JP7128466B2 - 海産魚のべこ病に有効な治療薬とその投与方法 - Google Patents

海産魚のべこ病に有効な治療薬とその投与方法 Download PDF

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Description

特許法第30条第2項適用 ▲1▼平成29年12月6日 平成29年度ブリ類の難治癒疾病連絡協議会 伊勢市観光文化会館(シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢)会議室にて「ブリのべこ病の疫学調査とフェバンテルの投与効果」について発表 ▲2▼平成29年12月6日 平成29年度ブリ類の難治癒疾病連絡協議会 伊勢市観光文化会館(シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢)会議室にて「ブリ類のべこ病治療薬の探索について」について発表 ▲3▼平成29年12月6日 平成29年度ブリ類の難治癒疾病連絡協議会 伊勢市観光文化会館(シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢)会議室にて「水産用経口駆虫剤のべこ病治療効果の検証とブリ稚魚に対する毒性評価」について発表 ▲4▼平成29年12月6日 平成29年度ブリ類の難治癒疾病連絡協議会 伊勢市観光文化会館(シンフォニアテクノロジー響ホール伊勢)会議室にて「カンパチのべこ病治療試験(フェバンテル)」について発表 ▲5▼平成30年3月4日 平成30年度日本魚病学会春季大会 東京海洋大学品川キャンパス白鷹館1階講義室にて「ブリ類のべこ病治療薬の探索」について発表 ▲6▼平成30年3月4日 平成30年度日本魚病学会春季大会 東京海洋大学品川キャンパス白鷹館1階講義室にて「ブリのべこ病に対するフェバンテルの有効な投与法」について発表 ▲7▼平成30年3月4日 平成30年度日本魚病学会春季大会 東京海洋大学品川キャンパス白鷹館1階講義室にて「水産用経口駆虫剤によるべこ病治療効果とフェバンテルのブリ稚魚に対する毒性」について発表 ▲8▼平成30年3月3日 平成30年度 日本魚病学会春季大会 プログラムおよび講演要旨 第30頁(ブリ類のべこ病治療薬の探索) ▲9▼平成30年3月3日 平成30年度 日本魚病学会春季大会 プログラムおよび講演要旨 第31頁(ブリのべこ病に対するフェバンテルの有効な投与法) ▲10▼平成30年3月3日 平成30年度 日本魚病学会春季大会 プログラムおよび講演要旨 第31頁(水産用経口駆虫剤によるべこ病治療効果とフェバンテルのブリ稚魚に対する毒性)
本発明は、海産魚のべこ病に有効な治療薬に関する。また、本発明は海産魚のべこ病に有効な治療薬の投与方法に関する。
海産魚のべこ病は、分類学的には菌界(Fungi)、微胞子虫門(Microsporidia)、微胞子虫綱(Microsporea)、微胞子虫目(Microsporida)の所属不明の集合的な属であるMicrosporidium (ミクロスポリジウム属)の微胞子虫による感染症であり、古くから知られている疾病である。ブリ、カンパチ、ヒラマサの原因虫はMicrosporidium seriolae、マダイ、クロマグロ、ホシガレイの原因虫はMicrosporidium sp.とされており、これらによる疾病は、原因虫の形態及び遺伝学的性状やその症状より単一の疾病であると考えられるが、原因虫は由来する宿主ごとに、大きさやリボゾーム遺伝子配列に若千差異が認められる。近年、ブリの種苗(天然採捕したモジャコや人工種苗)やカンパチやヒラマサの人工種苗で重篤感染が発生し、感染種苗の死亡や成長不良、さらには出荷サイズまで育成した魚にもシストと呼ばれる微胞子虫の胞子を内包した被嚢組織やその痕跡が体側筋中に残りクレーム対象となるケースが認められるようになり大きな経済的被害が発生している。本疾病に対しては駆虫薬や治療薬も開発されていないことから、未だ効果的な対策は無い。特に四国南西部や九州南部のブリ類の主要漁場では被害が甚大であり、対策技術の開発が望まれている。
ベンズイミダゾール系薬剤は、ベンズイミダゾール環を有する化合物であって、様々な寄生虫感染症に対する駆虫薬として知られている。例えば、人に感染する微胞子虫症(Microsporidiosis)に対する薬剤としてアルベンダゾールが処方されている(非特許文献1)。また、フェバンテルおよび体内代謝物であるフェンベンダゾールは、ブタの線虫類である豚回虫、豚腸結節虫、豚鞭虫の駆除薬、イヌの線虫類あるいは鉤虫症である大回虫、大鉤虫、大鞭虫、瓜実条虫の駆除薬、フグ目魚類の単生虫であるヘテロボツリウム(Heterobothrium okamotoi)の駆除薬として日本において承認されている(非特許文献2)。
ウナギのべこ病などの動物用抗原虫剤としてのホスミドマイシンの利用が報告されている(特許文献1)。ウナギのべこ病の原因微胞子虫はHeterosporis属に分類されており、海産魚の微胞子虫(Microsporidium属)とは異なる。また、フグ類寄生虫の駆除剤及び駆除方法としてのフェバンテルの利用について報告されているが(非特許文献3)、対象とする寄生虫病はエラムシ病(Heterobothrium属の単生虫による寄生虫病)であり、微胞子虫とは異なる。
海産魚のべこ病に対する有効な薬剤は、これまでに報告されていない。
特許文献2には、魚介類の微胞子虫の防除用組成物が記載され、当該組成物は、アルベンダゾール等のベンズイミダゾール誘導体を有効成分とすることが記載されているが、フェバンテルは実際に用いられていない。また微胞子虫感染海産魚や、微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対し、シストを形成する前に、防除用組成物を投与することも記載されていない。
特開2001-81034号公報 特開2017-186306号公報
DRUCS FOR PARASITIC INFECTIONS, Published by The Medical Letter, Inc., A Nonprofit Publication. (August 2004) 動物用医薬品等データベース(http://www.nval.go.jp/asp/asp_dbDR_idx.asp) Kimura, I, M. Sameshima, Y. Nomura, J. Morita, H. Mizoguchi and M. Ishihara (2006): Efficacy of Orally Administered Febantel against Monogenean Heterobothrium okamotoi infection of Cultured Tiger Puffer Takifugu rubripes Fish Pathol., 41, 147-151.
