JP2006180701A - チロシルtRNA合成酵素の変異体及びその作製方法 - Google Patents
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Abstract
【課題】チロシン誘導体に対する基質特異性又はアンバーサプレッサーtRNAに対する反応速度が高められたTyrRSの提供。
【解決手段】特定アミノ酸配列において、「Tyr32、His70、Asp158」のうちの1以上、又は「Tyr32、Asp158、His177」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRS、又はAsp286が別のアミノ酸残基で置換された配列を有する変異TyrRSであって、上記アミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRS。
【選択図】 なし
【解決手段】特定アミノ酸配列において、「Tyr32、His70、Asp158」のうちの1以上、又は「Tyr32、Asp158、His177」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRS、又はAsp286が別のアミノ酸残基で置換された配列を有する変異TyrRSであって、上記アミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRS。
【選択図】 なし
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、メタノコッカス・ジャナシィ(Methanococcus jannaschii)のチロシルtRNA合成酵素(TyrRS)/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の結晶、チロシン結合ポケットを有するTyrRS、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSとその作製方法、アンチコドンG34結合ポケットを有するTyrRS、野生型のTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSとその作製方法、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRS、チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キット、ポリペプチドの製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
現在、今までにない有用な性質をもつタンパク質をデザインし、生産するうえで、人為的に非天然型アミノ酸をタンパク質に導入する方法が注目されている。例えば、非天然型アミノ酸を含むタンパク質 (アロプロテイン(非特許文献1)) は、分子内標識(非特許文献2及び3)、タンパク質同士のクロスリンク(非特許文献4及び5)、X線やNMRによる構造解析(非特許文献6及び7)、さらにシグナル伝達系の解析(非特許文献2及び8)に用いられている。部位特異的に非天然型アミノ酸が導入されたアロプロテインを効率よく生産するためには、アミノアシルtRNA合成酵素 (aaRS) のtRNAやアミノ酸に対する特異性を改変することで、遺伝暗号系を拡張することが不可欠である。
【0003】
そのためにはまず、改変されたaaRS (aaRS*) は、非天然型アミノ酸を改変されたtRNA (tRNA*) と共有結合させる特性を有しなければならない。一方、tRNA*は61種類のセンスコドンとは対合してはならず、他のコドン、例えばアンバーコドンなどと対合する性質をもたなければならない(非特許文献9)。さらには、そのaaRS*・tRNA*ペアは、宿主翻訳系の他のどのaaRS・tRNAのペアとも相互作用しない、「直交した」関係であることが必須である(非特許文献9)。すなわち、aaRS*はtRNA*以外をアミノアシル化せず、tRNA*はaaRS*以外にアミノアシル化されないことが必要である。
【0004】
そのような直交したaaRS*・tRNA*ペアを実現するために、他生物種のペアを宿主の系に導入する方法が取られてきた。出芽酵母のフェニルアラニルtRNA合成酵素・tRNAPheペアを大腸菌に導入し、 p-フルオロフェニルアラニンをアンバーコドン特異的に導入したのが最初の試みであった(非特許文献10)。現在のところ、遺伝暗号の拡張は、真正細菌である大腸菌(非特許文献4、5、及び11−13)と、真核生物(小麦胚芽抽出液、非特許文献14、及び哺乳動物細胞、非特許文献15)で成功している。いずれの例も、チロシルtRNA合成酵素 (TyrRS)変異体とアンバーサプレッサー化されたtRNATyrのペアの導入で遺伝暗号を拡張している。それらの系では、真正細菌型TyrRS・tRNATyrと古細菌/真核生物型TyrRS・tRNATyrは、それぞれのグループ内ではアミノアシル化するが、互いのグループ同士ではアミノアシル化できない直交の関係にある(非特許文献16−18)ことが鍵となっている。
【0005】
例えば、古細菌Methanococcus jannaschii(以下、M. jannaschiiと記載する)のTyrRS・tRNATyrペアは大腸菌の系で、逆に大腸菌TyrRSとBacillus stearothermophilus tRNATyrのペアは哺乳動物細胞の系で直交したペアとなるために、それらの人工遺伝暗号の拡張に使われた(非特許文献15及び19)。
【0006】
TyrRS・tRNATyrペアの直交性は、古細菌/真核生物と真正細菌の間でのTyrRSのtRNA認識機構の違いに由来する。TyrRSは、対応するtRNAが持っているアイデンティティ決定因子という一部のヌクレオチド配列でtRNAを識別する(非特許文献20)。古細菌および真核生物のtRNATyrは、特徴的なC1:G72塩基対(非特許文献21)、アンチコドン、そしてA73をアイデンティティ決定因子として持つ(非特許文献18及び20)。一方、真正細菌では、アンチコドン、A73は同じであるが、全く逆のG1:C72塩基対と特徴的な長いバリアブルアーム(非特許文献21)をアイデンティティ決定因子として持つ(非特許文献22)(図1)。真正細菌と真核生物のtRNATyrの1:72塩基対をそれぞれC1:G72、G1:C72に逆転させると、バリアブルアームの長さに関わらず、TyrRSによる種特異的な認識が逆転する(非特許文献23)。そのことから、真正細菌型、古細菌/真核生物型TyrRS共にtRNAの1:72塩基対が認識の要となっていることが示唆されている。
【0007】
TyrRSの一次構造においても、古細菌、真核生物由来のTyrRSは互いに似ているのに対し、それらのTyrRSと真正細菌のTyrRSとは類似性が低い (図2)。例えば、PSI-BLASTプログラム (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/) で配列相同性を解析すると、M. jannaschiiとヒトのTyrRSの間には59%の類似性が見出されるのに対し、M. jannaschiiとB. stearothermophilusのTyrRSの間ではe-valueが0.22と高く、全体的な類似性は見出されない。
【0008】
【非特許文献1】
コイデ(Koide)ら、プロシーディングス・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス(Proceedings of the National Academy of Sciences)、 USA、第85巻、1988年、p.6237−6241
【非特許文献2】
ノワク(Nowak)ら、サイエンス(Science)、 第268巻、1995年、p.439−442
【非特許文献3】
ショート(Short)ら、バイオケミストリー(Biochemistry)、第39巻、2000年、p.8768−8781
【非特許文献4】
チン(Chin)ら、ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ(Journal of American Chemical Society)、第124巻、2002年、p.9026−9027
【非特許文献5】
チン(Chin)ら、プロシーディングス・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス(Proceedings of the National Academy of Sciences)、 USA、第99巻、2002年、p.11020−11024
【非特許文献6】
ヘンドリックソン(Hndrickson)ら、EMBO J.第9巻、1990年、p.1665−1672
【非特許文献7】
ヤブキら、J.Biomol.NMR、第11巻、1998年、p.295−306
【非特許文献8】
ルー(Lu)ら、Mol.Cell、第8巻、2001年、p.759−769
【非特許文献9】
ワング(Wang)ら、Chem.Commun(Camb)、2002年、p.1−11
【非特許文献10】
ファーター(Furter)、Protein Sci.第7巻、1998年、p.419−426
【非特許文献11】
ワング(Wang)ら、サイエンス(Science)、第292巻、2001年、p.498−500
【非特許文献12】
ワング(Wang)ら、ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ(Journal of American Chemical Society)、第124巻、2002年、p.1836−1837
【非特許文献13】
サントロ(Santoro)ら、ネイチャー・バイオテクノロジー(Nature Biotechnology)、第20巻、2002年、p.1044−1048
【非特許文献14】
キガら、プロシーディングス・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス(Proceedings of the National Academy of Sciences)、 USA、第99巻、2002年、p.9715−9723
【非特許文献15】
サカモトら、ヌクレイック・アシッズ・リサーチ(Nucleic Acids Res.)、第30巻、2002年、p.4692−4699
【非特許文献16】
チョー(Chow)ら,J.Biol.Chem.第268巻、1993年、p.12855−12863
【非特許文献17】
キン(Quinn)ら、Biochemistry、第34巻、1995年、p.12489−12495
【非特許文献18】
フェクター(Fechter)ら、Eur.J.Bhichem.第268巻、2001年、p.761−767
【非特許文献19】
ワング(Wang)ら、ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ(Journal of American Chemical Society)、第122巻、2000年、p.5010−5011
【非特許文献20】
ギージェ(Giege)ら、ヌクレイック・アシッズ・リサーチ(Nucleic Acids Res.)、第26巻、1998年、p.5017−5035
【非特許文献21】
マーク(Marck)ら、RNA、第8巻、2002年、p.1189−1232
【非特許文献22】
ヒメノら、ヌクレイック・アシッズ・リサーチ(Nucleic Acids Res.)、第18巻、1990年、p.6815−6819
【非特許文献23】
ワカスギら、EMBO J.第17巻、1998年、p.297−305
【非特許文献24】
ブリックら、Journal of Molecular Biology、第208巻、1989年、p.83−89
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
M. jannaschiiのTyrRSのアミノ酸特異性の改変は、すでにインビボスクリーニングシステムで成功している(非特許文献4、5、11−13、及び24)。そしてこれまでに、M. jannaschiiのTyrRSから、図24に示す側鎖を有するチロシン誘導体を基質として認識する変異TyrRSが取得されている。ところが、これらの改変は、すべて置換の標的残基は、B.stearothermophilusのTyrRS結晶構造に基づいて選択されたものである。上述の如く、TyrRSの一次構造においても、古細菌、真核生物由来のTyrRSと真正細菌のTyrRSとは類似性が低いことを考慮すると、B.stearothermophilusのTyrRS結晶構造に基づいて古細菌や真核生物のTyrRSの改変のための変異箇所を選択することは、その有効性が必ずしも保証されたものではない。
【0010】
本発明は、メタノコッカス・ジャナシィ(Methanococcus jannaschii)のチロシルtRNA合成酵素(TyrRS)/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の結晶、チロシン結合ポケットを有するTyrRS、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSとその作製方法、アンチコドンG34結合ポケットを有するTyrRS、野生型のTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSとその作製方法、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRS、チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キット、ポリペプチドの製造方法を提供する。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明は、以下の結晶を提供する。
(1) 表3に示される原子座標の原子番号1から4006で規定される構造を有する、メタノコッカス・ジャナシィ(Methanococcus jannaschii)のチロシルtRNA合成酵素(TyrRS)/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の結晶。
(2) 空間群がP3121であり、単位格子が、a=b=86.8Å(8.68nm)、c=156Å(15.6nm)の寸法を有する、TyrRS/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の結晶。
本発明は、以下のチロシン結合ポケットを有するTyrRSを提供する。
(3) 表3に示される原子座標の原子番号1から2415で規定される構造において、アミノ酸残基Tyr32、Ile33、Gly34、Phe35、Glu36、Leu65、Ala67、His70、Tyr151、Gln155、Asp158、Gln173、及びHis177によって規定されるチロシン結合ポケットを有するTyrRS。
本発明は、前記(3)のチロシン結合ポケット構造の情報から、下記の変異TyrRSとその作製方法を提供する。
(4) 配列番号1で表されるアミノ酸配列において、「Tyr32、His70、Asp158」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又は「Tyr32、Asp158、His177」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
(5) (4)の変異TyrRSにおいて、「Tyr32、His70、Asp158」が「Tyr32、Ala70、Thr158」に置換された配列、又は「Tyr32、His70、Asp158」が「Thr32、Thr70、Glu158」に置換された配列からなることを特徴とする変異TyrRS。
(6) (4)又は(5)の変異体のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
(7) チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも所望のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSを作製する方法であって、
(A)表3に示される原子座標に基づいて、前記チロシン結合ポケット構造を構成するアミノ酸残基から少なくとも1つ選択し、
(B)選択したアミノ酸残基について、別のアミノ酸残基で置換した変異TyrRSライブラリーを作製し、
(C)変異TyrRSライブラリーから、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも目的のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたものを選択することを含むことを特徴とする方法。
(8) 前記工程(A)において、表3に示される原子座標に基づいて、チロシン結合ポケットを構成するアミノ酸残基から3個選択することを特徴とする、変異TyrRSを作製する方法。
(9) 前記チロシン誘導体が3位置換チロシンであることを特徴とする、変異TyrRSを作製する方法。
(10) 前記工程(A)で選択したアミノ酸残基が、Tyr32、His70、及びAsp158の組み合わせ、又は、Tyr32、Asp158、及びHis177の組み合わせであることを特徴とする、変異TyrRSを作製する方法。
さらに、本発明は下記のアンチコドンG34結合ポケットを有するTyrRSを提供する。
(11) 表3に示される原子座標の原子番号1から2415で規定される構造において、アミノ酸残基Phe261、His283、Pro284、Met285、及びAsp286によって規定されるアンチコドンG34結合ポケットを有するTyrRS。
さらに本発明は、前記(11)のアンチコドンG34結合ポケット構造から得られる情報に基づいて、下記の変異TyrRSとその作製方法を提供する。
(12) 配列番号1で表されるアミノ酸配列においてAsp286が別のアミノ酸残基で置換された配列を有する変異TyrRSであって、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
(13) 前記Asp286が、Gln、Arg、又はTyrで置換されたものであることを特徴とする、変異TyrRS。
(14) (12)又は(13)の変異TyrRSのアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
(15) チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりもチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSにおいて、配列番号1におけるAsp286に相当するアミノ酸残基をGln、Arg、又はTyrで置換することを特徴とする、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSの作製方法。
(16) (15)の方法により作製され得る変異TyrRS。
さらに、本発明は、下記の変異TyrRSとその作製方法を提供する。
(17) 配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換され、かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列、
又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換され、かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列
からなり、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
(18) (17)の変異TyrRSのアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、
チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
さらに、本発明は、下記のチロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キット及びポリペプチドの製造方法を提供する。
(19) ▲1▼細胞抽出液、
▲2▼前記のいずれかの変異TyrRS、
▲3▼前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNA
とを具備した、チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キット。
(20) 前記いずれかの変異TyrRSと、前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAとを用いたポリペプチド合成系によって、所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子を用いて、非天然型アミノ酸を含んだポリペプチドを発現させることを特徴とする、ポリペプチド合成方法。
(21) (A)前記いずれかの変異TyrRSを細菌内で発現させる発現ベクターと、
(B)前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAを、前記細菌内で発現させる発現ベクターと、
(C)所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子
とを有する真性細菌を、その細菌の増殖に適した培地に目的のチロシン誘導体を添加した培地で、適当な条件でインキュベートすることにより、真性細菌内で、チロシン誘導体組み込みポリペプチドを発現させることを特徴とする、ポリペプチドの製造方法。
(22) (A)前記いずれかの変異TyrRSを細菌内で発現させる発現ベクターと、
(B)前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAを、前記細菌内で発現させる発現ベクターと、
(C)所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子
とを有する真性細菌。
【0012】
【発明の実施の形態】
本発明において、チロシン誘導体とは、チロシンを構成する原子のいずれかに任意の置換基が導入されたものをさし、置換基の導入される位置に制限はない。具体的には、例えば、図24に挙げる側鎖を有するチロシン誘導体が挙げられる。
【0013】
本発明のTyrRS変異体は、アミノ酸配列の中に特定の位置に変異を有し、所望の活性を維持する限り、その他の位置のアミノ酸残基については、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたものも包含するものとする。
同様に、本発明のTyrRS変異体は、アミノ酸配列の中に特定の位置に変異を有し、所望の活性を維持する限り、その他の位置のアミノ酸残基については、70%以上の相同性、好ましくは80%以上の相同性、より好ましくは90%以上の相同性を有するものも包含するものとする。
【0014】
(1)三重複合体の結晶構造
本発明は、高分解能三次元構造及びX線結晶学により決定した、三重複合体の原子構造座標を提供する。三重複合体の結晶化、及びその構造座標のX線解析のための具体的な方法は、実施例に記載した通りである。
本発明のM. jannaschii のTyrRSとM. jannaschiiのtRNATyrとL−チロシンとの三重複合体(以下、TyrRS/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体という)の結晶は、空間群がP3121であり、単位格子が、a=b=86.8Å(8.68nm)、c=156Å(15.6nm)の寸法を有するものである。ここで、単位格子とは、結晶の最も小さく単純な体積要素をさし、空間群とは単位格子の対称性をさす。
1.95Å(1.95×10-1nm)の分解能で得られた本発明のTyrRS/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の原子構造座標を表3に示す。表3に示した原子座標において、原子番号1から2415は、TyrRS、2416から2428はL−チロシン、2429から4006は、tRNA、4007から4374は捕捉された水に相当する。
本発明において、TyrRS/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の原子構造座標とは、表3に示された座標と一致又は実質的に一致するものをさし、より具体的には、表3に示した座標に関し、バックボーン原子(N、Cα、C及びO)を用いてそれを重ね合わせたときに、約1.5Å(0.15nm)以下、好ましくは約1.0Å(0.1nm)以下、より好ましくは0.5Å(0.05nm)以下の二乗平均偏差をもつものを意味する。
【0015】
表3に示される原子座標は、チロシンtRNAとL−チロシンに結合したM. jannaschiiのTyrRSの立体構造を反映するものであり、多くの有用な情報を提供する。中でも、古細菌のTyrRS改変を行なうためのアミノ酸置換の位置の特定に用いることができる。また、上述のごとく、古細菌と真核細胞におけるTyrRSの類似性から、表3に示される真核生物のTyrRS改変を行なうためのアミノ酸置換の位置の特定のためにも用いることができると考えられる。
より具体的には、以下に詳述するように、表3の原子座標データを解析した結果、TyrRSに存在するチロシン結合ポケット構造と、アンチコドンG34結合ポケット構造とが明らかになった。また、実施例の欄で詳述するように、tRNAのアクセプターステム認識に関与する部位についても、表3の原子座標データより新たな情報を得た。
【0016】
(2)チロシン結合ポケット
本発明において明らかにされた、TyrRSのチロシン結合ポケット構造とは、表3に示される原子座標の原子番号1から2415で規定される構造を有するM. jannaschiiのTyrRSにおいて、アミノ酸残基Tyr32(原子番号259〜270)、Ile33(原子番号271〜278)、Gly34(原子番号279〜282)、Phe35(原子番号283〜293)、Glu36(原子番号294〜302)、Leu65(原子番号525〜532)、Ala67(原子番号541〜545)、His70(原子番号562〜571)、Tyr151(原子番号1230〜1241)、Gln155(原子番号1265〜1273)、Asp158(原子番号1289〜1296)、Gln173(原子番号1398〜1406)、及びHis177(原子番号1435〜1444)によって規定されるものである。
【0017】
このチロシン結合ポケットを拡大した図を図4に示す。図4において、点線は水素結合を意味する。このチロシン結合ポケット構造において、L−チロシンが認識されるメカニズムは以下の通りであると考えられる。
ポケットの入り口の近くでは、基質のL−チロシンのアミノ基とカルボニル基が、Gln173、Tyr151及びGln155で水素結合ネットワークを形成する。すなわち、基質のL−チロシンのアミノ基は、Gln173のカルボニル基、Tyr151のヒドロキシル基及びGln155のカルボニル基と、各々水素結合を形成し、基質のL−チロシンのカルボニル基は、Gln173のアミノ基と水素結合を形成し、さらにGln173のカルボニル基とGln155のアミノ基で水素結合を形成する。
チロシンの芳香環は、Leu65、His70、及びGln155の側鎖により認識され、さらに、Ile33、Gly34、Phe35の主鎖によっても認識される(チロシンの後ろ側、図4には示さず)。チロシンの芳香環のヒドロキシル基は、ポケットの内部のTyr32とAsp158で水素結合により認識される。水分子は、His177とTyr32により水素結合で捕捉され、チロシンの側鎖にも近位である。
このチロシン結合ポケットが、野生型のTyrRSのチロシンに対する基質特異性を決定するものと考えられる。そこで、TyrRSのチロシンに対する基質特異性を改変するには、このチロシン結合ポケットを構成するアミノ酸残基を変異させることが有効であると考えられる。
【0018】
(3)TyrRSの基質特異性変異体の作製方法
本発明は、前記チロシン結合ポケット構造の情報に基づき、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも所望のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRS(以下、単に本発明の基質特異性変異TyrRSともいう)を作製する方法を提供する。すなわち、
