JP2004149976A - ポリベンザゾール短繊維 - Google Patents
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Abstract
【課題】高温かつ高湿度下に長時間暴露された場合であっても強度を充分に維持することができる耐久性に優れるポリベンザゾールからなる短繊維を提供すること。
【解決手段】p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物などの温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が75%以上の塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいるポリベンザゾールからなる短繊維。
【選択図】図4
【解決手段】p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物などの温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が75%以上の塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいるポリベンザゾールからなる短繊維。
【選択図】図4
Description
【0001】
【発明の属する技術分野】
本発明はポリベンゾオキサゾールもしくはポリベンゾチアゾールまたはこれらのコポリマーから構成されるポリベンザゾール短繊維に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
高強度、高耐熱性を有する繊維として、ポリベンゾオキサゾールもしくはポリベンゾチアゾールまたはこれらのコポリマーから構成されるポリベンザゾール繊維が知られている。
【0003】
通常、ポリベンザゾール短繊維は、上記ポリマーやコポリマーと酸溶媒を含むドープを紡糸口金より押し出した後、凝固性流体(水、または水と無機酸の混合液)中に浸漬して凝固させ、さらに水洗浴中で徹底的に洗浄し大部分の溶媒を除去した後、水酸化ナトリウム等の無機塩基の水溶液槽を通り、糸中に抽出されずに残っている酸を中和した後、乾燥させその後定長に切断することによって得られる。
【0004】
この様にして製造されるポリベンザゾール短繊維は上記に記載した通り、強度などの力学特性に優れ、かつ耐熱性も高いため、幅広い分野で使用されているが、近年、さらに性能の向上が望まれており、特に、高温かつ高湿度下に長時間暴露された場合であっても強度を充分に維持することができるポリベンザゾール短繊維が強く望まれている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
そこで、本発明は上記事情に着目してなされたものであり、その目的は、高温かつ高湿度下に長時間暴露されることによる強度低下の小さいポリベンザゾール短繊維を提供せんとすることである。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、塩基性有機化合物、なかでも、p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物から選択される塩基性有機化合物を、モノマーあるいはその縮合物の形で糸中に付与することで、高温かつ高湿度下に長時間暴露された場合であっても強度低下が起こりにくくなることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、下記の構成からなる。
1.温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上のポリベンザゾール短繊維。
2.繊維中に塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいる上記1記載のポリベンザゾール短繊維。
3.繊維中にp−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物から選択される塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいる上記1記載のポリベンザゾール短繊維。
4.X線子午線回折半値幅因子が0.3゜/GPa以下である上記3記載のポリベンザゾール短繊維。
5.分子配向変化による弾性率減分Erが30GPa以下である請求項3記載のポリベンザゾール短繊維。
6.繊維の破断強度が1GPa以上である上記1記載のポリベンザゾール短繊維。
以下、本発明を詳述する。
【0008】
本発明の係るポリベンザゾール繊維とは、ポリベンザゾールポリマーよりなる繊維をいい、ポリベンザゾール(以下、PBZともいう)とは、ポリベンゾオキサゾール(以下、PBOともいう)ホモポリマー、ポリベンゾチアゾール(以下、PBTともいう)ホモポリマーおよびPBOとPBTのランダム、シーケンシャルあるいはブロック共重合ポリマー等をいう。
【0009】
PBZポリマーに含まれる構造単位としては、好ましくはライオトロピック液晶ポリマーから選択される。当該ポリマーは構造式 (a)〜(f)に記載されているモノマー単位から成る。
【0010】
【化1】
【0011】
ポリベンザゾール繊維は、PBZポリマーを含有するドープより製造されるが、当該ドープを調製するための好適な溶媒としては、クレゾールやそのポリマーを溶解しうる非酸化性の酸が挙げられる。好適な非酸化性の酸の例としては、ポリリン酸、メタンスルホン酸および高濃度の硫酸あるいはそれらの混合物が挙げられる。中でもポリリン酸及びメタンスルホン酸、特にポリリン酸が好適である。
【0012】
ドープ中のポリマー濃度は好ましくは少なくとも約7重量%であり、より好ましくは少なくとも10重量%、特に好ましくは少なくとも14重量%である。最大濃度は、例えばポリマーの溶解性やドープ粘度といった実際上の取り扱い性により限定される。それらの限界要因のために、ポリマー濃度は通常では20重量%を越えることはない。
【0013】
本発明において、好適なポリマーまたはコポリマーとドープは公知の方法で合成される。例えばWolfeらの米国特許第4,533,693号明細書(1985.8.6)、Sybertらの米国特許第4,772,678号明細書(1988.9.22)、Harrisの米国特許第4,847,350号明細書(1989.7.11)またはGregoryらの米国特許第5,089,591号明細書(1992.2.18)に記載されている。要約すると、好適なモノマーは非酸化性で脱水性の酸溶液中、非酸化性雰囲気で高速撹拌及び高剪断条件のもと約60℃から230℃までの段階的または任意の昇温速度で温度を上げることで反応させられる。
