JP6796290B2 - バクテリアル・トランスロケーションの防止又は抑制のための組成物 - Google Patents

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Description

本発明は、被験体内でバクテリアル・トランスロケーション(Bacterial Translocation)を防止(もしくは予防)又は抑制するための組成物に関する。具体的には、当該組成物は、有効成分として水素ガス又は溶存水素を含むことを特徴とする。
バクテリアル・トランスロケーションは、腸管内に存在する細菌やその死菌が何らかの原因で腸管壁(もしくは腸管上皮)を通過し、腸管膜リンパ節から遠隔臓器に移行することである。バクテリアル・トランスロケーションが起こる原因として、腸管内常在細菌叢の変化、腸管上皮細胞の防御能低下、宿主免疫機能の低下などが挙げられている。
バクテリアル・トランスロケーションが原因又は一部原因となって発症する又は憎悪する疾患には、感染源の特定ができない感染症、敗血症、高度侵襲時の全身性炎症反応症候群(SIRS)、多臓器機能不全症候群(MOF)などが含まれる(非特許文献1)。
このため、バクテリアル・トランスロケーションを抑制するための臨床的な管理が、上記疾患等を予防するうえで重要である。しかしながら、バクテリアル・トランスロケーションを抑制する薬剤としては、グルタミン(非特許文献2)などわずかな物質が知られているに過ぎない。
このような状況において、本発明者らは、バクテリアル・トランスロケーションを抑制するための物質として水素に注目してきた。
これまで水素ガス(もしくは水素分子)又は水素溶存水を治療に用いる試みとして、例えば皮膚疾患、癌、敗血症などの治療用途に用いる提案が報告されている(特許文献1、特許文献2、非特許文献3)。例えば非特許文献3には、敗血症動物モデルに分子状水素又は水素溶存水を吸入又は給与し、炎症性サイトカインやケモカインが減少したこと、また敗血症関連の臓器損傷に対する有益な効果があることなどが記載されている。しかしながら、実際に水素による臨床効果についての報告は極めて少ない。
特開2016−190833号公報 特開2016−113425号公報
Moore FA et al, J Trauma 1989; 29:916−923 Chun H et al., J Gastroenterology 1997; 32(2):189−195 Xie K et al., BioMed Research International, Vol. 2014, Article ID 807635, 9 pages
上記のとおり、もしバクテリアル・トランスロケーションが防止(もしくは予防)又は抑制することができるならば、敗血症などの上記疾患の発症又は憎悪抑制につながることが期待される。
本発明は、バクテリアル・トランスロケーションの防止(もしくは予防)又は抑制のための薬剤として水素を使用することを目的とする。
本発明は、以下の特徴を包含する。
(1)水素ガス又は溶存水素を有効成分として含む、被験体内でバクテリアル・トランスロケーションを防止又は抑制するための組成物。
(2)敗血症、全身性炎症反応症候群(SIRS)又は多臓器機能不全症候群(MOF)の発症もしくは悪性化をさらに防止又は抑制する、上記(1)に記載の組成物。
(3)被験体の腸組織の損傷を改善する、上記(1)又は(2)に記載の組成物。
(4)被験体の腸内細菌叢における悪玉菌の異常増殖を抑制する、上記(1)〜(3)のいずれかに記載の組成物。
(5)悪玉菌がエンテロバクテリア科である、上記(4)に記載の組成物。
(6)水素ガス含有気体又は水素溶存液体の形態である、上記(1)〜(5)のいずれかに記載の組成物。
(7)水素ガス含有気体の水素濃度が、0.5〜18.5体積%である、上記(6)に記載の組成物。
(8)水素溶存液体の水素濃度が、1〜10ppmである、上記(6)に記載の組成物。
(9)被験体への組成物の投与が、経肺投与又は経口投与である、上記(1)〜(8)のいずれかに記載の組成物。
(10)経肺投与が、1.02〜7.0気圧の高気圧環境下で行われる、上記(9)に記載の組成物。
(11)投与時に水素ガス供給装置又は水素添加器具を用いてその場で作製される、上記(1)〜(10)のいずれかに記載の組成物。
