第2の実施形態では、前記突起と前記シール摺動面間の隙間は、油通路側で大、突起側で小のくさび状に形成されている。第2の実施形態によれば、軸受回転に伴い、油通路内の潤滑油は、突起とシール摺動面間の隙間で生じるくさび効果によって突起側へ引きずり込まれ易くなり、突起とシール摺動面間に油膜が形成され易くなる。また、くさび状に対応の突起形状により、シールトルクへの影響が大きい摺動接触の面積を減らすこともできる。
第3の実施形態では、前記突起が、周方向と直交する向きに延びており、当該突起が、周方向幅の両端から周方向幅の中央に向かって次第に前記シール摺動面に接近するR形状になっている。第3の実施形態によれば、突起がシール摺動面との摺動方向である周方向に直交する向きに延び、かつ突起が摺動接触し得る領域を減らすR形状になっているので、突起とシール摺動面の摺動接触する領域を線状にすることができる。また、このようなR形状にすると、前述のくさび状の隙間のくさび角度が広大側から狭小側に向かって次第に小さくなることから、くさび効果を効果的に発生させて線状領域での油圧を高めることができ、突起とシール摺動面との間の潤滑状態を流体潤滑状態とすることが容易となる。また、シール部材の取り付け時、突起がシール摺動面に擦られても、R形状の突起が先端から周方向に曲がってしまう懸念がなく、取り付け時にシールトルクの低減性能を損なう恐れがない。
第4の実施形態では、前記シール部材が、前記シール摺動面よりも外部側でラビリンスすきまを形成する外側リップをもっている。第4の実施形態によれば、シール摺動面よりも外部側に形成されたラビリンスすきまによって、軸受寿命に悪影響を及ぼすような異物の侵入がシール摺動面まで到達しにくくなる。
以下、この発明に係る第1の実施例を図1〜図10に基づいて説明する。図1に示すように、第1の実施例は、内輪110と、外輪120と、保持器130に保持された複数の転動体140と、内輪110及び外輪120間に形成された軸受内部空間の両端を密封する二つのシール部材150、160とを備えるシール付軸受100となっている。なお、以下では、シール付軸受100の軸受中心軸に沿った方向を「軸方向」という。軸方向に直交する方向を「径方向」という。軸受中心軸回りの円周方向を「周方向」という。
内輪110及び外輪120によって環状の軸受内部空間170が形成される。複数の転動体140は、軸受内部空間170内で内輪110及び外輪120間に介在しながら公転する。軸受内部空間170には、グリース、オイルバス等の適宜の手段により、潤滑油が供給される。
内輪110は、回転軸(図示省略)に取り付けられ、回転軸と一体に回転する。回転軸は、例えば、車両のトランスミッション又はディファレンシャルの回転部として設けられる。外輪120は、ハウジング、ギア等、前記回転軸からの荷重を負荷させる部材に取り付けられる。
このシール付軸受100は、転動体140として玉が採用された玉軸受となっている。内輪110及び外輪120は、それぞれ横断面(図示断面に相当)において転動体140の円周の約1/3に相当し、かつ周方向全周に亘って途切れのない軌道溝111、121をもっている。
外輪120の内周の端部に、シール部材150、160を保持するシール溝122、122が形成されている。シール部材150、160は、外輪120のシール溝122、122に保持されている。シール部材150、160は、その外周縁をシール溝122、122に圧入することにより、外輪120に取り付けられる。
シール部材150、160は、軸受内部空間170及び外部間を区切り、軸受内部空間170の両端を密封する。シール部材150、160を境界とした外部側には、ギアの摩耗粉、クラッチの摩耗粉、微小砕石等、シール付軸受100の組み込み先に応じた異物が存在する。このような粉状の異物は、潤滑油や雰囲気の流れによってシール部材150、160付近に到達し得る。シール部材150、160は、外部から軸受内部空間170への異物侵入を防止する。
シール部材150、160は、アキシアルリップとして設けられたシールリップ151、161と、シールリップ151、161よりも外部側に位置する外側リップ152、162とを有する。
ここで、アキシアルリップは、径方向に沿ったシール摺動面又は径方向に対して45°未満の鋭角の勾配をもったシール摺動面と密封作用を奏するシールリップであって、当該シール摺動面との間に軸方向の締め代をもったもののことをいう。
