<造血幹細胞の培地>
本発明は、造血幹細胞を維持培養するための培地に関し、より詳しくは、1~10ng/mLの幹細胞因子(SCF)を含有し、0.02~6ng/mLのトロンボポエチンを含有し、かつ10~100mg/mLの脂肪酸担持アルブミンを含有することを特徴とする培地である。
そして、かかる培地を用いることにより、長期間(例えば、1ヶ月間)であっても、造血幹細胞を、静止期にて、未分化性(多分化能及び自己複製能)を維持させたまま、培養することができる。
本発明において「造血幹細胞」とは、血球の全ての血液細胞分化系列に分化し得る多分化能を有し、かつその多分化能を維持したまま自己複製することが可能な細胞である。
造血幹細胞が由来とする動物種は特に制限されないが、脊椎動物が好ましく、哺乳動物がより好ましい。また、哺乳動物としては、例えば、ヒト、サル、マーモセット等の霊長類、マウス、ラット等のげっ歯類、ウサギ等のウサギ目、ブタ、ヒツジ、ウシ、ヤギ、ウマ等の有蹄目、イヌ、ネコ等のネコ目が挙げられるが、これらに限定されない。本発明にかかる造血幹細胞は、好ましくは、マウス等のげっ歯類、ヒト等の霊長類に由来する造血幹細胞であり、より好ましくは、ヒト由来の造血幹細胞である。
また、造血幹細胞が由来とする組織としては、該細胞が存在する限り特に制限はないが、造血組織であることが好ましく、例えば、骨髄、臍帯血、末梢血、肝臓が挙げられる。
造血幹細胞は、通常当該細胞に特異的な表面マーカー(造血幹細胞特異的マーカー)の発現を指標として、前記組織から単離される。かかるマーカーの発現に関し、ヒト由来の造血細胞は、通常、CD34陽性(+)CD38陰性(-)CD90陽性(+)CD45RA陰性(-)細胞であり、好ましくは、CD34+CD38-CD90+CD45RA-CD49f+細胞である。また、マウス由来の造血細胞は、通常、CD150+CD48-Flt3-LSKであり、好ましくは、CD150+CD48-CD41-CD34-Flt3-LSKである。なお、「LSK」とは、Lin-Sca1+cKit+細胞のことである。
本発明において、造血幹細胞を維持するために培地に添加される「幹細胞因子(SCF)」は、造血因子(サイトカイン)の一種であり、KIT遺伝子座によってコードされるチロシンキナーゼ受容体のリガンドである。KITリガンド又はKITLGとしても称され、典型的には、ヒト由来であれば、NCBIレファレンス配列:NP_000890又はNP_003985に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質であり、マウス由来であれば、NCBIレファレンス配列:NP_001334085又はNP_038626に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質である。
本発明の培地における、SCFの濃度は、1~10ng/mLであるが、造血幹細胞の静止期性及び未分化性をより維持し易いという観点から、その上限は、好ましくは7.5ng/mLであり、より好ましくは5ng/mLであり、さらに好ましくは3.5ng/mLである。またSCF濃度の下限としては、同観点から、好ましくは1.5ng/mLであり、より好ましくは2ng/mLであり、さらに好ましくは2.5ng/mLである。また、SCF濃度は特に好ましくは約3ng/mLであり、最も好ましくは3ng/mLである。
なお、本発明において、「約」とは±10%を許容する意味で用いる。また、本発明にかかる「濃度」は、特に断りがない限り、また後述の酸素及び二酸化炭素濃度を除き、本発明の培地における終濃度を意味する。
本発明において、造血幹細胞を維持するために培地に添加される「トロンボポエチン(TPO)」は、造血因子(サイトカイン)の一種であり、血小板前駆細胞(巨核球)の増殖及び分化に関与する糖タンパク質である。THPO、血小板新生刺激因子(TSF)、巨核球コロニー刺激因子(MK-CSF)、巨核球刺激因子又はメガカリオサイト(巨核球)増幅因子とも称され、典型的には、ヒト由来であれば、NCBIレファレンス配列:NP_000451、NP_001171068、NP_001171069、NP_001276926又はNP_001276927に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質であり、マウス由来であれば、NCBIレファレンス配列:NP_001166976、NP_001276823、NP_001276825又はNP_033405に記載のアミノ酸配列からなるタンパク質である。
本発明の培地におけるTPOの濃度は、0.02~6ng/mLであるが、造血幹細胞の静止期性及び未分化性をより維持し易いという観点から、その上限は、好ましくは5ng/mLであり、より好ましくは4.5ng/mLであり、さらに好ましくは4ng/mLであり、より好ましくは3.5ng/mLである。またTPO濃度の下限としては、同観点から、好ましくは0.04ng/mLであり、より好ましくは0.05ng/mLであり、さらに好ましくは0.06ng/mLであり、より好ましくは0.08ng/mLである。また、マウス由来の造血幹細胞を維持培養する場合、TPOの濃度は、好ましくは0.08~0.12ng/mLであり、特に好ましくは約0.1ng/mLであり、最も好ましくは0.1ng/mLである。ヒト由来の造血幹細胞を維持培養する場合、TPOの濃度は、好ましくは2~4ng/mLであり、特に好ましくは約3ng/mLであり、最も好ましくは3ng/mLである。
本発明において、造血幹細胞を維持するために用いられる「アルブミン」は、種々の物質(脂肪酸、酵素、ホルモン、無機イオン)と結合する能力の高いタンパク質である。アルブミンとしては、脂肪酸と結合する能力を有するものであればよく、例えば、血清由来のアルブミン、卵白由来のアルブミン、乳由来のアルブミンが挙げられるが、血清由来のアルブミンが好ましい。なお、血清由来のアルブミンは、血清中に含まれる種々の物質と結合しており、脂肪酸の場合であれば、アルブミン1分子あたり通常脂肪酸2分子と結合する能力を有する。
また、後述の実施例において示すとおり、造血幹細胞を維持するためには、アルブミンを介して脂肪酸を供給する必要がある。したがって、本発明の培地において、アルブミンは脂肪酸を担持している必要がある。アルブミンが担持する脂肪酸としては、特に制限はなく、飽和脂肪酸(例えば、パルミチン酸、ステアリン酸等の炭素数8~20からなる飽和脂肪酸)であってもよく、不飽和脂肪酸(例えば、オレイン酸、リノール酸等の炭素数16~20からなる不飽和脂肪酸)であってもよい。造血幹細胞をより維持し易いという観点から、飽和脂肪酸が好ましく、炭素数12~20からなる飽和脂肪酸がより好ましく、炭素数14~18からなる飽和脂肪酸がより好ましく、パルミチン酸が特に好ましい。
アルブミンに担持させる脂肪酸は、塩の形態(例えば、脂肪酸ナトリウム、脂肪酸カリウム等のアルカリ金属塩、脂肪酸マグネシウム、脂肪酸カルシウム、脂肪酸バリウム等のアルカリ土類金属塩、アンモニア塩(脂肪酸アンモニウム))であってもよく、またエステルの形態であってもよい。
また、アルブミンに担持させる脂肪酸は、単種(例えば、パルミチン酸のみ)であってもよく、また複数種(例えば、パルミチン酸及びオレイン酸の混合物)であってもよい。アルブミンに担持させる脂肪酸の好適な例として、少なくともパルミチン酸を含有する脂肪酸混合物、パルミチン酸とオレイン酸との混合物(重量比にて1:1)であること、パルミチン酸、オレイン酸、リノール酸及びステアリン酸の混合物(重量比にて4:3:2:1)等が挙げられる。なお、前者の比率は、本発明者らが測定した結果、ウシ血清アルブミンにおいて、飽和脂肪酸と不飽和脂肪酸とが約1:1の比率にて担持されていたことに基づく。また、後者は、ヒトの骨髄における脂肪酸組成比に基づく(J Cell Biochem.2016年10月;117(10):2370~2376ページ 参照)。
