JP2010031840A - シリンダブロック、内燃機関、輸送機器およびシリンダブロックの製造方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】耐摩耗性および耐焼き付き性に優れ、且つ、摩擦ロスの小さいシリンダブロックおよびその製造方法を提供する。
【解決手段】本発明によるシリンダブロックは、摺動面101を有するシリンダ壁103を備え、シリコンを含むアルミニウム合金から形成されたシリンダブロックである。本発明によるシリンダブロックは、摺動面101に複数のシリコン結晶粒1、2を有し、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は、摺動面101の上側1/4の部分101aにおいて、摺動面101の下側1/4の部分101bにおいてよりも大きい。
【選択図】図2
【解決手段】本発明によるシリンダブロックは、摺動面101を有するシリンダ壁103を備え、シリコンを含むアルミニウム合金から形成されたシリンダブロックである。本発明によるシリンダブロックは、摺動面101に複数のシリコン結晶粒1、2を有し、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は、摺動面101の上側1/4の部分101aにおいて、摺動面101の下側1/4の部分101bにおいてよりも大きい。
【選択図】図2
Description
本発明は、シリンダブロックおよびその製造方法に関し、特に、シリコンを含むアルミニウム合金から形成されたシリンダブロックおよびその製造方法に関する。また、本発明は、そのようなシリンダブロックを備えた内燃機関や輸送機器にも関する。
近年、内燃機関の軽量化を目的としてシリンダブロックのアルミニウム合金化が進んでいる。シリンダブロックには、高い強度や高い耐摩耗性が要求されるので、シリンダブロック用のアルミニウム合金としては、シリコンを多く含有するアルミニウム合金、つまり、過共晶組成のアルミニウム−シリコン系合金が有望視されている。
アルミニウム−シリコン系合金から形成されたシリンダブロックでは、摺動面に位置するシリコン結晶粒が強度や耐摩耗性の向上に寄与する。シリコン結晶粒を合金母材の表面に露出させる手法としては、シリコン結晶粒を浮き出させるようなホーニング処理(「浮き出しホーニング」と呼ばれる。)が挙げられる。また、特許文献1には、アルミニウム−シリコン系合金の表面にシリコン結晶粒を浮き出させるようにエッチング処理を行った後、陽極酸化を行うことによって酸化物層を形成し、さらに、この酸化物層上にフッ素樹脂を溶射することによってフッ素樹脂層を形成する技術が開示されている。
摺動面に浮き出したシリコン結晶粒の間に潤滑油が保持される(つまりシリコン結晶粒間の窪みが油溜りとして機能する。)ことにより、ピストンがシリンダ内を摺動する際の潤滑性が向上し、シリンダブロックの耐摩耗性や耐焼き付き性が向上する。
しかしながら、上述したようなアルミニウム合金製のシリンダブロックを特定の内燃機関に用いた場合には、さらなる耐摩耗性や耐焼き付き性の向上が必要である。
これまで、アルミニウム合金製のシリンダブロックは、四輪自動車に搭載される内燃機関に用いられてきた。四輪自動車では、潤滑油を強制的にシリンダブロックやピストンに供給する機構(例えばオイルポンプ)が内燃機関に設けられており、また、比較的低い回転速度(具体的には最大回転速度が7500rpm以下)で内燃機関が運転されるので、上記の問題は発生しない。ところが、比較的高い回転速度(具体的には最大回転速度が8000rpm以上)で運転される内燃機関やシリンダへの潤滑油の供給がクランクシャフトの回転に伴う潤滑油のはね上げによってのみ行われる(つまりオイルポンプを備えていない)内燃機関(例えば自動二輪車に搭載される内燃機関)では、アルミニウム合金製のシリンダブロックに焼き付きや顕著な磨耗が発生することがある。また、内燃機関全体をいっそう軽量化するためにアルミニウム合金製のピストンを用いると、アルミニウム合金の表面同士で摺動するため、焼き付きがいっそう発生しやすい。
シリンダブロックの耐摩耗性や耐焼き付き性をさらに向上させるためには、内燃機関の始動時における潤滑性を向上させる必要があり、そのためには、摺動面に潤滑油をしっかりと保持する必要がある。本願発明者の検討によれば、上述したような浮き出しホーニング処理やエッチング処理が施されたシリンダブロックでは、潤滑油の保持が十分になされず、内燃機関の始動時にいきなり高速で運転が行われると潤滑性が十分ではないことがわかった。
そこで、本願発明者は、特願2007−329164号に、摺動面の潤滑油を保持する能力を向上させる技術を提案している。この技術では、摺動面の表面粗さを表すパラメータとして、十点平均粗さRzJISと負荷長さ率Rmrとに着目している。これらのパラメータを特定の範囲内に設定することによって、潤滑油の保持に寄与する微細なシリコン結晶粒が多数浮き出た摺動面が実現されるので、耐摩耗性および耐焼き付き性に優れたシリンダブロックが得られる。
しかしながら、本願発明者がさらなる検討を行ったところ、特願2007−329164号に開示されている技術を用いた場合には、摺動面をエッチング液に浸漬するので、摺動面全体が均一にエッチングされてしまう。そのため、摺動面のうちの上側(上死点近傍)の部分ではシリンダブロックの耐摩耗性および耐焼き付き性が向上するものの、摺動面の下側の部分では、ピストンの摺動時に、摺動面に浮き出た微細なシリコン結晶粒の引っ掛かりによって摩擦ロスが大きくなるという新たな問題が発生することがわかった。
本発明は、上記問題に鑑みてなされたものであり、その目的は、耐摩耗性および耐焼き付き性に優れ、且つ、摩擦ロスの小さいシリンダブロックおよびその製造方法を提供することにある。
本発明によるシリンダブロックは、ピストンが摺動する摺動面を有するシリンダ壁を備え、シリコンを含むアルミニウム合金から形成されたシリンダブロックであって、前記摺動面に複数のシリコン結晶粒を有し、前記摺動面の十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は、前記摺動面の上側1/4の部分において、前記摺動面の下側1/4の部分においてよりも大きい。
ある好適な実施形態において、前記摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは0.54μm以上であり、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は20%以上である。
ある好適な実施形態において、前記摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは2.0μm以下である。
ある好適な実施形態において、前記摺動面の上側1/4の部分において、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は55%以下である。
ある好適な実施形態において、前記摺動面の下側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは0.54μm未満であり、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は15%以下である。
ある好適な実施形態において、前記摺動面はエッチング処理を施されている。
本発明による他のシリンダブロックは、ピストンが摺動する摺動面を有するシリンダ壁を備え、シリコンを含むアルミニウム合金から形成されたシリンダブロックであって、前記摺動面に複数のシリコン結晶粒を有し、前記摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは0.54μm以上であり、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は20%以上であり、前記摺動面の少なくとも下側1/4の部分にコーティングが施されている。
ある好適な実施形態において、前記摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは2.0μm以下である。
ある好適な実施形態において、前記摺動面の上側1/4の部分において、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は55%以下である。
ある好適な実施形態において、前記複数のシリコン結晶粒は、複数の初晶シリコン粒および複数の共晶シリコン粒を含む。
ある好適な実施形態において、前記複数の初晶シリコン粒の平均結晶粒径は、12μm以上50μm以下である。
ある好適な実施形態において、前記複数の共晶シリコン粒の平均結晶粒径は、7.5μm以下である。
ある好適な実施形態において、前記複数のシリコン結晶粒は、結晶粒径が1μm以上7.5μm以下の範囲内に第1ピークを有し、且つ、結晶粒径が12μm以上50μm以下の範囲内に第2ピークを有する粒度分布を持つ。
ある好適な実施形態において、前記第1ピークにおける度数は、前記第2ピークにおける度数の5倍以上である。
