本発明の実施形態において、前記補正量設定部は、前記入力トルクの現在値よりも前記入力トルクの目標値が高いときに、前記係合側係合装置の係合圧を増圧する補正量を設定する。これにより、変速中に自動変速機の入力トルクが上昇しそうなときに、係合側係合装置の係合圧の増圧によって係合側係合装置が適切に係合保証される。
又、前記入力トルクの目標値及び前記入力トルクの現在値に基づいて、前記入力トルクの変化態様を算出する入力トルク変化算出部を更に備えており、前記変速制御部は、前記係合装置の係合圧の基になる前記自動変速機の入力トルクとして、前記自動変速機の変速中における前記入力トルクの変化態様に基づいて算出した、所定時間後の前記自動変速機の入力トルクである先読みした入力トルクを用いる。これにより、係合装置の係合圧の指示圧に対する係合圧の実際値の応答遅れに対応することができる。又、変速中に変化する入力トルクの先読みができ、先読みした入力トルクに応じた係合側係合装置の係合圧に対して適切な補正量が設定される(見方を換えれば、係合圧のマージンを大きく取る必要がない)。
又、前記入力トルク変化算出部は、前記入力トルクの現在値が比較的高トルク域にあり、前記入力トルクの現在値よりも前記入力トルクの目標値が高い場合には、前記入力トルクが前記目標値へ向かって速やかに上昇させられるような第1の所定変化パターンを用いて、前記入力トルクの変化態様を算出する一方で、前記入力トルクの現在値がゼロを含む比較的低トルク域にあり、前記入力トルクの現在値よりも前記入力トルクの目標値が高い場合には、前記目標値へ向かう前記入力トルクの上昇が一時的に停滞させられた後に前記入力トルクが前記目標値へ向かって速やかに上昇させられるような第2の所定変化パターンを用いて、前記入力トルクの変化態様を算出する。これにより、入力トルクの現在値が低いことで入力トルクの変化態様が第2の所定変化パターンとなる場合には、変速期間内に入力トルクが目標値に到達しない可能性があるが、入力トルクの現在値が低ければ係合側係合装置の係合圧を増圧する補正量が小さくされるので、係合圧のマージンを大きく取ってしまうことによる係合ショックが回避又は抑制される。具体的には、入力トルクの現在値に拘わらず入力トルクの変化態様が一律に第1の所定変化パターンとなるような実施態様を採用する場合、入力トルクの現在値に拘わらず変速期間内に入力トルクが目標値に到達する可能性が高い為、入力トルクの現在値に拘わらず入力トルクの目標値に基づいて係合側係合装置の係合圧を増圧する補正量を求めても係合圧のマージンの取り過ぎとはなり難いと考えられる。一方で、入力トルクの変化態様として、第1の所定変化パターンと第2の所定変化パターンとがあるような実施態様を採用する場合、入力トルクの現在値が低いときには変速期間内に入力トルクが目標値に到達しない可能性がある為、入力トルクの現在値に拘わらず入力トルクの目標値に基づいて係合側係合装置の係合圧を増圧する補正量を求めると、入力トルクの現在値が低いときには係合圧のマージンの取り過ぎとなって係合ショックが生じる可能性がある。本発明では、入力トルクの現在値が低い程、補正量が小さくされるので、上記の係合ショックが回避又は抑制される。このように、本発明は、入力トルクの変化態様として、第1の所定変化パターンと第2の所定変化パターンとがあるような実施態様を採用する車両に有用な発明である。
前記車両は、前記動力源として機能するエンジンと、前記エンジンが動力伝達可能に連結された差動機構と前記差動機構に動力伝達可能に連結された第1回転機とを有して前記第1回転機の運転状態が制御されることにより前記差動機構の差動状態が制御される電気式変速機構とを更に備えており、前記回転機は、前記電気式変速機構の出力回転部材に動力伝達可能に連結された第2回転機である。これにより、電気式変速機構と機械式変速機構である自動変速機とを直列に備える車両の制御装置において、自動変速機の変速の際に、係合側係合装置の係合保証とショック低減とを両立させることができる。
図1は、本発明が適用される車両10に備えられた車両用駆動装置12の概略構成を説明する図であると共に、車両10における各種制御の為の制御系統の要部を説明する図である。図1において、車両用駆動装置12は、動力源として機能するエンジン14と、車体に取り付けられる非回転部材としてのトランスミッションケース16(以下、ケース16という)内において共通の軸心上に配設された、エンジン14に直接或いは図示しないダンパーなどを介して間接的に連結された電気式無段変速部18(以下、無段変速部18という)と、無段変速部18の出力側に連結された機械式有段変速部20(以下、有段変速部20という)とを直列に備えている。又、車両用駆動装置12は、有段変速部20の出力回転部材である出力軸22に連結された差動歯車装置24、差動歯車装置24に連結された一対の車軸26等を備えている。車両用駆動装置12において、エンジン14や後述する第2回転機MG2から出力される動力(特に区別しない場合にはトルクや力も同義)は、有段変速部20へ伝達され、その有段変速部20から差動歯車装置24等を介して車両10が備える駆動輪28へ伝達される。車両用駆動装置12は、例えば車両10において縦置きされるFR(フロントエンジン・リヤドライブ)型車両に好適に用いられるものである。尚、無段変速部18や有段変速部20等はエンジン14などの回転軸心(上記共通の軸心)に対して略対称的に構成されており、図1ではその回転軸心の下半分が省略されている。
エンジン14は、車両10の走行用の動力源であり、ガソリンエンジンやディーゼルエンジン等の公知の内燃機関である。このエンジン14は、後述する電子制御装置80によってスロットル弁開度θth或いは吸入空気量、燃料供給量、点火時期等の運転状態が制御されることによりエンジン14の出力トルクであるエンジントルクTeが制御される。本実施例では、エンジン14は、トルクコンバータやフルードカップリング等の流体式伝動装置を介することなく無段変速部18に連結されている。
無段変速部18は、第1回転機MG1と、エンジン14の動力を第1回転機MG1及び無段変速部18の出力回転部材である中間伝達部材30に機械的に分割する動力分割機構としての差動機構32と、中間伝達部材30に動力伝達可能に連結された第2回転機MG2とを備えている。無段変速部18は、第1回転機MG1の運転状態が制御されることにより差動機構32の差動状態が制御される電気式無段変速機である。第1回転機MG1は、差動用回転機(差動用電動機)に相当し、又、第2回転機MG2は、動力源として機能する回転機(電動機)であって、走行駆動用回転機に相当する。車両10は、走行用の動力源として、エンジン14及び第2回転機MG2を備えたハイブリッド車両である。
