JP2005083786A - 分子会合体結晶とその製造方法およびその利用方法 - Google Patents

分子会合体結晶とその製造方法およびその利用方法 Download PDF

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基晩 鄭
Kazuharu Shimizu
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Katsunori Oshima
桂典 大島
Makoto Shirai
真 白井
Hitoshi Nobumasa
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Abstract

【課題】広い範囲の分子に適用可能な試行錯誤によらない一般的結晶化方法、該方法によって結晶化された結晶および位相問題解決方法の開発。
【解決手段】1種若しくは2種以上の会合ユニットが複数個会合した会合体を含む結晶であって、同一種の会合ユニット各々は、互いに同一の分子種及び同一の分子数で構成されかつ同じ立体構造を有し、少なくとも1種の該会合ユニットは、会合ユニット構成分子いずれかもしくは2個以上と結合した1個若しくは2個以上の解析目的分子を含み、該解析目的分子が該会合体の内部に配置されていることを特徴とする結晶。
【選択図】図2

Description

本発明は、生理条件下において一定の立体構造を保持する分子について、回折現象を利用した立体構造解析を可能にする結晶およびその製造方法及びこれを利用した立体構造解析方法に関する。
(生体高分子の立体構造解析について)
ヒト・ゲノムプロジェクトが終了し、人間の遺伝子はたかだか3万種類に過ぎないことが明らかになった。このことは人の体内で繰り広げられる生命活動のすべてが、これら3万種類の蛋白質の挙動により営まれていることを意味する。医療、特に医薬品開発の点から見てみると、これら3万種類の蛋白質の構造と機能を理解し、それをコントロールすることができれば、原理的には、すべての疾病・疾患に対する治療が可能になることを意味する。ターゲット蛋白質の立体構造が明らかになれば、その触媒部位やそのファーマコフォーの特定が可能となり、その立体構造情報をベースとした医薬品の開発が可能となる。さて、蛋白質立体構造解析の主たる方法として、Distance Geometry法に基づくNMRによるもの、極低温電子線回折法に基づく電子顕微鏡によるもの、そして、蛋白質の結晶を作成し、この回折現象を利用したX線結晶構造解析法がある。NMR法は溶液中での立体構造解析が可能であるが、取り扱い可能な分子量の制限があり、人の蛋白質の大部分は対象外となっている。また、電子顕微鏡法は、二次元結晶中での膜蛋白質の解析に特に、効力を発揮しているが、その二次元結晶の作成が極めて難しく、まだ、数十例に留めており、とても、すべての蛋白質の解析に適用できる状態ではない。最後のX線結晶構造解析は、結晶さえできれば、分子量に対する制限は事実上なく、分解能も1オングストロームを切るものも報告され、これまでの解析例が数万種類と他の方法を圧倒し、立体構造解析法の中心にあると考えられる。このX線結晶解析法から得られた立体構造情報は、医薬のほかに、食品などいわゆるバイオ関連産業および、化学系の生体触媒を利用する関連産業に与える影響は絶大と考えられる。
(X線結晶構造解析の課題 結晶化)
Naomi E. Chaye et al., (Acta Cryst D58, 921-927, (2002)) の報告を待つまでもなく、クローニングされた蛋白質のうち10%程度しか構造解析に至っていない。これは、結晶化条件がその蛋白質の表面構造に強く依存しており、しかも、すべての蛋白質で、異なっているため、蛋白質ごとに新たな結晶化条件を探索しなければならないからであり、温度、蛋白質濃度、沈殿剤の種類、pH、精製条件などなどさまざまな因子が結晶化に影響を与えるので、すぐにひとつの蛋白質の結晶化条件を検討するのに数千から数万におよぶ実験を行わねばならないことによる。そこで、実験計画法にのっとったスパースマトリクスを適用した結晶化キットを用いることにより、その条件検討の数はかなり減少させることができた。さらに、米国ベンチャー企業のSyrrix(J. Structural Biology, 142, (2003), 207-217)が、これら結晶化キットを利用し、完全なオートメーションにより24時間ロボットが結晶化を行っている。それでも、結晶化の過程は難しく、数十例の解析が成功しているに過ぎない。このため、このまま何のイノベーションも行われなければ、人の蛋白質の内90%、2万7千種は構造未知のままとなり、ヒトゲノム解析情報の大部分が無駄になってしまう。
(X線結晶構造解析の課題 位相問題の解決)
X線結晶構造解析においては、分子の立体構造を波動方程式として捉え振幅と位相の両方を決めることが出来れば、一義的にその解、すなわち分子の立体構造座標を求めることが出来る。振幅は回折像の各指数の黒化度を測定することによって実験的に求められ、これを構造因子と呼ぶ。ところが、X線はほぼ光速で進行するので、その位相を測定することは出来ない。この位相問題を解決するための最も一般的な方法は「同型置換法」と呼ばれる方法である。重原子誘導体を導入していない結晶(Native結晶)に対して、重原子誘導体を導入した結晶(Derivative結晶)が、その格子定数を変えずに得られたとする。重原子は蛋白質等の生体高分子を構成する原子(炭素、窒素、酸素、イオウ、水素等)より遙かに電子数が多くX線散乱能の強く、回折データより計算したパターソン関数から直ちに重原子の結晶中での位置を決定することが出来る。この重原子の位置情報すなわち位相情報から、解析目的分子の位相情報求めることが出来る。求めた強度データと位相データにより、解析目的分子の立体構造を計算で求めることが出来る。重原子が入った結晶を得るための方法として、既に得られた結晶に後から重原子誘導体を導入する方法「ソーキング法」がある。このソーキング法を使った場合では、様々な重原子誘導体を試してみる必要があり、結晶によっては蛋白質間の隙間が狭く導入できない場合も多い。別な方法に重原子誘導体と目的分子を溶液中で相互作用させ結晶化させる「共結晶法」がある。この共結晶法の場合は、一般に重原子のない目的分子単独の場合(Native結晶)と結晶化条件が異なる。そのような場合、別途新たに最適結晶化条件を探索する必要がある。その他に、重原子を導入する手段として、セレノメチオニン導入法がある。これは蛋白質中のメチオニンの代わりにセレノメチオニンを栄養源として大腸菌に与えセレノメチオニン蛋白質を作成する方法である。しかし、発現方法が大腸菌等に限定され、またメチオニンを含まない蛋白質には適用できないなど、汎用的な技術になっていない。また、分子置換法が適用できる場合、結晶に重原子を導入する必要なく解析が可能であるが、この方法は分子置換しうる立体構造座標、すなわち解析対象の分子と非常に類似した分子の立体構造座標が入手できる場合に限られ、新規構造を持つ蛋白質には適応出来ない。
(X線結晶構造解析の課題 複合体結晶)
特に、医薬品の開発においては、酵素、受容体、核酸等の医薬品の標的となる生体高分子単独の立体構造情報も有用であるが、それら医薬品標的生体高分子と相互作用する相手の分子、もしくは基質や医薬品候補物質との複合体の立体構造情報は医薬品分子設計上さらに有用である。前節の重原子誘導体の作成法でも述べたように、主な複合体結晶の作成法には、「ソーキング法」と「共結晶法」がある。一部の低分子や前述の重原子誘導体などは、Native結晶中の分子間のわずかな隙間を通り抜けることができるため、前者の「ソーキング法」によって複合体結晶作成可能である。しかし、蛋白質等の高分子は、Native結晶中の分子間の隙間を通り抜けることができないため、一般に「ソーキング法」によって複合体結晶を作成することができない。ソーキング法が適用できない場合は、共結晶法によって複合体結晶を作らざるを得ない。この共結晶法の場合においては、複合体結晶はNative結晶と結晶化条件が異なるため、別途新たに最適結晶化条件を探索する必要が生じる。
(構造解析への融合蛋白質、ウイルスキャプシド蛋白質の利用)
(ウイルスキャプシドの立体構造解析)
ウイルスの外殻を構成するキャプシドのX線結晶構造解析は以前から数多くなされている。バクテリオファージ、植物ウイルスをはじめ、動物ウイルスでもポリオウイルス、アデノウイルス、B型肝炎ウイルスなどが解析されており、その座標は公開データベースであるProtein Data Bankに登録、公開されている。しかし、ウイルスキャプシドに外来分子を内包させた複合体の結晶の作成例も、X線結晶構造解析例もない。