ある好適な実施形態において、前記アルミニウム合金は、73.4質量%以上79.6質量%以下のアルミニウム、16質量%以上22質量%以下のシリコン、および2.0質量%以上5.0質量%以下の銅を含む。
ある好適な実施形態において、前記アルミニウム合金は、50質量ppm以上200質量ppm以下のリンと、0.01質量%以下のカルシウムとを含む。
本発明による内燃機関は、上記の構成を有するシリンダブロックと、前記シリンダブロックの前記摺動面に接触した状態で摺動するピストンと、を備える。
ある好適な実施形態において、前記ピストンは、アルミニウム合金から形成されている。
本発明による輸送機器は、上記の構成を有する内燃機関を備える。
本発明によるシリンダブロックの製造方法は、ピストンが摺動する摺動面を有するシリンダ壁を備えたシリンダブロックの製造方法であって、シリコンを含むアルミニウム合金から形成された成形体を用意する工程と、前記成形体の表面のうちの前記摺動面となる領域を♯1500以上の粒度を有する砥石を用いて研磨する工程と、研磨された前記領域の一部のみをエッチングする第1エッチング工程と、を包含する。
ある好適な実施形態において、本発明によるシリンダブロックの製造方法は、前記第1エッチング工程の後に、前記領域の全体をエッチングする第2エッチング工程をさらに包含する。
ある好適な実施形態において、本発明によるシリンダブロックの製造方法は、前記第1エッチング工程の後には、前記領域をエッチングするさらなるエッチング工程を実行しない。
本発明による他のシリンダブロックの製造方法は、ピストンが摺動する摺動面を有するシリンダ壁を備えたシリンダブロックの製造方法であって、シリコンを含むアルミニウム合金から形成された成形体を用意する工程と、前記成形体の表面のうちの前記摺動面となる領域を♯1500以上の粒度を有する砥石を用いて研磨する工程と、研磨された前記領域をエッチングするエッチング工程と、エッチングされた前記領域の一部のみにコーティングを施す工程と、を包含する。
以下、本発明の作用・効果を説明する。
本発明によるシリンダブロックでは、摺動面の十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)が、摺動面の上側1/4の部分において、下側1/4の部分においてよりも大きい。そのため、摺動面の上側1/4の部分において摺動面の潤滑油保持能力を高くしつつ、摺動面の下側1/4の部分において摩擦係数を小さくすることができる。したがって、優れた耐摩耗性および耐焼き付き性を確保しつつ、摩擦ロスを小さくすることができる。
潤滑油保持能力を十分に高くして優れた耐摩耗性および耐焼き付き性を実現するためには、摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISが0.54μm以上であり、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)が20%以上であることが好ましい。
ただし、シリコン結晶粒の脱落や、浮き出したシリコン結晶粒による相手材(ピストンリングやピストン)の顕著な磨耗を防止する点からは、摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは2.0μm以下であることが好ましい。
また、相手材の損傷や磨耗を抑制する点からは、摺動面の上側1/4の部分において、負荷長さ率Rmr(30)は55%以下であることが好ましい。
また、摩擦係数を十分に小さくして摩擦ロスを十分に小さくするためには、摺動面の下側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISが0.54μm未満であり、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)が15%以下であることが好ましい。
本発明によるシリンダブロックの摺動面は、典型的には、エッチング処理(化学エッチング)を施されている。
本発明による他のシリンダブロックでは、摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISが0.54μm以上で、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)が20%以上であり、さらに、摺動面の少なくとも下側1/4の部分にコーティングが施されている。そのため、摺動面の上側1/4の部分において摺動面の潤滑油保持能力を高くしつつ、摺動面の下側1/4の部分において摩擦係数を小さくすることができる。したがって、優れた耐摩耗性および耐焼き付き性を確保しつつ、摩擦ロスを小さくすることができる。
シリコン結晶粒の脱落や、浮き出したシリコン結晶粒による相手材(ピストンリングやピストン)の顕著な磨耗を防止する点からは、摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは2.0μm以下であることが好ましい。
また、相手材の損傷や磨耗を抑制する点からは、摺動面の上側1/4の部分において、負荷長さ率Rmr(30)は55%以下であることが好ましい。
複数のシリコン結晶粒は、典型的には、複数の初晶シリコン粒および複数の共晶シリコン粒を含んでいる。摺動面において、初晶シリコン粒だけでなく共晶シリコン粒も浮き出していることによって、十点平均粗さRzJISや負荷長さ率Rmr(30)を十分に大きくすることができる。
シリンダブロックの耐摩耗性や強度を向上させる観点からは、複数の初晶シリコン粒の平均結晶粒径は、12μm以上50μm以下であることが好ましく、複数の共晶シリコン粒の平均結晶粒径は、7.5μm以下であることが好ましい。また、複数のシリコン結晶粒は、結晶粒径が1μm以上7.5μm以下の範囲内に第1ピークを有し、且つ、結晶粒径が12μm以上50μm以下の範囲内に第2ピークを有する粒度分布を持つことが好ましく、第1ピークにおける度数が、第2ピークにおける度数の5倍以上であることがさらに好ましい。
シリンダブロックの耐摩耗性や強度を十分に高くするためには、アルミニウム合金は、73.4質量%以上79.6質量%以下のアルミニウム、16質量%以上22質量%以下のシリコン、および2.0質量%以上5.0質量%以下の銅を含むことが好ましい。
また、アルミニウム合金は、50質量ppm以上200質量ppm以下のリンと、0.01質量%以下のカルシウムとを含むことが好ましい。アルミニウム合金が50質量ppm以上200質量ppm以下のリンを含んでいると、シリコン結晶粒の粗大化を抑制することができるので、合金中にシリコン結晶粒を均一に分散させることができる。また、アルミニウム合金のカルシウム含有量を0.01質量%以下とすることによって、リンによるシリコン結晶粒の微細化効果を確保し、耐摩耗性に優れた金属組織を得ることができる。
本発明によるシリンダブロックは、各種の輸送機器用の内燃機関に好適に用いられ、軽量化のためにピストンがアルミニウム合金から形成されている内燃機関に特に好適に用いられる。
本発明によるシリンダブロックの製造方法では、成形体の表面のうちの摺動面となる領域を♯1500以上の粒度を有する砥石を用いて研磨する工程を行った後に、研磨された領域の一部のみをエッチングする第1エッチング工程を行う。そのため、第1エッチング工程でエッチングされた部分と、その他の部分とで、十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を異ならせることができる。したがって、摺動面の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を、上側1/4の部分において下側1/4の部分においてよりも大きくすることができ、耐摩耗性および耐焼き付き性に優れ、摩擦ロスの小さいシリンダブロックを製造することができる。
第1エッチング工程の後に、摺動面となる領域の全体をエッチングする第2エッチング工程を行ってもよい。このような第2エッチング工程を行うと、摺動面の全体にわたってエッチング処理が施される(ただし第1エッチング工程でエッチングされた部分についてはその他の部分よりもエッチング量が大きくなる)ので、シリコン結晶粒間の窪み(潤滑油を保持する油溜りとして機能する)が摺動面の全体にわたって好適に形成され、摺動面全体の耐摩耗性および耐焼き付き性がいっそう向上する。
また、第1エッチング工程の後には、摺動面となる領域をエッチングするさらなるエッチング工程を行わなくてもよい。さらなるエッチング工程を行わない場合、工程数が少なくなるので、製造コストの低減および製造工程の簡略化を図ることができる。
本発明による他のシリンダブロックの製造方法では、成形体の表面のうちの摺動面となる領域を♯1500以上の粒度を有する砥石を用いて研磨する工程を行った後に、研磨された領域をエッチングするエッチング工程を行い、さらにその後、エッチングされた領域の一部のみにコーティングを施す工程を行う。そのため、コーティングが施された部分と、その他の部分とで、十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を異ならせることができる。したがって、摺動面の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を、上側1/4の部分において下側1/4の部分においてよりも大きくすることができ、耐摩耗性および耐焼き付き性に優れ、摩擦ロスの小さいシリンダブロックを製造することができる。
