以下、本開示の実施の形態について、図面を参照しながら詳細に説明する。なお、図中同一または相当部分には同一符号を付してその説明は繰り返さない。
本開示およびその実施の形態において、「試料」とは、被検出物質を含む物質または被検出物質を含む可能性がある物質を意味する。試料は、たとえば動物(たとえばヒト、ウシ、ウマ、ブタ、ヤギ、ニワトリ、ラット、マウスなど)からの生体試料であり得る。生体試料は、たとえば、血液、組織、細胞、分泌液、体液等を含み得る。なお、「試料」はそれらの希釈物を含んでもよい。
本開示において、「被検出物質」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有し、検出キットを用いて検出される物質を意味する。「ナノメートルオーダー」には、1nmから1,000nm(=1μm)までの範囲が含まれる。
被検出物質の形状は特に限定されず、たとえば球形、楕円球形、ロッド状等である。被検出物質が楕円球形の場合、楕円球の短軸方向および長軸方向の長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーであればよい。被検出物質がロッド状の場合、ロッドの幅および長さの少なくとも一方がナノメートルオーダーであればよい。なお、本開示における「ロッド状」には、円柱状に限らず、多角柱形状が含まれ得る。
被検出物質の例としては、細胞、微生物(細菌、真菌等)、生体高分子(タンパク質、核酸、脂質、多糖類等)、抗原(アレルゲン等)およびウイルスなどが挙げられる。ただし、被検出物質は、生体由来の物質(生体物質)に限定されず、金属ナノ粒子、金属ナノ粒子集合体、金属ナノ粒子集積構造体、半導体ナノ粒子、有機ナノ粒子、樹脂ビーズなどであってもよい。「金属ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する金属粒子である。「金属ナノ粒子集合体」とは、複数の金属ナノ粒子が凝集することによって形成された集合体である。「金属ナノ粒子集積構造体」とは、たとえば複数の金属ナノ粒子が相互作用部位を介してビーズの表面に固定され、互いに隙間を設けて、金属ナノ粒子の直径以下の間隔で配置された構造体である。「半導体ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する半導体粒子である。「有機ナノ粒子」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する、有機化合物からなる粒子である。「樹脂ビーズ」とは、ナノメートルオーダーのサイズを有する、樹脂からなる粒子である。
本開示において、「ホスト物質」とは、被検出物質を特異的に付着させることが可能な物質を意味する。被検出物質を特異的に付着させることが可能なホスト物質と被検出物質との組み合わせとしては、たとえば、抗原と抗体、糖鎖とタンパク質、脂質とタンパク質、低分子化合物(リガンド)とタンパク質、タンパク質とタンパク質、一本鎖DNAと一本鎖DNAなどが挙げられる。これらの特異的親和性を有する両者のうちのいずれか一方が被検出物質である場合に、他方をホスト物質として用いることができる。すなわち、たとえば抗原が被検出物質である場合には、抗体をホスト物質として用いることができる。逆に抗体が被検出物質である場合には、抗原をホスト物質として用いることができる。また、DNAのハイブリダイゼーションにおいては、被検出物質がターゲットDNAであり、ホスト物質がプローブDNAである。なお、抗原は、アレルゲン、微生物(細菌、真菌など)、ウイルスなどを含み得る。また、抗体の種類を変えることによって、検出可能なアレルゲンあるいはウイルスの種類を変えることもできる。したがって、本開示により検出可能なアレルゲンまたはウイルスの種類は特に限定されるものではない。また、被検出物質が重金属である場合には、重金属イオンを捕集可能な物質をホスト物質として利用することができる。
本開示において、「ナノホール」とは、直径(孔径)がナノメートルオーダーの窪みを意味する。この窪みは、貫通孔であってもよいし非貫通孔であってもよい。窪み(貫通孔または非貫通孔)の深さは、ナノメートルオーダーであってもよいし、より深くてもよい。また、窪みの形状は、円柱を含むがこれに限定されず、円錐または円錐台であってもよい。なお、貫通孔とは、両端が光学的に透明な材料(または媒質)に達した孔を意味し、両端のうちの一方または両方が固体(たとえばガラス、石英、シリコンなど)に達していてもよい。さらには、貫通孔がスパッタ等による薄膜によって閉塞された状態であっても、その薄膜が十分に薄く透過率を有していれば、光学的には貫通孔とみなすことができる。また、「ナノホールアレイ」との用語は、複数のナノホールが周期的に配列された構造を意味する。
本開示およびその実施の形態において、「可視域から近赤外域までの波長範囲」の光とは、たとえば380nm~2,500nmの波長範囲の光(連続光またはパルス光)を意味し、好ましくは、たとえば380nm~1,200nmの波長範囲の光を意味する。
本開示およびその実施の形態において、「偏光」とは、光電磁波の伝播方向に垂直な電場ベクトルを意味する。
本開示およびその実施の形態において、「光誘起力」との用語は、散逸力、勾配力および物質間光誘起力の総称として用いられる。散逸力とは、光散乱あるいは光吸収といった散逸的過程において、光の運動量が物質に与えられることによって発生する力である。勾配力は、光誘起分極が生じた物質が不均一な電磁場の中に置かれた場合に、電磁気学的なポテンシャルの安定点に物質を移動させる力である。物質間光誘起力とは、光励起された複数の物質中の誘起分極から生じる縦電場による力と横電場(輻射場)による力との和である。
[実施の形態1]
<検出原理>
図1は、本開示における被検出物質の検出原理の概要を説明するための概念図である。図1(A)を参照して、金属薄膜900に形成された単一のナノホール910に検出光Lが照射された状況を想定する。ナノホール910の直径と同程度の波長範囲の光を金属薄膜900に照射した場合、ナノホール910の周囲に近接場光が生じるものの、透過光はほとんど生じない。
一方、図1(B)を参照して、金属薄膜800に周期的に形成された複数のナノホール810に対して検出光Lが照射された状況を想定する。複数のナノホール810が周期的に配列された構造を「ナノホールアレイ」とも称する。ナノホールアレイに各ナノホール810の直径と同程度の波長範囲の光を照射した場合、ナノホール810の直径よりも長波長の光の透過が生じる。この現象は、「異常透過(EOT:Extraordinary Optical Transmission)」と称される。異常透過は、伝播型表面プラズモン(PSP:Propagated Surface Plasmon)と局在型表面プラズモン(LSP:Localized Surface Plasmon)との結合モードに起因するものと考えられている(たとえば非特許文献1参照)。
より詳細には、異常透過では、特定波長の光が選択的にナノホールアレイを透過する。異常透過が生じる波長(表面プラズモンの励起波長)λEOTは、下記式(1)のように表される。
式(1)では、ナノホールアレイの周期(隣接する2つのナノホール810間の距離)をDで表し、ナノホールアレイ内におけるナノホール810の相対位置を示す次数をmで表している。なお、次数mは、自然数に限定されない。また、金属薄膜800の誘電率をε1で表し、ナノホールアレイの周囲の媒質(たとえば空気または水)の誘電率をε2で表している。式(1)より、被検出物質がナノホールアレイに付着した場合、ナノホールアレイの周囲の誘電率ε2が変化し、それにより波長λEOTが変化することが分かる。
たとえば金属薄膜800の周囲の媒質が水であり、図1(C)に示すようにウイルスVがナノホールアレイに付着した場合、ナノホールアレイの周囲の誘電率ε2は、水の誘電率からウイルスVの誘電率に変化する。一般にウイルスVの誘電率の方が水の誘電率よりも高いので、波長λEOTは、長波長側にシフトする。したがって、ナノホールアレイの透過スペクトルを測定し、異常透過を示すスペクトル成分の変化(図1(B)に示した状態における透過スペクトルと、図1(C)に示した状態における透過スペクトルとの差)を監視することで、ウイルスVを検出することができる。なお、異常透過を示すスペクトル成分の変化とは、たとえば波長λEOTのシフトの有無であってもよいし、波長λEOTのシフト量であってもよい。
<検出システムの全体構成>
以下では、ウイルスを検出する検出システムの構成について説明する。ただし、ウイルスは被検出物質の例示に過ぎないことを確認的に記載する。以下の説明では、X方向およびY方向は水平方向を表す。X方向とY方向とは互いに直交する。Z方向は鉛直方向を表す。重力の向きはZ方向下方である。また、Z方向上方を「上方」と略し、Z方向下方を「下方」と略す場合がある。
