以下、図を参照して、この発明の実施の形態につき説明する。なお、各図は、この発明に係る一構成例を図示するものであり、この発明が理解できる程度に各構成要素の配置関係などを概略的に示しているに過ぎず、この発明を図示例に限定するものではない。また、以下の説明において、特定の素子および動作条件などを取り上げることがあるが、これら素子および動作条件は好適例の一つに過ぎず、したがって、何らこれらに限定されない。また、各図において同様の構成要素については、その重複する説明を省略することもある。
<第1実施例>
図3を参照して、第1実施例の電気クロック信号抽出装置の構成について説明する。図3は第1実施例の電気クロック信号抽出装置の、光導波路(利得領域24の光導波路32及び可飽和吸収領域26の光導波路34)の導波方向に対して垂直側面方向から見た概略的構成図である。
この発明の電気クロック信号抽出装置は、多電極半導体レーザ素子30と、入力部28と、電気クロック信号出力部54とを具えて構成される。多電極半導体レーザ素子30は、反転分布が形成される利得領域24と、光強度を変調する機能を有する可飽和吸収領域26とが順次配置されてモノリシックに構成される。可飽和吸収領域26で発生するフォトカレントは、電気クロック信号として電気クロック信号出力部54から取り出される。可飽和吸収領域26で発生するフォトカレントは、可飽和吸収領域のp側電極42に接続された電気線路53によって、電気クロック信号出力部54に入力される。
入力部28は、多電極半導体レーザ素子30に入力光信号100を入力させるための部分である。入力部28は、光アイソレータ58、偏光面調整素子64及び結合光学系56を具えている。光アイソレータ58は、入力側光伝送路に光クロック信号抽出装置からの戻り光が入力されるのを防ぐ役割を果たす。偏光面調整素子64は、入力光信号100の偏光面を多電極半導体レーザ素子の発振光の偏光方向に合致させる役割を果たす。結合光学系56は、入力光信号100を、多電極半導体レーザ素子30が具える利得領域の光導波路32に効率よく入力させる役割を果たす。
この発明の電気クロック信号抽出装置によって、入力光信号100から電気クロック信号が効率よく抽出されるためには、次の条件を満たすことが必要である。すなわち、多電極半導体レーザ素子30に入力する入力光信号100を、多電極半導体レーザ素子30が生成する光パルス列の繰り返し周波数と、入力光信号100のビットレートに対応する周波数とが、近似的に等しいことである。
第1実施例の電気クロック信号抽出装置においては、入力光信号100は、RZ信号であり、そのビットレートがfbit-rate(bit/s)である。また、多電極半導体レーザ素子30は、この素子が生成する光パルス列の繰り返し周波数が上述のビットレート周波数fbit-rate(Hz)と近似的に等しい、モード同期半導体レーザである。以後、誤解の生じない範囲でfbit-rate(bit/s)を簡単にfbr(bit/s)と表記することもある。また、fbit-rate(bit/s)及びfbit-rate(Hz)については、共に誤解の生じない範囲で単位を省いて単にfbrと表記することもある。
図4(A)及び(B)を参照して、第1実施例の電気クロック信号抽出装置に入力される入力光信号及び出力される電気クロック信号について説明する。図4(A)及び(B)は、それぞれ、第1実施例の電気クロック信号抽出装置への入力光信号と、抽出された電気クロック信号の時間波形を示す図である。図4(A)及び(B)の横軸は時間軸であり、入力光信号のビットレート周波数fbrの逆数(1/fbr)を単位にして目盛ってある。また、図4(A)及び(B)の縦軸は強度をそれぞれ任意スケールで目盛って示してある。
入力光信号100は、RZ符号化された2値デジタル光パルス信号であるので、図4(A)に示すように、信号の内容を反映して光パルスが存在しない時間スロットが存在する。すなわち、光パルスが存在しない時間スロットに「0」、光パルスが存在する時間スロットに「1」を割り当てるものとすると、図4(A)が示す時間波形は、(1, 1, 1, 0, 1, 0, 0, 1)という2値デジタル信号を意味している。一方、図4(B)は、繰り返し周波数がfbr(パルス間隔は1/fbr)である電気パルス列を示している。すなわち、図4(B)は、入力光信号100から抽出された電気クロック信号200の時間波形である。
多電極半導体レーザ素子30として利用可能なモード同期半導体レーザ素子としては受動モード同期半導体レーザ素子がある。この発明の電気クロック信号抽出装置に利用して好適なこの受動モード同期半導体レーザ素子としては、その一例が、上述の非特許文献1あるいは非特許文献3に開示されている。多電極半導体レーザ素子30は、半導体基板上に集積されて形成される集積化受動ーモード同期半導体レーザ素子を利用するのが好適であるが、集積化されて構成されているか否かには限定されない。
利得領域24及び可飽和吸収領域26は、それぞれn型クラッド層38及びp型クラッド層36によって挟まれたダブルへテロ構造の光導波路構造で実現できる。
利得領域24には、利得領域のp側電極40とn型共通電極44とを介して、定電流源46から直流電流が供給されることによって反転分布が形成されて、レーザ発振が可能となる。
可飽和吸収領域26には、可飽和吸収領域のp側電極42とn型共通電極44との間に、定電圧源48からバイアスティ50、電気線路55、インピーダンス整合回路52、及び電気線路53を経由して逆バイアス電圧が印加される。このことによって、可飽和吸収領域26は、可飽和吸収体として動作することとなり、多電極半導体レーザ素子30が受動モード同期動作することにより、繰り返し周波数がfbrに近似的に等しい光パルス列が、多電極半導体レーザ素子30によって生成される。
電気クロック信号出力部54は、インピーダンス整合回路52、コイル50aとコンデンサー50bとを含むバイアスティ50及び定電圧源48を具えている。可飽和吸収領域26には、バイアスティ50を介して逆バイアス電圧が印加される。可飽和吸収領域26で生成される電気クロック信号は、インピーダンス整合回路52およびバイアスティ50を介して電気クロック信号200として外部に出力される。
第1実施例の多電極半導体レーザ素子30を用いる電気クロック信号抽出装置の構成と、上述の従来例として図1(A)を参照して説明した電気クロック信号抽出装置とを比較すると、次のような類似点が存在する。すなわち、可飽和吸収領域26は、入力光信号100及び多電極半導体レーザ素子30内のモード同期光パルスを受け入れることで動作している。また、この可飽和吸収領域26の動作は、逆バイアス電圧が定電圧源48から印加されることによって実現されている。
可飽和吸収領域26の役割は、図1(A)を参照して説明した従来の電気クロック信号抽出装置における光電変換器が果たしている役割に対応している。また利得領域24の役割は、図1(A)に示した電気クロック信号抽出装置における増幅器の役割を、光の形態のままで信号の増幅を行う光増幅器に置き換えて実現させていると見ることができる。
