上記特許文献1の装置では、燃焼に関係するパラメータとして熱発生率に着目し、実際の運転状態における熱発生率パターンを算出して、算出した熱発生率パターンが予め定めた理想的な変化パターンに一致するように点火時期、燃料噴射量などをフィードバック制御している。特許文献1の装置はガソリン機関に関するものであるが、例えばディーゼル機関においても同様に筒内圧センサを設けることにより、筒内圧センサの出力に基づいて熱発生率のパターンを算出し、算出した熱発生率パターンが所定の熱発生率パターンになるように燃料噴射時期、燃料噴射量をフィードバック制御することも考えられる。
ところが、特許文献1の装置では機関の燃焼状態を表すパラメータとして、燃焼室における熱発生率のみを使用して燃焼状態のフィードバック制御を行っている。特許文献1の装置では、ガソリン機関が使用されており、ガソリン機関では通常ポート噴射による予混合気の形成が行われ、点火、燃焼などの燃焼パターンも大きくは変化しない。このため、燃焼状態を表すパラメータとして熱発生率のみを用いても大きな誤差は生じない。
しかし、ディーゼル機関では、例えば、EGRガス量や、燃料噴射時期などにより燃焼パターンが大きく変化する場合があり、熱発生率のみでEGRガス量や燃料噴射等のフィードバック制御を行うことは必ずしも適切ではない。
また、特許文献1の装置のように熱発生率のパターンに基づいて制御を行うためには、例えば、
dQ/dθ=(κ・P・(dV/dθ)+V(dP/dθ))/(κ−1)
(Pは実際に検出した燃焼室内圧力、Vはクランク角から定まる実筒内容積、κは比熱比)、の形で熱発生率dQ/dθをθの関数として表し、各クランク角毎に上記のような複雑な計算を行うことが必要となる。このため、制御回路の計算負荷が増大してしまう問題が生じる。
また、一般にクランク角の検出はあまり精度が高くないため、上記の熱発生率の計算式のように、クランク角を多用する場合には誤差が生じやすくなる問題がある。このため、上記の計算式を用いて算出した熱発生率に基づいてEGRガス量、燃料噴射量、時期などを制御すると制御誤差により、燃焼状態が悪化する場合も生じる。
本発明は、上記問題に鑑み、内燃機関のEGR流量や燃料噴射量、燃料噴射時期などを機関の燃焼状態に応じてフィードバック制御することにより機関の性能と排気性状とを改善する場合に、機関の熱発生率の計算を必要とすることなく、制御回路の計算負荷の増大を抑制しつつ、しかも正確に制御を行うことができる内燃機関の制御装置を提供することを目的としている。
請求項1に記載の発明によれば、機関燃焼室に燃料を噴射する燃料噴射弁と、機関排気の一部をEGRガスとして機関燃焼室に還流させるEGR装置と、機関燃焼室内の圧力を検出する筒内圧センサとを備えた内燃機関の制御装置であって、更に、前記筒内圧センサで検出した燃焼室内圧力に基づいて、着火遅れ期間と燃焼期間の少なくとも一方を含む燃焼タイミングに対応する燃焼圧特性値を算出する燃焼タイミング算出手段と、前記EGR装置を制御して前記燃焼タイミング算出手段が算出した燃焼タイミングに対応する燃焼圧特性値が予め定めた目標値になるように前記EGRガス量を調節する制御手段とを備え、前記燃焼タイミング算出手段は、前記筒内圧センサで検出した燃焼室内圧力Pと、クランク角θから定まる燃焼室容積Vとの積PVの値に基づいて、燃料噴射弁からの燃料噴射開始後前記PVの値が最大値PVmaxをとるまでの時間ΔTを前記燃焼タイミングに対応する記燃焼圧特性値として算出し、前記制御手段は、前記ΔTが予め定めた目標値になるように前記EGRガス量を調節し、前記目標値は、機関回転数とアクセル開度とに応じて定められ、前記内燃機関は、圧縮着火機関であり、前記制御手段は更に前記機関を、圧縮行程後期に燃料噴射を行い空気過剰率の大きい燃焼を行う通常燃焼モードと、通常燃焼モードより燃料噴射時期を進角し、かつEGRガス量を増大した低温燃焼モードとを切り換えて運転するとともに、前記ΔTの値に基づくEGRガス量制御を機関の前記低温燃焼モード運転時に行い、前記制御手段は更に、前記通常燃焼モードから低温燃焼モードへの切り換え時には、燃料噴射時期を通常燃焼モードにおける噴射時期から低温燃焼モードにおける目標燃料噴射時期に所定の移行時間をかけて連続的に変化させるとともに、該移行期間中は、実際の燃料噴射時期に代えて切り換え後の低温燃焼モードにおける目標燃料噴射時期を用いて算出したΔTの値に基づいて前記EGRガス量制御を行う、内燃機関の制御装置が提供される。
すなわち、請求項1の発明では、筒内圧センサで検出した燃焼室内圧力に基づいて、燃焼タイミングに対応する燃焼圧特性値が算出される。ここで、燃焼タイミングは、着火遅れ時間または燃焼期間の一方若しくは両方を含んでいる。
また、ここで言う燃焼圧特性値は燃焼室内圧力に基づいて算出される上記着火遅れ期間または燃焼期間の一方または両方と対応した値で、例えば後述するΔT、Δtc、Δtdなどのような値である。
着火遅れ期間と燃焼期間とは機関のEGR率(気筒に吸入されるガス量中に占めるEGRガスの割合、すなわち(EGRガス量/(新気量+EGRガス量)))に密接な対応を示すことが知られている。すなわち、EGR率が増大するにつれて、燃焼が生じにくくなるため、着火遅れ時間は長くなり、また、混合気の燃焼速度は低下するため燃焼期間(すなわち燃焼が開始してから終了するまでの期間)は長くなる。
本発明は上記に着目し、実際の着火遅れ期間または燃焼期間またはその両方(例えば着火遅れ期間と燃焼期間との合計)が予め求めておいた最適値に一致するようにEGRガス量(EGR率)をフィードバック制御するようにしている。これにより、正確にEGRガス量を最適量に制御することが可能となる。
また、実際の機関運転中に着火遅れ期間、燃焼期間等を直接計測することは困難である。そこで、本発明では燃焼室内圧力に基づいて、着火遅れ期間、燃焼期間と対応し、簡易な計算により算出可能な値(燃焼圧特性値)を算出し、この燃焼圧特性値が予め定めた最適値になるようにEGRガス量を制御している。
これにより、制御回路の計算負荷を増大させることなく簡易に、しかも正確にEGRガス量が最適な値に制御されるようになる。
また、本発明では、燃料噴射開始から、筒内圧センサで検出した燃焼室内圧力Pと、クランク角θから定まる燃焼室容積Vとの積PVの値が最大値PVmaxをとるまでの時間ΔTに基づいてEGRガス量をフィードバック制御する。
燃焼圧(筒内圧)から算出される、燃焼状態と関連するパラメータには種々のものがあるが、燃焼室内圧力Pとシリンダ容積との積PVの最大値PVmaxが生じるタイミングは、気筒の燃焼行程において燃焼が終了した時期に対応している。このため、燃料噴射開始からPVmaxが生じるまでの時間ΔTは機関の噴射された燃料が燃焼を開始するまでの時間と、燃焼が開始してから完了するまでの時間、すなわち着火遅れ期間と燃焼期間との合計(以下、「燃焼完了時間」という)に対応する。