また、脂肪酸担持アルブミンは、血清等の天然に由来するものであれば、通常脂肪酸がアルブミンに担持されているので、そのまま用いることができるが、前述のとおり、所定の脂肪酸を組み合わせて用いる場合には、アルブミン(脂肪酸不含(フリー)アルブミン等)に所望の脂肪酸を担持させることにより、調製することができる。かかる調製については特に制限はなく、当業者であれば、公知の手法を適宜選択して行なうことができる。例えば、後述の実施例において示すとおり、予め培養器において所望の脂肪酸を固相化しておき、該培養器にアルブミン(脂肪酸不含アルブミン等)を含む培地を添加し、超音波破砕等の処理により、前記脂肪酸を溶解させることで、前記アルブミンに前記脂肪酸を担持させることができる。
本発明の培地における脂肪酸担持アルブミンの濃度は、10~100mg/mL(1~10重量体積%)であるが、造血幹細胞をより維持し易いという観点から、その上限は、好ましくは80mg/mLであり、より好ましくは70mg/mLであり、さらに好ましくは60mg/mLであり、より好ましくは50mg/mLである。またTPO濃度の下限としては、同観点から、好ましくは15mg/mLであり、より好ましくは20mg/mLであり、さらに好ましくは25mg/mLであり、より好ましくは30mg/mLである。また、脂肪酸担持アルブミンの濃度は、特に好ましくは35~45mg/mLであり、さらに好ましくは約40mg/mLであり、最も好ましくは40mg/mLである。
また、本発明の培地における脂肪酸の濃度は、造血幹細胞をより維持し易いという観点から、その上限は、好ましくは1mg/mLであり、より好ましくは500μg/mLであり、さらに好ましくは200μg/mLである。また脂肪酸濃度の下限としては、同観点から、好ましくは10μg/mLであり、より好ましくは50μg/mLであり、さらに好ましくは100μg/mLであり、より好ましくは250μg/mLである。
なお、本発明の培地の必須成分となる、上述のSCF、TPO及びアルブミンに関し、それらの動物種の由来について特に制限はなく、上記造血幹細胞の由来同様、脊椎動物が好ましく、哺乳動物がより好ましい。また、本発明において得られた細胞を、後述のヒトにおける治療等に用いる場合には、拒絶反応を抑えるという観点から、ヒト由来であることが望ましい。また、これらタンパク質として、前記動物から単離された天然のものを用いてもよいが、遺伝子工学により調製した遺伝子組換え体(所謂、リコンビナントタンパク質)を用いてもよい。また、造血幹細胞の静止期性及び未分化性を維持し得る限りにおいて、これらタンパク質の全長を含む必要はなく、それらのアミノ酸配列の一部が欠失又は他のアミノ酸により置換されていたり、他のアミノ酸配列が一部挿入されていたり、N末端及び/又はC末端に1又は2以上のアミノ酸が結合していたり、あるいは糖鎖が欠失又は置換されている誘導体を含めることができる。
上述のSCF、TPO及び脂肪酸担持アルブミンが添加される培地(所謂、基礎培地)としては、通常の細胞培養に用いられる培地や、造血細胞の培養のために調製された培地等、特に限定されずに利用することができる。例えば、通常の細胞培養に用いられる培地としては、αMEM、DMEM、ハムF12培地、DMEM/F12培地、RPMI1640培地、IMEM、マッコイ5A培地、EMEMが挙げられる。造血細胞の培養に用いられる培地としては、S-Clone培地(例えば、SF-O3培地、エーディア社製)、StemPro34(インビトロジェン社製)、Stemline(シグマアルドリッチ社製)、Stemline II(シグマアルドリッチ社製)、X-VIVO 10(ロンザ社製)、X-VIVO 15(ロンザ社製)、X-VIVO 20(ロンザ社製)、HPGM(ロンザ社製)、StemSpan H3000(ステムセルテクノロジー社製)、StemSpanSFEM(ステムセルテクノロジー社製)、QBSF-60(クオリティバイオロジカル社製)が挙げられる。また、本発明においては、これら培地を適宜混合して用いてよい。
本発明に係る基礎培地としては、上記例に限定されるものではないが、造血幹細胞の培養において使用実績があるという観点から、好ましくは、SF-O3培地、αMEM、DMEM/F12培地であり、より好ましくはSF-O3培地である。また、SF-O3培地の代わりに、インスリン、亜セレン酸及びトランスフェリンを含有させたDMEM/F12培地;インスリン、硝酸鉄(III)、硫酸鉄(II)、硫酸銅、硫酸亜鉛、プトレスシン、リポ酸、アラニン、ピルビン酸、亜セレン酸及びトランスフェリンを含有させたRPMI1640培地;インスリン及びヌクレオシドを含有させたαMEMも、本発明に係る基礎培地として好適に用いられる。
また、本発明の培地は、SCF、TPO及び脂肪酸担持アルブミン等の他、周知慣用の培地添加物を、更に含有するものであってもよい。かかる培地添加物としては、例えば、機能性タンパク質(インスリン、トランスフェリン、ラクトフェリン等)、脂肪酸以外の脂質(コレステロール等)、還元剤(2-メルカプトエタノール、カタラーゼ、スーパーオキシドジスムターゼ、N-アセチルシステイン等)、アミノ酸(アラニン、L-グルタミン、非必須アミノ酸等)、ペプチド(グルタチオン、還元型グルタチオン等)、ヌクレオチド等(ヌクレオシド、シチジン、アデノシン5’-一リン酸、ヒポキサンチン、チミジン等)、金属塩(硝酸鉄(III)、硫酸鉄(II)、硫酸銅、硫酸亜鉛等)、無機塩類(ナトリウム、カリウム、カルシウム、マグネシウム、リン、塩素等)、炭素源(グルコース、ガラクトース、フルクトース、スクロース等)、ビタミン、無機化合物(亜セレン酸)、有機化合物(パラアミノ安息香酸、エタノールアミン、コルチコステロン、プロゲステロン、リポ酸、プトレシン、ピルビン酸、乳酸、トリヨードチロニン等)、抗生物質(ペニシリン、ストレプトマイシン等)、緩衝化合物(HEPES、重炭酸ナトリウム等)、pH指示薬(フェノールレッド等)が挙げられるが、これらに限定されるものではない。
また、これら培地添加物に関し、造血幹細胞がより維持し易くなるという観点から、インスリン及び/又はコレステロールを、本発明の培地は含有していることが望ましい。
本発明の培地におけるインスリンの濃度は、前記観点から、40~4000ng/mLであることが好ましく、200~800ng/mLであることがより好ましく、約400ng/mLであることがさらに好ましい。また、本発明の培地におけるコレステロールの濃度は、同観点から、10~100μg/mLであることが好ましく、20~40μg/mLであることがより好ましい。
また、本発明の培地には、2-メルカプトエタノールが含有していることが望ましく、かかる場合、培地における濃度は通常10~100μMであり、好ましくは30~80μMであり、より好ましくは50~60μM(例えば、55μM)である。
<造血幹細胞の培養>
後述の実施例において示すとおり、上述の培地を用いることによって、造血幹細胞を、静止期にて、未分化性(多分化能及び自己複製能)を維持させたまま、長期間培養することができる。したがって、本発明は、上述の培地中で、造血幹細胞を培養する工程を含む、造血幹細胞を維持するための培養方法を、提供する。
本発明の培養方法において、造血幹細胞をより維持し易いという観点から、通常の大気中の酸素濃度(20体積%)よりも低い酸素濃度下(本明細書において、「低酸素条件下」とも称する)で培養することが好ましい。低酸素条件下としては、培養中の培地に接している気体中の酸素濃度が、好ましくは1~15体積%であり、より好ましくは1~10体積%であり、さらに好ましくは1~5体積%である。また、前記気体中の二酸化炭素の濃度は、通常1~10体積%であり、好ましくは2~5体積%である。かかる低酸素濃度下での培養は、例えば、市販の低酸素インキュベーター内で培養することによって、行うことができる。また、培養温度としては、特に限定されるものではないが、通常30~40℃、好ましくは約37℃である。
造血幹細胞の培養に用いられる培養器には、造血細胞等を培養するために用いられる公知のものを適宜利用することができ、細胞非接着性の培養器であってもよく、細胞接着性の培養器(例えば、ECM、マトリゲル、ゼラチン、コラーゲン等の細胞支持用基質にてコーティングされている培養器)であってもよい。また、造血幹細胞の培養は、非接着培養であってもよく、接着培養であってもよい。非接着培養としては、例えば、分散培養、凝集浮遊培養、担体上での浮遊培養が挙げられる。さらに、骨髄中の環境を再現し、造血幹細胞をより維持し易くするという観点から、骨髄ストローマ細胞との共培養であってもよい。