受動モード同期半導体レーザとして機能する多電極半導体レーザ素子30による電気クロック信号抽出方法は、多電極半導体レーザ素子30を構成する光共振器の共振特性を利用することにより、入力光信号の有する周波数成分のうち、ビットレート周波数成分及びその自然数倍成分のみを選択的に増幅させることによって実現される。これは、例えば、ビットレート周波数の自然数倍成分のみを選択的に抽出するという観点に立てば、従来の電気クロック信号抽出装置における狭帯域電気フィルタが果たす役割と共通する。
すなわち、多電極半導体レーザ素子30は、図1(A)に示した従来の電気クロック信号抽出装置を構成する、光電変換器、狭帯域電気フィルタ、増幅器のそれぞれの機能を、光学素子という形態によって単一素子で実現させたものであると見ることができる。
ここで、第1実施例の電気クロック信号抽出装置における多電極半導体レーザ素子30の具える可飽和吸収領域26が果たす電気的な機能は、従来例の光電変換器が果たす電気的な機能と対応する。また、可飽和吸収領域26で発生するフォトカレントは、多電極半導体レーザ素子30で発生する光パルス列(光クロック信号)に同期した電気信号であるから、入力光信号100から抽出される電気クロック信号に対応するとみることができる。
すなわち、受動モード同期半導体レーザとして機能する多電極半導体レーザ素子30は、従来の電気クロック信号抽出装置において必要とされる機能を、単一の素子として実現したものであるから、従来の装置と比較して、小型化、構成の単純化及び製造コストの低廉化を図ることが可能となる。また、入力光信号から電気クロック信号を抽出するまでの物理的なメカニズムは、高速動作が可能な処理方法に基づいており、従来の電子部品のような電気的な動作速度制限を受けない。従って、従来の光電変換器を利用する方法に比べて、電気的な動作速度制限を受けないことによる、高速動作が保障される。これによって、従来の電気クロック信号抽出装置と比べて、より高ビットレートの入力光信号から電気クロック信号を抽出することが可能となる。
更に、この発明の多電極半導体レーザ素子30が具える可飽和吸収領域26が、光パルスと相互作用する領域の長さは、数十μmと非常に短い。そのため、この可飽和吸収領域26の浮遊電気容量が小さくなるように設計することは容易である。可飽和吸収領域26の浮遊電気容量が小さければ、高周波数の電気信号の減衰を小さくすることが可能であり、それだけ高周波数の電気クロック信号を外部に効率よく出力させることが可能となる。
可飽和吸収領域26が具える可飽和吸収領域のp側電極42から電気クロック信号を効率よく外部に出力させるためには、この電気クロック信号が供給される外部の装置が具える電気回路とのインピーダンス整合を図ることが必要である。電気クロック信号出力部54が具えるインピーダンス整合回路52は、そのために設置されている。また、可飽和吸収領域26で生成される電気クロック信号を伝送させるための電気線路53、及びインピーダンス整合回路52とバイアスティ50とを接続する電気線路55の特性インピーダンスもまた、外部の装置が具える電気回路とのインピーダンスと整合させる必要がある。
インピーダンス整合回路52は、公知のオープンスタブを用いて構成することが可能である。公知のオープンスタブの一例は文献(S. Arahira and Y. Ogawa, “40GHz actively mode-locked distributed Bragg reflector laser diode module with an impedance-matching circuit for efficient RF signal injection,” Jpn. J. Appl. Phys., vol. 43, No. 4B, pp. 1960-1964, 2004、以後、この非特許文献を非特許文献Aという。)に開示されている。また、この文献に開示されているオープンスタブに限定されることはなく、同種のオープンスタブを適宜利用してインピーダンス整合回路52を構成することが可能である。
オープンスタブによれば、このオープンスタブが具えるスタブの長さを調整することによって、抽出すべき電気クロック信号の周波数に対する電気的反射量を低減することが可能であることは、公知の事実である。このスタブの長さを調整する技術としては、レーザカッターを利用する技術が既に知られている。また、電気線路53及び55の特性インピーダンスの調整も、これら電気線路の幅を調整するなどの公知の方法で容易に行える。
次に、入力光信号から電気クロック信号への変換効率について説明する。この変換効率とは、入力光信号の振幅の大きさに対する抽出された電気クロック信号の振幅の大きさの比を言う。この変換効率が大きければ、それだけ抽出される電気クロック信号の振幅も大きくなるので、電気クロック信号抽出装置の後段に設置される増幅器の負担を小さくすることが可能となり、システム全体の消費電力の低減に寄与する。
図1(A)に示した従来型の電気クロック信号抽出装置において抽出される電気クロック信号の振幅は、フォトダイオード(光電変換器10)で発生するフォトカレントの振幅によって決まる。フォトカレントの振幅は、フォトダイオードが飽和レベルに達しない限り入力光信号7の振幅に比例する。また、従来型の電気クロック信号抽出装置から出力される電気クロック信号15の振幅は、増幅器14の振幅利得によって決まる。
一方、図3に示す第1実施例の電気クロック信号抽出装置においては、可飽和吸収領域26で発生するフォトカレントは、多電極半導体レーザ素子30の光共振器を周回するモード光パルスによって生成される成分が支配的である。この光パルスの強度は、数十mWから時には100mWにも及ぶ強度であり、大変大きな強度である。従って、可飽和吸収領域26で発生するフォトカレントはその振幅が大きい。
一方、詳細は後述するが、受動モード同期半導体レーザにおいて、時間ジッタが小さい良好なクロック信号抽出動作(受動モード同期動作)を実現させるために必要とされる、入力光信号の強度は、高々-20dBm程度である。すなわち、受動モード同期半導体レーザとして多電極半導体レーザ素子30を利用する第1実施例の電気クロック信号抽出装置によれば、ごく弱い入力光信号から、大きな振幅の電気クロック信号を抽出することが可能である。
第1実施例の電気クロック信号抽出装置によって抽出される電気クロック信号の振幅は、多電極半導体レーザ素子30の光共振器を周回するモード同期光パルスのピーク強度に支配されるので、この電気クロック信号の振幅を調整するには、利得領域24に注入する電流値を調整することで実現される。もちろん、利得領域24に注入する電流値の調整範囲は、多電極半導体レーザ素子30の受動モード同期動作を阻害しない範囲である。
また、電気クロック信号の振幅を調整するには、利得領域24に注入する電流値を調整する以外に、可飽和吸収領域26に印加する逆バイアス電圧を調整することによって、多電極半導体レーザ素子30の光共振器を周回するモード同期光パルスのピーク強度を調整することによっても実現できる。あるいはまた、利得領域24に注入する電流値と可飽和吸収領域26に印加する逆バイアス電圧との両者を同時に調整することによって、光パルスの幅を調整することも可能である。