前述のように、着火遅れ時間と燃焼期間とは機関のEGR率(気筒に吸入されるガス量中に占めるEGRガスの割合)と密接な対応を示すため、前述の燃焼タイミングに対応する燃焼圧特性値として燃焼完了時間ΔTを算出し、このΔTが予め求めておいた最適値に一致するようにEGRガス量(EGR率)をフィードバック制御する。これにより、制御回路の演算負荷を増大することなく、しかも正確にEGRガス量が最適な値に制御される。
なお、燃焼完了時間ΔTは時間(ミリ秒)で表しても良いし、クランク回転角(CA)で表しても良い。
更に、本発明では前述のΔT、ΔPVmax、θmax等の燃焼圧特性値の目標値は、アクセル開度(アクセルペダルの操作量、すなわち運転者によるアクセルペダルの踏み込み量を「アクセル開度」と称する)と機関回転数とに応じて定められる。
一般に、アクセル開度と機関回転数とは機関の運転状態を表す値として使用される。各燃焼圧特性値の目標値をアクセル開度と機関回転数とに応じて設定することにより、機関の運転状態毎に最適な燃焼状態を与えるEGRガス量、燃料噴射量、燃料噴射時期を簡易に設定することができる。
また、本発明では内燃機関として圧縮着火機関が使用される。上述の制御を圧縮着火機関に適用することにより、圧縮着火機関におけるEGRガス量の制御を正確に行うことが可能となる。
更に、本発明では、通常燃焼モードと低温燃焼モードとを切り換えて運転する機関が使用され、低温燃焼モード運転時に燃焼圧特性値ΔTを用いたEGRガス量制御が行われる。
低温燃焼モードは、燃料噴射時期を大幅に進角して気筒内に予混合気を形成するとともに、EGRガス量を大幅に増大して空燃比の低い燃焼を行うことにより、燃焼温度を低下させて排気中の煤とNOXとの両方を大幅に低下させる燃焼モードである。
しかし、低温燃焼モードでは大量のEGRガスが燃焼室に供給されるため、EGRガス量(EGR率)のわずかな変化でも燃焼状態が急激に悪化するような場合があり、EGRガス量の変化に対する燃焼状態変化の感度が高くなる。
前述のように、燃焼圧特性値ΔTを用いたEGRガス量のフィードバック制御を行うことにより極めて正確にEGRガス量を最適値に制御することができる。このため、本発明では、ΔTを用いたEGRガス量制御を行うことにより、EGRガス量の変化に対する感度が高い低温燃焼モードにおいても容易に適切な燃焼状態を達成することが可能となる。
また、本発明では更に、通常燃焼モードから低温燃焼モードへの切換時にも燃焼圧特性値ΔTを用いたEGRガス量制御を行う。
ところが、低温燃焼モードへの切換時には燃料噴射時期の急激な変化によるショックを避けるために燃料噴射時期をある時間をかけて連続的に変化させる、いわゆる移行時のなまし制御が行われる。
この場合、移行期間開始時から実際の(目標値噴射時期への変化途中の)燃料噴射時期を用いてΔTを算出していると、ΔTの値が目標値より大幅に小さくなり、これを是正するためにEGRガス量が大幅に増量されてしまい移行時の燃焼が不安定になる問題が生じる。
そこで、本発明では、移行期間中は実際の燃料噴射時期に代えて低温燃焼モードに移行が完了した後の燃料噴射時期(すなわち、低温燃焼モードにおける燃料噴射時期の目標値)を用いてΔTを算出するようにしている。
これにより、低温燃焼モード移行期間中のΔTの値は比較的大きな値として算出され、移行期間中にEGRガス量を適正にフィードバック制御することができ、EGRガス量の過度の増量による燃焼の不安定が生じることが防止される。
請求項2に記載の発明によれば、前記燃焼タイミング算出手段は更に、燃焼室内で燃焼が生じなかったと仮定した場合のピストンの圧縮のみにより生じる燃焼室内圧力とクランク角から定まる燃焼室容積との積PVbaseを算出し、前記PVが最大値PVmaxとなるクランク角θmaxにおけるPVbaseの値を用いて、PVmaxとPVbaseとの差ΔPVmaxを算出し、前記制御手段は更に、ΔPVmaxと前記θmaxとの値がそれぞれ予め定めた目標値になるように前記燃料噴射弁からの燃料噴射量と燃料噴射時期とを制御する、請求項1に記載の内燃機関の制御装置が提供される。
すなわち、請求項2の発明では、ΔTに基づくEGR制御に加えてΔPVmaxとθmaxとの値に基づいて燃料噴射量と燃料噴射時期とがフィードバック制御される。
燃焼室内圧力Pと燃焼室容積Vとの積PVは燃焼により生じるエネルギーとピストン圧縮によるエネルギーとの和に対応する値となり、従ってその最大値PVmaxからピストン圧縮のみによるPV値(PVbase)を引いた値であるΔPVmaxは燃焼室に供給された燃料の量、すなわち燃料噴射量に対応した値となる。
また、θmaxは燃焼室内の燃焼が終了した時点に対応した値であるので、他の条件(例えばEGRなど)が一定であれば燃料噴射時期に応じて変化する。
このため、例えばΔPVmaxが予め定めた目標値になるように燃料噴射量を、また、θmaxが予め定めた目標値になるように燃料噴射時期を、それぞれフィードバック制御することにより、EGRガス量に加えて、制御回路の演算負荷を増大させることなく、燃料噴射量、燃料噴射時期をも正確に制御することが可能となる。
請求項3に記載の発明によれば、機関燃焼室に燃料を噴射する燃料噴射弁と、機関排気の一部をEGRガスとして機関燃焼室に還流させるEGR装置と、機関燃焼室内の圧力を検出する筒内圧センサとを備えた内燃機関の制御装置であって、更に、前記筒内圧センサで検出した燃焼室内圧力に基づいて、着火遅れ期間と燃焼期間の少なくとも一方を含む燃焼タイミングに対応する燃焼圧特性値を算出する燃焼タイミング算出手段と、前記EGR装置を制御して前記燃焼タイミング算出手段が算出した燃焼タイミングに対応する燃焼圧特性値が予め定めた目標値になるように前記EGRガス量を調節する制御手段とを備え、前記燃焼タイミング算出手段は、前記筒内圧センサで検出した燃焼室内圧力Pと、クランク角θから定まる燃焼室容積Vと、燃焼ガスの比熱比κとから算出されるPVκの値に基づいて、燃料噴射弁からの燃料噴射開始後前記PVκの値が最小値PVκminをとるまでの時間Δtdを前記燃焼圧特性値として算出し、前記制御手段は、前記Δtdが予め定めた目標値になるように前記EGRガス量を調節する、内燃機関の制御装置が提供される。
すなわち、請求項3の発明では燃焼タイミングに対応した燃焼圧特性値として、燃料噴射弁からの燃料噴射開始後PVκの値が最小値PVκminをとるまでの時間Δtdを算出し、このΔtdが予め定めた目標値になるようにEGRガス量(EGR率)を調節する。
