JP2004154291A - 場の計測データ処理装置、場の計測方法 - Google Patents

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Abstract

【課題】脳磁場計測等においてその計測データのノイズを好適に低減せしめる方法を提供する。
【解決手段】脳の神経活動に伴い流れるイオン電流に起因して発生した磁場を複数の計測機会にわたり複数チャネルの場計測手段を用いて計測する計測ステップS1と、前記計測ステップで得た複数の計測機会における計測データを、一度の計測機会において相異なるチャネルにて計測したものと見なし、該計測データより前記所定の事象を規定するパラメータを線形逆問題を解くことで推定する逆問題推定ステップS2と、前記逆問題推定ステップで推定したパラメータより、所要のチャネルにて計測される磁場を線形順問題を解くことで推定する順問題推定ステップS3とを実施するものとした。
【選択図】図4

Description

【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明は、特に脳磁場計測への応用に好適な、場の計測方法に関する。
【0002】
【従来の技術】
脳内の神経細胞の電流(錐体細胞の樹状突起内を流れるイオン電流)が作る微小な脳磁場を、SQUID(超伝導量子干渉素子)磁束計センサにより頭皮の上から非侵襲で計測する脳磁計測装置(あるいは、脳磁計)が既知である(例えば、特許文献1を参照)。
【0003】
【特許文献1】特開2002−291713号公報
【0004】
【発明が解決しようとする課題】
脳磁計測装置は、脳活動の調査に関して高い時間分解能、空間分解能を期待できる点で秀でている。一方で、計測される信号のS/N比が10−1程度と極めて低いという本質的な課題がある。計測データのS/N比を改善する方法の一として、周波数フィルタを適用することが考えられる。だが、周波数フィルタを適用することが難しい場合も多々ある。一例を挙げると、被験者の手指に触覚刺激を与えることで誘発される一次応答の周波数は50Hz程度であり、触覚刺激誘発脳活動の推定は高時間分解能を誇る脳磁計測装置の格好の応用問題であるが、50Hz付近の周波数帯域におけるノイズの大きさは本来計測すべき信号のそれに匹敵する。このような場合、周波数フィルタリングによりノイズを除去することは不可能である。
【0005】
S/N比を改善する他の方法として、同一事象について多数回の計測を繰り返し実施し、得られた計測データを加算平均することも一般に行われている。このとき、S/N比の改善の度合いは加算回数の平方根に比例する。しかしながら、刺激に対する応答時間が長ければ、あるいは調査対象となる脳活動が高次になれば、繰り返し与える刺激の間隔を大きくせざるを得ない。さらに、計測の質を維持するためには、一度の計測機会における計測の時間を限定する必要がある。計測中は頭部の動き、まばたきや眼球の動き等のノイズの原因となる要素をできる限り減らし、なおかつ単調な刺激を繰り返すような実験の場合には被験者が眠らないようにするというように、被験者の疲労状態に注意しながら計測を行わなくてはならないからである。実験的に、一度の計測機会において被験者に与えることができる刺激の回数は刺激の間隔に反比例し、せいぜい10回程度である。よって、通常、ある条件下での脳活動を調査するために、複数の計測機会を設ける。ところが、計測が複数の機会にまたがると、被験者の頭部とセンサとの相対的な位置関係を厳密に同一に保つことは困難となる。そして、頭部に対するセンサの位置が異なるのであれば、複数の計測機会で得た計測データを単純に加算平均するわけにはいかなくなる。
【0006】
以上の問題に鑑み、本発明は、脳磁場計測等においてその計測データのノイズを好適に低減せしめる方法を提供しようとするものである。
【0007】
【課題を解決するための手段】
上述した課題を解決すべく、本発明では、所定の事象に起因して発生した場を複数の計測機会にわたり複数チャネルを有する場計測手段を用いて計測する計測ステップと、前記計測ステップで得た複数の計測機会における計測データを、一度の計測機会において相異なるチャネルにて計測したものと見なし、該計測データより前記所定の事象を規定するパラメータを線形逆問題を解くことで推定する逆問題推定ステップと、前記逆問題推定ステップで推定したパラメータより所要のチャネルにて計測される場を線形順問題を解くことで推定する順問題推定ステップとを実施するものとした。
【0008】
