JP7524586B2 - 肌焼鋼、並びに、高強度部材及びその製造方法 - Google Patents

肌焼鋼、並びに、高強度部材及びその製造方法 Download PDF

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Description

本発明は、肌焼鋼、並びに、高強度部材及びその製造方法に関し、さらに詳しくは、適切な表面処理を施すことにより、高い窒化表層硬さと深い有効硬化層深さを得ることが可能な肌焼鋼、並びに、このような肌焼鋼を用いた高強度部材及びその製造方法に関する。
自動車や産業機械に用いられるある種の部品は、使用中に面疲労負荷を受ける。このような「面疲労負荷を受ける部品」としては、例えば、歯車、連続可変トラスミッション(CVT)の部品、軸受部品などがある。近年、自動車や産業機械の高性能化、及び/又は、高速化に伴い、面疲労負荷を受ける部品の使用条件も過酷化している。そのため、面疲労負荷を受ける部品については、表面処理により表面の硬さを高めることが行われている。このような表面処理に関し、従来から種々の提案がなされている。
例えば、特許文献1には、所定の組成を有する機械構造用鋼を浸炭処理し、表面から0.1mmまでの範囲における長径10μm以上の粗大炭化物の面積率が30%以下であり、かつ、直径1μm以下の微細炭化物の面積率が2%以下である機械構造部品を得る方法が開示されている。
同文献には、炭化物の面積率を所定の範囲に制限すると、耐ピッチング性が向上する点が記載されている。
特許文献2には、所定の組成を有する鋼材に対して浸炭焼入れ及び焼戻し処理を行う方法が開示されている。
同文献には、鋼材に対して浸炭焼入れ及び焼戻しを行う場合において、、
(a)鋼材に含まれるNi/3+Moが0.60wt%以上になると、焼入れ及び焼戻し処理後の静曲げ強さが5400N以上となる点、及び、
(b)焼入れ及び焼戻し処理後の残留オーステナイト量が35%以下になると、表面硬さが700HV以上となる点
が記載されている。
特許文献3には、所定の組成を有する鋼材に対して真空浸炭後、焼入れ及び焼戻しを行う方法が開示されている。
同文献には、
(a)鋼材中に粗大なMnSが含まれていると、粗大なMnSが曲げ疲労強度及びピッチング強度を低下させる点、及び、
(b)鋼材中のMn/Sを30以上150以下に制御することによって、粗大なMnSの生成を抑制することができる点
が記載されている。
さらに、特許文献4には、所定の組成を有する鋼材に対して浸炭焼入れし、その後焼戻しを行う方法が開示されている。
同文献には、鋼材の成分を最適化することによって、曲げ疲労強度とピッチング強度に優れ、かつこれらの強度のバラツキが小さい浸炭部品が得られる点が記載されている。
浸炭処理は、最も一般的な鋼の表面処理である。浸炭処理は、650Hv程度の300℃焼戻し硬さを得ることができ、かつ、4時間程度の処理時間で1mm程度の有効硬化層深さ(Effective Case Depth, ECD)を得ることができる。ここで、「有効硬化層深さ(ECD)」とは、硬さが513Hvとなる位置の深さ(513Hv深さ)をいう。
一方、軟窒化処理では、800Hv以上の300℃焼戻し硬さが得られるものの、4時間程度の処理時間では硬化層深さは0.2mm程度にとどまる。そのため、窒化処理鋼は、浸炭処理鋼に比べて面疲労強度に優れるものの、歯面スポーリング強度や曲げ疲労強度に劣るために、部品形状や負荷応力によっては適用できない場合がある。
この問題を解決するために、浸炭処理後に、さらに軟窒化処理することも考えられる。しかし、浸炭処理に用いられる従来の肌焼鋼(例えば、SCR420など)に対して浸炭処理後に軟窒化処理を施すと、浸炭層及び芯部の硬さが著しく低下する。
あるいは、短時間の処理で面疲労強度と深い有効硬化層深さを両立するために、800℃以上のオーステナイト域にて浸炭と窒化を同時に行う処理(浸炭窒化処理)を用いることも考えられる。しかし、浸炭窒化処理は、表層の窒素濃度の制御が難しい。
特開平06-017189号公報 特開2001-303173号公報 特開2011-006734号公報 特開2014-034683号公報
本発明が解決しようとする課題は、適切な表面処理を施すことにより、高い窒化表層硬さと深い有効硬化層深さを得ることが可能な肌焼鋼を提供することにある。
また、本発明が解決しようとする他の課題は、高い窒化表層硬さと深い有効硬化層深さとを備えた高強度部材及びその製造方法を提供することにある。