第1回転機MG1及び第2回転機MG2は、電動機(モータ)としての機能及び発電機(ジェネレータ)としての機能を有する回転電気機械であって、所謂モータジェネレータである。第1回転機MG1及び第2回転機MG2は、各々、車両10に備えられたインバータ50を介して、車両10に備えられた蓄電装置としてのバッテリ52に接続されており、後述する電子制御装置80によってインバータ50が制御されることにより、第1回転機MG1及び第2回転機MG2の各々の出力トルク(力行トルク又は回生トルク)であるMG1トルクTg及びMG2トルクTmが制御される。バッテリ52は、第1回転機MG1及び第2回転機MG2の各々に対して電力を授受する蓄電装置である。
差動機構32は、シングルピニオン型の遊星歯車装置にて構成されており、サンギヤS0、キャリアCA0、及びリングギヤR0を備えている。キャリアCA0には連結軸34を介してエンジン14が動力伝達可能に連結され、サンギヤS0には第1回転機MG1が動力伝達可能に連結され、リングギヤR0には第2回転機MG2が動力伝達可能に連結されている。差動機構32において、キャリアCA0は入力要素として機能し、サンギヤS0は反力要素として機能し、リングギヤR0は出力要素として機能する。
有段変速部20は、中間伝達部材30と駆動輪28との間の動力伝達経路の一部を構成する機械式変速機構である。中間伝達部材30は、有段変速部20の入力回転部材としても機能する。中間伝達部材30には第2回転機MG2が一体回転するように連結されているので、又は、無段変速部18の入力側にはエンジン14が連結されているので、有段変速部20は、動力源(第2回転機MG2又はエンジン14)と駆動輪28との間の動力伝達経路の一部を構成する機械式変速機構である。有段変速部20は、例えば第1遊星歯車装置36及び第2遊星歯車装置38の複数組の遊星歯車装置と、クラッチC1、クラッチC2、ブレーキB1、ブレーキB2の複数の係合装置(以下、特に区別しない場合は単に係合装置CBという)とを備えている、公知の遊星歯車式の自動変速機である。
係合装置CBは、油圧アクチュエータにより押圧される多板式或いは単板式のクラッチやブレーキ、油圧アクチュエータによって引き締められるバンドブレーキなどにより構成される、油圧式の摩擦係合装置である。係合装置CBは、車両10に備えられた油圧制御回路54内のソレノイドバルブSL1-SL4等から各々出力される調圧された係合装置CBの各係合圧としての各係合油圧PRcbによりそれぞれのトルク容量(係合トルク、クラッチトルクともいう)Tcbが変化させられることで、それぞれ作動状態(係合や解放などの状態)が切り替えられる。係合装置CBを滑らすことなく(すなわち係合装置CBに差回転速度を生じさせることなく)中間伝達部材30と出力軸22との間でトルク(例えば有段変速部20に入力される入力トルクであるAT入力トルクTi)を伝達する為には、そのトルクに対して係合装置CBの各々にて受け持つ必要がある伝達トルク(係合伝達トルク、クラッチ伝達トルクともいう)分(すなわち係合装置CBの分担トルク)が得られる係合トルクTcbが必要になる。但し、伝達トルク分が得られる係合トルクTcbにおいては、係合トルクTcbを増加させても伝達トルクは増加しない。つまり、係合トルクTcbは、係合装置CBが伝達できる最大のトルクに相当し、伝達トルクは、係合装置CBが実際に伝達するトルクに相当する。尚、係合トルクTcb(或いは伝達トルク)と係合油圧PRcbとは、例えば係合装置CBのパック詰めに必要な係合油圧PRcbを供給する領域を除けば、略比例関係にある。
有段変速部20は、第1遊星歯車装置36及び第2遊星歯車装置38の各回転要素(サンギヤS1,S2、キャリアCA1,CA2、リングギヤR1,R2)が、直接的に或いは係合装置CBやワンウェイクラッチF1を介して間接的(或いは選択的)に、一部が互いに連結されたり、中間伝達部材30、ケース16、或いは出力軸22に連結されている。
有段変速部20は、係合装置CBのうちの何れかの係合装置(例えば所定の係合装置)の係合によって、変速比(ギヤ比)γat(=AT入力回転速度ωi/出力回転速度ωo)が異なる複数の変速段(ギヤ段)のうちの何れかのギヤ段が形成される、有段式の自動変速機である。つまり、有段変速部20は、係合装置CBの何れかが選択的に係合されることで、ギヤ段が切り替えられる(すなわち変速が実行される)、有段式の自動変速機である。本実施例では、有段変速部20にて形成されるギヤ段をATギヤ段と称す。AT入力回転速度ωiは、有段変速部20の入力回転部材の回転速度(角速度)である有段変速部20の入力回転速度であって、中間伝達部材30の回転速度と同値であり、又、第2回転機MG2の回転速度であるMG2回転速度ωmと同値である。AT入力回転速度ωiは、MG2回転速度ωmで表すことができる。出力回転速度ωoは、有段変速部20の出力回転速度である出力軸22の回転速度であって、無段変速部18と有段変速部20とを合わせた全体の変速機40の出力回転速度でもある。
有段変速部20は、例えば図2の係合作動表に示すように、複数のATギヤ段として、AT1速ギヤ段(図中の「1st」)-AT4速ギヤ段(図中の「4th」)の4段の前進用のATギヤ段が形成される。AT1速ギヤ段の変速比γatが最も大きく、高車速側(ハイ側のAT4速ギヤ段側)程、変速比γatが小さくなる。図2の係合作動表は、各ATギヤ段と係合装置CBの各作動状態(各ATギヤ段において各々係合される係合装置である所定の係合装置)との関係をまとめたものであり、「○」は係合、「△」はエンジンブレーキ時や有段変速部20のコーストダウンシフト時に係合、空欄は解放をそれぞれ表している。AT1速ギヤ段を成立させるブレーキB2には並列にワンウェイクラッチF1が設けられているので、発進時(加速時)にはブレーキB2を係合させる必要は無い。有段変速部20のコーストダウンシフトは、駆動要求量(例えばアクセル開度θacc)の減少やアクセルオフ(アクセル開度θaccがゼロ又は略ゼロ)による減速走行中の車速関連値(例えば車速V)の低下によってダウンシフトが判断(要求)されたパワーオフダウンシフトのうちで、アクセルオフの減速走行状態のままで要求されたダウンシフトである。尚、係合装置CBが何れも解放されることにより、有段変速部20は、何れのATギヤ段も形成されないニュートラル状態(すなわち動力伝達を遮断するニュートラル状態)とされる。
有段変速部20は、後述する電子制御装置80(特には有段変速部20の変速制御を実行する後述するAT変速制御部82)によって、ドライバー(運転者)のアクセル操作や車速V等に応じて係合装置CBのうちの(つまり変速前のATギヤ段を形成する所定の係合装置のうちの)解放側係合装置の解放と係合装置CBのうちの(つまり変速後のATギヤ段を形成する所定の係合装置のうちの)係合側係合装置の係合とが制御されることで、形成されるATギヤ段が切り替えられる(すなわち複数のATギヤ段が選択的に形成される)。つまり、有段変速部20の変速制御においては、例えば係合装置CBの何れかの掴み替えにより(すなわち係合装置CBの係合と解放との切替えにより)変速が実行される、所謂クラッチツゥクラッチ変速が実行される。例えば、AT2速ギヤ段からAT1速ギヤ段へのダウンシフト(2→1ダウンシフトと表す)では、図2の係合作動表に示すように、解放側係合装置となるブレーキB1が解放されると共に、係合側係合装置となるブレーキB2が係合させられる。この際、ブレーキB1の解放過渡油圧やブレーキB2の係合過渡油圧が調圧制御される。解放側係合装置は、有段変速部20の変速に関与する係合装置のうちの変速過渡において解放に向けて制御される係合装置である。係合側係合装置は、有段変速部20の変速に関与する係合装置のうちの変速過渡において係合に向けて制御される係合装置である。