上述したいずれの製造方法においても、成形体の表面のうちの摺動面となる領域が♯1500以上の粒度を有する砥石を用いて研磨され、その後、研磨された領域の少なくとも一部がエッチングされる。そのため、エッチングされた部分では、初晶シリコン粒だけでなく共晶シリコン粒が多数浮き出した(突出した)表面が形成され、十分な深さを有する油溜りが細かなピッチで形成される。それ故、摺動面の一部における耐摩耗性および耐焼き付き性を著しく向上させることができる。
本発明によると、耐摩耗性および耐焼き付き性に優れ、且つ、摩擦ロスの小さいシリンダブロックおよびその製造方法が提供される。また、本発明によると、そのようなシリンダブロックを備えた内燃機関や輸送機器も提供される。
以下、図面を参照しながら本発明の実施形態を説明する。なお、以下では、水冷式の内燃機関用のシリンダブロックを例として説明を行うが、本発明はこれに限定されるものではなく、空冷式の内燃機関用のシリンダブロックにも好適に用いられる。
図1および図2に、本実施形態におけるシリンダブロック(「シリンダボディ」と呼ばれることもある。)100を示す。図1および図2は、シリンダブロック100を模式的に示す斜視図および断面図である。シリンダブロック100は、シリコンを含むアルミニウム合金、より具体的には、シリコンを多く含む過共晶組成のアルミニウム−シリコン系合金から形成されている。
シリンダブロック100は、図1および図2に示すように、シリンダボア102を画定する壁部(「シリンダ壁」と呼ぶ。)103と、シリンダ壁103を包囲し、シリンダブロック100の外郭を構成する壁部(「外壁」と呼ぶ。)104とを備えている。シリンダ壁103と外壁104との間には、冷却液を保持するウォータジャケット105が設けられている。なお、本実施形態では単気筒のシリンダブロック100を図示しているが、シリンダブロック100は多気筒であってもよい。
シリンダ壁103のシリンダボア102側の表面(つまり内周面)101が、ピストンが摺動する(つまりピストンと接触する)摺動面である。この摺動面101を拡大して図3に示す。図3は、摺動面101を模式的に示す平面図である。
摺動面101を有するシリンダ壁103を備えたシリンダブロック100は、図3に示すように、摺動面101に複数のシリコン結晶粒1、2を有している。これらのシリコン結晶粒1、2は、アルミニウムを含む固溶体のマトリックス(合金母材)3中に分散して存在している。
過共晶組成のアルミニウム−シリコン系合金の溶湯を冷却したときに、最初に析出するシリコン結晶粒は「初晶シリコン粒」と呼ばれ、次いで析出するシリコン結晶粒は「共晶シリコン粒」と呼ばれる。図3に示す複数のシリコン結晶粒1、2のうち、比較的大きなシリコン結晶粒1は、初晶シリコン粒である。また、初晶シリコン粒の間に位置する比較的小さなシリコン結晶粒2は、共晶シリコン粒である。
摺動面101の断面構造を図4に示す。図4に示すように、初晶シリコン粒1および共晶シリコン粒2を含む複数のシリコン結晶粒1、2は、マトリックス3から突出している(つまり浮き出している)。シリコン結晶粒1、2間に形成される窪み4が、潤滑油を保持する油溜りとして機能する。
本願発明者は、従来の浮き出しホーニング処理やエッチング処理では十分な潤滑油保持能力が実現できない理由を検討した。その結果、共晶シリコン粒の多くが摺動面から除去され、共晶シリコン粒が潤滑油の保持にほとんど寄与していないために、潤滑油保持能力が低いことがわかった。
そこで、本願発明者は、摺動面101の表面粗さを表すパラメータとして、十点平均粗さRzJISと切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)とに着目し、これらを特定の範囲内に設定することによって、摺動面101の潤滑油を保持する能力が大幅に向上することを見出した。
十点平均粗さRzJISは、図5に示すように断面曲線から基準長さLだけを抜き取った部分において、最高から5番目までの山頂の標高R1、R3、R5、R7およびR9の平均値と、最深から5番目までの谷底の標高R2、R4、R6、R8およびR10の平均値との差の値であり、下記式で表される。したがって、十点平均粗さRzJISが大きいということは、油溜り4が十分な深さを有することを意味している。
また、ある切断レベルcにおける負荷長さ率Rmr(c)とは、図6に示すように粗さ曲線から評価長さlnだけを抜き取った部分において、粗さ曲線を山頂線に平行な切断レベルcで切断したときに得られる切断長さの和(つまり負荷長さ)Ml(c)の、評価長さlnに対する比であり、下記式で表される。
したがって、負荷長さ率Rmr(c)は、摺動面101においてどれだけ多くのシリコン粒1、2が浮き出しているかを示す指標であるといえ、負荷長さ率Rmr(c)が大きいということは、多くのシリコン粒1、2(特に共晶シリコン粒2)が浮き出していることを意味する。内燃機関の運転初期において、摺動面101の最表面は切断レベル30%に対応した深さ程度までは磨耗する(「馴染み」と称される)ので、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)が、実際の運転時において浮き出している共晶シリコン粒2の多寡を示すパラメータといえる。
上述したように、十点平均粗さRzJISが大きいことは、油溜り4が十分な深さを有していることを意味し、負荷長さ率Rmr(30)が大きいことは、摺動面101に浮き出している(つまり脱落せずに残存している)シリコン粒1、2の個数が多いことを意味している。そのため、摺動面101の十点平均粗さRzJISと負荷長さ率Rmr(30)とをある程度以上に大きくすることによって、摺動面101の潤滑油保持能力を向上させることができる。ただし、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を単純に、つまり、摺動面101全体で一様に大きくすると、摺動面101に多数浮き出た共晶シリコン粒2によって摩擦ロスが大きくなってしまう。
本実施形態におけるシリンダブロック100では、摺動面101の上側1/4の部分101aと下側1/4の部分101bとで(図2参照)、十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)が異なっている。具体的には、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は、摺動面101の上側1/4の部分101aにおいて、摺動面101の下側1/4の部分101bにおいてよりも大きい。摺動面101が表面粗さにこのような分布を有していることにより、優れた耐摩耗性および耐焼き付き性を確保しつつ、摩擦ロスを小さくすることができる。以下、この理由を説明する。
なお、言うまでもないが、摺動面101の「上側」とは、シリンダヘッド側(すなわち上死点側)であり、摺動面101の「下側」とは、クランクケース側(すなわち下死点側)である。つまり、摺動面101の上側1/4の部分101aとは、摺動面101全体をピストンの摺動方向(シリンダボア102の中心軸方向)に沿って均等に4分割したときに、もっともシリンダヘッド側に位置する領域を指し、摺動面101の下側1/4の部分101bとは、もっともクランクケース側に位置する領域を指す。
図7に、従来の4ストローク内燃機関におけるクランク角、ガス圧(シリンダ内の圧力)、ピストンリングを含むピストンとシリンダブロックの摺動面との間に発生する摩擦力の関係の一例を示す。なお、クランク角については、圧縮上死点を0°としている。また、摩擦力については、クランクシャフトの正転方向に対して逆の方向に発生する摩擦力を正の値で示している。ピストンとシリンダブロックの摺動面との間に発生する摩擦力の影響を考えるときには、図7に示す摩擦力の絶対値のみを考慮すればよい。クランク角±360°、±180°、0°で摩擦力がほぼ0となっているのは、クランク角がこれらの角度付近にあるときには、ピストンの動きがクランク角の変化に対して極めて小さくなり、従って摩擦力がほとんど発生しないからである。
図7に示すように、吸入工程では、ピストンの側面とシリンダブロックの摺動面との間に発生する摩擦力はほぼ一定であり、摺動速度が大きくなるクランク角−270°付近で摩擦力がもっとも大きくなっている。圧縮工程でも同様であり、摩擦力はほぼ一定であり、摺動速度が大きくなるクランク角−90°付近で摩擦力がもっとも大きくなっている。