図2は、実施の形態1に係るウイルスの検出システムの全体構成を概略的に示す図である。図2を参照して、検出システム1は、検出キット100と、XYZ軸ステージ2と、調整機構3と、サンプル供給装置4と、レーザ光源5と、分光光源6と、光学部品7と、対物レンズ81,82と、分光器9と、制御装置300とを備える。
検出キット100は、サンプルSP(図4参照)を保持する。実施の形態1において、サンプルSPは、ウイルスVが含まれる可能性がある液体試料である。検出キット100の詳細な構成については図3~図5にて説明する。検出キット100は、XYZ軸ステージ2上に載置される。
調整機構3は、制御装置300からの指令に応じて、XYZ軸ステージ2と対物レンズ82との相対的な位置関係を調整する。実施の形態1では、対物レンズ82の位置が固定されている。そのため、XYZ軸ステージ2のX方向、Y方向およびZ方向の位置調整により、XYZ軸ステージ2と対物レンズ82との相対的な位置関係が調整される。なお、調整機構3としては、たとえば、顕微鏡に付属のサーボモータおよび焦準ハンドルなどの駆動機構(図示せず)を用いることができるが、調整機構3の具体的な構成は特に限定されない。調整機構3は、対物レンズ82の位置を調整できるように構成されていてもよい。
サンプル供給装置4は、制御装置300からの指令に応じて、検出キット100上にサンプルSPを供給する。具体的には、たとえばディスペンサをサンプル供給装置4として採用することができる。なお、検出システム1において、調整機構3およびサンプル供給装置4は、必須の構成要素ではない。
レーザ光源5は、制御装置300からの指令に応じて、たとえば近赤外域の波長範囲のレーザ光L1を発する。レーザ光L1は、光誘起力を発生させることでウイルスVを所望の位置(後述するボウル型構造内)へと誘導するために用いられる。ウイルスVの誘導については図20~図25にて説明する。なお、レーザ光源5は、本開示に係る「他の光源」に相当する。
分光光源6は、制御装置300からの指令に応じて、検出キット100内のサンプルSPに照射するための白色光L2を発する。1つの実施例として、ハロゲンランプを分光光源6として用いることができる。なお、分光光源6は本開示に係る「光源」に相当し、白色光L2は本開示に係る「検出光」に相当する。
ただし、分光光源6は、実質的に単色光を発する光源であってもよく、たとえばレーザ光源を用いてもよい。単色光の波長は、透過スペクトルにおいて異常透過が生じるピーク波長を含む波長範囲の波長である。なお、単色光の波長は、異常透過が生じるピークの半値全幅の2倍以内の波長範囲内に位置すればよく、単色光自体の線幅は特に限定されない。
光学部品7は、たとえば、ミラー、ダイクロイックミラー、プリズム、光ファイバ等を含んで構成されている。対物レンズ81は、レーザ光源5からのレーザ光L1を集光してに検出キット100に照射するために用いられる。対物レンズ82は、検出キット100に照射された白色光L2を取り込むために用いられる。対物レンズ82により取り込まれた白色光L2は、光学部品7により分光器9へと導かれる。
なお、光学部品7および対物レンズ82は、たとえば倒立型顕微鏡本体または正立型顕微鏡本体(図示せず)に組み込むことができる。検出システム1の光学系は、レーザ光源5からのレーザ光L1と分光光源6からの白色光L2とを検出キット100に照射することが可能であるととともに、検出キット100に照射された白色光L2を分光器9に取り込むことが可能であれば、図2に示した構成に限定されない。
分光器9は、制御装置300からの指令に応じて、検出キット100の透過スペクトルを測定し、その測定結果を制御装置300に出力する。分光器9は、可視域から近赤外域までの波長範囲でスペクトルを測定可能な分光器であることが好ましい。また、分光器9の波長分解能は、より小さいほど好ましい。分光器9の波長分解能は、たとえば10nm以下、5nm以下、2nm以下または1nm以下であるが、これに限定されない。
制御装置300は、いずれも図示しないが、CPU(Central Processing Unit)と、メモリと、入出力ポートとを含んで構成されたマイクロコンピュータである。制御装置300は、検出システム1内の各機器(調整機構3、サンプル供給装置4、レーザ光源5、分光光源6および分光器9)を制御する。また、制御装置300は、分光器9により測定された透過スペクトルに基づいて、サンプルSP内のウイルスを検出する。すなわち、制御装置300は、本開示に係る「検出装置」に相当する。
<検出キットの構成>
実施の形態1に係るウイルスの検出システム1は、以下に説明するように、検出キット100の構成に特徴を有する。
図3は、実施の形態1における検出キット100の斜視図である。図4は、図3のIV-IV線に沿う検出キット100の断面図である。
図3および図4を参照して、検出キット100は、サンプルSPを保持することが可能に構成された容器である。実施の形態1において、検出キット100にはガラスボトムディッシュが用いられる。より詳細には、検出キット100は、底部110と、壁部120と、測定ウェル130とを有する。
底部110は、円柱形状を有する。底部110の直径は、たとえば35mmである。壁部120は、底部110から垂直方向(Z方向)に延在する。底部110および壁部120には、ポリプロピレンなどの樹脂が用いられる。しかし、底部110および壁部120の材料は、樹脂に限定されるものではなく、他の材料(たとえばガラス、石英、シリコンなど)であってもよい。
なお、底部110の形状は、円柱形状に限定されず、任意の形状することができる。また、壁部120は必須の構成要素ではなく、検出キット100は、たとえば平面形状の基板であってもよい。
測定ウェル130は、底部110の中央に形成された円柱形状の窪みであり、サンプルSPを保持する。測定ウェル130の直径は、たとえば14mmである。
図5は、測定ウェル130の拡大図である。図5を参照して、測定ウェル130は、基板131と、金属薄膜132と、導電性ポリマー膜133と、金属薄膜134とを含む。
基板131には、レーザ光L1および白色光L2に対して透明な材料であるガラスが用いられる。基板131の厚みは、たとえば0.12mm~0.17mmである。なお、基板131の材料は、レーザ光L1および白色光L2を透過する材料であればガラスに限定されず、石英、シリコンなどであってもよい。
金属薄膜(第1の薄膜)132は、金属からなり、基板131上に配置された薄膜である。金属薄膜132の厚み(膜厚)は、ナノメートルオーダーであり、たとえば数十ナノメートル程度である。金属薄膜132の材料には、レーザ光源5からのレーザ光L1(本実施の形態では近赤外域の光)により表面プラズモン共鳴を起こす材料が用いられる。実施の形態1では、金薄膜が金属薄膜132として形成される。
導電性ポリマー膜(第2の薄膜)133は、導電性ポリマーからなり、金属薄膜132上に配置された膜である。導電性ポリマー膜133の厚みは、金属薄膜132と同様に、ナノメートルオーダーであり、たとえば数十ナノメートル~数百ナノメートル程度である。
金属薄膜(第3の薄膜)134は、金属からなり、導電性ポリマー膜133上に配置された薄膜である。金属薄膜134の厚みも、ナノメートルオーダーであり、たとえば数十ナノメートル程度である。金属薄膜134の材料にも、レーザ光源5からのレーザ光L1により表面プラズモン共鳴を起こす材料(本実施の形態では金)が用いられる。
金属薄膜132および導電性ポリマー膜133には、複数の貫通孔135が周期的に形成されている。各貫通孔135の直径は、白色光L2の主な波長範囲よりも小さく、たとえば数百ナノメートル程度(たとえば300nm~600nm程度)である。
導電性ポリマー膜133は、複数の貫通孔135のうちの対応する貫通孔につながる複数の窪みを有する。複数の窪みの内壁面136の各々は、球欠状の窪みである「ボウル型構造」を形成する。ボウル型構造の直径は貫通孔135の直径よりも大きいので、ボウル型構造は、貫通孔135につながる底部から上方の開口部に向けて径(直径)が拡がる拡径部を有している。ボウル型構造は、この拡径部において、被検出物質であるウイルスVの少なくとも一部を収容可能である。測定ウェル130の構成の詳細については、検出キット100の製造方法とともに後述する(図7および図8参照)。
また、図5および図8等では、ボウル型構造が拡径部を有し、ボウル型構造の径が底部から開口部にかけて単調に増加する例を示す。しかし、ボウル型構造の径は、開口部の近くにおいて一定になってもよいし、逆に開口部の近くでは減少してもよい。
<被検出物質の検出フロー>
図6は、実施の形態1におけるウイルスの検出方法を説明するためのフローチャートである。このフローチャートは、所定条件成立時(たとえばユーザが図示しない操作ボタンを操作したとき)に実行される。このフローチャートに含まれる各ステップ(以下、Sと略す)は、基本的には制御装置300によるソフトウェア処理によって実現されるが、その一部または全部が制御装置300内に作製されたハードウェア(電気回路)によって実現されてもよい。
図2~図6を参照して、S101において、制御装置300は、検出キット100をXYZ軸ステージ2上に設置する。この処理は、たとえば、検出キット100の送り機構(図示せず)により実現することができる。