上記課題を解決するために、本発明に係る肌焼鋼は、以下の構成を備えている。
(1)前記肌焼鋼は、
0.1≦C≦0.3mass%、
0.1≦Si≦2.0mass%、
0.1≦Mn≦1.0mass%、
P≦0.03mass%以下、
0.001≦S≦0.1mass%、
0.01≦Cu≦1.0mass%、
0.01≦Ni≦1.0mass%、
0.8≦Cr≦5.0mass%、及び、
2.0≦Mo≦4.0mass%
を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
(2)前記肌焼鋼は、浸炭処理を行った後、さらに窒化処理又は軟窒化処理するために用いられる。
本発明に係る高強度部材は、以下の構成を備えている。
(1)前記高強度部材は、
本発明に係る肌焼鋼からなる芯部と、
前記芯部の表面に形成された浸炭層と、
前記浸炭層の表面に形成された窒化層と
を備えている。
(2)前記高強度部材は、
窒化表層硬さが780Hv以上であり、
0.5mm位置硬さが513Hv以上である。
本発明に係る高強度部品の製造方法は、
本発明に係る肌焼鋼からなり、所定の形状を有する基材を準備する第1工程と、
前記基材の最表面から深さ0.5mmの位置でのC量が0.35mass%以上となるように、前記基材に対して浸炭焼入れ処理を行う第2工程と、
前記基材に対して、500℃以上650℃以下の温度で窒化処理又は軟窒化処理を行い、本発明に係る高強度部材を得る第3工程と
を備えている。
浸炭処理は、相対的に深い有効硬化層深さ(ECD)は得られるが、焼戻し後の表層硬さは相対的に低い。一方、窒化処理又は軟窒化処理は、浸炭処理に比べて高い表層硬さは得られるが、浸炭処理に比べて有効硬化層深さが浅い。そのため、浸炭焼入れと、窒化又は軟窒化とを組み合わせると、高い表層硬さと深い有効硬化層深さを両立できるとも考えられる。しかしながら、従来の肌焼鋼に対して、浸炭焼入れ後に窒化処理又は軟窒化処理を施すと、窒化層の硬さは高くなるが、浸炭層及び芯部の硬さは著しく低下する。
これに対し、肌焼鋼に所定量のCr、Mo、及びVを添加すると、浸炭焼入れ後に窒化処理又は軟窒化処理を施した場合であっても、浸炭層及び芯部の硬さの低下が抑制される。その結果、高い窒化表層硬さと深い有効硬化層深さを両立させることができる。
本発明に係る高強度部材の製造方法の模式図である。 本発明に係る高強度部材の表面からの距離と硬さとの関係の模式図である。
以下に、本発明の一実施の形態について詳細に説明する。
[1. 肌焼鋼]
[1.1. 主構成元素]
本発明に係る肌焼鋼は、以下のような元素を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。添加元素の種類、その成分範囲、及びその限定理由は、以下の通りである。
(1)0.1≦C≦0.3mass%:
Cは、芯部の強度(硬さ)を確保するために添加される。このような効果を得るためには、C量は、0.1mass%以上である必要がある。C量は、好ましくは、0.15mass%以上である。
一方、C量が過剰になると、被削性及び内部の靱性が低下する場合がある。従って、C量は、0.3mass%以下である必要がある。C量は、好ましくは、0.25mass%以下である。
(2)0.1≦Si≦2.0mass%:
Siは、浸炭層における軟化抵抗性向上のために添加される。このような効果を得るためには、Si量は、0.1mass%以上である必要がある。
一方、Si量が過剰になると、窒化層の硬さが低下する場合がある。従って、Si量は、2.0mass%以下である必要がある。Si量は、好ましくは、1.5mass%以下である。
(3)0.1≦Mn≦1.0mass%:
Mnは、窒化表層硬さ、及び、焼入れ性向上のために添加される。このような効果を得るためには、Mn量は、0.1mass%以上である必要がある。
一方、Mn量が過剰になると、深い窒化層深さが得られなくなる場合がある。従って、Mn量は、1.0mass%以下である必要がある。
(4)P≦0.03mass%以下:
Pは、不純物として混入することがある元素である。P量が過剰になると、靱性が低下し、これによって疲労強度が低下する。従って、P量は、0.03mass%以下である必要がある。
(5)0.001≦S≦0.1mass%:
Sは、被削性を向上させるために添加される。このような効果を得るためには、S量は、0.001mass%以上である必要がある。
一方、S量が過剰になると、熱間加工性が低下する場合がある。従って、S量は、0.1mass%以下である必要がある。S量は、好ましくは、0.05mass%以下である。
