JP6573860B2 - 錫硫化物を含む粉体の製造方法 - Google Patents

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Description

本発明は、硫化第一錫を含む粉体の製造方法に関する。
金属硫化物は、顔料、太陽電池、固形潤滑剤などの分野で需要がある。また、金属硫化物のなかでも優れた潤滑特性を有することから、硫化錫は注目されており、市場から安定、安価な供給が求められている。また、特に、硫化第一錫(SnS)、三硫化二錫(Sn)、硫化第二錫(SnS)等の錫の硫化物は、ブレーキ用固体潤滑物質として、特に注目されている。特許文献1には、金属酸化物又は金属単体と硫黄を含む物質とを反応させて、金属硫化物を製造する方法が開示されている。また、特許文献2には、金属錫、炭素、及び硫黄を高温で反応させて得られる固体潤滑剤及びその製法が開示されている。また、特許文献3に開示されるように、ブレーキパッドの用途では、硫化錫の粉体にさらに金属錫の粉体が添加されて用いられることがある。
特開2008−056552号公報 特表2002−511517号公報 特開2016−033207号公報
上記特許文献1に開示された金属硫化物の製造方法では、水熱合成法や水以外の溶媒を用いる熱合成法を用いている。そのため、商業的に製造を行うためには、高温高圧設備が必須であった。また、反応の終了時には、バルク状態の化合物が得られるため、製品化するためにはこれを粉砕する工程を経る必要があり、連続して製造する効率は必ずしも良好ではなかった。また、高温高圧設備の規模を大きくすることには限界があり、大量に安定した生産を行うためには不向きであった。また、上記特許文献2に開示された技術では、反応のために原料を加熱するので、加熱に大きなエネルギーが必要であった。
さらに、係る反応を行うため、上記特許文献1に開示された高温高圧設備では、相当のエネルギーを与える必要があり、また、硫黄の供給源の物質として、硫化水素選択した場合には、そのためのガスライン等の付帯設備が必要である。また、上記特許文献2の技術では反応処理の際に亜硫酸ガスが発生する場合が有り、この亜硫酸ガスの処理設備が必要である。これらのエネルギーや設備投資等が、製造コストを上昇させる一因となることが懸念される。
また、特許文献3に開示されるように、硫化錫に金属錫の粉末を配合する場合には、硫化錫粉末を準備した上で、これに錫粉末を混合する必要があり、係る混合工程の追加が工業的に有利とは言えなかった。
本発明の幾つかの態様に係る目的の一つは、エネルギー効率及び製造効率が良好で、連続的に製造することのできる、硫化第一錫を含む粉体の製造方法を提供することにある。
本発明は上述の課題の少なくとも一部を解決するために為されたものであり、以下の態様又は適用例として実現することができる。
本発明に係る硫化第一錫を含む粉体の製造方法の一態様は、
錫の原子数に対する硫黄の原子数の比(S/Sn)が0.95以上1.50以下の、前記錫の粉体及び前記硫黄の粉体又は塊を、ミルに導入する仕込工程と、
前記ミルを稼働して前記錫及び前記硫黄を機械的活性処理し、前記錫及び前記硫黄の合成反応熱による連鎖的な合成反応を行う処理工程と、を含み、前記仕込工程が、前記ミルの内部温度が前記硫黄の融点よりも低い温度で行われる。
このような製造方法によれば、錫及び硫黄の合成反応によって生じる熱、すなわち自己発熱による連鎖的な合成反応が生じるため、合成反応のための熱エネルギーを外部から積極的に供給する必要が無く、良好なエネルギー効率で硫化第一錫を含む粉体を製造することができる。また、このような製造方法によれば、粉砕工程を追加することなく硫化第一錫を含む粉体を容易に連続的に製造することができる。さらに、このような製造方法によれば、ミルの内部温度が硫黄の融点よりも低い温度で錫の粉体と硫黄の粉体又は塊がミルに導入されるため、錫及び硫黄の機械的活性処理を確実に行うことができる。
さらに、仕込工程における錫の原子数に対する硫黄の原子数の比(S/Sn)を0.95ないし1.50の間で変更することにより硫化第一錫を含む粉体を選択的に製造することができる。
本発明に係る硫化第一錫を含む粉体の製造方法において、前記硫化第一錫を含む粉体は、硫化第一錫、錫及び硫化第一錫の混合物、並びに、硫化第一錫と三硫化二錫の混合物のいずれかであってもよい。
このような製造方法によれば、硫化第一錫、錫及び硫化第一錫の混合物、並びに、硫化第一錫と三硫化二錫の混合物のいずれかを、選択的に製造することができ、かつ、金属錫及び硫化第一錫の混合物の粉体、又は、硫化第一錫及び三硫化二錫の混合物の粉体を、混合工程を追加することなく容易に製造することができる。
本発明に係る硫化第一錫を含む粉体の製造方法において、前記ミルは、振動ボールミルであってもよい。
このような製造方法によれば、さらに効率よく硫化第一錫を含む粉体を製造することができる。
本発明に係る硫化第一錫を含む粉体の製造方法において、
前記仕込工程は、前記ミルの内部温度が80℃以下の温度で行われてもよい。
このようにすれば、さらに確実に錫と硫黄との合成反応を行わせることができる。
本発明に係る硫化第一錫を含む粉体の製造方法において、
前記仕込工程において、前記ミルに導入される前記錫の粉体及び前記硫黄の粉体又は塊の合計の質量は、300g以上であってもよい。
このような製造方法によれば、さらに商業的に効率良く硫化第一錫を含む粉体を容易に製造することができる。
