JP7042471B2 - 無機結晶材料の加工方法 - Google Patents

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Description

本開示は、無機結晶材料や半導体結晶材料に関する。
セラミックスは、高強度、高融点、優れた化学的安定性を持つことから、これらの特性が重要な多くの分野での採用が期待されている。一方で、セラミックスの脆性的性質や機械加工が容易でないといった特性は、その採用を滞らせる一因となっている。例えば、従来のセラミックスの加工方法としては、結晶体をその融点直下の温度まで加熱し塑性変形させる方法が考案されている(特許文献1~3)。
特開2005-142370号公報 特開2010-217089号公報 特開2013-26400号公報
しかしながら、従来の方法はいずれも非常に高温な環境下での加工であり、必ずしも生産性の高い加工方法ではなかった。
本開示はこうした状況に鑑みてなされており、その例示的な目的の一つは、無機結晶材料の非高温下での加工を可能とする技術を提供することにある。
上記課題を解決するために、本開示のある態様の無機結晶材料の加工方法は、光源が発する可視光、紫外線または赤外線を遮った遮光状態で無機結晶材料に外部から力を加えて変形させる。
本開示によれば、無機結晶材料を非高温下で加工することができる。
閃亜鉛鉱型ZnSの結晶構造を模式的に示した図である。 変形加工前のZnS単結晶の透過型電子顕微鏡(TEM)による明視野像を示す図である。 ZnS単結晶試料における結晶方位と積層欠陥がある(1-11)面との関係を模式的に示した図である。 圧縮方向が異なる試料毎に暗室下で測定した真ひずみ-真応力曲線を示す図である。 圧縮方向が[1-2-3]方向の試料において最終的に脆性破壊が生じた状態の表面写真を示す図である。 図6(a)は、本実施の形態に係るZnS単結晶試料の形状と結晶方位とを示した図、図6(b)は、本実施の形態に係るZnS単結晶試料の外観写真を示す図である。 室内光環境下で圧縮試験を行った場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図である。 UV照射環境下で圧縮試験を行った場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図である。 図9(a)は、暗室環境下で圧縮試験を行った場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図、図9(b)は、圧縮試験後の大きく変形したZnS単結晶試料の外観写真を示す図である。 図10(a)は、UV照射環境下の圧縮試験で降伏したZnS単結晶試料の外観写真を示す図、図10(b)は、図10(a)に示す試料の表面写真を示す図、図10(c)は、図10(b)に示すラインA-Aに沿った起伏変化を示す図である。 図11(a)は、暗室環境下の圧縮試験で真ひずみεt=11%の状態のZnS単結晶試料の外観写真を示す図、図11(b)は、図11(a)に示す試料の表面写真を示す図、図11(c)は、図11(b)に示すラインB-Bに沿った起伏変化を示す図である。 UV照射環境下で降伏したZnS単結晶試料の(111)面の明視野像を示す図である。 図13(a)は、UV照射環境下で降伏したZnS単結晶試料の(110)面の明視野像および電子回折像を示す図、図13(b)は、UV照射環境下で降伏したZnS単結晶試料の高分解能格子像を示す図である。 暗室環境下で圧縮試験をしたZnS単結晶試料の(111)面の明視野像を示す図である。 暗室環境下での圧縮試験中に一時的に試料にUV照射を行った場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図である。 放射照度と放射前後の真応力の変化との関係を示す図である。 本実施の形態に係るZnS単結晶試料を圧縮変形する際のひずみ速度の影響を説明するための図である。 暗室環境下での圧縮試験中に一時的に異なる波長の光を試料に照射した場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図である。 暗室で圧縮変形している途中から紫外線を照射した場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図である。 本実施の形態に係る結晶材料の製造装置の外観を示す図である。 本実施の形態に係る加工方法による変形がなされていない試験片における吸収係数のエネルギ特性を示す図である。 本実施の形態に係る加工方法による変形がなされた試験片における吸収係数のエネルギ特性を示す図である。
