以下、図面に基づいて、この発明の実施形態を説明する。
以下、本実施の形態の円錐ころ軸受について、図1および後述の図9を中心に、段階的に説明する。まず図1〜図4を用いて、本実施の形態の円錐ころ軸受のうち、後述の図9にて初出する特徴を除く部分の特徴について説明する。
図1に示す円錐ころ軸受10は、外輪11と、内輪13と、複数の円錐ころとしてのころ12と、保持器14とを主に備えている。外輪11は、環形状を有し、内周面に外輪軌道面としての軌道面11Aを有している。内輪13は、環形状を有し、外周面に内輪軌道面としての軌道面13Aを有している。内輪13は、軌道面13Aが軌道面11Aに対向するように外輪11の内径側に配置されている。なお以下の説明において、円錐ころ軸受10の中心軸に沿った方向を「軸方向」、中心軸に直交する方向を「径方向」、中心軸を中心とする円弧に沿った方向を「周方向」と呼ぶ。
ころ12は、外輪11の内周面上に配置されている。ころ12はころ転動面としての転動面12Aを有し、当該転動面12Aにおいて軌道面13Aおよび軌道面11Aに接触する。複数のころ12は合成樹脂からなる保持器14により周方向に所定のピッチで配置されている。これにより、ころ12は、外輪11および内輪13の円環状の軌道上に転動自在に保持されている。また、円錐ころ軸受10は、軌道面11Aを含む円錐、軌道面13Aを含む円錐、およびころ12が転動した場合の回転軸の軌跡を含む円錐のそれぞれの頂点が軸受の中心線上の1点で交わるように構成されている。このような構成により、円錐ころ軸受10の外輪11および内輪13は、互いに相対的に回転可能となっている。なお、保持器14は樹脂製に限らず、金属製であってもよい。
外輪11、内輪13、ころ12を構成する材料は鋼であってもよい。当該鋼は、窒素富化層11B、12B、13B以外の部分で、少なくとも炭素を0.6質量%以上1.2質量%以下、珪素を0.15質量%以上1.1質量%以下、マンガンを0.3質量%以上1.5質量%以下含む。上記鋼は、さらに2.0質量%以下のクロムを含んでいてもよい。
上記の構成において、炭素が1.2質量%を超えると、球状化焼鈍を行なっても素材硬度が高いので冷間加工性を阻害し、冷間加工を行なう場合に十分な冷間加工量と、加工精度を得ることができない。また、浸炭窒化処理時に過浸炭組織になりやすく、割れ強度が低下する危険性がある。他方、炭素含有量が0.6質量%未満の場合には、所要の表面硬さと残留オーステナイト量を確保するのに長時間を必要としたり、再加熱後の焼入れで必要な内部硬さが得られにくくなる。
Si含有率を0.15〜1.1質量%とするのは、Siが耐焼戻し軟化抵抗を高めて耐熱性を確保し、異物混入潤滑下での転がり疲労寿命特性を改善することができるからである。Si含有率が0.15質量%未満では異物混入潤滑下での転がり疲労寿命特性が改善されず、一方、Si含有率が1.1質量%を超えると焼きならし後の硬度を高くしすぎて冷間加工性を阻害する。
Mnは浸炭窒化層と芯部の焼入れ硬化能を確保するのに有効である。Mn含有率が0.3質量%未満では、十分な焼入れ硬化能を得ることができず、芯部において十分な強度を確保することができない。一方、Mn含有率が1.5質量%を超えると、硬化能が過大になりすぎ、焼きならし後の硬度が高くなり冷間加工性が阻害される。また、オーステナイトを安定化しすぎて芯部の残留オーステナイト量を過大にして経年寸法変化を助長する。さらに、鋼が2.0質量%以下のクロムを含むことにより、表層部においてクロムの炭化物や窒化物を析出して表層部の硬度を向上しやすくなる。Cr含有率を2.0質量%以下としたのは、2.0質量%を超えると冷間加工性が著しく低下したり、2.0質量%を超えて含有しても上記表層部の硬度向上の効果が小さいからである。
なお、本開示の鋼は、言うまでもなくFeを主成分とし、上記の元素の他に不可避的不純物を含んでいてもよい。不可避的不純物としては、リン(P)、硫黄(S)、窒素(N)、酸素(O)、アルミ(Al)などがある。これらの不可避的不純物元素の量は、それぞれ0.1質量%以下である。
また異なる観点から言えば、外輪11および内輪13は、軸受用材料の一例である鋼材、たとえばJIS規格SUJ2からなるものであることが好ましい。ころ12は、軸受用材料の一例である鋼材、たとえばJIS規格SUJ2により構成されてもよい。また、ころ12は、他の材料、たとえばサイアロン焼結体により構成されていてもよい。
図2に示すように、外輪11の軌道面11Aおよび内輪13の軌道面13Aには窒素富化層11B、13Bが形成されている。内輪13では、窒素富化層13Bが軌道面13Aから、後述する小鍔面および大鍔面にまで延在している。窒素富化層11B、13Bは、それぞれ外輪11の未窒化部11Cまたは内輪13の未窒化部13Cより窒素濃度が高くなっている領域である。また、ころ12の転動面12Aを含む表面には窒素富化層12Bが形成されている。ころ12の窒素富化層12Bは、ころ12の未窒化部12Cより窒素濃度が高くなっている領域である。窒素富化層11B、12B、13Bは、たとえば浸炭窒化処理、窒化処理など従来周知の任意の方法により形成できる。
なお、ころ12のみに窒素富化層12Bを形成してもよいし、外輪11のみに窒素富化層11Bを形成してもよいし、内輪13のみに窒素富化層13Bを形成してもよい。あるいは、外輪11、内輪13、ころ12のうちの2つに窒素富化層を形成してもよい。
図3に示すように、ころ12の転動面12A(図2参照)は、両端部に位置し、クラウニングが形成されたクラウニング部22、24と、このクラウニング部22、24の間を繋ぐ中央部23とを含む。中央部23にはクラウニングは形成されておらず、ころ12の回転軸である中心線26に沿った方向での断面における中央部23の形状は直線状である。ころ12の左側の端面である小端面17とクラウニング部22との間には面取り部21が形成されている。右側の端面である大端面16とクラウニング部24との間にも面取り部25が形成されている。
ここで、ころ12の製造方法において、窒素富化層12Bを形成する処理(浸炭窒化処理)を実施するときには、ころ12にはクラウニングが形成されておらず、ころ12の外形は図4の点線で示される加工前表面12Eとなっている。この状態で窒素富化層が形成された後、仕上げ加工として図4の矢印に示すようにころ12の側面が加工され、図3および図4に示すように、クラウニングが形成されたクラウニング部22、24が得られる。
