以下、本発明を図面を参照しつつ説明する。同一の符号は類似の構成要素を示す。以下の詳細な説明は単に例示のためだけであって、本発明や本発明の適用および使用を限定することを目的としない。さらに、先行する技術分野、背景、概要、または以下の詳細な説明に明示的または暗示的に提示される原理に拘束されることを意図していない。
図6は、本発明の一実施形態により構成されるMRAMセル200の側面断面図である。実際には、MRAMアーキテクチャまたは装置は、通常、列と行の行列で結合される複数のMRAMセル200を含む(図1を参照)。一般的に、MRAMセル200は、書込電流224を伝搬する第1の導体202、磁気偏極子204、スペーサ素子206、自由磁気素子208、絶縁体210、固定磁気素子212、電極214、および桁電流226を伝搬する第2の導体216を含む。本実施形態では、固定磁気素子212は、固定磁性層218、スペーサ層220、および固定磁性層222を含む。実際的な配置では、第1の導体202は、任意数の類似のMRAMセル(たとえば、セル列)に接続され、接続された各セルに共通書込電流224が供給される。同様に、第2の導体216も任意数の類似のMRAMセル(たとえば、セル列)に接続され、接続された各セルに共通桁電流226が供給される。図6では、桁電流226の方向は紙面の外に向いている。
第1の導体202は、導電性のある好適な材料で形成される。たとえば、第1の導体202は、元素Al、Cu、Au、Ag、及びそれらの組み合わせのうちの少なくとも1つから形成することができる。本実施形態では、第1の導体202は、空隙228またはその他の好適な絶縁体によって分離される第1の部分202aと第2の部分202bとを含む。空隙228によって、図6に概略的に示されるように、書込電流224は磁気偏極子204およびスペーサ素子206を介して迂回される。これに関し、第1の部分202aは磁気偏極子204の上方に配置され、第2の部分202bはスペーサ素子206の上方に配置される。
図示される実施形態では、磁気偏極子204は、スペーサ素子206と第1の導体202の間に配置される。磁気偏極子204は、変動磁化を有する磁性材料から形成される。たとえば、磁気偏極子204は、元素Ni、Fe、Mn、Co、及びそれらの合金のうちの少なくとも1つのほか、NiMnSb、PtMnSb、Fe3O4、またはCrO2などのいわゆる半金属強磁性体から形成することができる。磁気偏極子204は、磁化の固有(natural)の方位すなわち「初期状態」の方位を規定する磁化容易軸を有する。MRAMセル200が、書込電流224または桁電流226が印加されていない定常状態にあるとき、磁気偏極子204の磁化は自然に磁化容易軸を指し示す。以下詳述するように、MRAMセル200は、磁気偏極子204の特定の磁化容易軸方向を確定するように好適に構成される。図6の透視図からすると、磁気偏極子204の磁化容易軸は紙面の内から外を指している(図6では、磁気偏極子204内の符号がこれらの磁化容易軸を示す)。従来のMRAMセルと対照的に、磁気偏極子204は固定磁化を持たない。むしろ、磁気偏極子204の磁化は、以下詳述するように、MRAMセル200へのデータ書込の向上を促進するように可変である。
図示される実施形態では、スペーサ素子206は、磁気偏極子204と自由磁気素子208の間に配置される。スペーサ素子206は、第1の導体202の第1の部分202aと第2の部分202bとの間に伝導路を形成するべく空隙228に架設される。スペーサ素子206は、導電性の非磁性材料材料から形成される。たとえば、スペーサ素子206は、通常、巨大な磁気抵抗スペーサ内に見られる銅やその他の金属材料などの非磁性材料から形成することができる。図6に示されるように、書込電流224は絶縁体210を通るずっと高い抵抗路を通らずに、スペーサ素子206を流れて第1の導体202に戻る。
図示される実施形態では、自由磁気素子208は、スペーサ素子206と絶縁体210の間に配置される。自由磁気素子208は、変動磁化を有する磁性材料から形成される。たとえば、自由磁気素子208は、元素Ni、Fe、Mn、Co、及びそれらの合金のうちの少なくとも1つのほか、NiMnSb、PtMnSb、Fe3O4、またはCrO2などのいわゆる半金属強磁性体から形成することができる。従来のMRAM装置と同様、自由磁気素子208の変動磁化方向は、MRAMセル200が「1」ビットまたは「0」ビットのいずれを表すかを決定する。実際には、自由磁気素子208の磁化方向は、固定磁気素子212の磁化方向に平行か、あるいは反平行である(上記の図2及び図3の説明を参照)。