(融合蛋白質について)
蛋白質を構成しているアミノ酸の一部の配列を他のアミノ酸に置換したり、一部の配列を挿入、もしくは欠損させた、蛋白質の変異体は、遺伝子工学、蛋白質工学等のいわゆるバイオテクノロジーの進歩によって、比較的容易に作成できるようになった。2種類以上の蛋白質について、そのアミノ酸配列をつなげた融合蛋白質も同様に比較的容易に作成できるようになってきた。
(キャプシド蛋白質と外来蛋白質との融合蛋白質の例)
キャプシド蛋白質と外来蛋白質との融合蛋白質は、いわゆるドラッグデリバリーシステムとして、すなわち薬物や蛋白質を目標とする特定の細胞へ送達する担体としてやワクチンとして、数多くの試みがなされている。
例えば、Kratzら(非特許文献1参照)はB型肝炎ウイルスのキャプシド蛋白質(HBcAg)と外来蛋白質との融合蛋白質をワクチンとして利用する目的で作成し報告している。しかし、彼らは融合蛋白質の結晶作成を行っておらず、また、X線結晶構造解析も行っていない。ただし、Kratzらは電子顕微鏡を用いて、この融合体蛋白質がキャプシドを構成しているところを観察している。その観察によると残念ながらその立体構造はかろうじて分子全体の像が判別できる程度でしかなかった。また、同様の報告例として吉川らの報告(特許文献1参照)があるが、彼らの作成したB型肝炎ウイルスのキャプシド蛋白質(HBcAg)と外来蛋白質との融合蛋白質は外来蛋白質に対する抗体に反応する。このことから、外来蛋白質は表面に抗体に認識される形で存在し、キャプシドに内包されていないことがわかる。
また、Stockleyらは、バクテリオファージMS2のキャプシドを、いわゆるドラッグデリバリーシステムとして、すなわち薬物を目標とする特定の細胞へ送達する担体として、利用している。バクテリオファージMS2のキャプシドを構成している会合ユニット蛋白質(キャプシド蛋白質)は、少なくとも19塩基からなる特定の配列を含んだRNAと結合し、そのRNAとの結合により、会合体が形成されることが知られている。Stockleyらは、そのRNAにricin A毒素等の蛋白質を共有結合で結合させ、キャプシド内部に外来蛋白質を封じ込めることに成功している(非特許文献2、非特許文献3参照)。さらに、彼らはキャプシド蛋白質において、キャプシドの外側に突き出たループ部分に外来ペプチド(エピトープ)を挿入している。また、キャプシドの外側に抗体を結合させて、標的の細胞にキャプシドを到達させる工夫をしている。しかし、彼らは融合蛋白質の結晶化には至っていない。そのため、X線結晶構造解析も行っていない。彼らが報告しているキャプシド内部にricin A毒素等の蛋白質を封じ込めたキャプシドにおいては、ricin A毒素蛋白質表面に存在する不特定のリジン残基側鎖とRNAとの間に共有結合を形成させ結合させているため、キャプシド内部に封じ込められたricin A毒素蛋白質は規則正しく配置されない。そのため、ricin A毒素蛋白質も含めた各々の会合ユニットは、互いに同じ立体構造を有していないため、結晶構造解析によりricin A毒素蛋白質の立体構造を明らかにすることは原理的に不可能である。
特開平6−279500号公報 ピーター・エー・クラッツ他(Peter A. Kratz, et al.)、ネィティブ・ディスプレー・オブ・コンプリート・フォーリン・プロテイン・ドメイン・オン・ザ・サーフェス・オブ・ヘパティティス・ビー・ビロス・キャプシド(Native display of complete foreign protein domains on the surface of hepatitis B virus capsids)、プロシーディング・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス・ユーエスエー(Proceeding National Academy Science USA)、(米国)、1999年、第96巻、p.1915-1920 ウイリアム・エル・ブラウン他(William L. Brown, et al.)、アールエヌエイ・バクテリオファージ・キャプシド メディエイテド・ドラッグ・デリバリー・アンド・エピトープ・プレゼンテーション(RNA bacteriophage capsid-mediated drug delivery and epitope presentation.)、インタービロロジー( Intervirology )、(スイス)、2002年、第45巻、p.371−380 ミン・ウー他(Min Wu, el al.)、セル スペシフィック・デリバリー・オブ・バクテリオファージ エンキャプシデート・リシン・エー・チェイン(Cell-specific delivery of bacteriophage-encapsidated ricin A chain.)、バイオコンジュゲート・ケミストリー(Bioconjugate Chemistry)、(米国)、1995年、第6巻、p.587−595
従来の結晶化は個々の分子ごとに試行錯誤的に最適な結晶化条件を探索し、見つけだす必要があった。そして、個々の結晶に対する位相問題を解決する必要があった。その上、複合体結晶を作成するにあたっては、Native結晶の結晶化条件と異なるので、はじめから結晶化条件の探索を行う必要があった。そして、これらがX線結晶構造解析を迅速に実施する上で、大きな障害がとなっていた。つまり、広い範囲の分子に適用可能な試行錯誤によらない一般的結晶化方法および位相問題解決方法の開発が課題である。
本願発明者らは鋭意研究の結果、試行錯誤に依存することなく、種々の分子に広く適用できる立体構造解析手段として、会合体の内部、すなわち会合体間の相互作用に影響を与えない空間に解析目的分子を人工的に配置した会合体結晶を作成し、さらにその解析方法および分子設計する方法を見いだし、本発明を完成させた。
本発明は以下を提供する。
1.1種若しくは2種以上の会合ユニットが複数個会合した会合体を含む結晶であって、同一種の会合ユニット各々は、互いに同一の分子種及び同一の分子数で構成されかつ同じ立体構造を有し、少なくとも1種の該会合ユニットは、会合ユニット構成分子のいずれかもしくは2個以上と結合した1個若しくは2個以上の解析目的分子を含み、該解析目的分子が該会合体の内部に配置されていることを特徴とする結晶。
2.該会合ユニットが、強制会合性会合ユニットであることを特徴とする1.に記載の結晶。
3.該会合ユニットより該解析目的分子を除いた場合と同等の結晶化条件で結晶化可能な1.または2.に記載の結晶。
4.該解析目的分子が蛋白質であり、該結合が融合であることを特徴とする1.〜3.のいずれかに記載の結晶。
5.該会合ユニット構成分子がウイルスのキャプシド蛋白質若しくはその変異体蛋白質であって該変異体蛋白質を含む会合体を形成可能なアミノ酸配列を有するものであることを特徴とする1.〜4.のいずれかに記載の結晶。
6. 該キャプシド蛋白質がヘパドナウイルス科ウイルスのキャプシド蛋白質であることを特徴とする5.に記載の結晶。
7.該ヘパドナウイルス科ウイルスがB型肝炎ウイルスであることを特徴とする6.に記載の結晶。
8.1.〜7.のいずれかに記載の結晶を製造する方法。
9.1.〜7.のいずれかに記載の結晶を用いることを特徴とする分子の立体構造解析方法。
10.9.の方法を用いることを特徴とする分子設計方法。
以下、本発明で用いられる用語について詳細に説明する。
本発明で用いられる用語「蛋白質」には、その塩および誘導体、糖鎖および/またはポリエチレングリコール等で修飾された蛋白質を含む。
本発明で用いられる用語「会合」とは、複数の「会合ユニット」が互いに結合することを意味し、「会合体」とは「会合」した「会合ユニット」集合体をあらわす。2種類以上の「会合ユニット」が複数個互いに結合した集合体も「会合体」である。
本発明で用いられる用語「会合ユニット」とは、会合体を形成している基本単位である分子若しくは分子群をあらわす。「サブユニット」は、会合ユニットが複数の分子若しくは分子群で構成されている場合に、会合ユニットを構成要素である分子若しくは分子群をあらわす。
本発明で用いられる用語「解析目的分子」とは、本発明の会合体結晶を解析目的に使用する場合において、解析対象となる分子若しくは分子群をあらわす。言い換えると、解析するために会合体に結合させた分子若しくは分子群をあらわす。実施例においては、「解析目的分子」はRANTESであり、既に解析されているHBcAgは「解析目的分子」ではない。
本発明で用いられる用語「変異体(蛋白質)」とは、蛋白質を構成しているアミノ酸の一部の配列を他のアミノ酸に置換したり、一部の配列を挿入、もしくは欠損させた、蛋白質をあらわす。同様に、核酸を構成している核酸塩基の一部の配列を他の核酸塩基に置換したり、一部の配列を挿入、もしくは欠損させた、核酸を「変異体(核酸)」と呼ぶ。
