsp_sens−Mnsp_estm)を、NSPヨーモーメント推定誤差Mnsp_errという。
また、この場合、前記式6−2から明らかなように、NSPヨーモーメント推定誤差Mnsp_errは、μ感度pに比例する。そして、μ感度pが“0”に近いほど、μ_estmの誤差に対するMnsp_errの感度(μ_estmの誤差の変化に対するMnsp_errの変化の比率の大きさ)が低下する。そこで、本実施形態では、μ_estmの信頼性や安定性を確保するために、Mnsp_errの変化に対するμ_estmの増減操作量の変化の割合いであるゲイン値(換言すれば、Mnsp_errを“0”に収束させるフィードバック演算処理のフィードバックゲイン)を、μ感度pに応じて変化させる。
以上が、本実施形態における路面摩擦係数μの基本的な推定原理である。
以上説明した路面摩擦係数μの基本的な推定原理を踏まえて、本実施形態におけるμ推定手段26の処理を図11〜図13を参照して説明する。
図11のブロック図に示すように、μ推定手段26は、その機能として、NSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensを算出するMnsp_sens算出部26aと、NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを算出するMnsp_estm算出部26bと、NSPヨーモーメント推定誤差Mnsp_errを算出するMnsp_err算出部26cと、μ感度p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)を算出するμ感度算出部26dと、路面摩擦係数μの増減操作量Δμを決定する摩擦係数増減操作量決定部26eと、この増減操作量Δμに応じて路面摩擦係数推定値μ_estmを更新する摩擦係数推定値更新部26fとを備える。
そして、μ推定手段26は、図12のフローチャートの処理を実行することで、路面摩擦係数推定値μ_estmを逐次決定する。
すなわち、μ推定手段26は、S122−1において、Mnsp_sens算出部26aの処理を実行し、NSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensを算出する。具体的には、Mnsp_sens算出部26aは、前記S100において観測対象量検出手段22により生成された観測対象量検出値のうち、NSPヨーモーメントMnspに釣り合う慣性力モーメントに関連する車両1の運動状態量の観測値としてのヨー角加速度検出値γdot_sensと、車両重心横加速度検出値Accy_sens(センサ感応横加速度検出値)とを用いて前記式4−14の右辺の演算を行うことによりMnsp_sensを算出する。この場合、式4−14の演算に必要な車両ヨー慣性モーメントIzの値、車両質量mの値、及び車両重心・NSP間距離Lnspの値としては、あらかじめ設定された所定値が用いられる。なお、式4−14の右辺の第1項は、全路面反力合成ヨーモーメント検出値Mgz_total_sensに相当し、第2項中のm*Accy_sensは、全路面反力合成横力検出値Fgy_total_sensに相当する。
さらにμ推定手段26は、S122−2において、Mnsp_estm算出部26bの処理を実行し、NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを算出する。具体的には、Mnsp_estm算出部26bは、前記S112において車両モデル演算手段24により算出された全路面反力合成横力推定値Fgy_total_estm(全路面反力合成並進力ベクトル推定値↑Fg_total_estmのY軸方向成分)と、全路面反力合成ヨーモーメント推定値Mgz_total_estmとから、次式7−1によりMnsp_estmを算出する。
Mnsp_estm=Mgz_total_estm+Lnsp*Fgy_total_estm ……式7−1
次いで、μ推定手段26は、S122−3において、Mnsp_err算出部26cの処理を実行し、NSPヨーモーメント推定誤差Mnsp_errを算出する。具体的には、Mnsp_err算出部26cは、S122−1で算出されたNSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensから、S122−2で算出されたNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを減じることによって、Mnsp_errを算出する。
さらに、μ推定手段26は、S122−4において、μ感度算出部26dの処理を実行し、μ感度pを算出する。具体的には、μ感度算出部26dは、前記S100において観測対象量検出手段22により生成されたヨーレート検出値γ_sens及び前輪舵角検出値δf_sensと、前記S114において車両モデル演算手段24により求められた車両重心前後速度推定値Vgx_estmとから、前記式5−7の右辺の演算を行うことによりμ感度p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)を算出する。この場合、式5−7の演算に必要な車両慣性ヨーモーメントIzの値、並びにパラメータa11,a12s,a21,a22,b1,b2の値としては、あらかじめ設定された所定値が用いられる。
この場合、式5−7から明らかなように、μ感度pは、γ_sensとδf_sensとの線形結合によって求められる。そして、この線形結合において、γ_sensに掛かる係数と、δf_sensに掛かる係数との比が、Vgx_estmに応じて変化することとなる。
次いで、μ推定手段26は、S122−5において、摩擦係数増減操作量決定部26eの処理を実行し、摩擦係数増減操作量Δμを決定する。
この処理を概略的に説明すると、摩擦係数増減操作量決定部26eは、基本的には、S122−3で算出したNSPヨーモーメント推定誤差Mnsp_errに応じて(より詳しくは、Mnsp_errとS122−4で算出したμ感度pとに応じて)、摩擦係数増減操作量Δμを決定する。具体的には、摩擦係数増減操作量決定部26eは、フィードバック制御則によりNSPヨーモーメント誤差Mnsp_errを“0”に収束させるように(すなわち、Mnsp_estmをMnsp_sensに収束させるように)、摩擦係数増減操作量Δμを決定する。この場合、上記フィードバック制御則として、比例則が用いられ、あるゲイン値GmuをMnsp_errに乗じることによってΔμが算出される。また、この場合、Δμが、Mnsp_errと前記μ感度pとの積に比例するように決定される。ひいては、Mnsp_errの変化に対するΔμの変化の割合いを表す前記ゲイン値Gmu(以降、Gmuを摩擦係数操作ゲインという)が、前記μ感度pに応じて変化するように決定される。
ここで、Mnsp_sens及びMnsp_estmは、互いに異なるアプローチ(仕方)で、同じ実NSPヨーモーメントMnsp_actの値を推定したものとしての意味を持つものである。また、実NSPヨーモーメントMnsp_actの極性(向き)は、車両1の走行状態に応じて、正極性及び負極性のいずれの極性にもなり得る。このため、Mnsp_act≠0となる状況では、Mnsp_sens及びMnsp_estmは互いに同一極性のモーメント(同一の向きのモーメント)となるべきものである。そして、Mnsp_sens及びMnsp_estmが互いに異なる極性となる状況では、Mnsp_sens又はMnsp_estmの誤差がMnsp_sens又はMnsp_estmの絶対値に比して相対的に大きく、Mnsp_sens又はMnsp_estmの値の信頼性が低い(S/N比が低い)と考えられる。このため、このような状況で、Mnsp_sens及びMnsp_estmから算出されるNSPヨーモーメント推定誤差Mnsp_errに応じて路面摩擦係数推定値μ_estmを更新すると、Mnsp_errの絶対値がさらに増大し、ひいては路面摩擦係数推定値μ_estmが発散してしまう恐れがある。
そこで、本実施形態では、摩擦係数増減操作量決定部26eは、少なくともMnsp_sens及びMnsp_estmの極性が互いに異なる極性(逆極性)となるという条件を含む所定の更新中止条件が成立する場合には、Mnsp_errに応じて摩擦係数増減操作量Δμを決定すること(ひいてはMnsp_errに応じて路面摩擦係数推定値μ_estmを更新すること)を中止し、あらかじめ設定された所定値をΔμの値として決定するようにしている。
このような摩擦係数増減操作量決定部26eの処理は、具体的には、図13のフローチャートに示す如く実行される。
以下説明すると、摩擦係数増減操作量決定部26eは、まず、S122−1で算出したNSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensとS122−2で算出したNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmとに関して、Mnsp_estm>Mm且つMnsp_sens>Msという条件、あるいは、Mnsp_estm<−Mm且つMnsp_sens<−Msという条件が成立するか否かをS122−5−1において判断する。上記Mm、Msはあらかじめ設定された非負の所定値(“0”又は“0”近傍の正の値)である。