(6)0.01≦Cu≦1.0mass%:
Cuは、窒化層の脆性を抑えるために添加される。このような効果を得るためには、Cu量は、0.01mass%以上である必要がある。
一方、Cu量が過剰になると、熱間加工時に赤熱脆性が生じる場合がある。従って、Cu量は、1.0mass%以下である必要がある。
(7)0.01≦Ni≦1.0mass%:
Niは、焼入れ性向上、及び靱性向上のために添加される。このような効果を得るためには、Ni量は、0.01mass%以上である必要がある。
一方、Ni量が過剰になると、鋼材コストが高くなる。従って、Ni量は、1.0mass%以下である必要がある。Ni量は、好ましくは、0.5mass%以下である。
(8)0.8≦Cr≦5.0mass%:
Crは、2次硬化による窒化表層硬さ、及び芯部硬さの向上のために添加される。このような効果を得るためには、Cr量は、0.8mass%以上である必要がある。Cr量は、好ましくは、1.0mass%以上である。
一方、Cr量が過剰になると、鋼材コストが高くなる。従って、Cr量は、5.0mass%以下である必要がある。Cr量は、好ましくは、4.0mass%以下、さらに好ましくは、3.0mass%以下である。
(9)2.0≦Mo≦4.0mass%:
Moは、2次硬化による窒化表層硬さ、及び芯部硬さの向上のために添加される。このような効果を得るためには、Mo量は、2.0mass%以上である必要がある。Mo量は、好ましくは、3.0mass%以上である。
一方、Mo量が過剰になると、鋼材コストが高くなる。従って、Mo量は、4.0mass%以下である必要がある。
[1.2. 成分バランス]
肌焼鋼は、次の式(1)を満たしているのが好ましい。
-0.0085[Mn]+0.0104[Si]+0.0545[Cr]+0.0289[Mo]+0.0696[V]+0.1713[Al]≧0.15 …(1)
但し、[X]は、元素Xの含有量(mass%)を表す。
式(1)は、肌焼鋼の窒化表層硬さの指標を表す。換言すれば、式(1)は、式(1)を満たすように各成分を最適化すると、適切な条件下で表面処理を行った時に、780Hv以上の窒化表層硬さを実現できることを表す。式(1)の左辺の変数の値は、好ましくは、0.2以上である。
[1.3. 副構成元素]
本発明に係る肌焼鋼は、上述した主構成元素に加えて、以下のような1種又は2種以上の元素をさらに含んでいても良い。添加元素の種類、その成分範囲、及びその限定理由は、以下の通りである。
(1)0.01≦V≦1.5mass%:
Vは、2次硬化による窒化表層硬さ、浸炭層硬さ、及び芯部硬さの向上のために添加される。このような効果を得るためには、V量は、0.01mass%以上が好ましい。
一方、V量が過剰になると、芯部にフェライトが析出しやすくなる場合がある。従って、V量は、1.5mass%以下が好ましい。V量は、好ましくは、0.8mass%以下である。
(2)0.005≦Al≦1.0mass%:
Alは、鋼中にAlNを生成させ、窒化表層硬さを向上させるために、Nと共に添加される。Al添加量が微量であっても、AlNを生成させることにより、微細な結晶粒を得ることができる。このような効果を得るためには、Al量は、0.005mass%以上が好ましい。
一方、Al量が過剰になると、加工性が低下する場合がある。従って、Al量は、1.0mass%以下が好ましい。
(3)0.001≦N≦0.05mass%:
Nは、鋼中にAlNを生成させ、より微細な結晶粒を得るために、Alと共に添加される。このような効果を得るためには、N量は、0.001mass%以上が好ましい。
一方、N量が過剰になると、疲労強度の低下を招く場合がある。従って、N量は、0.05mass%以下が好ましい。
(4)0.005≦Nb≦0.1mass%:
Nbは、鋼中にNbCを生成させ、より微細な結晶粒を得るために添加される。このような効果を得るためには、Nb量は、0.005mass%以上が好ましい。
一方、Nb量が過剰になると、加工性の低下を招く場合がある。従って、Nb量は、0.1mass%以下が好ましい。
(5)0.005≦Ti≦0.2mass%:
Tiは、鋼中にTiCを生成させ、より微細な結晶粒を得るために添加される。このような効果を得るためには、Ti量は、0.005mass%以上が好ましい。
一方、Ti量が過剰になると、加工性の低下を招く場合がある。従って、Ti量は、0.2mass%以下が好ましい。
なお、Nb及びTiは、いずれか一方を添加しても良く、あるいは、双方を添加しても良い。