本発明で用いられる用語「結晶化条件」とは、結晶作成に用いる溶液の条件、すなわち溶液の温度、pH、結晶させる物質の濃度、添加物の種類と濃度をあらわす。これら条件が実験誤差範囲内で同じである場合、互いに「同等の結晶化条件」であるという。また、これら条件のうち、1つの条件だけが異なり、その他の条件が同じである場合も、その結晶化条件は非常に容易に見つけだすことができるので、「同等の結晶化条件」であるという。2つ以上の条件が異なってしまっている場合は、2つ以上の条件を同時に変化させて、結晶化条件を探索する必要が生じてしまい、容易には結晶化条件を見いだすことはできないので、「同等の結晶化条件」とはいえない。
本発明でいう会合ユニットが「同じ立体構造を有する」とは、会合ユニット中の、立体構造を有さない部分および2種類以上の立体構造を持つ部分を除いた、立体構造を有する部分の原子若しくは原子団の座標を、同じ会合体中の別の会合ユニットの立体構造を有する部分の原子若しくは原子団の座標と、回転および並進操作によって重ね合わせて比較することによって、両者の原子若しくは原子団の対応付けができる状態のことを意味する。ここで原子団とは、特徴的な化学構造若しくは立体構造を有する原子の集団をあらわし、例えば、ベンゼン環やカルボキシル基等の官能基、アミノ酸残基若しくはその側鎖、核酸若しくは核酸塩基、αへリックスやβシート等の二次構造、ジンクフィンガー等の立体構造モチーフを構成する原子の集団等は原子団である。
本発明で用いられる用語「強制会合性会合ユニット」は、特定の条件(濃度、温度、pH、溶媒組成等)下で会合体を形成する「会合ユニット」をあらわす。例えば、実施例記載のB型肝炎ウイルスキャプシドを形成している会合ユニット(HBcAg)は、会合ユニット(HBcAg)の濃度を強制的に一定濃度以上の濃度にしたときはじめて会合体を形成する「強制会合性会合ユニット」である。
本発明で用いられる用語「キャプシド」とは、ウイルスの核酸を包み、その外部形態を形作っている殻構造物をあらわす。また、ウイルスの核酸もしくはその変異体が殻構造物形成に必要な場合には、その核酸も含めて「キャプシド」と呼ぶ。B型肝炎ウイルスなどのように多重に殻構造物で覆われている場合、いずれの殻構造物もキャプシドである。
本発明で用いられる用語「キャプシド蛋白質」とは、キャプシドを構成要素である蛋白質をあらわす。
本発明で用いられる用語「結合」とは、静電相互作用、疎水相互作用、ファンデルワールス相互作用等の非共有結合性の分子間相互作用による結合、共有結合による化学的な結合のいずれかもしくは両方による分子同士の結合を意味する。
一方、本発明で用いられる用語「融合」とは、両蛋白質間をペプチド結合で結合させることを意味する。通常、蛋白質をコードしたDNAの前後または途中に蛋白質もしくはペプチドをコードするDNAを挿入し、そのDNAを用いて融合蛋白質を作製するが、他の方法、たとえば、化学合成によっても融合蛋白質は得られる。
本発明で用いられる用語「重原子」とは、X線結晶構造解析の一般的手法である重原子同系置換法もしくは多波長異常散乱法において用いられる原子を意味する。通常原子番号の大きい周期律表上第4周期以降の原子、特に白金、水銀、セレンなどが重原子として利用される。
本発明で用いられる用語「会合体の内部」とは、会合体結晶において会合体間の相互作用に影響を与えない空間を意味する。また、会合体の内部に解析目的分子が配置されている状態を「会合体に内包」されているという。たとえば、会合体としてフィコシアニン等の円筒状の会合体を用いる場合には、結合させる解析目的分子は完全に会合体に覆われている必要はなく、会合体結晶において会合体間の相互作用に影響を与えない円筒の内側に存在すれば、解析目的分子は「会合体の内部」にあり、「会合体に内包」されている状態である。
結晶構造解析は、解析目的分子が結晶中において規則正しく配置された結晶を用いることによってはじめて可能になる。本発明の結晶は、「同一種の会合ユニット各々が互いに同一の分子種及び同一の分子数で構成され、同じ立体構造を有し、解析目的分子が会合体の内側に包み込まれた会合体」で構成されていることが、会合体内部の解析目的分子が規則正しく配置させる効果を生んでおり、その結果本結晶を用いた結晶構造解析が可能となった。
従来、個々の解析目的分子ごとに結晶化条件の検索を行わなければならなかった。これに対して、解析目的分子が会合体の内側に包み込まれ会合体間の相互作用に解析目的分子が影響を与えないため、元の会合体の結晶化条件および異なる解析目的分子を内包させた会合体の結晶化条件と同じ結晶化条件で結晶化可能となった。その結果、個々の解析目的分子ごとに結晶化方法を試行錯誤して検索する労力を費やす必要がなくなり、生体高分子とくに蛋白質の立体構造解析の効率化が可能となる。
会合体形成後に会合体内部に解析目的分子を内包させることは、会合体表面に解析目的分子が通過可能なほど大きな隙間が存在する場合を除いて、非常に困難である。ところが、会合ユニットとして、強制会合性会合ユニットを用いることによって、会合ユニットが会合体を形成する前に解析目的分子を結合させ、そのあとに会合体を強制的に会合させることによって、解析目的分子を内包した会合体を作成することが可能となった。
融合による結合は、遺伝子さえあれば容易に慣用の遺伝子操作によって解析目的分子を結合でき、遺伝子を組み込んだ発現ベクターは容易に増幅可能であり、何度でも再現性よく解析目的分子が同一部位に融合した蛋白質を作成できる。そのため、結合部位を制御する必要が無く、共有結合を形成させた結合に比べて、互いに同一の分子種及び同一の分子数かつ同じ立体構造を有した会合ユニットを作成するために非常に有効である。
ウイルスキャプシドは、内部に解析目的分子を内包しうる空間を有し、慣用の蛋白生産のための遺伝子組み換え体を用いた製造に適していることから、本発明の会合体に好都合であることがわかった。特に、球状のウイルスキャプシド、例えばヘパドナウイルス科ウイルス、MS2、φX174等の一部のバクテリオファージ等は会合体として適している。中でも、ヘパドナウイルス科のキャプシドは安定な会合体を形成するため、本発明の会合体に好適であることがわかった。その中でも特にヒトB型肝炎ウイルスのコアキャプシドは容易に結晶化可能であるという利点を有している。
また、本発明の会合体においては、内包させた解析目的分子の有無、種類によらず、解析目的分子以外の部分は同一であり、そのためこれらは互いにその座標および位相をそのまま利用して立体構造を解析することが可能となる。すなわち、解析目的分子を内包させていない会合体の結晶構造解析における座標と位相を利用して、様々な解析目的分子が内包させた会合体結晶の構造解析が可能となる。
従って、個々の解析目的分子ごとに結晶化方法および位相問題解決を試行錯誤して検索探索する労力を費やす必要がなくなり、生体高分子とくに蛋白質の立体構造解析の効率化が可能となる。
(1.会合体の選択)
本発明で用いられる会合体は好ましくは結晶化条件が既知のもので、結晶構造解析可能なものを用いる。既に結晶構造解析され、その原子座標がPDBに登録され公開されているキャプシドは本発明で用いられる会合体として好都合である。キャプシドは、任意のウイルス由来であってよい。たとえば、微生物に感染するバクテリオファージ、動物ウイルス、植物ウイルス、無脊椎動物ウイルス、藻類ウイルスなど、広い範囲のウイルスを会合体として用いることができる。より好ましくは、球状ウイルス由来のキャプシドで、B型肝炎ウイルスのコア蛋白質、アデノウイルス、ポリオウイルスなどの動物ウイルス、φX174、MS2などのファージ、カリフラワーモザイクウイルス、トマトブッシースタントウイルス、イネわい化ウイルスなどの植物ウイルス、ガガンボイリデッセントウイルス、ブラックビートルウイルスなどの無脊椎動物ウイルス、ゾウリムシ共生藻ウイルスなどの藻類ウイルスのキャプシドが用いることができる。また、会合体はキャプシド蛋白質に限定されるものではない。フィコシアニン等の円筒状の会合体であってもよいし、人工的に設計された内部に目的分子を導入出来る空間を有した会合体であってもよい。
キャプシドやフィコシアニンは、内部に何も含まれない状態でも安定で強固な構造を取っていることが知られており、本発明の結晶の作成には好都合である。
多くのキャプシド蛋白質は、そのアミノ酸およびそれをコードする核酸配列が既知で、かつ遺伝子工学的手法で作成可能である上、内部に解析目的分子を内包しうるため、本発明の結晶の作成には好都合である。特に、B型肝炎ウイルスが属するヘパドナウイルス科ウイルスのキャプシド蛋白質は、大腸菌等を用いた遺伝子工学的手法で容易に作成、精製可能であり、内部に何も含まれない状態でも安定で強固な構造を取っているため、本発明の結晶の作成には好都合である。