【0014】
このようにして得られるドープを紡糸口金から押し出し、空間で引き伸ばしてフィラメントに形成される。好適な製造法は先に述べた参考文献や米国特許第5,034,250号明細書に記載されている。紡糸口金を出たドープは紡糸口金と洗浄バス間の空間に入る。この空間は一般にエアギャップと呼ばれているが、空気である必要はない。この空間は、溶媒を除去すること無く、かつ、ドープと反応しない溶媒で満たされている必要があり、例えば空気、窒素、アルゴン、ヘリウム、二酸化炭素等が挙げられる。
【0015】
紡糸後のフィラメントは、過度の延伸を避けるために洗浄され溶媒の一部が除去される。そして、更に洗浄され、適宜水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化カリウム等の無機塩基で中和され、ほとんどの溶媒は除去される。ここでいう洗浄とは、ポリベンザゾールポリマーを溶解している鉱酸に対し相溶性であり、ポリベンザゾールポリマーに対して溶媒とならない液体に繊維またはフィラメントを接触させ、ドープから酸溶媒を除去することである。鉱酸とは、メタンスルフォン酸またはポリリン酸である。好適な洗浄液体としては、水や水と酸溶媒との混合物がある。フィラメントは、好ましくは残留鉱酸金属原子濃度が重量で8000ppm以下、更に好ましくは5000ppm以下に洗浄される。繊維中に残留する無機塩基と鉱酸の化学量論比が0.9〜1.6であることが望ましい。その後、フィラメントは乾燥、熱処理等が必要に応じて行われる。さらに、必要に応じて押し込み方式のクリンパー等により捲縮が付与される。その後、例えば一対の対面するローターに形成したスリット間に切断刃を放射状に設置したロータリーカッターを用いるといった公知である手法を用いることにより定長に切断することで短繊維が得られる。繊維長については特に制限はされないが、100mm〜0.05mmが好ましく、さらに好ましくは70mm〜0.5mmである。
【0016】
本発明に係るポリベンザゾール短繊維の第一の特徴は、繊維中に塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいることであり、これにより、温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上を達成できる。ここでいう塩基性有機化合物とは、例えば芳香族アミンのように塩基性を示す有機化合物であれば特に限定されることはなく、1−ナフチルアミン−4−スルフォン酸ナトリウム、1−アミノナフタレン、1,5−ジアミノナフタレン、β−フェニルエチルアミン、p−フェニレンジアミン、o−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、重炭酸アミノグアニジン、1,3−ビス(2−ベンゾチアゾリル)グアニジン、1,3−ジフェニルグアニジン、1,3−ジ(o−トルイル)グアニジン、1,2,3−トリフェニルグアニジン、2−(2−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)ベンゾトリアゾール、3−アミノ−1,2,4−トリアゾール、2−[2−ヒドロキシ−3−(3,4,5,6−テトラヒドロフタルイミドーメチル)−5−メチルフェニル]ベンゾトリアゾール、2−(3,5−ジ−tert−ブチル−2−ヒドロキシフェニル)ベンゾトリアゾール、キナゾリン−2,4−ジオン、ピペラジン、アニリン、o−ヒドロキシアニリン、o−フェノキシアニリン、p−ヒドロキシアニリン、ピリジン、キノリン、イソシアヌル酸等があげられる。
【0017】
塩基性有機化合物を付与する場合、糸中の水分率が20%以下になる履歴を一度も与えることなしに塩基性有機化合物を付与することが好ましい。糸中の水分率が20%以下になる履歴を一度でも与えてしまうと、繊維表面の細孔が細くなり、繊維表面が緻密になってしまうため、塩基性有機化合物を糸内部まで付与することが難しくなる。具体的な付与方法としては、製造工程において紡糸口金からドープを押し出した後から乾燥するまでの間でガイドオイリング方式、シャワリング方式、ディップ方式などで付与する方法、あるいは、糸を乾燥させずに巻き取って、塩基性有機化合物の溶液に浸漬して付与する方法などが挙げられるが、高温かつ高湿度下に長時間暴露した後の強度保持率を維持するためには、糸を乾燥させずに巻き取って、塩基性有機化合物の溶液に長時間浸漬して付与することが好ましい。
【0018】
本発明に係るポリベンザゾール短繊維の第二の特徴は、繊維中にp−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物から選択される塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいることであり、これにより、温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上、好ましくは90%以上を達成できる。他の塩基性有機化合物でも高温かつ高湿度下に長時間暴露されることによる強度低下を抑制する効果はあるが、中でもフェニレンジアミンが、その効果が大きい。フェニレンジアミンの付与量は10%以下、好ましくは8%以下、更に好ましくは2〜6%であることが好ましい。10%を超えるとフェニレンジアミン付与量の増加によるフィラメント繊度の増加で初期の糸強度が低くなるため好ましくない。
【0019】
フェニレンジアミンを付与する場合も、上記に述べた塩基性化合物を付与する場合と同様、糸中の水分率が20%以下になる履歴を一度も与えることなしに付与することが好ましい。糸中の水分率が20%以下になる履歴を一度でも与えてしまうと、繊維表面の細孔が細くなり、繊維表面が緻密になってしまうため、フェニレンジアミンを糸内部まで付与することが難しくなる。具体的な付与方法として、紡糸口金からドープを押し出した後から乾燥するまでの間でガイドオイリング方式、シャワリング方式、ディップ方式により付与する方法、あるいは、糸を乾燥させずに巻き取って、フェニレンジアミン水溶液に浸漬して付与する方法などが挙げられるが、高温かつ高湿度下に長時間暴露した後の強度保持率を維持するためには、糸を乾燥させずに巻き取って、フェニレンジアミン水溶液に長時間浸漬して付与することが好ましく、さらに好ましくはチーズ染色方式により長時間処理を行い、フェニレンジアミンを糸内部に十分に付与するのが良い。
【0020】