ころ12における窒素富化層12Bの深さ、すなわち窒素富化層12Bの最表面から窒素富化層12Bの底部までの距離は、0.2mm以上となっている。具体的には、面取り部21とクラウニング部22との境界点である第1測定点31、小端面17から距離Wが1.5mmの位置である第2測定点32、ころ12の転動面12Aの中央である第3測定点33において、それぞれの位置での窒素富化層12Bの深さT1、T2、T3が0.2mm以上となっている。ここで、上記窒素富化層12Bの深さとは、ころ12の中心線26に直交するとともに外周側に向かう径方向における窒素富化層12Bの厚さを意味する。なお、窒素富化層12Bの深さT1、T2、T3の値は、面取り部21、25の形状やサイズ、さらに窒素富化層12Bを形成する処理および上記仕上げ加工の条件などのプロセス条件に応じて適宜変更可能である。たとえば、図4に示した構成例では、上述のように窒素富化層12Bが形成された後にクラウニング22Aが形成される。このため図4に示すように窒素富化層12Bの深さT2は他の深さT1、T3より小さくなっている。しかし上述したプロセス条件を変更することで、上記窒素富化層12Bの深さT1、T2、T3の値の大小関係は適宜変更することができる。
また、外輪11および内輪13における窒素富化層11B、13Bについても、その最表面から窒素富化層11B、13Bの底部までの距離である窒素富化層11B、13Bの厚さは0.2mm以上である。ここで、窒素富化層11B、13Bの厚さは、窒素富化層11B、13Bの最表面に対して垂直な方向における窒素富化層11B,13Bまでの距離を意味する。
ころ12のクラウニング部22、24に形成されたクラウニングの形状は、以下のように規定される。すなわち、クラウニングのドロップ量の和は、ころ12の転動面12Aの母線をy軸とし、母線直交方向をz軸とするy−z座標系において、K1,K2,zmを設計パラメータ、Qを荷重、Lをころ12における転動面12Aの有効接触部の母線方向長さ、E’を等価弾性係数、aをころ12の転動面の母線上にとった原点から有効接触部の端部までの長さ、A=2K1Q/πLE’としたときに、下記の式(1)で表される。
図5では、ころ12の母線をy軸とし、ころ12の母線上であって内輪13又は外輪11ところ12の有効接触部の中央部に原点Oをとると共に、母線直交方向(半径方向)にz軸をとったy−z座標系に、上記式(1)で表されるクラウニングの一例を示している。図5において縦軸はz軸、横軸はy軸である。有効接触部は、ころ12にクラウニングを形成していない場合の内輪13又は外輪11ところ12との接触部位である。また、円錐ころ軸受10を構成する複数のころ12の各クラウニングは、通常、有効接触部の中央部を通るz軸に関して線対称に形成されるので、図5では、一方のクラウニング22Aのみを示している。
荷重Q、有効接触部の母線方向長さL、および、等価弾性係数E’は、設計条件として与えられ、原点から有効接触部の端部までの長さaは、原点の位置によって定められる値である。
上記式(1)において、z(y)は、ころ12の母線方向位置yにおけるクラウニング22Aのドロップ量を示しており、クラウニング22Aの始点O1の座標は(a−K2a,0)であるから、式(1)におけるyの範囲は、y>(a−K2a)である。また、図5では、原点Oを有効接触部の中央部にとっているので、a=L/2となる。さらに、原点Oからクラウニング22Aの始点O1までの領域は、クラウニングが形成されていない中央部(ストレート部分)であるから、0≦y≦(a−K2a)のとき、z(y)=0となる。
設計パラメータK1は荷重Qの倍率、幾何学的にはクラウニング22Aの曲率の程度を意味している。設計パラメータK2は、原点Oから有効接触部の端部までの母線方向長さaに対するクラウニング22Aの母線方向長さymの割合を意味している(K2=ym/a)。設計パラメータzmは、有効接触部の端部におけるドロップ量、即ちクラウニング22Aの最大ドロップ量を意味している。
ここで、後述する図7に示したころのクラウニングは、設計パラメータK2=1であってストレート部の無いフルクラウニングであり、エッジロードが発生しない十分なドロップ量が確保されている。しかしながら、ドロップ量が過大であると、加工時に、材料取りされた素材から生じる取代が大きくなり、コスト増大を招くこととなる。そこで、以下のように、式(1)の設計パラメータK1,K2,zmの最適化を行う。
設計パラメータK1,K2,zmの最適化手法としては種々のものを採用することができ、例えば、Rosenbrock法等の直接探索法を採用することができる。ここで、ころの転動面における表面起点の損傷は面圧に依存するので、最適化の目的関数を面圧とすることにより、希薄潤滑下における接触面の油膜切れを防止するクラウニングを得ることができる。
また、ころに対数クラウニングを施す場合、ころの加工精度を確保するためには転動面の中央部分にストレート部分(中央部23)を設けるのが好ましい。この場合は、K2を一定の値とし、K1,zmについて最適化すればよい。
図6は、窒素富化層12Bにおけるミクロ組織を示している。本実施の形態における窒素富化層12Bにおける旧オーステナイト結晶粒径はJIS規格の粒度番号が10以上となっており、従来の一般的な焼入れ加工品と比べても十分に微細化されている。
ここで窒素濃度の測定方法について説明する。外輪11、ころ12、内輪13などの軸受部品について、それぞれ窒素富化層11B,12B、13Bが形成された領域の表面に垂直な断面について、EPMA(Electron Probe Micro Analysis)により深さ方向で線分析を行う。測定は、各軸受部品を測定位置から表面に垂直な方向に切断することで切断面を露出させ、当該切断面において測定を行う。たとえば、ころ12については、図3に示した第1測定点31〜第3測定点33のそれぞれの位置から、中心線26と垂直な方向にころ12を切断することで切断面を露出させる。当該切断面において、ころ12の表面から内部に向かって0.05mmの位置となる複数の測定位置にて、上記EPMAにより窒素濃度について分析を行う。たとえば、上記測定位置を5か所決定し、当該5か所での測定データの平均値をころ12の窒素濃度とする。
また、外輪11および内輪13については、軌道面11A、13Aにおいて軸受の中心軸方向における中央部を測定位置として、中心軸および当該中心軸に直交する径方向に沿った断面を露出させた後、当該断面について上記と同様の手法により窒素濃度の測定を行う。
最表面から窒素富化層の底部までの距離の測定方法:
外輪11および内輪13については、上記窒素濃度の測定方法において測定対象とした断面につき、表面から深さ方向において硬度分布を測定する。測定装置としてはビッカース硬さ測定機を用いることができる。500℃×1hの焼き戻し後の円錐ころ軸受10において、深さ方向に並ぶ複数の測定点、たとえば0.5mm間隔に配置された測定点において硬度測定を実施する。そして、ビッカース硬さがHV450以上の領域を窒素富化層とする。
また、ころ12については、図3に示した第1測定点31での断面において、上記のように深さ方向での硬度分布を測定し、窒素富化層の領域を決定する。
旧オーステナイト結晶粒径の測定方法は、JIS規格G0551:2013に規定された方法を用いる。測定を行う断面は、窒素富化層の底部までの距離の測定方法において測定を行った断面とする。これにより旧オーステナイト結晶の粒度番号が測定できる。