自由磁気素子208は、磁化の固有の方位すなわち「初期状態」の方位を規定する磁化容易軸を有する。MRAMセル200が、書込電流224または桁電流226が印加されていない定常状態にあるとき、自由磁気素子208の磁化は自然に磁化容易軸を指し示す。以下詳述するように、MRAMセル200は、自由磁気素子208の特定の磁化容易軸方向を確定するように好適に構成される。図6の透視図からすると、自由磁気素子208の磁化容易軸は右または左を指している(たとえば、矢印230の方向)。好適な実施形態では、自由磁気素子208の磁化容易軸は、磁気偏極子204の磁化容易軸に直交する。実際には、MRAMセル200は、磁気偏極子204および自由磁気素子208における形状異方性または結晶異方性などの異方性を利用して、上記各磁化容易軸の直交方位を達成する。
本実施形態では、絶縁体210は、自由磁気素子208と固定磁気素子212の間に配置される。より具体的には、絶縁体210は、自由磁気素子208と固定磁性層218の間に配置される。絶縁体210は、電気絶縁体として機能することのできる好適な材料から形成される。たとえば、絶縁体210は、Al、Mg、Si、Hf、Sr、及びTiの少なくとも1つの酸化物かまたは窒化物などの材料から形成することができる。MRAMセル200のために、絶縁体210は磁気トンネル障壁素子としての役割を果たし、自由磁気素子208、絶縁体210、および固定磁気素子212の組み合わせが磁気トンネル接合を形成する。
図示される実施形態では、固定磁気素子212は、絶縁体210と電極214の間に配置される。固定磁気素子212は、自由磁気素子208の磁化に平行あるいは反平行の固定磁化を有する。実施形態では、固定磁気素子212は、固定磁性層218、スペーサ層220、および固定磁性層222を有するピン合成反強磁性体として実現される。図6に示されるように、固定磁性層218と固定磁性層222とは反平行磁化を有する。固定磁化層218および固定磁性層222は、元素Ni、Fe、Mn、Co、及びそれらの合金のうちの少なくとも1つのほか、NiMnSb、PtMnSb、Fe3O4、またはCrO2などのいわゆる半金属強磁性体のような好適な磁性材料から形成することができる。スペーサ層220は、元素Ru、Os、Re、Cr、Rh、Cu、及びそれらの組み合わせのうちの少なくとも1つを含む好適な非磁性材料材料から形成することができる。合成反強磁性体構造は当業者にとって既知であるため、ここでは詳述しない。
電極214は、MRAMセル200のデータ読込導体としての役割を果たす。これに関し、MRAMセル200内のデータは、従来の手法に従い読み出すことができる。小さな電流はMRAMセル200と電極214を流れ、MRAMセル200の抵抗が比較的高いか、あるいは比較的低いかを判断するためにその電流が測定される。読出電流は、セルの読み出しにより生じる擾乱を避けるためにスピントランスファによって自由層を切り替えるのに必要な電流よりもずっと小さい。原則的には、読出信号は、スペーサ層206を横切る巨大な磁気抵抗と絶縁体210を横切るトンネル磁気抵抗に関係する。しかし、金属のスペーサ層206上の抵抗率と比べて絶縁体210上の抵抗率の方がずっと高いため、トンネル磁気抵抗の影響が読出信号を左右する。電極214は、導電性の好適な材料から形成される。たとえば、電極214は、元素Al、Cu、Au、Ag、Ta、及びそれらの組み合わせのうちの少なくとも1つから形成することができる。
第2の導体216は、導電性の好適な材料から形成される。たとえば、第2の導体216は、元素Al、Cu、Au、Ag、及びそれらの組み合わせのうち少なくとも1つから形成することができる。図6に示されるように、MRAMセル200は桁電流226内の電子流との直接相互作用ではなく、桁電流226によって生成される磁場を利用するため、第2の導体216は電極214(または図6に示されるMRAM200のその他の構成要素)と物理的に接触する必要がない。