本発明は、海産魚のべこ病に有効な予防又は治療薬を提供すること目的とする。
本発明者らは、上記目的に鑑み、鋭意検討を行ったところ、海産魚のべこ病の原因虫であるミクロスポリジウム属の微胞子虫(Microsporidium seriolae)に感染したカンパチに、ベンズイミダゾール系薬剤であるアルベンダゾール、フェンベンダゾール又はフェバンテルを経口投与することにより、本虫によるシストの形成や体側筋中での本虫の増殖を抑制できることを明らかにした。また、既にシストが形成された感染魚にこれらの薬剤を投与した試験では、シストに内包される胞子の一部は死滅されるものの、投薬したにも係わらずシストが残留したことから、PCR法などの本虫遺伝子検出法により初期段階の感染を迅速に診断し、感染後シストが形成される前に、薬剤を投与することが重要であることを明らかにした。また、フェバンテルについて、効果的で、副作用が抑えられた安全な、投与量および投与期間を明らかにした。これらの知見に基づき、更に検討を進め、本発明を完成した。
即ち、本発明は以下に関する。
[1]フェバンテルを含む、海産魚のべこ病の予防又は治療薬。
[2]海産魚がブリ属魚類である、[1]の予防又は治療薬。
[3]シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対し投与することを特徴とする、[1]又は[2]の予防又は治療薬。
[4]フェバンテルとして、1~120 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、[1]~[3]のいずれかの予防又は治療薬。
[5]フェバンテルとして、3~30 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、[1]~[3]のいずれかの予防又は治療薬。
[6]3日間以上14日間以下連日投与するか、あるいは、3日間以上14日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、[1]~[5]のいずれかの予防又は治療薬。
[7]4日間以上7日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、[1]~[5]のいずれかの予防又は治療薬。
[8]フェバンテルを含む、海産魚のミクロスポリジウム属微胞子虫感染症の予防又は治療薬。
[9]海産魚がブリ属魚類である、[8]の予防又は治療薬。
[10]シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対し投与することを特徴とする、[8]又は[9]の予防又は治療薬。
[11]フェバンテルとして、1~120 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、[8]~[10]のいずれかの予防又は治療薬。
[12]フェバンテルとして、3~30 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、[8]~[10]のいずれかの予防又は治療薬。
[13]3日間以上14日間以下連日投与するか、あるいは、3日間以上14日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、[8]~[12]のいずれかの予防又は治療薬。
[14]4日間以上7日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、[8]~[12]のいずれかの予防又は治療薬。
[15]海産魚に対しフェバンテルを投与することを含む、該海産魚におけるべこ病の予防又は治療方法。
[16]海産魚がブリ属魚類である、[15]の方法。
[17]シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対しフェバンテルを投与する、[15]又は[16]の方法。
[18]フェバンテルとして、1~120 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、[15]~[17]のいずれかの方法。
[19]フェバンテルとして、3~30 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、[15]~[17]のいずれかの方法。
[20]3日間以上14日間以下連日投与するか、あるいは、3日間以上14日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、[15]~[19]のいずれかの方法。
[21]4日間以上7日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、[15]~[19]のいずれかの方法。
[22]海産魚に対しフェバンテルを投与することを含む、該海産魚におけるミクロスポリジウム属微胞子虫感染症の予防又は治療方法。
[23]海産魚がブリ属魚類である、[22]の方法。
[24]シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対しフェバンテルを投与する、[22]又は[23]の方法。
[25]フェバンテルとして、1~120 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、[22]~[24]のいずれかの方法。
[26]フェバンテルとして、3~30 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、[22]~[24]のいずれかの方法。
[27]3日間以上14日間以下連日投与するか、あるいは、3日間以上14日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、[22]~[26]のいずれかの方法。
[28]4日間以上7日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、[22]~[26]のいずれかの方法。
[29]ミクロスポリジウム属微胞子虫を特異的に検出し得るプライマーセット又は核酸プローブ、並びにフェバンテルを含む、海産魚べこ病の予防又は治療用キット。
また、本発明は以下にも関する。
[1’]ベンズイミダゾール系薬剤を含む、海産魚のべこ病の予防又は治療薬。
[2’]海産魚がブリ属魚類である、[1’]の予防又は治療薬。
[3’]ベンズイミダゾール系薬剤が、アルベンダゾール、フェンベンダゾール又はフェバンテルである、[1’]又は[2’]の予防又は治療薬。
[4’]シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対し投与することを特徴とする、[1’]~[3’]のいずれかの予防又は治療薬。
[5’]ベンズイミダゾール系薬剤を含む、海産魚のミクロスポリジウム属微胞子虫感染症の予防又は治療薬。
[6’]海産魚がブリ属魚類である、[5’]の予防又は治療薬。
[7’]ベンズイミダゾール系薬剤が、アルベンダゾール、フェンベンダゾール又はフェバンテルである、[5’]又は[6’]の予防又は治療薬。
[8’]海産魚に対しベンズイミダゾール系薬剤を投与することを含む、該海産魚におけるべこ病の予防又は治療方法。
[9’]海産魚がブリ属魚類である、[8’]記載の方法。
[10’]ベンズイミダゾール系薬剤が、アルベンダゾール、フェンベンダゾール又はフェバンテルである、[8’]又は[9’]の方法。
[11’]シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対しベンズイミダゾール系薬剤を投与する、[8’]~[10’]のいずれかの方法。
[12’]海産魚に対しベンズイミダゾール系薬剤を投与することを含む、該海産魚におけるミクロスポリジウム属微胞子虫感染症の予防又は治療方法。
[13’]海産魚がブリ属魚類である、[8’]の方法。
[14’]ベンズイミダゾール系薬剤が、アルベンダゾール、フェンベンダゾール又はフェバンテルである、[12’]又は[13’]の方法。
[15’]ミクロスポリジウム属微胞子虫を特異的に検出し得るプライマーセット又は核酸プローブ、並びにベンズイミダゾール系薬剤を含む、海産魚べこ病の予防又は治療用キット。
本発明により、海産魚のべこ病に有効な予防又は治療薬が提供される。海産魚のべこ病は、ブリ類やマダイ、クロマグロ、ホシガレイで発生の報告がある。特にブリの種苗(天然採捕したモジャコや人工種苗)やカンパチやヒラマサの人工種苗では重度に感染してしまい、感染種苗の死亡や成長不良、さらには出荷サイズまで育成した魚の体側筋中にもシストが残りクレーム対象となり大きな経済的被害が発生している。ブリ類の種苗での被害は、特に四国南西部や九州南部のブリ類の主要漁場である地域で被害が甚大であることから、本発明の予防又は治療薬は、養殖漁業におけるべこ病による経済的被害の軽減に貢献することが期待される。
また本発明により、効果的で、副作用が抑えられた安全な、海産魚のべこ病の予防又は治療薬が提供される。当該予防又は治療薬は、例えば、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚におけるミクロスポリジウム属微胞子虫の増殖抑制剤や、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚におけるシスト形成抑制剤等として用いられ得る。