このS122−5−1の判断処理は、前記更新中止条件が成立するか否かを判断する処理であり、S122−5−1の判断結果が否定的となるということが、更新中止条件が成立するということを意味する。この場合、上記所定値Mm及びMsの値が“0”に設定されている場合には、S122−5−1の判断結果が否定的となる(更新中止条件が成立する)ということは、Mnsp_estmとMnsp_sensとが互いに異なる極性であるということと等価である。一方、上記所定値Mm及びMsの値が正の値である場合には、Mnsp_estmとMnsp_sensとが互いに異なる極性である場合だけでなく、−Mm≦Mnsp_estm≦Mmもしくは−Ms≦Mnsp_sens≦Msが成立する場合(換言すれば、Mnsp_estm又はMnsp_sensが“0”近傍の範囲内の値である場合)にも、S122−5−1の判断結果が否定的となる(更新中止条件が成立する)こととなる。従って、この場合には、更新中止条件は、Mnsp_estmとMnsp_sensとが互いに異なる極性であるという条件に加えて、Mnsp_estm及びMnsp_sensのうちの少なくともいずれか一方が“0”近傍の所定範囲内の値であるという条件が含まれることとなる。
次いで、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−2又はS122−5−3において、前記摩擦係数操作ゲインGmuを調整するためのパラメータ(μ感度pと併せてNSPヨーモーメント誤差Mnsp_errに乗じるパラメータ)であるゲイン調整パラメータKmu_attをS122−5−1の判断結果に応じて設定する。
具体的には、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−1の判断結果が肯定的である場合(更新中止条件が成立しない場合)には、S122−5−2においてKmu_attの値を“1”に設定し、該判断結果が否定的である場合(更新中止条件が成立する場合)には、S122−5−3においてKmu_attの値を“0”に設定する(S122−5−3)。
以上のS122−5−1〜S122−5−3の処理が、図11中のゲイン調整部の処理である。なお、図11では、破線の矢印によって、μ感度pの値がゲイン調整部に入力されるようになっているが、これは、後述する第3実施形態又は第4実施形態に関するものである。本実施形態では、ゲイン調整部の処理では、μ感度pの値は使用しない。
次いで、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−4において、摩擦係数増減操作量Δμを、次式7−2により算出する。
Δμ=Mnsp_err*Gmu
=Mnsp_err*(p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)*Kmu*Kmu_att)
……式7−2
すなわち、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−4で算出されたμ感度pに、あらかじめ設定された正の所定値である基本ゲインKmuと、前記S122−5−1の判断結果に応じて設定されるゲイン調整パラメータKmu_attとを乗じたもの(=p*Kmu*Kmu_att)を摩擦係数操作ゲインGmuとし、この摩擦係数操作ゲインGmuをS122−3で算出されたNSPヨーモーメント誤差Mnsp_errに乗じることによって、摩擦係数増減操作量Δμが決定される。この場合、S122−5−1の判断結果が否定的となる場合(前記更新中止条件が成立しない場合)における摩擦係数操作ゲインGmuは、μ感度pと同一極性を有し、且つ、μ感度pの大きさ(絶対値)が小さいほど、Gmuの大きさ(絶対値)も小さくなるように決定されることとなる。また、S122−5−1の判断結果が肯定的となる場合(前記更新中止条件が成立する場合)には、ゲイン調整パラメータKmu_attの値が“0”に設定され(ひいては摩擦係数操作ゲインGmuが“0”に設定される)ので、摩擦係数増減操作量Δμは、強制的に“0”に設定されることとなる。
以上がS122−5での摩擦係数増減操作量決定部26eの処理である。
図12に戻って、μ推定手段26は、次に、S122−6において、摩擦係数推定値更新部26fの処理を実行し、路面摩擦係数推定値μ_estmを更新する。具体的には、摩擦係数推定値更新部26fは、路面摩擦係数推定値の前回値μ_estm_pに、S122−5で算出された摩擦係数増減操作量Δμを加えることによって、路面摩擦係数推定値μ_estmを前回値μ_estm_pから更新し、新たな路面摩擦係数推定値μ_estm(今回値μ_estm)を求める。この処理は、換言すれば、Δμを積分することによって、路面摩擦係数推定値μ_estmを求める処理である。この場合、S122−5−1の判断結果が肯定的となる場合(前記更新中止条件が成立する場合)には、Δμ=0とされるので、路面摩擦係数推定値μ_estmの今回値は、前回値μ_estm_pに保持されることとなる。つまり、S122−5−1の判断結果が肯定的となる状況では、路面摩擦係数推定値μ_estmは、S122−5−1の判断結果が否定的となる状況で最後に決定された路面摩擦係数推定値μ_estmに保持されることとなる。
以上が、本実施形態におけるμ推定手段26の処理の詳細である。
補足すると、本実施形態では、前記車両モデル演算手段24の処理(図4のS102〜S116の処理)と、μ推定手段26でNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを求める処理(図12のS122−2)とにより、本発明における比較対象外力第1推定手段が実現される。この場合、Mnsp_estmが、本発明における比較対象外力の第1推定値に相当する。また、車両モデル演算手段24に入力される観測対象量の検出値(δ1_sens,δ2_sens,Vw_i_sens,γ_sens,Accx_sens,Accy_sens,Tq_i_sens)が、本発明における所定種類の観測対象量の観測値に相当する。該観測対象量の検出値(δ1_sens,δ2_sens,Vw_i_sens,γ_sens,Accx_sens,Accy_sens,Tq_i_sens)は、前記摩擦特性モデルにおける入力パラメータのうちの、路面摩擦係数μ以外の入力パラメータの値(κi,βi,Fz_i)を特定する上で必要な観測対象量の検出値である。また、車両モデル演算手段24の処理のうち、S102〜S116の処理により本発明における車両運動・路面反力推定手段が実現される。この場合、車両運動横滑り速度Vgy_estmが本発明における車両の横滑り運動の状態量に相当する。また、前記式1−14により表される関係が、車両運動・路面反力推定手段に係わる動力学的関係に相当する。なお、図12のS122−2の処理は、車両モデル演算手段24で実行するようにしてもよい。
また、本実施形態では、μ推定手段26でNSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensを求める処理(図12のS122−1)により、本発明における比較対象外力第2推定手段が実現される。この場合、Mnsp_sensが本発明における比較対象外力の第2推定値に相当する。また、ヨー角加速度検出値γdot_sens及び車両重心横加速度検出値Accy_sens(センサ感応横加速度検出値Accy_sensor_sens)が、NSPでのヨー軸周りの慣性モーメント(比較対象外力に対応する慣性力)を規定する車両1の運動状態量の観測値に相当する。
また、μ推定手段26のμ感度算出部26dの処理(図12のS122−4の処理)が、本発明におけるμ感度算出手段に相当し、摩擦係数増減操作量決定部26eの処理(図12のS122−5の処理)が、本発明における摩擦係数増減操作量決定手段に相当し、摩擦係数推定値更新部26fの処理(図12のS122−6の処理)が、本発明における摩擦係数推定値更新手段に相当する。また、摩擦係数増減操作量決定部26eの処理のうちの、S122−5−1の判断処理が、本発明における更新中止条件判断手段に相当する。
なお、上記した本実施形態と本発明との対応関係は、更新中止条件判断手段以外は、後述の第2〜第8実施形態においても同じである。
以上説明した本実施形態では、前記更新中止条件が成立しない場合において、摩擦係数増減操作量Δμは、NSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensと、NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmとの偏差であるNSPヨーモーメント誤差Mnsp_errを“0”に収束させるように決定される。このため、車両重心横滑り速度推定値Vgy_estm等、車両1の横滑り運動の状態量の推定値の誤差や、実路面バンク角θ_actの変化が路面摩擦係数推定値μ_estmに影響するのを抑制しつつ、μ_estmを決定することができる。このため、信頼性の高いμ_estmを安定して求めることができる。