実際には、MRAMセル200は、代替のおよび/または追加の構成要素を採用してもよい。図6に示される構成要素の1つまたは複数は、複合構造または子要素の組み合わせとして実現することができる。図6に示される具体的な層構造は、単に本発明の好適な一実施形態を示す。
スピントランスファ効果は、当業者にとっては既知である。簡潔に言うと、第1の磁性層が第2の磁性層よりも実質上厚い磁性/非磁性/磁性の3層構造内の第1の磁性層を電子が通過すると、電流がスピン偏極される。スピン偏極された電子は非磁性スペーサを横断し、次に、角運動量を保持したまま、第2の磁性層にトルクを配置して第2の層の磁化方位を第1の層の磁化方位に平行になるように切り替える。逆極性の電流が印加されると、その代わりに電子は第2の磁性層を介して第1の磁性層を通過する。非磁性スペーサの横断後、トルクは第1の磁性層に印加される。しかし、厚みが大きいため、第1の磁性層は切り替わらない。同時に、電子の一部は第1の磁性層で反射されて、第2の磁性層と相互作用する前に非磁性スペーサを通って戻る。この場合、スピントランスファトルクは、第2の層の磁化方位を第1の層の磁化方位に反平行になるように切り替える作用を果たす。上述したスピントランスファは、構造上の全層での電流伝達を含む。もう1つの可能性がスピントランスファ反射モード切替である。反射モードでは、電子が第1の磁性層を通過するとき、電流が再びスピン偏極される。次に、電子は非磁性スペーサ層を横断するが、第2の磁性層をも横断する代わりに、電子は非磁性スペーサと第2の磁性層との間のインタフェースからつながる追加の導体を介して低抵抗路をたどる。処理中、電子の一部はこのインタフェースに反射することにより、第2の磁性層にスピントランスファトルクを与えて、第1の磁性層と平行に並べる。
データは、スピントランスファ反射モード切替を用いてMRAMセル200に選択的に書き込むことができる。選択性は、(図6では、第1の導体202により伝搬され、書込電流224として特定される)スピントランスファ切替電流の、磁気偏極子204の磁化と自由磁気素子208の磁化間の相対角度への依存により達成される。発明者の研究が示すように、スピントランスファ切替電流の大きさは、磁気偏極子204の磁化と自由磁気素子208の磁化が平行あるいは反平行であるときに最小で、両磁化が互いに直交するときに最大である。この特徴は、マンコフら(Mancoff et al.)の「磁性ナノ構造におけるスピントランスファ切替の角度依存」、応用物理書簡、第25巻、第8号、1596〜98(2003年8月25日)に記載されている。この出版物の内容は本明細書において引用され組み込まれる。上述したように、MRAMセル200は、磁気偏極子204および自由磁気素子208の磁化方位が初期状態すなわち自然の状態で直交するように、両素子における異方性を採用する。
図7は偏極子の磁化と自由磁気素子の磁化間の相対磁化角度に対する書込切替電流のグラフである。同図に示されるように、切替電流は、0度及び180度の角度で、すなわち、磁化方位が平行または反平行なとき、最小で約5mAに達する。対照的に、90度及び270度に向かって分岐する直交方位に関しては切替電流は2倍以上増加する。本明細書に記載されるMRAMセルと装置はこの角度依存を利用して向上した切替性能を提供する。
桁電流226を第2の導体216に印加すると、自由磁気素子208の磁化方位に平行または反平行になるように磁気偏極子204の磁化方位を回転させる磁場が生成される。これに関し、第2の導体216は、磁気偏極子204内の変動磁化の方位を変更するための桁電流226を供給する導電性のディジット線としての役割を果たす。桁電流226は、磁気偏極子204の磁化方位を、磁気偏極子204の磁化容易軸に対してずれさせる(たとえば、直交させる)。よって、これらの素子の磁化が直交するときに比べて平行または反平行にあるときの方が必須のスピントランスファ電流は低くなるため、自由磁気素子208の磁化方位は、書込電流224の第1の導体202への印加に応じて切り替えることができる。書込電流224内の電子(矢印は電子流を表す)は、磁気偏極子204を通過するときスピン偏極される。高抵抗絶縁体210のためMRAMセル200を流れることができない、偏極されたスピントランスファ書込電流224はスペーサ素子206を流れて第1の導体202に戻る。スペーサ素子206内にある間、書込電流224の電子の大部分は(図6に示されるように)自由磁気素子208で反射され、自由磁気素子208の磁化方位と磁気偏極子204の磁化方位を一列に並べるようにスピントランスファトルクを与える。