本発明に係る硫化第一錫を含む粉体の製造方法において、
前記ミルの容積は、0.005m以上であってもよい。
このような製造方法によれば、錫と硫黄との合成反応をより確実に進行させることができ、また、商業的に効率良く硫化第一錫を含む粉体を容易に製造することができる。
実験例に係るミルの断面を示す模式図。 実験例に係るミルの側面を示す模式図。 実験例及び参考例に係る合成反応の様子を示すグラフ。縦軸はミル内部平均温度であり、横軸はミルの稼働時間である。 実験例に係る硫化錫の粉末X線回折パターン。 参考例に係る硫化錫の粉末X線回折パターン。 実験例に係る硫化錫の粉末X線回折パターン。 実験例に係る硫化錫の粉末X線回折パターン。 実験例及び参考例に係る硫化錫の熱重量測定チャート。
以下に本発明のいくつかの実施形態について説明する。以下に説明する実施形態は、本発明の一例を説明するものである。本発明は以下の実施形態になんら限定されるものではなく、本発明の要旨を変更しない範囲において実施される各種の変形形態も含む。なお以下で説明される構成の全てが本発明の必須の構成であるとは限らない。
1.硫化第一錫を含む粉体の製造方法
本発明の一実施形態に係る硫化第一錫を含む粉体の製造方法は、仕込工程と、処理工程と、を含む。
1.1.仕込工程
仕込工程は、錫の粉体及び硫黄の粉体又は塊を、ミルに導入する工程である。これらの粉体をミルに導入する方法としては、特に限定されず、例えば、粉体移送ライン、クレーン、ショベル等を用いて、自動、半自動、手動にて行うことができる。また、仕込工程は、錫の粉体及び硫黄の粉体又は塊のいずれを先にミルに導入してもよいし、同時に、又は、タイミングをずらして、或いは、別々に導入してもよい。また、仕込工程の前に、錫の粉体と硫黄の粉体とをあらかじめ混合しておき、この混合物を仕込工程においてミルに導入してもよい。なお、本明細書では、粉体とは、特定の物質の粒子の集合体のことを指し、いわゆる粉流体の性質を有するものをいう。
以下、錫の粉体、硫黄の粉体又は塊、ミルについて順次述べ、その後に種々の条件等について述べる。
1.1.1.錫の粉体
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法は、錫(スズ)(元素記号:Sn)を原料として用いる。係る錫は、粉体の性状でミルに導入される。錫の粉体の特性は特に限定されないが、平均粒子径(直径)として、10μm以上500μm以下、好ましくは20μm以上400μm以下、より好ましくは30μm以上300μm以下、さらに好ましくは50μm以上100μm以下である。錫の粉体の平均粒子径がこのような範囲であれば、硫黄との合成反応を十分に行うことができる。
また、錫の粉体における錫の粒子の形状は、特に限定されず、例えば、球状、鱗片状、針状、不定形、又は、それらの形状が混在した形状であることができる。また、粉体に含まれる錫の粒子の粒子径や形状は、均一である必要はない。
ここで、錫の粉体の平均粒子径は、錫の粒子の体積平均直径を指し、錫の粒子がフレー
ク状である場合は、フレークの最長径の平均値を指す。本明細書では、錫の粉体の平均粒子径は、レーザー回折・散乱法により測定されるものとし、体積頻度粒度分布測定により求められる積算50%(D50)の粒径と定義する。
錫の粉体は、例えば、金属錫のインゴットを適宜の手段により粉末化することにより得てもよい。また、錫の粉体として市販されているものを用いてもよい。さらに、錫の粉体の平均粒子径を調節するために、適宜の手段によって粉砕、分級等を行って用いてもよい。
また、本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法で用いられる錫の結晶構造については、特に限定されない。すなわち、錫は、正方晶、斜方晶等の結晶構造を取り得るが、いずれの構造の錫であってもよいし、アモルファスであってもよく、さらに、これらの混合物であってもよい。
仕込工程でミルに導入される錫の粉体の量は、ミルの容量に依存するものの、後述する硫黄の粉体又は塊の量との関係(原子数比)が維持される限り、特に限定されない。ミルに導入される錫の粉体の量は、例えば、150g以上100kg以下、好ましくは300g以上100kg以下、より好ましくは1kg以上50kg以下、さらに好ましくは2kg以上30kg以下、一層好ましくは2.5kg以上25kg以下である。錫の粉体がこのような範囲でミルに導入されることにより、商業的な製造に耐え得る、1バッチ当たりの十分な量の硫化第一錫を含む粉体を製造することができる。
また、仕込工程で用いる錫の純度は、高いほど好ましいが、例えば、他の金属元素、錫やそれらの酸化物、窒化物等の不純物を、一定量以下であれば含んでもよい。そのような不純物には、例えば、金属錫の原体に含まれていたり、粉体の取り扱いにおいて混入するものが含まれる。係る不純物の量としては、好ましくは2質量%以下、より好ましくは1質量%以下、さらに好ましくは0.5質量%以下、ことさら好ましくは0.1質量%以下、特に好ましくは0.01質量%以下であり、実質的に含まれないことが好ましい。
1.1.2.硫黄の粉体又は塊
