以下、実施形態を図面に基づいて説明する。
(1)実施形態の概要
実施形態に係るX線検出装置は、ミラーユニット、分光デバイス、X線検出器、及び、マスク部材を有する。ミラーユニットは、試料上の観測点から放出されたX線に対して集光を行う。分光デバイスは、ミラーユニットから出たX線を分光し、これにより空間的に広がった分散X線を生成する。X線検出器は分散X線を検出する。マスク部材は、観測点とミラーユニットとの間に設けられ、ミラーユニットが有する反射面を部分的に覆うことにより、反射面で反射して分光デバイスへ達する反射X線を限定する。
上記構成によれば、反射面の内で収差等の問題を引き起こす部分をマスク部材で覆って当該部分を無効化することが可能となる。これにより、集光作用による感度増大を図りつつ、収差等の問題が生じることを防止又は軽減できる。マスク部材の配置を前提として反射面の形態を簡素化することも可能となる。例えば、特性の異なる複数の回折格子に対してそれらに共通のミラーユニットを配置しなければならない場合において、マスク部材が効果的に機能する。マスク部材は一般に簡易な部材であるから、上記構成の採用に伴って、X線検出装置が大きく複雑化することもない。
マスク部材はX線に対して作用するものであり、つまりX線遮蔽作用をもった部材である。検出されるX線として、軟X線としての特性X線が挙げられるが、それ以外のX線が検出対象となってもよい。分光デバイスは、回折格子、結晶等の分光素子を備える。試料に対して、電子ビーム、イオンビーム、X線ビーム等を照射することにより、試料から特性X線が生成される。
実施形態において、分光デバイスは、選択的に使用される第1回折格子及び第2回折格子を含む。第1回折格子は、その使用時に第1位置に配置される。第2回折格子は、その使用時に第1位置から第1方向へシフトした第2位置に配置される。マスク部材により、第2回折格子に到達する反射X線が限定される。
第1回折格子の使用時及び第2回折格子の使用時において同じミラーユニットが用いられる場合、そのミラーユニットにおいて両方の回折格子に対して適切な集光作用を発揮させることは通常難しい。特定の回折格子との関係で、反射面の内で特定の部分が大きな収差を発生させてしまうこともある。それを避けるために当該部分を除外することは難しいし、仮に当該部分を除外した場合には他の回折格子を使用する場合に集光作用が低減してしまう。特定の回折格子が使用される場合に限り、当該部分が無効化されれば集光作用と収差低減とを両立させることが可能となる。上記構成はそのような考え方に基づくものである。
第1位置と第2位置は互いにシフトした空間的関係にあるので、観測点から反射面を経て第1回折格子へ到達する第1の反射X線の軌道と、観測点から反射面を経て第2回折格子へ到達する第2の反射X線の軌道も、第1方向にシフトした空間的関係にある。そのような軌道シフトを利用して、第2回折格子の使用時にマスク部材を選択的に機能させ得る。例えば、マスク部材の形態として、第1方向における第1範囲内においてX線を通過させ、それに隣接する第2範囲内においてX線の通過を阻止する形態を採用してもよい。
実施形態において、ミラーユニットは、第1方向に直交する第2方向に離れた2つの前段ミラーを有する前段サブユニットと、第2方向に離れた2つの後段ミラーを有する後段サブユニットと、を含む。すなわち、ミラーユニットの反射面は、2つの前段ミラー及び2つの後段ミラーを含む。マスク部材は、第1回折格子の使用時には機能せず、第2回折格子の使用時に、第2回折格子に到達する反射X線が限定されるように、各前段ミラーの全部又は一部を覆う。実施形態において、前段サブユニットは前段ミラー板対であり、後段サブユニットは後段ミラー板対である。
第2方向において、2つの後段ミラーの外側で2つの前段ミラーが機能する。このため、2つの前段ミラーで反射する反射X線に起因する収差は、2つの後段ミラーで反射する反射X線に起因する収差よりも大きくなる。それを考慮し、上記構成は、各前段ミラーをマスク対象とするものである。
実施形態において、第1回折格子が回折作用を発揮する第1エネルギー範囲は、第2回折格子が回折作用を発揮する第2エネルギー範囲よりも低い。その場合、第1回折格子は、相対的に見て波長の長いX線を担当するため、そこでの収差は相対的に見てあまり問題とならなくなる。第1回折格子の使用時には、2つの前段ミラー及び2つの後段ミラーの両方が機能する。その場合、収差はあまり問題とならない。一方、第2回折格子の使用時には、2つの前段ミラーの機能及び2つの後段ミラーの内で2つの前段ミラーの機能が制限される。この制限により2つの前段ミラーに起因する収差の発生が防止又は軽減される。例えば、第1エネルギー範囲の中心は、第2エネルギー範囲の中心よりも低い。