ころ12のクラウニング形状について、任意の方法により測定できる。たとえば、ころ12の形状を表面性状測定機により測定することにより、クラウニング形状を測定してもよい。
以上のようにすれば、外輪11、内輪13、円錐ころとしてのころ12の少なくともいずれか1つにおいて旧オーステナイト結晶粒径が十分微細化された窒素富化層11B、12B、13Bが形成されているので、高い転動疲労寿命を有した上で、シャルピー衝撃値、破壊靭性値、圧壊強度などを向上させることができる。
また、ころ12の転動面12Aに上記式(1)によりドロップ量の和が表されるような、輪郭線が対数関数で表されるクラウニング(いわゆる対数クラウニング)を設けているので、従来の部分円弧で表されるクラウニングを形成した場合より局所的な面圧の上昇を抑制でき、ころ12の転動面12Aにおける摩耗の発生を抑制できる。
ここで、上述した対数クラウニングの効果についてより詳細に説明する。図7は、輪郭線が対数関数で表されるクラウニングを設けたころの輪郭線と、ころの転動面における接触面圧を重ねて示した図である。図8は、部分円弧のクラウニングとストレート部との間を補助円弧としたころの輪郭線と、ころの転動面における接触面圧を重ねて示した図である。図7および図8の左側の縦軸は、クラウニングのドロップ量(単位:mm)を示している。図7および図8の横軸は、ころにおける軸方向での位置(単位:mm)を示している。図7および図8の右側の縦軸は、接触面圧(単位:GPa)を示している。
円錐ころの転動面の輪郭線を部分円弧のクラウニングとストレート部とを有する形状に形成した場合、図8に示すように、ストレート部、補助円弧及びクラウニング相互間の境界における勾配が連続であっても、曲率が不連続であると接触面圧が局所的に増加する。そのため、油膜切れや表面損傷を招く恐れがある。十分な膜厚の潤滑膜が形成されていないと、金属接触による摩耗が生じやすくなる。接触面に部分的に摩耗が生じると、その近辺で、より金属接触が生じやすい状態となるため、接触面の摩耗が促進され、円錐ころが損傷に至る不都合が生じる。
そこで、接触面としての円錐ころの転動面に、輪郭線が対数関数で表されるクラウニングを設けた場合、例えば図7に示すように、図8の部分円弧で表されるクラウニングを設けた場合と比べて局所的な面圧が低くなり、接触面に摩耗を生じ難くすることができる。したがって、円錐ころの転動面上に存在する潤滑剤の微量化や低粘度化により潤滑膜の膜厚が薄くなる場合においても、接触面の摩耗を防止し、円錐ころの損傷を防止することができる。なお、図7及び図8には、ころの母線方向を横軸とすると共に母線直交方向を縦軸とする直交座標系に、内輪又は外輪ところの有効接触部の中央部に横軸の原点Oを設定してころの輪郭線を示すと共に、面圧を縦軸として接触面圧を重ねて示している。このように、上述のような構成を採用することで長寿命かつ高い耐久性を示す円錐ころ軸受10を実現できる。
上記円錐ころ軸受10において、最表面から0.05mmの深さ位置での窒素富化層11B、12B、13Bにおける窒素濃度が0.1質量%以上である。この場合、窒素富化層11B、12B,13Bの最表面における窒素濃度を十分な値とできることから、窒素富化層11B、12B、13Bの最表面の硬度を十分高くすることができる。また、上述した旧オーステナイト結晶粒径の粒度、窒素富化層の底部までの距離、窒素濃度といった条件は、図3の第1測定点31において少なくとも満足されていることが好ましい。
上記円錐ころ軸受10において、窒素富化層11B、12B、13Bが形成された外輪11、内輪13、およびころ12のうちの少なくともいずれか1つは鋼により構成される。当該鋼は、窒素富化層11B、12B、13B以外の部分、つまり未窒化部11C、12C、13Cにおいて、少なくとも炭素(C)を0.6質量%以上1.2質量%以下、珪素(Si)を0.15質量%以上1.1質量%以下、マンガン(Mn)を0.3質量%以上1.5質量%以下含む。上記円錐ころ軸受10において、鋼は、さらに2.0質量%以下のクロムを含んでいてもよい。この場合、本実施の形態において規定する構成の窒素富化層11B、12B、13Bを後述する熱処理などを用いて容易に形成できる。
上記円錐ころ軸受10において、上記式(1)における設計パラメータK1,K2,zmのうちの少なくとも1つが、ころ12と外輪11またはころ12と内輪13との接触面圧を目的関数として最適化されている。
上記設計パラメータK1,K2,zmは、接触面圧、応力及び寿命のうちのいずれかを目的関数として最適化して定められるところ、表面起点の損傷は接触面圧に依存する。ここで、上記実施の形態によれば、接触面圧を目的関数として最適化して設計パラメータK1,K2,zmを設定するので、潤滑剤が希薄な条件においても接触面の摩耗を防止できるクラウニングが得られる。
上記円錐ころ軸受10において、外輪11または内輪13の少なくともいずれか1つは、窒素富化層11B、13Bを含む。この場合、外輪11または内輪13の少なくともいずれかにおいて、結晶組織が微細化された窒素富化層11B、13Bが形成されることで、長寿命かつ高耐久性を有する外輪11または内輪13を得ることができる。
上記円錐ころ軸受10において、ころ12は窒素富化層12Bを含む。この場合、ころ12において、結晶組織が微細化された窒素富化層12Bが形成されることで、長寿命かつ高耐久性を有するころ12を得ることができる。
図9は図1の基本的構成を前提として、より本実施の形態に近い特徴を有する態様として図示している。図9を参照して、本実施の形態の円錐ころ軸受10は、内輪13の軌道面13Aの大径側に大鍔面18、小径側に小鍔面19が設けられている。ころ12の大径側には大鍔面18と接触する大端面16が設けられ、ころ12の小径側には小鍔面19と接触する小端面17が設けられている。
大鍔面18は、軌道面13Aの大径側端部と研削ぬすみ部を介して形成されている。大鍔面18は、円錐ころ軸受10の使用時にころ12の大端面16と接触することで、当該ころ12を案内する。小鍔面19は、軌道面13Aの小径側端部と研削ぬすみ部を介して形成されている。
また図10に拡大して示すように、内輪13の小鍔面19は、ころ12の小端面17と平行な研削加工面に仕上げられ、図中に一点鎖線で示す初期組立状態で、ころ12の小端面17と面接触している。小端面17は、ころ12の小鍔面19との間に隙間を有している。実線で示すころ12が正規の位置に落ち着いた状態、すなわち、ころ12の大端面16が内輪13の大鍔面18と接触した状態にて形成される、内輪13の小鍔面19ところ12の小端面17との隙間δが、δ≦0.4mmの寸法規制範囲内に入れられている。これにより、馴らし運転でのころ12が正規の位置に落ち着くまでに必要な回転回数を減らし、馴らし運転時間を短縮することができる。