内輪110の外周の端部に、周方向全周に亘ってシール溝112、112が形成されている。シール部材150、160のシールリップ151、161に対して周方向に摺動するシール摺動面113、114は、シール溝112、112の溝底から軌道溝111側に向かって拡径する溝側面に存在しており、径方向に対して45°未満の鋭角の勾配αをもっている。
シール溝112、112は、内輪110の軌道溝111の両側に形成された一対の肩部115、116に形成されている。これら肩部115、116のうち、アキシアル荷重を受ける負荷側(図中右側)の肩部115が、反対の非負荷側(図中左側)の肩部116よりも高く形成されている。非負荷側の肩部116は、深溝玉軸受相当の肩高さになっている。したがって、シール付軸受100は、深溝玉軸受の良好な低トルク性を奏するものでありながら、深溝玉軸受よりも優れたアキシアル荷重の負荷能力をもっている。なお、外輪120にも負荷側の肩部と非負荷側の肩部との間で肩高さの差が設定されている。
その負荷側の肩部115の外径と非負荷側の肩部116の外径との間に大きな径差があるため、負荷側の肩部115に形成されたシール摺動面113の径と、非負荷側の肩部116に形成されたシール摺動面114の径とが相異している。すなわち、図中右側のシール摺動面113の径は、図中左側のシール摺動面114の径よりも大きい。このため、軸受運転中、図中右側のシール摺動面113の周速は、図中左側のシール摺動面114よりも高速になる。
また、軸受運転中、軸受内部空間では、前述の肩部115、116間の径差により、潤滑油を図中左側から右側へ送るポンプ作用が生じる。
図中右側のシール部材150と、図中左側のシール部材160との間には、外輪120の図中右側のシール溝122と図中左側のシール溝122間の径差に対応の外径差と、内輪110の図中右側のシール摺動面113と図中左側のシール摺動面114間の径差に対応の内径差とが設定されているが、それ以外では同様の構造となっている。そこで、シール部材150、160の更なる詳細については、図中右側のシール部材150を代表例としてし説明し、シール部材160についてはシール部材150と対応の番号を図1中に付すに留める。
図1のシール部材150のシールリップ151付近を図2に拡大して示す。また、図2中のIII−III線の断面図を図3に示す。この断面は、シールリップ151とシール摺動面113との間におけるシール摺動面113との直交方向の隙間(後述の油通路180を含む)について、設計上、シール摺動面113との直交方向に最も狭いところでの様子を示すものである。また、シールリップ151を軸受内部空間側から軸方向に視たときの外観を図4に示す。図4は、図1に示すシール部材150の単独かつ自然な状態におけるシールリップ151の外形を描いたものである。ここで、自然な状態は、単独の状態にあるシール部材に外力が作用していない、すなわち当該シール部材が外力によって変形していない状態のことをいう(以下、この状態のことを単に「自然状態と呼ぶ」。)。
図2〜図4に示すように、シールリップ151は、シール摺動面112との直交方向、すなわちシール摺動面112に接する接線に垂直な法線方向に突出高さをもった突起154を有する。シール摺動面113が勾配αの円すい面状なので、これとの直交方向は、勾配αに直角な方向に相当する。
シールリップ151及びシール摺動面113間に軸方向及び径方向の締め代が設定されている。この締め代により、シール摺動面113に軸方向及び径方向に押し付けられたシールリップ151が外部側へ曲がったゴム状弾性の変形を生じ、シールリップ151の緊迫力を生む。シール部材150の取り付け誤差、製造誤差等は、シールリップ151の曲がり具合の変化によって吸収される。
図4に示すように、シールリップ151は、自然状態においてシールリップ151の内径を規定する先端153を有する。
図2〜図4に示すように、突起154は、周方向と直交する向きに延びている。突起154は、シールリップ151の先端153まで及んでおり、シール摺動面113との間に軸方向の締め代をもった範囲の概ね全域に亘って形成されている。
突起154は、周方向に一定の間隔dで並んでいる。シールリップ151を軸方向から視た外観で考えると、複数の突起154が、間隔dに対応の一定のピッチ角度θで周方向に配置された放射状となって現れている。なお、放射中心は、図外のシール部材150の中心軸(軸受中心軸に一致)上にある。