p−フェニレンジアミンとm−フェニレンジアミンの配合比はp−フェニレンジアミン:m−フェニレンジアミン=4:6〜0:10であること、すなわちp−フェニレンジアミンに対してm−フェニレンジアミンの方が多いことが好ましい。p−フェニレンジアミンはm−フェニレンジアミンと比較して水中での酸化縮合が格段に進みやすく水中ですぐに縮合度が上がってしまうため、フェニレンジアミン縮合物が繊維内部のボイド中に入りにくくなり、ボイド中をフェニレンジアミン縮合物で十分に満たし安定化させることが困難になり、その結果、温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上を達成することが困難となる場合がある。m−フェニレンジアミンの酸化縮合が進みにくい性質を利用して、p−フェニレンジアミンに対してm−フェニレンジアミンを多く配合することでボイド中にフェニレンジアミン縮合物を安定的に付与することが可能となる。ただし、m−フェニレンジアミンのみでは酸化縮合が進みにくく、付与処理に非常に長時間必要となり生産性が悪くなるため、あまり好ましくない。酸化縮合を進めるために高温で処理する方法も挙げられるが、処理時に糸強度の低下を招くことがあるため、あまり好ましくない。従って、さらに好ましくは、p−フェニレンジアミン:m−フェニレンジアミン=3:7〜1:9である。
【0021】
本発明に係るポリベンザゾール短繊維の第三の特徴は、X線子午線回折半値幅因子が0.3゜/GPa以下、分子配向変化による弾性率減分Erが30GPa以下であることである。ポリベンザゾール繊維は上記に述べたようにドープから溶媒を除去することにより製造されるためボイドの発生が不可避であり、繊維中にボイド由来の欠陥構造が存在する。そのため、繊維が破断に至る過程でこの欠陥部分に応力集中が起こり、性能が十分に発揮できず破断してしまう。該破断について少し説明を加える。繊維中にボイドが存在すると、変形を加えたときにボイド自体が変形の変化しろの役目を果たす。そのためボイドの存在は結晶の回転やせん断方向への変形を助長する。この変化がある限界を超えたとき、繊維の破断に至るのである。今回この問題を解決する方法も鋭意検討した結果、繊維中に含んでいるp−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物から選択される塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物がボイドを埋める補強効果により繊維構造内部の欠陥構造を低減させることができた。該効果はX線子午線回折半値幅因子や分子配向変化による弾性率減分Erとして表現できることも鋭意検討の結果判明した。
【0022】
繊維内部における塩基性有機化合物の化学的な作用については明確には分かっていない。単純に、塩基性有機化合物のモノマーあるいは縮合体がポリベンザゾール繊維中のミクロボイド間に満たされているため、高温かつ高湿度下に長時間暴露されても外からの水蒸気がPBZ分子に到達しにくくなり強度低下が起こりにくくなるのか、あるいは、ポリベンザゾール繊維中に残留している鉱酸あるいはその縮合物が水分により解離して放出した水素イオンを塩基性物質が捕捉して系内を中性化することにより強度低下を抑制しているのか、あるいは、共役長の長い塩基性有機化合物の縮合体が何らかの理由により繊維中で発生したラジカルを捕捉して系内を安定化させることにより強度低下を抑制しているのか、などが推定されるが、本発明はこの考察に拘束されるものではない。
【0023】
このようにして得られたポリベンザゾール短繊維は、温度80℃相対湿度80%雰囲気下といった高温高湿の環境下でも700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上、好ましくは90%といった耐久性に優れたものとなる。また得られた繊維の破断強度は1GPa以上、好ましくは2.75GPa以上、更に好ましくは4.10GPa以上といった優れた強度のものとなる。
【0024】
得られたポリベンザゾール短繊維は広範にわたる用途に使用され、用途によっては例えば紡績加工、フェルト加工等の様々な加工が施されたのちに、ケーブル、ロープ等の緊張材、手袋等の耐切創用部材、消防服、耐熱フェルト、プラント用ガスケット、耐熱織物、各種シーリング、耐熱クッション、フィルター、等の耐熱耐炎部材、アバンスベルト、クラッチファーシング等の耐摩擦材、各種建築材料用補強剤及びその他ライダースーツ、スピーカーコーン等広範にわたる用途に使用されるが、これらに限定されない。
【0025】
【実施例】
以下に実例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明はもとより下記の実施例によって制限を受けるものではなく、前後記の主旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術範囲に含まれる。
【0026】
(高温かつ高湿度下における強度低下の評価方法)
高温かつ高湿度下における強度低下の評価は、恒温恒湿器中で高温かつ高湿度保管処理した後、標準状態(温度:20±2℃、相対湿度65±2%)の試験室内に取り出し、30分以内に引張試験を実施し、処理前の強度に対する処理後の強度保持率で評価を行った。なお、高温高湿度下での保管試験にはヤマト科学社製Humidic Chamber 1G43Mを使用し、恒温恒湿器中に光が入らないよう完全に遮光して、80℃、相対湿度80%の条件下にて700時間処理を実施した。
【0027】
強度保持率は、高温高湿度保管前後の引張強度を測定し、高温高湿度保管試験後の引張強度を高温高湿度保管試験前の引張強度で割って100を掛けて求めた。なお、引張強度の測定は、JIS−L1015に準じて引張試験機(島津製作所製、型式AG−50KNG)にて測定した。
【0028】
(フィラメント中の残留リン酸濃度、ナトリウム濃度の評価方法)
フィラメント中の残留リン濃度は、試料をペレット状に固めて蛍光X線測定装置(フィリップスPW1404/DY685)を用いて測定し、ナトリウム濃度は中性子活性化分析法で測定した。
【0029】
水分率は、乾燥前重量:W0(g)、乾燥後重量:W1(g)から、下記の計算式に従って算出した。なお、乾燥は200℃1時間の条件で実施した。
(式)水分率(%)=(W0−W1)/W1×100
【0030】
(X線半値幅因子Hwsの測定方法)
短繊維状にカットする前の試料を用い図1の様な繊維に張力を付与する装置を作成し、リガク製ゴニオメーター(Ru−200X線発生機, RAD−rAシステム)にのせ、(0010)回折線幅の応力依存性を測定した。出力40kV×100mAで運転し、銅回転ターゲットからCuKα線を発生させた。
