JP2004199287A - 道路交通シミュレーション装置 - Google Patents

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Abstract

【課題】交通環境を予め分類したりそれに対応した通行ルールを事前に定義することなく、移動体の挙動自由度が高い道路交通シミュレーションを行う。
【解決手段】複数の移動体と道路交通環境とをコンピュータ上で表現し前記移動体により発生する交通状況を模擬する道路交通シミュレーション装置(10)において、前記移動体の各々は、仮想的な運転者による運転操作をモデル化した運転者モデル(32)と、各移動体の物理的な挙動をモデル化した車両運動モデル(34)との組合せである移動体モデル(30)で表現されており、前記移動体モデルが各々独立にコンピュータ上で表現された道路交通環境内を通行することを特徴とする。
各移動体モデルにおいて、種々の道路交通環境に反応して運転者モデルが出力する出力値を車両運動モデルへの入力値として与えることによって、より詳細な車両挙動を表現することが可能になる。
【選択図】図2

Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、計算機上で、現実の車両挙動を模擬した車両に模擬的な道路環境内を自律的に走行させることによって交通に関するシミュレーションを実行する道路交通シミュレータに関する。
【0002】
【従来の技術】
道路交通システムを計画するには、どこに何を整備すればどのくらい効果があるのか(例えば、交通渋滞が発生しないか)を事前に評価することが大切である。そこで、車両一台一台の挙動をコンピュータ上で再現し、交通の流れや渋滞の様子をシミュレートして道路交通システムの設計、評価に役立てるミクロ交通シミュレーション装置が実現されている。
【0003】
従来のミクロ交通シミュレーション装置では、1)自車の前に他車両がいないときは、車両や車線の設定速度に従って自由走行する、2)前方に他車や障害物、信号等がある時は、それらとの相対速度または距離等に応じて加減速あるいは停止する、3)右折、障害物の追い越し、車線変更については、対向車や障害物等との関係が事前に定義された条件に適合したときに、事前に定義された通りの挙動を取る、というような詳細な規則に基づいて車両の速度または加速度を計算し、車両の位置を更新する。
【0004】
このような典型的なミクロ交通シミュレーション装置では、定義づけされた状況毎に計算によって車両の速度や加速度を算出するため、ステアリングやアクセル、ブレーキの操作といった、実際の車両を運転する運転者の挙動や、それらの操作によって生じる車両の実際の挙動をシミュレートすることはできない。
【0005】
特開平11−272158号公報では、ミクロ交通シミュレーション装置よりも自由度の高いドライビングシミュレータを組み込むために座標の詳細化を行っているが、車両の挙動自体の詳細化は行われていない。
【0006】
また、特開2002−157673号公報では、シミュレーション中の特定の模擬車両を運転模擬車両に指定することによって交通シミュレーション機能と運転模擬機能とが情報交換できるシステムにおいて、被験者にドライビングシミュレータによって様々な交通状況下を繰り返し走行させ、周囲の状況とその時に運転者が行った操作情報を得、これを基に運転挙動に関するモデルを生成し、生成したモデルを交通シミュレーション装置の模擬車両の運転挙動モデルに反映させることが開示されている。このモデルに基づいて模擬車両を動かすことによって、種々の交通環境における模擬車両の挙動を詳細に模擬可能なシミュレータを実現している。
【0007】
【発明が解決しようとする課題】
しかし、ミクロ交通シミュレーション装置における車両の位置は、前後方向の加速度や速度及び走行車線の選択により更新されるため、結果的に車両は予め決められている軌道上を通行することになる。
【0008】
特開平11−272158号公報の交通シミュレーション装置では、交通シミュレーション装置に接続されているドライビングシミュレータの操作によって生じる車両は、その挙動を距離と角度によって表現されていることから道路上の任意の位置を通行できるが、その他の車両の位置はレーン番号および加速度により更新されるので、その位置は軌道上に拘束される。このため、車両の車線内での横方向のふれや、交差点内での多様な軌跡等を詳細にシミュレートすることはできない。
【0009】
特開2002−157673号公報のシステムでは、車両を運転者と車両に分け、運転者についてステアリング、アクセルおよびブレーキの操作をモデル化しているが、このモデルは比較的簡単なモデルであるため運転者の挙動自由度が少ない。また車両については、運転者の運転挙動とそれによって起こる車両挙動の関係に関して記述された車両モデルデータベースを用いているので、車両挙動はデータベース内にある挙動に限定される。従って、この手法ではデータベースにない状況をシミュレートすることができない。
【0010】
従って、交通環境を予め分類しそれに対応した通行ルールを事前に定義することなく、挙動自由度の高い車両のシミュレーションを実行できる道路交通シミュレーション装置が必要とされている。
【0011】
【課題を解決するための手段】
本発明は、データベースに基づいて構築された仮想的な交通環境内で複数の車両等の移動体を走行させて交通状況を模擬する道路交通シミュレーション装置において、各移動体に、それぞれ独立な「運転者モデル」と「車両運動モデル」の両方を持たせ、種々の交通環境に反応して運転者モデルが出力する出力値を車両運動モデルへの入力値として与えることによって、より詳細な車両挙動を模擬できる道路交通シミュレーション装置を提供する。
【0012】
本発明の一形態(請求項1)は、複数の移動体と道路交通環境とをコンピュータ上で表現し、前記移動体により発生する交通状況を模擬する道路交通シミュレーション装置において、前記移動体の各々は、仮想的な運転者による運転操作をモデル化した運転者モデルと各移動体の物理的な挙動をモデル化した車両運動モデルの組合せである移動体モデルとで表現されており、前記移動体モデルは各々独立に前記コンピュータ上で表現された道路交通環境内を通行することを特徴とする、道路交通シミュレーション装置である。
【0013】
この発明によれば、複数の移動体による道路交通の相互関係を模擬する道路交通シミュレーション装置において、各移動体が運転者の運転操作をモデル化した運転者モデルとその移動体の挙動をモデル化した車両運動モデルの組合せでそれぞれ構成されており、各移動体が別個にシミュレーション環境内を走行するようにしたので、詳細な車両挙動を表現することが可能になる。
【0014】