突起154は、周方向幅wの両端から周方向幅の中央に向かって次第にシール摺動面113に接近するR形状になっている。このR形状は、突起154の放射方向の全長に亘って与えられている。このため、突起154とシール摺動面113とが摺動接触し得る領域は、突起154の周方向幅の中央を通る仮想アキシアル平面Pax上に線状で存在する。突起154のR形状の曲率中心は、仮想アキシアル平面Pax上にある。
周方向に隣り合う突起154間の間隔d及び突起154の周方向幅wは、放射状に配置された各突起154がシールリップ151の先端153付近に存在していることと相俟って、シールリップ151が各突起154上でのみシール摺動面113と摺動接触し得るものとなり、各突起154間に油通路180が常に生じさせられるように設定されている。すなわち、シール部材150の取り付け時、シール摺動面113に接触する突起154がシールリップ151の緊迫力に抗して突っ張ることにより、突起154を境とした周方向両側において軸受内部空間170及び外部間に亘って連通する油通路180が生じる。潤滑油は、外部から油通路180を通って軸受内部空間170へ至る。軸受内部空間170内に入った潤滑油や、グリースを封入している場合の基油は、軸受内部空間170から油通路180を通って外部へ至る。なお、図1では、シール摺動面113と突起154間の締め代を見せるため、自然状態に相当のシールリップ151の形状を描き、図2では、シール部材150の取り付けによって油通路180が生じた状態のシールリップ151の形状を描いている。
油通路180を通過可能な粒径は、突起154のシール摺動面113との直交方向の突出高さhに基づいて定めることができる。従い、第1の実施例は、侵入を防止すべき粒径を任意に定め、その所定粒径の異物が油通路180から図1に示す軸受内部空間170へ侵入しないようにすることが可能である。
転がり軸受の早期破損原因となるような摩耗粉は、粒径50μmを超えるような異物である。図2、に示す突起154の突出高さhを0.05mm以下に設定しておけば、そのような摩耗粉が通過できない油通路180を生じさせることができる。一方、油通路180の通油性を良好にするため、突起154の突出高さhを0.05mm以上に設定することが好ましい。
突起154及びシール摺動面113間に生じる隙間は、油通路180に周方向に近い側が大、突起154に周方向に近い側が小となるくさび状に形成されている。図3に示すように、内輪110の回転に伴い、シール摺動面113がシールリップ151に対して周方向に回転するとき(同図中に回転方向を矢線Aで示す。)、油通路180内の潤滑油(図中にドット模様で示す。)は、シール摺動面113の回転に伴ってシール摺動面113及びシールリップ151の突起154間に引きずり込まれ、この間での油膜形成を促進する。このため、シールリップ151とシール摺動面113間の摩擦係数(μ)が低下し、シールトルクが低減する。さらに、軸受内部空間170及び外部間の通油性は、油通路180によって向上する。このため、シール付軸受100の温度上昇が抑制され、ひいては、シールリップ151の吸着作用も防止される。
図1に示すように、シール部材150は、金属板製の芯金156と、芯金156の少なくとも内径部に付着した加硫ゴム材157により形成されている。シールリップ151と外側リップ152は、加硫ゴム材157により形成されている。シールリップ151と外側リップ152は、芯金156に付着する部分からシールリップ151側に向かって次第に軸方向に薄くなった腰部から分岐しており、それぞれシール部材150の内周側で舌片状に突き出ている。芯金156は、周方向全周に亘る環状に形成されたプレス加工部品になっている。加硫ゴム材157は、加硫成形されたゴム部になっている。シール部材150は、例えば、芯金156を型に入れて加硫ゴム材157を加硫成形することにより、一体の部品として製造される。加硫ゴム材157は、芯金156の全体に付着させてもよいし、芯金156の内径部のみに付着させてもよい。
突起154は、加硫成形の際、径方向に沿った向きに形成されている。なお、図1中では、シール摺動面113と突起154間の締め代を見せるため、自然状態に相当のシールリップ151の形状を描いている。突起154がシール摺動面113に軸方向から押し当てられることでシールリップ151が概ねシール摺動面113に沿うように傾き、突起154とシール摺動面113との間に、図3のような油通路180と、くさび状の隙間とが生じさせられる。