また、本発明の培養に供する造血幹細胞としては、上述のとおりであり、哺乳動物の造血組織等から調製することができる。かかる調製において、前記造血組織等が細胞塊である場合には、先ず、プロテアーゼやコラゼナーゼ等で処理することによって、個々の細胞を解離させる。一方、血液(末梢血等)のように細胞が分離していれば、細胞の分離処理無しに、下記造血幹細胞の単離に供する。
造血幹細胞の単離としては、特に制限はなく、公知の手法を適宜用いることによって行なうことができる。例えば、後述の実施例において示すように、上述の造血幹細胞特異的マーカーに対する抗体を用い、セルソーター、磁気ビーズ等によって、造血幹細胞特異的マーカー特性を有する細胞を単離することができる。
このようにして調製された造血幹細胞の、培養開始時に培地に添加する濃度としては特に制限はないが、通常5×102~5×103個/mLであり、好ましくは1×103~3×103個/mLである。
本発明の培養における好適な条件としては、より具体的に以下が挙げられる(なお、下記条件にて基礎培地として用いられるSF-03培地には、そもそもインスリンが含まれている)。
例えば、マウス由来の造血幹細胞を維持培養する条件としては、2~4ng/mL(例えば、3ng/mL)のSCF、0.08~0.12ng/mL(例えば、0.1ng/mL)のTPO、35~45mg/mL(例えば、40mg/mL)の血清アルブミン及び50~60μM(例えば、55μM)の2-メルカプトエタノールを含有するSF-03培地にて、約37℃、1体積%酸素濃度にて培養することが挙げられる。
また、ヒト由来の造血幹細胞を維持培養する条件としては、2~4ng/mL(例えば、3ng/mL)のSCF、2~4ng/mL(例えば、3ng/mL)のTPO、35~45mg/mL(例えば、40mg/mL)の血清アルブミン、100~250μg/mLの、少なくともパルミチン酸を含む脂肪酸、20~40μg/mLのコレステロール及び50~60μM(例えば、55μM)の2-メルカプトエタノールを含有するSF-03培地にて、約37℃、1体積%酸素濃度にて培養することが挙げられる。なお、当該培養条件において、SF-03培地の代わりに、約400ng/mLのインスリンを含有するαMEMを、基礎培地として用いることができる。また、当該基礎培地として用いるαMEMは、0.2~20μg/mL(より好ましくは約2μg/mL)のチミジンを含有していることが望ましい。
<培養造血幹細胞>
後述の実施例に示すとおり、上述の培地中で造血幹細胞を培養して得られる細胞群において、当該細胞の静止期性及び未分化性は高く維持されている。このような細胞は、後述の造血機能に関する疾患の治療及びスクリーニング等において有用である。したがって、本発明は、上述の培地中で造血幹細胞を培養して得られる細胞をも提供する。
造血幹細胞の培養方法については上述のとおりであるが、培養期間としては、通常1~31日であり、好ましくは5~14日である。
また、上述の培養を経て得られる細胞において、造血幹細胞の割合は、通常30%以上であり、好ましくは50%以上であり、より好ましくは70%以上である。なお、造血幹細胞の割合は、後述の実施例に示すとおり、造血幹細胞特異的マーカーに対する抗体等を用いたセルソーター等によって同定することができる。
また、培養後の細胞が造血幹細胞として機能するかどうかは、当該細胞を免疫不全マウス(例えば、NOGマウス、NOD/SCIDマウス)に移植することによって確認することができる。すなわち、後述の実施例に示すように、対象となる細胞を前記マウスに移植し、移植された細胞の骨髄への移行・生着能、多分化能、骨髄再構築能等を検出することにより、造血幹細胞としての機能を維持していることを確認することができる。さらに、一度移植が成立した免疫不全マウスの骨髄を採取し、別の免疫不全マウスマウスに再度移植(2次移植)することによって、移植した細胞の自己複製能及び長期骨髄再構築能の測定も可能である。
<医薬組成物、造血機能に関する疾患の治療等>
後述の実施例に示すとおり、本発明の培地を用いた培養によって得られる細胞をレシピエントに移植した場合、生着し、骨髄機能(造血能)を再構築することができる、そのため、当該細胞は、従来の骨髄移植や臍帯血移植に代わる造血幹細胞治療用の移植片として用いることができる。
したがって、本発明は。上述の培地中で造血幹細胞を培養して得られる細胞を、有効成分として含有する医薬組成物を、提供する。
本発明の医薬組成物は、常套手段にしたがい、医薬上許容される担体を混合する等して、注射剤、懸濁剤、点滴剤等の非経口製剤として製造することができる。当該非経口製剤に含まれ得る医薬上許容される担体としては、例えば、生理食塩水、ブドウ糖やその他の補助薬を含む等張液(例えば、D-ソルビトール、D-マンニトール、塩化ナトリウム)等の注射用の水性液を挙げることができる。当該製剤は、例えば、緩衝剤(例えば、リン酸塩緩衝液、酢酸ナトリウム緩衝液)、無痛化剤(例えば、塩化ベンザルコニウム、塩酸プロカイン)、安定剤(例えば、血清アルブミン、ポリエチレングリコール)、保存剤、酸化防止剤等と配合してもよい。
また、造血幹細胞は、前記骨髄移植等を要する白血病等の治療の他、種々の疾患の治療において有効である。したがって、本発明の方法により維持した造血幹細胞は、造血細胞減少及び/又は造血機能低下を伴う疾患、造血機能障害を伴う疾患、免疫細胞減少、免疫細胞増大、自己免疫を伴う疾患、免疫機能障害、虚血性疾患に有効である。
かかる造血機能に関する疾患として、具体的には、急性又は慢性白血病等の血液癌、慢性肉芽腫症、重症複合型免疫不全症候群、アデノシンデアミナ-ゼ(ADA)欠損症、無ガンマグロブリン血症、Wiskott-Aldrich症候群、Chediak-Higashi症候群、後天性免疫不全症候群(AIDS)等の免疫不全症候群、C3欠損症、サラセミア、酵素欠損による溶血性貧血、鎌状赤血球症等の先天性貧血、Gaucher病、ムコ多糖症等のリソゾーム蓄積症、副腎白質変性症、Fanconi症候群、再生不良性貧血、顆粒球減少症、リンパ球減少症、血小板減少症、突発性血小板減少性紫斑病、血栓性血小板減少性紫斑病、Kasabach-Merritt症候群、悪性リンパ腫、ホジキン病、多発性骨髄腫、慢性肝障害、自己免疫性溶血性貧血、骨髄異形成症候群、真性多血症、赤血球増多症、本態性血小板血症、骨髄増殖性疾患、外傷等による脊髄損傷が、挙げられる。
また、固形癌患者に対する化学療法、放射線療法等により骨髄抑制が副作用として生じる場合、施術前に骨髄を採取しておき、本発明の方法により維持した造血幹細胞を、施術後に患者に戻すことで、造血系の障害から早期に回復させることができる。この方法により、更に強力な化学療法等を行えるようになり、当該治療効果を向上させることができる。
さらに、本発明の医薬組成物に含まれる細胞は、遺伝子治療を行なうために、遺伝子改変が施された細胞であってもよい。改変される遺伝子は、対象となる疾患に応じて選択すればよく、特に限定されないが、例えば、ホルモン、サイトカイン、受容体、酵素、ポリペプチド等の遺伝子が挙げられる。また、遺伝子改変は、当業者であれば適宜公知の手法を用いて行なうことができ、例えば、ウイルスベクター等を用いた遺伝子導入、ゲノム編集、ノックアウト法、siRNA法、shRNA法、リボザイム法、アンチセンス法を、適宜用いて行なうことができる。さらに、かかる造血幹細胞に対する遺伝子改変による治療は、先天性遺伝子疾患の治療に適用することができ、このような例として、アデノシンデアミナーゼ(ADA)欠損症に対するADA遺伝子の導入、X連鎖重症複合免疫不全症(X-SCID)におけるγc鎖遺伝子の導入、慢性肉芽腫症におけるgp91-phox遺伝子の導入、ゴーシェ病におけるグルコセレブロシダーゼ遺伝子の導入が、挙げられる。
また、本発明は、本発明において得られる細胞又は当該細胞を有効成分として含む医薬組成物を患者に投与する、造血機能に関する疾患を治療する方法を提供する。
前記細胞、医薬組成物及び造血機能に関する疾患については上述のとおりである。また、当該細胞等の投与方法は、投与対象の年齢、体重、性別、状態等により異なるが、経口投与、非経口投与(例えば、静脈投与、動脈投与、局所投与)のいずれかの投与経路で投与することができる。また、前記細胞の投与量も、対象の年齢、体重、性別、状態等により異なるが、当業者であれば適宜調整し得る。
<スクリーニング方法>