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法は、硫黄(イオウ)(元素記号:S)を原料として用いる。係る硫黄は、粉体又は塊の性状でミルに導入される。粉体である場合、硫黄の粉体の特性は特に限定されないが、平均粒子径(直径)として、10μm以上500μm以下、好ましくは20μm以上400μm以下、より好ましくは30μm以上300μm以下、さらに好ましくは50μm以上100μm以下である。硫黄の粉体の平均粒子径がこのような範囲であれば、錫との合成反応を十分に行うことができる。
また、硫黄の粉体における硫黄の粒子の形状は、特に限定されず、例えば、球状、鱗片状、針状、不定形、又は、それらの形状が混在した形状であることができる。また、粉体に含まれる硫黄の粒子の粒子径や形状は、均一である必要はない。
一方、硫黄は、塊の状態でミルに導入されてもよい。さらに、硫黄は、塊と粉体とからなる状態でミルに導入されてもよい。ミルは、粉砕作用も有するため、硫黄が塊の状態で導入されても、ミルが稼働すると、粉砕されて粉体の性状となることができる。硫黄が塊で導入される場合において、錫の粉体が導入されるタイミングは特に限定されない。しかし硫黄が塊の状態で導入される場合には、錫の粉体よりも先にミルに導入され、ミルの稼働により粉砕された後、錫の粉体が導入されることがより好ましい。なお、錫は塊状で導入されても粉砕されにくいため粉体の状態で導入されることが好ましい。
ここで、硫黄が粉体である場合、硫黄の粉体の平均粒子径は、上述の錫の場合と同様に
、硫黄の粒子の体積平均直径を指し、硫黄の粒子がフレーク状である場合は、フレークの最長径の平均値を指す。本明細書では、硫黄の粉体の平均粒子径は、レーザー回折・散乱法により測定されるものとし、体積頻度粒度分布測定により求められる積算50%(D50)の粒径と定義する。
硫黄の粉体又は塊は、例えば、硫黄の粒塊を適宜の手段により粉砕することにより得てもよい。また、硫黄の粉体又は塊として市販されているものを用いてもよい。さらに、硫黄の粉体又は塊の平均粒子径を調節するために、適宜の手段によって粉砕、分級等を行って用いてもよい。
仕込工程でミルに導入される硫黄の粉体又は塊の量は、ミルの容量に依存するものの、錫の粉体の量との関係(原子数比)(後述する)が維持される限り、特に限定されない。ミルに導入される硫黄の粉体又は塊の量は、例えば、150g以上100kg以下、好ましくは300g以上100kg以下、より好ましくは1kg以上50kg以下、さらに好ましくは2kg以上30kg以下、一層好ましくは2.5kg以上25kg以下である。硫黄の粉体又は塊がこのような範囲でミルに導入されることにより、商業的な製造に耐え得る、1バッチ当たりの十分な量の硫化第一錫を含む粉体を製造することができる。
また、仕込工程で用いる硫黄の純度は、高いほど好ましいが、例えば、他の元素や、硫黄化合物等の不純物を、一定量以下であれば含んでもよい。そのような不純物は、例えば、硫黄の原体に含まれていたり、粉体又は塊の取り扱いにおいて混入するものが含まれる。係る不純物の量としては、好ましくは2質量%以下、より好ましくは1質量%以下、さらに好ましくは0.5質量%以下、ことさら好ましくは0.1質量%以下、特に好ましくは0.01質量%以下であり、実質的に含まれないことが好ましい。
ここで、硫黄の粉体又は塊は、硫黄の融点以下の温度で粉体となり得るが、硫黄の融点は、硫黄の結晶構造に依存して変化する。本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法で使用される硫黄の結晶構造は限定されないが、硫黄には同素体や結晶多形が存在し、融点、密度は、それらに依存する。例えば、天然に見られる同素体である環状のS硫黄であれば、常温、常圧で固体であるが、いくつかの結晶形を有している。硫黄の融点は、結晶形ごとに異なり、例えば、α硫黄(斜方硫黄)の融点は112.8℃であり、β硫黄(単斜硫黄)の融点は119.6℃であり、γ硫黄(単斜硫黄)の融点は106.8℃である。
本実施形態で使用する硫黄の粉体又は塊は、119℃以下、好ましくは112℃以下、より好ましくは106℃以下の温度で取り扱われることにより、粉体の性状を維持することができる。
1.1.3.ミル
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法では、ミルを使用する。ミルは、内容物を撹拌、粉砕、磨砕できるものであって、内容物に対して機械的なエネルギーを与えることができるものであれば、特に限定されない。そのようなミルとしては、例えば、容器内で羽根を回転させて内容物を破砕、粉砕する様式、容器を振動させて容器内のロッドやボールなどによって内容物を粉砕する様式、内容物を公転方向に自転するリングと自転方向に回転するベッセル内壁とで挟み込んで、すりつぶすように加工する様式などが挙げられる。また、ミルとしては、ボールミル、ビーズミル、転動ボールミル、遊星型ボールミル、振動ミル、ハンマーミル、ジョークラッシャー、衝突式粉砕器、媒体攪拌ミル、遊星ミル、ジェットミル等と呼称されるものを挙げることができる。これらの中でも、衝突面積が小さく、単位面積当たりでの内容物に対して与える機械的エネルギーが大きい点で、ボールを用いた装置(ボールミル等)がより好ましい。