また、前記更新中止条件が成立しない場合において、路面摩擦係数推定値μ_estmは、NSPヨーモーメント誤差Mnsp_errと前記式5−7に示す、γ_sensとδf_sensとの線形結合によって算出されるμ感度pとの積に比例するように決定される。ひいては、前記摩擦係数操作ゲインGmuは、μ感度pの大きさが小さいほど、Gmuの大きさも小さくなるように設定される。従って、車両1の直進走行時のように、μ感度pの値が“0”もしくは“0”に近い値となる状況、換言すれば、Mnsp_errに、路面摩擦係数推定値μ_estmの誤差に依存しない不要成分が相対的に多く含まれることとなりやすい状況で、路面摩擦係数推定値μ_estmを過剰に更新してしまうこととなるのを防止することができる。このため、路面摩擦係数μの推定のロバスト性を高めることができると共に、Mnsp_errの、路面摩擦係数推定値μ_estmの誤差に対する依存度合いに適合させて、Mnsp_errを路面摩擦係数推定値μ_estmの更新に反映させることができる。ひいては、路面摩擦係数μの推定精度を高めることができると共に、その推定処理のロバスト性を高めることができる。
また、NSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensとNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmとが互いに異なる極性となる状況では、S122−5−1の判断結果が否定的となる(更新中止条件が成立する)ので、ゲイン調整パラメータKmu_attの値が“0”に設定される。ひいては、Δμが強制的に“0”に設定されることとなる。従って、Mnsp_errに応じて路面摩擦係数推定値μ_estmを更新することが中止され、μ_estmは、S122−5−1の判断結果が否定的となる直前の値に保持されることとなる。
これにより、Mnsp_sensとMnsp_estmとが互いに異なる極性となる状況で、路面摩擦係数推定値μ_estmが発散してしまうのを防止することができる。
補足すると、S122−5−1の判断処理における所定値Mm及びMsの値を正の値に設定した場合には、前記したようにMnsp_sensまたはMnsp_estmが“0”近傍の範囲内の値となる場合に、S122−5−1の判断結果が否定的となるので、Δμが強制的に“0”に設定されることとなる。従って、Mnsp_estmとMnsp_sensとが互いに異なる極性となる場合の他、Mnsp_sensまたはMnsp_estmの誤差が実NSPヨーモーメントMnsp_actの大きさに比して相対的に大きなものとなり易い場合にも、Mnsp_errに応じてμ_estmを更新することを中止することができる。
なお、本実施形態では、S122−5−1の判断結果に応じてゲイン調整パラメータKmu_attの値を決定するようにしたが、Kmu_attを用いることなく、S122−5−1の判断結果が肯定的である場合に、前記式7−2によりΔμを決定し、該判断結果が否定的である場合に、Δμを“0”に設定するようにしてもよい。
[第2実施形態]
次に、本発明の第2実施形態を図14及び図15を参照して説明する。本実施形態は、摩擦係数増減操作量決定部26eにおける前記ゲイン調整パラメータKmu_attの設定の仕方のみが前記第1実施形態と相違するものである。
前記第1実施形態では、S122−5−1の判断結果が肯定的である場合(更新中止条件が成立しない場合)に、Kmu_attを常に“1”に設定するようにした。これに対して本実施形態では、S122−5−1の判断結果が肯定的である場合に、例えば図14に示す如く、Kmu_attを“0”から“1”の範囲で、Mnsp_estm及びMnsp_sensに応じて変化させるように設定する。
図14は、Mnsp_estmを横座標軸、Mnsp_sensを縦座標軸とする座標平面上でのMnsp_estmの値とMnsp_sensの値との組に対応するKmu_attの設定値を視覚的に示しており、図中の数値“0”(縦座標軸及び横座標軸の交点(原点)での“0”を除く)、“0.5”、“1”がKmu_attの設定値の代表例を示している。図14に示す例では、Mnsp_estmの値とMnsp_sensの値との組としての点(Mnsp_estm,Mnsp_sens)が、第2象限(Mnsp_estm<0且つMnsp_sens>0となる領域)、又は、第4象限(Mnsp_estm>0且つMnsp_sens<0となる領域)に存在する場合、すなわち、Mnsp_estm及びMnsp_sensが互いに異なる極性である場合には、Kmu_attは常に“0”に設定される。
また、点(Mnsp_estm,Mnsp_sens)が、第1象限(Mnsp_estm>0且つMnsp_sens>0となる領域)に存在する場合には、点(Mnsp_estm,Mnsp_sens)が、図中の半直線L02a上もしくはL04a上に存在する場合、半直線L12a上もしくはL14a上に存在する場合、半直線L22a上もしくはL24a上に存在する場合に、それぞれ、Kmu_attが“0”、“0.5”,“1”に設定される。そして、第1象限における半直線L02a,L04aと縦座標軸及び横座標軸との間の領域では、Kmu_attは常に“0”に設定される。また、第1象限のうち、半直線L24aよりも上側(Mnsp_sensがより大きい側)で且つ半直線L22aよりも右側(Mnsp_estmがより大きい側)となる領域では、Kmu_attは常に“1”に設定される。さらに、半直線L02aとL22aとの間の領域では、Mnsp_sensの値が一定である場合に、Mnsp_estmに応じてKmu_attが“0”と“1”との間で連続的に変化するようにKmu_attが設定される。同様に、半直線L04aとL24aとの間の領域では、Mnsp_estmの値が一定である場合に、Mnsp_sensに応じてKmu_attが“0”と“1”との間で連続的に変化するようにKmu_attが設定される。
また、点(Mnsp_estm,Mnsp_sens)が、第3象限(Mnsp_estm<0且つMnsp_sens<0となる領域)に存在する場合には、Kmu_attは、第1象限で設定されるKmu_attに対して原点対称の関係になるように設定される。すなわち、第1象限におけるKmu_attをMnsp_estm及びMnsp_sensの関数として、Kmu_att=f_kmuatt(Mnsp_estm,Mnsp_sens)と表現したとき、第3象限におけるKmu_attは、Kmu_att=f_kmuatt(−Mnsp_estm,−Mnsp_sens)となるように設定される。この場合、図14中の第3象限における半直線L02b,L12b,L22b,L04b,L14b,L24bがそれぞれ、第1象限における半直線L02a,L12a,L22a,L04a,L14a,L24aに対応している。
本実施形態における摩擦係数増減操作量決定部26eは、例えば図15のフローチャートに示す処理を実行することによって、上記のようにKmu_attを設定しつつ、路面摩擦係数増減操作量Δμを決定する。なお、図15では、第1実施形態における図13のフローチャートと同一の処理については、図13と同一の参照符号を使用している。
以下、説明すると、摩擦係数増減操作量決定部26eは、まず、S122−5−1において、第1実施形態と同一の判断処理を実行する。そして、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−1の判断結果が肯定的である場合(更新中止条件が成立しない場合)には、S122−5−6〜S122−5−10の処理を実行することで、ゲイン調整パラメータKmu_attの値を設定し、該判断結果が否定的である場合(更新中止条件が成立する場合)には、S122−5−3において、ゲイン調整パラメータKmu_attの値を“0”に設定する。
上記S122−5−6〜S122−5−10の処理では、摩擦係数増減操作量決定部26eは、まず、S122−5−6において、パラメータw1の値を、図中に示す式により、Mnsp_estmの絶対値(abs(Mnsp_estm))に応じて決定する。このパラメータw1は、Mnsp_sensの値を一定とした場合の、Mnsp_estmの絶対値に応じたKmu_attの変化の形態を規定するパラメータである。この場合、図14に示す如くKmu_attを設定する本実施形態の例では、S122−5−6における式中のC1,C2は、それぞれあらかじめ正の所定値に設定されている。
次いで、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−7において、Kmu_attの第1候補値としてのパラメータw2の値を、図中に示す式により、w1の値と、Mnsp_sensの絶対値(abs(Mnsp_sens))とに応じて決定する。この場合、図14に示す如くKmu_attを設定する本実施形態の例では、S122−5−7における式中のC3は、あらかじめ負の所定値に設定されている。なお、S122−5−7における式で、w2の値を“0”又は“0.5”又は“1”とした場合のMnsp_estmとMnsp_sensとの間の関係は、図14中の半直線L02a,L02b、又はL12a,L12b、又はL22a,L22b上でのMnsp_estmとMnsp_sensとの間の関係となる。
次いで摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−8において、パラメータw3の値を、図中に示す式により、Mnsp_sensの絶対値(abs(Mnsp_sens))に応じて決定する。このパラメータw3は、Mnsp_estmの値を一定とした場合の、Mnsp_sensの絶対値に応じたKmu_attの変化の形態を規定するパラメータである。この場合、図14に示す如くKmu_attを設定する本実施形態の例では、S122−5−8における式中のC4,C5は、それぞれあらかじめ正の所定値に設定されている。