回折強度はフジフィルム社製イメージングプレート(フジフィルム FDL UR−V)上に記録した。回折強度の読み出しは、日本電子社製デジタルミクロルミノグラヒィー(PIXsysTEM)を用いた。得られたピークプロファイルの半値幅を精度良く評価するため、ガウス関数とローレンツ関数の合成を用いてカーブフィッティングを行った。さらに得られた結果を繊維にかけた応力に対してプロットした。データ点は直線に並ぶがその傾きから半値幅因子(Hws)を評価した。評価例を図2に示す。
【0031】
(配向変化因子の測定方法)
短繊維状にカットする前の試料を用い図1の様な繊維に張力を付与する装置をリガク製小角X線散乱装置に取り付け、(200)回折点の方位角方向のピークの拡がりを測定し、配向変化に起因する弾性率Erを測定した。図3に配向変化(<sin2φ>)の測定例を示す。配向変化<sin2φ>は(200)回折強度の方位角プロファイルI(φ)から下記の式を用いて計算した。なお、方位角の原点は子午線上をφ=0とした。
【0032】
【数1】
【0033】
ノーソルトの提案した理論(Polymer 21, p1199 (1980))に従えば、繊維全体の歪み(ε)は結晶の伸び(εc)と回転の寄与(εr)の合成として記述できる。ε=εc+εr
εc は結晶弾性率Ecと応力σを用いて、εrは上で<sin2φ>をσの関数として測定した結果(図3)を利用して、εを以下の式の様に書き直し、算出することが出来る。ここでφ0は応力0の時の配向角、φは応力σの時の配向角を表す。
ε=σ/Ec+(<cosφ>/<cosφ0>−1)
【0034】
配向変化に起因する弾性率減分Erは下記の式で定義する。なお、右辺第2項の括弧の内側は、εのσ=0における接線の傾きである。
【0035】
【数2】
【0036】
(実施例1)
30℃のメタンスルホン酸溶液で測定した固有粘度が30dL/gのポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール14重量%と五酸化リン含有率84.3%のポリリン酸から成る紡糸ドープを紡糸温度175℃で孔径0.18mm、孔数166のノズルから押し出してフィラメントとした後、適当な位置で収束させてマルチフィラメントにするように配置された第1洗浄浴中に浸漬し、凝固させた。紡糸ノズルと第1洗浄浴の間のエアギャップには、より均一な温度でフィラメントが引き伸ばされるようにクエンチチャンバーを設置した。クエンチ温度は60℃とした。その後、ポリベンザゾール繊維中の残留リン濃度が5000ppm以下になるまで水洗し、乾燥させずにフィラメントを紙管に巻き取った。なお、巻取速度は200m/分、紡糸延伸倍率は40とし、フィラメントの巻き量は1500mとした。このようにして巻き取ったフィラメントの単糸繊度は1.5dpf(denier/filament)、その直径は11.5μmであり、水分率は50%であった。
巻き取った糸を1%NaOH水溶液で10秒間中和し、その後30秒間水洗した後、乾燥させずに多孔質樹脂ボビンに巻き取った。巻き取った糸の水分率は50%であった。12Lの水に、m−フェニレンジアミン2.8gとp−フェニレンジアミン1.2gを溶解した液を図4に示す装置に入れ、巻き取った糸を入れて常温(20℃)で24時間液を循環した後、さらに装置内の液を純水に置換して常温(20℃)で1時間かけて循環した。その後、装置から糸を取り出して80℃にて4時間乾燥した。なお、液の循環は液中に空気を供給しながら実施した。得られた糸の繊維中の残留リン濃度、ナトリウム濃度を測定した結果、リン濃度は1900ppm、ナトリウム濃度は760ppm、Na/Pモル比は0.54であった。続いて得られた糸に紡績用の油剤を付与した後、30000デニールのトウに合糸し、20mmのロール幅を有する押し込み方式のクリンパーにより捲縮を付与した。捲縮を付与したトウをロータリー式のカッターで44mmの定長に切断して短繊維を得た。このようにして得られた糸の高温高湿度保管後の強度保持率は90%であった。
【0037】
(比較例1)
ポリベンザゾール繊維中の残留リン濃度を5000ppm以下になるまで水洗し乾燥させずにフィラメントを紙管に巻き取るところまでは実施例1と同様に行った。
巻き取った糸を1%NaOH水溶液で10秒間中和し、その後30秒間水洗した後、80℃にて4時間乾燥した。得られた糸の繊維中の残留リン濃度、ナトリウム濃度を測定した結果、リン濃度は4700ppm、ナトリウム濃度は3300ppm、Na/Pモル比は0.95であった。続いて得られた糸に紡績用の油剤を付与した後、30000デニールのトウに合糸し、20mmのロール幅を有する押し込み方式のクリンパーにより捲縮を付与した。捲縮を付与したトウをロータリー式のカッターで44mmの定長に切断して短繊維を得た。このようにして得られた糸の高温高湿度保管後の強度保持率は82%であった。
【0038】
(比較例2)
ポリベンザゾール繊維中の残留リン濃度を5000ppm以下になるまで水洗し乾燥させずにフィラメントを紙管に巻き取るところまでは実施例1と同様に行った。
巻き取った糸を1%NaOH水溶液で10秒間中和し、その後30秒間水洗した後、水分率が10%になるまで乾燥させて多孔質樹脂ボビンに巻き取った。12Lの水に、m−フェニレンジアミン2.8gとp−フェニレンジアミン1.2gを溶解した液を図4に示す装置に入れ、巻き取った糸を入れて常温(20℃)で24時間液を循環した後、さらに装置内の液を純水に置換して常温(20℃)で1時間かけて循環した。その後、装置から糸を取り出して80℃にて4時間乾燥した。なお、液の循環は液中に空気を供給しながら実施した。得られた糸の繊維中の残留リン濃度、ナトリウム濃度を測定した結果、リン濃度は3600ppm、ナトリウム濃度は2200ppm、Na/Pモル比は0.82であった。続いて得られた糸に紡績用の油剤を付与した後、30000デニールのトウに合糸し、20mmのロール幅を有する押し込み方式のクリンパーにより捲縮を付与した。捲縮を付与したトウをロータリー式のカッターで44mmの定長に切断して短繊維を得た。このようにして得られた糸の高温高湿度保管後の強度保持率は79%であった。
【0039】
以上の結果を表1にまとめる。表1より明らかなように、比較例と比べ、実施例のポリベンザゾール短繊維は、高温湿度下に暴露した後の強度保持率が非常に高いことがわかる。
【0040】
【表1】
【0041】
本発明によると、高温かつ高湿度下に長時間暴露された場合であっても強度を充分に維持することができるポリベンザゾール短繊維を提供できる。
【0042】
【発明の効果】