即ち、別々の機会に行った計測の結果を、同一チャネルにて計測したものとするのではなく、同じ計測機会においてチャネルを増やして計測したものと考えて扱う。その上で、これら計測データより所定の事象を規定するパラメータを推定する逆問題を解くことで一種のノイズフィルタリングを行い、ついで推定されたパラメータより所要のチャネルにて計測されるであろう場を推定する順問題を解くことで別々の計測機会における計測チャネルの差異を補間できるようにしたのである。このようなものであれば、計測データに混入するノイズを低減して所望の情報を適切に抽出することが可能となる。
【0009】
なお、ここに言う所定の事象とは、調査の対象となる現象をいい、該事象に起因して生じる場を計測した結果を基に推定、調査されるものである。上記例に当てはめて述べると、被験者に触覚刺激を与えることに対して誘発される脳活動が所定の事象に該当し、この脳活動で脳内を流れるイオン電流に起因して発生する脳磁場を計測する脳磁計測装置が場計測手段に該当する。場計測手段が脳磁場計測装置であるとき、被験者の頭皮の周囲に複数個配した磁束計センサのそれぞれが各計測チャネルを構成する。場とは、空間内に分布し、粒子間の相互作用においてそれを媒介する働きをする量を意味する。場の性質は、時間及び空間の関数である。場の例として、磁場、電場、重力場、音波の場、弾性体の応力テンソル等を挙げることができる。
【0010】
【発明の実施の形態】
以下、本発明の一実施形態を、図面を参照して説明する。本実施形態では、被験者の五感に訴えかけるような態様の刺激を与えることで誘発される脳活動や、被験者に高次脳機能を活用させるための何らかのタスク(例えば、視覚的注意、言語、視覚探査、運動学習、他)を課すことで誘発される脳活動等を調査対象とし、該脳活動の一環として脳内をイオン電流が流れることに伴い発生する脳磁場を計測することとしている。所定の事象、即ち調査対象となる脳活動に起因して発生する脳磁場を計測するシステムは、図1に示すように、脳磁場を被験者の頭皮の上から計測する場計測手段たる脳磁場計測装置1と、脳磁場計測装置1が計測したデータを処理するためのコンピュータ2とを内包してなる。
【0011】
脳磁場計測装置1は、例えば、被験者の頭部の周囲に配置される複数個のSQUID磁束計センサ及びSQUIDを液体ヘリウム若しくは液体窒素等を用いて冷却するためのクライオスタット1a、SQUID磁束計センサを駆動する駆動回路1b、SQUID磁束計センサを介して受け取った信号を処理するためのアンプ、フィルタやD/Aコンバータを包含する信号処理回路1c、等を構成要素とする既知のものである。そして、複数個のSQUID磁束計センサを複数の計測チャネルとし、その各々の配置位置における磁場を計測することが可能となっている。
【0012】
コンピュータ2は、例えば、図2に示すように、プロセッサ2a、メインメモリ2b、ハードディスクドライブに代表される補助記憶装置2c、外部と情報の授受を行うための通信インタフェース2d、等のハードウェア資源を有する。通信インタフェースは、NIC(Network Interface Card)、モデム、RS−232C、USB、IEEE1394、その他を包含する。通常、プロセッサ2aによって実行されるべきプログラムが補助記憶装置2cに格納されており、プログラムの実行の際には補助記憶装置2cからメインメモリ2bに読み込まれ、プロセッサ2aによって解読される。そして、該プログラムに従い上記のハードウェア資源を作動して、図3に示す計測データ取得手段21、逆問題推定手段22、順問題推定手段23としての機能を発揮する、場の計測データ処理装置としての役割を担う。
【0013】
計測データ取得手段21は、被験者の脳活動に起因して発生した脳磁場を複数の計測機会にわたって計測することで得られる計測データを取得する。通常、コンピュータ2は通信インタフェースを介して脳磁計測装置と通信可能に接続している。よって、計測データ取得手段21は、通信インタフェースの機能を利用して脳磁計測装置より計測データを取得する。取得した計測データは、メインメモリ若しくは補助記憶装置の所要の記憶領域に格納される。但し、計測データ取得手段21が、フレキシブルディスク、光ディスクその他の記録媒体に書き込まれた計測データを読みとるという態様で計測データを取得するものであることを妨げない。
【0014】
逆問題推定手段22は、ソフトウェアを主体として構成され、計測データ取得手段21が取得した計測データより被験者の脳活動を規定するパラメータを線形逆問題を解くことで推定する。このとき、同一事象に起因する脳磁場を複数の計測機会にわたって計測した計測データを、一度の計測機会において計測した相異なるチャネルでの計測データと見なして、線形逆問題を解く。本実施形態において、脳活動を規定するパラメータとは、脳活動により脳内を流れるイオン電流の分布を表す電流ダイポールを規定するパラメータのことである。詳しくは、後述する。