(6)0.01≦Pb≦0.2mass%:
Pbは、被削性を向上させるために添加される。このような効果を得るためには、Pb量は、0.01mass%以上が好ましい。
一方、Pb量が過剰になると、強度の低下を招く場合がある。従って、Pb量は、0.2mass%以下が好ましい。
(7)0.01≦Bi≦0.1mass%:
Biは、被削性を向上させるために添加される。このような効果を得るためには、Bi量は、0.01mass%以上が好ましい。
一方、Bi量が過剰になると、強度の低下を招く場合がある。従って、Bi量は、0.1mass%以下が好ましい。
(8)0.0003≦Ca≦0.01mass%:
Caは、被削性を向上させるために添加される。このような効果を得るためには、Ca量は、0.0003mass%以上が好ましい。
一方、Ca量が過剰になると、強度の低下を招く場合がある。従って、Ca量は、0.01mass%以下が好ましい。
なお、Pb、Bi、及びCaは、いずれか一種を添加しても良く、あるいは、2種以上を添加しても良い。
[1.4. 用途]
本発明に係る肌焼鋼は、浸炭処理を行った後、さらに窒化処理又は軟窒化処理するために用いられる。本発明に係る肌焼鋼に対して適切な条件下で表面処理を行うと、高い窒化表層硬さと深い有効硬化層深さを両立させることができる。
[2. 高強度部材]
本発明に係る高強度部材は、
本発明に係る肌焼鋼からなる芯部と、
前記芯部の表面に形成された浸炭層と、
前記浸炭層の表面に形成された窒化層と
を備えている。
[2.1. 芯部]
本発明に係る高強度部材は、後述するように、
(a)本発明に係る肌焼鋼を所定の形状を有する部材に加工し、
(b)部材に対して、浸炭処理を行い、
(c)浸炭処理後の部材に対して、さらに窒化処理又は軟窒化処理する
ことにより得られる。
本発明に係る肌焼鋼に対して浸炭処理を行うと、表層から内部に向かってCが拡散する。その結果、表層部のC量は、浸炭処理前の肌焼鋼のC量に比べて増加する。本発明において、「芯部」というときは、C量が0.35mass%未満である領域をいう。肌焼鋼の詳細については、上述した通りであるので、説明を省略する。
[2.2. 浸炭層]
本発明において、「浸炭層」とは、C量が0.35mass%以上であり、かつ、N量が0.10mass%未満である領域をいう。浸炭層の厚さ及びC量は、浸炭処理の処理条件により制御することができる。
[2.3. 窒化層]
本発明において、「窒化層」とは、C量が0.35mass%以上であり、かつ、N量が0.10mass%以上である領域をいう。窒化処理又は軟窒化処理による硬化層の深さは、浸炭処理によるそれに比べて浅い。そのため、浸炭処理の後、さらに窒化処理又は軟窒化処理すると、浸炭層の表面に、さらに窒化層が形成される。窒化層の厚さ及びN量は、窒化処理又は軟窒化処理の処理条件により制御することができる。
[2.4. 硬さ]
[2.4.1. 窒化表層硬さ]
「窒化表層硬さ」とは、高強度部材の表面から深さ0.05mm±0.01mmの位置にて、5回以上測定されたマイクロビッカース硬さの平均値をいう。
本発明に係る高強度部材は、最表面が窒化処理又は軟窒化処理されているために、最表面近傍の硬さが高い。肌焼鋼の組成及び表面処理条件を最適化すると、窒化表層硬さは、780Hv以上となる。処理条件をさらに最適化すると、窒化表層硬さは、850Hv以上となる。
[2.4.2. 0.5mm位置硬さ]
「0.5mm位置硬さ」とは、高強度部材の表面から深さ0.5mm±0.01mmの位置にて、5回以上測定されたマイクロビッカース硬さの平均値をいう。
本発明に係る高強度部材は、窒化処理又は軟窒化処理に加えて浸炭処理されているために、最表面近傍だけでなく、深さ0.5mmの位置(窒化処理又は軟窒化処理により導入されたNの影響が及ばない位置)における硬さも高い。表面処理条件を最適化すると、0.5mm位置硬さは、513Hv以上となる。処理条件をさらに最適化すると、0.5mm位置硬さは、600Hv以上となる。
[2.4.3. 窒化後浸炭層硬さ指標]
高強度部材は、次の式(2)を満たしているのが好ましい。
-0.14[Si]-0.31[Cr]-0.538[Mo]-0.467[V]+2.261[表層C量]≦0.70 …(2)
但し、[X]は、元素Xの含有量(mass%)を表し、[表層C量]は、電子線マイクロアナライザー(EPMA)にて浸炭断面を測定することにより得られる、表面から0.05mm位置までのC量の平均を表す。