本実施の形態の円錐ころ軸受10においては、大鍔面18の算術平均粗さRaが0.1μm以上0.2μm以下であり、大鍔面18の粗さ曲線のスキューネスRskが−1.0以上−0.3以下であり、大鍔面18の粗さ曲線のクルトシスRkuは3.0以上5.0以下である。ここで、粗さ曲線のスキューネスRskは、日本工業規格(JIS)B0601:2013の4.2.3で規定される粗さ曲線のスキューネスRskのことであり、粗さ曲線のクルトシスRkuは、日本工業規格(JIS)B0601:2013の4.2.4で規定される粗さ曲線のクルトシスRkuのことである。
円錐ころ軸受10の外輪11または内輪13を低速度で回転させる条件、すなわち200r/min以下の回転数の範囲内で回転トルクを安定化させるため、大鍔面18の算術平均粗さRaが0.1μm以上0.2μm以下とする。
粗さ曲線のスキューネスRskは、以下の式(2)に示すように、断面曲線の二乗平均平方根粗さRqの三乗によって無次元化した基準長さにおけるz(x)の三乗平均である。粗さ曲線のスキューネスRskは、輪郭曲線の確率密度関数の非対称性の度合いを示す数値であり、突出した山または谷の影響を強く受けるパラメータである。
図11に、スキューネスRsk>0を満足する粗さ曲線と、スキューネスRsk<0を満足する粗さ曲線とを示している。
これら両粗さ曲線の比較から明らかなように、スキューネスRsk>0の場合、図11の紙面上方へ急激に突出した山が多く、このような場合には大鍔面18の耐焼付き性が超仕上げ水準の粗さよりも大きく劣ってしまう可能性がある。しかしスキューネスRsk<0の場合、図11の紙面上方へ急激に突出した山の尖りが比較的に少ない傾向の表面形状となるため、油膜が破れにくくなり、焼き付きの防止に有利である。スキューネスRskの負の値が大きくなるほど、谷の幅が図11の紙面左右方向に広がり、突出した山の尖りが比較的に少ない傾向の表面(円錐ころ軸受10においては、ころ12の大端面16と接触する内輪13の大鍔面18)の幅が狭くなる。このため当該表面と谷との境界部分で応力集中が生じてしまうので、油膜形成が阻害される。内輪13の大鍔面18の粗さ曲線のスキューネスRskを−1.0以上−0.3以下とすることにより、当該大鍔面18が、突出した山の尖りが比較的に少なく滑らかな平面を図11の幅方向に関して広く有する特性となり、油膜形成に有利に働く表面形状となる。
図11の右方に示すように、Rskの確率密度関数は、Rsk<0においては図中点線で横方向に延びる平均線よりも上側に偏在する。このためRsk<0であり特にこれを−1.0以上−0.3以下とすることにより、大鍔面18の表面は滑らかな山を広範囲に有する形状となる。
さらに、粗さ曲線のクルトシスRkuは、以下の式(3)に示すように、断面曲線の二乗平均平方根粗さRqの四乗によって無次元化した基準長さにおけるz(x)の四乗平均である。粗さ曲線のクルトシスRkuは、輪郭曲線の確率密度関数のとがり(鋭さ)の度合いを示す数値であり、突出した山または谷の影響を強く受けるパラメータである。
図12に、クルトシスRku>3を満足する粗さ曲線と、クルトシスRku<3を満足する粗さ曲線とを示している。
これら両粗さ曲線の比較から明らかなように、クルトシスRku<3の場合、曲線に急激に突出した山または谷の尖りが少なく、このような場合には回転トルクが安定しない可能性がある。しかしクルトシスRku>3の場合、図の上方および下方に山および谷が比較的急激に突出した尖りが多くなる傾向にある。これにより大鍔面18は適度に金属と接触することができ、円錐ころ軸受10の回転トルクを安定させることに有利となる。ただし、クルトシスRkuの正の値が過剰に大きくなれば、大鍔面18の過度な金属接触が起こり、耐焼付き性が低下する。そこで内輪13の大鍔面18の粗さ曲線のクルトシスRkuを3.0以上5.0以下とすることにより、当該大鍔面18は、低速回転時における回転トルクの安定化を図るための粗さの突起をもった表面性状となる。
以上のように大鍔面18の算術平均粗さRa、粗さ曲線のスキューネスRskおよび粗さ曲線のクルトシスRkuを調整することにより、円錐ころ軸受10の回転トルクの安定化と耐焼付き性との両立を実現することができる。
以上に述べた粗さ特性を有する内輪13の大鍔面18を加工するために研削仕上げ加工を用いれば、粗さの規定範囲が細かすぎ加工抵抗が大きくなりすぎるため、大鍔面18などに研削焼けなどの不具合が生じる可能性があり、当該加工を行なうことは困難である。そこで上記の粗さ特性を有する内輪13の大鍔面18を加工する際には、たとえば0.5秒以上2秒以下の超短時間で超仕上げ加工を施すことが好ましい。
一方、ころ12の大端面16の粗さは内輪13の大鍔面18の粗さよりも、円錐ころ軸受10の機能に与える影響が少ない。このためころ12の大端面16の粗さの条件は大鍔面18よりも緩やかである。具体的には、良好な潤滑油のくさび効果を得る観点から、ころ12の大端面16の算術平均粗さRaが0.1μm以下とすればよい。また、ころ12の大端面16と内輪13の大鍔面18とは、理想的には、球面と平面との接触関係である時、特に良好な耐焼付き性を実現することができる。そのため、大鍔面18が凹凸を有する母線形状である場合、当該大鍔面18の凹凸の高さの最大値は1μm以下であることが好ましい。
以上をまとめると、たとえば図9に示す本実施の形態の円錐ころ軸受10は、外輪11と、内輪13と、複数のころ12とを備える。外輪11は内周面において軌道面11Aを有する。内輪13は外周面において軌道面13Aと軌道面13Aよりも大径側に配置された大鍔面18とを有し、外輪11に対して径方向内側に配置される。ここで、大鍔面18の算術平均粗さRaは、0.1μm以上0.2μm以下である。複数のころ12は、軌道面11Aと軌道面13Aとの間に配列され、軌道面11Aおよび軌道面13Aと接触する転動面12Aを有する。外輪11、内輪13および複数のころ12のうちの少なくともいずれか1つは、軌道面11A、軌道面13Aまたは転動面12Aの表面層に形成された窒素富化層11B,12B,13Bを含む。表面層の最表面から窒素富化層11B,12B,13Bの底部までの距離は0.2mm以上である。ころ12の転動面12Aにはクラウニング部22,24が形成される。クラウニング部22,24のドロップ量の和は、円錐ころの転動面の母線をy軸とし、母線直交方向をz軸とするy−z座標系において、K1,K2,zmを設計パラメータ、Qを荷重、Lを円錐ころにおける転動面の有効接触部の母線方向長さ、E’を等価弾性係数、aを円錐ころの転動面の母線上にとった原点から有効接触部の端部までの長さ、A=2K1Q/πLE’としたときに、上記の式(1)で表される。ここまでの説明およびこれ以降の説明ともにすべて、本実施の形態の円錐ころ軸受10は本段落の上に記載した特徴を有することを前提としている。