第1実施例の電気クロック信号抽出装置の動作を検証するために、この発明の発明者は、次の実験を行った。多電極半導体レーザ素子30として、繰り返し周波数が39.612GHzの受動モード同期半導体レーザモジュール(以後、「MLLD(Mode-Locked Laser Diode)モジュール」ということもある。)を用いた。また、ビットレートが31.612 Gbit/sのRZ信号であり、中心波長1554nm、パルス幅5.16ps(ピコ秒)である入力光信号を利用した。また、この入力光信号は、31段(231-1)のPRBS(Pseudo Random Binary Sequence)信号を用いた。この実験で観測した対象は、MLLDモジュールを構成する多電極半導体レーザ素子の可飽和吸収領域から出力される電気信号である。この電気信号が、第1実施例の電気クロック信号に相当する。
この実験で用いた多電極半導体レーザ素子は、可飽和吸収領域の光導波路の長さが250μm、利得領域の光導波路の長さが800μm、光共振器の長さが1050μmの、InP系の多電極半導体レーザ素子である。
利得領域の光導波路は、圧縮歪が導入された量子井戸構造で構成されている。この量子井戸は、0.6%の圧縮歪が導入されたInGaAsP層であり、バリア層は、無歪みのInGaAsP層である。この量子井戸構造の光導波路は、そのフォトルミネッセンスのピーク波長が1562nmとなるように、量子井戸及びバリア層の組成及びそれらの厚みが設定されている。また、可飽和吸収領域の光導波路は、圧縮歪が導入された量子井戸構造で構成されている。この量子井戸は、0.6%の圧縮歪が導入されたInGaAsP層であり、バリア層は、無歪みのInGaAsP層である。この量子井戸構造の光導波路は、そのフォトルミネッセンスのピーク波長が1480nmとなるように、量子井戸及びバリア層の組成及びそれらの厚みが設定されている。
実験に用いたInP系の多電極半導体レーザ素子において、利得領域に電流を注入してレーザ発振を起こさせるための発振閾値電流は、30mAであり、スロープ発光効率は0.1W/Aである。また、このInP系の多電極半導体レーザ素子は、上述の非特許文献AのFig.3として開示されている素子と同一の構造であり、温度制御素子、入出力光ファイバなどと共に一体的にパッケージされてモジュール化されている。可飽和吸収領域には、非特許文献Aに開示されているオープンスタブを用いた、特性インピーダンスが50Ωである、インピーダンス整合回路が接続されている。この実験で用いたInP系の多電極半導体レーザ素子から出力される、受動モード同期光パルス列の光パルスのパルス幅は3.6ps、中心波長は1557.5nmであり、またMLLDモジュールから出力される光パルス列の強度は8.5dBmであった。
図5(A)及び(B)を参照して、上述の実験によって用いた入力光信号の時間波形及びこの電気クロック信号の時間波形をサンプリングオシロスコープで観測した結果を説明する。図5(A)及び(B)は、サンプリングオシロスコープで観測された第1実施例における、それぞれ入力光信号及び電気クロック信号の時間波形を示す図である。図5(A)及び(B)の横軸は1目盛り10psで示す時間軸であり、縦軸は、それぞれ入力光信号の強度及び電気クロック信号の強度を示しており、それぞれの1目盛りは、3.5mW及び100mWである。また、図5(B)に示す電気クロック信号が観測されている時のMLLDモジュールへ入力されている入力光信号の強度は-28.3dBmであった。
図5(B)に示すように、抽出された電気クロック信号は正弦波状の信号である。また、この図5(B)に示す実験結果を解析した結果、抽出された電気クロック信号の時間ジッタ及び振幅は、それぞれ0.4 ps及び340 mVであった。
次に、図6(A)及び(B)を参照して、抽出される電気クロック信号の時間ジッタ及び振幅について、図1(A)に示した従来の電気クロック信号抽出装置及び第1実施例の電気クロック信号抽出装置をそれぞれ用いた場合を比較した結果について説明する。図6(A)及び(B)は、それぞれ従来の電気クロック信号抽出装置及び第1実施例の電気クロック信号抽出装置で抽出された、電気クロック信号の振幅及び時間ジッタの入力光信号の強度依存性を示す図である。
図6(A)は、光電変換器10であるフォトダイオードへの入力光信号の強度に対する、電気クロック信号の振幅(黒丸印で示してある。)と時間ジッタ(白丸印で示してある。)との関係を示している。横軸はフォトダイオードへの入力光信号の強度をdBm単位で目盛って示してある。左側の縦軸は、電気クロック信号の振幅(Vpp)をmV単位で目盛って示してあり、右側の縦軸は、時間ジッタの大きさをps単位で目盛って示してある。また、図6(B)は、MLLDモジュールへの入力光信号の強度に対する電気クロック信号の振幅(黒丸印で示してある。)と時間ジッタ(白丸印で示してある。)との関係を示している。横軸及び左右の縦軸は図6(A)と同様である。
実験に用いた光電変換器10であるフォトダイオードの感度は、40GHzで0.16 A/Wであり、光通信システムに採用されるフォトダイオードとしては、代表的な特性である。狭帯域電気フィルタ12は、その入力損失が5.3dB、Q値が986であり、これも代表的な特性をもつ素子である。この実験では、増幅器14は使用しなかった。すなわち、狭帯域電気フィルタ12から出力された電気クロック信号13を評価した。
図6(A)に示すように、従来の電気クロック信号抽出装置では、フォトダイオードに入力する入力光信号の強度を増大させていくと、抽出される電気クロック信号の振幅は比例して増大していることが読み取れる。また、時間ジッタは変化しないことが読み取れる。電気クロック信号の振幅(Vpp)として、100 mVを得るためには、フォトダイオード10に入力する入力光信号の強度が10dBm程度必要であることがわかる。
一方、図6(B)に示すように、第1実施例の電気クロック信号抽出装置では、MLLDモジュールに入力する入力光信号の強度を増大させていくと、抽出される電気クロック信号の振幅は変化しないが、時間ジッタは単調減少することが読み取れる。これは、可飽和吸収領域において発生するフォトカレントは、多電極半導体レーザの光共振器内を周回するモード同期光パルスによって支配されていることを意味している。
以上の実験結果から、第1実施例の電気クロック信号抽出装置によって電気クロック信号を抽出する場合、必要とされる入力光信号強度は、ほぼ-20dBm程度であることがわかる。すなわち、図6(B)に示すように、入力光信号強度が-20dBmであるときに得られる電気クロック信号の振幅強度は340mVと、十分な強度である。一方、図6(A)に示すように、従来の電気クロック信号抽出方法によって、第1実施例の電気クロック信号抽出装置と同様の時間ジッタ、同じ振幅(340mV)の電気クロック信号を得るためには、入力光信号の強度は15.7dBm程度必要なことがわかる。入力光信号の強度15.7dBmという値は、図6(A)からはみ出る値であるが、図6(A)に示す実験値を外挿することによって得た値である。