次いで、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−9において、Kmu_attの第2候補値としてのパラメータw4の値を、図中に示す式により、w3の値と、Mnsp_estmの絶対値(abs(Mnsp_estm))とに応じて決定する。この場合、図14に示す如くKmu_attを設定する本実施形態の例では、S122−5−9における式中のC6は、あらかじめ負の所定値に設定されている。なお、S122−5−9における式で、w4の値を“0”又は“0.5”又は“1”とした場合のMnsp_estmとMnsp_sensとの間の関係は、図14中の半直線L04a,L14b、又はL14a,L14b、又はL24a,L24b上でのMnsp_estmとMnsp_sensとの間の関係となる。
次いで、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−10において、Kmu_attを図中の式により決定する。
以上のように、S122−5−6〜S122−5−10の処理を行うことにより、図14に示す座標平面の第1象限及び第3象限におけるKmu_attの値が、同図に示した如く設定されることとなる。
なお、本実施形態では、以上のS122−5−1,122−5−3,122−5−6〜122−5−10の処理が、図11のゲイン調整部で実行される処理となる。
本実施形態は、以上説明した事項以外は、第1実施形態と同じである。かかる本実施形態は、上記のように、Kmu_attの値を設定することにより、Mnsp_errに応じて路面摩擦係数推定値μ_estmを更新する場合(更新中止条件が成立しない場合)において、Mnsp_sensまたはMnsp_estmが比較的“0”に近い場合には、該Mnsp_sensまたはMnsp_estmが“0”に近いほど、前記摩擦係数操作ゲインGmuの大きさが小さくなる。ひいては、路面摩擦係数推定値μ_estmの更新量(摩擦係数増減操作量Δμ)の絶対値が小さめに抑制されることとなる。従って、Mnsp_sensまたはMnsp_estmが“0”に近く、Mnsp_sensまたはMnsp_estmの誤差が、実NSPヨーモーメントMnsp_actの大きさに対して相対的に大きくなり易くなるほど、路面摩擦係数推定値μ_estmの不適切な更新を抑制することができる。
[第3実施形態]
次に、本発明の第3実施形態を図16を参照して説明する。本実施形態は、摩擦係数増減操作量決定部26eにおける前記ゲイン調整パラメータKmu_attの設定の仕方のみが前記第2実施形態と相違するものである。
すなわち、本実施形態では、NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estm及びNSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensの極性だけでなく、μ感度p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)の極性をも考慮し、これらの極性に関する条件を少なくとも含む所定の更新中止条件が成立する場合に、ヨーモーメント推定誤差Mnsp_errに応じて路面摩擦係数推定値μ_estmを更新することを中止する。ここで、前記式4−13bから明らかなように、実路面摩擦係数μ_actの増加量に対する実NSPヨーモーメントMnspの増加量の比率としてのμ感度pは、実NSPヨーモーメントMnsp_actと同一極性になるべきものである。そこで、本実施形態では、Mnsp_estm、Mnsp_sens及びpのうちのいずれか1つの極性が他の2つの極性と異なる場合に、更新中止条件が成立するものとして、Mnsp_errに応じてμ_estmを更新することを中止する。
具体的には、本実施形態では、摩擦係数増減操作量決定部26eは、図16のフローチャートに示す処理を実行することによって、摩擦係数増減操作量Δμを決定する。なお、図16では、第2実施形態における図15のフローチャートと同一の処理については、図15と同一の参照符号を使用している。
図16のフローチャートに示す処理では、第2実施形態における図15のS122−5−1の判断処理の代わりに、S122−5−20の判断処理が行われ、これ以外の処理は、第2実施形態と同じである。
この場合、S122−5−20の判断処理においては、Mnsp_estm>Mm且つMnsp_sens>Ms且つp>p0という条件、あるいは、Mnsp_estm<−Mm且つMnsp_sens<−Ms且つp<−p0という条件が成立するか否かを判断する。ここで、Mm、Ms、p0はあらかじめ設定された非負の所定値(“0”又は“0”近傍の正の値)である。
本実施形態では、このS122−5−20の判断結果が否定的となるということが、前記更新中止条件が成立するということを意味する。この場合、上記所定値Mm、Ms及びp0の値が“0”に設定されている場合には、S122−5−20の判断結果が否定的となる(更新中止条件が成立する)ということは、Mnsp_estm、Mnsp_sens及びpのうちのいずれか1つの極性が他の2つの極性と異なる極性であるということと等価である。一方、上記所定値Mm、Ms及びp0の値が正の値に設定されている場合には、Mnsp_estm、Mnsp_sens及びpのうちのいずれか1つの極性が他の2つの極性と異なる極性である場合だけでなく、−Mm≦Mnsp_estm≦Mmもしくは−Ms≦Mnsp_sens≦Msもしくは−p0≦p≦p0が成立する場合(換言すれば、Mnsp_estm、Mnsp_sens、及びpのいずれかが“0”近傍の範囲内の値である場合)にも、S122−5−20の判断結果が否定的となる(更新中止条件が成立する)。従って、この場合には、更新中止条件は、Mnsp_estm及びMnsp_sensが互いに異なる極性であるという条件に加えて、pがMnsp_estm及びMnsp_sensのうちの少なくともいずれか一方と異なる極性であるという条件と、Mnsp_estm、Mnsp_sens、及びpのうちの少なくともいずれか1つが“0”近傍の所定範囲内の値であるという条件とが含まれることとなる。
なお、本実施形態では、上記S122−5−20の判断処理によって、本発明における更新中止条件判断手段が実現される。このことは、後述の第4〜第8実施形態でも同じである。
本実施形態は、以上説明した事項以外は、第2実施形態と同じである。なお、本実施形態では、S122−5−20,122−5−3,122−5−6〜122−5−14の処理が、図11のゲイン調整部で実行される処理となる。この場合、μ感度pの極性も考慮するために、該ゲイン調整部には、図中の破線の矢印で示す如く、μ感度pが入力されることとなる。
かかる本実施形態では、Mnsp_estm、Mnsp_sens及びpのうちのいずれか1つの極性が他の2つの極性と異なる極性である場合に、Mnsp_errに応じてμ_estmを更新することが中止されるので、より確実に、μ_estmが発散してしまうのを防止することができる。
また、前記所定値Mm、Ms及びp0の値を正の値に設定した場合には、前記したようにMnsp_sensまたはMnsp_estmまたはpが“0”近傍の範囲内の値となる場合に、S122−5−20の判断結果が否定的となるので、Δμが強制的に“0”に設定されることとなる。従って、Mnsp_sensまたはMnsp_estmまたはpの誤差が実NSPヨーモーメントMnsp_actの大きさに比して相対的に大きなものとなり易い場合にも、Mnsp_errに応じてμ_estmを更新することを中止することができる。
[第4実施形態]
次に本発明の第4実施形態を図17を参照して説明する。本実施形態は、摩擦係数増減操作量決定部26eにおける前記ゲイン調整パラメータKmu_attの設定の仕方のみが前記第3実施形態と相違するものである。
前記第3実施形態では、S122−5−20の判断結果が肯定的である場合(更新中止条件が成立しない場合)には、常にNSPヨーモーメント誤差Mnsp_errに応じて路面摩擦係数推定値μ_estmを更新するようにした。これに対して、本実施形態では、S122−5−20の判断結果が否定的になった場合(更新中止条件が成立した場合)には、その後、S122−5−20の判断結果が肯定的となる状態(更新中止条件が成立しない状態)が所定時間以上、継続した場合に限って、Mnsp_errに応じてμ_estmを更新することを実行する。換言すれば、本実施形態では、一旦、更新中止条件が成立した後は、更新中止条件が成立しない状態が所定時間以上、継続することを、Mnsp_errに応じてμ_estmを更新するための必要条件とする。
具体的には、本実施形態では、摩擦係数増減操作量決定部26eは、図17のフローチャートに示す処理を実行することによって、摩擦係数増減操作量Δμを決定する。なお、図17では、第3実施形態における図16のフローチャートと同一の処理については、図16と同一の参照符号を使用している。
以下説明すると、摩擦係数増減操作量決定部26eは、まず、S122−5−20において、第3実施形態と同じ判断処理(更新中止条件が成立するか否かの判断処理)を行う。そして、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−20の判断結果が否定的となる場合(更新中止条件が成立する場合)には、S122−5−21においてカウントダウンタイマTMの値をあらかじめ定められた初期値Twaitに設定した後に、S122−5−22の判断処理を実行する。また、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−20の判断結果が肯定的となる場合(更新中止条件が成立しない場合)には、そのままS122−5−22の判断処理を実行する。