ボールミルとしては、例えば、密閉し得る容器本体と、容器本体を回転駆動する駆動機構と、容器本体内に入れられた複数の粉砕用ボールと、を少なくとも含み、容器本体が材料及び粉砕用ボールを出し入れするための開閉自在の原料導入口と開閉自在の給気口及び排気口を有するものが挙げられる。また、ボールミルに使用する粉砕用ボールとしては、金属製、あるいはセラミックス製等のボールを使用することができる。ボールの形状は球形が望ましいが、これに限るものではない。ボールの径は10〜50mm、ボールの装填量は、一般のボールミルで通常使用される量、例えば、容器の容積を100とした場合に、ボールの見かけの体積を20〜80程度とすることが好適である。なお、見かけの体積とは、多数のボールが集合した際のボールとボールの間の間隙の容積を含んだ体積のことを指す。また、ボールの見かけの充填率という場合には、容器の容積を100に対するボールの見かけの体積の割合のことをいう。
本実施形態の処理工程で使用するミルは、自作したものを用いてもよいし、市販品をそのまま或いは改造して用いてもよい。市販品の例としては、MB型振動ミル(中央化工機株式会社)、反転バッチ式粉砕機(村上精機工作所)などが挙げられる。
ミルが密閉可能な容器を備える場合には、ミルの内容積を規定することができる。ミルの内容積とは、ミルの容器内の空間のことを指し、ボールやインペラ等の撹拌子が容器内にある場合には、その体積を除外した空間のことをいう。すなわち、本明細書では、ミルの容積という場合には、処理する材料を収容し得る空間の容積のことをいう。
本実施形態の処理工程で使用するミルの容積(内容積)は、特に限定されないが、0.001m以上(1リットル以上)、好ましくは0.005m以上、より好ましくは0.01m以上、さらに好ましくは0.02m以上、特に好ましくは0.05m以上である。ミルの容積がこのような範囲であれば、商業的な製造に耐え得る、1バッチ当たりの十分な量の硫化第一錫を含む粉体を製造することができる。
また、ミルの容積がこの程度であれば、多量の錫の粉体及び硫黄の粉体又は塊を仕込むことができ、それらの合成反応熱が容器外に放散される割合が低くなる。すなわち、系の体積に対する表面積の割合が小さくなる。これにより上記自己発熱による連鎖的な合成反応を確実に進めることができる。また、多量の錫の粉体及び硫黄の粉体又は塊を投入することができるので、容器外へ放出される錫と硫黄の合成反応熱の割合を相対的に少なくすることができ、上記自己合成反応熱による連鎖的な合成反応をより効率よく進めることができる。
1.1.4.温度条件等
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法において、仕込工程は、ミルの内部温度が硫黄の融点よりも低い温度で行われる。ミルの内部温度が硫黄の融点よりも低い温度で錫の粉体及び硫黄の粉体又は塊が導入されることにより、導入された硫黄の粉体又は塊を固体の性状として維持できる。係る温度では、錫の粉体は、粉体の性状であるため、仕込工程を経た直後では、ミル内の原料は粉体の状態を維持することができる。
ミルの内部温度が硫黄の融点よりも低い温度となっているか否かは、以下に記すいずれかあるいは複数の方法により判定することができる。例えば、(a)硫黄の粉体又は塊を導入した際に、硫黄が固体の性状を維持しているか否か(すなわち溶融していないか否か)を、目視や内部観察映像等から確認すること。(b)ミルを停止した状態で内部に温度測定プローブ(熱電対等)を挿入すること、あるいは赤外線温度計にて測定すること。(c)ミルの運転中であっても温度測定用プローブを挿入できる構造や窓を設けて、温度測定用プローブ、あるいは赤外線温度計により温度を測定すること。(d)プローブを挿入
できない場合には、例えば、ミルの外表面の温度やジャケットの温度と、ミルの内部温度との相関を予め測定して、校正(較正)曲線(検量線)を作成し、外表面温度の測定値から、内部温度を見積もる(換算する)こと。
仕込工程は、ミルを稼働しない状態で行われることが好ましいが、稼働させながら行われてもよい。このようにすれば、例えば、錫の粉体と硫黄の粉体又は塊との混合を緩やかに行うことができ、より早期に粉体を均一に混合することができる場合がある。
ミルの内部温度は、ミルの内部の温度が均一である場合の温度を指すが、内部粉砕メディア(ボール等)の著しい移動によりほぼ均一であり、この仕込工程は硫黄の融点よりも低い、105℃以下、好ましくは100℃以下、より好ましくは90℃以下、さらに好ましくは80℃以下の温度で行われる。このような温度で仕込工程を行えば、より確実に硫黄を固体の状態でミル内に導入することができるため、より確実に機械的活性化処理を行わせることができる。なお、ここでいう均一とは、ミルの内部の温度の分布が仮に生じていた場合でも、その分布の範囲が±10℃以内、好ましくは±5℃以内、より好ましくは±3℃以内であることをいう。
ミルの内部の温度は、必要に応じて、水冷等によりミルの容器を冷却することにより変更してもよい。また、処理工程の終了時には、ミルの内部温度が高くなっているが、ミルの容器に水冷ジャケット等を設置することにより、より速やかにミルの内部温度を硫黄の融点よりも低い温度に下げることができ、次のバッチに移ることが可能である。
1.1.5.配合比率及び導入量