実施形態において、前段サブユニットは入口開口を有する。マスク部材は入口開口に設けられる。前段サブユニットの入口開口は、ミラーユニットの入口開口でもある。ミラーユニットに対してマスク部材を設ければ、両者の空間的関係を適正化し易くなる。
実施形態において、マスク部材は、第2方向に離れた一対のマスク板を有する。第2回折格子の使用時に、各マスク板が各前段ミラーの全部又は一部を覆う。一対のマスク板の間がX線を通過させる開口として機能する。2つのX線軌道に合わせて各マスク板の形態が最適化される。
実施形態において、マスク部材は、一対のマスク板の一方端部の間を連結する連結板を有する。この構成によれば、一対のマスク板が物理的に一体化されるので、それらの位置決めが容易となる。またマスク部材を移動させる構成を採用する場合にその移動も容易となる。
実施形態に係るX線検出装置は、移動機構を含む。移動機構は、収差抑制優先モードが選択された場合にマスク部材を入口開口に設置し、感度優先モードが選択された場合にマスク部材を入口開口から退避させる。この構成によれば、収差抑制を優先させるか感度を優先させるかに応じてマスク部材の機能のオンオフを切り替えられる。例えば、単一元素の分析を行う場合、感度優先モードが選択されてもよい。
実施形態に係るX線検出装置は、第1マスク部材及び第2マスク部材を有する。第1マスク部材は、試料を観測する際に機能するものである。第2マスク部材は、観測点と分光デバイスとの間に設けられ、校正時に機能するものであり、観測点からの直行X線が分光デバイスに達し且つ反射面からの反射X線が分光デバイスに達しないようにするものである。実施形態に係るX線検出装置は、更に、第1マスク部材と第2マスク部材とを選択的に機能させる機構を有する。その機構は、例えば、機械的な機構である。
X線検出装置の校正時に第2マスク部材を機能させれば、校正精度を高められる。第2マスク部材が、観測点とミラーユニットとの間に設けられてもよいし、ミラーユニットの中に設けられてもよい。例えば、前段サブユニットと後段サブユニットの間に第2マスク部材が設けられてもよい。第2マスク部材がミラーユニットの中に設けられる場合、観測点から反射面へ向かうX線及び反射面から出る反射X線の両方が第2マスク部材により遮断され得る。
実施形態に係るX線検出方法は、集光工程、分光工程、検出工程、及び、マスク工程を有する。集光工程では、試料上の観測点から放出されたX線に対してミラーユニットにより集光が行われる。分光工程では、ミラーユニットから出たX線が分光デバイスにより分光され、これにより空間的に広がった分散X線が生成される。検出工程では、分散X線が検出される。マスク工程では、観測点とミラーユニットとの間において、ミラーユニットが有する反射面の内で収差を引き起こす部分がマスク部材で覆われる。これにより反射面で反射して分光デバイスへ達する反射X線が限定される。
上記のX線検出方法において、反射面の全部を覆うマスク部材を設ける変形例が考えられる。例えば、校正時や組立時にそのようなマスク部材を使用してもよい。X線検出装置に対して回折格子へ直接向かうX線(直行X線)の全部を遮断するマスク部材を設ける変形例も考えられる。例えば、ミラーユニットの調整時や組立時にそのようなマスク部材を使用してもよい。X線検出装置に対し、それ自身の設置位置(例えば設置高さ)に応じて異なる機能を発揮するマスク部材を設け、設置位置の選択によりマスク部材の機能を選択してもよい。それらの変形例は、それぞれ独立した特徴事項を構成し得る。
(2)実施形態の詳細
図1には、実施形態に係る試料観測システムの構成例が示されている。試料観測システムは、走査電子顕微鏡10及び軟X線分光計12を有する。軟X線分光計12はX線検出装置の一種である。