上記S122−5−22の判断処理では、摩擦係数増減操作量決定部26eは、カウントダウンタイマTMの現在値が“0”以下であるか否か(前記初期値Twaitの時間分の計時が終了したか否か)を判断する。
このS122−5−22の判断結果が肯定的である場合には、摩擦係数増減操作量決定部26eは、第2実施形態で説明したS122−5−6〜S122−5−14の処理を実行することによって、ゲイン調整パラメータKmu_attの値を設定する。
一方、S122−5−22の判断結果が否定的である場合には、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−23において、カウントダウンタイマTMの値を、演算処理周期ΔTの時間分だけ減少させる。さらに、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−24において、ゲイン調整パラメータKmu_attの値を“0”に設定する。
次いで、摩擦係数増減操作量決定部26eは、S122−5−4において、第2実施形態と同じ処理を実行し、摩擦係数増減操作量Δμを決定する。
以上説明した処理により、S122−5−20の判断結果が一旦、否定的になると(更新中止条件が成立すると)、その後は、S122−5−20の判断結果が肯定的となる状態(更新中止条件が成立しない状態)が、カウントダウンタイマTMの初期値Twaitにより規定される所定時間以上、継続するまでは、S122−5−20の判断結果が肯定的であっても、ゲイン調整パラメータKmu_attの値が“0”に設定される。従って、Mnsp_errに応じてμ_estmを更新することを中止する状態が維持される。そして、S122−5−20の判断結果が肯定的となる状態(更新中止条件が成立しない状態)が、カウントダウンタイマTMの初期値Twaitにより規定される所定時間以上、継続した場合に、Mnsp_errに応じてμ_estmを更新することが再開されることとなる。
本実施形態は、以上説明した事項以外は、前記第3実施形態と同じである。かかる本実施形態によれば、更新中止条件が成立する状態から更新中止条件が成立しない状態に移行した場合には、その移行直後の期間(前記初期値Twaitの時間分の期間)では、Mnsp_errに応じてμ_estmを更新することは禁止されることとなる。このため、外乱等の影響で、一時的に更新中止条件が成立しない状態となった場合に、路面摩擦係数推定値μ_estmを不適切な値に更新してしまうのを防止することができる。
なお、前記第3実施形態及び第4実施形態では、S122−5−20の判断結果が肯定的になる場合(更新中止条件が成立しない場合)に、第2実施形態のS122−5−6〜S122−5−14の処理によってゲイン調整パラメータKmu_attを決定したが、S122−5−20の判断結果が肯定的になる場合(更新中止条件が成立しない場合)に、Kmu_attの値を第1実施形態と同様に“1”に設定するようにしてもよい。
また、第4実施形態では、更新中止条件を第3実施形態と同じにしたが、第1実施形態及び第2実施形態と同じ更新中止条件を用いてもよい。すなわち、第4実施形態において、S122−5−20の判断処理の代わりに、S122−5−1の判断処理を行うようにしてもよい。
また、第1〜第4実施形態において、更新中止条件が成立する場合(S122−5−1又はS122−5−20の判断結果が否定的になる場合)に、ゲイン調整パラメータKmu_attの値を用いることなく、摩擦係数増減操作量Δμを“0”に設定してもよい。あるいは、摩擦係数増減操作量Δμを“0”に設定する代わりに、Δμの値をあらかじめ定めた正の所定値に設定し、更新中止条件が成立する状態で、路面摩擦係数推定値μ_estmが一定の時間的増加率で徐々に増加していくようにしてもよい。
[第5実施形態]
次に、本発明の第5実施形態を図18を参照して説明する。本実施形態は、μ推定手段26の一部の処理のみが、前記第3実施形態又は第4実施形態と相違するものである。具体的には、本実施形態では、μ推定手段26は、前記μ感度算出部26dにより算出されたμ感度p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)を入力する飽和特性要素26gを有する。該飽和特性要素26gは、入力されるμ感度pに対して飽和特性を有する出力(μ感度pの関数値)を生成するものであり、以降、その出力をμ感度依存値p_aという。この場合、飽和特性要素26gには、μ感度pとμ感度依存値p_aとの間の関係があらかじめマップデータや演算式の形態で設定されている。具体的には、μ感度pとμ感度依存値p_aとの間の関係は、pが“0”である時のp_aが“0”になると共にpの増加に対してp_aが単調増加し、且つ、pの絶対値が大きくなると、pの増加に対するp_aの変化率(p_aをpにより微分してなる値)の大きさが、pの絶対値の増加に伴い小さくなる(p_aの値が飽和していく)ように設定されている。
そして、本実施形態におけるμ推定手段26の摩擦係数増減操作量決定部26eは、前記S122−5−4の処理において、μ感度pの代わりに、μ感度依存値p_aを用いて前記式7−2の右辺の演算を行うことによって、摩擦係数増減操作量Δμを決定する。換言すれば、次式7−2aの演算によって、Δμを決定する。
Δμ=Mnsp_err*Gmu
=Mnsp_err*(p_a*Kmu*Kmu_att) ……式7−2a
本実施形態は、以上説明した事項以外は、前記第3実施形態又は第4実施形態と同一である。従って、本実施形態では、Mnsp_errに応じて摩擦係数増減操作量Δμを決定する場合(S122−5−20の判断結果が肯定的となる場合、あるいは、S122−5−20及びS122−5−22の判断結果が肯定的となる場合)に、Mnsp_errとμ感度依存値p_aとの積に比例するように、Δμが決定されることとなる。
なお、S122−5−20の判断処理(更新中止条件が成立するか否かの判断処理)では、μ感度pの代わりに、μ感度依存値p_aを用いて、当該判断処理を行うようにしてもよい。
かかる本実施形態では、Mnsp_errに応じて摩擦係数増減操作量Δμを決定する際に、μ感度pの絶対値が大きい場合に、摩擦係数操作ゲインGmu(フィードバックゲイン)の大きさが過大になるのが抑制される。この結果、μ推定手段26が算出する路面摩擦係数推定値μ_estmが不安定に変動したり、あるいは振動するのを防止することができる。
補足すると、本実施形態のように前記μ感度依存値p_aを用いて摩擦係数増減操作量Δμを決定するようにすることは、前記第1又は第2実施形態にも適用することができる。この場合には、前記第1又は第2実施形態におけるS122−5−4の処理(更新中止条件が成立しない場合において、Δμを算出する処理)において、前記式7−2aの演算を行うことによって摩擦係数増減操作量Δμを決定するようにすればよい。
[第6実施形態]
次に、本発明の第6実施形態を図19を参照して説明する。本実施形態は、前記μ推定手段26の一部の処理のみが、前記第3又は第4実施形態と相違するものである。
具体的には、本実施形態では、μ推定手段26は、前記Mnsp_estm算出部26bにより算出されたNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmと、前記Mnsp_sens算出部26aにより算出されたNSPヨーモーメント検出値Mnsp_sensと、前記μ感度算出部26dにより算出されたμ感度p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)とをそれぞれ入力する周波数成分調整用のフィルタ26ba,26aa,26daと、前記第5実施形態で説明した飽和特性要素26gとを有する。
この例では、フィルタ26ba,26aa,26daは、いずれもローカット特性(所定周波数以下の低周波成分を遮断する特性)を有する。より詳しくは、各フィルタ26ba,26aa,26daは、その伝達関数が例えばTa*S/(1+Ta*S)により表現されるものであり、それぞれの周波数特性が互いに同一の目標特性(ローカット特性)になるように設定されている(伝達関数の時定数Taが互いに同一になるように設定されている)。なお、例えば各フィルタ26ba,26aa,26daのそれぞれの入力値の生成に用いられる各センサの周波数特性の相互の違い等に起因して、μ_estmがμ_actに精度よく合致している状態でのMnsp_errとpとの位相のずれ、あるいは、Mnsp_sensとMnsp_estmとの位相のずれが生じるような場合には、その位相のずれを解消するように、各フィルタ26ba,26aa,26daの周波数特性を相互にずらすようにしてもよい。