また図13および図14に示すように、本実施の形態の円錐ころ軸受は、軌道面13Aと大鍔41とが交わる隅部には、第1研削逃げ部43が形成され、軌道面13Aと小鍔42との隅部には、第2研削逃げ部44が形成されている。上記軌道面13Aは、内輪軸方向に延びる母線が直線となっている。外輪2の内周には、軌道面13Aに対向する軌道面11Aが形成され、鍔無しとされ、軌道面11Aは外輪軸方向に延びる母線が直線となっている。
図13、図14に示すように、ころ12の外周の転動面12Aにはクラウニング部22としてのクラウニング22A,22Bと、クラウニング部24としてのクラウニング24A,24Bとを形成し、ころ12の両端には面取り部21,25が施されている。転動面12Aのクラウニング部22,24を、クラウニングが形成されたクラウニング形成部分と考えることができる。ここではクラウニング形成部分は具体的には、接触部クラウニング部分27と、非接触部クラウニング部分28として形成している。これらのうち接触部クラウニング部分27は、軌道面13Aの軸方向範囲にあって軌道面13Aに接する。非接触部クラウニング部分28は、軌道面13Aの軸方向範囲から外れて軌道面13Aに非接触となる。
これら接触部クラウニング部分27と非接触部クラウニング部分28とは、ころ軸方向に延びる母線が、互いに異なる関数で表されかつ互いに接続点P1で滑らかに連続する線である。上記接続点P1の近傍において、非接触部クラウニング部分28の母線の曲率R8を、接触部クラウニング部分27の母線の曲率R7よりも小さく設定している。上記「滑らかに連続する」とは、角を生じずに連続することであり、理想的には、接触部クラウニング部分27の母線と、非接触部クラウニング部分28の母線とが、互いの連続点において、共通の接線を持つように続くことで、すなわち上記母線が上記連続点で連続的微分可能な関数であることである。
この構成によると、ころ12の外周の転動面12Aにクラウニング部を形成したため、軌道面13Aのみにクラウニング部を形成する場合よりも、転動面12Aに砥石を必要十分に作用させ得る。よって転動面12Aに対する加工不良を未然に防止できる。転動面12Aに形成したクラウニング部22,24により、面圧や接触部の応力を低減し円錐ころ軸受10の長寿命化を図ることができる。さらに、接触部クラウニング部分27と、非接触部クラウニング部分28との接続点P1の近傍において、非接触部クラウニング部分28の母線の曲率R8が、接触部クラウニング部分27の母線の曲率R7よりも小さいため、ころ12の両端部のドロップ量の低減を図ることができる。したがって、例えば従来の単一円弧クラウニングのものより研削量を抑え、ころ12の加工効率の向上を図り、製造コストの低減を図ることができる。
上記接触部クラウニング部分27の母線は、次式で表される対数クラウニングの対数曲線により形成されている。
この対数クラウニングで表される接触部クラウニング部分27により、面圧や接触部の応力を低減し円錐ころ軸受10の長寿命化を図ることができる。
ところで、上記の式(1)のK1、zmについて数理的最適化手法を用いてクラウニングを最適化すると、本条件では、図15の「対数」のようなクラウニングとなる。このとき、ころ12のクラウニングの最大ドロップ量は69μmである。ところが、図15中のGの領域は、図13の内輪13の第1研削逃げ部43および第2研削逃げ部44と相対するクラウニング部24Bであり内輪13とは接触しない。このため、ころ12の上記Gの領域は、対数クラウニングである必要はなく、直線もしくは円弧あるいはその他の関数としても差し支えない。ころ12の上記Gの領域が直線、円弧、その他の関数であっても、ころ12の全体が対数クラウニングの場合と同一の面圧分布となり、機能上何ら遜色はない。
対数クラウニングの数理的最適化手法について説明する。
対数クラウニングを表す関数式中のK1,zmを適切に選択することによって、最適な対数クラウニングを設計することができる。
クラウニングは一般的に接触部の面圧もしくは応力の最大値を低下させるように設計する。ここでは,転動疲労寿命はMisesの降伏条件にしたがって発生すると考え、Misesの相当応力の最大値を最小にするようにK1,zmを選択する。
K1,zmは適当な数理的最適化手法を用いて選択することが可能である。数理的最適化手法のアルゴリズムには種々のものが提案されているが、その一つである直接探索法は、関数の微係数を使用せずに最適化を実行することが可能であり、目的関数と変数が数式によって直接的に表現できない場合に有用である。ここでは、直接探索法の一つであるRosenbrock法を用いてK1,zmの最適値を求める。
上記条件、つまり円すいころ軸受、呼び番号30316に基本動定格荷重の35%のラジアル荷重が作用し、ミスアライメントが1/600である場合では、Misesの相当応力の最大値sMises_maxと対数クラウニングパラメータK1,zmは図16のような関係にある。K1,zmに適当な初期値を与え、Rosenbrok法の規則にしたがってK1,zmを修正していくと、図16中の最適値の組合せに到達し、sMises_maxは最小となる。
ころ12と内輪13との接触を考える限りにおいては、図15におけるGの領域のクラウニングは、どのような形状でもよいが、外輪2との接触や加工時の砥石の成形性を考慮すれば、対数クラウニング部との接続点P1において、対数クラウニング部の勾配より小さな勾配となることは望ましくない。Gの領域のクラウニングについて、対数クラウニング部の勾配より大きな勾配を与えることは、ドロップ量が大きくなるため、これも望ましくない。すなわち、Gの領域のクラウニングと対数クラウニングは、その接続点P1で勾配が一致して滑らかに繋がるように設計されることが望ましい。図15において、ころ12のGの領域のクラウニングを、直線とした場合を点線にて例示し、円弧とした場合を太実線にて例示する。Gの領域のクラウニングを直線とした場合、ころ12のクラウニングのドロップ量Dpは例えば36μmとなる。Gの領域のクラウニングを円弧とした場合、ころ12のクラウニングのドロップ量Dpは例えば40μmとなる。
非接触部クラウニング部分28の母線は、大径側の部分および小径側の部分のいずれか一方または両方が円弧であってもよい。この場合、ころ転動面全体の母線を例えば対数曲線で表すものより、ドロップ量Dpの低減を図ることができる。したがって、研削量の低減を図れる。図17に示すように、上記非接触部クラウニング部分28の母線は、大径側の部分および小径側の部分のいずれか一方または両方が直線であってもよい(図17の例では大径側の部分のみ直線)。この場合、非接触部クラウニング部分28の母線を円弧とする場合よりもさらにドロップ量Dpの低減を図ることができる。
接触部クラウニング部分27の母線の一部または全部が上記式(1)で示される対数クラウニングで表されてもよい。この対数クラウニングで表される接触部クラウニング部分27により、面圧や接触部の応力を低減し円すいころ軸受の長寿命化を図ることができる。
図18に示すように、接触部クラウニング部分27の母線が、ころ軸方向に沿って平坦に形成されたストレート部分27A(図3の中央部23と同義)と、対数クラウニングの対数曲線で形成された部分27Bとによって表されてもよい。