これに対し、爆発工程では、シリンダブロックの摺動面に働く摩擦力は、大きく変化し、ガス圧がもっとも高くなるクランク角0°付近で全工程を通じてもっとも大きくなる(図7中の点線で囲まれた領域R1)。つまり、爆発直後は摩擦力がもっとも大きく、シリンダブロックの摺動面とピストン(より具体的にはピストンリングやピストンスカート)とが強く直接接触する。爆発直後に摩擦力が大きくなる理由の1つは、図8(a)に示すように、爆発圧力(燃焼圧力)によって燃焼ガスがピストンとピストンリングとの間に回り込み、ピストンリングをシリンダブロックの摺動面に押し付けることである。また、もう1つの理由は、図8(b)に示すように、爆発直後にはピストンがシリンダボアに対して傾いた状態になることである。この状態では、ピストンリングがシリンダブロックの摺動面に強く押し付けられる(図8(b)中の破線で囲まれた領域A)とともに、ピストンスカートがシリンダブロックの摺動面に強く押し付けられる(図8(b)中の破線で囲まれた領域B)。そのため、ピストンリングとシリンダブロックの摺動面との間に加え、ピストンスカートとシリンダブロックの摺動面との間にも大きな摩擦力が発生する。さらに、ピストンとシリンダブロックの摺動面とが強く擦れ合うときには、摺動面に対するピストンの相対的な移動速度が小さくなるので、摩擦力を低減するための油膜の保持が摺動面表面において好適になされず、そのことによっても摩擦力がいっそう大きくなる。
これに対し、ガス圧が低くなるその後は、摩擦力は低くなる(図7中の点線で囲まれた領域R2)。つまり、爆発工程のごく初期を除けば、シリンダブロックの摺動面とピストンとの接触圧は低い。
したがって、シリンダブロックの摺動面のうち、圧縮上死点付近(具体的にはクランク角が−45°〜+45°の範囲)でピストンと接触する部分については、高い耐摩耗性および耐焼き付き性を確保する必要がある。また、その他の部分については、過剰な耐摩耗性および耐焼き付き性よりも、より滑らかな面であること、すなわち、摩擦係数が小さいことが好ましい。
本実施形態におけるシリンダブロック100では、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は、摺動面101の上側1/4の部分101aにおいて、摺動面101の下側1/4の部分101bにおいてよりも大きい。そのため、摺動面101の上側1/4の部分101aでは、摺動面101の潤滑油保持能力を高くしつつ、摺動面101の下側1/4の部分101bでは、摩擦係数を小さくすることができる。したがって、優れた耐摩耗性および耐焼き付き性を確保しつつ、摩擦ロスを小さくすることができる。
潤滑油保持能力を十分に高くして(つまり摺動面101の共晶シリコン粒2を潤滑油の保持に十分に寄与させて)優れた耐摩耗性および耐焼き付き性を実現するためには、摺動面101の上側1/4の部分101aにおいて、十点平均粗さRzJISが0.54μm以上であり、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)が20%以上であることが好ましい。ただし、後述するようにエッチング処理を含む製造方法によりシリンダブロック100を製造する場合、負荷長さ率Rmr(30)が55%を超えると、浮き出した多量のシリコン結晶粒による相手材(ピストンリングやピストン)の損傷や磨耗が顕著になることがあるので、負荷長さ率Rmr(30)は55%以下であることが好ましい。また、潤滑油保持能力をいっそう高くする点からは、十点平均粗さRzJISが0.7μm以上であることがさらに好ましく、共晶シリコン粒2の脱落や相手材の顕著な磨耗を防止する点からは、十点平均粗さRzJISは2.0μm以下であることが好ましい。
また、摩擦係数を十分に小さくして摩擦ロスを十分に小さくするためには、摺動面101の下側1/4の部分101bにおいて、十点平均粗さRzJISが0.54μm未満であり、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)が15%以下であることが好ましい。なお、より摩擦ロスを小さくする観点からは、十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)が、摺動面101の下側1/2の部分において上記数値範囲内にあることがより好ましく、摺動面101の下側3/4の部分において上記数値範囲内にあることがさらに好ましい。
上述したように、本実施形態におけるシリンダブロック100は、摺動面101の表面粗さに分布を有している。これに対し、従来のシリンダブロックでは、摺動面の全体にわたって表面粗さは実質的に同じである。つまり、本願発明は、摺動面101のある部分と他の部分とで表面粗さ(具体的には十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30))を積極的に異ならせるというまったく新しい着想に基づいてなされたものである。
本実施形態におけるシリンダブロック100の製造方法を図9〜図12を参照しながら説明する。図9および図10は、シリンダブロック100の製造工程を示すフローチャートであり、図11および図12は、製造工程の一部を模式的に示す断面図である。
まず、シリコンを含むアルミニウム合金から形成された成形体を用意する(工程S1)。この成形体は、表面近傍に初晶シリコン粒および共晶シリコン粒を含んでいる。成形体を用意する工程S1は、例えば、図10に示す工程S1a〜S1eを含んでいる。
まず、シリコンを含むアルミニウム合金を用意する(工程S1a)。シリンダブロック100の耐摩耗性および強度を十分に高くするためには、アルミニウム合金として、73.4質量%以上79.6質量%以下のアルミニウム、16質量%以上22質量%以下のシリコン、および2.0質量%以上5.0質量%以下の銅を含むアルミニウム合金を用いることが好ましい。
次に、用意したアルミニウム合金を溶解炉で加熱して溶解させることによって、溶湯を形成する(工程S1b)。溶解前のアルミニウム合金あるいは溶湯には、100質量ppm程度のリンを添加しておくことが好ましい。アルミニウム合金が50質量ppm以上200質量ppm以下のリンを含んでいると、シリコン結晶粒の粗大化を抑制することができるので、合金中にシリコン結晶粒を均一に分散させることができる。また、アルミニウム合金のカルシウム含有量を0.01質量%以下とすることによって、リンによるシリコン結晶粒の微細化効果を確保し、耐摩耗性に優れた金属組織を得ることができる。つまり、アルミニウム合金は、50質量ppm以上200質量ppm以下のリンと、0.01質量%以下のカルシウムとを含むことが好ましい。
続いて、アルミニウム合金の溶湯を用いて鋳造を行う(工程S1c)。つまり、溶湯を鋳型の中で冷却して成形体を形成する。このとき、シリンダ壁103の摺動面101となる部分を大きな冷却速度(例えば4℃/秒以上50℃/秒以下)で冷却することによって、耐摩耗性に寄与するシリコン結晶粒を表面近傍に有する成形体が得られる。この鋳造工程S1cは、例えば、国際公開第2004/002658号パンフレットに開示されている鋳造装置を用いて行うことができる。
次に、鋳型から取り出した成形体に対し、「T5」、「T6」および「T7」と呼ばれる熱処理のうちのいずれかを行う(工程S1d)。T5処理は、成形体を鋳型から取り出した直後に水冷等により急冷し、続いて、機械的性質の改善や寸法安定化のために所定温度で所定時間だけ人工時効し、その後空冷する処理である。T6処理は、成形体を鋳型から取り出した後に所定温度で所定時間だけ溶体化処理し、続いて水冷し、次いで所定温度で所定時間だけ人工時効処理し、その後空冷する処理である。T7処理は、T6処理に比べて過時効にする処理であり、T6処理よりも寸法安定化を図ることができるが硬度はT6処理よりも低下する。
続いて、成形体に所定の機械加工を行う(工程S1e)。具体的には、シリンダヘッドとの合せ面やクランクケースとの合せ面の研削等を行う。
上述したようにして成形体を用意した後、図11(a)に示すように、成形体の表面、具体的には、シリンダ壁103の内周面(すなわち摺動面101となる面)に対して寸法精度を調整するためのファインボーリング加工を行う(工程S2)。
次に、図11(b)に示すように、ファインボーリング加工を施した面に対して粗いホーニング処理を行う(工程S3)。つまり、摺動面101となる面を比較的粒度の小さい(具体的には♯600以上♯1000以下の粒度を有する)砥石を用いて研磨する。この粗ホーニング処理は、例えば、特開2004−268179号公報に開示されているようなホーニング装置を用いて行うことができる。
続いて、図11(c)に示すように、鏡面ホーニング処理を行う(工程S4)。つまり、成形体の表面のうちの摺動面101となる領域を、比較的粒度の大きい(具体的には♯1500以上の粒度を有する)砥石を用いて研磨する。この鏡面ホーニング処理も、特開2004−268179号公報に開示されているようなホーニング装置を用いて行うことができる。
次に、図11(d)に示すように、研磨された領域の一部のみをエッチングする(工程S5)。エッチング処理(例えばアルカリエッチング処理)が施された部分では、表面近傍のマトリックス3が所定の厚さだけ除去され、初晶シリコン粒1および共晶シリコン粒2の間に窪みが形成される。この局所エッチング工程は、図12(a)に示すように、逆様に(つまり内燃機関として組み立てられたときとは上下が逆になるように)置かれた成形体100’のシリンダボア102内に、シリンダボア102よりも小さな径を有する円筒部材11を配置し、この状態で円筒部材11の外周面とシリンダ壁103の内周面との間を所定の高さまでエッチング液12で満たすことによって行われる。また、局所エッチング工程におけるエッチング処理は、摺動面101となる領域のうちの少なくとも上側1/4の部分(図12(a)では成形体100’が逆様なのでシリンダ壁103の内周面の下側1/4の部分に相当する)に施される。