【0015】
順問題推定手段23は、ソフトウェアを主体として構成され、前記逆問題推定が推定したパラメータより所要のチャネルにて計測される場を線形順問題を解くことで推定する。ここに言う所要のチャネルは、現に存在する脳磁場計測装置1の磁束計センサの計測チャネルであってもよく、実際には存在しない仮想的なチャネルであってもよい。詳しくは、後述する。
【0016】
上記のシステムにおいて実行される処理の手順を、図4のフローチャートに示す。まず、脳磁計測装置が、複数の計測チャネルにて、被験者の脳活動に起因して発生した脳磁場を計測する計測ステップS1を実施する。脳磁場の計測は、複数の計測機会にわたって行われる。因みに、計測機会の度に、被験者の頭部と磁束計センサとの相対的な位置関係についてのキャリブレーションを行う必要がある。該キャリブレーションにおいて、被験者の頭部に複数のコイルを貼付し、これらコイルに電流を流して、生じる磁場を計測することによりセンサ座標系でのコイルの座標を得る。また、頭部座標系を決定するインデックスポイント(LPA、RPA、NASION)と頭部に貼付したコイルの位置とを3次元デジタイザで計測して、頭部座標系でのコイルの座標を得る。そして、各コイルの、二つの座標系での座標値を最適に一致させる変換を求め、この変換を用いることで頭部座標系でのセンサの座標が決定される。なお、それぞれの計測機会においても、複数回の計測を繰り返し実施して、各チャネル毎に計測データを加算平均することが望ましい。得られた計測データは、計測機会の都度コンピュータ2に送信される。そして、逆問題推定手段22が、前記計測ステップS1で得た複数の計測機会における計測データを、一度の計測機会における相異なるチャネルにて計測したものと見なし、該計測データより脳活動を規定するパラメータを線形逆問題を解くことで推定する逆問題推定ステップS2を実施する。そして、順問題推定手段23が、前記逆問題推定ステップで推定したパラメータより所要のチャネルにて計測される場を線形順問題を解くことで推定する順問題推定ステップS3を実施する。
【0017】
以降、逆問題推定ステップS2並びに順問題推定ステップS3の内容に関して詳述する。ここで述べる手法は、所定の事象に起因する場の計測を複数の計測機会にわたって行う場合において、別々の計測機会で計測チャネルに差異が生じることを踏まえた上で、平均的な計測チャネルの条件下で計測されるであろう場の分布の計測結果を高いS/N比で獲得するものである。そして、別々の機会に行った計測の結果を、同一チャネルにて計測したものとするのではなく、同じ計測機会においてチャネルを増やして計測したものとして扱い、各計測機会におけるノイズに汚染され矛盾した計測データから、特異値分解による一般化逆行列の性質を応用して妥当な信号成分を取り出そうというものである。
【0018】
前提として、被験者の頭部をコンダクタンスが均一な球体であると仮定する。また、脳活動により惹起される脳内の神経細胞の電流を、頭部内に仮想的に配置した仮想信号源により近似する。仮想信号源は、解法の分解能に鑑み、例えば隣接距離3cm前後の細密充填格子状に配置するものとし、このとき仮想信号源の数は100個程度となる。なお、仮想信号源の存在領域は、被験者の頭皮のデジタイズデータを基に定めるとともに、近似球の中心から3cm以内の領域は除外した。これらの前提より、近似球の中心から動径方向への電流ダイポールは不定である。近似球の中心は、キャリブレーション時にインデックスポイントと被験者に貼付したコイルの位置とを計測した際の頭皮のデジタイズデータを基に、最急降下法により求めた。
【0019】
i番目の計測チャネルのセンサ信号をf(T)、j番目の信号源の電流ダイポール成分をdjx、djy、djz(Am)、j番目の信号源の位置にある各成分の単位電流ダイポールあたりのi番目のセンサ信号をaijx、aijy、aijz(T/Am)、信号源の数をnとおく。計測される磁場は各信号源のそれぞれの成分が作る磁場の和であることから、下式(数1)が成立する。
【0020】
【数1】
Figure 2004154291
【0021】
ijは、信号源の位置、センサ配置(センサの座標及び方向)並びに近似球中心座標により決まる。これより、添字1x、1y、1z、2x、…を、1、2、3、4、…と置き換える。チャネル数(本実施形態では、センサの数と同義)をmとおき、f、d、δの列ベクトルをそれぞれF、D、Δとおくと、式(数2)、(数3)、(数4)が成立する。