図3は、無段変速部18と有段変速部20とにおける各回転要素の回転速度の相対的関係を表す共線図である。図3において、無段変速部18を構成する差動機構32の3つの回転要素に対応する3本の縦線Y1、Y2、Y3は、左側から順に第2回転要素RE2に対応するサンギヤS0の回転速度を表すg軸であり、第1回転要素RE1に対応するキャリアCA0の回転速度を表すe軸であり、第3回転要素RE3に対応するリングギヤR0の回転速度(すなわち有段変速部20の入力回転速度)を表すm軸である。又、有段変速部20の4本の縦線Y4、Y5、Y6、Y7は、左から順に、第4回転要素RE4に対応するサンギヤS2の回転速度、第5回転要素RE5に対応する相互に連結されたリングギヤR1及びキャリアCA2の回転速度(すなわち出力軸22の回転速度)、第6回転要素RE6に対応する相互に連結されたキャリアCA1及びリングギヤR2の回転速度、第7回転要素RE7に対応するサンギヤS1の回転速度をそれぞれ表す軸である。縦線Y1、Y2、Y3の相互の間隔は、差動機構32のギヤ比(歯車比)ρ0に応じて定められている。又、縦線Y4、Y5、Y6、Y7の相互の間隔は、第1、第2遊星歯車装置36,38の各歯車比ρ1,ρ2に応じて定められている。共線図の縦軸間の関係においてサンギヤとキャリアとの間が「1」に対応する間隔とされるとキャリアとリングギヤとの間が遊星歯車装置の歯車比ρ(=サンギヤの歯数Zs/リングギヤの歯数Zr)に対応する間隔とされる。
図3の共線図を用いて表現すれば、無段変速部18の差動機構32において、第1回転要素RE1にエンジン14(図中の「ENG」参照)が連結され、第2回転要素RE2に第1回転機MG1(図中の「MG1」参照)が連結され、中間伝達部材30と一体回転する第3回転要素RE3に第2回転機MG2(図中の「MG2」参照)が連結されて、エンジン14の回転を中間伝達部材30を介して有段変速部20へ伝達するように構成されている。無段変速部18では、縦線Y2を横切る各直線L0,L0Rにより、サンギヤS0の回転速度とリングギヤR0の回転速度との関係が示される。
又、有段変速部20において、第4回転要素RE4はクラッチC1を介して中間伝達部材30に選択的に連結され、第5回転要素RE5は出力軸22に連結され、第6回転要素RE6はクラッチC2を介して中間伝達部材30に選択的に連結されると共にブレーキB2を介してケース16に選択的に連結され、第7回転要素RE7はブレーキB1を介してケース16に選択的に連結されている。有段変速部20では、係合装置CBの係合解放制御によって縦線Y5を横切る各直線L1,L2,L3,L4,LRにより、出力軸22における「1st」,「2nd」,「3rd」,「4th」,「Rev」の各回転速度が示される。
図3中の実線で示す、直線L0及び直線L1,L2,L3,L4は、少なくともエンジン14を動力源として走行するエンジン走行が可能なハイブリッド走行モードでの前進走行における各回転要素の相対速度を示している。このハイブリッド走行モードでは、差動機構32において、キャリアCA0に入力されるエンジントルクTeに対して、第1回転機MG1による負トルクである反力トルクが正回転にてサンギヤS0に入力されると、リングギヤR0には正回転にて正トルクとなるエンジン直達トルクTd(=Te/(1+ρ)=-(1/ρ)×Tg)が現れる。そして、要求駆動力に応じて、エンジン直達トルクTdとMG2トルクTmとの合算トルクが車両10の前進方向の駆動トルクとして、AT1速ギヤ段-AT4速ギヤ段のうちの何れかのATギヤ段が形成された有段変速部20を介して駆動輪28へ伝達される。このとき、第1回転機MG1は正回転にて負トルクを発生する発電機として機能する。第1回転機MG1の発電電力Wgは、バッテリ52に充電されたり、第2回転機MG2にて消費される。第2回転機MG2は、発電電力Wgの全部又は一部を用いて、或いは発電電力Wgに加えてバッテリ52からの電力を用いて、MG2トルクTmを出力する。
図3に図示はしていないが、エンジン14を停止させると共に第2回転機MG2を動力源として走行するモータ走行が可能なモータ走行モードでの共線図では、差動機構32において、キャリアCA0はゼロ回転とされ、リングギヤR0には正回転にて正トルクとなるMG2トルクTmが入力される。このとき、サンギヤS0に連結された第1回転機MG1は、無負荷状態とされて負回転にて空転させられる。つまり、モータ走行モードでは、エンジン14は駆動されず、エンジン14の回転速度であるエンジン回転速度ωeはゼロとされ、MG2トルクTm(ここでは正回転の力行トルク)が車両10の前進方向の駆動トルクとして、AT1速ギヤ段-AT4速ギヤ段のうちの何れかのATギヤ段が形成された有段変速部20を介して駆動輪28へ伝達される。
図3中の破線で示す、直線L0R及び直線LRは、モータ走行モードでの後進走行における各回転要素の相対速度を示している。このモータ走行モードでの後進走行では、リングギヤR0には負回転にて負トルクとなるMG2トルクTmが入力され、そのMG2トルクTmが車両10の後進方向の駆動トルクとして、AT1速ギヤ段が形成された有段変速部20を介して駆動輪28へ伝達される。後述する電子制御装置80は、前進用の低車速側(ロー側)ギヤ段(例えばAT1速ギヤ段)を形成した状態で、前進用のMG2トルクTm(ここでは正回転の正トルクとなる力行トルク)とは正負が反対となる後進用のMG2トルクTm(ここでは負回転の負トルクとなる力行トルク)を第2回転機MG2から出力させることで後進走行を行うことができる。このように、車両10では、前進用のATギヤ段(つまり前進走行を行うときと同じATギヤ段)を用いて、MG2トルクTmの正負を反転させることで後進走行を行う。尚、ハイブリッド走行モードにおいても、直線L0Rのように第2回転機MG2を負回転とすることが可能であるので、モータ走行モードと同様に後進走行を行うことが可能である。