このことから、第1実施例の電気クロック信号抽出装置によれば、35.7dBの振幅利得が得られる増幅器を備えた従来の装置を利用する場合に相当する。又は、35.7dBの振幅利得が得られる光増幅器を光電変換器10であるフォトダイオードの前段に挿入した場合に相当する。
以上説明したように、第1実施例の電気クロック信号抽出装置によれば、従来の同種の装置を利用する場合と比較して、入力光信号の強度が小さくとも、時間ジッタが小さく、しかも振幅の大きな電気クロック信号を抽出することが可能であることが、実験によって確認された。
<第2実施例>
図7を参照して、第2実施例の電気クロック信号抽出装置の構成について説明する。図7は、第2実施例の電気クロック信号抽出装置の、光導波路(利得領域24の光導波路32及び可飽和吸収領域26の光導波路34)の導波方向に対して垂直側面方向から見た概略的構成図である。第2実施例の電気クロック信号抽出装置は、入力部68がNRZ-RZ変換部60を具えていることが特徴である。その他の構成部分は、第1実施例の電気クロック信号抽出装置と同一であるので、ここでは、その同一構成部分についての説明を省略する。
光通信システムで利用されている光信号には、RZ符号化された2値デジタル光パルス信号(RZ光信号ということもある。)である場合と、NRZ符号化された2値デジタル光パルス信号(NRZ光信号ということもある。)である場合がある。
NRZ光信号は、その周波数スペクトルにおいて、ビットレート周波数成分は非常に弱く、NRZ符号化により拡散された周波数スペクトル成分に隠れる程度の強度しか有さない。そのため、NRZ光信号を入力NRZ光信号として受動モード同期半導体レーザに入力しても、電気クロック信号抽出に必要な受動モード同期動作が発現しない。そこで、入力NRZ光信号を入力RZ光信号に変換して、ビットレート周波数成分の強度を増強させる必要がある。入力NRZ光信号を入力RZ光信号に変換するための手段が、NRZ-RZ変換部60である。
NRZ-RZ変換部60に利用して好適な素子として、マッハ・ツェンダー型干渉計あるいは光ファイバグレーティングがある。マッハ・ツェンダー型干渉計の一例は、特許文献(特開平6-88981号公報、以後この特許文献を特許文献Aという。)に開示されている。また、光ファイバグレーティングの一例は、非特許文献(塙雅典、藤本敏也、中村一彦“π位相シフトFBGによる高速NRZ光信号からのクロック抽出,” 2005年電子情報通信学会総合大会, B-10-111、以後、この非特許文献を非特許文献Bという。)に開示されている。
<第1遅延干渉計>
図8及び図9(A)から(E)を参照して、NRZ-RZ変換部60に利用して好適な素子として、マッハ・ツェンダー型干渉計について説明する。以後、このマッハ・ツェンダー型干渉計を第1遅延干渉計60-1ということもある。図8は、NRZ-RZ変換部を構成する第1遅延干渉計60-1の概略的構成図である。図9(A)から(E)は、第1遅延干渉計60-1への入力NRZ光信号102から変換されて得られる入力RZ光信号79が生成される過程の時間波形を示す図である。出力光(入力RZ光信号)79は、図7において入力RZ光信号61に対応する。
図9(A)から(E)において、横軸は時間を示している。また、図9(A)及び図9(E)の縦軸は信号強度を示し、図9(B)、(C)及び(D)の縦軸は信号の振幅の大きさをそれぞれ任意スケールで示してある。
図9(A)は、入力NRZ光信号102の強度時間波形を示す。図9(B)は、後述する第1光路を通過して光合波器に到達した光信号の振幅時間波形を示す。図9(C)は、後述する第2光路を通過して光合波器に到達した光信号の振幅時間波形を示す。図9(D)は、後述する光合波器で合波された干渉信号の振幅時間波形を示す。図9(E)は、入力RZ光信号79の強度時間波形を示す。
第1遅延干渉計60-1は、図8に示すように、光分岐器72、第1光路74、第2光路76及び光合波器78を具えて構成される。入力NRZ光信号102は、第1遅延干渉計60-1に入力され、光分岐器72で第1光路74及び第2光路76をそれぞれ伝播する光信号に分岐される。第1光路74及び第2光路76をそれぞれ伝播する光信号は、光合波器78で合波される。ここで、第1光路74と第2光路76との光路長差を、両者を伝播する光信号の群遅延時間差にしてτだけ異なるように設定しておき、かつ、第1光路74と第2光路76をそれぞれ伝播する光信号間にπの位相差が発生するように設定する。
群遅延時間τが、入力NRZ光信号102のビットレート周波数fbrの逆数1/fbrよりも小さいときの、第1光路74を伝播して光合波器78に到達した光信号の振幅時間波形を示したのが図9(B)である。また、第2光路76を伝播して光合波器78に到達した光信号の振幅時間波形を示したのが図9(C)である。図9(B)及び図9(C)の縦軸にaと示す値は、それぞれの光信号の振幅の最大値である。すなわち、光分岐器72の分岐比は、1:1に設定してある。第1光路74を伝播して光合波器78に到達した光信号と、第2光路76を伝播して光合波器78に到達した光信号とが光合波器78で合波されて生成される光信号の振幅時間波形を示したのが図9(D)である。この光合波器78で合波されて生成される光信号の強度時間波形は、図9(E)に示すように、連続するビット間での信号強度が必ず0に戻るRZ光信号となる。すなわち、第1遅延干渉計60-1から入力RZ光信号79が出力される。入力RZ光信号79は、図7において入力RZ光信号61に対応する。
入力RZ光信号79は、入力NRZ光信号102とはその信号パターンが異なっている。すなわち、図9(A)及び(E)に示した例では、入力NRZ光信号102の信号パターンは、(1,1,1,0,1,0,0,1,0)であり、入力RZ光信号79の信号パターンは(1,0,0,1,1,1,0,1,1)となっている。しかしながら、電気クロック信号抽出の最終目的は、入力NRZ光信号102のビットレート周波数に等しい繰り返し周波数の連続する電気パルス列(あるいは入力NRZ光信号102のビットレート周波数に等しい正弦波)を生成することである。従って、上述のように、入力NRZ光信号102とはその信号パターンが異なっていてもなんら問題は生じない。また第2実施例の電気クロック信号抽出装置がNRZ-RZ変換部として具える第1遅延干渉計60-1は、光電変換プロセスが含まれていない。従って、光素子あるいは電気素子の有する周波数の帯域制限を受けず、高ビットレートの入力NRZ光信号102にも対応可能である。
<第2遅延干渉計>
図10及び図11(A)から(E)を参照して、NRZ-RZ変換部60に利用して好適な素子のもう一つの例として、複屈折光ファイバを利用した遅延干渉計について説明する。以後、この複屈折光ファイバを利用した遅延干渉計を第2遅延干渉計60-2ということもある。図10は、NRZ-RZ変換部を構成する第2遅延干渉計60-2の概略的構成図である。図11(A)から(E)は、第2遅延干渉計60-2への入力NRZ光信号102から変換されて得られる入力RZ光信号79が生成される過程の時間波形を示す図である。図11(A)から(E)において、横軸は時間を示している。また、図11(A)及び図9(E)の縦軸は信号強度を示し、図11(B)、(C)及び(D)の縦軸は信号の振幅の大きさをそれぞれ任意スケールで示してある。