【0022】
【数2】
Figure 2004154291
【0023】
【数3】
Figure 2004154291
【0024】
【数4】
Figure 2004154291
【0025】
式(数4)において、σはi番目のチャネルの(調査対象である脳活動によらない、言い換えるならば被験者に刺激を与える前の)センサノイズのrms(root mean square;平方自乗平均)である。
【0026】
例として、148チャネル全頭型脳磁計測装置を使用し10度の計測機会を設けたとするならば、チャネル数m=148×10=1480と見なすことができる。他方、計測磁場を説明するために用いる仮想信号源の数n=100程度とする。また、均一コンダクタンス球とする近似により行列Lを定めたため、1個の仮想信号源について独立な座標は2である。従って、m>2nであり、式(数2)によるベクトルDの推定は優決定逆問題となる。与えられた行列L、計測磁場ベクトルF並びに対角行列Σ から、|Σ Δ|を最小にするベクトルDを推定する。誤差の評価関数として|Σ Δ|を用いるのは、各チャネルにおけるノイズの相違、各計測機会での計測データの加算平均回数の相違を反映させるためである。
【0027】
上記の逆問題は、次のようにして解くことができる。F、L、ΔにΣ−1の重みをかけたものをそれぞれF、L、Δとする。さらに、Lの後列に0ベクトルを補いm×m正方行列に拡張したものをLとする。また、Dをm次元ベクトルに拡張して、Dとする。結果、上式(数1)は下式(数5)と等価となる。
【0028】
【数5】
Figure 2004154291
【0029】
いま、行列Lの特異値分解をUeTとおく。Lが正方行列であるので、U、VeTはともに正規直交行列である。Wは対角要素が非負の対角行列である。行列Lの階数は2nであるからLは明らかに特異であり、Wの対角要素のうち(m−2n)個の要素が0となる。Wの対角要素のうち0のものをそのまま0、0でないものを逆数とした対角行列をWe−とおく。式(数5)の解ベクトルとして、D +Dをとる。但し、ベクトルDは任意であり、かつD +Dについて下式(数6)が成立する。
【0030】
【数6】
Figure 2004154291
【0031】
このとき、残差rは下式(数7)のようになる。
【0032】
【数7】
Figure 2004154291
【0033】
しかして、ベクトルFを式(数8)とすれば、残差rは式(数9)に示すものとなる。
【0034】
【数8】
Figure 2004154291
【0035】
【数9】
Figure 2004154291
【0036】
上式(数9)において、1行目から2行目、及び3行目から4行目へは、行列Uの行ベクトルに関する正規直交性を要し、拡張による正方化によって保証される。
【0037】
式(数2)より式(数10)が成立するから、残差rは式(数11)に示すものとなる。
【0038】
【数10】
Figure 2004154291
【0039】
【数11】
Figure 2004154291
【0040】
二つの対角行列W ―EとWとは、対応する要素の何れかが0であるため、式(数11)の右辺の第1項、第2項は直交する。故に、ベクトルD=0であるときに残差rが最小となる。よって、誤差自乗和を最小とする解は、下式(数12)で与えられることとなる。
【0041】
【数12】
Figure 2004154291
【0042】
行列Lの特異値分解であるUwTは、UeTの部分行列でもある。行列Uの拡張部分は正規化された直交ベクトルで埋められる。Wの拡張部分はすべて0、VeTの拡張部分は対角成分のみ1である。これらの関係は、特異値分解の「一意性」より導かれる。であるから、誤差自乗和を最小にする解ベクトルDはUwTを用いて下式(数13)のように表すことができる。
【0043】
【数13】
Figure 2004154291
【0044】
ここに、Ww−はWe−と同様にしてなる対角行列である。推定される解ベクトルDは、別々の計測機会における計測で得られる、互いに矛盾した全ての計測データからの誤差を最小にする仮想信号源の電流ダイポールを規定するものである。
【0045】
実際の推定においては、次に述べる「小さい特異値を捨てる」処理が必要となる。式(数13)より、下式(数14)が成立する。
【0046】
【数14】
Figure 2004154291
【0047】