ブリ類のべこ病に対する投薬試験の手順の概要を示す。 試験7におけるフェバンテル投薬後のシスト形成状況を示す写真(上:フェバンテル投与魚、下:無投薬魚)である。 試験7におけるフェバンテル投与後の各試験区の体色を示す写真である。 試験9におけるフェバンテル混合飼料の強制経口投与の様子を示す写真である。 試験9の試験Iにおける死亡率の推移を示すグラフである。縦軸は、累積死亡率(%)を示し、横軸は投与日数を示す。 試験9の試験IIIにおける死亡率の推移を示すグラフである。縦軸は、累積死亡率(%)を示し、横軸は投与日数を示す。 試験9の試験Iでみられた死亡魚の外観(左)、死亡魚の脳の発赤(右上)及び生存魚の脳(右下)を示す写真である。 試験9の試験IVにおけるフェバンテル投与魚(左)及び無投薬魚(右)の肝臓の組織像を示す写真である。フェバンテル投与魚(左)では貯蔵物質を示す空胞(矢頭)が殆ど見られない。 試験9の試験IVにおけるフェバンテル投与魚(左)及び無投薬魚(右)の腎臓の組織像を示す写真である。フェバンテル投与魚(左)では間質が疎らになっている。 試験9の試験IVにおけるフェバンテル投与魚(左)及び無投薬魚(右)の脳の組織像を示す写真である。フェバンテル投与魚(左)では神経細胞内で紫染されるニッスル小体が核の周辺や細胞質辺縁部に濃縮している(矢頭)。 試験10における各試験区(対照区、フェバンテル投与区及びアルベンダゾール投与区)の、投薬開始1日目から60日目までの累積死亡個体数を示すグラフである。縦軸は、累積死亡固体数(尾)を示し、横軸は飼育日数(日)を示す。図中、「FBT区」は、フェバンテル投与区を意味する。
本発明は、ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)を含む、海産魚のべこ病の予防又は治療薬を提供するものである。
海産魚のべこ病は、分類学的には菌界(Fungi)、微胞子虫門(Microsporidia)、微胞子虫綱(Microsporea)、微胞子虫目(Microsporida)の集合的な属であるMicrosporidium属 (ミクロスポリジウム属)の微胞子虫による感染症である。ミクロスポリジウム属の微胞子虫に感染すると、感染魚は体表のところどころに目立った陥没が生じ、筋肉内にシストと呼ばれる微胞子虫の胞子を内包した被嚢組織やその痕跡が形成される。本明細書においては、Microsporidium属 (ミクロスポリジウム属)の微胞子虫の感染により、シスト形成にまで至った状態を「べこ病」という。本発明の予防又は治療薬は、海産魚のミクロスポリジウム属微胞子虫感染症の予防又は治療薬とも捉えることが出来る。海産魚に対してベンズイミダゾール系薬剤を投与すると、ミクロスポリジウム属微胞子虫の魚体内での増殖が抑制されることにより、海産魚のミクロスポリジウム属微胞子虫に対する感染が予防又は治療され、その結果、該感染によるシスト形成(即ち、べこ病)が予防又は治療される。
べこ病の原因虫は、宿主ごとに大きさやリボゾーム遺伝子配列に若千差異が認められる。例えば、ブリ、カンパチ、ヒラマサ等のブリ属の魚類のべこ病の原因虫はMicrosporidium seriolaeであり、マダイ等のタイ科、クロマグロ等のマグロ属、及びホシガレイ等のカレイ科の魚類のべこ病の原因虫はMicrosporidium sp.である。しかしながら、これらの原因虫により生じる疾病は、原因虫の形態及び遺伝学的性状やその症状より単一の疾病であると考えられている。
本発明において、ベンズイミダゾール系薬剤とは、ベンズイミダゾール環を有する駆虫剤又はそのプロドラッグを意味する。ベンズイミダゾール系薬剤としては、例えば、アルベンダゾール、フェンベンダゾール、フェバンテル、チアベンダゾール、カンベンダゾール、パルベンダゾール、オキシベンダゾール、メベンダゾール、フルベンダゾール、オキスフェンダゾール、シクロベンダゾール、トリクラベンダゾール、チオファナート及びそのo,o-ジメチル類似体が挙げられる。ベンズイミダゾール系薬剤は、好ましくは、アルベンダゾール、フェンベンダゾール又はフェバンテルであり、特に好ましくは、フェバンテルである。
アルベンダゾールは、以下の式で表される化合物である。
Figure 0007128466000001
フェンベンダゾールは、以下の式で表される化合物である。
Figure 0007128466000002
フェバンテルは、フェンベンダゾールのプロドラッグであり、以下の式で表される。
Figure 0007128466000003
本発明の予防又は治療薬は、上記ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)のみを含有するものに限定されず、薬学的に許容される一種もしくはそれ以上の担体をさらに含有してもよい。本発明は、このような組成物(水産用医薬組成物)も提供する。本発明の予防又は治療薬は、活性成分であるベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)を薬学的に許容される一種もしくはそれ以上の担体と一緒に混合し、製剤学の技術分野においてよく知られている任意の方法により製造される。
薬理学的に許容される担体としては、製剤素材として慣用の各種有機あるいは無機担体物質が用いられ、その具体例としては、固形製剤における賦形剤、滑沢剤、結合剤、崩壊剤、液状製剤における溶剤、溶解補助剤、懸濁化剤、等張化剤、緩衝剤、無痛化剤などが挙げられる。製剤化の際には、必要に応じて、防腐剤、抗酸化剤、着色剤、甘味剤などの製剤添加剤を用いてもよい。
また、投与経路は、治療に際し最も効果的なものを使用するのが望ましく、通常は、経皮、静脈内等の非経口または経口で投与される。非経口投与に適当な製剤は、好ましくは投与対象の魚の体液と等張な滅菌水性溶媒中の、ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)の溶液又は懸濁液である。例えば、注射剤の場合は、塩溶液、ブドウ糖溶液または塩水とブドウ糖溶液の混合物からなる担体等を用いて注射用の溶液を調製する。これら非経口剤には、更に、必要に応じて溶解補助剤、緩衝剤、pH調整剤、等張化剤、無痛化剤、保存剤等を添加することもできる。また、非経口に適当な製剤は、本発明におけるベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)を、注射用蒸留水または植物油に懸濁して調製したものであってもよく、この場合、必要に応じて基剤、懸濁化剤、粘稠剤等を添加することができる。また、非経口に適当な製剤は、ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)の粉末または凍結乾燥品を用時溶解する形であってもよく、必要に応じて賦形剤等を添加することができる。経口製剤としては、錠剤(舌下錠、口腔内崩壊剤を含む)、カプセル剤(ソフトカプセル、マイクロカプセルを含む)、散剤、顆粒剤、懸濁剤などが挙げられる。
一態様において、本発明の予防又は治療薬は、ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)を配合した飼料として提供される。例えば、ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)を固形飼料に展着剤等により付着、あるいは半固形飼料では飼料原料(生魚、魚粉、大豆タンパク質、魚油等)と混合し必要に応じて投与対象の魚が摂取可能な大きさのペレットに成形する。
製剤中のベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)の含有量は、海産魚のべこ病(ミクロスポリジウム属微胞子虫感染症)を予防又は治療し得る限り、特に限定されず、ベンズイミダゾール系薬剤の種類や、投与ルート等にもよるが、例えば、経口投与用の水産用医薬製剤として調製する場合、製剤中のベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)の含有量は、通常、1%(w/w)~50%(w/w)、好ましくは20%(w/w)~30%(w/w)である。ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)を配合した飼料を、魚に経口投与する場合、配合飼料中のベンズイミダゾール系薬剤の含有量は、通常、0.01%(w/w)~0.1%(w/w)、好ましくは0.03%(w/w)~0.07%(w/w)である。
本発明の予防又は治療薬の投与対象となる海産魚は、ミクロスポリジウム属の微胞子虫に感染し、べこ病を発症する限り、特に限定されないが、例えば、ブリ、カンパチ、ヒラマサ等のブリ属やシマアジ等を含むアジ科、マダイ等のタイ科、クロマグロ等のマグロ属、ホシガレイ等のカレイ科の魚類を例示することができる。本発明の予防又は治療薬の投与対象となる海産魚は、好ましくはブリ属の魚類である。