S102において、制御装置300は、適量のサンプルSPが測定ウェル130内に保持されるように、サンプル供給装置4からサンプルSPを滴下させる。サンプルSPの滴下量は、たとえば数十μL~数百μL程度の微量であってもよいし、より多量であってもよい。
S103において、制御装置300は、検出キット100の透過スペクトルを取得するための白色光L2を発するように分光光源6を制御する。そして、制御装置300は、分光器9を制御することによって検出キット100の透過スペクトルTS1を取得する(S104)。
S105において、制御装置300は、レーザ光L1を発するようにレーザ光源5を制御する。これにより、被検出物質となるウイルスVがサンプルSPに含まれていた場合、ウイルスVが光誘起力によりボウル型構造内へと誘導されたりボウル型構造内に捕捉されたりする(詳細は後述)。
S106において、制御装置300は、分光器9を制御することによって検出キット100の透過スペクトルTS2を取得する。
S107において、制御装置300は、S104にて取得された透過スペクトルTS1と、S106にて取得された透過スペクトルTS2とを比較する。より具体的には、制御装置300は、透過スペクトルTS1のピーク波長λ1と透過スペクトルTS2のピーク波長λ2とを求め、ピーク波長λ1とピーク波長λ2との差分Δλ(=λ2-λ1)を算出する。そして、制御装置300は、差分Δλ(の絶対値)が判定値以上であるか否かを判定する。なお、判定値は、サンプルSPにウイルスVが含まれる場合のピーク波長の実測値(シミュレーション値であってもよい)と、サンプルSPにウイルスVが含まれない場合のピーク波長の実測値とを比較することで予め求められ、制御装置300のメモリ(図示せず)に格納されている。
ピーク波長の差分Δλが判定値以上である場合(S107においてYES)、制御装置300は、ピークシフトが生じたとして、サンプルSPからウイルスVが検出されたと判定する(S108)。一方、差分Δλが判定値未満である場合、すなわちピークシフトが生じなかった場合(S107においてNO)、制御装置300は、サンプルSPからはウイルスVは検出されなかったと判定する(S109)。
その後、制御装置300は、白色光L2の照射を停止するように分光光源6を制御するとともに、レーザ光L1の照射を停止するようにレーザ光源5を制御する(S110)。これにより、一連の処理が終了する。
なお、図6では、レーザ光L1の照射位置が予め決定されている場合について説明したが、レーザ光L1の照射位置を調整するための処理を含めてもよい。たとえば、制御装置300は、レーザ光L1の照射位置が適切な位置に調整されるように、調整機構3を制御することによってXYZ軸ステージ2の水平方向の位置を制御する。この水平方向の位置調整は、たとえば、図示しない撮影機器(CCDカメラまたはCMOSカメラ)により撮影された画像から、画像処理技術を用いて測定ウェル130の外形パターンを抽出することによって実現することができる。また、制御装置300は、レーザ光L1のビームウエストが適切な高さ(鉛直方向の位置)に調整されるように、調整機構3を制御することによってXYZ軸ステージ2の鉛直方向の位置を制御する。ビームウエストの高さは、レーザ光L1の波長および対物レンズ81の仕様(倍率等)から既知である。よって、XYZ軸ステージ2の鉛直方向の位置を調整することで狙った高さにビームウエストを調整することができる。
また、白色光L2およびレーザ光L1の照射を停止する処理(S110の処理)の順序は、特に限定されない。たとえば、2回目の透過スペクトルTS2の取得後、直ちに白色光L2およびレーザ光L1の照射を停止してもよい。
<検出キットの製造フロー>
図7は、実施の形態1における検出キット100の製造方法を説明するためのフローチャートである。図8は、検出キット100の製造方法の概略工程図である。
図7および図8(A)を参照して、S201において、測定ウェル130の基板131上に金属薄膜132が形成される。より詳細には、まず、基板131が洗浄される。たとえば、超純水で満たしたビーカー(図示せず)の中に検出キット100を沈め、超音波洗浄機(図示せず)を用いて、特定の周波数(たとえば周波数23kHz)の超音波を所定時間(たとえば10分間)照射することで基板131を洗浄することができる。
このような洗浄後に、たとえばイオンスパッタリング法によって基板131上に金属薄膜132が形成される。実施の形態1において、金属薄膜132は、金薄膜である。金属薄膜132の膜厚は、たとえば40nmである。ただし、金属薄膜132の材料は金に限定されるものではなく、表面プラズモン共鳴を起こす金以外の金属元素(たとえば銀)などであってもよい。なお、金属薄膜132の形成手法は、イオンスパッタリング法に限られず、他の薄膜形成手法(たとえば真空蒸着法または無電解メッキ法)を用いてもよい。
図9は、金属薄膜132の形成後の検出キット100の画像である。図9に示すように、検出キット100の内面全面に均一な膜厚の金属薄膜132を形成することができる。
図7および図8(B)を参照して、S202において、複数の樹脂ビーズBが分散した分散液が金属薄膜132上に滴下される。たとえば、濃度が1.5×109[個/mL」程度の分散液を100μLだけ金属薄膜132上に滴下することができる。樹脂ビーズBとしては、たとえば、粒子径1μmのポリスチレンビーズを用いることができる。ただし、樹脂ビーズBの種類は、たとえばアクリル、ポリオレフィン、ポリエチレン、ポリプロピレン等であってもよい。また、樹脂ビーズBの粒子径は、1μmに限定されず、数十nm~数百nmであってもよいし、数μmであってもよい。なお、複数の樹脂ビーズBは、本開示に係る「複数の微粒子」に相当する。
その後、金属薄膜132上に滴下された分散液を室温にて自然乾燥させる。これにより、複数の樹脂ビーズBの自己組織化を利用して、複数の樹脂ビーズBが単層状かつ周期的に金属薄膜132上に配列する。
図10は、樹脂ビーズBの自己組織化について詳細に説明するための図である。図10(A)~図10(C)は、樹脂ビーズBの分散液の自然乾燥前、自然乾燥中および自然乾燥後の様子をそれぞれ示す。
図10(A)参照して、樹脂ビーズBの分散液(分散媒)は、水性の液体(たとえば純水)である。一方、測定ウェル130の壁面には、金薄膜が形成されている(図5および図9参照)。有機物等により汚染されていない金薄膜は、親水性を示す。このため、分散液と測定ウェル130の壁面との固液界面では、凹型のメニスカス(分散液と周囲の気体との気液界面に対して凹となるメニスカス)が形成される。
続いて、図10(B)を参照して、分散液を室温にて自然乾燥させると、凹型のメニスカスが維持されたまま、時間の経過に伴い、気液界面が徐々に降下していく。まず、気液界面の高さが最も低い測定ウェル130の中央部分において、気液界面の高さが樹脂ビーズBの粒子径よりも低くなる。そうすると、測定ウェル130の中央部分に位置する樹脂ビーズBは、金属薄膜132上に固定される。これにより、樹脂ビーズBからなる薄膜(より詳細には図11に示すように樹脂ビーズBの単層膜)が形成される。その後、分散液の乾燥が進むと、気液界面の高さが樹脂ビーズBの粒子径よりも低い領域が測定ウェル130の中央部分から外周方向に向けて広がっていく。これに伴い、樹脂ビーズBの薄膜が形成された領域が次第に広がっていく。
分散液の乾燥が完了すると、図10(C)に示すように、数ミリメートル~十数ミリメートルの範囲で樹脂ビーズBの薄膜が形成される。この薄膜は構造色を発現する。このことから、樹脂ビーズBの薄膜が微細な周期構造を有することが分かる。
図11は、樹脂ビーズBの自己組織化により形成された薄膜の観察結果を示す図である。図11(A)は光学顕微鏡像を示し、図11(B)は電界放出型走査電子顕微鏡(FE-SEM:Field Emission-Scanning Electron Microscope)像を示す。
図11(A)を参照して、光学顕微鏡像において、色が濃く見える部分は多層膜が形成された領域であり、色が薄く見える部分(白く見える部分)は樹脂ビーズBがほとんどない領域である。これらの領域が存在するものの、ほとんどの領域では、樹脂ビーズBの単層膜が形成されていることを確認できた。また、FE-SEMでの観察結果より、単層膜が形成された領域では、樹脂ビーズBがハニカム状に配列していることが確認された(図11(B)参照)。
図7および図8(C)を参照して、S203において、樹脂ビーズBの単層膜の隙間(樹脂ビーズB間の隙間)を埋め、かつ、各樹脂ビーズBの表面の一部が露出するように、導電性ポリマー膜133が形成される。導電性ポリマー膜133の材料としては、ポリチオフェン系、ポリアセチレン系、ポリアニリン系、ポリピロール系などの公知の各種材料を用いることができる。実施の形態1では、ポリピロールが採用される。ポリピロール膜は、たとえば以下のように電解重合法を用いて形成することができる。