後述の実施例に示すとおり、本発明の培養方法は、生体内における造血幹細胞同様に、その静止期性及び未分化性を維持することができる。そのため、本発明は、当該機能を維持したまま造血幹細胞を増幅する活性を有する化合物のスクリーニングに好適に用いることができる。
したがって、本発明は、
(i)上述の本発明の培地中、被験化合物の存在下、造血幹細胞を培養する工程、
(ii)前記培養後の造血幹細胞数を測定する工程、
(iii)前記工程において検出された細胞数が、被験化合物非存在下にて培養した後の造血幹細胞の細胞数より多ければ、前記被験化合物は、造血幹細胞を増幅する活性を有する化合物であると判定する工程
を含む、造血幹細胞を増幅する活性を有する化合物のスクリーニング方法を、提供する。
かかるスクリーニングにおける培地及びそれを用いた培養方法については上述のとおりである。「被験化合物」としては、特に制限はないが、合成低分子化合物ライブラリー、遺伝子ライブラリーの発現産物、ペプチドライブラリー、抗体、細菌放出物質、細胞(微生物、植物細胞、動物細胞)の抽出液及び培養上清、精製又は部分精製ポリペプチド、海洋生物、植物又は動物由来の抽出物、土壌、ランダムファージペプチドディスプレイライブラリーを用いることにより、前記化合物のスクリーニングを行なうことができる。また、培養期間については特に制限はなく、通常1~31日であり、好ましくは5~14日である。さらに、培養後の造血幹細胞数の測定は、上述のとおり、造血幹細胞特異的マーカーに対する抗体を用いたセルソーター等によって行なうことができる。
また、本発明において維持培養する造血幹細胞の由来を、造血機能に関する疾患の罹患者とすることによって、当該疾患に対して治療活性を有する化合物のスクリーニングを行なうこともできる。
したがって、本発明は、
(i)上述の本発明の培地中、被験化合物の存在下、造血機能に関する疾患罹患者に由来する造血幹細胞を培養する工程、
(ii)前記培養後の造血幹細胞の状態を検出する工程、
(iii)前記工程において検出された造血幹細胞の状態が、被験化合物非存在下にて培養した後の造血幹細胞の状態より良ければ、前記被験化合物は、前記疾患を治療する活性を有する化合物であると判定する工程
を含む、造血機能に関する疾患に対する治療活性を有する化合物のスクリーニング方法を、提供する。
かかるスクリーニングにおける培地、それを用いた培養方法、被験化合物及び培養期間については上述のとおりである。また「造血機能に関する疾患」は、特に制限されるものではなく、例えば、上記<医薬組成物、造血機能に関する疾患の治療等>において示した疾患が挙げられる。さらに、検出する「造血幹細胞の状態」については、対象となる疾患に応じて適宜選択すればよく、特に限定されないが、例えば、造血幹細胞の数、形成されるコロニーの大きさ、細胞表面マーカーの発現パターン、造血幹細胞の未分化性、静止期性及び機能(生着性、造血能)が挙げられる。
<造血幹細胞の培地を作製するためのキット等>
SCF、TPO及び脂肪酸担持アルブミン等の生理活性物質は、培地中において徐々にその活性を喪失していく。そのため、後述の実施例に示すとおり、本発明の培地は、造血幹細胞の培養の際に調製することが望ましい。したがって、本発明は、SCFと、TPOと、脂肪酸担持アルブミンと、基礎培地とを含む、造血幹細胞の維持培養用培地を作製するためのキットを、提供する。
当該キットの構成品(SCF、TPO、脂肪酸担持アルブミン、基礎培地等)については上述のとおりであるが、脂肪酸担持アルブミンは、脂肪酸とアルブミンとが分かれた形態にて、当該キットに含まれていてもよい。また、本発明の培地作製用キットには、上記培地添加物が更に含まれていてもよく、さらに培地における各物質の濃度等を示した説明書を含めることができる。
また、前記キットにおいては、混合するだけで本発明の培地が作製できるよう、SCF、TPO及び脂肪酸担持アルブミンが前記所定量含まれるものであってもよい。すなわち、本発明の培地作製用キットは、「SCFと、TPOと、脂肪酸担持アルブミンと、基礎培地とを含み、前記SCF、前記TPO及び前記脂肪酸担持アルブミンの量が、前記基礎培地1mLに対して、1~10ng、0.02~6ng及び10~100mgである、造血幹細胞の維持培養用培地を作製するためのキット」という態様もとり得る。なお、SCF、TPO及び脂肪酸担持アルブミンのより好適な量については、上記<造血幹細胞の培地>の記載を参照のほど。
また、本発明は、前記培地作製用キットを含む、造血幹細胞を維持培養するためのキットを提供する。当該キットにおいては、前述の構成品の他、上記培養器、骨髄ストローマ細胞、低酸素インキュベーター等を含めることができる、また、培養後の細胞において造血幹細胞が維持されていることを確認するための試薬を含めることもできる。当該試薬としては、造血幹細胞特異的マーカーを認識する抗体、該抗体を認識する標識された二次抗体、磁性ビーズ等が挙げられる。さらに、当該キットには、造血幹細胞を維持培養するための条件(酸素濃度)等を記載した使用説明書を含めることができる。
以下、実施例に基づいて本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下の実施例に限定されるものではない。先ず、本実施例にて用いた材料及び方法を、以下にて説明する。
(マウス)
C57BL/6Jマウス(C57BL/6-Ly5.2マウス、8~14週齢、日本SLC又は日本クレアから購入)を、全ての実験において使用した。また、日本クレアから購入したC57BL/6-Ly5.1コンジェニックマウスを、後述の造血幹細胞移植実験(競合的再構築アッセイ)におけるレシピエントマウスとして使用した。
全てのマウスを、特定の病原体フリー(SPF)条件下で、国立国際医療研究センターの動物施設において、自由に飲食可能な環境下で飼育した。実験には、雄及び雌マウスの両方を使用した。また実験の際には、マウスは頸椎脱臼により安楽死させた。なお、動物実験は、国立国際医療研究センター動物実験委員会によって承認された上で、行なった。
(マウスc-Kit陽性細胞の調製)
マウス骨髄細胞を、2本の大腿骨及び脛骨から単離した。具体的には先ず、21ゲージ針(テルモ社製)を装着した10mL注射器(テルモ社製)を用い、2体積%ウシ胎児血清(FBS)含有リン酸緩衝生理食塩水(PBS)を、大腿骨及び脛骨にフラッシュすることにより、骨髄プラグを回収した。次いで、骨髄プラグを、21ゲージ針内で出し入れすることによって細かく砕き、さらに遠心分離機(KUBOTA社製、KUBOTA 5930)による、4℃、680g、5分間の遠心分離に供した。そして、上清を取り除き、得られた細胞を、室温で5分間、緩衝液(0.17M NH4Cl、1mM EDTA、10mM NaHCO3)に懸濁した。さらに、その2倍量の2体積%FBS含有PBSを添加し、680gで5分間、4℃で遠心分離することにより、細胞を洗浄した。次いで、その細胞を、2体積%FBS含有PBSに再懸濁し、40μmのナイロンメッシュ(BD Biosciences社製)を通して濾過した。得られた濾液を、4℃、5分間、680gの遠心分離に再び供し、骨髄細胞を回収した。
回収した骨髄細胞に、非特異的なIgGとFc受容体との結合をブロックする抗CD16/32抗体(以下「Fcブロック」とも称する。BD biosciences社製、マウス1個体あたり2μL使用)を添加し、4℃で5分間インキュベートした。続いて、抗c-Kit磁性ビーズ(Miltenyi社製)を、反応液の総容量の20体積%になるよう添加し、4℃で15分間インキュベートした。その後、2体積%FBS含有PBSで2回洗浄することにより抗体を除去した後、c-Kit+細胞を、セルソーター(Miltenyi社製、製品名:autoMACS Pro、Possel-sモード)を用いて単離した。単離した細胞を、340gの遠心分離に5分間供した後、下記フローサイトメトリー用の抗体(抗体パネル)で染色した。
(マウス造血幹細胞等の調製)
前記磁気ビーズを用いたc-Kit+細胞選択の後、単離した細胞を、340gの遠心分離に5分間供し、下記抗体パネルを用い、マウス造血幹細胞及び造血前駆細胞の細胞画分を標識した。