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法では、仕込工程で、錫の原子数に対する硫黄の原子数の比(S/Sn)が0.95以上1.50以下となるように、錫の粉体及び硫黄の粉体又は塊をミルに導入する。錫の原子数に対する硫黄の原子数の比(S/Sn)が0.95以上1.00未満であれば少量の錫粉を含んだ硫化第一錫の混合粉体、S/Snが1.00以上1.02ないし1.05未満であれば単体の硫化第一錫の粉体、S/Snが1.02ないし1.05以上1.50以下であれば硫化第一錫及び三硫化二錫の混合粉体の製造が可能である。したがって、本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法で製造される硫化第一錫を含む粉体は、硫化第一錫、錫及び硫化第一錫の混合物、並びに、硫化第一錫と三硫化二錫の混合物のいずれかとすることができ、これらを、選択的に製造することができる。これにより金属錫及び硫化第一錫の混合物の粉体、又は、硫化第一錫及び三硫化二錫の混合物の粉体を、混合工程を追加することなく容易に製造することができる。
また、一般に、錫と硫黄の化合物を製造する場合、錫の原子数に対する硫黄の原子数の比(S/Sn)のみが、得られる錫の硫化物における錫の価数を決定するとは限らない。すなわち、特定の価数の錫の硫化物を得るためには、錫の原子数に対する硫黄の原子数の比(S/Sn)は、その製造条件に依存して、製品の純度の高くなる範囲が存在する。
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法においては、錫の原子数に対する硫黄の原子数の比(S/Sn)が、上記の範囲である場合に、硫化第一錫、錫及び硫化第一錫の混合物、並びに、硫化第一錫及び三硫化二錫の混合物のいずれかである粉体のそれぞれを得ることができる。
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法によって得られる製品における硫化第一錫の純度は、原料の純度、原料の配合比(S/Sn)、ミルへの不活性ガスの導入などの条件を変更することにより、適宜に調節することができる。また、同様に、製品における錫の純度、及び、三硫化二錫の純度についても、原料の純度、原料の配合比(S/Sn)
、ミルへの不活性ガスの導入などの条件を変更することにより、適宜に調節することができる。
なお、本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法では、比(S/Sn)が0.95以上1.50以下となるように、錫の粉体及び硫黄の粉体又は塊をミルに導入するが、1.00未満、好ましくは0.95以上1.00未満とすれば、未反応の錫(金属錫)を生成物中に残存させることができ、錫及び硫化第一錫(SnS)の混合物の粉体を得ることができる。すなわち、積極的に未反応の錫(金属錫)を生成物中に残存させることができる。したがって、例えば、本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法によって、S/Snを1.00以上1.02ないし1.05未満として単体の硫化第一錫を得た場合、この硫化第一錫の単体に対して、5%の錫をさらに混合して製品とする場合などでは、比(S/Sn)を、例えば、0.95とすれば、製品とするための混合の工程を省略することができる。
また、仕込工程において、ミルに導入する錫の粉体及び硫黄の粉体又は塊の合計の質量は、300g以上200kg以下、好ましくは600g以上200kg以下、より好ましくは2kg以上100kg以下、さらに好ましくは4kg以上60kg以下、一層好ましくは5kg以上50kg以下、ことさら好ましくは10kg以上50kg以下である。この程度の量であれば、1バッチあたりの硫化第一錫を含む粉体の製造量が大きく、原料の仕込、製品の取り出し等の作業を減少させることができるため、商業的に効率よく硫化第一錫を含む粉体を容易に製造することができる。
1.1.6.その他の条件
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法における仕込工程では、不活性ガスをミルに導入してもよい。これにより、例えば、酸素による原料や製品の酸化を、より少なくすることができ、製品における硫化第一錫の純度をさらに高めることができる場合がある。不活性ガスとしては、窒素、アルゴンなどの金属及び硫黄と反応しないガスであるが、コストの点から窒素ガスが好適である。
1.2.処理工程
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法は、処理工程を有する。処理工程は、上記仕込工程の後、ミルを稼働して錫及び硫黄を機械的活性化する工程である。
1.2.1.機械的活性化処理
本処理工程で行われる機械的活性化処理とは、被処理物(少なくとも錫の粉体及び硫黄の粉体又は塊)に対して、機械的エネルギーを加えることによって、被処理物の化学反応性を活性化させる処理のことを指す。
上述したミルを稼働すると、錫の粉体及び硫黄の粉体又は塊に、機械的なエネルギーが付与され、粉砕、衝突、磨砕、磨り潰し等が生じる。これにより、錫の粉体及び硫黄の粉体(塊で導入された場合でも粉体となっている)が化学的に活性化される。その後錫と硫黄が化合し、硫化第一錫、錫及び硫化第一錫の混合物、並びに、硫化第一錫及び三硫化二錫の混合物のいずれかが生成する。
錫と硫黄との合成反応は、発熱反応であるため、合成反応が生じると反応熱が発生して、反応場(ミルの内部空間)の温度が上昇する。係る温度の上昇により、化学反応性が活性化された錫と硫黄はボール同士の衝突により点火され瞬時にかつ全体的に合成反応が連鎖的に進行することになる。