このように、第1の実施例は、シールリップ151の加硫成形時に突起154をシールリップ151に形成することが可能であり、また、シール摺動面113を加工の容易な円筒面状、溝状等、全周に亘って同じ断面形状として軌道輪に直接形成することが簡単である。
シールリップ151の緊迫力や潤滑油の油圧により、中実な突起154に実質的変形(突起154とシール摺動面113間の潤滑性能に影響を及ぼすような変形)が生じないようになっている。したがって、軸受運転中の突起154の形状は、シールリップ151の加硫成形の際に転写された形状と同じに考えてよい。
外側リップ152は、シール溝112の外部側の溝壁部との間にラビリンスすきま190を形成する。このため、粒径50μmを超えるような異物は、外部からシール溝112内へ容易には侵入できない。
このシール付軸受100は、車両のトランスミッション内の回転部を支持する用途を想定している。車両のトランスミッション内に存在するシール付軸受への給油は、一般に、跳ねかけ、オイルバス、ノズル噴射等の適宜の方式で行われる。よって、シール付軸受の内輪もしくは外輪に固定されるシールの周辺には、潤滑油が存在する。給油される潤滑油は、トランスミッション内に存在するギア等の他の潤滑部分でも共通に用いられるものである。その潤滑油は、オイルポンプで循環されており、その循環経路に設けられたオイルフィルタによって濾過される。
本願の発明者は、実際に市場で使用された潤滑油を車両の走行距離別に回収し、それら使用済み潤滑油に混ざっている異物の数、異物の粒径の分布、異物の材料を調べた。そのオーマチックトランスミッション(AT)又はマニュアルトランスミッション(MT)の車両8台から回収した潤滑油について調べた異物の数と粒径分布を図5に示す。図5の縦軸は対数目盛りとし、横軸に車両の走行距離を取り、その縦軸に異物(微粒きょう雑物)の100ml当りの個数を取っている。計数対象とする異物は、粒径5μm以上のものとした。計数は、粒径の区分ごとに行った。その区分は、粒径5μm以上15μm未満、粒径15μm以上25μm未満、粒径20μm以上50μm未満、粒径50μm以上100μm未満、粒径100μm以上としている。ここでの測定は、ハイアックロイコ社製の型番8000Aの測定機にて、微粒きょう雑物質量法を用いた。図5の粒径分布を図6に円グラフで示す。
図7は、無段変速機(CVT)の車両10台から回収した潤滑油について調べた異物の数と粒径分布を図5と同様に示した。図7の粒径分布を図8に円グラフで示す。回収対象とした車両メーカー、車種、走行距離はばらばらであるが、図5、図6と図7、図8との比較から明らかなように、ギアが多用されるAT/MTの方がCVTよりも異物の粒径、異物の数ともに多い傾向が認められた。また、トランスミッションの形式を問わず、粒径の分布としては、50μm以下のものが99.9%以上を占めた。粒径50μmを超える異物の数は、走行距離が大きくなってもAT/MTの場合で1000個未満、CVTの場合で200個未満であった。このことは、近年、オイルフィルタの性能が向上し、潤滑油中の異物が微細化している(つまり大きな粒径の異物がオイルフィルタで取り除かれる)ことを示している。
一方、軸受内部の潤滑油が異物を含む場合に、その異物の粒径と軸受寿命との関係について調査を行なったところ、粒径の大きな異物が多くなる程に軸受寿命が低下する傾向は存在するが、近年のトランスミッション内の環境のように粒径50μm以上の異物が少々存在する程度であれば、シールが無い状態で、異物が軸受内部に入っても、転がり軸受の寿命比(実際寿命の計算寿命に対する比)が、自動車のトランスミッションでの実用に十分耐えうる値(例えば7〜10倍程度)を示すことが分かった。
以上の結果に基づき、車両のトランスミッションやディファレンシャルギヤ等の駆動系の回転部支持に用いられるシール付軸受に対し、オイルフィルタで濾過される潤滑油を給油する場合、粒径50μmを超えるような大きな異物が軸受内部へ侵入することをシール部材で防止する限り、潤滑油に含まれる粒径50μm以下の異物が軸受内部に侵入することを許容しても軸受寿命に問題を起こさない、といえる。そして、これを許容するのならば、シールリップとシール摺動面間での潤滑油の流通を潤沢に確保し、前述のくさび効果と相俟ってシールリップとシール摺動面間を流体潤滑状態にすることが実現可能である。