図11(A)は、入力NRZ光信号102の強度時間波形を示す。図11(B)は、後述する進相軸(Fast-axis)を通過した光信号の振幅時間波形を示す。図11(C)は、後述する遅相軸(Slow-axis)を通過した光信号の振幅時間波形を示す。図11(D)は、後述する偏光子82を通過した光信号の振幅時間波形を示す。図11(E)は、入力RZ光信号83の強度時間波形を示す。
図10に示すように、第2遅延干渉計60-2は、複屈折光ファイバ80と偏光子82を具えて構成される。直線偏光の入力NRZ光信号102が、複屈折光ファイバ80に入力する。この際に、入力NRZ光信号102の偏光方向が、複屈折光ファイバ80の光学軸と45°の角度をなすよう複屈折光ファイバ80に入力させる。複屈折光ファイバ80の光学軸とは、進相軸と遅相軸とを指す。偏光面が進相軸に平行な偏光成分の位相が、偏光面が遅相軸に平行な偏光成分の位相に対して進む性質がある。すなわち、偏光面が進相軸に平行な偏光の位相速度は、偏光面が遅相軸に平行な偏光の位相速度よりも早い。
このような進相軸及び遅相軸を光ファイバに形成するために、図10に示すように光ファイバのコアを挟んでクラッドに応力付加部(図10中に黒丸で示してある。)が形成されている。応力付加部が並ぶ方向が遅相軸の方向であり、これと直行する方向が進相軸の方向である。
入力NRZ光信号102は、複屈折光ファイバ80中を遅相軸に平行な偏光成分と進相軸に平行な偏光成分とに分かれて伝播する。複屈折光ファイバ80を入力NRZ光信号102が伝播する間に、遅相軸に平行な偏光成分と進相軸に平行な偏光成分との間で、その相対群遅延時間τが生じ、かつ、それぞれの偏光成分間にπの位相差が生じるように、複屈折光ファイバ80の全長が調整されている。このような条件を満たす複屈折光ファイバ80を伝播した入力NRZ光信号102の振幅時間波形は、ぞれぞれ図11(B)及び図11(C)に示す形状となる。ここで、相対群遅延時間τは、入力NRZ光信号102のビットレート周波数fbrの逆数1/fbrよりも小さいとする。
複屈折光ファイバ80の出力端の後方には、偏光子82が設置されている。偏光子82の透過偏光方向は、図10に示すように、複屈折光ファイバ80の光学軸と45°の角度をなすように配置されている。このように、複屈折光ファイバ80と偏光子82とを配置すると、偏光子82から出力される出力光83は、図11(D)に示す振幅時間波形の光信号となる。出力光(入力RZ光信号)83は、図7において入力RZ光信号61に対応する。
このように、第2遅延干渉計60-2によれば、第1遅延干渉計60-1と同様に、入力NRZ光信号102を入力RZ光信号83に変換することができる。図11(A)及び(E)に示すように、入力RZ光信号83は、入力NRZ光信号102とはその信号パターンが異なっている。しかしながら、上述したように、電気クロック信号抽出の最終目的は、入力NRZ光信号102のビットレート周波数に等しい繰り返し周波数の連続する電気パルス列(あるいは入力NRZ光信号102のビットレート周波数に等しい正弦波)を生成することであるから、入力NRZ光信号102とはその信号パターンが異なっていてもなんら問題は生じない。また第2遅延干渉計60-2は、光電変換プロセスが含まれていないので、高ビットレートの入力NRZ光信号102にも対応可能である。
第2実施例の電気クロック信号抽出装置の動作を検証するために、この発明の発明者は、次の実験を行った。
実験では、NRZ-RZ変換部60として、第2遅延干渉計60-2を用いた。多電極半導体レーザ素子30として、上述の第1実施例の電気クロック信号抽出装置の動作を検証するために利用した素子と同一の、繰り返し周波数が39.612GHzのMLLDモジュールを用いた。また、ビットレートが31.612 Gbit/sのNRZ信号であり、中心波長1554nmである入力光信号を利用した。また、この入力光信号は、31段(231-1)のPRBS信号である。この実験で観測した対象は、MLLDモジュールを構成する多電極半導体レーザ素子の可飽和吸収領域から出力される電気信号である。この電気信号が、第2実施例の電気クロック信号に相当する。この実験で用いた多電極半導体レーザ素子は、可飽和吸収領域の光導波路の長さが250μm、利得領域の光導波路の長さが800μm、光共振器の長さが1050μmの、InP系の多電極半導体レーザ素子である。
実験では、ビットレート31.612 Gbit/sの入力NRZ光信号を図10に示した複屈折光ファイバを利用する第2遅延干渉計に入力し、入力RZ光信号を生成した。この入力RZ光信号を上述の繰り返し周波数が39.612GHzのMLLDモジュールに入力し、このMLLDモジュールの可飽和吸収領域から出力される電気信号を観測した。可飽和吸収領域には、上述の第1実施例の電気クロック信号抽出装置の動作を検証するための実験と同様に、非特許文献Aに開示されているオープンスタブを用いた、特性インピーダンスが50Ωである、インピーダンス整合回路が接続されている。
この実験で用いたMLLDモジュールから受動モード同期条件で出力される光パルスのパルス幅は、4.4ps、中心波長1559nmであり、MLLDモジュールからの出力光の強度は、8dBmであった。第2遅延干渉計に利用した複屈折光ファイバは、長さが9mで、モード複屈折が3×10-4であるPANDA(Polarization-maintaining AND Absorption-reducing)ファイバとの名称の市販の複屈折光ファイバを用いた。群遅延時間τは10.4psであり、このPANDAファイバへの光信号の挿入損失は12.2dBであった。モード複屈折率とは、進相軸及び遅相軸に対する伝播定数の差に比例する値であり、両者が大きいほど大きくなる。
図12(A)から(C)を参照して、上述の実験によって用いた入力NRZ光信号の時間波形、NRZ-RZ変換部である第2遅延干渉計から出力された入力RZ光信号の時間波形、及び電気クロック信号の時間波形をサンプリングオシロスコープで観測した結果を説明する。図12(A)から(C)は、サンプリングオシロスコープで観測された第2実施例における入力NRZ光信号、入力RZ光信号及び電気クロック信号の時間波形を示す図であり、横軸は1目盛り10psで示す時間軸であり、縦軸は強度を示している。図12(A)及び(B)の縦軸は、それぞれ入力NRZ光信号及び入力RZ光信号の信号強度を示しており、それぞれの1目盛りは、3.06mWである。図12(C)の縦軸は、電気クロック信号の強度を示しており、1目盛りは、100mWである。
図12(C)に示すように、正弦波状の電気クロック信号が抽出されていることがわかる。抽出された電気クロック信号の時間ジッタ及び振幅は、それぞれ0.4ps及び300mWと見積もられた。