後述するように、気体の状態方程式から気筒内の混合気に熱の出入りがなければPVκは一定値となる。ところが、実際にはピストンやシリンダ壁を通じての熱の放散があるため、圧縮行程において燃焼が開始する前はPVκの値は減少する。そして、燃焼が開始すると熱の発生によりPVκの値は増加するようになる。
このためPVκの値が減少から増大に転じる点、すなわちPVκの値が最小値PVκminとなったときは燃焼が開始された時期である。従って、燃料噴射開始後PVκの値が最小値PVκminをとるまでの時間Δtdは、燃料噴射が開始されてから実際に燃焼が開始されるまでの時間、すなわち着火遅れ時間に対応している。
前述したように、着火遅れ時間はEGRガス量(EGR率)と密接な相関がある。そこで、着火遅れ時間を表す時間Δtdを燃焼圧特性値として算出し、このΔtdが予め求めておいた最適値に一致するようにEGRガス量(EGR率)をフィードバック制御することにより、制御回路の演算負荷を増大することなく、しかも正確にEGRガス量を最適値に制御することが可能となる。
なお、着火遅れ時間Δtdは時間(ミリ秒)で表しても良いし、クランク回転角(CA)で表しても良い。
請求項4に記載の発明によれば、 機関燃焼室に燃料を噴射する燃料噴射弁と、機関排気の一部をEGRガスとして機関燃焼室に還流させるEGR装置と、機関燃焼室内の圧力を検出する筒内圧センサとを備えた内燃機関の制御装置であって、更に、前記筒内圧センサで検出した燃焼室内圧力に基づいて、着火遅れ期間と燃焼期間の少なくとも一方を含む燃焼タイミングに対応する燃焼圧特性値を算出する燃焼タイミング算出手段と、前記EGR装置を制御して前記燃焼タイミング算出手段が算出した燃焼タイミングに対応する燃焼圧特性値が予め定めた目標値になるように前記EGRガス量を調節する制御手段とを備え、前記燃焼タイミング算出手段は、前記筒内圧センサで検出した燃焼室内圧力Pと、クランク角θから定まる燃焼室容積Vと、燃焼ガスの比熱比κとから算出されるPVκの値に基づいて、燃料噴射弁からの燃料噴射開始後前記PVκの値が最小値PVκminをとってから最大値PVκmaxをとるまでの時間Δtcを前記燃焼圧特性値として算出し、前記制御手段は、前記Δtcが予め定めた目標値になるように前記EGRガス量を調節する、内燃機関の制御装置が提供される。
すなわち、請求項4の発明では燃焼タイミングに対応した燃焼圧特性値として、PVκの値が最小値PVκminをとってから最大値PVκmaxをとるまでの時間Δtcを算出し、このΔtcが予め定めた目標値になるようにEGRガス量(EGR率)を調節する。
前述したように、PVκの値は燃焼が生じていなければ減少する。このため、PVκが増加から減少に転じる点、すなわちPVκが最大値となる点は燃焼が完了した時点である。このため、PVκの値が最小値PVκminになってから最大値PVκmaxになるまでの時間Δtcは燃焼が開始されてから終了するまでの時間、すなわち燃焼期間に対応する。
前述したように、燃焼期間はEGRガス量(EGR率)と密接な相関がある。そこで、、燃焼期間Δtcを燃焼圧特性値として用い、このΔtcが予め求めておいた最適値に一致するようにEGRガス量(EGR率)をフィードバック制御することにより、制御回路の演算負荷を増大することなく、しかも正確にEGRガス量を最適値に制御することが可能となる。
なお、燃焼期間Δtcは時間(ミリ秒)で表しても良いし、クランク回転角(CA)で表しても良い。
請求項5に記載の発明によれば、前記燃料噴射弁は、主燃料噴射に先立って少量の燃料を燃焼室内に噴射するパイロット噴射を行い、前記燃焼タイミング算出手段は、前記PVκminの値の検出を主燃料噴射開始後に開始する、請求項3または請求項4に記載の内燃機関の制御装置が提供される。
すなわち、請求項5の発明ではパイロット噴射が行われる機関において、PVκの最小値PVκminの検出は主燃料噴射開始後に開始される。
パイロット噴射が行われる場合には、パイロット噴射により噴射された燃料の燃焼が主燃料噴射より先に生じるため、主燃料噴射燃料の燃焼開始時期をパイロット燃料噴射燃料の燃焼開始時期から区別しないと正確なEGR制御を行うことができない。通常パイロット噴射燃料の燃焼は主燃料噴射開始前に終了するため、PVκの値が最小値か否かの判断、すなわちPVκminの値の検出を主燃料噴射開始後に開始するようにすることにより、正確に主燃料噴射の着火時期を検出することが可能となる。
各請求項に記載の発明によれば、内燃機関のEGR流量を機関の燃焼状態に応じてフィードバック制御する場合に、着火遅れ期間と燃焼期間、或いはこれらと密接な相関がある燃焼圧特性値を用い、これらの燃焼圧特性値が予め定めた目標値になるようにEGRガス量を制御することにより、制御回路の計算負荷の増大を抑制しつつ、しかも簡易かつ正確に制御を行うことが可能となる共通の効果を奏する。
以下、添付図面を用いて本発明の実施形態について説明する。
図1は、本発明の燃料噴射装置を自動車用ディーゼル機関に適用した場合の実施形態の概略構成を示す図である。
図1において、1は内燃機関(本実施形態では#1から#4の4つの気筒を備えた4気筒4サイクルディーゼル機関が使用される)、10aから10dは機関1の#1から#4の各気筒燃焼室に直接燃料を噴射する燃料噴射弁を示している。燃料噴射弁10aから10dは、それぞれ燃料通路(高圧燃料配管)を介して共通の蓄圧室(コモンレール)3に接続されている。コモンレール3は、高圧燃料噴射ポンプ5から供給される加圧燃料を貯留し、貯留した高圧燃料を高圧燃料配管を介して各燃料噴射弁10aから10dに分配する機能を有する。
本実施形態では、機関の排気ガスの一部を機関の各気筒燃焼室に還流させるEGR装置が設けられている。EGR装置は、機関の排気通路と機関の吸気通路または各気筒の吸気ポートとを接続するEGR通路33と、このEGR通路に配置され、排気通路から吸気通路へ還流する排気ガス(EGRガス)流量を制御する流量制御弁としての機能を有するEGR弁35とを備えている。EGR弁35は、ステッパモータ等の適宜な形式のアクチュエータ35aを備えており、後述するECU20からの制御信号に応じてEGR弁開度が制御される。
図1に20で示すのは、機関の制御を行う電子制御ユニット(ECU)である。ECU20は、リードオンリメモリ(ROM)、ランダムアクセスメモリ(RAM)、マイクロプロセッサ(CPU)、入出力ポートを双方向バスで接続した公知のマイクロコンピュータとして構成されている。ECU20は、本実施形態では、燃料ポンプ5の吐出量を制御してコモンレール3圧力を機関運転条件に応じて定まる目標値に制御する燃料圧制御を行っている他、機関運転状態に応じて燃料噴射の噴射時期及び噴射量を制御するとともに、後述する筒内圧センサ出力に基づいて求めた燃焼圧特性値を用いてEGR流量、燃料噴射量、噴射時期等の燃料噴射パラメータをフィードバック制御する燃料噴射制御等の機関の基本制御を行う。