車両用駆動装置12では、エンジン14が動力伝達可能に連結された第1回転要素RE1としてのキャリアCA0と第1回転機MG1が動力伝達可能に連結された第2回転要素RE2としてのサンギヤS0と中間伝達部材30が連結された(見方を換えれば第2回転機MG2が動力伝達可能に連結された)第3回転要素RE3としてのリングギヤR0との3つの回転要素を有する差動機構32を備えて、第1回転機MG1の運転状態が制御されることにより差動機構32の差動状態が制御される電気式変速機構(電気式差動機構)としての無段変速部18が構成される。つまり、エンジン14が動力伝達可能に連結された差動機構32と差動機構32に動力伝達可能に連結された第1回転機MG1とを有して、第1回転機MG1の運転状態が制御されることにより差動機構32の差動状態が制御される無段変速部18が構成される。無段変速部18は、中間伝達部材30の回転速度であるMG2回転速度ωmに対する連結軸34の回転速度(すなわちエンジン回転速度ωe)の変速比γ0(=ωe/ωm)が変化させられる電気的な無段変速機として作動させられる。
例えば、ハイブリッド走行モードにおいては、有段変速部20にてATギヤ段が形成されたことで駆動輪28の回転に拘束されるリングギヤR0の回転速度に対して、第1回転機MG1の回転速度を制御することによってサンギヤS0の回転速度が上昇或いは下降させられると、キャリアCA0の回転速度(すなわちエンジン回転速度ωe)が上昇或いは下降させられる。従って、エンジン走行では、エンジン14を効率の良い運転点にて作動させることが可能である。つまり、ATギヤ段が形成された有段変速部20と無段変速機として作動させられる無段変速部18とで、無段変速部18(差動機構32も同意)と有段変速部20とが直列に配置された変速機40全体として無段変速機を構成することができる。
又は、無段変速部18を有段変速機のように変速させることも可能であるので、ATギヤ段が形成される有段変速部20と有段変速機のように変速させる無段変速部18とで、変速機40全体として有段変速機のように変速させることができる。つまり、変速機40において、出力回転速度ωoに対するエンジン回転速度ωeの変速比γt(=ωe/ωo)が異なる複数のギヤ段(模擬ギヤ段と称する)を選択的に成立させるように、有段変速部20と無段変速部18とを制御することが可能である。変速比γtは、直列に配置された、無段変速部18と有段変速部20とで形成されるトータル変速比であって、無段変速部18の変速比γ0と有段変速部20の変速比γatとを乗算した値(γt=γ0×γat)となる。
模擬ギヤ段は、例えば有段変速部20の各ATギヤ段と1又は複数種類の無段変速部18の変速比γ0との組合せによって、有段変速部20の各ATギヤ段に対してそれぞれ1又は複数種類を成立させるように割り当てられる。例えば、図4は、ギヤ段割当(ギヤ段割付)テーブルの一例であり、AT1速ギヤ段に対して模擬1速ギヤ段-模擬3速ギヤ段が成立させられ、AT2速ギヤ段に対して模擬4速ギヤ段-模擬6速ギヤ段が成立させられ、AT3速ギヤ段に対して模擬7速ギヤ段-模擬9速ギヤ段が成立させられ、AT4速ギヤ段に対して模擬10速ギヤ段が成立させられるように予め定められている。
図5は、図3と同じ共線図上に有段変速部20のATギヤ段と変速機40の模擬ギヤ段とを例示した図である。図5において、実線は、有段変速部20がAT2速ギヤ段のときに、模擬4速ギヤ段-模擬6速ギヤが成立させられる場合を例示したものである。変速機40では、出力回転速度ωoに対して所定の変速比γtを実現するエンジン回転速度ωeとなるように無段変速部18が制御されることによって、あるATギヤ段において異なる模擬ギヤ段が成立させられる。又、破線は、有段変速部20がAT3速ギヤ段のときに、模擬7速ギヤ段が成立させられる場合を例示したものである。変速機40では、ATギヤ段の切替えに合わせて無段変速部18が制御されることによって、模擬ギヤ段が切り替えられる。
図1に戻り、車両10は、エンジン14、無段変速部18、及び有段変速部20などの制御に関連する車両10の制御装置を含むコントローラとしての電子制御装置80を備えている。よって、図1は、電子制御装置80の入出力系統を示す図であり、又、電子制御装置80による制御機能の要部を説明する機能ブロック線図である。電子制御装置80は、例えばCPU、RAM、ROM、入出力インターフェース等を備えた所謂マイクロコンピュータを含んで構成されており、CPUはRAMの一時記憶機能を利用しつつ予めROMに記憶されたプログラムに従って信号処理を行うことにより車両10の各種制御を実行する。電子制御装置80は、必要に応じてエンジン制御用、変速制御用等に分けて構成される。
電子制御装置80には、車両10に備えられた各種センサ等(例えばエンジン回転速度センサ60、MG1回転速度センサ62、MG2回転速度センサ64、出力回転速度センサ66、アクセル開度センサ68、スロットル弁開度センサ70、Gセンサ72、シフトポジションセンサ74、バッテリセンサ76など)による検出値に基づく各種信号等(例えばエンジン回転速度ωe、第1回転機MG1の回転速度であるMG1回転速度ωg、AT入力回転速度ωiであるMG2回転速度ωm、車速Vに対応する出力回転速度ωo、運転者の加速操作の大きさを表す運転者の加速操作量(すなわちアクセルペダルなどのアクセル操作部材の操作量であるアクセル操作量)としてのアクセル開度θacc、電子スロットル弁の開度であるスロットル弁開度θth、車両10の前後加速度G、車両10に備えられたシフト操作部材としてのシフトレバー56の操作位置(操作ポジション)POSsh、バッテリ52のバッテリ温度THbatやバッテリ充放電電流Ibatやバッテリ電圧Vbatなど)が、それぞれ供給される。又、電子制御装置80からは、車両10に備えられた各装置(例えばスロットルアクチュエータや燃料噴射装置や点火装置等のエンジン制御装置58、インバータ50、油圧制御回路54など)に各種指令信号(例えばエンジン14を制御する為のエンジン制御指令信号Se、第1回転機MG1及び第2回転機MG2を制御する為の回転機制御指令信号Smg、係合装置CBの作動状態を制御する為の(すなわち有段変速部20の変速を制御する為の)油圧制御指令信号Satなど)が、それぞれ出力される。この油圧制御指令信号Satは、例えば係合装置CBの各々の油圧アクチュエータへ供給される各係合油圧PRcbを調圧する各ソレノイドバルブSL1-SL4等を駆動する為の指令信号であり、油圧制御回路54へ出力される。尚、電子制御装置80は、係合装置CBの狙いの係合トルクTcbを得る為の、各油圧アクチュエータへ供給される各係合油圧PRcbの値に対応する油圧指令値(指示圧ともいう)を設定し、その油圧指令値を油圧制御回路54へ出力する。