自由磁気素子と磁気偏極子が直交したままで高スピントランスファ切替電流を必要とするため、第1の導体202を共有する別のMRAMセルは、書込電流224に応じて切り替わらない。第2の導体216を共有する別のMRAMセルは、共通桁電流226からの磁場によって、磁気偏極子の磁化が変化する。しかし、これらの他のMRAMセルの自由磁気素子は、書込電流がセルに印加されないために切り替わらない。したがって、指定の書込線(たとえば、第1の導体202)と指定のディジット線(たとえば、第2の導体216)の交差点で指定されたビットのみが選択的に切り替えられる。
実用的なMRAMアーキテクチャは、本明細書に記載されるような個々の書込選択性を有するMRAMセル200のアレイまたは行列を含むことができる。図8は、任意数のMRAMセル200を採用可能なMRAMアレイ300の例の概略図である。図8の楕円が示すように、MRAMアレイ300は任意数の行と任意数の列を含むことができる。この例では、所与の列のセルが共通ディジット線(参照符号302、304、306、および308により特定される)を共有し、所与の行のセルが共通書込線(参照符号310、312、314、および316により特定される)を共有する。MRAMアレイ300は、ディジット線電流の選択および/または印加を制御する論理回路318と、書込線電流の選択および/または印加を制御する論理回路320も含むことができる。これらの制御素子は好適には、該当する行および列にそれぞれ選択的にディジット線電流および書込線電流を印加して、指定されたMRAMセル200へのデータ書込を促進するように構成される。
図9は、本発明によるMRAM書込手法の概略図である。図9は、データのセルへの書込中の様々な時点における、MRAMセル200などのMRAMセルの上面図である。図9は、スピントランスファ書込線400(破線で示す)、ディジット線402(実線で示す)、磁気偏極子404(大楕円)、および自由磁気素子406(小楕円)を概略的に示す。図9は第1の状態408、第2の状態410、第3の状態412、および第4の状態414の図を含む。
第1の状態408は、MRAMセルの固有の初期状態すなわち開始状態を示す。この状態では、磁気偏極子404の磁化方位は自由磁気素子406の磁化方位に直交する。第1の状態408に関しては、上向き矢印は磁気偏極子404の磁化方位を示し、右向き矢印は自由磁気素子406の磁化方位を示す。第1の状態408では、磁気偏極子404の磁化方位は磁気偏極子404の磁化容易軸に並んでおり、自由磁気素子406の磁化方位は自由磁気素子406の磁化容易軸に並んでいる。
第2の状態410は、電流416が(矢印の方向で)ディジット線402に印加されるときのMRAMセルの状態を示す。電流416は、(矢印の方向を指す)磁場418を生成し、磁場は磁気偏極子404の位置に存在する。磁場418は強制的に磁気偏極子404の磁化方位を磁化容易軸からずらして磁場418に整列させる。これに関し、第2の状態410の磁気偏極子404の磁化方位は左を指す。この状態では、自由磁気素子406の磁化方位は、磁気偏極子404の磁化方位の反平行である。したがって、磁化が直交する場合に比べて、電流誘導による切替閾値は低い。自由磁気素子406はスピントランスファのより効率的な機構により切り替えられるため、自由素子406の磁化が磁場418により大きな影響を及ぼされないように、高結晶磁気異方性の材料を用いるなどして自由素子406の保磁力を十分に大きくすることができる。また、示される自由素子406は偏極子404よりも小さなサイズにパターン化されて、偏極子に比べて増大された自由素子の静磁気形状異方性は、自由素子の磁化が磁場418の影響を受けないように助ける。