本開示のある態様の無機結晶材料の加工方法は、光源が発する可視光、紫外線または赤外線を遮った遮光状態で無機結晶材料に外部から力を加えて変形させる。ここで、「無機結晶」とは、比較的加工が容易な「有機結晶」と対比されるものであり、少なくとも金属元素を含む化合物の結晶と捉えることができる。また、光源とは、人工的な照明だけでなく、太陽光も含まれる。可視光は、380~800nm程度の波長の光であり、紫外線は、例えば、10~380nm程度の波長の電磁波であり、赤外線は、例えば、800nm~1mm程度の波長の光である。
この態様によると、高温環境下でなくても無機結晶材料の加工が可能となる。
なお、無機結晶材料には、半導体材料やセラミックスが含まれる。半導体材料は、単結晶が好ましく、化合物半導体材料であってもよい。化合物半導体材料としては、II-VI族半導体である硫化亜鉛(ZnS)、酸化亜鉛(ZnO)、硫化カドミウム(CdS)、III-V族半導体であるガリウムヒ素(GaAs)、インジウムリン(InP)、窒化ガリウム(GaN)、IV-IV族半導体である炭化ケイ素(SiC)、シリコンゲルマニウム(SiGe)、等である。また、半導体材料に限らずセラミックスにも場合によっては適用できる可能性がある。例えば、サファイア(Al)やその他の透明セラミックス基板に適用できる可能性がある。あるいは、塩化銀(AgCl)といったイオン性の強い結晶にも適用できる可能性がある。さらには、化合物半導体でないシリコン(Si)半導体の場合は、赤外線を含む光も遮断し、極低温で加工することで、大きな塑性変形の可能性がある。
遮光状態は、無機結晶材料に対する可視光、紫外線または赤外線の放射照度が10μW/cm以下の状態であるとよい。特に、紫外線のエネルギーは比較的高いため、無機結晶材料のバンドギャップを超える光励起電子が発生する場合がある。そして、変形により生じる転位が電子で帯電すると、転位の移動が妨げられ、無機結晶材料が脆性的な変形挙動を示す。そこで、紫外線の放射強度が所定値以下となる遮光状態で無機結晶材料を加工することで、電子の発生を低減し転位の帯電が抑制される。その結果、無機結晶材料は、転位運動によるすべり変形が容易となり、非常に大きな変形が可能となる。
遮光状態は、無機結晶材料のバンドギャップに相当する波長以下の光が実質的にない状態であるとよい。換言すると、バンドギャップに相当する波長以上の光、例えば赤外線等はある程度あってもよい場合がある。無機結晶材料のバンドギャップに相当する波長以下の光は、無機結晶材料のバンドギャップを超える光励起電子を発生させる場合がある。そして、変形により生じる転位が電子で帯電すると、転位の移動が妨げられ、無機結晶材料が脆性的な変形挙動を示す。そこで、無機結晶材料のバンドギャップに相当する波長以下の光が実質的にない遮光状態で無機結晶材料を加工することで、電子の発生を低減し転位の帯電が抑制される。その結果、無機結晶材料は、転位運動によるすべり変形が容易となり、非常に大きな変形が可能となる。
なお、前述の「・・光が実質的にない状態」とは、無機結晶材料の機械的特性に影響を与えない程度の光は許容される状態である。
無機結晶材料の融点をTg[℃]とすると、Tg/2[℃]以下の環境下で無機結晶材料に外部から力を加えて変形させてもよい。このように、従来よりも低温で無機結晶材料を変形させることができる。好ましくは、250℃未満、例えば、室温(25℃)や0℃、極低温(-196℃、-269℃)での変形も可能である。
変形させる際のひずみ速度が1×10-2/s以下であってもよい。これにより、より大きな変形が可能となる。