本発明によると、高温高湿度条件において高い耐久性を有するポリベンザゾール短繊維を提供することを可能とした。
【図面の簡単な説明】
【図1】繊維に張力を付与してX線回折を測定する装置例の概要図
【図2】半値幅因子(Hws)の評価例
【図3】配向変化(<sin2φ>)の測定例
【図4】チーズ染色装置例の概要図
【符号の説明】
1:処理層、2:処理液、3:綾巻きされた未乾燥糸、4:透水性がある多孔質ボビン、5:ボビンの栓、6:処理液循環ポンプ
【発明の属する技術分野】
本発明はポリベンゾオキサゾールもしくはポリベンゾチアゾールまたはこれらのコポリマーから構成されるポリベンザゾール短繊維に関するものである。
【0002】
【従来の技術】
高強度、高耐熱性を有する繊維として、ポリベンゾオキサゾールもしくはポリベンゾチアゾールまたはこれらのコポリマーから構成されるポリベンザゾール繊維が知られている。
【0003】
通常、ポリベンザゾール短繊維は、上記ポリマーやコポリマーと酸溶媒を含むドープを紡糸口金より押し出した後、凝固性流体(水、または水と無機酸の混合液)中に浸漬して凝固させ、さらに水洗浴中で徹底的に洗浄し大部分の溶媒を除去した後、水酸化ナトリウム等の無機塩基の水溶液槽を通り、糸中に抽出されずに残っている酸を中和した後、乾燥させその後定長に切断することによって得られる。
【0004】
この様にして製造されるポリベンザゾール短繊維は上記に記載した通り、強度などの力学特性に優れ、かつ耐熱性も高いため、幅広い分野で使用されているが、近年、さらに性能の向上が望まれており、特に、高温かつ高湿度下に長時間暴露された場合であっても強度を充分に維持することができるポリベンザゾール短繊維が強く望まれている。
【0005】
【発明が解決しようとする課題】
そこで、本発明は上記事情に着目してなされたものであり、その目的は、高温かつ高湿度下に長時間暴露されることによる強度低下の小さいポリベンザゾール短繊維を提供せんとすることである。
【0006】
【課題を解決するための手段】
本発明者らは、塩基性有機化合物、なかでも、p−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物から選択される塩基性有機化合物を、モノマーあるいはその縮合物の形で糸中に付与することで、高温かつ高湿度下に長時間暴露された場合であっても強度低下が起こりにくくなることを見出し、本発明を完成するに至った。
【0007】
すなわち本発明は、下記の構成からなる。
1.温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上のポリベンザゾール短繊維。
2.繊維中に塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいる上記1記載のポリベンザゾール短繊維。
3.繊維中にp−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物から選択される塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいる上記1記載のポリベンザゾール短繊維。
4.X線子午線回折半値幅因子が0.3゜/GPa以下である上記3記載のポリベンザゾール短繊維。
5.分子配向変化による弾性率減分Erが30GPa以下である請求項3記載のポリベンザゾール短繊維。
6.繊維の破断強度が1GPa以上である上記1記載のポリベンザゾール短繊維。
以下、本発明を詳述する。
【0008】
本発明の係るポリベンザゾール繊維とは、ポリベンザゾールポリマーよりなる繊維をいい、ポリベンザゾール(以下、PBZともいう)とは、ポリベンゾオキサゾール(以下、PBOともいう)ホモポリマー、ポリベンゾチアゾール(以下、PBTともいう)ホモポリマーおよびPBOとPBTのランダム、シーケンシャルあるいはブロック共重合ポリマー等をいう。
【0009】
PBZポリマーに含まれる構造単位としては、好ましくはライオトロピック液晶ポリマーから選択される。当該ポリマーは構造式 (a)〜(f)に記載されているモノマー単位から成る。
【0010】
【化1】
【0011】
ポリベンザゾール繊維は、PBZポリマーを含有するドープより製造されるが、当該ドープを調製するための好適な溶媒としては、クレゾールやそのポリマーを溶解しうる非酸化性の酸が挙げられる。好適な非酸化性の酸の例としては、ポリリン酸、メタンスルホン酸および高濃度の硫酸あるいはそれらの混合物が挙げられる。中でもポリリン酸及びメタンスルホン酸、特にポリリン酸が好適である。
【0012】
ドープ中のポリマー濃度は好ましくは少なくとも約7重量%であり、より好ましくは少なくとも10重量%、特に好ましくは少なくとも14重量%である。最大濃度は、例えばポリマーの溶解性やドープ粘度といった実際上の取り扱い性により限定される。それらの限界要因のために、ポリマー濃度は通常では20重量%を越えることはない。
【0013】
本発明において、好適なポリマーまたはコポリマーとドープは公知の方法で合成される。例えばWolfeらの米国特許第4,533,693号明細書(1985.8.6)、Sybertらの米国特許第4,772,678号明細書(1988.9.22)、Harrisの米国特許第4,847,350号明細書(1989.7.11)またはGregoryらの米国特許第5,089,591号明細書(1992.2.18)に記載されている。要約すると、好適なモノマーは非酸化性で脱水性の酸溶液中、非酸化性雰囲気で高速撹拌及び高剪断条件のもと約60℃から230℃までの段階的または任意の昇温速度で温度を上げることで反応させられる。
【0014】
このようにして得られるドープを紡糸口金から押し出し、空間で引き伸ばしてフィラメントに形成される。好適な製造法は先に述べた参考文献や米国特許第5,034,250号明細書に記載されている。紡糸口金を出たドープは紡糸口金と洗浄バス間の空間に入る。この空間は一般にエアギャップと呼ばれているが、空気である必要はない。この空間は、溶媒を除去すること無く、かつ、ドープと反応しない溶媒で満たされている必要があり、例えば空気、窒素、アルゴン、ヘリウム、二酸化炭素等が挙げられる。
【0015】