抗体パネル:分化抗原マーカー(CD4、CD8a、Gr-1、Mac-1、Ter-119、B220)-PerCP-Cy5.5、c-Kit-APC-Cy7、Sca-Cy7、CD150-PE、CD41-FITC、CD48-FITC、Flt3-APC、CD34-BV421。なお、全ての抗体は、マウス1個体あたり各0.5μL使用した。
標識した細胞を、2体積%FBS及び0.1重量体積%PI含有PBS 0.5~2mLに再懸濁し、セルソーター(製品名:FACS Aria(登録商標)II、BD Biosciences社製)に供し、ソートされた細胞を、4重量体積%BSAを含有する、後述のSF-O3、αMEM又はDMEM/F12に回収した。また、脂肪酸非存在下での培養にマウス由来の細胞を供する場合には、前記4重量体積%BSAを含む培地の代わりに、脂肪酸フリーBSAを含む培地を用い、ソートした細胞を回収した。
なお、このソーティングにおいて、マウス造血幹細胞は、CD150+CD41-CD48-CD34-Flt3-LSK細胞、CD150+CD41-CD48-LSK細胞、又は、CD150+CD48-LSK細胞として定義した。また、MPP1(CD150-CD41-CD48-Flt3-LSK)、MPP2(CD150+CD41/CD48+Flt3-LSK)、MPP3(CD150-CD41/CD48+Flt3-LSK)及びMPP4(Flt3+LSK)を、多能性前駆細胞(MPP)分画として定義した。
(ヒト造血幹細胞等の調製)
ヒトCD34+骨髄細胞をLonza社から購入し、使用するまで液体窒素中で保存した。実験に際しては先ず、バイアル中の凍結細胞を37℃の水浴中で解凍し、15mLチューブに移した。次いで、10体積%ウシ胎児血清(FBS:Biowest若しくはThermo Fisher Scientific社より購入)及び2U/mL DNアーゼI(Sigma Aldrich社製)を含有する培地(SF-O3(エーディア社製)、αMEM(Thermo Fisher Scientific社製)又はDMEM/Ham’s F12(ナカライテスク社製))を、ゆっくりと解凍した細胞に加え、穏やかに混ぜながらチューブを満たした。解凍し得られた細胞懸濁液を、室温で遠心分離機(TOMY社製、製品名:Ex-125)による15分間200gの遠心分離に供した。次いで、上清を吸引し、前記培地を用いた遠心分離による洗浄工程をもう一度繰り返した。
次に、洗浄後上清を取り除いた細胞に、抗体カクテル(50μLのリン酸緩衝生理食塩水(PBS:ナカライテスク社製)、2体積%FBS及び下記各抗体)を加え、氷上で30分間維持した。細胞を、2体積%FBS含有PBSで1回洗浄し、0.1重量体積%PI及び2体積%FBSを含有するPBS中に再懸濁した。
抗CD34-FITC(BD Biosciences社製) 10μL
抗CD38-PerCP-Cy5.5(BD Biosciences社製) 2μL
抗CD90-PE-Cy7(BD Biosciences社製) 5μL
抗CD45RA-PE(BD Biosciences社製) 10μL。
そして、前記抗体にて標識した細胞を、セルソーター(FACS Aria)に供し、ソートされた細胞を、4重量体積% BSA(Sigma Aldrich社製)及び55μM 2-ME(Life Technologies社製)を含有する、SF-O3又はαMEMに回収した。また、脂肪酸非存在下での培養に供する場合には、上記マウス由来のそれとは異なり、ヒト由来の細胞は、脂肪酸フリーBSAを用いた培養では生存率が低くなるため、この場合もソートした細胞を、前記4重量体積%BSAを含む培地に回収した。
なお、このソーティングにおいて、ヒト造血幹細胞を、CD34+CD38-CD90+CD45RA-細胞と定義した。
(培地)
細胞培養には、SF-O3培地、αMEM又はDMEM/F12培地を用いた。SF-O3培地の調製においては先ず、SF-O3基礎培地(エーディア社製)に対して、同製造元より提供されたサプリメント、及び最終濃度が0.1重量体積%になるようにウシ血清アルブミン(BSA:エーディア社製又はSigma Aldrich社製)を添加した。更に、二酸化炭素を吹き込み十分に酸性化した後、0.22μmフィルターを通して4℃に保存したものを、SF-O3培地として使用した。
なお、SF-O3基礎培地は、シチジン、グルタチオン、パラアミノ安息香酸及びコレステロールを添加したRPMI1640と、ダルベッコMEM(DMEM)と、Ham’s F-12培地とを、2:1:1の比率で混合した培地である。
また、SF-O3基礎培地には、組換えヒトインスリン、組換えヒトトランスフェリン、亜セレン酸ナトリウム、エタノールアミン、HEPES及び2.2g/Lの重炭酸ナトリウムを、前記サプリメントとして添加した。
BSA結晶(Sigma Aldrich社製)又は脂肪酸フリーBSA(Sigma Aldrich社製)を、各実験における指示濃度になるよう、培地に直接溶解し、0.22μmフィルターを用いて濾過した。なお、濾過前には、最終濃度55μMとなるように、2-メルカプトエタノール(2-ME:Life Technologies社製)も添加した。また、濾過後には、各実験における指示濃度になるよう、SCF(Peprotech)、TPO(Peprotech)、水溶化脂肪酸及びコレステロールからなる製剤(Thermo Fisher Scientific社製、製品名:250x コレステロール脂質濃縮物)を、前記培地に添加した。
SF-O3以外の培地(αMEM又はDMEM/F12培地)については、前記濾過前に、場合によって各実験における指示濃度になるよう、ヒト組換えインスリン(ナカライテスク社製)を添加し、また最終濃度が55μMとなるように、2-MEを添加した。
(細胞培養)
上記のとおりにして調製したマウス又はヒト由来の造血幹細胞を、340g、5分間の遠心分離に供し、上清を捨てた。そして、前記にて調製した培地を、(1ウェルあたりの細胞数)/10μLの濃度になるよう添加し、得られた細胞懸濁液10μLを、8ウェルピペットで、200μLの培地を各ウェルに事前に添加した96ウェルプレートに、分注した。
培養条件は、加湿インキュベーター中、37℃で1体積%O2及び5体積%CO2(低酸素インキュベーター APM-30DR:アステックを使用して調整)、又は、20体積%O2及び5体積%CO2(SCI-165D:アステックを使用して調整)のいずれかとした。
なお、7日間培養の場合、培養期間中の培地交換は行なわなかった。しかしながら、より長期間(すなわち、11日間~31日間)の培養では、培地の半量交換を週に2回(3~5日ごとに)行った。
(造血幹細胞の移植)
上記のとおりに調製したC57BL/6-Ly5.2マウス由来の造血幹細胞(CD150+CD41-CD48-CD34-Flt3-LSK)又はそれを所定の条件にて培養した細胞(培養造血幹細胞由来の細胞)を、コンペティター(4×105個のC57BL/6-Ly5.1マウス由来骨髄細胞)と共に、致死量(9.5Gy)の放射線を照射したC57BL/6-Ly5.1マウスの眼窩静脈叢に移植した。
放射線照射は、MBR-1520R-3(Hitachi Power Solutions)を用いて行なった(125kV 10mA、0.5mm Al、0.2mm Cuフィルターを使用)。また、眼窩静脈叢への移植は、27ゲージ針付き1mLシリンジ(テルモ社製)を使用して行なった。
造血幹細胞を移植してから、1、2、3及び4カ月後に、末梢血を採取し、ドナー由来細胞の割合及びそれらの分化状態を、MACS Quant(Miltenyi社製)により決定した。
具体的には、末梢血40~80μLを、眼窩静脈叢からガラスキャピラリーを用いて採取し、1mLのヘパリン含有PBSに懸濁した。得られた血液懸濁液を、340gで3分間遠心分離した後、上清を捨て、1.2重量体積%デキストラン(200kDa、ナカライテスク社製)含有PBS 1mLに再懸濁した後、室温で45分間インキュベートし、大部分の赤血球をチューブの底に沈殿させた。その上清を、340gの遠心分離に3分間供し、得られたペレットを0.17M NH4Cl溶液に再懸濁し、細胞懸濁液が透明になるまで、残存赤血球を5~10分間かけて溶解させた。再度遠心分離に供し、得られた細胞を、Fcブロック0.3μL及び2体積%FBSを含むPBS 50μLに再懸濁した。
次に、下記抗体を用いた表面抗原染色を施した後、MACS Quantによる解析に供した。