(A)表3に示される原子座標に基づいて、前記チロシン結合ポケット構造を構成するアミノ酸残基から少なくとも1つ選択し、
(B)選択したアミノ酸残基について、別のアミノ酸残基で置換した変異TyrRSライブラリーを作製し、
(C)変異TyrRSライブラリーから、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも目的のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたものを選択することを含むことを特徴とする方法である。
本発明において、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも目的のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSとは、チロシンよりも所望のチロシン誘導体に対する基質親和性が高められた変異TyrRSということもできる。チロシンよりも所望のチロシン誘導体に対する基質親和性が高められたとは、目的のチロシン誘導体に対する活性値(反応速度Kcatをミカエリス定数Kmで割った値)が、チロシンに対する活性値よりも大きいものをいう。活性値はインビトロのアッセイによって測定できるが、遺伝学的なデータから活性値の相対的な大きさを判定することもできる。
【0019】
工程(A)において、置換基を導入する原子は、チロシンの芳香環を構成する炭素のいずれでもよい。特にチロシン芳香環を構成する2位又は3位の炭素原子に置換基を導入したい場合は、チロシンの線対称性により、2箇所ずつとなる。チロシン芳香環の4位のヒドロキシル基を別の置換基に変えたチロシン誘導体でもよい。上述したように、すでに、図24に示すような種々のチロシン誘導体に基質特異性を有する変異体が取得されていることから、M. jannaschiiの変異より、多様な基質特異性を有し得ることは実証されている。本発明の方法においては、より合理的に変異の箇所が特定できるので、すでに基質となり得ることが知られているチロシン誘導体について、より基質特異性が高められた変異体の取得が可能となるだけでなく、新たな位置や種類の置換基を有するチロシン誘導体に対して基質特異性を有する変異体が取得できる可能性が開かれた。
【0020】
工程(B)において、選択したアミノ酸残基について、別のアミノ酸残基で置換した変異TyrRSライブラリーを作製する。
アミノ酸残基を複数選択した場合は、PCR等を用いた公知の遺伝子操作技術によるアミノ酸残基のランダム置換を行なうことができる。
例えば、2通りの3位置換について、アミノ酸残基を3個選択した場合は、試みるべきアミノ酸置換の組み合わせは203通りずつ、合わせて16000通りである。遺伝子上のこれらの3つの位置に対応するヌクレオチド残基(それぞれ合わせて9残基)をランダムな配列に変えた変異遺伝子のライブラリーをPCRを利用して作製することができる。
従来の報告(非特許文献4、11、12及び24)では、チロシン誘導体特異的M. jannaschii TyrRSを得るために、フェノール環上の置換基の位置に関わらず、B. stearothermophilus TyrRSの立体構造に基づいてチロシン認識に関与するアミノ酸残基を5か所推定して、これらをランダムに置換している。この方法では、1種類の改変体TyrRSを得るために205通りのアミノ酸置換の組み合わせを調べる必要があった。本発明を用いると、置換の位置をより限定することができるので、これより少ない置換基を選択してより効率的に目的のTyrRS改変体を得ることが可能である。
【0021】
工程(C)における選択は、アンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、大腸菌などで発現させ、チロシン(+)チロシン誘導体(−)の培地では、アンバーサプレッションが起こらないが、チロシン(+)チロシン誘導体(+)の培地ではアンバーサプレッションが起こるものを選択すればよい。例えば、Lacにアンバー変異を導入した株を、アンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、ランダムな配列に変えた変異遺伝子のライブラリーで形質転換し、チロシン(+)チロシン誘導体(−)の培地では、アンバーサプレッション(Lac−)が起こらないが、チロシン(+)チロシン誘導体(+)の培地ではアンバーサプレッション(Lac+)が起こるものを選択すればよい。
このようなポジティブセレクションを用いれば、多くの形質転換株から目的のものを簡便に選択することができる。
【0022】
以下、本発明の変異TyrRSの作製方法を用いて、M. jannaschii TyrRSのアミノ酸特異性の改変手法の一例について具体的に説明する。
【0023】
[1]M. jannaschii TyrRS遺伝子の入手
M. jannaschii TyrRS遺伝子の既知の塩基配列(GenBank ID: 1591094)(配列番号2)をもとにPCRプライマー1,2(各々、配列番号3、4)を設計し、これらのプライマーを用いて、遺伝子の全長を、M. jannaschiiゲノムDNA(ATCC bioproducts社から購入)を鋳型としたPCRによって遺伝子の全長を含むDNA断片を得ることができる(ATCC bioproducts, http://www.atcc.org/Products/PurifiedDNA.cfm/)。
【0024】
[2]M. jannaschii TyrRSの大腸菌内での発現用プラスミドpMYSの作成
[1]で得たDNA断片は両末端に制限酵素NdeI部位とBglII部位をそれぞれ持つので、これら2つの制限酵素で処理した後、同様に処理した発現用ベクターpCBS1(FEBS Letter Vol. 462, pp. 302-306, 1999)とリガーゼによって結合させてプラスミドpMYSを作成する。このプラスミドを大腸菌に導入することにより、M. jannaschii TyrRSの大腸菌内で大量に発現させることができる。
【0025】
[3]M. jannaschii由来チロシン・サプレッサーtRNA(以下,Mj sup-tRNA)とアンバー変異を含むlac遺伝子のαフラグメント(以下,α-lac(Am))を両方とも大腸菌内で発現するためのプラスミドpMYR-Lac(Am)の作製
M. jannaschii サプレッサーtRNA遺伝子(非特許文献11)を含むDNA断片(配列番号5)とその発現用プロモータを含む断片(配列番号6)を、ベクターpACYC184(Journal of Bacteriology Vol. 134, pp. 1141-1156, 1978)のBamHI-HindIII部位,BamHI-SalI部位にそれぞれクローニングしてプラスミドpMYRを作製する。さらに、 pMYRを制限酵素EagIで処理した後、α-lac(Am)を含むDNA断片(配列番号7)とリガーゼによって結合させて、プラスミドpMYR-Lac(Am)を作製する(図3)。
【0026】
M. jannaschii サプレッサーtRNA遺伝子を含むDNA断片の塩基配列(配列番号5)
(1番目と3番目の下線は、BamHI部位とHindIII部位を示す。2番目の下線は、M. jannaschii サプレッサー-tRNAの構造遺伝子領域を示す。)
【0027】
発現用プロモータを含むDNA断片の塩基配列(配列番号6)
(下線は、各々SalI部位とBamHI部位を示す。)
【0028】
α-lac(Am)を含むDNA断片(配列番号7)
(下線は、各々、α-lac遺伝子の開始コドンとアンバーコドンを示す。)
【0029】
[4]M. jannaschii TyrRS中のアミノ酸残基でアミノ酸特異性の改変の為に置換する残基の選択
例えば、改変によって3-ヨード-L-チロシン(以下,IY)を特異的に認識する変異TyrRSを得たい場合は、TyrRSのL-チロシン結合部位の立体構造(図4)において、チロシン環3位(左右2カ所)の近傍に位置する次の3残基を選択する。
右側:N末端から32番目のチロシン残基(Tyr32),His70,Asp158
左側:Tyr32, Asp158, His177
【0030】
[5]Tyr32,His70,Asp158の3残基を同時にそれぞれ20種類のアミノ酸のいずれかにランダムに置換した変異TyrRS発現プラスミドの作製
M. jannaschii TyrRS遺伝子中の該当3アミノ酸残基に対応する塩基配列をNNK(N:A, G, C, Tのいずれか、K:GまたはT)に置換した遺伝子を次の2段階のPCRによって作製して、[2]に記述した方法で大腸菌内で発現させる。
【0031】
[PCR第1段階]プライマー1−8を用いた次の4回のPCRを含む。
PCR.1 プライマー1(配列番号3)とプライマー3(配列番号8)を用いる。
PCR.2 プライマー4(配列番号9)とプライマー5(配列番号10)を用いる。
PCR.3 プライマー6(配列番号11)とプライマー7(配列番号12)を用いる。
PCR.4 プライマー8(配列番号13)とプライマー2(配列番号4)を用いる。
反応条件はいずれも次の通りとすればよい。
Pyrobest DNA polymerase (Takara社から購入)、酵素に添付の反応用緩衝液を使用し、反応液の容量は50マイクロリットルとする。プライマーは25ピコモルずつ使用し、鋳型としてプラスミドpMYS を1ナノグラム使用する。反応の温度制御は次の通りとすればよい。
98度5分→(98度10秒→50度15秒→72度x秒)×25回以上→72度5分
ここで、xは30以上で、PCRで生成するDNA断片の長さを500で割って60を掛けた値とする。
【0032】
[PCR第2段階]PCR.1〜4で得られたPCR産物10ナノグラムずつを混合して鋳型としてプライマー1,2を用いて行う。反応条件、温度制御はx=90とする前記PCR第1段階と同じである。
【0033】
[6]Tyr32,Asp158,His177の3残基を同時にそれぞれ20種類のアミノ酸のいずれかにランダムに置換した変異TyrRS発現プラスミドの作製
前記[5]の手順においてPCR第1段階で用いるプライマーが以下の組み合わせになる以外は同様に実施する。プライマー9、10(各々、配列番号14、15)にする以外は全て同じである。
【0034】
[PCR第1段階]
PCR.1 プライマー1(配列番号3)とプライマー3(配列番号8)を用いる。
PCR.2 プライマー4(配列番号9)とプライマー6(配列番号11)を用いる。
PCR.3 プライマー8(配列番号13)とプライマー9(配列番号14)を用いる。
PCR.4 プライマー10(配列番号15)とプライマー2(配列番号4)を用いる。
【0035】
[7]変異体の選択の方法
大腸菌MV1184株をプラスミドpMYR-Lac(Am)で形質転換するMV1184*株を作成する。
MV1184*株に[5]または[6]で作成した変異TyrRS発現プラスミドをそれぞれ形質転換法によって導入し、 LB*プレートに播く。18時間以上37度で保温したのちに生じたコロニー(8000個以上)を集めてLB **(IY)プレートに再び播き、24時間以上保温して再度生じたコロニーの着色を観察する。
各コロニーは、それぞれ1つずつの変異TyrRS遺伝子のクローンを含んでいる。変異TyrRSがプレート中のL-チロシン(または,IYの添加ある場合には,IYまたはL-チロシン)をMj sup-tRNAに結合させる活性を持つならば、α-lac(Am)遺伝子中のアンバー変異をサプレッションして青く着色したコロニーを生じる。
よって、LB**(IY)プレート上の青く染まったコロニーは、IYまたはL-チロシンをMj sup-tRNAに結合させる活性を持つ変異TyrRS遺伝子のクローンを含んでいることがわかる。そこで、青く染まったコロニーを1つずつLB**プレートとLB **(IY)プレート上にそれぞれ移植して、24時間以上37度で保温して再度着色を観察する。LB **(IY)プレート上では青、LB **プレート上では白になるコロニーは、IYのみをMj sup-tRNAに結合させる活性を持つ変異TyrRS遺伝子のクローンを含んでいる。よって,それぞれのコロニーから変異TyrRS遺伝子を回収する。
各プレートの組成は以下の通りとすることができる。
LB *プレート:1リットルあたりアンピシリン100ミリグラム、クロラムフェニコール25ミリグラムを含んだLBプレート。
LB **プレート:1リットルあたりイソプロピル-1-チオ-D-ガラクトピラノシド1mM(最終濃度)、 5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド40ミリグラム、IY 0.1グラムを含んだLBプレート。
LB **(IY)プレート:1リットルあたりイソプロピル-1-チオ-D-ガラクトピラノシド1mM(最終濃度)、 5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド40ミリグラム、IY 0.1グラムを含んだLBプレート。
【0036】
(4)基質特異性変異TyrRS
こうして得られた変異体は、チロシンよりも所望のチロシン誘導体に対する基質親和性が高められた変異TyrRSである。すなわち、
(A)表3に示される原子座標に基づいて、前記チロシン結合ポケット構造を構成するアミノ酸残基から少なくとも1つ選択し、
(B)選択したアミノ酸残基について、別のアミノ酸残基で置換した変異TyrRSライブラリーを作製し、
(C)変異TyrRSライブラリーから、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも目的のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたものを選択することを含む方法により作製された変異TyrRSは、例えば、後述の方法により、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、所望の位置にアンバー変異を受けた所望の遺伝子を発現させることにより、所望の位置に目的のチロシンを組み込んだポリペプチド生産に好ましく用いられる。
【0037】
また、本発明の一態様において、配列番号1で表されるアミノ酸配列(M.jannaschiiの野生型のTyrRSのアミノ酸配列;1文字標記で図25に示す)において、Tyr32、His70、Asp158のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又はTyr32、Asp158、His177のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3位置換チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRSは、例えば、後述の方法により、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、所望の位置にアンバー変異を受けた所望の遺伝子を発現させることにより、所望の位置に目的の3位置換チロシンを組み込んだポリペプチド生産に好ましく用いられる。
本発明の変異TyrRSの一態様によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、Tyr32、His70、Asp158のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又はTyr32、Asp158、His177のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列を含み、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3位置換チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRSである。
【0038】
さらに、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、Tyr32、His70、Asp158のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又はTyr32、Asp158、His177のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRSは、例えば、後述の方法により、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、所望の位置にアンバー変異を受けた所望の遺伝子を発現させることにより、所望の位置に3位置換チロシン、好ましくは3−ハロゲン化チロシン、特に3−ヨードチロシンを組み込んだポリペプチド生産に好ましく用いられる。
本発明の変異TyrRSの一態様によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、Tyr32、His70、Asp158のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又はTyr32、Asp158、His177のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列を含み、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRSである。
【0039】
さらに、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換された配列(Tyr32−Ala70−Thr158)、又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換された配列(Thr32−Thr70−Glu158)からなる変異TyrRSを提供する。この変異体が実際に3−ヨードチロシンに対する特異性が高いことは、前記の選択方法において、チロシン(+)3−ヨードチロシン(−)の培地では、アンバーサプレッション(Lac−)が起こらないが、チロシン(+)3−ヨードチロシン(+)の培地ではアンバーサプレッション(Lac+)が起こることにより実証されている。
本発明の変異TyrRSの一態様によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換された配列(Tyr32−Ala70−Thr158)、又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換された配列(Thr32−Thr70−Glu158)を含む変異TyrRSである。
【0040】
3−ヨードチロシン、3−ブロモチロシンなどの、3−ハロゲン化チロシンは、それ自体で生理活性を有する非天然型アミノ酸であり、ポリペプチドの部位特異的ラベルの標的部位ともなる。したがって3−ハロゲン化チロシンに対する基質特異性が高められた本発明の変異TyrRSは、3−ハロゲン化チロシンを組み込んだアロタンパク質に用いることができ、このようなアロタンパク質は、タンパク質機能・構造解析の材料として有用であり、また創薬のターゲットともなる可能性がある。
【0041】
(5)アンチコドンG34結合ポケット構造
M. jannaschii TyrRSにおいて、アンチコドンはC末端ドメインによって認識される (図6及び図15)。そして、アンチコドンの1文字目のG34が引き出されて厳密に認識される (図15)ことがわかった。
こうして明らかとなった本発明のアンチコドンG34結合ポケット構造は、表3に示される原子座標の原子番号1から2415で規定される構造を有するM. jannaschiiのTyrRSにおいて、アミノ酸残基Phe261、His283、Pro284、Met285、Asp286によって形成される、アンチコドンG34結合ポケット構造である。このアンチコドンG34結合ポケットを図5に示す。
このアンチコドンG34結合ポケットにおいては、G34の塩基部分はPhe261とHis283の環の間にスタッキングし、さらに1位の窒素原子と2位のアミノ基は、共にAsp286と水素結合によって認識されている。
【0042】
この知見に基づき、本発明者らは、tRNATyrのG34C変異体であるアンバーサプレッサーtRNA(チロシンアンチコドンGUAの1文字目GがCに置換されて、アンチコドンがCUAとなったもの)に対するアミノアシル化の効率を上げるためには、286番の残基に変異を導入し、その有効性を確認した。
こうして、本発明の一態様は、配列番号1に示されたアミノ酸配列のうち、Asp286を別のアミノ酸残基で置換した配列を有し、かつアンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応が向上したM. jannaschii由来の変異TyrRSである。
このような変異体を取得する方法としては、公知の方法のいずれを用いても良く、例えば、目的のアミノ酸の位置をコードする塩基配列を改変すべきアミノ酸をコードする塩基配列に置換したプライマーを用いて、改変すべきアミノ酸をコードする塩基配列に置換したDNAを増幅させて、増幅させたDNA断片を結合させて、全長のaaRSの変異体をコードするDNAを得て、これを大腸菌などの宿主細胞を用いて発現させることにより簡便に製造することができる。この方法において使用するプライマーとしては20〜70塩基、好ましくは20〜50塩基程度である。このプライマーは改変前の元の塩基配列とは1〜3塩基がミスマッチとなるので、比較的長いもの、例えば20塩基以上のものを使用するのが好ましい。
【0043】
本発明者らは、このAsp286置換において、野生型TyrRSにおいてtRNAの34塩基目にシトシンがくる場合、G34と同じように塩基が反転した位置に来たとしても、Asp286と塩基との距離が離れすぎて満足な相互作用は得られない可能性があることを考慮して、Asp286をより大きな側鎖である、Glu、Phe、Ile、Leu、Gln、Arg、Tyrに置換した変異体を作製した。
これらの変異体について、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシルtRNA合成の初速度を測定した。その結果を図17に示す。図17に示した結果より、その結果、Gln、Arg、Tyr置換体について顕著な活性の向上がみられることがわかる。特に、Arg置換体(D286R)では野生型の8倍の初速度を示した。
【0044】
こうして、本発明によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列においてAsp286が別のアミノ酸残基で置換された配列を有する変異TyrRSであって、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRSが提供される。特に、Asp286が、Gln、Arg、又はTyrで置換されたものであることが好ましい。
本発明において、「反応速度が高い」とは、基質濃度と酵素濃度を一定にしたときにの初速度が高いものをいう。したがって、その基質に対するミカエリス定数Kmが低くなるか、あるいは反応速度定数Kcatが高くなるかのいずれでもよい。
すなわち、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRS(野生型)に比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSとは、アンバーサプレッサーtRNAを基質としたときの変異体のミカエリス定数Kmが野生型より低いか、又は変異体の反応速度定数Kcatが野生型より高いことを意味する。
この変異TyrRSは、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、任意の位置にアンバー変異を導入した核酸を発現させることによるポリペプチド生産に好ましく用いられる。
本発明の変異TyrRSの一態様によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列においてAsp286が別のアミノ酸残基で置換された配列を含む変異TyrRSであって、配列番号1で表されるアミノ酸配列を含むTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRSである。
【0045】
(6)アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSの作製方法
本発明は、さらに、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりもチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSにおいて、配列番号1におけるAsp286に相当するアミノ酸残基をGln、Arg、又はTyrで置換することを特徴とする、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSの作製方法を提供する。
ここで、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりもチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSとは、上述の「Tyr32、His70、Asp158」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又は「Tyr32、Asp158、His177」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなる変異TyrRSの他、前記非特許文献4、11、及び12などに記載されたチロシン誘導体に対する基質特異性が高められた変異TyrRSが挙げられる。本発明の方法は、これらの基質特異性変異体に対して、さらにAsp286又はこれに相当するアミノ酸残基を別のアミノ酸残基に置換することによるものである。Asp286又はこれに相当するアミノ酸残基は、周知の方法で各変異体のアミノ酸配列を決定し、配列番号1のアミノ酸配列と比較することにより、容易に決定することができる。
この変異TyrRSは、Asp286を置換する前のTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められているので、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、任意の位置にアンバー変異を導入した核酸を発現させることにより、任意の位置にチロシン誘導体を組み込んだポリペプチド生産に好ましく用いられる。
【0046】
(7)チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS
本発明は、さらに、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換され(Tyr32−Ala70−Thr158)かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列、又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換され(Thr32−Thr70−Glu158)かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列からなり、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRSも提供する。
この変異TyrRSも、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、任意の位置にアンバー変異を導入した核酸を発現させることにより、任意の位置に3位置換チロシン、特に3−ヨードチロシンを組み込んだポリペプチド生産に好ましく用いられる。
本発明の変異TyrRSの一態様によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換され(Tyr32−Ala70−Thr158)かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列、又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換され(Thr32−Thr70−Glu158)かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列を含み、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRSである。