一態様において、本発明の予防又は治療薬の投与対象となる海産魚は、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚である。シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対して、本発明の予防又は治療薬を投与し、微胞子虫の増殖を抑制することにより、シスト形成を回避し、養殖魚におけるシスト形成による漁業被害を防ぐことができる。シスト形成の有無は、目視により体表の陥没や、体側筋における被嚢組織の形成の有無を調べることにより、判断することができる。ミクロスポリジウム属微胞子虫感染の有無は、投与対象魚から採取した生体サンプル(例、筋肉、鱗、血液等)中に、該投与対象魚のべこ病の原因虫であるミクロスポリジウム属微胞子虫が存在するか否かを調べることにより、判断することができる。例えば、該生体サンプルから核酸(ゲノミックDNA、全RNA、mRNA等)を抽出し、該ミクロスポリジウム属微胞子虫を特異的に検出し得るプライマーセット又は核酸プローブを用いて、PCR等により、該核酸中に、該ミクロスポリジウム属微胞子虫に由来する核酸が含まれるか否かを調べる。「ミクロスポリジウム属微胞子虫を特異的に検出し得るプライマーセット又は核酸プローブ」とは、宿主となる魚類由来の核酸よりも、ミクロスポリジウム属微胞子虫由来の核酸へのアフィニティ-が高く、宿主となる魚類由来の核酸と、ミクロスポリジウム属微胞子虫由来の核酸とを識別可能なプライマーセット又は核酸プローブを意味する。「ミクロスポリジウム属微胞子虫を特異的に検出し得るプライマーセット又は核酸プローブ」は、宿主となる魚類のゲノムDNA配列と、べこ病の原因虫であるミクロスポリジウム属微胞子虫のゲノムDNA配列とをアライメントし、ミクロスポリジウム属微胞子虫のゲノムDNA配列に特異的な配列を検索し、当該ミクロスポリジウム属特異的配列を特異的に検出し得るプライマーセット又は核酸プローブを設計することにより、当業者であれば容易に調製することが出来る。「ミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚」としては、ミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した魚と同じ海域や生簀中に生息していた魚、ミクロスポリジウム属微胞子虫が検出された海域や生簀中に生息していた魚等を挙げることができるが、これらに限定されない。海域や生簀中におけるミクロスポリジウム属微胞子虫の検出は、評価対象の海域や生簀由来のサンプル(例、海水)から遠心分離や、フィルターろ過により、微生物含有画分を採取し、該画分から核酸(ゲノミックDNA、全RNA、mRNA等)を抽出し、上述と同様に「ミクロスポリジウム属微胞子虫を特異的に検出し得るプライマーセット又は核酸プローブ」を用いて、PCR等により、該核酸中に、該ミクロスポリジウム属微胞子虫に由来する核酸が含まれるか否かを調べることにより実施することができる。従って、一態様において、ミクロスポリジウム属微胞子虫を特異的に検出し得るプライマーセット又は核酸プローブを用いたPCR等により、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚を選出し、選出された海産魚に対して、本発明の予防又は治療薬を投与する。
一態様において、本発明の予防又は治療薬の投与対象となる海産魚は、シストが形成されたミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚である。シストが形成されたミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚に対して、本発明の予防又は治療薬を投与した場合、形成されたシストを縮小し、消失させる効果は限定的であるものの、シスト中に存在するミクロスポリジウム属微胞子虫の増殖を抑制し、殺傷することにより、シストの増大や更なる形成を抑制し得る。
本発明の予防又は治療薬は、養殖漁業において通常用いられる手法、例えば、注射法、浸漬法、経口法等により、投与対象に対して投与される。注射法においては、注射可能な大きさの魚に、本発明の予防又は治療薬を、腹腔内、筋肉内、皮下、皮内、静脈内等(好ましくは腹腔内)へ接種する。浸漬法においては、ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)を含む液中に、魚を0.05~24時間程度浸漬する。浸漬を複数回行ってもよい。経口法では、例えば、ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)を配合した飼料を自由摂餌させる。
なお、魚に投与する本発明の予防又は治療薬の量を増減することによって、ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)の有効量を適宜調節することができるので、本発明の予防又は治療薬中のベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)の含有量は、上記のものに限定されることはない。
本発明の予防又は治療薬を魚に経口投与する場合の望ましい投与量は、海産魚のべこ病(ミクロスポリジウム属微胞子虫感染症)を予防又は治療し得る限り、特に限定されず、ベンズイミダゾール系薬剤の種類、魚の種類、年齢及び体重等にもよるが、例えば、ベンズイミダゾール系薬剤を配合した飼料を摂取させる場合、ベンズイミダゾール系薬剤として、3 mg/kg体重/日以上、例えば3~30 mg/kg体重/日、好ましくは10~20 mg/kg体重/日程度の用量を投与する。
一態様において、フェバンテルを配合した飼料を摂取させる場合、フェバンテルとして、1 mg/kg体重/日以上、例えば3 mg/kg体重/日以上、好ましくは5 mg/kg体重/日以上、より好ましくは7 mg/kg体重/日以上、より一層好ましくは10 mg/kg体重/日以上、さらに好ましくは12 mg/kg体重/日以上程度の用量を投与する。また、この場合、フェバンテルとして、120 mg/kg体重/日以下、例えば100 mg/kg体重/日以下、好ましくは70 mg/kg体重/日以下、より好ましくは50 mg/kg体重/日以下、より一層好ましくは30 mg/kg体重/日以下、さらに好ましくは20 mg/kg体重/日以下、特に好ましくは20 mg/kg体重/日未満程度の用量を投与する。フェバンテルの投与量が当該範囲内であることにより、海産魚のべこ病、ミクロスポリジウム属微胞子虫感染症を、副作用を抑えて安全に予防又は治療し得る。また、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚(例、ブリ属魚類)において、副作用を抑えて安全に、ミクロスポリジウム属微胞子虫の増殖を抑制し得る。また、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚(例、ブリ属魚類)において、副作用を抑えて安全に、シスト形成を抑制し得る。
本発明の予防又は治療薬の投与頻度は、海産魚のべこ病(ミクロスポリジウム属微胞子虫感染症)を予防又は治療し得る限り、特に限定されないが、通常、1~3日に1回以上、好ましくは1日1回である。
本発明の予防又は治療薬の投与期間は、海産魚のべこ病(ミクロスポリジウム属微胞子虫感染症)を予防又は治療し得る限り、特に限定されないが、通常、5日間以上、好ましくは5~50日である。定期的に、休薬期間を設けながら投与してもよい。例えば、4~7日間(例、5日間)連日投与した後で、2~5日間(例、4日間)の休薬期間を設けるサイクルを複数回(例、2~10回)行ってもよい。
一態様において、フェバンテルを用いる場合の投与期間は、通常3日間以上であり、好ましくは3日間以上14日間以下であり、より好ましくは3日間以上14日間未満であり、より一層好ましくは3日間以上12日間以下であり、さらに好ましくは3日間以上7日間以下である。フェバンテルは、当該投与期間で連日投与する(すなわち、当該投与期間で連日投与することを1回行う)か、あるいは、連日投与の後に休薬期間を設けて定期的に投与してもよく、例えば、3日間以上14日間以下(好ましくは、3日間以上7日間以下)連日投与した後で、2日間以上5日間以下(好ましくは、4日間)の休薬期間を設けるサイクルを複数回(好ましくは、2~10回、より好ましくは3~7回、さらに好ましくは3~5回)行ってもよい。フェバンテルの投与期間が前記の範囲内であることにより、海産魚のべこ病、ミクロスポリジウム属微胞子虫感染症を、副作用を抑えて安全に予防又は治療し得る。また、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚(例、ブリ属魚類)において、副作用を抑えて安全に、ミクロスポリジウム属微胞子虫の増殖を抑制し得る。また、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚(例、ブリ属魚類)において、副作用を抑えて安全に、シスト形成を抑制し得る。
本発明におけるフェバンテルの投与は、前記の投与期間で連日投与することを1回のみ行うものであってよいが、連日投与した後で休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことにより、例えば、ミクロスポリジウム属微胞子虫の増殖を抑制する効果、シスト形成を抑制する効果等が、より向上し得る。