本発明により、溶存水素又は水素ガスの投与によって、腸バリア障害(intestinal barrier dysfunction)及び腸内細菌叢の細菌種組成異常(dysbiosis)の低減とともに、バクテリアル・トランスロケーション(bacterial translocation)を防止又は抑制することを可能にし、それによって敗血症、全身性炎症反応症候群(SIRS)又は多臓器機能不全症候群(MOF)の発症もしくは悪性化をさらに防止又は抑制するために、また患者の応急処置や予後改善のために、極めて有用な新規療法が提供される。
超過飽和濃度水素溶存生食水(Super saturated hydrogen dissolved saline)による敗血症マウスモデルの生存率の改善を示す。図中、「sham」は、擬似群(n=6)であり、「H2」は、超過飽和濃度水素溶存生食水群(n=26)であり、「saline」は、生理食塩水(「生食水」ともいう)群(n=26)である。p<0.05、p<0.01(「p」はlog−rankテストによる危険率を表す。)。 超過飽和濃度水素溶存生食水による敗血症マウスモデルの腸管膜リンパ節(MLN)内でのバクテリアル・トランスロケーションの抑制を示す。図中、(A)は、MLNを、盲腸結紮・破裂(CLP)の24時間後に無菌的に取り出し、MarConkeyアガープレート及びTSAアガープレート上で24時間平板培養したときの培養物を示す。また、(B)は、MarConkeyアガープレートの細菌数を、コロニー形成単位(logCFU)/gの平均±SDとして表した(ここで「SD」は標準偏差である。)。また、図中、「sham」は、擬似群であり、「H2」は、超過飽和濃度水素溶存生食水群であり、「saline」は、生理食塩水(「生食水」ともいう)群である。1群あたりn=3〜6である。p<0.05、p<0.05(「p」はlog−rankテストによる危険率を表す。)。 超過飽和濃度水素溶存生食水による、敗血症に関連した腸上皮過透過性の減衰を示す。図中、「sham」は、擬似群であり、「H2」は、超過飽和濃度水素溶存生食水群であり、「saline」は、生理食塩水(「生食水」ともいう)群である。1群あたりn=8である。p<0.05(「p」はlog−rankテストによる危険率を表す。)。 超過飽和濃度水素溶存生食水による、敗血症マウスモデルの腸形態学的障害からの保護と密着結合タンパク質(ZO−1)の局在を示す。盲腸結紮・破裂(CLP)の24時間後の小腸(回腸末端部)のヘマトキシリン−エオシン(H−E)染色顕微鏡像(倍率×200)及び蛍光抗体染色顕微鏡像(倍率×400;ZO−1が緑であり、核が青である)である。図中、「sham」は、擬似群であり、「H2」は、超過飽和濃度水素溶存生食水群であり、「saline」は、生理食塩水(「生食水」ともいう)群である。 超過飽和濃度水素溶存生食水による、敗血症マウスモデルの腸内でのエンテロバクテリアの過剰増殖の抑制を示す。図中、(A)は、盲腸結紮・破裂(CLP)後0日目(Day 0)、1日目(Day 1)及び7日目(Day 7)の腸内細菌組成の連続的変化を示す。また、(B)は、盲腸結紮・破裂(CLP)後の0日目及び1日目のマウス糞便1gあたりのエンテロバクテリアの菌数の定量結果(log(細胞数)/g-糞便)を示す。データは、平均±SDとして表し、1群あたりn=8である。図中、「H2」は、超過飽和濃度水素溶存生食水群であり、「saline」は、生理食塩水(「生食水」ともいう)群である。 超過飽和濃度水素溶存生食水による、敗血症マウスモデル腸の酸化ストレスの低減を示す。腸のマロンジアルデヒド(MDA)レベル(nmol/mg−腸組織)の定量によって酸化ストレスの程度を表した。データは、平均±SDとして表し、1群あたりn=4〜5である。p<0.05(「p」はlog−rankテストによる危険率を表す。)。図中、「sham」は、擬似群であり、「H2」は、超過飽和濃度水素溶存生食水群であり、「saline」は、生理食塩水(「生食水」ともいう)群である。 超過飽和濃度水素溶存生食水による、敗血症マウスモデルの腸組織内での炎症反応の低減を示す。小腸(回腸末端部)内の誘導型一酸化窒素合成酵素(inducible nitric oxide synthase(iNOS))、腫瘍壊死因子α(TNF−α)、インターロイキン−6(IL−6)及びインターロイキン1β(IL−1β)の炎症メディエーターの定量RT−PCR分析による発現レベル(任意単位)を示す。データは、平均±SDとして表し、1群あたりn=5〜6である。p<0.05、p<0.05、p<0.05(ここで、「p」はlog−rankテストによる危険率を表す。)。図中、「sham」は、擬似群であり、「H2」は、超過飽和濃度水素溶存生食水群であり、「saline」は、対照としての生理食塩水(「生食水」ともいう)群である。
