JPWO2004029254A1 - 安定同位体標識タンパク質の製造方法 - Google Patents
安定同位体標識タンパク質の製造方法Info
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Abstract
本発明により異種タンパク質をコードする遺伝子を含む遺伝子構築物を導入したコリネホルム細菌またはバチルス属細菌を2H、13C、15Nのうち、1つ以上の安定同位体により標識された炭素源及び/または窒素源、または2H2Oを含有する培地で培養し、培養液中に前記異種タンパク質を分泌させ、これを回収することを特徴とする安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法が提供される。
Description
発明の背景
本発明は、安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法に関するものである。より具体的には、異種タンパク質をコードする遺伝子を含む遺伝子構築物を導入したコリネホルム細菌またはバチルス属細菌を用いて安定同位体で標識されたタンパク質を製造する方法に関するものである。
NMRを用いて、タンパク質の立体構造解析、相互作用解析、リガンドスクリーニングなどが精力的に行われている。立体構造解析はタンパク質の座標情報に基づくリガンドデザインやタンパク質工学へ結びつき、医薬品や高機能酵素の作成へと発展しうる。さらに、NMRは、細胞内の情報伝達機構や代謝の解析において相互作用部位や相互作用に伴う構造変化を把握するために利用される上、弱い相互作用であっても検出可能であり、かつ、相互作用部位が明確になることから、リガンドスクリーニングへの応用も進められている。特に近年では、さまざまな種のゲノム情報の開示やcDNAの蓄積があり、ポストゲノム解析の一環として、これら遺伝子がコードするタンパク質の立体構造解析を網羅的に行なうプロジェクトも進行中である。ここでもNMRが重要な役割を演じている。
NMRを用いてタンパク質を解析する場合、しばしば安定同位体標識が行われる。NMRで感度良く検出される核種としては、1H、13C、15Nなどが挙げられるが、そのうち1H以外は天然存在比が低い。そこで、NMR解析においては、2H標識することによってタンパク質中の1Hシグナル数を減少させ、シグナルの尖鋭化をもたらすことにより解析を容易にする方法(ネガティブ標識法)と、13Cや15Nへと置換して多次元NMRに利用する方法(ポジティブ標識法)が用いられている。
安定同位体でタンパク質を標識するには、主に大腸菌による発現系を構築した後、標識化合物を添加した培地で組換え体大腸菌を培養することにより行なわれている。標識化合物としては13C標識グルコース、15NH4Cl、13C標識グリセロール、各種標識アミノ酸などが挙げられる[Biochemistry 21,6273.(1982),Biochemistry 29,4659.(1990),Journal of Biomol NMR,20,71.(2001)など]。大腸菌を用いた系は構築するのが容易なため広く普及しているが、タンパク質が菌体内に顆粒として蓄積されてしまい、リフォールディングや精製に困難を伴う場合が多い。また、菌体を高密度で培養することができないため、タンパク質の収率が低く、NMR試料を準備するために1〜10リットルもの培養を必要とする。さらに、安定同位体の標識率は、高い場合においても、2H標識の場合で60%、13Cについては95%、15Nについては90%程度である[Journal of Biomol NMR,20,71.(2001)]。
大腸菌のほかに酵母や動物細胞などの発現系を用いた安定同位体標識タンパク質の作製法も利用されており、これらの系では標識タンパク質が活性体として発現されることからリフォールディングの問題は回避されるものの、発現させ得るタンパク質の種類は限定的であり、発現量も低く、安定同位体化合物を多く消費するためにコストがかかるという大きな問題点を有する。この中でも比較的効率の高い、メタノール資化性を付与した酵母Pichia pastorisを用いた安定同位体タンパク質の分泌生産についてはいくつか報告されている[Journal of Biomol NMR,20,251.(2001),Journal of Biomol NMR,17,337.(2000)など]。しかし、Pichia pastorisを用いた方法は、標識効率が高いというものの、300mlスケールの連続培養を行なうために、高価な安定同位体化合物を含む培地を連続供給する必要がある。
高標識率の安定同位体標識タンパク質を得るためには、さらに高濃度の安定同位体化合物を含む培地が必要となるため、コストが嵩む。例えば、およそ8mgの安定同位体標識タンパク質(13C安定同位体標識率98%)を得るために、トータル15gの13Cグルコースと50gの13Cメタノールという大量の安定同位体標識化合物を使用しなければならないことが報告されている[Journal of Biomol NMR,20,251.(2001)]。また、15N標識の場合、高い標識率を目指したいときにも、Pichia pastorisの場合は(15NH4)2SO4濃度が20g/Lになると発現が低下してしまうという問題点があった。このように発現量が比較的高い酵母Pichia pastorisを用いた安定同位体標識タンパク質の分泌生産法においても、多くの課題を抱えていた。
さらに、無細胞系によって安定同位体標識タンパク質を調製する方法も報告されているが[J.Biomol.NMR 2,129.(1995)]、凝集体としてタンパク質が合成され、リフォールディングが困難な場合が多い。
一方、コリネホルム細菌を利用して異種タンパク質を効率良く分泌生産するための研究としては、これまでにコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)(以後、C.glutamicumと略すことがある)によるヌクレアーゼ(nuclease)やリパーゼの分泌[US4965197,J.Bacteriol.,174,1854−1861(1992)]及び、サチライシン等のプロテアーゼの分泌[Appl.Environ.Microbiol.,61,1610−1613(1995)]、コリネホルム細菌の細胞表層タンパク質の分泌[特表平6−502548]、これを利用したフィブロネクチン結合タンパク質の分泌[Appl.Environ.Microbiol.,63,4392−4400(1997)]、変異型分泌装置を利用してタンパク質の分泌を向上させた報告[特開平11−169182]等がある。最近になって、コリネホルム細菌を利用して構築されたEGF(ヒト上皮細胞増殖因子)やMTG(微生物由来トランスグルタミナーゼ)の発現系[WO 01/23591]については、高い生産量が得られている。
また、コリネホルム細菌の遺伝子操作技術は、プロトプラストによるトランスフォーメーション法の確立[J.Bacteriol.,159,306−311(1984);J.Bacteriol.,161,463−467(1985)]、各種ベクターの開発[Agric.Biol.Chem.,48,2901−2903(1984);J.Bacteriol.,159,306−311(1984);J.Gen.Microbiol.,130,2237−2246(1984);Gene,47,301−306(1986);Appl.Microbiol.Biotechnol.,31,65−69(1989)]、遺伝子発現制御法の開発[Bio/Technology,6,428−430(1988)]及びコスミドの開発[Gene,39,281−286(1985)]など、プラスミドやファージを用いた系で発展してきた。またコリネホルム細菌由来の遺伝子クローニング[Nucleic Acids Res.,14,10113−1011(1986);J.Bacteriol.,167,695−702(1986);Nucleic Acids Res.,15,10598(1987);Nucleic Acids Res.,15,3922(1987);Nucleic Acids Res.,16,9859(1988);Agric.Biol.Chem.,52,525−531(1988);Mol.Microbiol.,2,63−72(1988);Mol.Gen.Genet.,218,330−339(1989);Gene,77,237−251(1989)]についても報告されている。
さらにコリネホルム細菌由来の転移因子についても報告されている[WO93/18151;EP0445385;特開平6−46867;Mol.Microbiol.,11,739−746(1994);Mol.Microbiol.,14,571−581(1994);Mol.Gen.Genet.,245,397−405(1994);FEMS Microbiol.Lett.,126,1−6(1995);特開平7−107976]。
転移因子とは染色体上で転移し得るDNA断片で、原核生物から真核生物までの広い範囲の生物に存在する事が知られている。転移因子を利用したトランスポゾンが開発され[WO 93/18151;特開平7−107976;Mol.Gen.Genet.,245,397−405(1994);特開平9−70291]、トランスポゾンで異種遺伝子を発現させることも可能になってきた。
一方、バチルス・ブレビス(Bacillus brevis)を高密度で培養して異種タンパク質を効率よく分泌生産するための研究としては、Bacillus brevis 47(特開昭60−58074、特開昭62−201583)の主要菌体外タンパク質の1種であるMWタンパク質(middle wall protein(MWP))遺伝子のプロモーターおよびその遺伝子にコードされるシグナルペプチド領域を利用した分泌ベクターを作製し、同じくBacillus brevis 47菌を宿主とした系が確立されている。そしてα−アミラーゼ(特開昭62−201583、J.Bacteriol.169,1239(1987))や豚ペプシノーゲン(日本農芸化学会誌、61,68(1987))の分泌生産に成功している。また、バチルス・ブレビスの中でプロテアーゼの菌体外生産量が少ない菌株Bacillus brevis HPD31(別名Bacillus brevis H102)を分離し、これを宿主として、耐熱性α−アミラーゼの高分泌生産(Agric.Biol.Chem.,53,2279−2280(1989))やヒト上皮細胞増殖因子(EGF)の高分泌生産(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,86,3589−3593(1989)、特開平4−278091)、ヒトインターロイキン−2(Biosci.Biotechnol.Biochem.,61,1858−1861(1997))やヒトインターロイキン−6(Biosci.Biotechnol.Biochem.,64,665−669(2000))などの分泌生産に成功している。なかでもEGFについては1.1g/Lと極めて高い分泌蓄積が得られている。
しかしながら、なおコリネホルム細菌やバチルス属細菌を用いて、安定同位体標識タンパク質を分泌生産させた例は未だ報告されていなかった。
本発明は、安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法に関するものである。より具体的には、異種タンパク質をコードする遺伝子を含む遺伝子構築物を導入したコリネホルム細菌またはバチルス属細菌を用いて安定同位体で標識されたタンパク質を製造する方法に関するものである。
NMRを用いて、タンパク質の立体構造解析、相互作用解析、リガンドスクリーニングなどが精力的に行われている。立体構造解析はタンパク質の座標情報に基づくリガンドデザインやタンパク質工学へ結びつき、医薬品や高機能酵素の作成へと発展しうる。さらに、NMRは、細胞内の情報伝達機構や代謝の解析において相互作用部位や相互作用に伴う構造変化を把握するために利用される上、弱い相互作用であっても検出可能であり、かつ、相互作用部位が明確になることから、リガンドスクリーニングへの応用も進められている。特に近年では、さまざまな種のゲノム情報の開示やcDNAの蓄積があり、ポストゲノム解析の一環として、これら遺伝子がコードするタンパク質の立体構造解析を網羅的に行なうプロジェクトも進行中である。ここでもNMRが重要な役割を演じている。
NMRを用いてタンパク質を解析する場合、しばしば安定同位体標識が行われる。NMRで感度良く検出される核種としては、1H、13C、15Nなどが挙げられるが、そのうち1H以外は天然存在比が低い。そこで、NMR解析においては、2H標識することによってタンパク質中の1Hシグナル数を減少させ、シグナルの尖鋭化をもたらすことにより解析を容易にする方法(ネガティブ標識法)と、13Cや15Nへと置換して多次元NMRに利用する方法(ポジティブ標識法)が用いられている。
安定同位体でタンパク質を標識するには、主に大腸菌による発現系を構築した後、標識化合物を添加した培地で組換え体大腸菌を培養することにより行なわれている。標識化合物としては13C標識グルコース、15NH4Cl、13C標識グリセロール、各種標識アミノ酸などが挙げられる[Biochemistry 21,6273.(1982),Biochemistry 29,4659.(1990),Journal of Biomol NMR,20,71.(2001)など]。大腸菌を用いた系は構築するのが容易なため広く普及しているが、タンパク質が菌体内に顆粒として蓄積されてしまい、リフォールディングや精製に困難を伴う場合が多い。また、菌体を高密度で培養することができないため、タンパク質の収率が低く、NMR試料を準備するために1〜10リットルもの培養を必要とする。さらに、安定同位体の標識率は、高い場合においても、2H標識の場合で60%、13Cについては95%、15Nについては90%程度である[Journal of Biomol NMR,20,71.(2001)]。
大腸菌のほかに酵母や動物細胞などの発現系を用いた安定同位体標識タンパク質の作製法も利用されており、これらの系では標識タンパク質が活性体として発現されることからリフォールディングの問題は回避されるものの、発現させ得るタンパク質の種類は限定的であり、発現量も低く、安定同位体化合物を多く消費するためにコストがかかるという大きな問題点を有する。この中でも比較的効率の高い、メタノール資化性を付与した酵母Pichia pastorisを用いた安定同位体タンパク質の分泌生産についてはいくつか報告されている[Journal of Biomol NMR,20,251.(2001),Journal of Biomol NMR,17,337.(2000)など]。しかし、Pichia pastorisを用いた方法は、標識効率が高いというものの、300mlスケールの連続培養を行なうために、高価な安定同位体化合物を含む培地を連続供給する必要がある。