本発明の予防又は治療薬は、一態様において;
フェバンテルを含有するもの(例、フェバンテルを配合した飼料等)であって、
ミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚(好ましくは、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚)に、
フェバンテルとして、例えば3~120 mg/kg体重/日(好ましくは3~50 mg/kg体重/日、より好ましくは3~30 mg/kg体重/日、さらに好ましくは3~20 mg/kg体重/日)の用量を、
3日間以上14日間以下(好ましくは3日間以上12日間以下、より好ましくは3日間以上7日間以下)連日投与するか、あるいは、3日間以上14日間以下(好ましくは、3日間以上7日間以下)連日投与した後で、2日間以上5日間以下(好ましくは、4日間)の休薬期間を設けるサイクルを複数回(好ましくは、2~10回、より好ましくは3~7回、さらに好ましくは3~5回)行うもの
であってよい。
本発明の予防又は治療薬は、一態様において、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚におけるミクロスポリジウム属微胞子虫の増殖抑制剤であってよい。
また、本発明の予防又は治療薬は、他の一態様において、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚におけるシスト形成抑制剤であってよい。
また、本発明は、ミクロスポリジウム属微胞子虫を特異的に検出し得るプライマーセット又は核酸プローブ、並びにベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)を含む組み合わせを含む、海産魚べこ病の予防又は治療用キットを提供する。ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)は、上述の本発明の予防又は治療薬として提供され得る。本発明のキットを用いることにより、上述の方法により、シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚を簡便に選出し、選出された魚に対して、ベンズイミダゾール系薬剤(好ましくは、フェバンテル)を投与することができる。
本発明のキットは、PCR等を実施するための試薬(例、熱耐性DNAポリメラーゼ(例、Taq)、dNTP Mixture, 10×PCR Buffer, MgCl2, Control template等)を更に含んでいてもよい。
刊行物、特許文献等を含む、本明細書に引用されたすべての参考文献は、引用により、それらが個々に具体的に参考として援用されかつその内容全体が具体的に記載されているのと同程度まで、本明細書に援用される。
以下、実施例を示して本発明をより具体的に説明するが、本発明は以下に示す実施例によって何ら限定されるものではない。
[目的]
微胞子虫Microsporidium seriolae感染によるブリ類のべこ病では、水温によって差があるが感染後20日程度で体側筋中にシストが形成される。試験1では感染直後のシストが認められていない感染魚群を用い、試験2、試験3及び試験4では感染後時間が経過しシストが認められている感染魚群を用い、数種の薬剤を経日投与し、シスト形成及び体側筋中での原因虫増殖の有無を調べ、各薬剤の治療効果を明らかにすることを目的とした。試験5では有効性が認められた薬剤をシストが認められている感染魚群に投与し、シスト中の胞子の死滅効果を明らかにすることを目的とした。
[材料及び方法]
べこ病の感染魚を作出するため、感染が認められた海域の海面生け簀に供試魚としてカンパチ稚魚を収容した。収容後、定期的に感染の有無を診断し感染が確認された群を、陸上水槽に移動し、新たにべこ病に感染しない清浄な環境で、供試薬剤を配合飼料に添加する経口投与により投薬試験を開始した。一定期間投薬後に剖検しシストの形成及び体側筋中の寄生虫の有無を肉眼及びPCR等で検査し、投薬した薬剤の治療効果を判定した(図1)。試験の詳細は以下の通りである。
供試魚
感染が認められた海域の海面生け贅にカンパチ人工種苗を収容後、定期的に剖検し肉眼で体側筋中のシストの確認と後述のリアルタイムPCR法により感染の有無を診断し、感染が認められた生け簀のカンパチを陸上水槽に移し投薬試験に供した。
試験1
投薬開始時の平均体重は17.Og、平均尾叉長は10.3cmであった。投薬開始前に30尾をサンプリングし、リアルタイムPCR法で診断したところ2尾の体側筋からM. seriolaeが検出されたが、何れの個体からもシストは認められなかった。この魚群を、表1に記載の8区に区分し、投薬試験を行った。各投薬試験区に46~52尾を供試した。
試験2及び試験3
投薬開始時の平均体重は39.Og、平均尾叉長は12.7cmであった。投薬開始前に31尾をサンプリングし、リアルタイムPCR法で診断したところ3尾の体側筋からM. seriolaeが検出され、3尾の体側筋に肉眼でシストが認められた。この魚群を、表2に記載の8区(試験2)及び表3に記載の3区に区分し、投薬試験を行った。各投薬試験区に46~50尾を供試した。
試験4
投薬開始時の平均体重は21.4g、平均尾叉長は11.lcmであった。投薬開始前に20尾をサンプリングし、リアルタイムPCR法で診断したところ15尾の体側筋からM. seriolaeが検出され、8尾の体側筋に肉眼でシストが認められた。この魚群を、表4に記載の5区に区分し、投薬試験を行った。各投薬試験区に20~23尾を供試した。
試験5
投薬開始時の平均体重は128.lgであった。投薬開始前に55尾をサンプリングし、シスト保有状況を観察したところ、35尾の体側筋に肉眼でシストが認められた。この魚群を、表5に記載の3区に区分し、投薬試験を行った。各投薬試験区に20尾を供試した。
リアルタイムPCR法
左体側筋肉のホモジネート約25mgからDNAを抽出し、ブリ類に感染するべこ病の原因微胞子虫であるM. seriolaeのゲノムITS領域をターゲットとしたリアルタイムPCR(上流プライマー: TGCACAGGAACGAGGAATTG(配列番号1)、下流プライマー:ATAACGACGGGCGGTGTGTA(配列番号2)、プローブ;FAM-TAGTAGCCGCTGCCTCACCAAGGAGC-BHQ(配列番号3))により本虫の有無を判定した。
反応条件は、(1)初期変性(95℃、60秒間)の後、(2)変性(95℃、15秒間)と(3)伸長(60℃、45秒間)とを1サイクルとして、これ((2)及び(3))を45サイクル繰り返すこととし、蛍光測定は伸長ステップに設定した。
薬剤の投与
配合飼料重量に対し10%重量(w/w)の蒸留水に以下の薬剤を懸濁し、薬剤懸濁液を調製した。円筒形の容器に入れた配合飼料に、薬剤懸濁液を添加し、ポッドミル回転台上で30分間撹拌し薬剤を吸収させた。さらに、配合飼料重量に対し、5%重量(w/w)の展着剤(SD展着、シェリング・プラウアニマルヘルス)を加えて撹拌した後、使用するまで-30℃の冷凍庫に保存した。試験1、試験2、試験3、試験4及び試験5に使用した薬剤は、それぞれ表1、表2、表3、表4及び表5に示した。それぞれ表に示した投与量と投与日数に従い投薬した。対照区として、配合飼料重量に対し10%重量(w/w)の蒸留水と5%重量(w/w)の展着剤を混合した飼料を給餌する試験区を設けた。1日当たりの試験飼料の給餌率は、試験1及び試験4では魚体重の2.5%、試験2及び試験3では魚体重の1.0%とした。試験5では魚体重の1.5%とした。
治療効果の判定
投薬開始から試験1~2では36、37日目、試験3ではフェバンテル投与区で36日目、対照区およびプラジクアンテル投与区で37日目、試験4では14日目、試験5では、対照区で36日目、アルベンダゾール投与区で39日目及びフェバンテル投与区で40日目に試験魚を取り上げ、剖検によって体側筋中におけるシストの形成を確認した。試験1~4では、リアルタイムPCR法により体側筋中での寄生虫の有無を検査した。試験5では、シストを摘出し、アクリジンオレンジ染色によるM. seriolae胞子の生死を判定した。
[結果及び考察]
試験1では、感染直後のシストの形成が認められていない感染魚群を用い投薬を開始し、投薬開始から36、37日目に、所定の検査を行ったところ、対照区では52.4%の個体にシストが認められ、83.3%の個体からリアルタイムPCRにより寄生虫の遺伝子が検出されたのに対し、アルベンダゾール投与区では、検査した何れの個体にもシストは認められず、リアルタイムPCRによる本虫遺伝子の検出率も20.5%となり、何れの検出率も対照区に比べ有意に低い値となった(表1)。また、遺伝子が検出された個体について、筋肉のホモジェネート試料1mg当たりの標的核酸断片のコピー数を調べた。対照区でのM. seriolaeの平均コピー数は4.7×107copies/mgであったのに対し、アルベンダゾール投与区では、4.0×103copies/mgと低い結果となり、本虫の遺伝子が確認された個体であっても、投薬によって本虫の増殖が抑制されていることが示唆された。よって、アルベンダゾールには、本虫の排除あるいは増殖を抑制し、シストの形成を阻止する効果があることが明らかになった。
