JP7039255B2 - シアロ糖鎖の分子量の測定方法 - Google Patents

シアロ糖鎖の分子量の測定方法 Download PDF

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Description

本発明は、シアロ糖鎖の分子量を高感度で測定することができる方法に関するものである。
細胞膜に結合している膜タンパク質の多くは糖鎖を有しており、糖鎖を介して細胞膜に結合していたり、糖鎖によりタンパク質の輸送や活性が調整されていることがある。例えば、GPI(グリコシルホスファチジルイノシトール)アンカーで細胞膜の表面につなぎ止められているGPIアンカー型タンパク質という一群のタンパク質では、GPIアンカー中の糖鎖の改変がGPIアンカー型タンパク質の小胞体からゴルジ体への効率的な輸送に必要であることが知られている。細胞外に分泌され、細胞間の情報伝達などの役割を担うタンパク質の多くも糖鎖を有しており、糖鎖は分泌タンパク質の凝集や分解を抑制している。糖鎖を喪失した糖タンパク質は、タンパク質分解酵素により分解されることもある。よって、糖タンパク質の糖鎖の解析は、疾患の発症機序の解明や、その診断や治療に役立つ可能性がある。
糖タンパク質における糖鎖としては、セリンやスレオニンの側鎖水酸基を介して結合しているO型糖鎖と、アスパラギンの側鎖カルバモイル基に結合しているN型糖鎖に分類される。O型糖鎖は比較的単純であり、末端にシアル酸を有する場合が多い。このシアル酸は、内臓の保護や、菌やウィルス由来の毒素の不活性化などに関与する。N型糖鎖は高マンノース型、複合型、混成型に分類される。これらの内、複合型N型糖鎖は末端にシアル酸を有し、シアル酸を除去すると生理活性を喪失する糖タンパク質も存在する。
糖鎖の解析には、高分子でも測定可能なマトリックス支援レーザー脱離イオン化質量分析(MALDI-MS)が汎用されている。ところが糖鎖にシアル酸が含まれていると、カルボキシ基由来の負電荷のため、測定中に糖鎖が分解したりシアル酸の脱離が生じるなどして、正確な測定ができない場合がある。そこで、シアル酸のカルボキシ基を化学修飾した上で質量分析に付す方法が開発されている。例えば特許文献1には、求核剤としてメチルアミン塩酸塩を用い、縮合剤として(7-アザベンゾトリアゾール-1-イルオキシ)トリピロリジノホスホニウムヘキサフルオロリン酸塩(PyAOP)を用いて、糖鎖中のシアル酸のカルボキシ基をメチルアミド化する方法が記載されている。また、非特許文献1には、求核剤としてアセトヒドラジドを用い、縮合剤として1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)を用いて糖鎖中のシアル酸のカルボキシ基をアミド化する方法が記載されている。
特開2013-68594号公報
Masaaki TOYODA et al.,Anal.Chem.,2008,80(13),pp.5211-5218
上述したように、糖鎖中のシアル酸のカルボキシ基を化学修飾した上でMALDI-MSに付す糖鎖解析方法が開発されている。しかしかかる従来方法は、シアル酸を含むシアロ糖鎖の検出感度が十分でないという問題があった。その結果、従来方法では、例えば様々な種類の夾雑物を多く含む生体試料に含まれる糖鎖を直接解析するような場合、シアロ糖鎖のピークがノイズに埋もれて十分に検出できない場合がある。
そこで本発明は、シアロ糖鎖の分子量を高感度で測定することができる方法を提供することを目的とする。
本発明者らは、上記課題を解決するために鋭意研究を重ねた。その結果、シアロ糖鎖に含まれるシアル酸のカルボキシ基を、求核剤として特定の芳香族アミン化合物を用い、縮合剤としてホスホニウム系縮合剤を用いて化学修飾することにより、シアロ糖鎖の分子量をMALDI-MSにより高感度で測定できることを見出して、本発明を完成した。
以下、本発明を示す。