一方で、実験例に示すように、上記仕込工程において、硫黄の融点を超えた状態でミル
を始動すると、それ以外の条件を同一にした場合でも、錫と硫黄との合成反応が生じないことが判明している。すなわち、機械的活性化処理による合成反応は、硫黄が固体状態でミルを始動したときに生じやすく、硫黄が溶融状態でミルを始動したときには生じにくい。
発明者は、この現象は、溶融した硫黄によって、硫黄と錫の粉体が均一に混合されなくなり、また、液体の硫黄によりボール同士の摩擦が起こりにくく(滑って)、点火が起こらないため合成反応が開始しにくいと考察している。また、本処理工程において、合成反応の開始箇所において、錫と硫黄とが局所的に合成反応した場合その周囲の硫黄は、溶融することが考えられるが、錫と硫黄との合成反応は、連鎖的且つ瞬間的であるため一旦合成反応が開始すれば十分に合成反応が進行すると考えられる。
他方、ミルの規模(容積等)が小さい場合には、錫と硫黄とが局所的に反応した場合、ミル全体の温度が上昇しやすいため、系内における溶融状態の硫黄の割合が、ミルの規模が大きい場合に比べて高くなると考えられる。そのため、処理工程で使用するミルの容積は、0.005m以上(5リットル以上)、好ましくは0.01m以上である。ミルの容積がこのような範囲であれば、錫と硫黄との反応熱をミル内に留めさせ易く、より確実に上記合成反応を行わせることができる。
上記のような錫と硫黄の連鎖的な合成反応で生成する硫化第一錫を含む物質は、生成直後は液体となっており、その後直ぐに凝固し、そのまま粉砕され、粉体となる。硫化第一錫の融点は約880℃であるが、本発明における硫化第一錫を含む物質は生成する際、一度このような高温を経て凝固している。このように高温で生成した硫化第一錫を含む物質のうち、少なくとも硫化第一錫は、熱安定性の良い結晶化度の高いものとなる。また、このように高温で生成した硫化第一錫を含む物質に、錫や三硫化二錫が含まれる場合には、少なくとも三硫化二錫は、熱安定性の良い結晶化度の高いものとなる。
本処理工程で得られる硫化第一錫を含む物質は、結晶性の高い硫化第一錫及び存在する場合には三硫化二錫が生成し、そのまま粉砕され粉体となる。そのため、結晶化の為の加熱や粉体化の為の粉砕等の後工程を経なくても、熱安定性が良く結晶化度の高い硫化第一錫及び三硫化二錫の粉体が得られ、これにより含まれる硫化物の結晶化度の良好な硫化第一錫を含む粉体を製造することができる。
これらの特徴を有する本実施形態の製造方法に対して、例えば、本実施形態以外の手法(単なる熱処理等)によって錫硫化物を製造する場合には、塊状の錫硫化物を得て、その後に粉砕処理等を行う必要があるし、湿式法により製造される場合は乾燥や、結晶化の為の加熱処理等が必要となる場合がある。
1.3.その他の工程
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法は、上記工程の他に、例えば、製品をミルから排出する排出工程、ミルを冷却する冷却工程等を有してもよい。排出工程は、例えば、ミルに篩を有する開閉自在の格子付き排出口を設け、生成物が得られた後に、係る排出口を開放して、ミルを運転し、生成物を重力を利用して回収する方法などを例示できる。また、冷却工程は、例えば、ミルに水冷ジャケット等の冷却手段を設けて冷却する方法などを例示できる。
また、本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法では、原料を加熱する工程は不要であるが、例えば、結露等を蒸発させる必要がある場合などに、必要に応じてミルや原料を加熱する加熱工程を含んでもよい。
なお、本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法では、原料を加熱する工程が不要であるため、加熱、焼成によって錫と硫黄とを反応させる方法に比較して、エネルギー効率よく硫化第一錫を含む粉体を製造することができる。
2.作用効果
本実施形態の硫化第一錫を含む粉体の製造方法によれば、錫及び硫黄の合成反応熱、すなわち自己発熱による連鎖的な合成反応が生じるため、反応のための熱エネルギーを外部から積極的に供給する必要が無く、良好なエネルギー効率で硫化第一錫を含む粉体を製造することができる。また、このような製造方法によれば、粉砕工程を追加することなく硫化第一錫を含む粉体を容易に連続的に製造することができる。さらに、このような製造方法によれば、ミルの内部温度が硫黄の融点よりも低い温度で錫の粉体と硫黄の粉体又は塊がミルに導入されるため、錫の粉体と硫黄の機械的活性化及び錫と硫黄の連鎖的な合成反応を確実に生じさせることができる。
3.実験例及び参考例
以下、本発明を実験例及び参考例によってさらに具体的に説明するが、本発明はこれらの例に限定されるものではない。
3.1.装置の構成
図1は、実験例1に係るミル10の断面を示す模式図である。図2は、実験例1に係るミル10の側面を示す模式図である。図1、2に示すように、本実験例で使用したミル10は、土台iと、容器本体1と、土台iに対する振動を抑制しつつ容器本体1を支持するバネhと、容器本体1の内部に連通し、図示しない開閉自在の蓋が設けられた原料投入口aと、容器本体1を取り巻くように設けられた水冷ジャケットbと、容器本体1に振動を加えることのできるモーターdと、容器本体1の外部に設けられた振動子j及び振動調整おもりkと、容器本体1の内部に連通する排出口gと、排出口gに設けられた排出格子eと、排出格子eを開閉自在に塞ぐことのできる排出格子蓋fと、を有している。また、図1には、ボールcが描かれている。排出格子eは、生成物を排出口gから排出する際に、ボールcが排出されないようにする機能を有している。係るミル10は、一般的な呼称として振動ボールミルに相当する。なお、図示の各構成は、必ずしも全てが必須の構成ではなく、例えば、振動調整おもりk等は、必要に応じて設けられる。さらに、本実験例に用いた装置とは異なる構成の装置を用いても同様の結果となることは容易に予想できる。