Figure 0007128466000004
試験2では表2に記載の薬剤を、シストが9.7%の個体に認められた感染魚群に投薬し、投薬開始から36、37日目に、所定の検査を行った。対照区で55.6%の個体にシストが認められ、70.0%の個体からリアルタイムPCRにより寄生虫の遺伝子が検出されたのに対し、アルベンダゾール投与区では、検査した何れの個体にもシストは認められず、10.0%の個体からリアルタイムPCRにより寄生虫の遺伝子が検出された。何れの検出率も対照区に比べ有意に低い値となった(表2)。また、M. seriolaeの遺伝子が検出された個体について、筋肉のホモジェネート試料1mg当たりの標的核酸断片のコピー数を調べた。対照区では2.7×107 copies/mgであったのに対し、アルベンダゾール投与区では1.3×104 copies/mgと低い結果となった。この結果から、本虫の遺伝子が確認された個体であっても、アルベンダゾール投与により寄生虫の増殖が抑制されていることが示唆された。よって試験1と同様にアルベンダゾールには、本虫の排除あるいは増殖を抑制し、シストの形成を阻止する効果があることが明らかになった。
Figure 0007128466000005
試験3では、表3に記載の薬剤を、シストが9.7%の個体に認められた感染魚群に投薬し、投薬開始から36、37日目に、所定の検査を行った。対照区で53.8%の個体にシストが認められ、100.0%の個体からリアルタイムPCRにより寄生虫の遺伝子が検出されたのに対し、フェバンテル投与区では、10.0%の個体にシストが認められ、47.5%の個体からリアルタイムPCRにより寄生虫の遺伝子が検出された。フェバンテル投与区では何れの検出率も対照区に比べ有意に低い値となった(表3)。よってフェバンテルには、本虫の排除あるいは増殖を抑制し、シストの形成を阻止する効果があることが明らかになった。
Figure 0007128466000006
試験4では、試験1~3で効果が認められたアルベンダゾールとフェバンテルについて投与量を増やし、シストが40.0%の個体に認められた感染魚群を用い投薬を開始し、投薬開始から14日目に、シスト消失への投与効果を比較したところ、対照区では70.0%の個体にシストが認められたのに対し、アルベンダゾール投与区では、30mg/kg体重/日投与区で47.6%、15mg/kg体重/日投与区で43.5%、フェバンテル投与区では、25mg/kg体重/日投与区で28.6%、12.5mg/kg体重/日投与区で35.0%の個体にシストが認められ、フェバンテルを投与した2つの区では対照区に比べ有意に低い値となった(表4)。しかしながら、アルベンダゾール投与区及びフェバンテル投与区の何れにおいても、投薬開始時と試験終了時のシスト保有率に差異が認められなかったことから、既にシストが形成された感染魚にこれらの薬剤を投薬してもシストが残留することが示された。
Figure 0007128466000007
試験5では、試験1~3で効果が認められたアルベンダゾールとフェバンテルについて、試験4よりも投与期間を長くするとともに、シストが63.6%の個体に認められた感染魚群を用い投薬を開始し、投薬開始から対照区36日目、アルベンダゾール投与区39日目およびフェバンテル投与区40日目に、シスト消失への効果を比較した。対照区では64.7%の個体にシストが認められたのに対し、アルベンダゾール投与区では65.0%、フェバンテル投与区では70.0%の個体にシストが認められ、対照区との有意差は認められなかった(表5)。しかしながら、アクリジンオレンジ染色によりシスト中に存在するM. seriolae胞子の生死の判定し死滅率を算出したところ、アルベンダゾール投与区で52.3%、フェバンテル投与区で37.2%の死滅率となり、何れにおいても対照区の死滅率16.1%よりも有意に高い値となった。よって、試験4と同様に既にシストが形成された感染魚にこれらの薬剤を投薬してもシストが残留することが確認されたが、これらの薬剤投与には、シストに内包されている胞子を死滅させる効果があることが示された。
Figure 0007128466000008
以上のように、海産魚のべこ病の原因虫であるミクロスポリジウム属の微胞子虫に感染したカンパチに、何れもベンズイミダゾール系薬剤であるアルベンダゾールあるいはフェバンテルを経口投与することにより、本虫によるシストの形成や本虫の体側筋中での増殖を抑制できることを明らかにした。また、既にシストが形成された感染魚にこれらの薬剤を投薬した試験では、シスト内部の胞子はある程度は死滅するものの、投薬前に形成されているシストは少なくとも投薬後40日は残留することを明らかにした。よって、べこ病を効率的に予防又は治療するには、PCR法などの寄生虫遺伝子検出法により初期段階の感染を迅速に診断し、シストが形成される前に、これらの薬剤を投与することが重要であることが明らかになった。以上の結果から、上記2種薬剤の何れかを感染後早期に経口投与することで、海産魚のべこ病を予防又は治療し得ることが示唆された。
[参考例]
フェバンテル含有飼料の調製
飼料としては、60gのエクストルーダーペレット(EP)(ドライペレット)を使用した。EPの1/10量(6mL)の蒸留水にマリンバンテル(登録商標)0.1gを溶解した。マリンバンテルは、1g中に250mgのフェバンテルを含有する。円柱型の容器にEP 60gを入れ、マリンバンテル溶解液を加えた。ポットミルで容器を回転させ、マリンバンテルをEPに吸着させた。さらにEPの1/20量(3g)の展着剤(SD展着、シェリング・プラウアニマルヘルス)を容器に加えた。ポットミルで容器を回転させ、マリンバンテルをEPに展着させることにより、フェバンテル含有EPを得た。
以下の試験6~8では、陸上飼育施設および海面生簀でべこ病の治療試験を実施し、フェバンテルの効果的な投薬方法と投薬の安全性・毒性に関する検討を行った。
試験6(屋内治療試験1)
[材料及び方法]
べこ病感染方法
ミクロスポリジウム属の微胞子虫に感染した感染魚を作出するため、感染が認められた海域の海面生簀(3m×3m×3m)に供試魚としてブリ稚魚500尾を収容した。収容後、暴露開始12日目および15日目に剖検し、肉眼で体側筋中のシストの有無を確認し、またリアルタイムPCR法により感染の有無を診断した。暴露開始17日目に供試魚を、新たにミクロスポリジウム属の微胞子虫に感染しない清浄な環境である陸上水槽に収容し、翌日からフェバンテル投薬試験に供試した。投薬開始時の平均体重は68.9g、平均尾叉長は18.1cmであり、投薬開始前に20尾をリアルタイムPCR法で診断したところ、13尾の体側筋からM. seriolae遺伝子が検出され(平均コピー数:6.04×105 copies/mg)、2尾の体側筋にシストが認められた。なお、試験期間中の水温は22.2~23.6℃で推移した。
試験区の設定
陸上飼育施設へ移したブリを500L円形水槽に23~25尾ずつ収容した。魚体重の2%の量の市販飼料にフェバンテルを5 mg/kg体重/日、10 mg/kg体重/日になるように展着し、当該飼料を、3日間、5日間、10日間連日投与する区を設けた(表6)。対照区には、フェバンテルを含まない市販飼料を与えた。飼育期間は35日間とし、投薬が終了した試験区には、フェバンテルを含まない市販飼料を給餌した。
治療効果の判定
試験6の効果判定は、以下の方法で行った。
すなわち、フェバンテル投薬開始から35日目に試験魚を取り揚げ剖検し、体側筋中にシストが形成された個体数を確認することにより、シスト形成率(シスト形成個体数/観察個体数×100)を算出し、また、体側筋肉の半身を磨砕し、リアルタイムPCR法により体側筋中での寄生虫遺伝子(M. seriolae遺伝子)の存在量を確認した。
Figure 0007128466000009
[結果及び考察]
対照区では、75%の個体にシストが認められ、100%の個体からリアルタイムPCR法により寄生虫遺伝子が検出された。これに対し、フェバンテル投与区では、検査した何れの個体にもシストは認められず、また4.2~24.0%の個体からリアルタイムPCR法により寄生虫遺伝子が検出されたが、何れのフェバンテル投与区の検出率も、対照区に比べ有意に低い値となった(表7)。また、M. seriolae遺伝子が検出された個体についても、対照区での平均コピー数は2.2×107 copies/mgであったのに対し、フェバンテル投与区は、8.3×103 ~2.2×105 copies/mgと有意に低い結果となり(p<0.01)、本寄生虫遺伝子が確認された個体であっても寄生虫の増殖が抑制されていることが示唆された。
以上のように、海産魚のべこ病の原因虫であるミクロスポリジウム属の微胞子虫に感染したブリ類に、フェバンテルを経口投与する際の効果的な投与量と投与期間を明らかにした。
Figure 0007128466000010
試験7(屋内治療試験2)
[材料及び方法]
べこ病感染方法
