以下、本開示の複数の実施形態を図面に基づいて説明する。尚、各実施形態において対応する構成要素には同一の符号を付すことにより、重複する説明を省略する場合がある。各実施形態において構成の一部分のみを説明している場合、当該構成の他の部分については、先行して説明した他の実施形態の構成を適用することができる。
(第1実施形態)
本実施形態に係るバルブ装置は、図1に示す燃料噴射弁10に適用されたものである。燃料噴射弁10は、車両に搭載された内燃機関のシリンダヘッドに取り付けられ、内燃機関の燃焼に用いる燃料を燃焼室へ噴射する。内燃機関は自着火燃焼するディーゼルエンジンであり、燃料には軽油が用いられている。
燃料噴射弁10は、金属製のボデー、電動のアクチュエータ20、ピストン31、ロッド32、ニードル33、弁座プレート40およびシリンダプレート50を備える。ボデーは、複数に分割されており、第1ボデー11、第2ボデー12、第3ボデー13および第4ボデー14を有する。第1ボデー11は、アクチュエータ20を内部に収容する。第2ボデー12は、シリンダプレート50を内部に収容する。第3ボデー13は、ピストン31およびロッド32を摺動可能な状態で内部に収容する。第4ボデー14は、ニードル33を摺動可能な状態で内部に収容する。
第3ボデー13には高圧流入口H1が形成され、第3ボデー13および第4ボデー14には、高圧流入口H1に連通する高圧通路H2が形成されている。さらに第4ボデー14には、高圧通路H2に連通する溜室14aが形成されており、この溜室14aにニードル33は配置されている。換言すれば、溜室14aは、ニードル33を取り囲む環状の燃料通路として機能する。さらに第4ボデー14には、溜室14aに連通する噴孔14bが形成されている。そして、図示しないコモンレールから高圧流入口H1へ供給された高圧燃料は、高圧通路H2および溜室14aを通じて噴孔14bから噴射される。
ニードル33は、先端に円錐面を有する針状の円柱形状であり、その円錐面は、第4ボデー14の内周面に形成された弁座14cに当接するシート面33aとして機能する。ニードル33が弁座14cに着座してシート面33aが弁座14cに密着すると、溜室14a(燃料通路)が閉鎖され、噴孔14bからの燃料噴射が停止される。ニードル33が弁座14cから離座してシート面33aが弁座14cから離れると、溜室14a(燃料通路)が開放され、噴孔14bから燃料が噴射される。
ロッド32の一端はニードル33の反噴孔側に接続され、ロッド32の他端はピストン31に接続されている。ピストン31、ロッド32およびニードル33は、一体となって軸方向(図1の上下方向)に往復動する。なお、ピストン31およびロッド32は軸方向に延びる円柱形状である。
ピストン31の反噴孔側には制御室13aが設けられている。制御室13aは、第2ボデー12、第3ボデー13およびピストン31に囲まれた形成されており、第2ボデー12に形成された流入通路H3および流出通路L1と連通している。流入通路H3は高圧流入口H1と連通しており、高圧流入口H1から流入した高圧燃料の一部は、流入通路H3を通じて制御室13aへ流入する。これにより、制御室13aには燃料が充填される。
制御室13aに充填されている燃料は、ピストン31を噴孔14bへ近づかせる向きに付勢する。換言すれば、制御室13a内の燃料の圧力をピストン31の受圧面積に乗算した力である燃圧閉弁力が、ピストン31に付与される。燃圧閉弁力は、ピストン31およびロッド32を介してニードル33に伝達される。また、ニードル33には、弾性部材32aの弾性変形による力(弾性力)が、ニードル33を噴孔14bへ近づく向きに付与されている。したがって、これら燃圧閉弁力および弾性力は、ニードル33を閉弁作動させる力(閉弁力)としてニードル33に作用する。
また、溜室14aに充填されている燃料は、ニードル33を噴孔14bから遠ざける向きに付勢する。換言すれば、溜室14a内の燃料の圧力を、ニードル33の噴孔側の面の面積に乗算した力である燃圧開弁力が、ニードル33に付与される。したがって、制御室13aの燃料の圧力(制御圧)を十分に大きくすると、燃圧閉弁力および弾性力が燃圧開弁力よりも大きくなり、ニードル33が閉弁作動してシート面33aが弁座14cに密着した状態になり、噴孔14bからの燃料噴射が停止される。制御圧を十分に小さくすると、燃圧閉弁力および弾性力が燃圧開弁力よりも小さくなり、ニードル33が開弁作動してシート面33aが弁座14cから離れた状態になり、噴孔14bから燃料が噴射される。