仮想信号源の数n=100程度としたとき、行列Wの対角要素(特異値)のうち最小のものと最大のものとの比、即ち条件数は大きい。VwTは信号源電流ダイポールの、UwTは計測磁場の直交基底である。特異値分解は、変換後の座標が互いに対応するような最適の正規直交基底を求めるアルゴリズムである。Ww−はその等価比を表している。条件数が大きい場合、独立なパラメータ数に相当する特異値全てをそのまま用いると、解は非常に大きなベクトルとなる。極端に小さい特異値の場合、ノイズを含む計測値について、そのノイズも拡大してしまう。そこで、ある値以下の特異値に対応するWw−の成分を(Wにおける対応する対角要素の逆数ではなく)0とする。この処理により、計測磁場分布の説明率は誤差最小率より下がる。上記のように、逆問題推定では特異値選択という恣意性が紛れ込むことは避けられず、その選択の解への影響も非常に大きい。
【0048】
特異値が小さい場合、対応する計測磁場の座標の変動が、対応する解の変換後の座標の変動に大きく影響する(式(数14)にて、右辺から左辺への変換)。即ち、磁場の計測結果より信号源電流ダイポールを推定する逆問題を解こうとするときには、特異値選択の影響が大きい。逆に、信号源電流ダイポールの推定結果より計測磁場を推定する順問題を解こうとするときには、信号源に含まれるノイズが磁場の推定へ与える影響は小さい(式(数14)にて、左辺から右辺への変換)。以上の議論は、たとえ逆問題推定による電流ダイポール解への影響が大きくとも、順問題推定による磁場分布推定への影響は小さいということを意味する。いま追究されるべきは、電流ダイポールパラメータDではなく、ノイズを低減した磁場分布である。従って、逆問題推定の過程においてノイズに鋭敏な座標を落とすという特異値分解の機能を利用してノイズフィルタリングを構成し、しかる後に行う順問題推定の過程において現に存在する計測チャネル以外のチャネルにて計測されるであろう場を推定することで、S/N比の改善と計測チャネルの補間とを実現できることとなる。
【0049】
仮想信号源の数と特異値の選択により、磁場変動の空間周波数のカットオフ周波数も決定される。適当な特異点のセットを選択するには、例えば、特異値の大きさの順に、利用する(捨てない)特異値の個数を1〜2nの間で順次変化させた全ての場合について、関心時間領域における電流ダイポール解のベクトル和、自乗和、及び磁場の計測値との相関係数、GOF(数15)の平均を計算する。
【0050】
【数15】
Figure 2004154291
【0051】
相関係数、GOFの改善を伴わない解の自乗和の急激な上昇は、不要なノイズに相当するコンポーネントと考えられる。ベクトル和の上昇を伴わない自乗和の急激な上昇は、信号源が互いに相殺する大きな電流ダイポール解となっていることを意味する。これらは、解として不適当である。よって、上記の電流ダイポール解のベクトル和その他の算定値の特異値の個数に対する変化を参考にして、適当な特異値のセットを選択することが好ましい。
【0052】
総じて言えば、逆問題推定ステップS2にて、特異値分解に基づく式(数13)より複数の仮想信号源電流ダイポールを推定(マルチダイポール推定)し、順問題推定ステップS3にて、電流ダイポール解が作る、所要のチャネルで計測される磁場を推定する。ここに言う所要のチャネルとして、例えば、複数の計測機会における磁束計センサ配置の平均からのずれのrmsが最小となるようなセンサ配置を標準センサ配置として、該標準センサ配置を電流ダイポール解から計測磁場への変換先となる計測チャネルとする。
【0053】
本実施形態で述べた方法では、逆問題推定における特異値選択の問題を包含しているが、最終的に推定するものは磁場分布であって、式(数14)に示しているように値の小さい特異値の取捨選択による磁場の推定結果への影響は比較的軽微である。本実施形態では、劣決定条件(即ち、2n>m)としなかった。これは、劣決定条件下での特異値分解を利用した推定はあくまで解の最小自乗解をもたらすもので、解の自乗和は評価関数として自明ではないことによる。しかし、磁場変動の空間カットオフ周波数に影響を与えるもののうち信号源密度を事実上落とせることとなり、特異値選択のみがノイズフィルタの仕様を決定するという面では有利であるといえる。
【0054】
別々の計測機会における計測を、一度の計測機会において同一場を相異なるチャネルにて計測したものと見なす、という点が本発明の最大の特徴である。同じ脳活動について多数回の計測を繰り返し実施して得られた計測データを加算平均するようにしても、一回一回の計測の際に起こっている脳活動は完全に同一ではないのであるから、本発明の方法にそれ以上の問題は存在しない。むしろ、実験において制御しない要素に影響される信号変化をノイズと見なし、制御する要素即ち被験者に与える刺激、タスク等に対する応答を抽出するという目的からすれば、複数の計測機会を設け計測に間隔をおくことで被験者のその時の体調、習熟度、その他の計測データに含まれる影響をノイズとして除去することが可能となり、しかも磁束計センサの配置が面状でなく3次元的になるという効果を奏し得る。