走査電子顕微鏡10は、鏡筒14を有する。鏡筒14内には、電子銃、偏向レンズ、対物レンズ等が設けられている。鏡筒14の下側にはハウジング16が設けられ、その内部は試料室18である。試料室18内には可動ステージ20が配置されている。可動ステージ20に対して、試料24を保持したホルダ22が固定されている。試料24上の観測点27に対して電子線26が照射されると、観測点27から複数の信号が放出される。複数の信号には、二次電子、反射電子、特性X線等が含まれる。軟X線分光計12は、特性X線(特に軟X線領域に属する特性X線)の分光及び検出を行うものである。軟X線は、例えば、300eV以下、200eV以下又は100eV以下のエネルギーを有するX線である。なお、測定範囲の下限は、例えば、数十eVであり、具体的には、30eV、40ev又は50eVである。実際には、使用する回折格子の特性によって分光可能なエネルギー範囲つまり測定可能なエネルギー範囲が決まる。
軟X線分光計12は、ミラーユニット32、分光器(分光デバイス)34、及び、検出部36を有する。実施形態においては、軟X線分光計12は、更にマスク部材30を有している。その詳細については後に説明する。
ミラーユニット32は、実施形態において、X線進行方向に並んだ複数のサブユニットにより構成され、具体的には、前段サブユニット及び後段サブユニットにより構成される。ミラーユニット32による集光作用により、X線の検出感度、具体的には、分光器34へ向かうX線の強度を増大できる。その詳細については後に説明する。
分光器34は、図示の構成例において、第1回折格子40及び第2回折格子42を備えている。それらが選択的に使用される。第1回折格子40が使用される場合、それが第1位置に設けられる。その場合、第2回折格子42は待機位置に設けられる。第2回折格子42が使用される場合、それが第1位置とは異なる第2位置に設けられる。その場合、第1回折格子40は待機位置に設けられる。
分光器34は、交換機構44を有する。交換機構44は、第1回折格子(第1グレーティング)40及び第2回折格子(第2グレーティング)42を搭載した部材(ターンテーブル、スライダ等)を有する。また、その部材を駆動する駆動源を有する。
図1においては、第1回折格子40の使用状態が示されている。第1回折格子40及び第2回折格子42は、それぞれ、連続的に変化する間隔をもって形成された複数の溝を有している。間隔を不均等とすることにより収差の発生が抑制されている。第1回折格子40は、例えば、50-170eV、又は、100-400eVのエネルギー範囲において機能する。第2回折格子42は、70-210eV、又は、350-2300eVのエネルギー範囲において機能する。以上挙げた幾つかのエネルギー範囲には軟X線領域を超える領域までをカバーするものが含まれる。なお、本願明細書において挙げる数値はいずれも例示に過ぎないものである。
図1において、符号28は、観測点27から第1回折格子40へ向かうX線(入射X線)を示している。実際には、第1回折格子40に到達するX線には、ミラーユニット32が有する反射面の作用を受けない直行X線と、ミラーユニット32が有する反射面での反射により生じた反射X線とが含まれる。図1において、符号48は、第1回折格子40から出た出射X線を示している。出射X線48は空間的に広がった分散X線である。すなわち、第1回折格子40において波長ごとにX線成分が分離され、各X線成分がそれぞれ異なる角度で出射する。複数のX線成分それら全体が分散X線である。図1において、符号46は第1回折格子40の中心を通る法線を示しており、αは入射角度を示し、βは出射角度を示している。
以上の説明においては第1回折格子40の使用を前提としたが、第2回折格子42が使用される場合にも上記同様の説明が成り立つ。第1回折格子40を使用する場合における入射角度条件及び第2回折格子42を使用する場合における入射角度条件は互いに異なっている。
検出部36は、検出器50及びコントローラ52により構成される。検出器50は、例えば、二次元配列された複数の検出セルからなるCCD検出器で構成される。コントローラ52は、検出器50の動作を制御し、検出器50の出力信号を処理した上で処理後の出力信号を情報処理装置へ出力する。情報処理装置において、入力された信号に基づいて、特性X線スペクトルが生成される。特性X線スペクトルに基づいて試料24の定性解析及び定量解析が実行される。
図2には、マスク部材30及びミラーユニット32が示されている。まず、ミラーユニット32について説明する。
