JP6997932B2 - 形状記憶ボーラス - Google Patents

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Description

本発明は、放射線治療に用いられる身体に密着する再利用可能なボーラスに関する。
がん治療などに対する放射線治療の際に使用されている高エネルギーX線又は電子線は、ビルドアップ効果によって皮膚表面の線量低下が避けられない。腫瘍などの治療標的が皮膚表面に存在する場合には、標的への線量を担保するためにボーラスと呼ばれる皮膚等価材を使用して表面線量を増やす必要がある。
X線が体外から入射した際、皮膚表面で発生した2次電子がエネルギーを失う(すなわち、体内にエネルギーを与える)までの距離は5-10 mm程度である。そのため、エネルギーの最大値は体表面から5-10 mm程度の場所に付与されるため(ビルドアップ効果)、皮膚の表面近くに存在する標的には最大エネルギーが付与されない。そのため、皮膚表面に皮膚等価材であるボーラスをのせて治療を行うことで最大エネルギーの位置をボーラスの厚さ分補正することが可能となり、放射線の最大エネルギーを標的に投与することで効率的に治療を実施することが可能になる。
従来のゲル封入型ボーラスは、腹部や背中など、体表面が平らな領域に対しては密着度が高く放射線の最大エネルギーを標的に効率的に投与することが可能であった。しかし、顔や乳房など体表面が平らでない領域に対しては密着して留置することが不可能であった。皮膚表面とボーラスとの密着度が低下すると放射線の最大エネルギーを標的に効率的に投与することが不可能となり、治療効果が低下するという欠点があった。ここで密着とは、体の表面の凹凸に合わせて凸凹に変形して隙間なく接することをいう。
これらの課題に対応するため、ボーラスと患者の皮膚表面との密着度を改善することを目的として、3Dプリンターを用いた患者固有のボーラス(3Dボーラス)を作製し、線量分布を改善することなどが提案されてきた。
特許文献1に記載の発明は、患者の皮膚表面に隙間なく密着できるとともに、患者の患部に対応した適切な放射線の透過率分布を有するボーラスを提供することを目的とし、水と、ポリマーと、鉱物を含むハイドロゲルからなる液体材料をインクジェット方式の3次元プリンターを用いて成形する方法などを開示する。
また、特許文献2に記載の発明は、放射線治療において、照射した放射線の人体での吸収の分布を補正するために、ポリウレタン又はポリウレタンを主成分とする材料を用いて3Dプリンターにより人体に密着して使用されるボーラスの製造方法及びボーラスを開示する。
しかし、特許文献1に記載の発明は、型を用いて形成する方法と、3次元プリンターを用いて直接形成する方法を開示するが、いずれの方法も患者の皮膚の形状に沿った形状とするため、事前に被治療者のCT画像データなどの体表面データを取得する必要があった。また、特許文献2に記載の発明は、患者の頭部のCT画像データに基づいて3Dプリンターで生成した型によりボーラスを作製する方法を開示するが、やはりあらかじめ患者の体表面データを取得する必要があった。これらの方法では、体表面データを取得するために追加の検査が必要であるなどボーラスを短時間で形成するには難があった。
また、3Dボーラスを放射線治療計画に適用するには事前に作製された3Dボーラスを使用してCTシミュレーションを行う必要がある。3Dボーラスの作製に時間を要すると、治療開始が遅れ、腫瘍の局所制御率が低下する懸念がある。更に、3Dボーラスには、治療中の経時変化、放射線に対する耐久性及び安全性に関する多くの不明点があり、3Dボーラスを臨床的に使用するには、品質管理フローを構築する必要があるなど多くの時間と人件費が必要となる。
更に、患者専用に設計された3Dボーラスは、オーダーメイドであるため再利用できず、治療が終了するたびに廃棄する必要があった。また、3Dプリンターの材料として広く使用されているABS樹脂やウレタン樹脂は、生分解性ではないため、廃棄の際には環境汚染を招くおそれがある。このように、3Dボーラスは、医療面、コスト面で課題が多く、再利用ができず、環境面でも課題があった。
特許第6651976号 特許第6446635号
そこで本発明では、身体形状へ優れた密着性を有し、短時間かつ低コストで形成でき、再利用可能で、廃棄する場合でも環境負荷が小さく、相転移が融点(Tm)付近の狭い温度範囲で起きる温度応答性ポリマーを含むボーラスの提供を課題とする。