本発明をさらに具体的に説明する。
上記のとおり、本発明は、水素ガス又は溶存水素を有効成分として含む、被験体内でバクテリアル・トランスロケーションを防止又は抑制するための組成物を提供する。
本明細書中、バクテリアル・トランスロケーションに関して「防止」という用語は、被験体において何らかの原因でバクテリアル・トランスロケーションが起こって敗血症などの疾患を発症することを防止もしくは予防することを意味する。また、バクテリアル・トランスロケーションに関して「抑制」とは、被験体がバクテリアル・トランスロケーションを介して敗血症などの疾患を発症したとき、バクテリアル・トランスロケーションを抑制することによって当該疾患の重症化(すなわち、症状の悪化)を回避することを意味する。
本明細書中、「バクテリアル・トランスロケーション」という用語は、腸管内に存在する細菌やその死菌が何らかの原因で腸管壁(もしくは腸管上皮)を通過し、腸管膜リンパ節から遠隔臓器に移行することを指す。バクテリアル・トランスロケーションによって生菌又は死菌、場合によりエンドトキシン等の毒素が血中に入り全身をめぐり敗血症を発症する。敗血症患者はさらに悪化すると全身性炎症反応症候群(SIRS)や多臓器機能不全症候群(MOF)を発症し、場合により死に至る。敗血症の治療は、通常、原因となる細菌を特定し、その細菌に有効な抗生物質等の薬剤を患者に投与することによって行われる。
術後敗血症に罹患したヒト患者において、バクテリアル・トランスロケーションを介して腸管膜リンパ節に達する細菌群は、文献(O’Boyle CJ et al., Gut 1998; 42:29−35)によると、その全細菌のうち約60%以上がエンテロバクテリア科(the family Enterobacteriaceae)細菌であり、そのうち最も比率の高い細菌群がエシェリキア(Escherichia)属細菌、特に大腸菌であり、その他、クレブシエラ(Klebsiella)属細菌、プロテウス(Proteus)属細菌、エンテロバクター(Enterobacter)属細菌などが含まれる。
腸内細菌の腸管上皮透過性が起こる原因として、例えば応急手術、感染症、炎症性腸疾患、腸内細菌の異常増殖、腸粘膜組織の損傷、免疫機能の低下などに起因してバクテリアル・トランスロケーションが起こると言われている(上記O’Boyle,1998)。実際に敗血症などの疾患が発症する割合は、10〜15%程度の患者であるが、そのような患者に対して本発明の組成物はバクテリアル・トランスロケーションを防止(もしくは予防)又は抑制する上で有効である。
このように本発明によれば、被験体に水素ガス又は溶存水素液体を投与することによってバクテリアル・トランスロケーションを防止又は抑制することができる。この事実は、図2に示されるようにマウスモデルでの腸管膜リンパ節(MLN)内での腸内細菌数の減少や、図3に示されるように腸管上皮からの腸内細菌の過透過性の低減の証拠からも明らかである。
これまで、水素ガス又は溶存水素液体が敗血症の治療剤になる可能性が指摘されており(非特許文献3)、具体的には、水素には、患者の血清や組織内で炎症性サイトカインやケモカインのレベルが低下することから抗炎症作用がある、組織の酸化性損傷を低減することから抗酸化作用があるなどが報告されている。しかし、これまで、水素自体がバクテリアル・トランスロケーションを防止又は抑制する能力を有することは知られていなかった。
上記のとおり、本発明によれば、バクテリアル・トランスロケーションを防止又は抑制することができるならば、敗血症、全身性炎症反応症候群(SIRS)又は多臓器機能不全症候群(MOF)の発症もしくは悪性化をさらに防止又は抑制することが可能になるため、本発明の組成物は、このような疾患の発症を防止し、あるいは、敗血症がSIRSやMOFに重症化することを防止又は抑制することができる。図1に示されるように、敗血症マウスモデルに溶存水素液体を投与することによって生存率が有意に改善される。
このように敗血症の発症や、敗血症発症後の重症化を防止又は抑制するうえで、本発明の組成物の有効成分としての水素がもつ、例えば、被験体の腸組織の損傷を改善する作用、被験体の腸内細菌叢における悪玉菌(例えばエンテロバクテリア科細菌)の異常増殖を抑制する作用などが有意に働くためであると考えられる。エンテロバクテリア科細菌の異常増殖は、図5に示されるように敗血症マウスモデルでも観察されている。