道路交通シミュレーション装置は、道路交通環境を表現するための道路交通環境データベースを備えており、該道路交通環境データベースは、移動体が自由に通行できる領域を表す通行可能領域データと、移動体の通行が不可能かまたは移動体の自由な通行を制限する通行困難領域を表す通行困難領域データを含んでいる(請求項2)。通行困難領域データには、例えば建物や歩道などの道路外区域や中央分離帯のような移動体の通行が不可能な領域と、車線区分線のような移動体の自由な通行を制限する領域(つまり、特に必要がなければ通行しなくて良い領域)の両方が含まれる。通行可能領域データと通行困難領域データは、好適には2次元の地図データである。
【0015】
道路交通環境データベースは、交通規則や道路設備の種々の稼働状況が複数パターン準備されている道路設備稼働状況データを含んでいても良い。交通規則の稼働状況とは、時間帯によって変更される車線の変更や通行止め等のことを指し、道路設備の稼働状況とは、所定のタイミングで周期的に切り替わる信号等のことを指す。
【0016】
道路交通シミュレーションの実行時に、道路交通環境における移動体モデルの速度や方位を決定するに際しては、通行困難領域、交通規則や道路設備の稼働状況、及び他の移動体モデルの通行が、移動体モデルの通行しにくさを表す「通行困難度」によって一元的に表現される(請求項3)。このようにすると、道路外区域や他の移動体等の物理的な障害物と、交通規則や信号等の稼働状況を共通の尺度で一元化表示できるため、移動体が遭遇する交通環境を予め分類して移動体の挙動と対応させておく必要がない。通行困難度は一例では[0,1]の範囲の数値で表される。
【0017】
実際には、通行困難度は、移動体モデルと通行困難領域との間の距離に応じた見かけの通行困難度に変換されるのが好ましい(請求項4)。そして、運転者モデルは、見かけの通行困難度に従って、それぞれの移動体モデルの進行すべき速度と方位を自律的に決定する(請求項5)。
【0018】
運転者モデルは、決定された速度と方位を運転操作量へ変換して、車両運動モデルに与える(請求項6)。運転操作量とは、例えばドライビングシミュレータにおけるステアリングホイールの操作角度、アクセル及びブレーキの操作量等である。
【0019】
前記通行困難領域度はは、一定の規則に従って算出される(請求項7)。従って、地図上の道路や建物、交通設備等を規則的に通行困難度に変換できるため、道路交通シミュレーションの実行対象地域の拡大が容易になる。
【0020】
車両運動モデルは、ドライビングシミュレータで用いることが可能な精度を有する自由度の高いモデルである(請求項8)。これによって道路交通シミュレーション装置にドライビングシミュレータを組み込むことが可能となる。この場合、ドライビングシミュレータの操作者の運転操作に応じた入力は前記複数の移動体のうちの1つまたは複数の車両運動モデルに直接与えられる(請求項9)。これによって、ドライビングシミュレータの操作者は、コンピュータ上で表現された道路交通環境内を仮想的に通行することができる。
【0021】
運転者モデルまたは車両挙動モデルの一方または両方の挙動を決定するパラメータは前記移動体モデル毎に異なるものとすることができる(請求項10)。これによって、様々な個性タイプを持つ運転者が混在する道路交通環境をシミュレートすることができる。
【0022】
本発明の別の形態(請求項11)は、複数の移動体と道路交通環境とをコンピュータ上で表現させ、前記移動体により発生する交通状況を模擬するように構成されている道路交通シミュレーションプログラムにおいて、前記移動体の各々は、仮想的な運転者による運転操作をモデル化した運転者モデルと、各移動体の物理的な挙動をモデル化した車両運動モデルの組合せである移動体モデルとで表現されており、前記移動体モデルは各々独立に前記コンピュータ上で表現された道s路交通環境内を通行することを特徴とする、道路交通シミュレーションプログラムである。このプログラムには、上述のシミュレーション装置の構成のうち任意のものに等しい機能を組む込むことが可能である。
【0023】
【発明の実施の形態】
以下、図面を参照して、本発明の好ましい実施形態について詳細に説明する。
【0024】
1.全体構成
図1は、本発明の一実施形態である道路交通シミュレーション装置10の概略ブロック図である。以下では、従来のミクロ交通シミュレータと区別するために、本発明による道路交通シミュレーション装置を「ナノ交通シミュレータ」と呼ぶことにする。ナノ交通シミュレータ10は、複数の移動体(四輪車、二輪車等)と道路交通環境(車道、歩道、建物、信号機等)とをコンピュータ上で表現し、道路交通環境を通行する複数の移動体の挙動(位置、速度、加速度)を計算することによって、移動体により生じる交通状況をシミュレートする。ナノ交通シミュレータ10は、制御部12、シミュレーション部14及び表示部16から構成されている。
【0025】
制御部12は、シミュレーション部14における道路交通シミュレーションの開始、停止などの制御を行う。さらに、シミュレーション部14における各種条件の切り替え、複数の移動体を発生させる場所やその数、発生タイミングといったパラメータを制御する。
【0026】
シミュレーション部14は、コンピュータ上で仮想的に表現された道路交通環境を通行する複数の移動体の挙動を所定の周期で計算し、道路交通環境内における移動体の位置や速度を決定する。シミュレーション部14の構成は、図2を参照して後述する。
【0027】
表示部16は、道路や建物の形状、標識、信号機の稼働状況といった道路交通環境を二次元図や三次元投影図などで表示するとともに、シミュレーション部14で計算された位置に各移動体を表示する。
【0028】
ナノ交通シミュレータ10の具体的な用途は、種々の交通環境下(例えば、交差点(図17を参照)や高速道路の料金所付近)において、複数の移動体をそれぞれ自律的に走行させることによって、それらの環境における交通の流れや渋滞予測等をシミュレートすることである。
【0029】
ナノ交通シミュレータ10には、選択的にドライビングシミュレータ18を組み込むこともできる。ドライビングシミュレータ18は、ステアリングホイール、アクセルペダル、ブレーキペダル等の一般的な四輪車または二輪車の制御入力装置を備えている。ドライビングシミュレータ18の操作者の前方にはスクリーン等の表示装置があり、ナノ交通シミュレータ10で模擬する移動体のうち操作者が指定した移動体の仮想的な運転者から見えるであろう光景を模擬した三次元画像が映される。操作者は、その光景を見て、移動体の動きを制御すべく、ステアリングホイール、アクセルペダル、ブレーキペダル等の制御入力装置を操作する。制御入力装置から得られるアナログ信号は、デジタル信号に変換されてシミュレーション部14に与えられる。
【0030】