式(2)は、高強度部材の窒化処理又は軟窒化処理後の浸炭層硬さの指標を表す。換言すれば、式(2)は、式(2)を満たすように各成分を最適化すると、適切な条件下で表面処理を行った時に、513Hv以上の0.5mm位置硬さを実現できることを表す。式(2)の左辺の変数は、好ましくは、0.03以下である。
[2.4.4. 芯部硬さ]
「芯部硬さ」とは、C量が浸炭前母材と同等(浸炭前母材とのC量の差が0.01mass%以下)である領域にて、5回以上測定されたマイクロビッカース硬さの平均値をいう。
本発明に係る高強度部材は、オーステナイト域で浸炭処理した後、焼入れし、次いで、フェライト域で窒化処理又は軟窒化処理が行われる。そのため、高強度部材の芯部は、焼入れ及び焼戻しが行われた状態となる。高強度部材の材料である肌焼鋼の組成、及び表面処理条件を最適化すると、芯部硬さは、350Hv以上となる。
[2.5. 旧γ粒径]
本発明に係る高強度部材は、オーステナイト域で浸炭処理が行われる。そのため、浸炭処理条件が適切でない場合には、旧γ粒径が粗大になる場合がある。これに対し、高強度部材の材料である肌焼鋼の組成、及び表面処理条件を最適化すると、旧γ粒径がJIS規格粒度番号で6以上となる。肌焼鋼の組成及び/又は表面処理条件をさらに最適化すると、旧γ粒径は、JIS規格粒度番号で8以上となる。
[2.6. 表層異常層]
浸炭処理時に雰囲気中に微量の酸素が含まれていた場合、粒界に酸化層が形成されることがある。粒界に酸化層が形成されると、浸炭処理後の焼入れ時に、焼入れが不完全となる領域(不完全焼入れ層)が形成されることがある。「表層異常層」とは、このような粒界の酸化層及び不完全焼入れ層の総称をいう。
本発明に係る肌焼鋼からなる部材に対して浸炭焼入れを行う場合において、真空浸炭を行った場合には、表層異常層を含まない高強度部材が得られる。ここで、「表層異常層を含まない」とは、浸炭断面を鏡面研磨し、光学顕微鏡を用いて観察した際に、表層異常層の深さが1μm以下であることをいう。
[3. 高強度部材の製造方法]
図1に、本発明に係る高強度部材の製造方法の模式図を示す。図1において、本発明に係る高強度部材の製造方法は、
本発明に係る肌焼鋼からなり、所定の形状を有する基材を準備する第1工程と、
前記基材の最表面から深さ0.5mmの位置でのC量が0.35mass%以上となるように、前記基材に対して浸炭焼入れ処理を行う第2工程と、
前記基材に対して、500℃以上650℃以下の温度で窒化処理又は軟窒化処理を行い、本発明に係る高強度部材を得る第3工程と
を備えている。
本発明に係る高強度部材の製造方法は、
(a)前記第2工程の後、前記第3工程の前に、前記基材に対して、-30℃以下の温度でサブゼロ処理を行う第4工程、及び/又は、
(b)前記第3工程の後に、前記基材に対して、不活性雰囲気下において、500℃以上650℃の温度で保持する拡散処理を行う第5工程
をさらに備えていても良い。
[3.1. 第1工程:基材の準備]
まず、本発明に係る肌焼鋼からなり、所定の形状を有する基材を準備する(第1工程)。素材の加工方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択することができる。通常、素材から、所定の形状を有する基材を製造する場合、熱間加工法が用いられる。
[3.2. 第2工程:浸炭焼入れ]
次に、前記基材の最表面から深さ0.5mmの位置でのC量が0.35mass%以上となるように、基材に対して浸炭焼入れ処理を行う(第2工程)。
「浸炭処理」とは、浸炭性雰囲気下において、基材をオーステナイト域(900℃~1100℃程度)に加熱し、基材表面に炭素を拡散させる処理をいう。浸炭方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な方法を選択することができる。浸炭方法としては、例えば、真空浸炭、ガス浸炭、固体浸炭、液体浸炭、プラズマ浸炭などがある。これらの中でも、真空浸炭は、表層異常層ができにくいという利点がある。そのため、真空浸炭法は、基材の浸炭方法として特に好適である。
本発明において、浸炭処理は、基材の最表面から深さ0.5mmの位置でのC量が0.35mass%以上となるような条件下において行う。一般に、真空浸炭であれば、浸炭性ガスを導入する浸炭期、及び表面の炭素を拡散させるための拡散期の時間をそれぞれ適正に調整することで、目的の浸炭プロファイルを得ることが可能となる。例えば、浸炭期を長時間とし、拡散期を短時間とすれば、表面近傍のC濃度が高くなり、有効効果深さは浅くなる。浸炭時間は、通常、1.5時間~8時間程度である。