上記課題を解決するために、請求項1に記載の発明にあっては、放射線治療を受ける患者の身体形状に密着するボーラスであって、前記ボーラスは、ε-カプロラクトンのマクロモノマーが架橋されてなる生分解性の温度応答性ポリマーを含む熱可塑性形状記憶樹脂シートからなることを特徴とする。
請求項2に記載の発明にあっては、前記温度応答性ポリマーは、4分岐の架橋ポリカプロラクトンを含むことを特徴とする。
請求項3に記載の発明にあっては、前記密着の度合いを表す係数を、(ボーラスと体表面との間隙の体積/ボーラスの体積)×100と定義したとき、該係数が3.4%以下の範囲であることを特徴とする。
請求項4に記載の発明にあっては、前記温度応答性ポリマーは、4分岐と2分岐のポリカプロラクトンが架橋されてなるポリカプロラクトンを含むことを特徴とする。
請求項1に記載の発明によれば、放射線治療を受ける患者の身体形状に密着し、重合させるモノマーの構造が同一であるため鋭敏な温度応答性を有し、再利用可能で、加えて生分解性であるため、廃棄の際に環境に負荷を与えないポリマーを含むボーラスを提供できる。
請求項2に記載の発明によれば、延性と形状記憶性の高いボーラスを提供できる。
請求項3に記載の発明によれば、患者の身体形状に密着するボーラスを提供できる。
請求項4に記載の発明によれば、体温に近い温度範囲で軟化するボーラスを提供できる。
X線のがん細胞への作用の概念図 実施形態の温度応答性ポリマー(サンプル1及び2)の合成過程を表す反応図 実施形態の温度応答性ポリマー(サンプル1及び2)の熱可塑性形状記憶樹脂シートの形状変更と原形回復を示す概念図 実施形態のボーラスを設置したRANDOファントムのCT画像 水等価ファントムを使用した線量測定方法を示す概念図 計算された深部線量百分率(percent depth dose:PDD)曲線と平行平板型電離箱線量計を使用した測定との誤差を示すグラフ RANDOファントムを使用した仮想標的体積(PTV)とリスク臓器(OAR_1cm、OAR_2cm)の輪郭の概念図 3種類のボーラス(形状記憶ボーラス(a), 3DbolusPLA(b), 3DbolusPU (c))を使用したときの前方1門照射治療計画の線量分布とDVH 3種類のボーラス(形状記憶ボーラス(a), 3DbolusPLA(b), 3DbolusPU (c))を使用したときの強度変調回転照射の線量分布とDVH 実施形態の温度応答性ポリマー(サンプル3から11)の合成過程を表す反応図 実施形態の熱可塑性形状記憶樹脂シートの作成方法を示す概念図 実施形態の温度応答性ポリマー(サンプル3から6)の融点及び融解熱を表すグラフ 実施形態の温度応答性ポリマー(サンプル3から6)の応力-ひずみ曲線、弾性率、破断ひずみを表すグラフ 実施形態の温度応答性ポリマー(サンプル3及び4)の熱可塑性形状記憶樹脂シートの形状変化を示す写真 実施形態の温度応答性ポリマー(サンプル8から11)の温度と弾性の関係を表したグラフ
がんの細胞死を引き起こす放射線の標的は核内染色体のDNAである。X線が体内組織に衝突して生じる高速2次電子が体内の水分子に作用して活性酸素に変化させ、主にその活性酸素が、がん細胞のDNAに傷をつけてがん細胞を死に至らしめる(図1)。
以下、本発明の好ましい実施形態について図面を参照して説明する。
本実施形態のボーラスは、放射線治療を受ける患者の身体形状に密着するボーラスであって、前記ボーラスは、ε-カプロラクトン(以下「CL」と略称することがある。)のマクロモノマーが架橋されてなる生分解性の温度応答性ポリマーを含む熱可塑性形状記憶樹脂シートを用いる。
<ボーラス>
「ボーラス」は、腫瘍が皮膚表面に存在する場合にビルドアップ効果による腫瘍の線量低下を補正する目的で、患者の身体形状に密着させて用いられる。体表面に密着していないボーラスを使用した場合、放射線の最大エネルギーを標的に効率的に投与することが不可能となり、治療効果が低下することが報告されている。
<温度応答性ポリマー>
本実施形態の熱可塑性形状記憶樹脂シートに用いられるポリ(ε-カプロラクトン)(以下「PCL」と略称することがある。)は、ポリマー鎖の運動性が著しく変化する温度応答性の「オン - オフ」結晶 - 非晶質転移を示す融点(Tm)と結晶化温度(Tc)を有する脂肪族ポリエステル誘導体の温度応答性ポリマーである。
「温度応答性ポリマー」とは、特定の温度を境に、例えば融点(Tm)より下では比較的硬いが、融点(Tm)より上では突然柔らかくなるというような大きな力学物性変化を起こすポリマーをいう。