クラウニングの加工精度を確保するためには、ころ12の外周に、ストレート部分27Aが存在することが望ましい。そこでころ軸方向中央を基準として、小径側の部分と大径側の部分とで対称のクラウニング部22,24であるとすれば、対数クラウニング式(1)中の設計パラメータのうち、K2は固定され、K1とzmが設計の対象となる。
以下、図19〜図22を用いて、円錐ころ軸受の製造方法を説明する。
図19に示すように、まず部品準備工程(S100)を実施する。この工程(S100)では、外輪11、内輪13、ころ12、保持器14などの軸受部品となるべき部材を準備する。なお、ころ12となるべき部材には、まだクラウニングは形成されておらず、当該部材の表面は図4の点線で示した加工前表面12Eとなっている。また図9に示すような大端面16および小端面17を有するようにころ12が形成され、かつ図9に示すような大鍔面18および小鍔面19を有するように内輪13が形成される。
次に、熱処理工程(S200)を実施する。この工程(S200)では、上記軸受部品の特性を制御するため、所定の熱処理を実施する。たとえば、外輪11、ころ12、内輪13、の少なくともいずれか1つにおいて本実施形態に係る窒素富化層11B、12B、13Bを形成するため、浸炭窒化処理または窒化処理と、焼入れ処理、焼戻処理などを行う。この工程(S200)における熱処理パターンの一例を図20に示す。図20は、1次焼入れおよび2次焼入れを行う方法を示す熱処理パターンを示す。図21は、焼入れ途中で材料をA1変態点温度未満に冷却し、その後、再加熱して最終的に焼入れる方法を示す熱処理パターンを示す。これらの図において、処理T1では鋼の素地に炭素や窒素を拡散させまた炭素の溶け込みを十分に行なった後、A1変態点未満に冷却する。次に、図中の処理T2において、処理T1よりも低温に再加熱し、そこから油焼入れを施す。その後、たとえば加熱温度180℃の焼き戻し処理を実施する。
上記の熱処理によれば、普通焼入れ、すなわち浸炭窒化処理に引き続いてそのまま1回焼入れするよりも、軸受部品の表層部分を浸炭窒化しつつ、割れ強度を向上させ、経年寸法変化率を減少することができる。上記熱処理工程(S200)によれば、焼入れ組織となっている窒素富化層11B、12B、13Bにおいて、旧オーステナイト結晶粒の粒径が、図22に示した従来の焼入れ組織におけるミクロ組織と比較して2分の1以下となる、図6に示したようなミクロ組織を得ることができる。上記の熱処理を受けた軸受部品は、転動疲労に対して長寿命であり、割れ強度を向上させ、経年寸法変化率も減少させることができる。
次に、加工工程(S300)を実施する。この工程(S300)では、各軸受部品の最終的な形状となるように、仕上げ加工を行う。ころ12については、図4に示したように切削加工などの機械加工によりクラウニング22Aおよび面取り部21を形成する。
次に、組立工程(S400)を実施する。この工程(S400)では、上記のように準備された軸受部品を組み立てることにより、図9に示した円錐ころ軸受10を得る。このようにして、図1に示した円錐ころ軸受10を製造することができる。
回転駆動力を検証する観点から、内輪の大鍔面の異なる複数種類の円錐ころ軸受のそれぞれに対し、回転トルク試験を実施した。円錐ころ軸受10の試験型番は30307Dであり、防錆油は、40℃での動粘度が16.5mm2/sであり、かつ、100℃での動粘度が3.5mm2/sであるものを使用した。
試験対象物である円錐ころ軸受としては、本実施の形態に係る、大鍔面18の算術平均粗さRaが0.149μmであり、粗さ曲線のスキューネスRskが−0.96であり、粗さ曲線のクルトシスRkuが4.005である円錐ころ軸受10のサンプルが用いられた。一方、比較用の従来技術サンプルとして、大鍔面18の算術平均粗さRaが0.2μmであるサンプルと、大鍔面の算術平均粗さRaが0.08μmであるサンプルとの2種類が用いられた。なお大鍔面の算術平均粗さRa、スキューネスRskおよびクルトシスRkuはいずれも、表面粗さ測定機によって測定可能である。
試験は、円錐ころ軸受の回転数を、0r/minから200r/minまで変化させたときの回転トルクを測定することによりなされた。その測定結果を図23に示す。
図23に示すように、本実施の形態のサンプルである本件発明品は、Raが0.2μmである従来品とほぼ同等の安定したトルク特性を有する。これは、200r/min以下の低回転速度の領域においては潤滑油の楔効果が小さく、潤滑油の油膜が薄く200r/minの条件まで境界潤滑となるためである。
一方、Raが0.08μmである従来品は、50r/min以下の回転速度においても急激に回転トルク値が低下する。これは大鍔面の粗さが他に比べて細かいために50r/minに達する前に十分な油膜厚さが形成された結果である。Raが0.08μmである従来品においては、50r/min以上の場合には転動面の転がり抵抗が支配的となる。
実機組立後の予圧管理(あるいはトルクチェック)は、10r/min以上50r/min以下の範囲の回転数の条件下で行なわれることが多い。この範囲でのトルクを安定化できる本件発明品は、実機組立性が良好であるといえる。
耐焼付き性を検証する観点から、回転トルク試験を実施した円錐ころ軸受と同一種類、すなわち同一ロットサンプルの試験対象物に対し、昇温試験を実施した。円錐ころ軸受10の試験型番は30307Dであり、ラジアル荷重を17kN、ラジアル荷重を1.5kNとした。また昇温用の湯浴としては、タービン油VG56を用いた。そして各サンプルの外輪の温度を測定し、昇温を確認した。試験結果は以下の表1に示すとおりである。なお表中の「〇」印は外輪の温度が120℃以下であったことを示し、「△」印は外輪の温度が120℃以上150℃未満であったことを示す。さらに「×」印は外輪の温度が150℃以上であったことを示す。
表1より、本件発明品は、Raが0.08μmの従来品と同等の耐焼付き性を有する結果となった。
なおこのような特性を有するためには、円錐ころの大端面と内輪の大鍔面との接触関係を「球と平面との接触関係」とすることが好ましい。この観点から、本実施の形態の内輪13の大鍔面18は、工業製品で得られる程度の概略ストレート平面であることが好ましい。
算術平均粗さRa、粗さ曲線のスキューネスRsk、及び粗さ曲線のクルトシスRkuの様々な組み合わせにおいて、上述の昇温試験及び回転トルク試験に準じて評価した結果を表2〜表5に示す。なお各表中、「◎」印は非常に良好であることを示し、「〇」印は良好であることを、「△」印は良好ではないが不良ではないことを、「×」印は不良であることを示す。
表2に示すように、大鍔面における算術平均粗さRaが0.05μmの場合、大鍔面が特に滑らかな表面性状に仕上げられているので、大鍔面における粗さ曲線のスキューネスRskが−1.0以上−0.3以下の範囲にあるか否かを問わず、また、粗さ曲線のクルトシスRkuが3.0以上5.0以下の範囲にあるか否かを問わず、耐焼付き性が特に良好になる一方、トルクの安定性が特に悪くなることが分かる。