紡糸後のフィラメントは、過度の延伸を避けるために洗浄され溶媒の一部が除去される。そして、更に洗浄され、適宜水酸化ナトリウム、水酸化カルシウム、水酸化カリウム等の無機塩基で中和され、ほとんどの溶媒は除去される。ここでいう洗浄とは、ポリベンザゾールポリマーを溶解している鉱酸に対し相溶性であり、ポリベンザゾールポリマーに対して溶媒とならない液体に繊維またはフィラメントを接触させ、ドープから酸溶媒を除去することである。鉱酸とは、メタンスルフォン酸またはポリリン酸である。好適な洗浄液体としては、水や水と酸溶媒との混合物がある。フィラメントは、好ましくは残留鉱酸金属原子濃度が重量で8000ppm以下、更に好ましくは5000ppm以下に洗浄される。繊維中に残留する無機塩基と鉱酸の化学量論比が0.9〜1.6であることが望ましい。その後、フィラメントは乾燥、熱処理等が必要に応じて行われる。さらに、必要に応じて押し込み方式のクリンパー等により捲縮が付与される。その後、例えば一対の対面するローターに形成したスリット間に切断刃を放射状に設置したロータリーカッターを用いるといった公知である手法を用いることにより定長に切断することで短繊維が得られる。繊維長については特に制限はされないが、100mm〜0.05mmが好ましく、さらに好ましくは70mm〜0.5mmである。
【0016】
本発明に係るポリベンザゾール短繊維の第一の特徴は、繊維中に塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいることであり、これにより、温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上を達成できる。ここでいう塩基性有機化合物とは、例えば芳香族アミンのように塩基性を示す有機化合物であれば特に限定されることはなく、1−ナフチルアミン−4−スルフォン酸ナトリウム、1−アミノナフタレン、1,5−ジアミノナフタレン、β−フェニルエチルアミン、p−フェニレンジアミン、o−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、重炭酸アミノグアニジン、1,3−ビス(2−ベンゾチアゾリル)グアニジン、1,3−ジフェニルグアニジン、1,3−ジ(o−トルイル)グアニジン、1,2,3−トリフェニルグアニジン、2−(2−ヒドロキシ−5−メチルフェニル)ベンゾトリアゾール、3−アミノ−1,2,4−トリアゾール、2−[2−ヒドロキシ−3−(3,4,5,6−テトラヒドロフタルイミドーメチル)−5−メチルフェニル]ベンゾトリアゾール、2−(3,5−ジ−tert−ブチル−2−ヒドロキシフェニル)ベンゾトリアゾール、キナゾリン−2,4−ジオン、ピペラジン、アニリン、o−ヒドロキシアニリン、o−フェノキシアニリン、p−ヒドロキシアニリン、ピリジン、キノリン、イソシアヌル酸等があげられる。
【0017】
塩基性有機化合物を付与する場合、糸中の水分率が20%以下になる履歴を一度も与えることなしに塩基性有機化合物を付与することが好ましい。糸中の水分率が20%以下になる履歴を一度でも与えてしまうと、繊維表面の細孔が細くなり、繊維表面が緻密になってしまうため、塩基性有機化合物を糸内部まで付与することが難しくなる。具体的な付与方法としては、製造工程において紡糸口金からドープを押し出した後から乾燥するまでの間でガイドオイリング方式、シャワリング方式、ディップ方式などで付与する方法、あるいは、糸を乾燥させずに巻き取って、塩基性有機化合物の溶液に浸漬して付与する方法などが挙げられるが、高温かつ高湿度下に長時間暴露した後の強度保持率を維持するためには、糸を乾燥させずに巻き取って、塩基性有機化合物の溶液に長時間浸漬して付与することが好ましい。
【0018】
本発明に係るポリベンザゾール短繊維の第二の特徴は、繊維中にp−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物から選択される塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいることであり、これにより、温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上、好ましくは90%以上を達成できる。他の塩基性有機化合物でも高温かつ高湿度下に長時間暴露されることによる強度低下を抑制する効果はあるが、中でもフェニレンジアミンが、その効果が大きい。フェニレンジアミンの付与量は10%以下、好ましくは8%以下、更に好ましくは2〜6%であることが好ましい。10%を超えるとフェニレンジアミン付与量の増加によるフィラメント繊度の増加で初期の糸強度が低くなるため好ましくない。
【0019】
フェニレンジアミンを付与する場合も、上記に述べた塩基性化合物を付与する場合と同様、糸中の水分率が20%以下になる履歴を一度も与えることなしに付与することが好ましい。糸中の水分率が20%以下になる履歴を一度でも与えてしまうと、繊維表面の細孔が細くなり、繊維表面が緻密になってしまうため、フェニレンジアミンを糸内部まで付与することが難しくなる。具体的な付与方法として、紡糸口金からドープを押し出した後から乾燥するまでの間でガイドオイリング方式、シャワリング方式、ディップ方式により付与する方法、あるいは、糸を乾燥させずに巻き取って、フェニレンジアミン水溶液に浸漬して付与する方法などが挙げられるが、高温かつ高湿度下に長時間暴露した後の強度保持率を維持するためには、糸を乾燥させずに巻き取って、フェニレンジアミン水溶液に長時間浸漬して付与することが好ましく、さらに好ましくはチーズ染色方式により長時間処理を行い、フェニレンジアミンを糸内部に十分に付与するのが良い。
【0020】
p−フェニレンジアミンとm−フェニレンジアミンの配合比はp−フェニレンジアミン:m−フェニレンジアミン=4:6〜0:10であること、すなわちp−フェニレンジアミンに対してm−フェニレンジアミンの方が多いことが好ましい。p−フェニレンジアミンはm−フェニレンジアミンと比較して水中での酸化縮合が格段に進みやすく水中ですぐに縮合度が上がってしまうため、フェニレンジアミン縮合物が繊維内部のボイド中に入りにくくなり、ボイド中をフェニレンジアミン縮合物で十分に満たし安定化させることが困難になり、その結果、温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上を達成することが困難となる場合がある。m−フェニレンジアミンの酸化縮合が進みにくい性質を利用して、p−フェニレンジアミンに対してm−フェニレンジアミンを多く配合することでボイド中にフェニレンジアミン縮合物を安定的に付与することが可能となる。ただし、m−フェニレンジアミンのみでは酸化縮合が進みにくく、付与処理に非常に長時間必要となり生産性が悪くなるため、あまり好ましくない。酸化縮合を進めるために高温で処理する方法も挙げられるが、処理時に糸強度の低下を招くことがあるため、あまり好ましくない。従って、さらに好ましくは、p−フェニレンジアミン:m−フェニレンジアミン=3:7〜1:9である。