温度応答性ポリマーとしては、ポリエチレン主鎖と、N-アルキル置換アクリルアミド側鎖を有するポリ(N-イソプロピルアクリルアミド)等のN-アルキル置換アクリルアミド誘導体ポリマー等がある。PNIPAAmは、32℃の相転移温度を境にそれ以下の温度領域では水溶性を示し、それ以上の温度領域では急激に不溶化して沈殿を生起することが知られている。
PCLの融点(Tm)は60℃超である。一方、PCLの融点(Tm)を調整して下げると、PCLの変形能(破断ひずみなど)が低くなる傾向がある。したがって、大きな変形能を維持できる材料の調整を検討した。
PCLの融点(Tm)は、ラクチドのような他のモノマーとの共重合又は他のポリマーとのブレンドによって変えることができる。しかし、これらの方法はしばしば温度応答性の点で低い感度を生じる。このため、CLのモノマーで、異なる溶融特性を有する複数のCLのマクロモノマーを含む適切な組み合わせを検討した。
<形状記憶>
「形状記憶」とは、所望の形状に成形されたポリマーの原形を、融点(Tm)より上の温度で変形させ、その変形状態を維持したまま、結晶化温度(Tc)近くの温度に冷却することで、機械的変形を受けたポリマーのひずみを固定化することが可能であり、次に、融点(Tm)よりも高い温度に再加熱すると変形したポリマーが原形へと回復されることをいう。
PCLは、二形状(シート原型と一つの一時的形状)間を変化可能な可逆的に結晶―非晶化可能なスイッチング領域を提供できる。PCLの結晶融解誘発スイッチとしての融点(Tm)の使用は、結晶-非晶相転移のエンタルピー変化がガラス - ゴム転移(Tg)の変化又は液晶転移(TLC)の変化よりはるかに大きいため、温度応答形状記憶を作成するのに有利である。
<生分解性>
本実施形態の温度応答性ポリマーは、生分解性であることを特徴とする。「生分解性」とは、生体吸収可能であり、分解し又は機械的な分解により崩壊することをいい、生理学的な環境と相互作用して、代謝可能又は排出可能な成分に分解することをいう。
代表的な合成分解性ポリマーとしては、ポリヒドロキシ酸(例えば、ポリラクチド、ポリグリコリド及びこれらのコポリマー;ポリ(エチレンテレフタレート);ポリ(ヒドロキシ酪酸);ポリ(ヒドロキシ吉草酸);ポリ[ラクチド-co-(ε-カプロラクトン)];ポリ[グリコリド-co-(ε-カプロラクトン)]);ポリカーボネート、ポリ(擬アミノ酸);ポリ(アミノ酸);ポリ(ヒドロキシアルカノエート);ポリ無水物;ポリオルトエステル;並びにこれらのブレンド及びコポリマーを含む。
本実施形態の好ましい生分解性ポリマーは、PCLである。PCLは、米国食品医薬品局(FDA)によって生物医学的用途に承認されており、生体適合性及び生分解性の合成ポリマーの重要なクラスに位置づけられる。PCLは、組織工学又は生物医学分野における埋め込み型装置として広く研究されている。
本実施形態の温度応答性ポリマーは、4分岐の架橋ポリカプロラクトンを含む。
<ポリマーの合成>
本実施形態のPCLシートの合成法を説明する。まず、CLのモノマーで、異なる溶融特性を有する複数のCLのマクロモノマーを合成する。次に、合成した複数のCLのマクロモノマー同士を架橋反応により合成して温度応答性PCLを得る。
図2、図10において、4分岐PCLは4bと、図10において、2分岐PCLは2bと略した。bの前の数字はPCLの長鎖の数、bの後の数字は4分岐又は2分岐PCLに含まれるCLの単位数である。対応するマクロモノマーは、それぞれ4b100-m、4b50-m、2b20-mなどと表記した(以下、本明細書において同様に表記する。)。
<4分岐PCLマクロモノマーの合成>
形状記憶ボーラスに用いられる温度応答性ポリマーは、直鎖PCLテレケリックジアクリレートの存在下で4分岐PCLをアクリレート末端基で架橋することにより調製した。最初に、テトラメチレングリコール(和光純薬工業株式会社、大阪、日本)とペンタエリスリトールを開始剤として用いたε-カプロラクトン(東京化学工業(TCI)、東京、日本)の開環重合によって4分岐PCLを合成し、次に、アクリロイルクロリド(TCI Co.、Ltd、東京、日本)を分岐鎖のヒドロキシル末端基と反応させた。構造及び分子量は、それぞれ1 H NMR分光法(JEOL、東京、日本)及びゲル浸透クロマトグラフィー(JASCO International、東京、日本)によって推定した。4分岐PCLの平均重合度が100の4分岐PCLは4b100と表記した(図2(a))。