【0047】
(8)ポリペプチド生産、精製
こうして、得られた変異TyrRSは、古細菌又は真核生物のサプレッサーtRNAと組み合わせて、インビトロ又はインビボでのチロシン誘導体組み込みポリペプチドの生産に用いることができる。
本発明によれば、前記変異TyrRSと、前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAとを用いたポリペプチド合成系によって、所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子を用いて、非天然型アミノ酸を含んだポリペプチドを発現させることを特徴とする、チロシン誘導体組み込みポリペプチドの製造方法を提供する。
ここで、ポリペプチド合成系は、上記の変異TyrRS、結合可能なサプレッサーtRNA、所望の遺伝子を用いて発現ができる発現系であれば、任意の合成系を用いることができる。
その具体例としては、例えば、無細胞ポリペプチド合成系、真性細菌内でポリペプチドを合成する系などが挙げられる。
【0048】
本発明において、「無細胞ポリペプチド合成系」は、細胞抽出液を用いて、インビトロでポリペプチドを合成する系を意味するものであり、mRNAの情報を読み取ってリボソーム上でポリペプチドを合成する無細胞翻訳系、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系と無細胞翻訳系の両者を含むものを包含する。
無細胞ポリペプチド合成系に必要なものとしては、
▲1▼任意の細胞抽出液、好ましくは原核細菌抽出液、
▲2▼本発明の変異TyrRS、
▲3▼前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNA
▲4▼所望の位置にアンバー変異が導入された目的のポリペプチドをコードするDNA又はmRNA
が挙げられる。
【0049】
前記無細胞系において、▲1▼の細胞抽出液は、リボゾーム、tRNA、ポリペプチド合成に必要な酵素などを含むものであって、高いポリペプチド合成活性の状態の大腸菌の濃縮細胞抽出液、特に大腸菌S30細胞抽出液を濃縮したものを用いることができる。濃縮細胞抽出液は、前記の粗細胞抽出液を透析、限外濾過、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿などの濃縮法によって濃縮して得ることができる。例えば、大腸菌S30細胞抽出液の濃縮は、振とうまたは攪拌可能な閉鎖系で、大腸菌A19株(rna,met)から既知の方法(Zubayら(1973)Ann.Rev.Genet.7:267−287)で得られた大腸菌S30抽出液(Promega社からも入手可能)を透析内液とし、分子量限界1000〜14000の透析膜を介して透析外液に対して透析を行うことによって得ることができる。ここで、透析外液は、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、ジチオトレイトールを含有する緩衝液と、ポリエチエレングリコール、もしくはショ糖/エピクロルヒドリン水溶性合成共重合体(例えばSIGMA社製のFicoll)とを含むことができる。
【0050】
大腸菌由来の細胞抽出液は濃縮されていることが好ましいが、未濃縮であってもよい。本明細書でいう「濃縮細胞抽出液」は、リボソーム、tRNAなどのポリペプチド合成に必要な成分を含む真核および原核生物細胞の粗抽出液を透析、限外濾過、PEG沈殿(H.Nakanoら,JournalofBiotechnology,46(1996)275−282)などの既知の濃縮法または新規に見出される濃縮法によって濃縮されたものを意味し、該抽出液はポリペプチドインビボ合成に関与する翻訳系または転写系/翻訳系の成分を含む。「濃縮」は、抽出液中の総タンパク質濃度を指標として、その濃度の増加を意味する。(Clemens,M.J.,Transcriptionandtranslation−apracticalapproach,(1984),pp.231−270,Henes,B.D.とHiggins,S.J.編,IRLPress,Oxford)。
【0051】
前記細胞抽出液はリボソーム、tRNAなどのポリペプチド合成に必要な成分を含む。粗抽出液の調製は例えばPratt,J.M.ら,Transcriptionandtranslation−apracticalapproach,(1984),pp.179−209,Henes,B.D.とHiggins,S.J.編,IRLPress,Oxford)に記載の方法を使用できる。具体的には、フレンチプレッスによる破砕(Prattら,上掲)やグラスビーズを用いた破砕(Kimら,上掲)によって行うことができる。
好ましい細胞抽出液は大腸菌S30細胞抽出液である。S30細胞抽出液は、大腸菌A19株(rna,met)から既知の方法、例えばPrattら(上掲)の方法に従って調製できるし、あるいはPromega社やNovagen社から市販されるものを使用してもよい。
【0052】
本発明では、前記細胞抽出液はその総タンパク質濃度が増加するように濃縮する必要があるが、濃縮は任意の手段例えば限外濾過(限外濾過遠心を含む)、透析、PEG沈殿などによって行うことができる。濃縮の度合いは、通常1.5倍以上、好ましくは2倍以上である。大腸菌由来の細胞抽出液の場合、限外濾過遠心で1.5〜7倍以上、PEG沈殿で1.5〜5倍以上まで濃縮可能であるが、4倍を超えるとハンドリングが難しくなる。また、小麦胚芽抽出液の場合、PEG沈殿で10倍の濃縮が可能である(Nakano,H.ら,上掲)。PEG沈殿による方法では、細胞抽出液にPEG水溶液を混ぜることによりポリペプチド、核酸を沈殿させて回収し、これを少量の緩衝液に溶かすことにより濃縮細胞抽出液を得ることができる。透析による濃縮は、例えば、振とうまたは攪拌可能な閉鎖系で細胞抽出液を透析内液とし、透析膜(例えば分子量限界1000〜14000)を介して透析外液に対して透析を行うことによって得ることができる。ここで、透析外液は、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、ジチオトレイトールを含有する緩衝液と、PEG(例えば#8000)、ショ糖/エピクロルヒドリン水溶性合成共重合体(例えばSIGMA社製のFicoll)等の高分子吸収剤とを含むことができる。高分子吸収剤は水分を吸い出すために必須である。
【0053】
無細胞ポリペプチド合成系(すなわち、ポリペプチド合成反応液)には、大腸菌S30等の濃縮細胞抽出液の他に、ATP(アデノシン5’−三リン酸)、GTP(グアノシン5’−三リン酸)、CTP(シチジン5’−三リン酸)、UTP(ウリジン5’−三リン酸)、緩衝液、塩類、アミノ酸、RNアーゼ阻害剤、抗菌剤、必要によりRNAポリメラーゼ(DNAを鋳型として用いる場合)およびtRNA、などを含むことができる。その他、ATP再生系としてホスホエノールピルベートとピルビン酸キナーゼの組合わせまたはクレアチンホスフェートとクレアチンキナーゼの組合わせ、ポリエチレングリコール(例えば#8000)、3’,5’−cAMP、葉酸類、還元剤(例えばジチオトレイトール)、などを含むことができる。添加成分の濃度は任意に選択することができる。
【0054】
緩衝液としては、例えばHepes−KOH、Tris−OAcのような緩衝剤を使用できる。塩類の例は、酢酸塩(例えばアンモニウム塩、マグネシウム塩など)、グルタミン酸塩などであり、抗菌剤の例はアジ化ナトリウム、アンピシリンなどである。アミノ酸はポリペプチドを構成する20種のアミノ酸である。また、DNAを鋳型として用いる場合にはRNAポリメラーゼを反応系に添加するが、例えばT7RNAポリメラーゼなどの市販の酵素を使用できる。
【0055】
▲2▼の変異TyrRSとしては、本発明の変異TyrRSのいずれかを用いることができる。特に、チロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSを用いることは、チロシン誘導体組み込みポリペプチド生産のために有利であり、さらにアンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSを用いることは生産効率を高めることができるので、有利である。
【0056】
▲3▼のサプレッサーtRNAとは、古細菌又は真核生物由来のチロシンtRNA変異体であって、好ましくは、アンバーサプレッサーtRNA(チロシンアンチコドンGUAの1文字目GがCに置換されて、アンチコドンがCUAとなったもの)を用いる。M. jannaschii由来チロシン・サプレッサーtRNAは、上述した方法により作製することができる。用いることができる真核生物由来のチロシンtRNAは、例えば、M.スプリンツルら、Nucleic Acids Research、第17巻、1−172頁、1989年に記載されたものが挙げられる。
【0057】
▲4▼所望の位置にアンバー変異が導入された目的のポリペプチドをコードするDNA又はmRNA
チロシン誘導体を組み込ませるポリペプチドの種類は、限定されるものではなく、発現可能ないかなるポリペプチドでもよく、異種の組換えポリペプチドでもよい。
本発明において非天然型アミノ酸を組み込ませる位置にナンセンスコドン(サプレッサーtRNAがアンバーサプレッサーのときはアンバーコドン)を導入することが必要であり、これによりこのナンセンスコドン(アンバーコドン)部位に特異的に非天然型アミノ酸を組み込むことができる。
【0058】
ポリペプチドに部位特異的に変異を導入する方法としては、周知の方法を用いることができ、特に限定されないが、Hashimoto-Gotoh, Gene 152,271-275(1995)、Zoller, Methods Enzymol.100,468-500(1983)、Kramer, Nucleic Acids Res.12,9441-9456(1984)、Kunkel, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82, 488-492(1985)、「細胞工学別冊「新細胞工学実験プロトコール」、秀潤社、241−248頁(1993)」に記載の方法、または「QuickChange Site-Directed Mutagenesis Kit」(ストラタジーン社製)を利用する方法などに準じて、適宜実施することができる。
【0059】
本発明では、ポリペプチドは、前記定義のとおり小ペプチドから大ペプチドに至る任意の残基数のものを対象とし、公知のものまたは新規のものを含む。目的のポリペプチドをコードするDNAまたはRNAは、真核または原核生物の細胞もしくは組織からゲノムDNA、mRNAとして周知の方法(フェノール/クロロホルム処理、エタノール沈殿、塩化セシウム密度勾配遠心など)で得るか、あるいは、cDNAクローニングで合成・単離することができる。あるいは、ポリペプチドのアミノ酸配列またはそれをコードするヌクレオチド配列が判明している場合には、DNA合成機を用いて化学的に合成することもできる。
【0060】
温度および攪拌速度などの反応条件は、ポリペプチドの種類に応じて任意の条件を使用できる。ポリペプチドの合成の場合、温度は通常約25〜約50℃、好ましくは約37℃である。また、振とう速度もしくは攪拌速度は低速、例えば100〜200rpmを使用できる。目的のポリペプチドの生成を監視しながら、反応時間を適当に選択することができる。
【0061】
さらに、本発明は、
▲1▼任意の細胞抽出液、好ましくは原核細菌抽出液、
▲2▼本発明の変異TyrRS、
▲3▼前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNA、
とを具備した、チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キットを提供する。
さらに、前記チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キットは、▲1▼〜▲3▼に加えて、
・天然型アミノ酸と、所望のチロシン誘導体とのアミノ酸混合物
・ATP、GTP、CTP、UTPなどのリボヌクレオチド
とを具備するように構成することもできる。
これらのキットの各成分については、前記無細胞ポリペプチド合成系で説明したものと同様のものを用いることができる。
これらのキットは、所望の位置にアンバー変異が導入された目的のポリペプチドをコードするDNA又はmRNAの発現を、容易に行なうことができ、こうして任意の所望の位置にチロシン誘導体を組み込んだ所望のポリペプチドの生産に用いることができる。
【0062】
さらに、
(A)前記変異TyrRSを細菌内で発現させる発現ベクターと、
(B)前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAを、前記細菌内で発現させる発現ベクターと、
(C)所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子
とを有する真性細菌を、その細菌の増殖に適した培地に目的のチロシン誘導体を添加した培地で、適当な条件でインキュベートすることにより、真性細菌内で、チロシン誘導体組み込みポリペプチドを発現させることを特徴とする、ポリペプチドの製造方法も提供する。
ここで用いられる真性細菌としては、組換えタンパク質発現系が構築されているものであれば、いかなるものでもよい。具体的には、例えば、エシェリキア属、例えば、大腸菌K12株MM294(ATCC 31446);大腸菌X1776(ATCC 31537);大腸菌W3110株(ATCC 27325);及びK5772(ATCC 53635);エンテロバクター属、エルウイニア属、クレブシエラ属、プロテウス属、サルモネラ属、例えばネズミチフス菌、セラティア属、及びシゲラ属のような腸内細菌、B.スブチリス、B.リケニホルミスのようなバチルス属、緑膿菌のようなシュードモナス属、及びストレプトマイセス属を含むが、これらに制限されるものではない。
例えば、大腸菌内で、このポリペプチドを発現させるためには、前記の大腸菌内で、M. jannaschiiのTyrRSと、サプレッサーtRNAを発現させた方法に準じて行なうことができる。
さらに、本発明は、
(A)前記変異TyrRSを細菌内で発現させる発現ベクターと、
(B)前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAを、前記細菌内で発現させる発現ベクターと、
(C)所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子
とを有する真性細菌も提供する。この真性細菌は、前記のポリペプチドの製造方法に用いることができる。
【0063】
本発明のTyrRSを用いて、前記の大腸菌内で生産したチロシン誘導体組み込みポリペプチドは、培地又は宿主細胞溶解物などから常法に基づき回収し得る。もし膜に結合しているならば、それは適当な界面活性剤(例えばTriton-X100)を用いて又は酵素的な切断によってその膜から離すことができる。細胞は、凍結-融解サイクル、音波処理、機械的粉砕、又は細胞溶解剤のような各種の物理的化学的手段によって破砕することができる。
さらに、細胞内に不溶体を形成した場合には、不溶体をタンパク質変性剤で可溶化後、タンパク質変性剤を含まない、またはタンパク質変性剤の濃度がタンパク質が変性しない程度希薄な溶液に希釈、あるいは透析し、タンパク質の立体構造を形成させることができる。
【0064】
ポリペプチドの単離・精製としては、生産したポリペプチド特有の性質に基づき、溶媒抽出、有機溶媒による分別沈澱、塩析、透析、遠心分離、限外ろ過、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、結晶化、電気泳動などの分離操作を単独あるいは組み合わせて行なうことができる。
【0065】
以下、本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0066】
【実施例】
実験方法
[全般]
・一般遺伝子操作については,特に指定がなければ「Molecular Cloning 3rd Ed. Vol. 1-3, written by J. Sambrook & D. W. Russell, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2001」に準拠して行った。
・ PCRは,特に指定がなければ,次の条件で行った。
Pyrobest DNA polymerase (Takara社から購入),酵素に添付の反応用緩衝液を使用し,反応液の容量は50マイクロリットルとする.プライマーは25ピコモルずつ使用し,鋳型DNA をxナノグラム使用する。
反応の温度制御は次の通りとした。
98度5分→(98度10秒→50度15秒→72度y秒)×z回→72度5分
x:x=1でDNAの増幅が認められないときは,xを10, および100としてPCRを行う。
y:yは30以上で,PCRで生成するDNA断片の長さを500で割って60を掛けた値とする。
z:z=25でDNAの増幅が認められないときは,30, および35としてPCRを行う。
【0067】
M. jannaschii TyrRS遺伝子のクローニングと大量発現系の構築
すでに同定されているM. jannaschii TyrRS遺伝子配列 (GenBank ID:1591094)をもとに、PCRプライマーを設計し、遺伝子全長をM. jannaschiiゲノムDNAを鋳型にしてPCR法で増幅した。増幅した断片を発現ベクターpET-3a (Novagen) に組み込んだ。得られたプラスミド (pET-YRSと名づける) を、大腸菌マイナーコドン相補プラスミドpRARE (Novagen)を導入した大腸菌BL21 star(DE3) (Invitrogen) に導入し、大量発現系を構築した。
【0068】
M. jannaschii TyrRSの精製
pET-YRSを形質転換した前記の大腸菌を100 μg/ml アンピシリンを含むLB培地2 l中で培養した。O.D.600が0.4〜0.6になった時点で、終濃度1 mMとなるようにイソプロピル-1-チオ-D-ガラクトピラノシド (IPTG) を添加し、TyrRSの発現を誘導した。発現誘導から3〜4時間後、集菌した。
得られた菌体に対して超音波破砕を行い、上清画分を分離した。それを80°Cで15分間熱処理することで大腸菌由来のタンパク質を変性、沈殿させ、上清画分を遠心によって分離した。得られた上清を、陰イオン交換カラムQ Sepharose Fast Flow (Amersham Biosciences) およびアフィニティーカラムHiTrap Heparin HP (Amersham Biosciences) の二段階のカラムクロマトグラフィーにより、結晶化に適した純度まで精製した。培養液1 l当たり約30 mgの精製標品を得た。
【0069】
M. jannaschii tRNATyrの調製
T7RNAポリメラーゼ転写反応でtRNATyrを試験管内合成する場合、古細菌のtRNATyrは5´末端がシチジン残基であるために、そのままでは転写量が少ない。そのため、tRNAをまずハンマーヘッドリボザイム融合体 (transzyme) としてT7RNAポリメラーゼで転写し、その後自己切断によってtRNATyrをつくることとした。tRNATyrコード領域の5´末端にハンマーヘッドリボザイムと、転写促進配列が付加した配列27をもつDNAを合成プライマーの貼り合わせでつくり、それをpUC119に導入した。大腸菌を形質転換後、プラスミドを大量に調製した。得られたプラスミドを鋳型にしてT7RNAポリメラーゼ転写反応を行い、transzyme RNAを合成した。transzymeに対し、85°C 30秒と60°C 9分の温度サイクルを12〜14サイクル行うことで、ハンマーヘッドリボザイムの自己切断反応を促進した。その後、8 M尿素-15%ポリアクリルアミドゲル電気泳動と、陰イオン交換カラムResource Q (Amersham Biosciences) によるカラムクロマトグラフィーでtRNATyrを精製、脱尿素し、結晶化に適した標品を得た。
【0070】
TyrRS・tRNATyr・L-チロシン複合体の調製
精製されたtRNATyrは20 mM Tris-Cl (pH 7.5)、20 mM 塩化マグネシウム溶液に溶解し、80°Cで変性後、徐冷して高次構造を形成させた。精製されたTyrRS溶液は、Vivaspin 2 (Vivascience) を用いて限外ろ過法で20 mM Tris-Cl (pH 7.9)、20 mM 塩化マグネシウム、2 mM L-チロシン、10 mM 2-メルカプトエタノール溶液に溶液置換し、濃縮した。得られたTyrRS溶液とtRNA溶液を6〜8 mg/ml TyrRS、TyrRS:tRNATyr (モル比) =1:1.2になるように混合した。それを50°Cで10分間反応させることで複合体を形成させた。得られた溶液を結晶化用標品とした。
【0071】
複合体の結晶化
前記で得られた複合体溶液1 μlに対して、等量の結晶化バッファー [30% (v/v) 1,6-ヘキサンジオール、50 mM 酢酸ナトリウム (pH 4.0)、200 mM 塩化アンモニウム、10 mM 塩化マグネシウム、1 mM 酢酸亜鉛] と混合し、ハンギングドロップ蒸気拡散法を用いて結晶化を行った。レザーバー溶液は、結晶化バッファーの1,6-ヘキサンジオール濃度を35% (v/v) に変更したものを用いた。30°Cで1週間平衡化させることにより、六角両錘状の結晶が現れ、約3週間後には0.15×0.15×0.45 mmまで成長した (図19)。
【0072】
セレノメチオニン (SeMet) 標識TyrRS・tRNATyr・L-チロシン複合体の結晶化
プラスミドpET-YRSをメチオニン要求性大腸菌株B834(DE3) (Novagen) のcodon plusプラスミド (Stratagene) 保有株に導入した。得られた大腸菌を、セレノメチオニンを含むLeMaster培地(非特許文献6)で培養し、native TyrRSと同様に調製することで、結晶化に適した純度のSeMet標識TyrRSが得られた。結晶化はnativeの複合体における方法に準じるが、結晶化バッファーのpHが4.6の条件が最適であった。得られた結晶は図19に示す。
【0073】
X線回折データの収集とスケーリング
回折データの収集は、高輝度放射光施設SPring-8のビームラインBL41XUで行った。結晶は、抗凍結剤として30% (v/v) エチレングリコールを含む結晶化バッファーに浸した後、100 Kまで瞬間冷却した。100 Kに保ったまま、native、SeMet標識体とも振動角1°、露光時間2秒で回折データを収集した (図20)。SeMet標識複合体については、位相決定に必須なSe原子の異常分散効果を強めるために、X線吸収微細構造 (XAFS) スペクトルを測定して、その吸収端波長 (0.9793Å(0.09793nm)) で回折データの測定を行った。測定されたXAFSスペクトルは図21に示す。
全ての回折データはDENZO、SCALEPACKを用いて指数付け、スケーリングを行った。native、SeMet標識複合体ともに、結晶は空間群P3121に属していた。格子長は、nativeはa=b=86.8Å(8.68nm)、c=156Å(15.6nm)、SeMet標識体はa=b=87.2 Å(8.72nm)、c=157Å(15.7nm)であった。全データセットについての統計値は表1に示した。
【0074】
【表1】
【0075】
位相計算とモデルの構築
SeMet標識複合体の初期位相は単波長異常分散 (SAD) 法を用いて解析した。SeMet標識複合体のスケーリングデータをもとに、プログラムSnBを用いて、直接法によりSe原子の初期座標を決定した。Collaborative Computational Project No.4 (CCP4) program suiteのMLPHAREを用いて、2.5Å(0.25nm) 分解能までのSe原子の座標の精密化と初期位相の計算を行った。プログラムRESOLVEを用いて2.1Å(0.21nm)までの位相の拡張と、溶媒平滑化およびヒストグラムマッチングによる電子密度の改良を行ったところ、明確に解釈可能な電子密度が得られた。異常分散に対する差フーリエ図を図22に示す。
モデルの構築はプログラムOを用いて行った。構築した複合体のモデルはプログラムCNSを用いて、個々の原子の温度因子を精密化し、simulated annealingを繰り返すことで精密化した。全データのうち無作為に選んだ10%をクロスバリデーションのために精密化の対象から外している。
改善されたモデルは、native複合体の1.95Å(1.95×10-1nm)分解能までのデータに対して精密化し、さらに水分子をCNSで自動的に拾い、数ラウンドの精密化を行った。最後にマニュアルで水分子を拾い、最終的に分解能50Å(5nm)から1.95Å (1.95×10-1nm)までのR因子が18.8% (Rfree=23.9%) になるまで精密化を行った。
位相決定およびモデル精密化の際の統計値を表1に示した。決定した複合体の座標データおよび構造因子はProtein Data Bank (PDB) に登録されている (PDB ID: 1J1U)。
【0076】
Asp286置換体およびtRNATyr G34C変異体の調製とアミノアシル化アッセイ
TyrRS変異体およびtRNATyr変異体の作成については、PCR法により変異導入を行い、遺伝子構築した。それぞれの調製については、野生型と同様に行った。
アミノアシル化反応は37°Cで行った。反応溶液の組成は、100 mM HEPES-KOH (pH 7.5)、15 mM 塩化マグネシウム、0.05 mg/mlウシ血清アルブミン、1 mMジチオトレイトール、10 mM ATP、12 μM L-[14C]-チロシン溶液を用いた。反応溶液中の酵素濃度は10 nMもしくは100 nMとし、tRNA濃度を0.25〜64 μMに変化させたときの反応初速度をトリクロロ酢酸沈殿画分の放射活性の時間変化から求め、Lineweaver-Burkプロットにより、反応速度論定数を求めた。
【0077】
TyrRS・tRNATyr・L-チロシン複合体の全体構造
M. jannaschii TyrRS・tRNATyr・L-チロシン複合体の結晶構造はSAD法を用いて解析し、最終的に1.95Å(1.95×10-1nm)分解能で、R因子が18.8% (Rfree=23.9%) になるまで精密化した。非対称単位には一つのTyrRSサブユニットとtRNATyr、チロシン分子が含まれていた。TyrRSはゲルろ過法で示唆されていた通り、ホモダイマーを形成しており、ホモダイマー中の二つのサブユニットは互いに二回対称軸で関連付けられている (図23)。三重複合体の全体構造を図6に、チロシン結合部位付近の電子密度を図8に示す。tRNATyrとの複合体中のM. jannaschii TyrRSの立体構造は、一次配列上の類似性から予想されたとおり、ヒトmini-TyrRS単体の構造とよく重なり合い、主鎖の原子同士の平均二乗変位 (r.m.s.d.) は2.38Å(0.238nm)であった (図9a)。それに対して、M. jannaschii TyrRSと真正細菌であるB. stearothermophilus、S. aureus、およびT. thermophilus由来のTyrRSとは、一次構造と同様に類似性はより低く、それぞれに対するr.m.s.d.は5.08Å(0.508nm)、5.20Å(0.52nm)、4.13Å(0.413nm)であった (図9b)。 M. jannaschii TyrRSのサブユニット(図7)は5つの領域に分けられる (図6)。短いN末端ドメインに続いてRossmannフォールドドメインがある (図6)。全てのTyrRSは、Rossmannフォールドを触媒ドメインとして持つクラスI aaRSに属する。決定された立体構造では、チロシン1分子がRossmannフォールドドメインに結合している (図6及び図8)。一般にクラスI aaRSのRossmannフォールドに挿入されているCP1 (connective-peptide 1) ドメインは、二量体形成に働いている。クラスIの保存配列であるKMSKSループはRossmannフォールドドメインとC末端ドメインをつないでいる。KMSKSループの一部 (残基203〜209) については、TyrRSの基質のひとつであるATPが結合した状態でないためか、ディスオーダーしている。