第3の状態412は、電流420(矢印方向の電子流)が書込線400に印加されるときのMRAMセルの状態を表す。この状態では、電流416はまだディジット線402に印加されている。第2の状態410に結びつく低スピントランスファ切替閾値のために、自由磁気素子406の磁化方位は磁気偏極子404の磁化方位に平行になるように切り替わる。したがって、自由磁気素子406の磁化方位は、第3の状態412を示して左を指す。これは、第3の状態412における偏極子404の磁化方向が、電流420により与えられるスピントランスファトルクに影響を受けないことを前提とする。実際には、この結果は、偏極子の厚みを自由層の厚みより大きくする、たとえば1.5〜2倍以上にすることにより達成可能である。この場合、スピントランスファ電流420は、薄い方の自由層406の磁化を偏極子404の磁化と平行になるように切り替えるのに十分なほどの大きさであるが、厚い方の偏極子層に加えられるスピントランスファトルクは磁化を擾乱しない。
第4の状態414は、電流416と電流420がそれぞれの導電線から除去された後のMRAMセルの状態を示す。電流416を除去することによって、磁気偏極子404の磁化方位は磁気偏極子404の磁化容易軸に戻る。すなわち、磁気偏極子404は固有の、すなわち初期状態に戻る。しかしながら、自由磁気素子406の磁化方位は、最初の状態と逆の切替状態(図9で左を指す)で安定する。
一旦電流416が除去されたら、磁気偏極子404の磁化は、最初の磁化容易軸方向(図9のページの上部)または逆の磁化容易軸方向(図9のページ下部)のいずれかに落ち着く。その後のディジット線電流416の印加によっていずれかの磁化容易軸方向から容易に偏極子の磁化を同等に回転させることができるため、2つの磁化容易軸方向のいずれに偏極子の磁化が到達したとしても重要ではない。自由磁気素子406を図9の右から左に切り替えると、自由素子は同じ順序で、しかしディジット線416の電流または書込電流420の逆極性で左から右へ再び切り替えることができる。第1のケースでは、ディジット線電流極性が反転した場合、結果として生じる磁場は偏極子の磁場を図9では右に回転させる。次に、図9で左から右に流れる書込電流が印加された場合、スピントランスファが自由磁化を偏極子に平行になるように切り替えるため、自由磁化は右に切り替えられる。第2のケースでは、ディジット線電流極性では図9のように同じままなので、結果として生じる磁場は偏極子を左に回転させる。その後、書込電流極性は図9に比べて反転されるので、スピントランスファは自由磁化を偏極子に反平行になるように切り替え、自由磁化は右に切り替えられる。よって、ビットを1方向から他方向に切り替えて戻すには、ディジット線電流または書込線電流のいずれかのみの極性を切り替えればよく、両方の極性を切り替える必要はない。実際には、ディジット線電流の極性を一定に保ちつつ書込線電流の極性を変更することが、従来のMRAM設計との一貫性がより保たれるため好ましい。
MRAMセルにデータを書き込むには、電流416と電流420の両方の組み合わせが必要であるということが明白である。電流416または電流420のみでは、書込に不十分である。図10は、桁電流がない場合のMRAMセルへの書込電流の印加を示す概略図である。図10は、第1の状態422、第2の状態424、および第3の状態426の図を示す。第1の状態422は図9に示される第1の状態408に相当する。すなわち第1の状態422はセルの固有の開始状態である。
第2の状態424は、ディジット線402上に電流がない場合に電流428(矢印方向の電子流)が書込線400に印加されるときのMRAMセルの状態を示す。この状態では、自由磁気素子406の磁化方位は磁気偏極子404の磁化方位に直交する。結果としてスピントランスファ切替の閾値は高いため、書込電流428が高い切替電流閾値を超えないので、自由磁気素子406の磁化方位は切り替わらない。これに関し、自由磁気素子406の磁化方位は、第2の状態424に示されるように右を向いたままである。第3の状態428は、電流428が除去された後のMRAMセルの状態を示す。この状態では、自由磁気素子406の磁化方位は、最初の切り替わらない状態で安定している(図10では右を指す)。
図11は、書込電流のない場合の桁電流のMRAMセルへの印加を示す概略図である。図11は、第1の状態430、第2の状態432、および第3の状態434を含む。第1の状態430は図9に示される第1の状態408に相当する。すなわち、第1の状態430はセルの固有の開始状態である。