さらにまた、腸組織の損傷の改善については、図6に示されるように水素による処置後のMDAレベルの低下、すなわち酸化ストレスの低減、図7に示されるように水素による処置後の腸組織における炎症メディエーター(TNF−α、iNOS、IL−1β、IL−6等)レベルの低下、ならびに、図4に示されるように敗血症マウスモデルの腸形態学的障害からの保護と密着結合タンパク質(ZO−1)の局在が明確に証明されている。当該炎症メディエーターは、組織の炎症部位に浸潤したマクロファージや血管内皮細胞などから放出され、血管透過性亢進、アポトーシス、組織破壊などを引き起こす。
本発明の組成物の有効成分である水素ガス又は溶存水素の好ましい形態はそれぞれ、水素ガス含有気体又は水素溶存液体の形態である。
水素ガス含有気体は、具体的には、水素ガスを含む空気又は、水素ガスと酸素ガスを含む混合ガスである。水素ガス含有気体の水素ガスの濃度は、18.5体積%以下、例えば0.5〜18.5体積%であり、好ましくは1〜10体積%、例えば2〜8体積%、3〜6体積%、より好ましくは4〜6体積%、例えば4〜5体積%である。水素ガス以外の気体が空気であるときには、空気の濃度は、例えば81.5〜99.5体積%の範囲であるし、また、水素ガス以外の気体が酸素ガスを含む気体であるときには、酸素ガスの濃度は、例えば21〜99.5体積%の範囲であり、その他の主気体として窒素ガスを含有させることができるし、さらに空気中に含有する気体である二酸化炭素などのガスを、空気中の存在量程度の量で含有させてもよい。いずれにしても水素は可燃性かつ爆発性ガスであるため、ヒトなどの被験体に安全なレベルになるように組成物に含有させ、被験体に投与させるべきである。
水素溶存液体は、具体的には、水素ガスを溶存させた水性液体であり、ここで、水性液体は、例えば水、生理食塩水、緩衝液(例えばpH4〜7.4の緩衝液)、エタノール含有水(例えばエタノール含有量0.1〜2体積%)、などである。水素溶存液体の水素濃度は、1〜10ppm、好ましくは2〜8ppm、さらに好ましくは3〜7ppmである。
水素ガス含有気体又は水素溶存液体は、所定の水素ガス濃度になるように配合されたのち、耐圧容器(例えばアルミ缶、ペットボトルなど)に充填される。あるいは、水素ガス含有気体又は水素溶存液体は、公知の水素ガス供給装置又は水素添加器具を用いてその場で作製されてもよい。
水素ガス供給装置は、水素発生剤(例えば金属アルミニウムなど)と水の反応により発生する水素ガスを、希釈用ガス(例えば空気、酸素など)と所定の比率で混合することを可能にする(特許第5228142号等)。あるいは、水の電気分解を利用して発生した水素ガスを、希釈ガスと混合する(特許第5502973号、特許第5900688号など)。これによって0.5〜18.5体積%の範囲内の水素濃度の水素ガス含有気体を調製することができる。
水素添加器具は、水素発生剤とpH調整剤を用いて水素を発生し、水などの生体適用液に溶存させる装置である(特許第4756102号、特許第4652479号、特許第4950352号、特許第6159462号、特許第6170605号、など)。水素発生剤とpH調整剤の組み合わせは、例えば、金属マグネシウムと強酸性イオン交換樹脂もしくは有機酸(例えばリンゴ酸、クエン酸など)、金属アルミニウム末と水酸化カルシウム粉末、などである。これによって1〜10ppmの溶存水素濃度の水素溶存液体を調製できる。
本発明の組成物を被験体に投与する方法としては、水素ガスを有効成分とするとき、例えば吸入等による経肺投与が好ましい、また、溶存水素液体を有効成分とするとき経口投与が好ましい。ガスを吸入するときには、口と鼻を覆うマスク型の器具を介して口又は鼻からガスを吸入して肺に送り、血液を介して全身に送達することができる。経口投与する溶存水素液体は、好ましくは低温下に保存し、冷却した液体を被験体に投与する。
上記水素濃度の水素ガス含有気体又は上記溶存水素濃度の水素溶存液体を1日あたり1回又は複数回(例えば2〜3回)、1週間〜6か月又はそれ以上、好ましくは2週間〜3か月の期間にわたり被験体に投与することができる。水素ガス含有気体が投与されるときには、1回あたり例えば10分〜2時間もしくはそれ以上、好ましくは20分〜40分かけて投与することができる。また、水素ガス含有気体を吸入によって経肺投与するときには、大気圧下で、或いは、例えば標準大気圧(約1.013気圧をいう。)を超える且つ7.0気圧以下の範囲内の高気圧、例えば1.02〜7.0気圧、好ましくは1.02〜5.0気圧、より好ましくは1.02〜4.0気圧、さらに好ましくは1.02〜1.35気圧の範囲内の高気圧環境下で被験体に当該気体を投与することができる。高気圧環境下での投与によって被験体での水素の体内吸収が促進される。