複合体のtRNATyrのヌクレオチド残基は3´末端以外は安定な構造をとっている。二つのtRNATyr分子はホモダイマーの二つのサブユニットにまたがっていて、tRNAのアクセプターステムは片方のサブユニットで、アンチコドンループはもう一方のサブユニットと相互作用している。M. jannaschii TyrRSはtRNAアクセプターステムを主溝側から認識している (図6)。真正細菌であるT. thermophilus由来のTyrRSでも同様の認識が見られる。しかし、それらはクラスII aaRSに特徴的なtRNA認識であり、他の構造決定されているクラスI aaRSは副溝側からアクセプターステムを認識する。
M. jannaschii複合体において、C末端ドメインはtRNAのアンチコドンと相互作用している (図6)。M. jannaschiiとT. thermophilusのTyrRSはいずれも同じ5´-GUA-3´のアンチコドンを認識するにもかかわらず、C末端ドメインの構造は異なっている。両者のTyrRSとtRNAの複合体の立体構造を重ね合わせてみると、M. jannaschiiでは、特徴的なβ-310-β構造がα11とα12 (T. thermophilusではα13とα14に対応) の間に挿入されている (図9b, 図10)。ヒトのTyrRSにもこのモチーフが存在する(図9a)。一方、T. thermophilus TyrRSはアンチコドン結合ドメインの後に、さらなるC末端ドメインをもっており、それが真正細菌に特徴的な長いバリアブルアームを認識している(図9b)。T. thermophilus TyrRSに結合しているtRNAは、M. jannaschiiのものと比較して、約18°だけ二回軸まわりに回転して結合している (図11)。
【0078】
tRNAアクセプターステム認識
M. jannaschii tRNATyrにおいて、アクセプターステムのC1:G72塩基対はTyrRS・tRNATyrペアの直交性に最も重要な要素である。アクセプターステムはRossmannフォールドドメインとCP1ドメインによって認識されている (図12)。G72の塩基部分はアクセプターステムの他の塩基平面と平行であるのに対し、C1の塩基はそれに対して約20°ねじれ、さらに20°傾いている (図13)。このねじれた位置にあるC1塩基は、厳密に酵素によって認識されている。C1塩基の2位のカルボニル基と3位の窒素原子はArg174のグアニジノ基と水素結合し、4位のアミノ基はArg132によって捕捉された水分子と水素結合している。また、Met178の側鎖とも疎水的な相互作用をしている (図13)。G72は主にLys175の側鎖のアミノ基によって認識されている。Arg132、Arg174、およびLys175は古細菌および真核生物由来TyrRSの間で高度に保存されている (図2)。C1の厳密な認識が、TyrRSにおけるC1:G72特異性の基盤と考えられる。事実、M. jannaschii TyrRSは、U1:A72塩基対に変換した酵母tRNATyr変異体を、野生型tRNATyrと比べて1/200の効率でしか認識しない(非特許文献18)。A73もtRNATyrの強力なアイデンティティ決定因子であり、それをグアニンやウラシルに置換するとM. jannaschii TyrRSには認識されなくなる(非特許文献18)。実際、その6位のアミノ基と1位の窒素原子はそれぞれVal195の主鎖のカルボニル基とアミノ基により認識されている (図13)。そのほかには、Arg132がG71を、Thr126とGlu182がtRNAのリン酸骨格を認識している (図12)。
それとは対照的に、T. thermophilus TyrRSでは、G1:C72が異なった様式で認識されている(図14)。G1についてはあまり認識されておらず、C72がGlu154との1本の水素結合で認識されているのみである。M. jannaschii TyrRSには対応する部分にプロトンアクセプターはない (図13)。さらに、M. jannaschii複合体ではヘリックスの軸から投げ出されていたA73塩基部分が、T. thermophilusではヘリックスの延長上にあるという違いが明らかとなった (図13及び14)。
このように、古細菌と真正細菌のTyrRSは、主鎖構造が似ているにもかかわらず、アクセプターステムを全く異なる残基で認識している。G1:C72塩基対をもつtRNAの場合、M. jannaschii TyrRSではG1の官能基がArg174側鎖から遠く離れ、しかもC72の4位のアミノ基と水素結合できるようなプロトンアクセプターがないために、認識されないと考えられる。実際、生化学的な解析もそれを支持している(非特許文献18)。一方、T. thermophilusはC1:G72塩基対を認識しない。G72の7位の窒素原子の近傍にはプロトンドナーがないために、水素結合ができず、M. jannaschii TyrRSでArg174に対応する残基であるArg198は、A73とC1を同時に認識することができないためである (図14)。以上の認識・識別のメカニズムの違いが、真正細菌TyrRS・tRNATyrペアと古細菌/真核生物TyrRS・tRNATyrペア間の直交性の源になっていると考えられる。
【0079】
tRNAアンチコドン認識
M. jannaschii TyrRSにおいて、アンチコドンはC末端ドメインによって認識される (図6)。アンチコドンの1文字目のG34が引き出されて厳密に認識されている (図15)。G34の塩基部分はPhe261とHis283の環の間にスタッキングし、さらに1位の窒素原子と2位のアミノ基は、共にAsp286と水素結合によって認識されている。実際に、D286A置換体ではアミノアシル化の速度が野生型の1/10以下になることが知られている。アンチコドンのほかの塩基はタンパク質とあまり塩基特異的な相互作用はせず、U35の3位の窒素原子がCys231の主鎖のカルボニル基と、そしてA36のリボースがLys288の側鎖およびLys228の主鎖と相互作用している程度である (図15)。そのほかには、C28のリン酸基がLys228の側鎖と水素結合している。これらのことが、M. jannaschii TyrRSにおいて、アンチコドンの1文字目が他の塩基に比べてはるかに強く識別されている(非特許文献18)理由であると考えられる。
Asp286は古細菌と真核生物のTyrRSにおいて高度に保存されており、β-310-βモチーフ (図10) 上にあるPhe261に対応する芳香族残基と、His283に対応するヒスチジン残基もまたよく保存されている (図2)。例えば、ヒトTyrRSではTrp283、Asp308、His305がそれぞれM. jannaschii TyrRSのPhe261、Asp286、His283に一次配列の上で対応している (図2)。さらにヒトTyrRSの立体構造上のTrp286とAsp308側鎖の向きは、M. jannaschii TyrRSのPhe261とAsp286とほぼ同じである。酵母においても、tRNAのG34に変異を導入するとTyrRSによるアミノアシル化が低下することから、アンチコドンの一文字目を厳密に認識する機構は、古細菌と真核生物の間で保存されていると考えられる。
それに対して、T. thermophilus TyrRSはM. jannaschii TyrRSとは全く異なった機構でアンチコドンを認識している。まず、T. thermophilus TyrRS・tRNATyr複合体では、G34はA36にスタッキングしており、修飾塩基であるシュードウリジン残基35が反転している(図16)。そして、G34は一次構造上M. jannaschii TyrRSのAsp286とは対応しないAsp259によってカルボニル基が認識されている (図2、 16)。シュードウリジン残基35は主にAsp423によって認識されているが、その残基は真正細菌TyrRS特有のC末端ドメインに属しており、古細菌/真核生物のTyrRSでは対応する残基は存在しない (図2及び16)。
【0080】
立体構造に基づいたアンチコドン認識の改変
前記のように、M. jannaschii TyrRSのAsp286は、アンチコドンの1文字目であるG34を特異的に認識するための鍵となる残基である。そこで、tRNATyrのG34C変異体であるアンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化の効率を上げるために、286番の残基に変異を導入することとした。野生型TyrRSにおいてtRNAの34塩基目にシトシンがくる場合、G34と同じように塩基が反転した位置に来たとしても、Asp286と塩基との距離が離れすぎて満足な相互作用は得られないと考えられる。そこで、Asp286をより大きな側鎖である、Glu、Phe、Ile、Leu、Gln、Arg、Tyrに置換した変異体を作成し、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化の活性を測定した。比較的高いアンバーサプレッサーtRNA濃度で反応初速度を求めたところ、Gln、Arg、Tyr置換体について顕著な活性の向上がみられた。特に、D286Rでは野生型の8倍の初速度を示した (図17)。
D286R変異体について、反応速度論定数を求めた。
【0081】
【表2】
【0082】
表2において、野生型と変異体のTyrRSについて、ミカエリス定数と、反応速度定数を示す。野生型TyrRSではアンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化活性は野生型tRNATyrと比べて約1/300であった。しかし、D286R変異体は、野生型tRNATyrと同程度アンバーサプレッサーtRNAをアミノアシル化することが明らかとなった。さらに、D286R変異体は野生型酵素よりも65倍もよくtRNAを認識することがわかった。その変異体ではアンバーサプレッサーtRNAに対するKmが主に低下しており、kcatはあまり変化していなかった。
以上のように、わずか1アミノ酸残基の置換によって、M. jannaschii TyrRSがアンバーサプレッサーtRNAをはるかに効率よくアミノアシル化するように改変することに成功した。部位特異的に非天然型アミノ酸をタンパク質に導入するためには、アンバーコドンに非天然型アミノ酸をコードさせることが現在のところ最も有効な手段である(非特許文献2−5、7、10−15)。これまでの野生型TyrRSによるアンバーサプレッサーtRNAのアミノアシル化は効率的ではなく、アンバーコドンの抑圧効率はアロプロテインの大量調製を目指すうえでは不十分であった。本発明で得られたD286R、D286Q、およびD286Y変異体はin vivoあるいはin vitroの系で抑圧効率を向上させることが期待される。それらの変異を、非天然型アミノ酸を特異的に認識するためのアミノ酸結合部位の変異と組み合わせることによって、大量のアロプロテインが生産できると考えられる。
【0083】
TyrRSのアミノアシル化反応機構の解析
今回決定したM. jannaschii TyrRSと、すでに構造決定されていたT. thermophilus TyrRSはいずれも他のクラスI aaRSとは逆のtRNAアクセプターステム認識様式をとっていた。アミノ酸がtRNAのCCA末端のリボースにあるヒドロキシル基とエステル結合をつくる際に、一般的にクラスI aaRSはリボースの2´-OH基を、クラスII aaRSは3´-OH基をアミノアシル化するとされている。生化学的な解析では、酵母のtRNATyrは、3´-OH基と2´-OH基の両方がアミノアシル化されるが、主に3´-OH基よりも2´-OH基がアミノアシル化されるという報告がある。しかし、T. thermophilus、M. jannaschii TyrRSともに、立体構造中ではtRNAのCCA末端がディスオーダーしているため、どちらが本当の標的であるかの検証はできていない。今回得られた複合体の構造では、ATPを結合するKMSKSループとCCA末端がともにディスオーダーしていたことから、両者に何らかの関連があるのではないかと考えている。
【0084】
L−チロシン認識
M. jannaschii TyrRSによるL−チロシン認識の構造についても有用な知見を得た。チロシンは、酵素にある深いチロシン結合ポケット(図4)に収容される。チロシン結合ポケットの入り口の近くに、チロシンのアミノ基とカルボニル基が、Gln173、Tyr151及びGln155で水素結合ネットワークを形成している(図4)。チロシンのフェニル環は、Leu65、His70、及びGln155の側鎖により認識され、さらに、Ile33、Gly34、Phe35の主鎖により認識される(チロシンの後ろ側、図には示さず)。チロシンの側鎖のヒドロキシル基は、ポケットの内部のTyr32とAsp158で水素結合により認識される(図4)。水分子は、His177とTyr32により水素結合で捕捉され、チロシンの側鎖にも近位である(図4)。チロシンフリーのヒトmini-TyrRSも、このタイプのアミノ酸結合ポケットを有している。したがって、古細菌と真核生物のTyrRSは保存されたチロシン結合部位を有している。
チロシン結合ポケットの残基も、細菌で良く保存されている。深いポケットを形成する残基の配置は、B.stearothermophilusとS.aureusTyrRS構造と類似している。M. jannaschiiでTyr32、Asp158、Gln155、Gln173、及びTyr151は、B.stearothermophilusでTyr34、Asp176、Gln173、Gln195、及びTyr169に対応する。これらの残基は、よく保存されて、2つのTyrRSで、チロシン結合においてほぼ同じ役割を果たしている。T. thermophulusのTyrRSは、チロシンのヒドロキシル基を認識するために、Tyrの代わりに例外的にLysを有しているが、チロシンとの水素結合の他の残基は保存されている。
しかしながら、TyrRSのチロシン結合部位の詳細は、古細菌/真核生物と細菌で異なっている。例えば、M.jannaschiiiTyrRSのHis70とHis177は、B.stearothermophilusTyrRSには存在しない。さらに、チロシンと直接相互作用しない残基の配置は、M. jannaschiiとB.stearothermophilusで異なる。Asn123の側鎖は、B.stearothermophilusTyrRSのチロシンのヒドロキシル基から約4Å(0.4nm)であるが、M. jannaschiiのTyrRSの対応する残基であるGlu107はチロシンから13Å(1.3nm)離れている。
M. jannaschiiのTyrRSのアミノ酸特異性の改変は、すでにインビボスクリーニングシステムで成功している(非特許文献4、5、11−13、及び24)。以前の実験で、置換の標的残基は、B.stearothermophilusのTyrRS結晶構造に基づいて選択された。しかしながら、上述したように、M. jannaschiiのTyrRSの実際のチロシン結合部位は、いくらか異なっている。例えば、O−メチル−L−チロシンを特異的に認識するTyrRS変異体は、4置換(Y32Q、E107T、D158A及びL162P)で作製された(非特許文献11)。1つの構造によれば、Y32QとD158A変異は、O−メチル−L−チロシン結合ポケットを形成するのに必要とされている。これに対して、E107TとL162P変異は、結合チロシンに近くないため、自然又は間接的に影響のある変異のいずれかのようである。B.stearothermophilusTyrRS構造に基づくM.janashiiiTyrRS構造のコンピューターシュミレーションは、Glu107とLeu162がチロシン結合部位から離れて位置していて、間接的にL−チロシンの排除に寄与することも示されている。こうして、図4に示した構造によれば、非天然型アミノ酸特異性をより有効に創出するためのアミノ酸結合部位の詳細についての新規な情報を得ることができる。
【0085】
M. jannaschii TyrRS変異体の構造解析
本発明でアンバーサプレッサーtRNA (tRNATyrのC34G変異体) を効率よく認識するD286R変異体が得られた。この変異体は、サプレッサーtRNAに対するKmが低いので、そのtRNAとの共結晶化が可能であると考えられる。また、M. jannaschii TyrRSについては、様々な非天然型アミノ酸に対して、それぞれを特異的に認識する変異体が得られている(非特許文献4、5、11−13、及び24)。今回決定された複合体の構造では、チロシン結合部位におけるチロシン側鎖の認識機構は、これまでに構造決定されていたB. stearothermophilus TyrRS ADDIN ENRfu 42と似ていることが明らかとなった。しかし、非天然型アミノ酸特異的なTyrRS変異体が、なぜ本来の基質であるチロシンを認識せず、非天然型アミノ酸を特異的に認識するのかは、その構造だけでは完全には説明できない。これらのtRNAやアミノ酸認識に対する改変体とそれぞれの基質の立体構造を決定することにより、人工遺伝暗号の拡張に向けたTyrRSの基質特異性の改変戦略についての新たな知見が得られると考えられる。
【0086】
立体構造を利用したTyrRSの基質特異性の改変
M. jannaschii複合体の立体構造が決定されたことで、基質結合部位とtRNA結合部位の構造情報に基づいた改変が可能となる。特に、これまでは基質結合部位の構造を類推するためにB. stearothermophilus TyrRSの立体構造を用いていたが、細かい残基の配置が異なっていた。例えば、M. jannaschii TyrRSのGlu107は一次配列上、B. stearothermophilus TyrRSのAsn123に相当するが、B. stearothermophilus TyrRSでAsn123は基質のチロシンから約4Å(0.4nm)と近傍にあるのに対し、M. jannaschii TyrRSのGlu107はチロシンから約13Å(1.3nm)も離れている。今回の立体構造を利用することで、従来の非天然型アミノ酸を認識させるための改変よりも、より効率よく、かつ幅広いアミノ酸に対応した改変ができると期待される。
【0087】
【0088】
【発明の効果】
本発明により、M. jannaschii複合体の立体構造が決定され、この立体構造から基質認識及び結合部位である、チロシン結合ポケット及びアンチコドンG34結合ポケットの構造が解明されたことで、基質結合部位とtRNA結合部位の構造情報に基づいた改変が可能となる。この改変は、古細菌はもちろん、古細菌と真核生物との類似性から、真核生物由来酵素を改変する際にも、有用な情報を提供し得る。
さらに、これまで基質となり得ることが知られていたチロシン誘導体だけでなく、任意のチロシン誘導体を基質とし得る変異TyrRSが得られる可能性があり、未知のアロポリペプチド生産の可能性を開くものである。
本発明により明らかにされた立体構造からM. jannaschiiのTyrRS改変のための置換位置を選択することは、これまで類似性の低いBacillus stearothermophilusの立体構造から推定した方法に比べて、より効果的かつ効率的である。本発明のチロシン結合ポケットの情報から得られる変異体は、チロシン誘導体に対する基質特異性が高められたものである。また、G34結合ポケットの情報から得られる変異体は、アンバーサプレッサー効率が高められたものである。そして、これら2つの変異を併せ持つ変異体は、チロシン誘導体に対する基質特異性が高められ、かつ、アンバーサプレッサー効率が高められるものである。
これらの変異体は、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーチロシンtRNA、すなわち、アンバーコドンに相補するアンチコドンを有するチロシンtRNAの変異体と組み合わせて、インビボ又はインビトロの系で、所望の位置にチロシン誘導体を導入した非天然型アミノ酸組み込みポリペプチドの生産効率を挙げることができる。
【0089】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】 チロシンtRNAとTyrRSの配列の比較を示すもので、チロシンtRNA種の二次構造を示す図である。M.janaschiiとイーストのチロシンtRNA配列は、転写体として示される。矢印で示す文字と枠で囲んだ領域は、各チロシンtRNAの同じアイデンティティエレメントを示す。
【図2】 TyrRSの配列アラインメントを示す図である。配列は順にMethanococcus jannaschii、Archaeoglobus fulgidus、ヒト、酵母(細胞質)及びBacillus stearothermophillus、Thermus thermophilusである。M.jannaschiiとT.thermophilusTyrRSの二次構造エレメントを、各々、アラインメントの上と下に示した。コイルはαへリックスであり、矢印はβストランドである。(色は図2と同じ)。緑の文字は、保存されている残基を示す。アラインメントは、CLUSTAL X(トンプソンら、Nucleic Acids Research、第25巻、4876−4882頁、1997年)で行ない、M.jannaschiiとT.thermophilusの二次構造に基づき互いに修正した。
【図3】 プラスミドpMYR−Lac(Am)の構造を示す図である。MJYR1:M.jannaschiiサプレッサーtRNA遺伝子を含むDNA断片。PEYR:発現用プロモータを含む断片。LacZ(amb):α−lac(Am)を含むDNA断片。
【図4】 M.jannaschiiTyrRSのチロシン結合ポケットを示す図である。黒はO、斜線はNを表す。
【図5】 M.jannaschiiTyrRSの、チロシンtRNAアンチコドンのG34結合ポケットを示す図である。黒はO、斜線はNを表す。
【図6】 M.jannaschiiTyrRS/チロシンtRNA/チロシン複合体の構造を示す、リボンモデルのステレオ図である。2つのチロシン分子は、CPKモデルにより示される。チロシンtRNA分子の残基203−209と3´末端CCA鎖は、ディスオーダーされているので示されていない。
【図7】 1つのTyrRSサブユニットの分子構造のステレオ図である。Cα位だけが示される。各20番目の残基が、黒丸で示される。
【図8】 1.95Å(1.95×10-1nm)解像度でのチロシン結合ポケットの周囲の|FO−Fc|シュミレーテッドアニーリングオミット電子密度図(3.0σ)のステレオ図である。
【図9】 TyrRS・チロシンtRNAの全体構造を比較するもので、aは、M. jannaschiiとヒトとを重ね合わせたステレオ図、bは、M. jannaschiiとT.thermophilusを重ね合わせたステレオ図である。
【図10】 M.jannaschiiTyrRSのC末端ドメイン中に挿入されたβ−310−βモチーフを示す図である。
【図11】 図9bに相当するものを二回軸からみた重ね合わせを示す図である。
【図12】 TyrRSのアクセプタ−ステム認識を示す図であって、M.jannaschiiTyrRSのアクセプタ−ステム結合部位のステレオ図である。
【図13】 M.jannaschii複合体のチロシンtRNAの最初の塩基対の周囲の概略図(ステレオ図)である。tRNAをリボザイムの自己切断反応によって生成させたため、チロシンtRNAの5´末端のリン酸がない。各チロシンtRNAのヌクレオチド1、72、73がスティックモデルで示される。水素結合と他の相互作用は、破線で示す。リボンモデルでは、N末端領域T、ロスマンフォールドドメイン、CP1ドメインが示される。
【図14】 T.thermophilusでの対応する図である。各チロシンtRNAのヌクレオチド1、72、73がスティックモデルで示される。水素結合と他の相互作用は、破線で示す。リボンモデルでは、N末端領域T、ロスマンフォールドドメイン、CP1ドメインが示される。
【図15】 TyrRSのアンチコドン認識を示すもので、M.jannaschiiTyrRSによるアンチコドン認識を示すステレオ図である。水素結合は破線で示される。アンチコドントリプレットは、スティックモデルで示される。C末端ドメインはリボンモデルで示される。
【図16】 T.thermophilus複合体の対応図(ステレオ図)である。水素結合は破線で示される。アンチコドントリプレットは、スティックモデルで示される。C末端ドメインはリボンモデルで示される。
【図17】 野生型と、いくつかの変異体によるアミノアシレーションの初期速度の比較を示すグラフである。
【図18】 L−チロシンの側鎖を認識するTyrRSのアミノ酸残基を示す(ステレオ図)もので、aはM. jannaschii3重複合体のアミノ酸結合部位を示し、bは、B.stearothermophilus対応図である。M. jannaschiiの2つの残基、Glu107、Leu162は、各々、B.stearothermophilusのAsn123とLeu180に対応する。
【図19】 ネイティブ(左)及びセレノメチオニン標識(右)TyrRS・チロシンtRNA・チロシン複合体の結晶の写真である
【図20】 ネイティブ結晶の回折像である。矢印は1.95Å(1.95×10-1nm)分解能に相当する。
【図21】 セレノメチオニン標識複合体結晶のSe原子のXAFSスペクトルを示す。回折データの測定は矢印で示すピーク波長で行なった。
【図22】 セレノメチオニン標識複合体の異常分散差フーリエ図(4σカットオフ)である。セレノメチオニン側鎖をスティックモデル、TyrRSの主鎖はリボンモデルで示す。
【図23】 TyrRS・チロシンtRNA複合体のクリスタルパッキング(ステレオ図)を示す図である。中央に、結晶学的対称でダイマー化した分子が見える。
【図24】 M. jannaschiiのTyrRS変異体によって特異的に認識される非天然型のアミノ酸を示すもので、側鎖のみを示した図である。
【図25】 M. jannaschiiのTyrRSのアミノ酸配列を示す。
【発明の属する技術分野】
本発明は、メタノコッカス・ジャナシィ(Methanococcus jannaschii)のチロシルtRNA合成酵素(TyrRS)/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の結晶、チロシン結合ポケットを有するTyrRS、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSとその作製方法、アンチコドンG34結合ポケットを有するTyrRS、野生型のTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSとその作製方法、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRS、チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キット、ポリペプチドの製造方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
現在、今までにない有用な性質をもつタンパク質をデザインし、生産するうえで、人為的に非天然型アミノ酸をタンパク質に導入する方法が注目されている。例えば、非天然型アミノ酸を含むタンパク質 (アロプロテイン(非特許文献1)) は、分子内標識(非特許文献2及び3)、タンパク質同士のクロスリンク(非特許文献4及び5)、X線やNMRによる構造解析(非特許文献6及び7)、さらにシグナル伝達系の解析(非特許文献2及び8)に用いられている。部位特異的に非天然型アミノ酸が導入されたアロプロテインを効率よく生産するためには、アミノアシルtRNA合成酵素 (aaRS) のtRNAやアミノ酸に対する特異性を改変することで、遺伝暗号系を拡張することが不可欠である。
【0003】
そのためにはまず、改変されたaaRS (aaRS*) は、非天然型アミノ酸を改変されたtRNA (tRNA*) と共有結合させる特性を有しなければならない。一方、tRNA*は61種類のセンスコドンとは対合してはならず、他のコドン、例えばアンバーコドンなどと対合する性質をもたなければならない(非特許文献9)。さらには、そのaaRS*・tRNA*ペアは、宿主翻訳系の他のどのaaRS・tRNAのペアとも相互作用しない、「直交した」関係であることが必須である(非特許文献9)。すなわち、aaRS*はtRNA*以外をアミノアシル化せず、tRNA*はaaRS*以外にアミノアシル化されないことが必要である。
【0004】