弁座プレート40は、第2ボデー12のうち制御室13aの反対側の面に固定されている。弁座プレート40には、先述した流出通路L1の一部として機能する貫通孔41が形成されている。貫通孔41は、液体燃料である流体が流れる「流通路」に相当する。弁座プレート40は、上記流通路を形成するとともに、後述する弁体25のシート面25aが離着座する弁座42を有する「弁部材」に相当する。
第3ボデー13および第2ボデー12には、低圧通路L2が形成されている。第1ボデー11には、低圧通路L2と連通する低圧室12aと、その低圧室12aと連通する低圧流出口L3とが形成されている。低圧通路L2は、溜室14a等からリークした低圧燃料、および流出通路L1から流出した低圧燃料を流通させる。低圧通路L2から低圧室12aへ流入した低圧燃料は、低圧流出口L3を通じて第1ボデー11から流出し、図示しない低圧配管を通じて燃料タンクへ戻される。
アクチュエータ20は、電磁コイル21、制御弁22および弾性部材26を有する。制御弁22は、低圧室12aに配置されるとともにシリンダプレート50により摺動可能に保持され、弁座プレート40の貫通孔41を開閉する。制御弁22には、弾性部材26の弾性変形による力(弾性力)が、制御弁22を貫通孔41へ近づく向きに付与されている。したがって、弾性部材26による弾性力は、制御弁22を閉弁作動させる力(閉弁力)として制御弁22に作用する。電磁コイル21への通電により磁束を生じさせると、制御弁22には磁気吸引力が作用する。この磁気吸引力は、制御弁22を開弁作動させる力(開弁力)として制御弁22に作用する。
図2に示すように、制御弁22は、保持部23、支持部24および弁体25を有する。保持部23は金属製であり、軸方向に延びる円筒形状である。支持部24は金属製であり、保持部23の円筒内部に溶接または圧入等の手段で固定されている。支持部24は、円錐形状の支持面24aを有する。弁体25は金属製のボール形状であり、ボールの一部に平坦形状のシート面25aが形成されている。弁体25は、保持部23の円筒内部に、回転可能な状態で保持されている。具体的には、保持部23の円筒端部は、加締めにより塑性変形されて小径に形成されており、弁体25が保持部23から抜け落ちないように機能する。つまり、弁体25は、保持部23の加締め部と支持部24の支持面24aとの間に挟まれて、回転可能な状態で保持されている。
図3に示すように、弁座プレート40は、金属製の円板形状であり、シリンダプレート50と第2ボデー12とに挟まれている。弁座プレート40には、貫通孔41に加えて、弁座42、テーパ面43、環状溝44、ストレート溝45および当接面46が形成されている。弁座42は、貫通孔41の流出口周りに環状に延びる平坦面を有した形状であり、その平坦面に弁体25のシート面25aが離着座する。上記平坦面は、軸方向に対して垂直に拡がる面である。弁体25は、セラミックまたは合金の球体の一部を研削して製造されている。
環状溝44は、弁座42の周りに環状に延びる溝である。環状溝44の底面と弁座42の外周縁とを接続する面は、軸方向に対して傾斜するテーパ面43である。ストレート溝45は、弁座プレート40の径方向に延びる形状の溝である。ストレート溝45は、環状溝44と連通し、複数本形成されている。弁体25が開弁作動することに伴い貫通孔41から流出した低圧燃料は、環状溝44およびストレート溝45を流通した後、シリンダプレート50と第2ボデー12との接触面に形成された図示しない連通溝を通じて低圧通路L2へ流入する。
図4中の一点鎖線はシート面25aの外縁を示す。弁座プレート40のうち環状溝44より径方向外側の部分、かつ一点鎖線より径方向内側の部分、かつストレート溝45が形成されていない部分は、シート面25aと当接する当接面46として機能する。つまりシート面25aは、弁座42に加えて当接面46とも離着座する(図5参照)。
図5に示すように、弁座プレート40のうち弁座42が形成されている側の面には、硬質のコーティングが施されている。換言すれば、弁座プレート40は、金属母材40aと、金属母材40aの表面に形成されたコーティング層40bと、を有していると言える。コーティング層40bは金属母材40aに比べて高硬度である。金属母材40aの材質は、鉄Feを主成分(50%以上)としクロムCrを10.5%以上含むステンレス鋼である。コーティング層40bの材質は窒化クロムCrNである。
図6に示すイオンプレーティング装置200を用いて、イオンプレーティング法によりコーティング層40bは形成されている。イオンプレーティング法とは、イオン化した金属を被加工物に蒸着させる表面処理のことであり、本実施形態では、イオン化したクロムCrを、窒素が存在する高温低圧環境下で、金属母材40a(被加工物)に蒸着させることでコーティング層40bを形成する。