無機結晶材料の所定の結晶方位に沿って外部から力を加えてもよい。例えば、無機結晶材料が面心立方格子の場合、すべり面{111}を考慮して[001]方向、[011]方向、[111]方向や、それらの方向から10°以内のずれをもった方向に沿って荷重をかけてもよい。
無機結晶材料は、ダイヤモンド型構造、閃亜鉛鉱型構造、ウルツ鉱型構造、塩化ナトリウム型構造、および、これらいずれかの結晶構造多形からなるグループから選択される少なくとも一つの結晶構造を有してもよい。ここで、多形とは、同じ組成であるにもかかわらず、結晶構造が異なる材料である。これらの結晶構造は、すべり面が極性面であることが多く、光を照射しながら加工をすると、すべり面に生じる転位が電荷を持ち帯電する。そのため、このような無機結晶材料は、光が照射される環境では、大きく変形する前に脆性破壊されることが多かった。そこで、前述のような結晶構造の無機結晶材料に対しては、遮光状態で加工することで従来ではなし得ない大きな変形が期待できる。
無機結晶材料は、閃亜鉛鉱型構造の硫化亜鉛の単結晶であってもよい。これにより、自然光や室内光が照射される環境下ではほとんど変形せずに脆性破壊していた硫化亜鉛の単結晶であっても、破壊せずに非常に大きな変形加工が可能となる。
本開示の更に別の態様は、半導体結晶材料のバンドギャップ変更方法である。この方法は、光源が発する可視光、紫外線または赤外線を遮った遮光状態で半導体結晶材料に外部から力を加え、ひずみを生じさせることで該半導体結晶材料のバンドギャップを変化させる。例えば、光源が発する可視光または紫外線を遮った遮光状態で半導体結晶材料に外部から力を加え、2%以上(または5%以上、好ましくは10%以上)の真ひずみを生じさせることで該半導体結晶材料のバンドギャップを0.1eV以上変化させる方法であってもよい。
この態様によると、常識では半導体結晶材料の種類や組成に依存するバンドギャップを、半導体結晶材料に照射される光を制限しながら外部から力を加えるといった簡便な方法で変化させることができる。バンドギャップの変化は、真ひずみの量を調整することで、0.1eV以上変化させてもよいし、0.2eV以上変化させてもよいし、0.4eV以上変化させてもよい。
半導体結晶材料は、ダイヤモンド型構造、閃亜鉛鉱型構造、ウルツ鉱型構造、塩化ナトリウム型構造、および、これらいずれかの結晶構造多形からなるグループから選択される少なくとも一つの結晶構造を有してもよい。これらの結晶構造は、すべり面が極性面であることが多く、光を照射しながら加工をすると、すべり面に生じる転位が電荷を持ち帯電する。そのため、このような半導体結晶材料は、光が照射される環境では、大きく変形する前に脆性破壊されることが多かった。そこで、前述のような結晶構造の半導体結晶材料に対しては、遮光状態で加工することで従来ではなし得ない大きな変形が期待できる。
半導体結晶材料は、バンドギャップが3.56eV以下、好ましくは3.26eV以下の硫化亜鉛の単結晶であってもよい。これにより、通常であれば3.66eV(閃亜鉛鉱型)の硫化亜鉛のバンドギャップを大きく変えることができる。
本開示の更に別の態様は、半導体結晶材料である。この半導体結晶材料は、すべり面に転位がある半導体結晶材料であって、転位密度が10/cm以下の場合の半導体結晶材料固有のバンドギャップと比較して0.1eV以上低くなっている。
この態様によると、バンドギャップを基準とした半導体結晶材料の選択の制約が小さくなり、より多くの用途に利用できる。
半導体結晶材料は、バンドギャップが3.56eV以下、好ましくは3.26eV以下の硫化亜鉛の単結晶であってもよい。あるいは、半導体結晶材料は、すべり面に転位があり、塑性変形によってバンドギャップが低下した硫化亜鉛の単結晶であってもよい。これにより、通常であれば3.66eV(閃亜鉛鉱型)の硫化亜鉛を、従来では利用を想定していなかった用途で採用できる。