高標識率の安定同位体標識タンパク質を得るためには、さらに高濃度の安定同位体化合物を含む培地が必要となるため、コストが嵩む。例えば、およそ8mgの安定同位体標識タンパク質(13C安定同位体標識率98%)を得るために、トータル15gの13Cグルコースと50gの13Cメタノールという大量の安定同位体標識化合物を使用しなければならないことが報告されている[Journal of Biomol NMR,20,251.(2001)]。また、15N標識の場合、高い標識率を目指したいときにも、Pichia pastorisの場合は(15NH4)2SO4濃度が20g/Lになると発現が低下してしまうという問題点があった。このように発現量が比較的高い酵母Pichia pastorisを用いた安定同位体標識タンパク質の分泌生産法においても、多くの課題を抱えていた。
さらに、無細胞系によって安定同位体標識タンパク質を調製する方法も報告されているが[J.Biomol.NMR 2,129.(1995)]、凝集体としてタンパク質が合成され、リフォールディングが困難な場合が多い。
一方、コリネホルム細菌を利用して異種タンパク質を効率良く分泌生産するための研究としては、これまでにコリネバクテリウム・グルタミカム(Corynebacterium glutamicum)(以後、C.glutamicumと略すことがある)によるヌクレアーゼ(nuclease)やリパーゼの分泌[US4965197,J.Bacteriol.,174,1854−1861(1992)]及び、サチライシン等のプロテアーゼの分泌[Appl.Environ.Microbiol.,61,1610−1613(1995)]、コリネホルム細菌の細胞表層タンパク質の分泌[特表平6−502548]、これを利用したフィブロネクチン結合タンパク質の分泌[Appl.Environ.Microbiol.,63,4392−4400(1997)]、変異型分泌装置を利用してタンパク質の分泌を向上させた報告[特開平11−169182]等がある。最近になって、コリネホルム細菌を利用して構築されたEGF(ヒト上皮細胞増殖因子)やMTG(微生物由来トランスグルタミナーゼ)の発現系[WO 01/23591]については、高い生産量が得られている。
また、コリネホルム細菌の遺伝子操作技術は、プロトプラストによるトランスフォーメーション法の確立[J.Bacteriol.,159,306−311(1984);J.Bacteriol.,161,463−467(1985)]、各種ベクターの開発[Agric.Biol.Chem.,48,2901−2903(1984);J.Bacteriol.,159,306−311(1984);J.Gen.Microbiol.,130,2237−2246(1984);Gene,47,301−306(1986);Appl.Microbiol.Biotechnol.,31,65−69(1989)]、遺伝子発現制御法の開発[Bio/Technology,6,428−430(1988)]及びコスミドの開発[Gene,39,281−286(1985)]など、プラスミドやファージを用いた系で発展してきた。またコリネホルム細菌由来の遺伝子クローニング[Nucleic Acids Res.,14,10113−1011(1986);J.Bacteriol.,167,695−702(1986);Nucleic Acids Res.,15,10598(1987);Nucleic Acids Res.,15,3922(1987);Nucleic Acids Res.,16,9859(1988);Agric.Biol.Chem.,52,525−531(1988);Mol.Microbiol.,2,63−72(1988);Mol.Gen.Genet.,218,330−339(1989);Gene,77,237−251(1989)]についても報告されている。
さらにコリネホルム細菌由来の転移因子についても報告されている[WO93/18151;EP0445385;特開平6−46867;Mol.Microbiol.,11,739−746(1994);Mol.Microbiol.,14,571−581(1994);Mol.Gen.Genet.,245,397−405(1994);FEMS Microbiol.Lett.,126,1−6(1995);特開平7−107976]。
転移因子とは染色体上で転移し得るDNA断片で、原核生物から真核生物までの広い範囲の生物に存在する事が知られている。転移因子を利用したトランスポゾンが開発され[WO 93/18151;特開平7−107976;Mol.Gen.Genet.,245,397−405(1994);特開平9−70291]、トランスポゾンで異種遺伝子を発現させることも可能になってきた。
一方、バチルス・ブレビス(Bacillus brevis)を高密度で培養して異種タンパク質を効率よく分泌生産するための研究としては、Bacillus brevis 47(特開昭60−58074、特開昭62−201583)の主要菌体外タンパク質の1種であるMWタンパク質(middle wall protein(MWP))遺伝子のプロモーターおよびその遺伝子にコードされるシグナルペプチド領域を利用した分泌ベクターを作製し、同じくBacillus brevis 47菌を宿主とした系が確立されている。そしてα−アミラーゼ(特開昭62−201583、J.Bacteriol.169,1239(1987))や豚ペプシノーゲン(日本農芸化学会誌、61,68(1987))の分泌生産に成功している。また、バチルス・ブレビスの中でプロテアーゼの菌体外生産量が少ない菌株Bacillus brevis HPD31(別名Bacillus brevis H102)を分離し、これを宿主として、耐熱性α−アミラーゼの高分泌生産(Agric.Biol.Chem.,53,2279−2280(1989))やヒト上皮細胞増殖因子(EGF)の高分泌生産(Proc.Natl.Acad.Sci.USA,86,3589−3593(1989)、特開平4−278091)、ヒトインターロイキン−2(Biosci.Biotechnol.Biochem.,61,1858−1861(1997))やヒトインターロイキン−6(Biosci.Biotechnol.Biochem.,64,665−669(2000))などの分泌生産に成功している。なかでもEGFについては1.1g/Lと極めて高い分泌蓄積が得られている。
しかしながら、なおコリネホルム細菌やバチルス属細菌を用いて、安定同位体標識タンパク質を分泌生産させた例は未だ報告されていなかった。
本発明の目的は、標識率の高い安定同位体標識タンパク質を安価に、高い収率で、高純度で提供することである。
本発明者らは、コリネホルム細菌およびバチルス属細菌、例えばコリネバクテリウム・グルタミカムおよびバチルス・ブレビスでは天然の菌体外分泌タンパク質が極めて少なく、異種タンパク質を分泌生産した場合の精製過程が簡略化、省略化できるであろうこと、および、コリネホルム細菌は、糖、アンモニアや無機塩等のシンプルな培地で良く生育するため、安定同位体標識を含む培地にかかる費用や培養条件の設定、生産性の点で優れていることに着目した。さらに、コリネホルム細菌およびバチルス属細菌、例えばコリネバクテリウム・グルタミカムおよびバチルス・ブレビスは菌体密度が高密度で培養が可能であり、高い収率が期待されることから、高価な安定同位体化合物の消費量を低減できるであろう点に着目した。そこで、安定同位体の供給源であるグルコースおよびアンモニウム塩、2H2O等を含む培地での高密度培養研究の結果、これらが高濃度で存在する培地においても、標識率の極めて高い安定同位体標識タンパク質を分泌生産することに成功した。より具体的には、培地に13C標識グルコース、15N標識塩化アンモニウム塩、を添加し、これらを炭素源や窒素源とすることにより、当該タンパク質を高い標識率で、13Cや15N標識できることを見出し、本発明を完成するに至った。また、90%の2H2O中で培養することにより、標識率の極めて高い2H標識タンパク質を分泌生産できることを見出した。
即ち、本発明は、異種タンパク質をコードする遺伝子を含む遺伝子構築物を導入したコリネホルム細菌またはバチルス属細菌を2H、13C、15Nのうち、1つ以上の安定同位体により標識された炭素源および/または窒素源、および/または2H2Oを含有する培地で培養し、培養液中に前記異種タンパク質を分泌させ、これを回収することを特徴とする安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法である。
特に本発明は、上記方法において、コリネホルム細菌がコリネバクテリウム・グルタミカムである、安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法でもある。
また、本発明は、上記方法において、バチルス属細菌がバチルス・ブレビスである、安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法でもある。
さらに、本発明は、炭素源が、グルコース、グリセロール、シュークロースからなる群より選ばれ、窒素源が、塩化アンモニウム塩または硫酸アンモニウム塩である、上記安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法でもある。
なお、本明細書において、タンパク質またはペプチドが「分泌」されるとは、タンパク質またはペプチドの分子が細菌菌体外(細胞外)に移送されることをいい、最終的にそのタンパク質またはペプチド分子が培地中に完全に遊離状態におかれる場合はもちろん、一部のみが菌体外に存在している場合、および菌体表層に存在している場合も含む。
本発明者らは、コリネホルム細菌およびバチルス属細菌、例えばコリネバクテリウム・グルタミカムおよびバチルス・ブレビスでは天然の菌体外分泌タンパク質が極めて少なく、異種タンパク質を分泌生産した場合の精製過程が簡略化、省略化できるであろうこと、および、コリネホルム細菌は、糖、アンモニアや無機塩等のシンプルな培地で良く生育するため、安定同位体標識を含む培地にかかる費用や培養条件の設定、生産性の点で優れていることに着目した。さらに、コリネホルム細菌およびバチルス属細菌、例えばコリネバクテリウム・グルタミカムおよびバチルス・ブレビスは菌体密度が高密度で培養が可能であり、高い収率が期待されることから、高価な安定同位体化合物の消費量を低減できるであろう点に着目した。そこで、安定同位体の供給源であるグルコースおよびアンモニウム塩、2H2O等を含む培地での高密度培養研究の結果、これらが高濃度で存在する培地においても、標識率の極めて高い安定同位体標識タンパク質を分泌生産することに成功した。より具体的には、培地に13C標識グルコース、15N標識塩化アンモニウム塩、を添加し、これらを炭素源や窒素源とすることにより、当該タンパク質を高い標識率で、13Cや15N標識できることを見出し、本発明を完成するに至った。また、90%の2H2O中で培養することにより、標識率の極めて高い2H標識タンパク質を分泌生産できることを見出した。
即ち、本発明は、異種タンパク質をコードする遺伝子を含む遺伝子構築物を導入したコリネホルム細菌またはバチルス属細菌を2H、13C、15Nのうち、1つ以上の安定同位体により標識された炭素源および/または窒素源、および/または2H2Oを含有する培地で培養し、培養液中に前記異種タンパク質を分泌させ、これを回収することを特徴とする安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法である。
特に本発明は、上記方法において、コリネホルム細菌がコリネバクテリウム・グルタミカムである、安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法でもある。
また、本発明は、上記方法において、バチルス属細菌がバチルス・ブレビスである、安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法でもある。
さらに、本発明は、炭素源が、グルコース、グリセロール、シュークロースからなる群より選ばれ、窒素源が、塩化アンモニウム塩または硫酸アンモニウム塩である、上記安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法でもある。
なお、本明細書において、タンパク質またはペプチドが「分泌」されるとは、タンパク質またはペプチドの分子が細菌菌体外(細胞外)に移送されることをいい、最終的にそのタンパク質またはペプチド分子が培地中に完全に遊離状態におかれる場合はもちろん、一部のみが菌体外に存在している場合、および菌体表層に存在している場合も含む。
図1は、培地に高濃度の標識化合物を用いることの利点を図解したものである。
図2は、本培養への前培養液の添加量と菌体の生育との関係を示した物である。
図3は、未標識EGF、15N標識−EGF、13C,15N標識−EGFのMSスペクトルである。
図4は、培地中に分泌された15N標識EGFおよびMTGのHSQCスペクトルである。
図5は、コリネホルム細菌(a)および大腸菌(b)を用いて標識したMTGのHSQCスペクトルである。
図2は、本培養への前培養液の添加量と菌体の生育との関係を示した物である。
図3は、未標識EGF、15N標識−EGF、13C,15N標識−EGFのMSスペクトルである。
図4は、培地中に分泌された15N標識EGFおよびMTGのHSQCスペクトルである。
図5は、コリネホルム細菌(a)および大腸菌(b)を用いて標識したMTGのHSQCスペクトルである。
前述したように、安定同位体標識タンパク質を製造するにあたっては、大腸菌を用いる方法が一般的であるが、活性型のタンパク質を得るためにはリフォールディング操作を必要とし、正しいリフォールディングを行うためには多くの試行錯誤と労力を要する。また、産生されたタンパク質を活性型タンパク質として分泌させる方法も知られているが、もっとも効率が良いとされる酵母を用いた製造法においてもなお収率は低く、多くの高価な安定同位体標識化合物を消費する。本発明はこのような問題を克服するものである。以下に本発明の具体的ないくつかの実施態様を例示する。