次に、図13(A)及び(B)を参照して、抽出される電気クロック信号の時間ジッタ及び振幅について、図1(A)に示した従来の電気クロック信号抽出装置及び第2実施例の電気クロック信号抽出装置をそれぞれ用いた場合を比較した結果について説明する。図13(A)及び(B)は、それぞれ従来の電気クロック信号抽出装置及び第2実施例の電気クロック信号抽出装置で抽出された、電気クロック信号の振幅及び時間ジッタの入力光信号の強度依存性を示す図である。
図13(A)は、光電変換器10であるフォトダイオードへの入力光信号の強度に対する、電気クロック信号の振幅(黒丸印で示してある。)と時間ジッタ(白丸印で示してある。)との関係を示している。横軸はフォトダイオードへの入力光信号の強度をdBm単位で目盛って示してある。左側の縦軸は、電気クロック信号の振幅(Vpp)をmV単位で目盛って示してあり、右側の縦軸は、時間ジッタの大きさをps単位で目盛って示してある。また、図13(B)は、MLLDモジュールへの入力光信号の強度に対する電気クロック信号の振幅(黒丸印で示してある。)と時間ジッタ(白丸印で示してある。)との関係を示している。横軸及び左右の縦軸は図13(A)と同様である。
実験に用いた光電変換器であるフォトダイオードの感度は、40GHzで0.16A/Wであり、光通信システムに採用されるフォトダイオードとしては、代表的な特性のものである。狭帯域電気フィルタは、入力損失が5.3dB、Q値が986である、これも代表的な素子である。この実験では、増幅器(図1(A)では増幅器14に対応する。)は使用しなかった。すなわち、狭帯域電気フィルタ12から出力された電気クロック信号を評価した。
図13(A)に示すように、従来の電気クロック信号抽出装置では、フォトダイオードに入力する入力光信号の強度を増大させていくと、抽出される電気クロック信号の振幅は比例して増大していることが読み取れる。また、時間ジッタは変化しないことが読み取れる。この例では、フォトダイオードへの入力光信号強度が8.5dBm のとき、電気クロック信号の振幅(Vpp)は、1.35mW程度であった。この値は、図6(A)の場合には、入力光信号強度が10dBm のとき電気クロック信号の振幅(Vpp)は、100mW程度であったのと比較して、電気クロック信号の振幅が非常に小さい。この理由は、既に説明したように、入力NRZ光信号はビットレート周波数成分が非常に弱いためである。
一方、図13(B)に示すように、第2実施例の電気クロック信号抽出装置では、MLLDモジュールに入力する入力光信号の強度を増大させていくと、抽出される電気クロック信号の振幅は変化しないが、時間ジッタは減少することが読み取れる。これは、第1実施例の電気クロック信号抽出装置の場合と同様に、可飽和吸収領域において発生するフォトカレントは、多電極半導体レーザの光共振器内を周回するモード同期光パルスによって支配されていることを意味している。
以上の実験結果から、図13(B)に示すように、第2実施例の電気クロック信号抽出装置によって、時間ジッタが0.4ps以下の電気クロック信号を抽出する場合、必要とされる入力光信号強度は、ほぼ-5dBm程度であることがわかる。このとき抽出される電気クロック信号の振幅は、300mWである。一方、図13(A)に示すように、従来の電気クロック信号抽出装置によれば、振幅強度が300mVの電気クロック信号を抽出するためには、入力光信号の強度は32dBm程度必要なことがわかる(図13(A)に示す黒丸を通る曲線を外挿した。)。このことから、第2実施例の電気クロック信号抽出装置によれば、37dBの振幅利得が得られる電気増幅器を備えた従来の装置を利用する場合に相当する。又は、37dBの振幅利得が得られる光増幅器を光電変換器10であるフォトダイオードの前段に挿入した場合に相当する。
以上説明したように、第2実施例の電気クロック信号抽出装置によれば、第1実施例の電気クロック信号抽出装置の場合と同様に、従来の同種の装置を利用する場合と比較して、入力光信号の強度が小さくとも、時間ジッタが小さく、しかも振幅の大きな電気クロック信号を抽出することが可能であることが、実験によって確認された。
<第3実施例>
図14を参照して、第3実施例の電気クロック信号抽出装置の構成について説明する。図14は、第3実施例の電気クロック信号抽出装置の、光導波路(利得領域24の光導波路32及び可飽和吸収領域26の光導波路34)の導波方向に対して垂直側面方向から見た概略的構成図である。第3実施例の電気クロック信号抽出装置は、電気クロック信号出力部84が具えるバイアスティ50の後段にfbrの周波数成分のみを取り出す狭帯域電気フィルタ62が挿入されていることが特徴である。その他の構成部分は、第1実施例の電気クロック信号抽出装置と同一であるので、ここでは、その同一構成部分についての説明を省略する。
バイアスティ50の後段に具えられる狭帯域電気フィルタ62は、既述の特許文献1に開示されている狭帯域電気フィルタなどを適宜利用することが可能である。
第3実施例の電気クロック信号抽出装置において、電気クロック信号を抽出する対象となる光信号は、入力RZ光信号であることが好適である。もちろん第2実施例の電気クロック信号抽出装置においても、バイアスティ50の後段にfbrの周波数成分のみを取り出す狭帯域電気フィルタを挿入することによって、入力NRZ光信号からも電気クロック信号を効率よく抽出することが可能である。
第3実施例の電気クロック信号抽出装置の動作は、第1及び第2実施例の電気クロック信号抽出装置と同様であり、入力RZ光信号又は入力NRZ光信号から、可飽和吸収領域26で発生するフォトカレントを基にして電気クロック信号を抽出する。第3実施例の電気クロック信号抽出装置では、可飽和吸収領26から発生したフォトカレントを、電気クロック信号出力部84の狭帯域電気フィルタ62を通過させることによって、抽出される電気クロック信号の品質を改善することが可能となる。電気クロック信号の品質を改善するとは、電気クロック信号の振幅揺らぎを低減することである。
第3実施例の電気クロック信号抽出装置は、入力光信号のビットレート周波数fbrと入力光信号が入力されていない状態で多電極半導体レーザ素子30の自励発振(周波数fML)によって生成される光パルスの繰り返し周波数fMLとの差が、大きな場合に特に効果を発揮する。
入力光信号のビットレート周波数fbrと上述の光パルスの繰り返し周波数fMLとの差が小さい場合、多電極半導体レーザ素子30の自励発振周波数fMLは、入力光信号のビットレート周波数fbrと合致するように自発的にシフトする。この現象を周波数引き込みということもある。周波数引き込みが引き起こされた結果、多電極半導体レーザ素子30からは、入力光信号のビットレート周波数fbrと一致した周波数の光パルス列、すなわち、光クロック信号が生成される。光クロック信号が生成されると同時に、可飽和吸収領域26からは、入力光信号のビットレート周波数fbrと一致した周波数のパルス状あるいは正弦波状の電気信号、すなわち電気クロック信号が生成される。これが、電気クロック信号抽出という第3実施例の電気クロック信号抽出装置による動作である。