本開示の更に別の態様は、無機結晶材料の製造装置である。この製造装置は、無機結晶材料を固定する固定部と、無機結晶材料の所定の結晶方位に沿って外部から力を加える加圧部と、無機結晶材料に外部から力を加える際、無機結晶材料を変形させる部分に、光源が発する可視光、紫外線または赤外線が当たらないように遮光する遮光部と、を備える。これにより、無機結晶材料に対して非常に大きな変形が可能となる。一方で、変形したくない部分には、無機結晶材料のバンドギャップを超える光励起電子が発生する光を当てることにより変形を抑制できる。このように、無機結晶材料に光を当てない部分と光を当てる部分とを制御することにより、変形量を部分的に変えることが可能となり、無機結晶材料を自在な形状に加工できる。
なお、以上の構成要素の任意の組合せ、本開示の表現を方法、装置、システム、などの間で変換したものもまた、本開示の態様として有効である。
以下、図面等を参照しながら、本開示を実施するための形態について詳細に説明する。
(酸化亜鉛)
前述のように、本開示の加工方法を適用可能な無機結晶材料は種々あり得るが、比較的容易に大型の単結晶が得られる材料として、閃亜鉛鉱型構造のZnS単結晶を試料として以下の検討を行った。
図1は、閃亜鉛鉱型ZnSの結晶構造を模式的に示した図である。閃亜鉛鉱型ZnS(以下、適宜「ZnS」と称する。)は、格子定数a=5.410Å、室温のバンドギャップが3.66eVであり、容易すべり系が{111}面、<110>方向である。
図2は、変形加工前のZnS単結晶の透過型電子顕微鏡(TEM)による明視野像を示す図である。撮影は日立ハイテク社製H-800を用い、加速電圧200kVで行った。また、図2の明視野像は、[1-1-2]方向からみた場合である。図2に示すように、(1-11)面と平行な多くの積層欠陥が筋模様として観察される。なお、[ ]や( )内の数字の前にある”-”は数字の上のバーを意味する。
次に、上述のZnS単結晶に対して暗室下で圧縮試験を行った。図3は、ZnS単結晶試料における結晶方位と積層欠陥がある(1-11)面との関係を模式的に示した図である。所定形状のZnS単結晶試料を用意し、図3に示す3つの圧縮方向[54-1]、[1-2-3]、[1-11]についてそれぞれ圧縮試験を行った。
図4は、圧縮方向が異なる試料毎に暗室下で測定した真ひずみ-真応力曲線を示す図である。図4に示すように、(1-11)面に対して平行に積層欠陥が存在しているZnS単結晶試料においては、結晶の変形方向に異方性があることがわかる。また、いずれの方向に圧縮しても真ひずみが3%前後で破壊が起きている。
図5は、圧縮方向が[1-2-3]方向の試料において最終的に脆性破壊が生じた状態の表面写真を示す図である。図5の矢印に示すようにへき開破壊が生じていることがわかる。
図6(a)は、本実施の形態に係るZnS単結晶試料の形状と結晶方位とを示した図、図6(b)は、本実施の形態に係るZnS単結晶試料の外観写真を示す図である。
圧縮変形前のZnS単結晶試料は、寸法が7.5mm×2.9mm×2.9mmの直方体であり無色透明である。この試料を一軸圧縮試験機に装着する。なお、荷重方向は、試料を作製する際の結晶の成長方向との関係を考慮した、無機結晶材料の所定の結晶方位に沿って選択すると制御がしやすい。例えば、無機結晶材料が面心立方格子の場合、すべり面{111}を考慮して<001>方向、<011>方向、<111>方向、および、それらの方向から10°以内のずれを持った方向に沿って荷重をかけてもよい。そこで、本実施の形態では、荷重方向は[001]方向、ひずみ速度は10×10-5/sで試験を行った。圧縮試験は、室内光環境、UV照射環境、暗室環境の3環境で行った。また、各環境は室温であり、雰囲気や試料に対して特段の加熱を行っていない。
室内光環境は蛍光灯下(1.2klx)である。UV照射環境は、ピーク波長365nm、半値幅15nmの紫外線LEDチップ(NS365C-2SAA:ナイトライド・セミコンダクター株式会社製)を用いた。試料への放射照度は0.4mW/cmである。暗室環境は、太陽光や照明等の光源からの光が試料に照射されない環境である。