図2においては、相対的に見て低いエネルギー範囲を担当する第1回折格子に対してx1軸及びy1軸が定義されている。それらは直交している。z軸は、x1軸及びy1軸に直交する軸であり、第1回折格子の法線に相当する。相対的に見て高いエネルギー範囲を担当する第2回折格子に対してx2軸及びy2軸が定義されている。それらは直交している。z軸は、x2軸及びy2軸に直交する軸であり、第2回折格子の法線に相当する。すなわち、第1回折格子が配置される第1位置からz方向にシフトした位置が、第2回折格子が配置される第2位置である。もっとも、第1回折格子の法線と第2回折格子の法線とを異ならせてもよい。
第1回折格子の形態は、実際には、緩やかな凹面であるが、それを平面で近似した場合に、その平面を定義する2つの軸がx1軸及びy1軸である。同様に、第2回折格子の形態も、実際には、緩やかな凹面であるが、それを平面で近似した場合に、その平面を定義する2つの軸がx2軸及びy2軸である。
第1回折格子の中心点がCLで示されており、第2回折格子の中心点がCHで示されている。それらの間の距離は実際には数mm程度であるが、図2においてはその距離が誇張表現されている。BLは、観測点Aから中心点CLへ向かう軌道を示している。BHは、観測点Aから中心点CHに向かう軌道を示している。軌道BLに対して軌道BHはz方向にシフトしている。
図2には、ミラーユニット32が有する座標系も示されている。X軸はx1軸及びx2軸と並行である。Y軸は、以下に説明する前段ミラー板対60及び後段ミラー板対62の並び方向である。Y軸は、y1軸及びy2軸に対してやや傾斜している。Z軸は、X軸及びY軸に対して直交している。Z軸はz軸に対してやや傾斜している。
ミラーユニット32は、集光作用を発揮するミラーシステムである。既に説明したように、ミラーユニット32は、前段ミラー板対60及び後段ミラー板対62を有する。それらはY方向に並んでいる。それらがy1方向又はy2方向に並んでいると理解してもよい。前段ミラー板対60は、前段ミラー対60Aを有し、後段ミラー板対62は、後段ミラー対62Aを有する。ミラーユニット32が有する反射面は、前段ミラー対60A及び後段ミラー対62Aにより構成される。
より詳しくは、前段ミラー板対60は、X軸の方向に離れて配置された2つのミラー板68,70により構成される。2つのミラー板68,70においてX線反射作用を発揮する2つの面が2つの前段ミラー68A,70Aである。上記の前段ミラー対60Aは、2つの前段ミラー68A,70Aにより構成される。
後段ミラー板対62は、X軸の方向に離れて配置された2つのミラー板72,74により構成される。2つのミラー板72,74においてX線反射作用を発揮する2つの面が2つの後段ミラー72A,74Aである。上記の後段ミラー対62Aは、2つの後段ミラー72A,74Aにより構成される。
見方を変えると、前段ミラー68A及び後段ミラー72Aによりミラー列300が構成され、前段ミラー70A及び後段ミラー74Aによりミラー列302が構成されている。前段ミラー68A及び後段ミラー72Aの接続部分が符号76で示され、前段ミラー70A及び後段ミラー74Aの接続部分が符号78で示されている。ミラー列300において、前段ミラー68Aは、後段ミラー72AよりもY軸に対して傾斜しており、同様に、ミラー列302において、前段ミラー68Aは、後段ミラー72AよりもY軸に対して傾斜している。
軌道BL及び軌道BHから見て、2つの前段ミラー68A,70Aは、2つの後段ミラー72A,74Aよりも外側に出るX線に対して反射作用を発揮する。それ故、観測点Aから出て2つの前段ミラー68A,70Aで反射して回折格子へ向かうX線の軌道長は、観測点Aから出て2つの後段ミラー72A,74Aで反射して回折格子へ向かうX線の軌道長よりも長くなる。換言すれば、2つの前段ミラー68A,70Aに起因して生じる収差は大きくなる。低いエネルギー範囲を担当する第1回折格子を使用する場合には、X線の波長が長くなるために、収差の問題がそれほど顕著にならないが、高いエネルギー範囲を担当する第2回折格子を使用する場合には、X線の波長が短くなるので、収差の問題が無視し得なくなる。
以上を踏まえ、実施形態においては、第2回折格子を使用する場合には、前段ミラー68A,70AでX線の反射が生じないよう、それらに入射するX線を遮断するマスク部材30を設けている。
具体的には、第1回折格子を使用する場合、軌道BLが下方に位置し、マスク部材30は実質的に見て機能しない。第1回折格子には、直行X線、後段ミラー72A,74Aで反射した反射X線、及び、前段ミラー68A,70Aで反射した反射X線が到達する。それらは第1回折格子での回折後に検出器に到達する。図2においては、後段ミラー74Aに入射するX線が符号80Aで示され、後段ミラー74Aで反射したX線が符号80Bで示されている。