発明で用いられる用語「強制会合性会合ユニット」は、特定の条件(濃度、温度、pH、溶媒組成等)下で会合体を形成する「会合ユニット」をあらわす。例えば、実施例記載のB型肝炎ウイルスキャプシドを形成している会合ユニット(HBcAg)は、会合ユニット(HBcAg)の濃度を強制的に一定濃度以上の濃度にしたときはじめて会合体を形成する「強制会合性会合ユニット」である。
解析目的分子の大きさ、形状に応じて適切な会合体を選択することができる。会合体の大きさは会合体結晶のX線結晶構造解析結果の原子座標により測定することができる。解析目的分子全体の大きさ、形状は、電子顕微鏡、原子間力顕微鏡、X線小角散乱等を用いて測定することができる。たとえば、会合体であるB型肝炎ウイルスのコア蛋白質(HBcAg)T4会合体の内径、すなわち内側の半径はX線結晶構造解析の結果、約11.2nm、内側の表面積は約1576nm2であることが知られている(サマンサ・エー・ワイニー(Samantha A. Wynne et al.)モレキュラー・セル(Molecular Cell)、ザ・クリスタル・ストラクチャー・オブ・ザ・ヒューマン・ヘパタイテス・ビー・ビロス・キャプシド(The crystal structure of the human hepatitis B virus capsid.)、米国、1999年、第3巻、p.771-780、図1)。この会合体は240個の会合ユニットであるHBcAgで形成されているので、1会合ユニットあたりの会合体内側の表面積は約6.6nm2である。従って、断面積が6.6nm2より小さい解析目的分子は、HBcAgT4会合体に結合させて、解析可能であると判断できる。また、解析目的分子の長さはHBcAgT4会合体の内径11.2nm以下である必要がある。すなわち、HBcAgT4会合体に対しては断面積6.6nm2以下、長さ11.2nm以下の解析目的分子を結合させることが好ましい。会合体内部に解析目的分子が内包可能かどうかは、適切なコンピュータプログラムを用いて会合体の原子座標を観察することにより判断することができる。より大きな蛋白質などが解析目的分子である場合には、バクテリオファージφX174やライノウイルス等の1会合ユニットあたりの表面積が大きな会合体を用いることができる。非常に小さな蛋白質を解析する場合には、フィコシアニン等の円柱状の会合体も用いることができる。
ヘパドナウイルス科のウイルスの外殻は、脂質膜を含む外側のエンベロープと内側のコアの2重のキャプシドで構成されている。特に、内側のコアキャプシドは、安定な会合体を形成することが知られているため、本発明で用いる会合体として好都合である。中でも、B型肝炎ウイルスのコア蛋白質(HBcAg)は、強制的に会合体を形成させる条件が既知であり、また結晶化条件が既知で、既に結晶構造解析され、その原子座標がPDBに登録され公開されているため、本発明で用いる会合体の会合ユニットとして用いるのに特に好都合である。
(2.会合体と解析目的分子との結合)
本発明の結晶を得るためには、偶然に解析目的分子が会合ユニットと結合する性質を有している場合を除いて、会合ユニットと解析目的分子を何らかの方法で結合させる必要がある。会合ユニットと解析目的分子は、直接させてもよいし、リンカーを介して間接的に結合させてもよい。また、会合ユニットと解析目的分子との間、および会合ユニットとリンカーとの間、およびリンカーと解析目的分子との間の結合は、どのような様式の結合でもよい。好ましくは、以下に述べる融合蛋白質を利用する方法、非共有結合性の分子間結合を利用する方法、分子間に共有結合を形成させる方法、およびこれらの方法の組み合わせを用いる。
しかし、同一種の会合ユニット各々は、互いに同一の分子種および同一の分子数で構成され、かつ同じ立体構造を有している必要がある。前述のStockleyらが作成し彼らが報告しているキャプシド内部にricin A毒素等の蛋白質を封じ込めたキャプシドにおいては、ricin A毒素蛋白質表面に複数存在する不特定のリジン残基側鎖とRNAとの間に共有結合を形成させ結合させている。そのため、キャプシド内部に封じ込められたricin A毒素蛋白質とRNAは1対1で結合している保証はない。また、ricin A毒素蛋白質表面に複数存在するリジン残基側鎖の中の特定のリジン残基側鎖とだけRNAが結合を形成するような制御を行っていないため、不特定のリジン残基側鎖がRNAと結合し、キャプシドを構成している会合ユニット各々は、互いに同一の分子種および同一の分子数で構成され、かつ同じ立体構造を有し得ない。このように、キャプシド内部に無秩序にricin Aを結合させた会合体の結晶の立体構造解析を行っても、ricin Aの立体構造は解析できない。なぜなら、結晶の立体構造解析は結晶中の会合体が規則正しく配置されていることを利用した解析であり、結晶中の会合体間で規則性を持って配置している原子若しくは原子団しか観測できないからである。後述の融合蛋白質を利用した結合方法やリンカーを介した結合等の工夫は、解析目的分子結合後の会合体において、同一種の会合ユニット各々が、互いに同一の分子種および同一の分子数で構成され、かつ同じ立体構造を有している様にするために、有効な手段の一つである。
会合体間の相互作用、すなわち非共有結合性の分子間相互作用を通じて、会合体は結晶化する。会合体間の相互作用が異なれば、その結晶化条件も異なったものになってしまう。本発明で用いられる会合体は、会合体間の相互作用に影響を与えない、すなわち会合体表面の形状、電荷状態に影響を与えることのない様に会合体内部に解析目的分子を配置させた会合体である。そのため、この会合体は、解析目的分子を結合させていない会合体と同様の会合体間の相互作用を通じて、同様の結晶化条件で結晶化することができる。
そこで、結合させた解析目的分子が会合体の内部に配置するように、解析目的分子を結合させる必要がある。例えば、Kratzら(ピーター・エー・クラッツ他(Peter A. Kratz, et al.)、プロシーディング・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス・ユーエスエー(Proceeding National Academy Science USA)、ネィティブ・ディスプレー・オブ・コンプリート・フォーリン・プロテイン・ドメイン・オン・ザ・サーフェス・オブ・ヘパティティス・ビー・ビロス・キャプシド(Native display of complete foreign protein domains on the surface of hepatitis B virus capsids)、米国、1999年、第96巻、p.1915-1920)が報告しているB型肝炎ウイルスのキャプシド蛋白質(HBcAg)と外来蛋白質(RNaseおよびGFP)との融合蛋白質の会合体は、本発明の会合体結晶に用いることはできない。その理由は、RNaseの場合は会合体表面に露出していて、会合体間の相互作用に影響を与えてしまうためで、GFPの場合は内部に配置させようとはしているが、その断面積が1会合ユニットあたりの会合体内側の表面積をはるかに越えていて大きすぎるため、会合体表面の形状に影響を与えてしまうためである。会合体間の相互作用に影響を与えない、すなわち会合体表面の形状、電荷状態に影響を与えることのない様に解析目的分子を結合させ内部に配置させた会合体を作成するためには、上述の通り、解析目的分子が内部に配置可能な適切な大きさの会合体を用い、適切な位置、すなわち会合体の内側表面に解析目的分子を結合させることが好ましい。
(3.解析対象が複数の分子からなる複合体である場合の結合方法)
解析目的分子が2量体以上の多量体である場合、解析目的分子を会合体に結合させる方法には次の2通りの方法を用いることができる。たとえば、蛋白質Aと蛋白質Bからなる2量体を立体構造解析したい場合、会合体の会合ユニットに蛋白質Aを結合させ、会合ユニットの蛋白質Aの結合部位とは異なる部位、好ましくは蛋白質Aの結合するサブユニットとは異なるサブユニットに蛋白質Bを結合させ、会合体内部に解析目的2量体を内包させる方法(図2)と、会合ユニットを構成している任意のサブユニットに蛋白質Aを結合させ、結合させた蛋白質Aに蛋白質Bを結合させ内包させる方法(図3)がある。3量体以上の場合は、前者の方法または後者の方法または両方の方法の組み合わせで、会合体内部に内包させることができる。解析目的分子の形成する多量体間の結合が弱い場合は前者の方法をとることが好ましい。会合ユニットが2種類以上のサブユニットで構成されている結会合体、例えば、ライノウイルスキャプシドやバクテリオファージφX174キャプシドなどはこの方法を用いて結合させる会合体として適している。一方、多量体間の結合が強固な場合は後者の方法がより簡便である。後述のリンカーを介して結合させる方法もこの方法に含まれる。