図7は、室内光環境下で圧縮試験を行った場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図である。図8は、UV照射環境下で圧縮試験を行った場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図である。図7に示すように、室内光環境下では真応力が60MPa程度に達した後、真ひずみ2%を超えたあたりで脆性破壊が起きた。また、図8に示すように、UV照射環境下では真応力が80MPa程度に達した後、真ひずみ2%を超えたあたりで脆性的な破壊が起きた。このように、光源が発する光が試料に照射された状態では、いずれの環境でも大きな変形は生じなかった。
一方、暗室環境下で圧縮試験を行ったところ、変形の挙動が大きく異なっていることが明らかとなった。図9(a)は、暗室環境下で圧縮試験を行った場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図、図9(b)は、圧縮試験後の大きく変形したZnS単結晶試料の外観写真を示す図である。
図9(a)に示すように、本実施の形態に係るZnS単結晶試料は、暗室環境下で真応力が30MPaくらいまで急激に上昇した後、徐々に増大しながら大きく変形する。最終的には、真応力が80MPa程度まで上昇し、真ひずみεが43%に達するまで変形した。
図10(a)は、UV照射環境下の圧縮試験で降伏したZnS単結晶試料の外観写真を示す図、図10(b)は、図10(a)に示す試料の表面写真を示す図、図10(c)は、図10(b)に示すラインA-Aに沿った起伏変化を示す図である。図11(a)は、暗室環境下の圧縮試験で真ひずみε=11%の状態のZnS単結晶試料の外観写真を示す図、図11(b)は、図11(a)に示す試料の表面写真を示す図、図11(c)は、図11(b)に示すラインB-Bに沿った起伏変化を示す図である。
図10(c)に示すように、UV照射環境下で降伏した(真ひずみε=2.3%)ZnS単結晶試料の表面には、局所的で溝の深いすべり線が多く観察された。一方、図11(c)に示すように、暗室環境下の試料では、真ひずみεが11%と大きく変形した状態にもかかわらず、均一で溝が細かいすべり線しか観察されなかった。
図12は、UV照射環境下で降伏したZnS単結晶試料の(111)面の明視野像を示す図である。図13(a)は、UV照射環境下で降伏したZnS単結晶試料の(110)面の明視野像および電子回折像を示す図、図13(b)は、UV照射環境下で降伏したZnS単結晶試料の高分解能格子像を示す図である。なお、図13に示す写真は、HAADF-STEM(High-angle Annular Dark Field Scanning TEM)を用いて撮影したものである。
図12に示すように、UV照射環境下で降伏したZnS単結晶試料の(111)面には転位が観察されなかった。また、図13(a)、図13(b)に示すように、UV照射環境下で降伏したZnS単結晶試料では、ナノ双晶を伴う双晶変形が起きていると考えられる。
図14は、暗室環境下で圧縮試験をしたZnS単結晶試料の(111)面の明視野像を示す図である。図14に示すように、暗室環境下で圧縮試験をしたZnS単結晶試料の(111)面にはらせん転位が観察されており、暗室環境下で圧縮試験をしたZnS単結晶試料のひずみは、転位の運動によるすべり変形であると考えられる。
このように、本実施の形態に係る加工方法は、室温で可能であり、光源が発する可視光や紫外線、赤外線を遮った遮光状態(暗室下)で無機結晶材料の一種であるZnS単結晶試料に外部から力を加えることで、早期に脆性破壊せず、大きく変形できる。
このように、無機結晶材料の融点をTg[℃]とすると、Tg/2[℃]以下の環境下で無機結晶材料に外部から力を加えて変形させることで、従来よりも低温で無機結晶材料を変形させることができる。具体的には、ZnSの場合は600℃以下、GaNの場合は1250℃以下の環境下で変形させることが好ましい。より好ましくは、250℃未満、例えば、200℃、150℃、100℃、室温(25℃)、0℃、極低温(-196℃、-269℃)での変形も可能である。つまり、高温環境下でなくてもZnS単結晶試料といった無機結晶材料の加工が可能となる。