[1] シアロ糖鎖の分子量を測定する方法であって、
ホスホニウム系縮合剤の存在下、前記シアロ糖鎖と下記式(I)で表される芳香族アミン化合物とを反応させる工程を含むことを特徴とする方法。
Ar-R-NH2 (I)
[式中、Arは置換基を有していてもよい6~18員芳香族環基を示し、Rは単結合またはC1-6アルキレン基を示す。]
[2] 前記シアロ糖鎖が、生体試料の糖タンパク質に結合しているものである前記[1]に記載の方法。
[3] 更に、前記シアロ糖鎖を前記糖タンパク質から切断する工程を含む前記[2]に記載の方法。
[4] 更に、前記生体試料における前記シアロ糖鎖が有する分子量の分布を可視化する工程を含む前記[2]または[3]に記載の方法。
[5] 前記ホスホニウム系縮合剤としてヘキサフルオロリン酸 (7-アザベンゾトリアゾール-1-イルオキシ)トリピロリジノホスホニウムまたはヘキサフルオロリン酸 (ベンゾトリアゾール-1-イルオキシ)トリピロリジノホスホニウムを用いる前記[1]~[4]のいずれかに記載の方法。
[6] 前記Arがベンゼン環である前記[1]~[5]のいずれかに記載の方法。
[7] 前記Rがメチレンである前記[1]~[6]のいずれかに記載の方法。
本発明方法によれば、シアル酸を含むシアロ糖鎖の分子量をMALDI-MSにより高感度で測定することができる。その結果、例えば、夾雑物を多く含む生体試料から直接得た糖鎖試料のシアロ糖鎖の分子量も、良好に測定することができ、生体試料における特定のシアロ糖鎖の分布のイメージングも可能になり得る。よって本発明は、単なるシアロ糖鎖の分子量の測定のみならず、糖タンパク質が関与する疾患の発症機序の解明や、疾患の診断や治療なども可能にするものとして、非常に有用である。
図1は、フェチュイン遊離糖鎖試料の、(1)脱シアロ化糖鎖と、(2)ベンジルアミンとPyAOPでアミド化したシアロ糖鎖と、(3)フェニルアミンとPyAOPでアミド化したシアロ糖鎖のMALDI-TOFMSによる解析結果である。 図2は、フェチュイン遊離糖鎖試料の、(1)アセトヒドラジドとEDCでアミド化したシアロ糖鎖と、(2)メチルアミン塩酸塩とPyAOPでアミド化したシアロ糖鎖と、(3)ジメチルアミンとPyAOPでアミド化したシアロ糖鎖と、(4)シアル酸をイソプロピルアミンとPyAOPでアミド化したシアロ糖鎖のMALDI-TOFMSによる解析結果である。 図3は、正常マウスの肝臓切片上の糖鎖をベンジルアミンとPyAOPでアミド化したシアロ糖鎖のMALDI-TOFMSによる解析結果である。 図4は、非アルコール性脂肪肝炎(NASH)モデルマウスの肝臓切片上の糖鎖をベンジルアミンとPyAOPでアミド化したシアロ糖鎖のMALDI-TOFMSによる解析結果である。 図5は、マウスの肝臓切片上の糖鎖をアセトヒドラジドとEDCでアミド化したシアロ糖鎖のMALDI-TOFMSによる解析結果である。(1)は正常マウスの肝臓切片上の糖鎖の解析結果であり、(2)はNASHモデルマウスの肝臓切片上の糖鎖の解析結果である。 図6は、正常マウスの肝臓切片とNASHモデルマウスの肝臓切片における各シアロ糖鎖の分布を示す図である。
本発明に係るシアロ糖鎖の分子量の測定方法は、ホスホニウム系縮合剤の存在下、前記シアロ糖鎖と下記式(I)で表される芳香族アミン化合物(以下、「芳香族アミン化合物(I)」と略記する場合がある)とを反応させる工程を含むことを特徴とする。
Ar-R-NH2 (I)
[式中、Arは置換基を有していてもよい6~18員芳香族環基を示し、Rは単結合またはC1-6アルキレン基を示す。]