浸炭処理後、基材を焼入れする。焼入れ条件は、特に限定されるものではなく、目的に応じて最適な条件を選択することができる。
[3.3. 第4工程:サブゼロ処理]
第2工程の後、第3工程の前に、必要に応じて、基材に対して、-30℃以下の温度でサブゼロ処理を行う(第4工程)。
焼入れは、通常、水、油、空気などを冷媒に用いて、浸炭処理後の基材を室温近傍まで急冷することにより行う。しかしながら、肌焼鋼の成分及び/又は浸炭処理条件によっては、浸炭層のマルテンサイト変態終了温度(Mf点)が室温以下になることがある。Mf点が室温以下になると、焼入れ後に浸炭層中に多量のオーステナイトが残留し、必要な硬さが得られない場合がある。このような場合には、焼入れ後にさらにサブゼロ処理を行い、浸炭層中に含まれる残留オーステナイトをマルテンサイト変態させるのが好ましい。
一般に、サブゼロ処理の温度が高すぎると、浸炭層中に含まれる残留オーステナイトをマルテンサイト変態させるのが困難となる場合がある。従って、サブゼロ処理の温度は、-30℃以下が好ましい。サブゼロ処理の温度は、好ましくは、-80℃以下である。
[3.4. 第3工程:窒化処理又は軟窒化処理]
必要に応じてサブゼロ処理を行った後、前記基材に対して、500℃以上650℃以下の温度で窒化処理又は軟窒化処理を行う(第3工程)。
「窒化処理」とは、基材をフェライト域に加熱し、基材表面に窒素を拡散させる処理をいう。窒化処理方法としては、種々の方法があるが、アンモニアガスと不活性ガスの混合ガス中において基材を加熱するガス窒化が好ましい。
「軟窒化処理」とは、基材をフェライト域に加熱し、基材表面に窒素及び炭素を拡散させる処理をいう。軟窒化処理方法としては、種々の方法があるが、アンモニアガス、浸炭性の低いガス(例えば、CO2ガス)、及び不活性ガスの混合ガス中において基材を加熱するガス軟窒化が好ましい。
一般に、窒化処理又は軟窒化処理の温度(以下、単に「処理温度」という)が低くなるほど、高い表層硬さが得られる。しかしながら、処理温度が低くなるほど、硬化層深さが浅くなる。高い表層硬さと深い硬化層深さを両立させるためには、処理温度は、500℃以上が好ましい。
一方、処理温度が高すぎると、表層硬さが著しく低下する場合がある。従って、処理温度は、650℃以下が好ましい。
窒化処理の時間は、目的に応じて最適な時間を選択する。通常、窒化処理の時間は、1時間~10時間程度である。
[3.5. 第5工程:拡散処理]
第3工程の後に、必要に応じて、基材に対して、不活性雰囲気下において、500℃以上650℃の温度で保持する拡散処理を行う(第5工程)。
「拡散処理」とは、窒化処理又は軟窒化処理により形成された窒化層に含まれる窒素の一部を基材内部に拡散させるための処理をいう。窒化処理又は軟窒化処理の条件によっては、最表面に薄い化合物層(窒化物層)が形成されることがある。化合物層は、通常の窒化層(窒素は固溶しているが、化合物層が形成されていない窒化層)に比べて硬いので、用途によってはそのまま残すこともある。しかし、化合物層は、脆いために剥離しやすい。化合物層の剥離を抑制したい場合には、化合物層内の窒素の一部を内部に拡散させ、化合物層を消滅させるのが好ましい。
拡散処理の温度が低すぎると、窒素の拡散が不十分となる。従って、拡散処理の温度は、500℃以上が好ましい。
一方、拡散処理の温度が高くなりすぎると、表層硬さが低下する。従って、拡散処理の温度は、650℃以下が好ましい。
拡散処理の時間は、目的に応じて最適な時間を選択する。通常、拡散処理の時間は、2時間~10時間程度である。
[3.6. 第6工程:仕上げ加工]
窒化処理又は軟窒化処理後の高強度部材、あるいは、拡散処理後の高強度部材は、通常、そのままの状態で各種の用途に用いられるが、必要に応じて、表面又は表面以外の部位に仕上げ加工を施しても良い。仕上げ加工の方法は、特に限定されるものではなく、目的に応じて種々の方法を用いることができる。
[4. 作用]
浸炭処理は、相対的に深い有効硬化層深さ(ECD)は得られるが、焼戻し後の表層硬さは相対的に低い。一方、窒化処理又は軟窒化処理は、浸炭処理に比べて表層硬さは高いが、浸炭処理に比べてECDが浅い。そのため、浸炭焼入れ後に、窒化又は軟窒化を行うと、高い表層硬さと深いECDを両立できるとも考えられる。
しかしながら、従来の肌焼鋼に対して、浸炭焼入れ後に窒化処理又は軟窒化処理を施すと、窒化層の硬さは高くなるが、浸炭層及び芯部の硬さは著しく低下する。これは、窒化処理又は軟窒化処理がフェライト域で行われるために、従来の肌焼鋼に対して、浸炭焼入れ後に窒化処理又は軟窒化処理を行うと、窒化処理又は軟窒化処理時に焼入れされた浸炭層が過度に焼戻されてしまうためである。