一方、第2回折格子を使用する場合、軌道BHが上方に位置し、マスク部材30が機能する。観測点Aから見て、前段ミラー68A,70Aはマスク部材30によりマスクされ、つまり、前段ミラー68A,70Aに向かおうとするX線82はマスク部材30で遮断される。前段ミラー70Aに達するX線84は生じない。その結果、第2回折格子には、直行X線、及び、後段ミラー72A,74Aで反射した反射X線、が到達する。それらは第2回折格子での回折後に検出器に到達する。
使用する回折格子に応じて遮断機能がオンオフされるように、マスク部材30の形状が定められている。各ミラー板68,70,72,74は、単純な平板であり、それは、例えば、シリコン基板で構成される。各ミラー68A,70A,72A,74Aは、例えば、金蒸着層により構成される。
図3には、ミラーユニット32の側面が示されている。なお、図3において、既に説明した構成要素にはそれに付した符号と同じ符号を付し、その説明を省略する。このことは図4以降の各図において同様である。
図3には、低エネルギー範囲を担当する第1回折格子86及び高エネルギー範囲を担当する第2回折格子88が示されている。第1回折格子86が設置される第1位置と、第2回折格子88が設置される第2位置は、z方向にずれている。これに伴って、観測点Aから伸びる2つの軌道BL,BHがz方向にずれている。前段ミラー板対60及び後段ミラー板対62は、第1回折格子86及び第2回折格子88に対して、十分なX線が到達するように、上下方向に広がっている。前段ミラー板対60及び後段ミラー板対62は、軌道BL,BHに対して若干傾斜しているが、いずれかの軌道BL,BHに対して平行になるように、前段ミラー板対60及び後段ミラー板対62を配置してもよい。
以上のように、2つの回折格子86,88の設置位置が異なっており、これにより軌道BL,BHが上下方向にずれているので、マスク部材30を固定的に設置しても、マスク作用を自然にオンオフさせることが可能である。
図4には、第1回折格子86を使用する場合におけるミラーユニット32の作用が示されている。この場合においては、マスク部材30は機能しない。すなわち、ミラー68A,70A,72A,74Aの全部が機能する。第1回折格子86には、直行X線90、反射X線92及び反射X線94が到達している。符号96は回折後に生じる分散X線を示している。
図5には、第2回折格子88を使用する場合におけるミラーユニット32の作用が示されている。この場合においては、マスク部材30が機能する。すなわち、ミラー68A,70A,72A,74Aの内で、ミラー68A,70Aの作用が無効化される。第2回折格子88には、直行X線98、及び、反射X線100が到達している。符号96は回折後に生じる分散X線を示している。破線で示されている反射X線102は第2回折格子88に到達しない。
なお、第2回折格子88に到達可能な高さ以上で、且つ、観測点Aと接続部分104とを結ぶライン106の外側が、マスク部材30による遮断が発揮される領域である。
図6には、マスク部材30の正面図が示されている。便宜上、マスク部材30が破線で表現されている。マスク部材30の後側に、ミラー板68,70,72,74が設けられており、その後側に、第1回折格子86及び第2回折格子88が選択的に配置される。ミラー板68,70,72,74は、ミラー68A,70A,72A,74Aを有する。
第2回折格子88を使用する場合、マスク部材30は、ミラー68A,70A,72A,74Aの内で、ミラー68A,70Aをマスクする。実際のマスク領域が符号114,116で示されている(グレー部分を参照)。もっとも、その位置や形態は、ミラーユニットの構成やミラーユニットとマスク部材の空間的関係によって変化する。2つのマスク領域114,116の下側は開放されており、第1回折格子を使用する場合には、ミラー68A,70Aが有効に機能する。
マスク部材30は、図示の構成例では、アーチ状又はブリッジ状の形態を有し、詳しくは、2つの脚部108,110と、それらの上端部間を繋ぐ連結部112とにより構成される。各脚部108,110は、それぞれマスク板であり、その下端部の一部がマスク領域11,116として機能する。マスク部材30は、例えば金属プレートにより構成される。金属として、銅等が挙げられる。2つの脚部108,110の間にある開口を通じてX線が通過する。また、2つの脚部108,110の下側の開口部分を通じてX線が通過する。