【0021】
本発明に係るポリベンザゾール短繊維の第三の特徴は、X線子午線回折半値幅因子が0.3゜/GPa以下、分子配向変化による弾性率減分Erが30GPa以下であることである。ポリベンザゾール繊維は上記に述べたようにドープから溶媒を除去することにより製造されるためボイドの発生が不可避であり、繊維中にボイド由来の欠陥構造が存在する。そのため、繊維が破断に至る過程でこの欠陥部分に応力集中が起こり、性能が十分に発揮できず破断してしまう。該破断について少し説明を加える。繊維中にボイドが存在すると、変形を加えたときにボイド自体が変形の変化しろの役目を果たす。そのためボイドの存在は結晶の回転やせん断方向への変形を助長する。この変化がある限界を超えたとき、繊維の破断に至るのである。今回この問題を解決する方法も鋭意検討した結果、繊維中に含んでいるp−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物から選択される塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物がボイドを埋める補強効果により繊維構造内部の欠陥構造を低減させることができた。該効果はX線子午線回折半値幅因子や分子配向変化による弾性率減分Erとして表現できることも鋭意検討の結果判明した。
【0022】
繊維内部における塩基性有機化合物の化学的な作用については明確には分かっていない。単純に、塩基性有機化合物のモノマーあるいは縮合体がポリベンザゾール繊維中のミクロボイド間に満たされているため、高温かつ高湿度下に長時間暴露されても外からの水蒸気がPBZ分子に到達しにくくなり強度低下が起こりにくくなるのか、あるいは、ポリベンザゾール繊維中に残留している鉱酸あるいはその縮合物が水分により解離して放出した水素イオンを塩基性物質が捕捉して系内を中性化することにより強度低下を抑制しているのか、あるいは、共役長の長い塩基性有機化合物の縮合体が何らかの理由により繊維中で発生したラジカルを捕捉して系内を安定化させることにより強度低下を抑制しているのか、などが推定されるが、本発明はこの考察に拘束されるものではない。
【0023】
このようにして得られたポリベンザゾール短繊維は、温度80℃相対湿度80%雰囲気下といった高温高湿の環境下でも700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上、好ましくは90%といった耐久性に優れたものとなる。また得られた繊維の破断強度は1GPa以上、好ましくは2.75GPa以上、更に好ましくは4.10GPa以上といった優れた強度のものとなる。
【0024】
得られたポリベンザゾール短繊維は広範にわたる用途に使用され、用途によっては例えば紡績加工、フェルト加工等の様々な加工が施されたのちに、ケーブル、ロープ等の緊張材、手袋等の耐切創用部材、消防服、耐熱フェルト、プラント用ガスケット、耐熱織物、各種シーリング、耐熱クッション、フィルター、等の耐熱耐炎部材、アバンスベルト、クラッチファーシング等の耐摩擦材、各種建築材料用補強剤及びその他ライダースーツ、スピーカーコーン等広範にわたる用途に使用されるが、これらに限定されない。
【0025】
【実施例】
以下に実例を用いて本発明を具体的に説明するが、本発明はもとより下記の実施例によって制限を受けるものではなく、前後記の主旨に適合し得る範囲で適当に変更を加えて実施することも勿論可能であり、それらはいずれも本発明の技術範囲に含まれる。
【0026】
(高温かつ高湿度下における強度低下の評価方法)
高温かつ高湿度下における強度低下の評価は、恒温恒湿器中で高温かつ高湿度保管処理した後、標準状態(温度:20±2℃、相対湿度65±2%)の試験室内に取り出し、30分以内に引張試験を実施し、処理前の強度に対する処理後の強度保持率で評価を行った。なお、高温高湿度下での保管試験にはヤマト科学社製Humidic Chamber 1G43Mを使用し、恒温恒湿器中に光が入らないよう完全に遮光して、80℃、相対湿度80%の条件下にて700時間処理を実施した。
【0027】
強度保持率は、高温高湿度保管前後の引張強度を測定し、高温高湿度保管試験後の引張強度を高温高湿度保管試験前の引張強度で割って100を掛けて求めた。なお、引張強度の測定は、JIS−L1015に準じて引張試験機(島津製作所製、型式AG−50KNG)にて測定した。
【0028】
(フィラメント中の残留リン酸濃度、ナトリウム濃度の評価方法)
フィラメント中の残留リン濃度は、試料をペレット状に固めて蛍光X線測定装置(フィリップスPW1404/DY685)を用いて測定し、ナトリウム濃度は中性子活性化分析法で測定した。
【0029】
水分率は、乾燥前重量:W0(g)、乾燥後重量:W1(g)から、下記の計算式に従って算出した。なお、乾燥は200℃1時間の条件で実施した。
(式)水分率(%)=(W0−W1)/W1×100
【0030】
(X線半値幅因子Hwsの測定方法)
短繊維状にカットする前の試料を用い図1の様な繊維に張力を付与する装置を作成し、リガク製ゴニオメーター(Ru−200X線発生機, RAD−rAシステム)にのせ、(0010)回折線幅の応力依存性を測定した。出力40kV×100mAで運転し、銅回転ターゲットからCuKα線を発生させた。
回折強度はフジフィルム社製イメージングプレート(フジフィルム FDL UR−V)上に記録した。回折強度の読み出しは、日本電子社製デジタルミクロルミノグラヒィー(PIXsysTEM)を用いた。得られたピークプロファイルの半値幅を精度良く評価するため、ガウス関数とローレンツ関数の合成を用いてカーブフィッティングを行った。さらに得られた結果を繊維にかけた応力に対してプロットした。データ点は直線に並ぶがその傾きから半値幅因子(Hws)を評価した。評価例を図2に示す。
【0031】
(配向変化因子の測定方法)
短繊維状にカットする前の試料を用い図1の様な繊維に張力を付与する装置をリガク製小角X線散乱装置に取り付け、(200)回折点の方位角方向のピークの拡がりを測定し、配向変化に起因する弾性率Erを測定した。図3に配向変化(<sin2φ>)の測定例を示す。配向変化<sin2φ>は(200)回折強度の方位角プロファイルI(φ)から下記の式を用いて計算した。なお、方位角の原点は子午線上をφ=0とした。
【0032】
【数1】
【0033】
ノーソルトの提案した理論(Polymer 21, p1199 (1980))に従えば、繊維全体の歪み(ε)は結晶の伸び(εc)と回転の寄与(εr)の合成として記述できる。ε=εc+εr