電子制御装置80は、例えばバッテリ充放電電流Ibat及びバッテリ電圧Vbatなどに基づいてバッテリ52の充電状態を示す値(以下、充電状態SOC[%]という)を算出する。又、電子制御装置80は、例えばバッテリ温度THbat及びバッテリ52の充電状態SOCに基づいて、バッテリ52のパワーであるバッテリパワーPbatの使用可能な範囲を規定する(すなわちバッテリ52の入力電力の制限を規定する充電可能電力(入力可能電力)Win、及びバッテリ52の出力電力の制限を規定する放電可能電力(出力可能電力)Woutである)、充放電可能電力Win,Woutを算出する。充放電可能電力Win,Woutは、例えばバッテリ温度THbatが常用域より低い低温域ではバッテリ温度THbatが低い程小さくされ、又、バッテリ温度THbatが常用域より高い高温域ではバッテリ温度THbatが高い程小さくされる。又、充電可能電力Winは、例えば充電状態SOCが大きな領域では充電状態SOCが大きい程小さくされる。又、放電可能電力Woutは、例えば充電状態SOCが小さな領域では充電状態SOCが小さい程小さくされる。
電子制御装置80は、車両10における各種制御を実現する為に、変速制御手段としてのAT変速制御手段すなわち変速制御部としてのAT変速制御部82、及びハイブリッド制御手段すなわちハイブリッド制御部84を備えている。
AT変速制御部82は、予め実験的に或いは設計的に求められて記憶された(すなわち予め定められた)関係(例えばATギヤ段変速マップ)を用いて有段変速部20の変速判断を行い、必要に応じて有段変速部20の変速制御を実行して有段変速部20のATギヤ段を自動的に切り替えるように、ソレノイドバルブSL1-SL4により係合装置CBの係合解放状態を切り替える為の油圧制御指令信号Satを油圧制御回路54へ出力する。上記ATギヤ段変速マップは、例えば出力回転速度ωo(ここでは車速Vなども同意)及びアクセル開度θacc(ここでは要求駆動トルクTdemやスロットル弁開度θthなども同意)を変数とする二次元座標上に、有段変速部20の変速が判断される為の変速線を有する所定の関係である。このATギヤ段変速マップにおける各変速線は、アップシフトが判断される為のアップシフト線、及びダウンシフトが判断される為のダウンシフト線である。この各変速線は、あるアクセル開度θaccを示す線上において出力回転速度ωoが線を横切ったか否か、又は、ある出力回転速度ωoを示す線上においてアクセル開度θaccが線を横切ったか否か、すなわち変速線上の変速を実行すべき値(変速点)を横切ったか否かを判断する為のものであり、この変速点の連なりとして予め定められている。
ハイブリッド制御部84は、エンジン14の作動を制御するエンジン制御手段すなわちエンジン制御部としての機能と、インバータ50を介して第1回転機MG1及び第2回転機MG2の作動を制御する回転機制御手段すなわち回転機制御部としての機能を含んでおり、それら制御機能によりエンジン14、第1回転機MG1、及び第2回転機MG2によるハイブリッド駆動制御等を実行する。ハイブリッド制御部84は、予め定められた関係(例えば駆動力マップ)にアクセル開度θacc及び車速Vを適用することで要求駆動パワーPdem(見方を換えれば、そのときの車速Vにおける要求駆動トルクTdem)を算出する。ハイブリッド制御部84は、バッテリ52の充放電可能電力Win,Wout等を考慮して、要求駆動パワーPdemを実現するように、エンジン14、第1回転機MG1、及び第2回転機MG2を制御する指令信号(エンジン制御指令信号Se及び回転機制御指令信号Smg)を出力する。エンジン制御指令信号Seは、例えばそのときのエンジン回転速度ωeにおけるエンジントルクTeを出力するエンジン14のパワーであるエンジンパワーPeの指令値である。回転機制御指令信号Smgは、例えばエンジントルクTeの反力トルク(そのときのMG1回転速度ωgにおけるMG1トルクTg)を出力する第1回転機MG1の発電電力Wgの指令値であり、又、そのときのMG2回転速度ωmにおけるMG2トルクTmを出力する第2回転機MG2の消費電力Wmの指令値である。
ハイブリッド制御部84は、例えば無段変速部18を無段変速機として作動させて変速機40全体として無段変速機として作動させる場合、エンジン最適燃費点等を考慮して、要求駆動パワーPdemを実現するエンジンパワーPeが得られるエンジン回転速度ωeとエンジントルクTeとなるように、エンジン14を制御すると共に第1回転機MG1の発電電力Wgを制御することで、無段変速部18の無段変速制御を実行して無段変速部18の変速比γ0を変化させる。この制御の結果として、無段変速機として作動させる場合の変速機40の変速比γtが制御される。
ハイブリッド制御部84は、例えば無段変速部18を有段変速機のように変速させて変速機40全体として有段変速機のように変速させる場合、予め定められた関係(例えば模擬ギヤ段変速マップ)を用いて変速機40の変速判断を行い、AT変速制御部82による有段変速部20のATギヤ段の変速制御と協調して、複数の模擬ギヤ段を選択的に成立させるように無段変速部18の変速制御を実行する。複数の模擬ギヤ段は、それぞれの変速比γtを維持できるように出力回転速度ωoに応じて第1回転機MG1によりエンジン回転速度ωeを制御することによって成立させることができる。各模擬ギヤ段の変速比γtは、出力回転速度ωoの全域に亘って必ずしも一定値である必要はなく、所定領域で変化させても良いし、各部の回転速度の上限や下限等によって制限が加えられても良い。
上記模擬ギヤ段変速マップは、ATギヤ段変速マップと同様に出力回転速度ωo及びアクセル開度θaccをパラメータとして予め定められている。図6は、模擬ギヤ段変速マップの一例であって、実線はアップシフト線であり、破線はダウンシフト線である。模擬ギヤ段変速マップに従って模擬ギヤ段が切り替えられることにより、無段変速部18と有段変速部20とが直列に配置された変速機40全体として有段変速機と同様の変速フィーリングが得られる。変速機40全体として有段変速機のように変速させる模擬有段変速制御は、例えば運転者によってスポーツ走行モード等の走行性能重視の走行モードが選択された場合や要求駆動トルクTdemが比較的大きい場合に、変速機40全体として無段変速機として作動させる無段変速制御に優先して実行するだけでも良いが、所定の実行制限時を除いて基本的に模擬有段変速制御が実行されても良い。