しかも、自然光や室内光が照射される環境下ではほとんど変形せずにわずかなひずみで脆性破壊すると考えられていたZnS単結晶が、破壊せずに従来では考えられない非常に大きな変形加工が可能であることを見出した。したがって、今までは想定できなかった用途での利用も可能となる。
(放射照度の影響)
次に、試料に対する放射照度の影響について検討する。図15は、暗室環境下での圧縮試験中に一時的に試料にUV照射を行った場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図である。図15に示すように、0.3μW/cm、3.9μW/cm、40μW/cmのいずれの放射照度であっても、圧縮試験中の真応力σが急上昇し、またUV照射を停止すると真応力σが低下している。このことから、試料に対する光の照射の有無によって変形のメカニズムに変化が生じていると考えられる。具体的には、光が照射されると試料中に電子が生成され、その電子によって転位が帯電し、転位の移動を妨げていると考えられる。その結果、試料が変形しづらくなり真応力σが上昇する。また、光の照射を停止すると、試料中の電子が徐々に消失し、転位の帯電が緩和することで転位が移動しやすくなり、真応力σの低下とともに真ひずみεも上昇する。
図16は、放射照度と放射前後の真応力の変化との関係を示す図である。図16の縦軸の定義は、例えば、0.3μW/cmの放射照度で試料を照射した場合、真応力が約40%上昇したことを意味している。図16に示すように、放射照度が大きくなると、放射前後の真応力の変化(硬化量)も大きくなっている。
ZnS単結晶試料は、図15に示す結果から、紫外線によっても変形が妨げられている可能性が高い。したがって、上述の暗室環境(遮光状態)では、単結晶試料に対する紫外線の放射照度が40μW/cm以下、好ましくは10μW/cm以下、より好ましくは0.01μW/cm以下の状態であるとよい。紫外線のエネルギーは比較的高いため、単結晶試料のバンドギャップを超える光励起電子が発生する場合がある。そして、変形により生じる転位が電子で帯電すると、転位の移動が妨げられ、単結晶試料が脆性的な変形挙動を示す。そこで、紫外線の放射強度が10μW/cm以下となる遮光状態で試料を変形(加工)することで、電子の発生を低減し転位の帯電が抑制される。その結果、ZnS単結晶試料は、転位の運動によるすべり変形が容易となり、非常に大きな変形が可能となる。
(ひずみ速度の影響)
図17は、本実施の形態に係るZnS単結晶試料を圧縮変形する際のひずみ速度の影響を説明するための図である。なお、図17のグラフ中のεは公称ひずみの値であり、真ひずみεとは一致しない。図17に示すように、ひずみ速度が1.0×10-1/sの場合、真応力σが非常に大きくなり破壊に至るまでのひずみ量も小さい。一方、ひずみ速度が1.0×103/s、1.0×10-5/sと大きくなるにつれて、真応力σのピークが小さくなり、また、ひずみ量も大きくなる。
このように、変形させる際のひずみ速度を1.0×10-1/sより小さく、好ましくは1×10-2/s以下、更に好ましくは1×10-3/s以下とすることで、より大きな変形が可能となる。
(照射波長による影響)
次に、試料に照射する光の波長の影響について検討する。図18は、暗室環境下での圧縮試験中に一時的に異なる波長の光を試料に照射した場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図である。なお、照射する光のピーク波長は赤が625nm、青が470nm、紫外線が365nmである。図18に示すように、照射する光が短波長になる(エネルギーが高くなる)に従って、放射前後の真応力の変化(硬化量)も大きくなっている。このことからも、電子の発生による転位の帯電が結晶の変形を妨げていることが推察される。