上記高気圧環境は、例えば、内部に空気を圧入して標準大気圧を超える且つ7.0気圧以下の高気圧を内部に形成することが可能である、十分な強度をもつように設計された高気圧カプセルの使用によって作ることができる。高気圧カプセルの形状は、耐圧性であるため、全体的に角がない丸みを帯びていることが好ましい。また高気圧カプセルの材質は、軽量、高強度であることが好ましく、例えば強化プラスチック、炭素繊維複合材、チタン合金、アルミ合金などを挙げることができる。被験体は、上記高気圧カプセル内で酸素ガスもしくは空気とともに水素ガスを含む組成物の投与を受ける。
本明細書中、「被験体」という用語は、哺乳動物、例えば、ヒトを含む霊長類、マウス、ラットなどの齧歯類、イヌ、ネコなどのペット動物、動物園などの観賞用動物などを含む。好ましい被験体はヒトである。
以下の実施例を参照しながら、本発明をさらに具体的に説明するが、本発明の範囲は、これらの実施例に制限されないものとする。
[実施例1]
<水素ガス溶存液の投与によるバクテリアル・トランスロケーションの抑制>
I.実験
[1]敗血症動物モデル
体重20〜25gの6週齢雄C57/BL6マウスに対し、盲腸結紮・破裂(cecal ligation and puncture;CLP)を実施して敗血症モデルを作製した。簡単に説明すると、マウスを麻酔し、1cmの腹部正中切開を行って盲腸を露出したのち、盲腸上端から1cm離れた部位を結紮し、23ゲージの針を1箇所に刺して破裂させて中等度のCLP((注)40%が7日生存した。)を実施した。盲腸を腹部に戻し、切開部を縫合した。その直後に、すべてのマウスに生食水(50mL/kg体重)を皮下注射して蘇生させた。
[2]実験プロトコル
この実験のプロトコルを、擬似群(sham)と、生食水治療群(saline)と、超過飽和濃度水素溶存生食水治療群(H2)とに分けた。擬似群は、CLP手術を実施しなかった健常対照とした。生食水治療群では、1日あたり15ml/kgの生食水を7日間、強制的に給与された。H2群では、1日あたり同量の超過飽和濃度水素溶存生食水を7日間、強制的に給与された。この超過飽和濃度水素溶存生食水は、製造業者(MiZ株式会社)の製法に従って7ppm水素ガス溶存液として作製された。
[腸透過性]
腸上皮透過性を決定するために、伝統的に腸粘膜透過を評価するために使用されている4.4kDaのフルオレセインイソチオシアネート標識デキストラン(FITC−デキストラン;Sigma−Aldrich)の血中への出現量を測定した。そのために、マウスに対し、擬似処置又はCLP処置の21時間後に、リン酸緩衝化生食水(PBS)中の25mg/mL FITC−デキストラン0.2mLを強制的に給与した。3時間後、心臓刺針によってマウスから血液サンプルを採取した。この血液を4℃、3000×gで10分間遠心分離にかけ、血漿を、SH9000Lab蛍光マクロプレートリーダー(Corona Electric)を用いて、励起波長480nm及び発光波長520nmで測定した。血漿中のFITC−デキストランの濃度は、標準としてFITC−デキストランの希釈系列によって測定された。
[バクテリアル・トランスロケーションの測定]
バクテリアル・トランスロケーションは、文献記載の方法(Deitch EA et al., J. Clin. Invest 84:36−42, 1989)によって評価された。簡単に説明すると、5〜6個の腸管膜リンパ節(MLN)を、CLPの24時間後に無菌的に取り出し、その重量を測り、PBS中でホモジナイゼーションして、50mg/mL濃度にした。10倍連続希釈の懸濁液を、5%ヒツジ血液を含むトリプシン処理ダイズアガー(TSA)プレート上で、及び、MarConkeyアガープレート上で平板培養して、それぞれ、全細菌及びグラム陰性細菌を増殖した。2つのプレートを、37℃のインキュベーター内で24時間嫌気培養したのち、コロニー数を計数した。MLN中の細菌数を、MLN組織1gあたりのコロニー形成単位(CFU)で表した。
[16S rRNA配列決定によるマイクロバイオームの測定]