ドライビングシミュレータ18を組み込むことによって、ドライビングシミュレータ18の操作者が、シミュレーション部14で計算される仮想的な道路交通環境内に参加することが可能になる。さらに、ドライビングシミュレータ18を用いてより現実的な運転教習を行ったり、ドライビングシミュレータ18をゲームに応用したりすることが可能になる。
【0031】
図2は、シミュレーション部14の機能ブロック図である。シミュレーション部14は、道路交通環境データベース20と、複数の移動体モデル30からなる。移動体モデル30は、道路交通環境内に出現する移動体と同数だけ生成される。図2の例では、移動体モデル30は1,2,…,NのN個が生成されている。これらの移動体モデルは、移動体の道路交通環境内への流出入に応じて随時新たに生成されるか、あるいは消滅する。各移動体モデル30は、それぞれ独立した計算モデルである運転者モデル32と車両運動モデル34とを包含している。運転者モデル32は、仮想的な運転者による運転操作をモデル化したものであり、車両運動モデル34は、各移動体の物理的な挙動をモデル化したものである。このように、各移動体がそれぞれ別個に運転者モデルと車両運動モデルを備えることによって、本発明によるナノ交通シミュレータ10は、シミュレーションする道路交通環境内に出現する各移動体があたかも個性のある運転者により操作されているかのような複雑な挙動をさせることが可能となっている。この運転者モデル32と車両運転モデル34については、後に図面を参照して説明する。
【0032】
ナノ交通シミュレータ10にドライビングシミュレータ18が組み込まれる場合は、ドライビングシミュレータ18の操作者による入力が、移動体モデル30のうちの1つの車両運動モデル34に対する入力となる。図2では、移動体1がドライビングシミュレータ18の操作者により操作されている場合に対応する。このように、各移動体に別個に運転者モデルを持たせているので、外部の操作者からの入力をその運転者モデルと置換することによって、操作者は簡単にシミュレーションされている道路交通環境内に参加することができる。当然、複数の移動体モデルにおける運転者モデルを外部の操作者からの入力で置換しても良い。
【0033】
ナノ交通シミュレータ10は、具体的には、CPU、ROM、RAM等を有するコンピュータと、シミュレーション結果を逐次表示するディスプレイとで実現される。ナノ交通シミュレータ10がドライビングシミュレータ18を備える場合は、表示部16はドライビングシミュレータ18の表示装置で代替されても良い。また、ナノ交通シミュレータ10は、制御部12、シミュレーション部14、表示部16の各部が既知の通信方式でデータ交換を行う分散システムで実現されても良い。
【0034】
次に、ナノ交通シミュレータ10における道路交通シミュレーション処理の概略を図3のフローチャートを参照して説明する。この一連の処理は、コンピュータの処理能力に応じた適当な時間ステップ毎に実行される。
【0035】
制御部12によりシミュレーションが開始されると、シミュレーション部14は、移動体が次に通行すべき経由点を設定する(S52)。次に、経由点と移動体の現在地点とから、移動体の方位と速度を計算する(S54、経路追従処理)。これについては、図7及び図8を参照して説明する。続いて、移動体から見た通行の容易さを表す指標である「見かけの通行困難度」を計算する(S56、通行困難領域認識処理)。これについては、図9及び図10を参照して説明する。さらに、見かけの通行困難度を利用して、移動体の目標方位と目標速度を計算する(S58、操作目標生成処理)。これについては、図11から図13を参照して説明する。最後に、車両運動モデルへ与える操作出力値を計算する(S60、車両操作処理)。シミュレーション部14は、車両運動モデル34を用いて、操作出力値に基づいた移動体の挙動を計算する(S62)。この挙動に従って、移動体は計算された位置に移動され(S64)、表示部16はそれに合わせたシミュレーション画像を表示する(S66)。そして、次の時間ステップで、処理は再びステップS52から繰り返される。なおこれらの計算は、各移動体モデル30毎に並列的に行われる。
【0036】
図3のフローチャートにおいて、一部のステップの順序は入れ替わっても成立する。例えば、ステップS54の「経路追従処理」とステップS56の「通行困難領域認識処理」は順序が逆でも、あるいは並列に行われても良い。
【0037】
続いて、シミュレーション部14を構成する道路交通環境データベース20、運転者モデル32及び車両運動モデル34について、順に説明していく。
【0038】
2.道路交通環境データベース
道路交通環境データベース20は、道路交通環境内で移動体を通行させるための情報である通行可能領域データ22と、移動体が通行できないか、または何らかの要因で自由な通行が制限される領域を表す通行困難領域データ24と、交通規則や道路設備の種々の稼働状況が複数パターン準備されている道路設備稼働状況データ26と、表示部16にて表示する道路交通環境を作成するための情報である道路や建物の位置・形状、中央分離帯や信号機等の交通設備等に関する地図データ(図示せず)とを含んでいる。さらに、道路交通環境データベース20は、気象状態やこれに伴う路面状態の変化等の情報を含んでも良い。
【0039】
通行可能領域データ22は、移動体が自由に通行できる領域を表しており、経由点を含む2次元の地図データである。経由点とは、車線や交差点等の移動体が通行する通行可能領域にある点であり、例えば図4に示すように設定されている。図4は、縦方向に伸びる片側2車線の道路と横方向に伸びる片側1車線の道路が交わる交差点を表している。交差点の四隅は、通行困難領域である。経由点は、車線に沿って適当な間隔で設定されている。さらに、交差点の中央や進入部にも設定されている。各移動体の経路は、この経由点を次々と結んでいくことで設定される。図4の例では、移動体が交差点で右折する場合の経路を表している。このように経由点を設定することで、種々の移動体の経路を簡単に設定することができる。
【0040】
従来のシミュレータでは、移動体は基本的にこの経路上を忠実にたどっていたが、本発明では、この経路上をたどるとは限らない。このことは、後にいくつかの実施例を参照して説明する。また、後述するように、この通行可能領域データ自体には、道路毎の規制速度のようなといった情報は含まれていないことに注意されたい。
【0041】
なお、本明細書において、「経路」とは各移動体について設定される行き先を表し、「軌跡」とはシミュレーション計算の結果、各移動体が実際にたどる道筋の意味で使用している。
【0042】
通行困難領域データ24は、例えば建物や歩道などの道路外区域や中央分離帯のような移動体の通行が不可能な領域と、車線区分線のような移動体の自由な通行を制限する領域(つまり、特に必要がなければ通行しなくて良い領域)の両方を表す2次元の地図データである。本実施形態では、通行困難領域は、通行できない度合いを数値化した「通行困難度」で定義される。