表面抗原染色に用いた抗体:Gr-1-PE-Cy7、Mac-1-PE-Cy7、B220-APC、CD4-PerCP-Cy5.5、CD8a-PerCP-Cy5.5、CD45.1-PE、CD45.2-FITC。全ての抗体は、1サンプルあたり0.3μL使用した。
なお、ドナー由来の細胞は、Ly5.2(CD45.2)+Ly5.1(CD45.1)-細胞であり、コンペティター又はレシピエントに由来する細胞は、Ly5.2(CD45.2)-Ly5.1(CD45.1)+細胞である。また、ミエロイド、B細胞、T細胞は、それぞれ、Gr-1+又はMac-1+細胞、B220+細胞、CD4+又はCD8a+細胞として同定した。
そして、得られたデータに基づき、ドナー由来細胞の頻度(%)を以下のように算出した:
ドナー由来細胞の頻度(%)=ドナー由来細胞(%)/[ドナー由来細胞(%)+コンペティター及びレシピエント由来の細胞(%)]×100。
また、総細胞キメリズムとして、単核球におけるLy5.2-Ly5.1+細胞の頻度に対するドナー由来のLy5.2+Ly5.1-細胞の頻度を算出した。
また、前記造血幹細胞の移植(1次移植)をしてから4カ月後に、二次移植を実施した。具体的には、一次移植4カ月後のレシピエントマウスから、前記(マウスc-Kit陽性細胞の調製)に記載の方法により骨髄細胞を採取した。自動細胞カウンターTC10(BioRad社製)を用いて骨髄細胞の細胞数をカウントした後、各レシピエントから調製した細胞懸濁液全量の20~30%をプールした。
また、各レシピエントあたり、2×106の骨髄細胞を、SF-O3培地(0.1%重量体積BSA含有)200μLに懸濁した。そして、このようにして調製した細胞懸濁液(200μL/レシピエント)を、前記一次移植同様に、放射線照射C57BL/6-Ly5.1マウスの眼窩静脈叢に注射し、移植した。
(脂肪酸等のBSAへの担持処理)
脂肪酸ナトリウム塩(パルミチン酸塩、オレイン酸塩、リノール酸塩、ステアリン酸塩、いずれも東京化成工業株式会社製)、コレステロール(東京化成工業株式会社製)、又はそれらを組み合わせたものを、それぞれガラスチューブ内で、4~20mg/mL又は4mg/mLの濃度になるよう、メタノール(Wako社製)に溶解した。
このようにして調製した脂肪酸塩及び/又はコレステロールの溶液は、電動ピペットを用い、空気を吹き付けて、前記ガラスチューブ内で乾燥させた後、50℃の水浴上でメタノールが完全に蒸発するまで(5~10分間)加熱した。次いで、4重量体積%脂肪酸フリーBSA又はBSA結晶(共に、Sigma Aldrich社製)を含む培地を、ガラスチューブに直接添加し、脂肪酸塩及びコレステロールが溶解するまで超音波処理した。そして、0.22μmフィルター(Millipore社製)を用いた濾過に供した。なお、上記(培地)にて記載したように、SF-O3培地を用いる場合には、2-MEを濾過直前に加えた。また、その他の培地を用いる場合には、必要に応じ、インスリンを濾過直前に加えた。
(EdU取り込みアッセイ)
造血幹細胞を、後述の各条件下で16時間培養し、10mMのEdUを最終濃度10μMとなるように培地に加え、37℃で2時間インキュベートした。そして、細胞を、Click-iT EdU Alexa Fluor 647フローサイトメトリーアッセイキット(Thermo Fisher Scientific社製)を用い、分析した。また、細胞内EdUを検出するため、固定・膜透過処理し、MACS Quant(Miltenyi Biotec社製)を用い、分析した。
(MACS Quantによる培養細胞の分析)
上記(細胞培養)の記載のとおりに造血幹細胞を播種した96ウェルプレートの各ウェルから、培地を170μLまで吸引し、続いて下記抗体カクテルを添加し、4℃で30分間インキュベーションした。
マウス由来の細胞を対象とした実験では、分化抗原マーカー(CD4、CD8a、Gr-1、Mac-1、B220、Ter-119)-PerCP-Cy5.5、抗c-Kit-APC-Cy7、抗Sca-1-PE-Cy7、抗CD150-PE、抗CD48-FITC及び抗CD41-APCからなる抗体カクテルを用いた。なお、全ての抗体は、0.1μL/ウェルとなるよう、プレートに添加した。
ヒト由来の細胞を対象とした実験では、抗CD34-FITC(0.1μL/ウェル)、抗CD38-PerCP-Cy5.5(0.1μL/ウェル)、抗CD90-PE-Cy7(0.25μL/ウェル)及び抗CD45RA-PE(0.5μL/ウェル)からなる抗体カクテルを用いた。
インキュベーション(前記抗体による染色)後、100μLの2体積%FBS含有PBSを各ウェルに添加し、加速Low及び減速度Medium、400g、4℃での遠心分離に、5分間供した。その後、100μLの上清を吸引し、2体積%FBS、0.1重量体積%PI及び0.25体積%Flow-Check Fluorespheres(Beckman Coulter)含有PBS 200μLを、各ウェルに添加し、細胞を懸濁させた。
MACS QuantのFastモードで、細胞懸濁液を採取し、100μL(大コロニー)又は150-170μL(小コロニー)を吸引・分析した。データはFCSファイルとしてエクスポートし、FlowJoソフトウェアを使用して解析した。細胞数はFlow-Check(約1000/μL)のビーズ数で補正した。巨核球は、高い前方散乱及び側方散乱、並びに高いCD150及びCD41発現を有する細胞として定義した。
(cDNAマイクロアレイ解析)
先ず、上記(マウスc-Kit陽性細胞の調製)及び(マウス造血幹細胞等の調製)に記載の方法に沿って、マウス10匹の骨髄から造血幹細胞(CD150+CD41-CD48-CD34-Flt3-LSK細胞)を単離し、SF-O3培地にプールした。
プールした造血幹細胞を2等分し、半分はRLT緩衝液(0.75μL 2-ME含有)75μLに溶解し、新鮮造血幹細胞試料として、下記マイクロアレイ解析等に供した。残り半分は、図13に示す条件にて7日間の培養を行った後、340gで5分間4℃で遠心分離して培養細胞を回収し、75μL RLT緩衝液(0.75μL 2-ME含有)75μLに溶解し、培養後の造血幹細胞試料として、下記マイクロアレイ解析等に供した。
そして、このようにして調製した各造血幹細胞試料からの、RNA抽出、cDNA合成、マイクロアレイ解析及びデータ正規化(データの読み込み及び標準化)は、DNAチップ研究所に委託して行なってもらった。
具体的には、前記造血幹細胞試料から、RNeasy micro(QIAGEN社製)を用い、RNAを抽出した。WT-Ovation Pico RNA増幅システム(NuGen社製)を用い、2ngの前記抽出RNAからcDNAを合成し、増幅した。増幅したcDNAをGenomic DNA Enzymatic Labeling Kit(Agilent社製)を用いて標識し、続いて、Gene Expression Hybridization Kit(Agilent社製)及びGene Expression Wash Pack(Agilent社製)を使用して、標識したcDNAを、Gene chip Mouse 8x60k(Agilent社製)にハイブリダイゼーションした。
ハイブリダイズした遺伝子チップを、DNA MicroArray Scanner(Agilent社製)を用いてスキャンした。スキャンした画像は、Feature Extraction Ver.9.5.3(Agilent社製)で解析した。
さらに、GeneSpringソフトウェア(Agilent社製)を用いて正規化を行った。具体的には、生データを最初にlog2スケールに変換し、発現レベル1.0未満を1.0に設定した。そして、75パーセンタイルシフトアルゴリズムでサンプル間の遺伝子発現レベルを標準化した。
また、標準化した発現データを、遺伝子名アノテーションによって散布図にして可視化した。当該可視化は、Rソフトウェアのggplot2パッケージを用いて行った。その結果、遺伝子発現レベル>1.5のlog2倍の差異を有する遺伝子は、濃い青色で着色することによって強調され、目的の遺伝子(すなわち、脂肪酸関連遺伝子)は赤色で着色された。「検出されなかった」フラグを有する遺伝子は、散布図から除去された。
(遺伝子セットエンリッチメント解析:GSEA)