そのような直交したaaRS*・tRNA*ペアを実現するために、他生物種のペアを宿主の系に導入する方法が取られてきた。出芽酵母のフェニルアラニルtRNA合成酵素・tRNAPheペアを大腸菌に導入し、 p-フルオロフェニルアラニンをアンバーコドン特異的に導入したのが最初の試みであった(非特許文献10)。現在のところ、遺伝暗号の拡張は、真正細菌である大腸菌(非特許文献4、5、及び11−13)と、真核生物(小麦胚芽抽出液、非特許文献14、及び哺乳動物細胞、非特許文献15)で成功している。いずれの例も、チロシルtRNA合成酵素 (TyrRS)変異体とアンバーサプレッサー化されたtRNATyrのペアの導入で遺伝暗号を拡張している。それらの系では、真正細菌型TyrRS・tRNATyrと古細菌/真核生物型TyrRS・tRNATyrは、それぞれのグループ内ではアミノアシル化するが、互いのグループ同士ではアミノアシル化できない直交の関係にある(非特許文献16−18)ことが鍵となっている。
【0005】
例えば、古細菌Methanococcus jannaschii(以下、M. jannaschiiと記載する)のTyrRS・tRNATyrペアは大腸菌の系で、逆に大腸菌TyrRSとBacillus stearothermophilus tRNATyrのペアは哺乳動物細胞の系で直交したペアとなるために、それらの人工遺伝暗号の拡張に使われた(非特許文献15及び19)。
【0006】
TyrRS・tRNATyrペアの直交性は、古細菌/真核生物と真正細菌の間でのTyrRSのtRNA認識機構の違いに由来する。TyrRSは、対応するtRNAが持っているアイデンティティ決定因子という一部のヌクレオチド配列でtRNAを識別する(非特許文献20)。古細菌および真核生物のtRNATyrは、特徴的なC1:G72塩基対(非特許文献21)、アンチコドン、そしてA73をアイデンティティ決定因子として持つ(非特許文献18及び20)。一方、真正細菌では、アンチコドン、A73は同じであるが、全く逆のG1:C72塩基対と特徴的な長いバリアブルアーム(非特許文献21)をアイデンティティ決定因子として持つ(非特許文献22)(図1)。真正細菌と真核生物のtRNATyrの1:72塩基対をそれぞれC1:G72、G1:C72に逆転させると、バリアブルアームの長さに関わらず、TyrRSによる種特異的な認識が逆転する(非特許文献23)。そのことから、真正細菌型、古細菌/真核生物型TyrRS共にtRNAの1:72塩基対が認識の要となっていることが示唆されている。
【0007】
TyrRSの一次構造においても、古細菌、真核生物由来のTyrRSは互いに似ているのに対し、それらのTyrRSと真正細菌のTyrRSとは類似性が低い (図2)。例えば、PSI-BLASTプログラム (http://www.ncbi.nlm.nih.gov/blast/) で配列相同性を解析すると、M. jannaschiiとヒトのTyrRSの間には59%の類似性が見出されるのに対し、M. jannaschiiとB. stearothermophilusのTyrRSの間ではe-valueが0.22と高く、全体的な類似性は見出されない。
【0008】
【非特許文献1】
コイデ(Koide)ら、プロシーディングス・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス(Proceedings of the National Academy of Sciences)、 USA、第85巻、1988年、p.6237−6241
【非特許文献2】
ノワク(Nowak)ら、サイエンス(Science)、 第268巻、1995年、p.439−442
【非特許文献3】
ショート(Short)ら、バイオケミストリー(Biochemistry)、第39巻、2000年、p.8768−8781
【非特許文献4】
チン(Chin)ら、ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ(Journal of American Chemical Society)、第124巻、2002年、p.9026−9027
【非特許文献5】
チン(Chin)ら、プロシーディングス・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス(Proceedings of the National Academy of Sciences)、 USA、第99巻、2002年、p.11020−11024
【非特許文献6】
ヘンドリックソン(Hndrickson)ら、EMBO J.第9巻、1990年、p.1665−1672
【非特許文献7】
ヤブキら、J.Biomol.NMR、第11巻、1998年、p.295−306
【非特許文献8】
ルー(Lu)ら、Mol.Cell、第8巻、2001年、p.759−769
【非特許文献9】
ワング(Wang)ら、Chem.Commun(Camb)、2002年、p.1−11
【非特許文献10】
ファーター(Furter)、Protein Sci.第7巻、1998年、p.419−426
【非特許文献11】
ワング(Wang)ら、サイエンス(Science)、第292巻、2001年、p.498−500
【非特許文献12】
ワング(Wang)ら、ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ(Journal of American Chemical Society)、第124巻、2002年、p.1836−1837
【非特許文献13】
サントロ(Santoro)ら、ネイチャー・バイオテクノロジー(Nature Biotechnology)、第20巻、2002年、p.1044−1048
【非特許文献14】
キガら、プロシーディングス・オブ・ザ・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス(Proceedings of the National Academy of Sciences)、 USA、第99巻、2002年、p.9715−9723
【非特許文献15】
サカモトら、ヌクレイック・アシッズ・リサーチ(Nucleic Acids Res.)、第30巻、2002年、p.4692−4699
【非特許文献16】
チョー(Chow)ら,J.Biol.Chem.第268巻、1993年、p.12855−12863
【非特許文献17】
キン(Quinn)ら、Biochemistry、第34巻、1995年、p.12489−12495
【非特許文献18】
フェクター(Fechter)ら、Eur.J.Bhichem.第268巻、2001年、p.761−767
【非特許文献19】
ワング(Wang)ら、ジャーナル・オブ・アメリカン・ケミカル・ソサエティ(Journal of American Chemical Society)、第122巻、2000年、p.5010−5011
【非特許文献20】
ギージェ(Giege)ら、ヌクレイック・アシッズ・リサーチ(Nucleic Acids Res.)、第26巻、1998年、p.5017−5035
【非特許文献21】
マーク(Marck)ら、RNA、第8巻、2002年、p.1189−1232
【非特許文献22】
ヒメノら、ヌクレイック・アシッズ・リサーチ(Nucleic Acids Res.)、第18巻、1990年、p.6815−6819
【非特許文献23】
ワカスギら、EMBO J.第17巻、1998年、p.297−305
【非特許文献24】
ブリックら、Journal of Molecular Biology、第208巻、1989年、p.83−89
【0009】
【発明が解決しようとする課題】
M. jannaschiiのTyrRSのアミノ酸特異性の改変は、すでにインビボスクリーニングシステムで成功している(非特許文献4、5、11−13、及び24)。そしてこれまでに、M. jannaschiiのTyrRSから、図24に示す側鎖を有するチロシン誘導体を基質として認識する変異TyrRSが取得されている。ところが、これらの改変は、すべて置換の標的残基は、B.stearothermophilusのTyrRS結晶構造に基づいて選択されたものである。上述の如く、TyrRSの一次構造においても、古細菌、真核生物由来のTyrRSと真正細菌のTyrRSとは類似性が低いことを考慮すると、B.stearothermophilusのTyrRS結晶構造に基づいて古細菌や真核生物のTyrRSの改変のための変異箇所を選択することは、その有効性が必ずしも保証されたものではない。
【0010】
本発明は、メタノコッカス・ジャナシィ(Methanococcus jannaschii)のチロシルtRNA合成酵素(TyrRS)/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の結晶、チロシン結合ポケットを有するTyrRS、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSとその作製方法、アンチコドンG34結合ポケットを有するTyrRS、野生型のTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSとその作製方法、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRS、チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キット、ポリペプチドの製造方法を提供する。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明は、以下の結晶を提供する。
(1) 表3に示される原子座標の原子番号1から4006で規定される構造を有する、メタノコッカス・ジャナシィ(Methanococcus jannaschii)のチロシルtRNA合成酵素(TyrRS)/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の結晶。
(2) 空間群がP3121であり、単位格子が、a=b=86.8Å(8.68nm)、c=156Å(15.6nm)の寸法を有する、TyrRS/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の結晶。
本発明は、以下のチロシン結合ポケットを有するTyrRSを提供する。
(3) 表3に示される原子座標の原子番号1から2415で規定される構造において、アミノ酸残基Tyr32、Ile33、Gly34、Phe35、Glu36、Leu65、Ala67、His70、Tyr151、Gln155、Asp158、Gln173、及びHis177によって規定されるチロシン結合ポケットを有するTyrRS。
本発明は、前記(3)のチロシン結合ポケット構造の情報から、下記の変異TyrRSとその作製方法を提供する。
(4) 配列番号1で表されるアミノ酸配列において、「Tyr32、His70、Asp158」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又は「Tyr32、Asp158、His177」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
(5) (4)の変異TyrRSにおいて、「Tyr32、His70、Asp158」が「Tyr32、Ala70、Thr158」に置換された配列、又は「Tyr32、His70、Asp158」が「Thr32、Thr70、Glu158」に置換された配列からなることを特徴とする変異TyrRS。
(6) (4)又は(5)の変異体のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
(7) チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも所望のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSを作製する方法であって、
(A)表3に示される原子座標に基づいて、前記チロシン結合ポケット構造を構成するアミノ酸残基から少なくとも1つ選択し、
(B)選択したアミノ酸残基について、別のアミノ酸残基で置換した変異TyrRSライブラリーを作製し、
(C)変異TyrRSライブラリーから、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも目的のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたものを選択することを含むことを特徴とする方法。
(8) 前記工程(A)において、表3に示される原子座標に基づいて、チロシン結合ポケットを構成するアミノ酸残基から3個選択することを特徴とする、変異TyrRSを作製する方法。
(9) 前記チロシン誘導体が3位置換チロシンであることを特徴とする、変異TyrRSを作製する方法。
(10) 前記工程(A)で選択したアミノ酸残基が、Tyr32、His70、及びAsp158の組み合わせ、又は、Tyr32、Asp158、及びHis177の組み合わせであることを特徴とする、変異TyrRSを作製する方法。
さらに、本発明は下記のアンチコドンG34結合ポケットを有するTyrRSを提供する。
(11) 表3に示される原子座標の原子番号1から2415で規定される構造において、アミノ酸残基Phe261、His283、Pro284、Met285、及びAsp286によって規定されるアンチコドンG34結合ポケットを有するTyrRS。
さらに本発明は、前記(11)のアンチコドンG34結合ポケット構造から得られる情報に基づいて、下記の変異TyrRSとその作製方法を提供する。
(12) 配列番号1で表されるアミノ酸配列においてAsp286が別のアミノ酸残基で置換された配列を有する変異TyrRSであって、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
(13) 前記Asp286が、Gln、Arg、又はTyrで置換されたものであることを特徴とする、変異TyrRS。
(14) (12)又は(13)の変異TyrRSのアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
(15) チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりもチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSにおいて、配列番号1におけるAsp286に相当するアミノ酸残基をGln、Arg、又はTyrで置換することを特徴とする、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSの作製方法。
(16) (15)の方法により作製され得る変異TyrRS。
さらに、本発明は、下記の変異TyrRSとその作製方法を提供する。
(17) 配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換され、かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列、
又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換され、かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列
からなり、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
(18) (17)の変異TyrRSのアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、
チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
さらに、本発明は、下記のチロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キット及びポリペプチドの製造方法を提供する。
(19) ▲1▼細胞抽出液、
▲2▼前記のいずれかの変異TyrRS、
▲3▼前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNA
とを具備した、チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キット。
(20) 前記いずれかの変異TyrRSと、前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAとを用いたポリペプチド合成系によって、所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子を用いて、非天然型アミノ酸を含んだポリペプチドを発現させることを特徴とする、ポリペプチド合成方法。
(21) (A)前記いずれかの変異TyrRSを細菌内で発現させる発現ベクターと、
(B)前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAを、前記細菌内で発現させる発現ベクターと、
(C)所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子
とを有する真性細菌を、その細菌の増殖に適した培地に目的のチロシン誘導体を添加した培地で、適当な条件でインキュベートすることにより、真性細菌内で、チロシン誘導体組み込みポリペプチドを発現させることを特徴とする、ポリペプチドの製造方法。
(22) (A)前記いずれかの変異TyrRSを細菌内で発現させる発現ベクターと、
(B)前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAを、前記細菌内で発現させる発現ベクターと、
(C)所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子
とを有する真性細菌。
【0012】
【発明の実施の形態】
本発明において、チロシン誘導体とは、チロシンを構成する原子のいずれかに任意の置換基が導入されたものをさし、置換基の導入される位置に制限はない。具体的には、例えば、図24に挙げる側鎖を有するチロシン誘導体が挙げられる。
【0013】
本発明のTyrRS変異体は、アミノ酸配列の中に特定の位置に変異を有し、所望の活性を維持する限り、その他の位置のアミノ酸残基については、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたものも包含するものとする。
同様に、本発明のTyrRS変異体は、アミノ酸配列の中に特定の位置に変異を有し、所望の活性を維持する限り、その他の位置のアミノ酸残基については、70%以上の相同性、好ましくは80%以上の相同性、より好ましくは90%以上の相同性を有するものも包含するものとする。
【0014】
(1)三重複合体の結晶構造
本発明は、高分解能三次元構造及びX線結晶学により決定した、三重複合体の原子構造座標を提供する。三重複合体の結晶化、及びその構造座標のX線解析のための具体的な方法は、実施例に記載した通りである。
本発明のM. jannaschii のTyrRSとM. jannaschiiのtRNATyrとL−チロシンとの三重複合体(以下、TyrRS/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体という)の結晶は、空間群がP3121であり、単位格子が、a=b=86.8Å(8.68nm)、c=156Å(15.6nm)の寸法を有するものである。ここで、単位格子とは、結晶の最も小さく単純な体積要素をさし、空間群とは単位格子の対称性をさす。
1.95Å(1.95×10-1nm)の分解能で得られた本発明のTyrRS/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の原子構造座標を表3に示す。表3に示した原子座標において、原子番号1から2415は、TyrRS、2416から2428はL−チロシン、2429から4006は、tRNA、4007から4374は捕捉された水に相当する。
本発明において、TyrRS/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の原子構造座標とは、表3に示された座標と一致又は実質的に一致するものをさし、より具体的には、表3に示した座標に関し、バックボーン原子(N、Cα、C及びO)を用いてそれを重ね合わせたときに、約1.5Å(0.15nm)以下、好ましくは約1.0Å(0.1nm)以下、より好ましくは0.5Å(0.05nm)以下の二乗平均偏差をもつものを意味する。
【0015】
表3に示される原子座標は、チロシンtRNAとL−チロシンに結合したM. jannaschiiのTyrRSの立体構造を反映するものであり、多くの有用な情報を提供する。中でも、古細菌のTyrRS改変を行なうためのアミノ酸置換の位置の特定に用いることができる。また、上述のごとく、古細菌と真核細胞におけるTyrRSの類似性から、表3に示される真核生物のTyrRS改変を行なうためのアミノ酸置換の位置の特定のためにも用いることができると考えられる。
より具体的には、以下に詳述するように、表3の原子座標データを解析した結果、TyrRSに存在するチロシン結合ポケット構造と、アンチコドンG34結合ポケット構造とが明らかになった。また、実施例の欄で詳述するように、tRNAのアクセプターステム認識に関与する部位についても、表3の原子座標データより新たな情報を得た。
【0016】
(2)チロシン結合ポケット
本発明において明らかにされた、TyrRSのチロシン結合ポケット構造とは、表3に示される原子座標の原子番号1から2415で規定される構造を有するM. jannaschiiのTyrRSにおいて、アミノ酸残基Tyr32(原子番号259〜270)、Ile33(原子番号271〜278)、Gly34(原子番号279〜282)、Phe35(原子番号283〜293)、Glu36(原子番号294〜302)、Leu65(原子番号525〜532)、Ala67(原子番号541〜545)、His70(原子番号562〜571)、Tyr151(原子番号1230〜1241)、Gln155(原子番号1265〜1273)、Asp158(原子番号1289〜1296)、Gln173(原子番号1398〜1406)、及びHis177(原子番号1435〜1444)によって規定されるものである。
【0017】
このチロシン結合ポケットを拡大した図を図4に示す。図4において、点線は水素結合を意味する。このチロシン結合ポケット構造において、L−チロシンが認識されるメカニズムは以下の通りであると考えられる。
ポケットの入り口の近くでは、基質のL−チロシンのアミノ基とカルボニル基が、Gln173、Tyr151及びGln155で水素結合ネットワークを形成する。すなわち、基質のL−チロシンのアミノ基は、Gln173のカルボニル基、Tyr151のヒドロキシル基及びGln155のカルボニル基と、各々水素結合を形成し、基質のL−チロシンのカルボニル基は、Gln173のアミノ基と水素結合を形成し、さらにGln173のカルボニル基とGln155のアミノ基で水素結合を形成する。
チロシンの芳香環は、Leu65、His70、及びGln155の側鎖により認識され、さらに、Ile33、Gly34、Phe35の主鎖によっても認識される(チロシンの後ろ側、図4には示さず)。チロシンの芳香環のヒドロキシル基は、ポケットの内部のTyr32とAsp158で水素結合により認識される。水分子は、His177とTyr32により水素結合で捕捉され、チロシンの側鎖にも近位である。
このチロシン結合ポケットが、野生型のTyrRSのチロシンに対する基質特異性を決定するものと考えられる。そこで、TyrRSのチロシンに対する基質特異性を改変するには、このチロシン結合ポケットを構成するアミノ酸残基を変異させることが有効であると考えられる。
【0018】
(3)TyrRSの基質特異性変異体の作製方法
本発明は、前記チロシン結合ポケット構造の情報に基づき、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも所望のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRS(以下、単に本発明の基質特異性変異TyrRSともいう)を作製する方法を提供する。すなわち、
(A)表3に示される原子座標に基づいて、前記チロシン結合ポケット構造を構成するアミノ酸残基から少なくとも1つ選択し、
(B)選択したアミノ酸残基について、別のアミノ酸残基で置換した変異TyrRSライブラリーを作製し、
(C)変異TyrRSライブラリーから、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも目的のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたものを選択することを含むことを特徴とする方法である。
本発明において、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも目的のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSとは、チロシンよりも所望のチロシン誘導体に対する基質親和性が高められた変異TyrRSということもできる。チロシンよりも所望のチロシン誘導体に対する基質親和性が高められたとは、目的のチロシン誘導体に対する活性値(反応速度Kcatをミカエリス定数Kmで割った値)が、チロシンに対する活性値よりも大きいものをいう。活性値はインビトロのアッセイによって測定できるが、遺伝学的なデータから活性値の相対的な大きさを判定することもできる。
【0019】
工程(A)において、置換基を導入する原子は、チロシンの芳香環を構成する炭素のいずれでもよい。特にチロシン芳香環を構成する2位又は3位の炭素原子に置換基を導入したい場合は、チロシンの線対称性により、2箇所ずつとなる。チロシン芳香環の4位のヒドロキシル基を別の置換基に変えたチロシン誘導体でもよい。上述したように、すでに、図24に示すような種々のチロシン誘導体に基質特異性を有する変異体が取得されていることから、M. jannaschiiの変異より、多様な基質特異性を有し得ることは実証されている。本発明の方法においては、より合理的に変異の箇所が特定できるので、すでに基質となり得ることが知られているチロシン誘導体について、より基質特異性が高められた変異体の取得が可能となるだけでなく、新たな位置や種類の置換基を有するチロシン誘導体に対して基質特異性を有する変異体が取得できる可能性が開かれた。
【0020】
工程(B)において、選択したアミノ酸残基について、別のアミノ酸残基で置換した変異TyrRSライブラリーを作製する。
アミノ酸残基を複数選択した場合は、PCR等を用いた公知の遺伝子操作技術によるアミノ酸残基のランダム置換を行なうことができる。
例えば、2通りの3位置換について、アミノ酸残基を3個選択した場合は、試みるべきアミノ酸置換の組み合わせは203通りずつ、合わせて16000通りである。遺伝子上のこれらの3つの位置に対応するヌクレオチド残基(それぞれ合わせて9残基)をランダムな配列に変えた変異遺伝子のライブラリーをPCRを利用して作製することができる。
従来の報告(非特許文献4、11、12及び24)では、チロシン誘導体特異的M. jannaschii TyrRSを得るために、フェノール環上の置換基の位置に関わらず、B. stearothermophilus TyrRSの立体構造に基づいてチロシン認識に関与するアミノ酸残基を5か所推定して、これらをランダムに置換している。この方法では、1種類の改変体TyrRSを得るために205通りのアミノ酸置換の組み合わせを調べる必要があった。本発明を用いると、置換の位置をより限定することができるので、これより少ない置換基を選択してより効率的に目的のTyrRS改変体を得ることが可能である。
【0021】
工程(C)における選択は、アンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、大腸菌などで発現させ、チロシン(+)チロシン誘導体(−)の培地では、アンバーサプレッションが起こらないが、チロシン(+)チロシン誘導体(+)の培地ではアンバーサプレッションが起こるものを選択すればよい。例えば、Lacにアンバー変異を導入した株を、アンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、ランダムな配列に変えた変異遺伝子のライブラリーで形質転換し、チロシン(+)チロシン誘導体(−)の培地では、アンバーサプレッション(Lac−)が起こらないが、チロシン(+)チロシン誘導体(+)の培地ではアンバーサプレッション(Lac+)が起こるものを選択すればよい。
このようなポジティブセレクションを用いれば、多くの形質転換株から目的のものを簡便に選択することができる。