平均体重177.4gのブリ人工種苗250尾を海面生簀(3m×3m×3m)に沖出した。定期的に10~15尾ずつ採材し、目視により筋肉中のシストの有無を確認し、また筋肉中のM. seriolae遺伝子をリアルタイムPCR法により定量した。治療試験開始時の遺伝子検出率は40%、シスト形成率は6.7%であった。なお、試験期間中の水温は23.7~25.8℃で推移した。
試験区の設定
陸上飼育施設へ移したブリを400L角型水槽に30尾ずつ収容した。魚体重の2%の量の市販飼料にフェバンテルを15 mg/kg体重/日になるように展着し、当該飼料を3日間、5日間、10日間および20日間連日投与する区を設けた(表8)。対照区には、フェバンテルを含まない市販飼料を給餌した。なお、試験期間は30日間とし、投薬が終了した試験区には、フェバンテルを含まない市販飼料を給餌した。
治療効果の判定
試験7の効果判定は、以下の方法で行った。
すなわち、試験終了後、全ての試験魚の筋肉半身中のシストの形成状況(シスト形成率の算出)を目視により確認し、また、無作為に10~11尾を選定して筋肉中のM. seriolae遺伝子をリアルタイムPCR法により定量した。
Figure 0007128466000011
[結果及び考察]
フェバンテル投与後のシスト形成率は、3日間投与区および5日間投与区で6.7%(30尾中2尾)であり、10日間投与区および20日間投与区では0%であった。対照区におけるシスト形成率は100%であった。いずれの投与区も、対照区と比べてシスト形成率は有意に低かった(p<0.01)。また平均シスト数についても、いずれの投与区も、対照区と比べて有意に低くなった(p<0.01)(表9)。フェバンテル投与後のシストの形成状況を図2に示した。
フェバンテル投与後の筋肉中のM. seriolae遺伝子検出率は3日間投与区では72.7%であったが、5日間以上投与した区ではいずれも20%以下となり、対照区(100%)と比べて有意に低かった(p<0.01)。平均遺伝子量についても、いずれの投与区も、対照区と比べて有意(p<0.01)に低くなった(表9)。
フェバンテルを20日間連日投与した区では、他の試験区と比べて顕著な体色黒化が確認された(図3)。
試験7(屋内治療試験2)では、フェバンテルの投与濃度を15 mg/kg体重/日に設定して、3~20日間連日投与を行い、適切な投与日数を検討した。全ての投与区でシスト形成抑制効果が認められた。また、5日間以上の投与区において、遺伝子検出率が、対照区と比べて有意に低くなり、M. seriolaeの増殖が抑制されたと考えられた。一方、20日間連日投与すると投薬による影響がみられた。
Figure 0007128466000012
試験8(野外治療試験)
[材料及び方法]
試験6と同ロットの種苗(平均体重200.5g)180尾を海面生簀に沖出しし、試験6と同様に感染魚を作出して、投薬試験に供した。治療試験開始時の遺伝子検出率は20%、シスト形成率は0%であった。なお、試験期間中の水温は12.4~21.9℃で推移した。
試験区の設定
ミクロスポリジウム属の微胞子虫の感染を確認した後、海面生簀(3m×3m×3m)に各区45尾ずつ収容した。フェバンテルの投与量は、いずれの区も10 mg/kg体重/日とし、投薬期間は、5日間連日投与を1回のみ行う区(10F)および5日間連日投与した後、5日間休薬を4回繰り返す区(10F間欠)を設定した(表10)。対照区は無投薬の餌を給餌し、試験期間は36日間とした。
治療効果の判定
試験8の効果判定は、以下の方法で行った。
すなわち、フェバンテル投薬後26日目および36日目に各試験区から10尾を採材し、試験7と同様にシストの確認(シスト形成率の算出)および筋肉中のM. seriolae遺伝子の定量を行った。
Figure 0007128466000013
[結果及び考察]
フェバンテル投与後26日目および36日目における10Fおよび10F間欠のシスト形成率およびM. seriolae遺伝子量は、対照区と比較して有意(p<0.01)に低くなった(表11)。フェバンテル投与後36日目における10FのM. seriolae遺伝子検出率および遺伝子量は、ともに10F間欠と比較して高くなる傾向を示した。
試験8(野外治療試験)では、フェバンテルの投与量を10 mg/kg体重/日に設定し、投与期間を、5日間連日投与を1回のみ行う区(10F)、5日間連日投与した後、5日間休薬するサイクルを4回繰り返す区(10F間欠)を設定し、治療効果の検証を行った。両区ともシスト形成率およびM. seriolae遺伝子量が、対照区に比べて有意に減少しており、フェバンテルの投与により、シスト形成およびM. seriolaeの増殖が抑制されていると推察された。
また、10F間欠ではM. seriolae遺伝子の検出率・検出量が、5日間連日投与を1回のみ行う区(10F)よりも低い傾向を示していた。
Figure 0007128466000014
リアルタイムPCR法
試験6~10におけるリアルタイムPCRは、上述の試験1~5と同様に行った。
薬剤の投与
試験6~8におけるフェバンテルの投薬は、以下のように行った。
配合飼料重量に対し、外割りで10%重量(w/w)の蒸留水に規定量のフェバンテルを懸濁し、薬剤懸濁液を調製した。円筒形の容器に入れた配合飼料に、薬剤懸濁液を添加し、ポッドミル回転台上で30分間撹拌し薬剤(フェバンテル)を吸収させた。さらに、配合飼料重量に対し、外割りで0.5%重量(w/w)の展着剤(SD展着、シェリング・プラウ アニマルヘルス)を加えて撹拌した後、使用するまで-30℃の冷凍庫に保存した。各試験における投薬は、表6、8、10に示した投与量および投与日数の通りに行った。対照区として、配合飼料重量に対し、外割りで10%重量(w/w)の蒸留水と0.5%重量(w/w)の展着剤を混合したものを設けた。1日当たりの試験飼料の給餌率は、魚体重の2.0%とした。
試験9(強制投薬試験)
[材料及び方法]
ブリ人工種苗にフェバンテル製剤混合餌料を、1日1回シリンジを用いて強制的に経口投与し(図4)、フェバンテル投与量と死亡との関係を調べた。試験は計4回実施し(試験I~IV)、各試験におけるフェバンテル投与量と投与期間は表12に示す通りに設定した。試験餌料は、モジャコEP粉末、マリンバンテル(登録商標)(Meiji Seika ファルマ株式会社販売、主剤フェバンテル)、蒸留水を混合し、試験区間の薬剤量の違いはコーンスターチで調整した。供試魚は全て同じ500L水槽1基で混合飼育し、腹鰭の切除により試験区を区別した。毎日9時頃、フェノキシエタノールで麻酔した供試魚に試験餌料を1日1回強制投与し、15時頃、無添加モジャコEPを通常給餌で飽食量与えた。死亡魚は外観と内臓、脳を写真撮影した。試験IVでは、フェバンテルを100 mg/kg体重/日で9日間ないし13日間投与した魚の臓器(鰓、食道、胃、幽門垂、肝臓、膵臓、脾臓、腎臓、脳、皮膚)をデビッドソンで固定し、常法に則り組織学的観察を行い、対照区と比較した。
[結果及び考察]
2週間の連日投与において、投与量100 mg/kg体重/日以下(試験II)では死亡はなく、致死的な毒性は認められなかった。しかし、200 mg/kg体重/日以上の投与(試験I)では投与開始7日目から死亡が認められ(図5)、2週間の累積死亡率は、200 mg/kg体重/日投与区で30%であったのに対し、1000 mg/kg体重/日投与区では100%と、投与量に依存した(図5)。また、試験終了時における生残魚の魚体重は、フェバンテル投与区が無投与対照区に比べ顕著に低く、投薬による成長阻害が示された。より長期の投与による影響を調べた試験IIIでは、50 mg/kg体重/日投与区および100 mg/kg体重/日投与区ともに、投与開始15日目から死亡が急増し、投与開始19日目にはそれぞれ死亡率90%および100%に達した(図6)。
フェバンテル投与魚では体色の黒化や緩慢な遊泳が目立ち、餌食いも悪かった。死亡魚の外観や内蔵に顕著な異常や典型的な症状等は認められなかったが、脳が発赤している個体が目立った(図7)。フェバンテルを100 mg/kg体重/日で9日間ないし13日間連日投与したブリ稚魚の臓器組織観察では(試験IV)、いずれの個体にも顕著な組織障害は認められなかった。しかし、フェバンテル投与区の肝細胞では、貯蔵物質を示す空胞が殆ど消失しており、栄養吸収が阻害されていた可能性が示された(図8)。また、腎臓の間質が疎らになっており、造血機能の異常も示唆された(図9)。さらに、延髄ではニッスル小体の分布異常が認められ、神経細胞の機能障害がある可能性が考えられた(図10)。体色の黒化は、黒色素胞の拡散によるものと思われた。
これらの結果から、ブリ稚魚では、フェバンテルの投与量が100 mg/kg体重/日以下であれば、2週間連日投与しても致死性の影響は無いが、投与期間が2週間以上であれば50 mg/kg体重/日でも致死的な毒性が有ることが示された。すなわち、フェバンテルは短期的な急性毒性は低いが、長期間の連続投与により慢性的に魚へ毒害を与えると考えられた。また、フェバンテルの長期投与はブリ稚魚の成長を阻害する可能性が示された。組織学的観察では肝臓、腎臓、延髄で対照区と異なる像が観察されたが、死因を特定するには至らず、フェバンテルの毒性は細胞機能の阻害に起因する可能性が考えられた。
Figure 0007128466000015
試験10(薬剤混合餌料の投入摂取による投薬試験)
[材料及び方法]