そこで、図2、図3に示すように、突起154の高さhは、0.05mmに設定されている。この突起154の高さhは、設計上、シール摺動面113と摺動接触し得る範囲内において最も高い位置での値である。この位置は、各突起154とシール摺動面113との間に設定された締め代が最大となるところでもある。軸受運転中の突起154の変形量は無視できるから、シールリップ151とシール摺動面113との間におけるシール摺動面113との直交方向の隙間(油通路180を含む)は、シール摺動面113との直交方向に最も狭いところで突起154の高さhに相当の広さとなり、実質的に0.05mmを超えない。このため、粒径50μmを超える異物が外部の潤滑油に含まれていたとしても、その異物が油通路180を通過することは略起こらない、と考えられる。
シールリップ151に対してシール摺動面113が相対的に図中矢線方向Aに回転すると、油通路180内の潤滑油が突起154とシール摺動面113との間のくさび状の隙間に引き摺り込まれる。前述のくさび状の隙間におけるくさび角度は、引き込まれる潤滑油が存在する広大側の油通路180から狭小側に向かって次第に小さくなることから、突起154とシール摺動面113とが摺動接触し得る線状領域(仮想アキシアル平面Pax上)に近いところ程、くさび効果が強く生じる。したがって、その線状領域での油膜の油圧をより効果的に高め、突起154をシール摺動面113から完全に離れさせ、その線状領域での油膜を厚く生じさせることができ、ひいては、突起154とシール摺動面113との間の潤滑状態を流体潤滑状態とすることが容易となる。
ここで、突起154とシール摺動面113との間を完全に分離させる油膜があれば、突起154に対してとシール摺動面113が直接に接触しない状態で摺動する流体潤滑状態となる。このような油膜を各突起154とシール摺動面113との間で保つことにより、シールリップ151及びシール摺動面113間を流体潤滑状態にすることができる。
その流体潤滑状態は、理論計算上、Greenwood−Johnsonの決めた無次元数である粘性パラメータgvと弾性パラメータgeに基づく線接触の場合の潤滑領域図において(図9参照)、等粘度-剛体領域(R−Iモード)又は等粘度-弾性体領域(E−Iモード,ソフトEHL)のいずれかの潤滑モードに該当することに相当する。なお、図9に示すプロットは、そのR−Iモード又はE−Iモードに該当する場合を例示するものである。
その流体潤滑状態を容易に実現するため、シールリップ151とシール摺動面113間の締め代に基づくシールリップ151の緊迫力をなるべく弱く設定する方がよい。このため、シールリップ151のうち、外部側への曲げ変形を与える腰部をなるべく薄く形成している。
また、最大高さ粗さRzを小さくする方が、流体潤滑状態とするのに必要な油膜の厚さが小さくなる。このため、シール摺動面113にショットピーニング処理を施しておらず、シール摺動面113の最大高さ粗さRzを1μm未満としている。ここで、最大高さ粗さRzは、JIS規格のB0601:2013で規定された最大高さ粗さのことをいう。
突起154は、高さhを0.05mm以下として、シールリップ151及びシール摺動面113間を流体潤滑状態にすることが可能な態様でシールリップ151に形成すればよい。その態様は、周方向に隣り合う突起154間の間隔d、突起154の周方向幅w、周方向に一定間隔で並ぶ突起154のピッチ角度θ、突起154の形状で決めることができる。突起154間の間隔dが小さい程、つまり突起154の数が多い程、シールリップ151に対してシール摺動面113が相対的に周方向に回転したとき、1回転当りの突起154の通過回数が多くなり、シール摺動面113の周方向全周に亘って油膜が連続する状態に保たれ、各突起154との間のくさび効果が途絶えることなく生じ易くなるので、流体潤滑状態を保ち易くなる。
また、突起154のR寸法(突起154の表面155における曲率半径)が大きい方が、くさび効果が発生し易くなる。
突起154とシール摺動面113間の油膜厚さが薄すぎると摩擦係数μが増大し、逆に厚すぎると異物の侵入抑制効果を悪化させる可能性が出てくるので、最大高さ粗さRzを上回る油膜厚さを前提で最適な油膜厚さを設定すればよい。
また、図1中右側のシール部材150での突起154の数と、図中左側のシール部材160での突起164の数とが相異している。また、図1中右側のシール部材150での突起154の周方向ピッチ角度と、図中左側のシール部材160での突起164の周方向ピッチ角度とが相異している。これら相違は、図1中右側のシール部材150及びシール摺動面113間と、図中左側のシール部材160及びシール摺動面114間とで前述の周速差やポンプ作用による潤滑条件の相違があることから、これら左右の各間で形成される油膜を同等にすることと、厚すぎる油膜形成のために粒径50μmを超える異物の侵入が発生し易くならいないように最適にすることを目的として設定されている。