(4.融合蛋白質を利用した結合方法)
会合体の会合ユニットと解析目的分子との結合は、会合ユニット、解析目的分子、それぞれを構成する蛋白質を融合させた融合蛋白質を慣用の遺伝子操作によって作成することで達成できる。解析目的分子である蛋白質を会合ユニットを構成する蛋白質に融合させる部位は、会合体の内側に露出しているアミノ酸の直前または直後であることが好ましい。
融合による結合においては、遺伝子さえあれば容易に慣用の遺伝子操作によって解析目的分子を結合でき、遺伝子を組み込んだ発現ベクターは容易に増幅可能であり、何度でも再現性よく解析目的分子が同一部位に融合した蛋白質を作成できる。そのため、結合部位を制御する必要が無く、後述の共有結合を形成させた結合に比べて、融合による結合は互いに同一の分子種及び同一の分子数かつ同じ立体構造を有した会合ユニットを作成するための有効な手段の一つである。
(5.HBcAgT4会合体との結合)
例えば、HBcAgT4会合体を会合体として利用する場合、既に報告されているHBcAgT4会合体の立体構造上、HBcAgT4会合体の内側に露出しているアミノ酸の直前または直後に解析目的分子を結合させるのが好ましい。さらに好ましくは132番アミノ酸から152番アミノ酸までのいずれかのアミノ酸の直後である。解析目的分子である蛋白質を会合ユニットを構成する蛋白質へ融合させる部位は、会合体の結晶構造解析の結果得られた立体構造座標をコンピューターグラフィックスを用いて観察し、内側に露出しているアミノ酸を特定することで容易に決めることができる。また、会合ユニットを構成する蛋白質と導入する解析目的分子である蛋白質との間にスペーサーとして任意のアミノ酸配列を挿入してもよい。特に、このアミノ酸挿入は、結合させた解析目的の分子が会合体の会合状態または会合体の表面形状に影響を与えてしまい、会合体単独と同じ条件で結晶が得られなかった場合に有効な手段である。
(6.非共有結合性の分子間結合を利用した結合)
会合ユニットと解析目的分子との結合には分子と分子が特異的に結合する性質を利用することができる。例えば、分子間の特異的な結合としては、ウイルスキャプシドと核酸、抗体と抗原、ビオチンとアビジンとの結合等がある。
(7.分子間に共有結合を形成させた結合)
会合ユニットと解析目的分子との結合は、両者を互いに化学的に共有結合させることで達成できる。分子間に共有結合を形成させる方法には様々な方法があるが、蛋白質の場合、例えば、蛋白質を構成している反応性の高い官能基(リジン側鎖のアミノ基(-NH2)、グルタミン酸側鎖およびアスパラギン酸側鎖のカルボキシル基(-COOH)、システィンの側鎖チオール基(-SH)、アミノ末端のアミノ基(-NH2)、カルボキシ末端のカルボキシル基(-COOH))は共有結合させる部位として利用できる。例えば、フィコシアニンの会合体の内側にあるループ上の残基をシスティン残基に置換した変異体蛋白質は、解析目的分子に存在するチオール基(-SH)と共有結合させることができる。解析目的分子が蛋白質で、解析目的分子にジスルフィド結合していないシスティン残基がある場合、例えば解析目的分子と会合ユニットを共発現させて、共有結合を介して両者を結合させることができる。解析目的分子にジスルフィド結合していないシステイン残基が無い場合でも、慣用の遺伝子操作によって解析目的分子の表面に露出していると予測されるアミノ酸をシステイン残基に置換することにより、会合ユニットと解析目的分子とを共有結合を介して結合させることができる。ただし、会合ユニット側、若しくは解析目的分子側、若しくは両側に共有結合させる部位が複数存在する場合は、結合部位の異なる複数種の複合体ができてしまう場合がある。そのような結合部位の異なる複数種の複合体から形成される会合体は、結晶中において解析目的分子が規則的に配置されないため、結晶構造解析に適さない。
(8.リンカーを介した結合)
解析目的分子と会合体とを直接結合させることなく、リンカー、すなわち解析目的分子と会合ユニットとの両方に同時に結合する分子を用いて、会合ユニットと解析目的分子とを結合させることができる(図4)。リンカーと解析目的分子との結合、およびリンカーと会合ユニットとの結合様式は、上述の蛋白質間の融合、共有結合、非共有結合等のいずれかもしくはその組み合わせであってもかまわない。
(8.(1)ペプチドあるいは蛋白質のリンカーとしての利用)
リンカーとして解析目的分子と結合する性質を有したペプチドあるいは蛋白質を用いることができる。リンカーがペプチドあるいは蛋白質である場合は、会合ユニットを構成する蛋白質とを融合して、融合蛋白質を作成することができる。ペプチドあるいは蛋白質のリンカーとしては、例えば、抗体およびFab fragment, sFv(single chain Fv fragment)などの抗体の一部はリンカーとして適している。リンカーとして抗体を利用した場合、その抗体が認識・結合する分子、例えば蛋白質あるいは蛋白質複合体あるいは低分子化合物などを結合させた会合体を作成することができる。解析目的分子と結合する抗体は解析目的分子を動物等に免疫することやファージディスプレー法を用いて、容易に作成することが可能であり、かつ、抗原すなわち解析目的分子と特異的かつ高い親和性を持って結合するので、リンカーとして適している。さらに、リンカーとして用いる抗体もしくは抗体の一部はモノクローナル抗体等の単一分子種からなる抗体もしくは抗体の一部であることが好ましい。また、抗体全体よりも、抗体の一部、たとえば、Fab, sFvは1分子あたりの体積が小さく、会合体の大きさに応じてこれらを使い分けることができる。また、Affibody(エリサベット・ボールベルグ(Elisabet Wahlberg el al.)、プロシーディング・ナショナル・アカデミー・オブ・サイエンス・ユーエスエー(Proceeding National Academy Science USA)、アン・アフィボディ・イン・コンプレックス・ウイズ・ア・ターゲット・プロテイン:ストラクチャー・アンド・カップルド・フォールディング(An affibody in complex with a target protein: Structure and coupled folding)、米国、2003年、第100巻、p.3185-3190)等の人工蛋白質もリンカーとして利用できる。また、Affibodyに限らず解析目的分子である蛋白質に結合する性質を有する蛋白質もしくはペプチドはファージディスプレー法を用いて入手することができる。例えば、Hashiguchiらの文献(シューヘイ・ハシグチ(Shuhei Hashiguchi, et al.,)、ザ・ジャーナル・オブ・バイオケミストリー(the Journal of Biochemistry),ヒューマン・エフシーイプシロンアールワンアルファー スペシフィック・ヒューマン・シングル チェイン・エフブイ(scFV)・アンチボディ・ウイズ・アンタゴニスティック・アクティビティ・トゥワード・アイジーイー/エフシーイプシロンアールワンアルファー・バインディング(Human Fc varepsilon RIalpha-Specific Human Single-Chain Fv (scFv) Antibody with Antagonistic Activity toward IgE/Fc varepsilon RIalpha-Binding)、日本、2003年、第133巻、p.43〜49.)記載のファージディスプレー法によって得られたsFvは、ヒトFcε受容体を結合させるのに適している。また、核酸に対する抗体を作成することは一般に難しい。解析目的分子がDNAである場合には、転写因子などのDNAと結合する性質を有した蛋白質、例えば、cFos/cJunやmybなどのDNA結合性蛋白質を抗体の代わりにリンカーとして利用することができる。また、抗体と結合し、しかも抗体と抗原間の結合を妨げない分子、例えばProtein Aなどは、抗体を結合させるためのリンカーに利用できる。例えば、会合ユニットとProtein Aの融合蛋白質は、ほとんどのIgG抗体と結合する。そのためこの融合蛋白質を利用すると、様々なIgG抗体の立体構造解析が可能になる。さらに、IgG抗体と結合する抗原はこの融合蛋白質とIgG抗体を介して結合させることができる。言い換えると、解析目的分子はその分子を認識するIgG抗体があれば、この融合蛋白質を用いて結合させることができる。