<4分岐架橋PCLマクロモノマーの製造>
4分岐PCLマクロモノマーを、過酸化ベンゾイル(ポリマーに対して)1.5重量%を含むキシレン(BPO; Sigma-Aldrich、セントルイス、ミズーリ州、米国)に50重量%で溶解した。溶液は、テフロン(登録商標)のフレームスペーサーを備えたスライドガラスの間に注入された。その後、80℃で一晩熱重合を行い、4分岐架橋PCLマクロモノマーを得た(図2(b))。
4分岐架橋PCLマクロモノマーは、4b10~4b400の範囲(分岐PCLに含まれるCLの単位数が10~400の範囲)が好ましく、4b35~4b100の範囲(分岐PCLに含まれるCLの単位数が35~100の範囲)が特に好ましい。4b10よりCLの単位が小さいと4分岐架橋PCLマクロモノマーは温度応答性を示すことができず、4b400より大きいと融点(Tm)以上に加温すると形状が維持できない。4b35~4b100の範囲では安定した延性が得られる。
<ボーラスの成形>
本実施形態のボーラスの成形は、押し出してシートにするか又は射出成形によっても成形され得る。温度応答性ポリマーを含む組成物は、固体物を成形するための当業者に公知の他の方法、例えば、レーザー切断、ミクロ機械加工、熱線の使用及びCAD/CAMプロセスによっても成形され得る。本実施形態のボーラスは、身体に密着する形状に成形するのに身体に押し当てて形成可能であり、3Dプリンターを使用して患者の身体形状に対応した形状に形成する必要はない。したがって、あらかじめCT画像などにより患者の身体データを取得する必要がない。
<形状記憶ボーラスの原形回復>
本実施形態のボーラスは、再利用可能であるため、原形とほぼ同形状に回復するものが望ましい。次式に示すように、変形前と原形回復後の形状の類似度を表すダイス係数(Dice similarity coefficient: DSC)が0.94以上であることが好ましい。
(数1) DSC =(2 | A∩B |)/(| A | + | B |)
A:変形前の輪郭の領域
B:原形回復後の輪郭
<形状記憶ボーラスの密着度>
本実施形態のボーラスは、ボーラスと患者の身体形状との密着の度合いを表す係数を、(ボーラスと頭頚部ファントムとの間隙の体積/ボーラスの体積)×100と定義したとき、該係数が3.4%以下の範囲であることが好ましい。
以下、本実施形態のボーラスの作用効果の一例について図面を参照して具体的に説明するが、本発明はこの実施例に限定されるものではない。
(サンプル1)
上記[0035]~[0040]のとおり、4b100架橋PCLを含む温度応答性ポリマーからサンプル1の形状記憶ボーラスを作製した。サンプル1の形状記憶ボーラスの密度は1.145g/cm3、厚さは0.45cmである。
(比較例1)
NJB-300Wパーソナル3Dプリンター(Ninjabot、静岡、日本)とポリ乳酸(PLA)フィラメントを使用して、仮想ボーラスデータからGコードデータに基づき3Dボーラス(3DbolusPLA)を作製した。 印刷パラメーターを表1に示す。3DbolusPLAの密度は1.04g/cm3、厚さは0.5cmである。
Figure 0006997932000001
(比較例2)
先行技術文献2の特許第6446635号の実施例に準じてポリウレタン樹脂からなる3Dボーラス(Adjust Polymer、静岡、日本)(3DbolusPu)を作製した。3DbolusPuの密度は1.03g/cm3、厚さは0.5cmである。
(比較例3)
従来のゲル封入型ボーラス(CIVCO Medical Solutions、アイオワ州、米国)を使用した。従来のボーラスの密度は1.03g/cm3、厚さは0.5cmである。
<サンプル1のボーラスの形状記憶特性>
ボーラスを再利用するためには、変形したボーラスの形状が変形前の形状に回復することが好ましい。サンプル1の形状記憶ボーラスの変形前と回復後の形状の類似度を表すダイス係数(DSC)は、0.979±0.006であった。
開発したボーラスの形状記憶特性の評価手順を以下に示す。
(1)サンプル1の形状記憶ボーラスのCT画像から、治療計画装置であるRayStationバージョン6.2(スウェーデン、ストックホルム、RaySearch Laboratories)を使用してサンプル1の形状記憶ボーラスの輪郭を作成(図3a及び図3b)