【0022】
以下、本発明の変異TyrRSの作製方法を用いて、M. jannaschii TyrRSのアミノ酸特異性の改変手法の一例について具体的に説明する。
【0023】
[1]M. jannaschii TyrRS遺伝子の入手
M. jannaschii TyrRS遺伝子の既知の塩基配列(GenBank ID: 1591094)(配列番号2)をもとにPCRプライマー1,2(各々、配列番号3、4)を設計し、これらのプライマーを用いて、遺伝子の全長を、M. jannaschiiゲノムDNA(ATCC bioproducts社から購入)を鋳型としたPCRによって遺伝子の全長を含むDNA断片を得ることができる(ATCC bioproducts, http://www.atcc.org/Products/PurifiedDNA.cfm/)。
【0024】
[2]M. jannaschii TyrRSの大腸菌内での発現用プラスミドpMYSの作成
[1]で得たDNA断片は両末端に制限酵素NdeI部位とBglII部位をそれぞれ持つので、これら2つの制限酵素で処理した後、同様に処理した発現用ベクターpCBS1(FEBS Letter Vol. 462, pp. 302-306, 1999)とリガーゼによって結合させてプラスミドpMYSを作成する。このプラスミドを大腸菌に導入することにより、M. jannaschii TyrRSの大腸菌内で大量に発現させることができる。
【0025】
[3]M. jannaschii由来チロシン・サプレッサーtRNA(以下,Mj sup-tRNA)とアンバー変異を含むlac遺伝子のαフラグメント(以下,α-lac(Am))を両方とも大腸菌内で発現するためのプラスミドpMYR-Lac(Am)の作製
M. jannaschii サプレッサーtRNA遺伝子(非特許文献11)を含むDNA断片(配列番号5)とその発現用プロモータを含む断片(配列番号6)を、ベクターpACYC184(Journal of Bacteriology Vol. 134, pp. 1141-1156, 1978)のBamHI-HindIII部位,BamHI-SalI部位にそれぞれクローニングしてプラスミドpMYRを作製する。さらに、 pMYRを制限酵素EagIで処理した後、α-lac(Am)を含むDNA断片(配列番号7)とリガーゼによって結合させて、プラスミドpMYR-Lac(Am)を作製する(図3)。
【0026】
M. jannaschii サプレッサーtRNA遺伝子を含むDNA断片の塩基配列(配列番号5)
(1番目と3番目の下線は、BamHI部位とHindIII部位を示す。2番目の下線は、M. jannaschii サプレッサー-tRNAの構造遺伝子領域を示す。)
【0027】
発現用プロモータを含むDNA断片の塩基配列(配列番号6)
(下線は、各々SalI部位とBamHI部位を示す。)
【0028】
α-lac(Am)を含むDNA断片(配列番号7)
(下線は、各々、α-lac遺伝子の開始コドンとアンバーコドンを示す。)
【0029】
[4]M. jannaschii TyrRS中のアミノ酸残基でアミノ酸特異性の改変の為に置換する残基の選択
例えば、改変によって3-ヨード-L-チロシン(以下,IY)を特異的に認識する変異TyrRSを得たい場合は、TyrRSのL-チロシン結合部位の立体構造(図4)において、チロシン環3位(左右2カ所)の近傍に位置する次の3残基を選択する。
右側:N末端から32番目のチロシン残基(Tyr32),His70,Asp158
左側:Tyr32, Asp158, His177
【0030】
[5]Tyr32,His70,Asp158の3残基を同時にそれぞれ20種類のアミノ酸のいずれかにランダムに置換した変異TyrRS発現プラスミドの作製
M. jannaschii TyrRS遺伝子中の該当3アミノ酸残基に対応する塩基配列をNNK(N:A, G, C, Tのいずれか、K:GまたはT)に置換した遺伝子を次の2段階のPCRによって作製して、[2]に記述した方法で大腸菌内で発現させる。
【0031】
[PCR第1段階]プライマー1−8を用いた次の4回のPCRを含む。
PCR.1 プライマー1(配列番号3)とプライマー3(配列番号8)を用いる。
PCR.2 プライマー4(配列番号9)とプライマー5(配列番号10)を用いる。
PCR.3 プライマー6(配列番号11)とプライマー7(配列番号12)を用いる。
PCR.4 プライマー8(配列番号13)とプライマー2(配列番号4)を用いる。
反応条件はいずれも次の通りとすればよい。
Pyrobest DNA polymerase (Takara社から購入)、酵素に添付の反応用緩衝液を使用し、反応液の容量は50マイクロリットルとする。プライマーは25ピコモルずつ使用し、鋳型としてプラスミドpMYS を1ナノグラム使用する。反応の温度制御は次の通りとすればよい。
98度5分→(98度10秒→50度15秒→72度x秒)×25回以上→72度5分
ここで、xは30以上で、PCRで生成するDNA断片の長さを500で割って60を掛けた値とする。
【0032】
[PCR第2段階]PCR.1〜4で得られたPCR産物10ナノグラムずつを混合して鋳型としてプライマー1,2を用いて行う。反応条件、温度制御はx=90とする前記PCR第1段階と同じである。
【0033】
[6]Tyr32,Asp158,His177の3残基を同時にそれぞれ20種類のアミノ酸のいずれかにランダムに置換した変異TyrRS発現プラスミドの作製
前記[5]の手順においてPCR第1段階で用いるプライマーが以下の組み合わせになる以外は同様に実施する。プライマー9、10(各々、配列番号14、15)にする以外は全て同じである。
【0034】
[PCR第1段階]
PCR.1 プライマー1(配列番号3)とプライマー3(配列番号8)を用いる。
PCR.2 プライマー4(配列番号9)とプライマー6(配列番号11)を用いる。
PCR.3 プライマー8(配列番号13)とプライマー9(配列番号14)を用いる。
PCR.4 プライマー10(配列番号15)とプライマー2(配列番号4)を用いる。
【0035】
[7]変異体の選択の方法
大腸菌MV1184株をプラスミドpMYR-Lac(Am)で形質転換するMV1184*株を作成する。
MV1184*株に[5]または[6]で作成した変異TyrRS発現プラスミドをそれぞれ形質転換法によって導入し、 LB*プレートに播く。18時間以上37度で保温したのちに生じたコロニー(8000個以上)を集めてLB **(IY)プレートに再び播き、24時間以上保温して再度生じたコロニーの着色を観察する。
各コロニーは、それぞれ1つずつの変異TyrRS遺伝子のクローンを含んでいる。変異TyrRSがプレート中のL-チロシン(または,IYの添加ある場合には,IYまたはL-チロシン)をMj sup-tRNAに結合させる活性を持つならば、α-lac(Am)遺伝子中のアンバー変異をサプレッションして青く着色したコロニーを生じる。
よって、LB**(IY)プレート上の青く染まったコロニーは、IYまたはL-チロシンをMj sup-tRNAに結合させる活性を持つ変異TyrRS遺伝子のクローンを含んでいることがわかる。そこで、青く染まったコロニーを1つずつLB**プレートとLB **(IY)プレート上にそれぞれ移植して、24時間以上37度で保温して再度着色を観察する。LB **(IY)プレート上では青、LB **プレート上では白になるコロニーは、IYのみをMj sup-tRNAに結合させる活性を持つ変異TyrRS遺伝子のクローンを含んでいる。よって,それぞれのコロニーから変異TyrRS遺伝子を回収する。
各プレートの組成は以下の通りとすることができる。
LB *プレート:1リットルあたりアンピシリン100ミリグラム、クロラムフェニコール25ミリグラムを含んだLBプレート。
LB **プレート:1リットルあたりイソプロピル-1-チオ-D-ガラクトピラノシド1mM(最終濃度)、 5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド40ミリグラム、IY 0.1グラムを含んだLBプレート。
LB **(IY)プレート:1リットルあたりイソプロピル-1-チオ-D-ガラクトピラノシド1mM(最終濃度)、 5-ブロモ-4-クロロ-3-インドリル-β-D-ガラクトピラノシド40ミリグラム、IY 0.1グラムを含んだLBプレート。
【0036】
(4)基質特異性変異TyrRS
こうして得られた変異体は、チロシンよりも所望のチロシン誘導体に対する基質親和性が高められた変異TyrRSである。すなわち、
(A)表3に示される原子座標に基づいて、前記チロシン結合ポケット構造を構成するアミノ酸残基から少なくとも1つ選択し、
(B)選択したアミノ酸残基について、別のアミノ酸残基で置換した変異TyrRSライブラリーを作製し、
(C)変異TyrRSライブラリーから、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも目的のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたものを選択することを含む方法により作製された変異TyrRSは、例えば、後述の方法により、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、所望の位置にアンバー変異を受けた所望の遺伝子を発現させることにより、所望の位置に目的のチロシンを組み込んだポリペプチド生産に好ましく用いられる。
【0037】
また、本発明の一態様において、配列番号1で表されるアミノ酸配列(M.jannaschiiの野生型のTyrRSのアミノ酸配列;1文字標記で図25に示す)において、Tyr32、His70、Asp158のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又はTyr32、Asp158、His177のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3位置換チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRSは、例えば、後述の方法により、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、所望の位置にアンバー変異を受けた所望の遺伝子を発現させることにより、所望の位置に目的の3位置換チロシンを組み込んだポリペプチド生産に好ましく用いられる。
本発明の変異TyrRSの一態様によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、Tyr32、His70、Asp158のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又はTyr32、Asp158、His177のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列を含み、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3位置換チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRSである。
【0038】
さらに、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、Tyr32、His70、Asp158のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又はTyr32、Asp158、His177のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRSは、例えば、後述の方法により、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、所望の位置にアンバー変異を受けた所望の遺伝子を発現させることにより、所望の位置に3位置換チロシン、好ましくは3−ハロゲン化チロシン、特に3−ヨードチロシンを組み込んだポリペプチド生産に好ましく用いられる。
本発明の変異TyrRSの一態様によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、Tyr32、His70、Asp158のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又はTyr32、Asp158、His177のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列を含み、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRSである。
【0039】
さらに、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換された配列(Tyr32−Ala70−Thr158)、又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換された配列(Thr32−Thr70−Glu158)からなる変異TyrRSを提供する。この変異体が実際に3−ヨードチロシンに対する特異性が高いことは、前記の選択方法において、チロシン(+)3−ヨードチロシン(−)の培地では、アンバーサプレッション(Lac−)が起こらないが、チロシン(+)3−ヨードチロシン(+)の培地ではアンバーサプレッション(Lac+)が起こることにより実証されている。
本発明の変異TyrRSの一態様によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換された配列(Tyr32−Ala70−Thr158)、又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換された配列(Thr32−Thr70−Glu158)を含む変異TyrRSである。
【0040】
3−ヨードチロシン、3−ブロモチロシンなどの、3−ハロゲン化チロシンは、それ自体で生理活性を有する非天然型アミノ酸であり、ポリペプチドの部位特異的ラベルの標的部位ともなる。したがって3−ハロゲン化チロシンに対する基質特異性が高められた本発明の変異TyrRSは、3−ハロゲン化チロシンを組み込んだアロタンパク質に用いることができ、このようなアロタンパク質は、タンパク質機能・構造解析の材料として有用であり、また創薬のターゲットともなる可能性がある。
【0041】
(5)アンチコドンG34結合ポケット構造
M. jannaschii TyrRSにおいて、アンチコドンはC末端ドメインによって認識される (図6及び図15)。そして、アンチコドンの1文字目のG34が引き出されて厳密に認識される (図15)ことがわかった。
こうして明らかとなった本発明のアンチコドンG34結合ポケット構造は、表3に示される原子座標の原子番号1から2415で規定される構造を有するM. jannaschiiのTyrRSにおいて、アミノ酸残基Phe261、His283、Pro284、Met285、Asp286によって形成される、アンチコドンG34結合ポケット構造である。このアンチコドンG34結合ポケットを図5に示す。
このアンチコドンG34結合ポケットにおいては、G34の塩基部分はPhe261とHis283の環の間にスタッキングし、さらに1位の窒素原子と2位のアミノ基は、共にAsp286と水素結合によって認識されている。
【0042】
この知見に基づき、本発明者らは、tRNATyrのG34C変異体であるアンバーサプレッサーtRNA(チロシンアンチコドンGUAの1文字目GがCに置換されて、アンチコドンがCUAとなったもの)に対するアミノアシル化の効率を上げるためには、286番の残基に変異を導入し、その有効性を確認した。
こうして、本発明の一態様は、配列番号1に示されたアミノ酸配列のうち、Asp286を別のアミノ酸残基で置換した配列を有し、かつアンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応が向上したM. jannaschii由来の変異TyrRSである。
このような変異体を取得する方法としては、公知の方法のいずれを用いても良く、例えば、目的のアミノ酸の位置をコードする塩基配列を改変すべきアミノ酸をコードする塩基配列に置換したプライマーを用いて、改変すべきアミノ酸をコードする塩基配列に置換したDNAを増幅させて、増幅させたDNA断片を結合させて、全長のaaRSの変異体をコードするDNAを得て、これを大腸菌などの宿主細胞を用いて発現させることにより簡便に製造することができる。この方法において使用するプライマーとしては20〜70塩基、好ましくは20〜50塩基程度である。このプライマーは改変前の元の塩基配列とは1〜3塩基がミスマッチとなるので、比較的長いもの、例えば20塩基以上のものを使用するのが好ましい。
【0043】
本発明者らは、このAsp286置換において、野生型TyrRSにおいてtRNAの34塩基目にシトシンがくる場合、G34と同じように塩基が反転した位置に来たとしても、Asp286と塩基との距離が離れすぎて満足な相互作用は得られない可能性があることを考慮して、Asp286をより大きな側鎖である、Glu、Phe、Ile、Leu、Gln、Arg、Tyrに置換した変異体を作製した。
これらの変異体について、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシルtRNA合成の初速度を測定した。その結果を図17に示す。図17に示した結果より、その結果、Gln、Arg、Tyr置換体について顕著な活性の向上がみられることがわかる。特に、Arg置換体(D286R)では野生型の8倍の初速度を示した。
【0044】
こうして、本発明によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列においてAsp286が別のアミノ酸残基で置換された配列を有する変異TyrRSであって、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRSが提供される。特に、Asp286が、Gln、Arg、又はTyrで置換されたものであることが好ましい。
本発明において、「反応速度が高い」とは、基質濃度と酵素濃度を一定にしたときにの初速度が高いものをいう。したがって、その基質に対するミカエリス定数Kmが低くなるか、あるいは反応速度定数Kcatが高くなるかのいずれでもよい。
すなわち、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRS(野生型)に比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSとは、アンバーサプレッサーtRNAを基質としたときの変異体のミカエリス定数Kmが野生型より低いか、又は変異体の反応速度定数Kcatが野生型より高いことを意味する。
この変異TyrRSは、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、任意の位置にアンバー変異を導入した核酸を発現させることによるポリペプチド生産に好ましく用いられる。
本発明の変異TyrRSの一態様によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列においてAsp286が別のアミノ酸残基で置換された配列を含む変異TyrRSであって、配列番号1で表されるアミノ酸配列を含むTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRSである。
【0045】
(6)アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSの作製方法
本発明は、さらに、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりもチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSにおいて、配列番号1におけるAsp286に相当するアミノ酸残基をGln、Arg、又はTyrで置換することを特徴とする、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSの作製方法を提供する。
ここで、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりもチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSとは、上述の「Tyr32、His70、Asp158」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又は「Tyr32、Asp158、His177」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなる変異TyrRSの他、前記非特許文献4、11、及び12などに記載されたチロシン誘導体に対する基質特異性が高められた変異TyrRSが挙げられる。本発明の方法は、これらの基質特異性変異体に対して、さらにAsp286又はこれに相当するアミノ酸残基を別のアミノ酸残基に置換することによるものである。Asp286又はこれに相当するアミノ酸残基は、周知の方法で各変異体のアミノ酸配列を決定し、配列番号1のアミノ酸配列と比較することにより、容易に決定することができる。
この変異TyrRSは、Asp286を置換する前のTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められているので、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、任意の位置にアンバー変異を導入した核酸を発現させることにより、任意の位置にチロシン誘導体を組み込んだポリペプチド生産に好ましく用いられる。
【0046】
(7)チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS
本発明は、さらに、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換され(Tyr32−Ala70−Thr158)かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列、又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換され(Thr32−Thr70−Glu158)かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列からなり、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRSも提供する。
この変異TyrRSも、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNAと組み合わせて、任意の位置にアンバー変異を導入した核酸を発現させることにより、任意の位置に3位置換チロシン、特に3−ヨードチロシンを組み込んだポリペプチド生産に好ましく用いられる。
本発明の変異TyrRSの一態様によれば、配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換され(Tyr32−Ala70−Thr158)かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列、又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換され(Thr32−Thr70−Glu158)かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列を含み、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRSである。
【0047】
(8)ポリペプチド生産、精製
こうして、得られた変異TyrRSは、古細菌又は真核生物のサプレッサーtRNAと組み合わせて、インビトロ又はインビボでのチロシン誘導体組み込みポリペプチドの生産に用いることができる。
本発明によれば、前記変異TyrRSと、前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAとを用いたポリペプチド合成系によって、所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子を用いて、非天然型アミノ酸を含んだポリペプチドを発現させることを特徴とする、チロシン誘導体組み込みポリペプチドの製造方法を提供する。
ここで、ポリペプチド合成系は、上記の変異TyrRS、結合可能なサプレッサーtRNA、所望の遺伝子を用いて発現ができる発現系であれば、任意の合成系を用いることができる。
その具体例としては、例えば、無細胞ポリペプチド合成系、真性細菌内でポリペプチドを合成する系などが挙げられる。
【0048】
本発明において、「無細胞ポリペプチド合成系」は、細胞抽出液を用いて、インビトロでポリペプチドを合成する系を意味するものであり、mRNAの情報を読み取ってリボソーム上でポリペプチドを合成する無細胞翻訳系、DNAを鋳型としてRNAを合成する無細胞転写系と無細胞翻訳系の両者を含むものを包含する。
無細胞ポリペプチド合成系に必要なものとしては、
▲1▼任意の細胞抽出液、好ましくは原核細菌抽出液、
▲2▼本発明の変異TyrRS、
▲3▼前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーtRNA
▲4▼所望の位置にアンバー変異が導入された目的のポリペプチドをコードするDNA又はmRNA
が挙げられる。
【0049】
前記無細胞系において、▲1▼の細胞抽出液は、リボゾーム、tRNA、ポリペプチド合成に必要な酵素などを含むものであって、高いポリペプチド合成活性の状態の大腸菌の濃縮細胞抽出液、特に大腸菌S30細胞抽出液を濃縮したものを用いることができる。濃縮細胞抽出液は、前記の粗細胞抽出液を透析、限外濾過、ポリエチレングリコール(PEG)沈殿などの濃縮法によって濃縮して得ることができる。例えば、大腸菌S30細胞抽出液の濃縮は、振とうまたは攪拌可能な閉鎖系で、大腸菌A19株(rna,met)から既知の方法(Zubayら(1973)Ann.Rev.Genet.7:267−287)で得られた大腸菌S30抽出液(Promega社からも入手可能)を透析内液とし、分子量限界1000〜14000の透析膜を介して透析外液に対して透析を行うことによって得ることができる。ここで、透析外液は、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、ジチオトレイトールを含有する緩衝液と、ポリエチエレングリコール、もしくはショ糖/エピクロルヒドリン水溶性合成共重合体(例えばSIGMA社製のFicoll)とを含むことができる。
【0050】
大腸菌由来の細胞抽出液は濃縮されていることが好ましいが、未濃縮であってもよい。本明細書でいう「濃縮細胞抽出液」は、リボソーム、tRNAなどのポリペプチド合成に必要な成分を含む真核および原核生物細胞の粗抽出液を透析、限外濾過、PEG沈殿(H.Nakanoら,JournalofBiotechnology,46(1996)275−282)などの既知の濃縮法または新規に見出される濃縮法によって濃縮されたものを意味し、該抽出液はポリペプチドインビボ合成に関与する翻訳系または転写系/翻訳系の成分を含む。「濃縮」は、抽出液中の総タンパク質濃度を指標として、その濃度の増加を意味する。(Clemens,M.J.,Transcriptionandtranslation−apracticalapproach,(1984),pp.231−270,Henes,B.D.とHiggins,S.J.編,IRLPress,Oxford)。
【0051】
前記細胞抽出液はリボソーム、tRNAなどのポリペプチド合成に必要な成分を含む。粗抽出液の調製は例えばPratt,J.M.ら,Transcriptionandtranslation−apracticalapproach,(1984),pp.179−209,Henes,B.D.とHiggins,S.J.編,IRLPress,Oxford)に記載の方法を使用できる。具体的には、フレンチプレッスによる破砕(Prattら,上掲)やグラスビーズを用いた破砕(Kimら,上掲)によって行うことができる。