これらの制御を行なうために、本実施形態ではコモンレール3にはコモンレール内燃料圧力を検出する燃料圧センサ27が設けられている他、機関1のアクセルペダル(図示せず)近傍にはアクセル開度(運転者のアクセルペダル踏み込み量)を検出するアクセル開度センサ21が設けられている。
図1に23で示すのは機関1のカム軸の回転位相を検出するカム角センサ、25で示すのはクランク軸の回転位相を検出するクランク角センサである。カム角センサ23は、機関1のカム軸近傍に配置され、クランク回転角度に換算して720度毎に基準パルスを出力する。また、クランク角センサ25は、機関1のクランク軸近傍に配置され所定クランク回転角毎(例えば15度毎)にクランク角パルスを発生する。
カム角センサ23とクランク角センサ25とのパルス信号はECU20に供給され、クランク軸回転位相角と機関回転数との算出に使用される。
また、図1に29aから29dで示すのは、各気筒10aから10dに配置され、気筒燃焼室内の圧力を検出する公知の形式の筒内圧センサである。筒内圧センサ29aから29dで検出された各燃焼室内圧力は、ADコンバータ30を経てECU20に供給される。
ECU20は、筒内圧センサ29aから29dで検出した気筒燃焼室内圧力に基づいて後述する燃焼圧特性値を算出し、この燃焼圧特性値に基づいてEGRガス量、燃料噴射量、燃料噴射時期等をフィードバック制御する。
以下、本実施形態における燃焼圧特性値に基づくEGRガス量や燃料噴射量と燃料噴射時期のフィードバック制御の詳細について説明する。
本実施形態では、筒内圧センサ29aから29dで検出した燃焼室内圧力に基づいて算出する燃焼圧特性値として、PVmax、θmax、ΔPVmax及びΔTを用いてEGRガス量、燃料噴射量、燃料噴射時期のフィードバック制御を行う。
図2は、本実施形態で使用する燃焼圧特性値、PVmax、θmax、ΔPVmax及びΔTを示している。
図2横軸は、気筒の圧縮行程から膨張行程にかけてのクランク角(CA)を、縦軸は後述するPV値を、それぞれ示している。横軸にTDCで示すのは圧縮上死点である。
本実施形態におけるPV値は、筒内圧センサ29aから29dで検出した各クランク角における燃焼室内圧力と、そのクランク角における燃焼室容積(クランク角の関数として与えられる)Vとの積(PV=P×V)として定義される。
図2の実線は、実際の燃焼時におけるPV値の変化を示している。図2に示すように、PV値は燃焼開始とともに急激に増大し、最大値PVmaxに到達した後急激に低下する。
PV値は圧力と体積との積であるため、気体の状態方程式PV=MRTの関係(M:気体のモル数、R:一般ガス定数(J/mol・K)、T:温度(°K))より、筒内温度に相当する値となる。また、実験からPVが最大値PVmaxとなるタイミング(図2、θmax)は筒内で噴射された燃料の燃焼が終了した時点(厳密には90パーセントの燃料が燃焼した時点)に対応することが確認されている。このため、θmaxは筒内での燃焼終了時を表す指標として用いることができる。
図2において、θinjは燃料噴射弁(10aから10d、以下参照符号10で総称する)からの燃料噴射開始時期を示す。また、図2にΔTで示すのは、燃料噴射開始(θinj)から燃焼終了時(θmax)までの時間(クランク角)で定義される燃焼完了時間である。燃料噴射弁10から噴射された燃料はある着火遅れ時間経過後に燃焼を開始し、種々の条件によって定まる燃焼時間経過後に燃焼が終了する。このため、燃焼完了時間ΔT(=θmax−θinj)は、燃料の着火遅れ時間と燃焼時間との合計に対応している。
また、図2において点線で示すのは、気筒内で燃焼が生じなかった場合のPV値の変化(PVbase)を表す。PVbaseは、ピストンの上下動のみによる筒内の気体の圧縮と膨張とを表すため、上死点に対して対称な曲線となる。
本実施形態では、前述のPV値の最大値PVmaxと、θmaxにおけるPVbase値との差をΔPVmaxとして定義している。
θmaxにおけるPVbaseの値は、吸気行程終了時における筒内圧とθmaxにおける筒内容積とから容易に算出することができる。しかし、前述したように、PVbase曲線は圧縮上死点に対して対称になる。このため、本実施形態では、θmax検出後、上死点に対して対称となる圧縮行程の点(図2にθmax′で示す)におけるPVbaseの値を使用してΔPVmaxを算出するが、実際には燃焼が生じる前の圧縮行程ではPV値とPVbase値とは同一となる。このため、本実施形態では実際にはθmax′におけるPV値をθmaxにおけるPVbase値として使用することにより、簡易にΔPVmaxの値を算出している。
次に、燃焼圧特性値ΔT、PVmax、θmax及びΔPVmaxの有する意味について説明する。
前述したように、燃料噴射開始からθmaxまでの期間である燃焼完了時間ΔTは、噴射された燃料の着火遅れ時間と燃焼時間との合計に対応している。一方、着火遅れ時間と燃焼時間とは、ともにEGR率(筒内に吸入されるガスに占めるEGRガス量の割合)の影響を大きく受け、EGR率が大きくなるにつれてΔTも増大する。このため、燃焼完了時間ΔTは筒内EGR率と密接な相関を有しており、EGR率を表す指標として使用することができる。
また、PVmaxが生じる時期θmaxは燃焼の終了時期に相関があり、筒内の燃焼状態に大きく関係する。また、他の条件が同一であれば燃焼の終了時期は燃料噴射時期に応じて変化する。
更に、ΔPVmaxの値は、燃焼時と燃焼が生じなかった時のPV値の差(温度差)であるため、燃焼室内で燃焼した燃料の量、すなわち燃料噴射量と相関がある。
本実施形態では、上記に着目し、ΔT、θmax、ΔPVmaxを用いて、EGRガス量、燃料噴射時期、燃料噴射量を最適値にフィードバック制御する。
すなわち、本実施形態では予め機関の運転状態(アクセル開度と回転数との組み合わせ)を変えて機関を運転し、燃費、排気ガス性状等の点で最適な燃焼状態を得られる燃料噴射量、燃料噴射時期、EGR率(EGR弁開度)を探し、これらの値をそれぞれの運転状態における燃料噴射量、燃料噴射時期、EGR弁開度の基準値として、アクセル開度と回転数とを用いた2次元数値マップの形(以下、便宜的に「基準噴射条件マップ」と呼ぶ)でECU20のROMに格納してある。
また、本実施形態では上記各運転状態において最適な燃焼状態が得られた時の燃焼圧特性値ΔT、θmax及びΔPVmaxの値を算出し、アクセル開度と回転数とを用いた2次元数値マップ(以下、便宜的に「目標特性値マップ」と呼ぶ)の形でECU20のROMに格納してある。