本発明においては、高密度培養が可能で、異種タンパク質を分泌生産できる微生物、例えば、コリネホルム細菌やバチルス属細菌が使用されることが好ましい。高密度培養が可能で、異種タンパク質を分泌生産できる微生物、特にコリネホルム細菌やバチルス属細菌を使用することの利点は、これまでタンパク質の分泌発現に用いられてきた酵母や昆虫細胞と比べ、菌体外に分泌される目的外のタンパク質が極めて少なく、目的のタンパク質を分泌生産した場合に精製過程を簡略化できることである。
また、例えば昆虫細胞を利用する場合、糖やアミノ酸を豊富に含んだ培地にて生育する必要があるのに対し、このような微生物を利用する場合は、糖、アンモニウム塩などのみを炭素源と窒素源にすればよく、従って安定同位体原子の導入に適している。さらに、このような微生物を利用する場合は、微生物における発現量が高く、高密度培養が可能なため小スケールのバッチ培養にてNMR試料に十分量のタンパク質を得ることが可能である。従って、安定同位体で標識されたタンパク質を簡易な設備で製造でき、かつ、高価な安定同位体化合物の消費量を酵母に比べて大幅に低減することが可能であることから、これまでの方法と比べて、経済性および生産性が向上する。さらに、このような微生物は高濃度の安定同位体供給源(糖、アンモニウム塩など)培地で培養が可能なため、培地中の安定同位体の濃度が高くなり、99%以上という安定同位体標識率の極めて高い標識タンパク質を分泌生産することが可能となる。
本明細書において、コリネホルム細菌とはバージェイズマニュアルオブディターミネーティブバクテリオロジー第8版599ページ(1974)に記載されているように、好気性のグラム陽性かん菌であり、従来ブレビバクテリウム属に分類されていたが、現在コリネバクテリウム属に統合された微生物を含み[Int.J.Syst.Bacteriol.,41,255(1981)]、またコリネバクテリウム属と非常に近縁なブレビバクテリウム属細菌を含む。
本発明において使用できるコリネホルム細菌には、例えばL−グルタミン酸生産菌に代表されるブレビバクテリウム・サッカロリティクムATCC14066、ブレビバクテリウム・インマリオフィルムATCC14068、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(コリネバクテリウム・グルタミカム)ATCC13869、ブレビバクテリウム・ロゼウムATCC13825、ブレビバクテリウム・フラバム(コリネバクテリウム・グルタミカム)ATCC14067、コリネバクテリウム・アセトアシドフィルムATCC13870、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032、コリネバクテリウム・リリウム(コリネバクテリウム・グルタミカム)ATCC15990、ブレビバクテリウム・アンモニアゲネス(コリネバクテリウム・アンモニアゲネス)ATCC6871等の野生株、及び、これら野生株より誘導される変異株、例えばグルタミン酸生産性を失った変異株、更にはリジン等のアミノ酸生産変異株、イノシン等の核酸のような他の物質を生産する変異株が含まれる。
本発明で利用できるバチルス属細菌には、例えば、バチルス・ブレビス細菌が含まれる。バチルス・ブレビス細菌とは好気性のグラム陽性かん菌であり、例えばBacillus brevis 47(特開昭60−58074、特開昭62−201583)、Bacillus brevis H102(特開昭63−56277)が利用できる。好適にはBacillus brevis H102が用いられる。またこれらの変異株も本明細書における「バチルス属細菌」に含まれる。
本発明に使用される遺伝子構築物は、一般にプロモーター、適切なシグナルペプチドをコードする配列および目的タンパク質をコードする核酸断片、および宿主中で目的タンパク質遺伝子を発現させるために必要な制御配列(オペレーターやターミネーター等)を、それらが機能し得るように適切な位置に有するものである。
例えば、本発明に使用される遺伝子構築物は一般にプロモーター、適切なシグナルペプチドおよび目的タンパク質をコードする核酸断片、およびコリネホルム細菌またはバチルス属細菌中で目的タンパク質遺伝子を発現させるために必要な制御配列(プロモーターやターミネーター等)を含む適切な配列を適切な位置に有するものである。この構築物のために使用できるベクターは特に制限されず、宿主、例えばコリネホルム細菌またはバチルス属細菌中で機能しえるものであればよく、プラスミドのように染色体外で自律増殖するものであっても細菌染色体に組み込まれるものであっても良い。宿主に依存してコリネホルム細菌由来またはバチルス属細菌由来のプラスミドは特に好ましい。これらには、例えばこれらには、例えばpHM1519(Agric,Biol.Chem.,48,2901−2903(1984))、pAM330(Agric.Biol.Chem.,48,2901−2903(1984))、pHT926(特願平4−216605)、およびこれらを改良した薬剤耐性遺伝子を有するプラスミドが含まれる。バチルス・ブレビスを宿主とする場合は、バチルス・サチルスで利用されるpUB110(J.Bacteriol.,134,318−329(1978))も利用できる。
また、トランスポゾン等も利用することができる。トランスポゾンが使用される場合は相同組換えまたはそれ自身の転移能によって目的遺伝子が染色体中に導入される。使用できるプロモーター、SD、シグナルペプチドコード遺伝子としては、特に限定されず、宿主で機能するものであればいずれでもよい。
本発明に使用できるプロモーターは特に限定されず、宿主微生物内で機能し得るプロモーターであれば一般に使用でき、更に異種由来の、例えばtacプロモーター等のE.coli由来のプロモーターであってもよい。その中で、tacプロモーター等の強力なプロモーターがより好ましい。
コリネホルム細菌由来のプロモーターには、例えば、細胞表層タンパク質のPS1、PS2、SlpAの遺伝子のプロモーター、各種アミノ酸生合成系、例えばグルタミン酸生合成系のグルタミン酸脱水素酵素遺伝子、グルタミン合成系のダルタミン合成酵素遺伝子、リジン生合成系のアスパルトキナーゼ遺伝子、スレオニン生合成系のホモセリン脱水素酵素遺伝子、イソロイシンおよびバリン生合成系のアセトヒドロキシ酸合成酵素遺伝子、ロイシン生合成系の2−イソプロピルリンゴ酸合成酵素遺伝子、プロリンおよびアルギニン生合成系のグルタミン酸キナーゼ遺伝子、ヒスチジン生合成系のホスホリボシル−ATPピロホスホリラーゼ遺伝子、トリプトファン、チロシンおよびフェニルアラニン等の芳香族アミノ酸生合成系のデオキシアラビノヘプツロン酸リン酸(DAHP)合成酵素遺伝子、イノシン酸およびグアニル酸のような核酸生合成系におけるホスホリボシルピロホスフェート(PRPP)アミドトランスフェラーゼ遺伝子、イノシン酸脱水素酵素遺伝子およびグアニル酸合成酵素遺伝子のプロモーターが含まれる。宿主としてバチルス属細菌を用いる場合、特にバチルス・ブレビスを用いる場合は、例えば、Bacillus brevis 47あるいはH102由来のプロモーター、SD、シグナルペプチドをコードする遺伝子(J.Bacteriol.,170,935−945(1998),J.Bacteriol.,172,1312−1320(1990))を用いることができる。
本発明によって標識されるタンパク質は特に限定されない。天然で分泌型でないタンパク質を本発明によって安定同位体標識する場合は、上述したように、適切なシグナルペプチドを付加する等により分泌型タンパク質に改変した上で標識することができる。
本発明によって安定同位体標識し得るタンパク質は、本質的には動植物や微生物由来のタンパク質全般が含まれ、特に限定されない。例えば、アルブミン、イムノグロブリン、血液凝固因子などのヒト血漿成分;プロテアーゼ、トランスフェラーゼなどの酵素;成長ホルモン、エリスロポエチンなどのホルモン;細胞増殖、抑制などの細胞増殖因子;細胞分化、誘導、刺激などの免疫反応調節因子;モノカイン、サイトカイン、リンホカインなどの細胞産性生物学的活性タンパク質;等のタンパク質を本発明によって安定同位体標識することができる。以下の実施例においては、本発明の方法により微生物由来トランスグルタミナーゼ(MTG)およびヒト上皮細胞増殖因子(EGF)を安定同位体標識した例が示される。
天然でプレプロペプチドとして発現されるタンパク質を本発明によって標識する場合に、プロタンパク質をコードする遺伝子を使用することもできる、その遺伝子の発現によって得られるタンパク質のプロ構造部は適当な手段、例えばプロテアーゼによって切断すればよく、アミノペプチダーゼ、適切な位置で切断するエンドペプチダーゼ、あるいは、より特異的なプロテアーゼを使用することができる。
本発明において、タンパク質を分泌させるために使用し得るシグナルペプチドは、宿主であるコリネホルム細菌またはバチルス属細菌の分泌性タンパク質のシグナルペプチドが好ましい。例えば、コリネホルム細菌を利用する場合は、コリネホルム細菌の細胞表層タンパク質のシグナルペプチドが好ましい。コリネホルム細菌の細胞表層タンパク質には、C.glutamicumに由来するPS1及びPS2(特表平6−502548)、及びC.ammoniagenesに由来するSlpA(特開平10−108675)が含まれる。また、米国特許4965197によれば、コリネ型細菌由来のDNaseにもシグナルペプチドがあると言われており、そのようなシグナルペプチドも利用することができる。バチルス属細菌を利用する場合は、例えば、Bacillus brevis 47(特開昭60−58074、特開昭62−201583)の主要菌体外タンパク質の1種であるMWタンパク質やOWタンパク質のシグナルペプチド、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)のα−アミラーゼのシグナルペプチドを利用することができる。
シグナル配列は、翻訳産物が菌体外に分泌される際にシグナルペプチダーゼによって切断される。従って、シグナルペプチドをコードする遺伝子は、天然型のままでも使用できるが、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変してもよい。これらのシグナルペプチドを使用する場合、目的とするタンパク質をコードする遺伝子は、シグナルペプチドをコードする遺伝子の3’−末端側に接続し、かつ、上記プロモーターにより発現の制御を受けるように配置すればよい。
本発明において、培地中の炭素源としてはグルコースおよびシュークロースのような炭水化物、酢酸のような有機酸、グリセロールのようなアルコール類、アミノ酸、その他を使用することができる。その中でも比較的安価なグルコース、シュークロース、グリセロールが好ましい。窒素源としては、アンモニアガス、アンモニア水、アンモニウム塩、アミノ酸、その他が使用できる。その中でも、入手が容易で取り扱いやすい塩化アンモニウムや硫酸アンモニウムが好ましい。安定同位体標識する場合は炭素源や窒素源の種類が少ないことが望ましい。本発明に用いるコリネホルム細菌は、例えば、グルコース、アンモニウム塩のみをそれぞれ炭素源、窒素源とすることができるので好ましい。このとき、グルコースを13C標識すれば13C標識、アンモニウム塩を15N標識すれば15N標識される。
培地中の標識炭素源濃度は、13C標識−グルコース濃度に換算して5g/L〜150g/L(約27mM〜約0.81M)が好ましく、さらに好ましくは、20g/L〜60g/L(約107mM〜約322mM)、特に好ましくは、30g/L〜50g/L(約160mM〜約269mM)である。また、標識窒素源濃度は、アンモニウム塩として用いる場合に15NH4 +濃度として30mM〜1Mが好ましく、より好ましくは、50mM〜600mM、特に好ましくは、200mM〜400mMである。
標識化合物を含む培地にて菌体を培養する(本培養)前に、実施例1に示すように前培養を行なうと菌体の生育が良い。本培養液に添加する前培養液の量は少ないほど標識率が高まるので好ましいが、一方、添加する前培養液の量が少なすぎると菌の生育に悪影響を及ぼす。一般に、菌の良好な生育のためには本培養液に添加する前培養液の割合は0.5%以上が好ましく、標識率を高めるためには後述するようにこの割合を高々10%程度にすることが好ましい。本発明の一実施態様においては、本培養液に添加する前培養液の割合は2.5%(v/v)程度が最適であることが示されている。
本培養液を構成する標識化合物の濃度が高いことにより、タンパク質の標識率を向上させることができる(図1参照)。添加する前培養液に未標識のグルコースがAg/L残存し、これを2.5%本培養液に添加すると仮定する。従来、大腸菌を培養して標識タンパク質を取得する場合のように本培養液の13Cグルコース濃度が2g/Lとすると、前培養液に含まれる未標識グルコースが1.25×A%取り込まれてしまう。一方、本発明のように高濃度の13Cグルコース、例えば60g/Lの13Cグルコースを用いた場合には、未標識グルコースは0.042×A%しか取り込まれず、高い標識率を達成することが可能となる。同様なことが2Hや15Nについても言える。従って、本培養液に添加する前培養液の割合は厳密に制限されるわけではないが、菌の良好な生育を保証しつつ高い標識率を得るためには前記の割合は0.5%〜15%(v/v)であることが好ましく、より好ましくは、1%〜10%(v/v)であり、特に標識率の高いタンパク質を製造する場合は1.5%〜5%(v/v)が好ましい。培地中の安定同位体で標識された炭素源および/または窒素源の濃度は本培養液に添加する前培養液の割合に応じて変化させることもできる(図1参照)。
大腸菌などを用いた場合、培地に含まれる安定同位体標識されたグルコースや塩の濃度が高すぎると生育に支障が生じるが、バチルス属細菌、特にバチルス・ブレビスやコリネホルム細菌ではこれらのことは問題とならない。また、高濃度のグルコースやアンモニウム塩を用いたとしても、これらの微生物の培養量が少なくてすみ、コストが高くなるおそれもない。
このように高濃度の標識化合物を含む培地中で培養することにより、本発明の一実施態様では、標識率が100%に極めて近い安定同位体標識タンパク質を得ることができる(例えば、実施例3)。実施例3では、20mlスケールのフラスコ培養を示した。このように小容量、高密度培養でかつ高収率で目的タンパク質が得られるため、例えば、安定同位体標識タンパク質の量として、標識グルコースを使用する場合に0.8g〜1.2g、塩化アンモニウム塩を使用する場合に0.35g〜0.6gという少量使用するだけで、およそ2mg〜9mgの安定同位体タンパク質を分泌生産することができる。従って、酵母Pichia pastorisの場合が8mgのタンパク質を生産するために、グリセロール15g、メタノール50gを消費することと比較して、安価に目的標識タンパク質を製造することが可能である[Journal of Biomol NMR,20,251.(2001)]。