εc は結晶弾性率Ecと応力σを用いて、εrは上で<sin2φ>をσの関数として測定した結果(図3)を利用して、εを以下の式の様に書き直し、算出することが出来る。ここでφ0は応力0の時の配向角、φは応力σの時の配向角を表す。
ε=σ/Ec+(<cosφ>/<cosφ0>−1)
【0034】
配向変化に起因する弾性率減分Erは下記の式で定義する。なお、右辺第2項の括弧の内側は、εのσ=0における接線の傾きである。
【0035】
【数2】
【0036】
(実施例1)
30℃のメタンスルホン酸溶液で測定した固有粘度が30dL/gのポリパラフェニレンベンゾビスオキサゾール14重量%と五酸化リン含有率84.3%のポリリン酸から成る紡糸ドープを紡糸温度175℃で孔径0.18mm、孔数166のノズルから押し出してフィラメントとした後、適当な位置で収束させてマルチフィラメントにするように配置された第1洗浄浴中に浸漬し、凝固させた。紡糸ノズルと第1洗浄浴の間のエアギャップには、より均一な温度でフィラメントが引き伸ばされるようにクエンチチャンバーを設置した。クエンチ温度は60℃とした。その後、ポリベンザゾール繊維中の残留リン濃度が5000ppm以下になるまで水洗し、乾燥させずにフィラメントを紙管に巻き取った。なお、巻取速度は200m/分、紡糸延伸倍率は40とし、フィラメントの巻き量は1500mとした。このようにして巻き取ったフィラメントの単糸繊度は1.5dpf(denier/filament)、その直径は11.5μmであり、水分率は50%であった。
巻き取った糸を1%NaOH水溶液で10秒間中和し、その後30秒間水洗した後、乾燥させずに多孔質樹脂ボビンに巻き取った。巻き取った糸の水分率は50%であった。12Lの水に、m−フェニレンジアミン2.8gとp−フェニレンジアミン1.2gを溶解した液を図4に示す装置に入れ、巻き取った糸を入れて常温(20℃)で24時間液を循環した後、さらに装置内の液を純水に置換して常温(20℃)で1時間かけて循環した。その後、装置から糸を取り出して80℃にて4時間乾燥した。なお、液の循環は液中に空気を供給しながら実施した。得られた糸の繊維中の残留リン濃度、ナトリウム濃度を測定した結果、リン濃度は1900ppm、ナトリウム濃度は760ppm、Na/Pモル比は0.54であった。続いて得られた糸に紡績用の油剤を付与した後、30000デニールのトウに合糸し、20mmのロール幅を有する押し込み方式のクリンパーにより捲縮を付与した。捲縮を付与したトウをロータリー式のカッターで44mmの定長に切断して短繊維を得た。このようにして得られた糸の高温高湿度保管後の強度保持率は90%であった。
【0037】
(比較例1)
ポリベンザゾール繊維中の残留リン濃度を5000ppm以下になるまで水洗し乾燥させずにフィラメントを紙管に巻き取るところまでは実施例1と同様に行った。
巻き取った糸を1%NaOH水溶液で10秒間中和し、その後30秒間水洗した後、80℃にて4時間乾燥した。得られた糸の繊維中の残留リン濃度、ナトリウム濃度を測定した結果、リン濃度は4700ppm、ナトリウム濃度は3300ppm、Na/Pモル比は0.95であった。続いて得られた糸に紡績用の油剤を付与した後、30000デニールのトウに合糸し、20mmのロール幅を有する押し込み方式のクリンパーにより捲縮を付与した。捲縮を付与したトウをロータリー式のカッターで44mmの定長に切断して短繊維を得た。このようにして得られた糸の高温高湿度保管後の強度保持率は82%であった。
【0038】
(比較例2)
ポリベンザゾール繊維中の残留リン濃度を5000ppm以下になるまで水洗し乾燥させずにフィラメントを紙管に巻き取るところまでは実施例1と同様に行った。
巻き取った糸を1%NaOH水溶液で10秒間中和し、その後30秒間水洗した後、水分率が10%になるまで乾燥させて多孔質樹脂ボビンに巻き取った。12Lの水に、m−フェニレンジアミン2.8gとp−フェニレンジアミン1.2gを溶解した液を図4に示す装置に入れ、巻き取った糸を入れて常温(20℃)で24時間液を循環した後、さらに装置内の液を純水に置換して常温(20℃)で1時間かけて循環した。その後、装置から糸を取り出して80℃にて4時間乾燥した。なお、液の循環は液中に空気を供給しながら実施した。得られた糸の繊維中の残留リン濃度、ナトリウム濃度を測定した結果、リン濃度は3600ppm、ナトリウム濃度は2200ppm、Na/Pモル比は0.82であった。続いて得られた糸に紡績用の油剤を付与した後、30000デニールのトウに合糸し、20mmのロール幅を有する押し込み方式のクリンパーにより捲縮を付与した。捲縮を付与したトウをロータリー式のカッターで44mmの定長に切断して短繊維を得た。このようにして得られた糸の高温高湿度保管後の強度保持率は79%であった。
【0039】
以上の結果を表1にまとめる。表1より明らかなように、比較例と比べ、実施例のポリベンザゾール短繊維は、高温湿度下に暴露した後の強度保持率が非常に高いことがわかる。
【0040】
【表1】
【0041】
本発明によると、高温かつ高湿度下に長時間暴露された場合であっても強度を充分に維持することができるポリベンザゾール短繊維を提供できる。
【0042】
【発明の効果】
本発明によると、高温高湿度条件において高い耐久性を有するポリベンザゾール短繊維を提供することを可能とした。
【図面の簡単な説明】
【図1】繊維に張力を付与してX線回折を測定する装置例の概要図
【図2】半値幅因子(Hws)の評価例
【図3】配向変化(<sin2φ>)の測定例
【図4】チーズ染色装置例の概要図
【符号の説明】
1:処理層、2:処理液、3:綾巻きされた未乾燥糸、4:透水性がある多孔質ボビン、5:ボビンの栓、6:処理液循環ポンプ
Claims (6)
- 温度80℃相対湿度80%雰囲気下で700時間暴露した後の引張強度保持率が85%以上のポリベンザゾール短繊維。
- 繊維中に塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいる請求項1記載のポリベンザゾール短繊維。
- 繊維中にp−フェニレンジアミン、m−フェニレンジアミン、あるいはその混合物から選択される塩基性有機化合物をモノマーあるいは縮合物の形で含んでいる請求項1記載のポリベンザゾール短繊維。
- X線子午線回折半値幅因子が0.3゜/GPa以下である請求項3記載のポリベンザゾール短繊維。
- 分子配向変化による弾性率減分Erが30GPa以下である請求項3記載のポリベンザゾール短繊維。
- 繊維の破断強度が1GPa以上である請求項1記載のポリベンザゾール短繊維。
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