実際の運転では、ECU20はまず機関回転数とアクセル開度とから上記基準噴射条件マップを用いて燃料噴射量、燃料噴射時期、EGR弁開度を求め、燃料噴射量、燃料噴射時期、EGR弁開度を基準噴射条件マップ値に制御する。
そして、この状態で筒内圧センサ29aから29dの圧力に基づいて、各気筒のΔT、θmax、ΔPVmaxの燃焼圧特性値を算出する。そして、現在のアクセル開度と回転数とを用いて前述の目標特性値マップから、最適燃焼状態における燃焼圧特性値の目標値ΔT、θmax、ΔPVmaxを求め、実際の燃焼圧特性値がこれらの目標値に一致するように、基準噴射条件マップから定まる燃料噴射量、燃料噴射時期、EGR弁開度等を調整する。
具体的には、ECU20はEGR弁35の開度を調節して実際の燃焼圧特性値ΔTが目標値になるようにフィードバック制御するとともに、θmaxとΔPVmaxとがそれぞれの目標値に一致するように燃料噴射時期と燃料噴射量とをフィードバック制御する。
これにより、実際の燃焼状態が最適な状態になるように、EGR及び燃料噴射が制御される。
図3、図4は、上記燃焼圧特性に基づく制御操作(燃焼圧特性値制御操作)を具体的に説明するフローチャートである。図3、図4の操作はそれぞれ、ECU20により一定時間毎に実行されるルーチンとして行われる。
図3は、燃料噴射とEGRとの基本制御操作を示している。図3の操作ではECU20は燃料噴射量、燃料噴射時期、及びEGR弁35開度を、それぞれ機関回転数NEとアクセル開度ACCPとから定まる基準値と、図4の操作から燃焼圧特性値に基づいて定まる補正量との和として設定する。
図3において、ステップ301ではアクセル開度ACCPと機関回転数NEとが読み込まれ、ステップ303では予めECU20のROMにそれぞれACCPとNEとを用いた2次元数値マップの形で格納された前述の基準噴射条件マップから、ステップ301で読み込んだACCPとNEとの値を用いて、基準燃料噴射量FI0、基準燃料噴射時期θI0、基準EGR弁開度EGV0が読み出される。
基準燃料噴射量、基準燃料噴射時期、基準EGR弁開度は、予め実際に機関を運転して求めた、最適な燃焼状態が得られる燃料噴射量、燃料噴射時期、EGR弁開度である。
上記基準値は、実験時の環境において最適な燃焼状態を得ることができる燃料噴射量、時期、EGR弁開度であるが、実際の運転においては燃料の相違や、機関運転環境(気温、大気圧等)の相違、機器類のばらつきや特性変化等があるため、上記基準値を用いて運転しても最適な燃焼状態を得ることができるとは限らない。
そこで、本実施形態では、上記により求めた基準値FI0、θI0、EGV0に補正量α、β、γを加えて補正した値を実際の燃料噴射量、燃料噴射時期、EGR弁開度として設定する。すなわち、ステップ305では、実際の燃料噴射量FI、燃料噴射時期θI、EGR弁開度EGVが、FI=FI0+α、θI=θI0+β、EGV=EGV0+γとして設定され、ステップ307では、ステップ305で設定された値で燃料噴射及びEGR弁開度制御が行われる。
ここで、α、β、γは図4の操作により燃焼圧特性値に基づいて設定されるフィードバック補正量である。
図4の操作について説明すると、まずステップ401ではアクセル開度ACCPと機関回転数NEとが読み込まれる。そして、ステップ403では、予めECU20のROMに格納された、ACCPとNEとを用いた2次元マップからθmax、ΔPVmax、ΔTの目標値θmax0、ΔPVmax0、ΔT0が読み出される。目標値θmax0、ΔPVmax0、ΔT0は、それぞれのアクセル開度、回転数において最適な燃焼が得られたときのθmax、ΔPVmax、ΔTの値である。
そして、ステップ405では、筒内圧センサ29a〜29dの出力に基づいて各気筒のθmax、ΔPVmax、ΔTの燃焼圧特性値が算出される。
そして、ステップ407から411ではステップ405で算出した実際の燃焼圧特性値の値がステップ403でマップから求めた目標値に一致するように補正量α、β、γがフィードバック制御される。
すなわち、ステップ407ではまず、実際のΔPVmaxの値が目標値ΔPVmax0に一致するように燃料噴射量の補正量αがフィードバック制御され、ステップ409では実際のθmaxの値が目標値θmax0に一致するように燃料噴射時期の補正量βがフィードバック制御され、そして、ステップ411では実際のΔTの値が目標値ΔT0に一致するようにEGR弁開度の補正量γがフィードバック制御される。ステップ407から411におけるフィードバック制御は、例えば、それぞれの目標値からの実際の値の偏差に基づくPID制御とされる。
例えば、本実施形態におけるPID制御を燃料噴射時期の補正量βを例にとって具体的に説明すると、実際のθmaxの値と目標値θmax0との偏差をδとすると、補正量βは以下の式を用いて算出される。
β=K1×δ+K2×Σδ+K3×(δ−δi-1)
ここで、右辺第1項K1×δは比例項、第2項K2×Σδは積分項であり、Σδは、偏差δの積算値(積分値)を表す。また、第3項K3×(δ−δi-1)は微分項であり、(δ−δi-1)は偏差δの前回からの変化量(微分値)を表している(δi-1は前回のδの値)。また、K1、K2、K3は定数である。
上記のように、図3と図4との操作を繰り返すことにより、実際の燃料噴射量、燃料噴射時期及びEGR弁開度(EGR率)は、燃焼圧特性値が目標値に一致するように制御される。
このように、実際の運転における燃焼圧特性値が目標値に一致するように燃料噴射量、燃料噴射時期、EGR率をフィードバック制御することにより、例えば、機関の運転環境の相違や機器の特性変化やばらつき、燃料の相違などを個別に考慮することなく、容易に最適な燃焼状態を得ることができる。
なお、図3、図4の操作では燃料噴射量、時期等をまず基準値に制御して、この基準値に対する補正量を燃焼圧特性値を用いてフィードバック制御することにより、燃料噴射量等が最適な燃焼状態を与える値に短時間で収束するようにしている。しかし、燃料噴射量などの基準値を予め設定することなく燃料噴射量、時期、EGR率そのものを燃焼圧特性値を用いてフィードバック制御するようにすることも可能である。
ところで、図3、図4のように燃料噴射時期θIをθmaxとθmax0との偏差δに基づいて制御する場合、特に、後述する低温燃焼モードでの運転時などのように燃料噴射時期の目標値自体が大幅に進角されているような場合には、制御が発散する可能性がある。
例えば、実際のθmaxの値が目標値θmax0より遅れるような場合には、θmaxを早めるために燃料噴射時期θIは進角される。ところが、低温燃焼時のように燃料噴射時期が既に大幅に進角設定されているような場合には、過度に燃料噴射時期を進角すると、燃焼が不安定になり失火が生じやすくなるため、燃料噴射時期を進角するとかえってθmaxが遅く生じるようになる場合がある。