まず、蒸留により純度を高めたピロールを準備し、蒸留後のピロールを含むリン酸緩衝液を電解液とした。この電解液により検出キット100を満たし、リング状の白金電極を陰極として電解液に浸した。そして、金属薄膜132を陽極とし、陽極と陰極とを外部電源(図示せず)に接続して所定時間だけ通電した(後述する図34参照)。これにより、陽極においてピロールの重合反応が進み、金属薄膜132上にポリピロール膜が形成された。
電解重合時間(通電時間)の増加に伴い、ポリピロール膜の膜厚は急激に増加し得るところ、実施の形態1におけるポリピロール膜の膜厚は、樹脂ビーズBの半径程度か、それよりも薄い(たとえば500nm以下)ことが望ましい。したがって、電解重合時間は、ポリピロール膜の膜厚が適切な範囲内(たとえば120nm~240nmの範囲内)となるように実験的または計算的に定められる。
なお、前述のように、導電性ポリマー膜は、本開示に係る「第2の薄膜」に相当する。実施の形態1では「第2の薄膜」の形成に電解重合法が用いられるので、「第2の薄膜」の材料が導電性を有することを要する。しかし、「第2の薄膜」の形成に他の手法を採用することも可能であり、採用される手法によっては「第2の薄膜」に導電性は必須ではない。また、「第2の薄膜」の材料は、ポリマーに限定されない。たとえば無電解メッキ法により「第2の薄膜」を形成することも可能である。その場合、「第2の薄膜」の材料には金属(金、銀など)が用いられる。また、無電解メッキ法を用いる場合には、本開示に係る「第1の薄膜」に相当する金属薄膜132の形成を省略することも可能である。
導電性ポリマー膜133の生成後、S204において、樹脂ビーズBが除去される(図8(D)参照)。樹脂ビーズBの除去は、導電性ポリマー膜133の材料よりも樹脂ビーズBの材料を溶解しやすい溶剤を用いて、樹脂ビーズBを選択的に溶解することによって実現される。導電性ポリマー膜133がポリピロール膜であり、かつ、樹脂ビーズBがポリスチレンビーズである場合、検出キット100をクロロホルム溶液に必要な時間(たとえば24時間)浸すことにより、樹脂ビーズBを除去することができる。樹脂ビーズBの除去が完了すると、導電性ポリマー膜133には、樹脂ビーズBを鋳型とするボウル型構造が形成される。ボウル型構造は、水平方向(XY平面方向)に延在する平面で球(樹脂ビーズB)を切った球欠形状を有し、その球欠形状の最下点(Z方向下方の端点)で金属薄膜132に当接する。このように、樹脂ビーズBを除去することにより、複数のボウル型構造がハニカム状に配列された導電性ポリマー膜133が形成される。
図12は、樹脂ビーズBを除去後の導電性ポリマー膜133の観察結果を示す図である。図12は、電解重合時間が10秒、20秒および30秒の場合について、樹脂ビーズBを除去後の導電性ポリマー膜133のFE-SEM像を示す。
電解重合時間が10秒であった場合(左の画像参照)、導電性ポリマー膜133に形成されたボウル型構造の直径(開口部の直径)は、400nm~600nmの範囲内であった。電解重合時間が20秒であった場合(中央の画像参照)、ボウル型構造の直径は、900nm~1,000nmの範囲内であった。電解重合時間が30秒であった場合(右の画像参照)にも、ボウル型構造の直径は、900nm~1,000nmの範囲内であった。このように、電解重合時間を適宜設定することで、導電性ポリマー膜133の内壁面136により形成されるボウル型構造の直径および高さ(後述する最大厚さtp)を所望の値とすることが可能である。
図7および図8(E)を参照して、S205において、検出キット100に対してウェットエッチングが施される。これにより、ボウル型構造の下方部分(ボウル型構造と金属薄膜132との当接部分)から金属薄膜132が浸食され、金属薄膜132が部分的に除去される。一方、導電性ポリマー膜133は、除去されずに残る。その結果、ボウル型構造の下方部分から金属薄膜132を貫通して基板131に達する略円柱状の貫通孔135が形成される。これにより、複数の貫通孔135がハニカム状に配列したナノホールアレイを測定ウェル130に形成することができる。
ウェットエッチングには、たとえばヨウ素系のエッチャント(エッチング液)を用いるができる。膜厚がナノメートルオーダー(たとえば40nm)の金属薄膜132への微細加工を実現するため、エッチャントには、エッチングレート(エッチング速度)が十分に遅いものを用いることが望ましい。また、エッチャントが静止状態か攪拌状態かによってもエッチングレートは大きく変化し得るところ、エッチングレートが低い静止状態でウェットエッチングを施すことが望ましい。以下に示す結果では、静止状態でのエッチングレートが76[nm/分]のエッチャントを用いるとともに、エッチング時間を30秒に設定した。
図13は、ウェットエッチング後の導電性ポリマー膜133の観察結果を示す図である。図13(A)は光学顕微鏡像を示し、図13(B)はFE-SEM像を示す。
図13(A)を参照して、金属薄膜132のうちウェットエッチングにより溶解または浸食された領域は、膜厚が薄くなるので、光学顕微鏡像では明るく示される。この領域をFE-SEMにより観察すると、図13(B)に示すように、樹脂ビーズBを鋳型として形成されたボウル型構造の中央部分に円形の開口を有する貫通孔135が確認された。
図7および図8(F)を参照して、最後に、導電性ポリマー膜133上に金属薄膜134がさらに形成される。金属薄膜134は、金属薄膜132と同様に、たとえばイオンスパッタリング法により形成することができる。金属薄膜134の厚みは、ある程度薄い(たとえば数十nm程度)ことが望ましい。そうすることにより、スパッタされた金属の堆積により貫通孔135が閉塞されても、光学的には貫通孔とみなすことが可能になる。なお、金属薄膜134の形成には、真空蒸着法または無電解メッキ法を用いてもよい。
また、金属薄膜134の形成に無電解メッキ法を用いる場合、金属薄膜132と金属薄膜134とが異なる金属であれば、導電性ポリマー膜133は必須ではない。より詳細に説明すると、S202における自己組織化による樹脂ビーズBの単層膜の形成後、導電性ポリマー膜133の形成処理(S203の処理)に代えて無電解メッキを行なってもよい。そして、S204における樹脂ビーズBの除去後のウェットエッチングの処理(S205)では、金属薄膜134は溶解せず金属薄膜132のみを溶解する溶剤を用いることで、貫通孔135を形成することができる。このように一連の処理を行なうことで、導電性ポリマー膜133に相当する構造と金属薄膜134に相当する構造とを同時に形成しつつ、貫通孔135を形成することができる。この場合には、本開示に係る「第2の薄膜」と「第3の薄膜」とが一体的に形成されることになる。
なお、金属薄膜132の厚みが0でよければ、金属薄膜132の形成処理(S201の処理)およびウェットエッチング(S205の処理)も不要であり、樹脂ビーズBの除去処理(S204の処理)によって貫通孔135が形成される。
ナノホールアレイの製造においては、フォトリソグラフィまたは電子線リソグラフィなどの精密加工技術を用いることも考えられる。しかし、これらのリソグラフィ技術は、いわばトップダウン的手法であり、高価な加工装置を必要とする。これに対し、実施の形態1によれば、自己組織化というボトムアップ的な手法を用いることで、高価な加工装置を準備するための初期投資が不要になるため、より安価に検出キット100を製造することが可能になる。
また、実施の形態1によれば、室温(常温)での自然乾燥という簡易な手法によって、樹脂ビーズBの単層膜を金属薄膜132上に形成することができる。そのため、たとえば、樹脂ビーズBを金属薄膜132上に固定(接着)するための検出キット100の加熱などの煩雑な手順を行なわなくてよい。
さらに、導電性ポリマー膜133からなるボウル型構造の表面に、表面プラズモン共鳴を起こし得る金属薄膜134を形成することで、導電性ポリマー膜133を除去するための処理が不要になる。したがって、より容易かつ安価に検出キット100を製造することができる。
<光学シミュレーション>
以下、実施の形態1における製造方法により製造された検出キットの光応答のシミュレーション結果(数値実験結果)について説明する。このシミュレーションでは、時間領域差分法(FDTD:Finite-Difference Time-Domain method)を用いた。また、水平方向(XY方向)に周期境界条件を用いるとともに、鉛直方向(Z方向)に検出キット100から十分に離れた領域で完全吸収境界条件を用いた。
図14は、実施の形態1におけるシミュレーションモデルを説明するための図である。図14(A)は、シミュレーションモデルの斜視図を示す。図14(B)は、図14(A)のXIVB-XIVB線に沿うシミュレーションモデルの断面図を示す。なお、図14(A)では、媒質(サンプルSPの分散媒)の図示を省略する一方で、除去前の樹脂ビーズB(仮想的な樹脂ビーズB)を破線で図示している。また、図14(A)に示した樹脂ビーズBの数は例示である。