第2の状態432は、書込線402上に電流がない場合に電流436(矢印方向)がディジット線400に印加されるときのMRAMセルの状態を示す。第2の状態432は図9に示される第2の状態410に相当する。この状態では、電流436は、矢印で示される方位を有する磁場438を生成する。しかし、スピントランスファ書込電流がないことで、自由磁気素子406の磁化方位は最初の状態で安定したままである。第3の状態434は、電流436が除去された後のMRAMセルの状態を示す。この状態では、自由磁気素子406の磁化方位は、最初の切り替わらない状態で安定している(図11では右を指す)。
本明細書に記載される切替手法の利点の1つは、約5mA未満の印加電流(従来のMRAM切替と比べて控えめ)を用いることにより、磁場誘導切替の観点で1kOeに近い大きな保磁力でビットを書き込む能力である。このような大きな保磁力のビットは、熱安定性を向上させ、ビット擾乱の可能性を低減する。大きな保磁力のビットを使用できるために、偏極子を回転させるためのディジット線電流を印加しつつ自由層を意図的でなく擾乱する可能性が比較的少ない。よって、磁場書込線のセットの両方がビット擾乱を生成可能な従来のMRAMに比べて、1セットのディジット線に関連するビット擾乱の量は最小限となる。
図12は、本発明の別の実施形態により構成されるMRAMセル500の側面断面図である。MRAMセル500は、MRAMセル200の磁気偏極子の代わりに合成反強磁性体偏極子504を採用する。MRAMセル500は一般的に、書込電流線として機能する第1の導体502、偏極子504、スペーサ素子506、自由磁気素子508、絶縁体510、固定磁気素子512、電極514、および桁電流線として機能する第2の導体516を備える。本実施形態では、固定磁気素子512は、固定磁性層518、スペーサ層520、および固定磁性層522を含む。MRAMセル500の構成要素の多くはMRAMセル200の同等の構成要素に相当するため、MRAMセル200の上記説明部分はMRAMセル500にも適用される。
図示される実施形態では、偏極子504は、第1の導体502とスペーサ素子506の間に配置される。偏極子504は、第1の磁気偏極子層532、スペーサ層534、および第2の磁気偏極子層536を有する合成反強磁性体として実現可能である。第1の磁気偏極子層532と第2の磁気偏極子層536の各々は変動磁化を有する。初期固有状態では、第1の磁気偏極子層532と第2の磁気偏極子層536は反平行の磁化を有する(たとえば、偏極子層532および536についてはそれぞれ図12に示されるように右方向と左方向)。第1の磁気偏極子層532および第2の磁気偏極子層536は、元素Ni、Fe、Mn、Co、及びそれらの合金のうちの少なくとも1つのほか、NiMnSb、PtMnSb、Fe3O4、またはCrO2などのいわゆる半金属強磁性体のような好適な磁性材料から構成することができる。スペーサ層534は元素Ru、Os、Re、Cr、Rh、Cu、及びそれらの組み合わせのうち少なくとも1つを含む好適な非磁性材料材料から形成される。合成反強磁性体構造は当業者にとって既知であるため、ここでは詳述しない。また、図12に示されるように、自由磁化層508および固定磁化層518および522の磁化容易軸は、紙面の内または外に向いている(図12ではそれぞれ符号で示される)。
図13は、本発明によるMRAM書込手法の概略図である。図13は、セルへのデータ書込間の様々な時点における、MRAMセル500などのMRAMセルの上面図である。図13は、スピントランスファ書込線600(破線で示す)、ディジット線602(実線で示す)、上述されるような2つの偏極素子を有する磁気偏極子604(大楕円)、および自由磁気素子606(小楕円)を示す。図13は、第1の状態608、第2の状態610、第3の状態612、および第4の状態614の図を含む。
第1の状態608は、MRAMセルの固有の初期状態すなわち開始状態を表す。この状態では、2つの磁気偏極子の磁化方位は互いに反平行である(図13では上下を指し示す)。2つの磁気偏極子の磁化方位は自由磁気素子606の磁化方位に直交する。第1の状態608に関しては、右向き矢印は自由磁気素子606の磁化方位を示す。第1の状態608では、2つの磁気偏極子の磁化方位は磁気偏極子604の磁化容易軸と並び、自由磁気素子606の磁化方位は自由磁気素子606の磁化容易軸と並ぶ。