連結部112を取り除くことも可能である。但し、実施形態の構成によれば、2つの脚部108,110の位置決めが容易となり、マスク部材30を搬送する場合においてもその搬送が容易となる。マスク部材30は、ミラーユニットの入口開口に取り付けられている。これによりマスク部材30とミラーユニットの空間的関係を定めるのが容易となっている。2つの脚部108,110の下端部が連結されるように連結部を設けてもよい。
図6において、第1回折格子86の使用時には、直行X線118、反射X線120及び反射X線122が到達する。第2回折格子88の使用時には、直行X線124、及び、反射X線125が到達する。前段ミラー68A,70Aに向かうX線126はマスク部材30により遮断される。
図7には、前段ミラー板70が示されている。前段ミラー70Aの内で、マスク部材30の影になる部分がグレーの領域128である。その内で、第2回折格子へ向かう反射X線を生じさせるのは領域130である。第1回折格子の使用時には、領域130が機能し、そこで反射X線が生じる。もう1つの前段ミラー板においても同様である。なお、領域130の形態や位置は各部材の位置関係によって変わり得るものであり、図示のものは単なる一例である。
図8には、実施形態における各構成要素の機能又は作用が整理されている。符号138はマスク部材の機能の有無を示しており、符号140は前段ミラー対の機能の有無を示しており、符号142は後段ミラー対の機能の有無を示している。符号144は、使用する回折格子を示している。
低エネルギーX線測定134の場合、第1回折格子が選択され、マスク部材は機能せず、前側ミラー対及び後側ミラー対の両方が機能する。高エネルギーX線測定136の場合、第2回折格子が選択され、マスク部材が機能する。前側ミラー対は無効となり、後側ミラー対だけが有効に機能する。
以上のように、実施形態によれば、第2回折格子を使用する場合、ミラーユニットにおける反射面の内で、特定の部分がマスクされ、それが無効化されるので、収差による問題の発生を防止又は軽減できる。また、実施形態においては、マスク部材を動かす必要がなく、それを固定的に設置できるので、装置構成の複雑化を回避できる。マスク部材を利用することにより、ミラーユニットにおける反射面の形状を簡素化し易くなるのでその設計や製作が容易となる。
図9には、第1変形例が示されている。交換機構44は、第1回折格子及び第2回折格子の中から、使用する回折格子を選択し、それを適正な位置に配置する機構である。その動作は、制御部150により制御される。
ミラーユニット32の入口開口にはマスク部材146が設けられている。マスク部材146は、図6に示したマスク部材と同様に、第2回折格子を使用する場合に前段ミラー対をマスクするものである。第1変形例においては、マスク部材146が出し入れ可能に設けられており、すなわり、それを搬送する搬送機構148が設けられている。例えば、収差抑制優先モードが選択された場合、入口開口にマスク部材146が設置される。一方、感度優先モードが選択された場合、入口開口からマスク部材146が引き出され、それが待機位置まで搬送される。搬送機構の動作は制御部150によって制御される。
第1変形例によれば、収差が問題とならないような状況において、マスク部材の機能を無効化して、第2回折格子へ到達するX線の量を高めることが可能となる。
図10には、第2変形例が示されている。図10の左側において、マスク機構152は、マスク部材154及び支持部材156を有する。すなわち、マスク部材154の上端部にヒンジ部158を介して支持部材156が連結されている。ヒンジ部158を中心としてマスク部材154は回転運動又は揺動運動する。符号160で示すように、マスク機構152が左方向へ運動すると、ミラーユニット161による保持が消失したマスク部材154が符号162で示すように下方へ垂れ下がる。これにより、マスク部材154をミラーユニット161の入口開口に配置することが可能となる。一方、図10の右側において、符号164で示すように、マスク機構152を右側へ運動させると、マスク部材154がミラーユニット161で跳ね上げられて水平姿勢となる。