図14(A)および図14(B)を参照して、以下では、円柱状の貫通孔135の直径を単に「孔径」と称し、φで表す。また、隣接する貫通孔135間の距離を「孔間距離」と称し、Dで表す。金属薄膜132の屈折率nfには、金の複素屈折率を設定した。金属薄膜132の膜厚は、40nmに設定した。なお、このシミュレーションモデルでは、基板131は省略されている。
また、導電性ポリマー膜133が金属薄膜134により覆われているため導電性ポリマー膜133の内部には光が侵入しないものと仮定し、導電性ポリマー膜133および金属薄膜134の屈折率npにも金の複素屈折率を設定した。導電性ポリマー膜133に形成されたボウル型構造の最大厚さをtpと表す。ボウル型構造の最小厚さtqは、0nmに設定した。
サンプルSPの屈折率nspには、空気または水の屈折率を設定した。そして、水平方向に偏光した平面波である白色光L2が上方から下方に向かって検出キット100に垂直に入射される状況を想定した。
<貫通孔のばらつきの影響>
検出キット100の実際の製造においては、孔径φおよび孔間距離Dのばらつきが生じ得る。したがって、孔径φおよび孔間距離Dのばらつきの影響をシミュレーションにより評価した。
以下に図15~図17で説明する3つのシミュレーション結果においては、孔径φを400nmに設定し、孔間距離Dを1,000nm(=1μm)に設定した。また、異常透過における貫通孔のばらつきの影響の説明に当たっては、導電性ポリマー膜133および金属薄膜134が形成されていない簡略化されたモデルを仮定した(言い換えると、ボウル型構造の最大厚さtpおよび最小厚さを、いずれも0に設定した)。サンプルSPの屈折率nspには、空気の屈折率を設定した。
図15は、孔径φおよび孔間距離Dのばらつきが生じなかった場合のシミュレーション結果を説明するための図である。図15(A)は、貫通孔135の配置を示し、図15(B)は、図15(A)に示した貫通孔135の配置でのシミュレーション結果を示す。図15(B)において、横軸は透過光の波長を示し、左側の縦軸は透過率を示す。後述する図16および図17においても同様である。
図15(A)および図15(B)を参照して、孔径φが均一であり、かつ、貫通孔135の配置も均等であった場合(孔間距離Dが均一であった場合)、一般的な近赤外光レーザ(YAGレーザまたはYVO4レーザ)の発振波長である1,064nm付近に鋭いピークが生じる。
白色光L2が異常透過を起こすには、金属表面の自由電子の振動が白色光L2の振動と結合して伝播型表面プラズモンが励起されることを要するところ、伝播型表面プラズモンは、複数の貫通孔135の各々の間において励起される(矢印ARで示す)。図15(A)に示した構成では、すべての最近接の孔間距離Dが等しいので、伝播型表面プラズモンのモードが同一の波長で共鳴する。その結果、鋭いピークが生じたと考えられる。
また、金属薄膜132が完全反射体であると仮定し、金属薄膜132における貫通孔135の開口率(貫通孔135の面積と金属薄膜132全体(貫通孔135を含む)の面積との比)から幾何学的透過率Tgを算出すると、0.14であった。幾何学的透過率Tgにより規格化された透過率を図15(B)の右側の縦軸に示す。1,064nm付近のピーク波長において、透過率が幾何学的透過率Tgの5倍以上になっていることが分かる。これにより、異常透過が起こっていることが確認された。
図16は、一部の孔径φが増加した場合のシミュレーション結果を説明するための図である。図16(A)を参照して、大部分の孔径φ(貫通孔135の孔径)が400nmであるのに対し、一部の貫通孔135Aの孔径φが600nmである場合について、シミュレーションを行なった。
図16(B)に示すように、一部の貫通孔135Aの孔径φが他の貫通孔135の孔径φよりも大幅に大きい場合であっても、すべての孔径φが均一の場合と同様に、異常透過が起こることが確認された。つまり、孔径φにばらつきが生じた場合であっても異常透過が起こることを確認できた。
なお、一部の貫通孔135Aの孔径φが大きい場合には、すべての孔径φが均一の場合と比べて、ピークがブロード化する。この理由は以下のように考えられる。すなわち、一部の貫通孔135Aの孔径φが大きくなることで、その貫通孔135Aと他の貫通孔135との間の金属薄膜132の金属部分の距離が、ある貫通孔135と別の貫通孔135との間の金属部分の距離よりも短くなる。そうすると、貫通孔135Aと貫通孔135との間には、貫通孔135間のモードとは別のモードの伝播型表面プラズモンが励起される。よって、図16(B)に示した貫通孔135,135Aの配置では、2種類のモードが存在する。その結果として、ピークのブロード化が生じたと考えられる。
図17は、一部の貫通孔が変位した場合のシミュレーション結果を説明するための図である。図17(A)を参照して、一部の貫通孔135BがX方向にdXだけ変位した場合について、シミュレーションを行なった。
その結果、図17(B)に示すように、変位量dXが増加するに従って、透過スペクトルのピーク波長が短波長側にシフトすることが分かった。また、変位量dXが増加するに従って、ピークがブロード化することでピーク波長における透過率が低下することが分かった。この理由は以下のように考えられる。すなわち、図17(A)に示した配置では、複数の貫通孔135,135Bから任意の2つの貫通孔が選択された場合に、上記した式(1)において各貫通孔の相対位置を示す次数mが様々な値となる。そのため、多数のモードの伝播型表面プラズモンが励起される。変位量dXが増加するに従ってモード間の差異が大きくなるので、各モードに対応するスペクトル形状の違いも大きくなる。その結果、ピークのブロード化が進むものと考えられる。
また、図17(B)では、変位量dX=0でのピーク波長よりも長波長側に別のピークが生じることも確認された。このピークは、変位量dXが増加するに従って顕著になる。
このように、図15~図17に示したシミュレーション結果から、貫通孔135の孔径φのばらつきの影響は比較的小さいものの、貫通孔135の変位の影響(孔間距離Dのばらつきの影響)は比較的大きくなり得ることが分かる。
<ボウル型構造の形状の影響>
続いて、ボウル型構造の形状の影響を評価するために行なったシミュレーション結果について説明する。図15~図17に説明した例では、孔径φが400nmであり、孔間距離Dが1,000nmである場合に、透過スペクトルのピーク波長は約1μmであった。しかし、サンプルSPとして水を用いる場合、1μmまたはそれよりも長波長の近赤外光は水による吸収率が比較的高い。したがって、1μmよりも短波長側にピークが生じるようにボウル型構造および貫通孔135を設計することが望ましい。図17(B)に示した結果より、孔間距離Dが短いほどピーク波長が短くなると考えられることから、以下では、孔間距離Dを600nmに設定した。それに伴い、孔径φを小さくし、300nmに設定した。また、サンプルSPの屈折率nspとして、水の屈折率を設定した。
図18は、ボウル型構造の最大厚さtp(図14(B)参照)を変化させた場合のシミュレーション結果を示す図である。白色光L2の偏光方向がX方向(X偏光)であった場合のシミュレーション結果を実線で示し、白色光L2の偏光方向がY方向(Y偏光)であった場合のシミュレーション結果を破線で示す。
図18を参照して、ボウル型構造の最大厚さtp=0が付されたスペクトル(点線または破線で示す2つのスペクトル)は、導電性ポリマー膜133および金属薄膜134がいずれも形成されていない構成(金属薄膜132に貫通孔135が形成されただけの構成)でのシミュレーション結果に相当する。図15~図17に示したシミュレーション結果に対応する。これらのスペクトルより、検出キット100の周囲の媒質が水(サンプルSPが水性の液体)である場合にも、検出キット100の周囲の媒質が空気である場合とほぼ同様に、ピークが1μm付近(より詳細には950nm付近)に生じることが分かる。
これに対し、ボウル型構造の最大厚さtpが0以外の場合(tp=100nm~400nmの場合)には、最大厚さtp=0の場合と比べて、ピークが短波長側にシフトすることが分かる。これは、ボウル型構造により貫通孔135の深さが深くなることに起因すると考えられる。
白色光L2の偏光方向に着目すると、ボウル型構造の最大厚さtp=0,100nm,200nmの場合には、偏光方向に応じた透過スペクトルの差異はほとんど生じなかった。一方、最大厚さtp=300nm,400nmの場合には、偏光方向に応じた透過スペクトルの差異が生じた。これは、ボウル型構造での光学応答が白色光L2の偏光方向によって異なることに起因するが、その詳細については後述する。
<電場分布>
次に、貫通孔135およびボウル型構造の周囲に生じる電場分布のシミュレーション結果について説明する。
図19は、電場分布のシミュレーション条件を説明するための図である。図19に示すように、ハニカム状に配列された7つの貫通孔135のうちの中央の貫通孔135について、XZ断面およびYZ断面における電場分布を求めた。