このような場合に、θmaxを用いて燃料噴射時期を制御していると、燃料噴射時期は更に進角されてしまい、制御が発散するのみならず、例えば過度の燃料噴射進角により、気筒内でピストンが十分に上昇していない位置で燃料噴射が行われ、噴射された燃料がピストン上に形成された凹部(ボウル)内から外にあふれたり、或いは噴射された燃料が直接シリンダ壁に当たるような場合(ボアフラッシング)が生じ、シリンダ壁に液状燃料が付着するために潤滑油の希釈や燃費及び排気性状の悪化を生じる問題がある。
特に、図4ステップ411のように同時にΔTを用いてEGRガス量を制御しているような場合には、燃料噴射時期が過度に進角されるとΔTの値も過大になりEGRガス量は大幅に低減されるため、燃料噴射時期の変化とEGRガス量の増減とが互いに影響しあって制御が安定しなくなる場合が生じる。
そこで、本実施形態では図3、ステップ305で算出された燃料噴射時期θIに対して進角ガード値θImaxを設け、燃料噴射時期がθImax以上に進角しないようにしている。
具体的には、図3ステップ305で,燃料噴射時期θIが、θI=θI0+βとして算出されると、ECU30は算出されたθIと進角ガード値θImaxとを比較し、θIがθImax以上に進角設定されている場合(θI≧θImax)には、算出されたθIの代わりにθImaxを用いてステップ307で燃料噴射制御を実行する。すなわち、ステップ305で算出されたθIの値は進角ガード値θImaxより遅角側(θI≦θImax)にある場合にのみステップ307で使用するようにする。
これにより、燃焼圧特性値θmaxを用いた燃料噴射時期のフィードバック制御において過度の進角が防止されるため、ボアフラッシングによる潤滑油の希釈や燃費、排気性状の悪化が防止されるとともに、過進角による燃料噴射時期制御の発散や、ΔTを用いたEGRガス量のフィードバック制御との干渉が防止され、燃料噴射時期やEGRガス量が目標値に短時間で収束するようになる。
なお、燃料噴射時期の進角ガード値θImaxは、燃料噴射弁から噴射された燃料がピストンのボウル内から外にあふれたり、壁面に付着したりすることがない時期であり、機関回転数と燃料噴射圧力等の噴射条件により定まる値となる。この値は、ピストン形状や燃料噴射弁の配置、機関回転数、噴射圧力など種々の条件により異なってくるため、実際の機関を用いた実験に基づいて、回転数(燃料噴射圧力)毎に数値マップとして作成しておくことが好ましい。
次に本発明の別の実施形態について説明する。
本実施形態では、機関1は通常のディーゼル燃焼モード、すなわち圧縮行程終期に燃料噴射を行い、空燃比の高い拡散燃焼を行う燃焼モードと、低温燃焼モード、すなわち、燃料噴射時期を大幅に進角して気筒内に予混合気を形成するとともに、EGRガス量を大幅に増大して空燃比の低い燃焼を行う燃焼モードとの2つの燃焼モードを切り換えて運転する。低温燃焼では、空燃比が比較的低い燃焼でありながら大量のEGRガスを燃焼室に供給することによりNOXなどの有害物質の生成を大幅に抑制し、更にディーゼル機関でありながら予混合燃焼を行うことにより、煤の発生量を大幅に低減することができる。
ところが、低温燃焼モードでの運転では燃焼状態の変化はEGR率の変化に対する感度が極めて大きく、EGR率が少し変化しただけで燃焼状態が大幅に悪化するようなケースも生じる。
そこで、本実施形態では、機関が低温燃焼モードで運転されているときに、EGR率(EGR弁開度)を燃焼圧特性値に基づいてフィードバック制御するようにしている。
図5は、本実施形態の燃焼圧特性値に基づくEGR率制御操作を説明するフローチャートである。本操作は、ECU20により一定時間毎に実行されるルーチンとして行われる。
図5の操作では、まずステップ501で現在機関が低温燃焼モードで運転されているか否かが判定され、低温燃焼モードで運転されていないときにはステップ503以下を実行することなく直ちに本操作を終了する。この場合には、例えばEGR率は従来と同様なアクセル開度と機関回転数とに基づくオープンループ制御により制御される。
ステップ501で現在低温燃焼モードで機関が運転されている場合には、次にステップ503に進み、現在のアクセル開度ACCPと機関回転数NEとをそれぞれ対応するセンサーから読み込んで、ステップ505では予めECU20のROMにACCPとNEとの2次元数値マップの形で格納した燃焼完了時間ΔTの目標値マップから、現在のACCPとNEとにおけるΔTの目標値ΔT0を読み出す。
ここで、ΔT0は、低温燃焼モードにおいて最適な燃焼状態が得られるEGR率でEGRガスを供給した場合の燃焼完了時間である。
次いで、ステップ507では、筒内圧センサ29a〜29dの出力に基づいて現在の実際の燃焼完了時間ΔTが算出される。そして、ステップ509では、実際の燃焼完了時間ΔTが目標値値ΔT0に一致するようにEGR弁開度がフィードバック制御される。このフィードバック制御は、図4の場合と同様、例えば目標値ΔT0と実際値ΔTとの偏差に基づくPID制御とされる。
なお、本実施形態では燃料噴射量と燃料噴射時期とは、別途ECU20により実行されるルーチンにより、予め低温燃焼モードでの運転に最適な値に設定されてる。
図5のように、特にEGR率の変化に敏感な低温燃焼モードでの運転時に、燃焼圧特性値ΔTに基づいて機関のEGR率を制御することにより、低温燃焼時にも安定した最適な燃焼状態を得ることができる。
ところで、上記のように低温燃焼モードに移行後はΔTに基づく制御により最適なEGR率を得ることができるが、通常燃焼モードから低温燃焼モードへの移行の際には、ΔTに基づくフィードバック制御によりEGRガス量を調節していると、低温燃焼モード移行時のEGR率が過度に変化して燃焼が不安定になる場合がある。
前述したように、低温燃焼モードでは通常燃焼モードに較べて燃料噴射時期が大幅に進角される。ところが、低温燃焼モードへの移行時に一挙に燃料噴射時期を進角させると燃焼状態の急変により機関出力トルクが変動し、いわゆるトルクショックが生じる問題がある。このため、通常燃焼モードから低温燃焼モードへの移行時には一定の移行期間を設け、この移行期間(時間)内に燃料噴射時期を通常燃焼モードでの値から低温燃焼モードでの目標値まで比較的緩やかに連続的に変化させる、移行処理(なまし処理)が行われる。
従って、移行処理中はΔT算出に用いる燃料噴射時期(図2、θinj)は徐々に変化(進角)し、それに応じてPVmaxが生じる時期(図2、θmax)も徐々に変化(進角)するため、切り換え開始時にはΔTの値は切り換え前の値からあまり大きく変化せず、比較的小さい値となる。