イオンプレーティング装置200は、真空容器201、回転テーブル202、バイアス電源203、ターゲット204、アーク電源205およびヒータ206を備える。真空容器201内には、回転テーブル202、ターゲット204およびヒータ206が配置されている。回転テーブル202にはバイアス電源203の陰極が電気接続され、ターゲット204にはアーク電源205の陽極が電気接続されている。また、回転テーブル202には、被加工物としての金属母材40aが載置され、ターゲット204には、蒸着金属としてのクロムCrがセットされている。
イオンプレーティング装置200を以下のように作動させることで、コーティング層40bは形成される。すなわち、ガス導入口201aから窒素ガスを導入して、真空容器201内の窒素ガス濃度を所定濃度にする。真空容器201内を所定圧力(例えば0.033Pa以下)に減圧する。ヒータ206を作動させて真空容器201内を所定温度(例えば500℃)にする。回転テーブル202を所定速度で回転させる。そして、バイアス電源203に所定のバイアス電圧(例えば0V~300V)を印加することで、ターゲット204にセットされた金属と回転テーブル202に載置された金属母材40aとの間でアーク放電させる。
上述した各種の成膜条件、すなわちバイアス電圧の大きさ、バイアス電圧の印加時間、真空容器201内の窒素ガス濃度、圧力、温度、および回転テーブル202の回転速度を調節することで、コーティング層40bの厚さ、硬度および靭性が調節される。具体的には、硬度および靭性の目標値を定め、その目標値となるように上記成膜条件を調節する。コーティング層40bの厚さの目標値は、例えば3μmに設定されている。
硬度については、図7に示すマイクロビッカース試験装置100の圧子110をコーティング層40bに押し付けて生じる圧痕47(図8参照)の大きさで表されるビッカース硬さを指標とする。具体的には、圧痕47の表面積に対する、圧子110を押し付けるのに要した荷重の比率を、GPa(=kgf/mm2)で表現する。本実施形態に係るコーティング層40bの目標硬度は、20GPa以上25GPa以下の範囲に設定されている。なお、圧子110は、日本工業規格で定められた形状である。すなわち、対向する2つの圧子面110aの対面角度を136度とする、四角錐形状である。
靭性については、図8を用いて以下に詳述するクラック率を指標とする。
圧痕47は、弁座プレート40の表面から四角錐形状に窪んだ形状である。四角錐の底面に位置する4本の外形線47aは、概略、正方形になることを想定している。圧痕47の稜線47bが正方形の対角線に位置する。各々の外形線47aの長さをA1、A2、A3、A4とし、外形線47aの全長(A1+A2+A3+A4)をLaと定義する。
さて、コーティング層40bの靭性が低い場合には、外形線47aに沿って延びるクラック471、472、473、474が生じる。これらのクラック471~474は、図8に示すような湾曲した形状になることを想定しているが、直線形状や蛇行した形状になる場合もある。また、クラック471~474が生じる位置は、圧痕47の外の場合(符号472、473参照)もあるし、圧痕47の中の場合(符号471、474参照)もある。
いずれの形状および位置であっても、クラック471~474の外形線47aへの投影長をB1、B2、B3、B4とし、投影長の全長(B1+B2+B3+B4)をLbと定義する。図8に示すようにクラック471~474が複数生じた場合には、各々のクラック471~474の投影長の総和をLbと定義し、クラックが1つの場合には、その1つのクラックの投影長をLbと定義し、クラックが生じない場合にはLb=0とする。
そして、上述の如く定義されたLaに対するLbの比率Lb/Laをクラック率と定義する。したがって、投影長の長いクラックが生じるほどクラック率の値は大きくなる。また、生じたクラックの本数が多いほどクラック率の値は大きくなる。そして、クラック率の値が大きいほど、コーティング層40bの靭性が低いと言える。
また、上記クラック率は、コーティング層40bの厚さD1(図7参照)より小さい押付量D2で、コーティング層40bに圧子110を押し付けた場合に生じる圧痕47およびクラックを対象として定義されたものである。図9の横軸は、マイクロビッカース試験装置100により圧子110を押し付ける荷重を示し、右側の縦軸は圧子110の深さ(押付量D2)を示し、左側の縦軸は、圧痕47の対角線長さを示す。図9に示す試験結果は、コーティング層40bの厚さD1を3μmとした場合、0.2kgf未満の荷重で圧子110を押し付ければD2<D1となることを示す。