図20は、貫通孔135に生じた電場分布のシミュレーション結果を示す図である。図20ならびに後述する図21および図22では、横軸および縦軸に、XZ断面またはYZ断面における位置を示す。また、白色光L2の電場の振幅を1とした場合の相対的な光強度(電場の振幅の2乗)を画像の濃淡で示す(各シミュレーション結果の右側に記載のスケールバーを参照)。
図20には、ボウル型構造の最大厚さtp=0、すなわち導電性ポリマー膜133および金属薄膜134が形成されていないと設定した場合のシミュレーション結果を示す。また、図18に示したシミュレーション結果に基づき、照射光の波長を950nm(図18におけるtp=0でのピーク波長)に設定した。図20に示すように、照射光の偏光に依存して、貫通孔135の上部および下部の各々において、表面プラズモンのモードが発生していることを確認できた。
図21は、電場分布の波長依存性に関するシミュレーション結果を示す図である。図22は、電場分布の波長依存性に関する他のシミュレーション結果を示す図である。図21および図22では、導電性ポリマー膜133および金属薄膜134が形成されているとして、ボウル型構造の最大厚さtpを図21ではtp=300nmに設定し、図22ではtp=400nmに設定した。なお、最大厚さtp=300nmに設定した場合には、ボウル型構造は、半球状の窪みとなる。一方、最大厚さtp=400nmに設定した場合には、最大厚さtpの方が樹脂ビーズBの半径(300nm)よりも大きくなる。また、照射光としてはY偏光を用いた。そして、照射光の波長λを400nm~1200nmの範囲で50nmずつ変えてシミュレーションを行なった。
図21を参照して、照射光の波長λ=900nm~1,000nm程度の場合の電場分布は、異常透過が起こる場合に観察される分布であった。よって、電場分布のシミュレーション結果からも、図18に示した透過スペクトルのシミュレーション結果と同様に、異常透過が波長900nm~1,000nm付近で特に強く生じることが確認されたと言える。また、照射光の波長λが、たとえば1,150nm,1,200nmの電場分布において、ボウル型構造の開口部(ボウル型構造の縁の部分)に電場が局在するモードが確認された。
図22を参照して、ボウル型構造の最大厚さtpを400nmに設定した場合にも、ボウル型構造の最大厚さtpを300nmに設定した場合(図21参照)と同様の電場分布が生じることが確認された。
サンプルSPにウイルスVが含まれている場合、ウイルスVは、局所電場が発生している領域(電場が局所的に増強された領域)に向けて誘導される。図21および図22に示したように照射光の波長λに応じて電場分布が変化することから、電場が局所的に増強された領域を波長λの切り替え(変更)によって制御可能であることが分かる。このことは、波長λの切り替えによるウイルスVの誘導制御の可能性を示唆する。
より具体的に説明すると、たとえば、まず、波長λ=1,200nmの照射光を照射する。そうすると、電場が増強されたボウル型構造の開口部に向けてウイルスVが誘導される。その後、照射光の波長λを、たとえば1,200nmから900nmに切り替える。これにより、電場が増強された領域がボウル型構造の開口部から貫通孔135の壁面へと変化する。その結果、ウイルスVがボウル型構造の開口部から貫通孔135に向けて誘導され、ボウル型構造内に捕捉される。なお、波長λ=900nmの照射光は、異常透過のピーク波長にも一致しているので、ウイルスVの誘導とともにピークシフトの検出にも好適に用いることができる。
<光誘起力>
続いて、ウイルスVの誘導制御をより詳細に検証するために、ウイルスVがボウル型構造の内部または近傍に位置する場合に、検出キット100への光照射によりウイルスVに作用する光誘起力のシミュレーションを行なった。
図23は、光誘起力のシミュレーション条件を説明するための図である。図23を参照して、このシミュレーションでは、ウイルスVの直径を100nmに設定するとともに、貫通孔135の孔径φを300nmに設定した。ボウル型構造の鋳型となる樹脂ビーズBの直径を600nmに設定し、ボウル型構造の最大厚さtpを300nmに設定した。検出キット100への照射光の波長λとしては、800nm,900nm,1000nm,1,100nmおよび1,200nmの5波長を用いた。照射光の照射強度は、12.7[kW/cm2]とした。この照射強度は、直径1μmの円形領域内に約0.1mWの光が照射された状況に相当する。
図23に示すように、ボウル型構造の中心のY座標をY=0とする。また、除去前の樹脂ビーズBが位置した領域の下端のZ座標をZ=0とする。ボウル型構造の上端のZ座標は、Z=300nmである。
このようなシミュレーション条件下において、実施の形態1では、以下の2通りのシミュレーションを行なった。第1のシミュレーションでは、ウイルスVの鉛直方向の位置をZ=450nm(ボウル型構造の上端から150nmの高さ)に固定しつつ、ウイルスVの水平方向(Y方向)の位置を変化させることで、ウイルスVに作用する光誘起力の水平方向の位置依存性および波長依存性を求めた。第2のシミュレーションでは、ウイルスVの水平方向の位置をY=0(ボウル型構造の中心の位置)に固定しつつ、ウイルスVの鉛直方向(Z方向)の位置を変化させることで、ウイルスVに作用する光誘起力の鉛直方向の位置依存性および波長依存性を求めた。
図24は、第1のシミュレーション結果の一例を示す図である。図24(A)および図24(B)において、横軸は、ウイルスVの水平方向の位置(Y座標)を示す。図24(A)の縦軸は光誘起力の水平方向成分Fyを示し、図24(B)の縦軸は光誘起力の鉛直方向成分Fzを示す。
図24(A)を参照して、照射光の波長λが1,200nmの場合、光誘起力の水平方向成分Fyは負である。すなわち、光誘起力がボウル型構造の中心に向かう方向に作用する。さらに図24(B)を参照して、照射光の波長λが1,100nmまたは1,200nmの場合、光誘起力の鉛直方向成分Fzが負である。すなわち、光誘起力がボウル型構造の下方に向けて作用することが分かる。
図25は、第2のシミュレーション結果の一例を示す図である。図25において、横軸は、ウイルスVの鉛直方向の位置(Z座標)を示す。縦軸は、光誘起力の鉛直方向成分Fzを示す。
図25を参照して、照射光の波長λが900nmまたは1,000nmの場合に、ボウル型構造の内部(Z=300nm以下の領域)で、光誘起力の鉛直方向成分Fzが負になることが分かる。ただし、すべての鉛直方向の位置で光誘起力の鉛直方向成分Fzが負になる波長は存在しない。これは、ボウル型構造の下部で反射して鉛直方向上方に向かう反射光の影響によるものと考えられる。
図24(A)、図24(B)および図25に示す例では、照射光の照射強度を12.7[kW/cm2]に設定した場合に光誘起力の大きさがfN(フェムトニュートン)オーダーとなる。光誘起力は照射強度に比例するため、照射強度を変化させることで光誘起力の制御が可能である。照射強度がたとえば1,000倍の12.7[MW/cm2]であると想定すると、光誘起力はpN(ピコニュートン)オーダーとなる。このように、光誘起力の大きさは、照射強度の調整によりfNからpNのオーダーまで容易に制御可能である。pNオーダーの光誘起力は、一般にナノ粒子に作用する重力または粘性力よりも大きく、ブラウン運動も抑制可能な大きさである。したがって、ウイルスV等の被検出物質を変位させることが十分に可能である。なお、ここではウイルスVの直径を100nmに設定したが、被検出物質が大きくなると、光誘起力の大きさはさらに大きくなり得る。このように、適切な波長および照射強度の光を検出キット100に照射することで、ウイルスVをボウル型構造に向けて誘導したりボウル型構造内に捕捉したりすることが可能であることが分かる。
<被検出物質の検出>
最後に、サンプルSP中の被検出物質(この例ではウイルスV)の有無に応じた透過スペクトルの変化に関するシミュレーション結果を説明する。
図26は、被検出物質の検出時における透過スペクトルのシミュレーション条件を説明するための図である。図26(A)に示すように、サンプルSPの媒質である水中に球形のウイルスVが存在し、ウイルスVがボウル型構造内に捕捉された状況を想定する。ウイルスVの直径は、600nmに設定した。
また、金属薄膜132の膜厚を40nmに設定するとともに、ボウル型構造の最大厚さtpを0nm~400nmの範囲内の値に設定した。そして、ウイルスVの屈折率nvを1.33~1.58の範囲で変更し、各屈折率での透過スペクトルを算出した。なお、水の屈折率は1.33であるので、nv=1.33で示したシミュレーション結果は、ウイルスVがサンプルSPに含まれなかった場合の結果に相当する。一方、一般に、ウイルスは核酸を取り囲むタンパク質の殻を有するため、ウイルスの屈折率は、タンパク率の代表的な屈折率であるnv=1.58に近い値である。よって、nv=1.58で示したシミュレーション結果は、ウイルスVがボウル型構造内に完全に捕捉された場合の結果に相当する。