CLP後0日目、1日目、3日目及び7日目に、マウスからの糞便サンプルを回収し、マイクロバイオーム(microbiome)を測定した。具体的には、PowerSoil DNA抽出キット(MOBIO)を用いて糞便サンプルからDNAを抽出し、KAPA HiFi HotStart Ready Mix(KAPA Biosystems)を用いてPCRを行った。PCRに使用したプライマーセットは、784F:5'−AGGATTAGATACCCTGGT−3'(配列番号1)及び1061R:5'−CRRCACGAGCTGACGAC−3'(配列番号2;ここでR=A又はG)であり、16S rRNA遺伝子のV5−V6領域を標的とする(Andersson AF et al.,PLoS One 3:e2836,2008)。DNAライブラリーは、製造業者の説明書に従いIon PGM Sequencing Hi−Q Kit(Life Technologies)を用いて作製された。また、配列決定は、Ion PGM シークエンサー(Life Technologies)上で2つの318チップとIon PGM Sequencing Hi−Q Kit(Life Technologies)を用いて行われた。決定された配列をQIIME pipeline(Caoraso JG et al.,Nat Methods 7:335−336,2010)を用いて解析した。
[エンテロバクテリア科の定量分析]
核酸抽出のための各糞便サンプルの重さを測り、9容量のPBS(−)に懸濁して糞便ホモジネート(100mg糞便/mL)を作った。従来の記載のとおりに細菌DNAを抽出した(Matsuki T et al.,Appl Environ Microbiol 70:167−173,2004)。簡単に説明すると、200μLの糞便ホモジネート又は細菌培養物に、ガラスビーズ(0.3g;直径0.1mm;BioSpec Products)、300μl Tris−SDS溶液及び500μl TE飽和フェノールを加え、その混合物を、FastPrep−24ホモジナイザー(M.P. Biomedicals)を用いて、パワーレベル5.0で30秒間激しくボルテックスした。4℃、2000×gで5分間遠心分離したのち、懸濁液400μLを回収し、等量(容量)のフェノール−クロロホルム−イソアミルアルコール(25:24:1)を上清に加えた。さらに4℃、2000×gで5分間遠心分離したのち、懸濁液250μLを回収し、イソプロパノール沈降にかけた。最後に、200μL TEバッファーに懸濁し、−30℃で保存した。リアルタイムPCR(qPCR)を、GoTaq qPCR Master Mix(Promega)を用いて行い、ABI PRISM 7900HT配列検出システム(Applied Biosystems)を用いて、細菌rRNA遺伝子の量を定量した。エンテロバクテリア科に特異的なプライマーセット、En−lsu−3F: 5'−TGCCGTACTTCGGGAGAAGGCA−3'(配列番号3)及びEn−lsu−3'R: 5'−TCAAGGACCAGTGTTCAGTGTC−3'(配列番号4)を使用した(Kurakawa T et al.,J Microbiol Methods 2013;92(2):213−219)。各反応で、プライマーを1μMの濃度で加えた。増幅プログラムは、95℃5分を1サイクルと、その後の、94℃20秒、55℃20秒及び72℃50秒からなる。各サイクルの最後のステップで蛍光産物が検出された。融解曲線分析を増幅後に行い、標的指向されたPCR産物を非標的産物と区別した。融解曲線は、連続的蛍光コレクションを用い、0.2℃/秒の速度で60〜95℃の温度でゆっくり加熱することによって得られた。qPCR増幅及び検出を、ABI PRISM 7900HT配列検出システム(Applied Biosystems)を用いて、384ウエル光学プレート内で行った。標準曲線は、E.coli JCM1649から抽出されたDNAの定量サイクル(Cq)値を用いて作成された。この細菌株の細菌数は、文献記載のDAPI染色法を用いて顕微鏡観察によって測定された(Jansen GJ et al.,J Microbiol Methods 37:215−221,1999)。このアッセイの直線範囲におけるCq値を、同じ実験で作成された分析曲線に使用して、各核酸サンプル中の対応する細菌数を得、これをサンプルあたりの細菌数に変換した。
[RT−PCRによる腸内炎症メディエーターのmRNA発現]