好ましい細胞抽出液は大腸菌S30細胞抽出液である。S30細胞抽出液は、大腸菌A19株(rna,met)から既知の方法、例えばPrattら(上掲)の方法に従って調製できるし、あるいはPromega社やNovagen社から市販されるものを使用してもよい。
【0052】
本発明では、前記細胞抽出液はその総タンパク質濃度が増加するように濃縮する必要があるが、濃縮は任意の手段例えば限外濾過(限外濾過遠心を含む)、透析、PEG沈殿などによって行うことができる。濃縮の度合いは、通常1.5倍以上、好ましくは2倍以上である。大腸菌由来の細胞抽出液の場合、限外濾過遠心で1.5〜7倍以上、PEG沈殿で1.5〜5倍以上まで濃縮可能であるが、4倍を超えるとハンドリングが難しくなる。また、小麦胚芽抽出液の場合、PEG沈殿で10倍の濃縮が可能である(Nakano,H.ら,上掲)。PEG沈殿による方法では、細胞抽出液にPEG水溶液を混ぜることによりポリペプチド、核酸を沈殿させて回収し、これを少量の緩衝液に溶かすことにより濃縮細胞抽出液を得ることができる。透析による濃縮は、例えば、振とうまたは攪拌可能な閉鎖系で細胞抽出液を透析内液とし、透析膜(例えば分子量限界1000〜14000)を介して透析外液に対して透析を行うことによって得ることができる。ここで、透析外液は、酢酸カリウム、酢酸マグネシウム、ジチオトレイトールを含有する緩衝液と、PEG(例えば#8000)、ショ糖/エピクロルヒドリン水溶性合成共重合体(例えばSIGMA社製のFicoll)等の高分子吸収剤とを含むことができる。高分子吸収剤は水分を吸い出すために必須である。
【0053】
無細胞ポリペプチド合成系(すなわち、ポリペプチド合成反応液)には、大腸菌S30等の濃縮細胞抽出液の他に、ATP(アデノシン5’−三リン酸)、GTP(グアノシン5’−三リン酸)、CTP(シチジン5’−三リン酸)、UTP(ウリジン5’−三リン酸)、緩衝液、塩類、アミノ酸、RNアーゼ阻害剤、抗菌剤、必要によりRNAポリメラーゼ(DNAを鋳型として用いる場合)およびtRNA、などを含むことができる。その他、ATP再生系としてホスホエノールピルベートとピルビン酸キナーゼの組合わせまたはクレアチンホスフェートとクレアチンキナーゼの組合わせ、ポリエチレングリコール(例えば#8000)、3’,5’−cAMP、葉酸類、還元剤(例えばジチオトレイトール)、などを含むことができる。添加成分の濃度は任意に選択することができる。
【0054】
緩衝液としては、例えばHepes−KOH、Tris−OAcのような緩衝剤を使用できる。塩類の例は、酢酸塩(例えばアンモニウム塩、マグネシウム塩など)、グルタミン酸塩などであり、抗菌剤の例はアジ化ナトリウム、アンピシリンなどである。アミノ酸はポリペプチドを構成する20種のアミノ酸である。また、DNAを鋳型として用いる場合にはRNAポリメラーゼを反応系に添加するが、例えばT7RNAポリメラーゼなどの市販の酵素を使用できる。
【0055】
▲2▼の変異TyrRSとしては、本発明の変異TyrRSのいずれかを用いることができる。特に、チロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSを用いることは、チロシン誘導体組み込みポリペプチド生産のために有利であり、さらにアンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSを用いることは生産効率を高めることができるので、有利である。
【0056】
▲3▼のサプレッサーtRNAとは、古細菌又は真核生物由来のチロシンtRNA変異体であって、好ましくは、アンバーサプレッサーtRNA(チロシンアンチコドンGUAの1文字目GがCに置換されて、アンチコドンがCUAとなったもの)を用いる。M. jannaschii由来チロシン・サプレッサーtRNAは、上述した方法により作製することができる。用いることができる真核生物由来のチロシンtRNAは、例えば、M.スプリンツルら、Nucleic Acids Research、第17巻、1−172頁、1989年に記載されたものが挙げられる。
【0057】
▲4▼所望の位置にアンバー変異が導入された目的のポリペプチドをコードするDNA又はmRNA
チロシン誘導体を組み込ませるポリペプチドの種類は、限定されるものではなく、発現可能ないかなるポリペプチドでもよく、異種の組換えポリペプチドでもよい。
本発明において非天然型アミノ酸を組み込ませる位置にナンセンスコドン(サプレッサーtRNAがアンバーサプレッサーのときはアンバーコドン)を導入することが必要であり、これによりこのナンセンスコドン(アンバーコドン)部位に特異的に非天然型アミノ酸を組み込むことができる。
【0058】
ポリペプチドに部位特異的に変異を導入する方法としては、周知の方法を用いることができ、特に限定されないが、Hashimoto-Gotoh, Gene 152,271-275(1995)、Zoller, Methods Enzymol.100,468-500(1983)、Kramer, Nucleic Acids Res.12,9441-9456(1984)、Kunkel, Proc. Natl. Acad. Sci. USA 82, 488-492(1985)、「細胞工学別冊「新細胞工学実験プロトコール」、秀潤社、241−248頁(1993)」に記載の方法、または「QuickChange Site-Directed Mutagenesis Kit」(ストラタジーン社製)を利用する方法などに準じて、適宜実施することができる。
【0059】
本発明では、ポリペプチドは、前記定義のとおり小ペプチドから大ペプチドに至る任意の残基数のものを対象とし、公知のものまたは新規のものを含む。目的のポリペプチドをコードするDNAまたはRNAは、真核または原核生物の細胞もしくは組織からゲノムDNA、mRNAとして周知の方法(フェノール/クロロホルム処理、エタノール沈殿、塩化セシウム密度勾配遠心など)で得るか、あるいは、cDNAクローニングで合成・単離することができる。あるいは、ポリペプチドのアミノ酸配列またはそれをコードするヌクレオチド配列が判明している場合には、DNA合成機を用いて化学的に合成することもできる。
【0060】
温度および攪拌速度などの反応条件は、ポリペプチドの種類に応じて任意の条件を使用できる。ポリペプチドの合成の場合、温度は通常約25〜約50℃、好ましくは約37℃である。また、振とう速度もしくは攪拌速度は低速、例えば100〜200rpmを使用できる。目的のポリペプチドの生成を監視しながら、反応時間を適当に選択することができる。
【0061】
さらに、本発明は、
▲1▼任意の細胞抽出液、好ましくは原核細菌抽出液、
▲2▼本発明の変異TyrRS、
▲3▼前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNA、
とを具備した、チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キットを提供する。
さらに、前記チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キットは、▲1▼〜▲3▼に加えて、
・天然型アミノ酸と、所望のチロシン誘導体とのアミノ酸混合物
・ATP、GTP、CTP、UTPなどのリボヌクレオチド
とを具備するように構成することもできる。
これらのキットの各成分については、前記無細胞ポリペプチド合成系で説明したものと同様のものを用いることができる。
これらのキットは、所望の位置にアンバー変異が導入された目的のポリペプチドをコードするDNA又はmRNAの発現を、容易に行なうことができ、こうして任意の所望の位置にチロシン誘導体を組み込んだ所望のポリペプチドの生産に用いることができる。
【0062】
さらに、
(A)前記変異TyrRSを細菌内で発現させる発現ベクターと、
(B)前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAを、前記細菌内で発現させる発現ベクターと、
(C)所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子
とを有する真性細菌を、その細菌の増殖に適した培地に目的のチロシン誘導体を添加した培地で、適当な条件でインキュベートすることにより、真性細菌内で、チロシン誘導体組み込みポリペプチドを発現させることを特徴とする、ポリペプチドの製造方法も提供する。
ここで用いられる真性細菌としては、組換えタンパク質発現系が構築されているものであれば、いかなるものでもよい。具体的には、例えば、エシェリキア属、例えば、大腸菌K12株MM294(ATCC 31446);大腸菌X1776(ATCC 31537);大腸菌W3110株(ATCC 27325);及びK5772(ATCC 53635);エンテロバクター属、エルウイニア属、クレブシエラ属、プロテウス属、サルモネラ属、例えばネズミチフス菌、セラティア属、及びシゲラ属のような腸内細菌、B.スブチリス、B.リケニホルミスのようなバチルス属、緑膿菌のようなシュードモナス属、及びストレプトマイセス属を含むが、これらに制限されるものではない。
例えば、大腸菌内で、このポリペプチドを発現させるためには、前記の大腸菌内で、M. jannaschiiのTyrRSと、サプレッサーtRNAを発現させた方法に準じて行なうことができる。
さらに、本発明は、
(A)前記変異TyrRSを細菌内で発現させる発現ベクターと、
(B)前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAを、前記細菌内で発現させる発現ベクターと、
(C)所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子
とを有する真性細菌も提供する。この真性細菌は、前記のポリペプチドの製造方法に用いることができる。
【0063】
本発明のTyrRSを用いて、前記の大腸菌内で生産したチロシン誘導体組み込みポリペプチドは、培地又は宿主細胞溶解物などから常法に基づき回収し得る。もし膜に結合しているならば、それは適当な界面活性剤(例えばTriton-X100)を用いて又は酵素的な切断によってその膜から離すことができる。細胞は、凍結-融解サイクル、音波処理、機械的粉砕、又は細胞溶解剤のような各種の物理的化学的手段によって破砕することができる。
さらに、細胞内に不溶体を形成した場合には、不溶体をタンパク質変性剤で可溶化後、タンパク質変性剤を含まない、またはタンパク質変性剤の濃度がタンパク質が変性しない程度希薄な溶液に希釈、あるいは透析し、タンパク質の立体構造を形成させることができる。
【0064】
ポリペプチドの単離・精製としては、生産したポリペプチド特有の性質に基づき、溶媒抽出、有機溶媒による分別沈澱、塩析、透析、遠心分離、限外ろ過、イオン交換クロマトグラフィー、ゲルろ過クロマトグラフィー、疎水性クロマトグラフィー、アフィニティークロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、結晶化、電気泳動などの分離操作を単独あるいは組み合わせて行なうことができる。
【0065】
以下、本発明を実施例によりさらに詳しく説明するが、本発明はこれらの実施例によってなんら限定されるものではない。
【0066】
【実施例】
実験方法
[全般]
・一般遺伝子操作については,特に指定がなければ「Molecular Cloning 3rd Ed. Vol. 1-3, written by J. Sambrook & D. W. Russell, Cold Spring Harbor Laboratory Press, 2001」に準拠して行った。
・ PCRは,特に指定がなければ,次の条件で行った。
Pyrobest DNA polymerase (Takara社から購入),酵素に添付の反応用緩衝液を使用し,反応液の容量は50マイクロリットルとする.プライマーは25ピコモルずつ使用し,鋳型DNA をxナノグラム使用する。
反応の温度制御は次の通りとした。
98度5分→(98度10秒→50度15秒→72度y秒)×z回→72度5分
x:x=1でDNAの増幅が認められないときは,xを10, および100としてPCRを行う。
y:yは30以上で,PCRで生成するDNA断片の長さを500で割って60を掛けた値とする。
z:z=25でDNAの増幅が認められないときは,30, および35としてPCRを行う。
【0067】
M. jannaschii TyrRS遺伝子のクローニングと大量発現系の構築
すでに同定されているM. jannaschii TyrRS遺伝子配列 (GenBank ID:1591094)をもとに、PCRプライマーを設計し、遺伝子全長をM. jannaschiiゲノムDNAを鋳型にしてPCR法で増幅した。増幅した断片を発現ベクターpET-3a (Novagen) に組み込んだ。得られたプラスミド (pET-YRSと名づける) を、大腸菌マイナーコドン相補プラスミドpRARE (Novagen)を導入した大腸菌BL21 star(DE3) (Invitrogen) に導入し、大量発現系を構築した。
【0068】
M. jannaschii TyrRSの精製
pET-YRSを形質転換した前記の大腸菌を100 μg/ml アンピシリンを含むLB培地2 l中で培養した。O.D.600が0.4〜0.6になった時点で、終濃度1 mMとなるようにイソプロピル-1-チオ-D-ガラクトピラノシド (IPTG) を添加し、TyrRSの発現を誘導した。発現誘導から3〜4時間後、集菌した。
得られた菌体に対して超音波破砕を行い、上清画分を分離した。それを80°Cで15分間熱処理することで大腸菌由来のタンパク質を変性、沈殿させ、上清画分を遠心によって分離した。得られた上清を、陰イオン交換カラムQ Sepharose Fast Flow (Amersham Biosciences) およびアフィニティーカラムHiTrap Heparin HP (Amersham Biosciences) の二段階のカラムクロマトグラフィーにより、結晶化に適した純度まで精製した。培養液1 l当たり約30 mgの精製標品を得た。
【0069】
M. jannaschii tRNATyrの調製
T7RNAポリメラーゼ転写反応でtRNATyrを試験管内合成する場合、古細菌のtRNATyrは5´末端がシチジン残基であるために、そのままでは転写量が少ない。そのため、tRNAをまずハンマーヘッドリボザイム融合体 (transzyme) としてT7RNAポリメラーゼで転写し、その後自己切断によってtRNATyrをつくることとした。tRNATyrコード領域の5´末端にハンマーヘッドリボザイムと、転写促進配列が付加した配列27をもつDNAを合成プライマーの貼り合わせでつくり、それをpUC119に導入した。大腸菌を形質転換後、プラスミドを大量に調製した。得られたプラスミドを鋳型にしてT7RNAポリメラーゼ転写反応を行い、transzyme RNAを合成した。transzymeに対し、85°C 30秒と60°C 9分の温度サイクルを12〜14サイクル行うことで、ハンマーヘッドリボザイムの自己切断反応を促進した。その後、8 M尿素-15%ポリアクリルアミドゲル電気泳動と、陰イオン交換カラムResource Q (Amersham Biosciences) によるカラムクロマトグラフィーでtRNATyrを精製、脱尿素し、結晶化に適した標品を得た。
【0070】
TyrRS・tRNATyr・L-チロシン複合体の調製
精製されたtRNATyrは20 mM Tris-Cl (pH 7.5)、20 mM 塩化マグネシウム溶液に溶解し、80°Cで変性後、徐冷して高次構造を形成させた。精製されたTyrRS溶液は、Vivaspin 2 (Vivascience) を用いて限外ろ過法で20 mM Tris-Cl (pH 7.9)、20 mM 塩化マグネシウム、2 mM L-チロシン、10 mM 2-メルカプトエタノール溶液に溶液置換し、濃縮した。得られたTyrRS溶液とtRNA溶液を6〜8 mg/ml TyrRS、TyrRS:tRNATyr (モル比) =1:1.2になるように混合した。それを50°Cで10分間反応させることで複合体を形成させた。得られた溶液を結晶化用標品とした。
【0071】
複合体の結晶化
前記で得られた複合体溶液1 μlに対して、等量の結晶化バッファー [30% (v/v) 1,6-ヘキサンジオール、50 mM 酢酸ナトリウム (pH 4.0)、200 mM 塩化アンモニウム、10 mM 塩化マグネシウム、1 mM 酢酸亜鉛] と混合し、ハンギングドロップ蒸気拡散法を用いて結晶化を行った。レザーバー溶液は、結晶化バッファーの1,6-ヘキサンジオール濃度を35% (v/v) に変更したものを用いた。30°Cで1週間平衡化させることにより、六角両錘状の結晶が現れ、約3週間後には0.15×0.15×0.45 mmまで成長した (図19)。
【0072】
セレノメチオニン (SeMet) 標識TyrRS・tRNATyr・L-チロシン複合体の結晶化
プラスミドpET-YRSをメチオニン要求性大腸菌株B834(DE3) (Novagen) のcodon plusプラスミド (Stratagene) 保有株に導入した。得られた大腸菌を、セレノメチオニンを含むLeMaster培地(非特許文献6)で培養し、native TyrRSと同様に調製することで、結晶化に適した純度のSeMet標識TyrRSが得られた。結晶化はnativeの複合体における方法に準じるが、結晶化バッファーのpHが4.6の条件が最適であった。得られた結晶は図19に示す。
【0073】
X線回折データの収集とスケーリング
回折データの収集は、高輝度放射光施設SPring-8のビームラインBL41XUで行った。結晶は、抗凍結剤として30% (v/v) エチレングリコールを含む結晶化バッファーに浸した後、100 Kまで瞬間冷却した。100 Kに保ったまま、native、SeMet標識体とも振動角1°、露光時間2秒で回折データを収集した (図20)。SeMet標識複合体については、位相決定に必須なSe原子の異常分散効果を強めるために、X線吸収微細構造 (XAFS) スペクトルを測定して、その吸収端波長 (0.9793Å(0.09793nm)) で回折データの測定を行った。測定されたXAFSスペクトルは図21に示す。
全ての回折データはDENZO、SCALEPACKを用いて指数付け、スケーリングを行った。native、SeMet標識複合体ともに、結晶は空間群P3121に属していた。格子長は、nativeはa=b=86.8Å(8.68nm)、c=156Å(15.6nm)、SeMet標識体はa=b=87.2 Å(8.72nm)、c=157Å(15.7nm)であった。全データセットについての統計値は表1に示した。
【0074】
【表1】
【0075】
位相計算とモデルの構築
SeMet標識複合体の初期位相は単波長異常分散 (SAD) 法を用いて解析した。SeMet標識複合体のスケーリングデータをもとに、プログラムSnBを用いて、直接法によりSe原子の初期座標を決定した。Collaborative Computational Project No.4 (CCP4) program suiteのMLPHAREを用いて、2.5Å(0.25nm) 分解能までのSe原子の座標の精密化と初期位相の計算を行った。プログラムRESOLVEを用いて2.1Å(0.21nm)までの位相の拡張と、溶媒平滑化およびヒストグラムマッチングによる電子密度の改良を行ったところ、明確に解釈可能な電子密度が得られた。異常分散に対する差フーリエ図を図22に示す。
モデルの構築はプログラムOを用いて行った。構築した複合体のモデルはプログラムCNSを用いて、個々の原子の温度因子を精密化し、simulated annealingを繰り返すことで精密化した。全データのうち無作為に選んだ10%をクロスバリデーションのために精密化の対象から外している。
改善されたモデルは、native複合体の1.95Å(1.95×10-1nm)分解能までのデータに対して精密化し、さらに水分子をCNSで自動的に拾い、数ラウンドの精密化を行った。最後にマニュアルで水分子を拾い、最終的に分解能50Å(5nm)から1.95Å (1.95×10-1nm)までのR因子が18.8% (Rfree=23.9%) になるまで精密化を行った。
位相決定およびモデル精密化の際の統計値を表1に示した。決定した複合体の座標データおよび構造因子はProtein Data Bank (PDB) に登録されている (PDB ID: 1J1U)。
【0076】
Asp286置換体およびtRNATyr G34C変異体の調製とアミノアシル化アッセイ
TyrRS変異体およびtRNATyr変異体の作成については、PCR法により変異導入を行い、遺伝子構築した。それぞれの調製については、野生型と同様に行った。
アミノアシル化反応は37°Cで行った。反応溶液の組成は、100 mM HEPES-KOH (pH 7.5)、15 mM 塩化マグネシウム、0.05 mg/mlウシ血清アルブミン、1 mMジチオトレイトール、10 mM ATP、12 μM L-[14C]-チロシン溶液を用いた。反応溶液中の酵素濃度は10 nMもしくは100 nMとし、tRNA濃度を0.25〜64 μMに変化させたときの反応初速度をトリクロロ酢酸沈殿画分の放射活性の時間変化から求め、Lineweaver-Burkプロットにより、反応速度論定数を求めた。
【0077】
TyrRS・tRNATyr・L-チロシン複合体の全体構造
M. jannaschii TyrRS・tRNATyr・L-チロシン複合体の結晶構造はSAD法を用いて解析し、最終的に1.95Å(1.95×10-1nm)分解能で、R因子が18.8% (Rfree=23.9%) になるまで精密化した。非対称単位には一つのTyrRSサブユニットとtRNATyr、チロシン分子が含まれていた。TyrRSはゲルろ過法で示唆されていた通り、ホモダイマーを形成しており、ホモダイマー中の二つのサブユニットは互いに二回対称軸で関連付けられている (図23)。三重複合体の全体構造を図6に、チロシン結合部位付近の電子密度を図8に示す。tRNATyrとの複合体中のM. jannaschii TyrRSの立体構造は、一次配列上の類似性から予想されたとおり、ヒトmini-TyrRS単体の構造とよく重なり合い、主鎖の原子同士の平均二乗変位 (r.m.s.d.) は2.38Å(0.238nm)であった (図9a)。それに対して、M. jannaschii TyrRSと真正細菌であるB. stearothermophilus、S. aureus、およびT. thermophilus由来のTyrRSとは、一次構造と同様に類似性はより低く、それぞれに対するr.m.s.d.は5.08Å(0.508nm)、5.20Å(0.52nm)、4.13Å(0.413nm)であった (図9b)。 M. jannaschii TyrRSのサブユニット(図7)は5つの領域に分けられる (図6)。短いN末端ドメインに続いてRossmannフォールドドメインがある (図6)。全てのTyrRSは、Rossmannフォールドを触媒ドメインとして持つクラスI aaRSに属する。決定された立体構造では、チロシン1分子がRossmannフォールドドメインに結合している (図6及び図8)。一般にクラスI aaRSのRossmannフォールドに挿入されているCP1 (connective-peptide 1) ドメインは、二量体形成に働いている。クラスIの保存配列であるKMSKSループはRossmannフォールドドメインとC末端ドメインをつないでいる。KMSKSループの一部 (残基203〜209) については、TyrRSの基質のひとつであるATPが結合した状態でないためか、ディスオーダーしている。
複合体のtRNATyrのヌクレオチド残基は3´末端以外は安定な構造をとっている。二つのtRNATyr分子はホモダイマーの二つのサブユニットにまたがっていて、tRNAのアクセプターステムは片方のサブユニットで、アンチコドンループはもう一方のサブユニットと相互作用している。M. jannaschii TyrRSはtRNAアクセプターステムを主溝側から認識している (図6)。真正細菌であるT. thermophilus由来のTyrRSでも同様の認識が見られる。しかし、それらはクラスII aaRSに特徴的なtRNA認識であり、他の構造決定されているクラスI aaRSは副溝側からアクセプターステムを認識する。
M. jannaschii複合体において、C末端ドメインはtRNAのアンチコドンと相互作用している (図6)。M. jannaschiiとT. thermophilusのTyrRSはいずれも同じ5´-GUA-3´のアンチコドンを認識するにもかかわらず、C末端ドメインの構造は異なっている。両者のTyrRSとtRNAの複合体の立体構造を重ね合わせてみると、M. jannaschiiでは、特徴的なβ-310-β構造がα11とα12 (T. thermophilusではα13とα14に対応) の間に挿入されている (図9b, 図10)。ヒトのTyrRSにもこのモチーフが存在する(図9a)。一方、T. thermophilus TyrRSはアンチコドン結合ドメインの後に、さらなるC末端ドメインをもっており、それが真正細菌に特徴的な長いバリアブルアームを認識している(図9b)。T. thermophilus TyrRSに結合しているtRNAは、M. jannaschiiのものと比較して、約18°だけ二回軸まわりに回転して結合している (図11)。
【0078】
tRNAアクセプターステム認識
M. jannaschii tRNATyrにおいて、アクセプターステムのC1:G72塩基対はTyrRS・tRNATyrペアの直交性に最も重要な要素である。アクセプターステムはRossmannフォールドドメインとCP1ドメインによって認識されている (図12)。G72の塩基部分はアクセプターステムの他の塩基平面と平行であるのに対し、C1の塩基はそれに対して約20°ねじれ、さらに20°傾いている (図13)。このねじれた位置にあるC1塩基は、厳密に酵素によって認識されている。C1塩基の2位のカルボニル基と3位の窒素原子はArg174のグアニジノ基と水素結合し、4位のアミノ基はArg132によって捕捉された水分子と水素結合している。また、Met178の側鎖とも疎水的な相互作用をしている (図13)。G72は主にLys175の側鎖のアミノ基によって認識されている。Arg132、Arg174、およびLys175は古細菌および真核生物由来TyrRSの間で高度に保存されている (図2)。C1の厳密な認識が、TyrRSにおけるC1:G72特異性の基盤と考えられる。事実、M. jannaschii TyrRSは、U1:A72塩基対に変換した酵母tRNATyr変異体を、野生型tRNATyrと比べて1/200の効率でしか認識しない(非特許文献18)。A73もtRNATyrの強力なアイデンティティ決定因子であり、それをグアニンやウラシルに置換するとM. jannaschii TyrRSには認識されなくなる(非特許文献18)。実際、その6位のアミノ基と1位の窒素原子はそれぞれVal195の主鎖のカルボニル基とアミノ基により認識されている (図13)。そのほかには、Arg132がG71を、Thr126とGlu182がtRNAのリン酸骨格を認識している (図12)。
それとは対照的に、T. thermophilus TyrRSでは、G1:C72が異なった様式で認識されている(図14)。G1についてはあまり認識されておらず、C72がGlu154との1本の水素結合で認識されているのみである。M. jannaschii TyrRSには対応する部分にプロトンアクセプターはない (図13)。さらに、M. jannaschii複合体ではヘリックスの軸から投げ出されていたA73塩基部分が、T. thermophilusではヘリックスの延長上にあるという違いが明らかとなった (図13及び14)。
このように、古細菌と真正細菌のTyrRSは、主鎖構造が似ているにもかかわらず、アクセプターステムを全く異なる残基で認識している。G1:C72塩基対をもつtRNAの場合、M. jannaschii TyrRSではG1の官能基がArg174側鎖から遠く離れ、しかもC72の4位のアミノ基と水素結合できるようなプロトンアクセプターがないために、認識されないと考えられる。実際、生化学的な解析もそれを支持している(非特許文献18)。一方、T. thermophilusはC1:G72塩基対を認識しない。G72の7位の窒素原子の近傍にはプロトンドナーがないために、水素結合ができず、M. jannaschii TyrRSでArg174に対応する残基であるArg198は、A73とC1を同時に認識することができないためである (図14)。以上の認識・識別のメカニズムの違いが、真正細菌TyrRS・tRNATyrペアと古細菌/真核生物TyrRS・tRNATyrペア間の直交性の源になっていると考えられる。