さて、燃料噴射弁10に用いる燃料に砂系異物S(図5参照)が混入している場合がある。この場合には、弁体25が閉弁作動した時に、弁座プレート40の弁座42と弁体25のシート面25aとの間に砂系異物Sが噛み込み、弁座プレート40のコーティング層40bに割れや欠けが生じることが懸念される。また、このような割れや欠けが起点となって、コーティング層40bが金属母材40aから脱落する懸念も生じる。この懸念に対しては、コーティング層40bの靭性を高くすることが有効である。つまり、クラック率の値が大きいほど靭性が高くなり、砂系異物Sによるコーティング層40bの割れ欠けが生じにくくなる。
その一方で、弁座プレート40の弁座42および当接面46は、弁体25が繰り返し衝突する部分であるため摩耗が生じやすい。そのため、弁座42および当接面46は高硬度であることが望ましい。そして、硬度と靭性は相反するものであり、コーティング層40bを高硬度に成膜して耐摩耗性を向上させるほど、靭性の低下を招き、砂系異物S等に起因した割れ欠けが生じやすくなる。そのため、弁座プレート40のコーティング層40bにおいては、硬度と靭性のバランスを調節することが重要である。
図10に示す試験結果は、マイクロビッカース試験装置100により圧痕47を形成して計測したクラック率と硬度との関係を示す。なお、図10中の黒塗りドットは窒化クロムCrNの試験データ、白丸ドットは窒化チタンTiNの試験データ、白三角ドットは窒化チタンアルミニウムTiAlNの試験データである。この試験に係る成膜条件では、コーティング層40bの厚さ、バイアス電圧、およびコーティング層40bの材質を変化させている。
この試験結果は、成膜条件を調節してクラック率を30%より大きくして靭性を低くしても硬度は大きく向上せず、それでいて、成膜条件を調節してクラック率を30%以下にしても20GPa以上の硬度を確保できることを意味する。この点を鑑み、本実施形態では、クラック率が30%以下かつ硬度が20GPa以上となるように、コーティング層40bを形成している。具体的には、イオンプレーティング装置200に係る上記成膜条件を調節すれば、クラック率が30%以下かつ硬度が20GPa以上となるようにコーティング層40bを形成できる。例えば、バイアス電圧を高くするほど、高硬度かつ低靭性となるので、クラック率が30%以下かつ硬度が20GPa以上となるようにバイアス電圧を調節して、コーティング層40bを形成する。
さらに、図10に示す試験結果は、クラック率が12%未満になる(高靭性になる)と、硬度が急激に低下することを意味する。この点を鑑み、本実施形態では、クラック率が12%以上となるようにコーティング層40bを形成している。さらに、図10に示す試験結果は、硬度を25GPaより大きくすると、クラック率が極めて大きくなる(低靭性になる)ことを意味する。この点を鑑み、本実施形態では、硬度が25GPa以下となるようにコーティング層40bを形成している。
図11に示す試験結果は、5つの供試体(1)~(5)について、圧子110の押付荷重条件を変更させてクラック率を計測した値である。供試体(1)~(4)については、コーティング層40bの材質を窒化クロムCrNとし、印加するバイアス電圧を各供試体(1)~(4)で異ならせている。供試体(1)のバイアス電圧は0V、供試体(2)のバイアス電圧は75V、供試体(3)のバイアス電圧は100V、供試体(4)のバイアス電圧は300Vである。バイアス電圧を高くするほど高硬度になることは一般的に知られており、高硬度であるほど靭性が低くなることは先述した通りである。そして、供試体(1)~(4)による試験結果は、本発明者らが定義したクラック率の値は、高硬度であるほど高くなる(低靭性になる)ことを示している。つまり、本発明者らが定義したクラック率は靭性と高い相関関係にあることを示している。
但し、押込荷重を0.15kgfとした場合には、圧痕47の外形線47aのほぼ全周にクラックが生じたため、硬度の違いによるクラック率(靭性)の違いを精度よく検出できていない。また、押込荷重を0.1kgfとした場合には、クラックが殆ど生じなかったため、硬度の違いによるクラック率(靭性)の違いを精度よく検出できていない。そして、0.11kgf~0.13kgfの範囲であれば、硬度の違いによるクラック率(靭性)の違いが精度よく検出できている。要するに、押込荷重には、クラック率(靭性)を高精度で検出可能な範囲が存在することが、図11の試験により確認された。
また、供試体(5)については、コーティング層40bの材質を窒化チタンアルミニウムTiAlNとし、印加するバイアス電圧を100Vとしている。窒化チタンアルミニウムの方が窒化クロムより高硬度であり、供試体(3)(5)による試験結果は、本発明者らが定義したクラック率の値は、高硬度である窒化チタンアルミニウムのほうが窒化クロムより高くなる(低靭性になる)ことを示している。つまり、本発明者らが定義したクラック率は靭性と高い相関関係にあることを示している。