【0043】
道路設備稼働状況データ26には、交通規則や道路設備の種々の稼働状況に関するデータが複数パターン準備されている。ここで、交通規則の稼働状況とは、時間帯によって変更される車線の変更や通行止め等のことを指し、道路設備の稼働状況とは、所定のタイミングで周期的に切り替わる信号等のことを指している。これらの稼働状況パターンは、適当なタイミングで別の稼働状況パターンと切り替えられ、また、後述する「見かけの通行困難度」の計算の際にも用いられる。
【0044】
図5は、図4で示したのと同じ交差点を、通行困難度の観点から概念的に表示したものである。図5では、道路沿いの建物、歩道、路側帯等(40)、車線区分線(42)、中央分離帯(44)、他の移動体(46)について、通行困難度をそれぞれの領域の高さとして現している。通行困難度は相対値であり、本実施形態では取り得る値の範囲を[0,1]としている。通行困難度は、移動体の進入可能性や、交通規則に則した値に設定される。図5を見れば分かるように、移動体が絶対進入できない領域(例えば、歩道や建物40)には、通行困難度として最大値の「1」が与えられている。同様に、中央分離帯44や他の移動体46にも「1」が与えられる。斜め方向に伸びる2車線の道路については、車線を区切る車線区分線には、前方に障害物がなければ移動体は車線を変更する必要がないが、障害物がある場合には車線を変更すべきであるという観点から、この例では通行困難度「0.1」が与えられている。また、左右に伸びる1車線の道路では、車線変更は無いが追い越し等の場合には中央線を超える必要もあることから、車線区分線よりは大きい値「0.3」が与えられている。従って、通行困難度の大きさは、道路交通環境内を通行する仮想的な運転者が見るであろう建物や交通設備の大きさとは無関係であることに注意されたい。
【0045】
本実施形態で使用する通行困難度は、通行困難領域以外に、信号や踏切といった交通設備に基づく交通規則をも表すことができる点に特徴がある。例えば信号であれば、赤には「1」、青には「0」、黄には「0.3」というような通行困難度を与えることによって、移動体の信号の通行を間接的に制御することが可能となる。また、道路交通環境内を自律的に通行する他の移動体も、通行困難度で表すことができる。
【0046】
なお、ここに示した通行困難度の値は、シミュレートする道路の特性や交通規則等に応じて適宜変更可能であることは理解されよう。
【0047】
後に説明するように、各運転者モデルは、通行困難度の大きさに応じて自己の移動体の進行方向や速度を決定するので、通行困難度を採用することにより、道路の形状、交通規則、及び他の移動体の存在等を一元化して取り扱うことが可能となる。
【0048】
従来のミクロ交通シミュレーションで使用される道路環境データベースでは、属性値として車線毎の自由走行平均速度や通行するべき軌道など、基となる地図からは規則的に生成することができない項目があり、データの作成に多くの時間が必要であった。一方、本発明の道路交通環境データベースでは、道路や建物、交通設備等を規則的に通行困難度に変換できるため、市販されているデジタル地図から自動的に通行可能領域データや通行困難領域データを作成することができ、従って道路交通シミュレーションの実行対象地域の拡大が容易である。
【0049】
なお、通行困難領域の輪郭線を辺に分割し、通行困難線として表しても良い。
【0050】
3.運転者モデル
運転者モデル32は、道路交通環境データベース20及び他の移動体モデルの通行状況に応じた操作値(ステアリングホイールの操作角、ブレーキペダルとアクセルペダルの操作量)を求め、車両運動モデル34に出力する。以下、図6から図13を参照して、運転者モデル32の構成と実行される処理について説明する。
【0051】
図6は、1つの運転者モデル32の機能ブロック図である。運転者モデル32は、交通環境データベース20から得られる通行可能領域等のデータから移動体が設定経路に追従するための経路を計算する経路追従処理部70、通行困難領域や他の移動体の通行困難度を移動体からの視界に変換した見かけの通行困難度分布を生成する通行困難領域認識処理部78、経路追従処理部70及び通行困難領域認識処理部78における計算結果に基づいて移動体が実際に通行する方位及び速度を求める操作目標生成処理部84、及び、操作目標生成処理部84の出力を車両運動モデルに与える車両操作値に変換する車両操作処理部90の各機能ブロックにより構成される。図6では、これら機能ブロック内でそれぞれ実行される処理についても記載してある。
【0052】
続いて、各機能ブロックについて説明する。
【0053】
3.1 経路追従処理部
経路追従処理部70は、各移動体の設定経路に基づいて、移動体が通行するべき追従経路を動的に生成する。各移動体の設定経路は、予め決められているか、または道路交通環境内をランダムに走行するように設定されていても良い。
【0054】
目標経路生成部72は、シミュレーション開始時に、設定経路の最初の経由点を移動体の初期位置とし、シミュレーションの時間ステップ毎に次の経由点を通行すべき経由点(目標経由点)として各移動体に与えて目標経路を設定する。目標経路生成部72は、シミュレーションの進行に伴って移動体が目標経由点に近づき、目標経由点までの距離が運転者モデル毎に予め設定されている経由点切換閾値を下回った時、目標経由点を更新し、その次の経由点を新たな目標経由点とする。
【0055】
この目標経路生成部72より出力された目標経由点に基づいて、経路追従方位生成部74は、経路追従方位Ψfを求め、操作目標生成処理部84に出力する。
【0056】
図7に経路追従方位生成の様子を示す。まず(a)を参照すると、移動体と目標経由点の距離が予め設定された経由点切換閾値より大きい間は、移動体が目標経由点に向かう方向を経路追従方位Ψfとする。続いて、(b)を参照して、移動体と目標経由点の距離が経由点切換閾値より小さくなると、目標経路生成部72によって目標経由点が更新されるので、経路追従方位生成部74は、更新された目標経由点に向かう方向を新たな経路追従方位Ψfとする。
【0057】
経路追従速度生成部76は、各移動体の速度目標として経路追従速度を求め、操作目標生成処理部84に出力する。図8は、経路追従速度生成処理のフローチャートである。
【0058】
経路追従速度生成部76は、目標経路生成部72より移動体の次の目標経由点を受け取る(S100)。次に、移動体とその目標経由点までの距離を求め、求めた距離を予め運転者モデル毎に設定されている速度切換閾値lcと比較する(S102)。この速度切換閾値lcは、コーナーを曲がるために移動体が減速を開始する距離である。目標経由点までの距離が速度切替閾値lcより大きい場合、経路追従速度は、各運転者モデル毎に設定されている上限速度vmaxに設定される(S104)。