そして、本実施形態では、μ推定手段26は、Mnsp_sensとMnsp_estmとの偏差(NSPヨーモーメント推定誤差)の代わりに、Mnsp_sensを入力するフィルタ26aaの出力であるNSPヨーモーメントフィルタリング検出値Mnsp_sens_fと、Mnsp_estmを入力するフィルタ26baの出力であるNSPヨーモーメントフィルタリング推定値Mnsp_estm_fとの偏差であるNSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_f(=Mnsp_sens_f−Mnsp_estm_f)をMnsp_err算出部26cにより算出する。なお、本実施形態では、フィルタ26aa,26baの周波数特性が互いに同一であるので、上記のようにMnsp_sens_fとMnsp_estm_fとの偏差Mnp_err_fを求めるということは、Mnsp_sensとMnsp_estmとの偏差であるNSPヨーモーメント誤差Mnsp_errを、フィルタ26aa,26baと同一の周波数特性のフィルタに通すことによってMnsp_err_fを求めることと等価である。従って、Mnsp_errを入力するフィルタ(フィルタ26aa,26baと同じ周波数特性を有するフィルタ)を備え、このフィルタにMnsp_errを通すことによって、Mnsp_err_fを得るようにしてもよい。
また、μ推定手段26は、μ感度pを入力するフィルタ26daの出力であるμ感度フィルタリング値p_fを、μ感度pの代わりに前記飽和特性要素26gに入力することによって、p_fの関数値としてのμ感度依存値p_faを求める。この場合、p_fとp_faとの間の関係は、前記第5実施形態で説明した飽和特性要素26gの入力(p)と、出力(p_a)との間の関係と同じである。なお、μ感度pを飽和特性要素26gに通したもの(p_a)をフィルタ26daに入力することによってμ感度依存値p_faを求めるようにしてもよい。
そして、本実施形態におけるμ推定手段26の摩擦係数増減操作量決定部26eは、前記S122−5−20の判断処理において、Mnsp_sens、Mnsp_estm及びpの代わりに、それぞれのフィルタリング値である上記Mnsp_sens_f、Mnsp_estm_f、p_fを用いて当該判断処理を実行することで、更新中止条件が成立するか否かを判断する。なお、この判断処理では、μ感度フィルタリング値p_fの代わりに、μ感度pをフィルタ26daと飽和特性要素26gとの両方に通してなるμ感度依存値p_faを用いてもよい。
さらに、本実施形態におけるμ推定手段26の摩擦係数増減操作量決定部26eは、前記S122−5−4の処理において、NSPヨーモーメント推定誤差Mnsp_err、μ感度pの代わりに、それぞれ、上記NSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_f、μ感度依存値p_faを用いて記式7−2の右辺の演算を行うことによって、摩擦係数増減操作量Δμを決定する。換言すれば、次式7−2bによりΔμを決定する。
Δμ=Mnsp_err_f*Gmu
=Mnsp_err_f*(p_fa*Kmu*Kmu_att) ……式7−2b
本実施形態は、以上説明した事項以外は、前記第3又は第4実施形態と同一である。従って、本実施形態では、Mnsp_errに応じて摩擦係数増減操作量Δμを決定する場合(S122−5−20の判断結果が肯定的となる場合、あるいは、S122−5−20及びS122−5−22の判断結果が肯定的となる場合)に、NSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_fと、μ感度フィルタリング値p_fとに応じて(より詳しくはMnsp_err_fとμ感度依存値p_faとの積に比例するように)、Δμが決定されることとなる。
なお、本実施形態では、フィルタ26ba,26aa,26daがそれぞれ、本発明における第1フィルタ、第2フィルタ、第3フィルタに相当する。そして、前記NSPヨーモーメントフィルタリング推定値Mnsp_estm_fが本発明における第1推定フィルタリング値に相当し、前記NSPヨーモーメントフィルタリング検出値Mnsp_sens_fが本発明における第2推定フィルタリング値に相当する。
かかる本実施形態では、ローカット特性を有するフィルタ26ba,26aa,26daを使用して得られた前記NSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_fとμ感度依存値p_faとを用いて摩擦係数増減操作量Δμを決定することによって、ヨーレートセンサ13や横加速度センサ15などのセンサの出力の定常的なオフセットやドリフト、あるいは、実路面バンク角θbank_actに起因してMnsp_sens、Mnsp_estm、pに含まれる不要成分を除去するようにして、路面摩擦係数推定値μ_estmを求めることができる。その結果、μ_estmの精度を高めることができる。
補足すると、本実施形態のようにNSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_fとμ感度依存値p_faとを用いて摩擦係数増減操作量Δμを決定することは、前記第1又は第2実施形態にも適用することができる。この場合には、前記第1又は第2実施形態におけるS122−5−4の処理(更新中止条件が成立しない場合において、Δμを算出する処理)において、前記式7−2bの演算を行うことによって摩擦係数増減操作量Δμを決定するようにすればよい。
また、更新中止条件に関する判断処理に関しては、S122−5−1の判断処理を行う際には、Mnsp_sens及びMnsp_estmの代わりに、それぞれMnsp_sens_f、Mnsp_estm_fを用いて当該判断処理を行うようにすればよい。
また、本実施形態では、μ感度pをフィルタ26daと飽和特性要素26gとの両方に通すようにしたが、μ感度pの大きさがさほど大きくならないような場合には、飽和特性要素26gを省略してもよい。この場合には、S122−5−4の処理では、前記式7−2bの右辺のp_faを、前記μ感度フィルタリング値p_fに置き換えた式によって、摩擦係数増減操作量Δμを算出するようにすればよい。
また、フィルタ26ba,26aa,26daのうちのNSPヨーモーメントの推定値及び検出値に係わるフィルタ26ba,26aaを省略したり、あるいは、μ感度pに係わるフィルタ26daを省略するようにしてもよい。
[第7実施形態]
次に、本発明の第7実施形態を図20を参照して説明する。本実施形態は、前記μ推定手段26の一部の処理のみが、前記第3又は第4実施形態と相違するものである。
具体的には、本実施形態におけるμ推定手段26は、前記第6実施形態で説明したフィルタ26ba,26aa,26daと周波数特性が異なるフィルタ26bb,26ab,26dbを備え、該フィルタ26bb,26ab,26dbにそれぞれ、前記Mnsp_estm算出部26bにより算出されたNSPヨーモーメント推定値Mnsp_estm、NSPヨーモーメント検出値Mnsp_sens、前記Mnsp_sens算出部26aにより算出されたNSPヨーモーメント検出値Mnsp_sens、前記μ感度算出部26dにより算出されたμ感度p(γ_sens,δf_sens,Vgx_estm)が入力されるようになっている。
この例では、フィルタ26bb,26ab,26dbは、いずれもハイカット特性(所定周波数以上の高周波成分を遮断する特性)を有する。より詳しくは、各フィルタ26bb,26ab,26dbは、その伝達関数が例えば1/(1+Tb*S)により表現されるものであり、それぞれの周波数特性が互いに同一の目標特性(ハイカット特性)になるように設定されている(伝達関数の時定数Tbが互いに同一になるように設定されている)。この場合、各フィルタ26bb,26ab,26dbの周波数特性は、換言すれば、ローパス特性である。なお、例えば各フィルタ26bb,26ab,26dbのそれぞれの入力値の生成に用いられる各センサの周波数特性の相互の違い等に起因して、μ_estmがμ_actに精度よく合致している状態でのMnsp_errとpとの位相のずれ、あるいは、Mnsp_sensとMnsp_estmとの位相のずれが生じるような場合には、その位相のずれを解消するように、各フィルタ26bb,26ab,26dbの周波数特性を相互にずらすようにしてもよい。また、各フィルタ26bb,26ab,26dbは、ハイカット特性を有するものであれば、ローパス特性に限らず、バンドパス特性であってもよい。
そして、本実施形態では、μ推定手段26は、Mnsp_sensとMnsp_estmとの偏差(NSPヨーモーメント推定誤差Mnsp_err)の代わりに、Mnsp_sensを入力するフィルタ26abの出力であるNSPヨーモーメントフィルタリング検出値Mnsp_sens_fと、Mnsp_estmを入力するフィルタ26bbの出力であるNSPヨーモーメントフィルタリング推定値Mnsp_estm_fとの偏差であるNSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_f(=Mnsp_sens_f−Mnsp_estm_f)を、Mnsp_err算出部26cにより算出する。なお、第6実施形態で説明した場合と同様に、Mnsp_sensとMsnp_estmとの偏差である前記NSPヨーモーメント推定誤差Mnsp_errを、フィルタ26ba,26aaと同一の周波数特性(ハイカット特性)のフィルタに通すことによって、Mnsp_err_fを得るようにしてもよい。
また、本実施形態のμ推定手段26は、前記第5実施形態で説明した飽和特性要素26gを有する。そして、μ推定手段26は、μ感度pを入力するフィルタ26dbの出力であるμ感度フィルタリング値p_fを、前記第6実施形態と同様に、μ感度pの代わりに飽和特性要素26gに通すことによって、p_fの関数値としてのμ感度依存値p_faを求める。なお、μ感度pを飽和特性要素26gに通したもの(p_a)をフィルタ26dbに通すことによってμ感度依存値p_faを求めるようにしてもよい。