その後、図11(e)に示すように、摺動面101となる領域の全体をエッチングする(工程S6)。エッチング処理により、摺動面101となる領域全体において、表面近傍のマトリックス3が所定の厚さだけ除去され、初晶シリコン粒1および共晶シリコン粒2が突出した摺動面101が形成される。初晶シリコン粒1および共晶シリコン粒2の間の窪み4は油溜りとして機能する。この全体エッチング工程は、図12(b)に示すように、エッチング液12を追加して、円筒部材11の外周面とシリンダ壁103の内周面との間をシリンダ壁103の内周面全体がエッチング液12に浸かる高さ(つまり最大高さ)までエッチング液12で満たすことによって行われる。円筒部材11の上端は開口されており、エッチング液12は円筒部材11の内部を通って回収され、循環する。
なお、鏡面ホーニング処理(工程S4)の前に行うサイジング(寸法出し)工程は、例示しているようなファインボーリング加工(工程S2)および粗ホーニング処理(工程S3)の2つの工程に限定されない。1つの工程でサイジングを行ってもよいし、3つ以上の工程でサイジングを行ってもよい。
本実施形態における製造方法によれば、摺動面101となる領域の一部のみをエッチングする局所エッチング(第1エッチング)工程を行った後に、摺動面101となる領域全体をエッチングする全体エッチング(第2エッチング)工程を行う。したがって、摺動面101となる領域の一部は2回エッチング処理されるのに対し、他の部分は1回しかエッチング処理されない。そのため、摺動面101内で十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)の大きさに分布を持たせることができるので、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を、摺動面101の上側1/4の部分101aと下側1/4の部分101bとで異ならせることができる。それ故、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を、上側1/4の部分101aにおいて下側1/4の部分101bにおいてよりも大きくすることができる。
エッチング処理を1回施される部分と2回施される部分の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)は、局所エッチング工程および全体エッチング工程におけるエッチング液の濃度や温度、エッチング時間(浸漬時間)などによりそれぞれ調整することができる。
なお、図13に示すように、全体エッチング工程を省略してもよい。つまり、局所エッチング(第1エッチング)工程S5の後には、摺動面101となる領域をエッチングするさらなるエッチング工程を実行しなくてもよい。この場合、局所エッチング工程は、図14に示すように、図12に示した円筒部材11よりも低い円筒部材11を用いて行われ、エッチング液12は円筒部材11の開口された上端から円筒部材11の内部を通って回収され、循環する。
全体エッチング工程を省略しても、局所エッチング工程においてエッチング処理される部分と、全くエッチング処理されない他の部分とで、十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を異ならせることができる。そのため、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を、上側1/4の部分101aにおいて下側1/4の部分101bにおいてよりも大きくすることができる。ただし、全体エッチング工程を省略する場合には、局所エッチング工程におけるエッチング処理のみで摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)が十分に大きくなるように、局所エッチング工程におけるエッチング量を調整することが好ましい。
また、図15に示すような局所エッチング工程を含まない製造方法を用いても、本実施形態におけるシリンダブロック100を製造することができる。図15に示す製造方法は、図9および図13に示す製造方法と鏡面ホーニング工程(工程S4)までは同じである。図15に示す製造方法では、鏡面ホーニング工程の後、図16(a)に示すように、摺動面101となる領域(領域全体)をエッチングする全体エッチング工程を行う(工程S7)。そして、その後、エッチングされた領域の一部のみにコーティングを施す(工程S8)。
この部分コーティング工程では、まず、図16(b)に示すように、シリンダボア102内にシリンダボア102とほぼ同じ径を有する円柱状のマスキング部材14を配置する。その後、図16(c)に示すように、シリンダボア102内に内径ガン16を挿入し、内径ガン16から皮膜材料を溶射することによってシリンダ壁103の内周面のうちのマスキングされていない部分にコーティングを施す。コーティングは、摺動面101となる領域のうちの少なくとも下側1/4の部分(図16(c)では成形体100’が逆様なのでシリンダ壁103の内周面の上側1/4の部分に相当する)に施される。
全体エッチング工程の後に部分コーティング工程を行うことにより、コーティングが施される部分と、コーティングが施されない部分とで、十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を異ならせることができる。具体的には、十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を、コーティングが施される部分において、コーティングが施されない部分よりも小さくすることができる。そのため、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を、上側1/4の部分101aにおいて下側1/4の部分101bにおいてよりも大きくすることができる。
皮膜材料としては、ピストンの材料と凝着しにくく、潤滑性に優れた材料を広く用いることができる。ポリアミドイミドと二硫化モリブデンの混合物は、耐熱性、低摩擦性および直接接触時の耐焼き付き性に優れるので、皮膜材料として好適に用いられる。勿論、皮膜材料はこれに限定されるものではなく、例えば、超硬のようなセラミックスを用いてもよい。
上述したいずれの製造方法においても、♯1500以上の粒度を有する砥石を用いた研磨の後にエッチングが行われる。つまり、一旦鏡面ホーニング処理による表面の平滑化処理を行った後に、エッチングによる化学的な研削によって油溜りとなる窪み4が形成される。このようにして摺動面101を形成する(つまり摺動面101がエッチング処理された摺動面である)ことにより、共晶シリコン粒2を脱落させることなく摺動面101に残存させ得るので、共晶シリコン粒2を潤滑油の保持に十分に寄与させることができる。つまり、摺動面101の高い耐摩耗性および耐焼き付き性が要求される部分(上側1/4の部分)における十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を十分に大きくすることができる。これに対し、従来の浮き出しホーニング処理やエッチング処理では、十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を十分に大きくすることが難しい。以下、この理由を説明する。
浮き出しホーニング処理により摺動面101を形成する場合、まず、表面近傍に初晶シリコン粒および共晶シリコン粒を有する成形体を用意し(図9に示す工程S1と同じ工程)、次に、図17(a)に示すように成形体の表面にファインボーリング加工を行う。続いて、図17(b)に示すように粗いホーニング処理を行った後、図17(c)に示すように浮き出しホーニング処理を行う。浮き出しホーニング処理は、例えば砥粒が固着された樹脂ブラシを用いて行われ、マトリックス3が主に切削されるように行われる。しかしながら、機械的な研削処理である浮き出しホーニング処理では、図17(c)に模式的に示しているように、マトリックス3に併せて共晶シリコン粒2の一部も除去されてしまう。したがって、共晶シリコン粒2は潤滑油の保持にはあまり寄与しない。
また、鏡面ホーニング処理を経ることなくエッチング処理により摺動面101を形成する場合、まず、表面近傍に初晶シリコン粒および共晶シリコン粒を有する成形体を用意し(図9に示す工程S1と同じ工程)、次に、図18(a)に示すように成形体の表面にファインボーリング加工を行う。続いて、図18(b)に示すように粗いホーニング処理を行った後、図18(c)に示すようにエッチング処理を行う。この場合、粗いホーニング処理によって表面を傷付けられた(ひび割れたり破砕されたりした)共晶シリコン粒2がそのまま浮き出すことになるので、このような共晶シリコン粒2は図18(c)に模式的に示しているようにいずれ摺動面から脱落してしまう。したがって、やはり共晶シリコン粒2は潤滑油の保持にはあまり寄与しない。