【0059】
移動体と目標経由点の距離が速度切換閾値lcより小さい場合は、経由点付近で設定経路を大きく外れた大回りをしないためのコーナーリング目標速度vcが計算される(S106)。
【0060】
コーナーリング目標速度vcは、各運転者モデルの特性と、設定経路が経由点でなす角度とより算出され、角度が大きいほど速度も大きくなるように、例えば以下の式で計算される。
【0061】
【数1】
Figure 2004199287
ここで、ayは横方向最大加速度であり、運転者モデル毎に設定されるパラメータである。また、αは設定経路が経由点でなす角度である(図7参照、0≦α≦π)。
【0062】
そして、このコーナーリング目標速度vcと上限速度vmaxの小さい方が、経路追従速度vfとして選択され(S108)、操作目標生成処理部84に出力される(S110)。式で表すと以下のようになる。
【0063】
【数2】
Figure 2004199287
【0064】
以上の経路追従処理によって、運転者モデル32は、現実世界のドライバーと同じように、自己が向かうべき方向と出すべき速度を決定することになる。
【0065】
3.2 通行困難領域認識処理部
通行困難領域認識処理部78(図6)は、移動体を基準として所定の範囲内にある通行困難領域を抽出し、これから見かけの通行困難度分布を生成する。
【0066】
視野内通行困難領域抽出部80は、当該時間ステップにおいて、移動体を頂点とし一定の頂角を持つ二等辺三角形で囲まれた視野領域を視野内通行困難領域として抽出する。図9は、視野内通行困難領域抽出の一例を表す。図9では、斜線で示された領域A、B、F(道路外区画)、C(中央線)、D、E(中央分離帯)、及びG(移動体)が抽出されている。ここで、視野領域内にいる自己以外の移動体については、移動体モデル同士のデータ交換により得られた他移動体モデルの位置・速度より、一定時間後の他移動体の移動領域を予測し、それを通行困難領域(通行困難度「1」)とする。従って、図9にGで示すように、実際の移動体の大きさよりも前方に通行困難領域が伸びることになる。
【0067】
図9は交差点の信号が青であるときを表しているが、信号が赤のときには、交差点の入り口を塞ぐような通行困難領域が追加される。このような通行困難領域は、道路設備稼働状況データ26内の稼働状況パターンに基づいて設定される。
【0068】
なお、他移動体の予測移動領域の大きさは、各運転者モデルによって異なるものとしても良い。また、視野領域は上述のような三角形に限定されるものではなく、台形や扇形などでも良い。
【0069】
この視野内通行困難領域抽出処理は、現実世界においてドライバーがこのような場所を走行している場合に、運転操作を行うための情報として取得するであろう領域を図形的に抽出するために行われる。
【0070】
見かけの通行困難度分布生成部82は、視野内通行困難領域抽出部80で抽出された通行困難領域から見かけの通行困難度分布を求め、操作目標生成処理部84に出力する。
【0071】
見かけの通行困難度分布は、運転者モデルの視野領域の各方位Ψについての「見かけの」通行困難度である。すなわち、自己が操作する移動体の進行方向を運転者モデルが決定するに当たって、運転者モデルから「見える」通行困難領域がその操作にどの程度の影響を及ぼすかという観点から数値化したものである。
【0072】
従って、各方位Ψにおいて抽出された各通行困難領域の見かけの通行困難度は、各通行困難領域について元々設定されている通行困難度が大きい程大きくなるように、また、通行困難領域と移動体との距離が大きい程小さくなるように設定される。一例として、見かけの通行困難度d(Ψ)は、以下の式で算出される。
【0073】
【数3】
Figure 2004199287
ここで、Di(Ψ)は、方位Ψでi番目に検知された通行困難領域における通行困難度であり、li(Ψ)は、方位Ψでi番目に検知された通行困難領域までの移動体からの距離を表す。
【0074】
図10は、上記のようにして算出された見かけの通行困難度分布d(Ψ)を模式的に表したものである。横軸は移動体から見た方位Ψであり、縦軸は見かけの通行困難度d(Ψ)を表す。図中の符号A〜Gは、図9で抽出された通行困難領域のA〜Gに対応している。図9と図10をともに参照すると、領域B、Dは元の通行困難度は「1」であり、これは領域AやFと同じであるが、移動体から近い場所にあるため、見かけの通行困難度はA、Fより大きく算出されている。領域A、E、Fは、実際には通行できない領域であるが、この領域抽出処理が実行された時点では、移動体からは離れた場所にあるので、場合によってはその方向に進むことが許される場合もある。これに対して、領域B、Dは、移動体から距離が近くこの方向に進むと接触の可能性が高くなる。従って、この見かけの通行困難度に適当な閾値を設けることによって移動体の通行する方位を自動的に定めることができる。
【0075】
また、信号などの場合は、移動体の直前の信号が赤になれば見かけの通行困難度は全方位で大きな値になるが、遠方で赤になったとしても見かけの通行困難度は小さく算出され、信号に移動体が接近するにつれ徐々に値が大きくなっていくことになる。
【0076】
このようにして算出された見かけの通行困難度d(Ψ)は、抽出された領域が何であるか(例えば、道路外の建物のような実物なのかまたは信号のような交通規則なのか)という情報が一切はぎ取られた数値分布となる。これによって、通行困難領域と多様な交通規則とを1つの指標のみで表現することが可能となる。
【0077】
3.3 操作目標生成処理部
操作目標生成処理部84(図6)は、経路追従処理部70より得られた経路追従方位及び速度と、通行困難領域認識処理部78より得られた通行困難度分布に基づいて、移動体の目標とする方位と速度を求める。
【0078】
図11は、目標方位決定処理のフローチャートである。目標方位決定部86は、経路追従方位生成部74より出力された経路追従方位Ψfと、見かけの通行困難度分布生成部82より出力された見かけの通行困難度分布d(Ψ)を受け取る(S112)。次に、目標方位決定部86は、見かけの通行困難度分布d(Ψ)を走査して、見かけの通行困難度が最小となる方位を検出する(S114)。通行困難度が最小になる方位が複数ある場合は、経路追従方位Ψfに最も近い方位を目標方位ΨTとする(S116)。
【0079】
図12に、上記に従って目標方位が決定される様子を示す。図12は、図10の見かけの通行困難度分布d(Ψ)と同一のものである。この例では、見かけの通行困難度が最小となる範囲(図中矢印で表す)のうち、経路追従方位Ψfに最も近い方位が目標方位ΨTとして選択される。なお、適当な閾値を設定し、最小となる方位における見かけの通行困難度が閾値以上の場合は目標方位ΨTを選択しないことで、赤信号等の時に移動体を停止させることができる。