以上により、上記定義によるクラック率は靭性と高い相関があり、本実施形態によれば、コーティング層40bはクラック率30%以下に形成されている。そのため、燃料に混入した砂系異物Sがシート面25aと弁座42の間に噛み込んだ場合の靭性を、十分に確保できる。それでいて、コーティング層40bは硬度20GPa以上に形成されている。そのため、衝突を繰り返す弁座42の耐摩耗性を、十分に確保できる。要するに、靭性と硬度のバランスが最適化されている。
図12に示す試験結果は、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上が上記バランスに最適であることを示す。この試験では、バイアス電圧の条件を50V、75V、100Vの3種類とし、コーティング層40bの厚さを3μm、1.5μmの2種類としている。硬度については、20GPa~25GPaの範囲となるように調節されている。図12の縦軸は、電磁コイル21への通電オンオフを繰り返し実行して制御弁22の耐久試験を開始してから、制御弁22の閉弁作動時における弁座42からの燃料リーク量が急増する(弁座42が決壊する)までの時間を示す。図12の横軸はクラック率を示す。この試験結果は、クラック率が低いほどリーク急増時間が長くなり耐久性が向上することを示す。そして、クラック率を30%以下にすれば十分な耐久性を確保できることが確認された。
さらに、図10に示す試験結果から、クラック率が12%未満になる(高靭性になる)と硬度が急激に低下するといった知見を本発明者らは得ている。この点を鑑み本実施形態では、コーティング層40bをクラック率12%以上となるように形成している。そのため、硬度を大きく低下させることなく十分なクラック率を確保できており、硬度と靭性のバランスの適正化を促進できている。
さらに、図10に示す試験結果から、硬度を25GPaより大きくすると、クラック率が極めて大きくなる(低靭性になる)といった知見を本発明者らは得ている。この点を鑑み本実施形態では、コーティング層40bを硬度25GPa以下に形成している。そのため、靭性を大きく低下させることなく十分な硬度を確保できており、硬度と靭性のバランスの適正化を促進できている。
ここで、本実施形態に反して押付量D2を大きくすると、クラック率と靭性の相関度合が低下することを本発明者らは確認している。この点を鑑み本実施形態では、コーティング層40bの厚さD1より小さい押付量D2で圧子110をコーティング層40bに押し付けた場合に生じる圧痕47およびクラック471~474を対象として、クラック率は定義されている。そのため、硬度と靭性のバランスの機差ばらつきを抑制でき、上記バランスの適正化を高精度で実現できている。
さらに、本実施形態では、コーティング層40bの材質を窒化クロムとしている。窒化クロムの場合、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上となるような成膜条件の調節を、他の材質に比べて容易に実現できる。
さらに、本実施形態では、コーティング層40bはイオンプレーティング法により形成された状態である。これによれば、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上となるような成膜条件の調節を、他の製造方法に比べて容易に実現できる。
(他の実施形態)
以上、本開示の複数の実施形態について説明したが、各実施形態の説明において明示している構成の組み合わせばかりではなく、特に組み合わせに支障が生じなければ、明示していなくても複数の実施形態の構成同士を部分的に組み合わせることができる。そして、複数の実施形態及び変形例に記述された構成同士の明示されていない組み合わせも、以下の説明によって開示されているものとする。
上記第1実施形態では、弁座プレート40に圧痕47が形成されている。詳細には、コーティング層40bの表面のうち、当接面46よりも径方向外側に位置する部分に圧痕47が形成されている。これに対し、上記圧痕47は形成されていなくてもよい。
上記第1実施形態では、弁座プレート40に形成された環状溝44は、低圧通路L2に連通しており、環状溝44から流出する低圧燃料は、低圧通路L2を通じて低圧室12aに流入する。これに対し、環状溝44は、低圧通路L2をバイパスして低圧室12aに直接連通するように形成されていてもよい。