また、グルコース、コハク酸等を2H標識した上で2H2O溶媒を含む培地にて培養することによって、2H標識タンパク質を作成することが可能である。本発明の別の実施態様においては、高価な2H標識グルコースやアミノ酸を使用しなくとも、2H2Oで作成した培地で培養することにより、90%という高い標識率で目的の安定同位体標識タンパク質を分泌生産することができる(実施例4)。さらに、これらの安定同位体で標識された化合物を組み合わせて培地中に添加することによって2種類あるいは3種類の核種について安定同位体標識されたタンパク質を得ることができる。
2H標識タンパク質を作成する場合は、2H2O溶媒を含む培地を必要とするため、通常の方法では多量の2H2Oを必要とするが、本発明では、高密度培養であるため2H2Oを用いた培地の容量が少なくてもよい。標識率についても、大腸菌の60%程度と比較しても、遥かに高い2H標識が可能である[Journal of Biomol NMR,20,71.(2001)]。酵母については正確な標識率が記載された例はないが、連続培養であるため、大量の2H2Oを必要とする。
本発明において、培地には菌の発育およびタンパク質分泌生産を促進するために、アミノ酸やビタミンを添加してもよい。炭素源と窒素源に加え、無機イオンとして、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、リン酸イオン、カリウムイオン、鉄イオン等を必要に応じて適宜使用する。培養は宿主の生育に適した温度およびpH、例えば、pH5.0〜8.5、15℃〜37℃の適切な範囲にて好気的条件下で行ない、1〜7日間程度行なえばよい。このような条件下で形質転換体を培養することにより、目的タンパク質を菌体内で多量に生産され効率よく菌体外に分泌させることができる。用いる菌にアミノ酸要求がある場合には、菌の生育やタンパク質の発現量を向上させるためにアミノ酸を添加することもできる。この場合、培地中の他の物質を標識した安定同位体と同じ安定同位体で標識されたアミノ酸を用いることが好ましい。
本発明によって培地中に分泌された安定同位体標識タンパク質は、よく知られた方法に従って培養後の培地から分離精製することができる。例えば、菌体を遠心分離等により除去した後、塩析、エタノール沈殿、限外濾過、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換カラムクロマトグラフィー、アフィニーティークロマトグラフィー、中高圧液体クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー等の既知の適切な方法、またはこれらを組み合わせることにより分離精製することができる。また、このようにして得られた安定同位体標識タンパク質は、良く知られた方法によって、NMRスペクトルやMSスペクトルを測定することが可能である。特に、本発明においては、培養後の培地中に夾雑タンパク質がほとんど存在しないため、菌体を遠心分離等により除去した後、透析による低分子化合物の除去及び限外ろ過によるタンパク質の濃縮の操作だけでもNMRスペクトルの測定が可能である。
本発明は以下の実施例によって更に具体的に説明されるが、これらはいかなる意味でも本発明を限定するものと解してはならない。
本発明においては、高密度培養が可能で、異種タンパク質を分泌生産できる微生物、例えば、コリネホルム細菌やバチルス属細菌が使用されることが好ましい。高密度培養が可能で、異種タンパク質を分泌生産できる微生物、特にコリネホルム細菌やバチルス属細菌を使用することの利点は、これまでタンパク質の分泌発現に用いられてきた酵母や昆虫細胞と比べ、菌体外に分泌される目的外のタンパク質が極めて少なく、目的のタンパク質を分泌生産した場合に精製過程を簡略化できることである。
また、例えば昆虫細胞を利用する場合、糖やアミノ酸を豊富に含んだ培地にて生育する必要があるのに対し、このような微生物を利用する場合は、糖、アンモニウム塩などのみを炭素源と窒素源にすればよく、従って安定同位体原子の導入に適している。さらに、このような微生物を利用する場合は、微生物における発現量が高く、高密度培養が可能なため小スケールのバッチ培養にてNMR試料に十分量のタンパク質を得ることが可能である。従って、安定同位体で標識されたタンパク質を簡易な設備で製造でき、かつ、高価な安定同位体化合物の消費量を酵母に比べて大幅に低減することが可能であることから、これまでの方法と比べて、経済性および生産性が向上する。さらに、このような微生物は高濃度の安定同位体供給源(糖、アンモニウム塩など)培地で培養が可能なため、培地中の安定同位体の濃度が高くなり、99%以上という安定同位体標識率の極めて高い標識タンパク質を分泌生産することが可能となる。
本明細書において、コリネホルム細菌とはバージェイズマニュアルオブディターミネーティブバクテリオロジー第8版599ページ(1974)に記載されているように、好気性のグラム陽性かん菌であり、従来ブレビバクテリウム属に分類されていたが、現在コリネバクテリウム属に統合された微生物を含み[Int.J.Syst.Bacteriol.,41,255(1981)]、またコリネバクテリウム属と非常に近縁なブレビバクテリウム属細菌を含む。
本発明において使用できるコリネホルム細菌には、例えばL−グルタミン酸生産菌に代表されるブレビバクテリウム・サッカロリティクムATCC14066、ブレビバクテリウム・インマリオフィルムATCC14068、ブレビバクテリウム・ラクトファーメンタム(コリネバクテリウム・グルタミカム)ATCC13869、ブレビバクテリウム・ロゼウムATCC13825、ブレビバクテリウム・フラバム(コリネバクテリウム・グルタミカム)ATCC14067、コリネバクテリウム・アセトアシドフィルムATCC13870、コリネバクテリウム・グルタミカムATCC13032、コリネバクテリウム・リリウム(コリネバクテリウム・グルタミカム)ATCC15990、ブレビバクテリウム・アンモニアゲネス(コリネバクテリウム・アンモニアゲネス)ATCC6871等の野生株、及び、これら野生株より誘導される変異株、例えばグルタミン酸生産性を失った変異株、更にはリジン等のアミノ酸生産変異株、イノシン等の核酸のような他の物質を生産する変異株が含まれる。
本発明で利用できるバチルス属細菌には、例えば、バチルス・ブレビス細菌が含まれる。バチルス・ブレビス細菌とは好気性のグラム陽性かん菌であり、例えばBacillus brevis 47(特開昭60−58074、特開昭62−201583)、Bacillus brevis H102(特開昭63−56277)が利用できる。好適にはBacillus brevis H102が用いられる。またこれらの変異株も本明細書における「バチルス属細菌」に含まれる。
本発明に使用される遺伝子構築物は、一般にプロモーター、適切なシグナルペプチドをコードする配列および目的タンパク質をコードする核酸断片、および宿主中で目的タンパク質遺伝子を発現させるために必要な制御配列(オペレーターやターミネーター等)を、それらが機能し得るように適切な位置に有するものである。
例えば、本発明に使用される遺伝子構築物は一般にプロモーター、適切なシグナルペプチドおよび目的タンパク質をコードする核酸断片、およびコリネホルム細菌またはバチルス属細菌中で目的タンパク質遺伝子を発現させるために必要な制御配列(プロモーターやターミネーター等)を含む適切な配列を適切な位置に有するものである。この構築物のために使用できるベクターは特に制限されず、宿主、例えばコリネホルム細菌またはバチルス属細菌中で機能しえるものであればよく、プラスミドのように染色体外で自律増殖するものであっても細菌染色体に組み込まれるものであっても良い。宿主に依存してコリネホルム細菌由来またはバチルス属細菌由来のプラスミドは特に好ましい。これらには、例えばこれらには、例えばpHM1519(Agric,Biol.Chem.,48,2901−2903(1984))、pAM330(Agric.Biol.Chem.,48,2901−2903(1984))、pHT926(特願平4−216605)、およびこれらを改良した薬剤耐性遺伝子を有するプラスミドが含まれる。バチルス・ブレビスを宿主とする場合は、バチルス・サチルスで利用されるpUB110(J.Bacteriol.,134,318−329(1978))も利用できる。
また、トランスポゾン等も利用することができる。トランスポゾンが使用される場合は相同組換えまたはそれ自身の転移能によって目的遺伝子が染色体中に導入される。使用できるプロモーター、SD、シグナルペプチドコード遺伝子としては、特に限定されず、宿主で機能するものであればいずれでもよい。
本発明に使用できるプロモーターは特に限定されず、宿主微生物内で機能し得るプロモーターであれば一般に使用でき、更に異種由来の、例えばtacプロモーター等のE.coli由来のプロモーターであってもよい。その中で、tacプロモーター等の強力なプロモーターがより好ましい。
コリネホルム細菌由来のプロモーターには、例えば、細胞表層タンパク質のPS1、PS2、SlpAの遺伝子のプロモーター、各種アミノ酸生合成系、例えばグルタミン酸生合成系のグルタミン酸脱水素酵素遺伝子、グルタミン合成系のダルタミン合成酵素遺伝子、リジン生合成系のアスパルトキナーゼ遺伝子、スレオニン生合成系のホモセリン脱水素酵素遺伝子、イソロイシンおよびバリン生合成系のアセトヒドロキシ酸合成酵素遺伝子、ロイシン生合成系の2−イソプロピルリンゴ酸合成酵素遺伝子、プロリンおよびアルギニン生合成系のグルタミン酸キナーゼ遺伝子、ヒスチジン生合成系のホスホリボシル−ATPピロホスホリラーゼ遺伝子、トリプトファン、チロシンおよびフェニルアラニン等の芳香族アミノ酸生合成系のデオキシアラビノヘプツロン酸リン酸(DAHP)合成酵素遺伝子、イノシン酸およびグアニル酸のような核酸生合成系におけるホスホリボシルピロホスフェート(PRPP)アミドトランスフェラーゼ遺伝子、イノシン酸脱水素酵素遺伝子およびグアニル酸合成酵素遺伝子のプロモーターが含まれる。宿主としてバチルス属細菌を用いる場合、特にバチルス・ブレビスを用いる場合は、例えば、Bacillus brevis 47あるいはH102由来のプロモーター、SD、シグナルペプチドをコードする遺伝子(J.Bacteriol.,170,935−945(1998),J.Bacteriol.,172,1312−1320(1990))を用いることができる。
本発明によって標識されるタンパク質は特に限定されない。天然で分泌型でないタンパク質を本発明によって安定同位体標識する場合は、上述したように、適切なシグナルペプチドを付加する等により分泌型タンパク質に改変した上で標識することができる。
本発明によって安定同位体標識し得るタンパク質は、本質的には動植物や微生物由来のタンパク質全般が含まれ、特に限定されない。例えば、アルブミン、イムノグロブリン、血液凝固因子などのヒト血漿成分;プロテアーゼ、トランスフェラーゼなどの酵素;成長ホルモン、エリスロポエチンなどのホルモン;細胞増殖、抑制などの細胞増殖因子;細胞分化、誘導、刺激などの免疫反応調節因子;モノカイン、サイトカイン、リンホカインなどの細胞産性生物学的活性タンパク質;等のタンパク質を本発明によって安定同位体標識することができる。以下の実施例においては、本発明の方法により微生物由来トランスグルタミナーゼ(MTG)およびヒト上皮細胞増殖因子(EGF)を安定同位体標識した例が示される。
天然でプレプロペプチドとして発現されるタンパク質を本発明によって標識する場合に、プロタンパク質をコードする遺伝子を使用することもできる、その遺伝子の発現によって得られるタンパク質のプロ構造部は適当な手段、例えばプロテアーゼによって切断すればよく、アミノペプチダーゼ、適切な位置で切断するエンドペプチダーゼ、あるいは、より特異的なプロテアーゼを使用することができる。
本発明において、タンパク質を分泌させるために使用し得るシグナルペプチドは、宿主であるコリネホルム細菌またはバチルス属細菌の分泌性タンパク質のシグナルペプチドが好ましい。例えば、コリネホルム細菌を利用する場合は、コリネホルム細菌の細胞表層タンパク質のシグナルペプチドが好ましい。コリネホルム細菌の細胞表層タンパク質には、C.glutamicumに由来するPS1及びPS2(特表平6−502548)、及びC.ammoniagenesに由来するSlpA(特開平10−108675)が含まれる。また、米国特許4965197によれば、コリネ型細菌由来のDNaseにもシグナルペプチドがあると言われており、そのようなシグナルペプチドも利用することができる。バチルス属細菌を利用する場合は、例えば、Bacillus brevis 47(特開昭60−58074、特開昭62−201583)の主要菌体外タンパク質の1種であるMWタンパク質やOWタンパク質のシグナルペプチド、バチルス・サブチリス(Bacillus subtilis)のα−アミラーゼのシグナルペプチドを利用することができる。
シグナル配列は、翻訳産物が菌体外に分泌される際にシグナルペプチダーゼによって切断される。従って、シグナルペプチドをコードする遺伝子は、天然型のままでも使用できるが、使用する宿主のコドン使用頻度に応じて最適なコドンを有するように改変してもよい。これらのシグナルペプチドを使用する場合、目的とするタンパク質をコードする遺伝子は、シグナルペプチドをコードする遺伝子の3’−末端側に接続し、かつ、上記プロモーターにより発現の制御を受けるように配置すればよい。
本発明において、培地中の炭素源としてはグルコースおよびシュークロースのような炭水化物、酢酸のような有機酸、グリセロールのようなアルコール類、アミノ酸、その他を使用することができる。その中でも比較的安価なグルコース、シュークロース、グリセロールが好ましい。窒素源としては、アンモニアガス、アンモニア水、アンモニウム塩、アミノ酸、その他が使用できる。その中でも、入手が容易で取り扱いやすい塩化アンモニウムや硫酸アンモニウムが好ましい。安定同位体標識する場合は炭素源や窒素源の種類が少ないことが望ましい。本発明に用いるコリネホルム細菌は、例えば、グルコース、アンモニウム塩のみをそれぞれ炭素源、窒素源とすることができるので好ましい。このとき、グルコースを13C標識すれば13C標識、アンモニウム塩を15N標識すれば15N標識される。