【0080】
決定した目標方位ΨTは、車両操作処理部90に出力される。
【0081】
図13は、目標速度決定処理のフローチャートである。目標速度決定部88は、見かけの通行困難度分布d(Ψ)と経路追従速度vfを受け取る(S122)。次に、見かけの通行困難度分布d(Ψ)から移動体正面(図12においては原点)における見かけの通行困難度を求め(S124)、それに基づいて上限目標速度vdを計算する(S126)。上限目標速度vdは、見かけの通行困難度が高いほど小さくまたは0になるように決定される。一例として、以下の式で算出される。
【0082】
【数4】
Figure 2004199287
ここで、axは運転者モデル毎に設定される減速時縦方向最大加速度であり、dは移動体正面の見かけの通行困難度を表す。
【0083】
そして、この上限目標速度vdと経路追従目標速度vfのうち、小さい方を目標速度vTとして決定する(S128)。式で表すと以下のようになる。
【0084】
【数5】
Figure 2004199287
決定した目標速度vTは、車両操作処理部90に出力される。
【0085】
以上説明したような操作目標生成処理により、移動体は、設定経路に従って車線を保持しながら通行しつつも、他の移動体や道路外区画を回避することができる。
【0086】
3.4 車両操作処理部
車両操作処理部90は、操作目標生成処理部84より得られた目標方位ΨT及び目標速度vTに基づいて、運転者モデルから車両運動モデルへの操作出力を決定する。
【0087】
ステアリングホイール操作生成部92は、目標方位ΨTを車両運動モデルに与えるステアリングホイール操作角度に変換する。この変換は、例えば以下のような手順で行われる。
【0088】
まず、目標方位ΨTにステアリングゲインgsをかけて暫定目標ステアリングホイール角度sTmpを求める。次に、sTmpに対し、各車両運動モデル毎に設定されているステアリングホイールの操作範囲[-smax,smax]で上下限のリミット処理を行って、目標ステアリングホイール角度sTを算出する。
【0089】
算出された目標ステアリングホイール角度sTと現在のステアリングホイール角度sk-1の偏差を取り、予め定義されている時間遅れゲインgs d(0≦gs d≦1)をかけて、Δsを算出する。これにsk-1を加えて、ステアリングホイール操作角度を算出する。これを式で書くと、以下のようになる。
【0090】
【数6】
Figure 2004199287
【0091】
アクセル・ブレーキ操作生成部は、目標速度vTを車両運動モデルに与えるアクセル操作量及びブレーキ操作量に変換する。この変換は、例えば以下のような手順で行われる。
【0092】
まず、目標速度と実速度vの差に、予め定められているアクセルゲインgaとブレーキゲインgbをそれぞれかけて、暫定目標アクセル踏込み量aTmp及び暫定目標ブレーキ踏込み量bTmpを求める。次に、aTmp及びbTmpに対し、各車両運動モデル毎に設定されているアクセルとブレーキの操作範囲[amin,amax]または[bmin,bmax]で上下限のリミット処理を行って、目標アクセル踏込み量aT、目標ブレーキ踏込み量をbTをそれぞれ算出する。
【0093】
算出された目標アクセル踏込み量aT及び目標ブレーキ踏込み量bTと、現在のアクセル操作量ak-1、ブレーキ操作量bk-1の偏差をそれぞれ取り、予め定義されている時間遅れゲインga d(0≦ga d≦1)、gb d(0≦gb d≦1)をかけて、Δa、Δbを算出する。これにそれぞれak-1、bk-1を加えて、アクセル操作量及びブレーキ操作量を算出する。これを式で書くと、以下のようになる。
【0094】
【数7】
Figure 2004199287
【0095】
以上のようにして計算されたステアリングホイール操作角度、アクセル操作量及びブレーキ操作量は、車両運動モデルに与えられる。
【0096】
なお、ステアリングゲイン、アクセルゲイン、ブレーキゲインや各時間遅れゲインを運転者モデル毎に別の値とすることによって、運転者の個性を表現することができる。
【0097】
4.車両運動モデル
車両運動モデルは、運転者モデルから出力された操作出力(ステアリングホイール操作角度、アクセル/ブレーキ操作量)を受け取り、また道路環境データベースから路面の状態等の情報を受けて、これに応答して移動体の挙動を計算する。この挙動から移動体の当該時間ステップにおける位置が計算され、表示部16に表示される。
【0098】
車両運動モデルは、従来のドライビングシミュレータで用いられるものと同等の自由度の高いモデルであり、座標系における車両の位置及びオイラー角によって表現される。このような車両運動モデル自体は当技術分野で周知(例えば、上述の特開平11−272158号公報に記載)であり、本明細書では詳細な説明を省略する。
【0099】
本発明では、各移動体にそれぞれ車両運動モデルが備えられている。車両運動モデルを備えることで、路面による外乱(例えば、凍結路面におけるスリップ)や車体の内乱(例えば、車体の直進時の振れ)を含めシミュレートすることができ、路面状態に応じた速度調整を行える。
【0100】
従って、従来のマクロ交通シミュレータのように予め設定されている車線軌道の拘束を受けること無く、各移動体は路面上を自由に通行することができる。また、車両運動モデルを変更することにより、二輪車、四輪車といった異なる車両や、ダンプカー、トラック、セダンといった異なる車種を模擬することができる。さらに、車両運動モデルのチューニングにより、スポーツカー、RV車、ワゴンといった詳細な挙動の違いを表現することもできる。
【0101】
5.実施例
以上のように、本発明によるナノ交通シミュレータでは、移動体を運転者モデルと車両運動モデルに分離しており、運転者モデルが自己の移動体の遭遇する交通状況に応じて自律的に車両運動モデルに対する操作出力を生成し、一方、車両運動モデルが運転者モデルからの出力と種々の道路環境パラメータとをモデルに入力した結果としての車両挙動を出力することによって、従来のミクロ交通シミュレータよりも詳細かつ多様な移動体挙動のシミュレーションが実現される。換言すれば、あたかも現実世界で物理法則に従う自動車にそれぞれ個性のあるドライバーが乗車しているような、自然なシミュレーションが実現される。
【0102】
また、移動体の軌跡は任意であり、従来のマクロ交通シミュレータのように道路の縦方向では軌道上を走行し、横方向では遷移補間をするといったような制約が無い。
【0103】
さらに、移動体に用いられる車両運動モデルはドライビングシミュレータで用いられるものと同等の自由度の高いモデルなので、ドライビングシミュレータを組み込む際に挙動自由度の整合を図る必要が無く、データ変換等が不要である。