本発明で用いる「縮合剤」は、シアロ糖鎖に含まれるシアル酸のカルボキシ基と芳香族アミン化合物(I)のアミノ基からアミド基を形成する反応を促進する脱水縮合剤をいう。「ホスホニウム系縮合剤」は、ベンゾトリアゾール-1-イルオキシホスホニウムを基本構造とする縮合剤であり、例えば、ベンゾトリアゾール-1-イルオキシ-トリス(ジメチルアミノ)ホスホニウム(BOP)、ベンゾトリアゾール-1-イルオキシ-トリス(ピロリジノ)ホスホニウム(PyBOP)、ブロモトリス(ピロリジノ)ホスホニウム(PyBroP)、7-アザベンゾトリアゾール-1-イルオキシ-トリス(ピロリジノ)ホスホニウム(PyAOP)、クロロトリスピロリジノホスホニウム(PyCloP)等を挙げることができる。ホスホニウムのカウンターカチオンとしては、ヘキサフルオロリン酸を挙げることができる。ホスホニウム系縮合剤としては、ヘキサフルオロリン酸 (7-アザベンゾトリアゾール-1-イルオキシ)トリピロリジノホスホニウムまたはヘキサフルオロリン酸 (ベンゾトリアゾール-1-イルオキシ)トリピロリジノホスホニウムが好ましい。
ホスホニウム系縮合剤の使用量は、シアロ糖鎖中のシアル酸のカルボキシ基が十分にアミド化される範囲で適宜調整すればよい。例えば、使用する芳香族アミン化合物(I)1モルに対して0.01モル以上、1.1モル以下程度用いることができる。具体的には、試料中に含まれるシアロ糖鎖の量が不明の場合があるので、縮合剤の使用量は予備実験などで決定すればよい。
芳香族アミン化合物(I)は、シアロ糖鎖中のシアル酸のカルボキシ基をアミド化するために用いられる。本開示において「6~18員芳香族環基」としては、C6-18芳香族炭化水素環基または6~18員複素芳香族環基を挙げることができ、シアル酸のカルボキシ基に対する選択的反応性の観点からC6-18芳香族炭化水素環基がより好ましい。芳香族アミン化合物(I)のArが有する置換基は、芳香族アミン化合物(I)とカルボキシ基との反応を阻害しない限り特に制限されないが、例えば、C1-6アルキル基、C1-6アルコキシ基、ハロゲノ基、ニトロ基およびシアノ基からなる群より選択される1以上の置換基を挙げることができる。置換基の数は置換可能である限り特に制限されないが、例えば1以上、5以下とすることができ、3以下が好ましく、2以下がより好ましく、1がより更に好ましい。置換基数が2以上である場合、置換基は互いに同一であっても異なっていてもよい。Rが単結合である場合、芳香族アミン化合物(I)はAr-NH2で表される。
「C6-18芳香族炭化水素環基」は、炭素数が6以上、18以下の一価芳香族炭化水素基をいう。例えば、フェニル、ナフチル、インデニル、ビフェニル、アントラセン、ナフタセン等であり、好ましくはフェニルである。
「6~18員複素芳香族環基」としては、窒素原子、酸素原子または硫黄原子などのヘテロ原子を少なくとも1個有する6員複素芳香族単環基または10~18員複素芳香族縮合環基を挙げることができる。具体的には、ピリジニル、ピラジニル、ピリミジニル、ピリダジニル等の6員複素芳香族単環基;ベンゾトリアゾール、インドリル、イソインドリル、キノリニル、イソキノリニル、ベンゾフラニル、イソベンゾフラニル、クロメニル、アクリジニル、フェナジニル等の10~18員芳香族縮合環基を挙げることができる。好ましくは窒素原子を含む6~12員複素芳香族環基である。
「C1-6アルキル基」は、炭素数1以上、6以下の直鎖状、分枝鎖状または環状の一価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチル、エチル、n-プロピル、イソプロピル、シクロプロピル、n-ブチル、イソブチル、s-ブチル、t-ブチル、シクロブチル、n-ペンチル、シクロペンチル、n-ヘキシル、シクロヘキシル等である。好ましくはC1-4アルキル基であり、より好ましくはC1-2アルキル基であり、より更に好ましくはメチルである。
「C1-6アルコキシ基」は、炭素数1以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の脂肪族炭化水素オキシ基をいう。例えば、メトキシ、エトキシ、n-プロポキシ、イソプロポキシ、n-ブトキシ、イソブトキシ、t-ブトキシ、n-ペントキシ、n-ヘキソキシ等であり、好ましくはC1-4アルコキシ基であり、より好ましくはC1-2アルコキシ基であり、より更に好ましくはメトキシである。