表3および表4に示すように、大鍔面における算術平均粗さRaが0.1μm又は0.2μmの場合、Ra=0.05の場合に比べて、耐焼付き性が悪化傾向を示し、トルクの安定性が改善傾向を示す。ここで、大鍔面における粗さ曲線のスキューネスRsk<−1.0の場合、油膜が形成されにくく、耐焼付き性に不利となることが分かる。一方、大鍔面における粗さ曲線のスキューネスRsk>−0.3の場合、以下に示す大鍔面における粗さ曲線のクルトシスRkuの特性との兼ね合いによって、耐焼き付き性とトルクの安定性とを両立することができない。また、大鍔面における粗さ曲線のクルトシスRku<3の場合、油膜が出来過ぎて、トルクの安定性に不利となることが分かる。一方、大鍔面における粗さ曲線のクルトシスRku>5の場合、表面の微小な山々が尖り過ぎてころ大端面と金属接触し易く、油膜が出来にくくなって、耐焼付き性に不利となることが分かる。
表5に示すように、大鍔面における算術平均粗さRaが0.25μmの場合、表3および表4に比べてさらに耐焼付き性が悪く、トルクの安定性が良い結果となっている。具体的には、大鍔面における粗さ曲線のスキューネスRskが−1.0以上−0.3以下の範囲にあるか否かを問わず、また、粗さ曲線のクルトシスRkuが3.0以上5.0以下の範囲にあるか否かを問わず、耐焼付き性が特に悪くなる一方、トルクの安定性が特に良好になることが分かる。
したがって上記のように、本件発明品は大鍔面18の算術平均粗さRaは0.1μm≦Ra≦0.2μmである場合、大鍔面18の粗さ曲線のスキューネスRskが−1.0≦Rsk≦−0.3であり、大鍔面18の粗さ曲線のクルトシスRkuが3.0≦Rku≦5.0であれば、耐焼付き性とトルクの安定性の両立を図ることが可能であると分かる。
<試料>
試料として、試料No.1〜4までの4種類の円錐ころを試料として準備した。円錐ころの型番は30206とした。円錐ころの材質としてはJIS規格SUJ2材(1.0質量%C−0.25質量%Si−0.4質量%Mn−1.5質量%Cr)を用いた。
試料No.1については、浸炭窒化焼入れを実施した後、図5に示した本実施の形態に係る対数クラウニングを両端部に形成した。浸炭窒化処理温度を845℃、保持時間を150分間とした。浸炭窒化処理の雰囲気はRXガス+アンモニアガスとした。試料No.2については、試料No.1と同様に浸炭窒化焼入れを実施した後、図8に示した部分円弧クラウニングを形成した。
試料No.3については、図20に示した熱処理パターンを実施した後、図5に示した本実施の形態に係る対数クラウニングを両端部に形成した。浸炭窒化処理温度を845℃、保持時間を150分間とした。浸炭窒化処理の雰囲気は、RXガス+アンモニアガスとした。最終焼入れ温度は800℃とした。
試料No.4については、図20に示した熱処理パターンを実施した後、図5に示した本実施の形態に係る対数クラウニングを両端部に形成した。試料の最表面から0.05mmの深さ位置での窒素富化層における窒素濃度を0.1質量%以上とするために、浸炭窒化処理温度を845℃、保持時間を150分間とした。浸炭窒化処理の雰囲気は、RXガス+アンモニアガスとした。更に、炉内雰囲気を厳密に管理した。具体的には、炉内温度のムラ及びアンモニアガスの雰囲気ムラを抑制した。最終焼入れ温度は800℃とした。上述した試料No.3および試料No.4が本発明の実施例に対応する。試料No.1および試料No.2は比較例に対応する。
<実験内容>
実験1:寿命試験
寿命試験装置を用いた。試験条件としては、試験荷重:Fr=18kN、Fa=2kN、潤滑油:タービン油56、潤滑方式:油浴潤滑、という条件を用いた。寿命試験装置では、被試験体としての2つの円錐ころ軸受は、支持軸の両端を支持するように配置されている。該支持軸の延在方向の中央部、すなわち2つの円錐ころ軸受の中央部には、該支持軸を介して円錐ころ軸受にラジアル荷重を負荷するための円筒ころ軸受が配置されている。そして、荷重負荷用の円筒ころ軸受にラジアル荷重を負荷することで、被試験体としての円錐ころ軸受にラジアル荷重を負荷する。また、アキシアル荷重は、寿命試験装置のハウジングを介して一方の円錐ころ軸受から支持軸に伝わり、他方の円錐ころ軸受にアキシアル荷重が負荷される。これにより、円錐ころ軸受の寿命試験が行われる。
実験2:偏荷重時の寿命試験
上記実験1の寿命試験と同様の試験装置を用いた。試験条件としては、基本的に上記実験1での条件と同様であるが、ころの中心軸について2/1000radの軸傾きを負荷した状態とし、偏荷重が印加された状態で試験を行った。
実験3:回転トルク試験
試料No.1〜4について、縦型トルク試験機を用いたトルク測定試験を行った。試験条件としては、試験荷重:Fa=7000N、潤滑油:タービン油56、潤滑方式:油浴潤滑、回転数:5000rpm、という条件を用いた。
<結果>
実験1:寿命試験
試料No.4が最も良好な結果を示し、長寿命であると考えられた。試料No.2および試料No.3は、試料No.4の結果には及ばないものの、良好な結果を示し、十分実用に耐え得ると判断された。一方、試料No.1については、最も短い寿命を示す結果となった。
実験2:偏荷重時の寿命試験
試料No.4および試料No.3が最も良好な結果を示し、長寿命であると考えられた。次に、試料No.1が試料No.4および試料No.3には及ばないものの、比較的良好な結果を示した。一方、試料No.2は上記実験1の時の結果より悪い結果を示し、偏荷重条件により短寿命化したものと考えられる。
実験3:回転トルク試験
試料No.1、試料No.3、試料No.4が十分小さな回転トルクを示し良好な結果となった。一方、試料No.2は回転トルクが他の試料より大きくなっていた。
以上の結果から、総合的に試料No.4がいずれの試験においても良好な結果を示し、総合的に最も優れた結果となった。また、試料No.3も、試料No.1および試料No.2と比べて良好な結果を示した。
以下では、本実施の形態に係る円錐ころ軸受10の用途の一例について説明する。上述した円錐ころ軸受10は、たとえば、自動車のデファレンシャルまたはトランスミッションに好適である。すなわち円錐ころ軸受10を自動車用円錐ころ軸受として用いると好適である。図24を用いて、以上の本実施の形態の円錐ころ軸受10を自動車用デファレンシャルに適用した例を示す。図24は、上述した円錐ころ軸受10を使用した自動車のデファレンシャルを示す。このデファレンシャルは、プロペラシャフト(図示省略)に連結され、デファレンシャルケース121に挿通されたドライブピニオン122が、差動歯車ケース123に取り付けられたリングギヤ124と噛み合わされ、差動歯車ケース123の内部に取り付けられたピニオンギヤ125が、差動歯車ケース123に左右から挿通されるドライブシャフト(図示省略)に連結されるサイドギヤ126と噛み合わされて、エンジンの駆動力がプロペラシャフトから左右のドライブシャフトに伝達されるようになっている。このデファレンシャルでは、動力伝達軸であるドライブピニオン122と差動歯車ケース123が、それぞれ一対の円錐ころ軸受10a、10bで支持されている。