(2)70℃の水に30秒間浸漬し、サンプル1の形状記憶ボーラスを軟化させた後、人体模型であるRANDOファントム(The phantom Laboratory、Salem、NY、USA)の鼻部に密着するように形状を変形(図3c)。
(3)70℃の水に30秒間浸漬して形状を復元(図3d)。
(4)形状が復元されたサンプル1の形状記憶ボーラスのCT画像を用いて、再度輪郭作成を実施(図3e)
(5)形状変形前のサンプル1の形状記憶ボーラスの輪郭と、形状復元後のサンプル1の形状記憶ボーラスの輪郭を線形変換によって位置照合を行い、2つの輪郭の類似性を評価。
サンプル1のボーラスの形状記憶の類似性の評価は、変形前の輪郭(A)の領域と原形回復後の輪郭(B)の領域、さらにAとBの輪郭の重複領域から次式で計算したダイス係数(DSC)で評価した。
(数1) DSC =(2 | A∩B |)/(| A | + | B |)
DSCの値は、0(オーバーラップなし)から1(完全なオーバーラップ)までの範囲である。(1)から(5)までの手順を3回繰り返し行い、平均DSC値±1標準偏差を計算した。また、変形を行わず位置のみを変更した場合についても同様にDSC値を計算した。
サンプル1の形状記憶ボーラスの原形回復性について、計算されたDSC値は0.979±0.006であった。また、変形せずに位置のみを変更した場合、DSC値は0.975±0.008であった。変形前と原形回復後のDSC値は1に非常に近く、変形せず位置のみを変更した値とほぼ等しいことから、形状記憶ボーラスはほぼ完璧な形状記憶特性を有していることが分かる。
したがって、サンプル1の形状記憶ボーラスは、変形と原形回復が繰り返されても、形状記憶特性は失われず、物理的に破壊されない限り、半永久的に使用できる。
<サンプル1の形状記憶ボーラスの密着度>
サンプル1の形状記憶ボーラス、比較例1の3DbolusPLA、比較例2の3DbolusPu及び比較例3の従来のボーラスの密着度を計算した。
サンプル1の形状記憶ボーラスは、70℃の水に30秒間浸漬して軟化した後、RANDOファントムの鼻部に合わせて押圧して変形させたままCTスキャンした(図4a)。3DbolusPLA及び3DbolusPuは、あらかじめ鼻部の形状に合わせて形成したボーラスをRANDOファントムの鼻部に設置してCTスキャンした(順に図4b、図4c)。従来のボーラスは、RANDOファントムの鼻部に設置してCTスキャンした(図4d)。
ボーラスを設置したRANDOファントムのCT画像を使用して、RANDOファントムとボーラス間の間隙の輪郭を描き、次式で計算した密着度を求めた(表2)。サンプル1の形状記憶ボーラスは、従来のボーラスと比べると大幅に密着度が改善し、3Dボーラスと比べても同等の密着度であった。
(数2) 密着度=(ボーラスと体表面との間隙の体積/ボーラスの体積)×100

Figure 0006997932000002
<サンプル1の形状記憶ボーラスの温度応答性>
上記密着度の試験の際に、サンプル1の形状記憶ボーラスについて加熱を停止してから結晶化するまでの時間を測定したところ、70℃の水に浸漬して軟化させた後、軟化後に結晶化するために必要な時間は、1.5分であった。これは、体表面の形状に密着するボーラスを作製するのに短かすぎず、臨床的に許容可能な時間であった。
<サンプル1の形状記憶ボーラスの線量計算精度及び線量分布>
実際に放射線を照射する前に、最適な範囲や方向を決めるために用いられる治療計画装置において、サンプル1の形状記憶ボーラスと比較例1の3DbolusPLA及び比較例2の3DbolusPuとの線量計算精度及び線量分布を比較した。
まず、ボーラス通過後の線量計算精度を水等価ファントムを使用して評価した。次に、サンプル1の形状記憶ボーラスが比較例1の3DbolusPLA及び比較例2の3DbolusPuと同等の線量分布を作成できるかをRANDOファントムを使用して比較した。
<水等価ファントムを使用した線量計算精度の評価>