「ハロゲノ基」としては、フルオロ、クロロ、ブロモ、およびヨードを例示することができ、クロロまたはブロモが好ましく、クロロがより好ましい。
芳香族アミン化合物(I)のRは、単結合またはC1-6アルキレン基である。「C1-6アルキレン基」は、炭素数1以上、6以下の直鎖状または分枝鎖状の二価飽和脂肪族炭化水素基をいう。例えば、メチレン、エチレン、メチルメチレン、n-プロピレン、メチルエチレン、n-ブチレン、メチルプロピレン、ジメチルエチレン、n-ペンチレン、n-ヘキシレン等である。好ましくはC1-4アルキレン基であり、より好ましくはC1-2アルキレン基であり、最も好ましくはメチレンである。
芳香族アミン化合物(I)は、塩の状態で使用してもよい。芳香族アミン化合物(I)の塩は、芳香族アミン化合物(I)とカルボキシ基との反応を阻害しない限り特に制限されないが、例えば、塩酸塩、臭化水素酸塩、ヨウ化水素酸塩、硫酸塩、硝酸塩、過塩素酸塩、リン酸塩などの無機酸塩を挙げることができる。
芳香族アミン化合物(I)の使用量は、シアロ糖鎖中のシアル酸のカルボキシ基が十分にアミド化される範囲で適宜調整すればよい。例えば、試料中に含まれる糖鎖の量が分かっている場合、糖鎖1モルに対して1×104モル以上、1×106モル以下程度用いることができる。具体的には、試料中に含まれる糖鎖やシアロ糖鎖の量が不明の場合があるので、芳香族アミン化合物(I)の使用量は予備実験などで決定すればよい。
糖鎖を含む試料は、常法により調製すればよい。例えば、糖タンパク質を含む試料にグリコシダーゼを作用させることにより糖鎖を遊離させた後、溶媒を除去するなどして調製することができる。糖鎖は、更に精製してもよい。或いは、芳香族アミン化合物(I)およびホスホニウム系縮合剤を作用させるべき糖鎖含有試料として、生体切片試料などの生体試料自体を用いてもよい。なお、糖鎖試料中にシアロ糖鎖が含まれないこともあり得るが、多くの糖鎖はシアル酸を含むといえる。また、シアル酸を含まない糖鎖の分子量はシアロ糖鎖の分子量よりも測定し易いといえ、本発明方法はシアロ糖鎖の分子イオンピークの検出感度を向上させるものであるので、糖鎖試料中にシアロ糖鎖が含まれていない場合には、通常の方法と同様にシアル酸を含まない糖鎖の分子イオンピークが検出されることになる。
本発明方法では、シアロ糖鎖を含む糖鎖試料またはその分散液(溶液を含む)に、芳香族アミン化合物(I)とホスホニウム系縮合剤を作用させる。芳香族アミン化合物(I)とホスホニウム系縮合剤は、それぞれ溶液の形態でシアロ糖鎖を含む糖鎖試料またはその分散液に添加してもよい。各溶液および分散液の溶媒は適宜選択すればよいが、例えば、水;メタノールやエタノールなどのアルコール系溶媒;ジエチルエーテル、テトラヒドロフラン、モルホリン、N-メチルモルホリンなどのエーテル系溶媒;ジメチルホルムアミドやジメチルアセトアミドなどのアミド系溶媒;酢酸エチルなどのエステル系溶媒;ジメチルスルホキシドなどのスルホキシド系溶媒;およびこれら2以上の混合溶媒などを挙げることができる。
シアロ糖鎖に含まれるシアル酸のカルボキシ基と芳香族アミン化合物(I)との反応条件は、適宜調整すればよい。例えば、常温で30分間以上、5時間以下反応させることができる。反応温度に関して、60℃以下に加熱してもよい。当該反応温度としては、50℃以下が好ましく、40℃以下がより好ましい。
糖鎖試料としては、グリコシダーゼを作用させることなく芳香族アミン化合物(I)とホスホニウム系縮合剤を作用させた後に、グルコシダーゼを作用させて糖鎖を糖タンパク質から切断したものを用いてもよい。また、芳香族アミン化合物(I)とホスホニウム系縮合剤を作用させた糖鎖試料は、カラムクロマトグラフィなどで精製してもよい。生体試料に芳香族アミン化合物(I)とホスホニウム系縮合剤を直接作用させた場合には、続いてグリコシダーゼを作用させることにより糖鎖を遊離させることが好ましい。