第2の状態610は、電流616(矢印方向)がディジット線602に印加されるときのMRAMセルの状態を示す。電流616は、磁気偏極子604の位置に存在する磁場618(矢印方向を指す)を生成する。磁場618は、2つの磁気偏極子の磁化方位が磁化容易軸に直交し、互いに反平行になるように、磁気偏極子604におけるスピンフロップ遷移を生じさせる。スピンフロップ遷移は、合成反強磁性体、静磁気形状異方性、および偏極子内の磁気モーメントと相互作用する磁場のゼーマンエネルギー(Zeeman energy)の反平行の結合を含め、システムの総エネルギーを最小限にとどめる方法として起こる。状態610のスピンフロップに続く状態は、いずれの層も磁場に完全に反平行となるよう要求せず、合成反強磁性体の強力な反平行結合を維持する。これに関し、第2の状態610における磁気偏極子の磁化方位は、図示されるようにほぼ右と左を指す。一方は自由磁気素子606の磁化方位に平行で、他方は自由磁気素子606の磁化方位に反平行である。電流616を印加するだけでは、自由磁気素子606の磁化方位に影響を及ぼさない。実際には、自由磁気素子606の磁化方位に平行または反平行状態から磁気偏極子のわずかな変位がある。合成反強磁性体は層が縮小する際に最小限のエネルギーを有するために、磁化はわずかに磁場618の方向を向くのみである。平行からの変位は、十分に強力な反強磁性体結合を有する合成反強磁性体を用いることによって小さくすることができる。
第3の状態612は、電流620(矢印方向)が書込線600に印加されるときのMRAMセルの状態を表す。この状態では、電流616はまだディジット線602に印加されている。スピントランスファ切替閾値は平行および反平行の磁化にとって低いため、電流620は自由磁気素子606の方位を切り替える(図13では、右向きから左向きに変わる)。したがって、自由磁気素子606の磁化方位は、第3の状態612に示されるように左を指し示す。この場合、自由層により近いため、スピントランスファトルクの方向を左右する第2の磁気偏極子層536は、図13で左への磁化を有する磁気偏極子604の成分である。
第4の状態614は、電流616と電流620がそれぞれの導電線から除去された後のMRAMセルの状態を表す。電流616を除去すると、2つの磁気偏極子の磁化方位を磁気偏極子604の磁化容易軸に戻し、互いに反平行にすることができる。すなわち、磁気偏極子604は、固有の初期状態に戻る。しかし、自由磁気素子606の磁化方位は最初の状態とは逆の切替状態(図13では左を指す)で安定したままである。ビットを再び逆方向に切り替えるには、同じディジット線電流極性を逆のスピントランスファ書込電流極性に適用する、あるいは逆のディジット線電流極性を同じスピントランスファ書込電流極性に適用することができる。実際には、ディジット線電流の極性を一定に保ちつつ書込線電流の極性を変更することが、従来のMRAM設計とより一貫性を持たせるために好ましいかもしれない。
MRAMセル200に対するMRAMセル500の利点の1つが、装置のサイズが縮小されるので、2つの磁気偏極子間の反強磁性体結合の飽和磁界強度を低減することによって、2つの磁気偏極子のスピンフロップ遷移磁界を低く維持できることである。この傾向は、静磁気形状異方性磁界の増大により小型装置では磁気偏極子の再配向磁界が増大するMRAMセル200とは対照的である。
図14は、本明細書に記載されるMRAMセル200を含むMRAMアレイにデータを書き込む際に実行可能なMRAM書込プロセス700のフローチャートである。プロセス700は、コンピュータシステムに見られるような1つまたはそれ以上の論理回路および/またはプロセッサ素子(たとえば図8を参照)によって実行および/または制御することができる。実際には、プロセス700は任意数の追加のおよび/または代替のタスクを含むことができ、プロセス700はより複雑なメモリ制御読出/書込手順に組み込まれてもよい。さらに、実施形態では、プロセス700に記載されるタスクは図14に示される順序で実行する必要はなく、1つまたは複数のタスクが同時に実行されてもよい。