逆に、会合ユニットと結合する性質を有したペプチドあるいは蛋白質をリンカーとして用いることができる。この場合、リンカーと解析目的分子を構成する蛋白質との融合蛋白質を利用できる。例えば、会合ユニットの内部に結合するsFvのカルボキシ末端に解析目的分子を構成する蛋白質を融合させた融合蛋白質を用いて会合体を作成することができる。
(8.(2)核酸のリンカーとしての利用)
リンカーとして、解析目的分子と結合する性質を有した核酸を用いることができる。特に、ウイルスのキャプシドはキャプシドの内側に核酸が結合する性質を有するものが多く、核酸を用いた結合に適している。例えば、バクテリオファージMS2のキャプシドを構成している会合ユニット蛋白質は、19塩基からなる特定の配列を含んだRNAと結合し、そのRNAとの結合により、会合体が形成されることが知られている。一方、アプタマーと呼ばれるRNAは特定の分子と結合する性質を有する。MS2のキャプシドと結合するRNAの塩基配列と特定の分子と結合する性質を有するアプタマーの塩基配列とをつなぎ合わせた塩基配列を含むRNAは、MS2のキャプシドとアプタマーに結合する特定の分子との両方を同時に結合させることができる。また、リンカーであるRNAと解析目的分子との結合は、アプタマーを利用する方法だけに限らない。例えば、共有結合を介して結合することができ、BrownらはMS2の会合ユニット蛋白質内部に結合するRNAと蛋白質を共有結合させて、蛋白質をキャプシド内部に封じ込めている(ウイリアム・エル・ブラウン他(William L. Brown, et al.)、インタービロロジー( Intervirology )、アールエヌエイ・バクテリオファージ・キャプシド メディエイテド・ドラッグ・デリバリー・アンド・エピトープ・プレゼンテーション(RNA bacteriophage capsid-mediated drug delivery and epitope presentation.)、スイス、2002年、第45巻、p.371−380)。ただし、彼らは蛋白質表面に存在する不特定のリジン残基側鎖とRNAとの間に共有結合を形成させているため、キャプシド内部に封じ込められた蛋白質は規則正しく配置されないため、結晶構造解析には不向きである。キャプシド内部で解析目的分子内を規則正しく配置させ、結晶構造解析に供するためには、解析目的分子内のある特定の部位で共有結合を形成させることが好ましい。
これら、抗体、抗原、Protein A、ファージディスプレー法で得られた蛋白質等およびアプタマー等の核酸およびこれらの融合蛋白質を適宜組み合わせ、適切な会合体内部に内包させるることにより、ほとんどの化学物質の立体構造解析が可能となる。
(9.会合ユニットの配列情報および遺伝子の入手)
キャプシドなどの会合体の会合ユニットを構成している蛋白質の遺伝子、すなわちアミノ酸配列をコードするDNAは、ウイルスに感染した患者、動物、細胞、微生物からPCR法により単離することができる。例えば、B型肝炎ウイルスのコア蛋白質(HBcAg)の場合、慢性活動性B型肝炎感染患者の血清から抽出したcDNAライブラリーから、例えば文献(アントニー・トウズ他(Antoine Touze, et al.)、ジャーナル・オブ・クリニカル・マイクロバイオロジー(Journal of Clinical Microbiology)、バキュロビロス・エクスプレッション・オブ・キメリック・ヘパタイテス・ビー・ビロス・コア・パーティクルズ・ウイズ・ヘパタイテス・イー・ビロス・エピトープス・アンド・ゼア・ユース・イン・ア・ヘパタイテス・イー・イミュノアッセイ(Baculovirus Expression of Chimeric Hepatitis B Virus Core Particles with Hepatitis E Virus Epitopes and Their Use in a Hepatitis E Immunoassay)、米国、1999年、第37巻、p.438-441)記載のプライマーを用いて、PCR法により単離することができる。B型肝炎ウイルス以外のウイルスのキャプシド蛋白質遺伝子も同様の方法で単離することができる。単離に必要なプライマーは各ウイルスの遺伝子の配列情報を使って設計することができる。ウイルスのDNAおよびアミノ酸配列情報は例えばNCBIのゲノムデータベースに登録されており、インターネット上で公開されている。ウイルスキャプシド以外の会合体も同様の方法で入手可能である。例えば、実施例Xのフィコシアニン遺伝子はシアノバクテリアから抽出したcDNAライブラリーを用いてPCR法により単離できる。
また、PCR法で単離できない場合、および人工的に設計した会合体の場合は、会合体の会合ユニットのDNAもしくはアミノ酸配列情報に従って部分的に化学合成したDNAをDNAポリメラーゼ等を用いてつなぎ合わせることでその遺伝子を作成することができる。また、バクテリオファージの遺伝子はたとえば独立行政法人製品評価技術基盤機構・生物遺伝資源センター(NBRC)から有償で入手することができる。
(10.解析目的分子の入手)
解析目的分子は、どのような手段で入手してもかまわない。通常次のいずれの方法を用いることで入手できる。化学合成、動植物や微生物などの解析目的分子を含む物質からの単離・抽出、解析目的分子である蛋白質をコードする遺伝子を用いた蛋白発現。解析目的分子が蛋白質である場合には会合体の生産方法と同様にして解析目的分子はその遺伝子を用いて生産できる。解析目的分子を会合ユニットと融合させて生産する場合も同様である。解析目的分子の遺伝子もまた会合ユニット遺伝子と同様の方法で入手可能である。
(11.融合蛋白質の配列設計)
会合体と解析目的分子である蛋白質を融合させた融合蛋白質を生産させるためのDNAの設計は慣用の遺伝子操作により以下の様に行うことができる。たとえば、公知の遺伝子操作技術を用いて、HBcAg遺伝子と部分的に相補的なDNAを合成することにより、HBcAgの遺伝子の任意の部分に特定の制限酵素で切断される部分(制限酵素部位)を導入または消失させることおよび導入した制限酵素部位前後に任意の蛋白質をコードするDNAを導入することができる。
(12.発現用ベクターの作成)
遺伝子、すなわちPCR産物もしくは化学合成DNAは精製後、適切な制限酵素を用いて、切り出し、発現用ベクターに組み込むことができる。PCR法の場合は、用いたプライマーに、化学合成の場合は合成するDNA配列に予め特定の制限酵素で切断される配列(制限酵素サイト)を組み込んでおけば、発現用ベクターの作成はより容易になる。発現用ベクターは発現用ベクターを組み込ませる予定の宿主の種類に応じて、宿主に適した発現用ベクターを用いることが好ましい。
(13.会合体の作成)
会合体は、慣用の蛋白質生産のための遺伝子組み換え体を用い、作成することができる。例えば、会合ユニットの遺伝子を組み込んだ発現ベクターを大腸菌などの微生物、植物体あるいは植物細胞、動物細胞あるいはトランスジェニック動物、昆虫細胞あるいは昆虫などの宿主に感染またはリポソームなどとともに取り込ませて、形質転換して、蛋白質発現することが可能である。また、宿主を用いることなく、無細胞蛋白質発現系を用いて作成することもできる。無細胞蛋白質発現キットは、例えばロッシュリサーチ社から販売されており、蛋白質を簡便かつ短時間で作成することができ、有用な手段の一つである。
会合体がウイルスのキャプシドである場合には、ウイルスのキャプシドの種類によって会合ユニットが会合体を形成する特定の会合条件を用いて、会合体を形成させることができる。例えば、HBcAgT4会合体の場合は、会合ユニットであるHBcAgを大腸菌菌体内に大量かつ高濃度に発現させることによって、強制的にHBcAgT4会合体を形成させることができる。また、会合体がバクテリオファージMS2のキャプシドである場合には、19塩基からなる特定の配列を含んだRNAと結合し、そのRNAとの結合により、強制的に会合体を形成させることができる。これまで、結晶構造解析が報告されているウイルスのキャプシドおよびフィコシアニン等のウイルスキャプシドではない会合体の大部分については、強制的に会合体を形成させるための条件がそれらの結晶化もしくは結晶構造解析を報告した文献によって明らかにされているので、その条件を利用して会合体を形成させることができる。
会合させる前、若しくは会合後再度会合した会合ユニットを解離させて、会合ユニットに解析目的分子および必要に応じてリンカーを結合させる。なぜなら、解析目的分子およびリンカーは会合体内部に配置されている必要があるため、会合体形成後解析目的分子やリンカーを会合体内部挿入し、結合させることは、一部の核酸および低分子量の分子を除いて、難しいからである。解析目的分子が会合体形成時に会合体の内側に配置されるように、会合前に予め解析目的分子を結合させ、その後に会合体を形成させるためには、どのような条件下でも自発的に会合体を形成してしまう会合ユニットよりも、ある特定の条件下で会合体を形成する強制会合性会合ユニットを用いることが好ましい。