このように、第1の実施例に係るシール付軸受100は、軸受寿命に悪影響を及ぼすような粒径の異物の軸受内部空間への侵入をアキシアルリップのシールリップ151、161をもったシール部材150、160によって防ぎつつ、シールリップ151、161及びシール摺動面113、114間の摺動の摩擦係数μを流体潤滑によって極限まで低減し、ひいては、シールトルクを顕著に低減して軸受回転トルクの低トルク化を著しく図ることができる(図1、図3参照)。
さらに、このシール付軸受100は、従来であればシールリップの摩耗やシールリップ及びシール摺動面間の摺動による発熱の問題が起こるようなシール摺動面の周速(例えば30m/s以上)で運転される場合において、アキシアルリップのシールリップ151、161及びシール摺動面113、114間を直接接触のない流体潤滑状態とすることが可能なため、シールリップ151、161の摩耗を実質的に無くすと共に前述の発熱も抑えることができる。このため、このシール付軸受100は、従来達成できなかったシール付軸受の高速運転の要求にも対応することが可能である。
さらに、このシール付軸受100は、突起154がR形状に形成されているので、シール部材150を外輪120に取り付ける際に突起154がシール摺動面113に擦られても、突起154が先端から周方向に曲がってしまう懸念がなく、取り付け時にシールトルクの低減性能を損なう恐れがない。例えば、突起を尖った形状にした場合、シール部材の取り付け時にシール摺動面に擦られる多数の突起の先端が周方向のどちら側に曲がるか分からず、シール摺動面との相対回転方向に対して適切なくさび状の隙間となる方へ全ての突起の先端を曲がるように取り付けることは極めて困難である。不適切な向きに曲がった突起のところではくさび効果を満足に得ることができず、シールトルクの低減性能を損なうことになる。
さらに、このシール付軸受100は、ラビリンスすきま190の形成によって、シールリップ151、161への異物到達を困難にしているので、低トルク化を阻害しないように異物侵入をより抑制することができる。一般に、アキシアルリップとして設けられたシールリップ151、161は、ラジアルリップとして設けられたシールリップに比べて、軸受運転中に起こす軸方向の移動量が大きく、その最大移動時に対応のシール摺動面との間に隙間が大きく開くことがある。このため、アキシアルリップとしてシールリップ151、161を設けることは、異物侵入に対して不利となる。このシール付軸受100では、そのような不利をラビリンスすきま190によるシール効果で補うことができるので、ラジアルリップに対して大きく軸受寿命が劣る懸念はない。
第2の実施例を図10〜図12に基づいて説明する。第2の実施例は、第1の実施例から突起形状のみを変更したものである。図10に示すように、第2の実施例に係る突起201は、シールリップ202の先端203に向かって次第に低くなる形状となっている。なお、図10は、自然状態におけるシールリップ202の突起201付近の拡大斜視図を描いたものである。突起201のR寸法(突起201の表面204における曲率半径)や曲率中心については、突起201をシールリップ202の先端203に向かって次第に低くするため、シールリップ202の先端203に向かって次第にR寸法を拡大し、かつ曲率中心を外部側へ移している。
その突起201の高さは、シールリップ202の先端203上で実質的に零となっている。このため、突起201は、シールリップ202の先端203上に及んでおらず、突起201とシールリップ202の先端203との間には、平坦な面205が存在している。すなわち、シールリップ202の先端203は、実質的に二つの円すい状面の交わる縁となっており、面205は、実質的に一方の円すい状面の一部となっている。