ハイブリッド制御部84による模擬有段変速制御と、AT変速制御部82による有段変速部20の変速制御とは、協調して実行される。本実施例では、AT1速ギヤ段-AT4速ギヤ段の4種類のATギヤ段に対して、模擬1速ギヤ段-模擬10速ギヤ段の10種類の模擬ギヤ段が割り当てられている。このようなことから、模擬3速ギヤ段と模擬4速ギヤ段との間での変速(模擬3⇔4変速と表す)が行われるときにAT1速ギヤ段とAT2速ギヤ段との間での変速(AT1⇔2変速と表す)が行なわれ、又、模擬6⇔7変速が行われるときにAT2⇔3変速が行なわれ、又、模擬9⇔10変速が行われるときにAT3⇔4変速が行なわれる(図4参照)。その為、模擬ギヤ段の変速タイミングと同じタイミングでATギヤ段の変速が行なわれるように、ATギヤ段変速マップが定められている。具体的には、図6における模擬ギヤ段の「3→4」、「6→7」、「9→10」の各アップシフト線は、ATギヤ段変速マップの「1→2」、「2→3」、「3→4」の各アップシフト線と一致している(図6中に記載した「AT1→2」等参照)。又、図6における模擬ギヤ段の「3←4」、「6←7」、「9←10」の各ダウンシフト線は、ATギヤ段変速マップの「1←2」、「2←3」、「3←4」の各ダウンシフト線と一致している(図6中に記載した「AT1←2」等参照)。又は、図6の模擬ギヤ段変速マップによる模擬ギヤ段の変速判断に基づいて、ATギヤ段の変速指令をAT変速制御部82に対して出力するようにしても良い。このように、有段変速部20のアップシフト時は、変速機40全体のアップシフトが行われる一方で、有段変速部20のダウンシフト時は、変速機40全体のダウンシフトが行われる。AT変速制御部82は、有段変速部20のATギヤ段の切替えを、模擬ギヤ段が切り替えられるときに行う。模擬ギヤ段の変速タイミングと同じタイミングでATギヤ段の変速が行なわれる為、エンジン回転速度ωeの変化を伴って有段変速部20の変速が行なわれるようになり、その有段変速部20の変速に伴うショックがあっても運転者に違和感を与え難くされる。
ハイブリッド制御部84は、走行モードとして、モータ走行モード或いはハイブリッド走行モードを走行状態に応じて選択的に成立させる。例えば、ハイブリッド制御部84は、要求駆動パワーPdemが予め定められた閾値よりも小さなモータ走行領域にある場合には、モータ走行モードを成立させる一方で、要求駆動パワーPdemが予め定められた閾値以上となるエンジン走行領域にある場合には、ハイブリッド走行モードを成立させる。又、ハイブリッド制御部84は、要求駆動パワーPdemがモータ走行領域にあるときであっても、バッテリ52の充電状態SOCが予め定められた閾値未満となる場合には、ハイブリッド走行モードを成立させる。
ここで、有段変速部20の変速制御について詳述する。AT変速制御部82は、有段変速部20の入力トルクであるAT入力トルクTiに基づいて、有段変速部20の変速に関与する係合装置(解放側係合装置、係合側係合装置)の係合トルクTcb(或いは伝達トルク)が得られる係合油圧PRcbを制御する。ここでは、特に、有段変速部20における解放側係合装置及び係合側係合装置のうちの変速を進行させる側の変速進行側係合装置(つまり、有段変速部20の変速を進行させる主体となる変速進行側係合装置)の係合油圧PRcbについて取り挙げる。
有段変速部20の変速制御においては、パワーオンアップシフト、パワーオフアップシフト、パワーオンダウンシフト、及びパワーオフダウンシフトといった様々な変速パターン(変速様式)がある。パワーオンでの変速は、例えばアクセル開度θaccの増大時における変速やアクセルオンが維持された状態での車速Vの上昇時における変速である。パワーオフでの変速は、例えばアクセル開度θaccの減少時における変速やアクセルオフが維持された状態での車速Vの低下時における変速である。仮に変速中に解放側係合装置及び係合側係合装置の何れにも係合トルクTcbを発生させない状態とすると、パワーオンではAT入力回転速度ωiは成り行きで上昇させられる一方で、パワーオフではAT入力回転速度ωiは成り行きで低下させられる。その為、成り行きではAT入力回転速度ωiを変速後の同期回転速度ωisyca(=ωo×変速後の変速比γata)へ向けて変化させられない、パワーオンアップシフトやパワーオフダウンシフトでは、変速後のATギヤ段を形成する係合側係合装置に係合トルクTcbを発生させることで変速を進行させる。一方で、成り行きでAT入力回転速度ωiを変速後の同期回転速度ωisycaへ向けて変化させられる、パワーオフアップシフトやパワーオンダウンシフトでは、変速前のATギヤ段を形成する解放側係合装置の係合トルクTcbを低下させることで変速を進行させる。従って、パワーオンアップシフトやパワーオフダウンシフトにおける変速進行側係合装置は係合側係合装置である一方で、パワーオフアップシフトやパワーオンダウンシフトにおける変速進行側係合装置は解放側係合装置である。
AT変速制御部82は、有段変速部20の変速ショックや変速時間等のバランスを取るように、有段変速部20の変速パターンやどのATギヤ段間での変速であるかなどの異なる変速の種類毎に予め定められた関係を用いて、AT入力トルクTiに応じた変速進行側係合装置の係合油圧PRcbの指示圧を設定する。AT変速制御部82は、その指示圧を油圧制御回路54へ出力して係合油圧PRcbを制御する。この係合油圧PRcbの指示圧の設定に用いるAT入力トルクTiとしては、AT入力トルクTiの現在値(現在AT入力トルクともいう)Ticでも良いが、係合油圧PRcbの実際値(実圧ともいう)が指示圧に対して応答遅れがあることを考慮すると、所定時間後のAT入力トルクTiである先読みしたAT入力トルク(先読みAT入力トルクともいう)Tifが良い。この所定時間は、例えば変速進行側係合装置の係合油圧PRcbの実圧の応答遅れに対して指示圧を早出しする為の予め定められた時間である。尚、実圧の応答遅れが問題となり易いのは、変速進行側係合装置が変速過程において係合油圧PRcbを上昇させることになる係合側係合装置のときであり、特には、パワーオンでの変速時であるので、以下、パワーオンアップシフト時を想定して説明する。
具体的には、電子制御装置80は、入力トルク変化算出手段すなわち入力トルク変化算出部86を更に備えている。入力トルク変化算出部86は、AT入力トルクTiの目標値(目標AT入力トルクともいう)Tit及び現在AT入力トルクTicに基づいて、AT入力トルクTiの変化態様を算出する。目標AT入力トルクTitは、要求駆動トルクTdemを中間伝達部材30上の値に換算した値である。現在AT入力トルクTicは、現在のエンジン直達トルクTd(=Te/(1+ρ)=-(1/ρ)×Tg)と、現在のMG2トルクTmとの合算トルクであり、例えばMG1トルクTgとMG2トルクTmとを制御する回転機制御指令信号Smgに基づいて算出される。