小腸(回腸末端部)内のiNOS、定量サイクル腫瘍壊死因子α(TNF−α)、インターロイキン−6(IL−6)及びインターロイキン1β(IL−1β)などの炎症メディエーターを評価するために、それらのmRNA発現をCLPの6時間後に得た。全RNAが組織サンプルから抽出され、High−Capacity cDNA Reverse Transcription Kit(Life Technologies)を用い、製造業者のプロトコルに従ってcDNAに逆転写された。RT−PCRは、StepOne Plus real−time PCR cycler(Applied Biosystems)上でFast SYBR Green Master Mixを用いて行われた。使用した特異的プライマーのそれぞれは、表1にまとめて示した。
PCR産物を増幅(95℃3秒、60℃30秒、45サイクル)し、Step One Plus(Applied Biosystems)上で検出した。mRNA発現レベルは、β−アクチンレベルに対するものである。
[酸化ストレスの評価]
酸化ストレスを測定するために、CLP後6時間の時点で組織マロンジアルデヒド(MDA)レベルを測定した。MDAレベルは、チオバルビツール酸反応性物質レベルを測定することによって観察される脂質過酸化産物についてアッセイされた。組織サンプルを−80℃に急速凍結し、50μgずつのサンプルに小分けした。そのサンプルをRIPAバッファー(和光純薬工業)中でホモジナイゼーションし、サンプル酸化を防止した。全サンプルを遠心分離(4℃、10,000×g、10分)にかけて、上清を回収し、OxiSelect TBARS Assay Kit(Cell Biolabs)を用いて製造業者の説明書に従って評価した。NanoDrop分光光度計(Thermo Fisher Scientific)を用いて532nmの吸光度を測定した。MDA濃度は、タンパク質1mgあたりのnmol(nmol/mg)で表した。
[組織学的分析]
CLPの24時間後にマウスの首を切り、PBS、そしてその後0.1Mリン酸バッファー(PB)中の4%パラホルムアルデヒドを、経心腔的に灌流した。小腸(回腸末端部)を切除し、同じ定着液に浸漬し、一連のスクロース溶液(0.1M PB中15%、20%及び25%スクロース)の中で4℃、3日間冷却保護した。検体をOCT化合物(Sakura Finetechnical)中で冷凍したのち、それらをクリオスタット(CM3050S;Leica Microsystems)によって厚さ82μmの切片にスライスし、その冷却切片をヘマトキシリン・エオシンで染色した。
[蛍光抗体法]
冷却切片を、0.005%サポニンを含む0.1M PB中の20%Block Ace(大日本住友製薬)によってブロックし、閉鎖帯−1(ZO−1)に対するラットモノクローナル抗体(Santa Cruz Biotechnology)と一緒に4℃で一晩インキュベーションした。このとき、この抗体は、PBS中1%正常ヤギ血清で1:200に希釈された。PBS中で3回洗浄後、切片を、500倍希釈のAlexa Fluor 488結合ヤギ抗家兎IgG抗体(Invitrogen)及びDAPI(Sigma−Aldrich)と一緒に室温で1時間インキュベーションした。各反応後、切片をPBSで洗浄した。最後に、切片をSlowFade試薬(Invitrogen)を用いて固定した。そのあと、蛍光顕微鏡装置(オリンパス)を用いて画像を観察した。
[統計分析]
データは、平均±標準偏差(SD)として表した。実験群間の差は、Tukeyのポストホック(Tukey’s post hoc)比較テストを用いるANOVAによって決定された。生存率は、Kaplan−Meier分析法で分析され、グループ間の差を、log−rankテストで比較した。統計分析を、Graph Pad Prism 7.0(Graph Pad Software, Inc.)を用いて行い、p<0.05を有意であるとした。
II.結果
[超過飽和濃度水素溶存生食水による生存の改善]
超過飽和濃度水素溶存生食水が敗血症マウスの生存率を改善することが可能であるか否かを調べるために、超過飽和濃度水素溶存生食水15ml/kgを、CLP術後7日間、毎日マウスに給与した。図1に生存曲線を示した。7日の実験期間の生存率は、擬似群(n=10)で100%、生食水群(n=26)で31%、H2群(n=26)で69%であった。H2群の生存率は、生食水群より有意に高くなった(p<0.01)。
[超過飽和濃度水素溶存生食水によるバクテリアル・トランスロケーションの防止]