培地中の標識炭素源濃度は、13C標識−グルコース濃度に換算して5g/L〜150g/L(約27mM〜約0.81M)が好ましく、さらに好ましくは、20g/L〜60g/L(約107mM〜約322mM)、特に好ましくは、30g/L〜50g/L(約160mM〜約269mM)である。また、標識窒素源濃度は、アンモニウム塩として用いる場合に15NH4 +濃度として30mM〜1Mが好ましく、より好ましくは、50mM〜600mM、特に好ましくは、200mM〜400mMである。
標識化合物を含む培地にて菌体を培養する(本培養)前に、実施例1に示すように前培養を行なうと菌体の生育が良い。本培養液に添加する前培養液の量は少ないほど標識率が高まるので好ましいが、一方、添加する前培養液の量が少なすぎると菌の生育に悪影響を及ぼす。一般に、菌の良好な生育のためには本培養液に添加する前培養液の割合は0.5%以上が好ましく、標識率を高めるためには後述するようにこの割合を高々10%程度にすることが好ましい。本発明の一実施態様においては、本培養液に添加する前培養液の割合は2.5%(v/v)程度が最適であることが示されている。
本培養液を構成する標識化合物の濃度が高いことにより、タンパク質の標識率を向上させることができる(図1参照)。添加する前培養液に未標識のグルコースがAg/L残存し、これを2.5%本培養液に添加すると仮定する。従来、大腸菌を培養して標識タンパク質を取得する場合のように本培養液の13Cグルコース濃度が2g/Lとすると、前培養液に含まれる未標識グルコースが1.25×A%取り込まれてしまう。一方、本発明のように高濃度の13Cグルコース、例えば60g/Lの13Cグルコースを用いた場合には、未標識グルコースは0.042×A%しか取り込まれず、高い標識率を達成することが可能となる。同様なことが2Hや15Nについても言える。従って、本培養液に添加する前培養液の割合は厳密に制限されるわけではないが、菌の良好な生育を保証しつつ高い標識率を得るためには前記の割合は0.5%〜15%(v/v)であることが好ましく、より好ましくは、1%〜10%(v/v)であり、特に標識率の高いタンパク質を製造する場合は1.5%〜5%(v/v)が好ましい。培地中の安定同位体で標識された炭素源および/または窒素源の濃度は本培養液に添加する前培養液の割合に応じて変化させることもできる(図1参照)。
大腸菌などを用いた場合、培地に含まれる安定同位体標識されたグルコースや塩の濃度が高すぎると生育に支障が生じるが、バチルス属細菌、特にバチルス・ブレビスやコリネホルム細菌ではこれらのことは問題とならない。また、高濃度のグルコースやアンモニウム塩を用いたとしても、これらの微生物の培養量が少なくてすみ、コストが高くなるおそれもない。
このように高濃度の標識化合物を含む培地中で培養することにより、本発明の一実施態様では、標識率が100%に極めて近い安定同位体標識タンパク質を得ることができる(例えば、実施例3)。実施例3では、20mlスケールのフラスコ培養を示した。このように小容量、高密度培養でかつ高収率で目的タンパク質が得られるため、例えば、安定同位体標識タンパク質の量として、標識グルコースを使用する場合に0.8g〜1.2g、塩化アンモニウム塩を使用する場合に0.35g〜0.6gという少量使用するだけで、およそ2mg〜9mgの安定同位体タンパク質を分泌生産することができる。従って、酵母Pichia pastorisの場合が8mgのタンパク質を生産するために、グリセロール15g、メタノール50gを消費することと比較して、安価に目的標識タンパク質を製造することが可能である[Journal of Biomol NMR,20,251.(2001)]。
また、グルコース、コハク酸等を2H標識した上で2H2O溶媒を含む培地にて培養することによって、2H標識タンパク質を作成することが可能である。本発明の別の実施態様においては、高価な2H標識グルコースやアミノ酸を使用しなくとも、2H2Oで作成した培地で培養することにより、90%という高い標識率で目的の安定同位体標識タンパク質を分泌生産することができる(実施例4)。さらに、これらの安定同位体で標識された化合物を組み合わせて培地中に添加することによって2種類あるいは3種類の核種について安定同位体標識されたタンパク質を得ることができる。
2H標識タンパク質を作成する場合は、2H2O溶媒を含む培地を必要とするため、通常の方法では多量の2H2Oを必要とするが、本発明では、高密度培養であるため2H2Oを用いた培地の容量が少なくてもよい。標識率についても、大腸菌の60%程度と比較しても、遥かに高い2H標識が可能である[Journal of Biomol NMR,20,71.(2001)]。酵母については正確な標識率が記載された例はないが、連続培養であるため、大量の2H2Oを必要とする。
本発明において、培地には菌の発育およびタンパク質分泌生産を促進するために、アミノ酸やビタミンを添加してもよい。炭素源と窒素源に加え、無機イオンとして、カルシウムイオン、マグネシウムイオン、リン酸イオン、カリウムイオン、鉄イオン等を必要に応じて適宜使用する。培養は宿主の生育に適した温度およびpH、例えば、pH5.0〜8.5、15℃〜37℃の適切な範囲にて好気的条件下で行ない、1〜7日間程度行なえばよい。このような条件下で形質転換体を培養することにより、目的タンパク質を菌体内で多量に生産され効率よく菌体外に分泌させることができる。用いる菌にアミノ酸要求がある場合には、菌の生育やタンパク質の発現量を向上させるためにアミノ酸を添加することもできる。この場合、培地中の他の物質を標識した安定同位体と同じ安定同位体で標識されたアミノ酸を用いることが好ましい。
本発明によって培地中に分泌された安定同位体標識タンパク質は、よく知られた方法に従って培養後の培地から分離精製することができる。例えば、菌体を遠心分離等により除去した後、塩析、エタノール沈殿、限外濾過、ゲル濾過クロマトグラフィー、イオン交換カラムクロマトグラフィー、アフィニーティークロマトグラフィー、中高圧液体クロマトグラフィー、逆相クロマトグラフィー、疎水クロマトグラフィー等の既知の適切な方法、またはこれらを組み合わせることにより分離精製することができる。また、このようにして得られた安定同位体標識タンパク質は、良く知られた方法によって、NMRスペクトルやMSスペクトルを測定することが可能である。特に、本発明においては、培養後の培地中に夾雑タンパク質がほとんど存在しないため、菌体を遠心分離等により除去した後、透析による低分子化合物の除去及び限外ろ過によるタンパク質の濃縮の操作だけでもNMRスペクトルの測定が可能である。
本発明は以下の実施例によって更に具体的に説明されるが、これらはいかなる意味でも本発明を限定するものと解してはならない。
参考例1.コリネバクテリウム・グルタミカムAJ12036より細胞表層タンパク質(P S2)遺伝子破壊株の作製
Corynebacterium glutamicum ATCC13869より既にストレプトマイシン(Sm)耐性株AJ12036が育種されており、Corynebacterium glutamicumでの遺伝子組換え用の一つの宿主として使用されている(米国特許第4,822,738号)。Corynebacterium glutamicum(旧名称Brevibacterium lactofermentum)AJ12036は昭和59年3月26日付けでFERM P−7559として、通商産業省工業技術院微生物工業技術研究所(現、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター 日本国茨城県つくば市東1−1−1中央第6、郵便番号305−8566)に寄託され、昭和60年3月13日付けでFERM BP−734としてブダペスト条約に基づく国際寄託に移管されている。
AJ12036株は細胞表層タンパク質(PS2)を少量、培地中に分泌していることが確認されたので、完全にPS2を生成しないように遺伝子破壊を行なえばタンパク質の分泌効率をさらに向上させることができるのではないかと考えられる。そこで以下のように相同組換え法を用いてPS2遺伝子完全欠損株の作製を行なった。
斉藤、三浦の方法[Biochim.Biophys.Acta.,72,619(1963)]により調製したCorynebacterium glutamicum ATCC13869の染色体DNAから、下記に示したプライマーを合成し、配列番号1と2および配列番号3と4の組み合わせでそれぞれPCRを行なった。Corynebacterium glutamicum ATCC13869のPS2遺伝子配列は米国特許第5,547,864号に記載されている。
次に増幅したそれぞれの断片と配列番号1と3のプライマーの組み合わせでCrossover−PCRを行い、PS2遺伝子のプロモーター領域およびコーディング領域のN末端側を欠損させたΔPS2断片を増幅させた。この断片をpUC19のSmaI部位にクローン化し、pUΔPS2を構築した。pUΔPS2をKpnIとXbaI消化してΔPS2断片を切り出し、プラスミドpHM1519由来の温度感受性プラスミドベクターであるpHS4(米国特許第5,616,480号)のKpnI−XbaI部位に挿入することにより、pHSΔPS2を構築した。プラスミドpHS4で形質転換されたEscherichia coli AJ12570はFERM P−11762として、平成2年10月11日付けで通商産業省工業技術院微生物工業技術研究所(現、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、日本国茨城県つくば市東1−1−1中央第6、郵便番号305−8566)に寄託され、平成3年8月26日付けでFERM BP−3523としてブダペスト条約に基づく国際寄託に移管されている。
(配列番号1)5’−act ggg agg cta tct cca tt−3’
(配列番号2)5’−atc gat ctg atc acg tta ca−3’
(配列番号3)5’−tgt aac gtg atc aga tcg att cac tgg tcg aca ccg ttg a−3’
(配列番号4)5’−acg gaa gct acc ttc gag gt−3’
Corynebacterium glutamicum ATCC13869より既にストレプトマイシン(Sm)耐性株AJ12036が育種されており、Corynebacterium glutamicumでの遺伝子組換え用の一つの宿主として使用されている(米国特許第4,822,738号)。Corynebacterium glutamicum(旧名称Brevibacterium lactofermentum)AJ12036は昭和59年3月26日付けでFERM P−7559として、通商産業省工業技術院微生物工業技術研究所(現、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター 日本国茨城県つくば市東1−1−1中央第6、郵便番号305−8566)に寄託され、昭和60年3月13日付けでFERM BP−734としてブダペスト条約に基づく国際寄託に移管されている。
AJ12036株は細胞表層タンパク質(PS2)を少量、培地中に分泌していることが確認されたので、完全にPS2を生成しないように遺伝子破壊を行なえばタンパク質の分泌効率をさらに向上させることができるのではないかと考えられる。そこで以下のように相同組換え法を用いてPS2遺伝子完全欠損株の作製を行なった。
斉藤、三浦の方法[Biochim.Biophys.Acta.,72,619(1963)]により調製したCorynebacterium glutamicum ATCC13869の染色体DNAから、下記に示したプライマーを合成し、配列番号1と2および配列番号3と4の組み合わせでそれぞれPCRを行なった。Corynebacterium glutamicum ATCC13869のPS2遺伝子配列は米国特許第5,547,864号に記載されている。
次に増幅したそれぞれの断片と配列番号1と3のプライマーの組み合わせでCrossover−PCRを行い、PS2遺伝子のプロモーター領域およびコーディング領域のN末端側を欠損させたΔPS2断片を増幅させた。この断片をpUC19のSmaI部位にクローン化し、pUΔPS2を構築した。pUΔPS2をKpnIとXbaI消化してΔPS2断片を切り出し、プラスミドpHM1519由来の温度感受性プラスミドベクターであるpHS4(米国特許第5,616,480号)のKpnI−XbaI部位に挿入することにより、pHSΔPS2を構築した。プラスミドpHS4で形質転換されたEscherichia coli AJ12570はFERM P−11762として、平成2年10月11日付けで通商産業省工業技術院微生物工業技術研究所(現、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター、日本国茨城県つくば市東1−1−1中央第6、郵便番号305−8566)に寄託され、平成3年8月26日付けでFERM BP−3523としてブダペスト条約に基づく国際寄託に移管されている。
(配列番号1)5’−act ggg agg cta tct cca tt−3’
(配列番号2)5’−atc gat ctg atc acg tta ca−3’
(配列番号3)5’−tgt aac gtg atc aga tcg att cac tgg tcg aca ccg ttg a−3’
(配列番号4)5’−acg gaa gct acc ttc gag gt−3’
配列番号1〜4:PCRプライマー
次にpHSΔPS2をAJ12036株にエレクトロポレーションにより導入し、日本特許第2763054号に記載した相同組換え法によりPS2遺伝子完全欠損株を取得した。本株をYDK010株と命名した。
参考例2.C.glutamicum ATCC13869の細胞表層タンパク質のシグナル配列を有 するhEGF遺伝子の構築
C.glutamicumの細胞表層タンパク質であるPS2の遺伝子の配列は既に決定されている[Mol.Microbiol.,9,97−109(1993)]。この配列を参考にして配列番号5と配列番号6に示したプライマーを合成し、斉藤、三浦の方法[Biochem.Biophys.Act.,72,619(1963)]により調製したC.glutamicum ATCC13869の染色体DNAからPS2に相当するタンパク質の5’−上流域とシグナル配列を含むN末端側アミノ酸を44残基コードする領域をPCR法にて増幅した。PCR反応にはPyrobest DNA ポリメラーゼ(宝酒造社製)を用いており、反応条件は添付のプロトコールに従った。配列番号5に示したプライマーは5’端側にプラスミドへ挿入するために必要な制限酵素KpnIの認識配列を含んでいる。