ボーラスを水等価ファントムであるSolid Water HE(公称密度= 1.032 g / cm3)(Sun Nuclear Corporation、メルボルン、オーストラリア)の上に置き、線源表面間距離を100 cmに設定した(図5)。X線エネルギーは6MV、TrueBeam(Varian Medical Systems、カリフォルニア州、米国)を使用してフィールドサイズは10 cm×10 cm、照射MUは100 MUとした。ボーラス直下から20 cmまでの深部線量百分率(PDD)を平行平面形電離箱線量計(PTW34001)(PTW、フライブルク、ドイツ)で取得した。更に、深さ1 cm、5 cm、10 cm及び20 cmの絶対線量を円筒形電離箱線量計(PTW30013)(PTW、Freiburg、Germany)で測定した。測定はそれぞれ5回行い、5回の測定の平均を測定値として採用した。治療計画装置によって得られた中心軸上のPDDを平行平面形電離箱線量計の測定値と比較した。更に、治療計画装置によって計算された線量と円筒形電離箱線量計で測定した線量の線量差を次式で評価した。
(数3) 線量差[%] =(測定線量-計算線量)/(計算線量)×100
図6は、計算されたPDD曲線と、平面平行形電離箱線量計を使用して得た測定値及びそれらの誤差を示す。 サンプル1の形状記憶ボーラス(図6(a))、比較例1の3DbolusPLA(図6(b))、比較例2の3DbolusPu(図6(c))及び比較例3の従来のボーラス(図6(d))の計算値と測定値との差は、ビルドアップ領域では最大4.8%、ビルドアップ領域以外では最大1.2%であった。
また、深さ1 cm、5 cm、10 cm及び20 cmでの円筒形電離箱線量計を使用した測定線量と計算線量の誤差を示す(表3)。すべてのボーラスにおいて、測定値と計算値の差は最大1.42%であり、良好な一致を示した。
これらの結果は、サンプル1の形状記憶ボーラスが治療計画装置によって正確に計算できることを示した。
Figure 0006997932000003
<RANDOファントムを使用した線量分布と線量指数の比較>
次に、サンプル1の形状記憶ボーラスが比較例1の3DbolusPLA及び比較例2の3DbolusPuと同等の線量分布と線量指数を生成できるかを調査するために、仮想鼻腔がんの治療計画を作成した。形状記憶ボーラス、3DbolusPLA、3DbolusPuを用いたCT画像を使用して、RANDOファントムの鼻腔領域の仮想計画標的体積(PTV(Planning Target Volume):体積26.2 ml)に対して200 cGy/1回の治療計画を作成した。PTV辺縁から1cm又は2 cm離れた領域をリスク臓器(OAR: organs at risk)として定義した(OAR_1 cm:体積59.3 ml及びOAR_2 cm:104.9 ml)(図7)。PTVに対して前方1門照射及び、強度変調回転照射(VMAT(volumetric modulated arc therapy))の2種類の計画を立案して、線量分布と線量指標を比較した。
図8は、サンプル1の形状記憶ボーラス(図8(a))、比較例1の3DbolusPLA(図8(b))及び比較例2の3DbolusPu(図8(c))を使用した1門照射の線量分布とDVH(dose volume histogram)を示す。また、図9は、サンプル1の形状記憶ボーラス(図9(a))、比較例1の3DbolusPLA(図9(b))及び比較例2の3DbolusPu(図9(c))を使用したVMATの線量分布とDVHを示す。DVHとは、輪郭入力された標的の体積を3次元で線量計算し、線量と体積の関係をグラフ化したものである。形状記憶ボーラス、3DbolusPLA、3DbolusPuの線量指標を表4に示す。1門照射、VMATそれぞれにおいて線量分布と線量指標は同等であった。
Figure 0006997932000004
(サンプル2)
上記[0037]の重合度を35とした4b35架橋PCLを含む温度応答性ポリマーからサンプル2の形状記憶ボーラスを作製した。サンプル2の形状記憶ボーラスの密度及び厚さは、サンプル1の形状記憶ボーラスと同じである。
サンプル2の形状記憶ボーラスは、DSC(変形前と原形回復後)は0.948±0.008で、DSC(位置のみを変更)は0.946±0.005であった。密着度は表2のとおりであり、サンプル1の形状記憶ボーラスと同様であった。また、線量評価についてはサンプル1の形状記憶ボーラスと密度が同じであるため同じ結果となる(重複を避けるため例示しない。)。
(サンプル3)
発明者らは、4分岐と2分岐のポリカプロラクトンが架橋されてなるポリカプロラクトンを含む温度応答性ポリマーを使用するとボーラスの軟化する温度の低下が可能との知見を得た。ボーラスの軟化する温度を低下することができれば、ボーラスを形成する際の患者、特に小児の苦痛を軽減できる。