これに対し、本実施形態のように、鏡面ホーニング処理を行った後にエッチング処理を行う場合、化学的な研削処理であるエッチング処理では、機械的な研削である浮き出しホーニング処理のように、マトリックス3に併せて共晶シリコン粒2が除去されてしまうことはない。また、エッチング処理の前には鏡面ホーニング処理によって表面が(共晶シリコン粒2の表面も含めて)一旦平滑化されるので、粗ホーニング処理の直後にエッチング処理を行う場合に比べ、その後の共晶シリコン粒2の脱落が少ない。したがって、共晶シリコン粒2が潤滑油の保持に十分に寄与する。
なお、上述したいずれの方法についても、得られた摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)は上側から下側に向かって二段階で変化する。しかしながら、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)は、さらに多段階で変化してもよいし、連続的に(例えば線形的に)変化してもよい。
次に、本実施形態におけるシリンダブロック100を実際に試作し、耐焼き付き性の評価試験と摩擦係数の測定を行った結果を説明する。
表1に示す組成のアルミニウム合金を用い、国際公開第2004/002658号パンフレットに開示されているような高圧ダイカスト法によりシリンダブロック100となる成形体を作製した。
作製した成形体を用いて、図9、図13および図15を参照しながら説明した製造方法によりシリンダブロック100を製造した(実施例1〜3)。
ホーニング処理(粗ホーニング処理および鏡面ホーニング処理)は、冷却のためのオイルを研磨される表面に供給しながら(すなわち湿式ホーニングである。)、特開2004−268179号公報に開示されているようなホーニング装置を用いて行った。粗ホーニング処理には、粒度が♯600の砥石を用い、鏡面ホーニング処理には、粒度が♯2000の砥石を用いた。なお、砥石は、粒度(番手)の数値が大きいほど、その砥粒が細かくなるので、研磨後の表面の平滑性をより高くすることができる。ただし、砥粒が細かくなると、切削速度が低下するので、加工時間は長くなり、生産性は低下する。つまり、本実施形態の製造方法では、生産性の点からは不利な鏡面ホーニング処理をあえて行っている。
エッチング処理は、局所エッチング工程および全体エッチング工程のいずれにおいても、5質量%水酸化ナトリウム溶液を用いて液温70℃の条件で行った。エッチング量(エッチング深さ)は、浸漬時間を変化させることによって調整した。
上述したようにして製造したシリンダブロック100と別途に鍛造により製造したアルミニウム合金製ピストンとを用いて内燃機関を組み立てた。この内燃機関が冷たく潤滑油がシリンダにゆきわたっていない状態からいきなり8000rpmの回転速度で5分間運転を行ったときの摺動面101の上側1/4の部分101aにおける引っかき傷(つまりスカッフの発生)を目視により観察し、シリンダブロックとしての採用の可否を判定した。その結果(つまり耐焼き付き性の評価結果)を表2に示す。
また、表2には、摺動面101の下側1/4の部分101bにおける摩擦係数を測定した結果を併せて示す。摩擦係数の測定は、図19に示すようなスクラッチ試験機30を用いて行った。スクラッチ試験機30は、スタイラス31、アコースティックエミッション(AE)センサ32、押し込み深さセンサ(不図示)などを備えている。スタイラス31に所定の垂直荷重FNが加えられた状態でサンプル35を水平移動させることにより、スタイラス31がサンプル35表面をひっかいていく。これにより、摩擦力FTが検出され、摩擦係数を測定することができる。ここでは、スタイラス31としてSUJ2ボールを用い、サンプル35としてシリンダブロック100から切り出した小片を用いた。また、測定は、サンプル35表面に油を滴下しながら行った。
さらに、表3に、東京精密株式会社製サーフコム1400Dを用いて測定した摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)を、摺動面101の上側1/4の部分101aと下側1/4の部分101bについて示す。既に述べたように、十点平均粗さRzJISは油溜り4の深さを評価するのに用い得るパラメータであり、負荷長さ率Rmr(30)は、摺動面101に浮き出している(つまり脱落せずに残存している)共晶シリコン粒2の個数を評価するのに用い得るパラメータである。
また、表2および表3には、比較例として製造したシリンダブロックについて同様の評価および測定を行った結果も併せて示している。比較例1では、粗ホーニング処理、鏡面ホーニング処理の後にエッチング処理も浮き出しホーニング処理も行わなかった。また、比較例2〜5では、粗ホーニング処理、鏡面ホーニング処理の後に浮き出しホーニング処理を行った。比較例6〜11では、粗ホーニング処理、鏡面ホーニング処理の後に摺動面全体をエッチング処理した。
表2および表3からわかるように、実施例1〜3のいずれについても、摺動面101の十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)が、摺動面101の上側1/4の部分101aにおいて、下側1/4の部分101bにおいてよりも大きく、そのことによって、優れた耐焼き付き性と摩擦ロスの低減(ここでは摩擦係数が0.15以下)が実現されている。
また、実施例1〜3のいずれについても、摺動面101の上側1/4の部分101aにおいて、十点平均粗さRzJISは0.54μm以上であり、且つ、負荷長さ率Rmr(30)は20%以上である。このことから、優れた耐焼き付き性を実現するためには、摺動面101の上側1/4の部分101aにおいて、十点平均粗さRzJISが0.54μm以上であり、且つ、負荷長さ率Rmr(30)が20%以上であることが好ましいことがわかる。
さらに、実施例1〜3のいずれについても、摺動面101の下側1/4の部分101bにおいて、十点平均粗さRzJISが0.54μm未満であり、且つ、負荷長さ率Rmr(30)が15%以下であるこのことから、摩擦ロスの十分な低減(ここでは0.15以下の摩擦係数)を実現するためには、摺動面101の下側1/4の部分101bにおいて、十点平均粗さRzJISが0.54μm未満であり、且つ、負荷長さ率Rmr(30)が15%以下であることが好ましいことがわかる。
比較例1〜11については、いずれも、摺動面の十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は、摺動面の全体でほぼ同じであり、摺動面の上側1/4の部分と下側1/4の部分とでほぼ同じであった。そのため、耐焼き付き性に劣ったり、摩擦ロスが大きかったり(ここでは摩擦係数が0.2以上)した。
具体的には、鏡面ホーニング処理の後にエッチング処理も浮き出しホーニング処理も行わなかった比較例1や、鏡面ホーニング処理の後に浮き出しホーニング処理を行った比較例2〜5では、摩擦係数は小さかったものの、スカッフが発生した。
また、鏡面ホーニング処理の後に摺動面全体のエッチング処理を行った比較例7〜11では、スカッフは発生しなかったものの、摩擦係数が大きかった。さらに、鏡面ホーニング処理の後に摺動面全体のエッチング処理を行ったものの、比較例7〜11と比べてエッチング時間が短かった比較例6では、スカッフが発生し、摩擦係数も大きかった。
図20は、摺動面の上側1/4の部分における十点平均粗さRzJISを横軸に、負荷長さ率Rmr(30)を縦軸にとって、実施例1〜3と比較例1〜11とをプロットしたグラフである。
図20からもわかるように、スカッフが発生しなかった実施例1〜3および比較例7〜11では、いずれも十点平均粗さRzJISが0.54μm以上で、かつ、負荷長さ率Rmr(30)が20%以上である。これに対し、スカッフが発生した比較例1〜6では、十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)の少なくとも一方が、上述の数値範囲にはない。したがって、十点平均粗さRzJISを0.54μm以上とし、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)を20%以上とすることにより、摺動面101の上側1/4の部分101aにおける潤滑油の保持能力が向上し、スカッフの発生を防止し得ることがわかる。なお、十点平均粗さRzJISが著しく大きい(具体的には4.0μmを超える)と、細かい共晶シリコン粒2の脱落が顕著になって潤滑油を保持するための細かい隙間(ピッチの細かい油溜り4)が減少することがある。そのため、十点平均粗さRzJISは4.0μm以下であることが好ましく、2.0μm以下であることがより好ましい。
ここまで述べたように、摺動面101において初晶シリコン粒1だけでなく共晶シリコン粒2を多数浮き出させることにより、潤滑油の保持能力を高くすることができる。図21に模式的に示すように、共晶シリコン粒2が多数浮き出していることにより、十分な深さを有する油溜り4が細かなピッチで形成されるので、潤滑油の保持能力が高くなり、耐焼き付き性が向上する。また、共晶シリコン粒2が多数浮き出していることにより、初晶シリコン粒1のみが浮き出している場合に比べ、ピストンリング122aに実際に接触する部分の面積が大きくなるので、摺動時に単位面積当たりに加わる荷重が小さくなり、耐摩耗性が向上する。