前記のとおり標準化した発現データを、GSEA v2.0.13ソフトウェア(Broad Institute)を用いて評価した。遺伝子セットは、GSEAウェブサイト(http://www.broadinstitute.org/gsea/msigdb/index.jsp)で配布されているMolecular Signatures Database v4.0から入手した。順列の数は1000に設定した。名目上のp値が0.05未満であり、誤発見率q値<0.25である遺伝子セットを統計的に有意と見なした。
(サイトカイン応答の2D及び3Dプロットの作成)
様々なサイトカイン濃度にて培養した後の細胞数を、FCSファイルにエクスポートした後、Rソフトウェアを用いてデータを平滑化した。局所回帰は、loess関数を使用して、多項式表面をデータ点に適合させた。パラメータはdegree=2、及びspan=0.25に設定した。X軸、Y軸を7×7行列から61×61行列に拡張し、predict関数を用いてデータ予測を行った。データが対数スケール(すなわち、総細胞数及び巨核球数)である場合、対数変換後のデータが正になるように測定データに1を加えた。全てのデータから、ggplot2パッケージを用いて2D等高線プロットが生成され、rglパッケージを使用して3Dプロットが生成された。
(統計解析)
他に記載がない限り、データは平均±標準偏差として示す。多重比較検定をする場合、RソフトウェアのTukeyHSD関数によるTukeyの多重比較検定、anova関数による一元配置分散分析(1-way ANOVA)又は二元配置分散分析(2-way ANOVA)によって、統計的有意性を決定した。2群の比較では対応のない両側スチューデントのt検定を使用した。誤発見率(FDR)は、Bioconductor(http://www.bioconductor.org)のqvalueパッケージのqvalue関数を使用して算出した。
次に、上記材料及び方法を用いて行なった実験の結果を、以下に示す。
<実施例1> マウス由来造血幹細胞を維持するための培養条件(酸素、SCF及びTPOの濃度)についての検討
造血幹細胞は、骨髄環境中において低酸素環境下にあり、また静止期を維持した状態で未分化性を保っている。さらに、造血幹細胞の維持には、幹細胞因子(SCF)及びトロンボポエチン(TPO)が必須因子であることも知られている。
そこで、造血幹細胞の静止期及び未分化性の維持を可能とする条件を、培養下でも再現すべく、酸素濃度、並びにSCF及びTPOの濃度について、先ずは検討した。
具体的には、条件を単純化するため、SCFとTPOのみを、サイトカインとして、培地に添加することにした。そして、SCFとTPOの至適条件を定めるため、BSA4重量体積%を含むSF-O3培地で、低酸素条件(1体積%酸素)又は高酸素条件(20体積%酸素、大気濃度)下で造血幹細胞を7日間にわたって培養し、総細胞数(図1)、巨核球数(図2)、総細胞数に対する造血幹細胞分画の割合(図3)及び未分化細胞分画(LSK分画)における、各分化段階の細胞数(図4)をMACS Quantにより測定した。
その結果、図1に示すとおり、総細胞数は、SCF及びTPOの添加濃度のいずれに対しても比例して増加した。Blood.1993年10月1日;82(7):2031~2037ページにて報告されているとおり、低酸素条件の方が細胞数は少なかった。また、図2に示すとおり、巨核球については、低酸素条件下、TPOの濃度に強く依存する一方、高酸素条件ではSCF及びTPOの濃度に依存して細胞数が増加した。一方、図3に示すとおり、造血幹細胞の割合は、SCF及びTPO濃度が低いほうが高く、さらに低酸素条件の方が造血幹細胞の割合は高かった。さらに、LSK分画の細胞数をみると、図4に示すとおり、高酸素条件では低酸素条件に比して分化細胞(CD150+CD48+LSK細胞及びCD150-CD48+細胞)の細胞数が著増しており、前記Blood.1993年に記載のとおり、造血幹細胞は、低酸素条件でより未分化に維持されることが確認された。
また、図3に示すように、造血幹細胞は、TPO濃度を0~0.5ng/mLとする培養条件下では、SCFの濃度が3ng/mL以下となると細胞数が減少したことから、TPO濃度が低い条件下ではSCF濃度は3ng/mL以上であることが望ましいことが明らかになった。一方、TPOの濃度を2.5ng/mL以上とする培養条件下では、SCFの濃度を3ng/mL以下としても造血幹細胞は生存していた。特に、SCFの濃度が1ng/mLであり、かつTPOの濃度が62.5ng/mLである条件下で、造血幹細胞数の増加が認められた(図4の「1%O2 CD150+CD48-LSK」 参照)。
一方、造血幹細胞から派生し、自己複製能は失ったものの多分化能を有する多能性前駆細胞(MPP)に関しては、SCFの濃度を3ng/mL以上とした場合、CD150-CD48-LSK分画(MPP1)が増加した。さらに、TPOの濃度を2.5ng/mL以上とする条件下では、CD150+CD48+LSK分画(MPP2)が増加した。また、高酸素条件ではCD150-CD48+LSK(MPP3)に分化する細胞は少なかった(図4 参照)。
以上の結果を総合して、静止期性を維持し(総細胞数が低い)、かつ未分化な細胞が維持される(巨核球数・分化細胞数が低く、かつ造血幹細胞数が多い)条件を検討した結果、図5に示すとおり、酸素の濃度は、大気中の濃度よりも低濃度であり、SCFの濃度は1~10ng/mLであり、かつTPOの濃度は0.02~6ng/mLであることが望ましく、更には酸素濃度を1体積%とし、SCFを3ng/mLの濃度にて、かつTPOを0.1ng/mLの濃度にて培地に添加して、マウス由来の造血幹細胞を培養することが、その静止期及び未分化性を維持する上で最適であることを見出した。
実際、図6に示すとおり、酸素濃度を1体積%とし、3ng/mLのSCF及び0.1ng/mLのTPOを添加した培地にて培養した場合(以下、この培養条件を「S3T0.1」とも称する)、既存の条件(高酸素、高サイトカイン、例えば、Cell Stem Cell.2013年1月3日;12(1):49~61ページ 参照)で培養した場合と比較して、培養後の細胞コロニーは小さく維持されていることが明らかになった。
さらに、フローサイトメトリー解析の結果でも、図7に示すとおり、S3T0.1条件下にて培養した結果、多くの細胞がCD150+CD48-LSKという培養開始前の表面マーカーを維持していることも明らかになった。
続いて、培養開始16時間後の細胞周期について、EdU取り込みアッセイにより解析し、S3T0.1条件と高サイトカイン(SCF 100ng/mL、TPO 100ng/mL)条件とを比較した。さらに、これら条件について、高酸素(20体積% O2)条件に関しても検討した。
その結果、図8に示すとおり、図1~5に示した細胞数についての解析結果と合致して、低サイトカイン濃度においてEdU陽性細胞は低く抑えられており、造血幹細胞の細胞周期は低回転であることが明らかになった。しかしながら、この時間点において酸素濃度は細胞周期に大きく影響しなかった。
次に、上記にて見出したS3T0.1条件下培養した造血幹細胞は、表面マーカーの発現だけではなく、機能的に維持されているかどうかを評価するために、図9に示すように、採取直後(Fresh)の造血幹細胞、又は14日間若しくは29日間培養した造血幹細胞各500個相当をレシピエントマウスに移植(1次移植)した。また、移植してから4ヶ月後のレシピエントマウスから骨髄細胞を回収し、それを別のマウスに移植する、骨髄移植実験(BMT、2次移植))も行なった。
その結果、図10に示した結果から明らかなように、S3T0.1条件下14日間培養した造血幹細胞においては、1次移植、2次移植ともに採取直後の造血幹細胞と遜色ない末梢血キメリズムが、いずれの血球分画(ミエロイド、B細胞、T細胞)でも認められた。また、S3T0.1条件下29日間培養した造血幹細胞に関し、1次移植において末梢血キメリズムはFresh群に劣ったものの、図11に示した結果から明らかなように、2次移植についてはいずれの分画でもキメリズムに遜色はなかった。
<実施例2> マウス由来造血幹細胞を維持するための培養条件(アルブミンの濃度)についての検討