(配列番号5)5’−GCTCGGTACCCAAATTCCTGTGAATTAGCTGATTTAG−3’
(配列番号6)5’−GTTGAAGCCGTTGTTGATGTTGAA−3’
次にpHSΔPS2をAJ12036株にエレクトロポレーションにより導入し、日本特許第2763054号に記載した相同組換え法によりPS2遺伝子完全欠損株を取得した。本株をYDK010株と命名した。
参考例2.C.glutamicum ATCC13869の細胞表層タンパク質のシグナル配列を有 するhEGF遺伝子の構築
C.glutamicumの細胞表層タンパク質であるPS2の遺伝子の配列は既に決定されている[Mol.Microbiol.,9,97−109(1993)]。この配列を参考にして配列番号5と配列番号6に示したプライマーを合成し、斉藤、三浦の方法[Biochem.Biophys.Act.,72,619(1963)]により調製したC.glutamicum ATCC13869の染色体DNAからPS2に相当するタンパク質の5’−上流域とシグナル配列を含むN末端側アミノ酸を44残基コードする領域をPCR法にて増幅した。PCR反応にはPyrobest DNA ポリメラーゼ(宝酒造社製)を用いており、反応条件は添付のプロトコールに従った。配列番号5に示したプライマーは5’端側にプラスミドへ挿入するために必要な制限酵素KpnIの認識配列を含んでいる。
(配列番号5)5’−GCTCGGTACCCAAATTCCTGTGAATTAGCTGATTTAG−3’
(配列番号6)5’−GTTGAAGCCGTTGTTGATGTTGAA−3’
配列番号5、6:PCRプライマー
一方、配列番号7と配列番号8に示したプライマーを合成し、hEGF遺伝子の配列を含んでいるプラスミドpT13SΔhIL2−KS−hEGF(H3)(特開昭64−2583)からhEGFをコードする領域をPCR法にて増幅した。また当該遺伝子を含むプラスミドpT13S△hIL2−KS−hEGF(H3)を形質転換した大腸菌AJ12354は昭和62年11月20日付けでFERM P−9719として、通商産業省工業技術院微生物工業技術研究所(現、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター)に寄託され、平成14年3月18日付けでFERM BP−7966としてブダペスト条約に基づく国際寄託に移管されている。
配列番号7に示したプライマーはPS2に相当するタンパク質の5’−上流域とN末端側アミノ酸を44残基コードする領域との融合遺伝子を構築するためにPS2のシグナル配列C末端側のアミノ酸をコードする遺伝子配列を含んでいる。
(配列番号7)5’−AACATCAACAACGGCTTCAACAATTCCGATTCTGAGTGCCCT−3’
(配列番号8)5’−CGGCCACGATGCGTCCGGCG−3’
一方、配列番号7と配列番号8に示したプライマーを合成し、hEGF遺伝子の配列を含んでいるプラスミドpT13SΔhIL2−KS−hEGF(H3)(特開昭64−2583)からhEGFをコードする領域をPCR法にて増幅した。また当該遺伝子を含むプラスミドpT13S△hIL2−KS−hEGF(H3)を形質転換した大腸菌AJ12354は昭和62年11月20日付けでFERM P−9719として、通商産業省工業技術院微生物工業技術研究所(現、独立行政法人 産業技術総合研究所 特許生物寄託センター)に寄託され、平成14年3月18日付けでFERM BP−7966としてブダペスト条約に基づく国際寄託に移管されている。
配列番号7に示したプライマーはPS2に相当するタンパク質の5’−上流域とN末端側アミノ酸を44残基コードする領域との融合遺伝子を構築するためにPS2のシグナル配列C末端側のアミノ酸をコードする遺伝子配列を含んでいる。
(配列番号7)5’−AACATCAACAACGGCTTCAACAATTCCGATTCTGAGTGCCCT−3’
(配列番号8)5’−CGGCCACGATGCGTCCGGCG−3’
配列番号7、8:PCRプライマー
次に、増幅させたC.glutamicumのPS2に相当するタンパク質の5’−上流域とN末端側アミノ酸を44残基コードする領域のPCR反応液1μlと、やはり増幅させたhEGFの遺伝子領域のPCR反応液1μlを混ぜて鋳型とし、配列番号5と配列番号8を用いてクロスオーバーPCRを行い、C.glutamicumの細胞表層タンパク質の5’−上流域とN末端側アミノ酸を44残基コードする領域に接続されたhEGFの融合遺伝子を増幅させた。アガロースゲル電気泳動により約0.9kbの増幅断片を検出した。この断片をEASY TRAP Ver.2(宝酒造社製)を用いてアガロースゲルから回収した。回収したDNAを制限酵素KpnIとBamHI(宝酒造社製)により切断し、DNA Clean−UP system(Promega社製)により精製し、特開平9−322774記載のプラスミドpPK4のKpnI−BamHI部位に挿入することによって、pPKEGFを得た。ダイターミネーターサイクルシークエンシングキット(PEアプライドバイオシステムズ社製)とDNAシークエンサー377(PEアプライドバイオシステムズ社製)を用いて挿入断片の塩基配列の決定を行い、予想通りの融合遺伝子が構築されていることを確認した。
参考例3.hEGF生産株の作製
実施例2で作製したhEGF発現プラスミドpPSEGFを用いて、実施例1で作製したC.glutamicum YDK010株をエレクトロポレーション法により形質転換し、カナマイシン耐性株を取得した。得られた株を25mg/lのカナマイシンを含むMMTG液体培地(グルコース60g、硫酸マグネシウム七水和物0.4g、硫酸アンモニウム30g、リン酸二水素カリウム1g、硫酸鉄七水和物0.01g、硫酸マンガン五水和物0.01g、チアミン塩酸塩450μg、ビオチン450μg、DL−メチオニン0.15g、炭酸カルシウム50g、水で1LにしてpH7.5に調整)でそれぞれ30℃、3日間振とう培養した。菌体を遠心除去した培養上清10μlをSDS−PAGEに供した。市販hEGF(PEPRO TECHEC LTD)を標準品として同時に泳動し、クマシーブリリアントブルー(CBB)染色を行った結果、同移動度の位置にバンドを検出した。培養上清中に他の不純タンパク質はほとんど検出されなかった。
参考例4.コリネバクテリウム・グルタミカムYDK010を用いるMTGの分泌生産
参考例1で作製したYDK010株にプロ構造改変型トランスグルタミナーゼ分泌発現プラスミドであるpPKSPTG11(特許公開WO 01/23591)とセリンプロテアーゼ(SAMP45)発現プラスミドであるpVSS1(特許公開WO 01/23591)を導入し、形質転換体を得た。5mg/lのクロラムフェニコールと25mg/lのカナマイシンを含む上記CM2S寒天培地で生育した菌株を選択した。次に、選択したpVSS1とpPKSPTG11を有するC.glutamicum YDK010株を、5mg/lのクロラムフェニコールと25mg/lのカナマイシンを含むMMTG液体培地(グルコース60g、硫酸マグネシウム七水和物0.4g、硫酸アンモニウム30g、リン酸二水素カリウム1g、硫酸鉄七水和物0.01g、硫酸マンガン五水和物0.01g、チアミン塩酸塩450μg、ビオチン450μg、DL−メチオニン0.15g、炭酸カルシウム50g、水で1LにしてpH7.5に調整)で30℃、70時間培養した。
培養終了後10μlの培養上清をSDS−PAGEに供した。C.glutamicum ATCC13869形質変換体を用いて分泌生産、精製したトランスグルタミナーゼ(特許公開WO 01/23591)を標準品として同時に泳動し、クマシーブリリアントブルー(CBB)染色を行った結果、同移動度の位置にバンドを検出した。培養上清中に他の不純タンパク質はほとんど検出されなかった。その結果SAMP45が正常に分泌発現し、やはり分泌されているプロ構造部付きトランスグルタミナーゼのプロ構造部が切断され、天然型の成熟トランスグルタミナーゼとほぼ同じ分子量を有するトランスグルタミナーゼの分泌が認められた。
実施例1.前培養液の添加量の検討
本培養液に添加する前培養液の量が多すぎると安定同位体標識率の低下原因となる。一方、本培養液に添加する前培養液の添加量が少なすぎると菌体の生育が低下してしまう。そこで、最適な前培養液添加量を検討することとした。
参考例3で作成したEGF遺伝子を含むプラスミドを導入したCorynebacterium glutamicum YDK010形質転換体のカナマイシン耐性株を利用し、検討を行った。まず、グルコース5g/L、ポリペプトン10g/L、イーストエクストラクト10g/L、NaCl 5g/L、DL−メチオニン0.2g/L、pH7.2となるように調整し、さらに、25mg/Lのカナマイシンを含むCM2G液体培地を作成し16時間、前培養を行った。
続いて、グルコース60g/L、塩化アンモニウム30g/L、DL−メチオニン0.15g/L、硫酸マグネシウム七水和物0.4g/L、リン酸二水素カリウム1g/L、硫酸鉄七水和物0.01g/L、硫酸マンガン五水和物0.01g/L、チアミン塩酸塩450mg/L、ビオチン450mg/L、炭酸カルシウム50g/L、pH7.5となるように調整し、さらに、25mg/Lのカナマイシンを含む冷MMM液体培地を作成した。前培養液の添加量を、0.1%、0.5%、1.0%、2.5%、5.0%、10%とした上で、30℃にて24時間本培養を実施した。本培養液の吸光度(OD562nm)を図2に示す。
図2から、前培養液の本培養液への添加量は約0.5%〜約10%でよく、特に約2.5%程度とすることが最適であることが示された。
実施例2.コリネホルム細菌によるEGFの安定同位体標識
参考例3で作成したEGF遺伝子を含むプラスミドを導入したCorynebacterium glutamicum YDK010形質転換体のカナマイシン耐性株を利用し、安定同位体標識蛋白質を調製することとした。実施例1と同様にCM2G液体培地を作成し16時間、前培養を行った。15N標識−塩化アンモニウム(CIL)、13Cグルコース(CIL)については、標識率がそれぞれ99%、99%のものを使用し、下記の実験を行った。
15 N標識標識用培地調製
グルコース60g/L、15N標識−塩化アンモニウム30g/L、15N標識−L−メチオニン0.15g/L、硫酸マグネシウム七水和物0.4g/L、リン酸二水素カリウム1g/L、硫酸鉄七水和物0.01g/L、硫酸マンガン五水和物0.01g/L、チアミン塩酸塩450mg/L、ビオチン450mg/L、炭酸カルシウム50g/L、pH7.5となるように調整し、さらに、25mg/Lのカナマイシンを添加することにより15N標識MMM液体培地を作成した。また、この他に、グルコースと15N標識−塩化アンモニウムの量を40g/L、17.5g/Lおよび20g/L、5g/L(100mM)の15N標識MMM液体培地を作成した。
13 C、 15 N標識用培地調製
13Cグルコース60g/L、15N標識−塩化アンモニウム30g/L、13C,15N標識−L−メチオニン0.15g/L、硫酸マグネシウム七水和物0.4g/L、リン酸二水素カリウム1g/L、硫酸鉄七水和物0.01g/L、硫酸マンガン五水和物0.01g/L、チアミン塩酸塩450mg/L、ビオチン450mg/L、炭酸カルシウム50g/L、pH7.5となるように調整し、さらに、25mg/Lのカナマイシンを添加することにより13C,15N標識MMM液体培地を作成した。また、この他に、グルコースと15N標識−塩化アンモニウムの量を40g/L、17.5g/Lおよび20g/L、5g/L(94mM)の15N標識MMM液体培地を作成した。
EGF産生菌株について、実施例1と同様な手順に従って前培養を実施した後、本培養液20mlに対して、2.5%あるいは10%の前培養液を、20mlの15N標識MMM液体培地、あるいは13C,15N標識MMM液体培地の入った500ml容坂口フラスコへ添加し30℃にて24時間振とう培養を行った。対照として、未標識グルコース、未標識塩化アンモニウムを含む同様な培地にても培養を行い、15N標識率および1 3C標識率を算出することとした。未標識培地にて得られたEGFに対し、15N標識MMM液体培地、および13C,15N標識MMM液体培地にて調製したEGFを、それぞれ15N−EGF、13C,15N−EGFと呼ぶ。
実施例3.15 N−EGFおよび 13 C, 15 N−EGFの標識率の算出
実施例2で培養した未標識EGF、15N−EGFおよび13C,15N−EGFの培養上清をHPLCカラム(Vydac,C18,径4.6mm × 長さ250mm)、バッファー0.1% TFA、0.1% TFA/90%アセトニトリルを用いて分離精製し、Q−TOF(マイクロマス社)にて分子量を測定した結果を図3に示す。また、培地中の炭素源および窒素源としてのグルコース、塩化アンモニウム濃度と添加した前培養液の量と標識率について表1にまとめた。
グルコース濃度40g/L、塩化アンモニウム濃度17.5g/Lで、前培養液添加量が2.5%の場合、使用した安定同位体標識化合物量は、グルコースで0.8g、塩化アンモニウムで0.35gという少量でEGFの場合およそ2mg(MTGの場合およそ9mg)の安定同位体標識タンパク質を分泌生産することができた。
質量分析の結果、EGFの分子量は6215.6であり、全培養液添加量2.5%のときの、15N標識EGFの分子量は6288.0、13C,15N標識EGFの分子量は6553.7であった。15N標識率および13C,15N標識率が100%の時の分子量がそれぞれ6288.5と6556.5であることから、15N標識率、13C標識率ともに99%以上の標識率が達成されたことが示される。
以上の結果、窒素源として塩化アンモニウム、炭素源としてグルコースのみをいずれも少量利用するだけで、標識率の極めて高い15N標識蛋白質および13C,15N標識蛋白質を調製できることが示された。
実施例4.2 H標識EGFの分泌生産
参考例3で作成したEGF遺伝子を含むプラスミドを導入したCorynebacterium glutamicum YDK010形質転換体のカナマイシン耐性株を利用し、2H安定同位体標識蛋白質を調製することとした。実施例1に示した本培養用の培地成分のうち、D,L−メチオニンを除いたものを2H2Oで調製し、2H2O中にて菌体が生育するか確認することにした。なお、2H2Oについては、標識率が98%のものを使用した。EGF産生菌株について実施例1と同様な前培養を行ったのち、20mlの2H2Oで作成した本培養液に、2mlの前培養液を添加して、30℃、24時間培養を行った。