MLN培養の分析において、TSAアガープレート及びMacConkeyアガープレート上のコロニーの数を、CLPの24時間後に計数して、バクテリアル・トランスロケーションが起こったか否かを決定した。擬似群では、コロニーは全く観察されなかった。生食水群では、TSA及びMacConkeyアガープレート上にコロニーが生じたが、H2群では、コロニーは存在したものの抑制された(図2A)。生食水群と比較してH2群では、MacConkeyアガープレート上に存在するコロニー数の大きな減少が観察された(p<0.05)(図2B)。
[超過飽和濃度水素溶存生食水による腸からの過透過性の減衰]
CLPの24時間後、血漿中のFITC−デキストランの出現を測定することによって腸透過性を評価した。その結果、擬似群と比べて生食水群で、有意に高いレベルのFITC−デキストランが観察され、またH2群では減衰された(図3)。
[超過飽和濃度水素溶存生食水による腸の形態学的障害の軽減と密着結合の防止]
図4(上)に、腸粘膜障害の組織学的知見を示した。腸絨毛の短縮化又は欠損などの特徴が、生食水群で認められたが、H2群では軽減された。さらにまた、腸密着結合タンパク質ZO−1の発現を蛍光抗体染色で調べた。図4(下)に示されるように、ZO−1は、腸上皮密着結合部に局在しており、これは、図中、細胞結合部の頂端コンパートメントに一連の明るい緑色スポットとして現れている。ZO−1の局在は、生食水群で破壊されており、明るい緑色スポットが欠損しているが、一方、H2群ではZO−1の局在が認められた。
[超過飽和濃度水素溶存生食水による腸マイクロバイオーム変化の制御]
図5Aに、16S rRNA分析により決定された糞便サンプルからの多数の細菌分類群を示した。菌叢は、健康状態のマウスで、S24−7群又はクロストリジウム科、ラクトバシラス科、及びラクノスピラ科である。これに対し、CLPの1日目に、生食水群で、微生物組成が著しく変化し、特にエンテロバクテリア科の動的な増加がみられた。H2群では、エンテロバクテリア科の過剰増殖は大きく抑制された。定量分析の結果、エンテロバクテリア科の菌数は、生食水群で、1日目に約10まで増加したが、H2群では、当該菌数は相当に抑制された(図5B)。
[超過飽和濃度水素溶存生食水による酸化ストレスの低減]
CLPの6時間後のMDAの組織レベルが酸化ストレスの分析のために測定された。3つの群の間でMDAレベルに有意な差はなかったが、H2群では他の2つの群と比べて低い傾向がみられた(図6)。
[超過飽和濃度水素溶存生食水による腸組織内の炎症反応の低減]
CLPの6時間後の腸組織内の炎症メディエーターのmRNA発現が定量RT−PCRによって測定された結果、TNF−α、IL−1β及びIL−6のレベルは、擬似群と比べて生食水群でかなり高くなった(図7)。生食水群では、iNOSレベルもまた高い傾向がみられた。しかし、H2群では、これらの炎症メディエーターのmRNA発現は有意に抑制された(p<0.05)。
本発明により、バクテリアル・トランスロケーションを防止又は抑制することができるため、敗血症、全身性炎症反応症候群(SIRS)又は多臓器機能不全症候群(MOF)の発症もしくは悪性化をさらに防止又は抑制することが可能になる。
配列番号1〜12: プライマー

Claims (7)

  1. 溶存水素を有効成分として含み、かつ水素溶存液体の形態である、被験体の腸内細菌叢における悪玉菌の異常増殖を抑制し、かつ、被験体内でバクテリアル・トランスロケーションを防止又は抑制するための組成物であって、前記悪玉菌がエンテロバクテリア科であることを特徴とする組成物
  2. 敗血症、全身性炎症反応症候群(SIRS)又は多臓器機能不全症候群(MOF)の発症もしくは悪性化を防止又は抑制することを特徴とする、請求項1に記載の組成物。
  3. 被験体の腸組織の損傷を改善することを特徴とする、請求項1又は2に記載の組成物。
  4. 水素溶存液体の水素濃度が、1〜10ppmであることを特徴とする、請求項1〜のいずれか1項に記載の組成物。
  5. 水素溶存液体の水素濃度が、3〜10ppm又は7〜10ppmであることを特徴とする、請求項1〜のいずれか1項に記載の組成物。
  6. 被験体への組成物の投与が、経口投与であることを特徴とする、請求項1〜のいずれか1項に記載の組成物。
  7. 投与時に水素添加具を用いてその場で作製されることを特徴とする、請求項1〜のいずれか1項に記載の組成物。
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