PCLは、異なる数の分岐鎖を有するCLの混合比を最適化することによって、架橋シートの結晶 - 非晶転移温度若しくは融点(Tm)を適切な温度に調整できる。
(4分岐PCLマクロモノマーの合成)
[0035]~[0038]と同じ手順で、4分岐PCLマクロモノマーを合成した。
(2分岐PCLマクロモノマーの合成)
図10(a)のとおり、同じ手順で、2分岐のものを開始剤として、ペンタエリスリトールの代わりにテトラメチレングリコールを使用して調製した。
(架橋PCLの調製)
図10(b)及び図11のとおり、4b50-mと2b20-mの混合物を過酸化ベンゾイル(BPO)を含有するキシレンの溶液に溶解し、テフロン(登録商標)のフレームスペーサーを有するガラス板の間の空間に置き、ガラス板を80℃に維持された温度のオーブン内に放置した。3~6時間後、ポリマー膜をプレートから取り出し、大量のアセトンに浸して未反応化合物を除去した。この架橋反応では、4b50-mと2b20-mの混合比を変えて、得られる架橋材料の転移温度を制御した(図12)。PCLの4分岐及び2分岐マクロモノマーの混合する割合を変えることにより、得られる架橋材料の融点(Tm)を調節することができる。
サンプル3に用いる4b50-mと2b20-mの混合比を1:2にして得られる架橋材料の転移温度を計測したところ、融点は46℃であった(表5)。
サンプル3の熱可塑性形状記憶樹脂シートは、60℃での破断ひずみが464±76%であるため(表6)、身体に倣う形状に変形する際に、シートの延性が高く、身体形状への追従性がよい。
サンプル3の熱可塑性形状記憶樹脂シートは、温度応答性ポリマーの融点(Tm)+4℃での弾性率が5MPa以下であることから、人体に近い温度で身体に倣う形状に変形する際に、身体に大きな圧力がかかることなく成形可能である(表5、表6)。
サンプル3の熱可塑性形状記憶樹脂シートは、温度応答性ポリマーの融点(Tm)+4℃での破断ひずみが687±20%であるため、人体に近い温度で身体に倣う形状に変形する際に、シートの延性が高く、よく伸びることから、身体形状への追従性が特によい。
(サンプル4)
サンプル4の熱可塑性形状記憶樹脂シートは、サンプル3で得られた架橋材料の4b50-mと2b20-mの混合比を2:1にして得られる架橋材料で、転移温度を計測したところ、融点(Tm)は、50℃であった(表5)。
(サンプル5)
サンプル5の熱可塑性形状記憶樹脂シートは、サンプル3で得られた架橋材料の4b50 -mと2b20-mの混合比を1:0にして得られる架橋材料で、転移温度を計測したところ、融点(Tm)は、53℃であった(表5)。また、60℃での破断ひずみが750±30%であるため(表6)、身体に倣う形状に変形する際に、シートの延性が高く、よく伸びることから、身体形状への追従性がよい。
(サンプル6)
サンプル6の熱可塑性形状記憶樹脂シートは、サンプル3で得られた架橋材料の4b50 -mと2b20-mの混合比を0:1にして得られる架橋材料で、転移温度を計測したところ、融点(Tm)は、39.7℃であった(表5)。また、60℃での破断ひずみが206±75%であるため(表6)、身体に倣う形状に変形する際のシートの延性は確保されている。
サンプル3から6の熱可塑性形状記憶樹脂シートは、4b50 -mと2b20-mとの混合系であるところ、39.7℃~53℃の温度範囲で融点(Tm)を調節することができた(表5)。また、サンプル3から6の4b50- mと2b20-mとの混合系においては、2b20-mが融点を下げる役割を果たすことが分かった。
サンプル3から6までの融点(Tm)の計測結果は、表5、図12のとおりである。
Figure 0006997932000005
また、融点(Tm)より高い温度及び室温でのPCLの柔軟性及び延性は、表6、図13のとおりである。なお、「破断ひずみ」は、延性の指標として公知である。
Figure 0006997932000006
融点(Tm)より高い温度での弾性率を、サンプル3、5及び6について調べたところ、表6のとおり、いずれも概ね2.1±0.3MPaであり、熱可塑性形状記憶樹脂シートを人の身体に接して成形する場合、シートの弾性率が低いほど柔軟性が高く、顔面への圧力を減らせるため、好適である。
材料を必要な形状に加工できるためには延性が高いことは大きな長所である。サンプル3から6の熱可塑性形状記憶樹脂シートは、PCLの分子量が大きいほどシートの延性が高いことが分かる。