遊離した糖鎖に芳香族アミン化合物(I)とホスホニウム系縮合剤を作用させるか、或いは、芳香族アミン化合物(I)とホスホニウム系縮合剤を作用させた後に糖鎖を遊離させた後、MALDI-TOFMS分析に付す。例えば、生体試料に芳香族アミン化合物(I)とホスホニウム系縮合剤を直接作用させた後にグリコシダーゼで処理した糖鎖試料をマトリックスで被覆して、MALDI-TOFMS分析に付せばよい。
特に、本発明方法によれば、生体試料自体を用いることにより、分子量に基づく糖鎖の分布の可視化が可能になり得る。具体的には、例えば、生体切片試料に対してホスホニウム系縮合剤と芳香族アミン化合物(I)を作用させて糖鎖に含まれるシアル酸をアミド化した後、グリコシダーゼにより糖鎖をタンパク質から切断する。次いで、当該生体切片試料にマトリックスを塗布してMALDI-TOF-MS装置により分子量を測定する。得られた分子量測定データを、FlexImagingソフトフェア(Bruker Daltonics製)などの解析ソフトウェアで解析し、各糖鎖の測定質量数に基づいて、糖鎖分布を可視化することができ得る。糖鎖の中には、例えば正常な被験者由来の生体試料と特定の疾患に罹患している被験者由来の生体試料とでは分布が異なるものが存在し得るため、上記の可視化方法により、疾患やその重篤度などの診断が可能になり得る。
以下に実施例を示して本発明を具体的に説明するが、本発明は下記の実施例に限定されるものではない。
実施例1: フェチュイン遊離糖鎖の芳香族アミド化
シアル酸を含む糖鎖を有する糖タンパク質であるフェチュインの糖鎖を芳香族アミン化合物でアミド化し、分子量を測定した。
(1) 糖鎖試料の調製
PVDFメンブレン上に固定化した10μgのフェチュインを、2UのN-グリコシダーゼFを使って37℃で16時間処理することで、フェチュインからN結合型糖鎖を遊離させた。次いで、凍結乾燥により溶媒を除き、遊離させた糖鎖を乾固させた。
(2) アミンとの反応
乾燥させた上記糖鎖試料を濃度が10μMとなるようDMSOに溶解させた。10μL(100pmol)の糖鎖試料に対し、芳香族アミン化合物として、アニリン塩酸塩またはベンジルアミン塩酸塩の2M DMSO溶液を10μL加え、混合した。更に、脱水縮合剤として、(7-アザベンゾトリアゾール-1-イルオキシ)トリピロリジノホスホニウムヘキサフルオロリン酸塩(PyAOP)をDMSO/15%N-メチルモルホリン混合溶媒に500mMの濃度で溶解した溶液を20μL加え、室温で撹拌しながら1.5時間反応させた。反応後の溶液に、アセトニトリルを360μL加えて希釈した。
精製用の担体としてSep-Pak NH2(Waters社)100mgを充填した容量1mLのカラムを3mLの0.1%トリフルオロ酢酸(TFA)水溶液で洗浄した後、0.1%TFAを含む90%アセトニトリル溶液5mLでカラムを平衡化した。当該カラムに上記希釈反応溶液をチャージすることで、反応溶液中の糖鎖を担体に吸着させた。次に、0.1%TFAを含む90%アセトニトリル溶液5mLでカラムを洗浄した。最後に、0.1%TFA水溶液1mLにより糖鎖を溶出させ、凍結乾燥することで溶媒を除き乾固させることにより、アミド化糖鎖を得た。
(3) 脱シアロ化糖鎖の調製
アミド化糖鎖のイオン化強度の比較対象として用いるため、シアル酸含有糖鎖からシアル酸を除去した脱シアロ化糖鎖を調製した。10μLのフェチュイン遊離糖鎖試料(100pmol)に対し、100mM塩酸を10μL添加し、タッピングにより混合した。これを80℃に設定したヒートブロック上で2時間加熱することで、シアル酸とガラクトース間のグリコシド結合を切断した。反応後の溶液に100%アセトニトリルを180μL加えて希釈した。得られた希釈反応溶液から、上記(2)と同様のカラムクロマトグラフィによる精製と凍結乾燥により、脱シアロ化糖鎖を得た。