なお、試料での電子の発生は、試料固有のバンドギャップ以上のエネルギーを持つ光の照射によって促進されると考えられる。そのため、前述の暗室環境(遮光状態)を別の観点で定義すれば、無機結晶材料のバンドギャップに相当する波長より短い光が実質的にない状態であるとよい。例えば、ZnS単結晶の場合、バンドギャップが3.66eVなので、λ=1240/3.66≒340nm以下の光が実質的にない状態が好ましい。換言すると、バンドギャップに相当する波長より長い光、例えば赤外線等はある程度あってもよいことになる。一方、Si単結晶の場合、バンドギャップが1.11eVなので、λ=1240/1.11≒1120nm以下の光が実質的にない状態が好ましい。換言すると、可視光や紫外線だけでなく、一部の赤外線(近赤外線)もない状態が好ましい。なお、前述の「・・光が実質的にない状態」とは、無機結晶材料の機械的特性に影響を与えない程度の光は許容される状態である。
このように、無機結晶材料のバンドギャップに相当する波長以下の光が実質的にない遮光状態で無機結晶材料を加工することで、電子の発生を低減し転位の帯電が抑制される。その結果、無機結晶材料は、転位運動によるすべり変形が容易となり、非常に大きな変形が可能となる。
(光照射による変形制御)
図19は、暗室で圧縮変形している途中から紫外線を照射した場合の真ひずみ-真応力曲線を示す図である。図19に示すように、暗室環境下での変形の途中で試料に光を照射することで、それ以上の変形を抑えることができる。この性質を利用することで、例えば、精度の高い加工や変形速度の調整が可能となる。
(製造装置)
次に、本実施の形態に係る結晶材料の製造装置について説明する。図20は、本実施の形態に係る結晶材料の製造装置の外観を示す図である。図20に示すように、製造装置10は、無機結晶材料12を固定する固定部14と、無機結晶材料の所定の結晶方位Dに沿って外部から力を加える加圧部16と、無機結晶材料12に外部から力を加える際、無機結晶材料12を変形させる部分に、光源18が発する可視光、紫外線または赤外線が当たらないように遮光する遮光部20と、を備える。
なお、加圧部16は、圧縮力だけでなく引っ張り力を発生する機構であってもよい。また、遮光部20は、不定形の暗幕や固定部14を外部から遮蔽する筐体等である。これにより、高温環境下でなくても無機結晶材料に対して非常に大きな変形が可能となる。一方で、変形したくない部分には、無機結晶材料のバンドギャップを超える光励起電子が発生する光を当てるようにしてもよい。これにより、光が当たった部分の変形を抑制できる。このように、無機結晶材料に光を当てない部分と光を当てる部分とを制御することにより、変形量を部分的に変えることが可能となり、無機結晶材料12を自在な形状に加工できる。なお、遮光部20は、無機結晶材料に光を当てない部分と光を当てる部分とを制御するための入射部が設けられていてもよい。入射部としては、物理的に開閉するシャッターや、光学的に光の透過を制御する液晶シャッター等が挙げられる。
(バンドギャップの変更方法)
上述のように、本発明者らは光が照射されない状態で無機結晶材料を変形させることで従来では想定されていない大きな変形加工が可能な点を見出した。その上で、変形前は無色透明だったZnS単結晶試料(図6(b)参照)が、本実施の形態に係る加工方法で変形したZnS単結晶試料(図9(b)参照)は赤茶色になっていることから、単結晶試料のバンドギャップが変わっていることに想到した。
また、変形後のZnS単結晶試料が赤茶色であることから、可視光の一部の光が吸収されており、仮に可視光の下限である380nm以下の波長の光を吸収するバンドギャップEgの上限は、λ=1240/Egの関係から3.26eVである。また、仮に青色(450~495nm)の波長の光よりも短い光が吸収されていると考えると、バンドギャップEgの上限は、2.51eVである。
このことから、本実施の形態に係る加工方法は、半導体結晶材料のバンドギャップを劇的に変更できる方法でもある。この方法は、光源が発する可視光または紫外線を遮った遮光状態で半導体結晶材料に外部から力を加え、2%以上(または5%以上、好ましくは10%以上)の真ひずみを生じさせることで、半導体結晶材料のバンドギャップを0.1~0.2eV以上、好ましくは0.4eV以上、更に好ましくは0.6eV以上変化させることができる。なお、半導体結晶材料は、通常の光照射下では2%程度の変形で局所破壊が生じるため、このような効果を得ることはできない。