そして、本実施形態におけるμ推定手段26の摩擦係数増減操作量決定部26eは、前記S122−5−20の判断処理において、前記第6実施形態と同様に、Mnsp_sens、Mnsp_estm及びpの代わりに、それぞれのフィルタリング値である上記Mnsp_sens_f、Mnsp_estm_f、p_fを用いて当該判断処理を実行することで、更新中止条件が成立するか否かを判断する。なお、この判断処理では、μ感度フィルタリング値p_fの代わりに、μ感度pをフィルタ26daと飽和特性要素26gとの両方に通してなるμ感度依存値p_faを用いてもよい。
また、本実施形態におけるμ推定手段26の摩擦係数増減操作量決定部26eは、前記S122−5−4の処理において、次のようにして摩擦係数増減操作量Δμを決定する。
すなわち、摩擦係数増減操作量決定部26eは、まず、上記NSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_fに、μ感度依存値p_faと前記基本ゲインKmuとを乗じることによって、摩擦係数増減操作量Δμの暫定値Δμ_aを決定する。すなわち、前記式7−2bの右辺のKmu_attの値を“1”とした式によって求められる値を、上記暫定値Δμ_bとして得る。
ここで、本実施形態では、フィルタ26bb,26ab,26dbがハイカット特性を有するため、比較的高い周波数域でのNSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_fやμ感度依存値p_fa(又はμ感度フィルタリング値p_f)の位相遅れが生じ、ひいては上記の如く求めた暫定値Δμ_aの位相遅れが生じやすい。このため、仮に、Δμ_aをそのまま用いて路面摩擦係数推定値μ_estmの更新するようにするとμ_estmの振動が生じやすくなる。そこで、本実施形態では、摩擦係数増減操作量決定部26eには、暫定値Δμ_aの位相を進める(位相遅れを解消する)ための位相補償要素26eaが備えられている。この位相補償要素26eaは、その伝達関数が、(1+Tb*s)/(1+Tc*S)により表現されるものであり、その分子の時定数Tbは、フィルタ26bb,26ab,26dbを表現する伝達関数の分母の時定数Tbと同一である。
そして、本実施形態では、摩擦係数増減操作量決定部26eは、上記の如く求めた暫定値Δμ_aを、この位相補償要素26eaに通し、さらに、該位相補償要素26eaの出力に前記ゲイン調整パラメータKmu_attを乗じることによって、最終的な摩擦係数増減操作量Δμ(今回値)を決定する。これにより、NSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_fと、μ感度フィルタリング値p_fとに応じて(より詳しくはMnsp_err_fとμ感度依存値p_faとの積に応じて)、Δμが決定される。なお、NSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_fとμ感度依存値p_faとの積を、暫定値Δμ_aとして求め、この暫定値Δμ_aを位相補償要素26eaに通すことよって得られる該位相補償要素26eaの出力に前記基本ゲインKmu及びゲイン調整パラメータKmu_attを乗じることによって、摩擦係数増減操作量Δμ(今回値)を決定するようにしてもよい。あるいは、Mnsp_err_fに、μ感度依存値p_faと基本ゲイン調整Kmu及びゲイン調整パラメータKmu_attとを乗じたものを、暫定値Δμ_aとして求め、この暫定値Δμ_aを位相補償要素26eaに通すことによって、摩擦係数増減操作量Δμ(今回値)を決定するようにしてもよい。
本実施形態は、以上説明した事項以外は、前記第3又は第4実施形態と同一である。
なお、本実施形態では、フィルタ26bb,26ab,26dbがそれぞれ、本発明における第1フィルタ、第2フィルタ、第3フィルタに相当する。そして、前記NSPヨーモーメントフィルタリング推定値Mnsp_estm_fが本発明における第1推定フィルタリング値に相当し、前記NSPヨーモーメントフィルタリング検出値Mnsp_sens_fが本発明における第2推定フィルタリング値に相当する。
かかる本実施形態では、ハイカット特性のフィルタ26bb,26ab,26dbを使用して得られた前記NSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_fとμ感度依存値p_faとを用いて摩擦係数増減操作量Δμを決定することによって、ヨーレートセンサ13や横加速度センサ15等の各センサの出力に含まれる高周波ノイズに起因してMnsp_sens、Mnsp_estm、pに含まれる不要成分を除去するようにして、路面摩擦係数推定値μ_estmを求めることができる。その結果、μ_estmの精度を高めることができる。また、位相補償要素26eaによって、Δμの位相遅れを解消するようにしたことによって、μ推定手段26が決定するμ_estmが振動的になるのが防止され、路面摩擦係数μの推定処理のロバスト性を高めることができる。
補足すると、本実施形態のようにNSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_fとμ感度依存値p_faとを用いて摩擦係数増減操作量Δμを決定することは、前記第1又は第2実施形態にも適用することができる。この場合には、前記S122−5−4の処理(更新中止条件が成立しない場合にΔμを算出する処理)において、上記の上記の如く、位相補償要素26eaを用いて、摩擦係数増減操作量Δμを決定するようにすればよい。
また、更新中止条件に関する判断処理に関しては、S122−5−1の判断処理を行う際には、Mnsp_sens及びMnsp_estmの代わりに、それぞれMnsp_sens_f、Mnsp_estm_fを用いて当該判断処理を行うようにすればよい。
また、本実施形態では、μ感度pをフィルタ26dbと飽和特性要素26gとの両方に通すようにしたが、μ感度pの大きさがさほど大きくならないような場合には、飽和特性要素26gを省略してもよい。
[第8実施形態]
次に、本発明の第8実施形態を図21を参照して説明する。本実施形態は、前記μ推定手段26の一部の処理のみが、前記第7施形態と相違するものである。
具体的には、本実施形態では、μ推定手段26は、前記Mnsp_err算出部26cにより算出されたNSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Msnp_err_fを入力する不感帯処理部26haと、μ感度pを前記フィルタ26db及び飽和特性要素26gに通してなるμ感度依存値p_faを入力する不感帯処理部26hbとをさらに備える。
前記不感帯処理部26haは、これに対する入力値が、あらかじめ設定された“0”近傍の所定の不感帯内の値である場合に、“0”を出力すると共に、入力値が該不感帯の上限値(>0)よりも大きい場合と該不感帯の下限値(=−上限値)よりも小さい場合とにそれぞれ、入力値から上限値、下限値を差し引いた値を出力するものである。前記不感帯処理部26hbも同様である。なお、不感帯処理部26ha,26hbのそれぞれの不感帯は、同一の範囲である必要はない。
そして、本実施形態では、Mnsp_err_fを入力した不感帯処理部26haの出力であるNSPヨーモーメントフィルタリング推定誤差Mnsp_err_faと、p_faを入力した不感帯処理部26hbの出力であるμ感度依存値p_fbとが、Mnsp_err、μの代わりに摩擦係数増減操作量決定部26eに入力される。そして、本実施形態では、摩擦増減操作量決定部26eは、入力されたMnsp_err_faと、p_fbとを用いて第7実施形態と同じ処理により摩擦係数増減操作量Δμを決定する。
以上説明した以外の事項は、前記第7実施形態と同じである。
かかる本実施形態では、前記第7実施形態と同様の効果を奏することに加えて、ヨーレートセンサ13や横加速度センサ15などのセンサの出力の定常的なオフセットやドリフト、あるいは、実路面バンク角θbank_actに起因してMnsp_sens、Mnsp_estm、pに含まれる定常的な不要成分を不感帯処理部26ha、26hbで除去することができる。その結果、μ_estmの精度をより一層高めることができる。
補足すると、本実施形態のように不感帯処理部26ha,26hbを用いて摩擦係数増減操作量Δμを決定することは、前記第1又は第2実施形態にも適用することができる。この場合には、前記S122−5−4の処理(更新中止条件が成立しない場合にΔμを算出する処理)において、上記の上本実施形態の如く位相補償要素26eaを用いて、摩擦係数増減操作量Δμを決定するようにすればよい。
また、更新中止条件に関する判断処理に関しては、S122−5−1の判断処理を行う際には、Mnsp_sens及びMnsp_estmの代わりに、それぞれMnsp_sens_f、Mnsp_estm_fを用いて当該判断処理を行うようにすればよい。
また、本実施形態では、μ感度pをフィルタ26dbと飽和特性要素26gとの両方に通すようにしたが、μ感度pの大きさがさほど大きくならないような場合には、飽和特性要素26gを省略してもよい。
また、本実施形態では、Mnsp_err_fを入力する不感帯処理部26haと、p_faを入力する不感帯処理部26hbとを備えたが、いずれか一方の不感帯処理部26ha又は26hbを省略してもよい。