3.2.実験例1
実験例1では、図1及び図2に示すようなミル10を用い、本発明の製造方法により硫化第一錫粉末(SnS)を製造した。先ず、原料投入口aの蓋を外し、容量160Lの容器本体1内に、錫の粉体(日本アトマイズ加工製 スズ粉末 SFR−Sn 粒子径10μm 純度99.9%以上)、及び、硫黄の粉体(SOLVAY社製 硫黄粉末 商品名:GROUND SULFUR70/75 平均粒子径35μm)、並びに、タングステンカーバイトボール(直径35mm)を導入した。ボールの見かけの充填率は、80%とした。
そして錫の原子数と硫黄の原子数の比(S/Sn)を1.00〜1.05とし、錫の粉体及び硫黄の粉体の合計質量を、5kg〜20kgの範囲で変更して4水準の実験をした。
各粉体を導入したときに、硫黄の粉体がミル内で溶融していないことを目視にて確認した。また、各粉体を導入したときの、ミルの水冷ジャケットbが設けられていない側面のフランジ部mの表面の温度を測定し、あらかじめ作成した検量線から読み取ったミルの内部平均温度として記録した。なお、水冷ジャケットbは、実験を通じて稼働させた。
次に、原料投入口aの蓋を閉め、容器本体1内部を密閉状態とした。次に、駆動機構(モーターd)を駆動して容器本体1を振動周期960rpm、振幅20mmで振動させ、1時間又は30分間稼働を継続した。その後、容器本体1を緩やかに振動させながら常温まで冷却した。次に、排出格子蓋fを外し、内部の生成物を取り出し、生成物の黒色粉体を得た。またこの得られた生成物をXRDにて分析したところ単体の硫化第一錫であることが認められた。
3.3.参考例1
実験例1と同様のミルを用いて、同様にして3水準の実験をした。
各粉体を導入したときに、硫黄の粉体がミル内で溶融していないことを目視にて確認した。また、各粉体を導入したときの、ミルの水冷ジャケットbが設けられていない側面のフランジ部mの表面の温度を測定し、あらかじめ作成した検量線から読み取ったミルの内部平均温度として記録した。
次に、原料投入口aの蓋を閉め、容器本体1内部を密閉状態とした。次に、駆動機構(モーターd)を駆動して容器本体1を振動周期960rpm、振幅20mmで振動させ、1時間稼働を継続した。その後、容器本体1を緩やかに振動させながら常温まで冷却した。次に、排出格子蓋fを外し、内容物を取り出し暗灰色の粉体を得た。またこの得られた生成物をXRDにて分析したところ錫および硫黄の混合物であることが認められた。
3.4.実験例2
実験例1と同様の構造である容量50Lの装置を用い、タングステンカーバイトボール(直径30mm)を導入し、振動周期を1500rpmに変更し、錫の原子数と硫黄の原子数の比(S/Sn)を1.02とし、ミルを1時間運転して生成物の黒色粉体を得た。
3.5.実験例3
実験例1と同様の構造で、容器容量5Lの装置を用い、錫の原子数と硫黄の原子数の比(S/Sn)を1.50とし、錫の粉体及び硫黄の粉体の合計質量を333gとした以外は、実験例2と同様にして、生成物の黒褐色粉体を得た 。
3.6.実験例4
実験例3と同様の装置を用い、錫の原子数と硫黄の原子数の比(S/Sn)を0.95とし、錫の粉体及び硫黄の粉体の合計質量を470gとした以外は、実験例3と同様にして、生成物の黒色粉体を得た 。
3.7.参考例2
参考例2では、ディスク型振動ミル T−100(川崎重工業株式会社製)を使用して、実験例1と同様の錫の粉体(2.362g)及び硫黄の粉体(0.638g)を容器に入れて30分間稼働させ、停止後内部の生成物を取り出して、生成物の黒色粉体を得た。なお、ディスク型振動ミルの容積は、約700ccであった。
3.8.評価及びその結果
実験例1及び実験例2で得られた黒色粉体の平均粒径は、28μmであった。この程度の平均粒子径の硫化第一錫(生成物)であれば、十分に固形潤滑剤の製品となり得ることを確認した。また、実験例1で得られた硫化第一錫の量であれば、商業的な生産に十分な量であると考える。
図3は、実験例1及び参考例1に係る合成反応の様子を示すグラフである。縦軸はミル
の外表面の平均温度であり、横軸はミルの稼働時間である。図3をみると、実験例1及び参考例1ともに、硫黄の融点以下で原料をミルに導入して、ミルの稼働を開始しており、実験例1では、ミルの運転時間の経過に伴って、ミルの内部平均温度の急峻な上昇が見られた。これに対して、参考例1では、原料をミルに導入して、ミルの稼働を開始したものの、ミルの運転時間の経過に伴うミルの内部平均温度の急峻な上昇が見られなかった。参考例1の生成物は、暗灰色であり、またXRDの前記定性結果からも錫硫化物の生成は認められなかった。
また、実験例1におけるミルの内部平均温度の急峻な上昇は、錫と硫黄の合成反応を示していると考えられる。これらのことから、仕込工程が、ミルの内部温度が前記硫黄の融点よりも低い温度で行われる本発明に係る方法によれば、錫及び硫黄の合成反応熱、すなわち自己発熱による連鎖的な合成反応が生じさせ、合成反応のための熱エネルギーを外部から積極的に供給すること無く、良好なエネルギー効率で硫化第一錫を含む粉体を製造することができることが判明した。