図14のとおり、サンプル3(4b50/2b20=1:2(wt%))及びサンプル5(4b50/2b20=2:1(wt%))の形状記憶特性について確認した。融点(Tm)より上の温度で機械的に変形したポリマーの原形が、融点(Tm)より下の温度に冷却した後、融点(Tm)よりも高い温度に加熱すると変形したポリマーの原形が回復した。
(サンプル7から11)
サンプル3から6から更に融点を下げることを試みた。
(架橋PCLの調製)
サンプル3から6と同じ手順で、4b10-m(10量体)と2b20-m(20量体)を調製し、その混合する割合を変えることにより、得られる架橋材料の融点(Tm)を調節した結果は、表7のとおりである。サンプル3から6とは異なり、4b10-mが融点(Tm)を下げる役割を果たすことが分かった。
Figure 0006997932000007
図15のとおり、サンプル7から11を引張試験により機械的特性を調べた。サンプル9(2b/4b=50/50)、サンプル8(同70/30)、サンプル7(同100/0)では、弾性率は温度とともに徐々に減少し、サンプル9は、30℃~35℃、サンプル8は、35℃~40℃、サンプル7は、40℃~45℃の狭い温度範囲で急激な軟化転移が起きた。また、サンプル9は、42.2MPa、サンプル8は、68.9MPa、サンプル7は、112.7MPaから大きく弾性率が低下した。
表7のとおり、サンプル7から11は、融点(Tm)をサンプル3から6よりも人の体温に近いレベルに下げることができた。
本発明の態様は、例えば、以下のとおりである。
<1>
放射線治療を受ける患者の身体形状に密着するボーラスであって、前記ボーラスは、ε-カプロラクトンのマクロモノマーが架橋されてなる生分解性の温度応答性ポリマーを含む熱可塑性形状記憶樹脂シートからなることを特徴とするボーラス。
<2>
前記温度応答性ポリマーは、4分岐の架橋ポリカプロラクトンを含むことを特徴とする<1>に記載のボーラス。
<3>
前記密着の度合いを表す係数を、(ボーラスと頭頚部ファントムとの間隙の体積/ボーラスの体積)×100と定義したとき、該係数が3.4%以下の範囲であることを特徴とする<1>~<2>に記載のボーラス。
<4>
前記ボーラスは、あらかじめ計算された深部線量曲線(PDD曲線)と測定値との誤差がビルドアップ領域では4.8%以下の範囲で、ビルドアップ後の領域では1.2%以下の範囲であることを特徴とする<1>~<3>に記載のボーラス。
<5>
前記ボーラスは、放射線照射対象物の所定の深度におけるあらかじめ計算された線量と測定された線量との誤差が1.42%以下の範囲であることを特徴とする<1>~<4>に記載のボーラス。
<6>
前記ボーラスは、軟化後に結晶化するのに必要な時間は1.5分以内であることを特徴とする<1>~<5>に記載のボーラス。
<7>
前記ボーラスは、変形前と原形回復後の形状の類似度を表すダイス係数(DSC)が0.94~1の範囲であることを特徴とする<1>~<6>に記載のボーラス。
<8>
前記温度応答性ポリマーは、4分岐と2分岐のポリカプロラクトンが架橋されてなるポリカプロラクトンを含むことを特徴とする<1>に記載のボーラス。
<9>
前記温度応答性ポリマーは、2分岐の架橋ポリカプロラクトンを含むことを特徴とする<1>に記載のボーラス。
放射線治療を受ける患者の身体形状に密着するボーラスであって、鋭敏な温度応答性を有し、再利用可能で、加えて生分解性であるため、廃棄の際に環境に負荷を与えないポリマーを含むボーラスを提供することができるもので、産業上の利用可能性は大である。

Claims (4)

  1. 放射線治療を受ける患者の身体形状に密着するボーラスであって、前記ボーラスは、ε-カプロラクトンのマクロモノマーが架橋されてなる生分解性の温度応答性ポリマーを含む熱可塑性形状記憶樹脂シートからなることを特徴とするボーラス。
  2. 前記温度応答性ポリマーは、4分岐の架橋ポリカプロラクトンを含むことを特徴とする請求項1に記載のボーラス。
  3. 前記密着の度合いを表す係数を、(ボーラスと頭頚部ファントムとの間隙の体積/ボーラスの体積)×100と定義したとき、該係数が3.4%以下の範囲であることを特徴とする請求項1又は2に記載のボーラス。
  4. 前記温度応答性ポリマーは、4分岐と2分岐のポリカプロラクトンが架橋されてなるポリカプロラクトンを含むことを特徴とする請求項1に記載のボーラス。
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