(14.精製)
以上のように設計され、作製された会合ユニットを会合させ、会合体を形成させる。当然会合体は会合ユニットに比べ、大きくかつ高分子量である。この大きさおよび分子量の違いを利用して、例えば公知の精製法であるゲルクロマトグラフィー等の分子ふるいや遠心操作で会合体を形成しないものや不純物を取り除けば、会合体は容易に精製することができる。例えば、HBcAgT4会合体の場合、蔗糖密度勾配法を用いた遠心操作で容易に精製することができる。また、蔗糖密度勾配法では会合状態の異なるHBcAgT4会合体とHBcAgT3会合体とを分離することができる。
(15.結晶化)
会合体間の相互作用、すなわち非共有結合性の分子間相互作用を通じて、会合体は結晶化する。会合体間の相互作用が異なれば、その結晶化条件も異なったものになってしまう。本発明で用いられる会合体は、会合体間の相互作用に影響を与えない、すなわち会合体表面の形状、電荷状態に影響を与えることのない様に会合体内部に解析目的分子を配置させた会合体である。そのため、この会合体は、解析目的分子を結合させていない会合体と同様の会合体間の相互作用を通じて、同様の結晶化条件で結晶化することができる。
具体的には、解析目的分子を結合させた会合体の結晶の調製は以下の手順で進めることができる。得られた会合体は、解析目的分子を結合させていない会合体と同等の条件下で、一般的な蛋白質結晶化法を利用して結晶化することができる。例えば、解析目的分子を結合させたHBcAgT4会合体の場合、解析目的分子を結合させていないHBcAgT4会合体と同等の結晶化条件(サマンサ・エー・ワイニー他(Samantha A. Wynne et al.)モレキュラー・セル(Molecular Cell)、ザ・クリスタル・ストラクチャー・オブ・ザ・ヒューマン・ヘパタイテス・ビー・ビロス・キャプシド(The crystal structure of the human hepatitis B virus capsid.)、米国、1999年、第3巻、p.771-780)により、最も一般的に利用されているハンギングドロップ法を用い結晶化することができる。他にも、例えば解析目的分子を結合させたバクテリオファージφx174キャプシドの場合、既に報告されている解析目的分子を結合させていない会合体の結晶化条件(テージェ・ドックランド他(Terje Dokland et al. )、ネイチャー(Nature)、ストラクチャー・オブ・ア・ヴァイラル・プロキャプシド・ウィズ・モレキュラー・スキャフォールディング(Structure of a viral procapsid with molecular scaffolding)、英国、1997年、第389巻、p.308-313)と同等の結晶化条件により、結晶化することができる。他のウイルスキャプシドやフィコシアニン会合体等、既に結晶構造解析が報告されている会合体については、その結晶化条件が既知であり、それらを用いた本発明の結晶も同等の結晶化条件で結晶化することができる。
(16.結晶解析)
結晶化した蛋白質の立体構造を解析する方法としては、X線回折、中性子線回折、電子線回折いずれの方法を用いても解析することができるが、X線回折を用いた結晶構造解析が最も一般的である。通常のX線回折装置を用いてもよいが、例えば、複数の波長の異なる高輝度X線を同時に照射することができるSPring-8等の放射光実験設備のビームラインを利用して解析することにより、短時間でかつ精度のよい回折データおよび立体構造座標を得ることが可能である。HBcAgT4会合体等は結晶構造解析の対象としては比較的大きな粒子である。そのため、放射光実験設備のビームラインとしては、Bending Magnet方式のビームラインよりもアンジュレーター方式のビームラインの方が、解析に適している。
通常、蛋白質等の生体高分子のX線結晶構造解析においては、解析対象の立体構造が未知である場合、位相問題を解決するために重原子同型置換体結晶を作成する必要がある。しかし、本発明の結晶の場合、例えば解析目的分子を内包するHBcAgT4会合体結晶の場合、HBcAgT4会合体の結晶解析で用いた位相および原子座標をそのまま利用することができる。
(17.分子設計への利用)
結晶構造解析の結果得られた解析目的分子の原子座標を用いることによって、解析目的分子に結合もしくは作用する分子を設計することができる。また、解析目的分子が複合体である場合は、複合体を形成している分子間の相互作用を解析することによって、より容易に分子設計することができる。
設計可能な分子の種類は、蛋白質等の高分子であっても合成有機化合物等の低分子であってもよく、分子の種類は問わない。代表的な設計手法には、例えば、A)対話式の分子モデリングシステムを利用しコンピューターグラフィックス上に解析目的分子を表示し視覚的に解析し設計する方法、B)解析目的分子の結合部位にフィットする分子を自動的に作成するプログラムを使う方法、C) 化合物データベース中の個々の化合物を解析目的分子の結合部位に自動的にフィットさせてうまくフィットする化合物を見つけだす、 in silicoスクリーニングと呼ばれる方法、などがある。これらの手法やそれ以外の手法を単独若しくは適宜組み合わせて使って分子設計することができる。A)の方法で利用できる対話式の分子モデリングシステムとしては、例えばTRIPOS社のSYBYL、Acceralys社のDiscovery Studio やInsightII、CGC社のMOE等が市販されており、これらは、Windows(登録商標)2000もしくはLinuxが稼働するパソコン上で利用可能である。B)の方法は、CAVEAT, Leap-Flog等のプログラム、C)の方法は、FlexX, DOCK等のプログラムが市販若しくは大学等から入手でき、利用できる。
本発明の結晶は様々な複合体を同じ結晶化条件で作成可能であるため、それらの解析結果からより容易かつ精密に分子設計することができる。例えば、ある酵素とその酵素に対する酵素阻害活性の強さが異なる一連の阻害剤との複合体を解析することによって、阻害剤の活性の強弱が酵素・阻害剤間のどの相互作用の有無や強弱で生じているかを理解することができる。その結果、より活性の強い阻害剤を設計することができる。さらに、阻害剤の分子構造中で活性発現に寄与している部分と寄与していない部分とを特定できるため、活性を弱めることなく阻害剤の物性や経口吸収性・代謝安定性・毒性などを改善するための分子設計も可能である。また、これら阻害剤と別の酵素との複合体の解析を行えば、一方をより選択的に阻害する阻害剤を設計することができる。酵素阻害剤に限らず、複数の複合体結晶の解析結果を用いることで、より精度の高い分子設計が可能となる。
以下、実施例を挙げて本発明を更に詳細に説明するが、本発明は、何らこれに限定されるものではない。本発明の範囲は、実施例に示す特定の実施形態よりも、発明の詳細な説明の項目中で記述した内容により、請求の範囲が定義されるべきものである。
実施例1 HBcAgとRANTESの融合蛋白質を会合ユニットとし、RANTESを解析目的分子とした場合の実施例
1. 遺伝子の調製
HBcAgの遺伝子及びヒト由来RANTES遺伝子及び合成DNAを材料として、制限酵素及びDNAポリメラーゼを用いて、HBcAgの1〜149番アミノ酸をコードする遺伝子の下流にRANTESをコードしたDNAを導入した。RANTES遺伝子はClontech社のヒト骨髄由来cDNAライブラリーからクローニングした遺伝子を用いた。HBcAg遺伝子は、慢性活動性B型肝炎患者の血清より作成したcDNAライブラリーを用いて、クローニングした遺伝子を用いた。RANTESを融合していないHBcAgの遺伝子(遺伝子1)、およびRANTESを融合した融合蛋白質をコードするDNAを含むHBcAgの遺伝子(遺伝子2)をそれぞれ配列表1および配列表2に示す。
2. 会合体の調製
1.で得られた遺伝子1および遺伝子2を、それぞれRoche Applied Science社より購入した発現用ベクターpIVEX2.3-MCSのマルチクローニングサイトの制限酵素切断部位NdeIとXhoIとの間に導入し、発現誘導、溶菌、遠心、硫安沈殿、透析、蔗糖密度勾配法およびゲル濾過クロマトグラフィーによる精製を行い、結晶化に適するように高純度に精製した会合体粒子を得た。