さらに、図26(B)に示すように、被検出物質であるウイルスVと特異的に付着可能な抗体(ウイルスとの抗原抗体反応を起こす抗体)137がボウル型構造の表面に修飾されている構成についても検討した。ボウル型構造表面に抗体137を修飾することで、一旦、ボウル型構造内に捕捉されたウイルスVを固定する(捕捉された状態を維持する)ことが可能になる。抗体137の高さは、20nmに設定した。なお、抗体137は、被検出物質と特異的に付着可能な「ホスト物質」の一例であり、ホスト物質は、被検出物質に応じて適宜変更され得る。
図27は、ボウル型構造が抗体137により修飾されていない場合の透過スペクトルのシミュレーション結果を示す図である。図27に示す結果から、ボウル型構造の最大厚さtpとウイルスVの屈折率nvとのいずれの組合せ(tp,nv)においても、透過スペクトルのピーク波長がシフトすることが分かる。特に、ボウル型構造の最大厚さtp=400nmであり、ウイルスVの屈折率nv=1.58である場合のピーク波長のシフト量は、105nmと算出された。このシフト量は十分に大きな値(たとえば非特許文献1に記載の最大シフト量の約2倍)であり、実施の形態1によればウイルスVを高感度に検出可能であることが分かる。
図28は、ボウル型構造が抗体137により修飾されている場合の透過スペクトルのシミュレーション結果を示す図である。ボウル型構造が抗体137により修飾されている場合も図28に示した結果と同様に、透過スペクトルのピーク波長のシフト量が十分に大きいことが確認された。
以上のように、実施の形態1によれば、自己組織化により単層膜を形成する複数の樹脂ビーズBを鋳型として、ハニカム状に配列された複数のボウル型構造が形成される。そして、各ボウル型構造から下方に向けて、金属薄膜132を貫通する貫通孔135がウェットエッチングにより形成される。このように周期的に配列された複数の貫通孔135は、ナノホールアレイとして機能する。そのため、ナノホールアレイの構成に応じた波長の光を照射することで、異常透過が生じる。そして、ウイルスV、細菌等の被検出物質がボウル型構造内に捕捉された場合には、透過スペクトルの異常透過を示すスペクトル成分の変化(具体的にはピークシフト)が顕著に起こる。したがって、被検出物質を高精度(高感度)に検出することができる。なお、局所的透過スペクトルを複数回測定することにより、ボウル型構造毎に被検出物質が捕捉されていく様子を観測することも可能である。
また、鋳型となる樹脂ビーズBの粒子径を適宜変更することで、ボウル型構造のサイズが調整される。これにより、ボウル型構造のサイズを被検出物質に適したサイズに調整することができる。よって、所望のサイズの被検出物質を選択的に捕捉することが可能になる。
さらに、たとえば非特許文献1のように乱雑なナノ突起構造(ランダムナノスパイク)が形成される構成との比較において、ボウル型構造のサイズは均一性が高い。したがって、被検出物質の検出を繰り返し行なった場合に、被検出物質の検出位置が検出毎に異なったとしても同様の結果が得られる可能性が高い。つまり、高い信頼性および再現性を実現することができる。
[実施の形態2]
実施の形態1では、金属薄膜132を貫通する貫通孔135が形成された構成について説明した。しかし、ボウル型構造の下端に貫通孔が形成されていることは必須ではない。実施の形態2においては、まず、貫通孔135の孔径φの影響の検証結果について説明した上で、ボウル型構造の下端に貫通孔が形成されていない構成(すなわち非貫通孔が形成された構成)について説明する。なお、実施の形態2に係る検出システムの全体構成は、実施の形態1に係る検出システム1の全体構成(図2参照)と同等である。また、実施の形態2におけるウイルスの検出方法も実施の形態1における検出方法(図6参照)と同等である。
<貫通孔の孔径の影響>
図29は、貫通孔135の孔径φの影響の検証に用いたシミュレーション条件を説明するための図である。図29を参照して、このシミュレーション例では、金属薄膜132の膜厚を40nmに設定した。また、ボウル型構造の鋳型となる樹脂ビーズBの直径を1μmに設定するとともに、ボウル型構造の最大厚さtpを900nmに設定した。このとき、ボウル型構造は、球体に近い球欠状の形状を有している。金属薄膜134はボウル型構造内にも形成され得るが、図29(および後述する図36)では導電性ポリマー膜133の屈折率が金属薄膜134の屈折率に等しいと仮定しているため、ボウル型構造内の金属薄膜134を省略している。なお、この例では、検出キット100が空気中に置かれた状態を想定した。
以上の条件の下、貫通孔135の孔径φが0nmから400nmまでの範囲内の様々な値をとる場合について、反射スペクトル、透過スペクトルおよび吸収スペクトルをシミュレーションにより求めた。なお、これらのスペクトルの各々は、本開示に係る「光応答スペクトル」に相当する。「光応答スペクトル」とは、物質に光照射を行った際に生じる信号光の強度の波長依存性(スペクトル)、または、信号今日の強度変化の波長依存性(スペクトル)を意味する。光応答スペクトルの例としては反射スペクトル、透過スペクトルおよび吸収スペクトル、散乱スペクトル、消衰スペクトルなどが挙げられるが、これらに限定されない。
図30は、貫通孔135の孔径φの影響のシミュレーション結果を示す図である。図30(A)~図30(C)は、反射スペクトル、透過スペクトルおよび吸収スペクトルをそれぞれ示す。
図30(A)の反射スペクトルおよび図30(C)の吸収スペクトルを参照して、波長720nm付近に着目すると、孔径φが300nmまたは400nmの場合にはピークは生じない。一方、孔径φが0nm~200nmの場合にはピークが生じ、孔径φが小さくなるに従ってピークが短波長側にシフトするとともにピーク強度が増加することが分かる。このように、貫通孔が形成されていない場合(孔径φが0nmである非貫通孔が形成されている場合)であってもスペクトルのピークシフトを検出することが可能である。
なお、図29および図30に示した例では、照射光の波長範囲が400nm~1,200nm程度であるのに対し、ボウル型構造の直径は1μmである。このようにボウル型構造の直径と照射光の波長とが同じオーダーである場合に、ボウル型構造の直径が照射光の波長と「同程度」であると言える。より具体的には、ボウル型構造の直径が照射光の波長の10分の1~10倍程度の範囲内、好ましくは数分の1~数倍程度の範囲内、より好ましくは2分の1~2倍程度の範囲内である場合に、ボウル型構造の直径が照射光の波長と「同程度」であると言うことができる。
<電場分布>
図31は、貫通孔135の孔径φに応じた電場分布のシミュレーション結果を示す図である。図30(A)および図30(C)に示した結果から、照射光の波長λを720nmに設定した。図31(A)は、孔径φが300nmの貫通孔135が形成されている場合のシミュレーション結果を示し、図31(B)は、貫通孔135が形成されていない場合(孔径φが0nmの非貫通孔の場合)のシミュレーション結果を示す。図31(A)および図31(B)では、電場の絶対値を画像の濃淡で示している。
図31(A)および図31(B)を参照して、各シミュレーション結果の右側のスケールバーに記載の数値を比較すると、貫通孔135が形成されていない場合の方が、貫通孔135が形成されている場合と比べて、電場がボウル型構造内に強く閉じ込められた状態であることが分かる。これは、貫通孔135が形成されていない場合には、ボウル型構造の内壁面で光と表面プラズモンとの相互作用により光が多重反射して定在波が生じ、ウィスパリングギャラリーモードと同様の共振現象が起こっているためと考えられる。
<検出キットの製造フロー>
図32は、実施の形態2における検出キット200の製造方法を説明するためのフローチャートである。図33は、検出キット200の製造方法の概略工程図である。
図32および図33(A)~図33(D)を参照して、S301~S304の処理は、実施の形態1におけるS201~S204の処理とそれぞれ同等である(図7および図8(A)~図8(D)参照)。基板231および金属薄膜232は、実施の形態1における基板131および金属薄膜132にそれぞれ相当する。よって、詳細な説明は繰り返さない。
実施の形態2では、樹脂ビーズBの除去後、S305において、金属薄膜232に貫通孔を形成するためのウェットエッチングが行なわれることなく、導電性ポリマー膜233上に金属薄膜234が形成される(図33(E)参照)。金属薄膜234は、実施の形態1における金属薄膜132と同様に、たとえばイオンスパッタリング法により形成することができる。
ただし、金属薄膜134の形成には、真空蒸着法または無電解メッキ法を用いてもよい。無電解メッキ法を用いる場合には、導電性ポリマー膜233は必須ではない。すなわち、S302における自己組織化による樹脂ビーズBの単層膜の形成後、導電性ポリマー膜233の形成処理(S303の処理)に代えて無電解メッキを行なってもよい。これにより、導電性ポリマー膜233に相当する構造と、金属薄膜134に相当する構造とを同時に形成することができる。この場合には、本開示に係る「第2の薄膜」と「第3の薄膜」とが一体的に形成されることになる。
<開口径の制御>