ところで、図3を見ると、ミルの内部平均温度はミルを稼働した後、徐々に上昇することが分かる。実験例1では、機械的活性化によって合成反応が開始する時点(グラフにおける立ち上がりの位置)が、90℃よりも低い温度となっている。一方参考例1では、ミル稼働開始時の温度が高く、約10分後には硫黄の融点に達している状態で、機械的活性化が液体化した硫黄により進まなかったことにより、合成反応が起きなかった可能性がある。機械的活性化処理は、混沌とした系であり、現時点で明確には言及できないが、合成反応の開始時点と硫黄が固体状態である期間との関係が、仕込工程の温度以外を同様の条件で行った実験例1及び参考例1における差異を生じさせていると考えられる。
また、実験例2で得られた黒色粉体と、参考例2で得られた黒色粉体のXRD(X線回折測定)及びTG(熱重量測定)を行った。図4及び図5は、それぞれ実験例2及び参考例2で得られた黒色粉体のXRDパターンである。図6及び図7は、それぞれ実験例3及び実験例4で得られた粉体のXRDパターンである。図8は、実験例2及び参考例2で得られた黒色粉体のTGチャートである。
図4、図5、図6及び図7をみると、実験例2、参考例2、実験例3及び実験例4のいずれも回折角2θが32度、39度付近に、硫化第一錫に特徴的なピークが表れており、いずれも硫化第一錫を含む粉体が製造できたことが分かる。また、実験例3(図6)においては三硫化二錫のピークも認められており、硫化第一錫と三硫化二錫の混合物の粉体であることがわかる。各実験例(図4、6、7)及び参考例2(図5)のXRDパターンを比較すると、ピークの半値幅が大きく異なっており、実験例群のほうが、参考例2よりも小さい半値幅を有している。このことは、本発明に係る製造方法では、いずれも硫化第一錫を含む粉体を容易に製造できる上に、ミルの規模を大きくすることにより、さらに結晶性に優れた硫化第一錫を含む粉体が得られることを示している。また、図7(実験例4)においては未反応の錫のピークがみられるが、理論上過剰な錫を仕込んだ合成によるためである。係る結果から、硫化第一錫の生成は図7にて確認でき、錫の粉体が混合された硫化第一錫を含む粉体を、追加の混合工程を経ることなく製造できることが確認された。
次に、図8に示すTGチャートから、以下のことも示唆される。すなわち、参考例2では、600℃から800℃の間付近に、実験例2では見られない減量が生じている。係る吸熱は、結晶化の進行を示していると考えられる。したがって、実験例2では、より熱安定性の高い硫化第一錫の粉体が得られたことが示唆された。
本発明は、上述した実施形態に限定されるものではなく、さらに種々の変形が可能である。例えば、本発明は、実施形態で説明した構成と実質的に同一の構成(例えば、機能、
方法及び結果が同一の構成、あるいは目的及び効果が同一の構成)を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成の本質的でない部分を置き換えた構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成と同一の作用効果を奏する構成又は同一の目的を達成することができる構成を含む。また、本発明は、実施形態で説明した構成に公知技術を付加した構成を含む。また、本製法は、その合成の原理を背景として、二種類以上の金属粉末及び硫黄を原料とした場合、複金属硫化物の合成も可能であることが容易に想定される。
a原料投入口、b…水冷ジャケット、c…ボール、d…モーター、e…排出格子、f…排出格子蓋、g…排出口、h…バネ、i…土台、j…振動子、k…振動調整おもり、m…フランジ部、1…容器本体、10…ミル

Claims (5)

  1. 錫の原子数に対する硫黄の原子数の比(S/Sn)が0.95以上1.50以下の、前記錫の粉体及び前記硫黄の粉体又は塊を、ミルに導入する仕込工程と、
    前記ミルを稼働して前記錫及び前記硫黄を機械的活性処理し、前記錫及び前記硫黄の合成反応熱による連鎖的な合成反応を行う処理工程と、
    を含み、
    前記仕込工程が、前記ミルの内部温度が80℃以下の温度で行われ、
    前記処理工程において前記ミルの内部温度が前記硫黄の融点よりも高い温度となる期間が存在する、
    硫化第一錫を含む粉体の製造方法。
  2. 請求項1において、
    前記硫化第一錫を含む粉体は、硫化第一錫、錫及び硫化第一錫の混合物、並びに、硫化第一錫と三硫化二錫の混合物のいずれかである、
    硫化第一錫を含む粉体の製造方法。
  3. 請求項1又は請求項2において、
    前記ミルは、振動ボールミルである、硫化第一錫を含む粉体の製造方法。
  4. 請求項1ないし請求項のいずれか一項において、
    前記仕込工程において、前記ミルに導入される前記錫の粉体及び前記硫黄の粉体又は塊の合計の質量は、300g以上である、硫化第一錫を含む粉体の製造方法。
  5. 請求項1ないし請求項のいずれか一項において、
    前記ミルの容積は、0.005m以上である、硫化第一錫を含む粉体の製造方法。
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