これに対し、肌焼鋼に所定量のCr、Mo、及びVを添加すると、浸炭焼入れ後に窒化処理又は軟窒化処理を施した場合であっても、浸炭層及び芯部の硬さの低下が抑制される。これは、以下の理由によると考えられる。
図2に、本発明に係る高強度部品の表面からの距離と硬さとの関係の模式図を示す。Cr、Mo、及びVは、鋼を2次硬化させる作用がある。また、Cr、Mo、及びVの含有量を最適化すると、窒化処理又は軟窒化処理の温度付近で鋼を2次硬化させることができる。そのため、所定量のCr、Mo、及びVを含む肌焼鋼に対して浸炭焼入れを行い、その後に窒化処理又は軟窒化処理を施すと、図2に示すように、浸炭層の硬さを低下させることなく、浸炭による硬さに窒化による硬さを上乗せすることができる。その結果、高い窒化表層硬さと深いECDとを両立させることができる。
(実施例1~30、比較例1~11)
[1. 試料の作製]
[1.1. 棒鋼の作製]
表1及び表2に示す化学成分の鋼150kgを真空溶解で溶製した。次いで、得られた鋳塊から熱間鍛造により、直径32mmの棒鋼を製造した。次に、得られた棒鋼に対して、920℃で1時間保持し、空冷する焼ならし処理を行った。
Figure 0007524586000001
Figure 0007524586000002
[1.2. 表面処理]
図1に示す手順に従い、試験片の作製及び試験片の表面処理を行った。まず、棒鋼から直径25mm×厚さ10mmの試験片を削り出した。
次に、各試験片に対して、浸炭焼入れを行った。浸炭条件は、真空浸炭炉にて、1050℃で85分の浸炭及び拡散とし、焼入れ条件は、窒素ガスによるガス冷却とした。
次に、一部の試験片に対して、サブゼロ処理を行った。サブゼロ処理条件は、-80℃で30分保持とし、その後、室温に戻した。
次に、各試験片に対して、窒化処理又は軟窒化処理を行った。窒化処理には、NH3とN2の混合ガスを用いた。窒化処理用の混合ガスは、ガス流量制御でNH3:N2=57:63となるように供給した。窒化処理条件は、550℃で3時間保持後、空冷とした。
軟窒化処理には、NH3、N2、及びCO2の混合ガスを用いた。軟窒化処理用の混合ガスは、ガス流量制御でNH3:N2:CO2=53:40:7となるように供給した。軟窒化処理条件は、550℃で3時間保持後、空冷とした。
さらに、一部の試験片に対して、拡散処理を行った。拡散処理条件は、550℃で3時間保持後、空冷とした。
[2. 試験方法]
[2.1. C濃度]
電子線マイクロアナライザー(EPMA)を用いて、表面から0.05mm位置のC濃度、及び表面から0.5mm位置のC濃度を測定した。
[2.2. ビッカース硬さ]
ビッカース硬度計を用いて、窒化表層硬さ及び0.5mm位置硬さを測定した。
[3. 結果]
表3及び表4に、結果を示す。なお、表3及び表4には、窒化表層硬さ指標(式(1)の左辺の変数の数値)、及び窒化後浸炭層硬さ指標(式(2)の左辺の変数の数値)も併せて示した。表3及び表4より、以下のことが分かる。
(1)比較例1は、窒化表層硬さが低い。これは、Cr量が少ないためと考えられる。
(2)比較例2は、窒化表層硬さが低い。これは、Cr量が少ないためと考えられる。
(3)比較例3は、窒化表層硬さ、0.5mm位置硬さ、及び芯部硬さが低い。これは、Mo量が少ないためと考えられる。
(4)比較例4は、窒化表層硬さが低い。これは、Cr量が少ないためと考えられる。
(5)比較例5は、芯部硬さが低い。これは、Vが過剰であるためと考えられる。
(6)比較例6は、窒化表層硬さ及び0.5mm位置硬さが低い。これは、Mo量が少ないためと考えられる。
(7)比較例7は、窒化表層硬さが低い。これは、Cr量が少ないためと考えられる。
(8)比較例8は、窒化表層硬さ及び0.5mm位置硬さが低い。これは、Mo量が少ないためと考えられる。
(9)比較例9は、窒化表層硬さ及び芯部硬さが低い。これは、Cr量が少ないためと考えられる。
(10)比較例10は、窒化表層硬さ、0.5mm位置硬さ、及び芯部硬さが低い。これは、Moが少ないためと考えられる。
(11)比較例11は、窒化表層硬さが低い。これは、Moが少ないためと考えられる。
(12)実施例1~30は、いずれも、窒化表層硬さが780Hv以上であり、0.5mm位置硬さが513Hv以上であり、かつ、芯部硬さが350Hv以上であった。
Figure 0007524586000003
Figure 0007524586000004