(4) 質量分析
乾固した上記糖鎖試料を10μLの超純水で覆水し、MALDI測定プレート上に0.5μL滴下した。マトリックス溶液として、1mM NaCl、0.1%TFAおよび20mg/mL 2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)を含む50%メタノール溶液を0.5μL加え、10回ピペッティングすることで混合した。乾燥後、0.1μLのエタノールを滴下して、マトリックスと糖鎖試料との共結晶を再結晶化させた。この試料について、MALDI-TOF-MS(「Ultraflextreme」Bruker Daltonics製)を用い、正イオン化モードで質量分析を行った。脱シアロ化糖鎖の分析結果を図1(1)に、ベンジルアミド化糖鎖の分析結果を図1(2)に、フェニルアミド化糖鎖の分析結果を図1(3)に示す。また、表1に、三分岐トリシアロ糖鎖構造に由来するピークのイオン強度を示す。
なお、図の糖鎖中、菱形はシアル酸を示し、丸はヘキソースを示し、三角はデオキシヘキソースを示し、四角はN-アセチルヘキソサミンを示す。より具体的には、灰色の菱形はN-アセチルノイラミン酸を示し、白抜きの菱形(◇)はN-グリコシルノイラミン酸を示し、白抜きの丸(○)はガラクトースを示し、灰色の丸はマンノースを示し、灰色の三角はフコースを示し、黒色の四角(■)はN-アセチルグルコサミンを示す。
比較例1: アセトヒドラジドによるフェチュイン遊離糖鎖のアミド化
上記実施例1(1)と同様にして、フェチュイン遊離糖鎖試料を調製した。10μLのフェチュイン遊離糖鎖試料(100pmol)を、1Mのアセトヒドラジド水溶液25μLと超純水15μLに混合し、HClを用いて混合溶液のpHを3.5に調整した。その後、2Mの1-エチル-3-(3-ジメチルアミノプロピル)カルボジイミド塩酸塩(EDC)水溶液を10μL添加し、室温で2時間反応させアミド化を行った。反応後、900μLのアセトニトリルを加えて希釈した。
得られた希釈反応溶液から、上記実施例1(2)と同様のカラムクロマトグラフィによる精製と凍結乾燥により、アセトヒドラジドアミド化シアル酸糖鎖を得た。得られたアミド化シアル酸糖鎖を、上記実施例1(4)と同様にして質量分析に付した。分析結果を図2(1)に示す。また、表1に、三分岐トリシアロ糖鎖構造に由来するピークのイオン強度を示す。
比較例2: アルキルアミンによるフェチュイン遊離糖鎖のアミド化
上記実施例1(1)と同様にして、フェチュイン遊離糖鎖試料を調製した。乾燥させた糖鎖試料を10μMの濃度でDMSOに溶解させた。10μL(100pmol)の糖鎖試料溶液に対し、メチルアミン塩酸塩、ジメチルアミンまたはイソプロピルアミンの2M DMSO溶液を10μL加え、混合した。脱水縮合剤として、(7-アザベンゾトリアゾール-1-イルオキシ)トリピロリジノホスホニウムヘキサフルオロリン酸塩(PyAOP)の濃度が500mMとなるようDMSO/15%N-メチルモルホリンに溶解したものを20μL加え、室温で撹拌しながら1.5時間反応させた。反応後の溶液に、100%アセトニトリルを360μL加えて希釈した。
得られた希釈反応溶液から、上記実施例1(2)と同様のカラムクロマトグラフィによる精製と凍結乾燥により、アルキルアミド化シアル酸糖鎖を得た。得られたアミド化シアル酸糖鎖を、上記実施例1(4)と同様にして質量分析に付した。メチルアミド化糖鎖の分析結果を図2(2)に、ジメチルアミド化糖鎖の分析結果を図2(3)に、イソプロピルアミド化糖鎖の分析結果を図2(4)に示す。また、表1に、三分岐トリシアロ糖鎖構造に由来するピークのイオン強度を示す。
Figure 0007039255000001