シールリップ202を加硫成形する様子を図11に示す。なお、図11は、理解を容易にするために概略的に描いたものであり、シールリップ202の形状も大雑把に示している。シールリップ202の加硫成形は、芯金206にゴムシートを加硫成形することで行われる。この際、上型Mp1と下型Mp2とでゴムシートを挟み込み、シール部材のシールリップ202等のゴム部分を成形する。上型Mp1と下型Mp2を合せる上下方向は、軸方向に相当する。したがって、自然状態においてシールリップ151の内径を規定する先端153は、上型Mp1の転写面に接するシールリップ151の上面部と、下型Mp2の転写面に接するシールリップ151の下面部の境界線となるので、上型Mp1と下型Mp2の合わせ部であるパーティングラインPl上に位置することになる。
今、シールリップの先端に突起が及んでいるモデルを仮想すると、図12のようになる。この仮想モデルでは、シールリップ202’の先端203’上に突起201’を成形するための凹凸状がパーティングラインPl上に存在するため、加硫後に図示のようなバリ207が発生し易い。バリ207が発生すると、軸受運転中にバリ207がシールリップ202’から離れると、オイルフィルタや潤滑油の循環経路の目詰まり原因となる。
一方、図11に示すように、シールリップ202が突起201とシールリップ202の先端203との間に平坦な面205を有する形状の場合、パーティングラインPl上に突起201を成形するための凹凸状が存在せず、図12のようなバリ207が発生しない。このように、第2の実施例によれば、シールリップ202を加硫成形する際にシールリップ202の先端203上にバリが発生しないようにすることができる。
なお、第2の実施例では、突起201がシールリップ202の先端203上で高さをもたず、突起201とシールリップ202の先端203との間に平坦な面205が存在する例を示したが、突起がシールリップの先端上で高さをもつ場合でも、突起がシールリップの先端に向かって次第に低くなる形状であれば、パーティングライン上において突起を成形するための凹凸状が穏やかになるので、シールリップの先端上においてバリを発生しにくくすることができる。
図13に、車両のトランスミッションの回転部を支持する転がり軸受として、この発明に係るシール付軸受を使用した例を示す。図示のトランスミッションは、段階的に変速比を変化させる多段変速機になっており、その回転部(例えば入力軸S1および出力軸S2)を回転可能に支持するシール付軸受Bとして、上述の実施例のようなシール付軸受を備えている。図示のトランスミッションは、エンジンの回転が入力される入力軸S1と、入力軸S1と平行に設けられた出力軸S2と、入力軸S1から出力軸S2に回転を伝達する複数のギア列G1〜G4と、各ギア列G1〜G4と入力軸S1または出力軸S2との間に組み込まれた図示しないクラッチとを有し、そのクラッチを選択的に係合させることで使用するギア列G1〜G4を切り替え、これにより、入力軸S1から出力軸S2に伝達する回転の変速比を変化させるものである。出力軸S2の回転は出力ギアG5に出力され、その出力ギアG5の回転がディファレンシャルギヤ等に伝達される。入力軸S1と出力軸S2は、それぞれシール付軸受Bで回転可能に支持されている。また、このトランスミッションは、ギアの回転に伴う潤滑油のはね掛けにより、又はハウジングHの内部に設けられたノズル(図示省略)からの潤滑油の噴射により、はね掛け又は噴射された潤滑油が、各シール付軸受Bの側面にかかるようになっている。
上述の各実施例では、突起がR形状のものを示したが、突起は、シール摺動面との相対的な周速が一定以上のときに流体潤滑状態とすることが可能なくさび効果を得られるように適宜の形状にすればよく、例えば、R面取り、C面取り等の面取り形状を採用することができる。
また、上述の各実施例では、突起を周方向に均一配置した例を示したが、不均一に配置したり、周方向一箇所のみに配置したりすることも可能である。一箇所でも突起によって油通路を生じさせることは可能であり、シールトルクの低減効果を期待することができる。
また、上述の各実施例では、シール部材を芯金と加硫ゴム材とから構成したものを例示したが、この発明は、単材により形成されるシール部材にも適用することも可能である。この場合、シールリップに所要の締め代を設定可能であればよく、例えば、シール部材の材料として、ゴム材又は樹脂材を用いることができる。
また、上述の各実施例では、内輪回転、ラジアル軸受を例示したが、この発明は、外輪回転、スラスト軸受に適用することも可能である。
今回開示された実施形態及び実施例はすべての点で例示であって制限的なものではないと考えられるべきである。したがって、本発明の範囲は上記した説明ではなくて特許請求の範囲によって示され、特許請求の範囲と均等の意味および範囲内でのすべての変更が含まれることが意図される。