ブリ人工種苗にフェバンテル製剤あるいはアルベンダゾール(試薬)の混合餌料を経口投与した。投与は、当初20日間の連日投与を行った後、5日間連日投薬して4日間休薬するサイクルを4回繰り返した。薬剤濃度は、フェバンテル投与区は、当初20日間はフェバンテルとして25 mg/kg体重/日とし、その後は、半分量の12.5 mg/kg体重/日とした。アルベンダゾール投与区は、期間中全て30 mg/kg体重/日(ヒトでの投与事例から算出、10 mg/kg体重/日×3回)とした。
フェバンテルおよびアルベンダゾールの投薬は、以下のように行った。
配合飼料重量に対し、外割りで10%重量(w/w)の蒸留水に規定量の薬剤(フェバンテル、アルベンダゾール)を懸濁し、薬剤懸濁液を調製した。円筒形の容器に入れた配合飼料に、薬剤懸濁液を添加し、ポッドミル回転台上で30分間撹拌し薬剤を吸収させた。さらに、配合飼料重量に対し、外割りで0.5%重量(w/w)の展着剤(SD展着、シェリング・プラウ アニマルヘルス)を加えて撹拌した後、使用するまで-30℃の冷凍庫に保存した。対照区として、配合飼料重量に対し、外割りで10%重量(w/w)の蒸留水と0.5%重量(w/w)の展着剤を混合したものを設けた。1日当たりの試験飼料の給餌率は、魚体重の2.0%とした。60日間の飼育を行い、生残状況を観察した。飼育試験は、海上小割生け簀網を用いて実施した。試験期間中の水温は、13.7~19.1℃で推移した。各試験区とも試験開始時で平均体重160gの30尾を供試した。
[結果及び考察]
投薬開始9日目からフェバンテル投与区において死亡が確認されはじめ、投薬開始20日目までの累積死亡率は、50%に達した。投薬開始20日目からフェバンテルの投薬量を半減し、休薬期間を設けて投薬することにより、投薬開始21日目から投薬開始60日目までの累積死亡数は7尾となった(図11)。一方、対照区は、投薬開始18日目から死亡が確認され、投薬開始60日目までに7尾の死亡が確認された(累積死亡率23.3%)。アルベンダゾール投与区は、投薬開始36日目から死亡が確認され、投薬開始60日目までに6尾が死亡した(累積死亡率20.0%)。
以上より、ブリ類に対するフェバンテルの投与について、25 mg/kg体重/日の20日間以上の連日投与は、安全性に問題があることがわかった。一方、投与量を半減し、休薬期間を設ける投与法に切り替えることにより、対照区あるいはアルベンダゾール投与区で確認された死亡状況と同等のレベルになることが確認できた。なお、対照区等で確認された死亡は、カリグスの口腔及び鰓への寄生によるものと考えられた。
以上により、ブリ類へのフェバンテルの安全な容量・用法を把握した。
本発明により、海産魚のべこ病に有効な予防又は治療薬が提供される。

Claims (29)

  1. フェバンテルを含む、海産魚のべこ病の予防又は治療薬であって、
    前記べこ病の原因虫がMicrosporidium seriolaeである、予防又は治療薬
  2. 海産魚がブリ属魚類である、請求項1記載の予防又は治療薬。
  3. シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対し投与することを特徴と
    前記ミクロスポリジウム属微胞子虫がMicrosporidium seriolaeである、請求項1又は2記載の予防又は治療薬。
  4. フェバンテルとして、1~120 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項記載の予防又は治療薬。
  5. フェバンテルとして、3~30 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、請求項1~3のいずれか1項記載の予防又は治療薬。
  6. 3日間以上14日間以下連日投与するか、あるいは、3日間以上14日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項記載の予防又は治療薬。
  7. 4日間以上7日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、請求項1~5のいずれか1項記載の予防又は治療薬。
  8. フェバンテルを含む、海産魚のミクロスポリジウム属微胞子虫感染症の予防又は治療薬であって、
    前記ミクロスポリジウム属微胞子虫がMicrosporidium seriolaeである、予防又は治療薬
  9. 海産魚がブリ属魚類である、請求項8記載の予防又は治療薬。
  10. シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対し投与することを特徴と
    前記ミクロスポリジウム属微胞子虫がMicrosporidium seriolaeである、請求項8又は9記載の予防又は治療薬。
  11. フェバンテルとして、1~120 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、請求項8~10のいずれか1項記載の予防又は治療薬。
  12. フェバンテルとして、3~30 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、請求項8~10のいずれか1項記載の予防又は治療薬。
  13. 3日間以上14日間以下連日投与するか、あるいは、3日間以上14日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、請求項8~12のいずれか1項記載の予防又は治療薬。
  14. 4日間以上7日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、請求項8~12のいずれか1項記載の予防又は治療薬。
  15. 海産魚に対しフェバンテルを投与することを含む、該海産魚におけるべこ病の予防又は治療方法であって、
    前記べこ病の原因虫がMicrosporidium seriolaeである、方法
  16. 海産魚がブリ属魚類である、請求項15記載の方法。
  17. シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対しフェバンテルを投与
    前記ミクロスポリジウム属微胞子虫がMicrosporidium seriolaeである、請求項15又は16記載の方法。
  18. フェバンテルとして、1~120 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、請求項15~17のいずれか1項記載の方法。
  19. フェバンテルとして、3~30 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、請求項15~17のいずれか1項記載の方法。
  20. 3日間以上14日間以下連日投与するか、あるいは、3日間以上14日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、請求項15~19のいずれか1項記載の方法。
  21. 4日間以上7日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、請求項15~19のいずれか1項記載の方法。
  22. 海産魚に対しフェバンテルを投与することを含む、該海産魚におけるミクロスポリジウム属微胞子虫感染症の予防又は治療方法であって、
    前記ミクロスポリジウム属微胞子虫がMicrosporidium seriolaeである、方法
  23. 海産魚がブリ属魚類である、請求項22記載の方法。
  24. シストが形成される前のミクロスポリジウム属微胞子虫感染海産魚、又はミクロスポリジウム属微胞子虫に感染した可能性のある海産魚に対しフェバンテルを投与
    前記ミクロスポリジウム属微胞子虫がMicrosporidium seriolaeである、請求項22又は23記載の方法。
  25. フェバンテルとして、1~120 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、請求項22~24のいずれか1項記載の方法。
  26. フェバンテルとして、3~30 mg/kg体重/日の用量を投与することを特徴とする、請求項22~24のいずれか1項記載の方法。
  27. 3日間以上14日間以下連日投与するか、あるいは、3日間以上14日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、請求項22~26のいずれか1項記載の方法。
  28. 4日間以上7日間以下連日投与した後で、2日間以上5日間以下の休薬期間を設けるサイクルを複数回行うことを特徴とする、請求項22~26のいずれか1項記載の方法。
  29. ミクロスポリジウム属微胞子虫を特異的に検出し得るプライマーセット又は核酸プローブ、並びにフェバンテルを含む、海産魚べこ病の予防又は治療用キットであって、
    前記ミクロスポリジウム属微胞子虫及び前記べこ病の原因虫がMicrosporidium seriolaeである、キット
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