これに対し、図22に模式的に示すように、実質的に初晶シリコン粒1のみが浮き出していると、油溜り4は粗いピッチで形成されるので、潤滑油の保持能力が低くなってしまい、耐焼き付き性も低くなってしまう。また、共晶シリコン粒2がほとんど浮き出していないので、ピストンリング122aに実際に接触する部分の面積が小さく、耐摩耗性も低い。
既に述べたように、従来の浮き出しホーニング処理では、十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)を十分に大きくすることが困難である。この理由を、図23を参照しながら説明する。
機械的な研削処理である浮き出しホーニング処理では、シリコン結晶粒1、2が疎な領域と密な領域とで、研削量が異なってしまう。具体的には、図23の右側に示すように、シリコン結晶粒1、2が疎な領域では、深く研削が行われるので、浮き出し高さhが大きいが、図23の左側に示すように、シリコン結晶粒1、2が密な領域では、浅くしか研削が行われないので、浮き出し高さhが小さい。したがって、摺動面101全体で十点平均粗さRzJISを大きくすることが難しい。また、共晶シリコン粒2がマトリックス3に併せて削られてしまうので、負荷長さ率Rmr(30)を大きくすることも難しい。さらに、浮き出しホーニング処理は機械的な研削処理であるので、個々のシリコン結晶粒1、2の周囲に存在するアルミニウム合金(マトリックス3)を、シリコン結晶粒1、2の頂部に対して深くえぐることが難しい。そのため、シリコン結晶粒1、2の周囲には、それらの頂部とあまり変わらない高さまでアルミニウム合金が存在するので、潤滑油の保持能力もエッチング処理する場合に比べて小さくなる。
これに対し、化学的な研削処理であるエッチング処理では、図24に示すように、シリコン結晶粒1、2の粗密に関わらず、一定の深さまで研削を行うことができ、一定の浮き出し高さhが得られる。そのため、エッチング液の濃度や温度、エッチング時間を調節することにより、十点平均粗さRzJISを容易に大きくすることができる。また、共晶シリコン粒2がマトリックス3に併せて削られることもないので、負荷長さ率Rmr(30)を容易に大きくすることができる。
図25は、摺動面の下側1/4の部分における十点平均粗さRzJISを横軸に、負荷長さ率Rmr(30)を縦軸にとって、実施例1〜3と比較例1〜11とをプロットしたグラフである。
図25からもわかるように、摩擦係数が小さかった(0.15以下)実施例1〜3および比較例1〜4では、いずれも十点平均粗さRzJISが0.54μm未満で、かつ、負荷長さ率Rmr(30)が15%以下である。これに対し、摩擦係数が大きかった(0.2以上)比較例6〜11では、十点平均粗さRzJISおよび負荷長さ率Rmr(30)の少なくとも一方が、上述の数値範囲にはない。したがって、十点平均粗さRzJISを0.54μm未満とし、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)を15%以下とすることにより、摺動面101の下側1/4の部分101bにおける摩擦係数を十分に小さくし、摩擦ロスをいっそう低減し得ることがわかる。なお、比較例5については、十点平均粗さRzJISが0.54μm以上であるにもかかわらず摩擦係数が小さいが、これは、負荷長さ率Rmr(30)が3%と極めて小さかったためである。
また、表2から、摺動面101の下側1/4の部分101bにおける摩擦係数が実施例3、実施例2および実施例1の順で小さく、この順で摩擦ロスが小さいことがわかる。したがって、摩擦ロスを小さくする観点からは、図15を参照しながら説明した製造方法、つまり、全体エッチング工程を行った後に部分コーティング工程を行う製造方法を用いることが好ましい。
また、図13を参照しながら説明した製造方法、つまり、局所エッチング工程を行った後にはさらなるエッチング工程を行わない製造方法を用いると、工程数が少なくなるので、製造コストの低減および製造工程の簡略化を図ることができる。
また、図9を参照しながら説明した製造方法、つまり、局所エッチング工程を行った後に全体エッチング工程を行う製造方法を用いると、摺動面101全体についてエッチング処理が施される(ただしエッチング量は一定ではない)ので、摺動面101全体の潤滑油保持能力が向上し、摺動面101全体の耐摩耗性および耐焼き付き性を向上させる効果が高い。
続いて、摺動面101におけるシリコン結晶粒1、2の好ましい平均結晶粒径や好ましい粒度分布を説明する。本願発明者は、摺動面101におけるシリコン結晶粒1、2の態様と、シリンダブロック100の耐摩耗性および強度との関係を詳細に検討した結果、シリコン結晶粒1、2の平均結晶粒径を特定の範囲内に設定したり、シリコン結晶粒1、2に特定の粒度分布を持たせたりすることによって、耐摩耗性や強度を大幅に向上できることを見出した。
まず、初晶シリコン粒1の平均結晶粒径を12μm以上50μm以下の範囲内にすることによって、シリンダブロック100の耐摩耗性を向上させることができる。
初晶シリコン粒1の平均結晶粒径が50μmを超える場合、摺動面101の単位面積当りの初晶シリコン粒1の個数が少ない。そのため、内燃機関の運転時に初晶シリコン粒1のそれぞれに大きな荷重がかかり、初晶シリコン粒1が破壊されることがある。破壊された初晶シリコン粒1の破片は、研摩粒子として作用してしまうため、摺動面101が大きく摩耗するおそれがある。
また、初晶シリコン粒1の平均結晶粒径が12μm未満である場合、初晶シリコン粒1の、マトリックス3中に埋まっている部分が小さい。そのため、内燃機関の運転時には、初晶シリコン粒1の脱落が起こりやすい。脱落した初晶シリコン粒1は、研摩粒子として作用してしまうため、摺動面101が大きく摩耗するおそれがある。
これに対し、初晶シリコン粒1の平均結晶粒径が12μm以上50μm以下である場合、初晶シリコン粒1は摺動面101の単位面積あたりに十分な数存在する。そのため、内燃機関の運転時に各初晶シリコン粒1にかかる荷重は相対的に小さくなるため、初晶シリコン粒1の破壊が抑制される。また、初晶シリコン粒1のマトリックス3に埋まっている部分が十分に大きいので、初晶シリコン粒1の脱落が低減され、そのため、脱落した初晶シリコン粒1による摺動面101の摩耗も抑制される。
また、共晶シリコン粒2は、マトリックス3を補強する役割を果たす。そのため、共晶シリコン粒2を微細化することによって、シリンダブロック100の耐摩耗性や強度を向上することができる。具体的には、共晶シリコン粒2の平均結晶粒径を7.5μm以下とすることによって、耐摩耗性や強度を向上する効果が得られる。
さらに、シリコン結晶粒1、2に、結晶粒径が1μm以上7.5μm以下の範囲内と結晶粒径が12μm以上50μm以下の範囲内とにそれぞれピークを有する粒度分布を持たせることによって、シリンダブロック100の耐摩耗性および強度を大きく向上することができる。図26に、好ましい粒度分布の一例を示す。結晶粒径が1μm以上7.5μm以下の範囲内にあるシリコン結晶粒は、共晶シリコン粒2であり、結晶粒径が12μm以上50μm以下の範囲内にあるシリコン結晶粒は、初晶シリコン粒1である。また、より多くの共晶シリコン粒2を油溜り4の形成に寄与させる観点から、図26にも示しているように、結晶粒径1μm以上7.5μm以下の範囲内にある第1ピーク(共晶シリコン粒2に由来するピーク)における度数が、結晶粒径12μm以上50μm以下の範囲内にある第2ピーク(初晶シリコン粒1に由来するピーク)における度数の5倍以上であることが好ましい。
初晶シリコン粒1および共晶シリコン粒2の平均結晶粒径を制御するには、成形体を鋳造する工程(図10に示す工程S1c)において、摺動面101となる部分の冷却速度を調整すればよい。具体的には、摺動面101となる部分が4℃/秒以上50℃/秒以下の冷却速度で冷却されるように鋳造を行うことによって、初晶シリコン粒1の平均結晶粒径が12μm以上50μm以下、共晶シリコン粒2の平均結晶粒径が7.5μm以下となるように、シリコン結晶粒1、2を析出させることができる。
上述したように、本実施形態におけるシリンダブロック100は、耐摩耗性および耐焼き付き性に優れ、さらに、摩擦ロスが小さいので、各種の輸送機器の内燃機関に好適に用いられる。特に、二輪自動車用の内燃機関などの高回転速度で運転される(具体的には最大回転速度が8000rpm以上の)内燃機関に好適に用いられ、内燃機関の耐久性を大きく向上させることができる。
図27に、本発明によるシリンダブロック100を備えた内燃機関150の一例を示す。内燃機関150は、クランクケース110、シリンダブロック100およびシリンダヘッド130を有している。
クランクケース110内にはクランクシャフト111が収容されている。クランクシャフト111は、クランクピン112およびクランクウェブ113を有している。
クランクケース110の上に、シリンダブロック100が設けられている。シリンダブロック100のシリンダボア102内には、ピストン122が挿入されている。ピストン122は、シリンダブロック100の摺動面101に接触した状態でシリンダボア102内を摺動する。ピストン122は、アルミニウム合金(典型的にはシリコンを含むアルミニウム合金)から形成されている。ピストン122は、例えば米国特許第6205836号明細書に開示されているように鍛造により形成し得る。