【0104】
従来のミクロ交通シミュレータの多くは、移動体の挙動パターンを交通環境において生じる種々の局面、例えば、自由走行、前車追従、車線変更、右左折、路上駐車車両の回避等のいくつかの場面に分類し、それぞれ個別に移動体の挙動を規則化して(例えば、「ある距離で信号が赤だったら停止」、「前方に障害物があったら別の車線に移動」のように)、シミュレートできる局面と移動体の挙動の多様性を高めるようにしている。しかし、例えば路上駐車というような場面一つをとっても、実際の交通場面では道幅や駐車車両の大きさ、対向車両の影響などの種々の要素によって移動体の取るべき挙動は変るので、これらを全て規則化・モデル化することは事実上不可能に近い。このため、従来のミクロ交通シミュレータでは、シミュレートできる局面と移動体の挙動は必然的に限定されてしまう。
【0105】
それに対し、本発明のナノ交通シミュレータでは、移動体は、順次生成される見かけの通行困難度分布に基づいて動的に移動するので、予め遭遇する局面を場合分けし、局面毎に通行ルールを定めておく必要が無い。
【0106】
この見かけの通行困難度分布は、道路設備や他車など移動体の通行に影響する物の種類によらず、一元化して扱うことができる。また標識等の新たな交通規則を地図上に盛り込む場合にも、通行困難度の値を決定するだけで簡単に行うことができる。
【0107】
続いて、実施例1〜4として具体的な交通状況を挙げて、上記のような特徴を有する本発明によるナノ交通シミュレータ10がいかなる挙動を出力するかを詳細に説明する。
【0108】
5.1 実施例1−車線幅と移動体の速度
図14は、従来の交通シミュレータ及び本発明によるナノ交通シミュレータにおいて、車線幅が移動体の速度に及ぼす影響を説明する図である。図中、黒線の外側は上述の通行困難領域であるとする。従来の交通シミュレータでは、移動体の速度は車線の属性情報としてか、または移動体毎の制限速度として与えられている。例えば前者の場合では、車線幅が広い程、速度は大きな値に設定されている(図14の(A)では(B)よりも車線幅が広いので、移動体の速度が大きくなる)。従って、車線幅が移動体の通行速度に与える影響は静的である。移動体毎に制限速度が与えられている場合は、車線幅は移動体の通行速度に全く影響を与えない。
【0109】
一方、本発明によるナノ交通シミュレータでは、数4で表されるように、見かけの通行困難度によって上限目標速度vdが決定される。具体的には、図14の(C)、(D)のように、運転者モデルは、自己の前方の通行困難領域までの距離を測定し、これで通行困難度を割った値を見かけの通行困難度とするので、通行困難度が等しい場合、目標速度は通行困難領域までの距離の平方根に比例して大きくなる。従って、(C)では(D)よりも移動体前方の見かけの通行困難度が低くなり、上限目標速度vdは大きく算出される。このように、車線毎に速度を設定する必要が無くなる。
【0110】
そのほか、同様の議論により、同じ車線幅でも移動体の側方の通行困難領域の通行困難度が低ければ、上限目標速度vdは大きくなる。また、移動体の車両モデルの直進安定性が高い場合は、移動体の左右の振れが少なくなるため、側方の通行困難領域の影響を受けにくくなり、上限目標速度vdは大きくなる。このように、本発明によれば、移動体の物理的特性や周囲の道路環境が移動体の速度に与える影響をシミュレートすることができる。
【0111】
5.2 実施例2−障害物の回避動作
図15は、移動体が二車線の道路を走行中、前方に障害物があるとき、その障害物を回避する動作を説明する図である。障害物がなければ、移動体は図の点線の経路上を進む。まず、移動体がA−A’地点に来ると、運転者モデルは、障害物と道路外の通行困難領域とから見かけの通行困難度分布を作成する。その結果は図15の(1)のようになる。ここで、点線の矢印は、経路追従方位生成部によって決定される経路追従方位Ψfである。運転者モデルは、この通行困難度分布から、最も困難度が低くかつ経路追従方位Ψfに近い方向である実線の矢印の方向に目標方位ΨTを設定する。この計算を数回の時間ステップにわたって繰り返していくことによって、やがて移動体は図のB−B’地点に到達する。この地点まで来ると、運転者モデルの見かけの通行困難度分布から、障害物に対応する部分は現れなくなる(図15の(2)を参照)。すると、運転者モデルは、経路追従方位Ψfそのものを目標方位ΨTに設定するので、移動体は次第に元に走っていた経路(点線で示す)へと舵を切っていき、最終的にはC地点のように経路上を通行するようになる。
【0112】
このように、本発明によるナノ交通シミュレータでは、道路設備や他車など移動体の通行に影響する諸物の役割や属性によらず、それらを見かけの通行困難度分布によって一元化して扱っているので、事前の場合分けなどを定義することなく、様々な状況をシミュレートできる。
【0113】
5.3 実施例3−障害物回避時の移動体の軌跡
図16は、従来の交通シミュレータと本発明によるナノ交通シミュレータにおける障害物回避時の移動体の軌跡を比較する図である。図15と同じように、これは2車線の道路を走行中に前方に障害物が存在した場合を示している。
【0114】
従来の交通シミュレータでは、移動体の状態(速度など)、道路交通環境(車幅や信号など)、障害物の属性(位置、形状など)に応じた回避パターンが予めいくつか用意されており、その中から適当なものを選択してそれに沿って移動体は通行するので、移動体の軌跡は固定的である。また、障害物回避は車線間の遷移で表されるため、図16の(1)に点線で表すような軌跡となる。
【0115】
一方、本発明によるナノ交通シミュレータでは、運転者モデルと車両運動モデルにそれぞれ設定されているパラメータや、移動体の状態(進入速度や角度)に応じて毎回移動体の軌跡が変化する。例えば、図16の(2)に示す移動体の軌跡A、Bは、ともに同一の地点Pで回避動作を開始した場合の軌跡であり、BはAより大回りの軌跡を通行している。この2つの軌跡の差は、Aの移動体の速度が小さかったことと、Bの運転者モデルに設定されていたステアリングゲインがAより大きかったために生じている。
【0116】
このように本発明では、移動体の状態、道路交通環境、障害物の属性に応じて動的に見かけの通行困難度分布が生成されるので、事前に様々な回避パターンを用意する必要がない。また、通行困難度分布に基づいて移動体の目標方位が決定され、さらに運転者モデルには個性とも言うべきパラメータがそれぞれ別に設定されているので、常に同一の軌跡をたどるのではなく、状況に応じて種々多様な軌跡をたどることとなる。
【0117】
なお、上記の理由から、移動体が通った軌跡は必ずしも設定経路とは一致しないことに注意されたい。
【0118】
5.4 実施例4−交差点通過時の移動体の挙動