以上のような検出キット200の製造方法において、本発明者らは、ボウル型構造の開口部の大きさ(開口径)が制御可能であることを見出した。
図34は、ボウル型構造の開口径の制御手法を説明するための図である。なお、図34には、検出キット200にポリピロール膜などの導電性ポリマー膜を形成するための工程が示されている。検出キット200のうち、測定ウェル230(より詳細には金属薄膜232)以外の構成は、実施の形態1における検出キット100の対応する構成(図3~図5参照)と同等である。すなわち、基板231、底部210および壁部220は、実施の形態1に係る検出キット100の基板131、底部110および壁部120にそれぞれ相当する。
前述のように、導電性ポリマー膜は、電解重合法を用いて形成することができる。より詳細には、導電性ポリマー膜を形成においては、図7および図8(C)にて説明したように、モノマー(ピロール等)を含む電解液により検出キット200が満たされた状態において、陽極としての金属薄膜232と、陰極としてのリング状の白金電極290との間が通電される。この通電後に、測定ウェル230の縁付近(A地点で示す)、測定ウェル230の中心付近(C地点で示す)、および、測定ウェル230の縁と中心との間(B地点で示す)の3地点について、導電性ポリマー膜上に形成されたボウル型構造の形状を比較した。なお、鋳型とする樹脂ビーズBの粒子径は、1μmとした。
図35は、ボウル型構造の開口径の制御結果を示す図である。図35(A)~図35(C)は、A地点~C地点におけるボウル型構造の形状をそれぞれ示すFE-SEM像である。A地点におけるボウル型構造の開口径(直径)は、417nmであった。B地点におけるボウル型構造の開口径は、747nmであった。C地点におけるボウル型構造の開口径は、709nmであった。A地点~C地点では、導電性ポリマー膜と白金電極290との間の距離が互いに異なる。図35に示した画像によれば、導電性ポリマー膜と白金電極290との間の距離を適宜調整することによって、ボウル型構造の開口径を制御可能であることが分かる。
<被検出物質の検出>
図36は、ウイルスV等の被検出物質の検出時における吸収スペクトルのシミュレーション条件を説明するための図である。図36(A)および図36(B)に示すように、サンプルSPの媒質としての空気中または水中に球形のウイルスVが存在し、ウイルスVがボウル型構造内に捕捉された状況を想定する。ウイルスVの直径は、500nmに設定した。また、ボウル型構造の最大厚さtpを850nmに設定した。
図37は、被検出物質の検出時における吸収スペクトルのシミュレーション結果を示す図である。図37(A)は空気中でのシミュレーション結果を示し、図37(B)は水中でのシミュレーション結果を示す。なお、このシミュレーションでは、ボウル型構造の内面が金属薄膜232により被覆されており、その金属薄膜232によりボウル型構造内の光が全反射されると仮定した。よって、導電性ポリマー膜233の屈折率として金属薄膜232の材料(具体的には金)の屈折率を設定した。
図37(A)および図37(B)を参照して、空気中であっても水中であっても、被検出物質の屈折率が高くなるに従って吸収スペクトルのピーク波長が長波長側にシフトする。また、吸収スペクトルのピークは被検出物質の屈折率に応じて互いに明確に区別され、異なる屈折率間でのピークの重なりは十分に小さい。したがって、実施の形態2の構成によっても被検出物質を好適に検出可能であることが分かる。
図37(A)および図37(B)では吸収スペクトルでのシミュレーション結果の一例を示したが、たとえば反射スペクトルまたは消衰スペクトルにおいても同様の結果を得ることができる。また、これらのシミュレーション結果の妥当性は、以下に説明するように、実際の測定結果によって裏付けられる。なお、反射スペクトルおよび消衰スペクトルの測定時には、対物レンズ82および分光器9の位置が図2に示した位置から適宜変更される。たとえば、反射スペクトルの測定時には、対物レンズ82が検出キット100よりも上方に設置される。このような場合の検出システムの光学系としては、従来公知の光学系を採用することができる。
図38は、実施の形態2における消衰スペクトルの測定結果の一例を説明するための図である。図38では、導電性ポリマー膜233の電解重合時間を10秒~40秒で示している。電解重合時間が40秒の場合には、ボウル型構造の最大厚さtpが樹脂ビーズBの半径よりも大きくなるため、ボウル型構造が半球状よりも大きくなる。このような場合に、消衰スペクトルの波長740nm付近にピークが生じることが図38から確認された。また、このピーク波長(740nm)は、図30(A)および図30(C)に示したシミュレーション結果でのピーク波長(720nm)と、ある程度一致している。
<橋部構造の影響>
図36に示したシミュレーションモデルの断面図では、隣接するボウル型構造間の上面(Z方向上方の面)が平坦である。しかしながら、たとえば図35(A)および図35(C)のFE-SEM像に明確に示されているように、実際には、隣接するボウル型構造間の形状は、鋳型となる樹脂ビーズBの形状を反映して曲率を有する。隣接するボウル型構造間の形状の断面を考えると、あるボウル型構造と隣のボウル型構造との間の上面には、橋が架かったような構造が形成されている。この構造を以下では「橋部構造」と称する。吸収スペクトルのシミュレーション精度をさらに向上させるため、橋部構造がシミュレーション結果に与える影響について検討した。
図39は、橋部構造に関する吸収スペクトルのシミュレーション条件を説明するための図である。図39(A)には、橋部構造を考慮しないシミュレーションモデル(図36に示したモデルと同等のモデル)を比較のために示す。図39(B)に示されたシミュレーションモデルが橋部構造を考慮したモデルである。
図39(B)に示されるように、橋部構造は、導電性ポリマー膜233Aと、その上面に形成された金属薄膜234Aとからなる構造である。この例では、導電性ポリマー膜233Aおよび金属薄膜234Aの膜厚を、いずれも40nmとした。また、金属薄膜232の膜厚を40nmに設定し、導電性ポリマー膜233の膜厚を700nmに設定した。導電性ポリマー膜233の上面かつ隣接するボウル型構造の間には、厚さ100nmの金属薄膜234が形成されているとした。さらに、ボウル型構造の直径を1μmに設定し、隣接するボウル型構造の中心間距離(あるいはボウル型構造の周期)を1.1μmに設定した。
このようなシミュレーションモデルの妥当性を検証するため、まず、測定対象とするボウル型構造の位置を変化させ、複数の測定位置における吸収スペクトルを測定した。
図40は、測定対象とするボウル型構造の位置を変化させた場合の吸収スペクトルの測定結果を示す図である。ボウル型構造の開口径は、300nm~400nmの範囲内であった。図40(A)~図40(C)には、3箇所の測定位置における吸収スペクトルが示されている。図40(D)には、図40(A)~図40(C)の吸収スペクトルを波長毎に平均したものが示されている。図40に示す測定結果より、測定位置に依らず、波長740nm付近に急峻なピークが存在することが確認された。
図41は、橋部構造の影響のシミュレーション結果を示す図である。図41には、ボウル型構造の開口径を100nmから900nmまでの間の様々な値に設定したときの各開口径における吸収スペクトルのシミュレーション結果が示されている。図41は、図40と対比される。
図41を参照して、ボウル型構造の開口径が200nm、300nmまたは400nmである場合に、波長750nm付近にピークが確認された。このことから、ボウル型構造の開口径がシミュレーション条件と実測条件とで同等である場合に、シミュレーション結果(ピーク波長:750nm)が実測結果(ピーク波長:740nm)とよく一致していると言える。
以上のように、実施の形態2によれば、ボウル型構造が半球状よりも大きい場合には、ボウル型構造の下端に貫通孔が形成されていない構成においても、電場がボウル型構造内に強く閉じ込められる。これにより、被検出物質がボウル型構造内に存在する場合と、被検出物質がボウル型構造内に存在しない場合とでは、スペクトルに顕著な変化が生じる。したがって、被検出物質を高精度に検出することができる。
また、導電性ポリマー膜と白金電極290との間の距離を調整することによってボウル型構造の開口径を制御可能であり、ボウル型構造の上面に形成される橋部構造を制御も可能である。橋部構造の影響を考慮することにより、吸収スペクトルのシミュレーション結果を実測結果との一致度合いを一層向上させることができる。このようにシミュレーション精度が向上することで、たとえば、所望の波長にピークを有する吸収スペクトル(透過スペクトル、消衰スペクトルであってもよい)を与えるボウル型構造を高精度に設計することが可能になる。
今回開示された実施の形態は、すべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本開示の範囲は、上記した実施の形態の説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。