まず、発現用ベクターを大腸菌BL21に組み込み、16時間培養後、IPTG(ispporpyl-β-D-thiogalactopyranoside)を使って発現誘導した。さらに3時間培養後、15分間8,000rpmで遠心操作し集菌した。このように菌体内に高濃度の融合蛋白質を発現させることによって、融合蛋白質は強制的に会合体を形成した。形成された会合体を単離精製するため、さらに以下の操作を行った。PBSバッファーにて菌を懸濁し、超音波にて10秒間3回破砕した。さらに、20分間10,000rpmで遠心操作をして、細胞片を取り除いた。遠心操作後の上澄みに硫安((NH4)2SO4)を濃度40%になるように加え、それぞれ、HBcAg単独およびHBcAgとRANTESとの融合蛋白質を含んだ会合体粒子を沈殿させた。ペレット(沈殿物)をPBSバッファーに再溶解させ、蔗糖密度勾配法(60% 10%)により、分取した。このとき、分取すべき会合体粒子を含んだ画分は、SDS-PAGEを使って確認した。さらに、ゲル濾過クロマトグラフィー(ハイロードスーパーデックス200 HR26/60 、ファルマシア社)により精製し、5mM Tris-HCl, 150mM NaCl溶液を用いて透析した結果、結晶化に適する高純度に精製された会合体粒子を得た。
3.結晶の調製
Hampton Research社のHampton Crystal Screen I およびIIを使って、ハンギングドロップ法とよばれる蒸気拡散の手法により、結晶化条件を検討した結果、遺伝子1由来の(融合蛋白質を含まない)会合体粒子の結晶および遺伝子2由来の(融合蛋白質を含んだ)会合体の粒子の結晶が得られた。
まず、会合体粒子濃度20mg/mlの溶液(5mM Tris-HCl, 150mM NaCl(pH7.5))に、等量の結晶化バッファー(0.5M MgSO4, 4%(w/v) PEG 8000, 0.5M MES(pH6.5))を加えた4μlの液滴に、リザーバー側に結晶化バッファーと同じ組成のバッファー用いて平衡化させたとき、最も良い結晶が得られた。遺伝子1由来の結晶も遺伝子2由来の結晶も同じ条件で最も良い結晶が得られた。さらに、結晶化バッファーにD(-)-butanediolを濃度が30%(w/v)になるように加えた低温沈殿剤に得られた結晶を浸し、結晶を成長させ、温度100Kで窒素ガスを吹き付けて凍結した。ともに、最大60μm×60μm×600μm程度の大きさを有し、構造解析に供する結晶が得られた。
4.立体構造解析
融合蛋白質を含んだ会合体粒子の結晶は、SPring-8の放射光設備を利用して解析した。回折データはSPring-8のビームラインを使って、mar CCD 検出器で収集した。融合蛋白質を含んだ会合体粒子を構成する原子の3次元座標は融合蛋白質を含まないHBcAgT4会合体粒子の3次元座標を利用して、分子置換法により決定した。
まず、融合蛋白質を含まないHBcAgT4会合体粒子において決定された座標をそのまま用い、融合部分のRANTES蛋白質のアミノ末端をHBcAgのカルボキシ末端に固定し、Protein Data Bankに公開されているRANTES蛋白質の座標(PDB ID 1EQT)を回転操作することによりできる限りパターソン関数が一致する位置を決定し、融合蛋白質会合体の初期座標として用いた。得られた初期座標を用いて、精密化を行い融合蛋白質会合体の結晶の電子密度図を得た。更に、溶媒領域の電子密度の平滑化、ならびに、非結晶学的対称性を用いた電子密度の平均化の計算を行い、電子密度図上に、融合蛋白質会合体を構成するアミノ酸残基に相当する部位を同定した。
次に、アミノ酸残基に相当する部位の位置の精密化を行い、アミノ酸残基の同定を行った。この操作を繰り返し行い、HBcAg蛋白質にRANTES蛋白質を融合した融合蛋白質の3次元構造座標を同定した。この段階で、当業者において構造座標の正確さの指標とされているR因子は、6オングストロームから4.5オングストロームのブラッグ反射角を持つ回折像から得られる構造因子を用いた場合、R=21.8%であった。更に精密化の段階で独立に精密化の計算に入れなかった構造因子から計算されるR因子(当業者においてFree R因子と呼ばれている因子)はR=29.7%であった。更に各原子間の結合距離及び結合角の理想状態からの2乗平均平方根誤差は、それぞれ0.012オングストローム及び2.0度であった。これらの解析にはプログラムパッケージCNXを用いた。結晶パラメータ、収集データ、精密化パラメータを表1に記載した。
Figure 2005083786
得られた立体構造によると、会合体はHBcAg蛋白質にRANTES蛋白質を融合した融合蛋白質240個で構成されており、それら融合蛋白質は互いに同一の分子種および同一の分子数、すなわちHBcAg蛋白質1分子とRANTES蛋白質1分子で構成されていた。そして、240個の融合蛋白質は互いに同じ立体構造を有しており、得られたそれぞれの座標を回転・並進操作によって重ね合わせることによって、融合蛋白質を構成しているアミノ酸残基は互いに対応付けすることが可能であった。その立体構造を詳細に解析した結果、融合蛋白質は、RANTES蛋白質部分にあるシスティン残基を介して、隣の融合蛋白質のRANTES蛋白質部分にある同じシスティン残基とジスルフィド結合を形成し、互いに結合し、2量体を形成していた。さらに、その2量体に隣接する融合蛋白質も同様に2量体を形成していた。隣接した2つの2量体を構成している4つの融合蛋白質は互いに同じ立体構造を有しており、得られたそれぞれの座標を回転・並進操作によって重ね合わせることによって、それらを構成しているアミノ酸残基は互いに対応付けすることが可能であった。ただし、4つの融合蛋白質の原子座標は回転・並進操作によって重ね合わせたとき、その原子座標は完全には一致しなかった。つまり、この会合体は同一の分子種および同一の分子数で構成された、同じ立体構造を有するが、得られた原子座標に基づき厳密に識別すると、同じ立体構造を有するが原子座標の異なる4種類の会合ユニットそれぞれ60個が規則的に会合して、会合体を形成していることがわかった。
HBcAgT4会合体の断面図である。HBcAgT4会合体の内側の半径Aは約11.2nmであり、内側の表面積Bは約1576 nm2である。 会合体内部に解析対象分子Aと解析対象分子Bからなる2量体を内包させた会合体の模式図である。図に示されているのはサブユニット1と解析対象分子A、サブユニット2と解析対象分子Bをそれぞれ結合させ、会合体内部に解析目的の2量体を内包させた会合体である。 会合体内部に解析対象分子Aと解析対象分子Bからなる2量体を内包させた会合体の模式図である。図に示されているのはサブユニット1と解析対象分子A、解析対象分子Aと解析対象分子Bをそれぞれ結合させ、会合体内部に解析目的の2量体を内包させた会合体である。 会合体内部に解析対象の分子と結晶性会合体とを、リンカーを用いて結合させ、内包させた会合体の模式図である。図に示されているのはサブユニット1とリンカー、リンカーと解析対象分子Bをそれぞれ結合させ、会合体内部に解析目的分子Bを内包させた会合体である。
符号の説明
A:内側の半径(11.2 nm)
B:内側の表面積( 1576 nm2)
C:解析対象分子A
D:解析対象分子B
L:リンカー
1:サブユニット1
2:サブユニット2

Claims (10)

  1. 1種若しくは2種以上の会合ユニットが複数個会合した会合体を含む結晶であって、同一種の会合ユニット各々は、互いに同一の分子種及び同一の分子数で構成されかつ同じ立体構造を有し、少なくとも1種の該会合ユニットは、会合ユニット構成分子いずれかもしくは2個以上と結合した1個若しくは2個以上の解析目的分子を含み、該解析目的分子が該会合体の内部に配置されていることを特徴とする結晶。
  2. 該会合ユニットが、強制会合性会合ユニットであることを特徴とする請求項1に記載の結晶。
  3. 該会合ユニットより該解析目的分子を除いた場合と同等の結晶化条件で結晶化可能な請求項1または2に記載の結晶。
  4. 該解析目的分子が蛋白質であり、該結合が融合であることを特徴とする請求項1〜3のいずれかに記載の結晶。
  5. 該会合ユニット構成分子がウイルスのキャプシド蛋白質若しくはその変異体蛋白質であって該変異体蛋白質を含む会合体を形成可能なアミノ酸配列を有するものであることを特徴とする請求項1〜4のいずれかに記載の結晶。
  6. 該キャプシド蛋白質がヘパドナウイルス科ウイルスのキャプシド蛋白質であることを特徴とする請求項5に記載の結晶。
  7. 該ヘパドナウイルス科ウイルスがB型肝炎ウイルスであることを特徴とする請求項6に記載の結晶。
  8. 請求項1〜7のいずれかに記載の結晶を製造する方法。
  9. 請求項1〜7のいずれかに記載の結晶を用いることを特徴とする分子の立体構造解析方法。
  10. 請求項9の方法を用いることを特徴とする分子設計方法。
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