第2変形例によれば、マスク機構の設置に要するスペースを小さくできる。つまり、狭い空間にマスク機構152を配置することが可能となる。なお、マスク機構152に対して操作部材を連結し、操作部材によりマスク機構152を進退させてもよい。マスク部材154は図6に示したマスク部材と同様の形態及び作用を有する。
図11には、第1変形例及び第2変形例における各構成要素の機能又は作用が示されている。低エネルギーX線測定168においては、第1回折格子が選択され、マスク部材が機能せず、前段ミラー対及び後段ミラー対が機能する。高エネルギーX線測定を収差抑制優先モードで実行する場合(符号170を参照)、第2回折格子が選択され、マスク部材が機能し、前段ミラー対がマスクされ、後段ミラー対だけが機能する。高エネルギーX線測定を感度優先モードで実行する場合(符号172を参照)、第2回折格子が選択され、マスク部材は機能せず、前段ミラー対及び後段ミラー対が機能する。
図12には、第3変形例が示されている。ミラーユニット32の入口開口には、第1マスク部材181及び第2マスク部材174が選択的に配置される。第1マスク部材181は、図6に示したマスク部材である。第2マスク部材174は、すべてのミラー68A,70A,72A,74Aをマスクする部材である。例えば、校正時や組立時において、特に、回折格子の動作確認時において、反射X線を回折格子へ入射させないことが求められる場合に、第2マスク部材174が用いられる。第2マスク部材174は、2つの脚部176,178及びそれらを繋ぐ連結部180を有する。
符号178Aで示すように、第1マスク部材181は、入口開口と第1待機位置との間でスライド運動する。符号179Bで示すように、第2マスク部材174は、入口開口と第2待機位置との間でスライド運動する。2つのスライド運動が図示されていない制御部により制御される。第1マスク部材181及び第2マスク部材174を紙面上、左右方向にスライド運動させてもよい。
図13には、第3変形例における各構成要素の機能又は作用が示されている。校正時において低エネルギーX線測定を行う場合(符号184を参照)、第1回折格子が選択され、第2マスク部材が投入されて前段ミラー対及び後段ミラー対がマスクされる。校正時において高エネルギーX線測定を行う場合(符号185を参照)、第2回折格子が選択され、上記同様に、第2マスク部材が投入されて前段ミラー対及び後段ミラー対がマスクされる。
試料観測時において、2つのマスク部材の退避状態を維持したまま、感度優先で低エネルギーX線測定を行う場合(符号186を参照)、第1回折格子が選択され、前段ミラー対及び後段ミラー対が有効に機能する。試料観測時において、2つのマスク部材の退避状態を維持したまま、感度優先で高エネルギーX線測定を行う場合(符号187を参照)、第2回折格子が選択され、前段ミラー対及び後段ミラー対が有効に機能する。
試料観測時において、第1マスク部材を投入した状態で、感度優先で低エネルギーX線測定を行う場合(符号188を参照)、第1回折格子が選択され、第1マスク部材は機能せず、これにより前段ミラー対及び後段ミラー対が有効に機能する。試料観測時において、第1マスク部材を投入した状態で、収差抑制優先で高エネルギーX線測定を行う場合(符号189を参照)、第2回折格子が選択され、第1マスク部材が機能し、これにより前段ミラー対がマスクされ、後段ミラー対だけが有効に機能する。
図14には、第4変形例が示されている。ミラーユニットの手前側には、マスク部材192が上下動可能に設けられている。マスク部材は、上述した第1マスク部材及び第2マスク部材に相当するものであり、複合マスク部材とも言い得る。マスク部材192は、脚部194、196及び連結部198を有する。脚部164,196の内で、上部200は、第3変形例で示した第2マスク部材と同様、前段ミラー68A,70A及び後段ミラー72A,74Aの両方をマスクする機能を有する。脚部194,196の内で、下部202は、第3変形例で示した第1マスク部材(図6に示したマスク部材)と同様、前段ミラー68A,70Aだけをマスクする機能を有する。
符号206で示されるように、上部200を機能させる場合、マスク部材192が下降位置である第1位置まで下げられる(符号192A)。下部202を機能させる場合、マスク部材192が上昇位置である第2位置まで引き上げられる。このようにマスク部材192の形態の操作により、マスク部材192に複数の機能をもたせ、その高さの選択により、実際に発揮させる機能が選択される。