これにより、常識では半導体結晶材料の種類や組成に依存するバンドギャップを、半導体結晶材料に照射される光を制限しながら外部から力を加えるといった簡便な方法で変化させることができる。バンドギャップの変化は、その用途や材料の種類に応じて真ひずみの量を調整することで、0.1~0.2eV以上変化させてもよいし、0.4eV以上変化させてもよいし、0.6eV以上変化させてもよい。
具体的には、本実施の形態に係る半導体結晶材料は、バンドギャップが3.26eV以下の硫化亜鉛の単結晶である。これにより、通常であれば変形前は3.66eV(閃亜鉛鉱型)の硫化亜鉛のバンドギャップを大きく変えることができるため、従来では利用を想定していなかった用途で採用できる。
また、本実施の形態に係る加工方法によって大きく変形した半導体結晶材料は、すべり面に転位があり(図14参照)、実質的に転位がない(転位密度が10/cm以下)場合の半導体結晶材料固有のバンドギャップ(ZnSの場合は3.66eV)と比較して0.2eV以上低くなっている。これにより、バンドギャップを基準とした半導体結晶材料の選択の制約が小さくなり、より多くの用途に利用できる。
図21は、本実施の形態に係る加工方法による変形がなされていない試験片における吸収係数のエネルギ特性を示す図である。図22は、本実施の形態に係る加工方法による変形がなされた試験片における吸収係数のエネルギ特性を示す図である。なお、図22に示す結果は、暗室下でε=25%まで圧縮変形した試験片の分光測定から求めた吸収係数のエネルギ特性を示している。硫化亜鉛(ZnS)は直接遷移型半導体であるため、縦軸は(αE)とした。
図21や図22に示すグラフの直線箇所の近似直線と横軸との交点から、未変形の試験片のバンドギャップは3.5eV程度、変形有りの試験片のバンドギャップは3.0eV程度であることがわかる。これにより、塑性変形によりバンドギャップが低下していることが明らかになった。このようなバンドギャップの変化は、今回の加工による塑性変形が低温(Tg/2[℃]以下、あるいは250度以下、例えば室温)で可能となったことによる転位密度の異常な増大が引き起こしたと推察される。
実際、本実施の形態に係る加工方法によって、転位の密度は従来の半導体結晶ではありえない程高くなっている。そして、無機結晶材料のマクロな物性は、転位と関連する物性の変化に起因して変わってしまい、その結果色の変化やバンドギャップの変化が生じていると推察される。換言すると、本実施の形態に係る加工方法は、低温(室温)で金属並の変形をさせたことで、超高密度転位の半導体材料を創製できた。
以上、本開示を実施の形態をもとに説明した。この実施の形態は例示であり、それらの各構成要素や各処理プロセスの組合せにいろいろな変形例が可能なこと、またそうした変形例も本開示の範囲にあることは当業者に理解されるところである。
10 製造装置、 12 無機結晶材料、 14 固定部、 16 加圧部、 18 光源、 20 遮光部。

Claims (4)

  1. ダイヤモンド型構造、閃亜鉛鉱型構造、ウルツ鉱型構造、塩化ナトリウム型構造、および、これらいずれかの結晶構造多形からなるグループから選択される少なくとも一つの結晶構造を有する単結晶である無機結晶材料に対し、
    前記無機結晶材料のバンドギャップに相当する波長またはそれより短い光の前記無機結晶材料に対する放射照度が10μW/cm 以下の状態である遮光状態で、且つ前記無機結晶材料の融点をTg[℃]とするとTg/2[℃]以下の環境下で外部から力を加えて前記無機結晶材料を変形させる無機結晶材料の加工方法。
  2. 変形させる際のひずみ速度が1×10-2/s以下であることを特徴とする請求項1に記載の無機結晶材料の加工方法。
  3. 前記無機結晶材料の所定の結晶方位に沿って外部から力を加えることを特徴とする請求項1または2に記載の無機結晶材料の加工方法。
  4. 前記無機結晶材料は、閃亜鉛鉱型構造の硫化亜鉛の単結晶であることを特徴とする請求項1乃至のいずれか1項に記載の無機結晶材料の加工方法。
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