【0079】
tRNAアンチコドン認識
M. jannaschii TyrRSにおいて、アンチコドンはC末端ドメインによって認識される (図6)。アンチコドンの1文字目のG34が引き出されて厳密に認識されている (図15)。G34の塩基部分はPhe261とHis283の環の間にスタッキングし、さらに1位の窒素原子と2位のアミノ基は、共にAsp286と水素結合によって認識されている。実際に、D286A置換体ではアミノアシル化の速度が野生型の1/10以下になることが知られている。アンチコドンのほかの塩基はタンパク質とあまり塩基特異的な相互作用はせず、U35の3位の窒素原子がCys231の主鎖のカルボニル基と、そしてA36のリボースがLys288の側鎖およびLys228の主鎖と相互作用している程度である (図15)。そのほかには、C28のリン酸基がLys228の側鎖と水素結合している。これらのことが、M. jannaschii TyrRSにおいて、アンチコドンの1文字目が他の塩基に比べてはるかに強く識別されている(非特許文献18)理由であると考えられる。
Asp286は古細菌と真核生物のTyrRSにおいて高度に保存されており、β-310-βモチーフ (図10) 上にあるPhe261に対応する芳香族残基と、His283に対応するヒスチジン残基もまたよく保存されている (図2)。例えば、ヒトTyrRSではTrp283、Asp308、His305がそれぞれM. jannaschii TyrRSのPhe261、Asp286、His283に一次配列の上で対応している (図2)。さらにヒトTyrRSの立体構造上のTrp286とAsp308側鎖の向きは、M. jannaschii TyrRSのPhe261とAsp286とほぼ同じである。酵母においても、tRNAのG34に変異を導入するとTyrRSによるアミノアシル化が低下することから、アンチコドンの一文字目を厳密に認識する機構は、古細菌と真核生物の間で保存されていると考えられる。
それに対して、T. thermophilus TyrRSはM. jannaschii TyrRSとは全く異なった機構でアンチコドンを認識している。まず、T. thermophilus TyrRS・tRNATyr複合体では、G34はA36にスタッキングしており、修飾塩基であるシュードウリジン残基35が反転している(図16)。そして、G34は一次構造上M. jannaschii TyrRSのAsp286とは対応しないAsp259によってカルボニル基が認識されている (図2、 16)。シュードウリジン残基35は主にAsp423によって認識されているが、その残基は真正細菌TyrRS特有のC末端ドメインに属しており、古細菌/真核生物のTyrRSでは対応する残基は存在しない (図2及び16)。
【0080】
立体構造に基づいたアンチコドン認識の改変
前記のように、M. jannaschii TyrRSのAsp286は、アンチコドンの1文字目であるG34を特異的に認識するための鍵となる残基である。そこで、tRNATyrのG34C変異体であるアンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化の効率を上げるために、286番の残基に変異を導入することとした。野生型TyrRSにおいてtRNAの34塩基目にシトシンがくる場合、G34と同じように塩基が反転した位置に来たとしても、Asp286と塩基との距離が離れすぎて満足な相互作用は得られないと考えられる。そこで、Asp286をより大きな側鎖である、Glu、Phe、Ile、Leu、Gln、Arg、Tyrに置換した変異体を作成し、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化の活性を測定した。比較的高いアンバーサプレッサーtRNA濃度で反応初速度を求めたところ、Gln、Arg、Tyr置換体について顕著な活性の向上がみられた。特に、D286Rでは野生型の8倍の初速度を示した (図17)。
D286R変異体について、反応速度論定数を求めた。
【0081】
【表2】
【0082】
表2において、野生型と変異体のTyrRSについて、ミカエリス定数と、反応速度定数を示す。野生型TyrRSではアンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化活性は野生型tRNATyrと比べて約1/300であった。しかし、D286R変異体は、野生型tRNATyrと同程度アンバーサプレッサーtRNAをアミノアシル化することが明らかとなった。さらに、D286R変異体は野生型酵素よりも65倍もよくtRNAを認識することがわかった。その変異体ではアンバーサプレッサーtRNAに対するKmが主に低下しており、kcatはあまり変化していなかった。
以上のように、わずか1アミノ酸残基の置換によって、M. jannaschii TyrRSがアンバーサプレッサーtRNAをはるかに効率よくアミノアシル化するように改変することに成功した。部位特異的に非天然型アミノ酸をタンパク質に導入するためには、アンバーコドンに非天然型アミノ酸をコードさせることが現在のところ最も有効な手段である(非特許文献2−5、7、10−15)。これまでの野生型TyrRSによるアンバーサプレッサーtRNAのアミノアシル化は効率的ではなく、アンバーコドンの抑圧効率はアロプロテインの大量調製を目指すうえでは不十分であった。本発明で得られたD286R、D286Q、およびD286Y変異体はin vivoあるいはin vitroの系で抑圧効率を向上させることが期待される。それらの変異を、非天然型アミノ酸を特異的に認識するためのアミノ酸結合部位の変異と組み合わせることによって、大量のアロプロテインが生産できると考えられる。
【0083】
TyrRSのアミノアシル化反応機構の解析
今回決定したM. jannaschii TyrRSと、すでに構造決定されていたT. thermophilus TyrRSはいずれも他のクラスI aaRSとは逆のtRNAアクセプターステム認識様式をとっていた。アミノ酸がtRNAのCCA末端のリボースにあるヒドロキシル基とエステル結合をつくる際に、一般的にクラスI aaRSはリボースの2´-OH基を、クラスII aaRSは3´-OH基をアミノアシル化するとされている。生化学的な解析では、酵母のtRNATyrは、3´-OH基と2´-OH基の両方がアミノアシル化されるが、主に3´-OH基よりも2´-OH基がアミノアシル化されるという報告がある。しかし、T. thermophilus、M. jannaschii TyrRSともに、立体構造中ではtRNAのCCA末端がディスオーダーしているため、どちらが本当の標的であるかの検証はできていない。今回得られた複合体の構造では、ATPを結合するKMSKSループとCCA末端がともにディスオーダーしていたことから、両者に何らかの関連があるのではないかと考えている。
【0084】
L−チロシン認識
M. jannaschii TyrRSによるL−チロシン認識の構造についても有用な知見を得た。チロシンは、酵素にある深いチロシン結合ポケット(図4)に収容される。チロシン結合ポケットの入り口の近くに、チロシンのアミノ基とカルボニル基が、Gln173、Tyr151及びGln155で水素結合ネットワークを形成している(図4)。チロシンのフェニル環は、Leu65、His70、及びGln155の側鎖により認識され、さらに、Ile33、Gly34、Phe35の主鎖により認識される(チロシンの後ろ側、図には示さず)。チロシンの側鎖のヒドロキシル基は、ポケットの内部のTyr32とAsp158で水素結合により認識される(図4)。水分子は、His177とTyr32により水素結合で捕捉され、チロシンの側鎖にも近位である(図4)。チロシンフリーのヒトmini-TyrRSも、このタイプのアミノ酸結合ポケットを有している。したがって、古細菌と真核生物のTyrRSは保存されたチロシン結合部位を有している。
チロシン結合ポケットの残基も、細菌で良く保存されている。深いポケットを形成する残基の配置は、B.stearothermophilusとS.aureusTyrRS構造と類似している。M. jannaschiiでTyr32、Asp158、Gln155、Gln173、及びTyr151は、B.stearothermophilusでTyr34、Asp176、Gln173、Gln195、及びTyr169に対応する。これらの残基は、よく保存されて、2つのTyrRSで、チロシン結合においてほぼ同じ役割を果たしている。T. thermophulusのTyrRSは、チロシンのヒドロキシル基を認識するために、Tyrの代わりに例外的にLysを有しているが、チロシンとの水素結合の他の残基は保存されている。
しかしながら、TyrRSのチロシン結合部位の詳細は、古細菌/真核生物と細菌で異なっている。例えば、M.jannaschiiiTyrRSのHis70とHis177は、B.stearothermophilusTyrRSには存在しない。さらに、チロシンと直接相互作用しない残基の配置は、M. jannaschiiとB.stearothermophilusで異なる。Asn123の側鎖は、B.stearothermophilusTyrRSのチロシンのヒドロキシル基から約4Å(0.4nm)であるが、M. jannaschiiのTyrRSの対応する残基であるGlu107はチロシンから13Å(1.3nm)離れている。
M. jannaschiiのTyrRSのアミノ酸特異性の改変は、すでにインビボスクリーニングシステムで成功している(非特許文献4、5、11−13、及び24)。以前の実験で、置換の標的残基は、B.stearothermophilusのTyrRS結晶構造に基づいて選択された。しかしながら、上述したように、M. jannaschiiのTyrRSの実際のチロシン結合部位は、いくらか異なっている。例えば、O−メチル−L−チロシンを特異的に認識するTyrRS変異体は、4置換(Y32Q、E107T、D158A及びL162P)で作製された(非特許文献11)。1つの構造によれば、Y32QとD158A変異は、O−メチル−L−チロシン結合ポケットを形成するのに必要とされている。これに対して、E107TとL162P変異は、結合チロシンに近くないため、自然又は間接的に影響のある変異のいずれかのようである。B.stearothermophilusTyrRS構造に基づくM.janashiiiTyrRS構造のコンピューターシュミレーションは、Glu107とLeu162がチロシン結合部位から離れて位置していて、間接的にL−チロシンの排除に寄与することも示されている。こうして、図4に示した構造によれば、非天然型アミノ酸特異性をより有効に創出するためのアミノ酸結合部位の詳細についての新規な情報を得ることができる。
【0085】
M. jannaschii TyrRS変異体の構造解析
本発明でアンバーサプレッサーtRNA (tRNATyrのC34G変異体) を効率よく認識するD286R変異体が得られた。この変異体は、サプレッサーtRNAに対するKmが低いので、そのtRNAとの共結晶化が可能であると考えられる。また、M. jannaschii TyrRSについては、様々な非天然型アミノ酸に対して、それぞれを特異的に認識する変異体が得られている(非特許文献4、5、11−13、及び24)。今回決定された複合体の構造では、チロシン結合部位におけるチロシン側鎖の認識機構は、これまでに構造決定されていたB. stearothermophilus TyrRS ADDIN ENRfu 42と似ていることが明らかとなった。しかし、非天然型アミノ酸特異的なTyrRS変異体が、なぜ本来の基質であるチロシンを認識せず、非天然型アミノ酸を特異的に認識するのかは、その構造だけでは完全には説明できない。これらのtRNAやアミノ酸認識に対する改変体とそれぞれの基質の立体構造を決定することにより、人工遺伝暗号の拡張に向けたTyrRSの基質特異性の改変戦略についての新たな知見が得られると考えられる。
【0086】
立体構造を利用したTyrRSの基質特異性の改変
M. jannaschii複合体の立体構造が決定されたことで、基質結合部位とtRNA結合部位の構造情報に基づいた改変が可能となる。特に、これまでは基質結合部位の構造を類推するためにB. stearothermophilus TyrRSの立体構造を用いていたが、細かい残基の配置が異なっていた。例えば、M. jannaschii TyrRSのGlu107は一次配列上、B. stearothermophilus TyrRSのAsn123に相当するが、B. stearothermophilus TyrRSでAsn123は基質のチロシンから約4Å(0.4nm)と近傍にあるのに対し、M. jannaschii TyrRSのGlu107はチロシンから約13Å(1.3nm)も離れている。今回の立体構造を利用することで、従来の非天然型アミノ酸を認識させるための改変よりも、より効率よく、かつ幅広いアミノ酸に対応した改変ができると期待される。
【0087】
【0088】
【発明の効果】
本発明により、M. jannaschii複合体の立体構造が決定され、この立体構造から基質認識及び結合部位である、チロシン結合ポケット及びアンチコドンG34結合ポケットの構造が解明されたことで、基質結合部位とtRNA結合部位の構造情報に基づいた改変が可能となる。この改変は、古細菌はもちろん、古細菌と真核生物との類似性から、真核生物由来酵素を改変する際にも、有用な情報を提供し得る。
さらに、これまで基質となり得ることが知られていたチロシン誘導体だけでなく、任意のチロシン誘導体を基質とし得る変異TyrRSが得られる可能性があり、未知のアロポリペプチド生産の可能性を開くものである。
本発明により明らかにされた立体構造からM. jannaschiiのTyrRS改変のための置換位置を選択することは、これまで類似性の低いBacillus stearothermophilusの立体構造から推定した方法に比べて、より効果的かつ効率的である。本発明のチロシン結合ポケットの情報から得られる変異体は、チロシン誘導体に対する基質特異性が高められたものである。また、G34結合ポケットの情報から得られる変異体は、アンバーサプレッサー効率が高められたものである。そして、これら2つの変異を併せ持つ変異体は、チロシン誘導体に対する基質特異性が高められ、かつ、アンバーサプレッサー効率が高められるものである。
これらの変異体は、古細菌又は真核生物由来のアンバーサプレッサーチロシンtRNA、すなわち、アンバーコドンに相補するアンチコドンを有するチロシンtRNAの変異体と組み合わせて、インビボ又はインビトロの系で、所望の位置にチロシン誘導体を導入した非天然型アミノ酸組み込みポリペプチドの生産効率を挙げることができる。
【0089】
【配列表】
【図面の簡単な説明】
【図1】 チロシンtRNAとTyrRSの配列の比較を示すもので、チロシンtRNA種の二次構造を示す図である。M.janaschiiとイーストのチロシンtRNA配列は、転写体として示される。矢印で示す文字と枠で囲んだ領域は、各チロシンtRNAの同じアイデンティティエレメントを示す。
【図2】 TyrRSの配列アラインメントを示す図である。配列は順にMethanococcus jannaschii、Archaeoglobus fulgidus、ヒト、酵母(細胞質)及びBacillus stearothermophillus、Thermus thermophilusである。M.jannaschiiとT.thermophilusTyrRSの二次構造エレメントを、各々、アラインメントの上と下に示した。コイルはαへリックスであり、矢印はβストランドである。(色は図2と同じ)。緑の文字は、保存されている残基を示す。アラインメントは、CLUSTAL X(トンプソンら、Nucleic Acids Research、第25巻、4876−4882頁、1997年)で行ない、M.jannaschiiとT.thermophilusの二次構造に基づき互いに修正した。
【図3】 プラスミドpMYR−Lac(Am)の構造を示す図である。MJYR1:M.jannaschiiサプレッサーtRNA遺伝子を含むDNA断片。PEYR:発現用プロモータを含む断片。LacZ(amb):α−lac(Am)を含むDNA断片。
【図4】 M.jannaschiiTyrRSのチロシン結合ポケットを示す図である。黒はO、斜線はNを表す。
【図5】 M.jannaschiiTyrRSの、チロシンtRNAアンチコドンのG34結合ポケットを示す図である。黒はO、斜線はNを表す。
【図6】 M.jannaschiiTyrRS/チロシンtRNA/チロシン複合体の構造を示す、リボンモデルのステレオ図である。2つのチロシン分子は、CPKモデルにより示される。チロシンtRNA分子の残基203−209と3´末端CCA鎖は、ディスオーダーされているので示されていない。
【図7】 1つのTyrRSサブユニットの分子構造のステレオ図である。Cα位だけが示される。各20番目の残基が、黒丸で示される。
【図8】 1.95Å(1.95×10-1nm)解像度でのチロシン結合ポケットの周囲の|FO−Fc|シュミレーテッドアニーリングオミット電子密度図(3.0σ)のステレオ図である。
【図9】 TyrRS・チロシンtRNAの全体構造を比較するもので、aは、M. jannaschiiとヒトとを重ね合わせたステレオ図、bは、M. jannaschiiとT.thermophilusを重ね合わせたステレオ図である。
【図10】 M.jannaschiiTyrRSのC末端ドメイン中に挿入されたβ−310−βモチーフを示す図である。
【図11】 図9bに相当するものを二回軸からみた重ね合わせを示す図である。
【図12】 TyrRSのアクセプタ−ステム認識を示す図であって、M.jannaschiiTyrRSのアクセプタ−ステム結合部位のステレオ図である。
【図13】 M.jannaschii複合体のチロシンtRNAの最初の塩基対の周囲の概略図(ステレオ図)である。tRNAをリボザイムの自己切断反応によって生成させたため、チロシンtRNAの5´末端のリン酸がない。各チロシンtRNAのヌクレオチド1、72、73がスティックモデルで示される。水素結合と他の相互作用は、破線で示す。リボンモデルでは、N末端領域T、ロスマンフォールドドメイン、CP1ドメインが示される。
【図14】 T.thermophilusでの対応する図である。各チロシンtRNAのヌクレオチド1、72、73がスティックモデルで示される。水素結合と他の相互作用は、破線で示す。リボンモデルでは、N末端領域T、ロスマンフォールドドメイン、CP1ドメインが示される。
【図15】 TyrRSのアンチコドン認識を示すもので、M.jannaschiiTyrRSによるアンチコドン認識を示すステレオ図である。水素結合は破線で示される。アンチコドントリプレットは、スティックモデルで示される。C末端ドメインはリボンモデルで示される。
【図16】 T.thermophilus複合体の対応図(ステレオ図)である。水素結合は破線で示される。アンチコドントリプレットは、スティックモデルで示される。C末端ドメインはリボンモデルで示される。
【図17】 野生型と、いくつかの変異体によるアミノアシレーションの初期速度の比較を示すグラフである。
【図18】 L−チロシンの側鎖を認識するTyrRSのアミノ酸残基を示す(ステレオ図)もので、aはM. jannaschii3重複合体のアミノ酸結合部位を示し、bは、B.stearothermophilus対応図である。M. jannaschiiの2つの残基、Glu107、Leu162は、各々、B.stearothermophilusのAsn123とLeu180に対応する。
【図19】 ネイティブ(左)及びセレノメチオニン標識(右)TyrRS・チロシンtRNA・チロシン複合体の結晶の写真である
【図20】 ネイティブ結晶の回折像である。矢印は1.95Å(1.95×10-1nm)分解能に相当する。
【図21】 セレノメチオニン標識複合体結晶のSe原子のXAFSスペクトルを示す。回折データの測定は矢印で示すピーク波長で行なった。
【図22】 セレノメチオニン標識複合体の異常分散差フーリエ図(4σカットオフ)である。セレノメチオニン側鎖をスティックモデル、TyrRSの主鎖はリボンモデルで示す。
【図23】 TyrRS・チロシンtRNA複合体のクリスタルパッキング(ステレオ図)を示す図である。中央に、結晶学的対称でダイマー化した分子が見える。
【図24】 M. jannaschiiのTyrRS変異体によって特異的に認識される非天然型のアミノ酸を示すもので、側鎖のみを示した図である。
【図25】 M. jannaschiiのTyrRSのアミノ酸配列を示す。
Claims (22)
- 表3に示される原子座標の原子番号1から4006で規定される構造を有する、メタノコッカス・ジャナシィ(Methanococcus jannaschii)のチロシルtRNA合成酵素(TyrRS)/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の結晶。
- 空間群がP3121であり、単位格子が、a=b=86.8Å(8.68nm)、c=156 Å(15.6nm)の寸法を有する、TyrRS/チロシンtRNA/L−チロシンの三重複合体の結晶。
- 表3に示される原子座標の原子番号1から2415で規定される構造において、アミノ酸残基Tyr32、Ile33、Gly34、Phe35、Glu36、Leu65、Ala67、His70、Tyr151、Gln155、Asp158、Gln173、及びHis177によって規定されるチロシン結合ポケットを有するTyrRS。
- 配列番号1で表されるアミノ酸配列において、「Tyr32、His70、Asp158」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列、又は「Tyr32、Asp158、His177」のうちの1以上のアミノ酸残基を別のアミノ酸残基で置換した配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
- 請求項4記載の変異TyrRSにおいて、「Tyr32、His70、Asp158」が「Tyr32、Ala70、Thr158」に置換された配列、又は「Tyr32、His70、Asp158」が「Thr32、Thr70、Glu158」に置換された配列からなることを特徴とする変異TyrRS。
- 請求項4又は5記載の変異体のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
- チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも所望のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSを作製する方法であって、
(A)表3に示される原子座標に基づいて、前記チロシン結合ポケット構造を構成するアミノ酸残基から少なくとも1つ選択し、
(B)選択したアミノ酸残基について、別のアミノ酸残基で置換した変異TyrRSライブラリーを作製し、
(C)変異TyrRSライブラリーから、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも目的のチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められたものを選択することを含むことを特徴とする方法。 - 前記工程(A)において、表3に示される原子座標に基づいて、チロシン結合ポケットを構成するアミノ酸残基から3個選択することを特徴とする、請求項7記載の方法。
- 前記チロシン誘導体が3位置換チロシンであることを特徴とする、請求項7又は8記載の方法。
- 前記工程(A)で選択したアミノ酸残基が、Tyr32、His70、及びAsp158の組み合わせ、又は、Tyr32、Asp158、及びHis177の組み合わせであることを特徴とする、請求項9記載の方法。
- 表3に示される原子座標の原子番号1から2415で規定される構造において、アミノ酸残基Phe261、His283、Pro284、Met285、及びAsp286によって規定されるアンチコドンG34結合ポケットを有するTyrRS。
- 配列番号1で表されるアミノ酸配列においてAsp286が別のアミノ酸残基で置換された配列を有する変異TyrRSであって、配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
- 前記Asp286が、Gln、Arg、又はTyrで置換されたものであることを特徴とする、請求項12記載の変異TyrRS。
- 請求項12又は13の変異TyrRSのアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
- チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりもチロシン誘導体を基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められた変異TyrRSにおいて、配列番号1におけるAsp286に相当するアミノ酸残基をGln、Arg、又はTyrで置換することを特徴とする、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められた変異TyrRSの作製方法。
- 請求項15の方法により作製され得る変異TyrRS。
- 配列番号1で表されるアミノ酸配列において、His70がAlaで置換され、Asp158がThrで置換され、かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列、
又はTyr32がThrで置換され、His70がThrで置換され、Asp158がGluで置換され、かつAsp286がGln、Arg、又はTyrで置換された配列
からなり、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。 - 請求項17記載の変異体のアミノ酸配列において、1若しくは数個のアミノ酸が欠失、置換、若しくは付加されたアミノ酸配列からなり、チロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性よりも3−ヨードチロシンを基質とするアミノアシルtRNA合成酵素活性が高められ、かつ配列番号1で表されるアミノ酸配列からなるTyrRSに比べて、アンバーサプレッサーtRNAに対するアミノアシル化反応速度が高められたことを特徴とする変異TyrRS。
- ▲1▼細胞抽出液、
▲2▼請求項4乃至6、12乃至14、16乃至18のいずれか一項に記載の変異TyrRS、
▲3▼前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNA
とを具備した、チロシン誘導体組み込みポリペプチド製造用キット。 - 請求項4乃至6、12乃至14、16乃至18のいずれか一項に記載された変異TyrRSと、前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAとを用いたポリペプチド合成系によって、所望の位置にナンセンス変異を受けた遺伝子を用いて、非天然型アミノ酸を含んだポリペプチドを発現させることを特徴とする、ポリペプチドの製造方法。
- (A)請求項4乃至6、12乃至14、16乃至18のいずれか一項に記載の変異TyrRSを細菌内で発現させる発現ベクターと、
(B)前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAを、前記細菌内で発現させる発現ベクターと、
(C)所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子
とを有する真性細菌を、その細菌の増殖に適した培地に目的のチロシン誘導体を添加した培地で、適当な条件でインキュベートすることにより、真性細菌内で、チロシン誘導体組み込みポリペプチドを発現させることを特徴とする、ポリペプチドの製造方法。 - (A)請求項4乃至6、12乃至14、16乃至18のいずれか一項に記載の変異TyrRSを細菌内で発現させる発現ベクターと、
(B)前記変異TyrRSの存在下でチロシン誘導体と結合可能な、古細菌又は真核生物由来のサプレッサーtRNAを、前記細菌内で発現させる発現ベクターと、
(C)所望の位置にナンセンス変異を受けた所望の遺伝子
とを有する真性細菌。
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