なお、以上説明した第1〜第8実施形態では、NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを求めるために、各車輪2−iの駆動・制動力推定値Fsubx_i_estmと横力推定値Fsuby_i_estmとを求め、それらの推定値を基に、Mnsp_estmを算出するようにしたが、実NSPヨーモーメントMnsp_actは、一般には、各車輪2−iの横力及び駆動・制動力のうちの横力に対する依存性が高く、駆動・制動力に対する依存性が低い。従って、各車輪2−iの駆動・制動力推定値Fsubx_i_estmを求めることを省略してもよい。この場合、例えば、車輪2−i(i=1,2,3,4)の横力推定値Fsuby_i_estmの合力によって車両1の重心点に作用する横方向の並進力と、該横力推定値Fsuby_i_estmの合力によって車両1の重心点に作用するヨー軸周りのモーメントとをそれぞれ、前記全路面反力合成横力推定値Fgy_total_estm、全路面反力ヨーモーメントMgz_total_estmとして求め、その求めたFgy_total_estmとMgz_total_estmとから前記式7−1によって、NSPヨーモーメント推定値Mnsp_estmを求めるようにすればよい。
また、車両1の横滑り運動も、各車輪2−iの横力及び駆動・制動力のうちの横力に対する依存性が高い。従って、車両1の横滑り運動の状態量を前記車両運動推定部24dで推定する場合に、車輪2−i(i=1,2,3,4)の横力推定値Fsuby_i_estmの合力によって車両1の重心点に作用する横方向の並進力だけを、車両1の重心点に作用する横方向の外力(並進力)の全体と見なして車両1の横滑り運動の状態量を推定するようにしてもよい。例えば、車輪2−i(i=1,2,3,4)の横力推定値Fsuby_i_estmの合力によって車両1の重心点に作用する横方向の並進力の値を、全路面反力合成横力推定値Fgy_total_estmとして求め、このFgy_total_estmを用いて前記式1−14aの演算を行うことで、車両重心横滑り速度変化率推定値Vgdot_y_estmを求めると共に該Vgdot_y_estmを積分することで車両重心横滑り速度推定値Vgy_estmを求めるようにしてもよい。
また、前記第1〜第8実施形態では、本発明における比較対象外力として、NSPヨーモーメントを用いたが、本発明における比較対象外力は、NSPヨーモーメントに限られるものではない。例えば、前輪2−1,2−2の路面反力(より詳しくは駆動・制動力及び横力)の合力のうちの車両1の横方向成分(車体座標系のY軸方向成分)を比較対象外力として用いてもよい。
また、前記第1〜第8実施形態では、μ感度として、前記式5−7により算出されるpの値を用いたが、例えば、このpの値を、路面摩擦係数推定値μ_estmの最新値(前回値)により除算してなる値(μ_estmの最新値に対するpの比率)をμ感度と定義し、この定義によるμ感度をpの代わりに用いて摩擦係数増減操作量Δμを求めるようにしてもよい。
また、以上説明した第1〜第8実施形態では、バンク角推定手段28及び勾配角推定手段30を備えたが、前記第1〜第8実施形態で路面摩擦係数μを推定する処理では、路面バンク推定値θbank_estm及び路面勾配角推定値θslope_estmは不要である。従って、バンク角推定手段28及び勾配角推定手段30を省略してもよい。
また、前記車両モデル演算手段24の処理では、路面が水平面であることを前提とした車両運動モデルを用いたが、路面バンク角θbankや路面勾配角θslopeを考慮した車両運動モデルを用いてもよい。例えば、前記式1−13、1−14を、それぞれ次式1−13b、1−14bに置き換えた車両運動モデルを用いるようにしてもよい。
Fgx_total=m*(Vgdot_x−Vgy*γ−g*sin(θslope)) ……式1−13b
Fgy_total=m*(Vgdot_y+Vgx*γ+g*sin(θbank)) ……式1−14b
この場合には、車両モデル演算手段24は、例えば次のようにして、車両重心前後速度推定値Vgx_estmや車両重心横滑り速度推定値Vgy_estmを求めつつ、路面バンク角θbankや路面勾配角θslopeを推定することができる。
具体的には、この場合には、車両モデル演算手段24は、前記式1−13a,1−14aの代わりに、それぞれ、次式1−13c,1−14cにより、車両重心前後速度変化率推定値Vgdot_x_estm及び車両重心横滑り速度変化率推定値Vgdot_y_estmを算出する。
Vgdot_x_estm=Fgx_total_estm/m+Vgy_estm_p*γ_estm_p
+g*sin(θslope_estm_p) ……式1−13c
Vgdot_y_estm=Fgy_total_estm/m−Vgx_estm_p*γ_estm_p
−g*sin(θbank_estm_p) ……式1−14c
そして、車両モデル演算手段24は、これらのVgdot_x_estmとVgdot_y_estmとを用いて、前記第1実施形態と同様に、車両重心前後速度推定値Vgx_estmと車両重心横滑り速度推定値Vgy_estmとを求める。なお、車両重心前後速度推定値Vgx_estmは、前記車輪速度選択検出値Vw_i_sens_selectに一致させるようにしてもよい。
さらに、車両モデル演算手段24は、前記前後加速度センサ14が感応する加速度の推定値であるセンサ感応前後加速度推定値Accx_sensor_estmと、横加速度センサ15が感応する加速度の推定値であるセンサ感応横加速度推定値Accy_sensor_estmとをそれぞれ次式1−31,1−32により算出する。
Accx_sensor_estm=Vgdot_x_estm−Vgy_estm_p*γ_estm_p
−g*sin(θslope_estm_p) ……式1−31
Accy_sensor_estm=Vgdot_y_estm+Vgx_estm_p*γ_estm_p
+g*sin(θbank_estm_p) ……式1−32
なお、式1−31,1−32の代わりに、それぞれ、式1−13cの右辺の第1項の演算、式1−14cの右辺の第1項の演算により、Accx_sensor_estmとAccy_sensor_estmとを求めるようにしてもよい。
ここで、上記のように求められるAccx_sensor_estmは、路面勾配角推定値の前回値(最新値)θslope_estm_pが正確であると仮定して求められるセンサ感応前後加速度推定値を意味する。同様に、上記のように求められるAccy_sensor_estmは、路面バンク角推定値の前回値(最新値)θbank_estm_pが正確であると仮定して求められるセンサ感応横加速度推定値を意味する。従って、前後加速度センサ14の出力に基づく車両重心前後加速度検出値Accx_sens(=センサ感応前後加速度検出値)と、センサ感応前後加速度推定値Accx_sensor_estmとの偏差は、θslope_estm_pの誤差に応じたものとなると考えられる。同様に、横加速度センサ15の出力に基づく車両重心横加速度検出値Accy_sens(=センサ感応横加速度検出値)と、センサ感応横加速度推定値Accy_sensor_estmとの偏差は、θbank_estm_pの誤差に応じたものとなると考えられる。
そこで、車両モデル演算手段24は、車両重心前後加速度検出値Accx_sensと、センサ感応前後加速度推定値Accx_sensor_estmとの偏差を“0”に収束させるように、該偏差に応じてフィードバック制御則により路面勾配角推定値θslope_estmを更新することによって、新たな路面勾配角推定値θslope_estmを求める。同様に、車両モデル演算手段24は、車両重心横加速度検出値Accy_sensと、センサ感応横加速度推定値Accy_sensor_estmとの偏差を“0”に収束させるように、該偏差に応じてフィードバック制御則によりθbank_estmを更新することによって、新たな路面バンク角推定値θbank_estmを求める。
例えば、車両モデル演算手段24は、次式1−33,1−34により、それぞれ、新たな路面勾配角推定値θslope_estm、路面バンク角推定値θbank_estmを求める。
θslope_estm=θslope_estm_p+Kslope*(Accx_sens−Accx_sensor_estm)
……式1−33
θbank_estm=θbank_estm_p+Kbank*(Accy_sens−Accy_sensor_estm)
……式1−34
なお、式1−33のKslope、式1−34のKbankは、それぞれ、あらかじめ設定された所定値(比例ゲイン)である。この例では、偏差(Accx_sens−Accx_sensor_estm)、(Accy_sens−Accy_sensor_estm)の積分演算によって、それぞれ、θslope_estm、θbank_estmとが算出されることとなる。
以上のようにして、車両重心前後速度推定値Vgx_estmや車両重心横滑り速度推定値Vgy_estmを求めつつ、路面バンク角θbankや路面勾配角θslopeを推定することができる。
なお、このようにした場合には、車両重心前後加速度推定値Accx_estmや車両重心横加速度推定値Accy_estmの算出は不要である。また、この場合には、前記式1−14bにより表される関係が、車両運動・路面反力推定手段に係わる動力学的関係に相当する。