一方、低温燃焼モード移行後にEGR率を早期に目標値に収束させるために、低温燃焼モードへの移行期間中にもΔTやθmaxを用いてEGR弁開度や噴射時期のフィードバック制御を行おうとすると、移行期間初期は実際の燃料噴射時期に基づいて算出されるΔTの値は目標値ΔT0に較べてかなり小さくなるため、ΔTを増大させる方向に制御が行われてしまい、新気量が必要以上に低減されるようになって燃焼が不安定になる場合がある。
そこで、本実施形態では移行期間中はΔTを算出する際に実際の燃料噴射時期を使用せず、低温燃焼への移行完了後の目標燃料噴射時期を使用するようにしている。これにより、移行期間開始時には実際の燃料噴射時期を用いた場合よりΔTの値は大きくなり目標値ΔTとの偏差も小さくなる。本実施形態ではEGR弁開度をΔTとΔT目標値との偏差に基づいてフィードバック制御しているため、これによりEGR率が過度に増大されることが防止され、低温燃焼モードへの移行期間中もEGR率を適正に維持することが可能となる。
図6は、本実施形態における通常燃焼モードから低温燃焼モードへの切り換えの移行期間におけるΔT変化を説明する図である。
図6において、カーブθinjは燃料噴射時期の変化を、カーブθmaxはPVmaxが生じる時期の変化をそれぞれ表しており、実際のΔT(実ΔT)は、この2本のカーブの距離に等しくなる(図6参照)。
図6において、通常燃焼モードから切り換えの移行期間が開始されると、燃料噴射時期θinjは連続的に進角され、移行期間終了時には低温燃焼モードにおける目標燃料噴射時期になる。
この場合、図6に示すようにθinjは移行開始ににも大きく変化しないため、実際の燃料噴射時期を用いたΔT(実ΔT)は移行期間開始時には比較的小さな値となり、目標値ΔT0との差が比較的大きくなり移行期間初期にはEGRガス量を大幅に増大する方向に制御が進み、EGR率が過大になる問題が生じる。このため、低温燃焼モードへの移行期間中にΔTに基づいてEGRガス量を制御すると、燃焼が不安定になり極端な場合には失火が生じる場合がある。
これに対して、実際の燃料噴射時期に代えて低温燃焼モード切り換え後の燃料噴射時期目標値を使用して算出したΔTは、図6に示すように実ΔTに較べて大きな値になり、ΔTの目標値との差が小さくなる。従って、本実施形態ではEGR率が急激に増大されることが防止され、噴射時期の進角に応じて徐々にEGR率が増大するようになる。
これにより、本実施形態では通常燃焼モードから低温燃焼モードへの切り換え時に燃焼の不安定や失火などが生じることを防止しつつ短時間でEGR率を切り換え後の目標値に収束させることが可能となる。
次に、図7を用いて上記とは逆の低温燃焼モードから通常燃焼モードへの切換時の制御について説明する。
例えば、燃焼圧特性値を用いた燃料噴射量、燃料噴射時期、EGR率などの制御を低温燃焼モード運転中のみ行い、通常燃焼モード時には従来のオープンループ制御を行うような場合について考える。
この場合、低温燃焼モード運転時には燃料噴射量、燃料噴射時期、EGRガス量などは燃焼圧特性値(ΔT、θmax、ΔPVmax等)に基づいてフィードバック制御されており、実際の燃料噴射量、燃料噴射時期、EGRガス量などはフィードバック補正量を含んだものとなっている。
例えば燃料噴射時期を例にとって説明すると、図3ステップ305で説明したように、低温燃焼中の実際の燃料噴射時期は、目標値θI0にフィードバック補正量βを加えた量となっている。
通常、図7に示すように、低温燃焼モードから通常燃焼モードへの切り換え時にも図6で説明したと同様な移行期間が設けられており、燃料噴射時期の目標値は低温燃焼モード時のものから通常燃焼モード時の目標値に移行期間内に連続的に変化するようにされている。
ところが、上述のように低温燃焼モードでの実際の燃料噴射時期はフィードバック補正量βを含んだものであり、通常燃焼モードでの燃料噴射時期はフィードバック補正量βを含まない目標燃料噴射時期(オープンループ制御)である。このため、どの時点でフィードバック制御を停止して、フィードバック補正量βを0にするかが問題となる。例えば、移行期間開始とともに直ちにフィードバック制御を停止すると移行期間開始と同時に燃料噴射時期はフィードバック補正量βだけ急激に変化することになり、燃料噴射時期の急変によるトルク変動が生じる可能性がある。これは、移行期間中もフィードバック制御を継続し、移行完了とともにフィードバック制御を停止した場合も同様である。
そこで、本実施形態では図7に示すように、移行期間開始と同時にフィードバック制御は停止するものの、移行期間開始時のフィードバック補正量βは直ち0にせず、移行期間終了時に0になるように徐々に連続的にフィードバック補正を減少させるようにしている。
図7において、点線は燃料噴射時期の目標値θI0を、実線は実際の燃料噴射時期θIを示している。図に示すように、低温燃焼モード運転では、燃焼特性値θmaxに基づくフィードバック制御が行われており、目標値θI0と実際の燃料噴射時期θIとの間にはフィードバック補正量βだけ差が生じている。
移行期間が開始されると、本実施形態では直ちにフィードバック制御は停止するものの、移行開始時には実際の燃料噴射時期θIは移行期間開始時のフィードバック補正量βを含んだ値のままに維持される。このため、本実施形態では移行期間開始時のフィードバック制御停止による燃料噴射時期の急変が防止される。
そして、図7に示すように、移行期間中βの値は移行期間終了時に0となるように連続的に低減される(例えば、βの値を移行期間開始後の時間経過に比例して減少させる)。これにより、移行期間中に実際の燃料噴射時期θIは徐々に目標燃料噴射時期θI0に近づき、移行期間終了時にはθI0と一致するようになる。これにより、本実施形態ではトルク変動を生じることなく低温燃焼モード中の燃料噴射時期のフィードバック制御から通常燃焼モードでのオープンループ制御に移行することが可能となっている。
なお、図7は燃料噴射時期を例にとって説明したが、燃料噴射量、或いはEGRガス量についても同様な移行制御を行うことができることは言うまでもない。
次に、上記の燃焼圧特性値を用いたEGR制御の別の応用例について説明する。上記の各実施形態では、燃焼圧特性値ΔTを用いてEGR率を正確に制御し、低温燃焼時にも燃焼に最適なEGR率を得ることを可能としている。
例えば、機関排気通路に流入する排気の空燃比がリーンのときに排気中のNOXを吸収、吸着またはその両方で吸蔵し、流入する排気の空燃比がリッチになったときに、排気中のCO等の還元成分やHC等を用いて吸蔵したNOXを還元浄化する公知のNOX吸蔵還元触媒を設けて排気浄化を行う場合などには、上記NOX吸蔵還元触媒に吸蔵されたNOXの還元浄化時などには、排気空燃比(機関空燃比)を正確に制御する必要が生じる。ところが、上記の制御では応答性良好に最適なEGR率を得ることはできるものの、機関の燃焼空燃比(排気空燃比)を正確に制御することができるとは限らない。