図15には、第4変形例における各構成要素の機能又は作用が示されている。校正時において低エネルギーX線測定を行う場合(符号210を参照)、第1回折格子が選択され、前段ミラー対及び後段ミラー対の両者がマスク部材によりマスクされる。校正時において高エネルギーX線測定を行う場合(符号212を参照)、第2回折格子が選択され、上記同様に、前段ミラー対及び後段ミラー対の両者がマスク部材によりマスクされる。一方、試料観測時において低エネルギーX線測定を行う場合(符号214を参照)、第1回折格子が選択され、マスク部材は機能せず、前段ミラー対及び後段ミラー対が機能する。試料観測時において高エネルギーX線測定を行う場合(符号216を参照)、第2回折格子が選択され、マスク部材が機能して前段ミラー対が無効化される。後段ミラー対だけが機能する。
図16には、第5変形例が示されている。ミラーユニットの手前側の位置、つまり入口開口には、第1マスク部材228と第3マスク部材218とが選択的に配置される。第1マスク部材228のスライド運動が符号226で示されている。第3マスク部材218のスライド運動が符号224で示されている。
第1マスク部材228は、図6に示したマスク部材である。一方、マスク部材218は、第1回折格子86及び第2回折格子88へ直接入射するX線の全部を遮断するものである。ミラーユニットが有するミラー68A,70A,72A,74Aは、マスクされておらず、露出している。第1回折格子86及び第2回折格子88に対しては、反射X線のみが到達する。例えば、ミラーユニットの設置時や調整時にこのような第3マスク部材218を用いることができる。試料観測時には、第3マスク部材218が退避され、入口開口に第1マスク部材228が配置される。第1マスク部材228及び第3マスク部材218のスライド方向は、紙面上、左右方向であるが、それらのスライド方向を、紙面上、上下方向としてもよい。
図17には、第6変形例が示されている。図17において、図5に示した要素と同様の要素には、同じ符号が付されている。観測点Aと回折格子86,88との間には、ミラーユニット32Aが設けられている。ミラーユニット32Aは、前段ミラー板対60及び後段ミラー板対62を有する。前段ミラー板対60は、2つのミラー板68,70により構成され、それらは前段ミラー68A,70Aを有する。後段ミラー板対は、2つのミラー板72,74により構成され、それらは後段ミラー72A,74Aを有する。ミラーユニット32Aの入口開口には、第1マスク部材30が設けられている。
図示の構成例では、ミラー板68とミラー板72との間には隙間が存在し、その隙間にマスク板232が配置されている。ミラー板70とミラー板74との間には隙間が存在し、その隙間にマスク板234が配置されている。マスク板232とマスク板234は、図示されていない連結部を介して連結されている。マスク板232,234及び連結部により、第2マスク部材230が構成されている。第2マスク部材230は、図示されていない搬送機構により、投入位置と退避位置との間においてスライド運動する。スライド運動方向は、例えば、紙面貫通方向である。
第1マスク部材30は入口開口に固定的に配置されているが、入口開口と退避位置との間で第1マスク部材をスライド運動させてもよい。その場合、スライド運動方向は、例えば、紙面貫通方向である。
試料観測時においては、第2マスク部材230の退避状態が形成され、第1マスク部材30が機能する。すなわち、高エネルギーX線測定を行う場合に、前段ミラー68A,70AにおけるX線反射領域が第1マスク部材30によってマスクされる。
校正時においては、第2マスク部材230が投入される。投入状態にある第2マスク部材230は、前段ミラー68A,70Aからの反射X線を遮断し、また、観測点Aから後段ミラー72A,74Aに向かうX線を遮断する。つまり、第2マスク部材230は、結果として、反射面の全体をマスクする。回折格子86,88に対して到達するX線は直行X線のみとなる。このように、第2マスク部材230は、図12に示した第2マスク部材174と同じ機能を発揮する。
第2マスク部材230を搬送する機構として様々な機構を採用し得る。例えば、スライド機構、回転機構、等を採用してもよい。以上説明したいずれの変形例においても、試料観測時において高エネルギーX線測定を行う場合にマスク部材を効果的に機能させて収差を低減することが可能である。