一方、入力光信号のビットレート周波数fbrと多電極半導体レーザ素子30の自励発振周波数fMLとの差が大きな場合には、周波数引き込みが十分に実現しないか、あるいはまったく実現しない。周波数引き込みが十分に実現しない(周波数引き込みが不十分)状態とは、多電極半導体レーザ素子30の光共振器内での共振動作が十分に発現せず、入力光信号のビットレート周波数fbr以外の周波数成分の抑圧が不十分な状態をいう。後述する実験結果が示すように、入力光信号のビットレート周波数fbr以外の周波数成分の抑圧が不十分な場合に、抽出される電気クロック信号の品質に与える影響は、時間ジッタよりも振幅揺らぎとして現れる。
入力光信号のビットレート周波数fbr以外の周波数成分の抑圧が不十分な場合に、振幅揺らぎが大きくなる理由は、共振作用が十分に発現しないため、入力光信号が有する変調信号パターンが、多電極半導体レーザ素子30の光共振器内で平均化されず、可飽和吸収領域26を光学的に変調する光信号に強弱が生じるためである。可飽和吸収領域26を光学的に変調する光信号の強弱は、入力光信号が有する変調信号パターンを反映したものであるから、入力光信号のビットレート周波数fbrが高いほど、光信号の強弱変動も高速度となる。すなわち、このような光信号の振幅揺らぎを反映したスペクトル成分は、入力光信号のビットレート周波数fbrから比較的大きく離れた周波数帯域に発生する。
従って、狭帯域電気フィルタ62を用いて、振幅揺らぎを有する電気クロック信号(図14においてバイアスティ50から出力される電気クロック信号)からその振幅揺らぎのスペクトル成分を除去すれば、振幅揺らぎの小さい電気クロック信号を得ることが可能である。上述したように、振幅揺らぎを反映したスペクトル成分は、入力光信号のビットレート周波数fbrから比較的大きく離れた周波数帯域に現れるので、狭帯域電気フィルタ62によってフィルタリングを実行するのに、極端に狭い通過周波数帯域の狭帯域電気フィルタが必要となるわけではない。後述する実験結果が示すように、光通信システムで一般的に用いられる狭帯域電気フィルタを用いれば、十分な効果を得ることができる。
第3実施例の電気クロック信号抽出装置の動作を検証するために、この発明の発明者は、次の実験を行った。すなわち、多電極半導体レーザ素子30として、繰り返し周波数が39.612GHzの受動モード同期半導体レーザモジュール(以後、「MLLDモジュール」ということもある。)を用いた。また、ビットレートが31.812 Gbit/sのRZ信号であり、中心波長1554nm、パルス幅5.16psである入力光信号を利用した。また、この入力光信号は、31段(231-1)のPRBS信号である。この実験で観測した対象は、MLLDモジュールを構成する多電極半導体レーザ素子の可飽和吸収領域から出力される電気信号である。
この実験で用いたMLLDモジュールは、第1実施例の電気クロック信号抽出装置の動作確認実験で使用したモジュールと同一の構造である。MLLDモジュールを構成する多電極半導体レーザ素子の可飽和吸収領域には、オープンスタブを用いた、特性インピーダンスが50Ωである、インピーダンス整合回路が接続されている。この実験で用いたInP系の多電極半導体レーザ素子から出力される、受動モード同期光パルス列の光パルスのパルス幅は3.6ps、中心波長は1557.5nmであり、またMLLDモジュールから出力される光パルス列の強度は8.5dBmであった。
この実験では、入力光信号のビットレート周波数fbrと、多電極半導体レーザ素子の自励発振周波数fMLとの差が、200MHzであるように設定した。また、この実験で用いた狭帯域電気フィルタ(狭帯域電気フィルタ62に相当する。)は、中心透過周波数が39.812GHz、入力損失が5.3dB、Q値が986である代表的な素子を用いた。
この実験の結果を図15(A)及び(B)を参照して説明する。図15(A)及び(B)は、サンプリングオシロスコープで観測された第3実施例における電気クロック信号の時間波形を示す図であり、図15(A)は狭帯域電気フィルタを用いなかった場合、図15(B)は狭帯域電気フィルタを用いた場合を示している。図15(A)及び(B)の横軸は時間軸であり、一目盛り10psとして目盛って示してある。図15(A)の上段は電気クロック信号の時間波形を、下段は光クロック信号の時間波形を示している。図15(A)の縦軸は、信号強度を、それぞれ200mVおよび4mVを一目盛りとして示してある。また、図15(B)についても同様に上段は電気クロック信号の時間波形を、下段は光クロック信号の時間波形を示している。図15(B)の縦軸は、信号強度を、それぞれ50mVおよび4mVを一目盛りとして示してある。
狭帯域電気フィルタを用いなかった場合は、図15(A)に示すように、上段の電気クロック信号、及び下段の光クロック信号共にサンプリングオシロスコープの示す波形は太くなっている。すなわち、光クロック信号及び電気クロック信号には、振幅揺らぎのスペクトル成分が多く含まれていることを意味している。
一方、狭帯域電気フィルタを用いた場合は、図15(B)に示すように、上段の電気クロック信号の時間波形は、図15(A)の上段に示された電気クロック信号のサンプリングオシロスコープの波形より細くなっている。すなわち、狭帯域電気フィルタを用いた場合は、下段の光クロック信号には振幅揺らぎのスペクトル成分が多く含まれているが、上段の電気クロック信号に含まれる振幅揺らぎのスペクトル成分が減少していることが読み取れる。
この実験によって、狭帯域電気フィルタ62を用いて、振幅揺らぎを有するバイアスティ50から出力される電気クロック信号からその振幅揺らぎのスペクトル成分を除去すれば、振幅揺らぎの小さい電気クロック信号を得ることが可能であることが示された。すなわち、入力光信号のビットレート周波数fbrと、多電極半導体レーザ素子自励発振周波数fMLとの差が大きい場合でも、第3実施例の光クロック信号抽出装置によれば、振幅揺らぎの小さい電気クロック信号を抽出することが可能であることが示された。
第3実施例の光クロック信号抽出装置によれば、この装置に利用する多電極半導体レーザ素子の素子自励発振周波数fMLが、入力光信号のビットレート周波数fbrと離れていても、振幅揺らぎの小さい電気クロック信号が得られることを意味しているので、利用する多電極半導体レーザ素子の選択の幅がそれだけ広くなる。すなわち、多電極半導体レーザ素子の選別歩留まりを高めることができる。
<第4実施例>
図16を参照して、第4実施例の電気クロック信号抽出装置の構成について説明する。図16は、第4実施例の電気クロック信号抽出装置の、光導波路(利得領域24の光導波路32、可飽和吸収領域26の光導波路34、及び受動導波路領域66の光導波路70)の導波方向に対して垂直側面方向から見た概略的構成図である。第4実施例の電気クロック信号抽出装置は、多電極半導体レーザ素子86の構造に特徴がある。すなわち、多電極半導体レーザ素子86は、利得領域24、可飽和吸収領域26に加えて受動導波路領域66を順次に具えて構成される。
受動導波路領域66は、利得領域24及び可飽和吸収領域26と共通のp型クラッド層36とn型クラッド層38に挟まれた光導波路70を具えている。その他の構成部分は、第1実施例の電気クロック信号抽出装置と同一であるので、ここでは、その同一構成部分についての説明を省略する。