図7は、AT入力トルクTiの変化態様の一例を示す図である。図7において、既存情報1は現在AT入力トルクTicであり(黒丸参照)、既存情報2は目標AT入力トルクTitである(二点鎖線参照)。既存情報3は、目標AT入力トルクTitに対してAT入力トルクTiを変化させるときの変化率(変化レート)が予め定められた所定変化パターンとしてのレートである(実線参照)。レート1は、AT入力トルクTiが目標AT入力トルクTitへ向かって速やかに上昇させられるような第1の所定変化パターンである。このレート1は、例えばエンジントルクTeが目標値に向かって上昇するときのトルク変化のような時間遅れ系の変化である。レート2は、目標AT入力トルクTitへ向かうAT入力トルクTiの上昇が一時的に停滞させられた後にAT入力トルクTiが目標AT入力トルクTitへ向かって速やかに上昇させられるような第2の所定変化パターンである。このレート2は、例えばチップインショック(例えば、車両10が被駆動状態から駆動状態へ変化することに伴って動力伝達経路に存在するバックラッシュのガタ詰め方向が反転することで生じる車両振動)を防止又は回避したり、システムを保護する為に、AT入力トルクTi(延いてはエンジンパワーPe)の勾配を一時的に制限している。又、車両10は、エンジンのみを動力源として備える車両とは異なり、回転機MG1,MG2にてAT入力トルクTiを制御することができるので、AT入力トルクTiの上昇を一時的に停滞させた後に速やかに上昇させるような変化態様を再現性良く実現可能である。このようなことから、レート1とは明らかに異なるレート2が定められ得る。又、レート1では、目標AT入力トルクTitが変化すると目標AT入力トルクTitに向かうAT入力トルクTiの上昇勾配も変化させられる。一方で、レート2では、目標AT入力トルクTitが変化しても、最終到達点がその目標AT入力トルクTitとなるだけであり、そこに至るまでのAT入力トルクTiの軌跡は略同様とされる。
入力トルク変化算出部86は、現在AT入力トルクTicが比較的高トルク域にあり(図7の現在値1参照)、現在AT入力トルクTicよりも目標AT入力トルクTitが高い場合には(図7の目標値1参照)、前記第1の所定変化パターン(図7のレート1参照)を用いて、目標AT入力トルクTit及び現在AT入力トルクTicに基づいてAT入力トルクTiの変化態様を算出する。一方で、入力トルク変化算出部86は、現在AT入力トルクTicがゼロを含む比較的低トルク域にあり(図7の現在値2参照)、現在AT入力トルクTicよりも目標AT入力トルクTitが高い場合には(図7の目標値2参照)、前記第2の所定変化パターン(図7のレート2参照)を用いて、目標AT入力トルクTit及び現在AT入力トルクTicに基づいてAT入力トルクTiの変化態様を算出する。
AT変速制御部82は、入力トルク変化算出部86により算出された有段変速部20の変速中におけるAT入力トルクTiの変化態様に基づいて、先読みAT入力トルクTifを算出する。AT変速制御部82は、変速進行側係合装置の係合油圧PRcbの基になるAT入力トルクTiとして、その算出した先読みAT入力トルクTifを用いる。これにより、係合側係合装置の係合油圧PRcbの指示圧に対する実圧の応答遅れに対応することができる。
AT変速制御部82は、係合側係合装置の係合をより確実なものとする為に(つまり係合側係合装置の係合保証の為に)、AT入力トルクTiに応じた係合側係合装置の係合油圧PRcbを、増圧する。係合油圧PRcbの増圧は、特に、変速中のアクセル踏込み時(AT入力トルクTiの増大時)に有用である。
図8は、変速中のアクセル踏込み時におけるAT入力トルクTiの変化態様の一例を示す図である。図8において、アクセル踏込み先(つまり目標AT入力トルクTit(二点鎖線参照))が同じであって、現在AT入力トルクTicに拘わらずAT入力トルクTiの変化態様が一律に第1の所定変化パターンとされるような場合(比較例参照)、現在AT入力トルクTicが高い「a」と低い「b」との何れからの踏み込みであっても変速期間内にAT入力トルクTiが目標AT入力トルクTitに到達する可能性が高い。その為、現在AT入力トルクTicに拘わらず目標AT入力トルクTitに基づいて係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧しても係合油圧PRcbのマージンの取り過ぎとはなり難いと考えられる。一方で、本実施例のように、AT入力トルクTiの変化態様として、第1の所定変化パターンと第2の所定変化パターンとがあるような場合、同じアクセル踏込み先であっても踏み込み時の現在AT入力トルクTic次第で変速期間内でのAT入力トルクTiの到達に差が生じて、現在AT入力トルクTicが低い「b」からの踏み込みのときには変速期間内に現在AT入力トルクTicが目標AT入力トルクTitに到達しない可能性がある(実線参照)。その為、現在AT入力トルクTicに拘わらず目標AT入力トルクTitに基づいて係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧すると、現在AT入力トルクTicが低いときには係合油圧PRcbのマージンの取り過ぎとなって係合ショックが生じる可能性がある。
そこで、電子制御装置80は、第1の所定変化パターンと第2の所定変化パターンとの使い分けを含め、AT入力トルクTiの変化態様を算出する際に用いた、目標AT入力トルクTit及び現在AT入力トルクTicに基づいて係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧する。つまり、電子制御装置80は、AT入力トルクTiの変化態様として第1の所定変化パターンと第2の所定変化パターンとがあることに整合させるように、係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧する。
具体的には、電子制御装置80は、係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧する制御機能を実現する為に、補正量設定手段すなわち補正量設定部88、及び車両状態判定手段すなわち車両状態判定部90を更に備えている。
補正量設定部88は、目標AT入力トルクTit及び現在AT入力トルクTicに基づいて、係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧する補正量(油圧補正量ΔPRcbともいう)を設定する。
図9は、目標AT入力トルクTit及び現在AT入力トルクTicと、油圧補正量ΔPRcbとの予め定められた関係(油圧補正量マップ)である。この油圧補正量マップでは、目標AT入力トルクTitが低い程、油圧補正量ΔPRcbが小さくされ、又は、現在AT入力トルクTicが低い程、油圧補正量ΔPRcbが小さくされている。従って、目標AT入力トルクTitが同じでも、現在AT入力トルクTicが低い程、油圧補正量ΔPRcbが小さくされる。補正量設定部88は、例えば図9に示すような油圧補正量マップに、目標AT入力トルクTit及び現在AT入力トルクTicを適用することで、油圧補正量ΔPRcbを算出する。よって、補正量設定部88は、現在AT入力トルクTicが低い程、油圧補正量ΔPRcbを小さくする。
これにより、現在AT入力トルクTicが比較的低トルク域にあることでAT入力トルクTiの変化態様が第2の所定変化パターンとなる場合には、変速期間内にAT入力トルクTiが目標AT入力トルクTitに到達しない可能性があるが、現在AT入力トルクTicが低ければ係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧する油圧補正量ΔPRcbが小さくされるので、係合油圧PRcbのマージンを大きく取ってしまうことによる係合ショックが回避又は抑制される。つまり、本実施例では、現在AT入力トルクTicが低い程、油圧補正量ΔPRcbが小さくされるので、上記の係合ショックが回避又は抑制される。このように、本実施例は、AT入力トルクTiの変化態様として、第1の所定変化パターンと第2の所定変化パターンとがあるような実施態様を採用する車両10に有用な発明である。