MRAM書込プロセス700は、書込のためにMRAMアレイ内のMRAMセルを指定するタスク702で始まる。典型的な「2次元」MRAMアレイでは、タスク702はMRAMセルを指定するために、行と列を特定することができる。一旦MRAMセルが指定されれば、桁電流がMRAMセルの行に印加される(タスク704)。この行は指定されたMRAMセルを含む。実際には、桁電流は指定された行の全MRAMセルに共通する。桁電流に応答して、指定されたMRAMセルに関する偏極子磁化の方位が回転される(タスク706)。偏極子磁界の方位は、磁気偏極子の磁化容易軸に並ぶ位置から磁気偏極子の磁化容易軸に直交するまで回転される。実施形態では、桁電流が行に共通するため、この切替は指定された行の各MRAMセルに関して生じる。桁電流の大きさは偏極子磁化の切替を生じさせるのに十分なほど高いが、MRAMアレイに含まれるMRAMセル内の自由磁気素子の磁化方位に影響を及ぼさない程度に低い。
偏極子磁界の切替によって、比較的少量の書込電流を用いて、指定されたMRAMセルに選択的にデータを書き込むことができる。「0」ビットが書き込まれる場合(問い合わせタスク708)、MRAM書込プロセス700はMRAMセルの列に第1の方向で書込電流を印加する(タスク710)。この列は指定されたMRAMセルを含む。実施形態では、タスク710は指定された列の各MRAMセルに書込電流を印加する。書込電流に応答して、指定されたMRAMセルの自由磁気素子の磁化方位が書込状態に切り替えられる(タスク712)。タスク712に示される切替は、指定された列への書込電流の印加の結果として生じる。したがって、MRAMアレイは、列で指定されなかったMRAMセル内の自由磁気素子の最初の磁化方位を維持する。このようにして、指定されたMRAMセル内のデータのみが選択的に書き込まれる。指定されたMRAMセルの自由磁気素子の磁化方位は、指定されたMRAMセルの固定磁気素子の磁化方位と平行になるように切り替えられる。
「1」ビットが書き込まれる場合(問い合わせタスク708)、MRAM書込プロセス700はMRAMセルの列に第2の方向で書込電流を印加する(タスク714)。実際的な実施形態では、タスク714は指定された列の各MRAMセルに書込電流を印加する。書込電流に応答して、指定されたMRAMセルの自由磁気素子の磁化方位が書込状態に切り替えられる(タスク716)。タスク716に示される切替は、指定された列への書込電流の印加の結果として生じる。したがって、MRAMアレイは、列で指定されなかったMRAMセル内の自由磁気素子の最初の磁化方位を維持する。このようにして、指定されたMRAMセル内のデータのみが選択的に書き込まれる。指定されたMRAMセルの自由磁気素子の磁化方位は、指定されたMRAMセルの固定磁気素子の磁化方位と反平行になるように切り替えられる。
上述したように、MRAM書込プロセス700の選択書込手法は、指定されなかったMRAMセルのすべての自由磁気素子の方位を維持する(タスク718)。データが指定されたMRAMセルに書き込まれた後、スピントランスファ書込線から書込電流を除去し(タスク720)、ディジット線から桁電流を除去することができる(タスク722)。桁電流を除去すると、磁気偏極子の磁化方位が固有の状態に戻る、すなわち、再び磁気偏極子の磁化容易軸と並ぶ(タスク724)。タスク724に示される磁化の回転は、桁電流の除去に応答する。アレイ内のMRAMセルの書込状態を保持するには、次の書込作業がセル内のデータを変更するまで、桁電流を除去するのが望ましい(タスク726)。これに関し、書込状態の保持は、書込電流および桁電流の除去の結果である。上述したように、図14のMRAM書込プロセス700は、一定極性のディジット線電流の印加と、「0」または「1」ビットの書込に必要なスピントランスファ書込電流の極性の保持とを含む。前述したように、代替アプローチは、一定極性のスピントランスファ書込電流を印加し、代わりに「0」または「1」ビットの書込に必要なディジット線電流の極性を保持することである。
プロセス700に類似のMRAM書込プロセスは、図12および図13に関連して上述されるような複数のMRAMセル500を含むMRAMアレイにデータを書き込むために利用することができる。
少なくとも1つの実施形態を上記の詳細な説明で提示したが、多数の変形が存在することを認識し得る。また、実施形態は単に例示であって、本発明の範囲、適用可能性、または構成をいかなる方法でも制限することを意図しないことを認識し得る。むしろ、上述の詳細な説明は、実施形態を実行するため簡便な方法を当業者に提供するものである。添付の特許請求の範囲およびその均等物に対し、本発明の範囲を逸脱することなく、構成要素の機能および配置に様々な変更を加えることが可能であることが理解し得る。