例えば、燃料噴射弁の噴射特性が内部機構の摩耗などにより変化した場合、或いは噴射特性の製品毎のばらつきがある場合などは、燃焼圧特性値を目標値に制御しても必ずしも目標空燃比が得られているとは限らない。
一方、排気空燃比を目標空燃比に制御するためには、排気通路に空燃比センサを配置して、直接排気空燃比を計測することにより、排気空燃比が目標値になるようにEGR制御弁をフィードバック制御することも可能である。
しかし、空燃比センサを用いたEGR制御は排気ガスのセンサ取付位置までのガス輸送遅れや、センサ自体の応答遅れがあるため過渡運転時などのように機関運転条件が変化するような場合には必ずしも精度良くEGRガス量を制御することばできない。
そこで、本実施形態では燃焼圧特性値を用いたEGRフィードバック制御に、更に空燃比センサ出力に基づくフィードバック学習制御を組み合わせる事により、過渡運転時を含めて応答性良くEGRガス量を制御し、排気空燃比を高精度で制御することを可能としている。
すなわち、本実施形態では例えば、図5のフィードバック制御によりΔTが目標値ΔT0に一致するように制御されている状態で、所定の学習制御条件(例えば、機関が定常状態で運転されていることなど)が満たされた場合に、排気通路に配置した空燃比センサで検出した排気空燃比が、アクセル開度ACCP、機関回転数NEとから定まる目標空燃比に一致するように燃焼完了期間目標値ΔT0の値を少しずつ変化させる。
例えば、実際の排気空燃比が目標空燃比よりリッチ側であった場合には目標値ΔT0を所定量GTだけ減少させ、目標空燃比よりリーン側であった場合には目標値ΔT0を所定量GTだけ増大させる。
そして、増減後の目標値ΔT0を用いて、再度ΔTに基づくEGRガス量制御を行い、実際のΔTが増減後の目標値ΔT0に一致するようにEGRガス量を調整し、実ΔTと補正後の目標値ΔT0とが一致したら、再度空燃比センサで検出した排気空燃比と目標空燃比とが一致したか否かを判断し、一致していない場合には再度目標値ΔT0を所定値GTだけ増減させ、上記の操作を繰り返す。
そして、排気空燃比とΔTとの両方が目標値と一致したときの目標値ΔT0を、そのアクセル開度ACCPと機関回転数NEにおける新しい目標値(学習値)として記憶する操作を行う。このように、実際の空燃比センサ出力に基づいて、燃焼圧特性値ΔT0の学習補正を行うことにより、応答性良好にEGR率を制御しながら排気空燃比を正確に制御することが可能となる。
次に、本発明の別の実施形態について説明する。
前述の各実施形態では、PV値を算出し、燃焼圧特性値としてPVmaxに基づいて求めたΔTを用いてEGRガス量を制御していた。しかし、EGRガス量の制御に適した燃焼圧特性値としては、PVmax、或いはΔT以外にも着火遅れ期間と燃焼期間との一方または両方に密接な相関を有する値であれば同様に使用することができる。
例えば、本実施形態では着火遅れ期間と燃焼期間とに密接な相関を有する燃焼圧特性値としてPVκの値が最小値PVκminをとるまでの時間Δtdと、PVκの値が最小値PVκminをとってから最大値PVκmaxをとるまでの時間Δtcとを使用している。
ここで、PVκは各クランク角における燃焼内圧力Pと、そのクランク角における燃焼室容積Vをκ乗した値との積である。また、κは混合気の比熱比である。
ここで、気体の状態方程式から断熱変化においてはPVκ=一定となるが、実際の気筒内圧縮行程では、シリンダ壁やピストンを通じての混合気からの放熱があるため、気筒内圧縮行程ではPVκは圧縮開始から徐々に減少する。
一方、混合気に着火して燃焼が開始されると燃焼熱が発生するため、PVκの値は増加を開始する。このため、PVκの値が減少から増加に転じる点、すなわちPVκが最小値PVκminとなる点は燃焼の開始点である。また、同様に燃焼中はPVκの値は増加を続けるが、燃焼が完了して熱が発生しなくなるとPVκの値は再度減少し始める。従ってPVκの値が増加から減少に転じる点、すなわちPVκが最大値PVκmaxとなる点は燃焼の終了点である。
今、燃料噴射開始時期をθinj、PVκが最小値PVκminとなるクランク角をθstartとすると、Δtd=θstart−θinjは燃料噴射開始から燃焼開始までの期間であるので着火遅れ期間に等しくなる。
また、PVκが最大値PVκmaxとなるクランク角をθendとすると、Δtc=θend−θstartは、燃焼が開始してから終了するまでの期間、すなわち燃焼期間に等しくなる。
前述したように、着火遅れ期間と燃焼期間とはともにEGR率と密接な相関を有しており、EGR率が増大すると着火遅れ期間、燃焼期間は共に増加し、EGR率が減少すると、共に減少する。
そこで、本実施形態では着火遅れ期間Δtdまたは燃焼期間Δtcのいずれか一方を用いて前述のΔTを用いた場合と同様な方法でEGR率を制御するようにしている。
すなわち、本実施形態では予め最適なEGR率となった燃焼状態における着火遅れ期間(または燃焼期間)の値を目標値Δtd0(またはΔtc0)として、各アクセル開度ACCP、機関回転数NE毎に設定してある。そして、実際の運転では各行程サイクル毎に燃焼室内圧力とクランク角とからPVκの値を算出するとともに、このPVκの値が最小値(または最小値及び最大値)となるクランク角を検出し、実運転におけるΔtd(またはΔtc)を算出する。
そして、Δtd(またはΔtc)と現在の運転状態(ACCP、NE)におけるその目標値Δtd0(またはΔtc0)との偏差に基づいてEGR制御弁開度をフィードバック制御する。
なお、比熱比κは近似的に一定値とすることができ、燃焼室内容積Vはクランク角の関数となり予め計算することが可能である。従って、PVκの算出に際しては、予め各クランク角毎のVκの値を算出して数値テーブルの形でECU30のROMに記憶しておくことにより、簡易にPVκの値を算出することができる。
これにより、ΔTを用いたフィードバック制御の場合と同様に、制御回路の演算負荷を増大させることなく、しかも正確に応答性良くEGR率を制御することができる。
なお、主燃料噴射に先立って少量の燃料を噴射して燃焼室内で燃焼させることにより、主燃料噴射燃料の燃焼に良好な温度圧力条件を整えるパイロット噴射を行う場合には、算出したPVκの値が最小値PVκminか否かの判断は、主燃料噴射開始後に開始するようにすれば、パイロット燃料噴射燃料の燃焼開始時点を主燃料噴射燃料の噴射開始点として誤検出することが防止される。