以上、本発明の実施の形態について詳細に説明したが、本発明は上記実施の形態に何ら限定されるものではなく、本発明の要旨を逸脱しない範囲内で種々の改変が可能である。
本発明に係る肌焼鋼は、歯車、連続可変トラスミッション(CVT)の部品、軸受部品などに用いることができる。

Claims (15)

  1. 以下の構成を備えた肌焼鋼。
    (1)前記肌焼鋼は、
    0.1≦C≦0.3mass%、
    0.1≦Si≦2.0mass%、
    0.1≦Mn≦1.0mass%、
    P≦0.03mass%以下、
    0.001≦S≦0.1mass%、
    0.01≦Cu≦1.0mass%、
    0.01≦Ni≦1.0mass%、
    0.8≦Cr≦5.0mass%、及び、
    2.0≦Mo≦4.0mass%
    を含み、残部がFe及び不可避的不純物からなる。
    (2)前記肌焼鋼は、浸炭処理を行った後、さらに窒化処理又は軟窒化処理するために用いられる。
  2. 次の式(1)を満たす請求項1に記載の肌焼鋼。
    -0.0085[Mn]+0.0104[Si]+0.0545[Cr]+0.0289[Mo]+0.0696[V]+0.1713[Al]≧0.15 …(1)
    但し、[X]は、元素Xの含有量(mass%)を表す。
  3. 0.01≦V≦1.5mass%
    をさらに含む請求項1又は2に記載の肌焼鋼。
  4. 0.005≦Al≦1.0mass%、及び、
    0.001≦N≦0.05mass%
    をさらに含む請求項1から3までのいずれか1項に記載の肌焼鋼。
  5. 0.005≦Nb≦0.1mass%、及び/又は、
    0.005≦Ti≦0.2mass%
    をさらに含む請求項1から4までのいずれか1項に記載の肌焼鋼。
  6. 0.01≦Pb≦0.2mass%、
    0.01≦Bi≦0.1mass%、及び/又は、
    0.0003≦Ca≦0.01mass%
    をさらに含む請求項1から5までのいずれか1項に記載の肌焼鋼。
  7. 以下の構成を備えた高強度部材。
    (1)前記高強度部材は、
    請求項1から6までのいずれか1項に記載の肌焼鋼からなる芯部と、
    前記芯部の表面に形成された浸炭層と、
    前記浸炭層の表面に形成された窒化層と
    を備えている。
    (2)前記高強度部材は、
    窒化表層硬さが780Hv以上であり、
    0.5mm位置硬さが513Hv以上である。
  8. 次の式(2)を満たす請求項7に記載の高強度部材。
    -0.14[Si]-0.31[Cr]-0.538[Mo]-0.467[V]+2.261[表層C量]≦0.70 …(2)
    但し、[X]は、元素Xの含有量(mass%)を表し、[表層C量]は、電子線マイクロアナライザ-(EPMA)にて浸炭断面を測定することにより得られる、表面から0.05mm位置までのC量の平均を表す。
  9. 前記高強度部材の芯部硬さが350Hv以上である請求項7又は8に記載の高強度部材。
  10. 前記高強度部材の旧γ粒径がJIS規格粒度番号で6以上である請求項7から9までのいずれか1項に記載の高強度部材。
  11. 表層異常層を含まない請求項7から10までのいずれか1項に記載の高強度部材。
  12. 請求項1から6までのいずれか1項に記載の肌焼鋼からなり、所定の形状を有する基材を準備する第1工程と、
    前記基材の最表面から深さ0.5mmの位置でのC量が0.35mass%以上となるように、前記基材に対して浸炭焼入れ処理を行う第2工程と、
    前記基材に対して、500℃以上650℃以下の温度で窒化処理又は軟窒化処理を行い、請求項7から11までのいずれか1項に記載の高強度部材を得る第3工程と
    を備えた高強度部材の製造方法。
  13. 前記第2工程の後、前記第3工程の前に、前記基材に対して、-30℃以下の温度でサブゼロ処理を行う第4工程をさらに備えた請求項12に記載の高強度部材の製造方法。
  14. 前記第3工程の後に、前記基材に対して、不活性雰囲気下において、500℃以上650℃の温度で保持する拡散処理を行う第5工程をさらに備えた請求項12又は13に記載の高強度部材の製造方法。
  15. 前記浸炭焼入れ処理は、真空浸炭焼き入れ処理である請求項12から14までのいずれか1項に記載の高強度部材の製造方法。
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