車両状態判定部90は、係合側係合装置の係合油圧PRcbの補正が必要であるか否かを、例えば目標AT入力トルクTitが現在AT入力トルクTicよりも高いか否かに基づいて判定する。目標AT入力トルクTitが現在AT入力トルクTicよりも高いときは、例えばアクセル踏み込み時など、将来(例えば変速中に)AT入力トルクTiが上昇しそうなときである。目標AT入力トルクTitが現在AT入力トルクTicよりも高いか否かを判定することは、パワーオンアップシフト時であるか否かを判定することと見ることもできる。
補正量設定部88は、車両状態判定部90により目標AT入力トルクTitが現在AT入力トルクTicよりも高いと判定されたときに(すなわち係合側係合装置の係合油圧PRcbの補正が必要であると判定されたときに)、係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧する油圧補正量ΔPRcbを設定する。これにより、変速中にAT入力トルクTiが上昇しそうなときに(又は、AT入力トルクTiが上昇するときに)、係合側係合装置の係合油圧PRcbの増圧によって係合側係合装置が適切に係合保証される。
AT変速制御部82は、先読みAT入力トルクTifに応じた係合側係合装置の係合油圧PRcbに、補正量設定部88により設定された油圧補正量ΔPRcbを加えた指示圧を設定して、係合側係合装置の係合油圧PRcbを制御する。尚、例えば目標AT入力トルクTitが変化すれば、AT入力トルクTiの変化態様が変化して先読みAT入力トルクTifが変化する為、その目標AT入力トルクTitの変化に対して、その変化分がそのまま反映されるように係合油圧PRcbの指示圧が設定し直されたり、又は、変化分に応じて段階的に変化させられるように係合油圧PRcbの指示圧が設定し直される。又、これと同様に、油圧補正量ΔPRcbが設定し直される。
以上により、変速中(特にはパワーオンアップシフト中)に変化するAT入力トルクTiの先読みができ、先読みAT入力トルクTifに応じた係合側係合装置の係合油圧PRcbに対して適切な油圧補正量ΔPRcbが設定される(見方を換えれば、係合油圧PRcbのマージンを大きく取る必要がない)。
図10は、電子制御装置80の制御作動の要部すなわち有段変速部20の変速の際に係合側係合装置の係合保証とショック低減とを両立させる為の制御作動を説明するフローチャートであり、例えば変速中に繰り返し実行される。図11は、図10のフローチャートに示す制御作動を実行した場合のタイムチャートの一例を示す図である。
図10において、先ず、入力トルク変化算出部86の機能に対応するステップ(以下、ステップを省略する)S10において、要求駆動トルクTdemを中間伝達部材30上の値に換算した目標AT入力トルクTitが算出される。次いで、車両状態判定部90の機能に対応するS20において、係合側係合装置の係合油圧PRcbの補正が必要であるか否かが、目標AT入力トルクTitが現在AT入力トルクTicよりも高いか否かに基づいて判定される。このS20の判断が否定される場合は本ルーチンが終了させられる。このS20の判断が肯定される場合は補正量設定部88の機能に対応するS30において、目標AT入力トルクTit及び現在AT入力トルクTicに基づいて、係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧する油圧補正量ΔPRcbが設定(又は変更)される。次いで、補正量設定部88の機能に対応するS40において、係合側係合装置の係合油圧PRcbの指示圧に対する実圧の追従に合わせて油圧補正量ΔPRcbが減少される(又はゼロとされる)。実圧の追従の程度は、例えば係合油圧PRcbの指示圧が出力開始されてからの経過時間、又は、油圧センサによる検出値などに基づいて求められる。
図11は、パワーオンアップシフト中にアクセルが踏み込まれた場合の実施態様の一例を示している。図11において、t1時点は、現在AT入力トルクTicが比較的低トルク域にあるときにアクセル開度θaccの増大に伴って目標AT入力トルクTitが上昇させられたことでAT入力トルクTiが変化させられる際、係合側係合装置の係合油圧PRcbの補正が必要であると判断されて、その補正が開始された時点を示している。破線で示す比較例では、例えば第1の所定変化パターン(AT入力トルクTiが目標AT入力トルクTitへ向かって速やかに上昇させられるような第1の所定変化パターン)にてAT入力トルクTiが変化させられる場合のように、目標AT入力トルクTitに基づいて係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧する油圧補正量ΔPRcbが設定されている。AT入力トルクTiは実際には、第2の所定変化パターン(すなわち目標AT入力トルクTitへ向かうAT入力トルクTiの上昇が一時的に停滞させられた後にAT入力トルクTiが目標AT入力トルクTitへ向かって速やかに上昇させられるような第2の所定変化パターン)にて変化させられるので、この比較例では、係合油圧PRcbのマージンの取り過ぎとなって係合ショックが生じる可能性がある。一方で、実線で示す本実施例では、第2の所定変化パターンでのAT入力トルクTiの変化態様に合わせた、係合側係合装置の係合油圧PRcbを増圧する油圧補正量ΔPRcbが設定されている。又、この油圧補正量ΔPRcbは、係合側係合装置の係合油圧PRcbの指示圧に対する実圧の追従に合わせて減少されている。これにより、本実施例では、係合側係合装置が係合保証されつつ(見方を換えれば応答性が確保されつつ)、上記の係合ショックが回避又は抑制される。
上述のように、本実施例によれば、係合側係合装置の係合油圧PRcb(つまりAT入力トルクTiに応じた係合側係合装置の係合油圧PRcb)を増圧する油圧補正量ΔPRcbが目標AT入力トルクTit及び現在AT入力トルクTicに基づいて設定されるものであり、その現在AT入力トルクTicが低い程、その油圧補正量ΔPRcbが小さくされるので、係合側係合装置の係合油圧PRcbの増圧によって係合側係合装置が係合保証されると共に、その係合油圧PRcbを増圧する油圧補正量ΔPRcbが小さくされるAT入力トルクTiの低トルク域では変速進行に与える影響が小さくされる。よって、有段変速部20の変速の際に、係合側係合装置の係合保証とショック低減とを両立させることができる。
次に、本発明の他の実施例を説明する。尚、以下の説明において実施例相互に共通する部分には同一の符号を付して説明を省略する。