図1(1)の通り、脱シアロ化糖鎖ではシアル酸が除去された2つの糖鎖のピークが観測された。図2(1)~(4)の通り、縮合剤としてEDCを用いて糖鎖をアセトヒドラジドアミド化した場合(比較例1)と、縮合剤としてPyAOPを用いて糖鎖をアルキルアミド化した場合には、シアロ糖鎖のシアル酸のカルボキシ基が各アミンに修飾された糖鎖構造を観測できたが、脱シアロ化糖鎖に対し、イオン強度は10~20%程度となった。この結果から、アルキルアミン等による従来のアミド化方法ではシアロ糖鎖の検出感度が低いことが分かった。
一方、図1に示す質量分析結果の通り、縮合剤としてPyAOPを用い且つ求核剤としてベンジルアミンを反応させたベンジルアミド化糖鎖(図1(2))では、脱シアロ化糖鎖(図1(1))と同等のイオン強度で糖鎖のピークが観測された。また、縮合剤としてPyAOPを用い且つフェニルアミンを求核剤として用いた場合も(図1(3))、糖鎖のイオン強度比は脱シアロ化糖鎖に対して25%以上であった。この結果から、縮合剤としてホスホニウム系縮合剤を用い且つフェニル基などの芳香環を持つ化合物を求核剤として使用することで、従来のアミド化方法よりも高感度にシアロ糖鎖を検出可能であることが明らかにされた。
実施例2: マウス肝臓切片上のN型糖鎖の芳香族アミド化
本実施例では、動物組織切片上の糖タンパク質のシアロ糖鎖に対して、芳香族アミンによるアミド化を実施した。
(1) 組織の固定と包埋
正常マウスと非アルコール性脂肪肝炎(NASH)モデルマウスの肝臓を日本チャールスリバー社から購入し、その一部を切り出し、リン酸緩衝生理食塩水(PBS)で洗浄した後、10%中性緩衝ホルマリンで組織を固定化した。その後、70%エタノール、80%エタノール、90%エタノール、100%エタノールに順次浸漬することにより、組織を脱水した。その後、キシレンで組織を透徹させた後、60℃に加熱して融解したパラフィンに包埋した。
(2) 組織切片の作製
ミクロトーム(ライカバイオシステムズ製)を使用して、パラフィン包埋した組織を5μmの厚さに薄切りし、酸化インジウムスズが表面にコートされた導電性スライドガラス上に張り付けた。張り付けた組織は、60℃に設定したヒートブロック上で1時間加熱することで、導電性スライドガラス上に接着させた。
切片をキシレンに2回、100%エタノールに2回、90%エタノールに2回浸漬することで、脱パラフィンを行った。その後、超純水に浸漬して洗浄した。
洗浄後の切片を98℃に加熱したクエン酸緩衝液(pH6.0)中に入れ、加温することにより、ホルマリンにより架橋された膜タンパク質を脱架橋した。その後、切片を容器ごと加熱器具から取り出し、室温まで徐々に冷却した。冷却後、切片を超純水に5分間浸漬することで洗浄し、デシケーター内で乾燥させた。
(3) ベンジルアミド化
乾燥させた組織切片に対し、求核剤として、ベンジルアミン塩酸塩を2Mの濃度でDMSOに溶解した溶液を5mL加え、5分間振とうした。更に、脱水縮合剤として、PyAOPを250mMの濃度でDMSO/15% N-メチルモルホリンに溶解した溶液を5mL加え、室温で撹拌しながら1.5時間反応させた。反応後、エタノールと超純水を使用して切片を洗浄した。
(4) 質量分析
5000UのN-グリコシダーゼFを10mM重炭酸アンモニウム水溶液で希釈し、エアブラシを使用して、組織切片を張り付けた導電性スライドガラス全体に塗布した。37℃の高湿度環境中、16時間インキュベートすることで、N結合型糖鎖を遊離させた後、乾燥させた。
マトリックス溶液として、1mM NaCl、0.1%TFAおよび20mg/mL 2,5-ジヒドロキシ安息香酸(DHB)を含む50%メタノール溶液を、スライドガラス全体に塗布した。乾燥後、得られた試料について、MALDI-TOF-MS(「Ultraflextreme」Bruker Daltonics製)により、正イオン化モードで質量分析を行った。正常マウス由来の組織切片資料の分析結果を図3に、NASHマウス由来の組織切片資料の分析結果を図4に示す。