上記第1実施形態では、コーティング層40bの材質を窒化クロムCrNとしている。これに対し、窒化クロムアルミニウムCrAlN等の窒化クロムCrN以外の硬質クロムであってもよい。また、窒化チタンTiN、窒化チタンアルミニウムTiAlN等の硬質チタンであってもよいし、ダイヤモンドライクカーボンDLC等の硬質炭素であってもよい。
上記第1実施形態では、弁座プレート40の弁座42および弁体25のシート面25aのうち、弁座42にコーティング層40bを形成し、弁座42を対象として、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上にしている。これに対し、弁体25のシート面25aを対象として、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上にしてもよい。また、弁座プレート40および弁体25の両方を対象として、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上にしてもよい。
上記第1実施形態では、制御室13aの流出通路L1を開閉する弁体25と、弁体25が離着座する弁座プレート40(弁部材)との少なくとも一方に形成されたコーティング層40bを対象として、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上としている。これに対し、ニードル33(弁体)および第4ボデー14(弁部材)の少なくとも一方に形成されたコーティング層を対象として、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上としてもよい。
上記第1実施形態では、バルブ装置としての燃料噴射弁10が備える弁体および弁部材のコーティング層を対象として、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上としている。これに対し、燃料噴射弁10とは別のバルブ装置が備えるコーティング層を対象として、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上としてもよい。例えば、コモンレールへ高圧燃料を圧送する高圧ポンプに取り付けられた調量弁や、コモンレールに取り付けられた減圧弁が、バルブ装置の変形例として挙げられる。
上記第1実施形態では、以下に説明する靭性計測方法を開示していると言える。この靭性計測方法は、金属母材40aの表面に形成されたコーティング層40bの靭性を計測する方法である。この方法は、以下に説明する押付工程、計測工程および演算工程を備える。先ず押付工程では、計測対象となるコーティング層40bに、四角錐形状の圧子110を押し付けて、圧痕47を形成する。
続く計測工程では、押付工程で形成された圧痕47の外形線47aの全長を計測する。さらに計測工程では、圧子110を押し付けて生じるクラック471、472、473、474の、外形線47aへの投影長を計測する。ここで、計測工程で計測された外形線47aの全長をLaと定義し、クラック471~474の外形線47aへの投影長をLbと定義する。
続く演算工程では、LbをLaで除算する演算を実行し、その演算結果であるLb/Laをクラック率とする。このように定義されたクラック率が靭性と高い相関を有することは先述した通りである。よって、上記靭性計測方法によれば、クラック率を靭性の指標として計測できる。
上記第1実施形態では、以下に説明するバルブ装置製造方法を開示していると言える。このバルブ装置製造方法は、金属母材40aの表面に、イオンプレーティング法でコーティング層40bを成膜する方法である。この方法は、クラック率計測工程、硬度計測工程、成膜条件調節工程および成膜工程を備える。クラック率計測工程は、先述した押付工程、計測工程および演算工程を有し、先述した靭性計測方法の手順でクラック率を計測する。硬度計測工程では、図7を用いて先述した通り、マイクロビッカース試験装置100の圧子110をコーティング層40bに押し付けて生じる圧痕47の大きさで表されるビッカース硬さ(硬度)を計測する。
続く成膜条件調節工程では、計測されたクラック率および硬度が目標値となるように、計測対象となっていたコーティング層40bの成膜条件を補正する。例えば、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上となるように成膜条件を補正する。続く成膜工程では、補正により調節された成膜条件で、イオンプレーティング装置200を作動させ、金属母材40aの表面にコーティング層40bを成膜する。これにより、クラック率30%以下かつ硬度20GPa以上となるコーティング層40bが、金属母材40aの表面に成膜される。