その結果、吸光度(OD562nm)は38.4(100倍希釈して測定)となり、十分成育した。さらに、48時間培養し、その上清を参考例3に記載したように、SDS−PAGEにてEGFの発現を確認した。続いて、実施例3と同じHPLCで精製を行い、質量分析測定を実施して、安定同位体標識率を算出した。その結果、分子量が6489.5であり、標識率91%と非常に高いことが明らかとなった。
実施例5.標識MTGの分泌生産
参考例4で作成したMTG遺伝子を含むプラスミドを導入したCorynebacterium glutamicum YDK010形質転換体のカナマイシン耐性およびクロラムフェニコール耐性株を利用し、安定同位体標識蛋白質を調製することとした。実施例1と同様にCM2G液体培地を作成し16時間、前培養を行った。15N標識−塩化アンモニウム(CIL)、15N標識−L−メチオニン(Berlin chemie)については、標識率がそれぞれ99%、95%のものを使用し、実施例2と同様の実験を行った。
実施例6.15 N標識EGFおよびMTGのNMR測定
実施例2および実施例5で作成した培養上清20mlを分子量3500(EGFの場合)または分子量6,000(MTGの場合)のポアサイズをもつ透析膜に注入し、20mMリン酸バッファー、pH6への透析を繰り返すことによって分子量3500または6,000以下の低分子を取り除いた。その後、セントリプレップ(ミリポア)を用いて約10倍にまで濃縮し、NMRロックのために5%2H2Oを添加したものをNMR試料とした。
NMR測定には3重核トリプルグラジェントプローブが装備されたBruker DMX600 NMR装置を用いた。MTGとEGFの測定温度はそれぞれ35℃と30℃とし、得られたデータについては、XWINNMR(Bruker)によってフーリエ変換を行った。HSQCスペクトルについては、3−9−19パルスを用いたWATERGATEシークエンス[J.Magn.Reson.Ser.A,102,241−245.(1993)]を組み込み、水シグナルの消去を行った。1Hのスペクトル幅を10,000Hz、15Nのスペクトル幅を2,400Hzとし、t2方向に1,024、t1方向に256ポイント取り込んだ。
EGFとMTGについて得られた結果を図4aと図4bに示す。図4aおよび図4bから分かるように、15N標識−塩化アンモニウムが取り込まれたことにより、1H−15N由来のシグナルが多数観測された。また、精製せずともEGFやMTG由来のシグナルが一部観測できた。
さらに実施例5と同様の手順にてMTG産生菌株を20ml培養し、CMセファロースにより15N標識MTGを精製した。20mMリン酸バッファー、pH6へ透析を繰り返したのち、セントリプレップ(ミリポア)を用いて700μlにまで濃縮し、NMRロックのために5%2H2Oを添加したものをNMR試料とした。得られたHSQCスペクトルを図5aに示す。また、大腸菌によって15N標識させたMTGについても同様なスペクトルを測定した(図5b)。両者のスペクトルはほぼ等しく、コリネホルム細菌によってNMR解析可能な試料を調製できることが示された。
本発明により、安定同位体標識タンパク質を安価に、かつ簡便に生産するための手段が提供される。すなわち、本発明により、高濃度の標識化合物を含む培地において、コリネ型細菌およびバチルス・ブレビスを高密度に培養することにより、目的タンパク質を多量に産生させ、かつ効率よく菌体外に分泌させることにより、高い標識率の安定同位体標識タンパク質を活性型の状態で得ることができる。
特にコリネ型細菌は、異種タンパク質の分泌に好適とされるカビ、酵母やバチルス属細菌と比べて、天然にはきわめてわずかにしかタンパク質を菌体外に分泌していないため、本発明により分泌生産された安定同位体標識タンパク質の精製過程を簡略化および/または省略化でき、そのままNMRなどの構造解析に用いることができる。更に、タンパク質分解酵素の菌体外分泌が極めて少ないため、分泌された安定同位体標識タンパク質はコリネ型細菌自身のタンパク質分解酵素による分解を受けにくく、効率よく安定同位体標識タンパク質を培養液中に蓄積させることができる。また、コリネ型細菌およびバチルス属細菌は糖、アンモニアや無機塩等を成分とする安価な完全合成培地において培養可能であり、従ってグルコースやアンモニウム塩等の安価な標識化合物のみで、標識率の高いタンパク質を生産することができる。さらには、培養液中に培地由来のタンパク質も少なく、精製が更に容易になる。また、コリネ型細菌およびバチルス属細菌は、高濃度の糖、アンモニウム塩濃度の培地で培養することが可能であり、従って培地中の安定同位体元素濃度が高くなることから、標識率の高い安定同位体を製造することが可能となる。さらには、高密度培養が可能であることから、少量の培地で標識率の高い安定同位体標識タンパク質を大量に製造することが可能であり、従ってこれらを安価に製造することができる。
参考文献
1.特表平6−502548号公報
2.特開平11−169182号公報
3.国際公開第01/23591号パンフレット
4.特開昭60−58074号公報
5.特開昭62−201583号公報
6.特開平4−278091号公報
7.ミツヒコ・イクラ(Mitsuhiko Ikura)他、「大きなタンパク質のプロトン、炭素−13および窒素−15スペクトルの連続的帰属のための新規なアプローチ:異核三重共鳴3次元NMRスペクトロスコピー。カルモジュリンへの応用。」(A novel approach for sequential assignment of proton,carbon−13,and nitrogen−15 spectra of larger Proteins:heteronuclear triple−resonance three−dimensional NMR spectroscopy.Application to calmodulin)、Biochemistry,1990年,第29巻,p.4659
8.ジョナサン・マーレー(Jonathan Marley)、ミン・ルー(Min Lu)、クレイ・ブラッケン(Clay Bracken)、「組換えタンパク質の効率的同位体標識方法」(A method for efficient isotopic labeling of recombinant proteins)、Journal of Biomol NMR,2001年,第20巻,p.71
9.ハロルド・エイ(Harrold A.)他、「ピチア・パストリスのメタノール資化性株における非病原性AVR4タンパク質の効率的13C/15N二重標識」(Efficient 13C/15N double labeling of the avirulence protein AVR4 in a methanol−utilizing strain(Mut+)of Pichia pastoris)、Journal of Biomol NMR,2001年,第20巻,p.251
10.ダブリュー・ディー・モーガン(W.D.Morgan)他、「NMR研究のための、酵母ピチア・パストリスにおける重水素同位体標識タンパク質の発現」(Expression of deuterium−isotope−labelled protein in the yeast Pichia pastoris for NMR studies)、Journal of Biomol NMR,2000年,第17巻,p.337
11.キガワ・ティー(Kigawa T)他、「NMR解析のための、タンパク質の無細胞系合成およびアミノ酸選択的安定同位体標識」(Cell−free synthesis and amino acid−selective stable isotope labeling of proteins for NMR analysis.)、Journal of Biomol NMR,1995年,第2巻,p.129
12.ヤマガタ・エイチ(Yamagata H)、「ヒト上皮増殖因子の効率的合成および分泌のためのバチルス・ブレビスの利用」(Use of Bacillus brevis for efficient synthesis and secretion of human epidermal growth factor.)、Proc.Natl.Acad.Sci.USA,1989年,第86巻,p.3589
次に、増幅させたC.glutamicumのPS2に相当するタンパク質の5’−上流域とN末端側アミノ酸を44残基コードする領域のPCR反応液1μlと、やはり増幅させたhEGFの遺伝子領域のPCR反応液1μlを混ぜて鋳型とし、配列番号5と配列番号8を用いてクロスオーバーPCRを行い、C.glutamicumの細胞表層タンパク質の5’−上流域とN末端側アミノ酸を44残基コードする領域に接続されたhEGFの融合遺伝子を増幅させた。アガロースゲル電気泳動により約0.9kbの増幅断片を検出した。この断片をEASY TRAP Ver.2(宝酒造社製)を用いてアガロースゲルから回収した。回収したDNAを制限酵素KpnIとBamHI(宝酒造社製)により切断し、DNA Clean−UP system(Promega社製)により精製し、特開平9−322774記載のプラスミドpPK4のKpnI−BamHI部位に挿入することによって、pPKEGFを得た。ダイターミネーターサイクルシークエンシングキット(PEアプライドバイオシステムズ社製)とDNAシークエンサー377(PEアプライドバイオシステムズ社製)を用いて挿入断片の塩基配列の決定を行い、予想通りの融合遺伝子が構築されていることを確認した。
参考例3.hEGF生産株の作製
実施例2で作製したhEGF発現プラスミドpPSEGFを用いて、実施例1で作製したC.glutamicum YDK010株をエレクトロポレーション法により形質転換し、カナマイシン耐性株を取得した。得られた株を25mg/lのカナマイシンを含むMMTG液体培地(グルコース60g、硫酸マグネシウム七水和物0.4g、硫酸アンモニウム30g、リン酸二水素カリウム1g、硫酸鉄七水和物0.01g、硫酸マンガン五水和物0.01g、チアミン塩酸塩450μg、ビオチン450μg、DL−メチオニン0.15g、炭酸カルシウム50g、水で1LにしてpH7.5に調整)でそれぞれ30℃、3日間振とう培養した。菌体を遠心除去した培養上清10μlをSDS−PAGEに供した。市販hEGF(PEPRO TECHEC LTD)を標準品として同時に泳動し、クマシーブリリアントブルー(CBB)染色を行った結果、同移動度の位置にバンドを検出した。培養上清中に他の不純タンパク質はほとんど検出されなかった。
参考例4.コリネバクテリウム・グルタミカムYDK010を用いるMTGの分泌生産
参考例1で作製したYDK010株にプロ構造改変型トランスグルタミナーゼ分泌発現プラスミドであるpPKSPTG11(特許公開WO 01/23591)とセリンプロテアーゼ(SAMP45)発現プラスミドであるpVSS1(特許公開WO 01/23591)を導入し、形質転換体を得た。5mg/lのクロラムフェニコールと25mg/lのカナマイシンを含む上記CM2S寒天培地で生育した菌株を選択した。次に、選択したpVSS1とpPKSPTG11を有するC.glutamicum YDK010株を、5mg/lのクロラムフェニコールと25mg/lのカナマイシンを含むMMTG液体培地(グルコース60g、硫酸マグネシウム七水和物0.4g、硫酸アンモニウム30g、リン酸二水素カリウム1g、硫酸鉄七水和物0.01g、硫酸マンガン五水和物0.01g、チアミン塩酸塩450μg、ビオチン450μg、DL−メチオニン0.15g、炭酸カルシウム50g、水で1LにしてpH7.5に調整)で30℃、70時間培養した。
培養終了後10μlの培養上清をSDS−PAGEに供した。C.glutamicum ATCC13869形質変換体を用いて分泌生産、精製したトランスグルタミナーゼ(特許公開WO 01/23591)を標準品として同時に泳動し、クマシーブリリアントブルー(CBB)染色を行った結果、同移動度の位置にバンドを検出した。培養上清中に他の不純タンパク質はほとんど検出されなかった。その結果SAMP45が正常に分泌発現し、やはり分泌されているプロ構造部付きトランスグルタミナーゼのプロ構造部が切断され、天然型の成熟トランスグルタミナーゼとほぼ同じ分子量を有するトランスグルタミナーゼの分泌が認められた。
実施例1.前培養液の添加量の検討
本培養液に添加する前培養液の量が多すぎると安定同位体標識率の低下原因となる。一方、本培養液に添加する前培養液の添加量が少なすぎると菌体の生育が低下してしまう。そこで、最適な前培養液添加量を検討することとした。
参考例3で作成したEGF遺伝子を含むプラスミドを導入したCorynebacterium glutamicum YDK010形質転換体のカナマイシン耐性株を利用し、検討を行った。まず、グルコース5g/L、ポリペプトン10g/L、イーストエクストラクト10g/L、NaCl 5g/L、DL−メチオニン0.2g/L、pH7.2となるように調整し、さらに、25mg/Lのカナマイシンを含むCM2G液体培地を作成し16時間、前培養を行った。
続いて、グルコース60g/L、塩化アンモニウム30g/L、DL−メチオニン0.15g/L、硫酸マグネシウム七水和物0.4g/L、リン酸二水素カリウム1g/L、硫酸鉄七水和物0.01g/L、硫酸マンガン五水和物0.01g/L、チアミン塩酸塩450mg/L、ビオチン450mg/L、炭酸カルシウム50g/L、pH7.5となるように調整し、さらに、25mg/Lのカナマイシンを含む冷MMM液体培地を作成した。前培養液の添加量を、0.1%、0.5%、1.0%、2.5%、5.0%、10%とした上で、30℃にて24時間本培養を実施した。本培養液の吸光度(OD562nm)を図2に示す。
図2から、前培養液の本培養液への添加量は約0.5%〜約10%でよく、特に約2.5%程度とすることが最適であることが示された。
実施例2.コリネホルム細菌によるEGFの安定同位体標識
参考例3で作成したEGF遺伝子を含むプラスミドを導入したCorynebacterium glutamicum YDK010形質転換体のカナマイシン耐性株を利用し、安定同位体標識蛋白質を調製することとした。実施例1と同様にCM2G液体培地を作成し16時間、前培養を行った。15N標識−塩化アンモニウム(CIL)、13Cグルコース(CIL)については、標識率がそれぞれ99%、99%のものを使用し、下記の実験を行った。