【0055】
脳の複数の部位が活動する時間領域を対象として脳磁場計測による研究を行おうとするとき、逆問題推定の蔵する困難な問題に突き当たる。不可知電流ダイポール成分の存在、解の一意性、推定に用いる評価関数の妥当性、評価関数の基準設定の任意性等の何れも、解析結果を左右する本質的な問題である。結局、これらの問題に抵触しない研究対象を選ばざるを得ない。いわゆるブレインノイズとは、計測装置自体のノイズを一桁上回る、複雑かつ広範な脳活動の信号である。ノイズを含む計測データから同期成分をどれくらいのS/N比で検出できるかは、上述した問題に抵触する程度を左右する。成分分析、空間フィルタ等の信号の変動分の相関(共分散)を基に脳活動を推定する解析では、脳波に相当する磁場変動がチャネル間で大きな相関を持つ変動として残り、特に大きな影響を及ぼす。本発明の方法は簡便にノイズを低減させることができるものであり、脳磁場計測を利用する研究領域の拡大に資するものである、
なお、本発明は以上に詳述した実施形態に限られるものではない。例えば、脳の活動部位に関してfMRI(functional Magnetic Resonance Imaging)等を使用した計測により得た情報を用いるとき、上記実施形態で示した逆問題推定の際の手法がそのまま適用できることは言うまでもない。
【0056】
その他各部の具体的構成は上記実施形態には限られず、本発明の趣旨を逸脱しない範囲で種々変形が可能である。
【0057】
【発明の効果】
以上に詳述した本発明によれば、脳磁場計測等においてその計測データのS/N比を好適に低減することが可能となる。
【図面の簡単な説明】
【図1】本発明の一実施形態における場の計測システムの構成を示す図
【図2】同実施形態における場の計測データ処理装置が有するハードウェア資源の内容を示す図
【図3】場の計測データ処理装置の機能ブロック図
【図4】同実施形態における処理の手順を示すフローチャート
【符号の説明】
1…場計測手段(脳磁場計測装置)
2…場の計測データ処理装置(コンピュータ)
21…計測データ取得手段
22…逆問題推定手段
23…順問題推定手段

Claims (3)

  1. 所定の事象に起因して発生した場を、複数チャネルを有する場計測手段を用い、複数の計測機会にわたって計測することで得られる計測データを取得する計測データ取得手段と、
    前記計測データ取得手段が取得した複数の計測機会における計測データを、一度の計測機会において相異なるチャネルにて計測したものと見なし、該計測データより前記所定の事象を規定するパラメータを線形逆問題を解くことで推定する逆問題推定手段と、
    前記逆問題推定が推定したパラメータより所要のチャネルにて計測される場を線形順問題を解くことで推定する順問題推定手段と
    を具備する場の計測データ処理装置。
  2. 請求項1記載の場の計測データ処理装置を構成するためのものであって、コンピュータを、
    所定の事象に起因して発生した場を、複数チャネルを有する場計測手段を用い、複数の計測機会にわたって計測することで得られる計測データを取得する計測データ取得手段、
    前記計測データ取得手段が取得した複数の計測機会における計測データを、一度の計測機会において相異なるチャネルにて計測したものと見なし、該計測データより前記所定の事象を規定するパラメータを線形逆問題を解くことで推定する逆問題推定手段、及び、
    前記逆問題推定が推定したパラメータより所要のチャネルにて計測される場を線形順問題を解くことで推定する順問題推定手段
    として機能させるためのプログラム。
  3. 複数チャネルを有する場計測手段が、所定の事象に起因して発生した場を複数の計測機会にわたって計測する計測ステップと、
    逆問題推定手段が、前記計測ステップで得た複数の計測機会における計測データを一度の計測機会において相異なるチャネルにて計測したものと見なし、該計測データより前記所定の事象を規定するパラメータを線形逆問題を解くことで推定する逆問題推定ステップと、
    順問題推定手段が、前記逆問題推定ステップで推定したパラメータより所要のチャネルにて計測される場を線形順問題を解くことで推定する順問題推定ステップと
    を具備する場の計測方法。
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