シリンダボア102内には、シリンダスリーブははめ込まれておらず、シリンダブロック100のシリンダ壁103の内側表面にはめっきは施されていない。つまり、初晶シリコン粒1および共晶シリコン粒2がシリンダボア壁103の内側表面すなわち摺動面101に露出している。
シリンダブロック100の上に、シリンダヘッド130が設けられている。シリンダヘッド130は、シリンダブロック100のピストン122とともに燃焼室131を形成する。シリンダヘッド130は、吸気ポート132および排気ポート133を有している。吸気ポート132内には燃焼室131内に混合気を供給するための吸気弁134が設けられており、排気ポート133内には燃焼室131内の排気を行うための排気弁135が設けられている。
ピストン122とクランクシャフト111とは、コンロッド140によって連結されている。具体的には、コンロッド140の小端部142の貫通孔にピストン122のピストンピン123が挿入されているとともに、大端部144の貫通孔にクランクシャフト111のクランクピン112が挿入されており、そのことによってピストン122とクランクシャフト111とが連結されている。大端部144の貫通孔の内周面とクランクピン112との間には、ローラベアリング(転がり軸受け)114が設けられている。
図27に示す内燃機関150は、潤滑油を強制的に供給するオイルポンプを備えていないが、本実施形態におけるシリンダブロック100を備えているので、耐久性に優れている。また、本実施形態におけるシリンダブロック100は、摺動面101の耐摩耗性が高いため、シリンダスリーブを必要としない。そのため、内燃機関150の製造工程の簡略化や、内燃機関150の軽量化、冷却性能の向上が可能となる。さらに、シリンダ壁103の内側表面にめっきを施す必要もないので、製造コストの低減を図ることもできる。また、内燃機関150が本実施形態におけるシリンダブロック100を備えていることにより、摩擦ロスが小さくなるので、燃費が向上する。
図28に、図27に示した内燃機関150を備えた自動二輪車を示す。自動二輪車では、内燃機関150は高回転速度で運転される。
図28に示す自動二輪車では、本体フレーム301の前端にヘッドパイプ302が設けられている。ヘッドパイプ302には、フロントフォーク303が車両の左右方向に揺動し得るように取り付けられている。フロントフォーク303の下端には、前輪304が回転可能なように支持されている。
本体フレーム301の後端上部から後方に延びるようにシートレール306が取り付けられている。本体フレーム301上に燃料タンク307が設けられており、シートレール306上にメインシート308aおよびタンデムシート308bが設けられている。
また、本体フレーム301の後端に、後方へ延びるリアアーム309が取り付けられている。リアアーム309の後端に後輪310が回転可能なように支持されている。
本体フレーム301の中央部には、図27に示した内燃機関150が保持されている。内燃機関150には、本実施形態におけるシリンダブロック100が用いられている。内燃機関150の前方には、ラジエータ311が設けられている。内燃機関150の排気ポートには排気管312が接続されており、排気管312の後端にマフラー313が取り付けられている。
内燃機関150には変速機315が連結されている。変速機315の出力軸316に駆動スプロケット317が取り付けられている。駆動スプロケット317は、チェーン318を介して後輪310の後輪スプロケット319に連結されている。変速機315およびチェーン318は、内燃機関150により発生した動力を駆動輪に伝える伝達機構として機能する。
本発明によると、耐摩耗性および耐焼き付き性に優れ、且つ、摩擦ロスの小さいシリンダブロックおよびその製造方法が提供される。
本発明によるシリンダブロックは、各種の輸送機器用の内燃機関に好適に用いることができ、高回転速度で運転される内燃機関や潤滑油をポンプで強制的にシリンダに供給しない内燃機関に特に好適に用いられる。
1 初晶シリコン粒
2 共晶シリコン粒
3 マトリックス
4 油溜り
100 シリンダブロック
101 摺動面
101a 摺動面の上側1/4の部分
101b 摺動面の下側1/4の部分
102 シリンダボア
103 シリンダ壁
104 外壁
105 ウォータジャケット
150 内燃機関
2 共晶シリコン粒
3 マトリックス
4 油溜り
100 シリンダブロック
101 摺動面
101a 摺動面の上側1/4の部分
101b 摺動面の下側1/4の部分
102 シリンダボア
103 シリンダ壁
104 外壁
105 ウォータジャケット
150 内燃機関
Claims (16)
- ピストンが摺動する摺動面を有するシリンダ壁を備え、
シリコンを含むアルミニウム合金から形成されたシリンダブロックであって、
前記摺動面に複数のシリコン結晶粒を有し、
前記摺動面の十点平均粗さRzJISおよび切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は、前記摺動面の上側1/4の部分において、前記摺動面の下側1/4の部分においてよりも大きいシリンダブロック。 - 前記摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは0.54μm以上であり、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は20%以上である、請求項1に記載のシリンダブロック。
- 前記摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは2.0μm以下である、請求項2に記載のシリンダブロック。
- 前記摺動面の上側1/4の部分において、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は55%以下である、請求項2または3に記載のシリンダブロック。
- 前記摺動面の下側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは0.54μm未満であり、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は15%以下である、請求項1から4のいずれかに記載のシリンダブロック。
- 前記摺動面はエッチング処理を施されている請求項1から5のいずれかに記載のシリンダブロック。
- ピストンが摺動する摺動面を有するシリンダ壁を備え、
シリコンを含むアルミニウム合金から形成されたシリンダブロックであって、
前記摺動面に複数のシリコン結晶粒を有し、
前記摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは0.54μm以上であり、且つ、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は20%以上であり、
前記摺動面の少なくとも下側1/4の部分にコーティングが施されているシリンダブロック。 - 前記摺動面の上側1/4の部分において、十点平均粗さRzJISは2.0μm以下である、請求項7に記載のシリンダブロック。
- 前記摺動面の上側1/4の部分において、切断レベル30%における負荷長さ率Rmr(30)は55%以下である、請求項7または8に記載のシリンダブロック。
- 請求項1から9のいずれかに記載のシリンダブロックと、
前記シリンダブロックの前記摺動面に接触した状態で摺動するピストンと、を備えた内燃機関。 - 前記ピストンは、アルミニウム合金から形成されている請求項10に記載の内燃機関。
- 請求項10または11に記載の内燃機関を備えた輸送機器。
- ピストンが摺動する摺動面を有するシリンダ壁を備えたシリンダブロックの製造方法であって、
シリコンを含むアルミニウム合金から形成された成形体を用意する工程と、
前記成形体の表面のうちの前記摺動面となる領域を♯1500以上の粒度を有する砥石を用いて研磨する工程と、
研磨された前記領域の一部のみをエッチングする第1エッチング工程と、を包含するシリンダブロックの製造方法。 - 前記第1エッチング工程の後に、前記領域の全体をエッチングする第2エッチング工程をさらに包含する請求項13に記載のシリンダブロックの製造方法。
- 前記第1エッチング工程の後には、前記領域をエッチングするさらなるエッチング工程を実行しない請求項13に記載のシリンダブロックの製造方法。
- ピストンが摺動する摺動面を有するシリンダ壁を備えたシリンダブロックの製造方法であって、
シリコンを含むアルミニウム合金から形成された成形体を用意する工程と、
前記成形体の表面のうちの前記摺動面となる領域を♯1500以上の粒度を有する砥石を用いて研磨する工程と、
研磨された前記領域をエッチングするエッチング工程と、
エッチングされた前記領域の一部のみにコーティングを施す工程と、を包含するシリンダブロックの製造方法。
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