図17は、図4に示したのと同じ2車線/1車線の交差点を通過する複数の移動体の挙動を説明する図である。ここでは、各移動体にそれぞれ運転者モデルと車両モデルが備えられていることにより、各移動体が周囲の状況を判断して自律的に移動することを説明する。
【0119】
図17の場面1〜4は、対向する2車両が交差点を通過する場面を時系列的に表したものである。各移動体の前方にある矢印は、それぞれの移動体の目標方位を表す。
【0120】
場面1では、移動体Bが交差点を左折している時に、移動体A及びEが交差点に接近している。Aは、Bによる見かけの通行困難度の影響を受けて目標方位を右方に変更して通行する。Eは経路上でBの影響を受けていないので、目標方位の変更はない。場面2になると、今度はAとEは相互に影響を受けるようになるので、さらに目標方位が変更され、それぞれがすれ違うように通行する。そして、場面3になると、A、Eとも相手の通行困難度による影響を受けなくなるので、元々の設定経路へ戻るように目標方位が変更され、最終的にはそれぞれの元の経路を走るようになる(場面4)。
【0121】
繰り返し述べるが、これらは場面毎のルールに基づいているのでなく、各移動体の運転者モデルが見かけの通行困難度を算出することによって実現されていることに注意されたい。
【0122】
【発明の効果】
本発明によれば、複数の移動体による道路交通の相互関係を模擬する道路交通シミュレーション装置において、各移動体が運転者の運転操作をモデル化した運転者モデルとその移動体の挙動をモデル化した車両運動モデルの組合せでそれぞれ構成されており、各移動体が別個にシミュレーション環境内を走行するので、詳細な車両挙動を表現することが可能になる。
【0123】
また、各移動体が、道路交通環境データベースに備えられた通行可能領域と通行困難領域とから算出された通行困難度を使用してそれぞれ自律的に通行するようにしたので、種々の交通場面に合わせたルールを逐一作成する必要がなくなる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施形態であるナノ交通シミュレータの概略ブロック図である。
【図2】シミュレーション部の概念的な構成図である。
【図3】道路交通シミュレーションにおける処理のフローチャートである。
【図4】道路交通環境データベース内の通行可能領域を説明する図である。
【図5】道路交通環境データベース内の通行困難領域を概念的に表示した図である。
【図6】運転者モデルにおける処理の概略ブロック図である。
【図7】経路追従方位生成処理を説明する図である。
【図8】経路追従速度生成処理のフローチャートである。
【図9】視野内通行困難領域抽出処理を説明する図である。
【図10】見かけの通行困難度分布の一例を示す図である。
【図11】目標方位決定処理のフローチャートである。
【図12】目標方位決定処理を説明する図である。
【図13】目標速度決定処理のフローチャートである
【図14】第1の実施例を説明する図である。
【図15】第2の実施例を説明する図である。
【図16】第3の実施例を説明する図である。
【図17】第4の実施例を説明する図である。
【符号の説明】
10 ナノ交通シミュレータ
12 制御部
14 シミュレーション部
16 表示部
18 ドライビングシミュレータ
20 道路交通環境データベース
30 移動体モデル
32 運転者モデル
34 車両運動モデル
70 経路追従処理部
78 通行困難領域認識処理部
84 操作目標生成処理部
90 車両操作処理部

Claims (11)

  1. 複数の移動体と道路交通環境とをコンピュータ上で表現し、前記移動体により発生する交通状況を模擬する道路交通シミュレーション装置において、
    前記移動体の各々は、仮想的な運転者による運転操作をモデル化した運転者モデルと、各移動体の物理的な挙動をモデル化した車両運動モデルの組合せである移動体モデルとで表現されており、前記移動体モデルは各々独立に前記コンピュータ上で表現された道路交通環境内を通行することを特徴とする、道路交通シミュレーション装置。
  2. 道路交通環境を表現するための道路交通環境データベースをさらに備え、該道路交通環境データベースは、移動体が自由に通行できる領域を表す通行可能領域データと、移動体の通行が不可能かまたは移動体の自由な通行を制限する通行困難領域を表す通行困難領域データとを含む、請求項1に記載の道路交通シミュレーション装置。
  3. 前記通行困難領域、交通規則または道路設備の稼働状況及び他の移動体が、移動体の通行しにくさを表す通行困難度で一元的に表現されていることを特徴とする請求項1に記載の道路交通シミュレーション装置。
  4. 前記通行困難度が各移動体モデルと通行困難領域との間の距離に応じた見かけの通行困難度に変換されることを特徴とする、請求項3に記載の道路交通シミュレーション装置。
  5. 前記運転者モデルは、前記見かけの通行困難度に従って、それぞれの移動体モデルの進行すべき速度と方位を自律的に決定することを特徴とする、請求項4に記載の道路交通シミュレーション装置。
  6. 前記運転者モデルは、前記決定された速度と方位を前記車両運動モデルへ与える運転操作量へ変換する処理を実行することを特徴とする、請求項5に記載の道路交通シミュレーション装置。
  7. 前記通行困難度が一定の規則に従って算出されることを特徴とする、請求項3に記載の道路交通シミュレーション装置。
  8. 前記車両運動モデルはドライビングシミュレータで用いることが可能な精度を有する自由度の高いモデルであることを特徴とする、請求項1に記載の道路交通シミュレーション装置。
  9. ドライビングシミュレータをさらに備え、該ドライビングシミュレータの操作者の運転操作に応じた入力を前記複数の移動体のうちの1つまたは複数の車両運動モデルに直接与えることを特徴とする、請求項8に記載の道路交通シミュレーション装置。
  10. 前記運転者モデルまたは前記車両挙動モデルの一方または両方の挙動を決定するパラメータが前記移動体モデル毎に異なることを特徴とする、請求項1ないし9の何れか一項に記載の道路交通シミュレーション装置。
  11. 複数の移動体と道路交通環境とをコンピュータ上で表現させ、前記移動体により発生する交通状況を模擬するように構成されている道路交通シミュレーションプログラムにおいて、
    前記移動体の各々は、仮想的な運転者による運転操作をモデル化した運転者モデルと、各移動体の物理的な挙動をモデル化した車両運動モデルの組合せである移動体モデルで表現されており、前記移動体モデルは各々独立に前記コンピュータ上で表現された道路交通環境内を通行することを特徴とする、道路交通シミュレーションプログラム。
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