なお本実施の形態の円錐ころ軸受10は、トランスミッション等の動力伝達装置の歯車軸支持用に組み込まれてもよい。図25を参照して、マニュアルトランスミッション100は、常時噛合い式のマニュアルトランスミッションであって、入力シャフト111と、出力シャフト112と、カウンターシャフト113と、ギア(歯車)114a〜114kと、ハウジング115とを備えている。
入力シャフト111は、円錐ころ軸受10によりハウジング115に対して回転可能に支持されている。この入力シャフト111の外周にはギア114aが形成され、内周にはギア114bが形成されている。
一方、出力シャフト112は、一方側(図中右側)において円錐ころ軸受10によりハウジング115に回転可能に支持されているとともに、他方側(図中左側)において転がり軸受120Aにより入力シャフト111に回転可能に支持されている。この出力シャフト112には、ギア114c〜114gが取り付けられている。
ギア114cおよびギア114dはそれぞれ同一部材の外周と内周に形成されている。ギア114cおよびギア114dが形成される部材は、転がり軸受120Bにより出力シャフト112に対して回転可能に支持されている。ギア114eは、出力シャフト112と一体に回転するように、かつ出力シャフト112の軸方向にスライド可能なように、出力シャフト112に取り付けられている。
また、ギア114fおよびギア114gの各々は同一部材の外周に形成されている。ギア114fおよびギア114gが形成されている部材は、出力シャフト112と一体に回転するように、かつ出力シャフト112の軸方向にスライド可能なように、出力シャフト112に取り付けられている。ギア114fおよびギア114gが形成されている部材が図中左側にスライドした場合には、ギア114fはギア114bと噛合い可能であり、図中右側にスライドした場合にはギア114gとギア114dとが噛合い可能である。
カウンターシャフト113には、ギア114h〜114kが形成されている。カウンターシャフト113とハウジング115との間には、2つのスラストニードルころ軸受が配置され、これによってカウンターシャフト113の軸方向の荷重(スラスト荷重)が支持されている。ギア114hは、ギア114aと常時噛合っており、かつギア114iはギア114cと常時噛合っている。また、ギア114jは、ギア114eが図中左側にスライドした場合に、ギア114eと噛合い可能である。さらに、ギア114kは、ギア114eが図中右側にスライドした場合に、ギア114eと噛合い可能である。
次に、マニュアルトランスミッション100の変速動作について説明する。マニュアルトランスミッション100においては、入力シャフト111に形成されたギア114aと、カウンターシャフト113に形成されたギア114hとの噛み合わせによって、入力シャフト111の回転がカウンターシャフト113へ伝達される。そして、カウンターシャフト113に形成されたギア114i〜114kと出力シャフト112に取り付けられたギア114c、114eとの噛み合わせ等によって、カウンターシャフト113の回転が出力シャフト112へ伝達される。これにより、入力シャフト111の回転が出力シャフト112へ伝達される。
入力シャフト111の回転が出力シャフト112へ伝達される際には、入力シャフト111およびカウンターシャフト113の間で噛合うギアと、カウンターシャフト113および出力シャフト112の間で噛合うギアとを変えることによって、入力シャフト111の回転速度に対して出力シャフト112の回転速度を段階的に変化させることができる。また、カウンターシャフト113を介さずに入力シャフト111のギア114bと出力シャフト112のギア114fとを直接噛合わせることによって、入力シャフト111の回転を出力シャフト112へ直接伝達することもできる。
以下に、マニュアルトランスミッション100の変速動作をより具体的に説明する。ギア114fがギア114bと噛合わず、ギア114gがギア114dと噛合わず、かつギア114eがギア114jと噛合う場合には、入力シャフト111の駆動力は、ギア114a、ギア114h、ギア114jおよびギア114eを介して出力シャフト112に伝達される。これが、たとえば第1速とされる。
ギア114gがギア114dと噛合い、ギア114eがギア114jと噛合わない場合には、入力シャフト111の駆動力は、ギア114a、ギア114h、ギア114i、ギア114c、ギア114dおよびギア114gを介して出力シャフト112に伝達される。これが、たとえば第2速とされる。
ギア114fがギア114bと噛合い、ギア114eがギア114jと噛合わない場合には、入力シャフト111はギア114bおよびギア114fとの噛合いにより出力シャフト112に直結され、入力シャフト111の駆動力は直接出力シャフト112に伝達される。これが、たとえば第3速とされる。
上述のように、マニュアルトランスミッション100は、回転部材としての入力シャフト111および出力シャフト112をこれに隣接して配置されるハウジング115に対して回転可能に支持するために、円錐ころ軸受10を備えている。このように、上記実施の形態に係る円錐ころ軸受10は、マニュアルトランスミッション100内において使用することができる。そして、トルク損失が低減され、かつ耐焼付き性および寿命が向上した円錐ころ軸受10は、転動体と軌道部材との間に高い面圧が付与されるマニュアルトランスミッション100内での使用に好適である。
ところで、自動車の動力伝達装置であるトランスミッション又はデファレンシャル等においては、省燃費化のために、低粘度の潤滑油を使用する他に、少油量化を図る傾向にあり、円錐ころ軸受において、十分な油膜が形成され難いことがある。また、トランスミッション又はデファレンシャルが低温環境下(例えば、−40℃〜−30℃)で使用されると、潤滑油の粘度が上がるため、特に始動時にはギアの回転によるはねかけ潤滑等によって、当該潤滑油が円錐ころ軸受に十分に供給されないことがある。このため、自動車用の円錐ころ軸受では、耐焼き付き性および寿命の向上が要求されている。よって、耐焼き付き性および寿命が向上した上記の円錐ころ軸受10をトランスミッション又はデファレンシャルに組み込むことで上記要求を満たすことができる。
以上に述べた実施の形態に含まれる各例に記載した特徴を、技術的に矛盾のない範囲で適宜組み合わせるように適用してもよい。
今回開示された実施の形態および実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。