比較例3: アセトヒドラジドによるマウス肝臓切片上のN型糖鎖のアミド化
上記実施例2(1),(2)と同様にして、組織切片を作製した。乾燥させた組織切片に対し、求核剤として1Mアセトヒドラジド水溶液を5mL添加し、HClを用いて反応液のpHを3.5に調整した。その後、2M EDC水溶液を1mL添加し、2時間室温で反応させた。さらに2回、2M EDC水溶液を1mL添加し、室温で2時間反応させることで、切片上のシアロ糖鎖をアミド化させた。アミド化反応後、エタノールと超純水を使用して切片を洗浄した。分析結果を図5に示す。
比較例3では、上記比較例1,2で試験した既報のシアロ糖鎖のアミド化反応の内、遊離糖鎖での評価で最もイオン強度が高かったアセトヒドラジドを求核剤として用い、EDCを縮合剤として反応させることで、マウス組織切片上でのシアロ糖鎖を質量分析で検出可能か評価した。その結果、図5に示す結果の通り、シアル酸を有していない、つまりアミド化されていないハイマンノース型の糖鎖を検出することはできたが、アセトヒドラジド化したシアロ糖鎖は1種類(m/z:2389.8)しか検出することができなかった。このように、従来のアミド化方法は、切片上のN型糖鎖のように微量かつ濃縮できないような糖鎖試料への適用は困難である。
それに対して、ベンジルアミンを求核剤とし且つPyAOPを縮合剤として用いた実施例2では、シアロ糖鎖に由来するピークは13種検出され、ハイマンノース型糖鎖を含めて正常マウスでは17種、NASHマウスでは18種類の糖鎖を検出することができた。この結果から、ベンジルアミド化により、従来のアミド化方法と比較して切片上に存在するシアロ糖鎖を高感度に検出できることがわかる。
実施例3: マウス肝臓切片上のN型糖鎖の分布の可視化
FlexImagingソフトフェア(Bruker Daltonics製)を使って、TIC正規化処理を行った上記実施例2で得られたマススペクトルを各糖鎖の質量数に基づいてフィルタ(誤差範囲:±0.5Da)にかけることで、イメージング画像を作成した。結果を図6に示す。
図6に示す結果の通り、正常マウスの肝臓試料とNASHマウスの肝臓試料とでは、特定の分子量を有する膜タンパク質糖鎖の中に、明らかに分布が異なるものがあり、また、本発明方法によれば、分子量の検出感度の高さから、かかる分布の違いを検出することが可能である。よって本発明方法によれば、生体試料を直接測定に付すことにより、疾患の診断や進行ステージの正確な測定が可能になり得る。

Claims (7)

  1. シアロ糖鎖の分子量を質量分析により測定する方法であって、
    ホスホニウム系縮合剤の存在下、前記シアロ糖鎖と下記式(I)で表される芳香族アミン化合物とを反応させる工程を含むことを特徴とする方法。
    Ar-R-NH2 (I)
    [式中、Arは置換基を有していてもよい6~18員芳香族環基を示し、Rは単結合またはC1-6アルキレン基を示す。]
  2. 前記シアロ糖鎖が、生体試料の糖タンパク質に結合しているものである請求項1に記載の方法。
  3. 更に、前記シアロ糖鎖を前記糖タンパク質から切断する工程を含む請求項2に記載の方法。
  4. 更に、前記生体試料における前記シアロ糖鎖が有する特定の分子量の分布を可視化する工程を含む請求項2または3に記載の方法。
  5. 前記ホスホニウム系縮合剤としてヘキサフルオロリン酸 (7-アザベンゾトリアゾール-1-イルオキシ)トリピロリジノホスホニウムまたはヘキサフルオロリン酸 (ベンゾトリアゾール-1-イルオキシ)トリピロリジノホスホニウムを用いる請求項1~4のいずれかに記載の方法。
  6. 前記Arがベンゼン環である請求項1~5のいずれかに記載の方法。
  7. 前記Rがメチレンである請求項1~6のいずれかに記載の方法。
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