受動導波路領域66は、図16に示すように、利得領域24と可飽和吸収領域26とに挟まれた位置に設置する必要は必ずしもない。利得領域24、受動導波路領域66及び可飽和吸収領域26が導波方向に沿って順次配列されていれば良く、配列順序はどのようであってもかまわない。
図17(A)から(C)を参照して、受動導波路領域66の構造及びこの領域の役割である光導波路70の実効屈折率の変調の原理を説明する。図17(A)から(C)は、第4実施例における受動導波路領域66の実効屈折率変調方法の説明に供する図であり、図17(A)は電流注入による方法、図17(B)は逆バイアス電圧印加による方法、図17(C)は抵抗加熱膜による方法をそれぞれ実現するための構造図である。
図17(A)に示す電流注入による方法を実現するための構造は、受動導波路領域66に受動導波路領域のp側電極87が形成されており、受動導波路領域のp側電極87とn型共通電極44を介して電流源92から電流を注入することによって、光導波路70でプラズマ効果を発現させて光導波路70の実効屈折率を変化させる構造である。
図17(B)に示す逆バイアス電圧印加による方法を実現するための構造は、受動導波路領域66に受動導波路領域のp側電極87が形成されており、受動導波路領域のp側電極87とn側共通電極44を介して、電圧源94より逆バイアス電圧を印加することにより、光導波路70でポッケルス効果を発現させるにより、光導波路70の実効屈折率を変化させる構造である。
図17(C)に示す抵抗加熱膜による方法を実現するための構造は、受動導波路領域66のp型クラッド層36の上部に、絶縁膜88を介して、PtやAuなどの薄膜による抵抗加熱膜90が形成されている。抵抗加熱膜90は、電流源96より電流を供給することによりジュール熱を発生させ、受動導波路領域66のp型クラッド層36、光導波路70及びn型クラッド層38の屈折率の温度変化を用いて、光導波路70の実効屈折率を変化させる。
第4実施例の電気クロック信号抽出装置の主要な動作原理は、第1実施例の電気クロック信号抽出装置と同様である。多電極半導体レーザ素子86に入力RZ光信号を入力させて、可飽和吸収領域26で発生するフォトカレントを電気クロック信号として取り出す。第1実施例の電気クロック信号抽出装置と異なる点は、この装置を構成する多電極半導体レーザ素子86が、受動導波路領域66を具えていることである。
受動導波路領域66の光導波路70の実効屈折率を変化させることによって、多電極半導体レーザ素子86の自励発振縦モード波長を容易に変化させることが可能となる。すなわち、入力光信号106の波長と、多電極半導体レーザ素子86の自励発振縦モード波長とを合致させることが容易に実現できる。このように光導波路70の実効屈折率が調整されれば、多電極半導体レーザ素子86の光共振器内で受動モード同期発振作用が最大化されて、入力光信号106の強度が弱い場合でも、電気クロック信号を抽出することが可能となる。
入力光信号106の波長と、多電極半導体レーザ素子86のレーザ発振スペクトルとの関係で生じる、光共振器効果を確かめるために、この発明の発明者は、次のような実験を行った。すなわち、多電極半導体レーザ素子86と同一の多電極半導体レーザ素子を具えるMLLDモジュールに入力光信号を入力させて、抽出される電気クロック信号の時間ジッタが、光導波路70の実効屈折率を調整することによって低減化されることを確かめた。
実験に用いた入力光信号は、ビットレート周波数を39.612GHzの低時間ジッタのマスター光パルス列とし、多電極半導体レーザ素子の繰り返し周波数を39.612GHzに設定した。実験では、この入力させるマスター光パルス列の波長を変化させて、この波長変化に対する電気クロック信号の時間ジッタの変化を調べた。なお、マスター光パルス列の偏光方向は、多電極半導体レーザ素子の発振光の偏光方向と一致させて実験を行った。また、多電極半導体レーザ素子に注入したマスター光パルス列の注入光強度は、-27dBmとした。
図18を参照して、上述の実験結果を説明する。図18は、波長デチューニングとモード間隔との比に対する時間ジッタの関係を示す図である。図18において、横軸は、波長の変化量すなわち波長デチューニング量をモード間隔で除した量によって目盛ってあり、縦軸は、多電極半導体レーザ素子の時間ジッタをps(ピコ秒)単位で目盛って示してある。波長デチューニングとは、多電極半導体レーザ素子の発振縦モードスペクトルのうちの一つの縦モード波長から、マスター光パルス列の中心波長を引いた値である。波長デチューニング量をモード間隔で除した量が整数値であるとき、マスター光パルス列の中心波長が、多電極半導体レーザ素子の発振縦モードスペクトルのうちの一つの縦モード波長と合致していることを意味する。また、マスター光パルス列の中心波長が、多電極半導体レーザ素子の光共振器の共振条件を満足していることを意味している。
図19(A)及び(B)は、受動モード同期の動作原理の説明に供する図である。図19(A)及び(B)において、横軸は波長を任意スケールで目盛って示してある。また、縦軸は省略してあるが、縦軸方向に光強度を任意スケールで示してある。
図19(A)は、多電極半導体レーザ素子の光スペクトル、すなわち発振スペクトルがマスター光パルス列の光スペクトルと不一致の状態である場合を示している。また、図19(B)は、多電極半導体レーザ素子の光スペクトル、すなわち、発振スペクトルがマスター光パルス列の光スペクトルと一致した状態である場合を示している。図18において、Aで示す観測値は、多電極半導体レーザ素子の発振スペクトルとマスター光パルス列の光スペクトルとが不一致の状態、すなわち図19(A)に示す関係となっている場合に観測された時間ジッタの値である。また、Bで示す観測値は、多電極半導体レーザ素子の発振スペクトルとマスター光パルス列の光スペクトルとが一致の状態、すなわち図19(B)に示す関係となっている場合に観測された時間ジッタの値である。
図18と図19(A)及び(B)に示すように、マスター光パルス列の光スペクトルが多電極半導体レーザ素子の発振スペクトルと一致する時、すなわち多電極半導体レーザ素子の発振条件を満足する時、時間ジッタが極小値をとる。すなわち、多電極半導体レーザ素子に注入する光パルス列の強度が最も小さい状態で光クロック信号を抽出可能であることを意味している。
この実験結果から、第4実施例の電気クロック信号抽出装置ににおいて、入力光信号106の波長が、多電極半導体レーザ素子86の発振スペクトルと合致しているとき、多電極半導体レーザ素子86内部での共振作用が最大化され、入力光信号106の強度が最小で、電気クロック信号抽出動作を得ることが可能になる。
このように、受動導波路領域66を具えて多電極半導体レーザ素子86を構成することによって、入力光信号の波長に対応して、多電極半導体レーザ素子86の発振縦モード波長を制御することが可能となる。すなわち、入力光信号106の強度が小さい場合でも、電気クロック信号抽出動作を実現することが可能になる。