次に、上記にて見出したS3T0.1条件下、ウシ血清アルブミン(BSA)濃度の造血幹細胞の細胞数への影響について検討した。その結果、図12に示すとおり、BSA低濃度条件(BSA 1重量体積%(10mg/mL)未満)下では、造血幹細胞は殆ど生存できないということが明らかになった。一方、BSA濃度を1.3~4重量体積%(13~40mg/mL)とする条件下では、造血幹細胞数において大きな違いは認められなかった。しかし、BSA1.3重量体積%濃度条件では、余剰な脂質(コレステロール及び脂肪酸)の負荷に対して脆弱であり、負荷した脂質の容量依存的に造血幹細胞の数は減少していった。また、BSA高濃度条件(BSA 1.3重量体積%以上)下において、造血幹細胞数は、4~6重量体積%(40~60mg/mL)をピークとして、8重量体積%(80mg/mL)では減少が認められた。
以上の結果から、造血幹細胞を維持するためには、アルブミン2~6重量体積%濃度下で培養することが望ましく、更には4重量体積%前後の濃度が至適であるということが、明らかになった。
続いて、上記にて見出した培養条件による、造血幹細胞における遺伝子発現上の変化を調べるため、図13に示すように、S3T0.1条件下7日間培養した造血幹細胞の遺伝子発現を、cDNAマイクロアレイによって解析した。なお、当該培養におけるBSAの濃度は4重量体積%とした。さらに、前記4重量体積%BSAの代わり、脂肪酸を担持させた脂肪酸フリーBSAを4重量体積%含有した培地で、S3T0.1条件下7日間培養した造血幹細胞の遺伝子発現についても解析した。また、比較検討のため、採取直後(Fresh)の造血幹細胞についても解析した。
その結果、図14及び15に示すとおり、S3T0.1条件、4重量体積% BSA又は脂肪酸を担持させた脂肪酸フリーBSA存在下では、脂肪酸生合成経路の遺伝子発現がFresh群と近いレベルまで抑えられていることが明らかとなり、造血幹細胞の当該培養において、BSAからは脂肪酸が供給されていることが示唆された。
また、4重量体積%BSA存在下での培養と、4重量体積%脂肪酸を担持させた脂肪酸フリーBSA存在下での培養とを比較した結果、図16に示すとおり、脂肪酸生合成経路の遺伝子発現は同程度であった。前記図14及び15の結果と併せ、造血幹細胞を維持する上で、BSAは、脂肪酸フリーBSAに脂肪酸(パルミチン酸およびオレイン酸)を担持させたものと置き換えることが可能であることが示唆された。
なお、S3T0.1条件、脂肪酸を担持させた脂肪酸フリーBSA存在下での培養を、独立して2回行ない、それらを比較した。その結果、図17に示すとおり、脂肪酸生合成経路の遺伝子発現は類似しており、再現性を有することが確認された。
さらに、図18に示すとおり、造血幹細胞の未分化性及び細胞周期に関連する遺伝子セットを用いてGSEAを行ったところ、両遺伝子セットとも、上記方法にて培養した造血幹細胞は、Fresh群と有意差なく、大きな遺伝子変化は認められなかった。
<実施例3> マウス由来造血幹細胞を維持するための培養条件(脂肪酸)についての検討
BSAには、脂肪酸が通常結合している。そして、上記のとおり、造血幹細胞の維持培養において、脂肪酸を供給することがBSAの重要な機能と考えられる。そこで、脂肪酸の組成が、造血幹細胞数に与える影響を評価するため、脂肪酸フリーBSAにパルミチン酸、オレイン酸、リノール酸の各脂肪酸を様々な比率で混合したものを用い、S3T0.1条件下7日間造血幹細胞を培養した。
その結果、図19に示すとおり、不飽和脂肪酸(オレイン酸、リノール酸)のみを含有する培地では造血幹細胞の生細胞数が著減することが明らかになった。その一方、パルミチン酸を含有していれば、それ以外の脂肪酸の比率は細胞数に大きく影響しないことも明らかになった。したがって、造血幹細胞の維持には、パルミチン酸が重要であると考えられる。
さらに、アルブミンに担持させる(再構成する)脂肪酸の濃度による影響を評価するため、様々な量の脂肪酸を再構成させた脂肪酸フリーBSAを用い、造血幹細胞を培養した。その結果、図20に示すとおり、培養後の総細胞数及び造血幹細胞数は、脂肪酸の濃度依存的に維持され易い傾向にあることが明らかになった。
<実施例4> マウス由来造血幹細胞を維持するための培養条件(インスリン)についての検討
上記培養において用いたSF-O3培地にはインスリンが含有されている。そこで、インスリンによる造血幹細胞への影響を評価するため、インスリン不含の培地(4重量体積%BSA含有αMEM培地)に、インスリン4000ng/mLを加え、7日間S3T0.1条件下で培養した。その結果、図21に示すとおり、培養後の造血幹細胞数においてインスリンの有無による違いはなかったが、総細胞数はインスリンが含まれない場合減少することがわかった。
さらに、脂肪酸がより高濃度の条件でインスリンの影響を評価するため、脂肪酸含有BSA(nBSA)に、更に脂肪酸を高濃度(800μg/mL)で添加したものをαMEMに加え、造血幹細胞数をS3T0.1条件下で評価した。その結果、図22に示すとおり、インスリン濃度依存的に、造血幹細胞数、総細胞数共に、維持され易い傾向にあることが明らかになった。
次に、上記にて見出されたマウス由来の造血幹細胞についての培養条件が、ヒトのそれにおいても適用できるか検証するため、凍結ヒトCD34+細胞を用いた同様の実験を行った。
<実施例5> ヒト由来造血幹細胞を維持するための培養条件(SCF及びTPOの濃度)についての検証
先ず、4重量体積%BSA存在下におけるヒト由来の造血幹細胞の、サイトカイン濃度への依存性を評価するため、SCF及びTPOを様々な濃度で添加して7日間培養し、総細胞数及び造血幹細胞数を評価した。
その結果、図23に示すとおり、マウスと同様に、SCF及びTPOの濃度が低い場合において、総細胞数が低く抑えられ、造血幹細胞の静止期性と未分化性が維持されていることが明らかになった。また、ヒト由来の造血幹細胞においては、TPOの濃度は、0.1ng/mL以上であることが望ましいことも明らかとなった。
続いて、ヒト造血幹細胞を1カ月間培養した際の造血未分化細胞数及び総細胞数を計測した。その結果、図24に示すとおり、SCFの濃度を3ng/mLとし、TPOの濃度を3ng/mLとする培養条件下で、総細胞数及び未分化細胞数が維持され易いことが明らかになった。
<実施例6> ヒト由来造血幹細胞を維持するための培養条件(アルブミン)についての検証
ヒト由来造血幹細胞維持のアルブミンへの依存性を検証するために、BSAの存在下、非存在下で、ヒト造血幹細胞を培養した。その結果、図25に示すとおり、BSA非存在下では、総細胞数及び造血幹細胞数はいずれも減少した。一方、BSA存在下では、細胞数が維持されており、ヒト由来造血幹細胞の維持においても、アルブミンが必須であることが明らかになった。
次に、ヒト由来造血幹細胞維持の、脂肪酸又はコレステロールへの依存性を評価するため、コレステロールの存在下、非存在下、様々な量の脂肪酸を再構成させたBSAを用いてヒト造血幹細胞を培養した。
その結果、図26に示すとおり、培養後の総細胞及び造血幹細胞ともに、コレステロールが存在している場合の方が、それらの数が維持され易い傾向にあることが明らかになった。さらに、脂肪酸については、250~500μg/mLの濃度にて添加することによって、細胞数が維持され易いことが明らかになった。その一方で、高濃度では細胞数が減少し易い傾向にあることも判った。また、これらの傾向は、コレステロール非存在下においてより顕著に認められた。
次に、添加する脂肪酸をより低濃度とした場合の、ヒト由来造血幹細胞への影響を評価するため、コレステロールの存在下、非存在下、100~400μg/mLの脂肪酸を、脂肪酸フリーBSA又は(脂肪酸含有)BSAに結合させたものを用い、ヒト由来造血幹細胞を培養した。その結果、図27に示すとおり、コレステロールの存在下、BSAに100~200μg/mLの脂肪酸を添加した場合、造血幹細胞は最も維持され易いことも明らかになった。
<実施例7> ヒト由来造血幹細胞を維持するための培養条件(インスリン)についての検証
ヒト由来造血幹細胞維持における、インスリンの影響を評価するために、いくつかのSCF、TPO濃度条件下のもと、インスリンの濃度を変えてヒト造血幹細胞を培養した。その結果、図28に示すとおり、インスリンが添加されることによって、濃度依存的に、総細胞数及び造血幹細胞数は維持され易くなることが明らかになった。