15 N標識標識用培地調製
グルコース60g/L、15N標識−塩化アンモニウム30g/L、15N標識−L−メチオニン0.15g/L、硫酸マグネシウム七水和物0.4g/L、リン酸二水素カリウム1g/L、硫酸鉄七水和物0.01g/L、硫酸マンガン五水和物0.01g/L、チアミン塩酸塩450mg/L、ビオチン450mg/L、炭酸カルシウム50g/L、pH7.5となるように調整し、さらに、25mg/Lのカナマイシンを添加することにより15N標識MMM液体培地を作成した。また、この他に、グルコースと15N標識−塩化アンモニウムの量を40g/L、17.5g/Lおよび20g/L、5g/L(100mM)の15N標識MMM液体培地を作成した。
13 C、 15 N標識用培地調製
13Cグルコース60g/L、15N標識−塩化アンモニウム30g/L、13C,15N標識−L−メチオニン0.15g/L、硫酸マグネシウム七水和物0.4g/L、リン酸二水素カリウム1g/L、硫酸鉄七水和物0.01g/L、硫酸マンガン五水和物0.01g/L、チアミン塩酸塩450mg/L、ビオチン450mg/L、炭酸カルシウム50g/L、pH7.5となるように調整し、さらに、25mg/Lのカナマイシンを添加することにより13C,15N標識MMM液体培地を作成した。また、この他に、グルコースと15N標識−塩化アンモニウムの量を40g/L、17.5g/Lおよび20g/L、5g/L(94mM)の15N標識MMM液体培地を作成した。
EGF産生菌株について、実施例1と同様な手順に従って前培養を実施した後、本培養液20mlに対して、2.5%あるいは10%の前培養液を、20mlの15N標識MMM液体培地、あるいは13C,15N標識MMM液体培地の入った500ml容坂口フラスコへ添加し30℃にて24時間振とう培養を行った。対照として、未標識グルコース、未標識塩化アンモニウムを含む同様な培地にても培養を行い、15N標識率および1 3C標識率を算出することとした。未標識培地にて得られたEGFに対し、15N標識MMM液体培地、および13C,15N標識MMM液体培地にて調製したEGFを、それぞれ15N−EGF、13C,15N−EGFと呼ぶ。
実施例3.15 N−EGFおよび 13 C, 15 N−EGFの標識率の算出
実施例2で培養した未標識EGF、15N−EGFおよび13C,15N−EGFの培養上清をHPLCカラム(Vydac,C18,径4.6mm × 長さ250mm)、バッファー0.1% TFA、0.1% TFA/90%アセトニトリルを用いて分離精製し、Q−TOF(マイクロマス社)にて分子量を測定した結果を図3に示す。また、培地中の炭素源および窒素源としてのグルコース、塩化アンモニウム濃度と添加した前培養液の量と標識率について表1にまとめた。
グルコース濃度40g/L、塩化アンモニウム濃度17.5g/Lで、前培養液添加量が2.5%の場合、使用した安定同位体標識化合物量は、グルコースで0.8g、塩化アンモニウムで0.35gという少量でEGFの場合およそ2mg(MTGの場合およそ9mg)の安定同位体標識タンパク質を分泌生産することができた。
質量分析の結果、EGFの分子量は6215.6であり、全培養液添加量2.5%のときの、15N標識EGFの分子量は6288.0、13C,15N標識EGFの分子量は6553.7であった。15N標識率および13C,15N標識率が100%の時の分子量がそれぞれ6288.5と6556.5であることから、15N標識率、13C標識率ともに99%以上の標識率が達成されたことが示される。
以上の結果、窒素源として塩化アンモニウム、炭素源としてグルコースのみをいずれも少量利用するだけで、標識率の極めて高い15N標識蛋白質および13C,15N標識蛋白質を調製できることが示された。
実施例4.2 H標識EGFの分泌生産
参考例3で作成したEGF遺伝子を含むプラスミドを導入したCorynebacterium glutamicum YDK010形質転換体のカナマイシン耐性株を利用し、2H安定同位体標識蛋白質を調製することとした。実施例1に示した本培養用の培地成分のうち、D,L−メチオニンを除いたものを2H2Oで調製し、2H2O中にて菌体が生育するか確認することにした。なお、2H2Oについては、標識率が98%のものを使用した。EGF産生菌株について実施例1と同様な前培養を行ったのち、20mlの2H2Oで作成した本培養液に、2mlの前培養液を添加して、30℃、24時間培養を行った。
その結果、吸光度(OD562nm)は38.4(100倍希釈して測定)となり、十分成育した。さらに、48時間培養し、その上清を参考例3に記載したように、SDS−PAGEにてEGFの発現を確認した。続いて、実施例3と同じHPLCで精製を行い、質量分析測定を実施して、安定同位体標識率を算出した。その結果、分子量が6489.5であり、標識率91%と非常に高いことが明らかとなった。
実施例5.標識MTGの分泌生産
参考例4で作成したMTG遺伝子を含むプラスミドを導入したCorynebacterium glutamicum YDK010形質転換体のカナマイシン耐性およびクロラムフェニコール耐性株を利用し、安定同位体標識蛋白質を調製することとした。実施例1と同様にCM2G液体培地を作成し16時間、前培養を行った。15N標識−塩化アンモニウム(CIL)、15N標識−L−メチオニン(Berlin chemie)については、標識率がそれぞれ99%、95%のものを使用し、実施例2と同様の実験を行った。
実施例6.15 N標識EGFおよびMTGのNMR測定
実施例2および実施例5で作成した培養上清20mlを分子量3500(EGFの場合)または分子量6,000(MTGの場合)のポアサイズをもつ透析膜に注入し、20mMリン酸バッファー、pH6への透析を繰り返すことによって分子量3500または6,000以下の低分子を取り除いた。その後、セントリプレップ(ミリポア)を用いて約10倍にまで濃縮し、NMRロックのために5%2H2Oを添加したものをNMR試料とした。
NMR測定には3重核トリプルグラジェントプローブが装備されたBruker DMX600 NMR装置を用いた。MTGとEGFの測定温度はそれぞれ35℃と30℃とし、得られたデータについては、XWINNMR(Bruker)によってフーリエ変換を行った。HSQCスペクトルについては、3−9−19パルスを用いたWATERGATEシークエンス[J.Magn.Reson.Ser.A,102,241−245.(1993)]を組み込み、水シグナルの消去を行った。1Hのスペクトル幅を10,000Hz、15Nのスペクトル幅を2,400Hzとし、t2方向に1,024、t1方向に256ポイント取り込んだ。
EGFとMTGについて得られた結果を図4aと図4bに示す。図4aおよび図4bから分かるように、15N標識−塩化アンモニウムが取り込まれたことにより、1H−15N由来のシグナルが多数観測された。また、精製せずともEGFやMTG由来のシグナルが一部観測できた。
さらに実施例5と同様の手順にてMTG産生菌株を20ml培養し、CMセファロースにより15N標識MTGを精製した。20mMリン酸バッファー、pH6へ透析を繰り返したのち、セントリプレップ(ミリポア)を用いて700μlにまで濃縮し、NMRロックのために5%2H2Oを添加したものをNMR試料とした。得られたHSQCスペクトルを図5aに示す。また、大腸菌によって15N標識させたMTGについても同様なスペクトルを測定した(図5b)。両者のスペクトルはほぼ等しく、コリネホルム細菌によってNMR解析可能な試料を調製できることが示された。
本発明により、安定同位体標識タンパク質を安価に、かつ簡便に生産するための手段が提供される。すなわち、本発明により、高濃度の標識化合物を含む培地において、コリネ型細菌およびバチルス・ブレビスを高密度に培養することにより、目的タンパク質を多量に産生させ、かつ効率よく菌体外に分泌させることにより、高い標識率の安定同位体標識タンパク質を活性型の状態で得ることができる。
特にコリネ型細菌は、異種タンパク質の分泌に好適とされるカビ、酵母やバチルス属細菌と比べて、天然にはきわめてわずかにしかタンパク質を菌体外に分泌していないため、本発明により分泌生産された安定同位体標識タンパク質の精製過程を簡略化および/または省略化でき、そのままNMRなどの構造解析に用いることができる。更に、タンパク質分解酵素の菌体外分泌が極めて少ないため、分泌された安定同位体標識タンパク質はコリネ型細菌自身のタンパク質分解酵素による分解を受けにくく、効率よく安定同位体標識タンパク質を培養液中に蓄積させることができる。また、コリネ型細菌およびバチルス属細菌は糖、アンモニアや無機塩等を成分とする安価な完全合成培地において培養可能であり、従ってグルコースやアンモニウム塩等の安価な標識化合物のみで、標識率の高いタンパク質を生産することができる。さらには、培養液中に培地由来のタンパク質も少なく、精製が更に容易になる。また、コリネ型細菌およびバチルス属細菌は、高濃度の糖、アンモニウム塩濃度の培地で培養することが可能であり、従って培地中の安定同位体元素濃度が高くなることから、標識率の高い安定同位体を製造することが可能となる。さらには、高密度培養が可能であることから、少量の培地で標識率の高い安定同位体標識タンパク質を大量に製造することが可能であり、従ってこれらを安価に製造することができる。
参考文献
1.特表平6−502548号公報
2.特開平11−169182号公報
3.国際公開第01/23591号パンフレット
4.特開昭60−58074号公報
5.特開昭62−201583号公報
6.特開平4−278091号公報
7.ミツヒコ・イクラ(Mitsuhiko Ikura)他、「大きなタンパク質のプロトン、炭素−13および窒素−15スペクトルの連続的帰属のための新規なアプローチ:異核三重共鳴3次元NMRスペクトロスコピー。カルモジュリンへの応用。」(A novel approach for sequential assignment of proton,carbon−13,and nitrogen−15 spectra of larger Proteins:heteronuclear triple−resonance three−dimensional NMR spectroscopy.Application to calmodulin)、Biochemistry,1990年,第29巻,p.4659
8.ジョナサン・マーレー(Jonathan Marley)、ミン・ルー(Min Lu)、クレイ・ブラッケン(Clay Bracken)、「組換えタンパク質の効率的同位体標識方法」(A method for efficient isotopic labeling of recombinant proteins)、Journal of Biomol NMR,2001年,第20巻,p.71
9.ハロルド・エイ(Harrold A.)他、「ピチア・パストリスのメタノール資化性株における非病原性AVR4タンパク質の効率的13C/15N二重標識」(Efficient 13C/15N double labeling of the avirulence protein AVR4 in a methanol−utilizing strain(Mut+)of Pichia pastoris)、Journal of Biomol NMR,2001年,第20巻,p.251
10.ダブリュー・ディー・モーガン(W.D.Morgan)他、「NMR研究のための、酵母ピチア・パストリスにおける重水素同位体標識タンパク質の発現」(Expression of deuterium−isotope−labelled protein in the yeast Pichia pastoris for NMR studies)、Journal of Biomol NMR,2000年,第17巻,p.337
11.キガワ・ティー(Kigawa T)他、「NMR解析のための、タンパク質の無細胞系合成およびアミノ酸選択的安定同位体標識」(Cell−free synthesis and amino acid−selective stable isotope labeling of proteins for NMR analysis.)、Journal of Biomol NMR,1995年,第2巻,p.129
12.ヤマガタ・エイチ(Yamagata H)、「ヒト上皮増殖因子の効率的合成および分泌のためのバチルス・ブレビスの利用」(Use of Bacillus brevis for efficient synthesis and secretion of human epidermal growth factor.)、Proc.Natl.Acad.Sci.USA,1989年,第86巻,p.3589
Claims (6)
- タンパク質をコードする遺伝子を含む遺伝子構築物を導入したコリネホルム細菌またはバチルス属細菌を、2H、13C、15Nのうち、1つ以上の安定同位体により標識された炭素源および/または窒素源、および/または2H2Oを含有する培地で培養し、培養液中に前記タンパク質を分泌させ、前記タンパク質を回収することを特徴とする安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法。
- コリネホルム細菌がコリネバクテリウム・グルタミカムである、請求項1に記載の安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法。
- バチルス属細菌がバチルス・ブレビスである、請求項1に記載の安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法。
- 炭素源が、グルコース、グリセロール、シュークロースからなる群より選ばれる、請求項1〜3のいずれか1項に記載の安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法。
- 窒素源が、アンモニウム塩である、請求項1〜4のいずれか1項に記載の安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法。
- 標識された炭素源濃度が13C−標識グルコース濃度に換算して5g/l〜150g/l、および/または標識された窒素源濃度が15NH4 +濃度として30mM〜1Mである、請求項1〜5のいずれか1項に記載の安定同位体で標識されたタンパク質の製造方法。
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